| {"novel_id": "n0001ma", "chapter": 7, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0001ma/7/", "title": "7話", "content": "栞は台所に立つと、ろくなものは入ってない冷蔵庫を開け、中身を確認し、小さく頷いて、すぐに迷いなく動き始めた。\n\n 家の台所に家族ではない女性が立っているのが不思議な光景のように見えた。\n\n「お待たせしました」\n\n わずかな時間で、肉じゃがの隣に、野菜炒めとスープが並んだ。わざわざ栞が自宅から持ってきてくれたご飯は白い湯気が立っている。\n\n「すみません、ほんとに」\n\n「いえ。食材がもう少しあれば、もうちょっと何か作れたんですけど」\n\n「あまり自炊をしないもので……」\n\n 栞はエプロンを外さないまま、歩の向かいに座る。なし崩し的に一緒に晩御飯を食べることになってしまった。\n\n「それじゃあ、いただきます」\n\n 歩が栞の作った肉じゃがを口に運ぶ。じゃがいもが舌の上で崩れて、甘い出汁の味が広がった。\n\n「……うまい」\n\n「そうですか、よかった」\n\n 気の利いた話題も思いつかず、歩はもくもくと箸を口に運んだ。箸が皿に当たる音と、時折どこかで鳴く虫の声だけが、二人の間を埋めていた。\n\n 栞は茶碗のご飯を少しずつ口に運びながら、そんな歩が食べるのを静かに見ていた。\n\n 食べ終えて、流し台で下げた食器を洗う栞の隣に歩は立った。渡された皿を布巾で拭きながら、ふと口を開いた。\n\n「叔父さんのところで働くことになったんです」\n\n べつに言うつもりはなかった。けれど、口をついて出た。\n\n「そうですか」\n\n「はい。来週から。事務所の手伝いで……」\n\n「よかったですね。田舎は働き口が少ないですから」\n\n 栞は手を動かしながら答える。\n\n「ええ、そうですね。ありがたい話なんですけどね。甥だから面倒見てやるって……でも」\n\n「でも?」\n\n「なんていうか……自分でこれだって決めたことが一つもないなって。東京に出たのも、なんとなく流れでてっていうか、何がしたいとかもなかったし。それでもなんとか入った会社クビになって、あ、戻ってきた理由言ってませんでしたっけ? 会社、クビになったんですよ。それで、他に行く場所がなかったから田舎に出戻って……」\n\n それは会話というよりも独白だった。なんでこんなことを栞に喋っているのか歩にもわからない。しかし、いちど吐き出したら止まらなかった。\n\n 「戻ったはいいけど先のことなんて考えてなくて、叔父さんの仕事も、やりたいからとかじゃなくて、他にやれることもないし、働かなきゃ金はないし、だから断れないから受けただけで……」\n\n 自嘲がとめどなく溢れ出て、言葉にすると自分が余計にみじめだった。もしかしたら誰かに聞いてほしかったのかもしれない。栞は赤の他人だが、だからこそ、身内には言えない本音を吐露できたのだろう。\n\n「……すみません、こんな話」\n\n 全てを吐き出してから謝る。けれど、栞はゆっくり首を横に振った。\n\n「歩くんは、戻ってきたことを後悔しているんですか? それとも町を出たことを?」\n\n「……わからないです……今だって、ずっとこの町にいたほうがいいとも思えなくて……」\n\n「それでいいんじゃないですか」\n\n 洗い物を終えた栞が手を拭きながら、さらりと言った。\n\n「いや、でも……」\n\n「今すぐ何もかも決めなくてもいいじゃないですか。次にどうするかは、ここでゆっくり考えればいいんです」\n\n「いい、のかな……それで」\n\n「歩くんは失敗したと思ってるかもしれないけど、わたしは、歩くんが自分の意志でこの町を出たこと、間違ってたとは思いませんよ」\n\n 栞はそう言ってから、歩の頭に優しく手を触れた。\n\n「今まで、ひとりでよく頑張りましたね。歩くん」\n\n「あ……」\n\n 労わるように、栞の手が頭を撫でる。\n\n 今では歩のほうがずっと背が高くなってしまったけれど、幼いころ、近所のお姉さんがしてくれたのと変わらない温もりがそこにあった。\n\n 少しつま先立ちになって頭を撫でてくれる栞の顔が、滲む涙でぼやけた。\n\n 考えるより先に体が動いていた。栞の肩に手を伸ばし、そのまま引き寄せた。\n\n「あっ……歩くん……」\n\n 栞の体が強張ったのが伝わってくる。けれど、歩は構わず栞を抱きしめた。細い肩だった。腕の中で栞の体温を感じた。洗剤と、かすかな汗の匂い。心臓の音が聞こえる。それが自分のか栞のかわからない。\n\n 頭の中が真っ白になっていた。ただ、この温もりを手放したくなかった。\n\n 気づいたときには、栞の背を畳に押しつけていた。覆いかぶさるように身を乗り出して、栞の顔が目の前にあった。見開かれた目。わずかに開いた唇。\n\n 歩の手は、焦燥に駆られるまま栞の太腿へと伸びた。柔らかなスカートの生地を乱暴に手繰り寄せ、剥き出しになった肌に触れる。熱を帯びた指先が、下着の端を割り込み、秘められた場所へと滑り込んだ。\n\n「あぁ……っ」\n\n 栞が小さく腰を跳ねさせ、歩の腕を弱々しく掴む。歩の荒い息遣いが首筋を叩き、指が湿り気を帯びた粘膜をなぞるたび、栞の喉から熱い喘ぎが漏れ出した。\n\n「ぁっ……歩くん……だめ……やめてっ」\n\n かぼそい悲鳴だった。\n\n 拒絶というには小さすぎる。けれど、その声が歩の耳に届いた瞬間、正気に戻って腕の力が抜けた。\n\n 自分が何をしているか――何をしようとしていたか、一気に理解が追いついた。\n\n 歩は飛び退くように栞から離れ、畳に額をつけた。\n\n「すみません!」\n\n 声が震えていた。\n\n「俺、最低だ……栞さんが優しくしてくれたのに、それにつけ込んで……本当に……すみません……」\n\n 額を畳に押しつけたまま、顔を上げられなかった。情けなさと後悔が、胃の底からせり上がってくる。\n\n 沈黙が続いた。\n\n 栞が動く気配がした。衣擦れの音。起き上がったのだろう。歩は顔を上げられないまま、引っ叩かれても仕方ないと思った。\n\n「歩くん」\n\n 静かな声に怒りは感じなかった。ただ、いつもよりほんの少しだけ、声が低かった。\n\n「顔、上げてください」\n\n 言われるままに顔を上げた。栞は正座していた。乱れた襟元を片手で押さえている。頬がわずかに紅い。目は潤んでいるようにも見えたが、涙ではなかった。\n\n 栞は歩の顔をしばらく見つめていた。何かを量るように。あるいは、自分自身に確かめるように。\n\n やがて、視線を落とした。\n\n「手……だけなら」\n\n 声が小さすぎて、歩は一瞬、聞き取れなかった。\n\n「手だけなら、いいですよ……」\n\n 握られた栞の手が微かに震えていた。", "afterword": "※この作品は作者のWebサイト『エロラノ』(https://erorano.net)から転載しています。最新の投稿はそちらから。\n\n⚠ サイトの下に【公開中の小説一覧】ボタンがあります。"} |
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