| {"novel_id": "n0002fv", "chapter": 9, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002fv/9/", "title": "9話 王女の想い", "content": "リリーナがグレイスのタキシードを引ったくってから結構な時がたっていた。\n使いの者に返させようとしたが、侍女長達は戦士の家の場所なんて知らぬ存ぜずと仕事を引き受けなかったのだ。\n挙げ句、王女様に自分で返してきたらどうだと。\nしかも大事にするには失礼なので護衛もつけずに一人で行ってきたらどうだと提案してきたのだ。\n\n一国の王女に対する言葉とは思えないが、王女の戦闘能力は一般人より余程強い。\n護身術と称して剣術も魔法も仕込まれている。\nそれに一人で行ったらどうだと提案しているが、侍女長もこっそりと影から護衛するつもりでいた。\n\n勿論、侍女長も強い。\n流石に集団組織や勇者一行のようなトップクラスの実力をもった人達には敵わないだろうが、足掻く事はできるだろうし街中ならよっぽど大丈夫だと自負していた。\n\n\nそれに──王女には残された時間は少なくなっていたのだ。\n病気などではなく、許嫁である勇者との正式な婚姻が迫ってきていた。\nこの国での成人は18歳からなのだが、二人とも忙しい立場という事もあり婚姻が後に後にとなっている。\nしかしリリーナも来年には20歳。\nそろそろ忙しいを言い訳には出来なくなってきた。\n\n正式に婚姻となればリリーナの秘めた想いも胸に仕舞う──いや、消さなくてはならない。\nけれど逆に言えばその時までは今の生活が続くと思っていたのだが──。\n\n\n「そういやオレ、恋人ができたんだよ。良かったら紹介するから上がってけよ」\n「え……」\n\n\nグレイスの暮らす安っぽいアパートにタキシードを帰しに行った時──リリーナは、グレイスに現実を叩きつけられた。\n約束通りグレイスの実家に届けても良かったが、内心では彼に会いたい気持ちが強くてアパートにまで来てしまったのだ。\n\nグレイスに恋人ができた。\n歳を考えれば不思議じゃない──むしろ、秘めきれないほどの想いを抱えたリリーナからしてみれば今まで恋人がいなかったのが不思議なくらいだ。\nしかしそんな考えとは別に本心が納得が行かない──。\n現実を突きつけられると理不尽な怒りと悲しみが襲いかかってくる。\n\n\n「どうしたのグレイス?お客さんなら上がってもらえば──」\n「あ……」\n\n\n状況を察していない件の彼女さんがグレイスの横から顔を出してきた。\nここはグレイスと彼女が済むアパートの一室の玄関。\n出てきてもおかしくない状況だ。\n\nそして悔しい事に──女性の、リリーナの目から見ても彼女さんはとても美人だった。\n少しばかり年上だろうか。\n身長は自分と変わらないが、自分よりも何処か大人びた雰囲気を感じる。\n\n長い黒髪が艶やかで羨ましいほどに綺麗。\nスレンダー気味で凹凸は少ないが、痩せすぎず肥えすぎずのバランスの良いモデル体型。\n服装は部屋着だからかゆったりとしたパーカーとショートパンツとラフな格好だが、長く綺麗な足が女の目からしても羨ましすぎるほどっだった。\n\n\nとても気まずい気持ちになり言葉も出ず、動く事も出来なくなってなったリリーナに、彼女は──。\n\n\n「ああー…。そういう事ね。グレイスも女遊びは程々にね」\n「──は?何か勘違いしてないか!?」\n「良いのよ別に。私もグレイスと付き合うまでは色んな人と遊んでいたし──どっちが先にこういう状況になってたかってだけの話しでしょ?」\n\n\n「あ、でも今はグレイスの事しか考えてないよ」と一言添えると彼女は見せつけるようにグレイスの頬へとキスをした。\n背の高いグレイスに対して必死に背伸びしてのキス。なんとも羨ましいモノで──。\n\n\n「あぁー!!!」\n「うぉ!?ビックリした!」\n「アハハ、こりゃ積もる話しになりそうだね。良いよ、上がって。お話ししましょ」\n\n\nグレイスの彼女はイーリスと名乗った。\n彼女の恋人ムーヴがあまりにも羨ましいものだからつい大声を出してしまう。\n──想いを秘めておこうと、思っていたのに。\n\n\n◇◇◇\n\nイーリスは何を勘違いしたのかリリーナを部屋に上げてしまった。\nまるで今カノと元カノが会合した修羅場……みたいな、雰囲気だがそんなのはイーリスの勘違いです。\n──どうも。何も後ろめたい事はないはずなのに部屋の空気が重くて辛い部屋主のグレイスです。\n\nそんでもって何故かもう一人沸いていた。\n\n\n「えーっと……お久しぶりです?ネイナさん」\n「はい。お久しぶりですねグレイスくん。いつもリリーナ様がお世話になっています」\n\n\n何故か、リリーナに支える侍女長までが部屋に上がってきた。\n普段はメイド服姿の彼女だが今は私服で、黒のワンピースと緑のジャケットという目立たない格好をしているが。\n特徴的なのは目元で、いわゆる糸目というやつだ。\n髪は茶髪で三つ編みにして纏めている。\n\n\n一見、何を考えているのか分かりにくいが王女様絶対主義でリリーナに害成す者は物理的にも社会的にも制裁を下す人。\n\n社会的ってのは主である王様へのチクりとかなので分かりやすいが、物理的な制裁はマジでヤバい。\n今でこそ体格差で勝てるとは思うが、女性としては身長も高い彼女に格闘で勝てるようになっただろうと自信が持てるようになったのはまだ近年の話し。\n本気で殴りあった事はないので勿論分からないが、幼いとはいえ才覚を表していた勇者一行を文字通り一蹴してきた人だ。\n\n歳は28。浮いた話しは聞いた事がないが、リリーナの付き人という事以外は接点もないのでどうかは分からない。\nそもそもリリーナとも幼少の頃はともかく平民と王女様では接する機会が少ない。\n──許嫁のアルスはともかく。\n\n\n「グレイスくんの彼女様には、はじめまして。私はネイナ。こちらのリリーナお嬢様の付き人で、リリーナ様の父親は政治に顔が利くお方です」\n「あー…えっと……ご丁寧にどうもです。私はイーリスと申します。はい、特に深入りはしませんとも」\n\n\nネイナは嘘は言っていない。\n政治に顔が利くどころか政治の中心人物だがそこは伏せて話を進める。\nイーリスもこの辺りは追及せずに二人をただのリリーナとネイナとして接する事にしていた。\nオレが勇者一行という事もあり顔が広い事は知っているが、かといって王女様がこんな気安くやってくるとは思っていないだろう。\n\n\n「んー…グレイスが手を出していた女の人と修羅場かなーと思ったけど違う感じ?」\n「だから、勘違いだって。リリーナはただの幼馴染みで、更に言うなら許嫁だっている」\n「それはそれは──下手な修羅場よりも厄介そうな展開ですこと」\n「イーリスさんは話しが早いですね。おかげでいつも板挟みになる私は苦労しているのです」\n「私なんかが言っていいのか分からないけど…ネイナさん。苦労、ご察しします」\n\n\n何で会って早々イーリスとネイナは意気投合しているの?\n何か勘違いしているようだけども、人の機微には疎いオレでは何をどう勘違いしているのか分からず置いてきぼりだ。\n\nそしてもう一人置いてきぼりなのが──部屋に上がってから一言も喋っていないリリーナ。\nいつもは五月蝿いくらい饒舌なのにどうしたのやら。\n何だか初対面のはずのイーリスを睨んでいるような、羨んでいるような……。\n\n\n「さて、グレイスくん。私達の目的はお預かりしたタキシードのお返しです。本来ならリリーナ様だけにお任せしようと思いましたが私は護衛も兼ねてこっそりと」\n「まぁ護衛は分かるとして何でまたこっそりと?」\n「それは勿論、リリーナ様とグレイスくんの逢い引きを邪魔しないためです」\n「は、はぁ!?何を言ってるのネイナ!?」\n\n\nようやっとリリーナが口を聞いたが、ネイナの言っている事はオレも全く理解できなかった。\n逢い引き?そんな関係になり得ないのは貴女もよく知っているだろうに。\n\nやはりこの人は、何を考えているのかよく分からない。\n\n\n「リリーナ様。この際ハッキリとさせましょう。私はリリーナ様が望むならどんな結果になろうと最後までお付き合いします」\n「私もまぁ……恋人として思う所はあるけど、今回くらいは空気読んであげる。そもそも一人の女が一人の男を独占できる世の中でもないんだからコレは二人の問題だし」\n「ちょっ…!初対面の貴女まで何を言っているんですか!ネイナも私の事なんて何も知らないでしょう!?」\n「「いや、めっちゃ分かりやすい(です)よ?」」\n\n\n女同士でしか分からない事でもあるのだろうか。\nオレだけが完全に置いてきぼりな状態になってしまった。\nしかしイーリスにもネイナにも『こんな分かりやすいのによくもまぁそこまで鈍感だね』と言われる始末。\n本気で意味が、分からん。\n\n\n「私は!グレイスに言う事なんて何もない!とっとと帰るわよ!」\n「──そうですか。それがリリーナ様の決めた事だというのなら、私はその結果にもついていきます。しかし……」\n\n\nネイナはそこで言葉に溜めを作った。\nそれどころかうっすらとだが目を開いて、とても真剣な表情で──。\n彼女のこんな鬼気迫る姿を見るのはグレイスもリリーナも初めてだった。\n\n\n「ついてはいきますが、納得はできません。最良の結果を得ろとも言いませんが、逃げるだけの貴女には軽蔑します」\n「──っ!!!」\n\n\nリリーナの言葉が、息が詰まる。\n今にも怒りが爆発しそうな、悲しみが溢れそうな──なんとも言えない悲しい表情だった。\n\n状況は全く理解できないが、リリーナが何か悩みを抱えている事は分かった。\nそれも政治とか、国とか、そんな大それた事じゃなくてオレに関する事だというのは鈍感なオレでも理解する。\n\nそして理解すると同時に情けなかった。\n王女という立場は置いておいて、幼馴染みにこんな表情をさせてしまう自分がだ。\n\nこんな状況になってしまっている理由は未だに分からない。\n──いや、分かろうとしていないだけでは?\nオレはとある感情についてだけは自分から塞ぎ混むようにして理解する事を拒む。\n\nそれが原因でイーリスとの関係も少し最初は躓いた。\n転んではいないが、足踏みし歩みが遅かったのではないかと自覚している。\nそして何より最近──リタに対して同じような葛藤を抱かなかったか?\n\nオレは──。\nそしてリリーナも足踏みしているなら、コレが自意識過剰なんかじゃなければ──!\n\n\n「──っぅ!!!」\n\n\nけども理解した所でオレも言葉に詰まるだけだった。\nなんて言葉をかけたら良いのか、オレの足りない頭じゃ分からなかった。\nだというのに容赦なく追及するネイナは──相変わらず手厳しい人だな。\n\n\n「──ちょっとだけ、許してくれよ」\n\n\nそんな言葉が口から漏れたが、それが誰に対する言葉なのか自分でも分からなかった。\n恐らくイーリスとリリーナの二人にそれぞれ、だ。\nイーリスはいち早く気づいてくれて道を譲ってくれた。\n勿論、恋人として身を引いたのではなく二人の問題だからとチャンスをくれただけ。\nそんな彼女の優しさにオレは感謝しつつ言葉を紡いだ。\n\nそしてリリーナには……やっぱり言葉が見つからない。\nだからオレは──行動で示す事にした。\n\nオレはリリーナに近づいて、その華奢な身体を優しく抱き締めた。\n\n\n「う…あ…!あっ…あぁぁぁぁ!!!」\n\n\n抱き締めるとリリーナは泣き初めてしまった。\nそれだけ溜め込んでいたという事なのだろうが、それに気づかなかった、気づこうとすらしてこなかった自分が怨めしい。\n\n\n「私、グレイスの事が好きなの!許嫁のアルスじゃなくてグレイスの事が、好きなの!アルスに抱かれたく、ない!」\n\n\n彼女の必死な慟哭にオレは抱き締める力を強める事しかできなかった──。\n\n\n◇◇◇\n\n「いやー、まさかリリーナさんが王女様だったとはね。なんとなく凄い人ってのは分かってたけどもそこまでとは」\n「あ」\n\n\n一応伏せていたが出会って早々にバレてしまった。\n勇者アルスの許嫁と言えば王女リリアンヌしかいない。\n侍らせている女性はたくさんいるが、許嫁と言えば王女様というのが国民なら誰もが知る常識だった。\n\n\n「さっきも言ったけど……恋人として思う所はあれどコレは二人の問題だから二人で解決してくれれば良いよ。勿論、二人きりの時間とかも大切にしてくれるならそれで文句なし──なんて、簡単なじゃないんだよね」\n\n\n魔物蔓延るこのご時世、一夫多妻なんてのも珍しくない世界だ。\nイーリスも寛容な性格なため本気の修羅場にはならなそうで少し安心している。\n\nとはいえ、彼女の言う通りこれはそれだけで済む話しじゃない。\nリリーナの想いは国をも巻き込む大事で、彼女一人の意思で何とかなる事でもなかった。\n\nけども、気持ちはハッキリしておこうと思った。\nそれが彼女を苦しめる事になろうと、その上で彼女に選んでほしい。\nそれを望んでいるネイナという存在もある以上、逃げられない。\n\n──ネイナも、損な役回りだよな。\n例え自分が恨まれようとも物事をハッキリさせようとリリーナに強制しているのだから。\nリリーナは彼女の事を使用人以上に、姉のようにも慕っているから逃げられない。\n\n\n一番苦しい想いをしているリリーナのためにも。\n一番損な想いをしているネイナのためにも。\n一番気を使ってくれているイーリスのためにも。\n\n今後の事とか、関係の捻れだとか、保身だとか、国の事か──そんなちっちゃな事は置いて、素直な気持ちを伝えよう。\n\n\n「オレも、リリーナの事はずっと好きだったよ。ずっと考えないようにしていたけれど、それは正直な気持ちだ」\n「うん、うんっ…!!!」\n\n\nリリーナ。\nそれは生意気で我が儘な女で。\nけども愛おしい、本気で惚れた女だ。\n\n泣きながらもオレの言葉を嬉しそうに受け止めるリリーナはとても可愛らしかった。"} 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