| {"novel_id": "n0002gf", "chapter": 15, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002gf/15/", "title": "十一話 〜魔法少女エミリアの慟哭〜 前編", "content": " 熱いシャワーがアタシの身体に突き刺さる。\n 汚れを落とすはずのそれすら只々苦痛だ。\n\n どうやって自宅にたどり着いたかは覚えていない。\n ハリヤー達に連れ去られることなく放置されていた理由も、今生きていることすら理由がわからないけれど、それを問うほどの余裕は残っていなかった。\n\n シャワーはざあざあと雨のように身体を濡らし、ただ外側だけを流れ落ちていってしまう。\n 何度も何度も肌をこする、色素の薄い肌が赤くなっても手を止めるつもりはなかった。\n\n そもそも、汚れなんてとうに落ちている。\n それでも何時間もシャワーを浴びている。涙を隠すためか、決して消えない汚れを落とすためか。\n\n「うぐっ、うえ、あ、うあ、あぁ…… うあぁぁぁぁあ……」\n\n 涙が途切れない、泣いても泣いても涙が溢れてくる。\n 何も見えない右目が熱さだけを感じて、顔を壊されたことにまた涙が流れ出す。\n\n ズタズタにされた膣と子宮が痛い。肛門と腸が焼け付いて熱い。\n 汚濁を注ぎ込まれてどうしようもないくらいに踏みにじられて貶められたアタシの女性が、今も痛くてツラくて悲鳴をあげている。\n\n 何度も何度も、泣きながらシャワーをあてて汚濁をかき出した。\n ガニ股になって膣に指をつっこんでシャワーを当てて、中からこぼれだす真っ白な汚濁をかき出すのは、どうしようもなく悲しくて情けなくて痛かった。\n 肉と一緒にグチャグチャに潰された色んな大事な物が、一緒にこぼれて流れて行って、アタシが削れて無くなっていく。\n\n「ひぐっ、ぐっ、あ……」\n\n 身体の中が気持ち悪い。\n 穴という穴を犯されて汚された。\n 歯をへし折られて口にまで腐肉をねじ込まれて、汚濁を何度も飲み込まされた。\n\n「うぷっ、うえっ、げっ、え、かはっ……! …… あ”……! げおっ……!」\n\n 吐き気のままに喉を開いても、もう胃液さえロクに出てこない。\n 傷ついた喉から血と咳を吐き出してそれでおしまい。\n それでも心は嘔吐を訴える。注ぎ込まれて汚された物を吐き出せと泣き叫んで、子供のように駄々をこねている。\n もう、元には戻らないんだって、肉体はとっくに諦めているのに。\n\n「ひ、うあっ、あ…… ヤダ…… いやぁ…… うあ、あああぁぁぁぁ……」\n\n 意識してしまった、思い出してしまった。\n 下腹部を押さえて蹲る。\n 考えたくない、考えたくない。\n\n 魔法少女に変身している間の性行為で妊娠する可能性は酷く低い。\n でもそれは低いというだけ。ゼロじゃない。\n\n 散々に犯された。無理やりに生殖行為をされた。ジェネラルに精液を注ぎ込まれて、戦闘員に犯された。\n 初めてだったのに、もうどれ程の量かわからないぐらいに精液を注ぎ込まれた。\n\n 妊娠という恐怖と、自らの身体が憎い敵の子を産むという嫌悪にまた嘔吐したくなる。\n いつの間にか飲んでいたシャワーの水だけが逆流して喉が痛む。\n\n「うー…… あ、あ\"あ\"…… うああぁぁあん……」\n\n 子供のように泣く、泣いて啼いて、泣き疲れて意識が途切れるようにほんの数分眠って、目が覚めてまた泣く。\n\n 両親が出張でいないことが幸いだったのか、そうでないのかもわからない。\n 今、アタシはただ一人だ。\n\n カナデのことを思い出す。\n アタシの相棒で、親友で、クールに振る舞っているくせにたまに抜けてて、でもアタシといつも一緒に戦ってくれて、戦い方や色んなことも教えてくれて、一緒に笑って怒ってきた相棒がいない。\n\n 電話も出ない、向かったはずの場所には争った形跡すら残されておらず、家にも帰っていない。\n ジェネラルが言っていたことが真実なら、カナデは連れ去られたのか、それとも。\n\n ミオのことを思い出す。\n アタシとカナデに魔法少女としての戦い方を教えてくれた先輩。\n いつも眠たげな目をして、いつもいつもとんでもないマイペースで調子っ外れなことばかり言うけれど、いつでも冷静で全体を見た上で動いて、アタシがピンチの時にも何度も助けてくれた頼れる先輩は、アタシを助けに来て、いなくなってしまった。\n\n ミオがティガールに吹き飛ばされた方向、人気のない荒地には大量の血痕だけが残っていた。\n アタシを、助けに来てくれたのに。\n\n「うあ、ああああああああぁぁぁぁ…… ひぐっ、う、う……」\n\n 悲しい、辛い、痛い。\n どうすればいいかわからない。何をすればいいのかわからない。ただ悲しみに慟哭するしかできない。\n\n ミックとは連絡が繋がらない。\n 考えてみれば、初めにクリスタルの事を告げてきた時点で情報が食い違いすぎている。\n ハリヤーに何かされたのか、なんにせよもう頼ることはできない。\n\n あの時ーー叔父さんがハリヤーに殺されて、リュウコさんに助けてもらって、その時は悲しくって、でも怒っていて。\n そして手の届くところに手段もあった。\n\n 今は違う。何をどうすればいいのかわからない。\n\n 魔法少女同士は、相棒以外とは互いに素性を明かさない。\n だから連絡を取るならミックを介してのものとなるのだが、それはつまり、今のアタシは誰とも連絡を取れないということだ。\n\n 何も出来ない、手段もない、力も足りない。\n 身体はズタズタで、右目は永遠に失われた。\n\n 絶望に砕けそうな心が悲鳴をあげて、何も出来ずに蹲るだけの自分の惨めさにまた涙が溢れる。\n\n アタシは、こんなに弱くて、何も出来ないなんて思ったことはなかった。\n いつだって自分に何かできることがあって、努力して、誰かと協力して、うまく行かないことがあってもそれでも、なんとかなるって、何か出来るって。\n そう信じることが、もうできなくなりそうで。\n\n ……それでも、まだ諦めるなんて、できない。\n\n まだアタシは、怒っている。\n 悲しくて辛くて怖くて押しつぶされそうだけど、アタシの中の怒りはまだほんの少し、塗りつぶされないで残っている。\n\n 変身できなくなったわけじゃない。\n 回復すれば、全く戦えなくなったわけじゃない。\n\n まだ、生きている。\n カナデだって、生きているかもしれない。\n 他の魔法少女と会うこともできるかもしれない。\n\n どれだけ汚されて壊されて、二度と取り返しがつかない傷を付けられてとしても、まだ、アタシは終わっていない。\n\n 全部を諦めるには早い。\n\n\n ーーこの時は、そう思っていたんだ\n\n\n =====================\n\n\n ケータイの着信音で目が覚める。\n 時刻は既に昼過ぎだ。\n\n 履歴には学校と、ママとパパの名前が並んでいる。\n 心配させてしまったのだろう、少し心が痛むけど、同時に心配されているという事実が泣くほどに嬉しい。\n\n 風邪をひいて寝てしまっていたとメールを打って誤魔化して、すぐに飛んできたアタシを心配する返信に顔が綻ぶ。\n アタシの周りの世界には優しさがあって、まだアタシはそれを受け取ることができるんだって思えて。\n\n ピコンと、また新しいメールが届く。\n\n\n\n その送信元には、見慣れた名前があって\n\n『FROM:鷹守カナデ』\n\n 何が、いったい、どうして\n\n 無事で、いる?\n\n いや、それよりも、罠、ハリヤーがカナデのケータイで送ってきたと考えるのが、自然で、でも、カナデが、もしも\n\n\n 震える指先でメールを開く。\n 件名も、本文もない。\n\n ただ、写真が添付されている。\n アタシとカナデが通う学校、陵北学園の校舎を映した写真だ。\n\n 写真はひどくブレていて、急いでか、それとも乱雑に撮ったのか、補正さえ間に合っていない。\n\n\n 罠の可能性は、高い。\n いや、罠だと考えるのが当然だ。\n\n でも、もしも、カナデが逃げ延びて、必死で、居場所を伝えてきたのだと、したら。\n アタシには、それを、否定できなくて、縋りたくて、確かめる手段さえ、今はなくて。\n\n\n ……息を、吸う。\n 目を瞑って、真っ直ぐ立ったまま手足の力を抜いて、自分の指先まで巡る血流を感じる。\n\n 魔力は回復している。\n 自己治癒を何度も行なったために目減りしているが、それでも半分以上は回復している。\n 短時間なら全力戦闘も問題ないだろう。\n\n ズタズタに引き裂かれた筋肉はすでに治癒されて十分な伸縮を可能としている。張り巡らされている神経がイメージと一致した身体操作を伝えてくる。\n\n 骨格と歯は治癒されている。\n 歩くだけで痛むようなこともない。力を込めて食いしばることも可能で、肉体を支える支柱が整っていることを確認する。\n\n 右目は、ダメだ。\n 痛いだけ、暗いだけ、歪に塞がった白い傷跡はパパからもらったアタシの青い目を覆って、隠すこともできないほど明確にアタシを損なっていてーー思考を遮断する。戦力だけを考えろ。\n\n 遠近感が狂っている。視覚強化が強みのアタシにとってこの戦力減はひどく大きい。\n 幸いにして聴覚への強化比率を高めれば、死角のカバー自体は可能だ。\n\n 翼は完全に治癒している。\n 魔力をもって形成された肉体の拡張器官は、眼球と違って治癒が容易だ。飛行については今までと変わらないパフォーマンスを維持できるだろう。\n\n\n 本来の戦力に比べれば、良くて七割。\n それでも、なにもできないわけじゃない。\n\n ハリヤー達は、異常なほどに強くなっていた。\n 戦闘員の一体一体が比べ物にならないほどに強くなっていて、怪人などまるで別物のように強くなっていた。\n\n だから負けた。\n 真っ向から負けた、弄ばれて、向こうは油断さえしていたのに負けた。\n\n それでも、わかったことはある。\n アタシとアイツらの間に、何もできない程の戦力差はない。\n\n 少なくとも怪人がいなければ、戦闘員を大幅に強化してくるジェネラルがいなければ、あるいはティガールがいなければーー戦闘員だけであれば、アタシは今でも勝算はある。\n\n ーーそんなの、何の意味もない気休めだ。\n\n 向こうもそんなことはわかっているから、ジェネラルが出てくるし、あの時などティガールまでいた。\n あるいは他の怪人がいるかもしれない。\n\n でも、もしもそうなら、アタシにはどうせ何もできない。\n 万全であっても勝てなかったのだ、たった一人で遭遇したらその時点でどうしようもない。\n\n 考える意味さえない。\n ほんの一縷の希望に縋るしかない。\n\n カナデがいれば、ジェネラルがいても僅かながら勝ち目が生まれる。\n 強化された戦闘員達であってもカナデなら時間稼ぎは可能だろう。ジェネラル自身は強化されているとはいえ今のアタシとも直接戦闘なら大差はない。短期戦で押し切れる可能性はある。\n\n それに、カナデは聴覚や嗅覚での索敵能力についてはアタシよりもずっと上だ。怪人を避けての隠密行動だって可能になる。そうすれば各地の魔法少女を探して結束することだってできるかもしれない。\n\n\n ーー何よりも、アタシは、カナデに側にいて欲しかった。\n 心細くて、耐えられなくて。\n\n 翼を広げて、コスチュームを身に纏って。\n 学園へ向かうことを決めた。\n\n =====================\n\n 陵北学園は、何も変わらないように見えた。\n\n 昼過ぎの短い休み時間。\n 次の授業が終われば晴れて放課後という少し浮かれた空気。\n\n いつもと何も変わらない日常風景。\n\n アタシは魔法少女の認識阻害を使用してその中に紛れ込む。\n\n 赤と黒のワンピースドレスだけならともかく、大鎌や翼、右目に巻いた包帯は明確な異物だろう。\n それでも、誰もアタシに気づかない。\n\n 魔法少女の基本的な能力である認識阻害は、アタシを見てもそれに『気づかない』ようにさせる。\n 結界に巻き込まれた場合を除き、一般人はアタシを認識することすらできない。\n\n さらに、魔法少女やハリヤーといった視認が可能な存在であっても、変身した今の姿と変身前のアタシを結びつけることができないようになっている。\n この能力がある限り、ハリヤーにアタシ達の素性がバレることはない。捕まっても変身を維持する理由の一つだ。\n\n\n 益体もない思考を打ち切る。\n 行うべきは校舎内、そしてその周辺の探索。\n 特に行うべきはカナデがいそうな場所だ。\n\n\n 剣道場は既に探した。\n そこにいないとなると、まず思いつくのはアタシとカナデの教室のある中等部校舎の2階あたりだろうか。\n\n あそこには教室だけでなく、視聴覚室や保健室もある。\n 馴染み深さも含めて、身を隠す場所としては十分にあり得る選択肢だろう。\n\n 警戒しながら、いつもの校舎へ踏み込んで2階へと向かう。\n いつもと全く同じ場所を魔法少女として、それもこんなに張り詰めた気持ちで歩くのは初めてで、大鎌を握る手に汗が滲んでくる。\n\n 大丈夫ーー 今のところ、クリスタルの気配はない。\n ハリヤーは基本的にクリスタルが無い場所には長時間存在することはできないはずだ。\n 仮想体なんて形で無理矢理この世界に来ているからこその制約。\n\n 魔法少女には近距離であればクリスタルの気配を感じ取る能力がある。\n その反応が無いのであれば、そして、今ここにカナデがいるならばーー\n\n\n「なあ、浩太郎、お前、あの動画、見たか……?」\n「ま、な…… いや、でもさぁ……」\n\n 研ぎ澄ませた神経が、聞き覚えのある声を拾う。\n あれは、同じクラスの和人くんと浩太郎くんの声だ。\n ちょうど自分の教室の前に来たということだろう、次の角の向こうに保健室がある。\n 探索の最有力候補だ。\n\n 今は気にしている場合じゃない、そう思って。\n\n「エミリアさん、じゃ、ないよな……?」\n「違う、だろ、たぶん……」\n\n ……?\n\n 何だろう?\n\n 別にアタシのことをあの二人が口にするのはおかしくない。\n クラスメートだし、アタシはクラスの中でも目立つ方だ。\n 今日は風邪を引いたってことで休んでいるし話題にあがること自体はおかしくもない。\n\n でも、なんだかその、奥歯にものが挟まったような口調が気になった。\n 思わず、自分のクラスの中に視線をやる。\n\n ……何だろう?\n みんな、妙にそわそわしている。\n ほとんどみんな目を伏せていて、会話をしているクラスメート達はみんな妙に声をひそめて、話しづらいような、話してはいけないけれども気になって仕方ない何かがあるようなーー\n\n「いい加減にしなさいよ!!!」\n\n 教室中に響く怒号。\n 声をあげたのはヒトミーークラスではアタシとは小等部からの付き合い、いわば幼馴染だ。\n\n でも、ヒトミがあんな大声で叫ぶのをアタシは見たことがない。\n いったい何があったのか、今が緊急事態であることを一瞬忘れてしまうぐらいにはおかしな事態だ。\n\n でも、アタシの混乱はここからだった。\n\n「あんなの、悪質なイタズラに決まってるでしょ!!\n エミリアが・・・・・あんなことされた動画なんて、ふざけないでよ!!!!」\n\n ……え? 今、なんて\n\n「そ、そうだよな。ごめん、イタズラに決まってるよな」\n「あ、ああ。俺もなんか、変なこと言ってごめんな。ありえねえよな、うん」\n\n 待って、なに、どういう\n\n 冷や汗が流れ始める。\n さっきまでとは違う理由で手が汗ばむ。\n\n まだ、まだ何のことを言っているかなんてわからない。\n でも、頭の中でガンガンと警鐘が鳴っている。\n\n「そうよ、だいたい、こんなの、ありえないじゃない\n いきなり、見た目が変わったりも、しないでしょ」\n\n「そ、そうだよな。大体さ、あらゆるところにリアリティがないよな!\n 作り物丸出しっていうか!!」\n\n 和人くんと浩太郎くんが、ヒトミに弁解するようにーーいや、まるで自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。\n\n 汗が止まらない。\n 心臓が痛い。\n 耳を塞いで蹲ってしまいたい。\n\n まだそうと決まったわけじゃないなんて甘い考えが頭の中に浮かんでいる。\n その下の確信を直視したくないから。\n\n「え、エミリアさんは目立つからさ、変な奴らに写真とか隠し撮りされて、合成映像だよあんなの。\n おおかた、」\n「そう、そうよ。あんなこと、されたなんて、あり得ないわよ」\n「うん、そうそう。そうだよ。\n ホラ、そういうAVに適当に顔を貼り付けたりしてるだけに決まってるって」\n\n そうだそうだと声があがる。\n 言い聞かせるように。\n クラスの全員が、自分の中の疑念をねじ伏せようと必死で理屈をつけている。\n\n「もう、良いだろ。\n ウソだって、わかったんだから、この話は終わりだ」\n\n クラスの端にいたケンジが、聞いたことのない程に硬い声で言った。\n\n いつも明るくて、底抜けに元気で、優しくて。\n いつも気が利かないくせに、アタシが悩んでいると何でもないみたいに話しかけて来る穏やかな声が、今は恐ろしいほどに強張っている。\n\n アタシは、アタシは、ケンジのことが好きで、それなのに、アタシは、昨日、負けて、いや、それを、もしかして、ケンジも、みんなも、昨日の、それを、違う、まだ、そうと決まったわけじゃ\n\n ピロン♪ と軽い音が鳴る。\n ブーと、ケータイのバイブレーションが震える音がする。\n ピロピロと着信音が鳴る。\n\n 同じタイミングで、クラス全員のケータイがメールの着信を告げた。\n\n それはアタシのケータイも同じで。\n\n 送信元はわからないーー見えなくてもわかっている。\n 文面は何もない、ただ画像ファイルだけが何枚も付いている。\n 震える指先がメールを開くーー嫌だ、見たくない。\n\n\n アタシが、犯されていた。\n\n ジェネラルに処女を奪われて、泣き叫んでいた。\n 戦闘員に犬のように犯され、歯をへし折られて汚濁を飲まされていた。\n 肛門を肉棒で抉られながら、右目を潰されていた。\n\n そしてーー失神したアタシが、変身を解除、させられて、いて。\n\n「うーー おぼえぇぇぇぇぇっ……\n うげっ、お、えぇぇ……」\n\n びちゃびちゃと、水を吐き戻す。\n イヤ、イヤだ、イヤいや嫌いやイヤ嫌いやイヤだ\n\n「イヤ、いやぁ……」\n\n 動けない、動きたくない。\n クラスで起きている喧騒も聞きたくない。\n\n「ひゅー…… ひっ、ひ…… ふ、ひゅー……」\n\n 息が、できない。\n なにも、聞こえない。\n\n「クソッ! 誰だよこんなことする奴!!」\n「こんなの! あり得ない! あり得ないわよ!!」\n\n なにもかんがえたくない、ここにいたくない。\n\n 這いずるようにしてその場から離れる、違う、逃げ出した。\n\n「でも、これ…… あ、いや……」\n「バカ、言うな……」\n\n 気づいてる。\n みんな気づいてる。\n\n 少なくとも、変身を解除された後、そこは、誤魔化しが効かない。\n 顔も、裸も、何もかも。\n\n そもそも、クラスメート全員のメールアドレスを知られているんだ。\n それで何もなかっただなんて、誰が信じられるの?\n\n「うえ、う、あ\"……」\n\n アタシは、何をしに、ここに、きたんだっけ。\n\n そうだ、カナデを、探しに、保健室、へ\n\n ふらりふらりと、足を進める。\n 角を曲がれば、角を曲がれば良い。もう何も……\n\n 一瞬だけ、一瞬だけ全てを忘れた。\n\n うなじを刺す冷気が脳髄に届いた瞬間に、周囲を確認さえせずに大鎌を振り抜いた。\n\n「ギギャアッ!!?」\n\n 五月蝿い。\n 手に伝わる肉を切る感覚すら煩わしい。\n\n ああ、当然だ。\n こんなの、こんなの決まっている。\n\n「いやはや、意気消沈しているかと思えばまるで衰えない一閃。\n まったくもって、貴女は本当に私を楽しませてくれますねえ、ミス・エミリア」\n\n どうでもいい、無駄口だ。\n\n ジェネラルと、戦闘員が、残り5。盾持ちが2、棍棒が2、弓矢が1。\n\n ジェネラルは油断しているフリをしているだけ、アタシが飛び掛かっても防げるように構えている。\n だから、どうでもいい。\n\n「ああ、貴女のご学友にご連絡させていただいた無礼はお許しください。\n なにせホラ、貴女の可愛らしい姿があまりにもよく撮れておりましたので、年甲斐もなく見せびらかしたくなるのは人情という物。\n 無論、一部始終は一般人でもアクセスできるようにアップロードさせていただきまし」\n\n 踏み込む。\n\n 即座に反応して軍刀を構えるジェネラルは狙いじゃない。\n ゲスな笑い声を上げようとした右の戦闘員に向けて一閃。\n\n 咄嗟に棍棒を立てて両腕で受け止めようとする、それは読めている。\n\n 鎌を握る右手を畳みながら右脚を振り抜く。\n 狙いは棍棒に添えられた戦闘員の左手。\n カバーに入ろうとする盾持ちよりも早く、アタシの身体が円弧を描く。\n\n 汚らしい、汚い、汚らわしい。\n ぐちゃりという肉を潰す感覚も、背中で聞こえる悲鳴も、無防備な背中に迫る圧力も何もかもが不快だ。\n\n 敵は盾でアタシを押し潰しに来ている、数は2。\n 寸分違わぬタイミングで左右を押さえてのシールドバッシュ。\n\n あと一瞬でアタシは潰される。今から振り向いても鎌は間に合わない。跳んでも後ろに控える棍棒に狩られる。飛ぶにはここは狭すぎる。\n 翼を出して前方へ飛ぶには、空気を掴む一瞬が足りない。\n\n しゃがみ込む。背中を向けたまま、姿勢を低く。\n 盾がアタシを押し潰しにくる体勢で迫る。\n\n 地面に手をつける。\n 背中に力を込める。\n\n 翼を展開する。\n 飛ぶためでなく、盾をこじ開けて叩きつけるために。\n\n「ギギッ!!?」「ギャギッ!!」\n\n ビチビチという翼の千切れる音と共に、吹き飛ばされた戦闘員の悲鳴が響く。\n 地面についた腕で無理矢理に負荷を支える。\n 翼と地面に挟まれた胸骨が圧迫されて潰れそうだ。\n\n 知るか、潰れてしまえ、死んでしまえ\n アタシなんて、もう、どうでもいい\n\n 殺到してきた棍棒持ちの戦闘員が二体、振り向きざまに鎌を思い切り叩きつける。\n 当然のように受け止められて、もう一体の棍棒がアタシに迫る。\n 右肩を砕くコース、鎌を受け止められた直後のタイミングでは回避は間に合わない、右腕を滑り込ませても砕ける場所が変わるだけ。\n 必ず何処かが壊される。\n\n 別にいい\n\n 右腕を棍棒に叩きつける。炸裂型の魔力弾を握り込んだ右掌を押し付けるようにして。\n\n「ギギッギギアギっ!!?」\n「あっ、ぐ……」\n\n 炸裂音と悲鳴、呻きながら一歩飛び退る。\n 着地を狩ろうと殺到してきた盾持ちを蹴り付けてもう一歩、ボタボタと血を流すボロ雑巾の右腕に最低限の修復を行いながらまた鎌を構える。\n\n 魔力弾を食らった戦闘員は腕が肩ごと吹き飛んでいる、戦闘不能と見ていいだろう。\n アタシは身体の右側に多少の衝撃は残っているが、さしたるダメージではない。\n そもそも右側は視界が潰れているのだ、使い潰して構わない。\n\n 残り4体と、ジェネラル。\n アタシが死ぬより先に殺し尽くせるかは難しいだろう。でも、構わない。\n\n 後先も何も考えず、ただ殺し合いにだけ身を投じていれば、きっと\n\n\n「やれやれ、昨日よりも弱体化しているはず、と踏んだのですがねぇ……\n まあ、戦場では稀に見かけますがね。メンタルが沈んでいる方が恐ろしいという手合いは」\n\n 周囲に学校のみんなはいない。\n こいつらが人払いをしたのかは知らないが、アタシにとっても好都合だ。\n そんな事を考えられる余裕は残っていない。\n\n アタシ自身のことを考える余裕だってない。\n 全神経は敵の殺害の為だけに向かっている。\n\n ジェネラルは戦闘員を強化し、指揮して連携させる。\n 全ての戦闘員だけでなく、ジェネラル自身も含めた部隊を操り、一個の生命体のように乱れなく互いが互いをカバーする。\n\n それでもなお、奴等は個々の存在なのだ。\n 昨日から大幅に強化されたジェネラルと戦闘員、でもその強化幅は明らかにジェネラルの方が多く、必然として両者の動きには差が生じている。\n\n 端的に言って、今のジェネラルと戦闘員の連携には乱れがある。\n ジェネラルを狙うかに見せた戦闘員狙いの一撃を易々と通してしまう程度には大きな乱れが。\n\n「剣呑ですねえ、まったく……\n だからこそ、とも言いますが」\n\n\n 下らない、何もかもどうでもいい、考えるに値しない、考えたくない\n\n 荒れ狂う衝動と異常に冷え切った頭のまま、再度のアタックを仕掛ける。\n 殺し尽くすのが先か、アタシが動かなくなるのが先かは、本当に、どうでも良かった\n\n\n =====================\n\n\n ぞブリと、牙が肉に刺さる不愉快な感覚。\n 噛み付いているのがハリヤーの戦闘員の破片ともなれば尚更だ。\n\n それでも、魔力は必要だ。\n 最後に残った敵を--ジェネラルを殺す為なら、泥水よりもなお悍しいこの魔力すら啜ってやる。\n\n「手負の獣は恐ろしい、と言いますが……\n 今の貴女は正にそれですな。\n いや、私の指揮する戦闘員が五体全て倒されるとは思いもしませんでしたよ」\n\n ジェネラルは軽口を叩きながらジリジリと間合いを詰めてくる。\n\n 対してアタシは一歩も動かない。\n いや、動けないと言った方が正しい。\n\n 両腕は度重なる破壊に再生が追いつかず、ところどころが『破けて』いる。\n 翼はズタズタで半ばからへし折れて無残な断面を覗かせたままだ。\n 赤と黒のコスチュームはズタズタで、まだらな血痕で汚れてボロ布のよう。\n\n それでもまだ戦える。\n 大鎌はアタシの殺意を映すように手の中で輝いている。\n 補給した魔力はあと一撃の余力をアタシに与えている。\n\n 痛覚制御はとうに途切れている。\n 身体中どこも痛くて笑ってしまいそうだ。\n\n 痛くて痛くてツラくて頭がどうにかしてしまいそうで、きっともうどうにかしてしまっている。\n\n「私はね、ギャンブルという物が嫌いなんですよ。\n 胴元が勝つから、なんていう話ではなくて、自らの身をさらけ出しながら、それが自分の手が届きもしない運否天賦という場所で扱われる。\n そういうところが嫌いでしてね」\n\n あと一歩、あと半歩\n\n「何が言いたいかというとですねーー」\n\n 踏み込んできた。\n\n 右から軍刀が迫る。\n 踏み込んでくる左足に違和感、体幹を誤魔化していると推測。\n 大鎌の柄を立てて右側を守りながら、左へ向けて腰を溜める。\n 案の定、軍刀の一撃は軽い、左手一本で振るっただけで体重は乗せていない。\n\n「ふっ!!」\n\n 鋭い呼気と共にジェネラルの右手がいつの間にか握っていた短刀を突き出してくる。\n 読めている。\n\n 柄を回す。\n 左手だけで保持した軍刀は容易く弾かれる。\n\n 刃が回る。\n 突き出された右腕を担当ごと切り落とす。\n\n「ぐ、あっ!!?」\n\n 終わりだ。\n 丸腰で、右腕はない。\n 満身の殺意と、残り全ての魔力を鎌に乗せる。\n\n 一撃で、首を、斬り落とすーー\n\n\n 右腕に、ジェネラルの左手が触れた。\n\n ただ触れただけ、武器も何も持たない手が、アタシに触れた、ただそれだけ。\n\n\n それだけで『終わった』と、何故かわかった。\n\n\n「あーーく、あーー!?」\n\n 身体が、止まった。\n いや、違う、鎌を振る腕に力が入らない。\n あんなに軽々と振り回していた鎌が持っていられないぐらいに重い。\n\n 手がちぎれてしまいそうだ、身体を真っすぐ保つことができない。\n 全身に力が入らない。\n\n ふざけるな、あと少し、あと少しなんだ。\n あとほんの少し、振り抜くだけで\n\n「2メートル近い大鎌、それも全てが魔力で合成された重金属ともなれば、それは大変な重さです。10キロ程度ではすまないでしょう。\n それを軽々と振り回すなんていうのは、魔力による身体強化抜きでは、とてもとても不可能。\n 違いますか?」\n\n ゆっくりと、ジェネラルの左腕がアタシの大鎌を掴む。\n 万力のように固定されたそれは、もうどうやっても動かないという確信を与えてくる。\n\n 首元に、何かが巻き付いている感覚がする。\n\n 知っている、この感覚を知っている。\n 昨日、処女を奪われた直後に首に着けられたチョーカー。\n 魔力も、なにもかもをハリヤーに好き勝手に操られてしまう、最悪の枷。\n\n「ええ、私はギャンブルが嫌いでして。\n できる限りの仕込みは、既に済ませてあったのですよ。\n 昨日つけたチョーカーはスリープ状態になっていただけ、承認者がほんの少し触れるだけで再起動する、というわけです」\n\n 魔法少女の身体能力は、魔力による肉体強化ありきの物だ。\n 元の身体能力が高いほど強化されやすいのは確かだが、戦闘員すら鉄の棒を軽々と捻じ曲げるのだ。人間の身体能力そのままでは話にもならない。\n\n「いや、それにしても本当に予想外でした。\n 身体機能は昨日よりも明らかに落ちているはずなんですがねぇ。\n いやはや、本当に驚かされました」\n\n 動け\n 動け動け動け動け\n\n 腕に力を込める。鎌は動かない。\n\n アタシはもう、魔力を自分で操作できない。\n 昨日のように魔力で爪を作ることも出来ない以上、ハリヤーの防御を突破できるのは今ある武器、ただ一つだけだ。\n\n「か弱い、実にか弱いですね。\n 満身の力を込めているのでしょう?\n 怒りも、恐怖も、使命感も何もかもを込めて全力で。美しく、強く、誇り高い貴女が全力で!」\n\n 鎌は動かない。\n アタシが何をどうやっても、この刃は届くことはないとアタシに確信させる。\n\n 動け、動け、動け\n\n アタシの全力は今まさにねじ伏せられているのだと教えられる。\n\n ジェネラルが口元を歪める。\n 言葉を続ける。\n 嘲笑を続ける。\n\n「ああ、ミス・エミリア。\n 今こうしてどうしようもなく抵抗もできずに踏み潰されていく貴女は、本当に愛らしいーー」\n\n 鎌を動かすこともできない、無力なアタシの顔を覗き込みに、ジェネラルが顔をよせる。\n\n ーー動いた、ジェネラルが動いた\n\n ジェネラルの顔が、アタシの顔に近づいている。\n\n 牙に近づいた。\n\n\n 鎌に力なんて、ロクに込めていない。\n アタシの矮躯で込められる力なんてハリヤーの膂力の前では、はじめからゼロに等しい。\n つまり、感覚差なんて微々たるものだ。\n\n だから、アタシに使える武器はただ一つ、作れない爪でも、動かせない鎌でもない。\n\n\n 飛びかかる。魔力の補助すら無しに、ただ自分の肉体のみで。\n 毎朝続けたランニングの時のように、カナデと競ったゴールのように。\n\n 魔力を帯びた体に比べれば笑ってしまうほど遅い動作だろう。\n でも、このほんの少しの距離ならば、ジェネラルが動いて詰めてきた距離ならば。\n\n 全身の筋肉が伸び上がる。\n 満身の力を込めて、最後の一撃を。\n\n この牙をーー突き立てる!!\n\n\n\n ざぐん、と鈍い音が響いた。\n\n アタシの牙は、ジェネラルに突き立った。\n\n ジェネラルの、右腕に。\n\n\n「全くーー本当に、危ないところでした」\n\n\n ああ、もう、ダメだな\n\n 冷え切った頭が告げる。\n\n ジェネラルの左手がアタシの鎌を投げ捨てて、ゆっくりと拳を型作るのが見える。\n\n「力がこもっていないことには、気がつきませんでした。\n ただ、違和感はありました。\n 貴女が鎌にばかり拘ったことに」\n\n ジェネラルの右腕から牙を外す。\n 無駄だとは分かっているけれど、防御姿勢を取る。\n 拳は、隠しもせずにアタシの腹に向いている。\n\n「思い出したのは、戦闘員から貴女が魔力を吸い上げた光景でした。\n 本当にギリギリだった。ミス・エミリア、貴女に心からの賞賛を捧げましょう。\n そしてーー」\n\n ごっ、と鈍い音と、全身を叩きつけるような衝撃があった。\n ジェネラルに腹を殴られた衝撃。\n 魔力の補助もロクになく、耐えられるはずもない一撃。\n\n 暗転していく世界の中で、ジェネラルの歪んだ口元が紡いだ言葉は、聞き取れなかった。", "preface": "直接的なエロ部分は後編からになります"} |
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