| {"novel_id": "n0002gf", "chapter": 3, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002gf/3/", "title": "三話 〜魔法少女カナデの思索〜 ☆挿絵あり", "content": " 空気を切り裂く澄んだ音が響く。\n 一つ、二つ、三つ、呼吸を乱さず、足さばきに合わせて生じるエネルギーを腰から背筋、腕から剣先へとつなげていく。\n 道場で剣を振るうのは日本刀のような少女だった。まだ幼さの残る14歳の容貌に似合わない鋭い視線、すらりと伸びた手足は細くしなやかな筋肉を纏い、身体は一切のブレなく朝の空気を切り裂く。\n 凛とした、日本刀のように美しい少女は名を鷹森奏ーーあるいは魔法少女・カナデーーと言った。\n\n 背後と正面に敵を想定ーー前の敵が攻撃に移る寸前を捉えて踏み込み小手を取る、同時に背後の敵から距離を取る。\n 剣は斜めに三日月を描いて切り落とした勢いのまま反転、体軸に乗せる形での体当たりで手負いの敵を突き飛ばしつつ、身体に制動をかける。\n 背後にいた敵に向き合うと同時に追撃を受け止める。間合いを外された以上、敵の攻撃は突きか下段からの切り上げが最速。わかっていれば受けるのは容易く、最速でない剣筋ならなお容易い。\n --鷹森流『梯子車』\n\n 左右に敵を想定ーー左を向いて剣を振り上げながら体軸を右に残して足を溜め、右手の敵が釣られた瞬間に右へ跳ぶ。\n 移動に合わせて右手の敵に剣を振り下ろして斬殺。左手の敵が上段に対応しようとした体勢を戻す前に下段からの切り上げでこちらも仕留める。\n --鷹森流『焔返し』\n\n 型というものはいわばマニュアルだ。こういった状況でこういった動きをすれば勝てる、それを事前に身体に覚えこませることで、適用される場面がきた瞬間に思考を廃して迅速に身体を動かせる。\n 間断なく生死の選択が繰り返される戦場で生き抜くために作られた鷹森流は、特にこの型稽古を重視している。\n それが実戦的であるということは、実際にハリヤーとの戦闘を行った鷹森奏ーー魔法少女カナデには実体験として理解できていた。\n\n 剣を振るうーー無機質なはずの剣先の感覚が伝わる、手で持っている物ではなくて己の身体の一部として血が通っているような感覚。\n\n 剣を振るうーー空気を切り、己が鋭く研ぎ澄まされ、視界がクリアになっていく。道場の床のわずかな凹凸も、差し込む朝日に照らされる埃の一粒さえも鮮明に捕らえられるような全能感。\n\n 剣を振るうーー自らの身体が躍動する。全身の筋肉と骨はいくらでも求められるままに動く、神経は全身に行き渡り脳髄はさえ切っている。\n\n\n ああ、私は、剣を愛している。\n\n\n ふう、と一つ息をつく。額から流れる汗をぬぐい、胸元を少しゆるめて汗ばんだ肌を冷ます。\n 差し込む朝の冷気が心地よい。エミリアには『ブラジャーが見えるでしょ!』などと怒られるが、今であれば構うまい。\n\n「おーいカナデ、朝飯できたぞ」\n 三つ上の兄が道場の戸を開きながら声をかけてくる。\n 筋骨隆々で恐ろしく厳つい見た目だがその割に変なとこで気を使いがちで、今もケータイで呼べばいい物をわざわざ道場まで足を運ぶのはまあそういう考えなのだろう。\n 私はその辺全然気にしないのだが。\n\n「今日も朝の鍛錬か、精が出るな。動きも前より格段に良くなってきているし父さんも喜んでたよ、女道場主なんかも良いかもしれないなんて言ってさ」\n「そいつは嬉しいな。しかし兄さんがそれを言っていいのか? 基本的に兄さんが道場の跡取りだろうが」\n「お前がやりたいなら譲るさ。剣術は嫌いじゃないがそれで食っていくしかないってわけじゃない。\n 道場に関しては正直収入も少ないしな」\n「ふん、欲のないことだ。兄さんらしい」\n\n 兄が去年の県大会で優勝をしたことも、そのために努力をしたこともーー何よりも、溢れんばかりの剣士としての才能も私は知っている。\n そして、そのうえでこの言葉は全く嘘偽りない兄の本心だということも私は知っている。\n だから、少しだけ震える声色を握りしめた拳で押さえつけて何でもないように返事をした。\n\n ====================\n\n「また、負けたあ……!」\n 毎朝恒例となった裏門での競争を終えて、エミリアが悔しがる。\n\n 魔法少女になってからカナデが始めたランニングだが、エミリアも魔法少女になってからは一緒にトレーニングを行っている。\n 魔法少女の変身は身体能力をあらゆる面で強化してくれるが、戦闘技術の類が身につくわけでも身体の動かし方を教えてくれるわけでもない。\n 更に言えば、強化後の身体能力は魔力との親和性と元の身体能力の二つの要素によって決定されるため、基本的に元から強い者ほど変身後も強いのだ。\n そのため、こうしたトレーニングで基礎体力を、放課後の道場での特訓で体の動かし方を身に着ける。\n\n ミックーーいわゆる魔法少女マスコット的な小動物がトレーニングを進めてきたというのもあるが、それ以上にエミリアが強く望んできたのだ。戦う力が欲しい、と。\n\n 今でも、少し後悔している。自分が魔法少女になった時、魔法少女とハリヤーのことをエミリアに話していなかったことを。\n もしもエミリアが魔法少女になっていれば、彼女の叔父さんは死ななかったかもしれない。\n\n 今でも、少し危惧している。彼女がハリヤーに負けて殺されてしまうのではないかということを。\n だが契約の際に詳細な説明は受けるし、彼女は自分よりもずっと聡明だ。魔法少女として戦うことの危うさも、敗北の先に待つ物もきっと自分なんかよりもよっぽど理解しているだろう。\n\n「ははは、そう簡単に負けてはやれないないなぁ」\n 何度も考えて何度も同じ結論に達して、何度も同じような軽口だけを私は口にする。\n\n「そうは、言っても、アンタ重り付けてるじゃない…… ハンデありで負けるなんて……」\n「いや、それを言ったら私の方が背も高いしなぁ」\n「ハァ!? アタシの背が低いとでもいうの!!? まだ成長期なだけよ!! 半分アメリカ人なんだから背は伸びるに決まってんのよ!! スタイルも良くなるの! なるに決まってるの!!」\n「うん、わかった、わかったから落ち着けエミリア。ほら、シャワー浴びに行くぞほら」\n\n 下らない応酬をしながらシャワー室へ向かう、魔法少女になる前と変わらない友人同士の気楽さで、前より近い魔法少女の相棒としての距離感で。\n それを本当にありがたく思う。\n\n\n ちなみにエミリアの身長は去年から2センチも伸びていないし、胸の成長はそれ以下だと私は知っている。\n\n ====================\n\n\n「魔法少女になれば、願いを一つだけ叶えてくれる? なんでも、か?」\n\n\n ふと、今でも思い出す。私が魔法少女になった日を。\n\n\n あの日、道場で我武者羅に木刀を振っていた私に話しかけてきた小動物ーーミックーーに問いかける言葉は、疑問でありながら確認で、そして縋るような響きを帯びていた。\n\n「限界はあるけどね。死者を蘇らせることはできないし過去の改変も不可能だ。不治の病を癒したり、記録の改ざんや認識の阻害なら可能だけどね。\n 金銭であれば10億円が限界だし、社会を直接的に変革してしまうような願いも制限に引っかかることが多い」\n「あ、参考として今までの魔法少女の願いがいくつかまとめてあるプリントがあるよ。\n それから、時と場合によるけど願いは後から変更が利く場合とか、緊急時の人命救助を願いにして契約した場合は落ち着いてから契約を解除しても人命救助は撤回されないとか、いろいろとイレギュラーな処理もあるからね」\n\n 魔法少女、そんなものを本気で信じている中学生はいないだろう。私だってそうだった。\n だが、突然現れたこの喋る小動物と、「実演役」だという赤い長髪の魔法少女にありとあらゆる証拠をみせつけられれば信じざるを得ない。\n\n いや、違う、信じたかったのだ。\n 魔法少女というファンタジーではない、なんでも叶うというその報酬が欲しかったのだ。\n 報酬を受け取れば、死やそれ以上の無残な末路の危険を孕む戦いに踏み出すと説明されていてもなお、私は『それ』が欲しかった。\n\n「いい、契約する。だから頼む、私をーー」\n\n\n ====================\n\n 夕暮れ前のビル街はそれなりに人通りのある場所だ。\n 学生や主婦、早上がりのサラリーマンなどでごった返すはずのそこには、数十人もの黒ずくめの戦闘員とそれを率いる大きな二足歩行の虎だけが堂々と闊歩していた。\n「ちっ、結界があるってことはクリスタルももう出てるはずだが……」\n 苛立たし気に唸る虎は名をティガールといった。ジェネラルと同じくこの町を担当する怪人の一体、三メートル近い巨躯を誇る半虎半人の虎怪人。\n\n「貴様ら、とっとと探せ! 全く面倒な…… 仮想体でさえなければすぐにも見つかるというのに……」\n 戦闘員はおびえるような仕草をみせるが答えはできない。\n 異世界への転移に伴い存在のリソースを削る必要がある以上、最低限の発声機能以外は余分と切り捨てられたためだ。\n それは仮想体という形のティガールにおいてはより顕著で、本来の感覚器官を大幅にオミットしている。つまりクリスタルの探索は目視便りになるということであり、本来の身体とは異なる不快感も相まって苛立ちが深まっていく。\n\n「全く、早いところ魔法少女が現れて欲しい物だ…… くく、改造戦闘員は六体…… 今度こそあの生意気なメスガキ共を叩き潰してやる……」\n ティガールの脳裏に過るのは二人の魔法少女、この町の魔法少女の中でも最年少にして最多の怪人撃破数を誇るコンビ、狐の剣士・カナデと吸血姫・エミリア。\n ティガールもジェネラルと同様に幾度も彼女らに苦渋を舐めさせられている。\n\n(今度こそ…… いや、仮に今回失敗したとしてもそのデータを……)\n\n パン、と乾いた音がする。\n 何かが破裂する音、続いて戦闘員達の悲鳴。\n なんの音だ--訝しむ間も無く、唐突に--まるで上空から現れたように--ティガールの前方に、一人の魔法少女が現れた。\n\n\n「ストライク! ってね。 ふふん、ボクが来たからにはもう好きにはさせないよ。魔法少女・ヒマリ参上!」\n\n その装いは、魔法少女というには異端だった。\n 端的に言って野球のユニフォームに酷似している。\n\n 白を中心に肩から先が赤いベースボールシャツに、申し訳程度の装飾がついた動きやすいホットパンツのようなズボンと膝を守るプロテクター付きのニーハイソックス。斜めに背負っているのは野球ボールが詰まったボールバッグだろうか。街中で見かければちょっと派手な野球女子でも通りそうな外見だ。\n もっとも、燃えるような赤い短髪と背中に生えた一対の大きな翼、そして全身から感じる濃密な魔力は彼女が魔法少女であるということを主張している。\n\n「ふん、見ない顔だ。新しい魔法少女かーーほう、悪くない」\n\n ティガールの目がいやらしく品定めをする。年のころは16か17といったところだろう、女として熟しつつありながら幼さを残した頃合いの肉だ。\n 絶対領域から覗く日に焼けた太ももはソックスにわずかに食い込み、程よく筋肉ののったむしゃぶりつきたくなるような雌の肉を見せつけている。\n ホットパンツ越しに窺える肉付きがよく骨盤の広い尻を掴んで思いっきり腰を叩きつけてやれば、みっちり詰まった肉がオスをよく悦ばせるだろう。\n 大きな骨盤は異形の子を孕んでひりだすのに適した『雌』の才能を感じさせる。ゆったりとしたユニフォームに隠れてはいるが、乳房も中々の大きさだ。\n\n あの邪魔な布切れを引き裂いて柔らかな肉の果実に齧り付いてやったとき、あの何の憂いも無いという様な真っすぐな視線がどう歪むのか楽しむのも悪くない。\n\n\n「くく、美味そうじゃないか。あのメスガキ共はちと幼すぎるからな、お前ぐらいが食いごろだ」\n「うっわサイアク。お前みたいな獣臭いやつあらゆる意味でお断りだって…… の!!」\n 言葉と共にヒマリの腰が落ちる。大きく横に伸びた右手には白球、握りなれた硬式ボールには既に魔力が通されている。\n\n\n ーーそも、人体とは投擲に特化している。二足歩行故の身体のねじりは当然ながら、肩から先の可動域の広さは霊長類においても比肩する物はない。そして、ピッチャーとは身体を投擲のためだけへと作り変えた人種のことだ。\n\n 身体が開く、フォームはサイドスロー。右腕を引くのは筋肉ではない、そのためだけに作り変えられた靭帯と腱が背中を超えるほどに反り返る。同時に、限界まで捻られた身体が鍛え抜かれた下半身の生み出すエネルギーを増幅しながら指先へと送り込む。\n 右足の軸は少しもブレず、左足が大地を踏みつけると同時に白い殺意が投擲される。美しい連動を為したそれは人型の投石機と呼ぶに相応しい。\n\n 一秒に満たぬ投球モーションから放たれた白球は弾丸のような速度で虎の頭を食らわんと空気を切り裂く。\n 正しく必殺の一撃、絶対の死をもたらす魔弾。\n\n\n だが、ティガールは怪人。いくら制限がかかっていようがその身体能力は人外の内にあって尚脅威、並みの魔法少女をはるかに凌駕するその肉体は即座に迎撃を選択する。\n\n 手近にいた戦闘員を掴んで前方に突き飛ばす、魔弾を受けた戦闘員が盛大な音と共に腹に大穴をあけた時には四足の獣が走り出していた。\n 虎の爪はアスファルトさえ貫いて地面を捉え、その巨体を一瞬で加速する。先ほどの魔弾にも劣らぬ速度で跳躍し少女の柔肌に向けられるには余りに鋭いその爪牙が迫る。\n あと1メートル、爪が振り上げられる、投球を終えたばかりの身体は回避という点では棒立ち以下だ。あと30センチ、少女の顔が驚愕に歪む、もはや喰らわれるだけの獲物にその爪が振り下ろされる。\n\n 爪が触れるその瞬間、少女の身体は飛翔した。\n\n\n「あ、あっぶな……! でも残念! ボクの変身はオオワシ、虎なんかに捕まるもんか!」\n\n 得意げに吠える少女を見上げてティガールは低く笑う。思った以上に上物だ、飛行が可能な魔法少女という物はそれだけで脅威度が高い。その上に遠距離攻撃の手段まで持ち合わせているともなれば尚更だ、ハリヤー内部でのランク付けに従えばばAランクに相当するだろう。\n そしてティガールは、Aランク程度の魔法少女なら何人も仕留めてきた。\n\n 後ろ足で地面を蹴りつけて跳躍する。向かうのは手近なビルの壁面、飛行が可能な魔法少女の多くは上を取られることに慣れていない、三角飛びの要領で上から強襲されれば脆さを露呈するーー\n 悪寒が走る。このままビルの壁面に着地してはいけない。\n\n 理由を問う脳をねじ伏せて全力で姿勢を制御、着地予定位置の1メートル手前に爪を引っかけて急停止。同時に着地予測地点に光の矢が突き立つ。\n\n\n「よけられた!? いや、それより、距離を取ってヒマリちゃん!」\n\n 地面へと戻りながら声のする方を仰げばそこには天使がいた。\n 茶色のボブカットの上に輝く輪、少しピンクの入ったふわりと膨らんだ白いワンピース、真っ白な鳥のような翼に、手に持った白い弓矢。\n\n 魔法少女の中でも希少な幻想種、それも飛行・遠距離攻撃のみならず回復能力を有する天使タイプーー変身者自身の技量に関係なくSランクとされる魔法少女、ハリヤーにとって最大級の脅威となり得る存在。\n 自信なさげに下がった眉といい甲高い声といい、いかにも気の弱そうな佇まいだが、身にまとう魔力は相当なものだ。\n\n「ありがと、チエリ! 助かったよ! やっぱり怪人もいるとなると一人じゃ危なそうだね」\n「もう、ヒマリちゃん先に飛んで行っちゃうんだもん……\n あの怪人、たぶんすごく強いよ。気を付けないと……」\n「うん、それは同感。距離取って空から攻めよう」\n\n 作戦会議とは悠長なものだーーしかし、油断はしていないようだ。視線と意識はこちらに向けられ、再び壁面から襲おうとすれば今度こそ矢か白球が直撃するだろう。\n\n(ふん、確かにこのままだと封殺されて終わりか。\n だが…… ちょうどいい、エミリアに使う前に試してみるか)\n\n 右手を挙げて合図を出す。ビルの隙間に潜んだ改造戦闘員が蠢きだす。\n 呼称をアラクネ・マスプロと言うそれは空を縛り付ける大蜘蛛、飛行能力を狩るために生み出された悪魔だった。\n\n\n ====================\n\n\n 夕暮れを切り裂くように狐耳の剣士ーー魔法少女・カナデが街を駆ける。\n 向かうはビル街、既に一組の魔法少女が向かっているはずだが、クリスタルの反応の巨大さからして恐らくは怪人が出現している。\n ミックが言うには先に向かった魔法少女達は怪人との交戦経験は無し、飛行能力持ちのためまず問題はないだろうが、念のためと後詰を頼まれた形だ。\n\n(エミリアは待機、か。\n 飛行能力持ちは遊撃として浮かせておきたいし、万一エリア内の飛行持ちが全滅すれば致命的だ。\n まったく、いつもいつも合理的なオペレータだよ)\n\n 差配には納得する。魔法少女は基本的に全ての行動に対して最終決定権が委ねられているが、たいていの場合ミックのオペレートは最善手だ。\n 今回のようなリカバリーや不測の事態への備えも含めて、キャリアが長く経験を積んでいる魔法少女はほぼ全員がミックのオペレートに従っていた。\n\n だが心情ばかりは合理的にとはいかない。\n なにせ自分がよくわかっているのだ、カナデはエミリアに及ばないと。\n\n 飛行能力持ちが重視されるのは何も現場への急行ができるからだけではない。単純に強いのだ。\n 戦場において常に高度優位を取れるだけでなく速度と突進力、さらに加速と減速の補助。剣術が様々な術理で血眼になって求める優位はどれも翼一つでこれ以上ないほどに凌駕される。\n 単純な身体能力においても変身したエミリアは全ての魔法少女の中でもトップクラスの剛力を誇り、戦闘員はおろか怪人にさえ純粋な出力で勝っている。\n 光弾による遠距離攻撃や自己回復能力ーー総合的に言って、魔法少女・エミリアはこの街で最強の魔法少女だ。\n\n カナデが唯一勝るのは剣術に基づく白兵戦技術だが、他ならぬカナデによる指南で戦闘技術を磨き上げている。\n\n(エミリアは覚えが良い。術理をあっという間に理解して動きに反映できるし、単純な反応速度や運動神経も優れている。才能がある、ということだろうな)\n\n 運動神経抜群、学年主席、アイドル並みの美貌、屈託なく誰とも話せる性格、努力を怠らず積み上げる克己心……\n 漫画に出てくるような完璧超人だ。コンプレックスを持つなというのが無理だろう。\n\n だが、せめて『ある一点』ーーそう、ただその一つだけさえあれば他のすべてで負けていたとしても、こんな複雑な思いを友人に抱くことはなかったはずなのにーー\n\n(と、いかんな、もう戦場だというのに)\n\n 益体もない思考を打ち切る。\n 駆ける勢いを緩めずに結界を潜る。\n 目に見えないぬるま湯をくぐるような独特の感触の後、外からは認識すらできない戦場へと踏み込んだ。\n\n「なんだ、あれはーー?」\n 幾度か訪れたことがあるから知っている、ここはなんの変哲もないビル街だったはずだ。少なくとも、空を覆うような白い網などは存在しなかった。\n おそらくは新しい怪人か、あるいはその新兵器かーーいずれにせよ面倒極まりない事態だ。\n\n「そういえばミックがここに向かった魔法少女は飛行タイプだと言っていたな…… そういうことか」\n\n ====================\n\n マズい、マズい、マズいーー弓に番えた矢をティガールに向けてにらみ合いながら、天使の魔法少女・チエリの脳内で警鐘のように繰り返す。\n\n 自分たちはどこで間違えた?\n\n 現れた二匹の大蜘蛛の片方を瞬時に仕留めたところまではよかったはずだ。\n 二体目への攻撃をティガールに防がれ、ビルとビルを繋ぐように蜘蛛の糸が張った時か?\n こちらには粘着して動きを制限するくせに、ティガールには足場として利用できる蜘蛛の巣を切ろうと躍起になって時間を無駄に費やした時か?\n それとも、状況を打開しようと被弾覚悟で突っ込んで--潜んでいた三匹目の蜘蛛に、ヒマリが捕らえられた時か。\n\n「に、逃げて、チエリ……! 助けが、くるま、ガッ!!」\n 全身を粘着質な蜘蛛の糸で縛られて地面に転がるヒマリを戦闘員たちが取り囲み、うるさい口を叩くなと蹴りつける。\n\n 実際のところ、逃げれば助かる可能性は高い。\n ミックから後詰の魔法少女が向かっていることは戦闘前に聞いている。\n 向こうの手の内も把握できた今、一度退いて体勢を立て直せばおそらくは勝てる。\n クリスタルを転送される前に勝負をつけることもできるかもしれない。\n でも、その場合、ヒマリは……\n\n\n「クハハハッ! 確かに本気で逃げに徹されたら捕まえるのは難しいなあ。\n ま、そうしたら仕方ねえ、クリスタルが見つかるまでの間ゆっくりとコイツで遊ばせてもらうだけさ」\n ティガールがヒマリのもとへとわざとらしいほどにゆっくりと歩み寄る。\n\n 事実、それは挑発なのだ。\n いまここで矢を放てば、ティガールはやすやすとそれを避けてこちらを襲う。\n 空が蜘蛛の巣で覆われている上、ティガールはそれを足場にできる。次の矢を番える前にその爪が届く以上、こちらから動くことはできない。\n\n そもそも、ティガールが先に動いてきたとしても高速で接近する相手に一撃で致命となる急所に命中させなければならない。当然のように防御をしてくる相手にだ。\n そしてその一発を外せば次はない。次の瞬間には爪が身体を捉えている。\n\n(魔力は、まだある。ケガなら、したって問題ない。\n 腕が落ちたって、すぐなら治せるってミックも言ってた……)\n\n 天使タイプの魔法少女の回復能力は破格だ。\n 手足の欠損すら時間次第で治療可能、それも複数回行使ができる程度の魔力消費でだ。\n つまり、相打ちに持ち込めれば勝利だ。だが、たった一度のチャンスで掴まねばならない。\n\n\n 足が震える、身体が強張る。まっすぐ立っているはずなのに地面が傾いているように感じる。\n 自信なんてない。チエリは戦闘は愚か、喧嘩もスポーツもロクに経験はない。\n 絶対に外せないプレッシャーの中での攻撃なんて生まれて初めてで、情けないくらいガタガタと身体が震える。\n\n(ヒマリちゃんなら、こんなこと、ないのに……)\n\n 日野ヒマリは、チエリとは違う。\n 三日月学園高等部女子野球部絶対のエース、一年の頃から先発投手を務め、地区予選では完全試合を連発。どんなプレッシャーの中でも最高の投球を崩さないエースだ。\n\n(ヒマリちゃんは私のあこがれで、どんな時も堂々として、明るくて、私を助けてくれた)\n\n 魔法少女になるのもそんなに怖くなかった。彼女と一緒なら大丈夫だと無根拠に信じていた。\n だがそのヒマリは捕らわれて足蹴にされながらーー逃げろと目で訴えている。\n\n(そっか、ヒマリちゃん、それでも私を助けてくれるんだ…… ごめん、ごめんねヒマリちゃん)\n\n 心の中で親友に謝る。だって―ー今からたぶん、すごくバカなことをする。\n\n\n ギリギリまで矢を引き絞る。狙いは虎の頭。\n ニヤリとティガールが笑う。挑発にかかった--そう確信した顔。\n\n 思考がクリアだ、視界も開けて全てが克明に映る。\n ティガールが僅かに足を溜める、爪が地面を抉る。矢を持つ左手の指が今だと告げる。\n 矢が放たれるのとティガールが跳躍したのは同時だった。\n\n 唸りをあげて矢が飛来する。ティガールの額に向けて真っすぐに。\n 避ける必要さえない、馬鹿正直に顔に向かう矢など左の爪で容易く捉えられるだろう。そのまま右の爪が天使を貫くか、あるいは生きながらに地獄へ引きずり落とすのか―ーいずれにせよ最早その運命は定まっており、奇跡でもなくば悲劇から逃れるすべはない。\n\n 故に、その一射は奇跡だった。\n わずかな回転で矢羽根が空気を掴む。本来は軌道を安定させるためだけの矢羽根、だが魔力で生成されたそれは、今この時だけ本来の役目を放棄して主人の意思に従う。\n\n 矢があり得ない軌道を描く。\n ティガールの額から喉へと、曲がりながらも一切の速度を落とさずその首を裂かんと飛来する。\n\n\n ーーだが、その程度の奇跡はいくらでも見てきた。\n\n 剣術をはじめとする武術において、飛来する飛び道具への回避、迎撃というものは決して存在しないわけではない。\n 大抵の場合は「撃たれる前に潰せ」という物が第一だが、そうでない場合は「射手の動きを見て事前に着弾点、弾道を予測しろ」という物になる。\n\n 故に、途中で軌道が変わる矢など対応できるはずもない。\n 打った瞬間から曲がるのではない、完全に指を離れた後に変わる軌道を予測できるはずもない。\n 予測ができなければ対応は不可能、故に必中、必殺の一射。\n\n だが、ティガールは違う。そも、人外の極みたる怪人は人間の武術の枠外に位置する。\n\n 振り上げた左の爪の軌道を力ずくで捻じ曲げる。人外の筋肉と関節、魔法少女の戦闘速度になおまさる反射神経によって成り立つ異常事態。\n 奇跡の一射は虎の爪にからめとられ、無情にも地に落ちる。\n\n\n 勝利を確信したティガールが右の爪を振り上げる。もはや矢を生成することも間に合うまい、逃げようともその翼を切り裂いて地に捕らえてやろうとして、弓を振りかぶってこちらへ向かってくるチエリを見た。\n\n --自棄になったか。\n 嘲笑うのも当然だ。チエリの弓は特別に刃が付いているわけでもないオーソドックスな細い弓で、打鞭の代わりにすらなるまい。\n 右腕一本で振りかぶったそれが振り下ろされようともわずかな痛みを与えるに過ぎない以上、ハッタリにすらならない。\n 意にも介さず、そのまま右の爪を振り下ろす。\n\n\n ーー故に奇跡は相成った。\n\n「ぬ、ぐっ!?」\n「う、あああああぁぁぁ!」\n\n 片や僅かながらの痛苦の呻き、片や魂切るような悲鳴。\n 当然だろう、チエリの右腕は縦にザックリと切り裂かれて白い骨さえ露出している。魔力による痛覚制御が無ければ動くことさえできないだろう。\n 対して、ティガールは軽傷だ。\n 右の爪、指の間からの僅かな出血。振り下ろすと思われた弓を、握りこんだまま突き立てることを選んだ。当然握りこんだ右腕は自ら鋭い爪に切り裂かれることとなりーー\n しかし、不可能だったはずのダメージを確かにティガールに与えた。\n\n 無論、ティガールの生命機能には何の影響もなく、ただ一瞬だけ動きを強張らせる程度の奇跡。\n\n そして、それで十分だった。\n\n\n「あ、ああああ!! ヒマリ、ちゃん……!!!」\n\n 悲鳴を上げながらも翼を全力で羽ばたかせ、ヒマリを捕えている戦闘員達に肩からぶつかる。ティガールもこの一瞬だけは追いかけることができない。\n\n ぶつかった勢いそのままに、ヒマリの身体に絡まった糸に自分の左腕を突っ込む。これでもう、離れることはない。\n 全力で飛ぶ、二人分の体重を抱えて。とても逃げ切れるはずがないスピードで。\n\n「ば、馬鹿チエリ!! ボクはいいから! 逃げろよ! こんなん二人とも捕まるだけじゃん!」\n「やだ! 絶対やだ! ヒマリちゃんがいなきゃやだ!!」\n\n 自分でもわかってる。バカなことをしてるって。\n それでも、自分一人で助かる可能性なんていらない。\n どれだけ少なくたって、ヒマリちゃんと一緒に生きる可能性を私は掴みたい!\n\n\n「く、ふ、フハハハハハ!! 本当に愚かだな! 貴様らは!! はーはっはっは!!\n 良いだろう、お望み通り二人まとめて地獄におくーー」\n\n 哄笑は左腕と共に斬り落とされた。同時に左足も切断。\n\n 型の名は『小波』。\n 本来は上から落ちながら落下エネルギーで一人を切り裂き、着地時に体幹を沈めながら次の敵の足を斬りはらう『打波』の型を、一人の相手に二度行使するように変形。\n\n 身体が崩れ落ちる、咄嗟に左を振り向き、その刃を認める。\n\n\n 銀のポニーテールが風になびく。\n 大きな狐の耳、巫女服のような戦闘装束、白い日本刀、そして刀を思わせる凛としたたたずまい。\n\n 魔法少女・カナデがそこにいた。\n\n\n「きさ、まぁっ!!」\n\n 左の手足を切断されながらも残った腕で反撃を試みたティガールの反応は驚異的といえるだろう。\n だが、カナデは既に殺傷圏から離れている。\n\n なぜだーーティガールの脳裏に疑問が浮かぶ。\n\n カナデは狐の魔法少女だ、身体能力は高く跳躍力はかなりのものだが飛行能力は無い。\n だが、今ティガールの背後に降ってきたのはなんだ?\n ビルの上からなどはあり得ない。高すぎて魔法少女といえどダメージがあるだろうし、正確に降ってくるなどできはしない。\n\n ビルとビルの間の蜘蛛の巣を足場にしたのか? あり得ない。\n 確かにティガールは蜘蛛の巣を足場にしたが、それは粘着する糸としない糸を知っているからだ。通常の蜘蛛のように縦糸と横糸などではない、粘着する物とそうでない物が複雑なに混ざる糸の判別方法は、ハリヤーにのみインプットされている情報だ。\n\n もちろん、魔法少女が判別することは必ずしも不可能ではない。\n 例えば幻想種・ラプラスの魔法少女であれば未来予知に至る情報解析能力で容易く糸を判別できるだろう。\n だが、カナデは狐の魔法少女だ。能力は日本刀の生成の他は、オーソドックスな五感の強化だけのはず。\n\n では、どうやってーー\n 思考の半ばでティガールの身体が崩れる。\n 思考の渦に耽る様は、鷹森の剣士からしたら巻き藁も同然だっただろう。\n 深々と袈裟に斬られた身体は崩壊をはじめ、視線が地に落ちる。\n\n 視界に映るのは幾度もの衝突で抉れ、砂と化したアスファルト。\n 翼によって何度も空気ごとまき散らされたそれは辺り一帯に散らばっている。\n\n(そうか! 砂が付着している糸とそうでない糸を、強化された視覚で判別すれば、可能だ!\n だが、そんなことを本当にやったのか? 奇襲をかけるために? 足を踏み外せば落ちるというのに?\n くそ、くそ、くそ、なんて、やつだ……)\n\n 仮想体が崩れ落ちる。意識が強制的にブラックアウトする。\n 決してこのままでは終わらせはしないと、そう黒い決意だけを残して。\n\n\n ====================\n\n ティガールを斬った時点で勝敗はついていた。\n オオワシの魔法少女を捕える糸を切り裂いてからは、戦闘員程度はもはや相手にもなりはしない。\n 残りの戦闘員はあっさりやられるか、あまつさえ戦いさえせずに送還される者さえいる始末だった。\n\n「クリスタルも確保、と」\n\n 納刀しながら呟く。残心は必要だが、魔法少女が三人もいるのに過剰に気を張る必要もない。\n あまつさえ一人は幻想種、骨が見えるほどの裂傷をものの数秒で完治させるなど桁外れに過ぎる。\n\n「あ、あの、ありがとうございました! 本当に、あのままじゃ私たち……!」\n「ボクも、もうダメかと思ったよ! 本当にありがとうカナデさん! 命の恩人だね!」\n「ああ、いや、救援要請を受けたまででーー」\n\n「いやもう本当に! めちゃくちゃ強いしかっこいいし! 剣道とかやってるんですか!? やっぱり剣道部主将とか?」\n「い、いや、剣道ではなくて、その、家が剣術道場なだけで、」\n「すごい!! 道場の一人娘で天才剣士!! 女師範!!? やっぱりすごい剣士なんだね!!」\n\n そんなことは言ってないーーというか普通に兄がいるし師範でも無ければ免許皆伝でもないーーあとたぶん私のほうがこの二人より年下だ。\n\n だが余りの勢いとキラキラ輝く無垢な尊敬の目に気おされてしまう。\n もともとカナデは少々人見知りする方だ、この勢いを止められる対人スキルはない。\n 結局、チエリがチョップを繰り出すまでヒマリは止まらず、カナデは戦闘以上に疲労する羽目になったのだ。\n\n「それじゃあこれで。今後何かあったらミックを通じて私か、パートナーのエミリアに連絡を」\n「うん! 何かあったらボク達のほうにも遠慮せず連絡してね!」\n「本当にありがとうございました!」\n\n 互いに変身を解かないままに別れる。\n 基本的に、魔法少女はパートナー以外には正体を教えない。捕まった魔法少女から情報が漏れてしまわないように、ということらしい。\n\n\n「天才剣士、かーー」\n\n ヒマリの言葉が思い返される。\n 一瞬でティガールを切り裂き、戦闘員達を剣術で翻弄して次々と切り裂く自分の姿は、そう称するにふさわしい物だったろう。\n\n「私はーー」\n\n\n ====================\n\n\n『いい、契約する。だから頼む、私を剣士にしてくれ』\n\n\n 私は、剣を愛している。\n でも、剣は私を愛していなかった。\n\n\n ーー才能がなかった。術理を教えてもらってもそれが身体で理解できない。形を真似てもそれを適切な場で操ることもできず、変形させるなど夢のまた夢だった。\n\n ーー速さがなかった。身体はいつでもイメージよりも遅くしか動いてくれなくて、真っすぐ振ったはずの剣は無様に歪んでいてどこにも届きはしない。\n\n ーー力がなかった。同年代の女子の中でも細い腕には鍛錬をしても筋肉はろくにつかない。食事の量を増やしたって、胃が受け付けなくて戻してしまった。\n\n ーー長さがなかった。身長は150にも足りず、手足は短く胴ばかり長い。どんなに手足を伸ばしても全ては遥か遠くで、私の剣は届かない。\n\n\n 願った、何もかもを。そしてそれは叶えられた。\n\n 術理の理解、戦闘センス、反射速度、身体操作、筋肉量、内臓と神経系、骨格、皮膚感覚、聴覚ーー\n あらゆる全て、思いつく限りの『剣士の才能』を得て、鷹森奏は鷹森カナデに生まれ変わった。\n\n\n 面倒になりそうな周囲の認識については、違和感を感じないようにマスキングをかけてくれた。\n 本人のみに作用するような願いでは半ばデフォルトでついてくるサービスだそうだ。\n\n だから、誰も知らない。\n\n 私に剣を教えた祖父も『成長期で身体が出来上がって化けた』としか思わない。\n 『趣味にしておきなさい』なんて言葉を放ったことも覚えていない。\n\n 私と共に剣を学んだ兄も、剣の才能に溢れているくせにそれをいつでも捨てられるような執着のなさに私がいつでも憎悪を向けていたことも覚えていない。\n\n ただ、私だけが知っている。本当の私が弱いことを、今でも他人の強さが妬ましくて狂いそうになるのを必死で誤魔化していることを。\n\n ああ、いつか、身も心も、本当に強くなりたいーー\n\n\n\n ・・・・惨劇の日まで、あと二週間・・・・", "preface": "3.5話は19時ごろに投稿予定です。\n 合わせて読みたい方は少々お待ち下さい。", "afterword": "skebにて@kitouakali さんにカナデちゃんのイラストをいただきました!"} |
Xet Storage Details
- Size:
- 42.5 kB
- Xet hash:
- 9f83e27bc62154985d8543fb7a183f2778c737b3ab59409b56e1af04cd716090
·
Xet efficiently stores files, intelligently splitting them into unique chunks and accelerating uploads and downloads. More info.