| {"novel_id": "n0002la", "chapter": 1, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002la/1/", "title": "1.『ようこそ夜叉熊村へ!』", "content": " ――「留学って興味ある?」\n\n 進級を間近に控えた春休みのさなか、突然学校に呼び出された俺こと『奥村閑馬』は、担任教師から開口一番にそう話を持ちかけられた。\n 留学……海外の学校に通って現地の学生と一緒に勉強するやつ? 寝耳に水もいいところだ。\n\n「俺、パスポート持ってないですよ」\n「ううん。留学先は日本。東北の田舎だよ」\n「田舎……どのくらいの?」\n「かなりのド田舎って話。バスが1日に3本だけ通ってる陸の孤島だね」\n\n 相当辺鄙なところらしい。3分に1本電車が来る都会で生まれ育った俺にとっては、ほぼ異世界みたいな環境だ。\n\n「どうして俺なんですか?」\n「先方からの要望で、きみが良いって」\n「俺、なんの取り柄もないですけど」\n「それでもきみが良いらしい」\n\n 担任はがりがりと頭を掻きながら「無理なら断っておくけど」と面倒くさそうに言って、机の上の紙を指で弾く。あれが申込用紙かな? 俺はそれを拾い上げ、ぐっとサムズアップした。\n\n「いきます!」\n「え? いいの? ほんとに超がつくほどの田舎だよ?」\n「俺、田舎暮らしって憧れてたんですよね」\n\n 生まれも育ちも都会で、祖父母の家も大阪と福岡の都市部。俺は田舎に憧れを抱いていた。これは渡りに舟というやつだ。\n\n「田舎育ちの素朴で可愛い女の子とイチャイチャしてぇ~」\n\n 俺が期待に胸踊らせていると、担任教師は肩をすくめた。\n\n「田舎ってそんないいものじゃないけどねぇ。変なしきたりとかあったりさ」\n「なんでそんなネガキャンするんすか」\n「わたしゃ、田舎から都会に出てきて仕事してるような人間だからね。田舎の悪い部分をたくさん知ってんの」\n\n 担任は心底うんざりしたように遠くを見つめた。\n\n「一月も暮らせば、きみも都会が恋しくてたまらなくなるさ」\n「そんなもんすかねぇ」\n\n ――かくして、俺の留学はトントン拍子に決まった。早々に荷造りをして、今日が出発の日。\n 俺は都会から新幹線とバスを乗り継いで留学先の村に向かっている。\n\n「夜叉熊村か……すげえ名前だな」\n\n 車窓を流れる寂れた田舎町の風景から目をそらし、俺は手元のパンフレットに視線を落とす。夜叉熊村――俺が留学することになった村の名だ。おどろおどろしい名前だが、なにか曰くのようなものがあるのだろうか。胸がざわつくが、頭を振って不安を追い払う。\n\n「先入観を持つのは良くないよな。ポジティブにいこう!」\n\n 俺が拳を握りしめていると、バスが停留所に停まった。プシューと音を立ててドアが開き、タラップを小さな足音が駆け昇ってくる。ちらりと視線を向けると、プールバッグを肩に下げた小学校高学年くらいの女の子と目が合った。\n\n「あはっ」\n「っ?」\n\n 彼女は俺を見つけると歯を見せて笑い、サイドテールを揺らしながら後部座席に腰掛ける俺のもとへと歩み寄ってきた。\n\n「お兄ちゃん! 隣座ってもいい?」\n「え? ああ。いいよ」\n\n バスの車内には俺と女の子以外に乗客がいない。それなのにわざわざ俺の隣に――? 訝る俺に、彼女は人懐っこい笑みを浮かべて言った。\n\n「そこ、あたしの指定席なの!」\n「ああ。いつも座ってるんだ?」\n「そう! この時間にバスに乗るのはあたしだけだからね」\n\n 彼女は俺の隣にぽすんと腰をおろすと、プールバッグを傍らに置いた。しっとりした彼女の髪からはかすかに塩素のにおいがする。\n\n「水泳習ってるの?」\n「うん! 村にはプールないからねー」\n\n やっぱりこの子、夜叉熊村の子だよな? この先は村までバス停ないはずだし。\n 俺の視線に気づいたのか、女の子はニコニコ顔で言った。\n\n「お兄ちゃん、りゅーがくせーでしょ?」\n「ああ。そうだよ」\n「やっぱり!」\n\n 俺の手を握り、嬉しそうにぶんぶん振ってくる。\n\n「えへへ。あたしが一番最初に出会っちゃったね」\n「第一村人発見ってとこかな?」\n「なにそれー」\n\n 足を揺らしながら、女の子はけらけら笑う。\n 少女は発展途上の小ぶりな胸を撫でつけて、元気に自己紹介する。\n\n「あたし、大山愛梨寿! 朱鷺野分校に通ってる小学6年生だよ」\n「俺は奥村閑馬。高校生だよ」\n「おっくん? カンちゃん? うん。カンちゃんがいいな」\n\n さっそくあだ名をつけられてしまった。距離感が近い子だな。これが田舎特有の気安さなのか。何かとドライな都会育ちの俺は少々戸惑いつつも、嫌な気はしなかった。むしろこんな可愛い女の子に懐かれたのが嬉しくて頬が緩む。\n\n「じゃあ、俺はリスちゃんって呼ぼうかな?」\n「いいよ。ふふー。カンちゃん、ノリいいね!」\n「いちおう大阪の血が入ってるからな」\n\n まあ、大阪の親戚の家に行くと毎度圧倒されるんだけどな。\n\n「ところで、朱鷺野って?」\n「さっきあたしが乗ってきたとこ。朱鷺野町っていうんだ」\n「へえ~」\n\n すっかりリスちゃんと打ち解けた俺は、雑談がてら村について訊ねることにした。\n\n「分校って言ってたけど、夜叉熊村には高校ってあるの?」\n「ううん。ないよ。小学生から高校生まで一緒に勉強してるんだー」\n「マジで? 先生はどうしてるんだ?」\n「先生はひとりだけ。みんなの勉強を全部見てるんだよ」\n「すげーな」\n\n 教員免許とかどうしてるんだろうな。まあ、俺が気にすることじゃないか。\n\n「夜叉熊村ってすげえ名前だけど、由来とかってあるのかな?」\n\n 俺が何気なく訊ねると、リスちゃんは声を低くして語りだした。\n\n「むかーしむかしの話だけど。この山にすっごく大きくて強いくまさんがいたんだって。村の人は『夜叉』って呼んでてね。そこから取って村の名前にしたんだそーな」\n「くまさんって……村を襲いにきたとか?」\n「ううん。くまさんが村を守ってくれたんだよ。悪い人とか動物を追い払ってくれたんだって」\n\n よくある寓話だとわかっていても興味深いなと思った。熊って現代じゃだいたい悪者だしな。\n\n「くまさんが死んでからも、その骨を祀って大切にしてるんだって。村の子供はみんなこの話を聞かされて育つんだよ」\n「そうなんだ」\n\n 田舎らしいって言ったら偏見になるかな。都会にはないもんな、そういう風習って。\n\n ふと窓の外に視線を向けると、緑が濃くなっていた。いつの間にか町を抜けて山へ入っていたようだ。道もろくに舗装されておらず、タイヤがガタガタと小石を踏み弾いている。これだけ深い山の中なら、そりゃ熊くらいいるだろうな。\n\n「んっ。んっ」\n\n 隣に座るリスちゃんの身体が小刻みに揺れている。バスの振動、そんなに強いかな? そう思い、隣を見ると、リスちゃんが妙に恍惚とした表情で身体を前後に揺らしていた。\n\n「はぁはぁ……♡ きもちー……♡」\n「り、リスちゃん?」\n「バスが揺れるとね、お股がムズムズして気持ちよくなるの。なんなのかなこれ」\n「…………」\n\n ――この子、性に目覚めかけとる!\n\n「町から村まで1時間かかるけど、きもちーからあっという間に時間が過ぎちゃうんだよね」\n「そ、そうなんだ」\n\n かなり際どいこと言ってるけど、田舎育ちで性に疎いから恥ずかしいって感覚がないんだ……!\n なんだそれ。えっろ。コミック・ライブラリアウトかよ。\n\n「ううん……ふぅふぅ……♡ んん。んん……♡」\n「…………」\n\n 隣から聞こえる悩ましげな声。俺は危うく勃起しそうになったが、男の矜持を守るため、ケツ穴をキュッと締めて、勃ち上がりそうになるマイバナナをなだめるのだった――。\n\n 拷問のような時間を耐えているうちに、ようやくバスが終点に停まった。よろけながらキャリーバッグを抱え、料金を払ってタラップを降りる。\n 停留所とは名ばかりの、トタン屋根の朽ちた休憩所の前から少し歩くと、急に視界がひらけた。\n\n「――おお」\n\n 俺は思わず感嘆の声を上げる。\n\n 山間を切り拓いて作られた集落と聞いていたが、思った以上に自然が溢れている。村の中心を流れる川に沿ってすり鉢状に民家が立ち並ぶのどかな風景は、都会育ちには新鮮過ぎる光景だ。想像していたよりもずっとガチの田舎だ。ここまで来た甲斐がある。\n 俺が感動し、言葉を失っていると、リスちゃんが俺のシャツのすそをクイクイと引いた。\n\n「えへへ~。カンちゃん!」\n\n リスちゃんは両手を広げ、にっこりと太陽のように笑った。\n\n「ようこそ! 夜叉熊村へ!」\n「うん」\n\n 俺は目を細め、その華奢な手を取った。\n\n ――ここからはじまる俺の山村留学はきっと実り多いものになる。\n そんな予感を胸に、俺はリスちゃんと手を繋いで坂道を下っていくのだった――。"} |
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