| {"novel_id": "n0002la", "chapter": 3, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002la/3/", "title": "3.『かもろしとあらにえ』", "content": " 閉じた目を開くと、見知らぬ天井が目に入った。波打つ木目が人の目みたいで一瞬ぎょっとしたが、すぐに自分が置かれた状況を思い出す。\n\n 俺は夜叉熊村に留学してきた。ここはさくら寮の一室だ。俺はあてがわれた個室で一夜を明かしたのだった。\n\n「思ったよりよく眠れたな」\n\n 枕が変わると眠れない人もいるって話だが、俺はそのたぐいではなかったらしい。普通に熟睡してしまった。慣れない長旅で疲れていたせいもあるだろうが。\n\n「ん~」\n\n ベッドから上体を起こし、伸びをする。ぐるりと辺りを見回すと、ところどころ木の壁や床についた傷や凹みが目に入る。歴史を感じるな。元は二人部屋だったこともあり、ひとりだと持て余すが、まあ男と女が同室というのもさすがに問題があるか。\n\n あの怒っていた樫名とかいう女の話からも察していたが、この寮には俺の他に男がいない。女の園というやつだ。そこに入ってきた異物が俺。まあ嫌がるやつもいるだろうなと思う。そこは、これからの俺の行いで挽回していくことにしよう。\n\n 部屋を出て洗面所で顔を洗い、居間へ行くと、そこには吊りスカートにブラウス姿のリスちゃんがいた。\n\n「カンちゃん、おはよー!」\n「うん、おはよう」\n「昨夜はよく眠れた?」\n\n セーラー服にエプロン姿のかぐやが台所から顔をのぞかせる。この寮の飯は彼女が作っていて、昨夜は彼女の手料理に舌鼓を打った。地のものを使った手の込んだ料理の数々。特に煮物が絶品だった。この家庭的な姿に俺はメロメロなのだった。\n\n「すげえよく眠れた。ここ、夜はめっちゃ静かなのな」\n「周りに光源もないしね」\n\n 民家は村の中心地に集まっているらしいからな。寮の周りには街灯もないし、夜は暗くて外出できないな。\n 俺はきょろきょろと辺りを見回す。\n\n「残りのふたりは?」\n「祐衣ちゃんと那歩子ちゃんはもう出たよ。部活があるから」\n「部活?」\n「ふたりはね、美術部なんだよー」\n\n リスちゃんが補足をする。\n 部活か……青春だな。俺もなにか始めたほうがいいんだろうか。でも、話に聞くところによると、分校には俺を除いて4人しか生徒がいないらしいし、人数が必要な部活はできそうにないな。\n\n「かぐやはなにか部活やってるのか?」\n「うーん。わたしは寮長の仕事があるからね」\n\n かぐやは苦笑する。ちょっと俺、無神経だったか? 反省。\n\n「部活は申請すれば自由に始められるから、閑馬くんもなにかしたくなったら遠慮しないで言ってね」\n「ああ」\n\n 俺は席につき、かぐや謹製の朝飯をもりもり食った。たいへん旨くて満足した。\n 俺達は揃って寮を出る。外に出て吸い込んだ空気があまりに澄み切っていてびっくりした。ふたりはなんの感慨もなさそうな表情で歩いているし、都会出身の俺じゃないとこのありがたみはわからないのかもしれないなと思った。\n せっかくだし雑談でも楽しみながら……と思ったが、分校までは徒歩で5分ほど。あっという間についてしまった。\n\n「ここが分校か」\n\n 猫の額ほどのグラウンド。赤い屋根のこじんまりとした木造校舎。うーん、趣があるな。\n\n「そうだ。俺、職員室に行かなきゃ」\n「転校生だもんね!」\n「職員室は1階のつきあたりだよ」\n「さんきゅ」\n\n 昇降口でふたりと別れ、俺は職員室に向かった。\n\n「失礼します!」\n\n 職員室と書かれたプレートが下げられた部屋の引き戸を開く。中に入ると、コーヒーの良いにおいがした。ひとつしかないデスクにはショートヘアの女性が腰掛け、優雅にカップを傾けている。\n\n「あの、転校生の奥村です」\n「はい。ちょっと待ってくださいね」\n\n 女性はカップを置いて立ち上がり、にこっと柔らかく微笑んだ。\n\n「はじめまして。担任の芝瑠憂です」\n\n 簡単に自己紹介すると、彼女はパチっとウインクする。\n\n「みんなからはルーシー先生って呼ばれてます。というか、そう呼んでほしいとお願いしました」\n「ハーフなんですか?」\n「いいえ。ゴリゴリの日本人ですよ」\n「なるほど」\n\n 変な人だな。まあ、往々にして教師とは変人が多い職業である。\n それにしても……俺は目を細める。ルーシー先生はカワイイとキレイの良いとこどりみたいな整った容姿をしている。とても若いお姉さんだ。端的に言ってすげえタイプだ。この村、女の子みんな可愛いじゃねえか。最高かよ。\n ルーシー先生は目を細め、俺の顔を見つめる。\n\n「奥村くんに山村留学を承諾してもらえて良かったです。あなたじゃないといけなかったので」\n\n 俺ははてと首をひねる。\n\n「そういえば、どうしても俺が良いって担任が言ってましたけど。なんで俺なんですか?」\n\n そもそも、この村と俺が通う都会の学校に何らかの関係があるとは思えなかった。男が留学してくると聞かされて怒り狂う女子もいるくらいだし、ますます事情が呑み込めなかった。\n\n ルーシー先生は遠い目をする。\n\n「今年は\"かむやどの年\"ですから」\n「は……?」\n「ふふ。詳しい事情は教室でみなさんとご一緒に」\n\n なんかうまいことはぐらかされたような……。\n 言いしれぬ不安を抱えながら、俺はルーシー先生に連れられて教室へと向かった。\n\n「今日からみなさんと一緒にお勉強する仲間を紹介します……と言っても、もうみなさん顔見知りですよね」\n「紹介が雑すぎませんか」\n\n 俺は短くツッコミを入れ、教壇からクラスを見渡す。人数が少ないから、席は横一列だ。留学先での自己紹介――本来だったら心細い場面だが、かぐやとリスちゃんが笑顔で手を振っていて幾分こわばった気分がほぐれた。\n 俺は黒板にチョークで名前を書く。\n\n「奥村閑馬です! 都会から留学してきました。1年間よろしくおねがいします!」\n\n 深々と腰を折ると、温かい拍手で迎えられた。顔を上げると、かぐやとリスちゃんが率先して諸手を打ち鳴らしている。まあ、樫名祐衣は俺の存在を無視するように窓の外を見ているが。\n 意外だったのは、池谷さんも拍手をしてくれていたことだ。てっきりこの子も歓迎してくれていないのかと思っていたから結構嬉しかった。\n\n「…………」\n\n いや、この子めっちゃ俺のこと見てくるじゃん。人形みたいな整った容姿と吸い込まれそうな瞳。妙に引き込まれるな……と俺が前のめりになっていると、ルーシー先生にぽんと肩を叩かれて、はっと我に返る。\n\n「奥村くんの席は似鳥さんの隣です。わからないことがあったら彼女に教えてもらってくださいね」\n「ふふ。よろしくね」\n「あ、ああ」\n\n 隣に腰を下ろすと、かぐやが囁くような声で言った。こんなの好きになっちまうだろ!って思った。\n\n「さて、みなさん。今年は\"かむやどの年\"ですね」\n\n ルーシー先生がそう切り出すと、ぴしっと教室の空気が張り詰めた。俺はなんのことかと首をひねる。\n さっきも言ってたよな、かむやど?って。なんだそれ。俺の意を汲んだのか、ルーシー先生が黒板にチョークを走らせる。\n\n ――神宿の年\n\n(あれで『かむやど』って読むのか……)\n\n 先生は深刻そうに目を伏せる。\n\n「ご存知の通り、この夜叉熊村は過疎化が進んでいます。村の住人は遺伝的に子供ができにくい体質ですから。男児に至っては、ここ20年で1人も産まれていません」\n\n ルーシー先生は言葉を切ると、おもてを上げ、目を輝かせる。\n\n「しかし、12年に1度訪れる『神宿の年』だけは例外的に子宝に恵まれやすいのです」\n\n 迷信じゃねえのかなって思った。けど、先生は大真面目だ。隣を見ると、かぐやが頬を赤らめて俺を見ている。\n\n「夜叉熊村では、この神宿の年に村の外から強い子種を持つ男性を招きます。若く健康な女子に種付けしてもらうために」\n「待ってください。じゃあ、俺が呼ばれたのって……!」\n\n 俺が泡を食って挙手をすると、先生はにっこりと微笑む。\n\n「奥村くん。あなたはどんな女でも孕ませる精子の持ち主なんですよ」\n「――――」\n\n 俺はようやくすべてが腑に落ちた。\n\n ――交換留学が決まる前、なぜか精子の検査を受けさせられたんだよな。産婦人科でAV見ながらシコって精子を提出するやつ。なんか医者とか看護師がざわざわしてたのは覚えてるが、まさか俺の精子がそんなパワフルだとは。特に何もケアしてないんだが。俺、なんかやっちゃいました?\n\n「村の外より招かれた種付けの者を『かもろし』、子を孕む者を『あらにえ』と呼びます」\n\n 聞き慣れないワードが次々に飛び出してきて頭がパンクしそうだ。\n\n「かもろしってどういう意味なんだ?」\n\n かぐやに訊ねると、彼女は神妙な顔で言った。\n\n「『神降ろし』がなまったものじゃないかって言われてるけど、詳しくは知らないんだ」\n「じゃあ、『あらにえ』は?」\n「それは……掟に反するから話せないよ」\n\n かぐやはうつむき、きゅっと唇を引き結んだ。背筋を冷たいものが伝う。掟ってなんだよ。怖すぎるだろ!\n\n ――「田舎ってそんないいものじゃないけどねぇ。変なしきたりとかあったりさ」\n\n 担任教師のそんな言葉が脳裏にフラッシュバックした。\n\n「『かもろし』は1年間、『あらにえ』と【つがいの儀】――すなわち子作りに励まなくてはなりません」\n\n そのとき、樫名祐衣が椅子を蹴って立ち上がった。\n\n「ふざけないで! 私は男なんかとセックスしたくない!」\n「樫名さん。掟を破るんですか?」\n\n 特に強い口調ではなかったが、ルーシー先生にそう諭されると、樫名は顔を青くしてへなへなと崩れ落ちた。\n\n「ご、ごめんなさい……ゴメンナサイ」\n\n 樫名は身体を掻き抱き、カタカタと震えだす。池谷さんが彼女に付き添い、ぽんぽんと背中を撫でてなだめている。\n\n とんでもない空気だった。みんな黙りこくり、互いに顔を見合わせている。そんな中で、ルーシー先生はにこっと懐っこい笑みを浮かべて言った。\n\n「さあ、みなさん。たくさん子作りして、元気な赤ちゃんを産みましょうね」\n\n ――ドエロい……もとい、どえらい村にきてしまったかもしれない。俺は呆然と天井を見上げた。"} |
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