| {"novel_id": "n0002la", "chapter": 31, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002la/31/", "title": "27.『夜叉熊様』", "content": " 今は真夏のはずだ。だというのにやけに肌寒い。だんだんと頭にかかっていたもやが晴れて、俺はしずかにまどろみの海から浮上する。\n\n「ん……」\n\n 目を開くと、そこは薄暗い石造りの部屋だった。窓はなく、壁にかけられたランタンの明かりが唯一の光源でひどく暗い。何に使うかわからない器具が壁に立てかけられているし、めちゃくちゃ陰鬱としている。いや、どこだよここは。\n\n「目が覚めた?」\n「っ」\n\n 俺は驚いた。いつからそこに立っていたのか、俺の視界の端に着物姿の女がひとり立っている。それが誰かというと――\n\n「かぐや?」\n「うん。さっきぶりだね」\n\n 寮長の似鳥かぐやだった。言うまでもなく俺の恋人でもある。彼女は色のない表情でじっとこちらを見下ろしている。\n だんだん記憶が戻ってきた。俺は本殿で誰かに口を塞がれて、いつの間にか意識を失っていた。おそらく薬か何かを嗅がされたのだと思うが……。\n\n「かぐやが、俺をここに連れてきたのか?」\n「…………」\n\n 彼女は答えなかった。ただじっと、見たこともないくらい冷たい表情で俺を見下ろしている。\n\n「ここはどこなんだ? なんかすげえ暗いんだけど」\n「本殿の地下にある小部屋だよ。昔からいろんなことに使われてきたんだ」\n「いろんなこと?」\n「そう。人に言えないようなこととかね」\n\n 淡々とした声が逆に恐ろしく感じる。場を和ませるために、いつもの優しくて可愛い笑顔を見せてほしいもんだ。\n かぐやはふうと小さくため息をつくと、俺の前で跪き、ぽんと肩に手を置く。\n\n「だめだよ、閑馬くん。こんなところに入ったら。……処罰されちゃうよ?」\n「っ」\n\n ゾクッとした。背筋を氷が伝うような冷たい声。妙に凄みがある。まるで何かが乗り移ったみたいだ。\n\n「処罰するって、どういうことだよ」\n\n 俺が訊ねるとかぐやは再び立ち上がった。コツコツと三歩歩き、こちらに振り返る。\n\n「わたしにはお役目があるの。ひとつは、寮内の秩序を守ること。そしてもうひとつは……かもろしのお目付け役」\n「お目付け役?」\n「かもろしが悪いことをしないように見張るってこと。……こんなところに入らないように、とかね」\n「…………」\n\n かぐやが村のお偉方と頻繁に会っていることは知っていたが、そんなお役目があったなんてな。全然知らなかったぜ。\n 気まずい沈黙が俺達の間に横たわる。焦れた俺は再び口を開いた。\n\n「教えてほしいことがあるんだけどさ」\n「なに?」\n\n いろいろ訊きたいことはあるんだけど、やっぱり一番気になるのはアレだよな。\n\n「本殿で夜叉熊の骨を見たよ。あれ、どう見ても人間の頭蓋骨だよな? どういうことだよ」\n\n かぐやはくすりと笑う。\n\n「簡単なことだよ。……夜叉熊様は、人間だったの」\n\n まあ、そうだろうとは思っていたが。かぐやの口からその答えが聞けて、余計に謎が深まったような気がするぜ。\n かぐやは部屋の中をゆっくりと歩きながら、低い声で語りだす。\n\n「――ずっと昔の話。この村にひとりの浪人が流れ着いた。熊のように大柄で、力が強くて、とても乱暴。村人は彼のことを『夜叉』と呼んで恐れた。夜叉は村で略奪の限りを尽くしたの」\n\n リスちゃんに聞いた寓話を思い出す。だいぶ事情が違うようだが……。昔話だからと言われたらそれまでだけど。\n\n「そこで当時の村長は、夜叉に取引を持ちかけた。村一番の若くて美しい娘を差し出す代わりに、この村を守ってほしいと」\n「大胆な取引だな。気が狂ってるだろ」\n「それしか道がなかったんだと思うよ」\n\n かぐやは淡々と語る。\n\n「夜叉は取引に応じた。村長は、村で一番美しいお社の巫女を夜叉に差し出した」\n\n かぐやはそこで言葉を切り、一拍置いて真実を告げた。\n\n「――これが、かもろしとあらにえの始まり。夜叉熊様は、最初のかもろしなんだよ」\n「衝撃の事実って感じだな」\n\n めちゃくちゃ生々しい話じゃねえか。ドン引きですよ。\n\n「かもろしって、『神降ろし』がなまったものって言ってたじゃねーか。全然神様関係ないだろ」\n「そうだね」\n\n かぐやは悪びれもせず同意した。\n\n「夜叉の姓は『神室』といった。この神社の由来だね。かもろしは、『神室氏』がなまったものが正しいとされているよ」\n「じゃあ、あらにえは?」\n「粗贄……かもろしへの捧げ物という意味」\n\n 恐ろしい話だな。本来、かもろしとあらにえはイチャラブセックスするような間柄じゃないわけだ。\n 俺は、先程境内で披露した神事を思い出す。かもろしとあらにえの成り立ちを知ると、めちゃくちゃ印象が変わるな。\n 俺が情報を整理するために黙っていると、かぐやが言った。\n\n「さっきの質問だけどね」\n「え?」\n\n かぐやは俺の隣に立つ。俺の背後を見ているような……?\n\n「この部屋にきみを連れてきたのはわたしだよ。でも、閑馬くんを本殿に招き、眠らせたのはわたしじゃない」\n「じゃあ、誰が……」\n「この人」\n\n かぐやは俺の後ろにかかっていた暗幕を取り払った。現れたものを見て、俺は呆気にとられた。\n それは、とても形の良い尻だった。安産型で挿れ心地の良さそうなまんこがついている。よく見ると、それは壁のような器具にはめ込まれた人間なのだとわかった。\n\n「壁尻じゃねーか!」\n\n 俺は思わず叫んだ。なんでこんな特殊なプレイをしてんだよ、この人。\n\n「んー! んぅー!」\n\n 口を塞がれているのか、女は苦しそうな声で呻く。その声音でピンときた。\n\n「もしかして、ルーシー先生?」\n「そう。彼女が、閑馬くんを眠らせた張本人」\n「いったいなんでだ……」\n\n 俺はますます混乱した。かぐやは冷たい声で答えた。\n\n「閑馬くんを殺すためだろうね」\n「――――」\n\n 俺は息を呑んだ。俺を殺す。ルーシー先生が? 意味がわかんねえぞ!\n\n「いや、ありえないだろ。ルーシー先生がそんなことをする理由がない」\n「でも前科があるんだよ」\n\n かぐやはぴしゃりと言って、俺の言葉を遮る。そして、衝撃の事実を明かした。\n\n「12年前――前回のかもろしは、ルーシー先生の手で殺されたんだから」\n「な、なんだって……?」\n\n 俺は言葉を失った。かぐやは平坦な声でただ事実を述べる。\n\n「前回のかもろしは、とてもひどい人だったんだって。女性を性欲を解消するためのモノとしか思っていないような。まるで夜叉熊様の再来だと村人に恐れられていたの」\n\n そして、かぐやはこう続けた。\n\n「それは、身重だったアイちゃんのお母さんにも変わらず、相当ひどい扱いをしたらしいよ。彼女の親友だったルーシー先生は怒って、ついにかもろしを殺しちゃったんだって」\n「そんなことが……」\n\n めちゃくちゃハードでヘビーな話じゃないか。さしもの俺も口をつぐむ。\n\n「当時小学生だったこともあって処罰はされなかったけど、先生はそれ以来ずっと村から監視されている。先生はかもろしを憎んでいるんだよ。だから閑馬くんも殺そうとしたんでしょ」\n\n それはさすがに論理の飛躍が過ぎると思ったが、実際に先生に眠らされたわけだしな。状況証拠だけ見たらそれが正しいように思える。\n\n「でも、それでなんで壁尻プレイなんてしてるんだよ」\n「プレイじゃないよ。村に代々伝わる【穢穴】と呼ばれる処罰」\n「えけつ?」\n「村では、悪いことをした女は、穢れをまとったせいで悪事を働いたとされているの。だから、壁にはめておちんちんで清めることで穢れを払う。それが【穢穴】」\n\n イカレてるだろ。俺はいま、この村の異常性をまざまざと見せつけられている。\n ドン引きする俺に、かぐやは静かに言った。\n\n「閑馬くん。お目付け役として命じます。……ルーシー先生を犯して罰を与えなさい」\n「――――」\n\n 俺は開いた口が塞がらなかった。"} |
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