Krixter/Repo / n0002ly /10.json
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{"novel_id": "n0002ly", "chapter": 10, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/10/", "title": "羽住結愛編⑤『最後の配信、背後の救済者』", "content": "「……おし、準備おっけー」\n\n 心音の愛車――お世辞にも高級とは言えない国産中古車の助手席で、さとりちゃんが小さく息を吐いた。\n 編集部の喧騒を離れ、ふたりは今、停車した車内にいる。\n さとりちゃんが能力を十分に発揮し、遠方の獲物に「分身」を送り込むには、静かな環境で集中力を高める必要があったからだ。\n\n「なるほど。そうやって自分の分身を操作して、SNSのアカウントから相手の背後へ現れるわけですか」\n「うん、これが本来の私のスタイルだよ」\n「では、最初に僕の背後に現れたさとりちゃんも、分身だったのですか?」\n「そうだよ。でも、捕食に失敗しちゃったとき、本体ごとしおんちゃんに引き寄せられたの」\n「そういうことでしたか」\n「じゃあ、ちょっと集中するから、静かにしててね」\n\n さとりちゃんはダボダボのパーカーのフードを深く被り、虹色の光彩を放つ瞳を静かに閉じた。\n 心音はハンドルに腕を置き、隣で瞑想するように動かなくなった少女を、じっと見つめる。\n\n(羽住結愛の絶望……さとりちゃんの口に合えばいいのですが)\n\n 今の心音にとって最優先事項は、さとりちゃんが魔力を取り戻し、消滅を免れること。\n 若気の至りで自滅した羽住結愛に同情がないわけではないが、どちらが大事かと言われれば、圧倒的にさとりちゃん。\n そもそも、心音は結愛を良いネタになるかもしれないと思って、取材しようとしていたぐらいだ。\n 考えていることは、正直、ライバルの【週刊真実バースト】の連中と大差はない。\n 無論、連中のように手段を選ばない乱暴な取材はしない主義ではあるが。\n\n(僕が取材し、スキャンダルを暴露されて絶望した標的を、さとりちゃんが喰う……)\n\n 歪な共犯関係。\n しかし、相性は抜群だ。\n 心音はさとりちゃんさえ元気でいてくれるなら、世の中の他の大多数のことはどうでもいいとさえ思えるほどだった。\n 今までの人生で、これほど大事だと思える存在はなかった。\n 心音は自分自身が戸惑ってしまうほどに、このさとりちゃんという妖怪の少女を溺愛してしまっているのである。\n\n「――っ!? ヤッバ!」\n\n 唐突にさとりちゃんが目を見開き、心音の腕を激しく揺さぶった。\n\n「しおんちゃん、すぐに羽住結愛のマンションに向かって!」\n「どうしました? まだ分身を送り込んだばかりでしょう」\n「あいつ、マジで狂ってる! なんか知らないけど、いきなり自殺しようとしてるよ!」\n「自殺? それはマズいですね」\n\n さとりちゃんが絶望を食べる前に、結愛に死なれてしまっては困る。\n 心音は即座にエンジンをかけ、すでに特定班によって晒されている結愛のマンションの住所をナビに叩き込むと、ギアをバックに入れた。\n タイヤがアスファルトを鳴らし、公道へと躍り出る。\n\n「しおんちゃん、急いで! 一応、分身で説得はしてみるけど……!」\n「頑張って足止めしてください。羽住結愛を死なせるわけには、いきませんからね」\n\n 心音の死んだ魚のような目に、鋭い光が宿る。\n アクセルを踏み込み、可能な限り速度を出して国道を駆け抜ける。\n 愛する少女に食べさせる「絶望」を確保するために。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n 静寂に包まれた高級マンションの室内。\n 三脚に固定されたスマホカメラのレンズが、無機質に羽住結愛を捉えていた。\n\n「えへ……えへへへ……視聴者10万人超えるかなぁ……?」\n\n 結愛はうつろな瞳で画面を見つめ、震える指を配信開始のアイコンへと伸ばす。\n\n「歴史に残る配信にしてやる……結愛のこと、みんな忘れられないようにしてやるから……」\n\n 乾いた笑いを浮かべつつ、結愛の指が画面に触れる刹那――。\n\n「……羽住結愛」\n「えっ!?」\n\n 結愛の首すじに、ゾッとするような冷気が当たる。\n ベランダから吹いてきた風ではない。\n ハッとして振り向くと、信じられない光景が目の前に広がった。\n\n「な、なにこれ?」\n\n 古いテレビの砂嵐のようなノイズ音が響き、空間がぐにゃりと歪む。\n 次の瞬間、そこにはひとりの小柄な少女が立っていた。\n 金髪のツーサイドアップ、不健康そうなクマを目の下に刻んだ眠そうな目。\n だが、その瞳は人間ではあり得ない、鮮やかな虹色の光彩を放っている。\n\n「さとりちゃん……なの?」\n「んふふ……アンタ、濃厚でおいしそうな絶望、抱えてるね。大丈夫。今から私が残らず食べてあげるから」\n「……来ないでっ!」\n\n 結愛は開け放ったベランダの方へと足を踏み出し、フェンスに手をかける。\n\n「もういい。もう全部めんどくさい。何も考えたくないの」\n「えっ……ちょっ!? まさか飛び降りるつもり!?」\n「本当は配信したかったけど、あなたに邪魔されたから……そうね、せめて、下に集まってる野次馬連中の目の前で、グチャグチャになった結愛の死体を披露してやろうかな」\n「ま、待って! ちょっと落ち着こうよ、ねっ? 私でよかったら相談に乗るからさ!」\n「ふぅん……妖怪のくせに優しいんだ。結愛がこんなになる前に会えたら、友達になれたかもね」\n\n 結愛はフェンスから身を乗り出し、マンションを取り囲んでいる愚かな野次馬を見下ろす。\n 落下する位置によっては、運が良ければ数人は巻き込めるかもしれない。\n 結愛の体重は約50キログラム。\n この高さから落下すれば、人間の命など簡単に奪える凶器と化すだろう。\n 普通に配信するよりも、その方がよほどショッキングで人々の記憶に刻み込まれるはずだ。\n\n「やめなさーい!」\n\n フェンスを乗り越えようとした結愛の背後に、さとりちゃんが瞬時に移動してきた。\n その腕をがっしりと結愛の腰に回し、必死に制止しようとしている。\n\n「なんで邪魔するの!?」\n「その絶望、私が残らず食べてあげるよ! だから、まだ死なないでっ!」\n「意味分かんない! 邪魔するな、死ねっ!」\n\n 妖怪のさとりちゃんは未知の生命体ではあるが、身長はせいぜい140センチ。\n 160センチの結愛からすれば、かなり小さい。\n 今から本気で死のうとしている結愛を力尽くで止めるには、パワーが足りないようだった。\n\n「ヤッバ! マジ止まんないよ! しおんちゃん、早く来てーっ!!」\n\n ◇◇◇◇◇\n\n タイヤが悲鳴を上げ、心音の中古車が羽住結愛の住むマンションの前に滑り込む。\n 前方には、スマホを持った野次馬、カメラを抱えた記者などが群れをなす異様な光景が広がっていた。\n\n「……到着しました。ですが、これは想像以上ですね」\n\n マンションを取り囲む野蛮な連中の喧騒が、車内まで届いてくる。\n 助手席のさとりちゃんは、脂汗を浮かべて目を閉じ、懸命に分身を操作していた。\n 心音は迷うことなく車を降り、さとりちゃんの小さな体を背負う。\n\n「しっかりつかまっていてください。舌を噛みますよ」\n「ちょっ!? 分身操作しながら、こんなに揺らされるの無理っ! 酔うってこれ!」\n\n そうは言われても、心音とさとりちゃんは半径2メートル以上は離れられない呪いにかかっているので、仕方ない。\n\n「正面突破は非効率ですね」\n\n マンションの正面玄関は、野次馬、記者、インフルエンサー気取りの配信者などで溢れ返っており、完全に封鎖されている。\n 心音はそちらから近づくのを避け、マンションの裏手へと回った。\n\n「気は進みませんが、最短距離で行きましょうか」\n\n 見上げる先には、垂直にそびえ立つコンクリートの壁と、等間隔に配置された雨樋の配管。\n 心音は空手で鍛え上げた強靭な指先に力を込め、一番下の配管の継ぎ目に指をかけた。\n\n「う、嘘でしょ!? しおんちゃん、マジで忍者みたいに登るつもり?」\n「問題ありません。監視カメラの死角です」\n「いやいやいや、そういう問題じゃなくて……ひゃんっ!?」\n\n 心音はさとりちゃんの体重を感じさせない軽やかな身のこなしで、音もなく外壁を駆け上がっていく。\n 配管をつかみ、壁を蹴り、次の突起へと手を伸ばす。\n 地上十数メートル。\n 一歩間違えれば、ふたりまとめてアスファルトのシミになる状況だが、心音の心拍数は驚くほど安定していた。\n 恐怖感の欠落――心が枯れ果てた男だからこそ成せる所業か。\n 周囲に集まっていた野次馬の数人が、配管を登っていく謎の男の存在に気がついて声を上げるが、心音は気にせずに登り続けた。\n\n ――ガッ!!\n\n その時、さとりちゃんのテレカの髪留めから不吉な音が響く。\n とても確認していられる状況ではないが、心音は彼女の魔力残量を示す度数が減少し、テレカに穴が空いたのだと悟った。\n 分身の操作で、かなりの魔力を消費してしまっているらしい。\n\n「しおんちゃん、ヤバいよ! も、もう、意識が飛びそう……分身を維持できない……!」\n「安心してください。間もなく到着です」\n\n 心音は最後の一蹴りで、羽住結愛のいるベランダの縁をつかんだ。\n 腕一本でぶら下がり、もう片方の手もフェンスをつかむと、強引に体を跳ね上げる。\n 着地した先は、冷たいタイル。\n そこには、今まさに身を投げようとしている羽住結愛と、その背中に必死にしがみついている、さとりちゃんの分身がいた。\n\n「お疲れ様です。間に合いましたよ」\n「ふ、ふぅー……おっけー、分身を回収するよ」\n\n 心音がさとりちゃんを背中から下ろすと、結愛の腰に抱きついていた分身はスッと空気中に溶けるように消えた。\n\n「えっ……な、なんなの、あなた!?」\n\n 結愛は、この突然ベランダに現れたスーツ姿の男に、さとりちゃんの登場よりも驚いたようだ。\n フェンスを乗り越えようとすることも忘れ、目を丸くして心音の顔を凝視している。\n\n「しおんちゃん、これが本当の突撃取材ってやつ?」\n「単なる不法侵入とも言いますが……まあ緊急事態ですからね」\n\n あまりのことに完全に固まっている結愛に、心音とさとりちゃんはゆっくりと近づいていった。", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"}

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