Krixter/Repo / n0002ly /11.json
Krixter's picture
download
raw
11.7 kB
{"novel_id": "n0002ly", "chapter": 11, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/11/", "title": "羽住結愛編⑥『10万の虚像、5人の真実』", "content": " 場違いな侵入者に、羽住結愛は幽霊でも見たかのように目を見開いていた。\n まさか、忍者のように配管を伝って登ってくる記者がいるとは想像もできまい。\n だが、その驚愕はすぐに、泥のように濁った絶望へと塗り替えられる。\n\n「誰だか知らないけど、もう放っておいて!」\n\n 結愛は叫ぶと同時に、再びフェンスへと身を乗り出した。\n その刹那。\n 心音は空手で培った爆発的な踏み込みで、迷いなく結愛との距離を詰めた。\n\n「今、あなたに死なれては困ります」\n「――っ!?」\n\n 結愛の細い腰をつかみ、強引に冷たいタイルの上へと引き剥がす。\n 体勢を崩し、尻もちをついた結愛は恨みを込めた視線を心音へ向ける。\n\n「どうして邪魔するの!? これは、腐った社会への結愛の最後の抵抗なんだから!」\n「それが無意味だからですよ、羽住結愛さん」\n\n 取り乱し、正常な判断力を失っている結愛に、心音は感情のない声で突き放した。\n\n「元インフルエンサーのあなたがここから飛び降りて、悲劇的な死を迎えたとしましょう。しかし、世間が騒ぐのはせいぜい一週間です。一ヶ月もすれば、人々は新しい話題に飛びつき、あなたのことなど記憶の片隅にすら残らない」\n「……ヒィッ!?」\n「あなたの命を懸けた復讐は、彼らにとって消費されるだけの一過性のコンテンツに過ぎない、ということです。そんなことに、たったひとつの命を捧げる価値はありますか?」\n\n 心音は冷気を吐くように正論を述べた。\n 下手に優しさを見せるより、こうして突き放した方が冷静さを取り戻すこともある。\n 結愛は全身を小刻みに震えさせ、絶句したまま心音の顔を見上げていた。\n\n(チャンスです、さとりちゃん。羽住結愛の絶望を食べてください)\n\n 心を読んだのか、それとも以心伝心か。\n 完全に固まってしまった結愛に、さとりちゃんがふわりと歩み寄った。\n\n「結愛ちゃん、辛かったよね。でも、もう大丈夫だよ」\n\n 虹色の瞳を優しく細め、子供をあやすような、どこか母性すら感じさせる甘い声。\n 大人の男性である心音に冷徹に突き放された直後に、愛らしい少女が親身になって寄り添うという極端な温度差に、結愛の心は大きく揺れ動いている。\n\n「結愛ちゃんの真っ黒な絶望、私が軽くしてあげる。楽になるよ? 死ぬかどうかはさ、それから考えても遅くないんじゃないかな?」\n「さ、さとりちゃん……」\n\n 結愛は目の前のさとりちゃん、その背後にいる心音、自分が乗り越えようとしたフェンスを順番に見回して、深く考え込むように黙った。\n それから、彼女は吸い寄せられるように、さとりちゃんの小さな手をそっと握りしめる。\n\n「そうだよね……その人の言う通り、ここで結愛が死んでも、一週間もすればみんな忘れちゃうんだよね」\n「うん。だからさ、とりあえず生きてみたら? なんなら、私が友達になってあげる」\n「さとりちゃん……本当に?」\n「悩み相談は私の専門。いつでも相談相手になるよ」\n「ありがとう……」\n\n 結愛は大粒の涙を目に溜め、さとりちゃんに抱きついた。\n さとりちゃんは「おー、よしよし」などと言いながら、結愛の背中をさすってあげている。\n\n「さとりちゃん、お願い……結愛の絶望を、食べてください」\n「了解……アナタの絶望、頂きます」\n\n さとりちゃんが妖艶に口角を上げた。\n 次の瞬間、結愛の耳元で「ジリリリリ!」という、古風な電話の着信音が鳴り響く。\n\n「えっ!?」\n\n 着信音は心拍数と同期するように、どんどん大きく、激しくなっていく。\n 結愛の意識は吸い込まれるように白濁し、視界が反転した。\n ――快感、あるいは、すべてを許されたかのような圧倒的な虚脱。\n 加工モンスターとしての罪悪感も、自分を追い詰めた記者やアンチ、社会への復讐心も、一滴残らず闇に飲み干されていく。\n\n「むっふー♡ 結愛ちゃんの絶望、むっちゃくちゃ濃厚でおいしかったよ♡」\n\n 獲物の絶望を喰らう【絶望喰い】を終え、さとりちゃんは満足げに唇を舐めた。\n 結愛は力なくその場に座り込み、うつろな目で空を見上げている。\n それに対し、さとりちゃんの頬には赤みが差し、その虹色の瞳もギラギラに輝いている。\n そして、テレホンカード型の髪飾りに空いた大きな穴を埋めるように、デジタルノイズのような光の粒が集まってきていた。\n\n ――ガッ!!\n\n 光が収まると、大きな衝撃音が鼓膜を震わせ、空いていた穴が平らな磁気面へと修復された。\n ――【絶望喰い】による、魔力(度数)の回復。\n さとりちゃんは、こうして人の絶望を喰らって生きている妖怪なのだ。\n\n「さとりちゃん、魔力はどうなりました?」\n「ん……度数185ってとこかな。これで、しばらくは生き残れそう」\n「よかった。ところで、羽住結愛は廃人になってしまうのですか?」\n「ううん、大丈夫。ちょっと手加減したからさ」\n\n さとりちゃんは嬉しそうに心音の腰に飛びつき、父親に甘える娘のように密着した。\n 身長差、体格差、見た目の年齢差からも、実際に親子だと言われても違和感はない。\n 心音が優しく頭を撫でると、さとりちゃんは「えへー♡」と可愛く微笑んで、見上げてきた。\n\n「私、妖怪だけど鬼じゃないし……結愛ちゃんと友達になるって約束したからね」\n「なるほど。さとりちゃん、良い子ですね」\n「やめてよー♡ ただの気まぐれだって!」\n「さて……」\n\n 心音は、置物のように固まってしまった結愛を一瞥し、手を顎に据える。\n 元気そうなさとりちゃんと違い、結愛は廃人こそ免れたものの、心の一部を削られた副作用で、指一本動かす気力もなさそうだった。\n 彼女が普通の生活に戻るには、少し時間が必要だろう。\n\n「で、私たちはどうするの?」\n「そうですね……とりあえず、ここから出ましょうか。不法侵入者なのは間違いありませんからね」\n\n 心音は茫然自失としている結愛の身体を抱き起し、部屋の中に運ぶと、そっとベッドに寝かせた。\n\n(さて、どうやってここから脱出しましょうか……)\n\n 結愛の自殺を阻止すること、さとりちゃんの「餌」を確保することに必死で、その後のことを考えていなかった。\n 心音はすぐ隣にいるさとりちゃんと顔を見合わせ、ふたりして、どうしたものかと肩をすくめる。\n ベランダの下からは、相変わらず野次馬たちの無責任な怒号が風に乗って聞こえてきていた。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n 羽住結愛の飛び降り未遂事件から、少し時間が経過した世界。\n あの日、世間を騒がせた『加工モンスター・羽住結愛』の騒動は、驚くべき速さで熱を失っていった。\n 芸能人の不倫、政治家の失言、警察官や教師の汚職事件。\n 次々と投下される新鮮なネタに群衆の興味は移り、『羽住結愛』という名前は、ネットの海の底へと沈んでいったのである。\n 現在の結愛は、かつての高級マンションを引き払い、身の丈に合った小さなアパートで静かに暮らしている。\n 部屋の隅に山積みされていたハイブランドのコスメも、今はもう存在しない。\n\n(これで、よかったんだよね……?)\n\n 古い電話の着信音、白濁していく意識、そして自分を抱き上げた大きな手の感触。\n 結愛は、あの夜の出来事を断片的にしか覚えていなかった。\n だが、金髪の妖怪少女――さとりちゃんという、かけがえのない友人ができたことだけは、はっきりと胸に刻まれている。\n\n「さて……」\n\n 結愛は、手元のスマホを開き、新しく作り直したSNSのアカウントを確認した。\n プロフィール画像は自分の顔ではなく、可愛らしい動物の絵になっている。\n さすがに、プライベートのアカウントとはいえ、あの騒動のあとに素顔をSNSに晒す度胸はなかった。\n\n「フォロワー数……5か」\n\n かつての10万人という信者からすれば、取るに足らない数字だ。\n そして、その5人の中には、さとりちゃんのアカウントが含まれている。\n 画面を見つめる結愛の瞳には、平凡な人々を見下すような、かつての攻撃性は消え、穏やかな光が宿っていた。\n 賞賛も嫉妬も、もう必要ない。\n 自分を八つ裂きにしようとした無名の群衆より、今の自分を認めてくれる5人の方が、よほど大切で、温かい。\n\n ――『世間が騒ぐのはせいぜい一週間。一ヶ月もすれば、人々は新しい話題に飛びつき、あなたのことなど記憶の片隅にすら残らない』\n\n もし、あのまま飛び降りて、最後の花火を打ち上げていたら。\n 自分は、たった一週間の消費コンテンツとして死に、そして今頃はもう、誰にも思い出されることすらなかっただろう。\n さとりちゃんの存在も結愛にとって救いとなったが、あのスーツ姿の男の冷徹な一言が、結愛の命をこの世に繋ぎとめたのだ。\n\n「あっ……さとりちゃんからだ」\n\n スマホが短く震え、さとりちゃんから他愛のないメッセージが届く。\n\n『さっき飲んだメロンソーダ、炭酸強すぎてむせた』\n\n それを見て、結愛はたまらず「ぶっ!」と吹き出した。\n\n「な、なんの報告なのよ……これ、いる?」\n\n 結愛の口元に自然な微笑みがこぼれる。\n さとりちゃんに絶望を食べてもらったおかげなのか、今の結愛の心は、羽のように軽かった。\n 窓から差し込む柔らかな陽光を浴びながら、結愛は久方ぶりに訪れた静かな幸福を噛みしめるのだった。", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"}

Xet Storage Details

Size:
11.7 kB
·
Xet hash:
88477de68a06b676485a61630a3cfac9d48c282f2302a6ca0e30950668320cbb

Xet efficiently stores files, intelligently splitting them into unique chunks and accelerating uploads and downloads. More info.