Krixter/Repo / n0002ly /12.json
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{"novel_id": "n0002ly", "chapter": 12, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/12/", "title": "成田レオ編①『神童の凋落、獅子の遠吠え』", "content": " 時刻は午後十時。\n ゲーミングハウスの一室に、乾いた銃声とキーボードを叩く荒々しい音だけが虚しく響いていた。\n\n「あー、くそっ! 今日は調子悪いな!」\n\n モニターの中で、かつて「神童」と呼ばれた男が操るキャラクターが、無残にも蜂の巣にされて崩れ落ちる。\n 画面中央に躍る『DEFEAT』の赤い文字。\n 今日だけで何度、目にしたか分からない、見慣れた光景であった。\n\n「ちくしょう、運も悪すぎ! 今のラグだろ、絶対!」\n\n モニターに向かって罵声を浴びせる男――プロゲーマー『シュン』こと桐生瞬は、怒りに任せてデスクに拳を叩きつけた。\n 19歳で世界大会を制し、その端整なルックスから飲料メーカーのCMにも起用された、かつてのFPS界のスターである。\n しかし、現在27歳となった彼の指先は、迫りくる鋭利な弾丸を避けるには、あまりに重すぎた。\n\n「どうして、うまくいかねぇんだよ……?」\n\n 対戦型FPSゲーム――それは、コンマ一秒の反射神経と、数ピクセルの動きを捉える動体視力がすべてを支配する、残酷なフィジカルの世界だ。\n 10代の若手選手たちが持つ、思考を介さない野性的な反射。\n それに対し、シュンの脳は敵を認識してから指を動かすまでに、かつては存在しなかった致命的なラグが生じ始めていた。\n 昔なら磁石のように敵の頭へ吸いついていた照準が、今は空を切り、壁を撃つ。\n その落ちぶれた姿は、ライブ配信の視聴者たちにも、隠しようもなく伝わっていた。\n\n『シュンさん、さすがに老眼じゃない?』\n『さっきから一発も当たってなくて草』\n『ただのカカシですな』\n『チームの足、引っ張りすぎでしょ。いつ解雇されんの?』\n\n 滝のように流れるコメントのほとんどが、もはや応援ではなく、悪意に満ちたアンチの罵詈雑言だった。\n 視聴者数も全盛期の十分の一程度。\n シュンは震える手でマウスを握り直し、引きつった笑みを浮かべてカメラに向き直った。\n\n「えー……今日はちょっと、デバイスの調子も悪いみたいなんで、これで終わります。お疲れ様でした。あ、よかったらフォローと高評価ボタン、お願いします」\n\n 慣れ親しんだ決まり文句を述べる。\n だが、その直後に画面右下に表示された数字は、残酷な現実を突きつけていた。\n\n「低評価しかつかねぇ……」\n\n 配信を切った瞬間、部屋を支配したのは重苦しい沈黙だった。\n うまくいっていないのは、配信だけではない。\n メインスポンサーである飲料メーカーからは、先週、契約更新を見送るという非公式の通知が届いている。\n チームのオーナーからも「このまま結果が出せないなら……」と、実質的な戦力外通告を受けていた。\n アンチの言う通り、解雇されるのも時間の問題だろう。\n\n(おかしい……俺は世界王者だぞ? プロどころか、そこらへんの雑魚ゲーマーにすら勝てないのか……?)\n\n プライドだけが肥大化した脳内で、過去の栄光が走馬灯のように駆け巡る。\n かつては、歓喜に包まれた壇上に立つスーパースターだった。\n 今は、檻の中に閉じ込められた見世物の動物以下の存在。\n 熱心なファンは去り、残ったのはアンチの集団のみ。\n その事実が、シュンの心を黒いヘドロのような絶望で満たしていく。\n\n「……散歩でもいくか」\n\n とにかく、今は一刻も早く、この暗い部屋から外に出たかった。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n 深夜の住宅街。\n 街灯がまばらに照らす歩道を、シュンはあてどなく歩いていた。\n かつては練習時間の確保に必死で、ウォーキングなど時間の無駄と思っていた。\n しかし、今のシュンにとって、この静寂こそが唯一の逃げ場だった。\n マウスを握らなくていい、モニターの点滅に目を焼かれなくていい。\n 自分が落ちぶれたプロゲーマーであることを忘れられる、束の間の休息。\n\n「あんなゲームより、散歩でもしてる方がマシだわ」\n\n 自嘲気味にシュンがつぶやいた、そのときだった。\n 突如として、背後から暴力的なまでの光が浴びせられる。\n\n「おーっとぉ!? 皆さん、見てくださいよぉ! 深夜徘徊の不審者かと思いきや……これ、あの元世界王者のプロゲーマー、シュンさんじゃないですかぁ!?」\n\n 下品な高笑いとともに現れたのは、オレンジ色に染めた長髪を雑に結んだ男。\n 片手にスマホを固定した自撮り棒を掲げ、もう片方の手でLEDライトの光をシュンの顔面に押しつけている。\n\n「あっ? なんだ、お前? 頭、おかしいのか?」\n「おっほぉ、こわいこわいっ! 皆さん聞きましたぁ? これが元世界王者様の本性みたいですよぉ!」\n「誰だ、テメェ? あぁん?」\n\n オレンジ髪の男は困惑するシュンの周囲を、獲物をいたぶるハイエナのように、カメラを回しながら跳ね回った。\n シュンは、この男のことをよく知らなかったが、どこかの動画サイトの配信者かなにかだろう。\n こういう輩は、他人のことを数字を稼ぐための材料としか見ない。\n 相手にする価値はない。\n\n「あ、自己紹介が遅れましたぁ! オレは成田レオ。今、この最高の瞬間を【ゲイズ】で独占生配信中なんですよぉ!」\n「【ゲイズ】……?」\n\n 男――レオが勝ち誇ったように、スマホの画面をシュンの目の前に突き出す。\n そこに映し出されていたのは、動画配信サイト【ゲイズ】の配信画面だった。\n\n(そういや、聞いたことがあるな……)\n\n ――【ゲイズ】。\n それは「視線」を意味する名の通り、人々の野次馬根性を徹底的に煽ることで急成長した、悪名高いプラットフォームだ。\n 既存の大手サイトのような健全性やコンプライアンスなど、微塵もない。\n 過激であればあるほど、ターゲットを無慈悲に叩けば叩くほど、高額なギフトと称賛が集まる、肥溜めのような場所だ。\n\n「見てくださいよ、このコメントの嵐! 今、同時視聴者三万人超えてますよぉ!」\n「さ、三万……だと?」\n\n ついさっき、アンチに叩かれただけで終わった自分の配信を思い出す。\n 桁が違う。\n そして、スマホの画面上を夥しい数のコメントが高速で流れ落ちていく。\n\n『いいぞ、レオ! もっと追い詰めろ!』\n『夜遊びしてる暇あったら、少しは練習しろよ下手糞』\n『コイツ、絶対に俺より弱くて草』\n『さっさと引退しろ。こんなので給料貰ってるとかマジかよ?』\n\n 無数の匿名者たちが放つ、顔の見えない悪意の洪水。\n レオの煽りに乗せられた視聴者たちは、自分たちこそが正しいという態度で、シュンのなけなしの尊厳を土足で踏みにじっていた。\n\n「いい加減にしろよ、テメェ?」\n「怒っちゃった? でもさぁ、アンタ、今日の試合でも一般人にボコボコにされてたじゃん。そんなんでプロ名乗るとか、恥ずかしくないんスかぁ? あっ、それともぉ……あの羽住結愛みたいに、実力も加工してたのかなぁ!?」\n「黙れ……ブッ殺すぞ?」\n\n シュンは右拳を固く握りしめ、レオのニヤついた顔面を殴り飛ばそうとした。\n だが、レオはそれを待っていたかのように、わざとらしくカメラを自分に向け、大声を出す。\n\n「おっとぉ、ここでまさかの殺害予告ぅ!? 皆さん、シュンさんが罪もない一般人に暴力を振るおうとしてますよぉ! これが元王者の正体だっ! 拡散希望ぉーっ!!」\n「この野郎……!」\n\n ここで殴れば、レオの思うツボだ。\n 動画は瞬く間に切り抜かれ、さらなる炎上の燃料にされるだけ。\n むしろ、レオの真の狙いは、そこか?\n 完全に頭に血が昇っているが、シュンはどうにか理性の糸をたぐりよせ、ギリギリのところで踏みとどまった。\n\n「どけ……二度と俺の前に汚いツラ見せんな」\n「逃げるんですかぁ? エイムは下手でも逃げ足だけは一級品? 元世界王者、尻尾を巻いて逃亡でぇーす! 追いかけるぞ、オラぁっ!」\n\n 屈辱に唇を噛みながら、シュンは夜の闇の中へと全力で走り出した。\n 背後から追いかけてくるレオの下品な笑い声と、視聴者たちの下卑た熱狂。\n シュンの心は、もはやゲームに敗北した時以上の、どす黒い絶望に塗りつぶされていた。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n 眩い陽光が、閉め切ったカーテンの隙間から差し込む。\n シュンが目を覚ましたのは、正午を過ぎた頃だった。\n 昨夜、レオとかいうハイエナに追い回され、命からがらゲーミングハウスへ逃げ帰ったシュンは、泥のように眠りこけていたのだ。\n\n「最悪だわ……」\n\n ズキズキと痛む頭を抱え、シュンは枕元に放り出していたスマホを手に取った。\n\n「……んっ!?」\n\n 画面を点灯させた瞬間、シュンは自分の目を疑った。\n 通知の数が、見たこともない桁を表示していたからだ。\n\n「な、何が起こった……?」\n\n 恐る恐る、アプリを開くと、そこにあったのは地獄のような光景だった。\n\n ――『成田レオ:【独占】元世界王者プロゲーマー・シュン暴行未遂!? 突撃取材から暴いた落ちぶれた男の本性!』\n\n 昨夜の配信は、レオの悪意ある編集によって「一般人に暴力を振るおうとする、乱暴な落ちぶれたプロ」として切り抜かれ、ネットの海で猛烈な勢いで拡散されていた。\n\n『あっ? なんだ、お前? 頭、おかしいのか?』\n『いい加減にしろよ、テメェ?』\n『黙れ……ブッ殺すぞ?』\n\n 見事なまでに、シュンが暴言を吐いたシーンだけが切り抜かれ、レオに殴りかかろうとする怒りの形相が拡大されている。\n トレンドのトップには自分の名前。\n そして、追い打ちをかけるように届いていたのは、シュンにとっての死刑宣告だった。\n\n ――『【重要】所属選手「シュン(桐生 瞬)」との契約解除および除名に関するお知らせ』\n\n「ま、待てよ、おい? 冗談だろ?」\n\n 震える指でチームのマネージャーに電話をかけるが、呼び出し音すら鳴らずに切断される。\n 着信拒否だ。\n コンプライアンスを理由にした、即時の切り捨て。\n 確かに、シュンの凶暴な顔がアップになり、暴言を吐きながら一般人に殴りかかろうとする動画がこれだけ拡散されているのだ。\n トカゲの尻尾切りは、早ければ早いほど良い、ということか。\n\n『引退おめ。まあ時間の問題だったな』\n『これ以上、惨めな姿を晒さずに済んでよかったじゃん。むしろレオに感謝したら?』\n『ゲームで稼げなくなったら、ただの27歳無職で草』\n\n 画面をスクロールすれば、数万人の見知らぬ他人が、自分の転落を祝って狂喜乱舞している。\n たった一晩の出来事だった。\n この部屋の家賃も、もう払えない。\n これから行く当てもなく、路頭に迷うことになるだろう。\n 指先がガタガタと震える。\n かつて世界を制した黄金の指は、今や自分のスマホを操作することすら困難だった。\n\n「終わった……」\n\n 息が詰まりそうになるほどの絶望。\n シュンの脳裏に、かつてどこかの掲示板で見かけた、くだらない都市伝説が浮上した。\n\n ――【ID: @satori_death_eat 】\n\n もはや正気ではなかった。\n シュンは縋りつくような思いで、その真っ黒なアイコンのアカウントにメッセージを打ち込んだ。\n\n『俺の絶望を全部食べてくれ。もう何もかも終わりだ』\n\n 送信。\n そして、既読の文字すらつく間もなく、一言だけの返信が画面に浮かび上がる。\n\n ――『了解。今、後ろにいくね』", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"}

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