| {"novel_id": "n0002ly", "chapter": 15, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/15/", "title": "成田レオ編④『小鳥の囀り、逃げる不審者』", "content": " 西日に照らされた商店街の裏通りを、羽住結愛はケーキ屋の制服が入った紙袋を手に、ゆっくりと歩いていた。\n かつてのカリスマインフルエンサーのきらびやかな衣装も、10万人の賞賛も、今の結愛には必要ない。\n 大学を中退し、野次馬に特定された高級マンションを解約して移り住んだのは、築30年の小さなアパート。\n インフルエンサー時代に稼いだ貯金はあるが、結愛はあえて、時給1000円程度のケーキ屋でのアルバイトを選んだ。\n\n(今日もイチゴのショート、キレイに包めたかな)\n\n 生クリームの甘い香りが、指先に微かに残っている。\n 将来はもっと勉強して、本格的にケーキ職人を目指すのも、いいかもしれない。\n かつての自分なら「凡人の末路」、「所詮は貧乏人」などと、鼻で笑っただろう。\n しかし、そんなささやかな平穏が、今の結愛にとって、どんなものよりも大切な宝物なのだ。\n\n「ふぅ……ちょっと疲れちゃった」\n\n ふと、近くの公園のベンチが目に留まり、結愛は少しだけ腰を下ろした。\n 夕暮れの風が、火照った頬に心地良い。\n 結愛がずっと知らなかった、人の役に立つことの喜び、達成感、充実感。\n バイト先の先輩も良い人ばかりで、ネット上の10万人に囲まれながら孤立していたあの頃とは、比べものにならないほど精神が安定している。\n こんな日常が、ずっと続けばいいな――そんな結愛の切実な願いを、背後から近づく下品な騒音が、粉々に打ち砕いた。\n\n「――おーっとぉ!? 皆さん、ご注目ぅーっ! とうとう発見しましたよぉーっ!!」\n「……っ!?」\n\n 耳障りな高笑いとともに、眩いLEDライトが結愛の顔を射抜く。\n 振り返った結愛の視界に入ったのは、オレンジ色の長髪を揺らし、スマホを固定した自撮り棒を突き出している若い男だった。\n\n(こ、こいつ……まさか!?)\n\n ――成田レオ。\n 同じSNSという戦場で生きてきた結愛が、その名を知らないはずがなかった。\n 他人の炎上にハイエナのように群がり、正義の味方を気取ってターゲットを徹底的に叩き潰す、最低最悪のクズ配信者。\n 結愛が大炎上していたときも、レオは連日のように結愛を愚弄するような動画をアップし、多額のギフトを稼いでいた。\n\n「こんな寂れた公園でぇ、地味な素顔で黄昏れてるのはぁっ!? あの世間を騒がせた加工モンスター、羽住結愛じゃないですかぁーっ!?」\n\n レオは獲物を逃がさない猟犬のように、結愛の周囲を跳ね回りながら、スマホの画面に映る数万人の視聴者に語りかける。\n 結愛もニュースを見て知ったが、あの元世界王者プロゲーマー・シュンを破滅に追い込んだのも、おそらく同じ手口だろう。\n 立場の弱い、逃げ場のない人間を徹底的に追い込み、数万人の視聴者を味方につけて、一方的な公開処刑を楽しむ。\n それがレオの、そして彼が配信するプラットフォーム【ゲイズ】のやり方だ。\n\n(だ、駄目だ……相手にしちゃ、負けだ……!)\n\n 結愛の指が恐怖で震え、心臓が早鐘を打つ。\n かつての結愛なら、ここで逆上して罵声を浴びせていたかもしれない。\n もしくは、あの【週刊真実バースト】の記者に詰められたときと同じように、惨めに命乞いをしたかも。\n だが、あの気が狂うような生き地獄を経て、生まれ変わった今の結愛は違う。\n\n「助けてぇーっ!! 変な人に絡まれてます! 誰か……誰か、助けてくださいっ!!」\n\n 勝手に騒ぐレオとは一切、目を合わせず、ありったけの肺活量を使って叫んだ。\n 公園にいた散歩中の家族や、公園の外を通りかかった通行人など、複数の人間が一斉にこちらを振り返る。\n\n「お、おい? いきなりそんな大声出して、なんだよ? やめろよ……」\n\n 自撮り棒を持って若い女性に詰め寄るオレンジ髪の男は、どう見ても不審者そのものだ。\n さすがのレオも周囲を見回し、形勢不利と見るや、喚くのをやめて静かになった。\n\n「チッ……羽住結愛、まだ終わらねぇぞ? お前の住所とかも分かってるんだからな? 逃げられると思ってんじゃねぇぞ、コラ?」\n\n 忌々しげに捨て台詞を吐き、レオは足早に公園を立ち去っていった。\n\n「はぁ……はぁ……なんとか、やり過ごしたけど……」\n\n 結愛は膝の震えを抑えながら、ベンチに座り込んだ。\n まだ安心はできない。\n レオの執念深さは、ネットの住人なら誰もが知っている。\n 住所どころか、バイト先すら特定されている可能性もある。\n 自分を雇ってくれた店長、優しい先輩たちにまで、迷惑をかけるわけにはいかない。\n だが、警察に相談したところで、今の段階ではまともに取り合ってはくれないだろう。\n\n(やだ……結愛はまた炎上するの? また野次馬に囲まれて罵倒されるの?)\n\n あの地獄のような日々に、二度と戻りたくはない。\n 結愛の胸の奥に、久しぶりにあの底知れない絶望の闇が、じわじわと広がりつつあった。\n\n「どうしよう……どうすればいいの……?」\n\n 崖から転がり落ちるように、不安は増大していく。\n こんなとき、以前の結愛なら相談できるような信頼できる友人は、誰もいなかった。\n でも、今は――。\n\n「さとりちゃん……助けて……!」\n\n あの日、自ら死を選ぼうとした自分の心を救ってくれた、唯一無二の親友。\n 結愛は縋るような思いで、スマホの専用アプリ――さとりちゃんへと繋がるアカウントを起動した。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n「クソがっ! あの女、余計な真似しやがって……!」\n\n 羽住結愛がいた公園から逃げるように離れ、レオは忌々しく吐き捨てた。\n 呼吸は荒く、顔は屈辱で醜く歪められている。\n あの落ちぶれたプロゲーマーの人生を終わらせた、神の追い込みを再現するはずだった。\n 高額ギフトが画面を埋め尽くし、賞賛の渦が巻き起こるはずだった。\n\n「場所が悪かったか? いや、あんな普通に叫ばれるとは思わなかった。運が悪かったな……」\n\n 自分に言い聞かせるようにつぶやき、周囲を見回す。\n 幸い、レオを追跡してきている人間はいない。\n 少し安心したレオだが、そこで自分が致命的なミスを犯していることに気がつく。\n\n「……あっ、ヤッベぇ!」\n\n スマホの画面を見ると、まだライブ配信が継続されている。\n つまり、羽住結愛に不審者扱いされて叫ばれ、負け犬のように現場から逃走し、愚痴をこぼしているという情けないシーンの一部始終が、数万人の視聴者に向けて配信されていたのだ。\n そこには、レオがもっとも恐れていた、地獄のような光景が広がっていた。\n\n『だっさ! 獲物に逃げられる獅子とか存在価値ある?』\n『ただの不審者で草。自首してこいよ』\n『羽住結愛は反省してアカウント消したし、もう放っておいてやれよ……』\n『通報しました』\n\n 自分を崇めていたはずの視聴者たちが、一転、レオ自身を見世物として嘲笑している。\n いつも、レオに便乗して正義の味方を気取り、安全な観客席から眺めていた群衆。\n 彼らは向けるべき矛先を、配信者である醜い男に変更したのだ。\n\n「うるせぇなっ! お前ら、誰のおかげで退屈しなくて済んでると思ってんだ、あぁん? グチグチ余計なこと書いてる暇あったら、ギフト投げろやっ!」\n\n『【ゲイズ】のルール、忘れてんな、こいつ。誰か教えてやれよ』\n『配信が面白ければギフトを投げろ、つまんなかったら石を投げろって、お前、いつも自分で言ってんじゃん』\n『草草の草。ターゲット追い込めねぇなら、テメェがなんか芸でもしろや』\n『動物園に雇ってもらったら? 獅子なんでしょ?』\n\n「今日の配信は終わり終わり! じゃあなっ!!」\n\n レオは一方的に怒鳴り散らすと、叩きつけるように画面をタップして配信を強制終了させた。\n ちらっと画面の右下を見ると、いまだかつて見たこともない低評価の嵐。\n\n「全部、羽住結愛のせいだ……絶対に許せねぇ!!」\n\n 八つ当たりだろうと逆恨みだろうと、レオにとっては正当な怒りだった。\n 自分こそが主人公。\n 主人公を賞賛し、高額ギフトを投げる観客たち。\n 主人公が輝くために燃え上がるのは、モブキャラという名の材料でしかないはずだ。\n その材料が牙を剥き、自分に恥をかかせた。\n 材料ごときが。\n\n「どこまでも粘着してやる。逃げられると思ってんじゃねぇぞ、クソ女が……!」\n\n レオの濁った瞳に、執念深い、暗い炎が宿る。\n 阿久津からの情報で、結愛の住所は、すでに判明している。\n 今度は、逃げ場のない自宅に突撃するのも悪くないだろう。\n\n「待ってろよぉ……へへへへ……」\n\n 自撮り棒を握り直し、酔っぱらったようなふらふらとした足取りで、レオはその場から立ち去った。", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"} |
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