Krixter/Repo / n0002ly /20.json
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{"novel_id": "n0002ly", "chapter": 20, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/20/", "title": "九条数世編①『熱狂の泥濘、奈落への招待状』", "content": " 眩いスタジオの照明が、趣味の悪い紫色のローブを、これでもかと照らし出していた。\n お茶の間の主婦層をターゲットにした昼のワイドショー【アフタヌーン・アイ】。\n その特別コーナー「九条数世の幸福への導き」が、今まさに放送されている。\n\n「アンタねぇ、その芸名が諸悪の根源なのよ! 画数が死相を表してるわ!」\n\n 雛壇に座らされた、売れない若手のお笑い芸人が、顔を真っ青にして固まっている。\n 九条数世は、肉感的な指にいくつもの金の指輪を嵌め、大袈裟な紫のソバージュを揺らしながら、その芸人を指さした。\n 56歳、身長168センチ。\n 巨乳というよりは、贅肉がそのまま胸へと押し上げられたような、圧迫感のあるふくよかな体型。\n 成金趣味を絵に描いたような、派手な刺繍が施されたドレスに身を包む姿は、霊能者というよりは怪しい魔女のようであった。\n\n「せ、先生! 一文字、変えるだけでも、ダメでしょうか!?」\n「甘いわねぇ……よく聞きなさい? アンタの背後にはねぇ、戦国時代に打ち首にされた落ち武者の霊が、これでもかってくらい憑いてるのよ!」\n「ひ、ひぃっ!?」\n「でも、大丈夫! アタシが特別に新しい芸名を考えておいてあげるわ!」\n「あ、ありがとうございます、先生っ!」\n\n 九条の高圧的な物言いに、芸人は拝むようにして頭を下げた。\n スタジオ全体が「さすが九条先生だ」、「なんと慈悲深い」といった、熱狂を伴う盲信的な空気に包まれている。\n\n「さぁて、次は……アンタ、そこの女子アナ!」\n「えっ!? わ、私ですか?」\n\n 進行役を務めていた、20代前半の清楚な女性アナウンサーが、戸惑いながらもカメラの前に引きずり出される。\n 九条は、脂肪に埋もれかけた細い目でじっと彼女を見つめると、突然、芝居がかった動作で耳を塞ぎ、顔を歪めた。\n\n「ああっ、嫌だわ! 耳鳴りが止まらない! アンタ……最近、身内に不幸があったでしょう?」\n「えっ? は、はい……先日、祖父が亡くなったばかりで……」\n「やっぱりね! その未練が、真っ黒な悪霊となって、アンタの首に巻きついてるわ!」\n「そんなっ!?」\n「このままだとね、アンタ、奈落に一直線よ! よーく聞きなさい? 今すぐ、アタシの除霊を受けないと、アンタだけじゃなく、番組全体が呪われるわ!」\n\n 九条の決め台詞――「アンタ、奈落に一直線よ!」が響き渡ると、スタジオには悲鳴のような、歓声のような、なんともいえないざわめきが広がった。\n\n「おーっほっほ! でも、大丈夫! アタシに任せれば、すべては光の道へ導かれるわ!」\n\n 全身の脂肪を揺らし、豪快に高笑いする九条数世。\n その強烈なキャラクターが一部の層に大ヒットし、番組の視聴率は鰻登り。\n 当然、彼女の霊能力を疑い、詐欺だ、ペテンだと言う人間もいる。\n しかし、そういった不届きな輩は、なぜか原因不明の事故や病に見舞われたり、唐突にスキャンダルが発覚したりして、社会から姿を消してしまう。\n 九条に逆らうことは、死を意味する。\n そんな胡散臭い、黒いイメージもまた、一部の人々を熱狂させる奇妙な求心力を発揮しているのだった。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n 安アパートの湿った空気が、テレビから漏れる下品な笑い声にかき乱されていた。\n 休日の午後。\n カーテンを閉め切り、薄暗い室内で、心音はソファーに深く身体を沈めていた。\n\n「あはっ! あははははっ! ね、ねぇ、しおんちゃん見てよ、このおばさん! おもろすぎーっ!」\n\n 心音の膝の上で、さとりちゃんがモニターを指さして爆笑している。\n 画面の中では、紫色のローブを纏った九条数世が、女子アナの過去を暴き立て、スタジオを恐怖と熱狂の渦に叩き込んでいた。\n 今、スピリチュアル界隈で、もっとも話題になっている人物である。\n 心音も彼女のことは当然、知っていたが、さとりちゃんがここまで笑うほど面白いとは、特に思えなかった。\n\n「そんなに面白いですか?」\n「おもしろいよーっ! 演技とセリフがセンスありすぎでしょっ! アンタ、奈落に一直線よーっ!」\n\n さとりちゃんが可愛い足をバタバタさせながら、九条の決め台詞を真似している。\n 九条のことはどうでもよかったが、愛する少女が無邪気にはしゃぐ姿を見て、心音も自然と口元に笑みがこぼれていた。\n\n「さとりちゃん、この九条数世が言っていることは、本当なのですか?」\n「なにがー?」\n「例えば、戦国時代に打ち首にされた落ち武者の霊とか、先祖の未練が悪霊になって首に巻きついているとか……」\n「ぶはっ! きゃはははっ! そんなもん、ぜーんぶデタラメに決まってるでしょー!」\n\n 腹を抱えて笑っているうちに、さとりちゃんは心音の膝の上から落ちそうになる。\n さとりちゃんには、九条の言っていることの真偽を見分けることが可能なのか?\n 落ちそうになった少女の身体を膝の上に抱き寄せながら、心音は聞いてみた。\n\n「どうして、デタラメだと分かるのです?」\n「簡単だよ。だって、おばさんが言ってる悪霊とか、このスタジオに全然いないもん」\n「えっ? さとりちゃんは霊が見えるのですか?」\n「当たり前でしょー? だって私、妖怪だよ?」\n\n さとりちゃんは心音の腕の中で身をよじり、虹色の光彩を放つ神秘的な瞳で見上げてきた。\n その瞳には、心音のように霊感のない人間には視えていない何かが、映っているのだろう。\n\n「なるほど。では、この九条はインチキ霊媒師ということですか」\n「んにゃ……どうだろ?」\n\n 心音の問いに、さとりちゃんは難しそうな顔をして、首を傾げた。\n\n「このおばさん、嘘つきなのは間違いないけど、インチキかどうかは分かんないね」\n「どういうことです?」\n「なんだろ……オーラ? 今まで見てきた普通の人たちとは、ちょっと違う気がする」\n\n 最初は九条を笑いものにしていただけだったさとりちゃんだが、次第に、彼女の本当の姿に興味を持ち始めてきたようだ。\n 心音の分厚い胸板に顔を埋め、スリスリと頬を擦りつけて甘えながら、言葉を続けた。\n\n「ねぇ、しおんちゃんさぁ……今度は、このおばさんを取材してみたらー?」\n「いえ、それが禁止されてまして」\n「禁止? どうして?」\n「上司の一ノ宮さんからの命令です。九条数世には決して手を出すな、と」\n「ああ、あの怖い眼鏡のお姉様ね……」\n\n 心音が口にした人物――一ノ宮湊の名を聞いて、さとりちゃんは苦々しい表情で言った。\n 以前、さとりちゃんが心音と一緒に【実話深層】編集部に出勤したとき、彼女に背後霊と見なされ、頭を叩かれたり、頬をつねられたり、額にお札を貼られたりと、散々、イジメられたのだ。\n それ以降も、湊は心音の背中に張りついている人外の少女を、常に警戒した目で見ている。\n 彼女の前では、さしもの都市伝説の妖怪も息を潜め、大人しくしているしかない。\n\n「九条数世に逆らう人間は、原因不明の不幸に見舞われるのです。だから、業界でも彼女は常に腫れ物に触るような扱いを受けています」\n「ほえー? じゃあ、しおんちゃんも、九条にビビッてんの?」\n「まさか」\n「ねぇねぇ、私、このおばさんの心を覗いてみたいな! どんだけ真っ黒でドロドロのネチョネチョなのか、興味あるわ! なんとか会えないかなー?」\n「そうですか。さとりちゃんが、そう言うなら……」\n\n 心音の人生の優先順位は、常にさとりちゃんが最上位である。\n 彼女におねだりされたら、心音は拒むことができない。\n 何か取材以外で、九条に接触する方法を考えよう、と思いつき、相変わらず騒がしいモニターの中へ視線を戻した。\n\n「おや?」\n\n 九条の出演している番組が終了し、最後に告知が出ている。\n その内容を読むと、近日、ちょうど心音たちの住む地域の近くで『九条数世の出張旅占い』というイベントが開催されるらしい。\n これは、九条に会いたい心音とさとりちゃんにとって好都合だった。\n\n「取材は禁止されていますが、普通に客としてイベントに参加する形なら、角が立たないかもしれません。行ってみますか?」\n「マジ? やったぁ! しおんちゃん、大好きー♡」\n\n さとりちゃんは嬉しそうに微笑み、心音の首に両腕を絡め、頬に「ちゅっ♡」と唇を押し当ててきた。\n 心音もさとりちゃんが喜ぶ姿を見て幸せな気分になり、その華奢な身体を力強く抱きしめた。\n 長い金髪から漂ってくる女の子の甘い香り。\n 壊れてしまいそうなほど小さいのに、確かに伝わってくる柔らかい肉感と肌の温もり。\n このまま永久に抱き合っていたい。\n 狂おしいほどまでに愛しい。\n\n「さとりちゃんは本当に可愛いですね」\n「えへー♡ もっと言ってー♡」\n「可愛い、可愛い、可愛い……世界一可愛い。愛してます」\n「くぁーっ♡」\n「それにしても、あの九条数世が、さとりちゃんに本心を読まれ、逆に占われることになるわけですか。これは見物ですね」\n「まっかせてよ! 奈落おばさんの裏の顔、ぜーんぶ暴いてあげる♡」\n\n ふたりは顔を見合わせ、悪巧みを思いついた子供のようにニヤッと笑う。\n それからソファーの上に寝転がり、夕方になるまでひたすらイチャイチャしていた。\n 心音のこれまでの乾いた人生において、これほど充実した休日を送ったことはない。\n\n「さとりちゃん、好きです」\n「しおんちゃーん……あっ♡」\n「絶対に離しませんよ。生涯、付き合ってください」\n\n 腕の中にすっぽりと収まった少女の小さな身体を、その存在を確かめるかのように、いつまでもいつまでも愛で続けていた。", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"}

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