| {"novel_id": "n0002ly", "chapter": 25, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/25/", "title": "九条数世編⑥『捕食者の密談、静寂を裂く告白』", "content": " 地上200メートル。\n【プロメテウス・アド】の社長室には、いつも通り、最高級の葉巻の香りが停滞していた。\n\n「――いいこと、阿久津さん! あんな大物、この業界に長くいるアタシも初めて見たのよ!」\n\n 普段なら静寂に包まれている空間に、今日は騒々しい珍客が訪れている。\n 阿久津牙は、血のように赤い絨毯に置かれた革張りソファーに深く腰を下ろし、目の前で脂ぎった顔を上気させて捲し立てる女――九条数世を、冷めた目で見下ろしていた。\n 紫のローブを揺らし、金の指輪を嵌めた肉厚な手で空を切る姿は、滑稽を通り越して一種の獣じみた迫力がある。\n\n(霊魂だの呪いだの……そんなものは存在しない)\n\n 阿久津は、九条の吹聴するオカルト的な妄言を、まったく信じていなかった。\n だが、人間の不安を金に変えるシステムを構築し、膨大な資産を回しているという一点において、彼女を自分と同類の捕食者だと認めてはいた。\n また、九条のような社会に影響力を持つ富豪に恩を売っておくことは、阿久津にとって高額な報酬以上の恩恵はある。\n ビジネスとして付き合ってやる価値は、十分にあるというわけだ。\n\n「……で、その生霊を連れていた男を探せと?」\n「そうよ! 名前は『しおん』と呼ばれていたわ。男の方は『さとりちゃん』とか言っていたけど、多分、それは生霊の方の名前ね!」\n「手掛かりは、生霊が呼んだ名前……か。そんなものを根拠に、本当に探してもいいのか?」\n「当然よ! アタシがこの耳で聞いたんだから!」\n\n 九条は、興奮を隠せずに鼻息を荒くしている。\n 彼女の説明によれば、標的は身長175センチ前後、年齢は30歳そこそこ。\n 死んだ魚のような目をした、無気力極まりない過労状態のサラリーマンだが、その身のこなしには、明らかに格闘技の素養があるという。\n\n(『しおん』……か)\n\n 九条の要求は、その『しおん』という男を、阿久津の情報網を使って特定しろということだ。\n 提示された情報が少ないため、阿久津の力をもってしても面倒な仕事だが、ここで無下にして九条を敵に回すのは、現時点ではコストパフォーマンスが悪い。\n どういうトリックを使っているのかは不明だが、九条に逆らう人間には、必ず不幸が訪れるという。\n つい先日も、九条と口論になった水瀬という女子アナウンサーが、帰り道に交通事故に遭って、両脚を骨折するという重症を負っている。\n まさか、悪霊や呪いの仕業だとは阿久津は思わなかったが、九条には気に入らない相手を陥れる何かしらの術があるのだろう。\n\n「あ、あの……失礼します……」\n\n 重厚なドアが静かに開き、一人の若い女がおずおずと入ってきた。\n 白鳥メル、21歳。\n 首輪を嵌められ、全裸に近い極薄の下着だけを纏った彼女が、震える手で高級なシャンパンを載せたトレイを運んでくる。\n 地下アイドルグループ『ルミナス・ティア』のセンターを務める、清楚系の歌姫。\n 艶やかな黒髪セミロング、雪のように真っ白な肌、愛くるしいルックス。\n 身長154センチと小柄ながら、なかなかのスタイルの持ち主だ。\n だが、アイドルを続けるという夢を捨てられなかったせいで、阿久津のビジネスの罠に嵌まり、多額の借金を背負わされて「家畜」へと堕とされてしまった。\n\n「あっ……!」\n\n トレイを置こうとしたメルの細い腰を引き寄せ、大きな手を下半身へ伸ばす。\n 太もも、尻を無遠慮に撫で回し、薄い下着の中に手を突っ込む。\n メルは主人から与えられる恥辱に顔を歪めながらも、その身体を無抵抗に捧げる以外に選択肢はないのだ。\n\n「分かったわね、阿久津さん! 早ければ早いほどいいわ! あの男――『しおん』を探すのよ!」\n「ああ、承知した。すぐに洗い出してやるよ」\n\n 阿久津が弄んでいる「家畜」の姿など眼中にないように、九条はテーブルに置かれたシャンパンを飲み干すと、満足げに鼻を鳴らして、部屋を去っていった。\n\n「やれやれ……相変わらず、欲望丸出しの婆さんだな」\n\n 阿久津はため息を吐くと、ガタガタと小刻みに震えて立っているメルを強引に抱き寄せ、膝の上に乗せた。\n メルの顔を丸ごとつかんでしまえそうなほど巨大な手を、彼女の胸の膨らみに深々と食い込ませながら、耳元でささやく。\n\n「メル、飲み物を運んでくるのが遅かったな?」\n「す、すみません、ご主人様……!」\n「お仕置きが必要だな……んっ?」\n「は、はい……メルは、悪い子です。お仕置き……してください……」\n\n 光の消えたメルの瞳を覗き込み、阿久津は酷薄な笑みを浮かべた。\n 丸太のような太い腕で拘束し、敏感な部分を好き放題に弄ぶ。\n 細い首すじに顔を埋め、歯形が残るほど強めに噛むと、メルは「ひぃっ!」と弱々しい悲鳴を上げた。\n\n「お前は俺様の所有物だ。遊んでやるから、感謝するんだぞ?」\n「あ、ありがとうございま……あっ、あぁっ!」\n\n メルの細い肩をつかみ、乱暴にソファーに押しつける。\n 辛うじて局部だけを覆っていた下着を全て剥ぎ取ってしまうと、その185センチの巨体で押し潰すように覆い被さった。\n\n「あぁっ……あっ……やっ……ん……ぁ……」\n\n 超高層ビルの最上階。\n 阿久津が支配欲を満たすためだけに飼っている「家畜」を、救いに来るヒーローなどいない。\n 主人である男の気が済むまで、何時間でも蹂躙され続けるだけだ。\n 部屋にはメルの悲痛な、逆らうことの許されない喘ぎ声だけが、いつまでも虚しく響き渡っていた。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n 時刻は午後八時。\n 都市部の喧騒から切り離された、石段の上の小さな神社。\n その境内には、街灯の光も届かず、ただ古びた無人の社が夜の闇に沈んでいた。\n\n「神無月くん、今日は有給休暇でしょ? 夜分にわざわざアタシを呼び出すなんて……どういう風の吹き回し?」\n\n 石畳を叩く鋭いヒールの音とともに、上司の一ノ宮湊が境内に姿を現す。\n 眼鏡の奥の鋭い瞳が、暗がりの中で心音を射抜いた。\n\n「お疲れ様です、一ノ宮さん。急にお呼び立てして、申し訳ありません」\n「いいわよ、単刀直入に言いなさい。ただごとではないのは雰囲気で分かるわ」\n\n 湊の視線が、心音の肩越し、力なく首を垂れているさとりちゃんへと移る。\n いつもなら元気に悪態をつくような少女だが、今は心音の背中でぐったりと目を閉じ、透けそうなほど希薄な存在感しか放っていない。\n\n「これを聞いてください」\n\n 心音は懐からICレコーダーを取り出し、再生ボタンを押した。\n スピーカーから漏れ出すのは、病室の静寂を切り裂くような水瀬遥の悲痛な告白。\n そして――。\n\n『ギ……ギギ……ギィ……』\n\n 明らかに人間のものではない、鼓膜を直接かきむしるような、耳障りなノイズ。\n 霊感のない心音には聞こえなかったものだが、なぜかICレコーダーには保存されていた音だ。\n\n「こ、これ……!?」\n\n 由緒正しい神社の家系である湊には、この音の正体がすぐに分かったらしい。\n 続いて、ノイズに混じって甲高い少女の声が響き渡ってくる。\n\n『やーんっ! こっち来んなーっ!』\n『私がビンタしたら消えちゃったよ。お姉様のお守りで弱ってたのかな?』\n『あ、あれっ? 急に、肩が軽くなって……吐き気も、止まったみたいです……』\n\n「なるほどね……」\n\n 湊の表情から、いつもの不遜な余裕が消えた。\n 彼女には、それらの音声の背後で何が起きていたのか、手に取るように理解できたはずだ。\n\n「水瀬さんを苦しめていたのは、九条が放った悪霊でした。それを退治したのは、一ノ宮さんのお守りと、僕の背後にいる、この子です」\n「そっか……その子、神無月くんの守護霊なのかもしれないわね」\n「それと……僕は、あなたに白状しなければならないことがあります」\n\n 心音は湊の視線を正面から受け止め、淡々と続けた。\n\n「今日、僕は客として、九条数世のイベントに参加してきました」\n「――な、なんですって!?」\n\n 湊の怒鳴り声が境内に反響する。\n 彼女の眼鏡の奥に、炎のような怒りが宿った。\n\n「アタシがあれほど言ったでしょ!? 九条はあまりにも危険なのよ! ていうか、水瀬遥の病室で直に体験したのに、よく平気で行ったわね?」\n「それが、水瀬さんの願いでした。それに、目の前にこれほどの真実が転がっていて、拾わない記者はいないでしょう」\n「だからって……!」\n「もう一つ、僕には後に引けない理由ができてしまいました」\n\n 心音の静かな言葉が、湊の叱責を遮った。\n\n「僕の背中にいる、この子――さとりちゃんが、九条に目をつけられてしまいました。九条はさとりちゃんを分割して瓶に捕獲しようとして……結界を強引に破って逃走しましたが、その代償で、今の彼女はこの有様です」\n「さとりちゃん……?」\n\n 湊は言葉を失い、心音の背中で微かに震えるさとりちゃんを見つめた。\n\n「その背後霊の子……神無月くんにとって、そんなに大事な存在なの?」\n「はい。この子が消えたら、僕は肉体的にも精神的にも破滅します。もう、この子なしでは生きられない体になってしまいました」\n「それは……もしかして、憑依されて、離れられない呪いにかかったから……とか?」\n「確かに、それもありますが……僕は、さとりちゃんを愛してしまいました」\n「……!?」\n「だから、さとりちゃんに危害を加えようとする九条を、僕は絶対に許せません」\n\n 静かな声の中に、抑えきれない確かな怒りの感情を混ぜ、心音は言った。\n その言葉があまりにも予想外だったか、湊は信じられないように目を大きく見開き、心音の顔をじっと見つめていた。\n\n「……神無月くん、あなた、いろいろと厄介なことに首を突っ込んだわね」\n\n 湊は大きなため息を吐くと、頭を抱えるようにして天を仰いだ。\n それから心音の目を真っ直ぐに見据え、冷徹な覚悟とともに、言葉を続けた。\n\n「分かった、九条数世の取材を許可するわ。ここまできたら、もう引き下がれないでしょ?」\n「一ノ宮さん……」\n「神無月くん、九条数世を、社会の底まで引きずり下ろしなさい。悪質な成金霊媒師おばさんの化けの皮、バッチリ剥いでくるのよ!」\n「承知しました。一ノ宮さん、僕に任せてください」\n\n 心音は短く答え、湊に頭を下げると、神社を後にした。\n\n「さとりちゃんを愛している……ね……」\n\n 背中から、なぜか湊の少し寂しそうな声が聞こえてきた気がした。", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"} |
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