| {"novel_id": "n0002ly", "chapter": 27, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/27/", "title": "九条数世編⑧『電子の葬列、歪な祝杯』", "content": " 深夜、SNS上の無数のアカウントから一斉に投稿された、数分間の動画。\n そのあまりに凄絶な内容に、誰もが我が目を疑った。\n 暗い森の中で、スピリチュアル界の女帝と呼ばれた九条数世が、泥にまみれ、見えない何かに怯えながら、自らの罪を絶叫し続けるという、前代未聞の映像であった。\n\n『ぎゃああああーーーっ!! 痛い、痛いっ! やめて、来ないでぇっ!』\n『水瀬のことも、あの子を突き飛ばせって命じたのもアタシよ! 霊なんて全部アタシの自作自演! 占いもデタラメ! お金と権威が欲しかっただけよ!』\n『だから許して……お願い、助けてぇーーーっ!!』\n\n その叫びはあまりにも醜悪であり、九条数世という人間の本質を露呈させたものだった。\n 動画は爆発的な速度で拡散され、まとめサイトやインフルエンサーによる動画配信などが乱立。\n 九条を崇拝していた者も、もともと彼女をペテン師として疑っていた者も、一様に正義の仮面を被って彼女を叩いた。\n また、過去に九条に高額で占ってもらった者、何の効果もない開運グッズを買わされた者などが集まり、一斉に抗議活動を始めた。\n 弁護士を通じた返金請求や被害者の会による集団提訴が相次ぎ、九条が運営していた法人には警察の家宅捜索が入り、隠し資産さえも次々と凍結されていった。\n 彼女がこれまでに築き上げた地位も名声も、そして資産までもが、瞬く間に消え失せていく。\n 信じていた救済がただの搾取であったと突きつけられた信者たちの落胆は、そのまま底知れない憎悪へと形を変え、ネットと現実の両方で彼女と、彼女の関係者を徹底的に追い詰めたのだった。\n\n『九条数世、自分が奈落に一直線で草』\n『発狂した? それとも幻覚? 九条の人生が終わるのは現実だけど』\n『私が生活費削って買った30万円の数珠、ただのプラスチックだったの?』\n『やっぱり人気女子アナの水瀬遥を陥れたのは、このババアだったのか。俺、許せねぇよ……』\n『この映像、誰が撮って拡散したのか? プロの仕事としか思えんが……』\n\n もはや九条を擁護する者は誰もいない。\n 無責任な罵声を浴びせ、デジタルタトゥーとして永遠に残るその醜態を、単なる娯楽として消費し尽くそうとしていた。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n【実話深層】編集部。\n 心音はいつも通りの死んだ魚のような目で、ぼんやりとモニターを眺めていた。\n モニターには、その動画を最速で記事にした自身の署名記事が、ニュースサイトのアクセスランキング一位に堂々と居座っている。\n\n「しおんちゃんの書いた記事、ずっと一位じゃん! さっすがー!」\n「まあ、さとりちゃんが分身のアカウントで拡散したのと、ほぼ同時に公表しましたからね」\n「えへへー♡ 私としおんちゃんの愛の連携プレーだね♡」\n\n 背中に張りついているさとりちゃんが嬉しそうに身を乗り出し、心音の頬に「ちゅっ♡」と優しくキスをした。\n 九条の結界を破る際、魔力の大半を消費してしまっていた彼女だが、今は魔力残量を示す度数も180まで回復しており、体調も万全だ。\n\n「そういえばさ、奈落おばさんってどうなったのー?」\n「どうやら、無事に保護されたようですね。抜け殻ですけど」\n\n 九条数世は明け方、山中を彷徨っていたところを救助隊に発見され、病院に搬送された。\n 命に別状はないが、その精神は完全に崩壊しており、医師の問いかけにも一切応じられないような状態だった。\n さとりちゃんの【絶望喰い】によって、濃縮された絶望ごと、心そのものを削り取られてしまったためだ。\n 唯一、友人の羽住結愛の絶望を喰うときだけは手加減をしたが、基本的にさとりちゃんは目の前の獲物に対して手心を加えたりはしない。\n そうして、さとりちゃんによって捕食された人物は心を失った廃人のようになり、二度と普通の生活には戻れなくなるのだった。\n\n「――神無月くん、手際がいいわね。ランキング独走じゃない」\n\n 背後から、聞き慣れた女性の鋭い声がした。\n 上司の一ノ宮湊だ。\n 彼女は心音のモニターを覗き込み、眼鏡の奥の瞳を細めた。\n\n「おかげさまで、アクセス数は過去最高を記録しています」\n「九条本人への突撃取材は、どうなったの?」\n「残念ながら、本人に直接接触することはできませんでした。ただ、運良くこの動画をSNSで発見できたので、最速でまとめた次第です」\n「ふぅん……神無月くんの嗅覚、相変わらず半端じゃないわね」\n「九条に関する情報を最優先で探し回っていましたからね」\n\n 心音は顔色ひとつ変えず、適当なことを言ってごまかした。\n 動画を撮ったのが自分自身であることも、それを拡散させたのが背中に張りついている怪異の少女であることも、公にできるはずがない。\n さとりちゃんが持つ、膨大な数のダミーアカウントを使った一斉放流。\n SNSという電子の迷宮に潜む彼女にとって、情報のトレンドを操作することなど朝飯前だ。\n\n「まあ……これだけ九条本人が派手に自白してるなら、取材は不要かもね」\n\n 動画から流れる九条の絶叫を聞きながら、ふと、湊は視線をモニター内の空間の歪みに向けた。\n 霊能力を持つ彼女の目には、動画の中で九条が無数の悪霊に襲われている様子が、はっきりと視えているはずだ。\n\n「投稿者は不明、撮影者も不明……けれど、これで九条数世は終わりね。水瀬アナも、少しは救われるかしら」\n\n 湊は肩の力を抜くと、パチンと指を鳴らした。\n\n「神無月くん、今日は早めに上がりましょう。帰りに、焼肉でもどう? アタシの奢りよ」\n「――やきにくーっ!?」\n\n 湊の言葉を聞いて、心音の背中で大人しくしていたさとりちゃんが、弾かれたように身を乗り出した。\n\n「やったー♡ お姉様、素敵っ♡ 私、カルビとタン塩、たっくさん食べるぅー♡」\n「そこの背後霊、調子に乗るな!」\n\n 湊は常時、持ち歩いているライバル誌【週刊真実バースト】の先週号を丸め、さとりちゃんの頭に振り下ろした。\n ポカッ、と乾いた音がして、さとりちゃんが「あうっ!?」と情けない声を上げる。\n\n「そもそもアンタ、霊体でしょ? 人間様の食べ物を取ろうなんて、百年早いわ!」\n「んにゃっ? 私、実体があるよー? ただ、お姉様みたいな霊感のある、すごーい人にしか認識できないだけだもん」\n「むっ……まあ、そりゃあ、アタシはすごーい人だけども……」\n「お姉様、すごく美人だし、こんな優秀なしおんちゃんの上司ってことは、むちゃくちゃ有能なんでしょ? 憧れちゃうなー!」\n「な、なによ……アンタ、さとりちゃんだっけ? どうやら、そんなに悪い子ではないみたいね」\n「えへへー♡」\n\n 湊は仕方がないというように苦笑し、さとりちゃんの頭を撫でた。\n 心音は、敵味方ともに恐れられる「鉄の女」が張り巡らせた分厚い城壁の門が、少しだけ開かれたような気がした。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n 地上200メートルに構える、株式会社【プロメテウス・アド】の社長室。\n 阿久津牙は、最高級の革張りソファーに深く腰を下ろし、モニターに映し出された深夜の惨劇を、退屈そうに眺めていた。\n\n「九条数世……最期まで見苦しい女だったな」\n\n モニターの中では、九条が泥にまみれ、見えない何かに怯えながら、自らの罪を絶叫し続けている。\n 阿久津は鼻を鳴らし、手元のクリスタルグラスに注がれた琥珀色の液体を喉に流し込んだ。\n 九条が行っていたインチキ臭いスピリチュアル商法など、阿久津は最初からまったく信用していなかった。\n 人間を「救済」という甘い言葉で釣り、マッチポンプで不安を煽って金を吸い上げる。\n 奇しくも、そのビジネスの仕組みだけは共通していた。\n しかし、九条のそれはあまりに情緒的で、科学的根拠を欠いた非効率な詐欺だった。\n そんな妄想に浸り続けていたから、とうとう自分の頭のネジが外れ、こんな無様な醜態を晒すことになったのだろう。\n\n「くだらん……」\n\n 阿久津は冷たく言い放つと、ニュースサイトのトップページをスクロールさせた。\n 九条の失踪と発狂、その自白動画の内容を、どこよりも速く記事にしたWEB速報。\n その記事の末尾に記された署名が目に入り、阿久津は眉をひそめた。\n\n「神無月心音……『しおん』?」\n\n 聞き覚えのある名だった。\n 数日前、この社長室で九条が唾を飛ばしながら、そんな人物の名を叫んでいた記憶がある。\n\n「偶然か?」\n\n 九条数世という怪物を一夜にして崩壊させた、あの出来すぎた自白動画の拡散。\n そして、それを最速で記事にし、社会的なトドメを刺した記者。\n 九条の口にした『しおん』という名。\n 記者の名前も、心音。\n 単なる偶然の一致で、片づけてしまってもいいものか?\n\n「週刊誌【実話深層】編集部所属か……お堅い雑誌だと思って、ノーマークだったが」\n\n 阿久津がマッチポンプで標的を陥れる際、よく利用するのが【週刊真実バースト】のパパラッチ軍団だ。\n それに対し、【実話深層】はスキャンダルだけでなく、幅広い分野の情報を手広く扱う総合週刊誌。\n そこに所属する記者が、他の誰よりも早く――まるで、あらかじめ準備をしていたかのように、九条の最期を記事にして世に放った。\n この国でトップクラスの情報収集力を持つ、阿久津さえも凌ぐ早さで、だ。\n\n「少し、探りを入れてみるか」\n\n 九条の口にした『しおん』と同一人物と考えるのは早計だが、この心音という人物が阿久津にとって「イレギュラー」な存在なのは、間違いなかった。\n 自分の城を脅かすかもしれない「敵」を、阿久津は決して許さないのだ。", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"} |
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