| {"novel_id": "n0002ly", "chapter": 29, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/29/", "title": "阿久津牙編②『無垢な残響、路地裏の殺意』", "content": " 外界の喧騒を遮断した密室内には、むせ返るような熱い湯気と、甘ったるい石鹸の香りが充満していた。\n\n「お前のご主人様の身体だ。よく洗えよ?」\n「……はい、ご主人様」\n\n 白鳥メルは、湿り気を帯びたタイルに膝をつき、震える手で石鹸を泡立てていた。\n 目の前には、王座のように据えられた椅子に座る、阿久津牙の巨大な背中がある。\n 185センチの屈強な肉体。\n 湯気を浴びて鈍く光る、褐色の肌。\n メルを「家畜」として屈服させる、圧倒的なまでの筋力と暴力性を、その内側に宿している。\n\n(逆らったら、殺されちゃう……)\n\n 細い指先で阿久津の背中を、這うような動作で洗い始める。\n 数時間前まで、メルは大勢のファンに愛される、グループでもトップの人気を誇る華やかなアイドルだった。\n だが、この密室では、阿久津の所有物――「家畜」の一頭に過ぎない。\n ライブが終わり、衣装も脱がぬまま、汗を拭う時間すら与えられず、2時間にも渡って阿久津の一方的な欲望を受け入れた。\n ようやく許されて、今、この浴室にいるのだが、首に嵌められた重い首輪が、メルに決して自由を与えないという阿久津の意思を象徴していた。\n\n(どうして、こんなことになっちゃったんだっけ……?)\n\n ――全てが狂いだしたのは、半年前。\n ファンと握手をしていただけの写真が「パパ活」と捏造され、さらには学生時代の若気の至り――「万引き」の証拠写真までもが、恐ろしい速度でネット上に流出した。\n 当時から『ルミナス・ティア』のセンターとして活躍していたメルの隠しきれないスキャンダルとして、当然のように大炎上。\n そんなとき、絶望していたメルの前に現れたのが、救世主を装った阿久津だった。\n\n『キミの才能が潰されるのは忍びない。我々が全力を挙げて鎮火させよう』\n\n その甘い言葉の裏側には、3000万円という法外な請求書と、返済不能な契約書が隠されていた。\n しかし、阿久津の力によって、この世の終わりのように炎上していた白鳥メルのスキャンダルは、嘘のように鎮火した。\n ファンはすぐに戻り、メルは再びステージに立てるようになった。\n あのまま炎上が続いていたら、最悪、グループの解散も避けられなかっただろう。\n\n(こんなロクでもない男でも、恩人は恩人……なのかな)\n\n 救済の代償。\n 現在、メルは強制的に阿久津の住んでいる部屋に同居させられている。\n 裸同然の姿で日常的に虐待を受けながらも、彼の身の回りの世話までさせられているのだ。\n しかし、言う通りにしなければ、阿久津は即座にメルのスキャンダルを世界中にばら撒くだろう。\n\n「……おい、やる気あるのか?」\n「ひぃっ!?」\n「よく洗え、と言っただろう?」\n\n 阿久津がメルの髪を乱暴につかみ、無理やり自分の方へ引き寄せた。\n 丸太のような太い腕で拘束され、身動き一つ取れなくなる。\n 154センチの小柄な体格に見合わない豊かな胸の膨らみに、ゴリラのように武骨で巨大な手が深々と食い込んだ。\n\n「あっ……あぁ……ご主人様、ごめんなさい! ゆ、許して……!」\n\n 無遠慮に胸を揉みほぐしながら、もう片方の手でメルの瑞々しい太ももを、抉るような強さでつかむ。\n 清楚なアイドルの仮面を剥ぎ取られ、モノのように扱われる恥辱。\n メルの華奢な身体を人形のように軽々と持ち上げ、股座の上に乗せる。\n\n「調教が足りないようだな……んっ?」\n「は、はい……ご主人様、メルは悪い子です。ちょ、調教……してください……」\n「いいだろう」\n\n 阿久津は下卑た笑いを浮かべ、メルの陰部に自らの凶暴にそそり立った男根を添えた。\n 化け物のような太さ、長さ、硬さを持つ阿久津の陰茎に、メルはもう何度蹂躙されたか、覚えてすらいない。\n 阿久津との行為では、これまでに一度も避妊をしたことがない。\n もし妊娠などすれば、当然、アイドル活動を続けることはできなくなる。\n そうなれば、メルの人生は完全に終わるだろう。\n 真の意味で、一生、阿久津の作った檻から出られない「家畜」と化すのだ。\n 無論、メルの腹から生まれてくる子も……。\n\n「あっ……あんっ……やっ……ぁ……ひぁっ……」\n「良い顔だな」\n\n 阿久津は豪快に腰を振りながら、メルの細い身体を潰れるほど抱きしめ、その分厚い唇を顔に重ねた。\n 中年男の大きな舌がメルの口腔内を蹂躙し、舌をねっとりと絡め取ってくる。\n\n(……もう全部、終わらせたい)\n\n ふと、メルの胸の奥に、かつて持っていた夢や希望とは対極にある、どす黒い感情が芽生えた。\n 恩人であるはずの男。\n 自分を救ってくれたはずの救世主。\n だが、その男に対する憎悪の炎は、僅かに残された理性すらも焼き尽くそうとしていた。\n\n「あれだけ可愛がってやったのに、まだ足りないのか? んっ? 欲張りな豚だな」\n「あ……ありがとう……ございます……」\n「よし……出たら、餌を食わせてやる。その後、続きだ……いいな?」\n「は、はい……」\n「さっさと起きろ」\n\n 力尽き、床の上に倒れているメルに向かって、阿久津が勢いよくシャワーを浴びせてくる。\n いつの間にか、行為は終わっていたらしい。\n 全身に力が入らず、ピクピクと小刻みに震えるだけのメルを、ゴミを見るように見下ろし、阿久津は不機嫌そうに鼻を鳴らす。\n ここで、優しく抱き起こしてくれるような男ではない。\n\n「お前、家畜の分際で、俺様を待たせる気か?」\n「ぐっ……ぐ……ぅ……!」\n\n 阿久津はメルの頭に足裏を乗せ、嬲るように体重をかけてきた。\n 頭蓋骨がミシミシと軋むような感覚。\n 耐え難い苦痛に、声も出せない。\n 両手、両足を死にかけの昆虫のようにジタバタと動かすメルを見下ろし、阿久津は冷酷に笑った。\n\n「このまま踏み潰してもいいが……もう少し、お前で遊んでやるよ。感謝しろ」\n\n メルの頭の上から足をどかし、阿久津はバスルームを出ていった。\n 残されたメルは、しばらくの間、床の上に倒れ伏したまま、ピクリとも動くことができなかった。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n(証拠は揃ったぞ……!)\n\n 松前康平は、寝不足で真っ赤に充血した眼をこすり、手元のスマホを凝視していた。\n 端末に保存された波形データ――そこには、地上200メートル上空の密室で行われていた、おぞましい犯罪の記録が刻まれている。\n 昨夜、イヤホン越しに松前の鼓膜を叩いた、下卑た男の笑い声と、メルのか細い悲鳴。\n 50歳前後と思われる中年男が、松前が実の娘同然に慈しんできたメルを、長時間に渡って家畜のように虐げ、その尊厳を踏みにじる音声が保存されていた。\n 一晩中、その地獄を繰り返し聴き続けた松前の精神は、底知れない怒りと憎悪によって、もはや悪鬼のごとく尖り切っている。\n\n(阿久津……牙……!)\n\n 松前は徹夜で調査を続けた。\n あの超高層ビルの、最上階の主――阿久津牙。\n ネットの風評被害対策やSNSブランディングを掲げるコンサルタント会社【プロメテウス・アド】の代表取締役社長。\n それが、メルを肉の塊として弄んでいた男の正体だった。\n\n(……典型的なマッチポンプだな)\n\n【プロメテウス・アド】――表向きは企業や個人(特に有名人)を守る守護者の顔をしているが、その実態は、自ら炎上の火種を撒き散らし、絶望したターゲットに「救済」を持ちかけて法外な利益を貪る、現代の吸血鬼だ。\n 長年、薄汚れた業界の裏方で泥水をすすってきた松前には、その手口が手に取るように理解できた。\n メルをスキャンダルの業火に叩き落とし、絶望した彼女に「救世主」として近づき、莫大な借金という名の鎖で繋ぎ止める。\n\n(心当たりは、ある! どうして、気づいてやれなかったのか……!)\n\n 半年ほど前のことだ。\n メルがファンの男性と「パパ活」をしていた疑惑や、学生時代に「万引き」をしていた疑いのある画像などが、急にネット上に流出したことがあった。\n 当然、メルは大炎上したのだが、その燃え上がる勢いは嘘のように、すぐに沈静化したのを松前は記憶している。\n おそらく、炎上させたのも、それを鎮火させたのも、阿久津の自作自演。\n メルを陥れるために巧妙に仕組まれた、マッチポンプの罠だった。\n 彼女を救うのではなく、彼女の人生を、最も効率的に搾取できる家畜の檻へ閉じ込めただけなのだ。\n\n「待ってろよ、メル……!」\n\n 松前はビジネスバッグを強く握りしめ、【プロメテウス・アド】の入っているビルへと足を踏み入れた。\n 一階の受付。\n 洗練された、それでいて無機質な空間で、松前は冷徹な表情の受付嬢に言い放つ。\n\n「阿久津社長に、至急、相談したい件がある。緊急だ」\n「失礼ですが、アポイントメントは……」\n「白鳥メルの関係者だ、と伝えろ。今すぐにだ」\n\n 松前の死にもの狂いの形相に圧されたのか、受付嬢は戸惑いながらも内線へと手を伸ばした。\n\n「――ええ、はい。かしこまりました……」\n\n やがて、彼女は困惑した表情で、松前に最上階への案内を告げた。\n\n(これは宣戦布告だ……俺も無事では済まない。だが、引き下がるわけにはいかん)\n\n 耳が痛くなるほどの速度で上昇する高速エレベーター。\n 表示される数字が上がるにつれ、松前の殺意は純度を増していく。\n そして、最上階。\n\n「白鳥メルの関係者……マネージャーかね?」\n\n 重厚な扉が開かれた先には、広大な都市を一望できる全面ガラス張りの、豪華な社長室が広がっていた。\n その部屋の中央、王座のような革張りの椅子に深く腰掛け、阿久津牙は不敵な笑みを浮かべていた。\n\n「顔色が悪いな。疲れているようだが、睡眠は足りているかね?」\n「おかげさまでな」\n\n 胃の底からせり上がる嘔吐感を必死に抑え、松前は阿久津の正面へと詰め寄った。\n 震える手で、自分のスマホを突きつける。\n\n「阿久津牙……今から、貴様を終わらせる音声を聞かせてやる」\n「ほう、それは楽しみだ。期待しているよ」\n\n 阿久津は余裕の表情を崩さない。\n 王者ゆえの傲慢さか。\n その醜悪な顔を睨みつけながら、松前はスマホの画面上に指を伸ばす。\n\n「後悔させてやるぞ……!」\n\n 録音した音声データを再生するべく、アプリのアイコンを、親指の爪が剥がれるほどの力で、抉るように押し込んだ。\n\n ――ジリ……ジリリ……。\n\n 耳障りなノイズが混じり、昨夜の「地獄」が、豪華な社長室に響き渡ろうとしていた。", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"} |
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