| {"novel_id": "n0002ly", "chapter": 31, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/31/", "title": "阿久津牙編④『託された刃、摩天楼の密会』", "content": " 都市の中央部に鎮座する、巨大なターミナル駅。\n 見渡す限りの群衆、むせ返るような熱気。\n 行き交う無数の足音が硬いタイルに反響する。\n 心音は安物のスーツのポケットに深く手を突っ込み、周囲に溶け込むように、静かな足取りで歩いていた。\n 目的地は、地下通路の隅にひっそりと佇む、旧式のコインロッカーだ。\n\n(邪魔が入らなければ、いいのですが)\n\n 心音の指先は、ポケットの中で冷たい金属の感触をなぞっていた。\n それは、数時間前、公園の砂場で血まみれになっていた男――松前康平から託された、三桁の番号が刻印されたキーだった。\n 阿久津の部下たちは、松前の衣服を剥ぎ、持ち物を徹底的に調べたが、泥にまみれた安物の靴の中敷きの下までは、チェックしていなかった。\n\n『……これを、頼む。奴の……阿久津牙の……息の根を、止めてくれ!』\n\n 正真正銘、それが松前の切り札だった。\n 救急車のサイレンが近づく中、松前は心音の腕を指の骨が軋むほどの力でつかみ、懇願した。\n 目の前の男が記者であると知った瞬間に宿った、その瞳の凄まじい光。\n それは正義感ではなく、自らの……そして、実の娘のように思っていた白鳥メルの人生を破壊した巨悪へ一矢報いようとする、執念の結晶だった。\n\n「……ここですね」\n\n 人混みの死角になる位置にあるロッカーの前で立ち止まり、心音はポケットからキーを取り出す。\n 周囲を見回し、警戒しながら鍵を差し込み、ゆっくりと回した。\n カチリ、という乾いた音。\n 鉄の扉を開けると、そこには使い古された、少し前の世代のスマホが一台と、折り畳まれた一枚のメモ用紙が置かれていた。\n\n(松前氏の言った通りですね。彼の言葉は真実でしたか)\n\n 心音は無言でそれらを回収し、ポケットへ滑り込ませると、一度も振り返ることなく駅を後にした。\n\n「ふぅー……緊張したね、しおんちゃん」\n「まだ油断はできませんよ」\n「ほーい」\n\n 駅の外にある駐車場に停めていた車に戻り、さとりちゃんを助手席に座らせると、心音は運転席に滑り込むように乗り込んだ。\n\n「さて……」\n\n 心音は回収したスマホを取り出し、メモに書かれたパスコードを打ち込んだ。\n ロックが解除され、ホーム画面に録音と再生を行うアプリのアイコンが表示される。\n すぐにアプリを起動させ、再生ボタンを静かに押し込んだ。\n\n ――ジリ……ジリリ……。\n\n デジタルノイズの向こうから、重低音の男の声、そして、怯えるような若い女の震えた声が聞こえてくる。\n\n『家畜らしく、俺様のストレス発散に付き合え』\n『かしこまりました……』\n『ほれ、喜べ。いつもの首輪だぞ』\n『ありがとうございます、ご主人様……』\n『来いよ……調教の時間だ』\n\n その後は、耳を塞ぎたくなるような、非人道的な音声が流れ続けた。\n\n『あっ……あぁ……ひぁっ……』\n『どうした、メル? 豚らしく、もっと大きな声で鳴いてみろ』\n『ご主人……様ぁ……ゆ、ゆるし……て……あぁっ……ぁ……』\n\n 若い女――白鳥メルが尊厳を粉々に砕かれ、家畜のように呻く声。\n 醜悪な欲望を隠すことなく、メルを一方的に弄び、隅々まで汚していく男の下卑た笑い声。\n 男――阿久津牙が白鳥メルというひとりの人間を監禁し、凌辱している犯罪の証拠が、そこにあった。\n\n「うわぁ……マジ胸糞わるっ! 妖怪の私でもドン引きだわ。ねぇ、しおんちゃん! これ、今すぐSNSにアップしちゃおーよ!」\n\n さとりちゃんが、興奮したように心音の肩を揺さぶる。\n だが、心音は静かに首を横に振り、冷静な口調で言った。\n\n「調べたところ、この阿久津牙という男……情報の王ともいえる存在のようですね。半端な告発をしたところで、1分も経たずにアカウントはBANされ、投稿は『デッドリンク』として処理されるでしょう」\n「デッドリンク……リンク先がエラーとかで見れなくなるやつ?」\n「ええ。それどころか、通信ログから居場所や素性すら特定される可能性があります」\n\n 話している間に、松前が命懸けで保存した音声データが終了する。\n 阿久津牙――株式会社【プロメテウス・アド】の社長。\n ネットの風評被害対策やSNSブランディングを掲げる大手コンサル会社だが、心音は記者として常日頃から幅広い情報収集を行っている中で、その黒い噂を聞いたことはある。\n ターゲットをあらゆる手段で追い詰め、絶望させたところに「救世主」として手を差し伸べる。\n そのマッチポンプの罠に嵌められた人間は、莫大な借金を背負わされ、人生を破壊される。\n だが、そのような噂が大っぴらに広まったところを、心音は見たことがない。\n おそらく、人々が噂の確証を得るよりも前に、圧倒的な速度で火消しが行われているのだ。\n\n(24時間体制の監視で、自分たちに不都合な情報や、邪魔な人間は排除してしまうのでしょうね)\n\n やるなら迅速、かつ確実に。\n 阿久津が情報の修正を試みる隙すら与えず、喉元を食い破らねばならない。\n ――だが、これほど万能感に満ちた巨悪が崩壊の果てに生み出す絶望は、どれほどの芳香を放つだろうか。\n 心音が阿久津と戦うのは、松前や白鳥メルの無念を晴らすためではない。\n それは、スキャンダル担当記者としての業。\n そして、隣に座っている愛らしい人外の少女に、極上の「餌」を供物として捧げる。\n ただ、それだけのために動くのだ。\n\n「しおんちゃん、悪い顔してるー♡」\n「ええ。この阿久津という男の絶望を、さとりちゃんに食べさせるときが楽しみです」\n「えへへー♡」\n\n 情報の王を地獄へ引きずり下ろすための、歪んだ共犯関係。\n ふたりは、薄暗い車内で鏡合わせのような不敵な微笑みを交わした。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n 天を衝くようにそびえ立つ【プロメテウス・アド】の本社ビル。\n そこは、選ばれた者のみが許される特権階級の象徴だった。\n 下層には世界的なブランドが並ぶショップや、厳格な審査を通過した会員のみが利用できるレストラン、最新設備のスポーツジム、プール、サウナが完備されている。\n さらに上層には、阿久津のような高所得者が下界を睥睨して暮らす、超高級居住区が広がっていた。\n\n「ふっ……ふっ……ふぅーっ!」\n\n その一角、外部の喧騒から完全に遮断されたプライベート・スポーツジム。\n 広い室内には、最新鋭のランニングマシンが規則的な駆動音を響かせている。\n そこで一台のマシンを占有し、一心不乱に走り続ける女がいた。\n 身長150センチ。\n プラチナブロンドの長い髪に緩やかなウェーブがかかり、激しい運動に合わせて生き物のように躍動している。\n 成人女性としては小柄で、その童顔も相まって、初見の者は彼女を10代半ばの美少女と見紛うだろう。\n しかし、その幼い容姿に反して、トレーニングウェア越しに主張する曲線美はあまりに鮮烈だった。\n 小柄な体格には不釣り合いなほどの豊かな肢体が、走るリズムに合わせて激しく揺れ動く。\n 特に、その豊かな胸の膨らみが「たぷんっ♡ たぷんっ♡」と上下に揺さぶられる光景は、目の保養というには、あまりに刺激的すぎた。\n\n「ふぁー……いい汗、かきましたわー♡」\n\n ピッ、という電子音とともにマシンが停止した。\n 女は肩で息をしながら、上気した顔に貼りついた髪を指で払った。\n\n「――待たせたな、お嬢さん」\n\n 女が運動を終えるのを見計らったかのように、分厚い防音扉が開き、眼帯をした長身の男が足を踏み入れる。\n この超高層ビルの支配者――阿久津牙だった。\n 白鳥メルの予想外の叛逆によって、右目の視力が奪われたため、今は黒い眼帯をしている。\n だが、それが阿久津の冷徹な威圧感を、より一層際立たせていた。\n\n「あら、阿久津さん。社長室ではなく、こんな場所で密会とは……どういう風の吹き回しですの?」\n\n 女――九条真白は、タオルで汗を拭いながら、マシンのステップから下りた。\n スポーツドリンクを手に取り、呼吸を整える彼女の姿を、阿久津は値踏みするような、無遠慮な視線で観察する。\n その視線は、彼女の驚異的なスタイル、特にその小柄な身体には収まりきらないほどの豊かな胸元へと向けられていた。\n\n(メルより年上のはずだが、高校生か、下手したら中学生くらいにも見える。それでいて、この美貌とスタイル……野放しにしておくには惜しい)\n\n 九条真白、23歳。\n スピリチュアル界の女帝と呼ばれた九条数世の姪である。\n 現在、彼女は阿久津とは別の次元で、情報や人心を操るカルト的なビジネスを生業としている。\n ビジネス上の利害が一致し、共謀することは一度や二度ではなかった。\n\n「阿久津さん、そのお怪我……大変でしたわね」\n「ああ……油断してしまったよ」\n\n 阿久津は不機嫌そうに鼻を鳴らす。\n そんなことよりも、今、阿久津の脳裏にあるのは、ひとりの記者の姿だ。\n ――神無月心音。\n 九条数世が破滅する動画の拡散を、誰よりも早く察知し、不可解なまでの速度で記事にまとめ上げた男。\n 阿久津は、今後、自分の脅威になるかもしれないこの男を、今のうちに取り込んでおこうと考えていた。\n そのような得体の知れない才能を持つ人物は、敵に回すよりは、自分の道具として使う方が効率が良く、安全だ。\n\n(九条数世も目をつけた『しおん』……利用させてもらうぞ)\n\n 目的は明確だった。\n 家畜の分際で、自分に深い傷を負わせて逃亡した白鳥メル。\n メルを虐待した決定的な証拠を持参し、脅迫してきた松前康平。\n そして、彼らが守ろうとした『ルミナス・ティア』。\n これらを再起不能にするため、松前らの過去のスキャンダルを暴きたてる武器として、心音の能力を利用する。\n\n(だが、その前に……)\n\n 九条数世が口にした『さとりちゃん』という奇妙な存在への対策を、彼女の血縁であり霊能力を持つ真白に相談しに来たのだった。\n 九条が言うには、心音には『さとりちゃん』という強力な生霊が憑依しているらしい。\n 阿久津なりに、その都市伝説を洗った結果は、無視しがたい嫌悪感を伴うものだった。\n 相手の心を読み、その魂を喰らい尽くす――そんな物騒な化け物の噂に、情報の王が振り回されている。\n\n(非科学的な、くだらん話だが……一応、保険はかけておくべきだ)\n\n 阿久津は、これから接触を試みる記者の心音と、その背後に蠢くという厄介な生霊について真白に語り、何か対策はないかと尋ねた。\n\n「なるほど。阿久津さんも、ようやく霊魂の存在を認める気になったようですわね」\n\n 真白は、満足げに口角を上げ、エナメル製のスポーツバッグに手を伸ばす。\n 取り出したのは、鈍い金色を放つピラミッド型の物体。\n\n「これは?」\n「阿久津さんを人外の妖魔が持つ魔力から守るアイテムですわ。特に、その『さとりちゃん』とやらが精神に干渉してくるのを防ぐ、強力な結界の役割を果たしますの」\n「結界……ねぇ」\n\n 阿久津はそれを受け取ると、手の平の上で転がした。\n 指先に伝わる金属の重みは、無神論者の阿久津にとって、ただの無機質な物質でしかない。\n オカルトなど馬鹿馬鹿しい。\n だが、油断が招く予想外の事態は、右目の傷だけで十分だった。\n 得体の知れない相手と対峙するならば、相応の、理外の防壁が必要だ。\n\n「頂いておくよ、お嬢さん」\n\n 阿久津はそれをポケットにねじ込むと、無事な方の左目を細め、真白の全身をなめ回すように眺めた。\n 白鳥メルという、いつでも欲望を叩きつけられる「家畜」を失ったことで、行き場のないドロドロとした肉欲が腹の底に溜まっている。\n 真白は年端もゆかぬ少女に見えるほど若々しく、その愛らしいルックスに見合わない、阿久津好みの豊満な肉体を持つ。\n 立場上「家畜」にはできないが、愛人にするのは悪くないと阿久津は値踏みしていた。\n\n「お嬢さん、これはお駄賃だ」\n\n 阿久津は高級スーツの内ポケットから分厚い札束を取り出し、ベンチの上に放り出した。\n\n「どうかね? これからの付き合いも含めて、面倒を見てやってもいいが……」\n「……残念ですが、阿久津さん。ワタクシ、すでに心に決めたお方がいるんですの」\n\n 真白はその札束を一瞥すると、小馬鹿にしたような表情で肩をすくめた。\n\n「ですから、あなたのモノにはなれませんわ。ごめんあそばせ」\n「む……」\n\n 阿久津は微かに眉を動かした。\n 情報の王である自分を前にして、これほど明確に拒絶を突きつけてきたのは、かつての九条数世くらいのものだ。\n 血は争えない、ということか。\n\n「では、阿久津さん、ご機嫌よう。シャワーとサウナも借りていきますわよ」\n\n 真白は勝ち誇ったような微笑を浮かべ、しなやかな足取りで更衣室へと向かった。\n 背中側からでも確認できるほどの豊乳を優雅に揺らし、健康的な桃尻を可愛らしく左右に振りながら去っていく真白の後ろ姿を、未練がましく睨みつける。\n\n「チッ……いつか俺様のモノにしてやるよ、お嬢さん」\n\n 残された阿久津は、真白から渡された金色のピラミッド型の物体をポケットから取り出した。\n\n「こんなものに頼るとは……俺様もヤキが回ったか」\n\n 金属の冷たさを手の平に感じながら、阿久津はひとり、自嘲気味に吐き捨てた。\n なんにせよ、まずはあの神無月心音という記者と会い、自分側に取り込む。\n 話は、それからだ。", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"} |
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