Krixter/Repo / n0002ly /34.json
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{"novel_id": "n0002ly", "chapter": 34, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/34/", "title": "阿久津牙編⑦『電子の心臓、侵食と崩壊の予兆』", "content": "【プロメテウス・アド】本社ビルの中層に位置する、AIデータセンター。\n 無機質な冷却ファンの重低音、数万個のLEDが放つ青白い光。\n 外部の陽光や汚れた空気は、完全に遮断されている。\n そこは、現代社会の情報の表と裏を司る【プロメテウス・アド】の心臓部ともいえる聖域だった。\n\n(……この静寂が心地良い)\n\n 河瀬誠は防塵服に身を包み、手慣れた動作でサーバーラックの接続状況を点検していた。\n 42歳にして、インフラ管理部長に就任。\n それが王である阿久津から与えられた河瀬の肩書きであり、同時に忠誠の証でもあった。\n 河瀬はかつて、無謀な投資に失敗し、数千万の借金を背負って路頭に迷いかけた過去がある。\n その際、河瀬に救いの手を差し伸べたのが、他でもない阿久津という人間だった。\n\n(社長にとって、俺は便利な駒の一つに過ぎないが……)\n\n 河瀬は、希少なシステム構築の技術を持つエンジニアだった。\n 自分が利用されているだけということは、百も承知。\n それでも、どん底にいた河瀬にとっては、阿久津こそが唯一無二の神に等しかった。\n 彼がマッチポンプで他人の人生を破壊していることも、このデータセンターがそのための「兵器」であることも知っている。\n だが、河瀬にとっての正義とは、自分を救った王のために、この電子の要塞を完璧に維持すること、ただ一点に集約されていた。\n\n「河瀬部長、第4ブロックの冷却効率に微かな揺らぎがあります。再計算しますか?」\n「いや、俺がやる。君たちはログの監視に戻れ」\n\n 助手たちに指示を飛ばしながら、ふと、河瀬は眉をひそめた。\n 1時間ほど前から、なぜか肩が異様に重い。\n 阿久津との打ち合わせに向かうエレベーターホールで、サラリーマン風の男とすれ違ったときからのような気がする。\n まるで、目に見えない何かが背中にしがみついているかのような、不可解な重圧感。\n\n(……俺も、そろそろ年か? それとも、疲れが溜まってるのかもな)\n\n 防塵マスク越しに、荒い息を吐く。\n 背筋を伝う、氷のような冷気に、ぶるっと身を震わせる。\n 風邪でも引いたのかもしれない。\n だが、何があろうと、このデータセンターを――阿久津牙による情報の支配を、止めてはならない。\n それが河瀬誠という人間の存在意義だからだ。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n 地上200メートルに位置する【プロメテウス・アド】の社長室。\n 阿久津牙は、革張りソファーに深く身を沈め、手の平の中で鈍い金色の輝きを放つピラミッド型の物体を弄んでいた。\n 先ほど、あの神無月という記者と対面していた際、空中で何かが弾けるような鋭いラップ音が響いた。\n 非科学的な妄信に興味はないが、九条真白から受け取ったこのお守りが、何らかの不可視の干渉を弾き飛ばした可能性はある。\n それが、真白の叔母である、九条数世の言っていた『さとりちゃん』の攻撃なのかどうかは不明だが、保険をかけておいたのは正解だったか。\n\n「さて、それはそうと……」\n\n 阿久津は手元のノートパソコンを開き、新たな獲物の選定へと意識を移した。\n 便利な「家畜」であった白鳥メルが、あの夜を境に行方をくらましている。\n 情報の王である阿久津の網にすらかからないほど、巧妙にどこかに身を潜めているようだ。\n あるいは、彼女はもうこの世にはいないのかもしれない。\n\n「まあ、代わりはいくらでもいる」\n\n モニターに映し出されたのは、『ルミナス・ティア』のメンバーリスト。\n その中から、阿久津の目が、ひとりの少女の画像で止まった。\n\n「……清水ラミ、か」\n\n 清水ラミ、年齢は18歳。\n 毒々しいピンク色のツインテールと、他のメンバーよりも露出度の高い衣装が特徴的。\n ルックスこそメルに一歩譲るが、メンバー最年少という若さで、カメラに向けられたあざとい笑顔と、衣装を押し上げるような肉感は申し分ない。\n 激しいダンスで豊かな胸を揺らしながら、極端に短いスカートから瑞々しい白い太ももを惜しげもなくファンの前に晒している。\n さらに、アドリブなのか計算ずくなのか、ファンに向かって前かがみになり、両腕で「ぎゅっ♡」と自らのバストを挟み込み、魅惑的な谷間を見せつける。\n 画面の中では、彼女の意図的な誘惑に当てられたファンたちが、醜悪な家畜のような歓声を上げている。\n テレビ番組や大規模な会場では許されない、地下アイドルならではの煽情的なサービス。\n 清水ラミという少女は、自らの若さと環境を最大限に、貪欲に利用している。\n\n「悪くない……合格だな」\n\n 清水ラミは、阿久津好みの旨そうな娘だった。\n 飢えた肉食獣が獲物を値踏みするように、モニター越しに彼女の四肢を舐め回す。\n 笑顔の裏に透けて見えるのは、底の浅い承認欲求と、成り上がるための野心と願望。\n 清楚な歌姫だったメルとは違う、腐りかけの果実のような甘ったるい匂いが伝わってくるようだ。\n\n(当分の遊び相手としては、悪くない。神無月が手筈通りにスキャンダルを流せば、あとはいつも通りだ)\n\n マッチポンプで絶望の淵まで追い詰め、救世主を装って多額の借金という名の鎖を嵌める。\n 阿久津が生み出した完璧な弱肉強食のシステムは、永遠に金を、そして極上の生贄を量産する。\n 神無月についても、自分に従うなら便利な駒として使い倒し、反抗するなら彼の拠り所――【実話深層】ごと、この社会から抹殺してやるまでのこと。\n 情報の王にとって、利用できない駒など存在しない。\n\n「……んっ?」\n\n 神無月や清水ラミをどうやって飼い慣らしてやろうかと阿久津が考えていると、デスクの上の内線電話が、けたたましく鳴り響いた。\n\n「……河瀬、何か問題か?」\n『社長、大変です! ネット上に……あなたの犯罪を告発する音声データが流出しています!』\n「なんだと?」\n\n データセンターの河瀬誠からの、悲鳴に近い報告。\n 阿久津は眼帯の下の眉を、僅かに動かした。\n\n「そうか、松前が隠し持っていたコピーの音声でも流したか。まあ、いつものことだろう。AIボットを総動員して叩き潰せ。1分以内だぞ、いいな?」\n\n 阿久津は事務的に命じ、自らも確認のためにSNSのタイムラインを開いた。\n だが、そこに広がっていた異様な光景に、阿久津は驚愕に目を見開いた。\n\n「これは……なんだ?」\n\n 画面を埋め尽くしていたのは、特定のアカウントではない。\n 発信元不明、正体不明。\n 数百、数千という膨大な数の無名アカウントが、一斉に組織的な軍隊のような統制で、阿久津が白鳥メルを蹂躙している、非人道的な音声を拡散し続けていた。\n 明らかに、松前個人の仕業ではない。\n 阿久津と【プロメテウス・アド】を潰そうとする、組織的な犯行だ。\n それでも、疲れを知らない無限に稼働し続けるAIボットたちの削除によって、どうにか大勢に拡散される寸前で、せき止められている。\n だが、いくら迅速に削除したところで、そろそろ一般人の目にも、この情報は留まり始めるはずだ。\n こんなものが本格的に世に出回ったら、いくら情報の王でも揉み消すのは難しい。\n\n「どういうことだ? くそっ、許さんぞ!」\n\n 阿久津は怒りを込めた拳をデスクに叩きつけ、立ち上がった。\n こうなっては、河瀬だけに任せてはおけない。\n\n「む……?」\n\n 立ち上がったときに、真白から受け取ったお守りを床に落としてしまった。\n だが、こんなものは、この非常事態に何の役にも立たない。\n ピラミッド型の物体を拾う時間も惜しみ、阿久津はデータセンターへと急いだ。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n 頭上を通り過ぎる電車の轟音が、高架下の暗がりに停められた車を小刻みに揺らしていた。\n その車内――助手席に深く腰掛けたさとりちゃんは、パーカーのフードを目深に被り、祈るように両手を組んで目を閉じていた。\n\n「拡散、拡散、拡散……いけいけっ!」\n\n さとりちゃんは念じるように、SNSの深淵に潜ませた無数のダミーアカウントを操作する。\n 松前康平から託された、阿久津牙による白鳥メルへの蹂躙の記録。\n その呪われた音声データが、情報の王の心臓を狙う弾丸となって、次々と放たれていく。\n\n「さとりちゃん、頑張ってください。ご褒美は焼肉とショートケーキですよ」\n「がんばるー♡」\n\n 隣で愛しい少女を応援しながら、心音は手元のスマホに視線を落とし、更新ボタンをタップする。\n 画面上では、さとりちゃんのアカウントが投稿した音声データが、阿久津の放ったAIボット群によって、次々と『デッドリンク』へと塗りつぶされていく。\n 発生から消去への時間は、1分にも満たない。\n その刹那の攻防において、圧倒的な物量と速度を誇る阿久津のシステムは、未だ優位を保っていた。\n\n(ここまでは予想通り。一筋縄ではいかないのは、初めから分かっています)\n\n さとりちゃんのダミーアカウントによる情報の拡散は、第一段階に過ぎない。\n 今は阿久津の飼っているAIボット群が優位だが、この流れを強引に変える毒は、すでに【プロメテウス・アド】の内部に放たれている。\n\n「さとりちゃん、そろそろいいですよ」\n\n 心音は、集中を続けるさとりちゃんの華奢な肩を、優しく叩いて合図を送った。\n\n「了解。しおんちゃん、これから始まる最高に面白いショー、見逃さないでね!」\n「ええ、ばっちり、最速で記事にしますよ」\n「おっけー……いくよっ!」\n\n さとりちゃんの虹色の瞳が、フードの闇の中で怪しく見開かれた。\n その意識は、【プロメテウス・アド】の心臓部――データセンターを管理する河瀬誠という男に憑依させた分身へと、一気に同期を開始する。\n 情報の王が最も信頼し、守りを委ねた聖域。\n その内側から、修復不可能な崩壊が始まろうとしていた。", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"}

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