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{"novel_id": "n0002ly", "chapter": 6, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/6/", "title": "羽住結愛編①『加工された女神、その賞味期限』", "content": " 白を基調とした都市部のマンションの一室。\n 棚にはハイブランドの新作コスメや、美容外科から送られた高価な美顔器がトロフィーのようにずらりと並んでいる。\n 羽住結愛は、スマホのレンズに向かって、訓練された最高の微笑みを浮かべた。\n 画面の中の彼女は、透き通るような白い肌、潤んだ大きな瞳、花びらのような可憐な唇を持つ、非の打ち所がない美少女だった。\n\n「……よし、おっけー」\n\n 撮影終了のボタンを押した瞬間、結愛の顔から表情が消える。\n 慣れた手つきで編集アプリを立ち上げると、流れるような操作で「魔法」をかけ始めた。\n 瞳を110%に拡大し、エラを削って滑らかなVラインへ加工。\n 肌のテクスチャをスライダー一本で消し去り、毛穴一つない陶器のような質感へ置換する。\n このたった数分の作業で、フォロワー10万人が熱狂するカリスマインフルエンサー『羽住結愛』が完成した。\n\n(こうやってスマホを弄るだけで簡単に稼げるんだから良い時代よね。蟻のように毎日働いてる社畜の皆さんとは大違い。まあ、才能がないから時間と労力を犠牲にして真面目に働くしかないんだろうけども)\n\n 鳴り止まない企業案件の通知。\n 美容整形の宣伝一本で、社会人の平均的な月収を超える金額が動く。\n 今の結愛は無敵なのだ。\n\n「……チッ!」\n\n ふと、鏡に映った加工前の「平凡な自分」と目が合い、結愛は即座に視線を逸らした。\n\n(……こいつは偽物。こんな奴、知らない)\n\n 誰もが絶世の美少女である結愛を認めている。\n ただし、画面の中に存在するインフルエンサー『羽住結愛』を。\n 金だけはあるので、ここまできたら宣伝ではなく、実際に顔面や身体を整形をしてしまってもいいのかもしれない。\n\n「大学いくかー……めんどくさ」\n\n 目立たないように地味な私服に着替え、部屋の隅に無造作に置いてあった鞄を拾う。\n カリスマインフルエンサーの正体は、何の変哲もないひとりの女子大生に過ぎない。\n 結愛は今年で19歳になった。\n 現代社会において、この年齢で結愛ほど成功している人間は、そうはいない。\n 本来なら大学など辞めて配信業に集中するべきだ、と結愛は思っていたが、それはさすがに大学に進学させてくれた親に申し訳ないので、仕方なく通っている。\n\n「結愛はこんだけ若くて天才で最強で美少女なんだから、勉強なんかしなくていいのになー」\n\n そんなことをつぶやきながら部屋を出て、徒歩で近くの駅へ向かう。\n すれ違う人々は、まさか自分があの『羽住結愛』とは思わないだろう。\n 世の中なんてチョロい。\n 楽に稼いで生きていく方法なんて、いくらでもある。\n それに気がつかず勝手に苦労して肉体も精神も磨り減らしている凡人こそ罪。\n 自分は選ばれた人間なのだ――そんな万能感と優越感に満ちた気分で歩いていた結愛だったが、ふいに、背すじに冷たいものが走る。\n\n「……んっ?」\n\n 振り返ると、そそくさと物陰に隠れるように移動する人影が、いくつかあった。\n それを見て、配信しているときの自信に満ちた顔が嘘のように、結愛は深刻な表情を浮かべる。\n\n(ま、またか……)\n\n ここ最近、結愛が外出する際、常に誰かにつきまとわれているような感覚がある。\n 彼らの正体は、おそらく結愛のファンではない。\n なぜなら『羽住結愛』のファンは、加工されたきらびやかな彼女の姿しか知らない。\n 素顔をネット上に晒したことはないし、普段の結愛はどこにでもいるような平凡な女子大生にすぎないから、特定は困難なはず……だが。\n\n(外では慎重にしないと……素顔の写真とかばら撒かれたら、終わりだからね)\n\n 両手で胸を押さえ、深呼吸する。\n インフルエンサー『羽住結愛』は、過度な編集によってバストまでも盛られているが、実際は控えめに膨らんでいるのみ。\n 顔立ちも、クラスの集合写真に紛れれば誰も探し出せないような、没個性的な「その他大勢」の部類。\n 画面の中の女神とは、細胞レベルで別人にしか見えない。\n こんな惨めな姿を10万人もの信者たちに見せるわけにはいかない。\n 決して。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n カビの臭いが漂う、安アパートの洗面所。\n【叡智出版】の週刊誌【実話深層】編集部に所属する記者、神無月心音は、自分の顔が映った鏡を死んだ魚のような目で眺めつつ、歯磨きをしていた。\n\n「……んぐっ、ぷはっ。ねぇ、しおんちゃん?」\n「なんです?」\n\n すぐ隣から聞こえてきた、気だるげな声に振り向く。\n そこに立っているのは、心音の胸下くらいまでしか身長のない小柄な少女。\n 金髪のツーサイドアップはボサボサに乱れており、目の下のクマもさらに濃くなっている。\n SNSの闇に潜む都市伝説の妖怪――さとりちゃんは目が覚めるような美少女だが、今の彼女は心音に負けず劣らず疲れきった雰囲気で、まるで亡霊のようだった。\n\n「しおんちゃんのせいでさ、私、全身ボロボロなんだけど……まだ脚がガクガクしてるし」\n「そうですか。僕は寝不足なだけで、あとは正常です」\n「体力オバケ……性欲モンスター……妖怪もビックリだよ」\n\n さとりちゃんは歯磨きを終え、水を口に含んで「ぐちゅぐちゅ、ぺーっ!」と吐き出した。\n 心音も歯磨きを済ませると、なんとなく、さとりちゃんの頭を優しく撫でた。\n\n「にゃっ? なんで急に頭なでなでしてんの?」\n「可愛いので。さとりちゃん、好きです」\n「くぁーっ♡ そういう直球なのに弱いんだってー!」\n\n 頬を赤く染め、さとりちゃんは心音の腰に抱きついてくる。\n 昨夜――厳密には徹夜でやっていたので、ついさっきまで、心音とさとりちゃんはベッドの上で十回以上もの営みをこなしていた。\n さとりちゃんが魔力(度数)を回復し、存在を維持するためには、彼女のカード型の髪飾りに空いている穴を塞がなければならない。\n 穴を塞ぐ手段のひとつは、さとりちゃんが獲物の絶望した心を喰らう【絶望喰い】。\n もうひとつは、憑依した相手と儀式をすること。\n 大人しそうな見た目によらず猛獣だった心音の湧き上がる性欲は無限のようで、五回戦でギブアップしたさとりちゃんを容赦なく朝まで蹂躙したのだった。\n\n「でも、度数は85まで回復したでしょう。寿命が延びて、よかったじゃないですか」\n「ん……まあ、もう83まで減ってるけど」\n「えっ? 意外と減るの速いんですね」\n「洗面所まで歩くのに1、歯を磨くのに1使って、合計2減っちゃった」\n「なるほど。では、なるべく自分の足で歩かない方がいいんですね」\n「そうだけど、それは仕方な……って、はわっ!?」\n\n 心音はさとりちゃんの小さな身体をひょいっと抱き上げ、洗面所から出た。\n お姫様だっこである。\n 長身で格闘技の経験もあり、筋肉質な肉体を持つ心音にとって、小柄な少女を抱き上げて運搬するのは難しいことではない。\n\n「僕たちは物理的に離れられませんから……移動中はこうして抱き上げるか、おんぶしましょうか」\n「い、いいけど……しおんちゃん、大変じゃない?」\n「いえ。さとりちゃんと常に密着できるので嬉しいです」\n「もぉーっ♡ 直球に言うの禁止ー♡」\n\n さとりちゃんは幸せそうに微笑み、心音の首に両腕を絡めてくる。\n それから顔を近づけ、心音の頬に「ちゅっ♡」と唇を押しあてた。\n\n「しおんちゃん、好きー♡」\n「直球ですね。禁止なのでは?」\n「もうちょっと嬉しそうにしなさいよー!」\n\n 密着してイチャイチャするふたりだが、距離が離れると実際に命にかかわる事態に陥る。\n さとりちゃんが心音に憑依してしまったことによって、半径2メートル以上、離れようとすると致命的な激痛がお互いに走るのだ。\n それを避けるため、心音がさとりちゃんを抱えたり、おんぶしたりして移動するのは理にかなっている。\n\n「さて……」\n\n 出勤前の習慣でスマホの画面を操作し、SNSのトレンドを確認する。\n すると、そこには美容系カリスマインフルエンサー『羽住結愛』の名前があった。\n\n「あー、その子、私も知ってるよ。ちょっと可愛いからって、むっちゃ調子こいてるよね、こいつ」\n「そうですか? さとりちゃんの方が可愛いですけど」\n「当たり前でしょー♡ しおんちゃん、好き好きっ♡」\n\n 完全に乙女の表情になって、さとりちゃんは何度も心音の頬に熱烈なキスをする。\n それから、スマホの画面の中に映る結愛の方へ視線を向け、ぺろっと舌を出した。\n\n「こういう、なにもかも充実してて幸福の絶頂にいる子が、真っ逆さまに転落したときの絶望って……一番おいしいんだよねー♡」\n「羽住結愛、確かに良いネタになりそうです」\n「でしょー?」\n\n スキャンダル担当記者としての鋭い目を向ける心音。\n 一方、さとりちゃんの虹色の光彩を放つ瞳は、獲物を発見した肉食獣のようにギラリと輝いた。\n 心音は生活のため、さとりちゃんは生命を維持するため、それぞれ「餌」が必要だ。\n その点において、ふたりの目的は完全に一致しており、実は知り合う前から無自覚な共犯関係を築いていたのだった。\n そのうえ夜の相性も抜群で、相思相愛なのだから、始末に負えない最凶最悪のコンビ誕生である。", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"}

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