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{"novel_id": "n0002ly", "chapter": 7, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/7/", "title": "羽住結愛編②『虚飾の終焉、火刑に処された少女』", "content": " 昼下がりの大学のキャンパス。\n 羽住結愛は、あえて選んだノーブランドの地味なブラウスとロングスカートに身を包み、周囲に溶け込む平凡な学生を演じていた。\n\n(ふん……貧乏人どもめ)\n\n 陽光の下で談笑し、栄養のなさそうな学食パンを分け合う男子学生。\n 構内の安っぽいカフェテラスで、しょうもない恋バナに興じる女子学生たち。\n それらは結愛からすれば取るに足らない、ただの背景だ。\n\n(結愛は特別……本当なら、こんな下等な連中と同じ空間にいることすら許されない。お前らの一生分の稼ぎを、結愛はスマホ一台で簡単に稼ぎ出すんだよ)\n\n 友人も恋人も必要ない。\n 少なくとも、レベルの低いこいつらと肩を並べる気はない。\n だって、結愛には10万人もの信仰深い信者がいるのだから。\n\n(寂しくなんかない……この大学に通ってる誰よりも結愛はお金持ちで有名人なんだから)\n\n そんな暗い優越感に浸り、結愛は世の中を冷笑するように口の片端を上げた。\n 何も問題はない。\n スマホの中の『羽住結愛』こそ真実。\n 今、こうして地味な格好で道を歩いている自分は、仮の姿。\n 自分は選ばれた人間。\n 持たざる凡人、有象無象のモブキャラとは違う。\n だから、こうして独りでいても決して孤独なのではない、それは孤高なのだ。\n その考えは、間違ってはいないはず。\n\n「……うっ!」\n\n ふいに、胸の奥で正体不明の痛みがズキズキと脈打つ。\n 息が苦しい。\n ふらふらとした足取りで、近くにあったベンチに近づき、腰を下ろす。\n\n(なんだろう? ストレスかな?)\n\n この胸の痛みの正体を、結愛は知りたくなかった。\n 知ってしまったら、その瞬間、自分の中の『羽住結愛』が音を立てて崩れるのを分かっていたから。\n\n(知らない、知らない! 関係ない! 結愛は完璧なんだ! これからも明るい未来が待ってるんだ!)\n\n 悲痛な思いで、壊れそうな自分の心に言い聞かせる。\n さあ、今日も意味のない、つまらない講義をさっさと終え、自分の城に帰って、誰もが目を奪われる美しいお姫様を演じよう。\n\n ――演じよう……?\n\n(いや、違う! こっちが仮の姿なんだから、こっちを演じてるんだよ!)\n\n 脳の奥が疼くように痛む。\n 頭が割れそうだ。\n スマホの中の完璧な『羽住結愛』は、本当に自分なのか?\n じゃあ、今、こうして呼吸をしている自分は、誰?\n どっちが結愛なのか、それとも、どっちも結愛ではないのか。\n\n「はぁー……はぁー……!」\n\n 深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。\n とにかく、どんな気分だろうと講義に出席だけはしなければならない。\n 結愛はどうにかベンチから立ち上がると、おぼつかない足取りで講義棟へ向かった。\n\n「……羽住結愛さん、ですよね?」\n「ひぃっ!?」\n\n 急に横から声を掛けられ、心臓が跳ねた。\n 慌ててそちらを振り向くと、清潔感のある大学のキャンパスには似合わない、薄汚れた空気感を纏う男たちが立っていた。\n 数は三人。\n 男たちはゆっくりと歩み寄りながら、品定めするように結愛の顔を覗き込む。\n\n「あ、あ、あの……どちらさま……ですか?」\n\n 配信中の自信に満ちた声とは程遠い、上擦った声が漏れる。\n ただでさえ精神的に追い詰められていたところに、得体の知れない男たちが現れて詰め寄ってくるのだから、この状況は結愛にとって恐怖以外のなにものでもない。\n\n「フォロワー10万人のカリスマインフルエンサー『羽住結愛』さんで、間違いありません?」\n「ひっ! ひ、人違いだと、お、思いますけど……」\n「うーん……確かに、こりゃ人違いでもおかしくない。別人すぎる」\n\n 男は呆れたように言いながら、懐から名刺を取り出した。\n\n「我々、こういうものでして……」\n\n 片手で無造作に差し出された名刺。\n そこには、業界内でもその執拗なまでの陰湿さと攻撃性で知られる【週刊真実バースト】の文字があった。\n 結愛の顔から、一気に血の気が引いていく。\n もっとも恐れていたことが、現実となった。\n\n「トボけても無駄ですよー。ほら、これアンタの高校時代の卒業アルバムの写真」\n「……っ!?」\n「同級生の証言も揃ってるんで……当時は『地味子ちゃん』って呼ばれてたんでしょ?」\n「なっ……!」\n「こんなのが世に出ちゃったら、どうなるのかなぁ? ん-?」\n\n 記者が手にしていたのは、間違いなく結愛の高校卒業時のアルバムの写真だった。\n そして、今の結愛にとって、もっとも忌々しい過去――『地味子ちゃん』のことすら調べられている。\n 八方塞がりだった。\n どこにも逃げ場がない。\n\n「あ……あぁ……ど、どう……して……?」\n「はい、確定。その慌てぶりは、この事実を認めたってことで、いいッスかね?」\n「ち、ちがっ! やめてっ! それは結愛じゃないのっ! 結愛は特別なのっ! そんな奴、知らない知らない知らないっ!!」\n「特別って、アンタ……その顔で、よく言えるねぇ?」\n\n 記者たちは取り乱す結愛を馬鹿にしたように笑うと、無遠慮にカメラで何枚も写真を撮った。\n 加工も編集もされていない、素顔の『羽住結愛』を。\n\n「あ、あなたたち、何が目的なの? お金? 脅迫? 結愛にこんなことして、ただで済むと思ってんの!?」\n「おー、いいねぇ。それが本性ッスか。もっと怖い顔してよ、んっ? ギャップがあればあるほど読者の食いつきがいいからさぁ」\n「お、お、お金が欲しいなら、あげるから! いくら欲しいの? 100万円? その写真、結愛が買い取るから!」\n「アッハッハッハ! 今度は命乞いする悪代官みたいなこと言い出したよぉー!」\n\n 男たちは結愛を指さし、爆笑した。\n これ以上は、相手にすればするほど墓穴を掘るだけだ。\n 動揺する結愛も、さすがにそう判断し、それ以上はなにも言わずに男たちに背を向けた。\n\n「良い記事書きますからねぇー。楽しみにしててくださいよぉー!」\n\n 勝ち誇った記者たちの下卑た声が追ってくる。\n 結愛は、溢れ出す涙を拭うことすら忘れ、自分が踏みつけていたはずの凡人たちの視線から逃げるように、無様に背を丸めて走り出した。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n 素顔の羽住結愛への突撃取材から、僅か数時間後。\n ネットの海に、一発の大型爆弾が投下された。\n\n【週刊真実バースト】のWEB速報――見出しは『フォロワー10万人の女神は加工モンスター? 羽住結愛、偽りの素顔と地味すぎる過去を独占暴露』。\n\n そこには記者に撮影された「平凡な女子大生」の姿と、高校時代の「地味子ちゃん」と呼ばれていた卒業アルバムの写真、そして、キラキラした美容系カリスマインフルエンサー『羽住結愛』の画像が、悪意ある対比で並べられていた。\n 拡散の速度は、結愛の想像をはるかに超えるものだった。\n\n『信じてたのに詐欺じゃん』\n『化けの皮剥がれて草』\n『これ同一人物? 現代の怪異だろ』\n\n かつて彼女を崇めていた信者たちは、裏切られたという大義名分を得て、一瞬にして残酷な死刑執行人へと変貌した。\n さらに、便乗してネットの特定班が動き出す。\n 背景に映り込んだ風景、過去の些細な投稿――それらから彼女が通う大学、そして住んでいるマンションの場所までもが特定され、次々と掲示板に書き込まれていった。\n\n『今から凸るわ』\n『大学の掲示板に写真貼ってきた』\n『ちょっと加工モンスター退治してくる』\n\n スマホが震えるたび、名前も顔も知らない誰かが、着実に羽住結愛の人生を切り刻んでいく。\n\n「やめて……もうやだ……やだぁ……」\n\n カーテンを閉め切り、光を拒絶した部屋の隅で、結愛は膝を抱えて震えていた。\n 10万人のフォロワーが、一転、強烈なアンチと化し、騙された、嘘をつかれたと主張し、容赦ない集中砲火を浴びせてくる。\n 正義は彼ら、モンスターは『羽住結愛』。\n 倒されるべき悪は『羽住結愛』。\n 世間の反応こそが常に正しく、それを面白がって群がる観客の数は、もはや10万人どころではない。\n 通知が来るたびに、鋭利な刃物で心臓を刺されるような幻痛が走る。\n スマホの画面は、とても見ることができない。\n あれほど誇りに思っていた『羽住結愛』という名前が、今は呪詛のようにしか聞こえない。\n\n「許して……神様、許してください……もう、人を騙したりしません。人を見下したりしません。もう地味子ちゃんでいいです。お金もいりません。だから……だから、もう許して……!」\n\n 輝いていたはずの美容品やトロフィーのようなコスメたちは、暗闇の中でゴミ屑のように転がっている。\n ライブ配信などできるはずもない。\n ただでさえ炎上している所に、ガソリンを撒くようなもの。\n どうすればいいのか、もう何も分からない。\n\n「どうして……どうして……?」\n\n 全能感に満ちていた女神の面影は、そこには微塵もなかった。\n ただの19歳の地味な小娘が、己の虚飾が作り出した怪物に飲み込まれ、ガタガタと歯の根も合わぬほどに怯えている。\n\n ――その絶望に、芳醇な香りを漂わせながら。", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"}

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