| {"novel_id": "n0002ly", "chapter": 8, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/8/", "title": "羽住結愛編③『邂逅、そして半径二メートルの修羅場』", "content": " 怒号とタイピング音が交錯する【実話深層】編集部。\n 徹夜明けで眠くて仕方のない心音は、自分のデスクで「ふわぁ……」と気の抜けた欠伸を漏らしていた。\n さとりちゃんの魔性のような愛らしさに魅了されたとはいえ、仕事を忘れて朝まで励んでしまったのはマズかったようだ。\n\n(これでは仕事になりませんね。それにしても……)\n\n とうに枯れ果て、人間らしい心など失っていたと思っていた。\n だが、今の心音の心には、運命共同体となった人外の少女が愛しくて仕方ないという、瑞々しい気持ちが間違いなく生まれている。\n あの可憐な少女のことを思い出すだけで、心拍数が上がる。\n この気持ちは、きっと恋……いや、愛?\n どちらにしろ、砂漠のように乾いた心音の心に潤いをもたらしてくれたオアシス――それが、さとりちゃんという存在なのは疑いようもなかった。\n\n「ちょっと、しおんちゃーん?」\n「はい?」\n「仕事中なのに、頭の中は私のことでいっぱいなのー?」\n\n 心音の心に大きな変化が生まれるきっかけとなった張本人は、すぐ背後にいた。\n まるで背後霊のように背中にしっかりと抱きつき、ニヤニヤといたずらっぽく微笑んでいる。\n お互い、2メートル以上は絶対に離れられない呪いに縛られてしまったため、日常生活だけでなく、こうして職場にも強制的にセットで来なければならなくなった。\n しかし、ふたりは完全なる相思相愛のため、この状況は何も問題がないどころか、むしろ大歓迎なのである。\n\n「私がお仕事、手伝ってあげよっか?」\n「いえ、さとりちゃんは魔力を少しでも温存してください。さとりちゃんが消えてしまったら、僕は泣くと思います」\n「しおんちゃーん……♡」\n\n 心音の本心からの優しさに触れ、さとりちゃんは感動に瞳を潤ませた。\n そして、背後から身を乗り出し、心音の頬に柔らかい唇を「ちゅっ♡」と押しつけてくる。\n 無論、その小柄な体格に見合わない豊かな胸の膨らみも、むぎゅっと背中に押し当てられていた。\n\n「さとりちゃんのためにも、早くネタを探しませんとね」\n「しおんちゃん、お願いね♡ 帰ったら、悶絶するほどサービスしてあげるー♡」\n「それは楽しみです」\n\n 割と本気でそのサービスに期待して、心音は頷いた。\n 家に帰るのが待ち遠しいと思ったことなど、いつ振りだろうか?\n\n「――神無月くん!」\n\n 心音がさとりちゃんと戯れていると、ヒールの音を鋭く響かせ、不機嫌を絵に描いたような顔の一ノ宮湊が歩み寄ってきた。\n 彼女は29歳という若さで【実話深層】編集次長にまで上り詰めた女傑。\n 父親が【叡智出版】の常務取締役という重役のため、親の七光りで今の地位を得たと思われがちだが、そういった周囲の妬みを黙らせるほどの実力でのし上がってきた「鉄の女」だ。\n\n「目を開けたまま死んでる暇があるなら、これを見なさい!」\n\n 湊は心音の頭頂部をつかみ、自分の持つスマホの画面を強制的に見せつけてきた。\n それは、彼女が特に目のかたきにしている、ライバル誌【週刊真実バースト】のWEB速報。\n\n「あらら……」\n\n 画面には、あの美容系カリスマインフルエンサー『羽住結愛』の加工前後の比較写真が、悪意に満ちた大きな文字と共に躍っていた。\n\n「先を越されましたか。僕も目をつけていたのですが」\n「目をつけるだけじゃなくて、行動に移しなさいよ!」\n\n 怒り狂った湊は、スーツのポケットに丸めて押し込んでいた【週刊真実バースト】の先週号を取り出すと、心音のデスクにバシバシと叩きつけた。\n 湊はいつもこのライバル誌を持ち歩いており、鬱憤を晴らすかのように、あちらこちらに叩きつけている光景をよく目にする。\n\n「……それとさ、神無月くん?」\n「はい?」\n「あなた――変な背後霊に憑依されてるわよ」\n\n 眼鏡の奥の鋭い瞳が、心音の背中に抱きついている妖怪の少女へと、はっきり向けられている。\n 湊の視線は、他の誰にも認識できなかったさとりちゃんを、間違いなく捕捉していた。\n\n「マジ? この女、私のこと視えてる?」\n\n さとりちゃんも驚いたようで、その虹色の瞳を丸くして湊を見つめている。\n 心音も少なからず動揺したが、説明するのも面倒なので、平静を装って適当に流すことにした。\n\n「本当ですか? そういえば、さっきから肩が重い気が……」\n「ふーん……」\n\n 湊は値踏みするように、心音の背中に張りついている少女を観察する。\n それから、手にしていた丸めたライバル誌で、おもむろにさとりちゃんの頭をポカっと叩いた。\n\n「いたっ! ちょっとしおんちゃん、この凶暴な眼鏡おばさん、なんとかしてよっ!」\n「はぁーん!? 誰がおばさんよ!」\n\n 湊には、さとりちゃんの発する言葉すら聞き取れるらしい。\n 腹を立てた彼女はさとりちゃんのぷにぷにの頬を摘まみ、ぎゅっと引っ張った。\n\n「ふにゃっ!? いたいいたいいたいっ!」\n「金髪の頭もボサボサだし、目の下にも不健康そうなクマ! なにそれ? 神無月くん、こんな美意識の欠片もなさそうな小娘が好みなの?」\n「そうなんですか? 僕は霊感がないので、どんな姿なのか分かりませんが」\n「仕方ないわね。ほら、このお札あげるから」\n\n 湊がスーツの懐から取り出したのは、古風な筆文字で書かれたお札。\n 彼女は母方の実家が神社の家系らしく、本来なら視えてはいけないものが視えてしまうような霊感のある体質だった。\n 本人が言うには、さとりちゃんのような妖怪や霊魂、また、人間の持つ「負の心」が黒いモヤのような形で視えてしまうこともあるらしい。\n 湊はその能力を忌々しく思っているのだが、仕事の道具として割り切って利用しているのだという。\n\n「これは?」\n「実家から送られてきた特製の魔除けよ。そのドスケベな煩悩を浄化して、仕事に集中しなさい!」\n「すいません、助かります」\n「おりゃあっ!」\n\n 湊が気合いを込めて、そのお札をさとりちゃんの額に「ビシィッ!」と貼りつけた。\n\n「アンタねぇ、神無月くんに妙なことしたら、本気で除霊するからね! 覚悟しときなさい!」\n\n 覇気に満ちた「鉄の女」は勝利宣言をするかのように、さとりちゃんの顔を指さした。\n そして、言いたいことを言って満足したのか「ふんっ!」と鼻を鳴らし、立ち去っていく。\n\n「あのー……しおんちゃん?」\n「どうしました?」\n「あのおばさん、ヤバいよ。私、かなり苦手かも……」\n「とりあえず、おばさんではなく、お姉様と呼びましょうか。それだけでも印象が変わります」\n「う、うん……了解」\n\n さとりちゃんは額に貼りつけられたお札をぺろっと剥がし、ゴミ箱に捨てた。\n どうやら、人外ではあるが悪霊などではない彼女に、魔除けのお札は効き目がないらしい。\n\n「ふぅー……少し、休憩しましょうかね。やはり、寝不足で意識が集中できません」\n「自業自得じゃーん」\n「さとりちゃんが、その可愛さで僕を誘惑するからです」\n「えへー♡」\n\n 心音はデスクから立ち上がり、編集部の外にある自販機コーナーへ向かった。\n 熱いブラックコーヒーでも喉に流し込み、目が覚めるのを期待するしかない。\n\n「さとりちゃん、何か飲みます?」\n「メロンソーダ!」\n「お子様ですね」\n「そんなことないよー!」\n\n 自分用にコーヒー、さとりちゃんにメロンソーダを買ってあげて、ベンチに座る。\n さとりちゃんも心音の背中から下りて、隣にちょこんと腰掛けた。\n それから、もたれかかるように身を寄せてくる。\n\n「可愛い」\n「でへへ……♡」\n\n 心音はコーヒーを飲みながら、さとりちゃんの頭を撫でてあげた。\n それから悪戯するように弱点の腋に手を差し込み、くすぐってやると「ひゃんっ♡」と甲高い悲鳴を上げ、身をよじった。\n\n「えっちー♡」\n「スキンシップです」\n「あぁんっ♡ もぉ、腋は禁止だってー♡」\n「じゃあ、こっちは?」\n「もっと禁止ー♡ ドスケベー♡」\n\n 心音のセクハラを受けて、さとりちゃんは嫌がるどころか大喜び。\n もう可愛くて可愛くて、仕方がない。\n ダボダボのパーカーの中に手を潜り込ませ、小柄な体格に不相応な豊乳に触れると、少女は「んっ♡」と色っぽく喘ぐ。\n\n「もぉー♡ お外でなにしてんのー♡」\n「ダメですか? 少しは度数が回復するかと思ったのですが」\n「ダ、ダメじゃないけどぉ……んぅっ♡ ほどほどにしてねー♡」\n\n 口ではそう言いながらも、心音の力強い手で愛撫され、乳首は「ピンッ♡」と勃起している。\n 可愛らしい乳首を摘まんだり、指先で転がしたりしていると、本格的に感じてきたのか、さとりちゃんの息が荒くなってくる。\n\n「はぁはぁ……ねっ、しおんちゃん?」\n「はい?」\n\n コーヒーを飲み終え、両手を使ってもっと可愛がろうとしたところで、さとりちゃんが心音を上目遣いで見つめながら、聞いてきた。\n\n「羽住結愛、どうするの? ライバルにおいしいところ、持っていかれちゃったみたいだけど」\n「そうですねぇ……でも、今から取材するというのも死者に鞭打つようですし、あまり良いネタにはならないかもしれません」\n「あんな記事が公開されて、あいつ、きっとものすごく絶望してる。羽住結愛の絶望を食べたら、一気に魔力を回復できると思うんだよね。どうにか会えないかな?」\n「ふむ……」\n\n 心音にとって、現在の最優先事項は、愛するさとりちゃんの延命。\n さとりちゃんは人間の絶望した心を食べる【絶望喰い】によって、その魔力を回復させる。\n 平凡な素顔が晒され、美容系インフルエンサーとしての命を終えた羽住結愛は、今、絶望のどん底にいることだろう。\n さとりちゃんにとっては、確かにこれ以上ない「ごちそう」である。\n\n「ですが、羽住結愛に接触するのは至難の業でしょう。おそらく、彼女は家に閉じこもっているはずです」\n「まあ、そりゃそうかぁ」\n「大丈夫ですよ。帰ったら、僕がたくさん魔力を注入してあげますから」\n「それは嬉しいけど、その方法は限界があるって言ってるでしょー!」\n「困りましたねぇ」\n\n さとりちゃんのためにも、早く新鮮な絶望のネタを探さなければ。\n 空になったコーヒーの缶をゴミ箱に捨てていると、背後でさとりちゃんが「あっ!」と声を上げた。\n\n「どうしました?」\n「飛んで火に入る……ってやつ?」\n\n ――ジリリリリリ!\n\n さとりちゃんが肩から提げている巨大な受話器型ポシェットが振動し、古風な電話の着信音を鳴らしている。\n そのポシェットに手を突っ込み、中からさらに小さな受話器を取り出すと、さとりちゃんは耳に当てた。\n\n「――了解。今、後ろにいくね」\n\n 誰かとの通話を終え、ポシェットの中に受話器を戻す。\n さとりちゃんは妖怪らしい妖艶な笑みを浮かべると、心音の方に振り向いた。\n\n「羽住結愛からメッセージ。私に絶望を食べてほしいんだってさ!」\n「ちょうどよかったですね」\n「うん。これで、もう少し長生きできるかもー!」\n「それにしても……ぶふぅーっ!」\n\n 心音はさとりちゃんが提げている巨大な受話器型ポシェットを見て、吹き出した。\n 笑うなんて、いつ振りだろうか。\n\n「えっ? えっ? なんか面白かった?」\n「え、ええ……受話器の中から受話器が出てくるって、どういうデザインですか……ク、クククッ!」\n「しおんちゃん……笑いのツボがよく分かんないよ」\n\n さとりちゃんは苦笑いしつつ、肩をすくめた。", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"} |
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