| {"novel_id": "n0002ly", "chapter": 9, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0002ly/9/", "title": "羽住結愛編④『偽りの救世主、家畜以下の堕落者』", "content": " ――時は少し遡る。\n\n カーテンを閉め切り、一筋の光も拒絶した羽住結愛の自室。\n 高級マンションの堅牢なセキュリティのおかげで、玄関先まで暴徒が押し寄せる事態は免れていた。\n だが、外界との断絶は、同時に逃げ場のない閉塞感となって結愛を蝕んでいる。\n\n「……あいつら、まだいる」\n\n 恐る恐る窓の隙間から下を見下ろせば、素顔の彼女を一目見ようと、スマホカメラを構えた野次馬たちが、獲物を待つハイエナのように待機していた。\n\n(もう、どこにもいけない。結愛の人生は、ここまでなんだ……)\n\n 死刑宣告を待つ囚人のように、手がブルブルと震えている。\n どうして、こんなことになった?\n そして、これからどうすればいい?\n\n(そ、そうだ。結愛のアカウントを消しちゃえば……)\n\n 大炎上中のSNSを開くのは勇気の必要な行為だったが、アカウントさえ消えてしまえば、少しは騒ぎも収まるかもしれない。\n そう思い、結愛がスマホを手に取った、そのとき――。\n\n「ひっ!?」\n\n スマホが短く震え、誰かからのメッセージが届いたことを知らせる。\n また、加工モンスターへの誹謗中傷か?\n だが、結愛の目に飛び込んできたのは、一通のビジネスメールだった。\n\n「株式会社プロメテウス・アド……?」\n\n 差出人の会社名を、結愛は聞いたことだけはあった。\n【プロメテウス・アド】――ネットの風評被害対策やSNSブランディングを掲げる、コンサルティング会社の大手だ。\n\n『羽住結愛様。現在の状況、拝見いたしました。我々なら、この炎上を鎮火させ、貴女を再び女神の座へ戻す救世主となれます』\n\n ――救世主。\n その言葉が絶望の海に溺れる結愛の心に、強烈な希望として突き刺さった。\n 普段の冷静な結愛なら、このような胡散臭い勧誘は一蹴していただろう。\n だが、今は誰か味方になってくれそうな相手と話していなければ、発狂してしまいそうだった。\n 結愛は操り人形のように、記載された番号に指を滑らせていた。\n\n「……もしもし、羽住結愛です」\n『初めまして。私は【プロメテウス・アド】代表の阿久津と申します』\n\n スマホ越しに響く、脂ぎった、重厚な男の声。\n 声の感じからすると、年齢は50歳前後といったところか。\n しかし、今の結愛にとって、相手の性別や年齢などどうでもよかった。\n とにかく、自分を救ってくれる味方なのかどうか、それだけが重要だ。\n\n『羽住結愛さん、貴女ほどの才能が有象無象に潰されるのは忍びない』\n「有象無象……そ、そうですよね。なんで、結愛があんな雑魚どもに潰されなきゃならないの?」\n『ご心中、お察しいたしますよ。我々の戦略に従えば、この程度の炎上、すぐに鎮火してみせます』\n「ほ、本当ですか? 助けてくれるんですか? 結愛は、また活動できるんですか?」\n『もちろん。ただし、相応の対価はいただきますが……』\n\n 阿久津は饒舌に、結愛の再起の方法について語った。\n それを上の空で聞きながら、次第に、結愛は全てが面倒くさくなっていった。\n そもそも、活動を再開するとは、どういうことか?\n どうせ、また素顔を誰かに暴かれて、こうやって深く傷つくことになるだけではないか?\n\n(違う……これは結愛が求めてることじゃない)\n\n もはや、今の結愛に以前のようにインフルエンサーとして晴れ舞台に立つ気力など残されていない。\n それなら、さっさとアカウントを消去し、ほとぼりが冷めるのを待った方が無難ではないか?\n\n「あの、ごめんなさい。もう、無理なんです」\n『は?』\n「結愛は、もうSNSなんて二度と見たくない。だから、この話は、お断りします」\n\n 静寂。\n 結愛の返答を受けて、スマホの向こう側にいる阿久津はどう思ったのか、しばらく黙っていた。\n そして……。\n\n『後悔するぞ、お前』\n\n 捨て台詞のように言い捨て、阿久津は通話を切った。\n その本性を剥き出しにした悪意ある一言で、結愛は阿久津という男が決して救世主ではなかったことを悟った。\n 目的は分からないが、追い詰められた結愛の立場を利用して、何かを企んでいたのだろう。\n\n「もういい……」\n\n スマホを床に置き、両手で頭を抱えて黙り込む。\n 氷のような沈黙に包まれた部屋で、結愛は「詰む」という言葉の本当の意味を知った気がした。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n 超高層ビルの最上階。\n 阿久津牙が社長として君臨する【プロメテウス・アド】の豪華なオフィスが、そこにあった。\n\n「チッ……しくじったか」\n\n 阿久津は最高級のデスクにふんぞり返り、忌々しげに舌打ちをした。\n モニターには、炎上が加速し、再起不能なまでに叩かれている羽住結愛のニュースが映し出されている。\n 彼女は確かに傲慢な「加工モンスター」だったが、たかだか19歳の少女を相手に、これはさすがに過剰な反応と言わざるを得ない。\n\n「まさか、ここまで燃えるとはな……」\n\n きっかけは【週刊真実バースト】の記者による突撃取材で、羽住結愛の素顔や高校時代の卒業アルバムの写真、同級生の証言などが世間に明るみに出たこと。\n しかし、それらのことを【週刊真実バースト】にリークしたのは、他でもない阿久津本人だった。\n 全てを失い、泥を啜る屈辱の中にいる彼女に、救世主として手を差し伸べる。\n そして、数千万の対策費用という名の鎖で縛り上げ、自分の忠実な「家畜」に仕立て上げる。\n それが、彼が何度も繰り返してきた完成されたビジネスモデルだった。\n\n「羽住結愛……想定以上に脆かったということか」\n\n 阿久津の誤算。\n 彼女はSNSという戦場そのものに恐怖し、戦う意欲を完全に喪失してしまった。\n これでは、もう利用価値はない。\n 普段であれば、生意気にも交渉を決裂させた人間は、飼っている焼子や数万のAIボットをけしかけて徹底的に死体蹴りを楽しむところ\n だが、結愛はおそらくSNSアカウントを削除し、この業界から姿を消す。\n そんなことをしても、コストの無駄でしかない。\n\n「仕方ない、次の家畜候補を探すか……」\n\n 阿久津は、興味を失ったように結愛のニュース画面を閉じた。\n こういったケースは、なにも今回が初めてではない。\n 駄目なら次の獲物を探せばいいだけだ。\n\n「おい」\n\n 阿久津の足元には、ひとりの人間が力なく転がっている。\n 首輪を嵌められ、下着姿で床に伏せっている若い女だった。\n 美しい顔は絶望で塗り潰され、その瞳には一切の生気が宿っていない。\n\n「メル、俺様のストレス解消に付き合え」\n\n 阿久津は傲慢に命令し、女――白鳥メルの腹を蹴った。\n\n「は、はい……ご主人様……」\n\n メルは震える肩を抱きながら、感情を殺した声で短く応える。\n それが、救世主を自称する男が与える「救済」の真の姿だった。\n\n「どうすればいいか、分かるな?」\n「はい……」\n\n 主人の前に膝を突き、その歪な欲望を受け入れる準備を始める。\n ズボンを下ろし、下半身を露出させた阿久津の暴力的なまでにそそり立つ男根を、メルは濁った硝子玉のような瞳で見つめた。\n\n ◇◇◇◇◇\n\n 阿久津が残した「後悔するぞ」という脅し文句も、今の結愛には遠くの雑音にしか聞こえなかった。\n 後悔なら、もうとっくに一生分を使い果たしている。\n 誰とも関わりたくない。\n 誰にも見られたくない。\n 今の結愛にとって、10万人の賞賛を集めていたSNSという場所は、自分を八つ裂きにする狂った群衆が蠢く地獄の釜でしかなかった。\n\n「早くアカウントを消さないと……」\n\n 震える指でアプリを開いた結愛の目に、ふと、奇妙なアカウントが映る。\n\n ――【ID: @satori_death_eat 】\n\n アイコンは、底の見えない暗闇のような黒い丸。\n プロフィール欄には、ただ一言。\n\n ――『悩み相談。DM開放。アナタの絶望、頂きます』\n\n「これって、都市伝説の……?」\n\n 一昔前、公衆電話で呼び出すと、どんな質問にも答えてくれる「さとるくん」という都市伝説が流行ったことがあった。\n それが現代になって、SNSで呼び出すと、どんな絶望でも食べてくれる「親戚」が現れた。\n\n「さとりちゃん……まさか、実在するの?」\n\n ――せめて、この底なしの絶望だけでも消えてくれるなら。\n もはや正気か狂気かの区別もつかないまま、結愛はメッセージを打ち込んだ。\n\n『もう、何もかも嫌になりました。結愛の絶望を全部食べてください』\n\n 送信。\n 刹那、結愛は我に返ったように自分の手を凝視した。\n\n「何やってんだろ? 結愛、とうとう本当に狂っちゃったのかな……?」\n\n 都市伝説の妖怪に助けを求める。\n そんな現実にあり得ない空想に縋らなければならないほど、自分は追い詰められている。\n その事実が、彼女に最後の一押しを与えた。\n\n「そうだ……イイコト、思いついちゃったぁ……」\n\n 結愛の瞳に、絶望を超えた暗い何かが宿る。\n 自分がここまで追い詰められるきっかけとなった記者。\n 手の平を返し、反転アンチと化したフォロワーたち。\n 奴らに、一生消えない心の傷を刻んでやるのだ。\n\n「今から自殺配信、やりまーす……と」\n\n 結愛はフラフラと立ち上がると、スマホカメラを三脚に固定した。\n そして、ベランダの窓を開け放ち、どうすれば視聴者から一番よく見える角度になるか、念入りに調整する。\n インフルエンサー『羽住結愛』として放つ、最後で最高のバズコンテンツ。\n\n「結愛は死ぬけど……お前らの心も道連れにしてやるよ……」\n\n 黒い情熱を身に宿し、かつてのカリスマインフルエンサーは淡々と配信の準備を進めた。\n いつものように、慣れた手順で。", "afterword": "ここまでお読みいただき、ありがとうございます。\nよろしければ☆☆☆☆☆ 評価・ブックマーク・リアクション等で応援していただけると幸いです!"} |
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