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{"novel_id": "n0006lk", "chapter": 1, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0006lk/1/", "title": "(0)", "content": "夜明け前の薄暗い山道。一台の大型トラックが蛇行しながら進んでいた。運転手の中年男性は必死にハンドルを握りしめているが、視界がぼやけ意識が朦朧としていた。おかしい。先ほど仮眠をしたばかりだ。眠くなるはずなんてない。それにこれは身体が……。\n\n次の瞬間、目の前に影が飛び出してきた。反射的にブレーキを踏んだが間に合わない。鈍い衝撃音と共に車体が大きく揺れた。\n\n「し、しまった!轢いちまった!」\n\n中年男は震える手でドアを開けた。霧雨が降り始め、路面は濡れている。助手席の窓ガラスに赤黒い血痕がついているのが見えた。\n\n「おい!大丈夫か!?」\n\n声をかけながら歩道に倒れた「何か」へ近づく。だが霧の中で見えたのは――\n\n「……ん?」\n\n確かに車体と接触したはずの人影が見えない。代わりに奇妙な物体が横たわっていた。人間のような姿をしているが皮膚は浅黒く、両腕が不自然に長くて細い。服を着ていない上半身には鱗のような模様があった。\n\n「うわぁっ!」\n\n後ずさる中年男の足元で「それ」が動き出した。「ギイィ……」と金属的な声を発しながら起き上がる。目を見開けば瞳孔が縦に裂けていた。\n\n「ば……化け物だ!!」\n\n男は悲鳴を上げてトラックに戻ろうとした。だが振り返った瞬間、化け物は信じられない速さで距離を詰めていた。長い指が男の首を掴む。\n\n「ガアッ……離せ……!」\n「男か……まあいいだろう」\n\n捕まえた男を吟味するように化け物は鼻を鳴らした。その口元が歪み笑みを作る。\n\n「我が新たな器となるがいい」\n「ヒィィィッ!」\n\n霧の中で嘲笑うような声が響いた。声は少年のような若さだったが口調は老人のように嗄れていた。次の瞬間、「魔」の体が異常に膨張し始めた。背中から突起物が突き出し、腹部が裂けるように広がる。\n\n次の瞬間、耳をつんざく悲鳴が山中にこだました。\n\n\n\n「…………」\n\n沈黙の中で立ち上がった「彼」の周囲を、冷たい雨が叩いていた。トラックのヘッドライトが濡れたアスファルトに不自然な影を落としている。\n\nゆっくりと右手を上げた。「彼」は指先を開閉してみる。握ったり緩めたり、五本の指が予想以上に滑らかに動くことに驚いた様子だった。次に左脚を引き寄せると、膝の関節を確認するように曲げ伸ばしした。\n\n「ふむ……」\n\n低く唸るように呟く声は既に男のものではなく、どこか乾燥した管楽器を通したような不自然さがある。その場で小さく跳ねたあと、「彼」は慎重に一歩踏み出した。重さを感じる。体重が重い。だが同時に筋肉の張り具合も異常だった。\n\n「……なるほど。これが今の人間か」\n\n雨粒が顔に当たる感覚に戸惑っているのか、「彼」は右手で額を払った。その仕草はあまりにも自然で、先ほどの奇怪な変容とのギャップが逆に不気味だった。\n\n「ふむ……これは鉄の塊か?」\n\n「彼」は屈みこみ、地面に転がる大型タイヤに指を這わせた。その硬質な感触を確かめるように何度も押したり擦ったりしている。トラックのボンネット部分に顔を近づけると、鼻腔が膨らみ独特の臭いを吸い込んだ。\n\n「油と……何か燃えたような匂いだ」\n\nトラックのエンジンルームから漏れ出す熱気に掌を当て、「熱い……火を使わずとも熱を生むのか」と独り言ちた。100年前には存在しなかった文明の利器。それを理解しようとする姿勢には学者のような探究心さえあった。\n\n「……待て」\n\n「彼」は突然立ち上がり、霧の向こうを睨みつけた。犬のように鼻をひくつかせる。湿った空気の中に漂う微かな臭気――同じ「種族」の残留物を感じ取ったのだ。\n\n「ずいぶん減ったものだな」\n\n顔色一つ変えずに呟く。同胞が狩りに失敗し消滅することなど日常茶飯事。百年という時間のなかで何百という同類が塵となり果てていった。寂しさも憐れみもない。単なる個体数の変動に過ぎない。\n\n「人間どもが強くなったわけではあるまい」\n\nそう呟くと、目覚めた「魔」は闇の中へと消えていく。足取りはゆったりとしていたが、木立を抜ける際の一挙一動に隙がない。獲物を探す獣がそうであるように、必要最低限の動作だけで距離を稼いでいく。\n\n濃霧に包まれた森は静まり返っている。生き物の気配すらない。しかし「彼」にとっては都合が良かった。新しい肉体に慣れ親しむ時間が必要だったからだ。\n\n歩きながら腕や足の可動域を確かめる。急に角度を変えたとき、関節が小さな悲鳴を上げることもある。「人間」という器は思った以上に繊細だった。\n\n「もっと丈夫な体を探すべきだったか」\n\nだが、贅沢は言っていられない。今はこの体で十分。「魔」にとって最も重要なことは――\n\n「食事だ」\n\n静かな声と共に喉仏が上下した。「魔」は森の奥へと歩を進める。新鮮な餌を求めながら。"}

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