| {"novel_id": "n0006lk", "chapter": 2, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0006lk/2/", "title": "(1)", "content": "日が傾きはじめた神社の境内で、舞殿の中央に二つの人影があった。白地に金糸の刺繍が施された巫女装束の少女たち。顔つきも髪型もそっくりだが、一方は青みがかった黒髪を背中に流し、もう一方は栗色がかった髪を肩で切り揃えている。双子の姉妹・八咫家月華と八咫家星凪であった。\n\n「来るぞ……」\n\n低い呟きとともに月華が目を閉じた。彼女の手には朱塗りの勾玉が握られている。隣で星凪が応えるように頷いた。二枚貝のように合わせていた両手をそっと離す。その指先から淡い光の粒子が舞い散った。\n\n風が止まった。まるで時間が凍りついたかのように静寂が辺りを支配する。\n\nズゥゥゥ……\n\n地の底から湧き上がるような低音が響いた。舞殿の柱がかすかに震え始める。苔むした石畳の隙間から黒煙のようなものが滲み出てくる。それは徐々に人の形へと変わっていった。\n\n「ようやく現れたか」\n\n月華の声には確信があった。煙は完全に実体化し、漆黒の肌を持つ小柄な人影となる。顔には目鼻がない代わりに額に第三の眼が浮かび上がっている。口元だけが異様に大きかった。\n\n「ゲヒヒ……久しぶりダナァ」\n\nしゃがれた声が闇に反響する。その存在感だけで空気が腐っていくようだ。「魔」の一種である《醜穢》と呼ばれる個体だ。月華と星凪は警戒を緩めなかった。\n\n「我らの術式が完成する前に……」\n\n星凪が言い終わる前に《醜穢》の口が裂けた。内側から紫色の霧が噴出する。毒気を帯びた息吹だった。霧は意志を持つかのように二人へ迫る。\n\n「結界!」\n\n月華が勾玉を高く掲げた。勾玉が眩い光を放ち、円陣状の防壁が展開される。霧は透明な障壁に弾かれ拡散していく。しかし《醜穢》は気にせずさらに霧を吐き続けた。\n\n「しつこいわね!」\n\n星凪が一歩前へ出る。彼女の手元に光の糸が集まり、巨大な弓の形を作り上げた。弦を引くように構えると、そこに一筋の光の矢が出現する。\n\n「破邪の矢!」\n\n叫びとともに矢が放たれた。目にも留まらぬ速さで飛翔し、《醜穢》の胸元を貫く。黒い人影が大きくよろめいた。霧の吐出が止まる。\n\n「よし!」\n\nだが《醜穢》はすぐに体勢を立て直した。胸の穴は煙のように塞がっていく。再び口を開き、今度は巨大な舌を伸ばしてきた。粘液に濡れた舌が鞭のように宙を切り裂く。\n\n「甘いわ!」\n\n月華が腰に佩いた短刀を抜いた。銀の刃が夕陽を反射して鋭く輝く。彼女は《醜穢》の舌を受け止めようと動いた――\n\nバシュッ!\n\n寸前で回避した月華の脇腹を舌先がかすめる。袴の一部が切り裂かれ肌に赤い線が走った。\n\n「姉さん!」\n\n星凪が駆け寄ろうとするが、月華は手で制した。\n\n「問題ない……それより消滅を」\n\n傷口からわずかに瘴気が入り込んでくる。全身に鳥肌が立つが構わない。妹の力を信じているからこそ、姉として最善の行動を取る。\n\n「承知」\n\n星凪は再び弓を構えた。狙うのは先ほど矢が貫通した箇所――いや、正確にはその内部だ。《醜穢》の体内には必ず核となる「魔性」が潜んでいる。そこを的確に射抜けば完全消滅させることが可能なのだ。\n\n「今度こそ……穿つ!」\n\n星凪の弓に集まった光が爆発的に増幅する。彼女の額に汗が伝った。あまりに高密度の光は彼女の体力を急速に消耗させる。それでも集中を解かない。\n\n「星凪……行くぞ」\n\n月華の声に応じて星凪が強く頷いた。二人の呼吸が一致する。まさに矢を放とうとした瞬間、\n\n「逃がサヌゥッ!」\n\n《醜穢》が異様な速度で接近してきた。足がないのに疾走するかのような動きだ。舌だけでなく両腕を伸ばし月華を捕らえようとする。\n\n「……!」\n\n月華は短刀を構えたまま《醜穢》へ正面から挑んだ。恐怖はない。ただ淡々と敵を迎え撃つ姿勢だ。巫女として生まれ落ちた時からこのような戦いは予期していた。\n\n「穿て!」\n\n星凪の声が響いた。同時に月華の目前まで迫った《醜穢》の胸元に光の矢が深々と突き刺さる。今回は核を正確に捉えたらしい。矢が刺さった箇所から黒い染みが広がっていく。\n\n「ギュアアアッ!?」\n\n苦悶の叫びを上げる《醜穢》。その隙を逃さず月華が短刀で斬り上げた。刃が《醜穢》の腹部を真一文字に切り裂く。煙のように体が崩れ始める。\n\n「遅イィィ……!」\n\n最後の抵抗と言わんばかりに《醜穢》の腕が月華の肩を掴んだ。爪が肉に食い込む。痛みよりも先に侵入してくる強い悪意に月華は顔を歪めた。\n\n「月華!」\n\n星凪が駆け寄る間もなく、月華の身体から淡い青白い光が溢れ出した。彼女の浄化の力が発動したのだ。触れていた《醜穢》の腕が白い灰となって崩れていく。\n\n「ナニヲシタ……?」\n\n疑問の声すら残さず《醜穢》の体は完全に灰と化した。舞殿の床に積もった灰色の粉は風に乗って消えていく。跡形もない。\n\n「終わった……わね」\n\n肩から出血しながらも月華は安堵の表情を見せた。星凪が素早く駆け寄り傷口を手拭いで抑える。\n\n「また無茶をして!」\n\n涙目で怒る妹に月華は微笑んだ。\n\n「私より《魔》が無茶をしたのよ」\n\n冗談めかした口調に星凪も思わず苦笑する。しかしその笑みはすぐに陰りを帯びた。\n\n「でも……今回の《魔》も少し違ったわ」\n「ええ」\n\n月華も同意した。今まで見たことのない形態と動き。そして何より――\n\n「明らかに強くなっている」\n「ええ……」\n\n二人は互いの不安を共有した。《魔》が少しずつ進化しているなら、いつか自分たちの力が及ばなくなる日が来るかもしれない。そんな危惧が胸の奥に芽生えていた。\n\n「それでも」\n\n月華が星空を見上げた。曇天の向こうに星が瞬いているのを感じる。\n\n「私たちは守らなければならない」\n「もちろん」\n\n星凪も決意を新たにするように拳を握り締めた。\n\nその時。\n\n二人の背後で神社の鐘楼から不吉な音が鳴り響いた。\n\nゴォォーン……\n\n普段は清涼な響きが寺に安らぎを与える音色だが、今日に限っては地獄からの呼び声のように重苦しい。鐘が勝手に鳴動しているのだ。\n\n「ど、どうして……」\n\n月華が振り返るより早く、星凪が叫んだ。\n\n「あれは何!?」\n\n鐘楼の頂点に巨大な影が佇んでいた。巨漢の男だった。身長は優に二メートルを超え、岩を削り出したような分厚い筋肉に覆われている。太い鋼の如き腕が覗き、両の拳は握りしめられて震えていた。\n\n「人に憑依した魔か……?」\n\n月華が短刀を構え直す。その声音には緊張が混じっていた。人の形を借りた《魔》ほど厄介なものはない。通常の浄化術式が通用しない可能性があるからだ。\n\n「良い雌だ。俺の孕み袋にふさわしい」\n\n低く野太い声が響いた。だが声質は明らかに青年のものだった。筋肉の鎧に包まれた「それ」が悠然と鐘楼から飛び降りる。着地の衝撃で石畳が割れた。\n\n「逃げろ星凪!」\n\n月華が妹を庇うように前に出た。勾玉が再び光を帯びる。だが――\n\n「遅い」\n\n男が腕を振った。たったそれだけの動作で猛烈な風圧が起こり、月華の結界を紙屑のように吹き飛ばした。防御結界が砕ける音は硝子が割れるようだった。\n\n「姉さん!」\n\n星凪が援護しようと弓を引く。光の矢が形成されるよりも早く巨漢の男が地を蹴った。疾風のごとき移動速度。間合いに飛び込むと同時に左手で星凪の首を掴み、右手の拳を月華の腹に叩き込む。\n\n「ぐっ……!?」\n\n月華の身体がくの字に折れ曲がる。内臓を直接殴られるような衝撃。巫女服に亀裂が走り血が噴き出した。\n\n「月華ああ!!」\n\n星凪が叫んだ瞬間、彼女の首を締める指に力が込められた。意識が遠のく。呼吸ができない。\n\n「姉の名前か。お前も似た顔だな。双子か」\n\n男が恍惚とした表情で星凪の顔を覗き込む。その瞳には理性の欠片もない。ただ純粋な欲望が渦巻いていた。腕の力がさらに強まる。\n\n「離せ……!」\n\n月華が吐血しながら短刀を振り上げた。しかしその前に男の膝が腹部にめり込む。骨が軋む音がした。巫女の身体が石畳に転がる。\n\n「グフッ……」\n\n月華の意識が途切れる寸前、星凪の悲鳴が聞こえた。男は彼女の首を解放すると襟首を掴み上げた。まるで布切れのように持ち上げる。\n\n「お前の力は面白い。だが使い方が下手だな」\n\nそう言いながら男は星凪の腹部に掌を押し当てた。巫女服越しに掌から紫電が迸る。稲妻のようなエネルギーが星凪の体内を駆け巡った。\n\n「いやあああああ!!」\n\n絶叫と共に星凪の身体が痙攣する。目に見えるほどの魔力が彼女の中から搾り取られていく。男の掌に集約され、濃縮されていく闇の力。\n\n「素晴らしい! これほどの力を秘めているとは」\n\n興奮した様子で男は月華に目を向けた。瀕死の姉はよろめきながらも立ち上がろうとしていた。\n\n「まだ動けるか。その執念だけは認めてやる」\n\n男は冷笑しながら月華に向かって歩み寄った。腹部から溢れる血が彼女の白い巫女装束を鮮やかに染めていく。それでも月華は歯を食いしばり、短刀を構えなおした。\n\n「妹には……指一本触れさせない!」\n\n叫び声と共に月華が突進する。だが次の瞬間、男の掌底打ちが彼女の顎を打ち抜いた。鈍い衝撃が脳を揺らす。視界が歪み、平衡感覚を失った月華は膝から崩れ落ちた。\n\n「もう終わりだ」\n\n星凪から奪った力が男の右腕に集束する。拳が月華の胸部を直撃した。肋骨が砕ける音が響き渡る。\n\n「がはっ……」\n\n月華の肺から空気が全て絞り出された。巫女として鍛え上げられた肉体でも耐えきれない打撃だった。仰向けに倒れた彼女は痙攣しながらも意識だけは保っている。それは最後の誇りだった。\n\n「やめ……ろ…星凪……だけは……」\n\n虚ろな瞳で呻く月華。男は侮蔑の笑みを浮かべた。\n\n「安心しろ。両方共大事に扱ってやる」\n\n星凪の方へ向き直ると、力を失った彼女は人形のように地に伏していた。全身から汗が滲み、呼吸も浅い。先ほど注ぎ込まれた毒素が血管を蝕んでいる。意識はあるものの抵抗する余力は皆無だった。\n\n「いや……姉さ……ん…」\n\n弱々しく手を伸ばす星凪。その哀願すら男にとっては嗜虐心を刺激するだけだった。\n\n「姉妹愛か? 感動的だな」\n\n男は嗤いながら星凪の身体を肩に担ぎ上げた。続いて月華ももう片方の肩に乗せる。巫女服に包まれた二つの華奢な身体が男の屈強な筋肉に密着する。不釣り合いな光景だった。\n\n「さて行くか」\n\nそう呟くと男は踵を返し境内から歩き出した。背後の舞殿には割れた床板と砕けた結界の破片だけが残される。二人の巫女の神聖な空間が蹂躙され尽くした証だった。\n\n夜空の下、森の木々の合間を男が闊歩する。負傷した巫女姉妹は微かに呻くだけだった。星凪は麻痺毒に意識を奪われかけ、月華は胸部の骨折による激痛に耐えるだけで精一杯だ。\n\n「なぜ……」\n\nかすれた声で月華が問うた。男は足を止めず答える。\n\n「なぜって? お前たちが美味そうだからだよ」\n\nその言葉に含まれた残酷な真意。巫女姉妹はこれから何をされるのか本能的に悟った。恐怖が二人の顔を青ざめさせる。\n\n「安心しろ。すぐに孕ませてやる」\n\n男の言葉が夜の闇に溶けていく。深い森の中へと男の姿が飲み込まれていく。月光が木々の隙間から僅かに差し込むだけで、その先にあるものは誰にも見えない。", "afterword": "淫獣聖戦シリーズは大好きです。"} |
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