Krixter's picture
download
raw
13.8 kB
{"novel_id": "n0007ex", "chapter": 1, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0007ex/1/", "title": "1", "content": "【克行】\n「天気がいいなぁ~いやぁ! 最高だッ!!」\n\nよく晴れた日の午後。すべての授業が終わった解放感に満ち溢れた放課後に、俺は家に帰ろうともせず中庭へと降り立った!\n\n花壇に植えられた草花の香りが澄んだ空気をよりいっそう凛とさせている。だからこそ、遠くにいる彼女の匂いが強く感じられるのだ。\n\n【克行】\n「最高だッ! 最高だよォ!!」\n\n中庭に設けられた三つのベンチ。はしゃぎまわっている生徒達はその付近を避けて、うつむきがちになって必ず大声をあげていた口をつぐむ。\n\n真ん中のベンチに腰かけている少女――目の下にクマを……いや、実はアイシャドウか何かだろうか? とにかく眠たそうというか、虚ろというか、どことなく不気味な目をしながら、わずかたりとも動かずに本を読んでいる。\n\n幼い体つきが可愛らしく抱き心地はとてもよさそうでありながら、その表情はとても鬱蒼としている。これでもかと言わんばかりの深い色を誇る長い黒髪が、その姿の暗澹たる雰囲気を強調し、彼女を初めて見た時の鮮烈な感覚といえば今でも目の前に現れる程だ。\n\nいや、毎晩のように彼女が夢枕に現れてはうなされるという、なんとも痛快な日々を送っている!\n\n悪い魔女の末裔と噂される事も多いし、今ここで過ぎ去る生徒をカエルやナメクジに変えたところで、誰も不思議がらないだろう。\n\nせいぜい、やると思った! くらいだ。\n\nなにが言いたいかって? そう、魔法にかけられてしまったんだよ! 俺は!!\n\n【克行】\n「Yeahhhhh! Fooooo!!」\n\nだけど、何故か彼女は真ん中のベンチの片方に、誰かが座るためのスペースを設けているのだ。どうせ誰も座らないのだから、どセンターに腰かければいいものを。\n\n多くの生徒はこう言う……隣に誰かが座っているんだと。亡霊、あるいは使い魔、とにかく我々の目には見えざる何かがいるのだと。\n\nしかし、この俺の鼻はごまかせない。そう、そこにいるのは、この俺!!\n\n静かに静かに中央のベンチへと近づき、さりげなくなにげなく彼女の隣に座る。\n\n【克行】\n「太陽が気持ちいいなぁ! 布団になった気分だ!!」\n\nチラリと彼女を伺う。だが、まるで俺など存在していないかのように、本に目を落とし黙々とぼんやりとした視線を注いでいるばかり。\n\n【克行】\n「いやー、ホントに最高だ! 晴れは大好きだ、ここに座れるからな!!」\n\n日陰にあふれている中庭と言えど、7月はまだだというの夏のような熱気が充満し、彼女のきめ細かい頬はつやつやとわずかな汗で濡れている。風に乗せられて蒸発した湿気が俺の鼻腔をくすぐり、その香りのよさに思わずドキドキしてしまう。\n\n口にしたとすれば甘いながらも凛と引き締まった果物のような味がしそうな芳香と、彼女の遺伝子から出た生物的自然な匂い。\n\n彼女を好きになった理由? その一、匂いだ。\n\n廊下ですれ違ったときをはじめとして、彼女に近づいたとき漂ってくるこの香り。ひどく懐かしい感じがして心が落ち着くんだ……鬱屈とした日々を拭い、童心に帰るような気分だ……\n\nさて、次のステップに移行しよう。\n\n【克行】\n「それは? 何の本を読んでいるんだ?」\n\n彼女との距離を詰め覗き込んだ。しかし、俺は活字アレルギー……つまりは、活字離れの進んだ若者だから、黒い文字が編隊を組んでいるのを目にすると頭がクラクラするし、内容には全く興味がないし、読む気はない。\n\n【克行】\n「難しそうな本だな! どんな内容なんだ?」\n\n【???】\n「……るさい……」\n\n予想通りの眠たそうなボソボソとした声と同時に漂ってくる口内の香り。ドキドキしていると女の子の口臭は少しだけキツくなるらしい。\n\n緊張しているんだろうな……でも問題ない可愛いよ。\n\n【克行】\n「なんだって? もう一度聞かせてくれ!?」\n\n【???】\n「うるさい!!」\n\n殺気立った眼光でキッと強く睨まれてしまう。\n\nうわっ、目つき悪っ……可愛い……\n\n【克行】\n「あぁ……すまない……」\n\nそりゃそうだ……子守をする獅子と本に没頭する人間にだけは近づくなと誰かが言ってたっけ……いや、俺が今考えたんだが。\n\nこれ以上は話しかけない方がいいだろうか……いや、だけど、こんな可愛い子を目の前にして、しかも心臓の音が聞こえそうなほどすぐそばにいるこの状況で。\n\nその匂いを嗅いでいるこの状況で、会話をしないのはある意味、生殺しというやつだ。\n\n【???】\n「……マーゾフ……」\n\n口を開くと同時にチラリと視線を送ったかと思い注視すると、俺が向いた時にはまた本へ目を落としている。\n\n【克行】\n「なんだって? もう一度――」\n\n【???】\n「カラマーゾフ」\n\n【克行】\n「あぁ、なるほど……火属性の呪文か、俺は電撃系呪文が好きだ」\n\n【???】\n「嫌い」\n\n【克行】\n「oh……」\n\n俺は好きだけどな。君の事が!\n\n【克行】\n「本が好きなのか?」\n\n【???】\n「嫌い」\n\nいや、やっぱり俺の事を言っているのか!?\n\n【克行】\n「じゃあ何故読んでいる!?」\n\n【???】\n「読んでない、眺めてる?」\n\n【克行】\n「眺めてる? 本が嫌いなのにか!?」\n\n【???】\n「あなたよりは好き」\n\n【克行】\n「oh……god……俺は本より君が好きだ」\n\n【???】\n「別に聞いてない」\n\n【克行】\n「Holy……じゃあ、君の好きなものは? プレゼントしよう」\n\n【???】\n「あなた以外」\n\n【克行】\n「Darn……そのストラップは? カツオか?」\n\nこのまま話していても埒が明かないと思い、彼女のカバンを目にすると、魚のストラップがかけられているのを見つけた……話のきっかけにと口を開いたが、目玉が飛び出し血を吐いているグロテスク姿はあまりにグロテスクで、お世辞にも可愛いとは……\n\n彼女は最高に可愛いが!!\n\n【???】\n「マグロ……」\n\n【克行】\n「よし、明日の初デートは水族館にしよう。ご期待ください」\n\n【???】\n「いかない」\n\n【克行】\n「ass!!」\n\n【???】\n「さっきからそれ、なんなの……?」\n\n【克行】\n「洋画が好きだからつい……そうだ、小説原作の明日から公開の映画で――」\n\n【???】\n「興味ない」\n\n【克行】\n「mother……」\n\n【???】\n「……吹き替え派、字幕派……?」\n\n【克行】\n「もちろん字幕派だ。演じる人のリアリティがあって――」\n\n【???】\n「嫌い……」\n\n【克行】\n「そうそう、吹き替えも見やすくて――」\n\n【???】\n「へたくそな俳優起用するから嫌い」\n\n【克行】\n「Pete's……」\n\n一陣の風が彼女の黒い髪を揺らし、華やかな香りが漂ってくる。\n\nいい匂いだ……好き。\n\n【克行】\n「そうだ、自己紹介がまだだったな。俺の事はダーリンって呼んでくれ」\n\n【???】\n「香りが、強い……けど、嫌い……アールグレイの方が、好き……」\n\nなるほど、紅茶に詳しいとは女の子らしくて可愛い……とはいっても、どんな紅茶が好きだろうと関係ない。俺は君が好き。\n\n【芽衣】\n「うっわっ……何してんだよお前、スパイ映画じゃあるまい」\n\n男勝りで有名な角谷芽衣。入学当初は学校帰りによく映画を見に行ったりしていた。しかし、最近は脚本の執筆が忙しいらしく、万年不登校であまり姿を見せなかった。\n\n芽衣は久しぶりに表れたかと思えば、通りすがりに俺達のおかしな状況を指摘する。なるほど、互いに顔を見合わせずに会話している姿は誰が見たって変だ。\n\nにしても、こいつの顔を見るのも久しい……なるほど、何かがあると雨が降るなんて言われるが、それに等しく珍しい事の予兆なわけだ。\n\nこの子と俺の幸せの予兆だな。\n\n【克行】\n「何年ぶりだ? お前がいない間に色んな変化があったんだよ。\n紹介するよ、俺のハニーだ」\n\n【???】\n「ハニーじゃない」\n\n【克行】\n「そう……じゃあスウィーティだ」\n\n【芽衣】\n「そりゃ、冷やかしが嫌だってのはわかるけどよ。\n付き合ってるなら家に行って会うとか方法があるじゃんよ」\n\n【???】\n「そもそも他人……」\n\n【芽衣】\n「えっ? そうなのか!?」\n\n【克行】\n「数分前まではな」\n\n【???】\n「百年先まで」\n\n【克行】\n「なるほど、あと百年経ったら結婚してくれるみたいだ?\nお前も長生きしてくれ。仲人が必要だ」\n\n【芽衣】\n「いや、話の脈絡がまったくわからねぇんだけど……」\n\n【克行】\n「話せば長くなるよ。ある日、彼女が俺の目の前に降ってきたんだ。\nキャッチしようと俺は駆けだした――」\n\n【???】\n「だけど、全身打撲で死にました……めでたしめでたし……」\n\n【芽衣】\n「いや、その状況だとどっちも死んでるじゃん……\n克行は押しつぶされてるし、君……えっと……スウィーティは落下してるし」\n\n【克行】\n「そう、結ばれざる二人は――」\n\n【???】\n「天国に向かう道中で、男は女に突き飛ばされ、三途の川へ……」\n\n【芽衣】\n「ラブロマンスからサスペンスになってるじゃん……で、君、名前は?」\n\n芽衣の問いかけに対し、彼女は立ち上がるとヒソヒソと耳打ちした。\n\n【芽衣】\n「あぁ、なるほどな……けど、克行の前じゃ、永遠に君と呼ばなきゃいけないわけか」\n\n【克行】\n「なるほど、天使の名前だから悪魔の俺には耳にできないわけか」\n\n【芽衣】\n「いや、なんの悪魔なんだよお前は」\n\n【克行】\n「彼女を魅了する悪魔さ」\n\n【???】\n「お願いだから地獄に帰って……」\n\n【芽衣】\n「あ~ぁ……相変わらずの暇人っぷりに安心したよ」\n\n【克行】\n「そう、金土日と時間が使い放題なんだ」\n\n親が出かけてるから、解放感がたまらない!\n\n【芽衣】\n「それでナンパしてるってわけか……やっぱり暇人だな。私もあやかりたいよ」\n\n言っておくが、俺はナンパじゃないし、女の子と付き合った事なんて一度もなかった。隣にいる天使と出会うまでは!\n\n【克行】\n「なるほど、いよいよ男でも作るってわけか? 俺達が羨ましいんだろ?」\n\n【???】\n「きっと、これより、いい人……頑張って……」\n\n【芽衣】\n「お前らなんなんだ? 仲がいいのか悪いのか……\n二人してバカにしやがって……まぁ、とりあえず私は呼び出し喰らってるから行くよ」\n\n【克行】\n「おう、じゃあ仕事頑張れよ」\n\n話の流れが途切れたタイミングで、彼女は手にしていた本をパタリと閉じてカバンへしまった。ベンチから立ち上がりスカートを直して挨拶もないまま歩きだす。甘い蜜の匂いに誘われる蝶のごとく、俺もそのあとをついていく。\n\n【克行】\n「帰るのか? 送っていくよ!」\n\n【???】\n「ついてこないで……」\n\nなにか気に障るでもしたのだろうか? いや、そりゃあ当たり前だろう。俺達は別に付き合っているわけでもないし……だけど、ここまでハッキリ言われると喧嘩したみたいでさすがにショックだ。\n\n【克行】\n「……明日も、ここに来るのか?」\n\n立ち止まっている彼女の背中へと投げかける。\n\n【???】\n「こない……明日は土曜日……」\n\n髪をかきあげる仕草と同時に腕に巻かれたピンクゴールドのブレスレットが、日の光を反射させながら金属音を鳴らした。\n\n【克行】\n「そうか……そうだったな……じゃあ、今度の月曜日、待ってるから……」\n\n彼女の言った通りついていく事を諦め、心安らぐ香りに背を向けると、苦い気持ちを胸に抱えたまま自宅へ向けて歩き出した。"}

Xet Storage Details

Size:
13.8 kB
·
Xet hash:
4ca781fcd2c94de5ea29500129fd6d7ffa0af51e13507f09fb643c58804d6e87

Xet efficiently stores files, intelligently splitting them into unique chunks and accelerating uploads and downloads. More info.