| {"novel_id": "n0007ht", "chapter": 10, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0007ht/10/", "title": "哀れなラダン", "content": " 数分ほどで母の怒声は止み、ラダンのすすり泣く声だけとなったタイミングで、アスリはそっと家の中に顔を出した。ちょうど、怒りが収まりきっていない表情の母がこちらに向かってくるところで、奥の寝床には顔を突っ伏して丸くなって泣いているラダンが見えた。\n\n「アスリ、おかえり。ごめん、もしかしてびっくりして外で待ってた?」\n\n アスリは何か感づかれたかとも思ったが、平然と続けた。\n\n「大丈夫、何かあったの?」\n\n 顛末は全て知っていたが、ここはあえて尋ねる一手をアスリは打った。\n\n「ラダンが悪いことしちゃってね。あ、そうだ。アスリ、ちょっと手伝ってほしいんだけど。」\n\n 母はそう言いながら外に出てきたので、アスリも持っていたものを件の芋の入った釜の横に置き、母について行った。母が向かった先は、少し前までアスリの乗っていた作業台の方であった。アスリは一瞬、見ていたことがバレたかと肝を冷やしたが、台の片側の前に立ってその縁を掴んだため、アスリも反対側で同じようにし、母が台を持ち上げようとしたのに合わせ、アスリも台を持ち上げた。\n\n「井戸の横の木の下までお願い。」\n\n 母の声がかかると、アスリは後ろに目をやりつつ下がりながら移動し、そのまま井戸の横まで母と台を運んで、1本生えたアカシアの木陰のところに設置した。\n\n「ありがと。あとはもう大丈夫。」\n\n そう言うと母は、また家の中へと向かって行った。アスリもまたつられるように後から向かっていったが、家の戸の前まで来て、中の雰囲気が淀んでいることが外まで伝わってきていることを感じ、戸の横に置かれた釜を持つと、芋を洗うためにまた今来た井戸の方へ戻っていった。アスリが芋を洗い始めるとすぐ、キセルを手にした母がまた出てきて、戸から少し離れたところで、左腕だけを腹の前で組むようにして、どこを見るでもない難しい顔で静かに一服を始めた。\n 気まずい空気はまだまだかなり残ってはいたものの、アスリはどうにか嵐が去ったと、まず安堵した。芋を数個洗い終えた時、一服を終えた母は、少し離れたところから声をかけた。\n\n「アスリ、あとはママが後でやるからいいよ。アスリは中に入ってて。」\n\n 母は一声かけて、戸の横に置いていたアスリの水浴び荷物をついでに拾って、中に入っていった。アスリも母がそう言う以上これよりさらに芋を洗う理由もなく、井戸で水をくんで軽く手を洗うと、気は向かなかったが、やっと純粋な意味で帰宅を果たした。\n 先に入った母は何か次の仕事の準備をしているのか、しまってある物をあれこれ探しているようで、ラダンは変わらず何かの化石のような姿勢を保ったまま、ぐずぐずしていた。アスリは寝床で固まるラダンの横に行って腰を下ろすと、背中に優しく手を置き、頭をラダンの耳元に近づけて、母に聞こえないよう小さく声をかけた。\n\n「大丈夫?何があったの?」\n\n ここでもアスリは、あえて問いかけた。かわいそうなラダンに、少なくとも妹の前では尊厳が崩れていないことを知らせる目的もあったためである。もちろん、涙するばかりのラダンから返事は得られなかった。\n アスリは嘆くラダンの背からぬくもりを感じるうちに、こんな状況下ではあったが、次第に自分の中に余裕が出てきたことを自覚し始めていた。先ほどは観察を続けることができないほど、ラダンにぶつけられた最悪に共感しすぎてしまっていたが、冷静になってみれば今回はあの腰布の件の時とは異なり、その槍玉となっているのはラダン1人である。\n またそれだけでなく、アスリが興奮のきっかけの1つとして妄想した内容が、まさかの形で実現しているのである。ラダンは絶対に見られたくないところを、母にとは言え真正面から見られてしまったのだ。そして、もし見られてしまったらどうなってしまうんだろう、というアスリが自分自身を高めるための疑問への答えが、涙が止まらないほどの羞恥で生身を焼かれ、このように丸まってしまったラダンなのである。アスリはその全てを受け止めようとすると、以前と同じく気分が悪くなったが、用量を調節し自分に与えると、あの大波が来る前のような切なさを覚え、ラダンには申し訳ないが、内心ゾクゾクしていたのであった。\n 再びあの中央部の一点に意識が向きかけた時、母が調理場の近くからアスリに声をかけた。\n\n「アスリ、ちょっと来てもらえる?」\n\n アスリはラダンの背中を軽くなでてから、すぐ母の元へと向かうと、母はアスリがさっき水浴び用に持っていった大き目の布を手にしていて、川辺でパキッと割れてしまったところを見せながら語りかけた。\n\n「アスリ、これ壊れちゃったの?」\n「そう。だから水浴びできなくて帰ってきちゃった。」\n「これさ、さっき運んだ台の上に広げといてもらえる?」\n\n アスリがその布を受け取りながら頷くと、母は続けた。\n\n「あと、それも持っていって待ってて。やっぱり…、アスリも一緒にいた方がいいから。」\n\n 母が目をやった先には、畳んだ別の布が入れてある平たい器が控えていた。母はそう言ってすぐまた寝床の方へ行ったため、アスリは依頼通り受け取ったものを持って、木陰の作業台へと向かった。\n アスリは台の前までくると、左手で器を小脇に抱えたまま、右手だけで大きな布をパサリと広げ、うまく広がらなかったところを成形し台全体を覆うようにして、その上に今持ってきた器を置いた。今の動きで、器からは何か硬いものが当たるような音も聞こえてきており、布の下にも何か入っているようであった。アスリが布を少しめくると、別の小さな器も入っているのが見え、まだ他にも何か入っているようだった。\n 間もなく、まだ厳しい顔つきのままの母が家から出てきた。続いてすぐ後には、母に手を引かれもう一方の手で目元を押さえた、前かがみのラダンまでも出てきた。アスリは今から母が何の作業をしようというのか、全く見当がつかなかったが、何をしようとラダンは今の状態で仕事になるのか、アスリにはかなり疑問であった。\n\n 母は木の下までラダンを連れてくると、アスリの方にも体を向けた。\n\n「アスリ、改めていうけど、ラダンはさっきとても悪いことをしててね。2人には前ちゃんとお願いしたんだけど、ラダンは口で言ってもわかってもらえなかったみたい。」\n\n アスリはここで母の意図を察し、恐怖した。まだ空気は淀んでいるとは言え、ラダンの行為はもう水に流れ、次の何かに向かおうとしているものとばかり考えていたが、母にしてみれば全く違ったのである。\n つまり、さっきの雷鳴は逮捕の現場でしかなく、アスリが今ここに用意したのは、ラダンに裁きを与える場であるのであった。ダカクに槍を刺した時ですらここまで段階を踏んで叱られるような事態にはならず、一体ラダンをどのようにしようというのか、アスリは想像だにしえなかった。"} |
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