| {"novel_id": "n0007ht", "chapter": 115, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0007ht/115/", "title": "一口の果実", "content": " アスリが全てを察するまでに、時間はかからなかった。まもなく、あの心もとない三角柱を中心にして、とんでもないことが始まろうとしている。ここに至って、アスリはあまりにも鈍かった自らを悔やんだ。いくらユニスに最高のショーを見せてもらえたからと言って、ラリーヤが今朝浮かべた悪い笑みは、決して意識の中から外すべきではなかったし、この場にやってきて、実質的に身を隠した状況になったところで、ラリーヤが何をやろうとしているのか、把握すべきであったのだ。\n もっとも、それを事前にアスリが掴んだところで、ラリーヤの行動を止めることもできないし、止めるべきでもない。これはティサと、その相手を務めなければならないユニスのために、ラリーヤがわざわざ設けてくれた貴重な学習の機会であり、アスリもここに呼ばれている以上は、ラリーヤとしてもアスリに等しく、座学ならぬ伏せ学による授業を受ける権利を与えているのである。ラリーヤはユニスを超越する変態であるが、優しく知を授けようとする立派な女なのであって、アスリはありがたく配慮を拝受すべきだ。\n\n それにしても今から事をなそうとするその相手が、まさかイケメンであったとは、アスリは夢にも思っていなかった。彼がラリーヤの言っていた、ロマドウで食したい相手に当たるのであろうし、もうすぐラリーヤによって、イケメンは仲良く調理されてしまうのだろう。\n 思えばたしかに、あの2人にはアスリの知る限りにおいても、それなりの面識があった。あれは負傷したユニスとティサを、ラリーヤと2人で手分けして背負って運び、馬に乗って母や族長たちがアスリを迎えに来た日のことだ。あの時、暴走する馬の背で気分が悪くなってしまったアスリの一方で、ラリーヤは助けにやってきたイケメンの方の馬に乗ってロマドウまで一度向かい、聞いたところによれば、その後、またイケメンとともに牛たちを連れる母のところまで戻ったはずである。\n 当初、この話を聞いた時点でアスリは、わざわざ声も出ないラリーヤを連れ戻したイケメンに対して、無配慮の烙印を押していたが、今、この光景を前にすれば、そこにはラリーヤの意思も控えていたことであろうことも想像できる。あの日はアスリも、さんざんな目にあったところで、ユニスに命を救われて、凛々しい瞳に恋に落ちてしまったのだ。ラリーヤがどの程度、イケメンに好感を抱いているのかは不明であるとは言え、滅亡の最中のカインタより、命からがら脱出し、弱った怪我人を運ばされて、やっと身を預けることができた馬上の背中を、頼もしく感じないはずがない。\n\n 今日もまたラリーヤはあの日と同じく、イケメンの駆る馬に揺られている。徐々に近づき確かとなる、イケメンの首筋に頬を寄せるラリーヤの顔に浮かんでいるのは、満足である。きっと、食したいと述べたラリーヤの気持ちに偽りはなく、いずれこうしたいという願いの先に待つ時間が、これから始まるのだろう。\n 対して、イケメンは遠目に見ても強張った表情をしていて、彫りの深い顔立ちは、いつもの滝を囲む崖ほどに切り立っているようにアスリの目には映る。すでにイケメンもラリーヤから、これからの時間の使い方について聞かされているのだろうか。\n\n「嘘、これってもしかしてさ…。」\n\n ティサが小声でつぶやいた。ティサも理解が及んだようだ。\n\n「やばいよね?なかよしするとこ、うちらに見せようとしてんでしょ。」\n「はっ!?」\n\n アスリの声を潜めた回答に、ユニスが強く息を吐きだした。こちらは本当にラリーヤに言われるがまま、何も考えていなかったのだろう。ユニスには後日、魚の頭でもたくさん食べさせて、もう少し頭の中身を増やしてもらうしかない。\n\n「しっ!バカ、自分で声おっきくなってんじゃん。静かにしてよ。ってか…、嘘でしょ!?あの人?いたね、あの人、村に…。誰なん?」\n「イケメンさんだよ。」\n「えっ?アスリもああゆうのが好きなん?」\n「違っ。」\n「マジか!」\n「バカ、ユニス。だから声おっきいって。」\n「違って。あんなん、顔が濃いだけ。だからあの人、みんなにイケメンって呼ばれてるんよ。」\n「ホントの名前は?」\n「なんだっけかな…、みんなイケメンってしか呼ばないから、私も忘れた。」\n\n ユニスによるものを除いた、主に吐息での会話を3人の間で続けているうちに、イケメンとラリーヤは例の三角柱の側へと到着し、まず肩に何かの入った袋を引っかけてきたラリーヤに、続いてイケメンも馬を降りて、イケメンはそのまま馬の手綱を近くの枯れ木へと結びつけていった。この馬はおそらく、族長宅から拝借してきたものだろう。馬は水場の縁まで首を伸ばして、うまそうに水を飲み始めたが、今のうちに首を伸ばしておく判断は賢明で、そうしておかなければイケメンは考えなしに遊びを持たせないで手綱を縛ってしまうだろうし、待機の間、馬は喉を潤せないこととなる。\n\n ここでラリーヤはアスリたちの方にくるりと振り返ると、朝と同じ悪い笑顔をニヤリと一度浮かべて、1本立てた右の人差し指を、自らの口元に当てる仕草を見せた。ラリーヤは、アスリたちをしっかり視認したようだ。\n これから執り行う内容が内容であって、イケメンもある程度は服を脱ぐことになるはずであるし、そのためにラリーヤは水場に彼を連れてきたのだと思われるが、仮にも3人が隠れていることがイケメンにバレてしまえば、さすがにそこまでで今日の計画は中止になることは、アスリも状況から予測できる。ただ、こうなるとまでは頭を回さずに、ユニスに任せて布と砂と草を少々かけただけの擬装とは言えど、ラリーヤが今見せた様子を見るに、あちらからは思ったよりも不自然に見えないようである。\n 何にせよ、このラリーヤの身振りを見ては、アスリもユニスもティサも不用意なおしゃべりはできない。この先、ユニスが配慮のない声を出せば、アスリも横から手を潜り込ませて、長い皮をさらに長く伸ばしてやるしかないだろう。\n\n まもなく、手綱を結び終えたイケメンがラリーヤの方を振り返るのと同時に、ラリーヤもイケメンへと向き直ると、まずイケメンは三角柱に向けて両手を斜め下に広げて、ぎこちない笑みとともに何かを語り始めた。対してラリーヤは、アスリたちに見せた口元の人差し指で空を指して揺らし、時々首を傾けながら、イケメンに応じている。耳をすましても、アスリたちのところまで届くのはイケメンとラリーヤの声にならない音だけで、会話の内容そのものをアスリは聞き取ることができない。この様子を見る限り、イケメンはラリーヤから究極の詳細は聞かされていないのかもしれない。\n 案の定、2人の会話が進むにつれて、イケメンのよくわからない笑顔は、徐々に困惑へと変化していった。仮にもラリーヤの目的がこの時点までに明らかになったのであれば、イケメンはもっと驚いて良いはずだ。おそらくラリーヤはまだ、はぐらかしたようなことしか述べていないのだろう。アスリには、ラリーヤの形勢は不利にしか見えない。一体、これからラリーヤはどうやって事を運んでいくつもりなのだろうか。\n\n 当のラリーヤは、一昨日、洞窟の中でアスリたちに仕組みを全て語って、自らの本性もさらけ出した時と同じく、余裕に溢れている。柔らかい動きを見せるラリーヤは、まず肩からかけていた袋から、美しい模様の入った薄手の布を1枚取り出して広げると、ずさんに築かれた三角柱の前の地面に段差ができているところへと広げ、その上に袋を置きやってから、決まりの悪そうなイケメンにも座るように、右手を広げて促した。どうして馬まで借りてきたのかはアスリも見通しがつかないが、とにかく馬まで借りてここまで来たイケメンも、ラリーヤを拒否することはなく、静かに布の上に腰を下ろしてあぐらをかけば、同じくラリーヤもその隣に、閉じた足を斜めに折りたたんで、イケメンに身を寄せるようにして座っていった。\n\n いつにも増して大人びて見えるラリーヤは、静かに何かを語っている。その美しい顔を真隣で見つめるイケメンの頬は、やや赤らんできているようである。ラリーヤが何とイケメンに声をかけているのかは、ここでもアスリは掴めない。しかし、困惑から照れる表情へと変わりつつあることを踏まえれば、ラリーヤはイケメンを褒めているのかもしれないし、場合によってはイケメンは、ふくよかなラリーヤの胸を盗み見して、一人で勝手に喜んでいるだけかもしれない。\n ここでふと、ラリーヤがまた、傍らに置きやっていた袋へと手を伸ばした。袋から飛び出してきたものに、アスリは目を見張った。\n\n 手持ち刃だ。ラリーヤが、刃を持ち出した。\n\n まさかラリーヤの述べた食べたいという言葉とは、本当に食事の意味であったということか。しかし、目の前の刃とは裏腹に、イケメンの目尻は垂れ下がるばかりである。\n 当然、アスリの瞬時の懸念は杞憂でしかなく、ラリーヤがさらに続けて取り出したものは、濃い黄色い皮の果物であった。あれは一昨日、アスリとティサが洞窟の中に柔らかい草を拾って集めている間に、ラリーヤが採ってきて、結局使いもしなければ食べもせずに持ち帰ってきたものだ。\n この名前すら知らない果物を目にして、アスリは今日のラリーヤの策の完成度の高さに、心底脱帽した。まだまだ村の中では珍しいあの果物が出てくれば、今イケメンが醸し出してしまっている取っつきにくい空気は、たしかにかなり軽減できるに違いない。\n\n ここまででイケメンも、サバンナの地面と化しているアスリも、おそらく両隣のティサとユニスも、全員の注目は果物に集中している。ただ、今日の主役は果物ではない。\n 主役はラリーヤだ。ラリーヤにとって、果物は道具なのだ。\n\n ここからラリーヤの攻勢が、一気に始まった。知恵者たるラリーヤは、まず手にした果物のまわりにぐるりと一周切れ目を入れて、やや分厚い皮に親指を差し込んで果物を開くと、中央の種をきれいに取り除いて半身を裏返すようにしてから、果肉のところを一口分切り出して、刃の先にその大き目のひとかけを刺し、イケメンの前へと掲げた。\n ラリーヤの左手が、イケメンの右頬へとゆっくり当てがわれる。同時に、アスリたちから見えるラリーヤの横顔の口は縦に開かれ、ラリーヤの口に倣うようにして、イケメンの口も同じ形に開かれていく。\n\n 待っていたようにイケメンの口内に送り込まれるのは、できたばかりの一口分だ。イケメンが開いた唇でラリーヤから受け取るのに合わせて、幼子を見つめる時のような母性の笑顔が、ラリーヤに広がっていく。\n やはりイケメンは、彫りの深い顔立ちをしているだけだ。ラリーヤも随分とまた呆けたような顔をしているが、イケメンの方はなんと情けない表情だろう。みずみずしいとは言え酸味がやや強いあの果物を、よくもあれほど甘そうに食べられたものだ。アスリは明日にでもこっそり、ユニスに向けて同じことを試すしかない。\n\n 直前の困惑が完全に抜けきったイケメンが、与えられた一口目を噛み終えたところをラリーヤは見届けると、また次の一口を、今度は少し小さく切り出した。次に切られた分は、ラリーヤの口元へと運ばれていき、そのままラリーヤに収まった。ラリーヤも酸味を感じているはずだ。ところが、ラリーヤはその次は切り出さずに、切りかけの果物と刃を脇に置くと、今度はイケメンの両側の頬を手に取って、敷いた布の上で、膝立ちの姿勢を取っていった。\n\n ラリーヤが斜め上から、手にするイケメンの顔を見下ろすように、覗き込んでいく。甘いばかりのイケメンに、またわずかな困惑が浮かぶ。\n\n ラリーヤが口に含んだ果物を、一口、二口と、噛んだ。\n\n 次の瞬間、ラリーヤの唇は、イケメンの唇と重なった。\n\n「はっ…!」\n\n ティサが息を飲む音がした。アスリも声を上げかけた。ユニスもよく止まった。\n\n イケメンの瞳が、驚きで満ちていく。しかし、穏やかに目を閉じるラリーヤが、口づけを交わしたままイケメンの頬から頭に向けて、上下に撫でるような指使いを見せれば、イケメンも瞼を落とし一段と甘美になって、布の上で溶けだしていった。そうして、イケメンの下顎はだらしなく落ちていき、ラリーヤがわずかに噛んだ果物はイケメンへと移されていった。\n\n イケメンの口元から頬に向けて、ラリーヤと混ざった橙色の愛が一筋、あふれ出す。地に伏せるアスリの理性も、全身から絶え間なく噴出する汗と、泉から沸く湯となって、流れ出していく。"} |
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