Krixter/Repo / n0007ht /127.json
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{"novel_id": "n0007ht", "chapter": 127, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0007ht/127/", "title": "連なる啓示", "content": "「……おい。それよ。もしかして昔の、」\n\n 真後ろの聖女を顎で示して語った族長に、何かを察した父が、低く鋭い声で次を急ごうとした。一方、族長は慌てるようなこともせず、父よりもさらに先回りして、誤解の芽を摘みにかかっていった。\n\n「違う。大丈夫だ。もうひと月よりも、もう少し前か?その頃からだ。だから昔んなら、もう死んでるんよ。……んだからその、ひと月前のー、わかんねぇ時は、こいつだけ別、別。あんなん、また流行ろうもんなら。んで、死なんかったから、アレと違うんわかって、そんでもってようやく。」\n\n 父が何を危惧し、当初は族長も同じく考え、別、すなわち聖女の隔離を行ったのか、深い言及は一切ないが、2人が焦点を当てる先が何であるかは、ここまでの会話の流れで、アスリもだいたい想像がついている。父が今、聖女に罹患の有無を確認しようとした病は、おそらくあの北の墓地が拡大するきっかけとなった、アスリが生まれる少し前にロマドウで大流行したらしい、何らかの伝染病のことであろう。\n これまでアスリも、墓地についてはさんざん良からぬことを聞かされてきたし、現に先日、ティサとラリーヤまで強烈な体験をして、最近、村の中で流れている墓地に関する噂は、尾ひれがつくどころか、手足まで生やして好き勝手に走り回っている。しかし、そもそも多くの人を埋葬しなければならなくなった、伝染病そのものについては、父や母も含めて当時を知る者の誰もが、あったらしい事実を一言で述べるだけで、実際を口に出すことはないし、アスリが聞いてもまともな答えが返ってきた試しはない。\n だが、この父の疑いを向けるような問い方を見るに、たとえば森やカインタの惨状の詳細を、父と母がティサに直接伝えようとしないのと同じく、アスリには想起させたくないような相当過酷な日々が当時は続いたのだろう。一息を、煙草を吸った後のように吐き出した父は、つい口走ってしまった族長と聖女への非礼を詫びるように、うなじのあたりに手を置きやって、謝罪からつなげていった。\n\n「…………すまん。悪かった、余計なこと言って。いやでも、ひと月よりかかってんか。大変よね。そんなに長くかかるん、何なん?」\n「それが、わからなくて。食べても入らないし、息も苦しいし、体に力も入らなくなってきてて。」\n\n 今度は聖女が答えた。相変わらずひどい声だ。\n 聖女は言わば、アスリだけでなくロマドウ全体にとってしても、生命に関する叡智の結晶だ。その、医師かつ神職たる聖女がわからないと言うことは、すなわち手の施しようがないという意味に他ならない。\n\n「マジか。参ったな。まぁ……、なんせ俺や族長より、随分若いんだ。ひと月の上もやってんなら、そろそろ治んだろ。良くなったら、うちに酒でも飲み来いよ。族長なんか、うちに来んの今、1日おきか?だいたい。」\n「この人、いっつもごちそうになって。ありがとう。」\n\n 弱々しい聖女の礼に続いて、族長も真後ろの聖女から父へと視線を移し、何かを喋りかける。だが、先に続いたのは、聖女の一言だった。\n\n「でもね……。」\n\n 不穏だ。なぜここで、聖女は逆説に向かったのか。馬上の聖女の顔を覆っている前布を、アスリが凝視する。\n\n「私、こういう仕事だし、自分の体だからわかるんだけど……、もう、あんまり長くないと思うから。」\n「おっ!?」\n「えっ!?」\n\n 父にも、アスリにも、驚きが満ちる。はっきり言って、聖女に長くないなどと診断された人間は、いつ死んでもおかしくないというのに、聖女は自身に対して、その旨を述べている。暗い見通しを強く打ち消すかのように、父が声を大きくして、否定から入っていく。\n\n「いやいや、そんなんならんって!元気だしてくれよ!」\n「えっ!?どうしたの!?」\n\n アスリの真後ろから、別な驚きの声がかかった。騒ぎに気づいて、母も起きてきたのだ。母の声に後ろから押されては、アスリは戸口から先へと進んで、父の近くまで出ていくしかない。\n\n「あら、久しぶり。」\n「えっ!?その声!」\n「そう、今、話してたんだけど、私、病気で…。もう、あんまり長くないから、最後に、ね。」\n「はっ!?」\n\n 一声発して、母も口元を押さえた。起床後、いきなり族長と聖女が家の前にいて、しかも聖女は病とともにあり、最後だと言われるところから始まる、まだ薄暗い今日という1日だ。母にしてみれば、いまだ寝床で悪い夢でも見ているようにしか思えないだろう。\n\n「でだ、今日は最後の挨拶じゃねんだよ。おい、アレ、頼むんろ?」\n\n 自らの容態にさじを投げる聖女の話に、険しい表情の族長が背後の聖女に目をやって、次を促した。すると聖女も、体の前で結んでいた紐をほどいて、本来の目的を目指し始めた。\n\n もう、アスリに吐き気はない。これは、どう考えてもラリーヤとイケメンの話ではない。細く、骨と皮だけの聖女の指が紐をほどくと、馬上の聖女の背から、丸められたなめし革が1本、するりと地面に落ちて、アスリの足元に向けて転がっていった。\n\n「あっ…。」\n「わりぃ。それ、広げてみてくれんか?」\n「おいアスリ、俺が広げるか?」\n「いや、アスリで大丈夫だ。」\n\n 族長の要請に、父が一度噛んだが、族長はそのままアスリに託した。革の筒を拾い上げたアスリが、指示通りに革を広げるのと同時に、父と母もアスリの左右に立って、中身をのぞきこんでいく。\n\n「字か……。」\n「見えるか?」\n\n 父の頼もしさが、たった一言で消えた。馬上の族長が、アスリたちの頭の上から、たいまつを突き出して、革の中身を照らし出す。壁読書が最近までの習慣であったアスリの視線は、無意識にそこに記された文字を追い始める。\n\n「え?いきなりこれ……、ママ?」\n「これは聖女さんの印。」\n「これで聖女さんなんだ!それで、手、捕まえる?昨日、言葉、引っ張る、明日、あとロマドウの印。え、待って。これ下も、その下も、もっと下も、おんなじのが書いてある。」\n\n 初手から母のアシストも借りつつ、アスリは声に出してはみたが、そこに記されている文字の羅列に、アスリは意味を見いだせない。しかも、それが革の中で、しきりに連呼ならぬ、連書されているのである。\n\n「うわ、ちょっとさ、これ……、下まで?やばくない?」\n「でしょ。これ、私がおかしくなってから、ずっと。」\n「これは……、気持ち悪いね。」\n\n 真横で母が、顎に手を当てながら小さくつぶやき、聖女がさらに情報を加えた。異変の正体はまだ、アスリにも、アスリの父にも姿を見せない。\n\n「何がやばいん?全然意味わからん。」\n「アスリ、これ、ロマドウの占いの結果。聖女さんたちは、毎日巫女の人たちと一緒にロマドウが大丈夫か占って、出たのをこうやって革に書くんだよ。ってかこんな大事なん、外にふらっと持ってきて、いいの?」\n「特別。でも、わかりやすいでしょ?」\n「俺が認める。」\n「あの……、それはわかったけど、どこがやば…、えっ!?ちょっと待って?」\n\n 母からの説明をもとにすると、聖女と巫女たちは、毎日ロマドウを占って、結果を革に記すのだそうだ。アスリの勘が、適切に仕事を始めた。\n\n「これさ、もしかしてだけど、その毎日の占いって、この1行分?」\n「そう。わかった?やばいでしょ?」\n「うっわ、きっつ…………。」\n「……アスリ、どゆことなん?」\n\n 母と同じ境地に到達したアスリに、薄気味悪さが広がっていく。この話は毎晩酒を飲みすぎている猟師には難しかったのか、父はアスリに小さく耳打ちし、助けを求めた。\n\n「いや、パパさ。これ毎日占って、占いなのに毎日ずっと、おんなじのが出てるってことでしょ?」\n「はっ!?」\n「その、ロマドウ占うのって、毎日おんなじやり方?」\n「やり方は一緒。でもやる子は毎日違うし、普段は出るのも、もちろんバラバラ。でも、変だから、私もまだちょっと調子良かった時は、代わりにやってたんだけど……、その上の方のは、私やった日。」\n「うわっ!おい、なんて縁起でもねぇもん持ってきてんだ!」\n「だから、俺が認める、ってのは冗談で、すまん。あんまり気味の良いもんじゃねぇよな。」\n「勘弁してくれよ……。」\n\n 父と族長は、最近は2晩に1回は膝を突き合わせて酒を酌み交わしているせいか、同じように動く仕組みが出来上がってしまっているようである。高さだけは馬上と地面で違えども、2人はそれぞれ腰元に差していたキセルを取り出し、順々に族長の持つたいまつを発火点にすると、一斉に煙を補給した。\n 洞窟でラリーヤに教わった考えたくない仕組みをもとにすれば、父と母もつながったことで、アスリは世に生を受けている。闇に立ち上る煙草の香りに、父とつながる母もやはり連動していて、こちらもキセルを取り出し、族長から火を分けてもらい一服すると、アスリにも引き継いだ好奇心を、不穏な革の書へと向けていった。\n\n「……で、それ、書いてある字は読めても、意味は難しいね。どういうお告げだと思う?」\n「それが、今日、私が来た意味。」\n\n そもそも喫煙の習慣があるのか定かではないが、今、大人たちの中で唯一、キセルをくわえない聖女は、煙を吐き出す代わりに、小さくつぶやいた。前布で覆われた聖女の顔の口元から、弱った声がつむがれていく。\n\n「同じのが出るたび、毎回毎回私もいっぱい考えてね。まず、先に後ろから。昨日、言葉、引っ張る、明日とロマドウ。昨日と明日、1回だけなら昨日と明日かもしれない。でも、昨日までずっと出てて、多分このままだと、今日も明日も同じのが出る。だから、これは、昨日が過去で、明日は未来。合わせると、過去の言葉と、未来のロマドウ。間にあるのは、引っ張る。整えて言うなら……。」\n\n 聖女が息を大きく2度、3度と吸い込んで吐き出す。少し長く喋るだけで息が上がってしまう聖女の容態は、本人の見立て通り芳しくないようだ。絞り出すように、聖女が整理した言葉を口にする。\n\n「過去の言葉が、ロマドウの未来を導く。」"}

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