| {"novel_id": "n0007ht", "chapter": 176, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0007ht/176/", "title": "夢の成り立ち", "content": " ごくりと、ユニスの喉が上下した。瞬時に、ユニスの目尻がわずかに持ち上がり、中身も左右を泳いで往復して、結局アスリの目線に帰ってきた。今のユニスの瞳はアスリから逃れられもしないが、仮にもアスリが逃がしてしまえば、ユニスはおそらく伏し目になるだろう。\n\n 何かを、ユニスが言い淀んでいる。または、アスリに伝えたいことの言い方を選んで、悩んでいるのかもしれない。もう一度アスリはユニスに唇を重ね、短く勇気を送り、言葉でもユニスの介助を続ける。\n\n「…………私の、その…………、おまん……のとこ、…………おっきくて、ティサともラリーヤとも違って……、変なんに……。」\n「変じゃない!」\n\n 決して大きな声ではなかったが、ユニスがよく通る声で、アスリの抱くコンプレックスを改めて受容した。同時にユニスの瞳は、アスリに想いが本気であることを語り、それが終わると、次第に羞恥に満ちていった。\n ただただ恥ずかしくなりつつあるユニスは、もうこれ以上、口を開けない。すでに十分すぎるほどに湿っている、アスリの肉体に触れるユニスの熱い手のひらからは、雫となって滴り落ちてしまいそうなほどに、じっとりと汗が滲みだしている。\n\n「…………言うん、ちょっと恥ずかちぃ?」\n\n ここはユニスの想いを優しく汲んで先回りするためにも、からかいでなく愛を優先してアスリは表現したいところであった。だが、目前のユニスは、アスリにくすぶる母性と、支配していじめてしまいたい意地悪さを焚きつけて、アスリの語尾を歪めてしまったのであった。\n 当然、はにかんでいたユニスの頬も、より一歩踏み込んで恥ずかしくなる。語尾を取り違えた時点で、アスリもどういう訳か恥ずかしかったが、ユニスがこれほど恥ずかしくなってしまっては、ユニスの高い羞恥の水位が、2人の間の距離なき距離を破って、アスリの水面へと流れ込んでいくこととなる。その水流に、岸辺にあったユニスの顎も巻き込まれれば、こくりと小さく上下する。\n\n 頷いた。アスリも共感した通り、ユニスは恥ずかしいのだ。\n それでもアスリは、ユニスが知りたい。もじもじと弱く傾きつつあるユニスを頑張らせて、アスリの抱いた疑問を片づけなければならない。\n\n 薄く目を閉じたアスリは、水位の揃った水面に唇の舟を1艘浮かべて、送り出す。今度の行き先は対岸の唇でなく、ユニスの額だ。唇が触れてすぐ、アスリが舟を岸から離して、前歯で上下の唇を軽く噛めば、ユニスの汗の塩っぽさが、口中に広がっていった。\n\n 再びアスリが、ユニスを見つめなおした、恥ずかしいユニスの瞳の片隅には、一片の恍惚が差し込んでいる。ユニスに羞恥を肯定させ、その心の一部まで奪った今、アスリはあと少しユニスを攻めることで、喋れないユニスの口から、音が出せるようにできるかもしれない。\n\n「…………私、知りたいな?……どんな夢だったんか。」\n\n 顎を引き上目を作ったアスリが、言葉を放って右に首を右に傾げる。どう見ても女子にしか見えないユニスが、さらに女子に近づいていく。\n 効いた。ユニスの頭上には、今にも湯気が立ち込めそうだ。脳内の処理の限界を超えてオーバーヒートしているであろうユニスは、ひたすらに恥ずかしそうにするばかりで、汗を流すことしかできないし、もはやアスリに見せた恍惚も消え去っている。\n\n ただ、今のアスリの行動は、効果がありすぎたとしか言いようがなかった。全裸であることと、口づけをしたことを除けば、アスリに特段変則的なコミュニケーションを取ったつもりはなかったが、ユニスから反射してアスリにまで羞恥が返ってくることは想定外であった。\n 思わず、アスリは視線をユニスから外す。皮槍は真上を向いて、子どもでありながらも、女子ではないことをアスリに訴えている。\n\n「…………ほら、ユニス。アスリが知りたいって、お願いしてんじゃん?アスリのお願い、何でもやるんしょ?」\n\n 硬直するユニスに、たまらずティサが口を挟んだ。口調そのものは森の手助けであって、ユニスのアシストが目的であることはアスリも理解できる。\n しかし、内容自体は圧力だ。いくらティサを救うためであったとは言え、襲撃のあの日の軽口が、今もこうして尾を引いているのだから、無制限に何でもという言葉ほど恐ろしいものはない。\n\n「……………………。」\n\n まだ言えない。黙るユニスに、またアスリが目を合わせる。好きな人の目は、いつ、どんな時に見ても愛おしい。\n\n「…………ユニス?」\n\n 沈黙に、ティサもまた怒りとは異なった低さを声に乗せて、ユニスを呼んで促した。ティサも今は、ユニスのことを怒りたくないし、ユニスが好きなのだ。いびつな三角形に、魔性の変態の一角までここには控えているが、少なくともそのうちのふた角のベクトルの向き先は同一だ。\n\n「…………う、……おっ、俺…………。」\n\n 2方面からの愛が、ユニスが半開きにして固着させていた口元を動かし、喉を震わせた。ユニスが、夢を語りだそうとしている。\n\n アスリが待つ。ティサも待つ。あえてであろう、無言のラリーヤも、待つ。\n\n「…………ーっ、ふぅ…………。」\n\n 軽く息を吸って長く吐き出したユニスの吐息が、アスリの胸元へとかかる。それに合わせるかのように、ユニスはアスリから目を外し、視線を落とした。夢を語るには、不相応な格好だ。しかし、こうして進めることしか、ユニスにはできないのかもしれない。\n また、一呼吸が挟まれる。口下手なユニスだ。整理をしているのだろう。\n\n「……………………俺さ。」\n\n ユニスの声のトーンから、躊躇が消えた。代わりに、諦観が色濃く声に滲みだす。始まった。\n\n「……………………アスリん、その…………、結構前から、見てたって……、その、この前…………、言ったじゃん?」\n\n 気絶後、未だに続く快感の中、緩やかに戻りつつあったアスリの心拍が、ユニスの組み立てようとしている会話によって、途端に速さを取り戻した。たった3日前、ラリーヤから男女についてこの洞窟で習ったロマドウへの帰り道、ユニスに夕焼けの尋問を行った終盤、ほろりとユニスがこぼした、隠されていた事実の話だ。\n あの直前、アスリが川辺で牛のほか1人きりだと信じて、耽っていた母への謝罪を目にしたユニスは、よがるアスリに興味を持って、自らも弄んでしまったと自供していた。その独白時点まで、アスリの認識では、ユニスに見られてしまったのは、牛たちが獣に襲われ、ユニスが射貫いてくれた時の、たった1回であったはずであった。\n しかし、実のところユニスは、それよりずっと前から、アスリが例の川辺に牛たちを連れて来るたびにアスリを待ち伏せしたのか、都度気づいて駆けつけたのか、とにかく何らかでアスリの痴態を毎度毎度盗み見していたことまで、尋問の最後の最後で触れていた。今、ユニスが言うのもそのことであって、思い返すだけでアスリの腹の奥に泉が湧き、両目が凹んでしまいそうなほど、アスリの羞恥が煮え立つようである。\n\n「……バカ。なんでわざわざアスリが内緒にしてっこと、今言うん?アスリんことまで、恥ずかしくさせんでよ?」\n「いやティサ……、マジで言うけど、俺、今、マジで、クッソ恥ずかしいんよ?」\n「バカ。そんなん見て良い訳ないんに、こっそりアスリの水浴びと……、その……、見て、勝手に、まねっこして、自分でおちんちん気持ちよくしてたん、ユニスじゃん?」\n「んなん!!ティサだって、あん時、自分でたまにするっつってたし!!」\n「うっさい!!」\n\n 森が騒々しくなったが、2人の述べたことは概ねアスリが思い返していたことをなぞっている。ユニスはいつの間にか顔を上げ、ティサの方を見て、手振りまでつけてティサに反論する一方、アスリは視線を落とすしかない。皮槍は、語りながら何かを思い出したせいか、先ほどより少し硬くなっているように見える。\n\n「ねぇ、待って。んで?ユニスんその話、それが最初の話と、どうつながるん?」\n\n 逸れた話を元に戻すのは、もちろんラリーヤの役割だ。黙ることを中断し、2人を遮ったラリーヤに、ついアスリも目をやると、意外にもそこに悪はなく、むしろ神妙とも言えるほどに性の薄い表情である。ラリーヤとしても、ユニスの夢の真相に興味を抱いているのかもしれない。\n\n「………………いや。」\n\n またしてもユニスが、伏し目だ。直前までの威勢の良さは、一体何であったのか。こうなるとラリーヤも、悪が顔面に先行する。こちらはこちらで、直前の聞き分けの良さそうな顔は何であったのか。\n\n「なにぃ?アスリんことずっとこっそり見て、ひとりでちんちんよしよししてて、何が夢だったん?」\n「…………やめろよ。俺だって……。」\n「でも、ラリーヤ言う通りじゃん?」\n\n ラリーヤも、ティサも正しい。今一度ユニスが、ため息のように大きく呼吸をした。生ぬるい風が、アスリの胸上の2つの突起をかすめる。アスリの鼓動は、相変わらず早い。\n ユニスは2度目の観念だ。とがらせるようにした口元から、小さな声が今日も自白する。\n\n「…………最初、いっちばん最初……、俺、すんげー量の獲物来るってわかって、急いであの川行ったんよ。そしたら、遠くに人影あって、人んちのかって。でも、ほかに獲物いなかったし、しょうがないし、ずっと見てた。そんで、まだ名前も知らんかったけど、アスリが来て…………。」\n\n ユニスが、息を飲み込んだ。アスリの名前を口にしたのだから、アスリの方を見ても良さそうではあるが、ユニスの視線は一段沈み、立ち止まった。\n\n「……………………アスリが来て?」\n\n 前に進めと、ラリーヤがユニスの末尾を反芻する。もう悪を消して親身に人の話を聞く顔になっているのだから、ラリーヤは手ごわい。\n ところが、その上で間を取っても、ユニスは進もうとしなくなった。進まないが、アスリとしては、ユニスが言わんとするところが、自身の自慰であって、それをユニスが口に出したくないだけであることは容易に把握できる。\n おそらくラリーヤもティサも、察しはついているはずだ。ただ、その怠惰を、ティサはあえて許そうとしない。\n\n「…………ほら、何なん?アスリが来て?」\n\n 恥ずかしい。別にアスリはもう全て3人にさらけ出してしまっているし、自慰の習慣も自供している。しかし、それをあえて愛する人から、しかもこのようにもじもじとしながら、真正面で言葉に起こされることは厳しい。むしろ本能はそれこそが真髄だなどとのたまっているが、強い切なさの残り香で満ちている今のアスリの中で優勢なのは、理性である。\n\n「…………いいよ、ユニス。どうせ私が来て……、アレ、見て、どうとかっしょ?」\n「違う!!…………いや、その……、違くはないんけど、アスリ来た時は違くて!」\n「え……?」\n\n 半分はアスリの見立て通りであったものの、突拍子もない否定が頭にあった。深まる謎に、アスリの理性がさらに前に立とうとした時であった。\n\n アスリの背に残されたままだったユニスの両手が、するりとアスリを抱き寄せた。小さなアスリの膨らみは、引き締まったユニスの胸筋と触れ合い、アスリの顎はユニスの左肩に、ユニスの顎もまたアスリの左肩に、互い違いに交差する。\n 突然のユニスの行動に、アスリの両目は開く限り、まさに目いっぱいに開いていく。その目に飛び込んでくる奥の壁の文字は、アスリが意味を知らない文字だ。もしそこにアスリが意味を見出すなら、驚愕しかないだろう。\n\n「えっ、ちょっ!!ユニス!?!?」\n「んふふふふっ!」\n\n ティサも驚愕している。ラリーヤは、平常通りだ。\n ユニスの左手が、アスリのうなじの直上、後ろで1つに束ねる髪の真下を押さえた。右手はアスリの背筋を優しく撫で、ゾクゾクとした弱い稲妻が、アスリの背骨を下に向けて伝っていく。\n\n 左肩に、ユニスが重さをほんの少しだけ加える。ユニスが大きく吸った息が、吐かれた。ユニスが、アスリの匂いを嗅いだのだ。思えばユニスは、毒矢で朦朧としかけて、アスリに背負われていた時ですら、アスリの匂いを嗅ぎ、匂いに満足した旨を述べて、槍を硬直させていた。\n きっと今も、ユニスはアスリを嗅いで、落ち着いているのだ。落ち着きは、ユニスを男子にする。首の角度をよりアスリに近づけるようにしたユニスは、つぶやくように静かに、止まってしまった否定の続きを述べ始める。\n\n「………………アスリ来た時……、めちゃくちゃかわいい子来たって思って…………、見とれてた。」\n「ウソ………………?」\n\n 一言振り絞ったきり、全身の力が、アスリから失われた。枯れ木のように動けないアスリの心中では、青々とした大きな葉が、次々と茂っていく。\n ユニスはこれで終わらない。次まで語る。\n\n「…………そしたら、……そしたら!!アスリが!!アスリが!!………………はっ、裸になって………………!!」\n\n ユニスの抱きしめる力が、強くなる。ユニスから授かった力を、どうにかアスリもだらりと落ちた両腕に回し、ユニスの肩甲骨まで伸ばす。\n\n「……俺っ、俺っ!!それ見てたら、おかしくなりそうで…………!!しかもそのあと…………、女子って、こうなってんだって思って!!…………で、俺も、俺も、アスリみたく、してみたくて……、そしたら……、そしたら!!ホントにおかしくなって!!!」\n\n 肩にかかる息と、一言一言が熱い。熱すぎる。自慰がしたい。アスリは自慰がしたい。ユニスが今、アスリのことを女子として見て興奮し、初めて性に触れ合った記憶、すなわちアスリにとってなら高窓から注ぐ月光下の記憶を、アスリを抱きしめながら語っているのだ。\n つんざくような喉の奥の切なさに、アスリは涙を流したい。だが、涙で誤解されて、心配をかけて中断してはいけないのだから、我慢して鼻をすすらなければならない。自慰がしたい。\n\n「…………頭ん中、真っ白になった時、あのかわいい子のこと、もっと知りたい、仲良くなりたい、あと…………女子んとこ、もっ、もっと近くで見たい……、って思った……。でも、違う村の人なんわかってたから、無理だろうなって思って…………。」\n\n かわいそうだ。当時のユニスが、かわいそうである。アスリは首を、できるだけユニスの方へと倒して、傍にいることをユニスに精一杯伝える。\n\n「…………そっから、アスリ来る時、ずっと見てた。…………ごめん。……そのうち、いつか仲良くなって…………、そんで、そんで…………、近くで見たいってずっと思うようになって…………。夢って、だから……、そんなん。」"} |
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