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{"novel_id": "n0009cd", "chapter": 2, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0009cd/2/", "title": "第二話 婦人科部長室にて", "content": "「ジョージー、起きなさい! 私の椅子に座って寝ているなど、あなたは、いったいどういうつもりなの!? さっさと私のデスクから離れなさい!」\n 私は、サンダーソン先生の怒鳴り声で目を覚ました。先生が戻ってくるのを待っている間に、ついうたた寝をしてしまったらしい。\n「えっ……?」\n 左腕に着けている時計を覗きこむと、あれから七時間も過ぎていた。これでは、うたた寝どころではない──完全な熟睡だ。そのうえ、私は、なぜかサンダーソン先生のデスクで眠りこけていたのだ。\n あまりの出来事に自分のしでかしたことが信じられず、私は呆然となった。そんな私を睨みつけるをサンダーソン先生の鬼のような形相がとても恐ろしかった。\n 私は慌てて椅子から立ち上がろうとして、大きくふらついてしまった。頭の方は、驚愕したことによっで完全に目覚めていたのだが、体の方は、まだぐっすりと眠った状態だったらしい。それでも無理に立ち上がろうとしたので、私は膝が折れて床に跪いてしまった。\n「ジョージー、何をしているの!? さっさと立ちなさい。物乞いのように嘆願しても、私の考えは一切変わらないわよ! それとも、あなたお得意の口頭奉仕でもするつもりなのかしら? まあ、どちらにしても医師を目指そうとする教養ある女性がするようなことではないわ! ──それと、この椅子に座りたいのなら、あなたは婦人科部長になる必要があるわ。まあ、私には、それが実現できることとは思えないけど」\n 私は、その罵詈雑言を聞きつつ、よろよろと立ち上がり、机の前に置かれている硬い木製椅子に苦労して腰を下ろした。\n 一方、サンダーソン先生は、あたかも私の温もりが彼女の椅子を汚したかのように、その表面を神経質に拭いていた。そして、その作業を終えると革製の回転椅子に静かに座り、背もたれに寄りかかって机の上で両手を組んだ。\n 沈黙を守ったまま、人を射るような視線で私を見つめるサンダーソン先生の様子は、とても恐ろしかった。私は、それに対して、なんとか正面から向き合おうと試みたが、冷たく暗い眼差しに、一分と経たず、視線を下に落とさずにはいられなかった。\n サンダーソン先生は、怒っていた。これまでにないほど怒っていた。本当に心の底から怒っていた。\n 半日前に彼女が零した皮肉混じりの言葉、そして、たった今なされた罵詈雑言の数々……。品性卑しからぬ老婦人の言動とは、とても思えないものだった。聖ジョセフ病院に勤めるすべての医師や看護師から敬われている婦人科部長は、ふだん、このような悪し様な物言いなどは決して口にしない人なのだ。\n 私の途方に暮れた視線は、サンダーソン先生の机上を彷徨っていた。『婦人科部長』と刻印された彼女のネームプレートを通り過ぎ、黒と赤のボールペンが差し込まれている精神安定薬とバイアグラを宣伝するペン立てに向けられた。\n 謹厳実直で厳格な女性の机上にバイアグラの広告があるなんて、なんと逆説的なんだろう──とりとめもなく、そんなことを考えてしまう。\n そのとき、突然、サンダーソン先生が口を開いた。\n「ジョージー、今、あなたが目を留めたのは、どれかしら? このバイアグラ広告のペン立て? それとも隣の石膏標本かしら?」\n そう言われて、私は、初めてペン立ての隣に置かれた石膏標本に目を向けた。\n 男性の拳大の石膏標本は、女性の外性器を模したもので、マホガニーの厚板を台座にして、いかにも大事そうに飾られていた。その台座には金の銘板が取り付けられていたが、私の位置からでは文字を上手く読み取ることができない。\n「あなたが目を留めたのは、バイアグラ広告のペン立ての方だったわね。でも、今は女性器の石膏標本にとても興味を示しているわ」\n 確かに私は石膏で形作られているその標本模型の完成度に感心していた。\n 実に良くできている──異様に大きな陰核包皮と陰裂から大きくはみだしている小陰唇の形状や皺の寄り具合など、隅から隅まで本物そっくりだ。地の色が石膏の白色でなく、人肌と同じ色だったら、人体から切り出されて加工されたプラスティネーションと思ったかもしれない。\n「とてもよくできています。まるで本物ようです」\n 思ったままのことを答えれば、また何か言われるかもしれなかったが、とりあえず、正直な感想を述べた。\n「そうでしょうね」\n サンダーソン先生は、なぜか上機嫌で返事をした。\n「これほど見た目が本物そっくりにできている理由は、これが生身の女性から型取りされたものだからよ」\n「そのようなもの、いったい、どこで手に入れたのですか?」\n 私は、驚いて聞き返した。\n「私が自分の患者から型取りしたものよ。私はね、彼女の外性器を診察するたびに、そのとても明瞭な女性解剖学的な特徴に感嘆したものよ。それでね、歯科で使用するアルギン酸塩を入手して型取りしてみたの。そして、それに石膏を流し込んでみたら、予想していた以上に上手くできあがったわ」\n「歯科医の真似事などなさるなんて……」\n 私は、心底呆れかえってサンダーソン先生を見つめ返した。\n 名誉も立場もある聖ジョセフ病院の婦人科部長ともうあろう方が個人的な趣味で、このような際物を造っていたなどと他の医師や看護師たちに知れたら、どうなさるつもりなのだろうか?\n「あなたは、道楽だと思うかもしれないけど、これはこれで、とても役立つ教材なのよ──それに、ただの石膏標本にもかかわらず、これは確かにあなたの興味を引いたわ。あなたの心が、今、この瞬間にも性行為への衝動によって蝕まれていることを確かに証明しているわ」\n「そ、そのようなことはありません……」\n サンダーソン先生は、とんでもないことを言いだした。確かに石膏標本の出来具合には感嘆したけれど、べつにそれは性的な心理からではない。純粋に造形過程に興味を持っただけだ。\n「いいえ、間違いないわ。私に何度も言わせないでちょうだい。これまで、あなたが繰り返してきた奔放な性行為は、あなたたちの医学研修を、そして、ここ、聖ジョセフ病院での私たちの業務を大きく妨げているわ。──同僚や患者たちを口説くことが、あなたの仕事ではないわ。あなたの振る舞いは、この病院を著しく蝕んでいるわ」\n 白髪交じりのブロンドを掻き揚げて嘆息するサンダーソン先生に対して、私は何の言い訳もできなかった。\n「申し訳ありません……」\n 私には、その一言しか言葉がなかった。\n「私は、あなたに対して、どのように対処すればよいか、もうわからなくなったのよ。ジョージー、私はね、あなたの才能を高く評価して、その可能性を認めているの。だからこそ、これまで、数々の素行不良にもかかわらず、あなたを医学研修に留めてきたわ。それにね、私は、あなたのお母さまをとても評価しているわ。彼女は、私が受け持った中でも最高の研修医だったわ。そして、今、彼女の娘であるあなたがここにいるわ。私が受け持った中でも最も才能があり……そして、最もやる気がない研修医として。──ジョージー、私には、あなたを医学研修から外す以外に、もう他に手段がないわ」\n「お願いします、サンダーソン先生。私の母もお願いすると思います。つまりその……、私は、どうしても婦人科医学研修の課程を修了したいのです。──きっと何か方法があるはずです」\n 私は、サンダーソン先生の最終的な宣告に、思わず椅子から立ち上がって懇願していた。\n「いいえ、何もないわ。あなたは、これまであらゆる処罰に従ったし、その性衝動を抑えつける薬さえも服用したわ。でも、そのどれも効き目はなかったでしょ。もはや、あなたを医学研修から外すこと以外、どんな選択肢もあり得ないわ」\n「サンダーソン先生、きっと何かあるはずです。私は何でもします。たとえば留年してでも……」\n 私の『留年』という言葉に対し、サンダーソン先生は体をわずかに震わせて、恐れおののくように薄緑色の目を大きく見開く。\n「留年? とんでもないわ。どうして、別の研修クラスまで、あなたの毒牙に曝さなければならないの? あなたは今以上に楽しむことができるかもしれないけど、他の者たちは大迷惑よ。そんなこと許せるはずがないでしょう」\n 今の『留年』発言は藪蛇だったようだ。でも、おかげで、私がサンダーソン先生からまったく信用されていないと確信することができた。あとは、もう必死にお願いする以外に手段はない。そして、私の誠意を信じてもらうしかない。\n「サンダーソン先生、私は二度と過ちを犯しません。本当です。何でも言ってください。どんなことでもします……」\n「今さら、そんな懇願をするくらいなら、どうして、もっと真面目にしていなかったの? ともかく、今度、あなたのふしだらな行いを見つけたら、問答無用で医学研修から外しますからね」\n 私は安堵した。とりあえずは、今の医学研修から外されることは避けられた。あとは、どのような処罰が私に下されるかだけだ。\n「それで、私への処罰はどうなりますか?」\n サンダーソン先生は、本当に困ったような顔をして、私の処罰について話し始めた。\n「正直なところ、あなたへの処罰についてはとても悩んでいるわ。しばらく考えさせてもらっていいかしら。考えがまとまったら、あなたに処罰を与えることにするわ。でも、あなたが婦人科医学研修の課程に留まるつもりなら、どんなに厳しい処罰でも受け入れる覚悟が必要よ」\n「ええ、大丈夫です」\n これまで、それなりに厳しい処罰を受けてきた私は、自信満々で答えた。\n「ジョセフィーヌ・ホーカー、そんなに軽々しく同意してもいいの? たぶん、その処罰は、あなたにとって決して軽いものではないわよ」\n 白髪交じりの婦人科部長は、私を真剣に見つめながら、厳しい表情を浮かべた。\n「もちろんわかっています」\n「わかったわ。とりあえず、419号室に自分の荷物を運びなさい。今後、あなたは他の研修医たちのそばで寝起きしてはなりません」\n 四階の部屋? 確かに四階には誰も寄宿していない。でも、それは……。\n「419号室ですか? 昨年以来、四階は閉め切られていますが……」\n「ええ。フロアー全体が閉鎖されていて電源も切られているわ。でも、四階には配電室があって、その隣の部屋だけは電気を使うことができるわ。快適に過ごせるよう、看護助手に整えさせますから、安心なさい」\n サンダーソン先生からの説教が終わった。\n 私は、なんとか医学研修に留まれるチャンスを掴んだ。あとは、彼女が私への処罰を決め、それを私が受ければ、すべては丸く収まるのだ。\n「ありがとうございます、先生。私は、必ず立ち直ってみせます」\n しかし、サンダーソン先生は首を横に振りながら、そっと呟く。\n「本当かしらね? 私、もうあなたの言うことを素直に信じることができないわ」"}

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