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{"novel_id": "n0009cd", "chapter": 3, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0009cd/3/", "title": "第三話 419号室にて──臨床実習前", "content": " 私が自分一人だけで四階のフロアーで寝起きする『夜間謹慎』状態にされてから四日が過ぎた。\n 私に与えられた419号室は、ひと昔は病室として使われていたらしく、殺風景な部屋の雰囲気は、寮室というよりは遺体安置室に近かった。\n 本来は木目を見ることができたはずの天然木の板壁や天井板は木の温もりを奪うようにペンキで白く塗りつぶされていたし、カーペットで覆われているはずの床は、反対に浅黒く変色した板張りが剥きだしのままだった。\n また、備え付けの家具も部屋の中央に通常の寝台よりも大きめの病院ベッド、入り口正面の窓際に簡素な木製の机と椅子のセット、そして、右の壁際に仮に設置されたと思われる古いスチール製のクローゼットがあるだけだった。\n この部屋の中で、唯一、生活感を漂わせているものが左の壁際の板床に無造作に直置きした大小三つの段ボール箱だった。その中には、私の研修用の教本や資料、私物や着替えなどが詰め込まれている。\n 毎日寝ている病院ベッドは、白いシーツそこ掛けられていたが、クッションはほとんど入っておらず、とても固い寝心地だったが、それにも慣れ始めていた。ただ、ベッドの両サイドに立てられたポールとその付属物がやたらと気にかかって仕方がなかった。\n それは、向きを変えることができる逆L字型の金属製ポールで、先端部からあぶみが吊り下げられていた──もともとは、出産用か婦人科検診用のベッドとして使われていたものかもしれないが、私は、このあぶみを見る度に、自分の足がそれに乗せられている場面を想像してしまい、気分が異様に昂揚するのを止めることができないでいた。\n 私は、そのムラムラした気持ちを必死に抑えて、この四日間、ずっと自分自身に触れずに過ごしていた──今の私にとって、ステファニーとの逢瀬で感じたオルガズムが最後のものだった。だが、それもそろそろ限界が近づきつつあるようだ。\n 性的に成熟しきっている肉体は疼き始めていて、その精神も性的な快楽を求めて悲鳴を上げていた。もう二度と過ちは犯さないとサンダーソン先生に約束し、自分自身に対しても身を慎むと心に誓ったのだからと思い、なんとか耐え忍んでいたが、私の中に潜む性欲という名の猛獣を縛る鎖は、もう断ち切られる寸前だったのだ。\n そんな不安定な精神状態に陥り始めていた時、開けっ放しというか、壊れていて完全に閉まらないドアを形式的に軽くノックする音が響いた。そして、それにサンダーソン先生の落ちついたアルトが続く。\n「ごきげんよう。具合は、どうかしら?」\n「ごきげんよう、サンダーソン先生。どうぞ、お入りください」\n 部屋の中に入ってきたサンダーソン先生は、椅子に腰掛けている私ときちんとベッドメイキングされている病院ベッドへ交互に視線を走らせてから、ゆっくりと話しだす。\n「あなたがきちんと服を着ているなんて、とても信じられないわ。申し訳ないけど、私は、あなたがあられもない姿でベッドの中にいるのではないかと心配していたのよ」\n 危なかった──本当に危ういところだった。サンダーソン先生がやってくるのがもう少し遅かったら、私はまたもや過ちを犯しているところだった。さらにその現場を先生に押さえられ、何かもお終いにしていたかもしれなかった。\n「私は、あの話し合い以来、先生との約束を守って過ごしています」\n 内心の動揺などおくびにも出さず、私は即座に答える。\n「だからといって、あなたが処罰を免れることができるとは思わないでね。たとえ、今、あなたが身を慎んで過ごしているとしても、以前に犯した罪は消えていないわ。それは必ず償わなければならないことよ」\n 聖ジョセフ病院の婦人科部長は、老成した英知の輝きを深翠色の瞳にきらめかせ、口にする言葉を慎重に選びながら穏やかに話す。\n「でも、あなたの生活態度がとても良い状態であることと、これからのことを真剣に考えている姿を見ることができて、私はとても嬉しいわ。ここ四日間の研修態度も非常によかったし……。これでようやく、あなたのお母さまにも顔向けできるわ」\n「ありがとうございます……。これも先生のご指導の賜物です」\n 心の底からの感謝の意を真摯に伝える。\n「今日は、あなたの神経を静めるために、これを持ってきたわ。あなたが性行為を控えているのなら、あなたの体は少し過敏になっているはずよ。人間の体は新しい生活様式に順応するのに時間を要するわ──たとえ、すでに、あなたの心が順応していたとしてもね……」\n そう言いながらサンダーソン先生は、白衣のポケットからちょうど掌に乗るくらいのパッケージを取り出した。\n そのあまりのタイミングの良さに、私は、この老婦人の非凡な洞察力に対して畏敬の念を覚えた。また、その思いやりある心遣いにも感謝の気持ちでいっぱいになった。\n「ありがとうございます。ちょうど集中力が鈍り始めていたところです。それで、それは何ですか?」\n「何も心配はいらないわ。ただの精神安定薬よ」\n サンダーソン先生はそう言って、やさしく微笑みながら精神安定薬のパッケージを私の手にそっと握らせる。\n「明日は、いよいよ婦人科医学研修の最終課程よ。研修の内容は臨床実習だから、今晩は、これでぐっすりと寝て、明日に備えなさい」\n「はい、ありがとうございます」\n「それでは、ごきげんよう」\n 部屋を出ていくサンダーソン先生を見送った私は、精神安定薬のパッケージ表面に目を向けた。それは先生のデスクの上に置かれていたペン立てで宣伝されていたものだった。パッケージに印刷されている仕様を確認すると、成人の一回あたりの服用量は三粒だった。\n 私は、錠剤を三粒だけ取り出して掌の上に乗せた。その白い光沢を放つ丸い粒を見つめながら、必ず立ち直ってみせると、改めて自分自身に言い聞かせた。そして、それらを一気に飲み下した。"}

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