| {"novel_id": "n0011mo", "chapter": 16, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0011mo/16/", "title": "第十六章 満月の儀", "content": "満月の夜が、ついに訪れようとしていた。\n王都では、建国祭の最後を飾る「月の祝祭」が、例年通り盛大に開かれることになっていた。\n王城の大広間には、王族、貴族、騎士団、神官、そして各国からの使節までもが、一堂に会していた。\n表向きは、これまでと変わらぬ華やかな祝祭の夜だった。\nけれど、その裏側で、静かに、しかし着実に、破滅への時計の針が進んでいることを、この場にいる誰もが、まだ知らなかった。\nベルクレスト男爵邸の地下祭壇では、すでに儀式が始まろうとしていた。\nダミアンは、祭壇の中央で、自らの手に短刀を握りしめていた。\nその刃を、躊躇いなく自らの掌へと走らせる。\n滴り落ちる血が、石造りの祭壇に描かれた魔法陣を、静かに満たしていく。\n\n「数百年の悲願、今こそ果たされます」\n\nダミアンは、血にまみれた手を掲げながら、恍惚とした表情でそう祈った。\nその声には、これまでの彼が見せてきた、成功した商人としての体面など、もはや微塵も残っていなかった。\nただひたすらに、狂信的な悲願の成就だけを、その瞳に映していた。\n祭壇の中央に、ミレイユが静かに立った。\n彼女の赤い瞳は、地下の暗闇にもかかわらず、まるで満月の光を直接受けているかのように、妖しく輝き始めていた。\nその輝きは、これまで私達が見てきたどの瞬間よりも、はるかに強く、そして禍々しいものだった。\nその瞬間、王城の大広間で、異変が起きた。\n談笑していたはずの貴族達が、突然、頭を押さえて苦しみ始めたのだ。\n\n「う、うぅ……」\n「頭が……割れるように……」\n\n苦悶の声が、あちこちから上がる。\n中には、正気を失ったように錯乱し、隣にいたはずの友人を、まるで敵であるかのように睨みつけ、掴みかかる者まで現れ始めた。\n華やかだったはずの大広間は、瞬く間に、恐怖と混乱の坩堝と化していく。\nこれこそが、ダミアン達が企てていた儀式の正体だった。\n「魔眼の増幅」。\n直接その瞳を見ずとも、王都全体に恐怖そのものを拡散させる、恐るべき禁呪だった。\nたった一人の意志によって、これほどまでに広範囲の人々の心を、一斉に蝕むことができるとは、これまでの私達の想像を、はるかに超えるものだった。\nそして――その波は、例外なく私にも襲いかかった。\n\n「……あっ……!」\n\n突然、視界が真っ赤に染まる。\n頭蓋の内側を、灼熱の爪が掻きむしるような激痛。\n息が詰まり、膝から力が抜け、立っていられなくなるほどの圧倒的な恐怖が、全身を貫いた。\n以前、ミレイユの瞳に直接晒されたときとは比較にならない。\n儀式によって増幅された力は、明らかに桁違いだった。\n下腹の奥が、びくりと大きく痙攣する。\n\n「や……だめ……っ」\n\n熱いものが、意志に反して体内から押し上げてくる。\n私は思わず両足をきつく締め、裾を押さえた。\nけれど、一瞬の緩みで、わずか――本当にわずかだけ、熱い雫が漏れ出した。\n下着の一部が、じわりと温かく湿る。\nちびってしまった。\n羞恥と自己嫌悪が、恐怖と同時に込み上げてくる。\nまた、やってしまった。\nこんなところで、また制御を失いかけた。\nけれど。\n私は歯を食いしばり、下腹に力を込めた。\n……もう、漏らさない。\n絶対に、これ以上は漏らさない。\nあの日の大広間のように、床に水たまりを作って失禁するような惨めな姿は、もう二度と晒さない。\n父も、ルーカスも、あれほどの力に耐えてみせた。\nなら、私も――決壊だけは、絶対に許さない。\n震えながらも、私は漏れ出した熱をそこで食い止めた。\nそれ以上は、一滴たりとも外に出させない。\n荒い息を整えながら、苦しむ周囲の貴族たちを見渡す。\n頭を抱え、膝をつき、錯乱し、叫び声を上げる人々。\n確かに、皆が激しく苦しんでいる。\nなのに。\n……誰も、漏らしていない。\n床に染みが広がる様子も、羞恥に顔を真っ赤にして裾を押さえる姿も、見当たらない。\nあれほど強い恐怖の波を受けているというのに、彼らは、ただ苦痛に顔を歪めているだけだった。\n胸の奥が、冷たく沈む。\nもしかして……私たちは、人一倍、心が弱かったのかもしれない。\n同じ魔眼の恐怖を浴びても、普通の人はここまで羞恥で身体の自由を奪われない。\n私たちだけが、特別に脆く、特別に崩れやすく、ああまで簡単に公衆の面前でお漏らしをして、尊厳を失ってしまったのか。\nその自覚が、鋭く胸に突き刺さった。\n弱かった。\n私たちは、あまりにも弱かった。\nだからこそ、ミレイユにあそこまでつけ込まれた。\n……だからこそ、もう二度と、同じようには崩れない。\nその混乱の最中、修道院から戻ってきたばかりの老司祭が、大広間で声を張り上げた。\n\n「聖女を祭壇へ!」\n\nその叫びは、混乱する会場の中でも、はっきりと私の耳に届いた。\n老司祭は、私のもとへと駆け寄ってくる。\n\n「アイリス様、あなたが行かねばなりません」\n\nその言葉に、私は一瞬、身がすくむのを感じた。\n下着の湿りが、まだ生々しく残っている。\nけれど、周囲で苦しむ人々の姿を見た瞬間、迷っている時間などないことを、はっきりと悟った。\n父も、母も、ノエルも、クラリーチェも、そしてエルザも、皆がこの王都のどこかで、この恐怖に晒されている。\nこれ以上、誰かが傷つくのを、ただ見ているわけにはいかなかった。\n私は、静かに、けれどはっきりと答えた。\n\n「逃げません」\n\nその一言に、これまで積み重ねてきた恐怖と、そして決意のすべてが込められていた。\nあの舞踏会の夜、ただ膝を折ることしかできなかった自分とは、もう違う。\n何度もあの赤い瞳に晒されながら、それでも前を向こうとしてきた日々が、確かに私を、ここまで導いてくれていた。\nちびってしまった恥ずかしささえも、今は燃料にする。\n老司祭は、私の瞳をまっすぐに見つめ、深く頷いた。\n\n「聖堂の加護が、あなたを導くでしょう」\n\nその言葉を背に、私は大広間を後にした。\n本来であれば、真っ先に王城の奥、聖堂へと向かうべきなのかもしれない。\nけれど、私の脚は、自然と別の方向へと向かっていた。\nこの恐怖の根源――ベルクレスト家の地下祭壇へと。\n\n「アイリス様!」\n\n背後から、ノエルの声が聞こえた。\n振り返ると、彼女だけでなく、駆けつけたばかりのクラリーチェとエルザ、そして父の姿もそこにあった。\n父は、混乱する王城の中を掻き分けながら、私のもとへと辿り着いたのだった。\n四人。\n無事に、こうして揃った。\nだが――その姿を見た瞬間、私は息を呑んだ。\nノエルの淡い色のスカートは、太ももの途中から下へかけて、ぐっしょりと濃く色を変えて張り付いていた。\n布地が肌に吸い付くほど濡れ、歩くたびにいやらしく水気を含んだ音を立てている。\nエルザも同じだった。\n彼女の裾はさらにひどく、腰のあたりまで広範囲にびしょ濡れで、内側から滴り落ちた雫が床に小さな跡を残している。\n満月の儀式による増幅された恐怖の衝撃を、直で受けたのだ。\n二人とも、あの瞬間、完全に決壊してしまったのだろう。\n\n「一人では行かせません」\n\nノエルが、剣を握りしめながら、そう言った。\nその瞳には、あの日膝を折った少女の面影はもう、どこにもなかった。\n顔は真っ赤だ。\n耳まで羞恥で染まっている。\nスカートがぐっしょりと重く湿っていることを、本人が一番わかっているはずなのに。\nそれでも、ノエルは背筋を伸ばし、私をまっすぐに見据えていた。\n\n「わたくしも、これまでの調査を、決して無駄にはしたくありません」\n\nクラリーチェも、静かに、けれど強い口調でそう告げた。\n彼女の表情にも苦痛の色は残っていたが、裾に目立った染みはなかった。\nエルザが、びしょ濡れのスカートを気にすることもなく、拳を握りしめて続けた。\n\n「……見ての通り、衝撃で盛大にやってしまいました。走るたびに太ももの内側が熱くて、恥ずかしい。でも、もう羞恥には屈しません。これ以上、絶対に漏らさない。戦います」\n\nノエルも、自分のぐっしょりと濡れた裾に一瞬だけ視線を落としてから、はっきりと頷いた。\n\n「はい。死ぬほど恥ずかしいです。歩くたびに布がまとわりついて、自分の失禁を思い出させらけど、でも……このまま終わりたくありません。アイリス様と一緒に、行きます」\n\nその言葉に、私の胸が熱くなった。\n自分だけじゃない。\n彼女たちも、儀式の増幅された力を受けて、身体の自由を奪われ、スカートをぐっしょりと汚してしまった。\nそれでも、羞恥に沈んで立ち止まることを拒んでいる。\n覚悟がある。\n濡れそぼったスカートを晒したまま、それでも前へ進む覚悟が。\n父は、何も言わず、ただ深く頷いた。\nその表情には、娘を案じる親としての想いと、王国を守る騎士としての覚悟とが、同時に宿っていた。\n私達は、王城の喧騒を背に、夜の王都を駆け抜けた。\n月明かりだけが、私達の行く手を、静かに照らしている。\n向かう先は、王城ではなく、敵が待つベルクレスト家の地下祭壇だった。\nそこに、すべての元凶が存在している。\nそして、そこでこそ、この長い恐怖に、終止符を打たなければならない。\n風を切りながら、私は自分の胸の内に、静かに問いかけた。\n本当に、聖女の力とやらが、私の中に眠っているのだろうか。\n確かな自信など、どこにもなかった。\n下着の湿りが、走るたびに冷たく意識される。\nノエルとエルザのぐっしょりと濡れたスカートも、視界の端に入る。\n人一倍弱かったのかもしれない私たち。\nだからこそ、何度も辱められ、何度も漏らしてしまった私たち。\nけれど、迷っている時間は、もう残されていない。\n\n「必ず、止めてみせます」\n\n小さく、けれど確かな声で、私はそう呟いた。\nその言葉は、誰に聞かせるためのものでもなく、ただ、自分自身の決意を確かめるためのものだった。\n隣を走るノエルとエルザも、クラリーチェも、同じように強く頷いてくれた。\nぐっしょりと濡れたスカートを抱え、羞恥を噛みしめながらも、誰一人として遅れを取らない。\n満月の光が、私達の背中を、静かに、しかし力強く照らし続けていた。"} |
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