Krixter/Repo / n0011mo /19.json
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{"novel_id": "n0011mo", "chapter": 19, "url": "https://novel18.syosetu.com/n0011mo/19/", "title": "第十九章 王太子の涙", "content": "殿下の剣先は、私の目の前で、微動だにしなかった。\n黒く濁った瞳には、感情らしい感情の色が、まったく浮かんでいない。\nけれど、私は剣を下ろすことのないまま、静かに語りかけ始めた。\n\n「覚えていますか」\n\n問いかけるように、そう切り出す。\n\n「幼い頃、王宮の庭園で、あなたと一緒に駆け回ったことを」\n\n殿下の瞳が、ほんのわずかに揺れた気がした。\n私は、構わず言葉を続けた。\n\n「あなたはいつも、私より速く走ろうとして、よく転んでいましたね。それでも、決して泣かずに、また立ち上がって走り出していました」\n\n幼い日の記憶が、次々と蘇ってくる。\nまだ何の憂いもなかった、あの穏やかな時間。\n\n「私達は、いつか共に、この国を支えていくのだと。未来の王と、王妃になるのだと。何度も、そう誓い合いました」\n\n私の声には、自然と涙が滲んでいた。\nけれど、それでも言葉を止めるわけにはいかなかった。\n\n「辛いことがあるたびに、お互いを励まし合いましたね。あなたが重責に押し潰されそうになったとき、私はいつも、隣にいると誓いました」\n\n殿下の剣を握る手が、微かに震え始めた。\nその変化を、私は見逃さなかった。\n胸の奥で輝き続ける聖女の光が、その揺らぎに呼応するように、さらに強さを増していく。\n金色の輝きが、殿下を覆う黒い瞳の濁りへと、静かに、しかし確実に、浸透していった。\n魔眼の力と、聖女の光とが、殿下の内側で激しく衝突しているのが、傍から見ていても、はっきりとわかった。\n殿下は、剣を握ったまま、苦しげに顔を歪めた。\n\n「う……ぐ……」\n\n呻き声を漏らしながら、頭を抱えるようにして、その場に膝をつく。\n黒い瞳が、まるで氷が溶けていくかのように、少しずつ、その濁りを晴らしていった。\nそして、その瞳から、堪えきれないように、涙が溢れ出した。\n\n「私は……何を……」\n\nかすれた声で、そう呟く。\nその声には、これまでの虚ろさとは、まったく異なる、確かな苦悩の色が滲んでいた。\n洗脳が、解けていく。\n殿下は、震える手で自らの顔を覆いながら、これまで自分が行ってきたことのすべてを、一気に思い出していくようだった。\n理由もなく私との婚約を破棄したこと。\n忠実に仕えてきた重臣達を、次々と追放したこと。\n軍の指揮権を、敵の手に渡そうとしたこと。\nそして、忠言を呈しただけの老伯爵を、死に追いやってしまったこと。\nその記憶のすべてが、堰を切ったように、殿下の心へと押し寄せていく。\nさらに――その中に、どうしても目を背けられない、ひとつの光景が鮮明によみがえる。\nあの夜。\nミレイユの赤い瞳に晒され、恐怖に支配されたアイリスが、公衆の面前で大きなおっぱいを晒しながら膝から崩れ落ち、制御を失い、熱いものを止められずに溢れさせてしまった瞬間。\nドレスが濡れ、床に水たまりが広がり、おっぱいを晒しつつも羞恥に顔を真っ赤にして身を縮こまらせていたアイリスを。\n殿下は、隣で冷たく見下ろし、嘲るように言ったのだ。\n\n「みっともないな、アイリス」\n「婚約者として、恥ずかしくないのか」\n「そのような下品な胸を晒すな」\n「そんな醜態を晒す女を、王妃になどできるわけがない」\n\nミレイユと一緒に、アイリスを笑いものにした。\n最も近くで守るべきだったはずの人間が、誰よりも残酷に、失禁したアイリスを罵倒した。\nそれだけではない。\n夜会で、ミレイユの魔眼によってドレスを完全に破壊され、全裸にされた私たち四人。\n大きな胸を衆目に晒され、ちんちんのポーズを強要され、おっぱいを激しく揺らしながら失禁と潮吹きを繰り返したあの光景。\n殿下は、その場にいながら、私たちを庇うことも、止めることもせず、ただ操られたまま、冷たい視線を向けていた。\n全裸で辱められ、乳房を晒し、床を汚し続けていた婚約者を、何一つ守れなかった。\nいや――守れなかったどころか、あの場の空気に加勢する側にいた。\n\n「……あっ……あ……」\n\n殿下の喉から、苦しげな吐息が漏れる。\n\n「私は……アイリスに……そんな……おっぱいまで晒させて……全裸のまま……罵って……」\n\n婚約破棄の宣言だけではない。\n公衆の面前で尊厳を失い、泣きながら床を汚し、胸を露わにされていた婚約者を、さらに言葉で踏みにじり、全裸の恥辱を傍観した。\n「みっともない」「醜態」「王妃にふさわしくない」――自分が放ったその言葉のひとつひとつが、今になって鋭い刃となって自分の胸を抉る。\n全裸でちんちんのポーズをさせられ、大きな胸を揺らしながら失禁していたアイリスの姿が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。\n\n「酷いことを……した……。私は、婚約者に……取り返しのつかないことを……おっぱいを晒させ、全裸にさせ、それを笑った……」\n\n殿下は、耐えきれないというように、深く項垂れた。\n両手で顔を覆い、肩を激しく震わせる。\n\n「許されない……。アイリスを……あんな目に遭わせて、さらに罵って……夜会では全裸のまま見世物にされるのを止めもせず……私は……何ということを……」\n\n絞り出すような声だった。\nその言葉には、深い絶望が滲んでいた。\n自らが犯してきた過ちの重さに、押し潰されそうになっているのが、はっきりと伝わってくる。\n特に、失禁して羞恥に震え、胸を晒し、全裸にされていた私を、冷ややかに見下し、激しく罵倒し、守りもしなかった記憶が、彼の心を強く苛んでいるようだった。\n私は、静かに、けれど確かな声で、そんな殿下に告げた。\n\n「罪は消えません」\n\nその言葉に、殿下は肩を震わせた。\nけれど、私は続けた。\n\n「ですが、償うことはできます」\n\nその言葉に、殿下は、ゆっくりと顔を上げた。\n涙に濡れたその瞳には、これまで失われていた、確かな意志の光が、少しずつ戻り始めていた。\n私を見るその目には、明確な後悔と、苦しさが浮かんでいる。\n\n「……アイリス。私は、お前に……ひどいことを言った。漏らしてしまったお前を、笑って、罵って……おっぱいを晒され、全裸にされたお前を、何一つ守れなかった。婚約者として、人として、最低のことを……」\n\n声が、途切れる。\nそれでも彼は、視線を逸らさなかった。\n\n「すまない。本当に……すまなかった」\n\n私は、その言葉をまっすぐに受け止めた。\n胸の奥が、熱くなる。\nあの日の傷が、完全に消えることはないかもしれない。\nけれど、今、こうして彼が自分の意志で苦しみ、後悔し、謝罪しているという事実は、確かにここにある。\n\n「……今は、それよりも」\n\n私は静かに首を振った。\n\n「一緒に、終わらせましょう」\n\n殿下は、震える手で、剣を握り直した。\nけれど、その切っ先は、もう私に向けられてはいなかった。\n最後に残った力を振り絞るように、殿下は立ち上がり、黒い霧の存在――かつて封印されたはずの魔眼教団の創始者へと、その刃を向けた。\n\n「貴様が……私の心を、王国を……」\n\n低く、けれど確かな怒りを込めた声だった。\nかつての、公正さと誇りを重んじた殿下の姿が、そこには確かに戻ってきていた。\n婚約者を辱め、失禁した彼女を罵倒し、全裸の恥辱を傍観するよう仕向けた仇を、今度は自らの意志で討つために。\n黒い霧の存在は、その様子を見て、忌々しげに呻いた。\n\n「愚かな……」\n\nその声には、初めて、明確な苛立ちが滲んでいた。\nこれまで完全に支配していたはずの器が、聖女の光によって、自らの意志を取り戻してしまったのだから、当然のことだったのかもしれない。\n私は、殿下と共に、その存在へと向き直った。\n胸の中の光は、なおも輝きを増し続けている。\n一人では成し得なかったかもしれない。\nけれど、共に立ち上がった今、この絶望的な状況の中にも、確かな希望の光が見えていた。\n殿下が、静かに、けれど力強く口を開いた。\n\n「共に、終わらせよう」\n\nその言葉に、私は深く頷いた。\nかつて婚約者として、そして今は、共にこの王国を守るべき同志として。\n私達は、並び立ち、最後の戦いへと向き直った。"}

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