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アンパサンド
アンパサンド(&, 英語: ampersand)は、並立助詞「...と...」を意味する記号である。ラテン語で「...と...」を表す接続詞 "et" の合字を起源とする。現代のフォントでも、Trebuchet MS など一部のフォントでは、"et" の合字であることが容易にわかる字形を使用している。 英語で教育を行う学校でアルファベットを復唱する場合、その文字自体が単語となる文字("A", "I", かつては "O" も)については、伝統的にラテン語の per se(それ自体)を用いて "A per se A" のように唱えられていた。また、アルファベットの最後に、27番目の文字のように "&" を加えることも広く行われていた。"...
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アンパサンド
現代のイタリック体のアンパサンドは、ルネサンス期に発展した筆記体での et の合字にさかのぼる。1455年のヨーロッパにおける印刷技術の発明以降、印刷業者はイタリック体とローマ筆記体のアンパサンドの両方を多用するようになった。アンパサンドのルーツはローマ時代にさかのぼるため、ラテンアルファベットを使用する多くの言語でアンパサンドが使用されるようになった。 アンパサンドはしばしばラテンアルファベットの最後の文字とされることがあった。たとえば1011年のByrhtferthの文字表がその例である。同様に、"&" は英語アルファベットの27番目の文字とされ、アメリカ合衆国やその他の地域でも、子供達はアンパサンドはアルファベットの最後の文字...
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アンパサンド
アンパサンドは、ティロ式記号の et ("⁊", Unicode U+204A) とは別のものである。ティロ式記号の et は、アンパサンドと意味は同じだが数字の「7」に似た形の記号である。両者はともに古代から使用され、中世を通してラテン語の et を表すために使用された。しかし、アンパサンドとティロ式記号の et はそれぞれ独立に発明されたものである。ラテン文字から発展した古アイルランド語の文字では、アイルランド語の agus(「...と...」)を表すためにティロ式記号の et が使用されていた。今日はゲール文字の一部として主に装飾的な目的で使用されている。この文字はアイルランドにおけるキリスト教時代初期に修道院の影響によって書...
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言語
言語(げんご)は、狭義には「声による記号の体系」をいう。 広辞苑や大辞泉には次のように解説されている。 『日本大百科全書』では、「言語」という語は多義である、と解説され、大脳の言語中枢(英語版)に蓄えられた《語彙と文法規則の体系》を指すこともあり、その体系を用いる能力としてとらえることもある、と解説され、一方では、抽象的に「すべての人間が共有する言語能力」を指すこともあり、「個々の個別言語」を指すこともある、と解説されている。 広義の言語には、verbalな(言葉に表す)ものとnon-verbalな(言葉として表されない)もの(各種記号、アイコン、図形、ボディーランゲージ等)の両方を含み、日常のコミュニケーションでは狭義の言語表現に...
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言語
言語にはさまざまな分類がある。口語、口頭言語、書記言語、文語、といった分類があるが、重なる部分もありはっきり分類できるものでもない。また屈折語・膠着語・孤立語といったような分類もある。詳細は言語類型論を参照。 言語的表現は読み上げによって音声表現、点字化により触覚表現に変換されるが、言語的表現の特性は保存され、視覚的に表現されたものと同等に取り扱うことができる。 手話に関しては「日本語対応手話」は一般の日本語の話し言葉や書き言葉と同一の言語の「視覚言語バージョン」であるが、「日本手話」は一般の日本語とは異なる言語と考えられており、そちらは音声言語や文字言語とは異なる「視覚言語」ということになるなど、分類は単純ではない。 以上の自然発...
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言語
近年、話者数が非常に少ない言語が他言語に飲み込まれて消滅し、新たに死語と化すことが問題視されるようになり、消滅の危機にある言語を危機言語と呼ぶようになった。これは、世界の一体化が進み、交通網の整備や流通の迅速化、ラジオ・テレビといったマスメディアの発達によってそれまで孤立を保っていた小さな言語がそのコミュニティを維持できなくなるために起こると考えられている。より大きな視点では英語の国際語としての勢力伸張による他主要言語の勢力縮小、いわゆる英語帝国主義もこれに含まれるといえるが、すくなくとも21世紀初頭においては英語を母語とする民族が多数派を占める国家を除いては英語のグローバル化が言語の危機に直結しているわけではない。言語消滅は、隣接...
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言語
生物の場合には、進化が止まった生物が現在も生き残っている「生きている化石」と呼ばれるものがある。また、一見似ている2種類が全然別の種類から進化していたというケースもある。言語にも同じような現象が起きており、その変化の速度は一定ではなく、侵略・交易・移動等他民族との接触が多ければ、その時言語も大きく変化する。代表例として英語、フランス語、ルーマニア語、アルバニア語、アルメニア語等がある。逆に接触が少ないとほとんど変化しなくなる。代表例としてドイツ語、アイスランド語、ギリシャ語、スラヴ語派、バルト語派、サンスクリット語等があり、特にアイスランド語は基本文法が1000年前とほとんど変っていない。 言語はもともといくつかの祖語から分化したと...
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言語
中世の世界においてはしばしば、文語と日常使用する言語との間には隔たりがみられ、なかには中世ヨーロッパにおけるラテン語のようにその土地の言葉と全く異なる言語を文章語として採用している世界も存在した。ラテン語は欧州において知識人の間の共通語として用いられ、ルネサンスなどで大きな役割を果たしたが、やがて印刷術の発展や宗教改革などによって各国において使用される日常言語が文語として用いられるようになった。この際、それまで方言の連続体しか持たなかった各国において、その言語を筆記する標準的な表記法が定まっていき、各国において国内共通語としての標準語が制定されるようになった。これは出版物などによって徐々に定まっていくものもあれば、中央に公的な言語統...
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言語
現在世界に存在する言語の数は千数百とも数千とも言われる。1939年にアメリカのルイス・ハーバート・グレイ(en:Louis Herbert Gray)は著書 Foundations of Language において「2796言語」と唱え、1979年にドイツのマイヤーが4200から5600言語と唱えており、三省堂の『言語学大辞典』「世界言語編」では8000超の言語を扱っている。 しかし、正確に数えることはほぼ不可能である。これは、未発見の言語や、消滅しつつある言語があるためだけではなく、原理的な困難があるためでもある。似ているが同じではない「言語」が隣り合って存在しているとき、それは一つの言語なのか別の言語なのか区別することは難しい。...
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言語
逆に、中国においては北京語やそれを元に成立した普通話と、上海語や広東語といった遠隔地の言語とは差異が大きく会話が成立しないほどであるが、書き言葉は共通であり、またあくまでも中国語群には属していて対応関係が明確であるため、これら言語はすべて中国語内の方言として扱われている。 同じ言語かどうかを判定する基準として、相互理解性を提唱する考えがある。話者が相手の言うことを理解できる場合には、同一言語、理解できない場合には別言語とする。相互理解性は言語間の距離を伝える重要な情報であるが、これによって一つの言語の範囲を確定しようとすると、技術的難しさにとどまらない困難に直面する。一つは、Aの言うことをBが聞き取れても、Bの言うことをAが聞き取れ...
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言語
ある言語同士が独立の言語同士なのか、同じ言語の方言同士なのかの判定は非常に恣意的であるが、その一方で、明確に系統関係が異なる言語同士は、たとえ共通の集団で話されていても、方言同士とはみなされないという事実も有る。たとえば、中国甘粛省に住む少数民族ユーグ族は西部に住むものはテュルク系の言語を母語とし、東部に住むものはモンゴル系の言語を母語としている。両者は同じ民族だという意識があるが、その言語は方言同士ではなく、西部ユーグ語、東部ユーグ語と別々の言語として扱われる。また海南島にすむ臨高人も民族籍上は漢民族であるが、その言語は漢語の方言としては扱われず、系統どおりタイ・カダイ語族の臨高語として扱われる。 使用する文字は同言語かどうかの判...
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言語
上記の資料で英語の話者人口は4位だが、公用語としては55か国と最も多くの国で話されている。さらに、英語はアメリカ合衆国やイギリスの公用語であるため世界で広く重要視されている。世界の一体化に伴い研究やビジネスなども英語で行われる場面が増え、非英語圏どうしの住民の交渉においても共通語として英語を使用する場合があるなど、英語の世界共通語としての影響力は増大していく傾向にある。 英語に次ぐ国際語としては、17世紀から19世紀まで西洋で最も有力な国際語であったフランス語が挙げられる。フランス語の話者は2億3000万人とトップ5にも入らないが、フランス語を公用語とする国々はアフリカの旧フランス植民地を中心に29カ国にのぼる。 話者数7位のアラビ...
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言語
こうした場合、言語圏別に大きな自治権を与えたり、国家の公用語を複数制定したりすることなどによって少数派言語話者の不満をなだめる政策はよく用いられる。言語圏に強い自治権を与える典型例はベルギーで、同国では1970年に言語共同体が設立され、数度の変更を経てフラマン語共同体、フランス語共同体、ドイツ語共同体の3つの言語共同体の併存する連邦国家となった。公用語を複数制定する例ではスイスが典型的であり、それまでドイツ語のみであった公用語が1848年の憲法によってドイツ語・フランス語・イタリア語の三公用語制となり、さらに1938年にはロマンシュ語が国語とされた。この傾向が特に強いのはインドであり、1956年以降それまでの地理的な区分から同系統の...
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言語
詳細は心理言語学及び、神経言語学を参照 言語機能は基本的にヒトに固有のものであるため、言語の研究には少数の例外を除き動物モデルを作りにくい。そのため、脳梗塞などで脳の局所が破壊された症例での研究や、被験者に2つの単語を呈示しその干渉効果を研究するなどの心理学的研究が主になされてきたが、1980年代後半より脳機能イメージング研究が手法に加わり、被験者がさまざまな言語課題を行っているときの脳活動を視覚化できるようになった。 古典的なブローカ領域、ウェルニッケ領域のほか、シルヴィウス裂を囲む広い範囲(縁上回、角回、一次・二次聴覚野、一次運動野、体性感覚野、左前頭前野、左下側頭回)にわたっている。脳梗塞などで各部が損傷されると、それぞれ違っ...
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日本語
日本語(にほんご、にっぽんご)は、日本国内や、かつての日本領だった国、そして国外移民や移住者を含む日本人同士の間で使用されている言語。日本は法令によって公用語を規定していないが、法令その他の公用文は全て日本語で記述され、各種法令において日本語を用いることが規定され、学校教育においては「国語」の教科として学習を行うなど、事実上日本国内において唯一の公用語となっている。 使用人口について正確な統計はないが、日本国内の人口、及び日本国外に住む日本人や日系人、日本がかつて統治した地域の一部住民など、約1億3,000万人以上と考えられている。統計によって前後する場合もあるが、この数は世界の母語話者数で上位10位以内に入る人数である。 また第一...
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日本語
待遇表現の面では、文法的・語彙的に発達した敬語体系があり、叙述される人物どうしの微妙な関係を表現する(「待遇表現」の節参照)。 日本語は地方ごとに多様な方言があり、とりわけ琉球諸島で方言差が著しい(「方言」の節参照)。近世中期までは京都方言が中央語の地位にあったが、近世後期には江戸方言が地位を高め、明治以降の現代日本語では東京山の手の中流階級以上の方言(山の手言葉)を基盤に標準語(共通語)が形成された(「標準語」参照)。 表記体系はほかの諸言語と比べて極めて複雑かつ柔軟性の高さが特徴である。漢字(国字を含む。音読みおよび訓読みで用いられる)と平仮名、片仮名が日本語の主要な文字であり、常にこの3種類の文字を組み合わせて表記する(「字種...
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日本語
日本では、テレビやラジオ、映画などの放送、小説や漫画、新聞などの出版の分野でも、日本語が使われることがほとんどである。国外のドラマや映画が放送される場合でも、基本的には日本語に訳し、字幕を付けたり声を当てたりしてから放送されるなど、受け手が日本語のみを理解することを前提として作成される。原語のまま放送・出版されるものも存在するが、それらは外国向けに発表される前提の論文、もしくは日本在住の外国人、あるいは原語の学習者など限られた人を対象としており、大多数の日本人に向けたものではない。 日本国外では、主として、中南米(ペルー・ブラジル・ボリビア・ドミニカ共和国・パラグアイなど)やハワイなどの日本人移民の間に日本語の使用がみられるが、3世...
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日本語
「日本語」の範囲を本土方言のみとした場合、琉球語が日本語と同系統の言語になり両者は日琉語族を形成する。 琉球列島(旧琉球王国領域)の言葉は、日本語と系統を同じくする別言語(琉球語ないしは琉球諸語)とし、日本語とまとめて日琉語族とされている。共通点が多いので「日本語の一方言(琉球方言)」とする場合もあり、このような場合は日本語は「孤立した言語」という位置づけにされる。 日本語(族)の系統については明治以来様々な説が議論されてきたが、いずれも他の語族との同系の証明に至っておらず、不明のままである。 アルタイ諸語に属するとする説は、明治時代末から特に注目されてきた。その根拠として、古代の日本語(大和言葉)において語頭にr音(流音)が立たな...
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日本語
紀元8世紀までに記録された朝鮮半島の地名(「高句麗地名」を指す)の中には、満州南部を含む朝鮮半島中部以北に、意味や音韻で日本語と類似した地名を複数見いだせる。これを論拠として、古代の朝鮮半島では朝鮮語とともに日本語と近縁の言語である「半島日本語」が話されていたと考えられている。 また、高句麗語に鉛(なまり)=那勿(ナムル)、泉(いずみ)=於乙、土(つち)は内、口(くち)は口次と呼んでいた記録があり、高句麗の武将である泉蓋蘇文は日本書紀で伊梨柯須彌(イリカスミ)と記録されていて、泉(いずみ)は高句麗語で於乙(イリ)と呼ばれていたことが分かる。件の地名が高句麗の旧領域内に分布していることから、多くの研究は半島日本語は「高句麗語」であると...
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日本語
ドラヴィダ語族との関係を主張する説もあるが、これを認める研究者は少ない。大野晋は日本語が語彙・文法などの点でタミル語と共通点を持つとの説を唱えるが、比較言語学の方法上の問題から批判が多い また、レプチャ語・ヘブライ語などとの同系論も過去に存在したが、これに関してはほとんど疑似科学の範疇に収まる。 日本語話者は普通、「いっぽん(一本)」という語を、「い・っ・ぽ・ん」の4単位と捉えている。音節ごとにまとめるならば [ip̚.poɴ] のように2単位となるところであるが、音韻的な捉え方はこれと異なる。音声学上の単位である音節とは区別して、音韻論では「い・っ・ぽ・ん」のような単位のことをモーラ(拍)と称している。 日本語のモーラは、大体は仮...
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日本語
なお、五十音図は、音韻体系の説明に使われることがしばしばあるが、上記の日本語モーラ表と比べてみると、少なからず異なる部分がある。五十音図の成立は平安時代にさかのぼるものであり、現代語の音韻体系を反映するものではないことに注意が必要である(「日本語研究史」の節の「江戸時代以前」を参照)。 母音は、「あ・い・う・え・お」の文字で表される。音韻論上は、日本語の母音はこの文字で表される5個であり、音素記号では以下のように記される。 一方、音声学上は、基本の5母音は、それぞれ に近い発音と捉えられる。̈ は中舌寄り、̠ は後寄り、̜ は弱めの円唇、̹ は強めの円唇、˕ は下寄り、˔ は上寄りを示す補助記号である。 日本語の「あ」は、国際音声記...
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日本語
円唇性の弱さを強調するために、[ɯ] を使うこともあるが、これは本来朝鮮語に見られる、iのような完全な張唇でありながら、u のように後舌の狭母音を表す記号であり、円唇性が減衰しつつも残存し、かつ後舌よりやや前よりである日本語の母音「う」の音声とは違いを有する。またこの種の母音は、唇と舌の連関から外れるため、母音数5以上の言語でない限り、発生するのは稀である。「う」は唇音の後ではより完全な円唇母音に近づく(発音の詳細はそれぞれの文字の項目を参照)。一方、西日本方言では「う」は東京方言よりも奥舌で、唇も丸めて発音し、[u] に近い。 音韻論上、「コーヒー」「ひいひい」など、「ー」や「あ行」の仮名で表す長音という単位が存在する(音素記号で...
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日本語
単語末や無声子音の間に挟まれた位置において、「イ」や「ウ」などの狭母音はしばしば無声化する。たとえば、「です」「ます」は [de̞su̜̟̥] [mäsu̜̟̥] のように発音されるし、「菊」「力」「深い」「放つ」「秋」などはそれぞれ [kji̠̥ku̜̟] [ʨi̠̥käɾä] [ɸu̜̟̥käi̠] [hänäʦu̜̟̥] [äkji̠̥] と発音されることがある。ただしアクセント核がある拍は無声化しにくい。個人差もあり、発話の環境や速さ、丁寧さによっても異なる。また方言差も大きく、たとえば近畿方言ではほとんど母音の無声化が起こらない。 「ん」の前の母音は鼻音化する傾向がある。また、母音の前の「ん」は前後の母音に近似の鼻母音にな...
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日本語
「ら行」の子音は、語頭では [ɺ]、「ん」の後のら行は英語の [l] に近い音を用いる話者もある。一方、「あらっ?」というときのように、語中語尾に現れる場合は、舌をはじく [ɾ] もしくは [ɽ] となる。 標準日本語およびそれの母体である首都圏方言(共通語)において、「わ行」の子音は、上で挙げた同言語の「う」と基本的な性質を共有し、もう少し空気の通り道の狭い接近音である。このため、[u] に対応する接近音[w] と、[ɯ] に対応する接近音[ɰ] の中間、もしくは微円唇という点で僅かに [w] に近いと言え、軟口蓋(後舌母音の舌の位置)の少し前よりの部分を主な調音点とし、両唇も僅かに使って調音する二重調音の接近音といえる。このため...
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日本語
「ざ行」の子音は、語頭や「ん」の後では破擦音(破裂音と摩擦音を合わせた [d͡z] などの音)を用いるが、語中では摩擦音([z] など)を用いる場合が多い。いつでも破擦音を用いる話者もあるが、「手術(しゅじゅつ)」などの語では発音が難しいため摩擦音にするケースが多い。なお、「だ行」の「ぢ」「づ」は、一部方言を除いて「ざ行」の「じ」「ず」と同音に帰しており、発音方法は同じである。 母音「い」が後続する子音は、独特の音色を呈する。いくつかの子音では、前舌面を硬口蓋に近づける口蓋化が起こる。たとえば、「か行」の子音は一般に [k] を用いるが、「き」だけは [kj] を用いるといった具合である。口蓋化した子音の後ろに母音「あ」「う」「お」...
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日本語
また、「に」の子音は多くは口蓋化した [nj] で発音されるが、硬口蓋鼻音 [ɲ] を用いる話者もある。同様に、「り」に硬口蓋はじき音を用いる話者や、「ち」に無声硬口蓋破裂音 [c] を用いる話者もある。 そのほか、「は行」では「ふ」の子音のみ無声両唇摩擦音 [ɸ] を用いるが、これは「は行」子音が [p] → [ɸ] → [h] と変化してきた名残りである。五十音図では、奈良時代に音韻・音声でp、平安時代に[ɸ]であった名残で、両唇音のカテゴリーに入っている。外来語には [f] を用いる話者もある。これに関して、現代日本語で「っ」の後ろや、漢語で「ん」の後ろにハ行が来たとき、パ行(p)の音が現れ、連濁でもバ行(b)に変わり、有音声...
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日本語
日本語は、一部の方言を除いて、音(ピッチ)の上下による高低アクセントを持っている。アクセントは語ごとに決まっており、モーラ(拍)単位で高低が定まる。同音語をアクセントによって区別できる場合も少なくない。たとえば東京方言の場合、「雨」「飴」はそれぞれ「ア\メ」(頭高型)、「ア/メ」(平板型)と異なったアクセントで発音される(/を音の上昇、\を音の下降とする)。「が」「に」「を」などの助詞は固有のアクセントがなく、直前に来る名詞によって助詞の高低が決まる。たとえば「箸」「橋」「端」は、単独ではそれぞれ「ハ\シ」「ハ/シ」「ハ/シ」となるが、後ろに「が」「に」「を」などの助詞が付く場合、それぞれ「ハ\シガ」「ハ/シ\ガ」「ハ/シガ」となる...
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日本語
また共通語のアクセントでは、単語や文節のみの形で発音した場合、「し/るしが」「た/ま\ごが」のように1拍目から2拍目にかけて音の上昇がある(頭高型を除く)。しかしこの上昇は単語に固有のものではなく、文中では「あ/かいしるしが」「こ/のたま\ごが」のように、区切らずに発音したひとまとまり(「句」と呼ぶ)の始めに上昇が現れる。この上昇を句音調と言い、句と句の切れ目を分かりやすくする機能を担っている。一方、アクセント核は単語に固定されており、「たまご」の「ま」の後の下がり目はなくなることがない。共通語の音調は、句の2拍目から上昇し(句の最初の単語が頭高型の場合は1拍目から上昇する)、アクセント核まで平らに進み、核の後で下がる。従って、句頭...
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日本語
上記の文は、いずれも「S‐P」構造、すなわち主述構造をなす同一の文型である。英語などでは、それぞれ「SVC」「SV」「SVC」の文型になるところであるから、それにならって、1を名詞文、2を動詞文、3を形容詞文と分けることもある。しかし、日本語ではこれらの文型に本質的な違いはない。そのため、日本語話者の英語初学者などは、「I am a president.」「I am happy.」と同じ調子で「I am go.」と誤った作文をすることがある。 また、日本語文では、主述構造とは別に、「題目‐述部」からなる「題述構造」を採ることがきわめて多い。題目とは、話のテーマ(主題)を明示するものである(三上章は「what we are talki...
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日本語
これらの文では、題目「象は」に続く部分全体が「述部」である。 大野晋は、「が」と「は」はそれぞれ未知と既知を表すと主張した。たとえば においては、前者は「佐藤はどの人物かと言えば(それまで未知であった)私が佐藤です」を意味し、後者は「(すでに既知である)私は誰かと言えば(田中ではなく)佐藤です」となる。したがって「何」「どこ」「いつ」などの疑問詞は常に未知を意味するから「何が」「どこが」「いつが」となり、「何は」「どこは」「いつは」とは言えない。 ジョーゼフ・グリーンバーグによる構成素順(「語順」)の現代理論は、言語によって、句が何種類か存在することを認識している。それぞれの句には主要部があり、場合によっては修飾語が同句に含まれる。...
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日本語
また、主要部終端型の性質は重文でも見られる。他言語では、一般的に重文構造において、構成節の繰り返しを避ける傾向にある。例えば、英語の場合、「Bob bought his mother some flowers and bought his father a tie」の文を2番目の「bought」を省略し、「Bob bought his mother some flowers and his father a tie」とすることが一般的である。しかし、日本語では、「ボブはお母さんに花を買い、お父さんにネクタイを買いました」であるところを「ボブはお母さんに花を、お父さんにネクタイを買いました」というように初めの動詞を省略する傾向にある。...
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日本語
この考え方に従えば、英語式の観点からは「主語が省略されている」としかいいようがない文をうまく説明することができる。たとえば、 などは、いわゆる主語のない文である。しかし、日本語の文では述語に中心があり、補語を必要に応じて付け足すと考えれば、上記のいずれも、省略のない完全な文と見なして差し支えない。 今日の文法学説では、主語という用語・概念は、作業仮説として有用な面もあるため、なお一般に用いられている。一般的には格助詞「ガ」を伴う文法項を主語と見なす。ただし、三上の説に対する形で日本語の文に主語が必須であると主張する学説は、生成文法や鈴木重幸らの言語学研究会グループなど、主語に統語上の重要な役割を認める学派を除いて、少数派である。森重...
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日本語
学校図書を除く四社の教科書では、単文節でできているものを「主語」のように「-語」と呼び、連文節でできているものを「主部」のように「-部」と呼んでいる。それに対し学校図書だけは、文節/連文節どうしの関係概念を「-語」と呼び、いわゆる成分(文を構成する個々の最大要素)を「-部」と呼んでいる。 以下、学校文法の区分に従いつつ、それぞれの文の成分の種類と役割とについて述べる。 文を成り立たせる基本的な成分である。ことに述語は、文をまとめる重要な役割を果たす。「雨が降る。」「本が多い。」「私は学生だ。」などは、いずれも主語・述語から成り立っている。教科書によっては、述語を文のまとめ役として最も重視する一方、主語については修飾語と併せて説明する...
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日本語
体言に係る修飾語である(体言については「自立語」の節を参照)。「私の本」「動く歩道」「赤い髪飾り」「大きな瞳」の「私の」「動く」「赤い」「大きな」は連体修飾語である。鈴木重幸・鈴木康之・高橋太郎・鈴木泰らは、ものを表す文の成分に特徴を付与し、そのものがどんなものであるかを規定(限定)する文の成分であるとして、連体修飾語を「規定語」(または「連体規定語」)と呼んでいる。 「疲れたので、動けない。」「買いたいが、金がない。」の「疲れたので」「買いたいが」のように、あとの部分との論理関係を示すものである。また、「今日は晴れた。だから、ピクニックに行こう。」「君は若い。なのに、なぜ絶望するのか。」における「だから」「なのに」のように、前の文...
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日本語
現行の学校文法では、英語にあるような「目的語」「補語」などの成分はないとする。英語文法では「I read a book.」の「a book」はSVO文型の一部をなす目的語であり、また「I go to the library.」の「the library」は前置詞とともに付け加えられた修飾語と考えられる。一方、日本語では、 のように、「本を」「図書館へ」はどちらも「名詞+格助詞」で表現されるのであって、その限りでは区別がない。これらは、文の成分としてはいずれも「連用修飾語」とされる。ここから、学校文法に従えば、「私は本を読む。」は、「主語‐目的語‐動詞」(SOV) 文型というよりは、「主語‐修飾語‐述語」文型であると解釈される。 鈴木...
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日本語
日本語では、修飾語はつねに被修飾語の前に位置する。「ぐんぐん進む」「白い雲」の「ぐんぐん」「白い」はそれぞれ「進む」「雲」の修飾語である。修飾語が長大になっても位置関係は同じで、たとえば、 という短歌は、冒頭から「ひとひらの」までが「雲」に係る長い修飾語である。 法律文や翻訳文などでも、長い修飾語を主語・述語の間に挟み、文意を取りにくくしていることがしばしばある。たとえば、日本国憲法前文の一節に、 とあるが、主語(題目)の「われら」、述語の「信ずる」の間に「いづれの国家も......であると」という長い修飾語が介在している。この種の文を読み慣れた人でなければ分かりにくい。英訳で "We hold..."(われらは信ずる)と主語・述語...
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日本語
名詞や動詞、形容詞といった「品詞」の概念は、上述した「文の成分」の概念とは分けて考える必要がある。名詞「犬」は、文の成分としては主語にもなれば修飾語にもなり、「犬だ」のように助動詞「だ」を付けて述語にもなる。動詞・形容詞・形容動詞も、修飾語にもなれば述語にもなる。もっとも、副詞は多く連用修飾語として用いられ、また、連体詞は連体修飾語に、接続詞は接続語に、感動詞は独立語にもっぱら用いられるが、必ずしも、特定の品詞が特定の文の成分に1対1で対応しているわけではない。 では、それぞれの品詞の特徴を形作るものは何かということが問題になるが、これについては、さまざまな説明があり、一定しない。俗に、事物を表す単語が名詞、動きを表す単語が動詞、様...
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日本語
自立語で活用のあるもののうち、命令形のあるものを動詞、命令形がなく終止・連体形が「い」で終わるものを形容詞(日本語教育では「イ形容詞」)、連体形が「な」で終わるものを形容動詞(日本語教育では「ナ形容詞」)とする。形容動詞を一品詞として認めることについては、時枝誠記や鈴木重幸など、否定的な見方をする研究者もいる。 なお、「名詞」および「体言」という用語は、しばしば混同される。古来、ことばを分類するにあたり、活用のない語を「体言」(体)、活用のある語を「用言」(用)、そのほか、助詞・助動詞の類を「てにをは」と大ざっぱに称することが多かった。現在の学校文法では、「用言」は活用のある自立語の意味で用いられ(動詞・形容詞・形容動詞を指す)、「...
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日本語
付属語で活用のあるものを助動詞と称する。「気を引かれる」「私は泣かない」「花が笑った」「さあ、出かけよう」「今日は来ないそうだ」「もうすぐ春です」などの太字部分はすべて助動詞である。助動詞の最も主要な役割は、動詞(および助動詞)に付属して以下のような情報を加えることである。すなわち、動詞の態(特に受け身・使役・可能など。ヴォイス)・極性(肯定・否定の決定。ポラリティ)・時制(テンス)・相(アスペクト)・法(推量・断定・意志など。ムード)などを示す役割を持つ。山田孝雄は、助動詞を認めず、動詞から分出される語尾(複語尾)と見なしている。また時枝誠記は、「れる(られる)」「せる(させる)」を助動詞とせず、動詞の接尾語としている。鈴木重幸・...
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格助詞のうち、「が」「を」「に」は、話し言葉においては脱落することが多い。その場合、文脈の助けがなければ、最初に来る部分は「が」格に相当すると見なされる。「くじらをお父さんが食べてしまった。」を「くじら、お父さん食べちゃった。」と助詞を抜かして言った場合は、「くじら」が「が」格相当ととらえられるため、誤解の元になる。「チョコレートを私が食べてしまった。」を「チョコレート、私食べちゃった。」と言った場合は、文脈の助けによって誤解は避けられる。なお、「へ」「と」「から」「より」「で」などの格助詞は、話し言葉においても脱落しない。 題述構造の文(「文の構造」の節参照)では、特定の格助詞が「は」に置き換わる。たとえば、「空が 青い。」という...
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名詞が格助詞を伴ってさまざまな格を示すのに対し、用言(動詞・形容詞・形容動詞)および助動詞は、語尾を変化させることによって、文中のどの成分を担っているかを示したり、時制・相などの情報や文の切れ続きの別などを示したりする。この語尾変化を「活用」といい、活用する語を総称して「活用語」という。 学校文法では、口語の活用語について、6つの活用形を認めている。以下、動詞・形容詞・形容動詞の活用形を例に挙げる(太字部分)。 一般に、終止形は述語に用いられる。「(選手が球を)打つ。」「(この子は)強い。」「(消防士は)勇敢だ。」など。 連用形は、文字通り連用修飾語にも用いられる。「強く(生きる。)」「勇敢に(突入する。)」など。ただし、「選手が球...
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日本語の人称はあまり固定化していない。現代語・標準語の範疇としては、一人称は「わたくし・わたし・あたし・ぼく・おれ・うち・自分・我々」など、二人称は「あなた・あんた・おまえ・おめえ・てめえ・きみ」などが用いられる。方言・近代語・古語まで含めるとこの限りではなく、文献上では他にも「あたくし・あたい・わし・わい・わて・我が輩・おれ様・おいら・われ・わー・わん・朕・わっし・こちとら・てまえ・小生・それがし・拙者・おら」などの一人称、「おまえさん・てめえ・貴様・おのれ・われ・お宅・なんじ・おぬし・その方・貴君・貴兄・貴下・足下・貴公・貴女・貴殿・貴方(きほう)」などの二人称が見つかる。 上の事実は、現代英語の一人称・二人称代名詞がほぼ "I...
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「親族語彙の体系」の節も参照。 また、音象徴語、いわゆるオノマトペの語彙量も日本語には豊富である(オノマトペの定義は一定しないが、ここでは、擬声語・擬音語のように耳に聞こえるものを写した語と、擬態語のように耳に聞こえない状態・様子などを写した語の総称として用いる)。 擬声語は、人や動物が立てる声を写したものである(例、おぎゃあ・がおう・げらげら・にゃあにゃあ)。擬音語は、物音を写したものである(例、がたがた・がんがん・ばんばん・どんどん)。擬態語は、ものごとの様子や心理の動きなどを表したものである(例、きょろきょろ・すいすい・いらいら・わくわく)。擬態語の中で、心理を表す語を特に擬情語と称することもある。 オノマトペ自体は多くの言語...
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日本語
日本語の語彙を品詞ごとにみると、圧倒的に多いものは名詞である。その残りのうちで比較的多いものは動詞である。『新選国語辞典』の収録語の場合、名詞が82.37%、動詞が9.09%、副詞が2.46%、形容動詞が2.02%、形容詞が1.24%となっている。 このうち、とりわけ目を引くのは形容詞・形容動詞の少なさである。かつて柳田國男はこの点を指摘して「形容詞饑饉」と称した。英語の場合、『オックスフォード英語辞典』第2版では、半分以上が名詞、約4分の1が形容詞、約7分の1が動詞ということであり、英語との比較の上からは、日本語の形容詞が僅少であることは特徴的といえる。 ただし、これは日本語で物事を形容することが難しいことを意味するものではなく、...
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「語彙の増加と品詞」の節も参照。 それぞれの語は、ばらばらに存在しているのではなく、意味・用法などの点で互いに関連をもったグループを形成している。これを語彙体系と称する。日本語の語彙自体、一つの大きな語彙体系といえるが、その中にはさらに無数の語彙体系が含まれている。 以下、体系をなす語彙の典型的な例として、指示語・色彩語彙・親族語彙を取り上げて論じる。 日本語では、ものを指示するために用いる語彙は、一般に「こそあど」と呼ばれる4系列をなしている。これらの指示語(指示詞)は、主として名詞(「これ・ここ・こなた・こっち」など)であるため、概説書の類では名詞(代名詞)の説明のなかで扱われている場合も多い。しかし、実際には副詞(「こう」など...
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このように整理すれば、上述の「そこで待っていてくれ」「そこをさすってください」のような言い方はうまく説明される。相手側に属するものは、遠近を問わず「そ」で表されることになる。この説明方法は、現在の学校教育の国語でも取り入れられている。 とはいえ、すべての場合を佐久間説で割り切れるわけでもない。たとえば、道で「どちらに行かれますか」と問われて、「ちょっとそこまで」と答えたとき、これは「それほど遠くないところまで行く」という意味であるから、大槻文彦のいう「中称」の説明のほうがふさわしい。ものを無くしたとき、「ちょっとそのへんを探してみるよ」と言うときも同様である。 また、目の前にあるものを直接指示する場合(現場指示)と、文章の中で前に出...
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文化人類学者のバーリンとケイの研究によれば、種々の言語で最も広範に用いられている基礎的な色彩語彙は「白」と「黒」であり、以下、「赤」「緑」が順次加わるという。日本語の色彩語彙もほぼこの法則に合っているといってよい。 このことは、日本語を話す人々が4色しか識別しないということではない。特別の色を表す場合には、「黄色(語源は「木」かという)」「紫色」「茶色」「蘇芳色」「浅葱色」など、植物その他の一般名称を必要に応じて転用する。ただし、これらは基礎的な色彩語彙ではない。 日本語の親族語彙は、比較的単純な体系をなしている。英語の基礎語彙で、同じ親から生まれた者を「brother」「sister」の2語のみで区別するのに比べれば、日本語では、...
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親族語彙を他人に転用する虚構的用法が多くの言語に存在する。例えば、朝鮮語(「아버님」お父様)・モンゴル語(「aab」父)では尊敬する年配男性に用いる。英語でも議会などの長老やカトリック教会の神父を「father(父)」、寮母を「mother(母)」、男の親友や同一宗派の男性を「brother(兄弟)」、女の親友や修道女や見知らぬ女性を「sister」(姉妹)と呼ぶ。中国語では見知らぬ若い男性・女性に「老兄」(お兄さん)「大姐」(お姉さん)と呼びかける、そして年長者では男性・女性に「大爺」(旦那さん)「大媽」(伯母さん)と呼びかける。日本語にもこの用法があり、赤の他人を「お父さん」「お母さん」と呼ぶことがある。たとえば、店員が中年の男...
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和語は日本語の語彙の中核部分を占める。「これ」「それ」「きょう」「あす」「わたし」「あなた」「行く」「来る」「良い」「悪い」などのいわゆる基礎語彙はほとんど和語である。また、「て」「に」「を」「は」などの助詞や、助動詞の大部分など、文を組み立てるために必要な付属語も和語である。 一方、抽象的な概念や、社会の発展に伴って新たに発生した概念を表すためには、漢語や外来語が多く用いられる。和語の名称がすでにある事物を漢語や外来語で言い換えることもある。「めし」を「御飯」「ライス」、「やどや」を「旅館」「ホテル」などと称するのはその例である。このような語種の異なる同義語には、微妙な意味・ニュアンスの差異が生まれ、とりわけ和語には易しい、または...
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外来語は、もとの言語の意味のままで用いられるもの以外に、日本語に入ってから独自の意味変化を遂げるものが少なくない。英語の "claim" は「当然の権利として要求する」の意であるが、日本語の「クレーム」は「文句」の意である。英語の "lunch" は昼食の意であるが、日本の食堂で「ランチ」といえば料理の種類を指す。 外来語を組み合わせて、「アイスキャンデー」「サイドミラー」「テーブルスピーチ」のように日本語独自の語が作られることがある。また、当該の語形が外国語にない「パネラー」(パネリストの意)「プレゼンテーター」(プレゼンテーションをする人。プレゼンター)などの語形が作られることもある。これらを総称して「和製洋語」、英語系の語を特...
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日本語では、限りなく長い複合語を作ることが可能である。「平成十六年新潟県中越地震非常災害対策本部」「服部四郎先生定年退官記念論文集編集委員会」といった類も、ひとつの長い複合語である。国際協定の関税及び貿易に関する一般協定は、英語では「General Agreement on Tariffs and Trade」(関税と貿易に関する一般協定)であり、ひとつの句であるが、日本の新聞では「関税貿易一般協定」と複合語で表現することがある。これは漢字の結合力によるところが大きく、中国語・朝鮮語などでも同様の長い複合語を作る。なお、ヨーロッパ語を見ると、ロシア語では「человеконенавистничество」(人間嫌い)、ドイツ語では「...
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現代の日本語は、平仮名(ひらがな)・片仮名(カタカナ)・漢字を用いて、現代仮名遣い・常用漢字に基づいて表記されることが一般的である。アラビア数字やローマ字(ラテン文字)なども必要に応じて併用される。 正書法の必要性を説く主張や、その反論がしばしば交わされてきた。 平仮名・片仮名は、2017年9月現在では以下の46字ずつが使われる。 このうち、「 ゙」(濁音符)および「 ゚」(半濁音符)を付けて濁音・半濁音を表す仮名もある(「音韻」の節参照)。拗音は小書きの「ゃ」「ゅ」「ょ」を添えて表し、促音は小書きの「っ」で表す。「つぁ」「ファ」のように、小書きの「ぁ」「ぃ」「ぅ」「ぇ」「ぉ」を添えて表す音もあり、補助符号として長音を表す「ー」があ...
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などの表記がありうる。 多様な文字体系を交えて記す利点として、単語のまとまりが把握しやすく、速読性に優れるなどの点が指摘される。日本語の単純な音節構造に由来する同音異義語が漢字によって区別され、かつ字数も節約されるという利点もある。計算機科学者の村島定行は、日本語では、表意文字と表音文字の二重の文章表現ができるため、記憶したり、想起したりするのに手がかりが多く、言語としての機能が高いと指摘している。一方で中国文学者の高島俊男は、漢字の表意性に過度に依存した日本語の文章は、他の自然言語に類を見ないほどの同音異義語を用いざるを得なくなり、しばしば実用の上で支障を来たすことから、言語として「顚倒している」と評している。歴史上、漢字を廃止し...
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この表記法では、たとえば、「ぐ」「ご」がどちらも [gu] と発音されるように、かな表記と発音が一対一で対応しない場合が多々ある。表音的に記せば、[tiɴʃagunu hanaja ʦimiʣaʧiɲi sumiti, ʔujanu juʃigutuja ʧimuɲi sumiri] のようになるところである。 漢字表記の面では、地域文字というべきものが各地に存在する。たとえば、名古屋市の地名「杁中(いりなか)」などに使われる「杁」は、名古屋と関係ある地域の「地域文字」である。また、「垰」は「たお」「たわ」などと読まれる国字で、中国地方ほかで定着しているという。 文は、目的や場面などに応じて、さまざまな異なった様式を採る。この様式の...
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普通体と丁寧体の違いは次のように現れる。 普通体では、文末に名詞・形容動詞・副詞などが来る場合には、「だ」または「である」を付けた形で結ぶ。前者を特に「だ体」、後者を特に「である体」と呼ぶこともある。 丁寧体では、文末に名詞・形容動詞・副詞などが来る場合には、助動詞「です」を付けた形で結ぶ。動詞が来る場合には「ます」を付けた形で結ぶ。ここから、丁寧体を「ですます体」と呼ぶこともある。丁寧の度合いをより強め、「です」の代わりに「でございます」を用いた文体を、特に「でございます体」と呼ぶこともある。丁寧体は、敬語の面からいえば丁寧語を用いた文体のことである。なお、文末に形容詞が来る場合にも「です」で結ぶことはできるが「花が美しく咲いてい...
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日本語では、待遇表現が文法的・語彙的な体系を形作っている。とりわけ、相手に敬意を示す言葉(敬語)において顕著である。 「敬語は日本にしかない」と言われることがあるが、日本と同様に敬語が文法的・語彙的体系を形作っている言語としては、朝鮮語・ジャワ語・ベトナム語・チベット語・ベンガル語・タミル語などがあり、尊敬・謙譲・丁寧の区別もある。朝鮮語ではたとえば動詞「내다(ネダ)」(出す)は、敬語形「내시다(ネシダ)」(出される)・「냅니다(ネムニダ)」(出します)の形を持つ。 敬語体系は無くとも、敬意を示す表現自体は、さまざまな言語に広く観察される。相手を敬い、物を丁寧に言うことは、発達した社会ならばどこでも必要とされる。そうした言い方を習得...
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尊敬語は、動作の主体を高めることで、主体への敬意を表す言い方である。動詞に「お(ご)〜になる」を付けた形、また、助動詞「(ら)れる」を付けた形などが用いられる。たとえば、動詞「取る」の尊敬形として、「(先生が)お取りになる」「(先生が)取られる」などが用いられる。 語によっては、特定の尊敬語が対応するものもある。たとえば、「言う」の尊敬語は「おっしゃる」、「食べる」の尊敬語は「召し上がる」、「行く・来る・いる」の尊敬語は「いらっしゃる」である。 謙譲語は、古代から基本的に動作の客体への敬意を表す言い方であり、現代では「動作の主体を低める」と解釈するほうがよい場合がある。動詞に「お〜する」「お〜いたします」(謙譲語+丁寧語)をつけた形...
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丁寧語は、文末を丁寧にすることで、聞き手への敬意を表すものである。動詞・形容詞の終止形で終わる常体に対して、名詞・形容動詞語幹などに「です」を付けた形(「学生です」「きれいです」)や、動詞に「ます」をつけた形(「行きます」「分かりました」)等の丁寧語を用いた文体を敬体という。 一般に、目上の人には丁寧語を用い、同等・目下の人には丁寧語を用いないといわれる。しかし、実際の言語生活に照らして考えれば、これは事実ではない。母が子を叱るとき、「お母さんはもう知りませんよ」と丁寧語を用いる場合もある。丁寧語が用いられる多くの場合は、敬意や謝意の表現とされるが、稀に一歩引いた心理的な距離をとろうとする場合もある。 「お弁当」「ご飯」などの「お」...
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婉曲表現の一部は、敬意表現としても用いられる。たとえば、相手に窓を開けてほしい場合は、命令表現によらずに、「窓を開けてくれる?」などと問いかけ表現を用いる。あるいは、「今日は暑いねえ」とだけ言って、窓を開けてほしい気持ちを含意することもある。 日本人が商取引で「考えさせてもらいます」という場合は拒絶の意味であると言われる。英語でも "Thank you for inviting me."(誘ってくれてありがとう)とは誘いを断る表現である。また、京都では、京都弁で帰りがけの客にその気がないのに「ぶぶづけ(お茶漬け)でもあがっておいきやす」と愛想を言うとされる(出典は落語「京のぶぶづけ」「京の茶漬け」よるという)。これらは、相手の気分を...
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また、金田一春彦は、近畿・四国を主とする内輪方言、関東・中部・中国・九州北部の一部を主とする中輪方言、北海道・東北・九州の大部分を主とする外輪方言、沖縄地方を主とする南島方言に分類した。この分類は、アクセントや音韻、文法の特徴が畿内を中心に輪を描くことに着目したものである。このほか、幾人かの研究者により方言区画案が示されている。 一つの方言区画の内部も変化に富んでいる。たとえば、奈良県は近畿方言の地域に属するが、十津川村や下北山村周辺ではその地域だけ東京式アクセントが使われ、さらに下北山村池原にはまた別体系のアクセントがあって東京式の地域に取り囲まれている。香川県観音寺市伊吹町(伊吹島)では、平安時代のアクセント体系が残存していると...
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方言の東西対立の境界は、画然と引けるものではなく、どの特徴を取り上げるかによって少なからず変わってくる。しかし、おおむね、日本海側は新潟県西端の糸魚川市、太平洋側は静岡県浜名湖が境界線(糸魚川・浜名湖線)とされることが多い。糸魚川西方には難所親不知があり、その南には日本アルプスが連なって東西の交通を妨げていたことが、東西方言を形成した一因とみられる。 日本語のアクセントは、方言ごとの違いが大きい。日本語のアクセント体系はいくつかの種類に分けられるが、特に広範囲で話され話者数も多いのは東京式アクセントと京阪式アクセントの2つである。東京式アクセントは下がり目の位置のみを弁別するが、京阪式アクセントは下がり目の位置に加えて第1拍の高低を...
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「花が」が東京で「低高低」、京都で「高低低」と発音されるように、単語のアクセントは地方によって異なる。ただし、それぞれの地方のアクセント体系は互いにまったく無関係に成り立っているのではない。多くの場合において規則的な対応が見られる。たとえば、「花が」「山が」「池が」を東京ではいずれも「低高低」と発音するが、京都ではいずれも「高低低」と発音し、「水が」「鳥が」「風が」は東京ではいずれも「低高高」と発音するのに対して京都ではいずれも「高高高」と発音する。また、「松が」「空が」「海が」は東京ではいずれも「高低低」と発音されるのに対し、京都ではいずれも「低低高」と発音される。このように、ある地方で同じアクセントの型にまとめられる語群(類と呼...
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音韻の面では、母音の「う」を、東日本、北陸、出雲付近では中舌寄りで非円唇母音(唇を丸めない)の [ɯ] または [ɯ̈] で、西日本一般では奥舌で円唇母音の [u] で発音する。また、母音は、東日本や北陸、出雲付近、九州で無声化しやすく、東海、近畿、中国、四国では無声化しにくい。 またこれとは別に、近畿・四国(・北陸)とそれ以外での対立がある。前者は京阪式アクセントの地域であるが、この地域ではアクセント以外にも、「木」を「きい」、「目」を「めえ」のように一音節語を伸ばして二拍に発音し、また「赤い」→「あけー」のような連母音の融合が起こらないという共通点がある。また、西日本(九州・山陰・北陸除く)は母音を強く子音を弱く発音し、東日本や...
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「は行」の子音は、奈良時代以前には [p] であったとみられる。すなわち、「はな(花)」は [pana](パナ)のように発音された可能性がある。[p] は遅くとも平安時代初期には無声両唇摩擦音 [ɸ] に変化していた。すなわち、「はな」は [ɸana](ファナ)となっていた。中世末期に、ローマ字で当時の日本語を記述したキリシタン資料が多く残されているが、そこでは「は行」の文字が「fa, fi, fu, fe, fo」で転写されており、当時の「は行」は「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」に近い発音であったことが分かる。中世末期から江戸時代にかけて、「は行」の子音は [ɸ] から [h] へ移行した。ただし、「ふ」は [ɸ] のままに、「ひ」...
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「わ行」は、「わ」を除いて「あ行」との合流が起きた。 平安時代末頃には、 が同一に帰した。3が同音になったのは11世紀末頃、1と2が同音になったのは12世紀末頃と考えられている。藤原定家の『下官集』(13世紀)では「お」・「を」、「い」・「ゐ」・「ひ」、「え」・「ゑ」・「へ」の仮名の書き分けが問題になっている。 当時の発音は、1は現在の [i](イ)、2は [je](イェ)、3は [wo](ウォ)のようであった。 3が現在のように [o](オ)になったのは江戸時代であったとみられる。18世紀の『音曲玉淵集』では、「お」「を」を「ウォ」と発音しないように説いている。 2が現在のように [e](エ)になったのは、新井白石『東雅』総論の記...
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平安時代から、発音を簡便にするために単語の音を変える音便現象が少しずつ見られるようになった。「次(つ)ぎて」を「次いで」とするなどのイ音便、「詳(くは)しくす」を「詳しうす」とするなどのウ音便、「発(た)ちて」を「発って」とするなどの促音便、「飛びて」を「飛んで」とするなどの撥音便が現れた。『源氏物語』にも、「いみじく」を「いみじう」とするなどのウ音便が多く、また、少数ながら「苦しき」を「苦しい」とするなどのイ音便の例も見出される。鎌倉時代以降になると、音便は口語では盛んに用いられるようになった。 中世には、「差して」を「差いて」、「挟みて」を「挟うで」、「及びて」を「及うで」などのように、今の共通語にはない音便形も見られた。これら...
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漢語が日本で用いられるようになると、古来の日本に無かった合拗音「クヮ・グヮ」「クヰ・グヰ」「クヱ・グヱ」の音が発音されるようになった。これらは [kwa] [ɡwe] などという発音であり、「キクヮイ(奇怪)」「ホングヮン(本願)」「ヘングヱ(変化)」のように用いられた。当初は外来音の意識が強かったが、平安時代以降は普段の日本語に用いられるようになったとみられる。ただし「クヰ・グヰ」「クヱ・グヱ」の寿命は短く、13世紀には「キ・ギ」「ケ・ゲ」に統合された。「クヮ」「グヮ」は中世を通じて使われていたが、室町時代にはすでに「カ・ガ」との間で混同が始まっていた。江戸時代には混同が進んでいき、江戸では18世紀中頃には直音の「カ・ガ」が一般化...
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日本語
動詞の活用種類は、平安時代には9種類であった。すなわち、四段・上一段・上二段・下一段・下二段・カ変・サ変・ナ変・ラ変に分かれていた。これが時代とともに統合され、江戸時代には5種類に減った。上二段は上一段に、下二段は下一段にそれぞれ統合され、ナ変(「死ぬ」など)・ラ変(「有り」など)は四段に統合された。これらの変化は、古代から中世にかけて個別的に起こった例もあるが、顕著になったのは江戸時代に入ってからのことである。ただし、ナ変は近代に入ってもなお使用されることがあった。 このうち、最も規模の大きな変化は二段活用の一段化である。二段→一段の統合は、室町時代末期の京阪地方では、まだまれであった(関東では比較的早く完了した)。それでも、江戸...
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かつての日本語には、係り結びと称される文法規則があった。文中の特定の語を「ぞ」「なむ」「や」「か」「こそ」などの係助詞で受け、かつまた、文末を連体形(「ぞ」「なむ」「や」「か」の場合)または已然形(「こそ」の場合)で結ぶものである(奈良時代には、「こそ」も連体形で結んだ)。 係り結びをどう用いるかによって、文全体の意味に明確な違いが出た。たとえば、「山里は、冬、寂しさ増さりけり」という文において、「冬」という語を「ぞ」で受けると、「山里は冬ぞ寂しさ増さりける」(『古今集』)という形になり、「山里で寂しさが増すのは、ほかでもない冬だ」と告知する文になる。また仮に、「山里」を「ぞ」で受けると、「山里ぞ冬は寂しさ増さりける」という形になり...
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などの言い方があるが、本来ならば「見おろさる」の形で終止すべきものである。 このような例は、中世には一般化した。その結果、動詞・形容詞および助動詞は、形態上、連体形と終止形との区別がなくなった。 形容動詞は、終止形・連体形活用語尾がともに「なる」になり、さらに語形変化を起こして「な」となった。たとえば、「辛労なり」は、終止形・連体形とも「辛労な」となった。もっとも、終止形には、むしろ「にてある」から来た「ぢや」が用いられることが普通であった。したがって、終止形は「辛労ぢや」、連体形は「辛労な」のようになった。「ぢや」は主として上方で用いられ、東国では「だ」が用いられた。今日の共通語も東国語の系統を引いており、終止形語尾は「だ」、連体...
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従来の日本語にも、「(刀を)抜く時」に対して「(刀が自然に)抜くる時(抜ける時)」のように、四段動詞の「抜く」と下二段動詞の「抜く」(抜ける)とが対応する例は多く存在した。この場合、後者は、「自然にそうなる」という自然生起(自発)を表した。そこから類推した結果、「文字を読む」に対して「文字が読むる(読める)」などの可能動詞が出来上がったものと考えられる。 近代以降、とりわけ大正時代以降には、この語法を四段動詞のみならず一段動詞にも及ぼす、いわゆる「ら抜き言葉」が広がり始めた。「見られる」を「見れる」、「食べられる」を「食べれる」、「来られる」を「来れる」、「居(い)られる」を「居(い)れる」という類である。この語法は、地方によっては...
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日本語
のような欧文風の受け身が用いられている。 漢字(中国語の語彙)が日本語の中に入り始めたのはかなり古く、文献の時代にさかのぼると考えられる。今日和語と扱われる「ウメ(梅)」「ウマ(馬)」なども、元々は漢語からの借用語であった可能性もあるが、上古漢字の場合、馬と梅の発音は違う。異民族が中国をよく支配してから漢語の発音は変わっていた。 中国の文物・思想の流入や仏教の普及などにつれて、漢語は徐々に一般の日本語に取り入れられていった。鎌倉時代最末期の『徒然草』では、漢語及び混種語(漢語と和語の混交)は、異なり語数(文中の同一語を一度しかカウントしない)で全体の31%を占めるに至っている。ただし、延べ語数(同一語を何度でもカウントする)では13...
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日本語
漢字を除き、他言語の語彙を借用することは、古代にはそれほど多くなかった。このうち、梵語の語彙は、多く漢語に取り入れられた後に、仏教と共に日本に伝えられた。「娑婆」「檀那」「曼荼羅」などがその例である。また、今日では和語と扱われる「ほとけ(仏)」「かわら(瓦)」なども梵語由来であるとされる。 西洋語が輸入され始めたのは、中世にキリシタン宣教師が来日した時期以降である。室町時代には、ポルトガル語から「カステラ」「コンペイトウ」「サラサ」「ジュバン」「タバコ」「バテレン」「ビロード」などの語が取り入れられた。「メリヤス」など一部スペイン語も用いられた。江戸時代にも、「カッパ(合羽)」「カルタ」「チョッキ」「パン」「ボタン」などのポルトガル...
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日本語
第二次世界大戦が激しくなるにつれて、外来語を禁止または自粛する風潮も起こったが、戦後はアメリカ発の外来語が爆発的に多くなった。現在では、報道・交通機関・通信技術の発達により、新しい外来語が瞬時に広まる状況が生まれている。雑誌調査では、異なり語数で外来語が30%を超えるという結果が出ており、現代語彙の中で欠くことのできない存在となっている(「語種」参照)。 漢語が日本語に取り入れられた結果、名詞・サ変動詞・形容動詞の語彙が特に増大することになった。漢語は活用しない語であり、本質的には体言(名詞)として取り入れられたが、「す」をつければサ変動詞(例、祈念す)、「なり」をつければ形容動詞(例、神妙なり)として用いることができた。 漢語によ...
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日本語
外来語は、漢語ほど高い造語力を持たないものの、漢語と同様に、特に名詞・サ変動詞・形容動詞の部分で日本語の語彙を豊富にした。「インキ」「バケツ」「テーブル」など名詞として用いられるほか、「する」を付けて「スケッチする」「サービスする」などのサ変動詞として、また、「だ」をつけて「ロマンチックだ」「センチメンタルだ」などの形容動詞として用いられるようになった。 漢語・外来語の増加によって、形容詞と形容動詞の勢力が逆転した。元来、和語には形容詞・形容動詞ともに少なかったが、数の上では、形容詞が形容表現の中心であり、形容動詞がそれを補う形であった。『万葉集』では名詞59.7%、動詞31.5%、形容詞3.3%、形容動詞0.5%であり、『源氏物語...
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元来、日本に文字と呼べるものはなく、言葉を表記するためには中国渡来の漢字を用いた(いわゆる神代文字は後世の偽作とされている)。漢字の記された遺物の例としては、1世紀のものとされる福岡市出土の「漢委奴国王印」などもあるが、本格的に使用されたのはより後年とみられる。『古事記』によれば、応神天皇の時代に百済の学者王仁が「論語十巻、千字文一巻」を携えて来日したとある。稲荷山古墳出土の鉄剣銘(5世紀)には、雄略天皇と目される人名を含む漢字が刻まれている。「隅田八幡神社鏡銘」(6世紀)は純漢文で記されている。このような史料から、大和政権の勢力伸長とともに漢字使用域も拡大されたことが推測される。6世紀〜7世紀になると儒教、仏教、道教などについて漢...
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平安時代までは、発音と仮名はほぼ一致していた。その後、発音の変化に伴って、発音と仮名とが1対1の対応をしなくなった。たとえば、「はな(花)」の「は」と「かは(川)」の「は」の発音は、平安時代初期にはいずれも「ファ」([ɸa]) であったとみられるが、平安時代に起こったハ行転呼により、「かは(川)」など語中語尾の「は」は「ワ」と発音するようになった。ところが、「ワ」と読む文字には別に「わ」もあるため、「カワ」という発音を表記するとき、「かわ」「かは」のいずれにすべきか、判断の基準が不明になってしまった。ここに、仮名をどう使うかという仮名遣いの問題が発生した。 その時々の知識人は、仮名遣いについての規範を示すこともあったが(藤原定家『下...
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第二次世界大戦後の1946年には、「当用漢字表」「現代かなづかい」が内閣告示された。これに伴い、一部の漢字の字体に略字体が採用され、それまでの歴史的仮名遣いによる学校教育は廃止された。 1946年および1950年の米教育使節団報告書では、国字のローマ字化について勧告および示唆が行われ、国語審議会でも議論されたが、実現しなかった。1948年には、GHQの民間情報教育局 (CIE) の指示による読み書き能力調査が行われた。漢字が日本人の識字率を抑えているとの考え方に基づく調査であったが、その結果は、調査者の予想に反して日本人の識字率は高水準であったことが判明した。 1981年には、当用漢字表・現代かなづかいの制限色を薄めた「常用漢字表」...
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漢文の読み添えには片仮名が用いられるようになり、やがてこれが本文中に進出して、漢文訓読体を元にした「漢字片仮名交じり文」を形成した。最古の例は『東大寺諷誦文稿』(9世紀)とされる。漢字片仮名交じり文では、漢語が多用されるばかりでなく、言い回しも「甚(はなは)ダ広クシテ」「何(なん)ゾ言ハザル」のように、漢文訓読に用いられるものが多いことが特徴である。 一方、平安時代の宮廷文学の文体(和文)は、基本的に和語を用いるものであって、漢語は少ない。また、漢文訓読に使う言い回しもあまりない。たとえば、漢文訓読ふうの「甚ダ広クシテ」「何ゾ言ハザル」は、和文では「いと広う」「などかのたまはぬ」となる。和文は、表記法から見れば、平仮名にところどころ...
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明治時代の書き言葉は、依然として古典文法に従おうとしていたが、単語には日常語を用いた文章も現れた。こうした書き言葉は、一般に「普通文」と称された。普通文は、以下のように小学校の読本でも用いられた。 普通文は、厳密には、古典文法そのままではなく、新しい言い方も多く混じっていた。たとえば、「解釈せらる」というべきところを「解釈さる」、「就学せしむる義務」を「就学せしむるの義務」などと言うことがあった。そこで、文部省は新しい語法のうち一部慣用の久しいものを認め、「文法上許容スベキ事項」(1905年・明治38年)16条を告示した。 一方、明治20年代頃から、二葉亭四迷・山田美妙ら文学者を中心に、書き言葉を話し言葉に近づけようとする努力が重ね...
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平安時代から鎌倉時代にかけては、中央の文化的影響力が圧倒的であったため、方言に関する記述は断片的なものにとどまったが、室町時代、とりわけ戦国時代には中央の支配力が弱まり地方の力が強まった結果、地方文献に方言を反映したものがしばしば現われるようになった。洞門抄物と呼ばれる東国系の文献が有名であるが、古文書類にもしばしば方言が登場するようになる。 安土桃山時代から江戸時代極初期にかけては、ポルトガル人の宣教師が数多くのキリシタン資料を残しているが、その中に各地の方言を記録したものがある。京都のことばを中心に据えながらも九州方言を多数採録した『日葡辞書』(1603年〜1604年)や、筑前や備前など各地の方言の言語的特徴を記した『ロドリゲス...
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一方、戦後になると各地の方言が失われつつあることが危惧されるようになった。NHK放送文化研究所は、(昭和20年代の時点で)各地の純粋な方言は80歳以上の老人の間でのみ使われているにすぎないとして、1953年から5年計画で全国の方言の録音を行った。この録音調査には、柳田邦夫、東条操、岩淵悦太郎、金田一春彦など言語学者らが指導にあたった。 ただし、戦後しばらくは共通語の取得に力点を置いた国語教育が初等教育の現場で続き、昭和22年(1947年)の学習指導要領国語科編(試案)では、「なるべく、方言や、なまり、舌のもつれをなおして、標準語に近づける」「できるだけ、語法の正しいことばをつかい、俗語または方言をさけるようにする」との記載が見られる...
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高度成長後になると、方言に対する意識に変化が見られるようになった。1980年代初めのアンケート調査では、「方言を残しておきたい」と回答する者が90%以上に達する結果が出ている。方言の共通語化が進むとともに、いわゆる「方言コンプレックス」が解消に向かい、方言を大切にしようという気運が盛り上がった。 1990年代以降は、若者が言葉遊びの感覚で方言を使うことに注目が集まるようになった。1995年にはラップ「DA.YO.NE」の関西版「SO.YA.NA」などの方言替え歌が話題を呼び、報道記事にも取り上げられた。首都圏出身の都内大学生を対象とした調査では、東京の若者の間にも関西方言が浸透していることが観察されるという。2005年頃には、東京の...
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以下では、江戸時代以前・以後に分けて概説し、さらに近代について付説する。 江戸時代以前の日本語研究の流れは、大きく分けて3分野あった。中国語(漢語)学者による研究、悉曇学者による研究、歌学者による研究である。 中国語との接触、すなわち漢字の音節構造について学習することにより、日本語の相対的な特徴が意識されるようになった。『古事記』には「淤能碁呂嶋自淤以下四字以音」(オノゴロ嶋〈淤より以下の四字は音を以ゐよ〉)のような音注がしばしば付けられているが、これは漢字を借字として用い、中国語で表せない日本語の固有語を1音節ずつ漢字で表記したものである。こうした表記法を通じて、日本語の音節構造が自覚されるようになったと考えられる。また漢文の訓読...
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一方、悉曇学の研究により、梵語(サンスクリット)に整然とした音韻組織が存在することが知られるようになった。平安時代末期に成立したと見られる「五十音図」は、「あ・か・さ・た・な......」の行の並び方が梵語の悉曇章(字母表)の順に酷似しており、悉曇学を通じて日本語の音韻組織の研究が進んだことをうかがわせる。もっとも、五十音図作成の目的は、一方では、中国音韻学の反切を理解するためでもあった。当初、その配列はかなり自由であった(ほぼ現在に近い配列が定着したのは室町時代以後)。最古の五十音図は、平安時代末期の悉曇学者明覚の『反音作法』に見られる。明覚はまた、『悉曇要訣』において、梵語の発音を説明するために日本語の例を多く引用し、日本語の音...
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仮名遣いについては、鎌倉時代の初め頃に藤原定家がこれを問題とし、定家はその著作『下官集』において、仮名遣いの基準を前代の平安時代末期の草子類の仮名表記に求め、規範を示そうとした。ところが「お」と「を」の区別については、平安時代末期にはすでにいずれも[wo]の音となり発音上の区別が無くなっていたことにより、相当な表記の揺れがあり、格助詞の「を」を除き前例による基準を見出すことができなかった。そこで『下官集』ではアクセントが高い言葉を「を」で、アクセントが低い言葉を「お」で記しているが、このアクセントの高低により「を」と「お」の使い分けをすることは、すでに『色葉字類抄』にも見られる。南北朝時代には行阿がこれを増補して『仮名文字遣』を著し...
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日本語の研究が高い客観性・実証性を備えるようになったのは、江戸時代の契沖の研究以来のことである。契沖は『万葉集』の注釈を通じて仮名遣いについて詳細に観察を行い、『和字正濫抄』(1695年)を著した。この書により、古代は語ごとに仮名遣いが決まっていたことが明らかにされ、契沖自身もその仮名遣いを実行した。契沖の掲出した見出し語は、後に楫取魚彦編の仮名遣い辞書『古言梯』(1765年)で増補され、後世において歴史的仮名遣いと称された。 古語の研究では、松永貞徳の『和句解』(1662年)、貝原益軒の『日本釈名』(1700年)が出た後、新井白石により大著『東雅』(1719年)がまとめられた。白石は、『東雅』の中で語源説を述べるに当たり、終始穏健...
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本居宣長は、仮名遣いの研究および文法の研究で非常な功績があった。まず、仮名遣いの分野では、『字音仮字用格』(1776年)を著し、漢字音を仮名で書き表すときにどのような仮名遣いを用いればよいかを論じた。その中で宣長は、鎌倉時代以来、五十音図で「お」と「を」の位置が誤って記されている(前節参照)という事実を指摘し、実に400年ぶりに、本来の正しい「あいうえお」「わゐうゑを」の形に戻した。この事実は、後に東条義門が『於乎軽重義』(1827年)で検証した。また、宣長は文法の研究、とりわけ係り結びの研究で成果を上げた。係り結びの一覧表である『ひも鏡』(1771年)をまとめ、『詞の玉緒』(1779年)で詳説した。文中に「ぞ・の・や・何」が来た場...
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活用の研究は、その後、鈴木朖の『活語断続譜』(1803年頃)、本居春庭の『詞八衢』(1806年)に引き継がれた。幕末には義門が『活語指南』(1844年)を著し、富樫広蔭が『辞玉襷』(1829年)を著すなど、日本語の活用が組織化・体系化されていった。 このほか、江戸時代で注目すべき研究としては、石塚龍麿の『仮字用格奥山路』がある。万葉集の仮名に2種の書き分けが存在することを示したもので、長らく正当な扱いを受けなかったが、後に橋本進吉が上代特殊仮名遣の先駆的研究として再評価した。 江戸時代後期から明治時代にかけて、西洋の言語学が紹介され、日本語研究は新たな段階を迎えた。もっとも、西洋の言語に当てはまる理論を無批判に日本語に応用することで...
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一方、明治・大正から昭和戦前期にかけて、日本人がアメリカ・カナダ・メキシコ・ブラジル・ペルーなどに多数移民し、日系人社会が築かれた。これらの地域コミュニティでは日本語が使用されたが、世代が若年になるにしたがって、日本語を解さない人が増えている。 1990年代以降、日本国外から日本への渡航者数が増加し、かつまた、日本企業で勤務する外国人労働者(日本の外国人)も飛躍的に増大しているため、国内外に日本語教育が広がっている。国・地域によっては、日本語を第2外国語など選択教科の一つとしている国もあり、日本国外で日本語が学習される機会は増えつつある。 とりわけ、1990年代以降、「クールジャパン」といわれるように日本国外でアニメーションやゲーム...
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これにとどまらず、言語変化について注意する記述は、歴史上、仮名遣い書や、『俊頼髄脳』などの歌論書、『音曲玉淵集』などの音曲指南書をはじめ、諸種の資料に見られる。なかでも、江戸時代の俳人安原貞室が、なまった言葉の批正を目的に編んだ『片言(かたこと)』(1650年)は、800にわたる項目を取り上げており、当時の言語実態を示す資料として価値が高い。 近代以降も、芥川龍之介が「澄江堂雑記」で、「とても」は従来否定を伴っていたとして、「とても安い」など肯定形になることに疑問を呈するなど、言語変化についての指摘が散見する。研究者の立場から同時代の気になる言葉を収集した例としては、浅野信『巷間の言語省察』(1933年)などがある。 第二次世界大戦...
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「言葉の乱れ」を指摘する声は、新聞・雑誌の投書にも多い。文化庁の「国語に関する世論調査」では、「言葉遣いが乱れている」と考える人が1977年に7割近くになり、2002年11月から12月の調査では8割となっている。人々のこのような認識は、いわゆる日本語ブームを支える要素の一つとなっている。 若者特有の用法は批判の的になってきた。近代以降の若者言葉批判の例として、小説家・尾崎紅葉が1888年に女性徒の間で流行していた「てよだわ体」を批判するなど、1900年前後に「てよだわ体」は批判の的となった。1980年代ごろから単なる言葉の乱れとしてではなく、研究者の記述の対象としても扱われるようにもなった。 いわゆる「若者言葉」は種々の意味で用いら...
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若者の日本語は、表記の面でも独自性を持つ。年代によりさまざまな日本語の表記が行われている。 1970年代から1980年代にかけて、少女の間で、丸みを帯びた書き文字が「かわいい」と意識されて流行し、「丸文字」「まんが文字」「変体少女文字(=書体の変わった少女文字の意)」などと呼ばれた。山根一眞の調査によれば、この文字は1974年までには誕生し、1978年に急激に普及を開始したという。 1990年頃から、丸文字に代わり、少女の間で、金釘流に似た縦長の書き文字が流行し始めた。平仮名の「に」を「レこ」のように書いたり、長音符の「ー」を「→」と書いたりする特徴があった。一見下手に見えるため、「長体ヘタウマ文字」などとも呼ばれた。マスコミでは「...
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すでに普及した顔文字や絵文字に加え、2006年頃には「小文字」と称される独特の表記法が登場した。「ゎたしゎ、きょぅゎ部活がなぃの」のように特定文字を小字で表記するもので、マスコミでも紹介されるようになった。 人々の日本語に寄せる関心は、第二次世界大戦後に特に顕著になったといえる。1947年10月からNHKラジオで「ことばの研究室」が始まり、1951年には雑誌『言語生活』が創刊された。 日本語関係書籍の出版点数も増大した。敬語をテーマとした本の場合、1960年代以前は解説書5点、実用書2点であったものが、1970年代から1994年の25年間に解説書約10点、実用書約40点が出たという。 戦後、最初の日本語ブームが起こったのは1957年...
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「複雑な表記体系」「SOV構造」「音節文字」「敬語」「男言葉と女言葉」「擬態語が豊富」「曖昧表現が多い」「母音の数が少ない」などを根拠に日本語特殊論がとなえられることがある。 もっとも、日本語が印欧語との相違点を多く持つことは事実である。そのため、対照言語学の上では、印欧語とのよい比較対象となる。また、日本語成立由来という観点からの研究も存在する(『日本語の起源』を参照)。 日本語特殊論は、近代以降しばしば提起されている。極端な例ではあるが、戦後、志賀直哉が「日本の国語程、不完全で不便なものはないと思ふ」として、フランス語を国語に採用することを主張した(国語外国語化論)。また、1988年には、国立国語研究所所長・野元菊雄が、外国人へ...
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日本語を劣等もしくは難解、非合理的とする考え方の背景として、近代化の過程で広まった欧米中心主義があると指摘される。戦後は、消極的な見方ばかりでなく、「日本語は個性的である」と積極的に評価する見方も多くなった。その変化の時期はおよそ1980年代であるという。いずれにしても、日本語は特殊であるとの前提に立っている点で両者の見方は共通する。 日本語特殊論は日本国外でも論じられる。E. ライシャワーによれば、日本語の知識が乏しいまま、日本語は明晰でも論理的でもないと不満を漏らす外国人は多いという。ライシャワー自身はこれに反論し、あらゆる言語には曖昧・不明晰になる余地があり、日本語も同様だが、簡潔・明晰・論理的に述べることを阻む要素は日本語に...
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村山七郎は、「外国語を知ることが少ないほど日本語の特色が多くなる」という「反比例法則」を主張したという。日本人自らが日本語を特殊と考える原因としては、身近な他言語(英語など)が少ないことも挙げられる。 日本では古く漢籍を読むための辞書が多く編纂された。国内における辞書編纂の記録としては、天武11年(682年)の『新字』44巻が最古であるが(『日本書紀』)、伝本はおろか逸文すらも存在しないため、書名から漢字字書の類であろうと推測される以外は、いかなる内容の辞書であったかも不明である。 奈良時代には、『楊氏漢語抄』や『弁色立成』という和訓を有する漢和辞書が編纂されたらしいが、それぞれ逸文として残るのみで、詳細は不明のままである。現存する...
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江戸時代には、室町期の『節用集』を元にして多数の辞書が編集・刊行された。易林本『節用集』『書言字考節用集』などが主なものである。そのほか、俳諧用語辞書を含む『世話尽』、語源辞書『日本釈名』、俗語辞書『志布可起』、枕詞辞書『冠辞考』なども編纂された。とりわけ谷川士清『倭訓栞』、太田全斎『俚言集覧』、石川雅望『雅言集覧』は、それぞれがきわめて大部なもので、「近世期の三大辞書」といわれる。 明治時代に入り、1889年から大槻文彦編の小型辞書『言海』が刊行された。これは、古典語・日常語を網羅し、五十音順に見出しを並べて、品詞・漢字表記・語釈を付した初の近代的な日本語辞書であった。『言海』は、後の辞書の模範的存在となり、後に増補版の『大言海』...
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地理学
地理学(ちりがく、英: geography、仏: géographie、伊: geografia、独: Geographie (-fie) または Erdkunde)は、地球表面の自然・人文事象の状態と、それらの相互関係を研究する学問。地域や空間、場所、自然環境という物理的存在を対象の中に含むことから、人文科学、社会科学、自然科学のいずれの性格も有する。広範な領域を網羅する。また「地理学と哲学は諸科学の母」と称される。 元来は農耕や戦争、統治のため、各地の情報を調査しまとめるための研究領域として成立した。 地理学の「地理」は、古代中国で記された『易経』の「周易」本文に対する孔子の注釈、「十翼」中の一篇「繋辭上傳」に由来する。ただし、...
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地理学
「地理」概念と同様に、「地理学」に対する解釈も多様である。地理学は時代によって、概念や扱う領域が大きく変わってきたことで、現在でも一定の定義を与えることは困難である。実際、地理学は「人類の生態学」、「分布の科学」、「土地と人間の関係学」であると主張する者もいる。オックスフォード地理学辞典によれば、地理学が辿った紆余曲折を統括できる定義を見出すのは無謀とするものの、ラルフ・リントンが唱えた「地理学は『景観の研究』である」という見解が地理学者の関心を最も統合できると述べている。他方で地理学辞典では、多くの地理学者は「地球表面を、その地域的差異という観点から研究するのが地理学」という思想に一致するという。また、最新地理学用語辞典では地理学...
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