text stringlengths 202 7.43M | work_id stringlengths 6 11 | source stringclasses 2
values | source_url stringlengths 31 52 | publication_year int64 1.87k 1.95k | orthography stringclasses 2
values | rights_status stringclasses 2
values | split stringclasses 1
value |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
いつまで生きてていつ死ぬか解らない程、不安な淋しいことはないと、お葉は考へたのである。併し人間がこの世に生れ出た其瞬間に於いて、その一生が明らかな數字で表はされてあつたならば、決定された淋しさに、終りの近づく不安さに、一日も力ある希望に輝いた日を送ることが、むづかしいかもしれない。けれどもお葉の弱い心は定められない限りない生の淋しさに堪へられなくなつたのである。そして三十三に死なうと思つた時、それが丁度目ざす光明でもあるかのやうに、行方のない心のうちにある希望を求め得たかのやうに、限りない力とひそかな喜びに堪へられなかつたのである。
お葉は十八の年、不具になつた。
「これからなんでもお前の好きなことをしたがいい。」
一人の母親は... | 000002 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000012/card2.html | 1,918 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一
堀川の大殿樣のやうな方は、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。噂に聞きますと、あの方の御誕生になる前には、大威徳明王の御姿が御母君の夢枕にお立ちになつたとか申す事でございますが、兎に角御生れつきから、並々の人間とは御違ひになつてゐたやうでございます。でございますから、あの方の爲さいました事には、一つとして私どもの意表に出てゐないものはございません。早い話が堀川のお邸の御規模を拜見致しましても、壯大と申しませうか、豪放と申しませうか、到底私どもの凡慮には及ばない、思ひ切つた所があるやうでございます。中にはまた、そこを色々とあげつらつて大殿樣の御性行を始皇帝や煬帝に比べるものもございますが、それは諺に... | 000061 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card61.html | 1,927 | 旧字旧仮名 | なし | train |
或日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待つてゐた。
廣い門の下には、この男の外に誰もゐない。唯、所々丹塗の剥げた、大きな圓柱に、蟋蟀が一匹とまつてゐる。羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男の外にも、雨やみをする市女笠や揉烏帽子が、もう二三人はありさうなものである。それが、この男の外には誰もゐない。
何故かと云ふと、この二三年、京都には、地震とか辻風とか火事とか饑饉とか云ふ災がつゞいて起つた。そこで洛中のさびれ方は一通りでない。舊記によると、佛像や佛具を打砕いて、その丹がついたり、金銀の箔がついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、薪の料に賣つてゐたと云ふ事である。洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、元よ... | 000128 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card128.html | 1,915 | 旧字旧仮名 | なし | train |
古谷俊男は、椽側に据ゑてある長椅子に長くなツて、兩の腕で頭を抱へながら熟と瞳を据ゑて考込むでゐた。體のあいた日曜ではあるが、今日のやうに降ツては何うすることも出來ぬ。好な讀書にも飽いて了ツた。と謂ツて泥濘の中をぶらついても始まらない。で此うして何んといふことは無く庭を眺めたり、また何んといふことはなく考込むでボンヤリしてゐた。此の二三日絲のやうな小雨がひツきりなしに降續いて、濕氣は骨の髓までも浸潤したかと思はれるばかりだ、柱も疊も惡く濕氣て、觸るとべと/\する。加之空氣がじめ/\して嫌に生温いといふものだから、大概の者は氣が腐る。
「嫌な天氣だな。」と俊男は、奈何にも倦んじきツた躰で、吻ツと嘆息する。「そりや此樣な不快を與へるのは自... | 000197 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000022/card197.html | 1,934 | 旧字旧仮名 | なし | train |
仙子氏とはとう/\相見る機會が來ない中に永い別れとなつた。手紙のやりとりが始つたのも、さう久しい前からのことではない。またその作品にも――創作を始めて以來、殊に讀書に懶くなつた私は――殆んど接したことがないといつていゝ位で過して來た。そのうちに仙子氏は死んでしまつた。その死後私は遺作の數々を讀まして貰つて、生前會つておくべき人に會はずにしまつたといふ憾みを覺えることが深い。
仙子氏は、作者として、普通いふ意味で不幸だつた人の一人に屬すると思はれる。彼女の作品は恐らく少數な讀者によつてのみ鑑賞された。評壇もその作品に注意することが極めて吝かであつたらしい。然し仙子氏はそんな取扱ひを受くべき人ではなかつたと私は思はざるを得ない。
仙... | 000214 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000025/card214.html | 1,923 | 旧字旧仮名 | なし | train |
「ここを過ぎて悲しみの市。」
友はみな、僕からはなれ、かなしき眼もて僕を眺める。友よ、僕と語れ、僕を笑へ。ああ、友はむなしく顏をそむける。友よ、僕に問へ。僕はなんでも知らせよう。僕はこの手もて、園を水にしづめた。僕は惡魔の傲慢さもて、われよみがへるとも園は死ね、と願つたのだ。もつと言はうか。ああ、けれども友は、ただかなしき眼もて僕を眺める。
大庭葉藏はベツドのうへに坐つて、沖を見てゐた。沖は雨でけむつてゐた。
夢より醒め、僕はこの數行を讀みかへし、その醜さといやらしさに、消えもいりたい思ひをする。やれやれ、大仰きはまつたり。だいいち、大庭葉藏とはなにごとであらう。酒でない、ほかのもつと強烈なものに醉ひしれつつ、僕はこの大庭葉藏... | 000255 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card255.html | 1,935 | 旧字旧仮名 | なし | train |
蝶蝶
老人ではなかつた。二十五歳を越しただけであつた。けれどもやはり老人であつた。ふつうの人の一年一年を、この老人はたつぷり三倍三倍にして暮したのである。二度、自殺をし損つた。そのうちの一度は情死であつた。三度、留置場にぶちこまれた。思想の罪人としてであつた。つひに一篇も賣れなかつたけれど、百篇にあまる小説を書いた。しかし、それはいづれもこの老人の本氣でした仕業ではなかつた。謂はば道草であつた。いまだにこの老人のひしがれた胸をとくとく打ち鳴らし、そのこけた頬をあからめさせるのは、醉ひどれることと、ちがつた女を眺めながらあくなき空想をめぐらすことと、二つであつた。いや、その二つの思ひ出である。ひしがれた胸、こけた頬、それは嘘でなか... | 000259 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card259.html | 1,935 | 旧字旧仮名 | なし | train |
誕生
二十五の春、そのひしがたの由緒ありげな學帽を、たくさんの希望者の中でとくにへどもどまごつきながら願ひ出たひとりの新入生へ、くれてやつて、歸郷した。鷹の羽の定紋うつた輕い幌馬車は、若い主人を乘せて、停車場から三里のみちを一散にはしつた。からころと車輪が鳴る、馬具のはためき、馭者の叱咤、蹄鐵のにぶい響、それらにまじつて、ひばりの聲がいくども聞えた。
北の國では、春になつても雪があつた。道だけは一筋くろく乾いてゐた。田圃の雪もはげかけた。雪をかぶつた山脈のなだらかな起伏も、むらさきいろに萎えてゐた。その山脈の麓、黄いろい材木の積まれてあるあたりに、低い工場が見えはじめた。太い煙突から晴れた空へ煙が青くのぼつてゐた。彼の家である... | 000272 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card272.html | 1,936 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一九二五年に梅鉢工場といふ所でこしらへられたC五一型のその機關車は、同じ工場で同じころ製作された三等客車三輛と、食堂車、二等客車、二等寢臺車、各々一輛づつと、ほかに郵便やら荷物やらの貨車三輛と、都合九つの箱に、ざつと二百名からの旅客と十萬を越える通信とそれにまつはる幾多の胸痛む物語とを載せ、雨の日も風の日も午後の二時半になれば、ピストンをはためかせて上野から青森へ向けて走つた。時に依つて萬歳の叫喚で送られたり、手巾で名殘を惜まれたり、または嗚咽でもつて不吉な餞を受けるのである。列車番號は一〇三。
番號からして氣持が惡い。一九二五年からいままで、八年も經つてゐるが、その間にこの列車は幾萬人の愛情を引き裂いたことか。げんに私が此の列車... | 000313 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card313.html | 1,933 | 旧字旧仮名 | なし | train |
少年の歡喜が詩であるならば、少年の悲哀も亦た詩である。自然の心に宿る歡喜にして若し歌ふべくんば、自然の心にさゝやく悲哀も亦た歌ふべきであらう。
兎も角、僕は僕の少年の時の悲哀の一ツを語つて見やうと思ふのである。(と一人の男が話しだした。)
* * *
僕は八歳の時から十五の時まで叔父の家で生育たので、其頃、僕の父母は東京に居られたのである。
叔父の家は其土地の豪家で、山林田畑を澤山持つて、家に使ふ男女も常に七八人居たのである。
僕は僕の少年の時代を田舍で過ごさして呉れた父母の好意を感謝せざるを得ない、若し僕が八歳の時父母と共に東京に出て居たならば、僕の今日は餘程違つて居ただらうと思ふ。少くとも僕... | 000326 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000038/card326.html | 1,908 | 旧字旧仮名 | なし | train |
亞弗利加洲にアルゼリヤといふ國がある、凡そ世界中此國の人ほど怠惰者はないので、それといふのも畢竟は熱帶地方のことゆえ檸檬や、橙の花咲き亂れて其得ならぬ香四方に立ちこめ、これに觸れる人は自から睡眠を催ふすほどの、だらりとした心地の好い土地柄の故でもあらう。
處が此アルゼリヤ國の中でブリダアといふ市府の人は分ても怠惰ることが好き、道樂をして日を送ることが好きといふ次第である。
佛蘭西人が未だアルゼリヤを犯さない數年前に此ブリダアの市にラクダルといふ人が住んで居たが、これは又た大した豪物で、ブリダアの人々から『怠惰屋』といふ綽名を取つて居た漢、この漢と比て見ると流石のブリダアの市人も餘程の勤勉の民と言はんければならない、何にしろラクダ... | 000330 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000038/card330.html | 1,908 | 旧字旧仮名 | なし | train |
雲飛といふ人は盆石を非常に愛翫した奇人で、人々から石狂者と言はれて居たが、人が何と言はうと一切頓着せず、珍しい石の搜索にのみ日を送つて居た。
或日近所の川に漁に出かけて彼處の淵此所の瀬と網を投つて廻はるうち、ふと網に掛つたものがある、引いて見たが容易に上らないので川に入つて探り試みると一抱もありさうな石である。例の奇癖は斯いふ場合にも直ぐ現はれ、若しや珍石ではあるまいかと、抱きかゝへて陸に上げて見ると、果して! 四面玲瓏、峯秀で溪幽に、亦と類なき奇石であつたので、雲飛先生涙の出るほど嬉しがり、早速家に持ち歸つて、紫檀の臺を造え之を安置した。
靈なる哉この石、天の雨降んとするや、白雲油然として孔々より湧出で溪を越え峯を摩する其趣は... | 000331 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000038/card331.html | 1,903 | 旧字旧仮名 | なし | train |
1
それが癖のいつものふとした出來心で、銀座の散歩の道すがら、畫家の夫はペルシア更紗の壁掛を買つて來た。が、家の門をはひらない前に、彼はからつぽになつた財布の中と妻の視線を思ひ浮べながら、その出來心を少し後悔しかけてゐた。始終支拂ひに足らず勝ちな月末までにもう十日とない或る秋の日の夕方だつた。
「あら、またこんな物を買つてらしたの?」
さすがに隱しきれもせずに、夫がてれ臭い顏附でその壁掛の包みを解くと、案の條妻は非難の眼を向けながらさう言つた。
「うん、近い内に取り掛かる裸體のバツクに使ふ積りなんだよ」
「まア。うまい言譯をおつしやるのね」
と、妻は口元に薄い笑ひを浮べた。
「いや、ほんとだよ」
「ふふふ、怪しいもんだわ。始... | 000358 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000048/card358.html | 1,936 | 旧字旧仮名 | なし | train |
頭の禿げた、うす穢いフロツク姿の老人の指揮者がひよいと立ち上つて指揮棒を振ると、何回目かの、相變らず下品な調子のフオツクス・トロツトが演奏團席の方で始まつた。落ちぶれ貴族の息子とでも云ひさうな若いロシヤ人、眼の動かし方に厭味のある、會社の書記風のイギリス人、髪の毛を妙に凝つた仕方に縮らせたアメリカ人の下士官、金儲けにぬけめのなささうな、商人らしい中年のフランス人、何れも其處の常連だと云ふ、何處となく下等な身成をした、一癖ありげな顏附の男達の十餘人と、それを彩る酒塲稼ぎのロシヤ人の賣笑婦達――壁際のテエブルのまはりに休んでゐた彼等は順順に立ち上つて、それぞれに腕を組み合せながら、強い酒の香と、煙草の烟のむつと立ち罩めた、明りの色の如何... | 000376 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000048/card376.html | 1,936 | 旧字旧仮名 | なし | train |
上
例は威勢よき黒ぬり車の、それ門に音が止まつた娘ではないかと兩親に出迎はれつる物を、今宵は辻より飛のりの車さへ歸して悄然と格子戸の外に立てば、家内には父親が相かはらずの高聲、いはゞ私も福人の一人、いづれも柔順しい子供を持つて育てるに手は懸らず人には褒められる、分外の慾さへ渇かねば此上に望みもなし、やれ/\有難い事と物がたられる、あの相手は定めし母樣、あゝ何も御存じなしに彼のやうに喜んでお出遊ばす物を、何の顏さげて離縁状もらふて下されと言はれた物か、叱かられるは必定、太郎といふ子もある身にて置いて驅け出して來るまでには種々思案もし盡しての後なれど、今更にお老人を驚かして是れまでの喜びを水の泡にさせまする事つらや、寧そ話さずに戻ろ... | 000386 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000064/card386.html | 1,895 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一
おい木村さん信さん寄つてお出よ、お寄りといつたら寄つても宜いではないか、又素通りで二葉やへ行く氣だらう、押かけて行つて引ずつて來るからさう思ひな、ほんとにお湯なら歸りに屹度よつてお呉れよ、嘘つ吐きだから何を言ふか知れやしないと店先に立つて馴染らしき突かけ下駄の男をとらへて小言をいふやうな物の言ひぶり、腹も立たずか言譯しながら後刻に後刻にと行過るあとを、一寸舌打しながら見送つて後にも無いもんだ來る氣もない癖に、本當に女房もちに成つては仕方がないねと店に向つて閾をまたぎながら一人言をいへば、高ちやん大分御述懷だね、何もそんなに案じるにも及ぶまい燒棒杭と何とやら、又よりの戻る事もあるよ、心配しないで呪でもして待つが宜いさと慰めるや... | 000387 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000064/card387.html | 1,895 | 旧字旧仮名 | なし | train |
(上)
井戸は車にて綱の長さ十二尋、勝手は北向きにて師走の空のから風ひゆう/\と吹ぬきの寒さ、おゝ堪えがたと竈の前に火なぶりの一分は一時にのびて、割木ほどの事も大臺にして叱りとばさるゝ婢女の身つらや、はじめ受宿の老媼さまが言葉には御子樣がたは男女六人、なれども常住内にお出あそばすは御總領と末お二人、少し御新造は機嫌かいなれど、目色顏色呑みこんで仕舞へば大した事もなく、結句おだてに乘る質なれば、御前の出樣一つで半襟半がけ前垂の紐にも事は缺くまじ、御身代は町内第一にて、その代り吝き事も二とは下らねど、よき事には大旦那が甘い方ゆゑ、少しのほまちは無き事も有るまじ、厭やに成つたら私の所まで端書一枚、こまかき事は入らず、他所の口を探せとな... | 000388 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000064/card388.html | 1,896 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一
廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お齒ぐろ溝に燈火うつる三階の騷ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行來にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は佛くさけれど、さりとは陽氣の町と住みたる人の申き、三嶋神社の角をまがりてより是れぞと見ゆる大厦もなく、かたぶく軒端の十軒長屋二十軒長や、商ひはかつふつ利かぬ處とて半さしたる雨戸の外に、あやしき形に紙を切りなして、胡粉ぬりくり彩色のある田樂みるやう、裏にはりたる串のさまもをかし、一軒ならず二軒ならず、朝日に干して夕日に仕舞ふ手當こと/″\しく、一家内これにかゝりて夫れは何ぞと問ふに、知らずや霜月酉の日例の神社に欲深樣のかつぎ給ふ是れぞ熊手の下ごしらへといふ、正月門松とりすつるよ... | 000389 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000064/card389.html | 1,895 | 旧字旧仮名 | なし | train |
(一)
家の間數は三疊敷の玄關までを入れて五間、手狹なれども北南吹とほしの風入りよく、庭は廣々として植込の木立も茂ければ、夏の住居にうつてつけと見えて、場處も小石川の植物園にちかく物靜なれば、少しの不便を疵にして他には申旨のなき貸家ありけり、門の柱に札をはりしより大凡三月ごしにも成けれど、いまだに住人のさだまらで、主なき門の柳のいと、空しくなびくも淋しかりき、家は何處までも奇麗にて見こみの好ければ、日のうちには二人三人の拜見をとて來るものも無きにはあらねど、敷金三月分、家賃は三十日限りの取たてにて七圓五十錢といふに、夫れは下町の相場とて折かへして來るは無かりき、さるほどに此ほどの朝まだき四十に近かるべき年輩の男、紡績織の浴衣も少... | 000390 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000064/card390.html | 1,895 | 旧字旧仮名 | なし | train |
上
お京さん居ますかと窓の戸の外に來て、こと/\と羽目を敲く音のするに、誰れだえ、もう寐て仕舞つたから明日來てお呉れと嘘を言へば、寐たつて宜いやね、起きて明けてお呉んなさい、傘屋の吉だよ、己れだよと少し高く言へば、嫌な子だね此樣な遲くに何を言ひに來たか、又お餅のおねだりか、と笑つて、今あけるよ少時辛棒おしと言ひながら、仕立かけの縫物に針どめして立つは年頃二十餘りの意氣な女、多い髮の毛を忙しい折からとて結び髮にして、少し長めな八丈の前だれ、お召の臺なしな半天を着て、急ぎ足に沓脱へ下りて格子戸に添ひし雨戸を明くれば、お氣の毒さまと言ひながらずつと這入るは一寸法師と仇名のある町内の暴れ者、傘屋の吉とて持て餘しの小僧なり、年は十六なれど... | 000391 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000064/card391.html | 1,896 | 旧字旧仮名 | なし | train |
上
酒折の宮、山梨の岡、鹽山、裂石、さし手の名も都人の耳に聞きなれぬは、小佛さゝ子の難處を越して猿橋のながれに眩めき、鶴瀬、駒飼見るほどの里もなきに、勝沼の町とても東京にての場末ぞかし、甲府は流石に大厦高樓、躑躅が崎の城跡など見る處のありとは言へど、汽車の便りよき頃にならば知らず、こと更の馬車腕車に一晝夜をゆられて、いざ惠林寺の櫻見にといふ人はあるまじ、故郷なればこそ年々の夏休みにも、人は箱根伊香保ともよふし立つる中を、我れのみ一人あし曳の山の甲斐に峯のしら雲あとを消すこと左りとは是非もなけれど、今歳この度みやこを離れて八王子に足をむける事これまでに覺えなき愁らさなり。
養父清左衞門、去歳より何處开處からだに申分ありて寐つ起き... | 000392 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000064/card392.html | 1,896 | 旧字旧仮名 | なし | train |
明治二十五年の秋、仙臺で生れた。このことは姓と結び合せて自分を宮城縣人と思ふ人もあるらしいが、たゞ生誕の地といふだけで、三ヶ月後には仙臺を去り、それから土木技師である父の轉勤につれて東京・神戸・熊本・博多・長崎と轉住した。長崎には住むこと七年、小學校課程の大半をこゝで過し、少年時代の追想の懷しい町である。明治三十八年の春、また父の轉勤とともに東京に上り、赤坂・麹町・四谷に住み移つたが、麻布に家が極まつてからもう二十年になる。そして、この家で芝中學校時代、慶應義塾文科時代、三年間の「三田文學」編輯人時代を經てから文筆生活に入り、結婚し二人の子の父となる現在に及んだ。
父が謹直な技術家で、而も着實周到な處世家であるのと大體幸運に惠まれ... | 000405 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000048/card405.html | 1,936 | 旧字旧仮名 | なし | train |
これ、解剖學者に取ツては、一箇神聖なる物體である、今日解剖臺に据ゑられて、所謂學術研究の材となる屍體は、美しい少女の夫であツた。此樣なことといふものは、妙に疾く夫から夫へとパツとするものだ、其と聞いて、此の解剖を見る級の生徒の全は、何んといふことは無く若い血を躍らせた。一ツは好奇心に誘られて、「美しい少女」といふことが強く彼等の心に響いたのだ。中には「萬歳」を叫ぶ剽輕者もあツて、大騷である。
軈て鈴が鳴る、此の場合に於ける生徒等の耳は著しく鋭敏になツてゐた。で鈴の第一聲が鳴るか鳴らぬに、ガタ/\廊下を踏鳴らしながら、我先にと解剖室へ駈付ける。寧ろ突進すると謂ツた方が適當かも知れぬ。
解剖室は、校舍から離れた獨立の建物で、木造の西... | 000410 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000022/card410.html | 1,934 | 旧字旧仮名 | なし | train |
○
十月初めの小雨の日茸狩りに行つた。山に這入ると松茸の香がしめつた山氣に混つて鼻に泌みる。秋雨の山の靜けさ、松の葉から落ちる雨滴が雜木の葉を打つ幽かな音は、却つて山の靜寂を増す。水氣を一ぱいに含んだ青苔を草履で踏む毎に、くすぐつたい感觸が足の甲をつゝむ。咲きおくれた桔梗の紫が殊更鮮かだ。濕つた羊齒をかき分けると可愛らしい松茸が雀の子のやうにうづくまつてゐた。
○
夏の初から――六月の半頃から三月以上もかけ續けてやうやく古びた竹の簾。今日は今日はと思ひながらはづしそびれてゐた。
初秋の薄ら冷たさも身に泌みなれた九月下旬の或日の夕方、いよ/\それを取はづさうとして手をかけた。
裏庭に面した西向の窓である。窓は高... | 000437 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000076/card437.html | 1,939 | 旧字旧仮名 | なし | train |
「昨日大川君から來たうちから、例のものを送つてやつて下さい。」亨一は何の氣なしに女に云つた。疊に頬杖して、謄寫版の小册子に讀み入つて居たすず子は、顔をあげて男の方を見た。云ひかけられた時詞の意味がすぐに了解しにくかつた。
「靜岡へですよ。」男は重ねて云つた。女はこの二度目の詞の出ないうちに、男が何を云ふのであるかを會得して居た。「さうですか」と云はうとしたが、男の詞の方が幾十秒時間か早かつたので、恰も自分の云はうとした上を、男が押しかぶせて來たやうな心持に聞取れた。それ丈け男の詞がいかつく女の耳に響いた。不愉快さが一時に心頭に上つて來た。
「ああ、それは私の爲事の一つでしたわねえ。貴方に吩付けられた。」女は居住まひを直して男の眞向に... | 000453 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000080/card453.html | 1,914 | 旧字旧仮名 | なし | train |
霧の深い、暖かな晩だつた。誘はれるやうに家を出たKと私は、乳色に柔かくぼかされた夜の街を何處ともなく彷徨ひ歩いた。大氣はしつとりと沈んでゐた。そして、その重みのある肌觸りが私の神經を異樣に昂ぶらせた。私の歩調はともすれば早み勝ちだつた。――私達はK自身の羸ち得た或る幸福に就いて、絶えず語り續けた。それは二人の心持を一そう興奮させた。そして、夜の更けるのも忘れてゐた。
「咽喉が渇いたね……」さう云つて、私達は或る裏通のカフエエにはいつた。丁度十一時を少し過ぎてゐた。
それは全く初めての、見知らぬカフエエだつた。中は明りや飾りのけばけばしい割に、がらんとしてゐた。Kと私と、私達から二三卓を離れた暖爐の前の卓を圍む三人――その一人は外國... | 000508 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000048/card508.html | 1,936 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一
藤村の羊羹、岡野の粟饅頭、それから臺灣喫茶店の落花生など、あの人の心づくしの数々が、一つ一つ包の中から取り出されつゝあつた。――私はゴム枕に片頬をつけたまゝ、默つてお蔦が鋏をもつて糸を切るのから、その糸を丹念にくるくると指の先に巻いて、薄紫と赤と青との切手の貼られた送票を丁寧に剥がしたりしてゐるのを、もどかしく眺めてゐた。けれどもそのもどかしさに何ともいへぬ樂しさがあるのを思つて、私はせかずにぢいつと堪へてお蔦の手許をみつめてゐた。書簡箋、小形の封筒、そんなものを順々にお蔦が私の枕許に並べたてた。その時、それらのものゝ間に隱れるやうに挟つてゐたオレンヂ色の表紙を持つたこの小さな手帳を、私はふと手をのべて自分の蒲團の上に取つた... | 000596 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000112/card596.html | 1,919 | 旧字旧仮名 | なし | train |
さうだ、私はそれを忘れないうちに書きとめて置かう。この輝いた喜の消え去らぬうちに、このさわやかな心持のうすれゆかぬうちに……私はこの朝の氣持を、決して忘れる事はないであらうけれども、だからといつて書きとめて置く事の決して無益なことではあるまいと思ふ。却つて私の病に於ける無爲の時間が、その爲に生きこそはしても。
それは昨夜のことであつた。……いや私は先づいきなりその事に筆を進める前に、ついでだから少し自分のこの頃の状態をも記して置かう。
日記を怠つてからもう七年になる。もし私がこの世から消え去つたならば、極めて少數の人に送つた手紙以外には、私自身の直接に觸れた生活は、その斷片をも人に窺はれなくなるであらう。(嘗て丹念につけたことの... | 000597 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000112/card597.html | 1,919 | 旧字旧仮名 | なし | train |
神樂阪の半襟
水野仙子
貧といふものほど二人の心を荒くするものはなかつた。
『今日はお精進かい?』とでも、箸を取りかけながら夫がいはうものなら、お里はそれが十分不足を意味してるのではないと知りながら、
『だつて今月の末が怖いぢやありませんか。』と、忽ち怖い顏になつて聲を荒だてる。これだけ經濟を爲し得たといふ消極的な滿足の傍、夫に對してすまないやうな氣の毒のやうな、自分にしても張合のない食卓なので、恰も急所をつゝかれたやうにおなかの虫が首を曲げるのである。
『何もそんなに聲を尖らせなくたつていゝぢやないか。』と、夫の顏も引き緊つて來る。そしてもたれ合つてゐた愛情が、てんでに自分の持場にかへつて固くなつてしまふやうなことがまゝあつた... | 000598 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000112/card598.html | 1,919 | 旧字旧仮名 | なし | train |
『女つてもの位、なんだね、僕等に取つて依體の知れないものはないね、利口なんだか馬鹿なんだか、時々正體をつかむに苦しむことがあるよ。さうなるとまるで謎だね……法廷なぞでもなんだよ君、あゝあゝかうと、ちやんと言ひ切つてしまふのは女の證人だよ。男なら、さあはつきり覺がありませんとか、よく分りませんでしたとかいふところを、女は事々明瞭に申したてる、そりや頗る明快なものさ、概してそれは證人の弊だがね、女は殊にさうなんだ。勿論、證言の眞實は保證の限にあらずさ。』
主人の辯護士は、次のやうな話を語り終つてから、かう結論のやうにつけ加へた。
それはこんな話であつた。――
嘗てその辯護士の住んでゐた港の都市から少し離れたところに、戸數一萬ばかり... | 000600 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000112/card600.html | 1,920 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一
炬燵にうつ伏したまゝになつてゐて、ふと氣がついてみると、高窓が青白いほど日がのぼつてゐた。びつくりして飛び起きてお芳はそこらを見廻した。子供の聲やら荷馬車の轍の音やら、表どほりはもうがやがやしてをるらしいのに、店の者もまだ前後不覺に寢入つてゐる。清治といふ小僧の名を二聲ばかり呼んで、お芳はぐづぐづになつた帶を解いてきりつと着物の前を合した。二人の醫者の馬乘提燈が相前後して山サのくゞりを出て、曉近い街に南と北と分れてから一時間程して皆やうやう寢床に入つたのだ。何かと後の始末をしてゐた産婆が、襷をはづして一まづ暇を告げた時には、母親もお芳も少からず心細く思はれたが、二晩一日看護に疲れた人を、さういつまでも引きとめて置くわけにはい... | 000601 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000112/card601.html | 1,919 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一
年老いた父と母と小娘二人との寂しいくらし――それは私が十二の頃の思出に先づ浮んで來る家庭の姿であつた。總領の兄は笈を負うて都に出てゐるし、やむなく上の姉に迎へた養子は、まだ主人からの暇が出ないで、姉と共に隣町のお店に勤めてゐた。町でも繁華な場所に家屋敷はあつたけれど、軒並に賑つてゐる呉服屋や小間物店の間にあつて、私の家ばかりは廣い間口に寂しく蔀が下されてあつた。
年に一度、少しばかりの米俵を積んだ荷馬車がどこからか來て庭先にとまる。そして馬子がそれを一俵づつ背中に負うて、内庭を通つて倉に運んで行く。私はもの珍しくその後について行つてみると、母は上つぱりを着て手拭を冠つて、もう一人の男と馬子とが擔ぎあげる天秤棒を通した秤の目... | 000602 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000112/card602.html | 1,919 | 旧字旧仮名 | なし | train |
患者としてはこの病院内で一番の古顏となつたかはりに、私は思の外だんだん快くなつて行つた。
もう春も近づいた。青い澄んだ空は、それをまじまじと眺めてゐる私に眩しさを教へる。さうしてついとその窓を掠めて行く何鳥かの羽裏がちらりと光る。私はむくむくと床をぬけ出して、そのぢぢむさい姿を日向に曝し、人並に、否病めるが故に更により多くの日光を浴びようと端近くにじり出る。或は又新しい心のあぢはひを搜しに、ぶらりぶらりと長い廊下を傳つて行く。たとへば長い間寢ながら眺めてゐた向側の病室の前を歩いて見る事、または階下に降りて見るたのしみ、幾月かの間あこがれてゐた土を踏んでみる事の愉悦、しかしそれらの事が毎日とどこほりなく行はれなければこそ、その期待の... | 000603 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000112/card603.html | 1,919 | 旧字旧仮名 | なし | train |
明治三十一年
暮春雨
惜しまるゝ花のこずゑもこの雨の晴れてののちや若葉なるらむ
春哀傷
林子を悼みて
ちりしみのうらみや深きみし人のなげきやおほきあたらこの花
海邊鵆
昨日こそうしほあみしか大磯のいそふく風に千鳥なくなり
明治三十二年
元旦
若水を汲みつゝをれば標はへしふたもと松に日影のぼりぬ
菖蒲
生れしはをのこなるらむ菖蒲草ふきし軒端に幟たてたり
避暑
この夏は來よと文しておこせたる伯母がりとはむ山のあなたに
秋郊虫
萩こえし垣をまがりて右にをれて根岸すぐればむしぞなくなる
時雨
水仙の花にむしろもおほひあへず小さき庭をかせ時雨きぬ
初雪
船にねて船をいづれば曉のはつ雪しろしかけは... | 000613 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000118/card613.html | 1,915 | 旧字旧仮名 | なし | train |
明治三十七年
青壺集(二)
郷にかへる歌并短歌
草枕旅のけにして、こがらしのはやも吹ければ、おもゝちを返り見はすと、たましきの京を出でゝ、天さかる夷の長路を、ひた行けど夕かたまけて、うす衾寒くながるゝ、鬼怒川に我行き立てば、なみ立てる桑のしげふは、岸のへになべても散りぬ、鮭捕りの舟のともしは、みなかみに乏しく照りぬ、たち喚ばひあまたもしつゝ、しばらくにわたりは超えて、麥おほす野の邊をくれば、皀莢のさやかにてれる、よひ月の明りのまにま、家つくとうれしきかもよ、森の見ゆらく、
短歌
太刀の尻さやに押してるよひ月の明りにくれば寒しこの夜は
人々のもとにおくりける歌
一
いにしへのますら武夫も妹にこひ泣きこそ泣きけれその名... | 000614 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000118/card614.html | 1,915 | 旧字旧仮名 | なし | train |
明治四十四年
乘鞍岳を憶ふ
落葉松の溪に鵙鳴く淺山ゆ見し乘鞍は天に遙かなりき
鵙の聲透りて響く秋の空にとがりて白き乘鞍を見し
我が攀ぢし草の低山木を絶えて乘鞍岳をつばらかにせり
おほにして過ぎば過ぐべき遠山の乘鞍岳をかしこみ我が見し
乘鞍と耳に聲響きかへり見て何ぞもいたく胸さわぎせし
おもはぬに天に我が見し乘鞍は然かと人いはゞあらぬ山も猶
くしびなる山は乘鞍かしこきろ山の姿は目にかにかくに
乘鞍をまことにいへば只白く山の間に見し峰をそを我れは
うるはしみ見し乘鞍は遠くして一目といへどながく矜らむ
乘鞍はさやけく白し濁りたるなべてが空に只一つのみ
おろそかに仰げば低き蒼空を遙にせんと乘鞍は立てり
乘鞍は一目... | 000615 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000118/card615.html | 1,915 | 旧字旧仮名 | なし | train |
俳句
白菜や間引き/\て暮るゝ秋
七年の約を果すや暮の秋
散りぬべき卿の秋の毛虫かな
花煙草葉を掻く人のあからさま
藁灰に莚掛けたり秋の雨
豆引いて莠はのこる秋の風
わかさぎの霞が浦や秋の風
佐渡について母への状や秋の風
蓼の穗に四五日降つて秋の水
此村に高音の目白捉へけり
鳴きもせで百舌鳥の尾動く梢かな
柿くふや安達が原の百姓家
柿赤き梢を蛇のわたりけり
芝栗や落ちたるを拾ひ枝を折る
錐栗やこゝに二つを珍らしむ
芭蕉ある寺に一樹の柚子黄なり
一うねは桐の木蔭の黄菊かな
わせ刈つて鷸の伏す田となりにけり
狼把草の花さく頃や稻日和
掛稻の下や茶の木の花白し
飛彈人の木を流す谷の紅葉かな
蟲... | 000616 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000118/card616.html | 1,915 | 旧字旧仮名 | なし | train |
ネウリ部落のシャクに憑きものがしたといふ評判である。色々なものが此の男にのり移るのださうだ。鷹だの狼だの獺だのの靈が哀れなシャクにのり移つて、不思議な言葉を吐かせるといふことである。
後に希臘人がスキュティア人と呼んだ未開の人種の中でも、この種族は特に一風變つてゐる。彼等は湖上に家を建てて住む。野獸の襲撃を避ける爲である。數千本の丸太を湖の淺い部分に打込んで、其の上に板を渡し、其處に彼等の家々は立つてゐる。床の所々に作られた落し戸を開け、籠を吊して彼等は湖の魚を捕る。獨木舟を操り、水狸や獺を捕へる。麻布の製法を知つてゐて、獸皮と共に之を身にまとふ。馬肉、羊肉、木苺、菱の實等を喰ひ、馬乳や馬乳酒を嗜む。牝馬の腹に獸骨の管を插入れ、奴... | 000618 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/card618.html | 1,942 | 旧字旧仮名 | なし | train |
趙の邯鄲の都に住む紀昌といふ男が、天下第一の弓の名人にならうと志を立てた。己の師と頼むべき人物を物色するに、當今弓矢をとつては、名手・飛衞に及ぶ者があらうとは思はれぬ。百歩を隔てて柳葉を射るに百發百中するといふ達人ださうである。紀昌は遙々飛衞をたづねて其の門に入つた。
飛衞は新入の門人に、先づ瞬きせざることを學べと命じた。紀昌は家に歸り、妻の機織臺の下に潛り込んで、其處に仰向けにひつくり返つた。眼とすれすれに機躡が忙しく上下往來するのをじつと瞬かずに見詰めてゐようといふ工夫である。理由を知らない妻は大に驚いた。第一、妙な姿勢を妙な角度から良人に覗かれては困るといふ。厭がる妻を紀昌は叱りつけて、無理に機を織り續けさせた。來る日も來る... | 000620 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/card620.html | 1,942 | 旧字旧仮名 | なし | train |
隴西の李徴は博學才穎、天寶の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた。いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた。下吏となつて長く膝を俗惡な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺さうとしたのである。しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に驅られて來た。この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに烱々として、曾て進士に登第した頃の豐頬の美少年の俤は、何處に求めやうもない。數年の後、貧窮に堪へず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏... | 000623 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/card623.html | 1,942 | 旧字旧仮名 | なし | train |
高橋順介、それが猫又先生の本名である。
先生はT中學校の國語並に國文法の先生で、私達が四年級に進んだ年の四月に新任されたのである。而も、當然私達の擔任たるべく期待されてゐた歴史の杉山先生が、肺患が重つた爲めに辭任されたので、代つて私達のクラスを擔任されることになつた。杉山先生は若かつたが、中學校の先生には稀に見る程の温かな人格者で、而も深い學識を持ちながら淡々たる擧措が一同の敬愛の的となつてゐた。故にその辭任の原因が肺患と知つた時にも、私達は先生と離れるのを幸福と思はなかつた。そして一同涙ぐましい程失望した。猫又先生はこの失望の前に迎へられたのである。
講堂で催された新學期始業式の席上で、教頭が新任先生三人の紹介をした後、猫又先... | 000642 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000048/card642.html | 1,936 | 旧字旧仮名 | なし | train |
女は黒い、小型の旅行鞄をさげた赤帽のあとから、空氣草履の足擦り靜に車内へはいつて來た。黒絹の手袋した右手に金金具、茶なめし皮のオペラパツクを、左手に派手な透模樣のパラソルを、そして、金紗づくめのけばけばしい着附、束髪に厚化粧、三十三四と見える年頃が、停車中の車内のむしむした、變にダルな空氣をぱつと引き立たせるに十分だつた。車窓には梅雨にはいつて間もない小糠雨がけむつてゐる。六月なかば過ぎの京都停車塲の夜の八時近くである。まだ寢るには早いと云つたやうな、うんじきつた樣子でゐた乘客達――それも何時になくまばらだつた十人餘りの視線は彈かれたやうに女の顏に注がれた。
「どうも御苦勞樣……」
幾らかけんのある眼で、却つて反撥するやうに車内... | 000649 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000048/card649.html | 1,936 | 旧字旧仮名 | なし | train |
文化六年の春が暮れて行く頃であつた。麻布龍土町の、今歩兵第三聯隊の兵營になつてゐる地所の南隣で、三河國奧殿の領主松平左七郎乘羨と云ふ大名の邸の中に、大工が這入つて小さい明家を修復してゐる。近所のものが誰の住まひになるのだと云つて聞けば、松平の家中の士で、宮重久右衞門と云ふ人が隱居所を拵へるのだと云ふことである。なる程宮重の家の離座敷と云つても好いやうな明家で、只臺所だけが、小さいながらに、別に出來てゐたのである。近所のものが、そんなら久右衞門さんが隱居しなさるのだらうかと云つて聞けば、さうではないさうである。田舍にゐた久右衞門さんの兄きが出て來て這入るのだと云ふことである。
四月五日に、まだ壁が乾き切らぬと云ふのに、果して見知らぬ... | 000674 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card674.html | 1,915 | 旧字旧仮名 | なし | train |
私は御覽の通り委員の中で一人軍服を着して居ります。で此席へは個人として出て居りまするけれども、陸軍省の方の意見も聽取つて參つて居りますから、或場合には其事を添へて申さうと思ひます。最初に假名遣と云ふものはどんなものだと私は思つて居るか、それから假名遣にはどんな歴史があるかと云ふことに就て少し申したいのであります。既に今日まで大槻博士、藤岡君等のやうな老先生、それから專門家の芳賀博士等が斯う云ふ問題に就いては十分御述べになつてありますから、大抵盡きて居ります。それから當局の方でも又調査の初めから此事に關係して居られる渡部君の如きは詳しい説明を致されました。其外達識なる矢野君の如き方の議論もありました。又自分の後に通告になつて居ります中... | 000677 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card677.html | 1,909 | 旧字旧仮名 | なし | train |
唐の貞觀の頃だと云ふから、西洋は七世紀の初日本は年號と云ふもののやつと出來掛かつた時である。閭丘胤と云ふ官吏がゐたさうである。尤もそんな人はゐなかつたらしいと云ふ人もある。なぜかと云ふと、閭は台州の主簿になつてゐたと言ひ傳へられてゐるのに、新舊の唐書に傳が見えない。主簿と云へば、刺史とか太守とか云ふと同じ官である。支那全國が道に分れ、道が州又は郡に分れ、それが縣に分れ、縣の下に郷があり郷の下に里がある。州には刺史と云ひ、郡には太守と云ふ。一體日本で縣より小さいものに郡の名を附けてゐるのは不都合だと、吉田東伍さんなんぞは不服を唱へてゐる。閭が果して台州の主簿であつたとすると日本の府縣知事位の官吏である。さうして見ると、唐書の列傳に出て... | 000679 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card679.html | 1,916 | 旧字旧仮名 | なし | train |
寛永九年六月十五日に、筑前國福岡の城主黒田右衞門佐忠之の出した見廻役が、博多辻の堂町で怪しい風體の男を捕へた。それを取り調べると、豐後國日田にゐる徳川家の目附役竹中采女正に宛てた、栗山大膳利章の封書を懷中してゐた。城内でそれを開いて見れば、忠之が叛逆の企をしてゐると云ふ訴であつた。
當時忠之と利章とは、非常に緊張した間柄になつてゐた。年の初に前將軍徳川秀忠の葬儀が濟んで、忠之が下國した時、主立つた諸侍は皆箱崎まで迎に出たのに、利章一人は病氣と稱して城下の邸に閉ぢ籠つて出なかつた。そこで忠之は利章の邸の前を通る時、山下平兵衞を使に遣つて、容態を尋ね、全快次第出勤せいと云はせた。其後も忠之は度々見舞の使を遣り、又利章の療治をしてゐると... | 000681 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card681.html | 1,914 | 旧字旧仮名 | なし | train |
石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと靜にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ來る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に殘れるは余一人のみなれば。
五年前の事なりしが、平生の望足りて、洋行の官命を蒙り、このセイゴンの港まで來し頃は、目に見るもの、耳に聞くもの、一つとして新ならぬはなく、筆に任せて書き記しつる紀行文日ごとに幾千言をかなしけむ、當時の新聞に載せられて、世の人にもてはやされしかど、今日になりておもへば、穉き思想、身の程知らぬ放言、さらぬも尋常の動植金石、さては風俗などをさへ珍しげにしるしゝを、心ある人はいかにか見けむ。こたびは途に上りしとき、日記ものせむとて買ひし册子もまだ白紙のまゝなるは、... | 000682 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card682.html | 1,890 | 旧字旧仮名 | なし | train |
元文三年十一月二十三日の事である。大阪で、船乘業桂屋太郎兵衞と云ふものを、木津川口で三日間曝した上、斬罪に處すると、高札に書いて立てられた。市中到る處太郎兵衞の噂ばかりしてゐる中に、それを最も痛切に感ぜなくてはならぬ太郎兵衞の家族は、南組堀江橋際の家で、もう丸二年程、殆ど全く世間との交通を絶つて暮してゐるのである。
この豫期すべき出來事を、桂屋へ知らせに來たのは、程遠からぬ平野町に住んでゐる太郎兵衞が女房の母であつた。この白髮頭の媼の事を桂屋では平野町のおばあ樣と云つてゐる。おばあ樣とは、桂屋にゐる五人の子供がいつも好い物をお土産に持つて來てくれる祖母に名づけた名で、それを主人も呼び、女房も呼ぶやうになつたのである。
おばあ樣を... | 000687 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card687.html | 1,915 | 旧字旧仮名 | なし | train |
高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞をすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せられて、大阪へ廻されることであつた。それを護送するのは、京都町奉行の配下にゐる同心で、此同心は罪人の親類の中で、主立つた一人を大阪まで同船させることを許す慣例であつた。これは上へ通つた事ではないが、所謂大目に見るのであつた、默許であつた。
當時遠島を申し渡された罪人は、勿論重い科を犯したものと認められた人ではあるが、決して盜をするために、人を殺し火を放つたと云ふやうな、獰惡な人物が多數を占めてゐたわけではない。高瀬舟に乘る罪人の過半は、所謂心得違のために、... | 000691 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card691.html | 1,916 | 旧字旧仮名 | なし | train |
高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞をすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せられて、大阪へ廻されることであつた。それを護送するのは、京都町奉行の配下にゐる同心で、此同心は罪人の親類の中で、主立つた一人を、大阪まで同船させることを許す慣例であつた。これは上へ通つた事ではないが、所謂大目に見るのであつた默許であつた。
當時遠島を申し渡された罪人は、勿論重い科を犯したものと認められた人ではあるが、決して盜をするために、人を殺し火を放つたと云ふやうな、獰惡な人物が多數を占めてゐたわけではない。高瀬舟に乘る罪人の過半は、所謂心得違のために、... | 000692 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card692.html | 1,916 | 旧字旧仮名 | なし | train |
太陽は神々の蜜である
天涯は梁木である
空はその梁木にかかる蜂の巣である
輝く空氣はその蜂の卵である。
Chandogya Upa. ※ ※. ※.
こゝは天上で
粉雪がふつてゐる……
生きてゐる陰影
わたしは雪のなかに跪いて
その銀の手をなめてゐる。
囈語
竊盜金魚
強盜喇叭
恐喝胡弓
賭博ねこ
詐欺更紗
涜職天鵞絨
姦淫林檎
傷害雲雀
殺人ちゆりつぷ
墮胎陰影
騷擾ゆき
放火まるめろ
誘拐かすてえら。
大宣辭
かみげはりがね
ぷらちなのてをあはせ
ぷらちなのてをばはなれつ
うちけぶるまきたばこ。
たくじやうぎんぎよのめより
をんなのへそをめがけて
ふきいづるふんすゐ
ひとこそしらね
てんにしてひかる... | 000731 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000136/card731.html | 1,924 | 旧字旧仮名 | なし | train |
議論は相合はぬ節多けれども、
常に小弟を勵ます益友、
木村鷹太郎君にこの著を献ず。
はしがき
僕、一席の演説を依囑せられ、その原稿を書いて居ると、この樣に長くなつてしまつたので、雜誌に掲載することも出來ず、止むを得ず一册として出版さすことにした。
曾て、博士三宅雄二郎氏、『我觀小景』を公にせられて以來、わが國に於て、同氏の如く哲學上の荒蕪を開拓して、自説を發表し、且之を持續體現せられたのは、愛己説の加藤博士、現象即實在論の井上博士、並に無神無靈魂説の故中江兆民居士だけであつたかと記憶して居る。その諸説の由來と可否とはさて置いて、かういふ篤學諸氏の驥尾に附して、僕が一種の哲理を發表するのは、少し大膽過ぎるかも... | 000733 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000137/card733.html | 1,920 | 旧字旧仮名 | なし | train |
上
うと/\したと思ふうちに眼が覺めた。すると、隣の室で妙な音がする。始めは何の音とも又何處から來るとも判然した見當が付かなかつたが、聞いてゐるうちに、段々耳の中へ纒まつた觀念が出來てきた。何でも山葵卸しで大根かなにかをごそごそ擦つてゐるに違ない。自分は確に左樣だと思つた。夫にしても今頃何の必要があつて、隣りの室で大根卸を拵えてゐるのだか想像が付かない。
いひ忘れたが此處は病院である。賄は遙か半町も離れた二階下の臺所に行かなければ一人もゐない。病室では炊事割烹は無論菓子さへ禁じられてゐる。況して時ならぬ今時分何しに大根卸を拵えやう。是は屹度別の音が大根卸の樣に自分に聞えるのに極つてゐると、すぐ心の裡で覺つたやうなものゝ、偖それ... | 000764 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card764.html | 1,916 | 旧字旧仮名 | なし | train |
杉よ! 眼の男よ!
富岡誠
『杉よ!
眼の男よ!』と
俺は今、骸骨の前に起つて呼びかける。
彼は默つてる。
彼は俺を見て、ニヤリ、ニタリと苦笑して
ゐる。
太い白眼の底一ぱいに、黒い熱涙を漂は
して時々、海光のキラメキを放つて俺の
顔を射る。
『何んだか長生きの出來さうにない
輪劃の顔だなあ』
『それや――君
――君だつて――
さう見えるぜ』
『それで結構、
三十までは生き度くないんだから』
『そんなら――僕は
――僕は君より、もう長生きしてるぢや
ないか、ヒツ、ヒツ、ヒツ』
ニヤリ、ニタリ、ニヤリと、
白眼が睨む。
『しまつた!
やられた!』
逃げやうと考へて俯向いたが
『何糞ツ』と、
今一... | 000802 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000149/card802.html | 1,926 | 旧字旧仮名 | なし | train |
「まあ皆、聞いて呉れ給へ。この僕にもこんな話があるから面白いぢやあないか……」
と、B歩兵聯隊附のS中尉が話し始めたのです。かう云ふと、定めて戰爭の手柄話でも聞かされるのかと、お思ひになるでせう。處が大違ひなんです。この間Mの家で、一昔前のA中學校の卒業生だつた我我五人が、久し振りに落ち合つた時の話です。五人と云つても、Mはもう法科大學の四囘生ですし、Yはある商店の番頭でお召ずくめかなんかでをさまつてゐますし、Hは高工を出て或る造船所の技手、それにS中尉と、私だつたのです。勿論五人の間には昔ながらの親しみと、寛ぎとがありました。然し、姿形から云ふともう見違へる程大人びて、腕白な中學時代の面影は殆ど何處にもありませんでした。
寒さ... | 000807 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000048/card807.html | 1,936 | 旧字旧仮名 | なし | train |
自序
お芋の蒸けるのを、子ども等と
樂しく一しよにまちながら……
わたしは二人の子どもの父であります。(三人でしたがその一人は此の現實の世界にでて僅に三日、日光にも觸れないですぐまた永遠の郷土にかへつて行きました)勿論、天眞な子ども達に對しては耻しいことばかりの、それこそ名ばかりの父であります。否、父ではありません。友であります。ほんとに善い友でありたいと、それを切に希ふものです。
子ども達をおもふと、わたしは幸福を感じます。わたしは希望を感じます。子ども達をとほしてのみ、眞の人間の生活は、その意味が解るやうに、わたしには想はれます。
子ども達をおもひ且つ愛することに依て、わたしはわたしの此の苦惱にみちみてる生涯を純く、そ... | 000828 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000136/card828.html | 1,924 | 旧字旧仮名 | なし | train |
言文一致に就いての意見、と、そんな大した研究はまだしてないから、寧ろ一つ懺悔話をしよう。それは、自分が初めて言文一致を書いた由來――も凄まじいが、つまり、文章が書けないから始まつたといふ一伍一什の顛末さ。
もう何年ばかりになるか知らん、余程前のことだ。何か一つ書いて見たいとは思つたが、元來の文章下手で皆目方角が分らぬ。そこで、坪内先生の許へ行つて、何うしたらよからうかと話して見ると、君は圓朝の落語を知つてゐよう、あの圓朝の落語通りに書いて見たら何うかといふ。
で、仰せの儘にやつて見た。所が自分は東京者であるからいふ迄もなく東京辯だ。即ち東京辯の作物が一つ出來た譯だ。早速、先生の許へ持つて行くと、篤と目を通して居られたが、忽ち礑と... | 000901 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000006/card901.html | 1,909 | 旧字旧仮名 | なし | train |
『オイ/\何處へ行くんだよ。』
とお大と云ふ裏町のお師匠さんが、柳町の或寄席の前の汚い床屋から往來へ聲をかける。
聲をかけられたのは、三人連の女である。孰も縞か無地かの吾妻に、紺か澁蛇の目かの傘を翳して、飾し込んでゐるが、聲には氣もつかず、何やら笑ひさゞめきながら通過ぎやうとする。
『オイ/\、素通は不可いよ。』とお大は一段聲を張あげて憤れつたさうに、
『此にお大さんが控えて居るんだよ、莫迦野郎唯は通しやしないよ。』
三人のうちで、一番丈の高いお山と云ふ女が偶と振顧くと、『可厭だよ。誰かと思つたらお大なんだよ。』と苦笑しながら罰が惡いと言ふ體で顏を見る。
『フン、また芝居だろ。』とお大は赭顏に血走つたやうな目容をして、『好い年... | 000948 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000023/card948.html | 1,943 | 旧字旧仮名 | なし | train |
――きちがひの女の兒に惚れられた話をしませう。
と詩人西原北春氏はこの詩人得意の「水花踊」などまだ始まらぬまだほんのほの/″\と酒の醉ひがまはりかけたばかりのところで――あれが始まるころはまつたく泥醉状態になつた西原氏なので――話し始めた。
支那の李太白らが醉つて名詩を作つたといふのはどれほどの醉ひに達したときか知りませんが、わが國の大詩人西原北春氏にありては、今北春氏が
――きちがひに惚れられた話をしませう。
と厚い童男のやうな唇にいくらか微笑をふくんでいひ出した程度の醉ひの状態が一番、この大詩人の詩的面目の躍如たる表現に適してゐることを私には斷言出來ます。――さきは九歳のこどもですよ。
――會社の重役のお孃さんです... | 000986 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000076/card986.html | 1,939 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一
わたしの叔父は江戸の末期に生れたので、その時代に最も多く行はれた化物屋敷の不入の間や、嫉み深い女の生靈や、執念深い男の死靈や、さうしたたぐひの陰慘な幽怪な傳説を澤山に知つてゐた。しかも叔父は「武士たるものが妖怪などを信ずべきものでない。」といふ武士的教育の感化から、一切これを否認しようと努めてゐたらしい。その氣風は明治以後になつても失せなかつた。わたし達が子供のときに何か取留めのない化物話などを始めると、叔父はいつでも苦い顏をして碌々に相手にもなつて呉れなかつた。
その叔父が唯一度こんなことを云つた。
「併し世の中には解らないことがある。あのおふみの一件なぞは……。」
おふみの一件が何であるかは誰も知らなかつた。叔父も自... | 001005 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card1005.html | 1,939 | 旧字旧仮名 | なし | train |
十七の五月だつた。私は重い膓チブスに罹つて、赤坂の或る病院へ入院した。
入院して十日餘りは私はまるで夢中だつた。何か怖ろしい物に追ひ掛けられてゐるやうな、遁げても遁げても遁げきれないやうな苦しさのする長い夢にあがいてゐた氣持――そんな氣持で、私はその十日餘りを過した。その間に腦症を起しかけて醫師が絶望を宣告した事、そして、家中の者が枕元に集まつて豫期された私の死に涙ぐんだ事――そんな事は回復期にはいつてから初めて看護婦の武井さんに聞かされた事だつた。
傳染病室から普通の病室へ擔架で移されたのは、六月の中旬頃の事だつた。私は痩せ衰へてゐた。床の上で武井さんに助けられながら寢返りするのがやつとだつた。食物は流動物だつた。本を讀む事も... | 001045 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000048/card1045.html | 1,936 | 旧字旧仮名 | なし | train |
――水野敬三より妻の藤子に宛てた手記――
昨日、宵の内から降り出したしめやかな秋雨が、今日も硝子戸の外にけぶつてゐる。F――川の川音も高い。町を挾んだ丘の斜面の黄ばんだ木の葉の色も急に濃くなつたやうだ。J――峠から海の方へ展がる山坡に沿うて、雨を含んだ灰色の雲が躍るやうに千切れては飛び、飛んでは千切れて行く。海の沖には風が騷いでゐるのかも知れない。とに角私が此處へ來てから暗い空模樣が今日で五日も續いてゐるのだ。著いた日の夜出した繪葉書はもうお前の手に屆いたことと思ふ。が、夏の終りに病後の一月餘りを過した時の事を思ひ浮べて、此處の晴れ晴れしい秋空を想像してはいけない。ほんとに陰氣な、物寂しい日ばかりなのだから‥‥‥‥。
藤子、もう... | 001052 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000048/card1052.html | 1,936 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一
コペルニクスは地動説をとなえたが、それを統一的理論によつて説明するためにはニュウトンをまたねばならなかつた。ところが今日の小學生は萬有引力の公式を知つている。だからコペルニクスよりも二十世紀の小學生の方がすぐれている!
石造建築は木造建築よりも進んだ建築である。某々洋食店は石造建築である。法隆寺は木造建築である。だから、某々洋食店の建築は法隆寺の建築よりもすぐれている!
これ等の論理には矛盾がない。だがこの理論からひき出された判斷は、必らずしも私たちを首肯せしめない。その理由は説明するまでもなく、誰でもちよつと考えて見ればわかることである。
ところが、次のような命題にぶつつかると問題はそれ程簡單ではない。
ダンテの作... | 001096 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000221/card1096.html | 1,929 | 旧字旧仮名 | なし | train |
四五年といふもの逗子の方へ行つてゐたので、お花見には御無沙汰した。全體彼地では汐風が吹くせゐか木が皆小さくて稀に二三株有つても色も褪せて居るやうだから、摘草などをこそすれつい/\花を見る事は先づすくないのである、と言つて花時に出ても來ないし、愈々以て遠々しくは成つたものの、何もお花見だからと言つて異裝なんかする事はさう別に奬勵するにも及ばなければ、恐しく取緊る事もないと思ふ。さうしなければ樂めないといふ譯もなし、普通の身裝で普通の顏で、歡樂を擅にする事ができるのだから。
近來櫻花の下を通る女の風俗を見るに、どうも物足りない點がある、花に對する配合が惡い。たとへば上野なら上野で、清水の堂に、文金の高島田、紫の矢絣、と云つた美人が、銀... | 001180 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card1180.html | 1,939 | 旧字旧仮名 | なし | train |
西は神通川の堤防を以て劃とし、東は町盡の樹林境を爲し、南は海に到りて盡き、北は立山の麓に終る。此間十里見通しの原野にして、山水の佳景いふべからず。其川幅最も廣く、町に最も近く、野の稍狹き處を郷屋敷田畝と稱へて、雲雀の巣獵、野草摘に妙なり。
此處往時北越名代の健兒、佐々成政の別業の舊跡にして、今も殘れる築山は小富士と呼びぬ。
傍に一本、榎を植ゆ、年經る大樹鬱蒼と繁茂りて、晝も梟の威を扶けて鴉に塒を貸さず、夜陰人靜まりて一陣の風枝を拂へば、愁然たる聲ありておうおうと唸くが如し。
されば爰に忌むべく恐るべきを(おう)に譬へて、假に(應)といへる一種異樣の乞食ありて、郷屋敷田畝を徘徊す。驚破「應」來れりと叫ぶ時は、幼童婦女子は遁隱れ、... | 001182 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card1182.html | 1,939 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一
「いまの、あの婦人が抱いて居た嬰兒ですが、鯉か、鼈ででも有りさうでならないんですがね。」
「…………」
私は、默つて工學士の其の顏を視た。
「まさかとは思ひますが。」
赤坂の見附に近い、唯ある珈琲店の端近な卓子で、工學士は麥酒の硝子杯を控へて云つた。
私は卷莨を點けながら、
「あゝ、結構。私は、それが石地藏で、今のが姑護鳥でも構ひません。けれども、それぢや、貴方が世間へ濟まないでせう。」
六月の末であつた。府下澁谷邊に或茶話會があつて、斯の工學士が其の席に臨むのに、私は誘はれて一日出向いた。
談話の聽人は皆婦人で、綺麗な人が大分見えた、と云ふ質のであるから、羊羹、苺、念入に紫袱紗で薄茶の饗應まであつたが――辛抱をなさ... | 001183 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card1183.html | 1,939 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一
「此のくらゐな事が……何の……小兒のうち歌留多を取りに行つたと思へば――」
越前の府、武生の、侘しい旅宿の、雪に埋れた軒を離れて、二町ばかりも進んだ時、吹雪に行惱みながら、私は――然う思ひました。
思ひつゝ推切つて行くのであります。
私は此處から四十里餘り隔たつた、おなじ雪深い國に生れたので、恁うした夜道を、十町や十五町歩行くのは何でもないと思つたのであります。
が、其の凄じさと言つたら、まるで眞白な、冷い、粉の大波を泳ぐやうで、風は荒海に齊しく、ぐわう/\と呻つて、地――と云つても五六尺積つた雪を、押搖つて狂ふのです。
「あの時分は、脇の下に羽でも生えて居たんだらう。屹と然うに違ひない。身輕に雪の上へ乘つて飛べるやう... | 001184 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card1184.html | 1,939 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一
機會がおのづから來ました。
今度の旅は、一體はじめは、仲仙道線で故郷へ着いて、其處で、一事を濟したあとを、姫路行の汽車で東京へ歸らうとしたのでありました。――此列車は、米原で一體分身して、分れて東西へ馳ります。
其が大雪のために進行が續けられなくなつて、晩方武生驛(越前)へ留つたのです。強ひて一町場ぐらゐは前進出來ない事はない。が、然うすると、深山の小驛ですから、旅舍にも食料にも、乘客に對する設備が不足で、危險であるからとの事でありました。
元來――歸途に此の線をたよつて東海道へ大𢌞りをしようとしたのは、……實は途中で決心が出來たら、武生へ降りて許されない事ながら、そこから虎杖の里に、もとの蔦屋(旅館)のお米さんを訪... | 001185 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card1185.html | 1,939 | 旧字旧仮名 | なし | train |
上
去にし年秋のはじめ、汽船加能丸の百餘の乘客を搭載して、加州金石に向ひて、越前敦賀港を發するや、一天麗朗に微風船首を撫でて、海路の平穩を極めたるにも關はらず、乘客の面上に一片暗愁の雲は懸れり。
蓋し薄弱なる人間は、如何なる場合にも多くは己を恃む能はざるものなるが、其の最も不安心と感ずるは海上ならむ。
然れば平日然までに臆病ならざる輩も、船出の際は兎や角と縁起を祝ひ、御幣を擔ぐも多かり。「一人女」「一人坊主」は、暴風か、火災か、難破か、いづれにもせよ危險ありて、船を襲ふの兆なりと言傳へて、船頭は太く之を忌めり。其日の加能丸は偶然一人の旅僧を乘せたり。乘客の暗愁とは他なし、此の不祥を氣遣ふにぞありける。
旅僧は年紀四十二三、... | 001186 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card1186.html | 1,939 | 旧字旧仮名 | なし | train |
柏崎海軍少尉の夫人に、民子といつて、一昨年故郷なる、福井で結婚の式をあげて、佐世保に移住んだのが、今度少尉が出征に就き、親里の福井に歸り、神佛を祈り、影膳据ゑつつ座にある如く、家を守つて居るのがあつた。
旅順の吉報傳はるとともに幾干の猛將勇士、或は士卒――或は傷つき骨も皮も散々に、影も留めぬさへある中に夫は天晴の功名して、唯纔に左の手に微傷を受けたばかりと聞いた時、且つ其の乘組んだ艦の帆柱に、夕陽の光を浴びて、一羽雪の如き鷹の來り留つた報を受け取つた時、連添ふ身の民子は如何に感じたらう。あはれ新婚の式を擧げて、一年の衾暖かならず、戰地に向つて出立つた折には、忍んで泣かなかつたのも、嬉涙に暮れたのであつた。
あゝ、其のよろこびの涙... | 001187 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card1187.html | 1,939 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一
麻布の我善坊にある田村と云ふ下宿屋で、二十年來物堅いので近所の信用を得てゐた主人が近頃病死して、その息子義雄の代になつた。
義雄は繼母の爲めに眞の父とも折合が惡いので、元から別に一家を構へてゐた。且、實行刹那主義の哲理を主張して段々文學界に名を知られて來たのであるから、面倒臭い下宿屋などの主人になるのはいやであつた。
が、渠が嫌つてゐたのは、父の家ばかりではない。自分の妻子――殆ど十六年間に六人の子を産ませた妻と生き殘つてゐる三人の子――をも嫌つてゐた。その妻子と繼母との處分を付ける爲め、渠は喜んで父の稼業を繼續することに決めたのである。然し妻にそれを專らやらせて置けば、さう後顧の憂ひはないから、自分は肩が輕くなつた氣が... | 001206 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000137/card1206.html | 1,911 | 旧字旧仮名 | なし | train |
維新前江戸、諸大名の御用商人であつた私の實家は、維新後東京近郊の地主と變つたのちまでも、まへの遺風を墨守して居る部分があつた。
いろは順で幾十戸前が建て列ねた藏々をあづかる多くの番頭、その下の小僧、はした、また奧女中の百人近い使用人へ臨んだ主人としての態度は、今でも東京の下町の問屋あたりの老主人がかたく墨守して居るそれと變りはなかつた。正月の雜煮を當代の主人も今の召使達と一つ大釜から盛つて据えられた。主人はその膳の前に紋付の羽織の襟を正しうやうやしく座つて白木の箸を取り上げた。長坊も長孃も、次男も末娘もそれに添つて居並び主人の父親の通りにした。雜煮は中位な四角の餅の燒いたのを大根、里芋、小松菜を浮かべたすまし汁のなかへ浸したもので... | 001287 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000076/card1287.html | 1,939 | 旧字旧仮名 | なし | train |
早春を脱け切らない寒さが、思ひの外にまだ肩や肘を掠める。しかし、宵の小座敷で燈に向つてゐると、夜のけはひは既に朧である。うるめる物音、物影。
「日本的なるもの」の一つに「朧」がある。よし、それが淨土教の影響によるにもせよ、老莊道學の示唆を得たにもせよ、わが國人の氣魄とやはらぎを享けて生活趣味の常用燈となつた以上、立派に國産である。單に外來のみなる淨土教の釀す雰圍氣ならば、理想偏愛の一邊に墮ちるし、老莊思想のみならば現實分析の極の渾沌である。ここに理想の花あれど色を含み現實の霞あれど靉靆の形に於いて清亮の質を帶びるものを「朧」の本質ともいふべきか。
歴代の文學に朧を讚へたものが多い。清少納言が枕草紙に「春は曙、やうやう白くなり行... | 001288 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000076/card1288.html | 1,939 | 旧字旧仮名 | なし | train |
登場人物
駕籠かき 權三
權三の女房 おかん
駕籠かき 助十
助十の弟 助八
家主 六郎兵衞
小間物屋 彦兵衞
彦兵衞のせがれ 彦三郎
左官屋 勘太郎
猿まはし 與助
願人坊主 雲哲
おなじく 願哲
石子伴作
ほかに長屋の男 女 娘 子供 捕方
駕籠舁など
第一幕
享保時代。大岡越前守が江戸の町奉行たりし頃。七月初旬の午後。
神田橋本町の裏長屋。壁一重を境にして、上のかたには駕籠かき權三、下の方は駕籠かき助十が住んでゐる。いづれも破れ障子のあばら屋にて、權三の家の臺所は奧にあり。助十の家の臺所は下のかたにある。權三の家の土間には一挺の辻駕籠が置いてある。二軒の下のかたに柳が一本立つてゐて、その奧に路地の入口があると知る... | 001305 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card1305.html | 1,939 | 旧字旧仮名 | なし | train |
美人彫刻家として有名なのはまづ佛蘭西の、ゼロームを推さねばなるまいが、其彫刻は矢張り端麗とか、優美とかに重きを置いたクラシカルのもので、美人を其まゝ美人として現はしたものは希臘の昔に溯らねばならぬ。希臘には雄壯なることアポロのやうなものもあるが、又ミローや、メディスのヴィナス、デアナの如うな美しい女神もある。
さて斯かる美人を彫刻せんには、藝術家は何ういふ態度に出づべきものであらうか。豫め自分の心の中に、こんな美人を拵へて見やうと考へて、それに類似したモデルを探してかかるのであらうか。此れが考を要するところである。成程其中には隨分こんな考で以て、やつてる人はないでもない。何うも彼のモデルは胴がよかつたが頸がわるいので、他から頸を求... | 001314 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000240/card1314.html | 1,910 | 旧字旧仮名 | なし | train |
【やきものの歴史】
やきものゝ歴史は古い、考古學の範圍にはいつてゆくと際限がない、また私のよく話し得るところでない。しかし、やきものが或時代の尖端をいつたものであつて、やきものゝ技を知る人が「瓦博士」などの稱呼で尊敬されてゐた時代のあつたことは確かである。我々は小學校の歴史で、百濟から瓦博士の來たことなど聞いた記憶がある。それが、ずつと後になると時代の流れに乘つて、權力者の保護を受け、氣位高くゐられた時もあれば、一介の勞働者扱ひされて、山間の賤が伏屋に土とロクロと共に起臥して、誰も顧みてくれぬ時代もあつた。
今や昭和の御代、國運隆々として起り、今まで骨董視され茶人の閑遊具と見られてゐたやきものゝ研究は日を追うて盛んになつてきた。... | 001328 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000243/card1328.html | 1,943 | 旧字旧仮名 | なし | train |
只、假初の風邪だと思つてなほざりにしたのが不可かつた。たうとう三十九度餘りも熱を出し、圭一郎は、勤め先である濱町の酒新聞社を休まねばならなかつた。床に臥せつて熱に魘される間も、主人の機嫌を損じはしまいかと、それが譫言にまで出る程絶えず惧れられた。三日目の朝、呼び出しの速達が來た。熱さへ降れば直ぐに出社するからとあれだけ哀願して置いたものを、さう思ふと他人の心の情なさに思はず不覺の涙が零れるのであつた。
「僕出て行かう」
圭一郎は蒲團から匍ひ出たが、足がふら/\して眩暈を感じ昏倒しさうだつた。
千登世ははら/\し、彼の體躯につかまつて「およしなさい。そんな無理なことなすつちや取返しがつかなくなりますよ」と言つて、圭一郎を再寢かせよ... | 001335 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000249/card1335.html | 1,933 | 旧字旧仮名 | なし | train |
二月の中旬、圭一郎と千登世とは、それは思ひもそめぬ些細な突發的な出來事から、間借してゐる森川町新坂上の煎餅屋の二階を、どうしても見棄てねばならぬ羽目に陷つた。が、裏の物干臺の上に枝を張つてゐる隣家の庭の木蓮の堅い蕾は稍色づきかけても、彼等の落着く家とては容易に見つかりさうもなかつた。
圭一郎が遠い西の端のY縣の田舍に妻と未だほんにいたいけな子供を殘して千登世と駈落ちして來てから滿一年半の歳月を、樣々な懊惱を累ね、無愧な卑屈な侮らるべき下劣な情念を押包みつゝ、この暗い六疊を臥所として執念深く生活して來たのである。彼はどんなにか自分の假初の部屋を愛し馴染んだことだらう。罅の入つた斑點に汚れた黄色い壁に向つて、これからの生涯を過去の所爲... | 001336 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000249/card1336.html | 1,933 | 旧字旧仮名 | なし | train |
S社の入口の扉を押して私は往來へ出た。狹い路地に入ると一寸佇んで、蝦蟇口の緩んだ口金を齒で締め合せた。心まちにしてゐた三宿のZ・K氏の口述になる小説『狂醉者の遺言』の筆記料を私は貰つたのだ。本來なら直に本郷の崖下の家に歸つて、前々からの約束である私の女にセルを買つてやるのが人情であつたがしかし最近或事件で女の仕草をひどく腹に据ゑかねてゐた私は、どう考へ直しても氣乘りがしなくて、ただ漫然と夕暮の神樂坂の方へ歩いて行つた。もう都會には秋が訪れてゐて、白いものを着てゐる自分の姿が際立つた寂しい感じである。ふと坂上の眼鏡屋の飾窓を覗くと、氣にいつたのがあつて餘程心が動いたが、でも、おあしをくづす前に、一應Z・K氏にお禮を言ふ筋合のものだと氣... | 001337 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000249/card1337.html | 1,933 | 旧字旧仮名 | なし | train |
八月の曇つた日である。一方に海があつて、それに鉤手に一連の山があり、そしてその間が平地として、汽車に依つて遠國の蒼渺たる平原と聯絡するやうな、或るやや大きな町の空をば、この日例になく鈍い緑色の空氣が被つてゐる。
大きな河が海に入る處では盛んな怒號が起つた。末廣がりになつた河口までは大河は全く平滑で、殆ど動とか力とかいふ感じを與へない、鼠一色の靜止の死物であるやうに見えて居ながら、一旦海の境界線と接觸を持つと忽ち一帶の白浪が逆卷き上り、そして(遠くから見て居ると)それが崩れかけた頃になつて(近くで聽いたならば、さぞ恐しい音響であらうと思はれるほどの)音響が、遠くの雷鳴のやうに響いた。
然しながらこの自然現象は、毎日毎日同樣に繰り返... | 001392 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000120/card1392.html | 1,945 | 旧字旧仮名 | なし | train |
字引で見ると、すかんぽの和名は須之であると云ふ。東京ではすかんぽといふ。われわれの郷里ではととぐさと呼んだ。漢名は酸模または※蕪である。日本植物圖鑑ではすいばと云ふのが普通の名稱として認められてゐる。今はさう云ふ事が億劫であるから、此植物に關する本草學的の詮索は御免を蒙る。
震災前、即ち改築前の大學の庭には此草が毎年繁茂して、五月なかばには紅緑の粒を雜へた可憐な花の穗が夕映のくさむらに目立つた。學生として僕ははやく此草の存在に注意した。其花の莖とたんぽぽの冠毛の白い硝子玉とを配して作つたスケッチは齋藤茂吉君の舊い歌集の揷繪として用ゐられた。
此植物は僕には舊いなじみである。まだ小學校に上つて間もない時分、年上の惡少にそそのかさ... | 001393 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000120/card1393.html | 1,945 | 旧字旧仮名 | なし | train |
内山君足下
何故そう急に飛び出したかとの君の質問は御尤である。僕は不幸にして之を君に白状してしまはなければならぬことに立到つた。然し或はこれが僕の幸であるかも知れない、たゞ僕の今の心は確かに不幸と感じて居るのである、これを幸であつたと知ることは今後のことであらう。しかし將來これを幸であつたと知る時と雖も、たしかに不幸であると感ずるに違いない。僕は知らないで宜い、唯だ感じたくないものだ。
『こゝに一人の少女あり。』小説は何時でもこんな風に初まるもので、批評家は戀の小説にも飽き/\したとの御注文、然し年若いお互の身に取つては、事の實際が矢張りこんな風に初るのだから致し方がない。僕は批評家の御注文に應ずべく神樣が僕及び人類を造つて呉れな... | 001406 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000038/card1406.html | 1,908 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一
定めし今時分は閑散だらうと、其閑散を狙つて來て見ると案外さうでもなかつた。殊に自分の投宿した中西屋といふは部室數も三十近くあつて湯ヶ原温泉では第一といはれて居ながら而も空室はイクラもない程の繁盛であつた。少し當は違つたが先づ/\繁盛に越した事なしと斷念めて自分は豫想外の室に入つた。
元來自分は大の無性者にて思ひ立た旅行もなか/\實行しないのが今度といふ今度は友人や家族の切なる勸告でヤツと出掛けることになつたのである。『其處に骨の人行く』といふ文句それ自身がふら/\と新宿の停車場に着いたのは六月二十日の午前何時であつたか忘れた。兔も角、一汽車乘り遲れたのである。
同伴者は親類の義母であつた。此人は途中萬事自分の世話を燒いて... | 001407 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000038/card1407.html | 1,908 | 旧字旧仮名 | なし | train |
(前略)
久しぶりで孤獨の生活を行つて居る、これも病氣のお蔭かも知れない。色々なことを考へて久しぶりで自己の存在を自覺したやうな氣がする。これは全く孤獨のお蔭だらうと思ふ。此温泉が果して物質的に僕の健康に效能があるか無いか、そんな事は解らないが何しろ温泉は惡くない。少くとも此處の、此家の温泉は惡くない。
森閑とした浴室、長方形の浴槽、透明つて玉のやうな温泉、これを午後二時頃獨占して居ると、くだらない實感からも、夢のやうな妄想からも脱却して了ふ。浴槽の一端へ後腦を乘て一端へ爪先を掛て、ふわりと身を浮べて眼を閉る。時に薄目を開て天井際の光線窓を見る。碧に煌めく桐の葉の半分と、蒼々無際限の大空が見える。老人なら南無阿彌陀佛/\と口の中... | 001408 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000038/card1408.html | 1,908 | 旧字旧仮名 | なし | train |
畫を好かぬ小供は先づ少ないとして其中にも自分は小供の時、何よりも畫が好きであつた。(と岡本某が語りだした)。
好きこそ物の上手とやらで、自分も他の學課の中畫では同級生の中自分に及ぶものがない。畫と數學となら、憚りながら誰でも來いなんて、自分も大に得意がつて居たのである。しかし得意といふことは多少競爭を意味する。自分の畫の好きなことは全く天性といつても可からう、自分を獨で置けば畫ばかり書いて居たものだ。
獨で畫を書いて居るといへば至極温順しく聞えるが、其癖自分ほど腕白者は同級生の中にないばかりか、校長が持て餘して數々退校を以て嚇したのでも全校第一といふことが分る。
全校第一腕白でも數學でも。しかるに天性好きな畫では全校第一の名譽... | 001410 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000038/card1410.html | 1,902 | 旧字旧仮名 | なし | train |
第一
やがて來む壽永の秋の哀れ、治承の春の樂みに知る由もなく、六歳の後に昔の夢を辿りて、直衣の袖を絞りし人々には、今宵の歡曾も中々に忘られぬ思寢の涙なるべし。
驕る平家を盛りの櫻に比べてか、散りての後の哀れは思はず、入道相國が花見の宴とて、六十餘州の春を一夕の臺に集めて都西八條の邸宅。君ならでは人にして人に非ずと唱はれし一門の公達、宗徒の人々は言ふも更なり、華冑攝籙の子弟の、苟も武門の蔭を覆ひに當世の榮華に誇らんずる輩は、今日を晴にと裝飾ひて綺羅星の如く連りたる有樣、燦然として眩き許り、さしも善美を盡せる虹梁鴛瓦の砌も影薄げにぞ見えし。あはれ此程までは殿上の交をだに嫌はれし人の子、家の族、今は紫緋紋綾に禁色を猥にして、をさ/\... | 001556 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000271/card1556.html | 1,894 | 旧字旧仮名 | なし | train |
十字架
”神は彼を罰して
一人の女性の手に
わたし給へり”
ああ、
わが負へる
白き十字架。
わが負へる柔き十字架。
人も見よ。
わが負へる美しき十字架。
心飢ゆ
ひもじいと言つては人間の恥でせうか。
垣根に添うた 小徑をゆきかへる私は
決して惡漢のたぐひではありません
よその厨からもれる味噌汁の匂が戀しいのです。
故郷
いい年をしてホームシツクでもありますまい。
だが、泥棒でさへどうかすると故郷を見にゆきます。
生れた故郷が戀しいからではありません
人生があまりに寂しいからです。
つきくさ
おほかたのはなは
あさにひらけど
つきくさの
つゆをおくさへ
おもぶせに
よる... | 001558 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000212/card1558.html | 1,934 | 旧字旧仮名 | なし | train |
一章
黄昏のころ私は叔母と並んで門口に立つてゐた。叔母は誰かをおんぶしてゐるらしく、ねんねこを着て居た。その時の、ほのぐらい街路の靜けさを私は忘れずにゐる。叔母は、てんしさまがお隱れになつたのだ、と私に教へて、生き神樣、と言ひ添へた。いきがみさま、と私も興深げに呟いたやうな氣がする。それから、私は何か不敬なことを言つたらしい。叔母は、そんなことを言ふものでない、お隱れになつたと言へ、と私をたしなめた。どこへお隱れになつたのだらう、と私は知つてゐながら、わざとさう尋ねて叔母を笑はせたのを思ひ出す。
私は明治四十二年の夏の生れであるから、此の大帝崩御のときは數へどしの四つをすこし越えてゐた。多分おなじ頃の事であつたらうと思ふが、私... | 001574 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1574.html | 1,933 | 旧字旧仮名 | なし | train |
俳句季題の分類は普通に時候、天文、地理、人事、動物、植物といふ風になつて居る。此等のうちで後の三つは別として、初めの三つの項目中に於ける各季題の分け方は現代の科學知識から見ると、決して合理的であるとは思はれない。
今日の天文學は天體、即、星の學問であつて氣象學とは全然其分野を異にして居るにも拘らず、相當な教養ある人でさへ天文臺と氣象臺との區別の分らないことが屡々ある。此れは俳諧に於てのみならず昔から支那日本で所謂天文と稱したものが、昔のギリシャで「メテオロス」と云つたものと同樣「天と地との間に於けるあらゆる現象」といふ意味に相應して居たから、其因習がどうしても拔け切らないせゐであらう。それでかういふ混雜の起るやうになつた事の起りの... | 001691 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card1691.html | 1,935 | 旧字旧仮名 | なし | train |
今日は支那の書目に就いて申上げるのでありますが、第一に申上げたいのは、支那の書目の分類の仕方の變遷でございます。それから其の前に一寸支那の書目といふものは、いつ頃から出來たかといふことを申上げて置きたいと思ひますが、これはもう圖書館の事に御關係の方は、どなたも御承知のことでありまして、現存して居る目録では漢書の藝文志が一番古いといふことになつて居ります。これはいつ頃出來たかと申しますと、漢書の出來ましたのは、後漢の班固が之を作つて、さうして班固の生きて居る間には十分出來上らずして、其の妹の有名な曹大家といふ女の學者が之を完成したといふことになつて居りますから、班固の歿くなりました少し後に出來たものと思はれますが、さうしますと、西洋紀... | 001732 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000284/card1732.html | 1,913 | 旧字旧仮名 | なし | train |
凡そ書籍の事に注意する人にして、乾隆の四庫全書の名を知らざる者は少からん。此の四庫全書編纂は、乾隆帝一代の大事業にして、其事の記録に見ゆるは、乾隆三十七年(西暦一七七二)正月四日の上諭に始まる。其主意は、乾隆帝は此の時既に二十一史、十三經等を校勘出版し、其他種々の大部の書を編纂したり、尤も書籍の纂集に就ては、康煕年間古今圖書集成なりて一萬餘卷の大部の書となり、類書としては古來の最も大なるものと稱せらるゝも、其の體裁の類書なるが爲に自然引用せられたる原書の全文を載する能はず、故に是れ以上の大蒐集をなし、有らゆる古今の書籍を一に集めんとの考へより此の上諭を發し、各省地方官に對して蒐集の令を下せり。此の翌年即ち乾隆三十八年には朱筠の上奏に... | 001733 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000284/card1733.html | 1,912 | 旧字旧仮名 | なし | train |
私は應仁の亂に就て申上げることになつて居りますが、私がこんな事をお話するのは一體他流試合と申すもので、一寸も私の專門に關係のないことであります、が大分若い時に本を何といふことなしに無暗に讀んだ時分に、いろいろ此時代のものを讀んだ事がありますので、それを思ひ出して少しばかり申上げることに致しました。それももう少し調べてお話するといゝのですが、一寸も調べる時間がないので、頼りない記憶で申上げるんですから、間違があるかも知れませぬが、それは他流試合だけに御勘辨を願ひます。
兎に角應仁の亂といふものは、日本の歴史に取つてよほど大切な時代であるといふことだけは間違のない事であります。而もそれは單に京都に居る人が最も關係があるといふだけでなく... | 001734 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000284/card1734.html | 1,921 | 旧字旧仮名 | なし | train |
大阪毎日新聞が、一萬五千號のお祝で講演會を催されるといふことで、私にも出るやうにとのお話で出て參りました。但しこの講演會は、時に毎日新聞の一萬五千號のお祝のやうにも聞え、大大阪のお祝のやうにも聞え、時としては大大阪文化史の講演といふ風に見えたこともあります。それについて一寸お斷りして置きますが、私は大都市主義に反對です。それで一萬五千號のお祝に出て參りましたので、大大阪讚美のために出て參つたのではありませぬ。これだけはお斷りして置きます。(拍手)今日は殊に大大阪について十分に讚美のお話がありませうから、一寸それだけ申上げて置きます。
大天才富永仲基
私のお話申上げますのは、「大阪の町人學者富永仲基」についてゞ、この長々しい題號... | 001735 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000284/card1735.html | 1,925 | 旧字旧仮名 | なし | train |
唐宋時代といふことは普通に用ふる語なるが、歴史特に文化史的に考察すると、實は意味をなさぬ語である。それは唐代は中世の終末に屬し、而して宋代は近世の發端となりて、其間に唐末より五代に至る過渡期を含むを以て、唐と宋とは文化の性質上著しく異りたる點がある。但し從來の歴史家は多く朝代によりて時代を區劃したから、唐宋とか元明清とか一の成語になつて居るが、學術的にはかゝる區劃法を改むる必要がある。但し今は便宜上、普通の歴史區劃に從ひ唐宋時代の名を用ひて、支那の中世より近世に移る間の變化の状態を總括して説いて見ようと思ふ。
中世と近世との文化の状態は、如何なる點に於て異るかといふに、政治上よりいへば貴族政治が廢頽して君主獨裁政治が起りたる事で、... | 001736 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000284/card1736.html | 1,922 | 旧字旧仮名 | なし | train |
「土」に就て
漱石
「土」が「東京朝日」に連載されたのは一昨年の事である。さうして其責任者は余であつた。所が不幸にも余は「土」の完結を見ないうちに病氣に罹つて、新聞を手にする自由を失つたぎり、又「土」の作者を思ひ出す機會を有たなかつた。
當初五六十囘の豫定であつた「土」は、同時に意外の長篇として發達してゐた。途中で話の緒口を忘れた余は、再びそれを取り上げて、矢鱈な區切から改めて讀み出す勇氣を鼓舞しにくかつたので、つい夫限に打ち遣つたやうなものゝ、腹のなかでは私かに作者の根氣と精力に驚ろいてゐた。「土」は何でも百五六十囘に至つて漸く結末に達したのである。
冷淡な世間と多忙な余は其後久しく「土」の事を忘れてゐた。所がある時此間亡く... | 001745 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000118/card1745.html | 1,915 | 旧字旧仮名 | なし | train |
余は子規の描いた畫をたつた一枚持つてゐる。亡友の記念だと思つて長い間それを袋の中に入れて仕舞つて置いた。年數の經つに伴れて、ある時は丸で袋の所在を忘れて打ち過ぎる事も多かつた。近頃不圖思ひ出して、あゝして置いては轉宅の際などに何處へ散逸するかも知れないから、今のうちに表具屋へ遣つて懸物にでも仕立てさせやうと云ふ氣が起つた。澁紙の袋を引き出して塵を拂いて中を檢べると、畫は元の儘濕つぽく四折に疊んであつた。畫の外に、無いと思つた子規の手紙も幾通か出て來た。余は其中から子規が余に宛てゝ寄こした最後のものと、夫から年月の分らない短いものとを選び出して、其中間に例の畫を挾んで、三を一纒めに表裝させた。
畫は一輪花瓶に揷した東菊で、圖柄として... | 001749 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card1749.html | 1,916 | 旧字旧仮名 | なし | train |
最近、偶然に文藝作品の映畫化されたものをつゞけて三つ見た。ワイルドの「ウヰンダアミア夫人の扇」、ウエデキントの「春の眼覺め」、ロチの「氷島の漁夫」がそれだ。その中で「ウヰンダアミア夫人の扇」は原作とどうかうと云ふことは別問題として、流石にルビツチの監督したものだけあつて、映畫としても可成り面白く見た。然し、「春の眼覺め」は原作に非常に忠實であらうとする努力は見られたが、結局原作のパラフレエズになつてしまつて急所を突いた處がなく、映畫としては甚だ冗漫だつた。また、「氷島の漁夫」は綺麗な映畫で撮影の苦心は大に感じられたが元來映畫化するのが無理な原作でずゐぶん苦しい映畫だ。あれを「氷島の漁夫」などと銘打たれては、作者生あらば抗議ぐらゐ申し... | 001752 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000048/card1752.html | 1,936 | 旧字旧仮名 | なし | train |
蜀黍畑
お背戸の 親なし
はね釣瓶
海山 千里に
風が吹く
蜀黍畑も
日が暮れた
鶏 さがしに
往かないか。
螢の提灯
螢の提灯光つてる
ぴかん ぴかん光つてる
早くみんなで追つかけよう
螢の提灯考へた
ぴかん ぴかん考へた
早く提灯とつちまい
螢の提灯消えちやつた
つーん つーん消えちやつた
早く蝋燭見せてやれ。
豊作唄
山椒 山椒の木で
雀が啼いた
足で 山椒踏んで
山椒の木で啼いた
豆も 小豆も
莢から はしる
麦も 小麦も
みな たれさがる
山椒 山椒の木で
雀が啼いた
山椒 山椒踏んで
山椒の木で啼いた
日傘
わかれた 母さん
日傘
物言うて くだされ
日傘
お背戸に 風吹く
... | 001757 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000286/card1757.html | 1,945 | 旧字旧仮名 | なし | train |
夢と人生 夢が虚妄に思はれるのは、個々の事件が斷片であり、記憶の連續がないからである。昨日私は、夢の中で借金し、夢の中で怪我をした。しかし朝になつて見れば、借金を返す義務もなく、負傷の跡方さへもないのである。そして今夜の夢は、それと全く別なことを經驗する。だがもしさうでなく、夢が夜毎に連續したらどうであらうか。昨日の夢で怪我をした私は、今夜の夢で病院へ入院し、醫師の治療を受けねばならぬ。そして昨日の夢で借りた金を、今夜の夢で催促され、工面しなければならないのである。
この場合にあつて、夢はまさしく現實である。即ち人々は、晝間の生活と、睡眠中の生活と、二部の併存した人生を生きねばならぬ。神がもし慈悲深く、衆生の人間に對して平等だつた... | 001762 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000067/card1762.html | 1,942 | 旧字旧仮名 | なし | train |
序
※
私の情緒は、激情といふ範疇に屬しない。むしろそれはしづかな靈魂ののすたるぢやであり、かの春の夜に聽く横笛のひびきである。
ある人は私の詩を官能的であるといふ。或はさういふものがあるかも知れない。けれども正しい見方はそれに反對する。すべての「官能的なもの」は、決して私の詩のモチーヴでない。それは主音の上にかかる倚音である。もしくは裝飾音である。私は感覺に醉ひ得る人間でない。私の眞に歌はうとする者は別である。それはあの艶めかしい一つの情緒――春の夜に聽く横笛の音――である。それは感覺でない、激情でない、興奮でない、ただ靜かに靈魂の影をながれる雲の郷愁である。遠い遠い實在への涙ぐましいあこがれである。
およそ... | 001768 | aozora-bunko | https://www.aozora.gr.jp/cards/000067/card1768.html | 1,917 | 旧字旧仮名 | なし | train |
Subsets and Splits
No community queries yet
The top public SQL queries from the community will appear here once available.