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7000
年齢や性別、職業というのはただの形は本質的な意味であなたではないし、それに縛られて我慢する必要はない
7001
心優しい障害のある人が必死になって生きているのに、息を吐くように加害することしかしない人が平気で生きている
7002
一生懸命働いていて人のことを思いやれる人が貧困で、一生悪事を働いて罰せられることもなくお金も十分あって幸せに生きる人がいる
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相手がいないと子供ができないのに高校を辞めさせられるのは女生徒だけで、当の相手は何事も無かったように新しい家庭を築いて幸せに生きている
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努力が必ず報われる訳でもないし、正義が必ず勝つ訳ではないということに気づいてから数年経った今も、結局生きている
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社長の息子が同世代の大学生のアルバイトをただ立っているだけと言ったり、海外インターンしている人が自殺する人を弱いと言っていたりする
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Facebook上で良い人でいれば、その思考をオフレコで言ってれば、側から見たら夢に向かって頑張る若者
7007
私はそれを知っていたけど、私はFacebookで良い人発言もしてないし、その人たちから見たらよくわからない芸術をしている人な訳で、私の方がむしろ何も考えず好き勝手やってる人間に見えていたんだろうなきっと
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理不尽な思いとか、不条理を感じすぎて、逆に自分がおかしいんじゃないかとか悩んだけど、周りを広く見て人の気持ちに寄り添って、コツコツとやっていこうとしている自分は間違ってないと分かったとき、正義は必ずしも世の中の大多数を締めるものではないと同時に分かった
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じゃあ私はそういう人たちに流されて人を思いやらない思想で生きていれば楽だったかもしれない
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どんな思想を持つことも自由ではあるけれど、その思想は人を傷つけるということを知らずに普通に口に出しちゃう人がいるから驚きだよね
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そんな風にただ自分のことだけ考えて周りや現実見ずに生きていれば、私は今のような苦しい思いをしていなかった
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自分の人生は自分のものだけど、自分だけのものじゃない、と思っているから
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悪の同調圧力に負けて自分の自由を捨てるくらいなら、生きている意味がないと思うから、私は生きるために自分を貫く
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私の思想と自由と芸術を求め続けた先に、人を救えることができると本気で思っている
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1人、3人での出展はしたことあるけど、2人は初めてでスペース的に一番ちょうど良かったかも
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そんな今回のデザフェスは、過去最高に多くの人が来てくれて、ほぼずっとブースにいた、本当にありがたい
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その分、ご挨拶に行けなかったブースもあったのが残念だったのでリベンジします
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開場と同時くらいに駆けつけてくださった方や、キキちゃんが出てるから来たと言ってくれた方や、友人やフォロワーさんや、初めての方でもすごい興味を持ってくれた方や、スタッフさんや、元バイト先の先輩と本当に色んな方が来てくださった
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ツイッターのアカウント変えたり、ブログとかを読んで、心配してくれる人や元気そうで良かったって安心してくれる人が多くて、SNSで発信している意義を強く感じた
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遊びに来て声をかけてくれることは、貴重な時間を私にくださることになるし、さらに、なんでもできる大事なお金を私の芸術に魅力を感じて、お金を払ってくれた人がいることが本当にありがたいことだと思う
7021
万人に自分や作品を見せることができたり、離れていても近況がわかるSNSやインターネットの世界も大事だし、私と私の芸術に価値を感じてくれている人に見せたい世界がある
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今回のデザフェスでその両方を感じることができたし、今まで以上に芸術と自分と向き合った結果が今回のデザフェスだと思った
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写真だの芸術だの言ってるけどただ自分が好きなだけ、と書かれたのが悔しいと同時に考えさせられて、自分の存在を芸術にしている人は自分が好きなだけなのかとか考えた
7024
やっぱり私の芸術はナルシシズムではないし、こうして多くの多様な人々が私の周りにはいて、私の芸術を理解しようともせず攻撃する人よりも、こうして自分に価値を感じてくれている人の明日のために、私は芸術をしていかなければいけないのだと思う
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芸術をしていくことは自分の好きでもあるけど、私は誰もが自分として生きていくことに喜びを感じられる社会を作りたいので、自分のためだけに芸術をしていくつもりはない
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それは楽しいことだけなわけないし苦しいこともあるだろうけど、続けていきます
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私のアートのルーツであるデザフェスで、人との出会いや、刺激をもらえたことに感動
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そういう学科じゃないけど、絵が描けない美大生というコンプレックスを払拭するために絵画教室に行ったり、興味のある生涯学習プログラムに参加したりして色んな友達できたり、プチ旅行たくさんしたり、完全セルフプロデュースのものが作りたくてセルフポートレートやら文をまとめたものを作ったり、本気でやらないと卒業できないから大学の勉強もしっかりやって、バイトも楽しくやってて、でもなんだか物足りない感じがしてしまう
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別にもう死にたいとか生きている意味ないとか思わないけど、楽しい時間が終わった時の虚無に耐えられなくて、終わることのないTwitterをずっとみたりしている
7030
久々に自分を殺された事件から2か月経って、立ち直ったけど、そういった加害によって私が他者に怯えて生きてしまうのは私がいけないのですか
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若い女という要素だけで、楽しく生きていて反感買われるのは、若い女である自分が悪いわけじゃないのに、自由を他者に潰された長すぎる時間は取り返しがつかない
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女という性の部分だけで、特有の危険な目に合ったり、能力の有無に関わらず下に見られたりが当たり前の世の中が気持ち悪すぎて吐く
7033
美術に理解のない大人は、私のことを扱いづらい子だったり変な子として見ていることがすぐにわかる
7034
だからって今更社会に適合するために自分を殺すことはないけど、平和な地獄へ導かれているあの感じが苦手だ
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という尾崎豊の言葉が大好きで大事な言葉で、だからいつも自由を求めていて、同調圧力に負けず、やりたいことは全部やって生きていこうとしているけど、そもそも今私が自由にできているのは親とか周りの人のおかげで、それって自由の範疇なのかとか問う
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あと、一生分かることはないかもしれないけど、自分というものがわかりたい
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私の将来の夢は、カルチャーになりたいってずっと言ってるけど、それもそうで、最近気づいた自分がすべきことは世界平和だというのに気づいた
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夢が大きすぎて何していいか分からない現状だと思うんだけど、何事も少しずつしかできないんだよね多分
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自分という人間に価値がないという意味ではなく、やりきれてない感が気持ち悪いし最悪
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い命が奪われたという経験もあり、防災対策に力を入れてきました。その後、2002年
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さらに、2003年12月「東南海・南海地震防災対策推進地域」の指定を受け、2004年
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がななど)この防災手帳の活用については、基本的には市民のみなさんにお任せして
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いるそうです。2004年7月に行われた市民アンケートによりますと、約6割の方が「防
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帳」に記入した方も約6割と、市民の方々に「防災手帳」は浸透しているようです。
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また、名古屋市では、1981年から「自分たちの町は自分たちで守る」ことの必要性
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月31日現在)ですから、名古屋市との違いがよくわかると思います。
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災害に一人で立ち向かうには自ずと限界があり、隣近所や地域での助け合いが必要
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それから、十七日、二十日、強制退去処分、任意出頭状の大量送付などに対しての抗議集会で、十人がパクられた。丸の内警察はそのうち、在日中国人を含めて 三人の家を家宅捜索し、二人を起訴した(その一人は七十日間の拘留に耐えて、釈放されたばかりだが、もう一人はまだ東京拘置所にいる)。十二月に入ると、 警察は大阪、東京で、自治体を強制捜査で脅迫して、住民票に等しい拒否者の「原票」の写しを手に入れて、六人の拒否者を相次いで逮捕した。
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しかし、逮捕を予期していても、逮捕への対応はいろいろありうるだろう。例えば——、
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その1 犯人が高層ビルの七階の部屋に閉じこもっている。一中隊の機動隊がビルを包囲して、非常線を張っている。公安警察の特別部隊が部屋のドアをたたきつぶし て、中へ突入した途端に、犯人が窓から飛び下りてしまう。下に大勢寄り集まった近所の人々の一人は「あの人はいったい何をしたのか?」とあぜんとした声で 聞く。隣のおばあさんは、こう答える。——「あれは、指紋押捺を拒否した人だよ」(朝鮮人Oさんのシナリオ)
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国際化時代が正に到来した。その証左は警察でさえその風潮にあわせていることだろう。拘留手続きの時に、警官の通訳がつけられた。彼はニューヨークに一年 ほど滞在した経験の持主で英語はペラペラだった。ただ、彼が一番警察の役にたったのは指紋採取の時だった。
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どっちみち、ぼくはこれまで何をしても、現場に指紋を残さないように十分注意してきた。だから「今さら採ったって捜査の役に立たないぞ」と思ったが、どう も、この論理は効目がなさそうだ。指紋是非に関する大論争を三十分ほどやったが、結局、法解釈の相違に終わってしまった。
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釈放されてから間もなくわかってきたことだけれども、ぼくが逮捕された時に、その担当警部補は渋谷区の区民部長に電話をして、「丁寧にやりますから、心配 はいりません」というボス交が行われたようだ。渋谷警察は、確かに「丁寧」だった。ズボンは裂け、指一本はよごれてねんざしていたが、それでもぼくの場合 はまだいい方だった。
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その他、いろいろあったらしいが、暮れゆく窓の外をみている。夜の仕事(!)をしていたころ、日の暮れ方をみることができないので、大した損失だと思って いた。今でも他にすることがあって、こうして、このような機会にしみじみユーカリの木の幹にうすれてゆく光をみているわけである。実に貴重な時間だ。
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外はほぼ暮れきった。パーク通りを通って帰る。料理用のシェリーがまだ残っているはずである。
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彼らは自分たちの作品を「社会的リアリズム」と呼んでいるが、その表現はきわめて多様で、リアリズム、表現主義、シュールリアリズム、ポップアートまで、 巾広い様式が含まれていて、技術的水準も高い。
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ネグロスの砂糖きび労働者の貧困と窮乏は、断片的に聞いていたが、この「サカダ」という絵を見ているわたしに、展覧会主催者の一人が「ネグロスの砂糖きび 労働者の生活はひどい、いつ何が起きてもおかしくない状態だ」といった。
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彼らは北のアシェンダから来たサカダたちだ、ということだったが、行進する彼らの姿は、マニラの労働者たちの熱気にあふれるデモとはあまりにも対照的で、 植民地時代の経済構造がそのまま残っているというネグロスで、社会の底辺を形作っている、貧しい砂糖きび労働者の姿を垣間見た感じだった。
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フィリピンは本来豊かな国である。ネグロスも例外ではない。バコロド市内のリベルタ、セントラルなどのマーケットをはじめ、市内の商店には、あらゆる食料 品、衣料品、雑貨が豊富に並んでいる。しかしあまりの貧しさから、この豊富な食べ物を口にすることもできずに、餓死していく子どもたちがいる。ネグロスで はどの砂糖労働者の家庭でも、低い栄養から何かの病気で、少なくとも一人は幼児を死亡させているというが、一昨年の飢餓のために死んだ子どもは1000人 を越えた。そしてなお14万人が栄養失調で、危険な状態にあるという。
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この年の九月二〇日、ネグロス北部の町エスカランテの市民ホール前の広場には、窮迫した砂糖労働者とその家族を中心に、5000人の人たちが食料の配給を 求めて集まっていた。この群集に向かって市民ホールの屋上から、政府軍の機関銃が火を噴いた。銃弾は、逃げまどう人びとを追って、女性、子供を含む二七人 が殺されたといわれる。
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バコロドの状況は、前の年よりもっと悪くなっていた。街にはシャッターを下ろした商店や企業が目につく。街全体に活気が無く、マーケットの買物客も少ない ように感じられる。竹や砂糖きびで作った民芸品も、品質が落ちて少なくなっていた。
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「このアシェンダは133ヘクタール、あとは米を作っている。ここには54家族の労働者が住んでいて、子供は367人、俺のところは夫婦と子供5人で、一 日に食べる米は三キロだが、今日の収入は15ペソだから米代にも足りない。仕事の無いときは、近くの川でとった小魚の干物だけの日もある」
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底辺で暮らす人たちからは、政権は変ったがわれわれの生活は変らない、という声が聞こえてくる。民主化のために活動している人たちは、いつか反 対側からの巻き返しがあるだろうと語る。事実、一時自由だった表現の分野に、最近また、さまざまな圧力がかかって来ていると聞く。ネグロスに象徴される、 植民地時代以来の、小作農民の日常的な貧しさと飢えは、根本的な土地改革が実行されなければ、解決にはならないだろう。
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フィリピンの象徴である三色旗をまとった女性の人形と、機材を積んだトラックを先頭に、若者たちを乗せた六、七台のジープニーが後に続く。民衆文化キャラ バンはマニラをあとに、野を走り山を越えて、いくつもの町を訪れた。
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どこの町の広場も、たくさんの人たちが集まって熱心に見ていたが、内向している地方民衆の政治意識を民衆文化キャラバンがどこまで引き出すことができる か、熱心に働く若者たちを見ていると、この運動の成果は、この国の将来に向けての、一つの布石になるかも知れないと思う。
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吉祥寺に行くのは、主として飲食の快楽のためである。したがって、帰りは電車かタクシーになる。
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「あとですね、このままだと、子どもたちとも、まったくつきあってやれないんですよね」
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水牛——で、一人だと、ここに坐っちゃうと、一日中、もう外に出られなくなっちゃうわけでしょう?
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かねてからBOOK INNの評判は耳にしていたが、実際に通いはじめたのは三年ほど前からである。
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その結果、あたりまえのことをやっているにすぎない笠原さんの店が、かえって異常なものみたいに、どこか気どりすぎてるように見えてしまう。私でさえ、は じめはそう感じたのだもの、それを商売として成立させ、それによって一家の暮らしを立てていくというのは、なかなか困難なしごとであったにちがいない。
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古川さんは午後四時にカウンターに入ると、あとは十一時の閉店まで、そこから一歩も外に出ません。つまり、その間、かれはトイレに行かないのです。行かな いですむように自分の体をコントロールしているのです。私は笠原さんのことを思いだしました。かねがね私は、たった一人で店にいて、笠原さん、いったいい つトイレに行ってるんだろう?——とふしぎに思っていたのです。
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笠原さんは古川さん同様、おだやかな、しかし頑固な職人気質の持ち主です。こんど笠原さんがお店をたたまなければならなかったのは、それはそれで残念なこ とにちがいありませんが、まだ笠原さんは若いのです。古川さんの年齢になるまでには、かなりの時間があります。いずれ機会をみて、また名店の可能性にア タックしてみてください。なにも本屋じゃなくったっていいんですから。たのしみにしてます」
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さらに一月四日、今度は大阪でまた料理人をやらされた。ここ数年いつも正月に大学の同窓生たちが集まっているのだが、それがいつか「ぼくの料理を食べる 会」みたいになってしまったのだ。今年は何にしようか、と悩んだが、なんのことはない、またまた「トリの丸焼き」を作ってしまった。ホントは「丸煮」にし たかったのだが、予め作る暇がなかったので、食べてくれる人が三、四人ならともかく、十五人もいるので、いきなりまったく始めての物を作るのはオソロシ かったので止めにしたのだ。「丸煮」というのは、美恵さんが教えてくれた物で、トリの中にモチ米と刻んだナツメと朝鮮人参を詰めて、そのままお湯の中に入 れて塩味で煮るだけというもの。極めて簡単そうなのだが、やっぱ...
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入口から階段をあがって、長い暗い廊下を通る。柱の陰からだれかが見ているようだ。見ないふりをして通りすぎる。だって、だれもいないんだか ら。
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片足で立って、うかびあがろうと、もがきながら、からだをふるわせているのは、ベッドのそばの男。この歌は男のあたまのなかで鳴っていたんだ。
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ベッドの男が何事もなかったかのように、すばやく毛布にくるまるのと、ベッドの前の男が走りだすのとは、ほとんど同時だった。だけど、走りだして、どこへ 行くのさ? だって、ここはへやのなかなんだからね。
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階段をかけあがり、かけおり、あいたドアのところで——そうそう、忘れていた。このへやには、たったひとつドアがあって、と言っても枠だけで、扉はない。 だから、このドアはいつもあいている、とも言えるし、しまっている、と言ってもいいのだ。——ドアのところで女中とぶつかって、ひっくりかえす。
7080
医者は、ぼくの膝に跨がって股を広げているカイの短いチンチンを引っぱって伸ばし、表面麻酔をした亀頭の下をちくりと針で刺した。血が出ない。 また刺した。カイは机の上におかれた飴をじっと見つめて、黙っている。三回目にやっと一滴の血が出た。
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「見えます、見えました!」とぼくたちを囲み、カイのチンチンを注目している三人の男たちは口々にいった。
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「いや、たいしたもんだよ、ほんとに。たったの三歳半だろう?感心した」
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私たちにとって、「音楽を創ってくれた人」というのは、どういう人たちでしょうか?
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このうち、②と④の人や会社に対する「お礼」というのは比較的わかりやすいですよね。私たちは、楽譜やCDを買う、という行為を通じて、出版社やレコード会社にお礼をしています。
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③もわかりやすいでしょう。コンサートのチケットを買うこと。あるいは、私たちの合唱団で指揮をしてくれる先生、共演をしてくれるピアノやその他楽器奏者さんに、謝礼(ギャラ)をお払いする。それが演奏に対するお礼です。
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こうして、私たちは音楽を創ってくれる人や会社に、直接的なお礼をしています。また、出版社やレコード会社は、出版に際して作曲家、詩人、演奏家に代価を支払っている訳で、私たちが支払う楽譜代やCD代の一部は、間接的にそうした人たちへもまわっています。ここで、前回の最後の疑問がまた出てきます。
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■出版社やレコード会社は、作者や演奏家との間で「取り引き」をしている。つまり、作者や演奏家に代価を払うことで、楽譜やCDを作って売ることができる、という関係です。(たとえば楽譜に関していえば、出版社は作者の許可をもらい、「作品を複製(印刷・出版)する著作権利用料」を払っている、ということ。)
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こうして私たちユーザーは、楽譜やCDを手に入れることができました。でも、CDの虹色に光る円盤をただ眺めていてもしょうがないですよね?CDは、(個人として楽しむ範囲内で)再生して音楽を聴いてこそのCDです。
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まさにそのとおりで、楽譜を買った訳ですから、私たちはその楽譜を自由に読んで歌う権利がある訳です。しかし前回書いたように、著作権法では、「ある条件を満たすような利用のしかた」をするときに限って、法による権利の制約を受け、再び私たちは「お礼」を支払わなければならないケースが生じます。
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つまり、著作権を持つ作曲家や詩人の権利と、私たち合唱団員の権利の関係は、こんなことになります。(なお、すでに著作権の保護期間が切れた作品に関しては下の図の「B」の部分は関係ありません)
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ただし、著作権は「財産権」の一種なので、作者が自分の意志で権利を放棄することも可能です。たとえば作曲者が、「広く世の中で歌ってほしい」というような想いをもって、あえて著作権を放棄したり(この場合、演奏の許可を得る必要がない)、あるいは著作権は持っている(演奏の許可は必要)けれど利用料は無料とする、といったケースもあります。
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どうも前回の繰り返しもあって、「三歩進んで二歩下がる」ようですね。じれったくなる人もいるかも知れませんが、お許しください。
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私たちはなるべくお金をかけずに合唱を楽しみたい。でも、音楽を職業、つまり生活の糧とする人たちもいる。対立する両者の利害を調整する法律が著作権法です。また、芸術家を芸術家としてリスペクトする、というのもまた著作権法の柱です。
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なので、ルールブックに書いてあるから守りましょう、というのではあまり意味がありません。「なぜこのルールはあるのか?」「ルールを守らないとどうなるか?」ということを常に考え続けることこそ大切なことだと思っています。
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といってもやはりこのコーナーは「便利帳」ですから、次回は具体的に「演奏会を開くにあたってどうしたらいいか?」というお話に移りましょう。
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綺麗になりたいというのは女性であれば誰もが思うことですね。しかし、毎日忙しくてスキンケアに時間を掛けていられないのが現実です。そこで、今日から簡単に実践できる綺麗になるためのスキンケア法を紹介します。
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女性なら誰でもキレイになりたい気持ちはあるものです。特に、美しい肌はキレイの基本とも言えます。でも、それはわかっていても平日は仕事で遅くなったり、飲み会やデートなど、日々の忙しさに負けて、丁寧にスキンケアをする時間をなかなか作れないというのが現実ではないでしょうか?