id stringlengths 7 14 | title stringclasses 710 values | context stringlengths 14 858 | question stringlengths 6 99 | answers dict | is_impossible bool 1 class |
|---|---|---|---|---|---|
a56476p6q1 | ミシェル・フーコー | ミシェル・フーコー [SEP] ルイ・アルチェセールはマルクス主義であり、フーコーもフランス共産党に1950年入党するが、幹部の覆面作家などをしつつも馴染めず、また1951-53年のソ連の反ユダヤ運動によりユダヤ医師辺の陰謀などにも驚き、1953年には共産党を去る。ただしルイ・アルチュセールとはその後も交友を持ち、彼の招きでENSで心理学のインストラクターを1951-1955勤める。 | ミシェル・フーコーがフランス共産党に入党したのはいつか。 | {
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a56476p6q2 | ミシェル・フーコー | ミシェル・フーコー [SEP] ルイ・アルチェセールはマルクス主義であり、フーコーもフランス共産党に1950年入党するが、幹部の覆面作家などをしつつも馴染めず、また1951-53年のソ連の反ユダヤ運動によりユダヤ医師辺の陰謀などにも驚き、1953年には共産党を去る。ただしルイ・アルチュセールとはその後も交友を持ち、彼の招きでENSで心理学のインストラクターを1951-1955勤める。 | ミシェル・フーコーがフランス共産党に入党したのはいつか | {
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a56476p7q0 | ミシェル・フーコー | ミシェル・フーコー [SEP] 1952~53年頃、ニーチェを精読する。特に1953年夏にニーチェの『反時代的考察』を読む。 | 1952~53年頃、ニーチェを精読する。特に1953年夏にニーチェの『反時代的考察』を読んだのは? | {
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a56476p7q1 | ミシェル・フーコー | ミシェル・フーコー [SEP] 1952~53年頃、ニーチェを精読する。特に1953年夏にニーチェの『反時代的考察』を読む。 | ミシェル・フーコーがニーチェを精読したのはいつか | {
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a56476p7q2 | ミシェル・フーコー | ミシェル・フーコー [SEP] 1952~53年頃、ニーチェを精読する。特に1953年夏にニーチェの『反時代的考察』を読む。 | ミシェル・フーコーの愛読書は | {
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a56476p7q3 | ミシェル・フーコー | ミシェル・フーコー [SEP] 1952~53年頃、ニーチェを精読する。特に1953年夏にニーチェの『反時代的考察』を読む。 | ミシェル・フーコーが1953年夏に精読したニーチェの著作の名前は。 | {
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a56476p8q0 | ミシェル・フーコー | ミシェル・フーコー [SEP] フーコーは、大学教員資格試験に合格し、1953年にリール大学の助手として採用される。リールには住まずパリから通っていたようだ。「エルム街のエコール・ノルマル(もともと通っていた高等師範学校)でも心理学を教えており、フロイドを扱っていた。そのときの彼は、マルクスの唯物論からハイデッガーの実存主義へ、パブロフの条件反射の理論からルートヴィヒ・ビンズワンガーの現在分析へと移っていく思想的な過渡期」 | ミシェル・フーコーが大学教員資格試験に合格して、リール大学の助手として採用されたのはいつか。 | {
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a56476p8q1 | ミシェル・フーコー | ミシェル・フーコー [SEP] フーコーは、大学教員資格試験に合格し、1953年にリール大学の助手として採用される。リールには住まずパリから通っていたようだ。「エルム街のエコール・ノルマル(もともと通っていた高等師範学校)でも心理学を教えており、フロイドを扱っていた。そのときの彼は、マルクスの唯物論からハイデッガーの実存主義へ、パブロフの条件反射の理論からルートヴィヒ・ビンズワンガーの現在分析へと移っていく思想的な過渡期」 | 大学教員資格試験に合格し、1953年にリール大学の助手として採用されたのは? | {
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a56476p8q2 | ミシェル・フーコー | ミシェル・フーコー [SEP] フーコーは、大学教員資格試験に合格し、1953年にリール大学の助手として採用される。リールには住まずパリから通っていたようだ。「エルム街のエコール・ノルマル(もともと通っていた高等師範学校)でも心理学を教えており、フロイドを扱っていた。そのときの彼は、マルクスの唯物論からハイデッガーの実存主義へ、パブロフの条件反射の理論からルートヴィヒ・ビンズワンガーの現在分析へと移っていく思想的な過渡期」 | ミシェル・フーコーがリール大学の助手として採用されたのはいつか | {
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a56476p9q0 | ミシェル・フーコー | ミシェル・フーコー [SEP] 1954年『精神疾患と心理学』出版。ジャン・ラクロワ監修の「哲学入門シリーズ」の一つとして出版。エミール・クレペリンの自然科学の方法論を精神医学に適応した時の問題や、進化論による「退行」とフロイトの歴史の扱いや、ヤスパースなどの実存主義を扱い、最後の章では精神病院ができる過程から精神医学・心理学が狂気をベースにできた過程を描く。 | ミシェル・フーコーが『精神疾患と心理学』出版したのはいつか | {
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a56476p9q1 | ミシェル・フーコー | ミシェル・フーコー [SEP] 1954年『精神疾患と心理学』出版。ジャン・ラクロワ監修の「哲学入門シリーズ」の一つとして出版。エミール・クレペリンの自然科学の方法論を精神医学に適応した時の問題や、進化論による「退行」とフロイトの歴史の扱いや、ヤスパースなどの実存主義を扱い、最後の章では精神病院ができる過程から精神医学・心理学が狂気をベースにできた過程を描く。 | 1954年『精神疾患と心理学』出版したのは? | {
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a56476p9q2 | ミシェル・フーコー | ミシェル・フーコー [SEP] 1954年『精神疾患と心理学』出版。ジャン・ラクロワ監修の「哲学入門シリーズ」の一つとして出版。エミール・クレペリンの自然科学の方法論を精神医学に適応した時の問題や、進化論による「退行」とフロイトの歴史の扱いや、ヤスパースなどの実存主義を扱い、最後の章では精神病院ができる過程から精神医学・心理学が狂気をベースにできた過程を描く。 | ミシェル・フーコーが『精神疾患と心理学』を出版したのはいつか。 | {
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a56476p9q3 | ミシェル・フーコー | ミシェル・フーコー [SEP] 1954年『精神疾患と心理学』出版。ジャン・ラクロワ監修の「哲学入門シリーズ」の一つとして出版。エミール・クレペリンの自然科学の方法論を精神医学に適応した時の問題や、進化論による「退行」とフロイトの歴史の扱いや、ヤスパースなどの実存主義を扱い、最後の章では精神病院ができる過程から精神医学・心理学が狂気をベースにできた過程を描く。 | ミシェル・フーコーの本は | {
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a56512p0q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽(のうがく)は、日本の伝統芸能であり、式三番(翁)を含む能と狂言とを包含する総称である。重要無形文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産に登録されている。 | ユネスコ無形文化遺産に登録されている日本の伝統芸能は | {
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a56512p0q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽(のうがく)は、日本の伝統芸能であり、式三番(翁)を含む能と狂言とを包含する総称である。重要無形文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産に登録されている。 | 日本の伝統芸能であり、式三番(翁)を含む能と狂言とを包含する総称は? | {
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a56512p0q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽(のうがく)は、日本の伝統芸能であり、式三番(翁)を含む能と狂言とを包含する総称である。重要無形文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産に登録されている。 | 日本の伝統芸能であり、式三番(翁)を含む能と狂言とを包含する総称でユネスコ無形文化遺産に登録されているのは | {
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a56512p0q3 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽(のうがく)は、日本の伝統芸能であり、式三番(翁)を含む能と狂言とを包含する総称である。重要無形文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産に登録されている。 | 日本の伝統芸能で、式三番(翁)を含む能と狂言とを包含する総称は何か。 | {
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a56512p1q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 江戸時代までは猿楽と呼ばれていたが、1881年(明治14年)の能楽社の設立を機に能楽と称されるようになったものである。明治維新により、江戸幕府の式楽の担い手として保護されていた猿楽の役者たちは失職し、猿楽という芸能は存続の危機を迎えた。これに対し、岩倉具視を始めとする政府要人や華族たちは資金を出し合って猿楽を継承する組織「能楽社」を設立。芝公園に芝能楽堂を建設した。この時、発起人の九条道孝らの発案で猿楽という言葉は能楽に言い換えられ、以降、現在に至るまで、能、式三番、狂言の3種の芸能を総称する概念として使用され続けている。 | 能楽は江戸時代まで何と呼ばれていたか。 | {
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a56512p1q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 江戸時代までは猿楽と呼ばれていたが、1881年(明治14年)の能楽社の設立を機に能楽と称されるようになったものである。明治維新により、江戸幕府の式楽の担い手として保護されていた猿楽の役者たちは失職し、猿楽という芸能は存続の危機を迎えた。これに対し、岩倉具視を始めとする政府要人や華族たちは資金を出し合って猿楽を継承する組織「能楽社」を設立。芝公園に芝能楽堂を建設した。この時、発起人の九条道孝らの発案で猿楽という言葉は能楽に言い換えられ、以降、現在に至るまで、能、式三番、狂言の3種の芸能を総称する概念として使用され続けている。 | 能楽は、江戸時代までは何と呼ばれていた? | {
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a56512p1q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 江戸時代までは猿楽と呼ばれていたが、1881年(明治14年)の能楽社の設立を機に能楽と称されるようになったものである。明治維新により、江戸幕府の式楽の担い手として保護されていた猿楽の役者たちは失職し、猿楽という芸能は存続の危機を迎えた。これに対し、岩倉具視を始めとする政府要人や華族たちは資金を出し合って猿楽を継承する組織「能楽社」を設立。芝公園に芝能楽堂を建設した。この時、発起人の九条道孝らの発案で猿楽という言葉は能楽に言い換えられ、以降、現在に至るまで、能、式三番、狂言の3種の芸能を総称する概念として使用され続けている。 | 能楽は江戸時代までは何と呼ばれていた | {
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a56512p1q3 | 能楽 | 能楽 [SEP] 江戸時代までは猿楽と呼ばれていたが、1881年(明治14年)の能楽社の設立を機に能楽と称されるようになったものである。明治維新により、江戸幕府の式楽の担い手として保護されていた猿楽の役者たちは失職し、猿楽という芸能は存続の危機を迎えた。これに対し、岩倉具視を始めとする政府要人や華族たちは資金を出し合って猿楽を継承する組織「能楽社」を設立。芝公園に芝能楽堂を建設した。この時、発起人の九条道孝らの発案で猿楽という言葉は能楽に言い換えられ、以降、現在に至るまで、能、式三番、狂言の3種の芸能を総称する概念として使用され続けている。 | 能楽社を設立したのは誰? | {
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a56512p1q4 | 能楽 | 能楽 [SEP] 江戸時代までは猿楽と呼ばれていたが、1881年(明治14年)の能楽社の設立を機に能楽と称されるようになったものである。明治維新により、江戸幕府の式楽の担い手として保護されていた猿楽の役者たちは失職し、猿楽という芸能は存続の危機を迎えた。これに対し、岩倉具視を始めとする政府要人や華族たちは資金を出し合って猿楽を継承する組織「能楽社」を設立。芝公園に芝能楽堂を建設した。この時、発起人の九条道孝らの発案で猿楽という言葉は能楽に言い換えられ、以降、現在に至るまで、能、式三番、狂言の3種の芸能を総称する概念として使用され続けている。 | 江戸時代までは猿楽と呼ばれていたmonoha | {
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a56512p10q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] それぞれ太鼓の入った「太鼓物」や、太鼓の無い「大小物」がある。(後述の囃子の項目も参照) | 能楽で、太鼓の無いものを何と呼ぶか | {
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a56512p10q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] それぞれ太鼓の入った「太鼓物」や、太鼓の無い「大小物」がある。(後述の囃子の項目も参照) | 能楽で太鼓の無いのは、何というか? | {
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"大小物"
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a56512p10q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] それぞれ太鼓の入った「太鼓物」や、太鼓の無い「大小物」がある。(後述の囃子の項目も参照) | 能楽には太鼓の入った「太鼓物」や、太鼓の無い何がある | {
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"「大小物」"
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a56512p11q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 狂言の舞踏も能と共有する技術が多く舞うというにふさわしいが、日常を描くことの多い狂言では当然日常的な所作や具体性を帯びた演技も多く、身体を上下に動かす所作もあり踊りに近い発想も見られる。狂言の舞と型の一例を演出用語として分類し下記する。 | 狂言は何を描くことが多いか | {
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a56512p11q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 狂言の舞踏も能と共有する技術が多く舞うというにふさわしいが、日常を描くことの多い狂言では当然日常的な所作や具体性を帯びた演技も多く、身体を上下に動かす所作もあり踊りに近い発想も見られる。狂言の舞と型の一例を演出用語として分類し下記する。 | 狂言の舞踏も何と共有する技術が多く舞うというにふさわしい。 | {
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a56512p11q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 狂言の舞踏も能と共有する技術が多く舞うというにふさわしいが、日常を描くことの多い狂言では当然日常的な所作や具体性を帯びた演技も多く、身体を上下に動かす所作もあり踊りに近い発想も見られる。狂言の舞と型の一例を演出用語として分類し下記する。 | 能楽に対し日常を描くことの多いのは何 | {
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"狂言"
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a56512p12q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能における声楽部分である謡を謡曲と言い、大別するとシテ、ワキ、ツレなど劇中の登場人物と、「地謡(じうたい)」と呼ばれる8名(が標準だが、2名以上10名程度まで)のバックコーラスの人々である。劇中の登場人物の謡はそのまま登場人物の科白となる。一方、地謡は登場人物の心理描写や情景描写を担当しているが、場合によってはシテの感情を代弁してうたうこともあり、シテ・ワキ・ツレ・地謡が掛け合いをするケースもある。 | 能の劇中の登場人物は、シテ、ワキともう一人は? | {
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a56512p12q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能における声楽部分である謡を謡曲と言い、大別するとシテ、ワキ、ツレなど劇中の登場人物と、「地謡(じうたい)」と呼ばれる8名(が標準だが、2名以上10名程度まで)のバックコーラスの人々である。劇中の登場人物の謡はそのまま登場人物の科白となる。一方、地謡は登場人物の心理描写や情景描写を担当しているが、場合によってはシテの感情を代弁してうたうこともあり、シテ・ワキ・ツレ・地謡が掛け合いをするケースもある。 | 能における声楽部分である謡を何というか | {
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"謡曲"
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a56512p12q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能における声楽部分である謡を謡曲と言い、大別するとシテ、ワキ、ツレなど劇中の登場人物と、「地謡(じうたい)」と呼ばれる8名(が標準だが、2名以上10名程度まで)のバックコーラスの人々である。劇中の登場人物の謡はそのまま登場人物の科白となる。一方、地謡は登場人物の心理描写や情景描写を担当しているが、場合によってはシテの感情を代弁してうたうこともあり、シテ・ワキ・ツレ・地謡が掛け合いをするケースもある。 | 能における声楽部分である謡を何と言うか | {
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"謡曲"
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a56512p13q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 地謡は地謡座で前後二列になり、舞台を向いて座る。各々扇を持っており、謡う際にはそれを構え、休みの際には下ろす。地謡は地頭(じがしら)と呼ばれる存在がコンサートマスターのような役割を果たしており、以前は一番左前に座していたが、全体を統率するために後列中央に位置するようになった。 | 地頭は現在どの位置に位置することが多いか | {
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a56512p13q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 地謡は地謡座で前後二列になり、舞台を向いて座る。各々扇を持っており、謡う際にはそれを構え、休みの際には下ろす。地謡は地頭(じがしら)と呼ばれる存在がコンサートマスターのような役割を果たしており、以前は一番左前に座していたが、全体を統率するために後列中央に位置するようになった。 | 地謡でコンサートマスターのような役割を果たすのは? | {
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"地頭"
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a56512p13q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 地謡は地謡座で前後二列になり、舞台を向いて座る。各々扇を持っており、謡う際にはそれを構え、休みの際には下ろす。地謡は地頭(じがしら)と呼ばれる存在がコンサートマスターのような役割を果たしており、以前は一番左前に座していたが、全体を統率するために後列中央に位置するようになった。 | 地謡は地謡座で前後二列になり、どこを向いて座るのか | {
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"舞台"
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a56512p14q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能と違って、科白劇である狂言ではいつでも地謡や囃子方が登場するわけではない。必要な演目の必要な部分にだけ出演するという形を取る。また舞台後方に4人程度が並ぶことが多い。翁のときだけは囃子方の後方に座る。 | 能と違って、科白劇であるのは何 | {
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"狂言"
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a56512p14q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能と違って、科白劇である狂言ではいつでも地謡や囃子方が登場するわけではない。必要な演目の必要な部分にだけ出演するという形を取る。また舞台後方に4人程度が並ぶことが多い。翁のときだけは囃子方の後方に座る。 | 狂言の人の配置を教えてください。 | {
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"舞台後方に4人程度が並ぶことが多い。"
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a56512p14q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能と違って、科白劇である狂言ではいつでも地謡や囃子方が登場するわけではない。必要な演目の必要な部分にだけ出演するという形を取る。また舞台後方に4人程度が並ぶことが多い。翁のときだけは囃子方の後方に座る。 | 翁のときだけは囃子方のどこに座るのか? | {
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"後方"
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a56512p15q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 一曲のうちには、「謡のみによって構成される場面」「謡と囃子がともに奏される場面」「囃子のみが奏される場面(登場人物が出てくるときの登場楽や、上記の「舞」や「働」である)」の3つが複雑に入り組んでいる。概していえば囃子が謡とともに奏される場合には謡の伴奏的な役割をはたす。また現在では能が始まる合図として、橋がかりの奥にある「鏡の間」で囃子方が音出しを行う「お調べ」が用いられている。 | 現在では能が始まる合図として何が用いられているか | {
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"お調べ"
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a56512p15q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 一曲のうちには、「謡のみによって構成される場面」「謡と囃子がともに奏される場面」「囃子のみが奏される場面(登場人物が出てくるときの登場楽や、上記の「舞」や「働」である)」の3つが複雑に入り組んでいる。概していえば囃子が謡とともに奏される場合には謡の伴奏的な役割をはたす。また現在では能が始まる合図として、橋がかりの奥にある「鏡の間」で囃子方が音出しを行う「お調べ」が用いられている。 | 能楽の構成はいくつ? | {
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a56512p15q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 一曲のうちには、「謡のみによって構成される場面」「謡と囃子がともに奏される場面」「囃子のみが奏される場面(登場人物が出てくるときの登場楽や、上記の「舞」や「働」である)」の3つが複雑に入り組んでいる。概していえば囃子が謡とともに奏される場合には謡の伴奏的な役割をはたす。また現在では能が始まる合図として、橋がかりの奥にある「鏡の間」で囃子方が音出しを行う「お調べ」が用いられている。 | 能が始まる合図として、鏡の間」で囃子方が音出しを行う事を何という? | {
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"お調べ"
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a56512p15q3 | 能楽 | 能楽 [SEP] 一曲のうちには、「謡のみによって構成される場面」「謡と囃子がともに奏される場面」「囃子のみが奏される場面(登場人物が出てくるときの登場楽や、上記の「舞」や「働」である)」の3つが複雑に入り組んでいる。概していえば囃子が謡とともに奏される場合には謡の伴奏的な役割をはたす。また現在では能が始まる合図として、橋がかりの奥にある「鏡の間」で囃子方が音出しを行う「お調べ」が用いられている。 | 能が始まる合図として、使われる曲は? | {
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"お調べ"
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a56512p15q4 | 能楽 | 能楽 [SEP] 一曲のうちには、「謡のみによって構成される場面」「謡と囃子がともに奏される場面」「囃子のみが奏される場面(登場人物が出てくるときの登場楽や、上記の「舞」や「働」である)」の3つが複雑に入り組んでいる。概していえば囃子が謡とともに奏される場合には謡の伴奏的な役割をはたす。また現在では能が始まる合図として、橋がかりの奥にある「鏡の間」で囃子方が音出しを行う「お調べ」が用いられている。 | 能が始まる合図として、橋がかりの奥にある「鏡の間」で囃子方が音出しを行うことを何という | {
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"お調べ"
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a56512p16q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能面は「のうめん」と読むが、面とだけ書けば「おもて」と読むのが普通。様々な種類がある。超自然的なものを題材とした能では面をつけることが多いが、面をつけない直面物もある。狂言では、登場する人物は現世の人間であり通常は面はつけず仮面劇とは言えないが、人間以外のものを演ずる場合などでは面をつける。 | 能面は何と読む? | {
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"のうめん"
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a56512p16q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能面は「のうめん」と読むが、面とだけ書けば「おもて」と読むのが普通。様々な種類がある。超自然的なものを題材とした能では面をつけることが多いが、面をつけない直面物もある。狂言では、登場する人物は現世の人間であり通常は面はつけず仮面劇とは言えないが、人間以外のものを演ずる場合などでは面をつける。 | 能面の読みは? | {
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"のうめん"
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a56512p16q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能面は「のうめん」と読むが、面とだけ書けば「おもて」と読むのが普通。様々な種類がある。超自然的なものを題材とした能では面をつけることが多いが、面をつけない直面物もある。狂言では、登場する人物は現世の人間であり通常は面はつけず仮面劇とは言えないが、人間以外のものを演ずる場合などでは面をつける。 | 能面は何と読む | {
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"のうめん"
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a56512p16q3 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能面は「のうめん」と読むが、面とだけ書けば「おもて」と読むのが普通。様々な種類がある。超自然的なものを題材とした能では面をつけることが多いが、面をつけない直面物もある。狂言では、登場する人物は現世の人間であり通常は面はつけず仮面劇とは言えないが、人間以外のものを演ずる場合などでは面をつける。 | 面をつけない直面物はあるか? | {
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"ある"
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a56512p16q4 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能面は「のうめん」と読むが、面とだけ書けば「おもて」と読むのが普通。様々な種類がある。超自然的なものを題材とした能では面をつけることが多いが、面をつけない直面物もある。狂言では、登場する人物は現世の人間であり通常は面はつけず仮面劇とは言えないが、人間以外のものを演ずる場合などでは面をつける。 | どんな存在を演じる時に面をつけるのか | {
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a56512p17q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽を演ずる者には能楽協会に所属する職業人としての能楽師(いわば玄人)の他、特定の地域や特定の神社の氏子集団において保持されている土着の能・狂言・式三番を演じる人々、能楽協会会員に月謝を払って技術を学ぶ素人(アマチュア)の愛好家、学生(大学・高校)能サークルが存在する。アマチュアの愛好家の中には能楽を職業とする、いわゆる玄人に転ずる者も見られる。 | 能楽師の所属する団体名は? | {
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a56512p17q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽を演ずる者には能楽協会に所属する職業人としての能楽師(いわば玄人)の他、特定の地域や特定の神社の氏子集団において保持されている土着の能・狂言・式三番を演じる人々、能楽協会会員に月謝を払って技術を学ぶ素人(アマチュア)の愛好家、学生(大学・高校)能サークルが存在する。アマチュアの愛好家の中には能楽を職業とする、いわゆる玄人に転ずる者も見られる。 | 能楽を演ずる者にはどこに所属する職業人としての能楽師がいるか | {
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a56512p17q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽を演ずる者には能楽協会に所属する職業人としての能楽師(いわば玄人)の他、特定の地域や特定の神社の氏子集団において保持されている土着の能・狂言・式三番を演じる人々、能楽協会会員に月謝を払って技術を学ぶ素人(アマチュア)の愛好家、学生(大学・高校)能サークルが存在する。アマチュアの愛好家の中には能楽を職業とする、いわゆる玄人に転ずる者も見られる。 | 能楽を演ずる者は? | {
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a56512p17q3 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽を演ずる者には能楽協会に所属する職業人としての能楽師(いわば玄人)の他、特定の地域や特定の神社の氏子集団において保持されている土着の能・狂言・式三番を演じる人々、能楽協会会員に月謝を払って技術を学ぶ素人(アマチュア)の愛好家、学生(大学・高校)能サークルが存在する。アマチュアの愛好家の中には能楽を職業とする、いわゆる玄人に転ずる者も見られる。 | 能楽協会に所属する職業人としての能楽師を何と呼ぶことが有る | {
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a56512p17q4 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽を演ずる者には能楽協会に所属する職業人としての能楽師(いわば玄人)の他、特定の地域や特定の神社の氏子集団において保持されている土着の能・狂言・式三番を演じる人々、能楽協会会員に月謝を払って技術を学ぶ素人(アマチュア)の愛好家、学生(大学・高校)能サークルが存在する。アマチュアの愛好家の中には能楽を職業とする、いわゆる玄人に転ずる者も見られる。 | 職業人としての能楽師はどこに所属していますか | {
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a56512p18q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽協会会員、すなわち能楽を職業とする能楽師およびアマチュアの彼らの弟子たちの職掌は、「シテ方」「ワキ方」「囃子方」「狂言方」の4種類に分けられる。「囃子方」の中には更に「笛方」「小鼓方」「大鼓方」「太鼓方」の4種類の技能集団がある。「ワキ方」「囃子方」「狂言方」は「三役」と呼ばれる。これらの技術は歴史的に数多くの流派を生み出してきたが、現在までに廃絶した流派も存在している。通常、ある流派を学んでいる人が他の流派に移ることは無いが、ごく稀に例外として分派独立を許される者(江戸期における喜多流の分派)や、各流派の宗家の了承を得て移籍を果たす者(観世栄夫;観世榮夫、喜多流時には後藤榮夫)も見られる。 | 能楽を職業とする能楽師はどこの会員ですか | {
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a56512p18q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽協会会員、すなわち能楽を職業とする能楽師およびアマチュアの彼らの弟子たちの職掌は、「シテ方」「ワキ方」「囃子方」「狂言方」の4種類に分けられる。「囃子方」の中には更に「笛方」「小鼓方」「大鼓方」「太鼓方」の4種類の技能集団がある。「ワキ方」「囃子方」「狂言方」は「三役」と呼ばれる。これらの技術は歴史的に数多くの流派を生み出してきたが、現在までに廃絶した流派も存在している。通常、ある流派を学んでいる人が他の流派に移ることは無いが、ごく稀に例外として分派独立を許される者(江戸期における喜多流の分派)や、各流派の宗家の了承を得て移籍を果たす者(観世栄夫;観世榮夫、喜多流時には後藤榮夫)も見られる。 | 能楽協会会員は? | {
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a56512p18q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽協会会員、すなわち能楽を職業とする能楽師およびアマチュアの彼らの弟子たちの職掌は、「シテ方」「ワキ方」「囃子方」「狂言方」の4種類に分けられる。「囃子方」の中には更に「笛方」「小鼓方」「大鼓方」「太鼓方」の4種類の技能集団がある。「ワキ方」「囃子方」「狂言方」は「三役」と呼ばれる。これらの技術は歴史的に数多くの流派を生み出してきたが、現在までに廃絶した流派も存在している。通常、ある流派を学んでいる人が他の流派に移ることは無いが、ごく稀に例外として分派独立を許される者(江戸期における喜多流の分派)や、各流派の宗家の了承を得て移籍を果たす者(観世栄夫;観世榮夫、喜多流時には後藤榮夫)も見られる。 | 職掌を一つ答えよ | {
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a56512p18q3 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽協会会員、すなわち能楽を職業とする能楽師およびアマチュアの彼らの弟子たちの職掌は、「シテ方」「ワキ方」「囃子方」「狂言方」の4種類に分けられる。「囃子方」の中には更に「笛方」「小鼓方」「大鼓方」「太鼓方」の4種類の技能集団がある。「ワキ方」「囃子方」「狂言方」は「三役」と呼ばれる。これらの技術は歴史的に数多くの流派を生み出してきたが、現在までに廃絶した流派も存在している。通常、ある流派を学んでいる人が他の流派に移ることは無いが、ごく稀に例外として分派独立を許される者(江戸期における喜多流の分派)や、各流派の宗家の了承を得て移籍を果たす者(観世栄夫;観世榮夫、喜多流時には後藤榮夫)も見られる。 | 「笛方」「小鼓方」「大鼓方」「太鼓方」の4種類の技能集団を何という? | {
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a56512p19q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 各流派の最高指導者は宗家と呼ばれる。宗家は他の伝統芸能における家元に相当する。また各流派には宗家以外にも江戸期に各地の大名家に仕えて能楽の技術指導を行ってきた由緒ある家柄が存在しているが、こうした家を職分家と呼ぶ。 | 各流派の最高指導者を何と呼ぶ | {
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a56512p19q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 各流派の最高指導者は宗家と呼ばれる。宗家は他の伝統芸能における家元に相当する。また各流派には宗家以外にも江戸期に各地の大名家に仕えて能楽の技術指導を行ってきた由緒ある家柄が存在しているが、こうした家を職分家と呼ぶ。 | 能楽 各流派の最高指導者は何と呼ばれるか? | {
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a56512p19q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 各流派の最高指導者は宗家と呼ばれる。宗家は他の伝統芸能における家元に相当する。また各流派には宗家以外にも江戸期に各地の大名家に仕えて能楽の技術指導を行ってきた由緒ある家柄が存在しているが、こうした家を職分家と呼ぶ。 | 各流派の最高指導者は何と呼ばれる? | {
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a56512p19q3 | 能楽 | 能楽 [SEP] 各流派の最高指導者は宗家と呼ばれる。宗家は他の伝統芸能における家元に相当する。また各流派には宗家以外にも江戸期に各地の大名家に仕えて能楽の技術指導を行ってきた由緒ある家柄が存在しているが、こうした家を職分家と呼ぶ。 | 各流派の最高指導者はなん呼ばれていますか | {
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a56512p19q4 | 能楽 | 能楽 [SEP] 各流派の最高指導者は宗家と呼ばれる。宗家は他の伝統芸能における家元に相当する。また各流派には宗家以外にも江戸期に各地の大名家に仕えて能楽の技術指導を行ってきた由緒ある家柄が存在しているが、こうした家を職分家と呼ぶ。 | 能楽各流派の最高指導者は? | {
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a56512p2q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 江戸幕府の儀式芸能であった猿楽は、明治維新後家禄を失ったことにより他の多くの芸能と同様廃絶の危機に瀕した。明治2年(1869年)にはイギリス王子エディンバラ公アルフレッドの来日に際して猿楽が演じられたが、明治5年(1872年)には能・狂言の「皇上ヲ模擬シ、上ヲ猥涜」するものが禁止され、「勧善懲悪ヲ主トス」ることも命じられた。 | 明治2年(1869年)に猿楽が演じられたのは誰の来日に際して? | {
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a56512p2q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 江戸幕府の儀式芸能であった猿楽は、明治維新後家禄を失ったことにより他の多くの芸能と同様廃絶の危機に瀕した。明治2年(1869年)にはイギリス王子エディンバラ公アルフレッドの来日に際して猿楽が演じられたが、明治5年(1872年)には能・狂言の「皇上ヲ模擬シ、上ヲ猥涜」するものが禁止され、「勧善懲悪ヲ主トス」ることも命じられた。 | イギリス王子エディンバラ公アルフレッドの来日に際して猿楽が演じられたのはいつか。 | {
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a56512p2q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 江戸幕府の儀式芸能であった猿楽は、明治維新後家禄を失ったことにより他の多くの芸能と同様廃絶の危機に瀕した。明治2年(1869年)にはイギリス王子エディンバラ公アルフレッドの来日に際して猿楽が演じられたが、明治5年(1872年)には能・狂言の「皇上ヲ模擬シ、上ヲ猥涜」するものが禁止され、「勧善懲悪ヲ主トス」ることも命じられた。 | 明治2年(1869年)、イギリス王子の誰の来日に際して猿楽が演じられた? | {
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a56512p2q3 | 能楽 | 能楽 [SEP] 江戸幕府の儀式芸能であった猿楽は、明治維新後家禄を失ったことにより他の多くの芸能と同様廃絶の危機に瀕した。明治2年(1869年)にはイギリス王子エディンバラ公アルフレッドの来日に際して猿楽が演じられたが、明治5年(1872年)には能・狂言の「皇上ヲ模擬シ、上ヲ猥涜」するものが禁止され、「勧善懲悪ヲ主トス」ることも命じられた。 | 明治2年(1869年)にはイギリス王子エディンバラ公アルフレッドの来日に際して演じられたのは | {
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a56512p2q4 | 能楽 | 能楽 [SEP] 江戸幕府の儀式芸能であった猿楽は、明治維新後家禄を失ったことにより他の多くの芸能と同様廃絶の危機に瀕した。明治2年(1869年)にはイギリス王子エディンバラ公アルフレッドの来日に際して猿楽が演じられたが、明治5年(1872年)には能・狂言の「皇上ヲ模擬シ、上ヲ猥涜」するものが禁止され、「勧善懲悪ヲ主トス」ることも命じられた。 | 猿楽は江戸幕府の何だったか | {
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a56512p20q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 宗家の権力は強大であるが、時に職分家集団によって無力化されることがあり、近年では喜多流の職分家集団が一斉に宗家・16世喜多六平太の主宰する「喜多会」を離脱し、その後宗家および実弟が逝去して後継者が不在となったため、喜多流職分会が事実上喜多流を運営している。また和泉流においても十九世宗家の和泉元秀の嫡男である和泉元彌の宗家継承が認められず、最終的に能楽協会退会に追い込まれる事態となった。 | 和泉流においても十九世宗家の和泉元秀の嫡男である和泉元彌の宗家継承が認められず、最終的に何に追い込まれる事態となった | {
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a56512p20q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 宗家の権力は強大であるが、時に職分家集団によって無力化されることがあり、近年では喜多流の職分家集団が一斉に宗家・16世喜多六平太の主宰する「喜多会」を離脱し、その後宗家および実弟が逝去して後継者が不在となったため、喜多流職分会が事実上喜多流を運営している。また和泉流においても十九世宗家の和泉元秀の嫡男である和泉元彌の宗家継承が認められず、最終的に能楽協会退会に追い込まれる事態となった。 | 何の権力げ強大であるか。 | {
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a56512p20q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 宗家の権力は強大であるが、時に職分家集団によって無力化されることがあり、近年では喜多流の職分家集団が一斉に宗家・16世喜多六平太の主宰する「喜多会」を離脱し、その後宗家および実弟が逝去して後継者が不在となったため、喜多流職分会が事実上喜多流を運営している。また和泉流においても十九世宗家の和泉元秀の嫡男である和泉元彌の宗家継承が認められず、最終的に能楽協会退会に追い込まれる事態となった。 | 喜多会を主宰していたのはだれ。 | {
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a56512p21q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 何らかの事情で宗家が存在しなくなった場合には、一門中の有力者が「宗家預り」として宗家の代行を務める。また宗家が何らかの事情で宗家としての仕事を遂行出来なくなった場合には、「宗家代理」が立てられることもある。 | 宗家がいなくなったら。 | {
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a56512p21q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 何らかの事情で宗家が存在しなくなった場合には、一門中の有力者が「宗家預り」として宗家の代行を務める。また宗家が何らかの事情で宗家としての仕事を遂行出来なくなった場合には、「宗家代理」が立てられることもある。 | 何らかの事情で宗家が存在しなくなった場合には、一門中の有力者が「何」として宗家の代行を務める。 | {
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a56512p21q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 何らかの事情で宗家が存在しなくなった場合には、一門中の有力者が「宗家預り」として宗家の代行を務める。また宗家が何らかの事情で宗家としての仕事を遂行出来なくなった場合には、「宗家代理」が立てられることもある。 | 宗家が何らかの事情で宗家としての仕事を遂行出来なくなった場合に立てられるのは。 | {
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a56512p22q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽は、俳優(「シテ(仕手/為手)」)の歌舞を中心に、ツレやワキ、アイ狂言を配役として、伴奏である地謡や囃子などを伴って構成された音楽劇・仮面劇である。舞と謡を担当し、実際に演技を行うのがシテ方、ワキ方および狂言方であり、伴奏音楽を担当するのが囃子方(笛方、小鼓方、大鼓方、太鼓方)である。 | 能楽で舞と謡を担当し、実際に演技を行うのが何と呼ばれる人たち? | {
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a56512p22q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽は、俳優(「シテ(仕手/為手)」)の歌舞を中心に、ツレやワキ、アイ狂言を配役として、伴奏である地謡や囃子などを伴って構成された音楽劇・仮面劇である。舞と謡を担当し、実際に演技を行うのがシテ方、ワキ方および狂言方であり、伴奏音楽を担当するのが囃子方(笛方、小鼓方、大鼓方、太鼓方)である。 | 実際に演技を行うのは | {
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a56512p22q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽は、俳優(「シテ(仕手/為手)」)の歌舞を中心に、ツレやワキ、アイ狂言を配役として、伴奏である地謡や囃子などを伴って構成された音楽劇・仮面劇である。舞と謡を担当し、実際に演技を行うのがシテ方、ワキ方および狂言方であり、伴奏音楽を担当するのが囃子方(笛方、小鼓方、大鼓方、太鼓方)である。 | 俳優(「シテ(仕手/為手)」)の歌舞を中心に、ツレやワキ、アイ狂言を配役として、伴奏である地謡や囃子などを伴って構成された音楽劇・仮面劇は | {
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a56512p22q3 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能楽は、俳優(「シテ(仕手/為手)」)の歌舞を中心に、ツレやワキ、アイ狂言を配役として、伴奏である地謡や囃子などを伴って構成された音楽劇・仮面劇である。舞と謡を担当し、実際に演技を行うのがシテ方、ワキ方および狂言方であり、伴奏音楽を担当するのが囃子方(笛方、小鼓方、大鼓方、太鼓方)である。 | 能楽で伴奏音楽の担当を何と呼ぶか。 | {
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a56512p23q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能では、シテ方が中心的存在であり権限も大きいが、シテ方やワキ方だけでは実際の演奏はできず、囃子方、狂言方の協力が不可欠である。通常、ワキ方、囃子方、狂言方を総称した呼び方の「三役」に、シテ方より役目の依頼をかける。 | 能楽でワキ方、囃子方、狂言方を総称した呼び方を何という? | {
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a56512p23q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能では、シテ方が中心的存在であり権限も大きいが、シテ方やワキ方だけでは実際の演奏はできず、囃子方、狂言方の協力が不可欠である。通常、ワキ方、囃子方、狂言方を総称した呼び方の「三役」に、シテ方より役目の依頼をかける。 | 能では、シテ方が中心的存在であり権限も大きいが、シテ方やワキ方だけでは実際の何はできず、囃子方、狂言方の協力が不可欠である。 | {
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a56512p23q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能では、シテ方が中心的存在であり権限も大きいが、シテ方やワキ方だけでは実際の演奏はできず、囃子方、狂言方の協力が不可欠である。通常、ワキ方、囃子方、狂言方を総称した呼び方の「三役」に、シテ方より役目の依頼をかける。 | 狂言方を総称した呼び方とは | {
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a56512p23q3 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能では、シテ方が中心的存在であり権限も大きいが、シテ方やワキ方だけでは実際の演奏はできず、囃子方、狂言方の協力が不可欠である。通常、ワキ方、囃子方、狂言方を総称した呼び方の「三役」に、シテ方より役目の依頼をかける。 | 能楽で「三役」と言われるのは。 | {
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a56512p24q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能の主人公は「シテ(為手、仕手)」と呼ばれる。多くの場合、シテが演じるのは神や亡霊、天狗、鬼など超自然的な存在であるが、生身の人間を演じることもある(『安宅』における弁慶など)。シテが超自然的な存在を演じる曲を夢幻能、シテが現実の人間を演じる曲を現在能と呼ぶ。 | 能の主人公は「何」と呼ばれる。 | {
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a56512p24q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能の主人公は「シテ(為手、仕手)」と呼ばれる。多くの場合、シテが演じるのは神や亡霊、天狗、鬼など超自然的な存在であるが、生身の人間を演じることもある(『安宅』における弁慶など)。シテが超自然的な存在を演じる曲を夢幻能、シテが現実の人間を演じる曲を現在能と呼ぶ。 | 能の主人公は何と呼ばれるか。 | {
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a56512p24q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能の主人公は「シテ(為手、仕手)」と呼ばれる。多くの場合、シテが演じるのは神や亡霊、天狗、鬼など超自然的な存在であるが、生身の人間を演じることもある(『安宅』における弁慶など)。シテが超自然的な存在を演じる曲を夢幻能、シテが現実の人間を演じる曲を現在能と呼ぶ。 | 能の主人公は何と呼ばれる? | {
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a56512p24q3 | 能楽 | 能楽 [SEP] 能の主人公は「シテ(為手、仕手)」と呼ばれる。多くの場合、シテが演じるのは神や亡霊、天狗、鬼など超自然的な存在であるが、生身の人間を演じることもある(『安宅』における弁慶など)。シテが超自然的な存在を演じる曲を夢幻能、シテが現実の人間を演じる曲を現在能と呼ぶ。 | シテが演じるのは | {
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a56512p25q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] シテを演じるための訓練を専門的に積んでいる能楽師をシテ方と呼ぶ。シテ方が演じるのはシテの他、ツレ、トモである。また、一般に子方はシテ方としての訓練を受けている最中の子供が演じる。これら能の登場人物の他、地謡と後見もシテ方の担当である。 | シテを演じる能楽師 | {
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a56512p25q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] シテを演じるための訓練を専門的に積んでいる能楽師をシテ方と呼ぶ。シテ方が演じるのはシテの他、ツレ、トモである。また、一般に子方はシテ方としての訓練を受けている最中の子供が演じる。これら能の登場人物の他、地謡と後見もシテ方の担当である。 | シテを演じるための訓練を積んでいる能楽師を何と呼ぶ? | {
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a56512p26q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] シテにかかわりのある登場人物のうち、主だったものをツレ、物語の筋に深く関係を持たない端役的なものをトモ、トモのうち単に大人数を舞台に出すことを目的として登場する役を立衆(たちしゅう)と呼ぶ。このうちツレには『蝉丸』『大原御幸(おはらごこう)』のように、ごくまれに仕手とほぼ同格と言える重要な役割を持つものがあり、このような能を「両ジテもの」と称する。ツレ以下が存在しない能もある。 | 能楽のシテにかかわりのある登場人物のうち、主だったものは? | {
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a56512p26q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] シテにかかわりのある登場人物のうち、主だったものをツレ、物語の筋に深く関係を持たない端役的なものをトモ、トモのうち単に大人数を舞台に出すことを目的として登場する役を立衆(たちしゅう)と呼ぶ。このうちツレには『蝉丸』『大原御幸(おはらごこう)』のように、ごくまれに仕手とほぼ同格と言える重要な役割を持つものがあり、このような能を「両ジテもの」と称する。ツレ以下が存在しない能もある。 | シテにかかわりのある登場人物で主だったものを何と呼ぶ? | {
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a56512p27q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] ワキおよびワキツレはワキ方が演ずる。ワキ方はシテ方との対比上、硬質で剛直な芸風を求められるとするのが一般的な説である。 | ワキ、ワキツレを演じるのは? | {
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a56512p27q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] ワキおよびワキツレはワキ方が演ずる。ワキ方はシテ方との対比上、硬質で剛直な芸風を求められるとするのが一般的な説である。 | 能楽のワキおよびワキツレが演じるのは? | {
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a56512p28q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] ワキは本来「脇の仕手」の略であり、古くはシテ方ワキ方の別はなかったとされる。一座の第二位の役者、もしくは第一位の役者(「太夫」と言う)の後見役にある役者がワキである。中世期、ワキが地謡の統率者(地頭)を兼ねており、その影響で、江戸時代に入ってシテ方とワキ方が分離した時期においても地謡はワキ方が担当することが多かった。時代が下るにつれてシテ方と交替し、あるいは過渡期的に「地謡方」という専門の役職ができたりして変遷をたどりながら現在のかたちに落ちついたとされ、現在のシテ方にも元地謡方、あるいはワキ方の家であったものは多く存在する。 | 脇の仕手の通称は? | {
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a56512p28q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] ワキは本来「脇の仕手」の略であり、古くはシテ方ワキ方の別はなかったとされる。一座の第二位の役者、もしくは第一位の役者(「太夫」と言う)の後見役にある役者がワキである。中世期、ワキが地謡の統率者(地頭)を兼ねており、その影響で、江戸時代に入ってシテ方とワキ方が分離した時期においても地謡はワキ方が担当することが多かった。時代が下るにつれてシテ方と交替し、あるいは過渡期的に「地謡方」という専門の役職ができたりして変遷をたどりながら現在のかたちに落ちついたとされ、現在のシテ方にも元地謡方、あるいはワキ方の家であったものは多く存在する。 | ワキは何の略称 | {
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a56512p29q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 大和猿楽四座とは観世座、宝生座、金春座、金剛座であるが、更に江戸期に金剛座から分かれた喜多流の五つを併せて四座一流と呼ぶ。喜多流は金剛流より出て、金春流の影響を受けつつ江戸期に生まれた新興の一派であって、明治期に至ってほかの四流と同格とされた。喜多流は創流以来座付制度を取らず、「喜多座」と呼ばれることはなかったので、五座ではなく四座一流となる。 | 観世座、宝生座、金春座、金剛座、これらをまとめて何と呼ぶ? | {
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a56512p3q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] しかし、明治天皇は明治11年(1878年)に青山御所に能舞台を設置し、数々の猿楽を鑑賞した。また欧米外遊の際に各国の芸術保護を実見した岩倉具視は、華族による猿楽の後援団体設立に向けて動き始め、明治12年(1879年)にユリシーズ・グラントを自邸に招いて猿楽を上演させ、更に能楽社(のちの能楽会)の設立や明治14年(1881年)落成の芝能楽堂の建設を進めた。この時、能楽社の発起人九条道孝らの発案で猿楽を能楽と言い換え、「猿楽の能」は「能楽の能」と呼ばれることになる。 | 明治11年(1878年)に青山御所に能舞台を設置したのは誰か。 | {
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a56512p3q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] しかし、明治天皇は明治11年(1878年)に青山御所に能舞台を設置し、数々の猿楽を鑑賞した。また欧米外遊の際に各国の芸術保護を実見した岩倉具視は、華族による猿楽の後援団体設立に向けて動き始め、明治12年(1879年)にユリシーズ・グラントを自邸に招いて猿楽を上演させ、更に能楽社(のちの能楽会)の設立や明治14年(1881年)落成の芝能楽堂の建設を進めた。この時、能楽社の発起人九条道孝らの発案で猿楽を能楽と言い換え、「猿楽の能」は「能楽の能」と呼ばれることになる。 | 明治天皇が青山御所に能舞台を設置ししたあのは何年 | {
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a56512p3q2 | 能楽 | 能楽 [SEP] しかし、明治天皇は明治11年(1878年)に青山御所に能舞台を設置し、数々の猿楽を鑑賞した。また欧米外遊の際に各国の芸術保護を実見した岩倉具視は、華族による猿楽の後援団体設立に向けて動き始め、明治12年(1879年)にユリシーズ・グラントを自邸に招いて猿楽を上演させ、更に能楽社(のちの能楽会)の設立や明治14年(1881年)落成の芝能楽堂の建設を進めた。この時、能楽社の発起人九条道孝らの発案で猿楽を能楽と言い換え、「猿楽の能」は「能楽の能」と呼ばれることになる。 | 明治11年(1878年)に青山御所に能舞台を設置し、数々の猿楽を鑑賞したのは誰? | {
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a56512p3q3 | 能楽 | 能楽 [SEP] しかし、明治天皇は明治11年(1878年)に青山御所に能舞台を設置し、数々の猿楽を鑑賞した。また欧米外遊の際に各国の芸術保護を実見した岩倉具視は、華族による猿楽の後援団体設立に向けて動き始め、明治12年(1879年)にユリシーズ・グラントを自邸に招いて猿楽を上演させ、更に能楽社(のちの能楽会)の設立や明治14年(1881年)落成の芝能楽堂の建設を進めた。この時、能楽社の発起人九条道孝らの発案で猿楽を能楽と言い換え、「猿楽の能」は「能楽の能」と呼ばれることになる。 | 能楽社の設立や明治14年(1881年)落成の芝能楽堂の建設を進めたのは | {
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a56512p3q4 | 能楽 | 能楽 [SEP] しかし、明治天皇は明治11年(1878年)に青山御所に能舞台を設置し、数々の猿楽を鑑賞した。また欧米外遊の際に各国の芸術保護を実見した岩倉具視は、華族による猿楽の後援団体設立に向けて動き始め、明治12年(1879年)にユリシーズ・グラントを自邸に招いて猿楽を上演させ、更に能楽社(のちの能楽会)の設立や明治14年(1881年)落成の芝能楽堂の建設を進めた。この時、能楽社の発起人九条道孝らの発案で猿楽を能楽と言い換え、「猿楽の能」は「能楽の能」と呼ばれることになる。 | 猿楽の能は何と呼ばれることになったか? | {
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a56512p30q0 | 能楽 | 能楽 [SEP] 四座のうち奈良から京都に進出した観世、宝生を上掛りと呼び、引き続き奈良を根拠地とした金春、金剛を下掛りと呼ぶ。喜多は下掛りに含む。 | 四座のうち奈良から京都に進出したものは? | {
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a56512p30q1 | 能楽 | 能楽 [SEP] 四座のうち奈良から京都に進出した観世、宝生を上掛りと呼び、引き続き奈良を根拠地とした金春、金剛を下掛りと呼ぶ。喜多は下掛りに含む。 | 四座のうち奈良から京都に進出したのは観世と何? | {
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