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|---|---|
日本が安全保障上及び経済上の国益を確保し、
自由、民主主義、法の支配、人権といった普遍的
価値に基づき、日本にとって望ましい国際秩序を
維持・発展させていくためには、国際情勢の変化
を冷静に把握し、その変化に対応しながら、戦略
的に外交を展開していく必要がある。
以下では、日本を取り巻く国際情勢及び国際協
調主義に基づく「積極的平和主義」の下、地球儀
を俯瞰する視点で2015年に展開された日本外交
及び今後の課題について、概観を記述する。
1
情勢認識
2015年の国
日本外交
第1章
2015年の国際情勢と日本外交の展開
|
|
1 情勢認識
(1)中期的な国際情勢の変化
【パワーバランスの変化】
21世紀に入り、特に中国やインドといったい
わゆる新興国の存在感は増してきている。特に中
国は、グローバル経済における影響力が増大する
一方で、不透明な形での軍事力の拡大も指摘され
ている。
また、グローバル化の進展により、国際的な発
言力を有するNGOや国家予算規模の収益を上げ
る多国籍企業などの非国家主体が国際社会におい
てより重要な役割を果たすようになっていると同
時に、様々なテロの地域的拡散など懸念される状
況が生じつつある。
米国は、軍事力や経済力のみならず、価値や文
化といったソフトパワーを含めた総合的な国力に
おいて、今なお世界で主導的な地位を占めてい
る。その一方で、新興国の台頭等によりパワーバ
ランスの変化が生じており、また、国際秩序にお
1
世界銀行ホームページ
2
DIPLOMATIC BLUEBOOK 2016
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ける強力な指導力の減退と多極化、国際課題の複
雑化、さらには、力による現状変更の試みや秩序
の不安定化の動きが見られる。
【脅威の多様化と複雑化】
大量破壊兵器や弾道ミサイル等の移転・拡散・
性能向上に係る問題は、日本を含む国際社会全体
にとって大きな脅威となっている。
国際テロの拡散・多様化や、国際テロ組織等に
よる大量破壊兵器の取得・使用の可能性の増大
は、グローバル化の負の側面であり、引き続き国
際社会の重大な懸念となっている。その観点から
も、大量破壊兵器の不拡散、特に核テロ阻止のた
国際情勢と
交の展開
|
|
大
破壊兵器
不拡散
特
核
阻
めの核セキュリティ強化が重要になっている。ま
た、ソーシャル・ネットワーキング・サービス
(SNS)を含むコミュニケーション・ツールの進
歩は、国際テロ組織のイデオロギー拡散と活動範
囲の拡大にも利用されている。
さらに、近年の科学技術の進歩により、サイ
バー空間や宇宙空間といった人類の新たな活動領
域が生まれているが、これは大きな機会と共に新
たなリスクや脅威も生み出しており、適用される
べき規範もいまだ確立されていない。
【地球規模の問題の深刻化】
グローバル化の進展及び国際経済活動の拡大の
恩恵を受けつつ、高い経済成長を成し遂げている
開発途上国がある一方で、深刻な貧困から脱出で
きずにいる最貧国もある。依然として1日1.9米
ドル未満で生活する貧困層は世界人口の1割程度
いるとのデータもある
1。貧困は、個々の人間の自
由と豊かな可能性を制限し、また社会的不公正・
政情不安や暴力的過激主義の根源となっている。
|
|
地球温暖化が、自然災害の増加や被害の拡大な
ど地球の環境に深刻な影響をもたらすことが懸念
されている。また、自然災害により最も被害を受
けるのは社会で脆
ぜい
弱
じゃく
な立場に置かれた人々であ
り、貧困撲滅と持続可能な開発の実現にとって防
災の取組は不可欠である。さらには、グローバル
化により国境を越える人の移動が飛躍的に増加し
た現在、感染症の流行・拡大による脅威は深刻さ
を増しており、国際的な危機管理体制の強化が課
題となっている。
【グローバル化が進む世界経済】
世界経済は、グローバル化の進展とともに世界
的なサプライチェーンと金融システムが発達し、
相互依存がこれまで以上に強まっている。これは
更なる成長の機会を生み出す一方、リーマン・
ショックや欧州債務危機等に見られたように、一
地域の経済ショックや油価の下落が、同時に他の
地域又は世界経済全体に対して影響を及ぼしやす
くしている。
また、国境を越えた経済活動を更に円滑なもの
とするために、ルールに基づいた経済秩序の維
|
|
す
経済秩序
維
持・構築の必要性が一層高まっている。
(2)厳しさを増す東アジアの安全保障環境
【中国の透明性を欠いた軍事力の広範かつ急速な
強化と一方的な現状変更の試み】
中国の平和的な発展は日本としても、また国際
社会全体としても歓迎すべきことである。しかし
ながら、近年顕著に見られる軍事面での中国の一
連の動向は、地域と国際社会全体の懸念を惹
じゃ
起
っき
し
ている。
例えば中国は透明性を欠く中で、国防費を継続
的に増大させるなど軍事力を強化している。中国
の国防費は1989年から連続して、前年比ほぼ二
桁の伸び率を示している。また、軍の指揮命令系
統下にある組織ではないものの、海警局に代表さ
れる海洋法執行機関の組織体制と装備も強化され
ている。
また、中国は東シナ海、南シナ海などの海空域
で、既存の海洋法秩序と相いれない独自の主張に
基づく行動や、一方的な現状変更の試みを活発化
させている。例えば、東シナ海では、尖閣諸島周
|
|
辺海域における中国公船等による領海侵入事案が
2015年もそれまでと同程度のペースで続いている。
さらに、2015年12月末以降は、外観上明らかに
機関砲を搭載した海警船による領海侵入も繰り返
し発生するようになっている。また、排他的経済
水域及び大陸棚の境界画定がいまだ行われていな
い海域において、中国による一方的な資源開発が
継続している。これに加え、2015年11月には、中
国海軍情報収集艦が尖閣諸島南方の接続水域の外
側で反復航行する事案も確認された。南シナ海で
は、中国による大規模かつ急速な埋立て、拠点構
築及びその軍事目的での利用等、現状を変更し緊
張を高める一方的な行動、さらにはその既成事実
化の試みが一段と進められており、日本を含む多
くの国から懸念が表明されている。また、南シナ
海をめぐるフィリピンと中国との間の紛争に関し、
フィリピンが開始した海洋法に関する国際連合条
約(国連海洋法条約:UNCLOS)に基づく仲裁
手続について、2015年10月に仲裁裁判所は、
一部の申立てについて管轄権を認める決定を下
し、11月に本案口頭手続を行ったが、中国は引
2015年の国際情勢と日本外交の展開
第
1
章
|
|
月
本案
頭手続
行
中国
引
き続き仲裁手続に応じていない。
南シナ海をめぐる問題は、資源やエネルギーの
多くを海上輸送に依存し、南シナ海における航行
及び上空飛行の自由並びにシーレーンの安全確保
を重視する日本にとっても、重要な関心事項であ
る。開かれた自由で平和な海を守るため、国際社
会が連携していくことが求められている(2-1-2
(1)、2-1-6及び3-1-3(4)参照)。
【北朝鮮の不透明な動向】
北朝鮮は核開発と経済建設を同時に進める「並
進路線」を掲げており、2016年1月に国際社会の
制止を無視して4回目となる核実験を、2月には弾
道ミサイルの発射を強行した。国連安全保障理事
会(国連安保理)決議に明白に違反した北朝鮮の
核・ミサイル開発の継続は、日本の安全に対する
直接的かつ重大な脅威であり、北東アジア及び国
際社会の平和と安全を著しく損なうものである。
(3)深刻化する暴力的過激主義と国際テロ
中東や北アフリカ等の政情が不安定で統治が脆
ぜい
弱
じゃく
な地域を拠点にして、国際的なテロ組織が活動
3
外交青書 2016
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を活発化させている。特にイスラム過激派の武装
勢力である「イラクとレバントのイスラム国
(ISIL)」は、2015年1月及び11月のパリにおけ
るテロ事件など拠点地域以外での多数の一般市民
を巻き添えにするテロ事件や、2015年初めには
日本人も犠牲になった外国人人質の殺害事件等を
引き起こしている。ISILは、宗教的なイデオロ
ギーを利用して国境や国民国家の存在を否定し
て、インターネット等を通じたプロパガンダによ
り他地域からも戦闘員を勧誘するなど、国際秩序
に対する深刻な脅威となっている。また、ISIL
の活動によって多数の難民・国内避難民が発生し
ており、深刻な人道危機が発生している。
(4)対応を迫られるグローバル・イシュー
【難民問題】
現在、世界では紛争や迫害により居住地を追わ
れた難民や国内避難民の数は約6,000万人にも上
るといわれ
2、その数はここ数年大きく増え続け
ている。中東・アフリカの政情が不安定な地域が
難民・国内避難民の主要な発生地域となってお
第1章
2015年の国際情勢と日本外交の展開
|
|
難民
国内避難民
要
発
域
り、特に2015年夏以降の欧州への難民流入は、
国際社会の喫緊の課題となっている。
【感染症の拡大】
2014年以降西アフリカにおいて流行が拡大し
たエボラ出血熱は、最も感染が拡大したギニア、
リベリア及びシエラレオネの3か国を含む全ての
流行国について終息が宣言されたが、開発途上国
の保健体制、日本を含む国際社会の危機管理体
制、日本人が海外で罹
り
患
かん
した際の体制等の改善の
必要性を浮き彫りにした。また、2015年には中
東地域を中心に流行している中東呼吸器症候群
(MERS)コロナウィルスによる感染例が隣国韓国
でも確認されたほか(韓国政府は2015年末に終息
を宣言)、同年5月以降、蚊媒介感染症の1つで、
妊婦が感染した場合に胎児の小頭症等への関連が
指摘されているジカウイルス感染症が、ブラジル
を始めとする中南米地域を中心に流行している。
【気候変動問題の深刻化】
2015年には、南米のペルー沿岸の広い範囲で
2
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)ホームページ
4
DIPLOMATIC BLUEBOOK 2016
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海面温度が高くなるエルニーニョ現象が大規模に
発生し、また、東アフリカで干ばつ・洪水や東南
アジアで森林火災が発生するなど気候変動問題の
深刻化と国際社会の対応の必要性が改めて認識さ
れた。
(5)日本を取り巻く国際経済のリスクと機会
【減速する中国経済と新興国経済】
2015年は、日本経済とも密接な結び付きを持
つ中国経済の減速が見られ、6月以降の中国株式
市場での株価下落は日本を含む世界の株式市場に
動揺をもたらした。資源輸出に依存している新興
国の経済にも、資源価格の下落等を要因とする低
迷が見られる。
【アジア太平洋地域の成長】
日本を取り巻くアジア太平洋地域は、中長期的
に見れば、人口増加や旺盛なインフラ需要など今
後も相対的に高い経済成長が見込まれる地域であ
り、日本はこの地域の成長を取り込んでいくこと
が期待される。
|
|
2 日本外交の展開
2015年は、第二次世界大戦の終結から70年目
に当たり、戦後日本の歩みを振り返る年となった。
天皇皇后両陛下は、4月にはパラオを御訪問にな
り、戦争により亡くなられた人々を慰霊し、平和
を祈念された。また、天皇皇后両陛下は、国交正
常化60周年に当たる2016年1月に国際親善のた
めに御訪問されたフィリピンでも、戦争により亡
くなられた人々を慰霊し、平和を祈念された。
2015年8月に発表された内閣総理大臣談話では、
先の大戦への道のり、戦後の歩み、20世紀という
時代を大きく振り返り、その教訓を胸に刻んで、
戦後80年、90年、100年に向けてどのような日
本を創り上げるのかを世界に向けて発信した。
日本は、厳しさを増す国際情勢の中で国益の増
進に全力を尽くすとともに、国際社会の平和と繁
栄に貢献し、これまでの平和国家としての歩みを
更に前に進めていく。
|
|
(1)地球儀を俯瞰する外交と「積極的平和
主義」
日本にとって望ましい、安定しかつ予見可能性
が高い国際環境を創出していくためには、外交努
力をもって世界各国及び国際社会との信頼・協力
関係を築き、国際社会の安定と繁栄の基盤を強化
し、脅威の出現を未然に防ぐことが重要である。
この観点から、安倍政権発足以降、日本政府は
国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場
から、国際社会の平和、安定及び繁栄の確保に貢
献する外交を地球儀を俯瞰する観点から展開して
きた。
安倍晋三総理大臣はこれまで、63か国・地域
(延べ86か国・地域)を訪問し、400回近く首脳
会談を行った。岸田文雄外務大臣は、42か国・
地域(延べ65か国・地域)を訪問し、604回外
国要人との会談(うち、外相会談は104か国と
の間で延べ247回)を行った(2016年2月20日
時点)。この結果、国際社会における日本の存在
感が着実に高まり、安倍総理大臣と各国首脳、岸
田外務大臣と各国外相との個人的な信頼関係も深
第1章
2015年の国際情勢と日本外交の展開
|
|
外務大臣
各国外相
個人的
信頼関係
深
まっている。
また、日本が継続して行っている、軍縮・不拡
散、平和構築、開発、防災、気候変動、人権、女
性、法の支配の確立といった地球規模課題への取
組は、「積極的平和主義」の取組の重要な一部分
であり、日本の外交努力とその成果は国際社会か
ら高く支持・評価されている。
グローバル化や技術革新によって世界がつなが
り、脅威が多様化・複雑化している現在の安全保
障環境においては、どの国も一国だけでは平和と
安全を守ることはできない。国際社会も日本が国
際社会の平和と安定のために積極的な役割を果た
すことを期待している。2015年9月に成立した
「平和安全法制」は、国民の命と平和な暮らしを
守るため、あらゆる事態に対して「切れ目のない
対応」を可能にし、また、日本の国際社会の平和
と安定に対する一層の貢献を可能にするものであ
る。
(2)日本外交の三本柱
日本の国益を守り増進するため、引き続き、①
6
DIPLOMATIC BLUEBOOK 2016
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|
日米同盟の強化、②近隣諸国との関係推進及び③
日本経済の成長を後押しする経済外交の推進を三
本柱として外交に取り組んでいく。
【日米同盟の強化】
日米同盟は日本外交の基軸である。アジア太平
洋重視政策(リバランス)をとる米国と連携し、
今後も日米同盟をあらゆる分野で強化していく。
現在、日米同盟はかつてないほど盤石となって
いる。日米両首脳は、4月の安倍総理大臣訪米の
際、地域や世界の平和と安定の確保に引き続き主
導的な役割を果たしていくことを確認し、安倍総
理大臣は、連邦議会上下両院合同会議で「希望の
同盟へ」と題する演説を行った。また11月のア
ジア太平洋経済協力(APEC)の際の首脳会談で
は、日米同盟を基軸として地域の平和と繁栄のた
めにネットワークを構築していくことで一致し
た。
4月には、日米安全保障協議委員会(「2+2」)
が開催され、新たな日米防衛協力のための指針
(新ガイドライン)が発表された。新ガイドライ
ンは、平和安全法制とともに日米同盟の抑止力・
|
|
平和安
法制
米同
抑
力
対処力を一層強化するものであり、その下での取
組も含め、幅広い分野における協力を拡大・強化
していく。
沖縄の負担軽減は政府として全力で取り組むべ
き問題であり、米軍の抑止力を維持しつつ普天間
飛行場の危険性を除去すべく、一日も早い辺野古
への移設に向けて取り組んでいく。
【近隣諸国との関係推進】
日本を取り巻く環境を安定的なものにする上
で、近隣諸国との関係強化は重要な基礎となる。
11月には韓国において約3年半ぶりとなる日中
韓サミットが開催され、3か国による協力の枠組
みが完全に回復し、日中韓サミットの定期的開催
が再確認された。
日中関係は、最も重要な二国間関係の1つであ
る。両国は、地域と国際社会の平和と安定のため
の責任を共有している。前年の累次の首脳会談及
び外相会談を踏まえ、日中関係は全体として改善
の方向にある。日本としては、今後とも、各分野
における対話と協力を進め、「戦略的互恵関係」
の更なる推進に努めていく。その一方で、東シナ
|
|
海情勢は悪化していることを踏まえ、中国の尖閣
諸島周辺における領海侵入や境界未画定海域にお
ける一方的な資源開発等については、日本として
主張すべきは主張しつつ、引き続き、毅然かつ冷
静に対応していく。
韓国は、戦略的利益を共有する最も重要な隣国
である。11月の日中韓サミットに際して、第2
次安倍政権発足後初となる日韓首脳会談が開催さ
れ、12月末の日韓外相会談では、慰安婦問題が
最終的かつ不可逆的に解決されることが確認され
た(P24「日韓両外相共同記者発表」参照)。ま
た、日韓両首脳は、今回の合意を両首脳が責任を
持って実施すること、また、今後、様々な問題
に、この合意の精神に基づき対応することを確認
した。この合意を受け、日韓関係を未来志向の新
時代へと発展させていく。
厳しさを増す安全保障環境を踏まえ、アジア太
平洋地域における、自由や民主主義を始めとする
価値を共有するパートナーとの協力関係の強化が
重要である。基本的価値と戦略的利益を共有する
「特別な関係」にあるオーストラリアとは、ター
|
|
「特別
関係」
ンブル新政権とも「揺るぎない戦略的関係」を確
認し、引き続き協力の拡大と深化を行っている。
「世界で最も可能性を秘めた二国間関係」にある
インドとは、12月の安倍総理大臣の訪印の際の
モディ首相との日印首脳会談において「日印新時
代の幕開け」が確認された。
東南アジア諸国連合(ASEAN)各国とは、首
脳レベルを含めた要人往来や日・ASEAN首脳会
議等を通じて、広範な分野で協力関係が一層強化
されている。
ロシアとは政治対話を積み重ね、2015年は2
回の首脳会談を実施した。また、最大の懸案であ
る北方領土問題について、9月の岸田外務大臣の
ロシア訪問で平和条約締結交渉を再開した。北方
四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結すべ
く、一層力を入れて交渉に当たるとともに、様々
な機会を活用して政治対話を積極的に行ってい
く。また、ウクライナ情勢の平和的解決に向け、
G7の連帯を重視し、2016年にはG7サミットの
議長国として積極的な役割を果たしていく。
北朝鮮については、2016年1月の核実験及び
|
|
相次ぐ弾道ミサイル発射を断固非難する。「対話
と圧力」、「行動対行動」の方針の下、日朝平壌宣
言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案
の包括的な解決を目指す。北朝鮮による拉致問題
は、日本の主権と国民の生命・安全に関わる重大
な問題であると同時に基本的人権の侵害という国
際社会全体の普遍的な問題である。日本として
は、その解決を最重要外交課題の1つと位置付け、
国際社会とも協力しつつ、全力を尽くしていく。
【日本経済の成長を後押しする経済外交の推進】
日本経済の成長を後押しする経済外交の推進は、
日本にとって最重要施策の1つである。資源の少
ない海洋国家である日本にとって、開放的でルー
ルに基づいた安定した国際経済秩序の維持と発展
は極めて重要である。力強い日本を取り戻し、日
本経済を再生させるために、G7、G20や世界貿
易機関(WTO)、経済開発協力機構(OECD)、
APECといった経済に関する様々な国際枠組みを
活用し、国際経済秩序の構築に貢献していく。
10月には、約8億人の人口と世界の国内総生産
(GDP)の約4割を占める巨大な「1つの経済圏」
2015年の国際情勢と日本外交の展開
第
1
章
|
|
(
)
約
割
占
巨大
「
経済圏」
を生み出す環太平洋パートナーシップ(TPP)協
定が大筋合意に至り、2016年2月に署名された。
TPP協定はモノの関税だけでなく、サービス、
投資、知的財産、国有企業等について、幅広い分
野で21世紀型のルールを構築するものであり、
今後の世界の貿易・投資ルールの新たなスタン
ダードを提供することが期待される。また、中小
企業を含む日本企業が、世界の成長センターであ
るアジア太平洋地域の市場につながり、活躍の場
を広げていくであろうことも注目される。さらに
2015年には、日・オーストラリア経済連携協定
(EPA)の発効、日・モンゴルEPAの署名など、
二国間のEPAでも進展が見られた。こうして海
外市場の活力を取り込み、日本経済の成長につな
げる基盤が着実に構築されている。
日本企業の海外展開を通じて新興国を始めとす
る諸外国の成長を取り込んでいくため、官民の連
携が必要であり、安倍総理大臣及び岸田外務大臣
を始めとして積極的にトップセールスを行ってい
る。また、官民連携の業務を総合的に進めるた
め、9月には外務省に「官民連携推進室」が設置
7
外交青書 2016
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された。今後もインフラシステムの輸出等を官民
一体となって進めていく方針であり、特に使いや
すく長持ちし、環境に優しく災害の備えにもなる
インフラ整備を目指す「質の高いインフラパート
ナーシップ」を通じたインフラ投資を、アジアを
中心に推進していく。
(3)グローバルな課題への取組
2015年は戦後70年であるとともに、国連創
設70年及び日本の被爆70年に当たる節目の年で
あった。10月、日本は国連加盟国中最多となる
11回目の安保理非常任理事国に選出された。
2016年は日本の国連加盟60周年であり、この
機会を通じ、国連との連携を強化し、「積極的平
和主義」の実践として、世界の平和と安定のため
の議論を今後もリードしていく。また、国連が国
際社会の現実を反映し、課題により良く対応でき
るよう、包括的な国連改革における最重要課題で
ある安保理改革の推進に努めていく。
【人間を中心に据えた社会の実現への貢献】
日本は、国際社会においても、脆
ぜい
弱
じゃく
な立場に置
第1章
2015年の国際情勢と日本外交の展開
|
|
本
国際社会
脆弱
場
置
かれた人々を大切にし、個々の人間が潜在力を最
大限生かせる社会を実現すべく、「人間の安全保
障」の考えの下、国際貢献を進めてきた。
〈女性が輝く社会〉
「女性が輝く社会」の実現は安倍政権の最優先
課題である。8月には前年に続き、「すべての女
性が輝く社会」の実現を目標として、国際女性会
議「WAW!」(World Assembly for Women)
が開催された。
〈児童、障害者、高齢者〉
人権や基本的自由は普遍的価値であり、社会の
中で脆
ぜい
弱
じゃく
な立場にある人々こそ、その十分な恩恵
を享受しなくてはならない。国連総会第3委員会
及び国連人権理事会では児童の人権についても議
論が行われ、日本も積極的に議論をリードしてき
ている。2014年に日本は「障害者の権利に関す
る条約」の締約国となり、その国内法制度整備の
一環として、「障害者差別解消法」が2016年4
月に施行される予定である。また、日本は超高齢
化社会に突入しており、高齢化社会に係る豊富な
知見を世界と共有していく。
8
DIPLOMATIC BLUEBOOK 2016
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|
〈国際保健〉
個人を保護し、その能力を開花させる「人間の
安全保障」において、保健は重要な位置を占め
る。日本が「人間の安全保障」の考えに立ち、保
健を含む地球規模の課題の解決により主要な役割
を果たすことは、正に「積極的平和主義」の実践
である。強
きょう
靱
じん
で持続可能な保健システムの構築は
経済・社会の発展の基礎であり、国際社会の安定
にもつながることから、日本は政府開発援助
(ODA)も活用しつつ、世界の全ての人が基礎
的保健医療サービスを受けられること(ユニバー
サル・ヘルス・カバレッジ)を推進しており、ま
た、感染症による公衆衛生危機に対する国際的な
対応能力強化に向けて貢献している。
〈持続可能な開発のための2030アジェンダ〉
9月の国連サミットで「持続可能な開発のため
の2030アジェンダ」が採択され、日本もその策
定に積極的に貢献した。同アジェンダでは、保健
などミレニアム開発目標(MDGs)では十分に
達成されなかった目標に加え、環境や格差など新
たな目標を含む一連の持続可能な開発目標
|
|
目標
含
連
持続可能
開発目標
(SDGs)が掲げられており、全ての国が実施に
取り組むこととされている。日本は同アジェンダ
を着実に実施し、「人間の安全保障」の考えに基
づき、保健、教育等の課題やジェンダーや防災の
主流化に取り組んでいく。
【繁栄への貢献】
〈新たな開発協力大綱〉
2月、国際社会におけるODAをめぐる環境の
変化を踏まえて、「開発協力大綱」が閣議決定さ
れた。①非軍事的協力による平和と繁栄への貢
献、②人間の安全保障の推進及び③自助努力支援
と日本の経験と知見を踏まえた対話・協同による
自立的発展に向けた協力の3点を基本方針とし、
今後も様々な開発課題に積極的に貢献していく。
〈気候変動〉
地球規模での温室効果ガスの排出量の削減のた
め、12月、国連気候変動枠組条約第21回締約国
会議(COP21)において、史上初めて全ての国
が参加する公平かつ実効的枠組みであるパリ協定
が採択され、日本も採択に際して積極的な貢献を
行った。この歴史的な合意を全世界の気候変動対
|
|
策に関する取組につなげるよう貢献していく。
〈防災〉
幾多の災害を経てきた日本にとって、防災は強
みを生かせる分野である。日本は3月に仙台市で
第3回国連防災世界会議をホストし、各国の政策
に防災を取り入れる「防災の主流化」を推進し
た。
〈科学技術の外交への活用〉
安全保障、グローバル課題、国際協力など外交
の様々な局面で日本の優れた科学技術を活用する
科学技術外交を推進すべく、9月には、外務大臣
の科学技術顧問が任命された。
【平和への貢献】
〈軍縮・不拡散への積極的取組〉
唯一の戦争被爆国、そして国際社会の責任ある
一員として、日本は核兵器のない世界の実現に向
けて国際社会の取組を主導してきた。現在の国際
的な核軍縮・不拡散体制の基礎となっている核兵
器不拡散条約(NPT)体制を維持・強化すべく、
被爆70年という節目の年に開催された2015年
NPT運用検討会議で議論をリードした。
|
|
運用検討会議
議論
〈国際平和協力の推進〉
日本は、国際協調主義に基づく「積極的平和主
義」の立場から国連平和維持活動(PKO)への協
力を重視しており、これまで計13の国連PKOミッ
ションなどに延べ1万人以上の要員を派遣し、国
際平和協力の分野での実績は国内外から高い評価
を得ている。現在は国連南スーダン共和国ミッショ
ン(UNMISS)に対し、2011年から司令部要員
(2016年2月現在4人)を、2012年から施設部隊
(2016年2月現在353人)を派遣している。
〈テロ・暴力的過激主義対策・難民支援〉
2015年において、国際社会は深刻化するテロ
とその根底にある暴力的過激主義への対応を迫ら
れ、6月のG7エルマウ・サミット(於:ドイツ)
首脳宣言でもテロと暴力的過激主義に対する闘い
が言及された。日本は、2月に約1,550万米ドル
の中東・アフリカでのテロ対処能力向上支援を表
明したほか、12月には外務省に「国際テロ情報
収集ユニット」を設置し、国内外の日本人の安全
確保に全力を挙げている。
シリア危機が長期化する中で発生している大量
|
|
の難民問題に関して、9月の国連総会において安
倍総理大臣から、シリア・イラクの難民・国内避
難民向けの支援として約8億1,000万米ドルの支
援や、EU周辺国に対する約250万米ドルの人道
支援を実施する旨表明した。さらに11月には、
EU周辺国に対する約270万米ドルの追加的な支
援を表明した。また、2016年2月にロンドンで
開催されたシリア危機に関する支援会合では、難
民・国内避難民を抱えるシリア・イラク及び周辺
国に対する約3億5,000万米ドルの支援を表明し
た。
〈法の支配の強化への積極的取組〉
南シナ海において見られる大規模かつ急速な埋
立て、拠点構築及び軍事化利用等の現状を変更し
緊張を高めるあらゆる一方的な行動に対しては、
開かれた海洋の維持・発展のため、「海における
法の支配の三原則」に基づき、ODAも活用しつ
つ関係国と連携して取り組んでいる。
ソマリア沖・アデン湾、アジアにおける海賊対
策等を通じた海上交通路の安全の確保及び宇宙空
間やサイバー空間における「法の支配」の実現と
2015年の国際情勢と日本外交の展開
第
1
章
|
|
間
間
「法
支配」
実現
強化、さらに北極における新たな機会と課題に取
り組んでいく。
(4)対外発信と外交実施体制の強化
【戦略的対外発信】
2015年においては、平和国家としての歩み、
アジア太平洋地域や世界の平和と発展に対する貢
献等を発信した。2016年は日本のG7伊勢志摩
サミットの主催を始め、日本が国際社会の議論を
リードする多くの貴重な機会がある。こうした機
会を十分に活用し、日本の正しい姿を強く発信し
ていくとともに、日本の多様な魅力を生かして、
親日派・知日派を拡大し、日本の対外発信を強化
していく。
【外交実施体制の強化】
外務省は、総合的な外交実施体制の強化に引き
続き取り組んでいる。更なる合理化のための努力
を行いつつ、他の主要国に劣らぬ外交実施体制の
水準を確保できるよう、在外公館体制及び人員体
制の整備に努めていく。
9
外交青書 2016
|
|
第1章
概観
第1章
2008年の国際情勢
2008年は、8年に一度のG8サミット議
長国として一連のG8関連会議を開催する
とともに、5年に一度のアフリカ開発会議
(TICAD)を開催するという、日本にとり
近年稀
まれ
な外交の年であった。
折しも、2008年は国際社会として多くの
困難な課題に引き続き直面した年となっ
た。気候変動問題、アフリカの開発をめぐ
る問題、地域紛争や大量破壊兵器の拡散等、
いずれもいまだ解決への道半ばである。テ
ロ事件は各地で頻発し、ソマリア沖・アデ
ン湾等の海上交通路での海賊行為が多発・
急増し、大規模な自然災害により各地で甚
大な被害が生じた
また
2008年前半にお
|
|
2
大な被害が生じた。また、2008年前半にお
ける食料・資源エネルギー価格の高騰は、
生産国に大きな利益をもたらした一方で、
輸入国、とりわけアフリカを始めとする開
発途上国の経済に大きな打撃を与え、食
料・エネルギー安全保障の確保が重要な課
題となった。同年後半以降は、米国のサブ
プライムローン問題に端を発した金融危機
が実体経済に深刻な影響を与えている。
こうした状況の下、2008年は、深刻化す
る国際社会の共通課題の解決に向けて、日
本が果たし得る役割について、自他共に再
認識する年となったと言える。日本はG8
議長国として、またTICAD開催国として、
内外の期待にこたえ、共通課題の解決に向
けて主導的に取り組んだ。
気候変動問題については、環境・省エネ
国家として、公平で実効性ある2013年以降
の枠組み構築に向けて積極的に取り組ん
だ。1月、福田康夫総理大臣は世界経済フ
ォーラム年次総会(ダボス会議)において
「クールアース推進構想」を発表し、今後
の温室効果ガスの削減目標について、国別
総量目標を掲げて取り組む方針を明らかに
|
|
概観
勢と日本外交の展開
するとともに、排出削減と経済成長の両立
を目指す開発途上国支援策として100億米
ドル規模の「クールアース・パートナーシ
ップ」を表明した。7月のG8北海道洞爺
湖サミットでは、日本は議長国として2050
年までに世界全体の温室効果ガス排出量を
少なくとも50%削減するという長期目標
を、国連気候変動枠組条約のすべての締約
国と共有し、採択することについて、米国
を含む各国と精力的な協議を実施すること
で一致した。これは2007年のG8ハイリゲ
ンダム・サミットの成果からの大きな進展
であった。また中国、インド等新興国も含
むエネルギ
安全保障と気候変動に関する
|
|
むエネルギー安全保障と気候変動に関する
主要経済国首脳会合(MEM)において、
長期目標の共有を支持することで一致し、
公平で実効性ある2013年以降の枠組みづく
りに向けた布石を打つこととなった。さら
に麻生太郎総理大臣は、2009年1月のダボ
ス会議の場で、6月までに日本としても中
期目標を示すことを表明した。
アフリカ開発については、5月、横浜に
て第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)
を開催した。同会議では、経済成長の加速
化、人間の安全保障の確立、環境・気候変
動問題への対処を重点事項として、アフリ
カ開発の方向性について活発な議論が行わ
れた。日本は、2012年までの対アフリカ政
府開発援助(ODA)倍増、民間投資倍増
支援等を表明し、各国から高い評価を得た。
TICAD IVでの議論は、G8北海道洞爺湖サ
ミットにも反映された。日本は同会議で表
明した支援策の着実な実施に努めている。
テロ撲滅に向けた取組にも引き続き積極
的に取り組んだ。アフガニスタンについて
は、テロの温床に逆戻りさせないため、治
安・テロ対策と人道・復興支援を「車の両
|
|
輪」として、インド洋における海上自衛隊
の補給支援活動や、ODAを通じたインフ
ラ整備や保健・教育分野での支援等を実施
している。また、アフガニスタンの隣国パ
キスタンによるテロ撲滅及び経済安定化に
向けた努力を積極的に支援している。イラ
クに対しても、ODAや自衛隊の活動を通
じて復興支援に取り組んできた。12月には、
イラクの政治・治安状況の改善等を踏ま
え、約5年間にわたる自衛隊による支援活
動を成功裡
り
に終了した。
さらにソマリア沖・アデン湾における海
賊事案の多発・急増が国際的な問題になる
中、関連する国連安全保障理事会(安保理)
決議の共同提案国として、国際社会の取組
の重要性を認識するとともに、2009年には
日本としても海上自衛隊艦船を派遣すべく
準備が進められている。
変動する食料価格について、日本は、議
長国として7月のG8北海道洞爺湖サミッ
トでこの問題を取り上げ、世界の食料安全
保障に関するG8首脳声明を取りまとめる
など、積極的な外交を展開した。エネルギ
価格
問題に
は
日本はG 北海
|
|
ー価格の問題については、日本はG8北海
道洞爺湖サミットにおいて取り上げたほ
か、産消対話のフォーラムへの積極的参加
や国際エネルギー機関(IEA)との関係強
化、国際省エネルギー協力パートナーシッ
プ(IPEEC)設立の主導等を通じ、世界と
日本のエネルギー安全保障の強化に取り組
んだ。
金融・経済危機に関しては、11月、ワシ
ントンにおける金融・世界経済に関する首
脳会合及びペルーにおけるアジア太平洋経
第63回国連総会で一般討論演説を行う
(9 月25日、米国・ニューヨーク 写
|
|
済協力(APEC)首脳会議にて、麻生総理
大臣から、金融危機を克服した日本の経験
を踏まえた提案とともに、中小国や新興国
支援のため、国際通貨基金(IMF)への最
大1,000億米ドル相当の融資を表明する等
の具体的かつ重要な貢献を行った。アジア
に対しては、地域の金融面での協力スキー
ムであるチェンマイ・イニシアティブの強
化を進めた。2009年1月のダボス会議にお
いては、麻生総理大臣は、市場経済、民主
主義を指向する諸国の努力を支援し、繁栄
の道を共に歩むという「自由と繁栄の弧」
の考え方に基づき外交を進めていくととも
に、アジアについては、世界で最も潜在力
を有するアジアが「開かれた成長センター」
として世界経済に貢献するよう、アジアの
諸国における金融・経済危機の影響への対
応など成長力強化と内需拡大のため、総額
1兆5,000億円以上の支援を行う旨表明し
た。さらに、TICAD IVで打ち出した対ア
フリカ支援策を必ず実行する旨述べた。
2008年10月、日本は国連安保理非常任理
事国選挙において、国連加盟国中最多とな
る
度目
当選を果たし
年
月から
2008年の国際情勢と日本外交の展開
第
1
章
|
|
る10度目の当選を果たし、2009年1月から
2年間、安保理理事国を務めることとなっ
た。これは国連の場を始めとする日本外交
の実績とその姿勢とが国際社会において高
く評価され、今後一層の貢献が期待されて
いることの表れであると言える。日本は、
引き続き、山積する国際社会の諸課題の解
決と、そのための新しい秩序づくりに向け
て、日本の経験と英知を活用し、積極的・
主体的な外交を展開していく方針である。
3
外交青書2009
う麻生総理大臣
写真提供:内閣広報室)
|
|
第1章
概観
(アジア・大洋州地域)
日本のアジア・大洋州外交の基本目標
は、この地域を、基本的価値を共有し、相
互理解と協力に基づく、長期的な安定性と
予見可能性が確保された地域へと導いてい
くことにある。日本は、アジア・大洋州で
日米同盟を基軸としつつ、積極的な外交を
展開しており、2008年においても、引き続
き顕著な進展が見られた。
中国との間では、日中平和友好条約締結
30周年である2008年には、5月の胡
こ
錦
きん
濤
とう
国
家主席による中国国家主席としての10年ぶ
りの訪日や10月の麻生総理大臣の訪中等、
5回の首脳間の相互訪問が行われ、「戦略
的互恵関係」構築に向けて多くの対話が重
ねられた歴史的な年となった。日中間には
「食の安全」の問題や12月の中国公船の尖
せん
閣
かく
諸島領海への進入事案などが発生した
が、幅広い層での交流が進むなど関係は着
実に進展した。中国は、米国との安定的関
係構築を始め各国との積極的な外交を行う
とともに
多数国間外交も活発化させてい
|
|
8
とともに、多数国間外交も活発化させてい
る。日本は、中国が国際社会の諸問題に関
与する姿勢を歓迎しつつ、軍事力の近代化
や対外援助の在り方等について、透明性を
確保し、国際社会の規範にのっとった行動
をとることを求めている。
地理的に最も近い隣国であり、基本的価
値を共有する韓国とは、李
イ
明
ミョン
博
バク
大統領と
の間で、「シャトル首脳外交」を実施し、
「成熟したパートナーシップ関係」の構築
に向けた日韓関係の進展が見られた。また、
日中韓協力については、12月、日中韓首脳
会議を福岡において初めて単独開催し、未
来志向で包括的な協力を進めることで一致
するなど、画期的な進展が見られた。
2015年までのASEAN共同体形成を目指
し、統合努力を継続している東南アジア諸
国連合(ASEAN)に対しては、日本は、
10月にASEAN担当大使を任命し、12月に
は日・ASEAN包括的経済連携(AJCEP)
協定が発効するなど多くの分野での関係を
強化し、日・ASEAN間の「戦略的パートナー
|
|
シップ」の一層の強化に努めるとともに、
域内の格差是正等ASEANの統合と発展に
向けた努力の支援に取り組んでいる。
インドとの関係では、10月にシン首相が
訪日した際、麻生総理大臣との間で、安全
保障協力に関する共同宣言に署名するとと
もに、幅広い分野での協力を決定するなど、
2007年に引き続き「日印戦略的グローバ
ル・パートナーシップ」の力強い前進が見
られた。
基本的価値を共有するパートナーである
オーストラリアとの関係では、6月のラッ
ド首相訪日の際に、包括的な戦略関係の更
なる強化を決定し、より具体的な安全保障
協力を推進するとともに、日米豪戦略対話
を中心とする3か国協力をより一層進展さ
せている。
また、太平洋島嶼
しょ
国・地域との関係では、
2009年5月に第5回太平洋・島サミットを
開催することが決定された。
極東・東シベリア開発を進め、アジア太
平洋地域との関係強化を目指しているロシ
|
|
平洋地域との関係強化を目指しているロシ
アとの間では、高い次元の日露関係を構築
すべく、懸案である北方領土問題の最終的
解決に向け、精力的に交渉を行うとともに、
ロシアがアジア太平洋地域との経済的、社
会的、人的つながりを強化し、同地域にお
いて、建設的な役割を担うようにするため
の協力を進めている。
アジア太平洋地域における深刻な問題で
ある北朝鮮をめぐる諸懸案については、日
本は関係国と協調しつつ、朝鮮半島の非核
化と拉
ら
致
ち
問題を含む日朝関係の双方が共に
前進するよう、最大限の努力を行った。非
核化については、無能力化作業等一定の前
進があったが、検証の具体的枠組みの構築
について、北朝鮮は前向きな姿勢を示して
いない。また、拉致問題についても、日朝
実務者協議において日朝間で拉致問題に関
する全面的な調査の実施及びその具体的態
様等に合意したにもかかわらず、北朝鮮は
いまだ調査を開始していない。
日本は、地域諸国が共通の課題に対処す
|
|
るため、様々な地域の枠組みにおいても積
極的な協力を推進した。
(北米地域)
日本と米国は、基本的価値及び戦略的利
益を共有する同盟国であり、日米同盟は日本
外交の基軸である。現在も東アジア地域に
不透明性や不確実性が存在する中、日米安
全保障体制を中核とする日米同盟は、日本の
平和と安全及びアジア太平洋地域の安定と
発展にとって不可欠な役割を果たしている。
日米両国は、在日米軍再編の着実な実施、
弾道ミサイル防衛(BMD)協力の推進等
を通じた日米安保体制の強化を含む日米二
国間関係のみならず、北朝鮮問題を含むア
ジア太平洋情勢や、金融・世界経済問題、
「テロとの闘い」、気候変動・エネルギー問題、
アフリカ開発等の国際社会が直面する諸課
題について緊密に連携して取り組んでいる。
米国では11月に大統領選挙が行われ、
「変革」を掲げる民主党のオバマ候補が当
選し
2009年1月に新政権が発足した
日
|
|
選し、2009年1月に新政権が発足した。日
本は、2009年2月のクリントン国務長官訪
日の際の日米外相会談や麻生総理大臣訪米
の際の日米首脳会談等において日米同盟の
重要性を確認するとともに、種々の機会を
とらえて電話会談を行うなど、新政権との
間でも緊密な連携を図っている。
日本とカナダは、基本的価値を共有する
アジア太平洋地域のパートナー及びG8参
加国として、政治、経済、安全保障、文化
等、様々な分野で緊密に協力している。7
月のG8北海道洞爺湖サミットの際には、
ハーパー首相が公賓として訪日、福田総理
大臣と二度にわたり首脳会談を行った。日
加修好80周年の2008年には、両国において
様々な交流及び行事が行われた。
(中東地域)
日本が原油の約9割を輸入する中東地域
の平和と安定は、国際社会全体の安定と日
本のエネルギー安全保障にとって不可欠で
あり、日本は、国際社会と連携しつつ、中
|
|
2008年の国際情勢と日本外交の展開
第
1
章
東外交に積極的に取り組んでいる。
2008年、中東地域では、石油資源を背景
にした湾岸諸国の経済成長、イラクの治安
状況の改善など前向きな動きが見られた。
その一方、アフガニスタンの治安情勢の悪
化、イランの核問題、イスラエルによるガ
ザ地区への攻撃などの問題を依然として抱
えている。さらに、原油価格の高騰と急落、
世界的な金融危機も地域経済に様々な影響
を与えている。
こうした中、5月に高村外務大臣が、G8
議長国の外相として、安定と復興のための
努力が続くアフガニスタンを訪問し、改め
て同国に対する協力を表明した。また、7
月には、中東和平に貢献すべく、東京で「平和
と繁栄の回廊」構想の4者協議閣僚級会合
を主催し、同構想の具体化にも取り組んだ。
また、10月、アラブ首長国連邦で開催さ
れた拡大中東・北アフリカ構想(BMENA)
「未来のためのフォーラム」閣僚級会合で、
日本は共同議長として貢献した。
|
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9
外交青書2009
(欧州地域)
日本と欧州は、民主主義、人権、法の支
配等の基本的価値を共有するとともに、国
際社会の安定と繁栄に向けて主導的な役割
を果たす上での戦略的パートナーである。
日本が欧州諸国、欧州連合(EU)、北大西
洋条約機構(NATO)等との間で協力を進
めていくことは、不安定要素の多い今日の
国際情勢の中で、グローバルな諸課題に国
際社会が効果的に対応していく基盤を強化
するものとして、ますます重要になっている。
2008年、欧州地域は、2月のコソボによ
る独立宣言、8月のグルジアとロシアとの
武力衝突への対応等の安全保障問題が国際
社会の注目を集めた。また、同年前半はエ
ネルギー価格高騰への対応、後半は金融危
機への対応で、EUや欧州諸国が国際的議
論の中で積極的役割を果たしたことが注目
された。
こうした中、日本と欧州間では、福田総
理大臣が4月にロシア、6月にドイツ、英
|
|
第1章
概観
国及びイタリアを訪問し、一方、欧州から
は、7月のG8北海道洞爺湖サミットに、
英国、フランス、ドイツ、イタリア、ロシ
ア、欧州委員会の首脳が訪日し、G8サミ
ット・プロセスを通じて、エネルギー、気
候変動を始めとする様々な分野における協
力を確認した。また、10月には、麻生総理
大臣がアジア欧州会合(ASEM)首脳会合
に出席し、金融危機への対応におけるアジ
アと欧州の連携強化を確認した。
ロシアについては、5月のメドヴェージ
ェフ大統領及びプーチン首相の就任後も、
全般的に安定した政権運営が続いている。
また、対外政策においては、近年、極東・
東シベリア開発を進め、アジア太平洋地域
との関係強化を目指す方針の下、同地域に
おける活動を活発化している点が注目され
る。日露間では、アジア太平洋地域におけ
る重要なパートナーとしての関係を構築す
るために、北方領土問題の最終的解決に向
け、首脳・外相間を始めとした様々なレベ
ルでの精力的な交渉が行われているまた
|
|
10
ルでの精力的な交渉が行われている。また、
両国間の経済関係が順調に発展するなど、
「日露行動計画」に基づいて幅広い分野で協
力が進んでいる。
8月の南オセチアをめぐるグルジアとロ
シアとの武力衝突及びロシアによる南オセ
チア及びアブハジアの独立承認に関して、
日本は、グルジアの領土一体性の原則に基
づく平和的解決を一貫して支持する立場を
表明し、関係国に働き掛けを行った。
さらに、日本は、地域的枠組みも活用し
ながら、中央アジア・コーカサス、中・東
欧において、「自由と繁栄の弧」の考え方
に基づき民主化や市場経済化を進める国々
との対話と協力を進めている。
(アフリカ地域)
近年のアフリカでは、平和と安定に向け
た動きや好調な経済成長などの前向きな兆
しが見られる一方で、貧困や紛争、政情不
安、感染症、テロや組織犯罪といった深刻
な問題も依然として抱えている。特に2008
|
|
年には、ケニアでの2007年末の大統領選挙
後の混乱、ジンバブエの内政混乱、ダルフ
ール問題を始めとするスーダン情勢、コン
ゴ民主共和国東部の情勢不安、ソマリア
沖・アデン湾での海賊問題等が国際社会の
注目を集めた。折からの世界的な金融危
機・経済減速も、アフリカ諸国に様々な影
響を与えている。5月に横浜で開催された
第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)で
は、アフリカ開発の今後の方向性について
活発な議論が行われ、国際社会の取組を強
化していくことをうたった「横浜宣言」が採
択された。日本はアフリカのPKOセンタ
ーへの支援や貿易・投資促進合同ミッショ
ンの派遣など、政治・経済両面における積
極的な取組を通じ、TICAD IV及びG8北海
道洞爺湖サミットで発表した支援策の着実
な実施に努めている。
(中南米地域)
近年の中南米地域には、鉱物・エネルギ
食料資源の
大供給源としての存在感
|
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ー・食料資源の一大供給源としての存在感
の増大、経済規模の拡大、民主主義・市場
経済の定着及び国際社会における発言力の
向上が見られる一方で、貧困・格差等の問
題も根強く存在している。
日本は、経済関係の強化、安定的発展に
対する支援及び国際社会での連携強化を重
視して中南米地域との関係強化に努めてい
る。7月のG8北海道洞爺湖サミットや11月の
ペルーでのアジア太平洋経済協力(APEC)
首脳会議の機会には、メキシコ、ブラジル、ペ
ルー、コロンビア等と首脳会談を実施した。
また、2008年は、日本人のブラジル移住
100周年、日・コロンビア外交関係開設100
周年等の節目の年に当たり、特にブラジル
に関しては、「日本ブラジル交流年」とし
て、様々な記念事業が実施された。4月に
は、東京において、天皇皇后両陛下並びに
皇太子殿下の御臨席の下、外務大臣主催記
念式典が実施され、6月には、皇太子殿下
がブラジル各地を訪問された。これらを契
機に日本との交流が強化された。
|
|
(平和への取組)
今日、日本がその領土、国民の生命・財
産を保護するためには、伝統的脅威のみな
らず、大量破壊兵器の拡散、国際テロや海
賊等の非伝統的脅威への対応も含め、多面
的な安全保障政策が求められる。このため、
日本は、適切な防衛力の整備を基盤として、
日米安保体制の維持・強化、近隣国との安
定した関係の構築、国際社会の平和と安定
に向けた取組を引き続き積極的に進めた。
具体的には、米国との間で安全保障分野
における幅広い協力を進め、ASEAN地域
フォーラム(ARF)を始めとして、二国
間・多数国間の対話の枠組みを近隣国との
間で重層的に整備・強化してきた。また、
国際社会の平和と安定があってこそ日本の
国益も実現されるとの思いから、PKOへ
の参加、インド洋における補給支援活動の
再開に加え、平和構築、軍縮・不拡散、海
賊対策、国際テロや国際組織犯罪といった
諸課題にも積極的に取り組んだ。日本国民
の生命及び財産の保護の観点から火急の課
|
|
の生命及び財産の保護の観点から火急の課
題である海賊対策についても、できること
から早急に措置を講じていく。
国際の平和と安全の維持に主要な役割を
担う国連安保理の改革の早期実現は重要な
課題であり、日本は、国際社会において一
層の貢献を行うためにも、早期の安保理改
革の実現と日本の常任理事国入りを目指し
「クラスター弾に関する条約」に署名する中曽根
(12月3 日、ノルウェー・オスロ)
|
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2008年の国際情勢と日本外交の展開
第
1
章
て、積極的な外交努力を展開した。また、
10月には、日本は安保理の非常任理事国
(任期:2009年~2010年)に選出された。
平和構築については、G8北海道洞爺湖
サミットやTICAD IVにおいて議論を深め
たほか、現場レベルでも国連スーダン・ミ
ッション(UNMIS)への自衛官派遣や、
イラク、アフガニスタン等での復興支援等
を行った。また、国連平和構築委員会で議
長職を務めるなどの知的貢献や平和構築分
野での人材育成についても一層取組を強化
した。
また、国際組織犯罪対策では、2月の
「人身取引対策に関するウィーン・フォー
ラム」へ日本から政府協議調査団を派遣す
るなど積極的に取り組んだ。
日本は、国際社会の平和と安定のため、
また、唯一の被爆国として、戦後一貫して
軍縮・不拡散問題に積極的に取り組んでい
る。2008年も、国連総会に核軍縮決議案を
提出し、圧倒的な支持を得て採択されたほ
か
2010年核兵器不拡散条約(NPT)運
|
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11
外交青書2009
か、2010年核兵器不拡散条約(NPT)運
用検討会議の成功に資するべく、オースト
ラリアと共に、核不拡散・核軍縮に関する
国際委員会を立ち上げた。また、国際原子
力機関(IAEA)の活動にも積極的に貢献
している。12月にはオスロで「クラスター
弾に関する条約」の署名式が行われ、中曽
根弘文外務大臣が出席し署名した。原子力
根外務大臣(中央)
|
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第1章
概観
の平和的利用に関しては、G8北海道洞爺
湖サミットにおいて、いわゆる3S(核不
拡散/保障措置、原子力安全、核セキュリ
ティ)の確保のため、日本の提案により、
「3Sに立脚した原子力エネルギー基盤整備
に関する国際イニシアティブ」を立ち上げ
た。
科学面では、総合科学技術会議の提言や
宇宙基本法の成立・施行を受け、2008年は
「科学技術外交」や「宇宙外交」の取組を
始動している。
(環境・気候変動)
地球環境問題は、人類共通の課題であり、
国際社会の一致した取組が急務となってい
る。特に、気候変動問題については、2013
年以降の枠組みを決定する、2009年末にデ
ンマークで開催される気候変動枠組条約第
15回締約国会議(COP15)に向け、議論
が活発化している。
日本は、地球環境問題の解決に向け、世
界をリ
ドする環境
省エネ国家として
|
|
12
界をリードする環境・省エネ国家として、
技術力をいかし、ODA等を通じた環境分
野での開発途上国支援のほか、多数国間環
境条約などの国際的ルールづくりを通じ
て、地球環境問題への取組を主導してきて
いる。
こうした中、2008年、日本は「環境・気
G8北海道洞爺湖サミットでの記念撮影に臨む福田総
(7 月8 日、北海道洞爺湖)
|
|
候変動」が主要議題の一つとして位置付け
られたG8北海道洞爺湖サミットの議長国
として、福田総理大臣が1月にダボス会議
において「クールアース推進構想」を発表
し、6月に「『低炭素社会・日本』をめざ
して」と題する政策スピーチを行うなど、
公平で実効性ある枠組みの構築に向けて積
極的な役割を果たした。その結果、7月の
G8北海道洞爺湖サミットにおいて、2050
年までに世界全体で温室効果ガス排出量を
少なくとも半減するという目標をすべての
条約締約国で共有すること等につき米国も
含め意見が一致するなどの成果が得られ
た。
(国際協力の推進)
日本は、近年、山積する地球規模課題に
対応するため、国際協力の戦略性の強化と
より一層の効果的実施に取り組んでいる
が、2008年は、開発・アフリカを主要議題
とする国際会議の開催、新JICAの発足等
を通じ
日本の国際協力が国際的に注目さ
|
|
を通じ、日本の国際協力が国際的に注目さ
れる年となった。
2008年、日本はG8議長国として、4月
にG8開発大臣会合を主催した。7月のG8
北海道洞爺湖サミットにおいては、環境・
気候変動、開発・アフリカ等を主要議題と
して議論し、G8としてミレニアム開発目
総理大臣(中央)とG8首脳
|
|
標(MDGs)の達成に向けた決意を表明し
た。また、G8北海道洞爺湖サミットに先
立ち、5月には横浜で第4回アフリカ開発
会議(TICAD IV)を開催し、日本は2012
年までの対アフリカ援助の倍増等の支援策
を打ち出した。
2008年10月には、政府開発援助のより一
層の効果的実施を図るため、国際協力機構
(JICA)と国際協力銀行(JBIC)海外経済
協力部門が統合され、技術協力、有償資金
協力及び無償資金協力の三つの援助手法を
一元的に実施する機関として新JICAが発
足し、開発途上国の需要に応じたより質の
高い国際協力を実現するための体制が整え
られた。
(国際経済と経済面での国際的取組)
2008年は、前半には食料・原油価格が高
騰、後半には、米国のサブプライムローン
問題を契機とした金融危機が深刻化し、世
界的な景気後退が起きるなど、世界経済に
と
て激動の1年とな
た
|
|
とって激動の1年となった。
11月、ワシントンでの金融・世界経済に
関する首脳会合において、麻生総理大臣は
自国の金融危機を克服した経験を踏まえ
て、金融機関の不良債権の迅速な処理と、
公的資金による資本注入の必要性を提言し
た。同会合で打ち出された具体的な行動計
画については、直後に開催されたアジア太
平洋経済協力(APEC)首脳会議において、
APECメンバーにも拡大して支持された。
2001年の交渉開始後、丸7年が経過した
世界貿易機関(WTO)ドーハ・ラウンド
交渉について、7月にジュネーブで閣僚会
合が開催され、農業及び非農産品市場アク
セス(NAMA)のモダリティ(関税削減
方式)の合意に向けて急速に協議が進んだ
が、最終的には農業分野の開発途上国向け
特別セーフガード(SSM)に関する関係
国間の対立を原因として合意には至らなか
った。世界的に保護主義が台頭しかねない
状況の中、ラウンドの早期妥結に向けて日
本を含む関係主要国が引き続き交渉の進展
|
|
2008年の国際情勢と日本外交の展開
第
1
章
に取り組んでいる。
日本はまた、WTOを補完する取組とし
て、経済連携協定(EPA)も積極的に推
進している。2008年はインドネシア、ブル
ネイ、フィリピン、さらにはASEAN全体
との協定が発効したほか、同年12月にはベ
トナム、2009年2月にはスイスとの協定が
署名に至った。湾岸協力理事会(GCC)、
インド、オーストラリアとは、2009年2月
末現在交渉中であり、交渉中断中の韓国と
も、2008年には日韓経済連携協定交渉再開
に向けた検討及び環境醸成のための実務協
議を2回実施した。また、地域の経済連携
に関する研究・検討にも積極的に貢献して
いる。
投資協定に関しては、7月にカンボジア、
8月にラオスとの間で協定が発効したほ
か、ウズベキスタン、ペルーとの間で、そ
れぞれ8月、11月に協定の署名に至った。
自由貿易・投資の促進と並んで経済外交
において重要な柱となるのは、エネルギー
資源や食料資源の確保とい
た経済安全保
|
|
13
外交青書2009
資源や食料資源の確保といった経済安全保
障の強化である。エネルギー資源について、
日本は、生産国との関係強化や国際エネル
ギー機関(IEA)などの国際機関との連携
強化等を通じて、安定供給の確保、市場の
安定化等に努めている。食料分野について
は、6月の国連食糧農業機関(FAO)ハ
イレベル会合、7月のG8北海道洞爺湖サ
ミット等の機会を通じて、世界及び日本自
身の食料安全保障強化のために首脳レベル
の外交を展開した。
(パブリック・ディプロマシー)
政治、経済、社会、文化を含む幅広い分
野で、各国の国民に日本への理解を深めて
もらうことは、日本に対するイメージの向
上及び信頼感の増進につながり、各国との
友好関係や確固たる国際的地位の構築に寄
与する。日本は、相手国の政府のみならず、
世論形成に影響力のある有識者や国民一般
に直接働き掛けるパブリック・ディプロマ
シーの取組を積極的に推進している。2008
|
|
第1章
概観
年、日本文化や日本語を相手国市民に伝え
るボランティアを派遣する「日本文化発信
プログラム」が発足し、26名が2009年1月
にハンガリー、ポーランド、ブルガリア、
ルーマニアへ派遣された。この活動は、将
来の日本との友好関係の中核となる人材の
育成につながることが期待されている。ま
た、日本アニメへの関心を通じて日本への
理解を深めてもらう「アニメ文化大使」事
業を立ち上げ、3月にドラえもんがアニメ
文化大使に就任した。世界各国で劇場版映
画を上映した取組は現地メディアでも大き
く取り上げられている。現在、世界で300
万人程度の日本語学習者がいるが、その人
数は30年間で20倍以上に増加している。海
外での日本語普及は、将来の日本との交流
の担い手を育てるものであり、今後も積極
的に取り組んでいく方針である。
(国民と共にある外交)
外務省は、海外における日本人への支援
を中心とする領事業務を外交業務と並ぶ主
|
|
14
を中心とする領事業務を外交業務と並ぶ主
要業務と位置付けている。年間1,700万人
を超える国民が海外に渡航している現在、
領事業務に対する国民の期待も、以前と比
外務省でアニメ文化大使就任式に臨むドラえも
(3 月19日、東京)
|
|
較にならないほど増大している。外務省で
は、こうした国民からの声を踏まえ、安全
確保に関する情報提供、事件・事故発生時
の邦人援護、パスポートの発給・更新、在
外選挙の実施、海外在住者の生活に密着す
る戸籍事務など多岐にわたる領事業務とそ
の実施体制の強化及びサービス向上に積極
的に取り組んでいる。
また、外務省は、国民の幅広い層の理解
と支持を得て外交を推進するため、地方自
治体・企業やNGOとも協力しながら、オ
ールジャパン体制の強化に取り組んでい
る。また、外交政策について国民の幅広い
理解を得るため、インターネットなど各種
メディアや各種行事を通じ、国民との双方
向コミュニケーションの強化を図っている。
国民と共にある外交を更に推進していく
ためには、在外公館の新設や、外務省職員
の主要先進国並み水準への増員、情報の収
集、分析機能強化といった外交力の基盤強
化が欠かせない。今後とも、海外における
日本国民の利益保護を始め
国益を踏まえ
|
|
日本国民の利益保護を始め、国益を踏まえ
た外交を展開するため、こうした外交力の
強化にも積極的に取り組んでいく。
ん(中央)と高村外務大臣(左)
|
|
21世紀の国際社会においては、従来の国際
秩序の前提となってきたパワーバランスが中
国を始めとするいわゆる新興国の台頭とグ
ローバル化の進展などにより変化し、国際的
なリスクが多様化している。こうした大きな
流れの中で、日本を取り巻くアジア太平洋地
1 情勢認識
概 観
2013年の国際情勢
日本外交の戦略的展
第1章
2013年の国際情勢と日本外交の戦略的展
|
|
(1)中期的な国際情勢の変化
【パワーバランスの変化】
現在、国際社会において、国家間のパワー
バランスが大きく変化している。その背景と
して、まず中国やインドといったいわゆる新
興国が急速に経済成長し、国際社会における
存在感を増大させていることが挙げられる。
特に中国は、一時ほどではないが引き続き高
い経済成長率を維持し、グローバル経済にお
ける影響力を増大させるとともに、政治的な
発言力や軍事力をも急速に拡大させている。
国際社会における米国の影響力にも相対的
な変化が見られるが、軍事力及び経済力、価
値や文化といったソフトパワーを含めた総合
的な国力では、その主導的な地位に変わりは
ない。
こうしたパワーバランスの変化により、国
際社会全体の統治構造において強力な指導力
を発揮することがますます困難となり、また
2
|
|
域の安全保障環境も一層厳しさを増している。
日本は、このような国際環境の変化を冷静
に把握しながら、地球儀を俯瞰する視点か
ら、戦略的な外交を展開する必要がある。以
下では、2013年の国際情勢を概観した上で、
日本外交の戦略的展開について記述する。
勢と
展開
展開
|
|
責任ある幅広いコンセンサスの形成に一層時
間と労力がかかるようになっている。
【グローバル化とリスクの多様化・複雑化】
加えて、グローバル化とITを始めとする
技術革新が、そのスピードを更に高めながら
不可逆的に進行している。国家間の相互依存
が高まる一方で、NGO(非政府組織)や多
国籍企業といった国家以外の主体の影響力を
増大させる効果も生んでいる。このことは、
経済成長とより民主的な意思決定に貢献して
いるが、一方でリスクを多様化し、複雑化さ
せる要因ともなっている。
大量破壊兵器や弾道ミサイル等の移転・拡
散・性能向上に関する問題は、日本や国際社
会にとって大きな脅威となっている。特に北
朝鮮による核・ミサイル開発は、地域と国際
社会全体の平和と安全に対する重大な脅威で
|
|
ある。また、イランの核問題は、国際社会に
おける懸念事項である。シリアにおいて化学
兵器が使用されたように、大量破壊兵器は必
ずしも潜在的な脅威にとどまっているものと
は限らない。加えて、国際テロ組織を始めと
する非国家主体による大量破壊兵器等の取
得・使用は、国際社会にとって引き続き重大
な懸念である。
国際的なテロ組織は、情報・通信ツールの
多様化や輸送・交通手段の改善などグローバ
ル化と技術革新の進展を利用して、その活動
の範囲を世界規模に拡大させている。日本人
や日本企業が国際的に活動の幅を広げるに伴
い、テロ等に巻き込まれるリスクも増大して
おり、現実に、2013年1月のアルジェリアに
おけるテロ事件で10人の日本人が犠牲となっ
た。
2013
|
|
【国際公共財(グローバル・コモンズ)にお
ける新たな機会とリスク】
海洋、宇宙空間、サイバー空間といった国
際公共財(グローバル・コモンズ)は、人類
の活動領域を広げるフロンティアとして大き
な機会を提供している。しかし、同時に、そ
の利用が広がることに伴うリスクも深刻化し
ている。
海洋の秩序は、国連海洋法条約が根幹を成
す国際法により規律されており、日本は、海
洋における「法の支配」の確立を推進してい
る。海洋に囲まれ、資源の輸入や貿易の大部
分を海洋に依存する日本にとって、「開かれ
安定した海洋」は極めて重要である。近年、
力を背景とした一方的な現状変更を図る動き
が増加しているほか、海賊や不審船、環境汚
染といった問題もあり、こうした様々な課題
に各国が対応していくとともに、適切な国際
ルール作りとその遵守に国際社会が一致して
取り組むことが必要となっている。
|
|
宇宙空間については、民生分野での活用の
みならず、情報収集や警戒監視機能の強化と
いった安全保障上の役割に注目が集まってい
る。そのような中、宇宙利用国の増加に伴っ
て宇宙空間の混雑化が進んでおり、加えて、
いわゆる宇宙ゴミ(スペースデブリ)の増
加、衛星破壊兵器の開発の動きを始めとし
て、その利用が妨げられるリスクが高まって
いる。
現代社会において、サイバー空間は、アク
セスできる者が限定されている宇宙空間や深
海底とは異なり、万人にアクセス可能で、
人々の生活に密着し切り離せない存在となっ
ている。また、情報通信のシステム及びネッ
トワークは、重要な社会及び経済の基幹イン
フラを提供している。サイバー空間において
は、秘密情報の窃取やインフラシステムの破
壊、軍事システムの妨害を意図したサイバー
概 観
3年の国際情勢と日本外交の戦略的展開
第
1
章
|
|
攻撃などによるリスクが深刻化しつつある。
一方、その匿名性や非対称性、領域が存在し
ないことによる管理の困難さといった特徴か
ら、対応は容易ではない。しかし、サイバー
空間の重要性からすれば、こうしたリスクを
放置しておくことはできず、総合的な取組が
必要となる。
宇宙空間やサイバー空間における秩序につ
いては、国連海洋法条約などの関連国際法に
より規律される海洋と比較すると、いまだ法
的基盤は脆
ぜい
弱
じゃく
である。宇宙空間については、
安全かつ安定的な利用の確保を目指し、国際
行動規範策定に向けた努力が求められてい
る。サイバー空間については、自由な利用と
セキュリティの両立を目指し、既存の国際法
の適用を前提とした国際的なルール作りが必
要である。
【人間の安全保障に関する課題】
人間の安全保障とは、人間一人ひとりに着
3
外交青書 2014
|
|
目し、広範かつ深刻な脅威から人々を守り、
それぞれの持つ豊かな可能性を実現するため
に、保護と能力強化を通じて持続可能な個人
の自立と社会づくりを促す考え方である。日
本は、長年にわたりこのような考え方を国際
的な場で提唱し、その定着に努めてきた。
グローバル化の進展と国際経済活動の拡大
の恩恵を受けつつ、高い経済成長を成し遂げ
る開発途上国もある一方で、いまだ深刻な貧
困から脱出できずにいる最貧国もある。加え
て、感染症、気候変動、自然災害などの地球
規模の問題は、国境を越え、一国の対処能力
を超えて個人の生存と尊厳を脅かしており、
人間の安全保障の観点から重要かつ緊急の取
(2)厳しさを増す東アジアの安全保障環境
【北朝鮮の核・ミサイル開発と体制の不透明
第1章
2013年の国際情勢と日本外交の戦略的展
|
|
な動向】
北朝鮮は、核兵器を始めとする大量破壊兵
器や弾道ミサイルの開発を進めるとともに挑
発的な言動を繰り返し、日本及び東アジア地
域にとって安全保障上の最大のリスク要因と
なっている。特に、米国本土をも射程に含む
弾道ミサイルの開発や、核兵器の小型化及び
弾道ミサイルへの搭載の試みは、地域及び国
際社会の安全保障に対する深刻な脅威となっ
ている。
また、金
キム
正
ジョン
恩
ウン
国防委員会第一委員長を中
心とした体制固めが進行しているが、2013
年12月には、義理の叔父である張
チャン
成
ソン
澤
テク
国防
委員会副委員長が粛正されるなど注目すべき
動きが見られた。今後の金正恩体制の動向を
引き続き注視していく必要がある。
北朝鮮による拉致問題は、日本の主権と国
民の生命・安全に関わる重大な問題であると
同時に、基本的人権の侵害という国際社会全
体の普遍的な問題である。国際社会とも協力
4
|
|
組を必要としている。
【世界経済のリスクと格差の拡大】
世界経済そのものもリスクを抱えている。
各国の経済はますます国際的な結びつきを強
めており、欧州債務危機の際に見られたとお
り、一国の経済危機が世界経済全体に大きな
影響を及ぼす状況が生まれている。また、各
国の財政問題、新興国経済の減速や構造的な
問題により、今後の先行きが不透明な状況が
続いている。その一方で、資源国によるナ
ショナリズムの高揚や、世界的な需要の高ま
りを背景とした資源獲得競争が激しさを増し
ている。
境
しつつ、引き続きその解決に全力を尽くす考
展開
|
|
えである。
【中国の不透明な軍事力強化と一方的な現状
変更の試み】
中国には、増大する国力を背景とした主張
が目立つが、国力に伴う責任を自覚し、国際
的な規範を共有・遵守するとともに、地域や
地球規模の課題に積極的かつ協調的な役割を
果たすことが期待される。一方で、国防費の
継続的な高い伸びを背景として、十分な透明
性を欠いた軍事力の強化が広範かつ急速に進
められている。
中国は東シナ海、南シナ海などの海空域
で、既存の国際法秩序と相容れない一方的な
主張に基づき、「力」に基づく一方的な現状
変更の試みと見られる対応を示している。日
本との関係では、日本の固有の領土である尖
閣諸島付近での領海侵入及び領空侵犯を始め
とする活動を拡大・活発化させている。特に
2013年11月には、東シナ海に「防空識別区」
|
|
を一方的に設定した。これは、公海上空を飛
行する航空機に対して、一方的に自国の手続
に従うことを義務付け、従わない場合に「防
御的緊急措置」をとるとするなど、国際法上
の一般原則である公海上空における飛行の自
由の原則を不当に侵害するものである。
(3)混迷の度合いを増す中東・北アフリカ
【シリア情勢】
シリアでは、2011年以降の混乱に拍車が
かかり、人道的な危機が続いている。政府と
反政府勢力との間の暴力的衝突に国外からイ
スラム過激派勢力が加わり、混迷は深まって
いる。
8月に発生した首都ダマスカス郊外での化
学兵器の使用は、武力行使を伴う介入をめぐ
る国際的な危機に発展した。米国などによる
2013
|
|
シリアへの軍事行動の是非が取り沙汰される
中、最終的に米露間でシリアの化学兵器を国
際管理下に置くことなどについて合意がなさ
れた。これを受けて、化学兵器禁止機関
(OPCW)の決定やこれを補強する国連安保
理決議第2118号が採択された。
政治プロセスについては、2013年5月に米
露主導でシリアに関する国際会議(いわゆる
「ジュネーブ2」会議)開催のイニシアティ
ブが発表され、2014年1月に同会議が開催さ
れ、日本もこれに参加した。
【不透明なポスト「アラブの春」の見通し】
2011年に突如吹き荒れた「アラブの春」
と呼ばれる中東・北アフリカ諸国における変
革の波は、複数の国で既存の権威主義的体制
を崩壊させた。しかし、これら諸国におい
て、その後の安定的な秩序を打ち立てること
に成功した例は少なく、なお不透明な情勢が
続いている。
|
|
台湾との両岸関係については、経済関係の
緊密化が進んでいるが、中国と台湾、そして
地域の軍事バランスの変化も同時に進行して
おり、安定化の動きと潜在的な不安定性が併
存している。
カ情勢
エジプトにおいては、2013年6月にムル
スィー大統領の退陣を求める大規模デモが発
生したのに応じ、軍が介入し、同大統領は事
実上失脚した。ムルスィー大統領を支持する
ムスリム同胞団を始めとするイスラム主義勢力
と、軍及び警察との衝突は、数千人の死傷者
を生んだ。今後の大統領選挙や議会選挙の結
果が同国の安定をもたらすのかが注目される。
チュニジアでは、2月及び7月に相次いで
概 観
3年の国際情勢と日本外交の戦略的展開
第
1
章
|
|
野党議員が暗殺されたことにより議会機能が
麻
ま
痺
ひ
し、首相が交代に追い込まれた。リビア
では、5月に政治的罷免法が成立したことを
受け、マガリエフ制憲議会議長(元首)が辞
任したほか、10月にはゼイダーン首相が拉
致される事件が発生した。
【イラン情勢】
イランは国連安全保障理事会(安保理)決
議に反し、核関連活動を進めてきたが、問題
の平和的解決に向け、国際社会の外交努力が
続けられている。2013年8月、国際社会との協
調を掲げるローハニ大統領が就任し、事態は
進展を見つつある。11月に、ジュネーブにおい
て実施されたEU3(英仏独)+3(米中露)と
の協議において、6か月間で実施する第一段階
の措置及び最終段階の包括的合意の要素を含
んだ「共同作業計画」が合意され、実行に移
された。現在、この合意に基づいたプロセス
が進められており、今後の動向が注目される。
5
外交青書 2014
|
|
(4)成長の一方で不安定さを抱えるアフリ
近年、アフリカは、アフリカ連合(AU)
などによる統合が進み、また高い経済成長を
背景に、国際社会においてその存在感を示す
ようになってきている。
その一方で、依然として、南スーダン、中
央アフリカ、大湖地域などでは国家建設プロ
セスでの混乱、民族や宗教の相違を背景とす
る紛争を抱え、「アフリカの角」やギニア湾
岸を中心に海賊への対処が必要となるなど、
平和と安定に課題を残している。また、深刻
な貧困・開発問題、格差が存続しており、こ
れらの解決が求められている。
「アラブの春」後の混乱は、テロリストの
活動範囲をアフリカに広げる結果をもたらし
ており、2013年1月にはアルジェリアにおけ
る日本人等に対するテロ事件が発生した。北
第1章
2013年の国際情勢と日本外交の戦略的展
|
|
アフリカとサブサハラ・アフリカの結節点と
なるサハラ・サヘル地域にも影響は拡大して
おり、マリにおいては、「アラブの春」以降、
イスラム過激派らが北部へ流入して治安が悪
化したことにより、従来存在していた南北の
2 日本外交の戦略的展開
日本は、国益の増進に全力を尽くすととも
に、国際協調主義に基づく「積極的平和主
義」の立場から、国際社会の平和と安定及び
(1)「積極的平和主義」と地球儀を俯瞰する
日本は、戦後一貫して平和国家として歩
み、国際社会の中で信頼を築き上げてきた。
この平和国家としての歩みを基礎として、今
後は国際協調主義に基づく「積極的平和主
義」の立場から、同盟国である米国やその他
関係国ともより緊密に連携して、日本の安全
6
|
|
リカ情勢
格差問題が先鋭化した。現在は、2013年4月
の国連安保理決議により設立された国連マリ
多角的統合安定化ミッション(MINUSMA)
が、1月に治安の回復のため展開したアフリ
カ主導国際マリ支援ミッション(AFISMA)
を引き継ぐ形でフランス軍と連携して活動を
継続している。
南スーダンでは、与党内の主導権争いが、
2013年12月には自衛隊が活動している首都
ジュバにおける銃撃戦にまで発展した。同国
各地に広がった衝突で、多数の避難民が生ま
れたが、地域諸国の仲介により、2014年1月
末に敵対行為の停止などの合意が成立した。
中央アフリカでは、2013年3月、主として
イスラム教徒で構成される反政府勢力連合
が、ボジゼ大統領の政権を打倒した。その
展開
|
|
後、キリスト教自警団との間で衝突が続き、
2014年1月時点で90万人以上の国内避難民
が発生するなど、人道状況は非常に悪化して
いる。
繁栄の確保にこれまで以上に積極的に寄与し
ていく。
る外交
とアジア太平洋地域の平和と安定を実現する
とともに、国際社会の平和と安定及び繁栄の
確保にこれまで以上に積極的に貢献してい
く。
2013年12月には日本で初めてとなる国家
安全保障戦略(NSS)が策定された。国家安
|
|
全保障戦略は、国家安全保障に関する外交政
策及び防衛政策に関する基本方針を定め、
「積極的平和主義」の具体的内容を内外に示
すものである。この基本方針の下で、国益を
守るとともに、国際社会における日本に見
合った責任を果たすべく、積極的かつ効果的
な外交を展開していく。
安倍政権発足以来、地球儀を俯瞰する視点
から、自由、民主主義、基本的人権の尊重、
(2)日本外交の展開
以上の考え方の下に、①日米同盟の強化、
②近隣諸国との協力関係の強化、③日本経済
の再生に資する経済外交の強化、④地球規模
の課題への一層の貢献を行っていく。
①日米同盟の強化
第1章
2013年の国際情勢と日本外交の戦略的展
|
|
日本を取り巻くアジア太平洋地域の安全保
障環境が一層厳しさを増す中、日本外交の基
軸たる日米同盟の重要性は一層高まっている。
安倍政権発足以来、2013年2月に行われた安
倍総理大臣の訪米、頻繁な日米外相会談、歴
史的な日米安全保障協議委員会(「2+2」)の
開催など、日米間の活発な要人往来を通じて、
普天間飛行場移設問題の進展など、日米同盟
強化のための具体的な成果を得ている。米国
のアジア太平洋地域へのリバランス
1とも連
携しつつ、日本外交の第一の柱として日米同
盟をあらゆる分野で強化していく。
②近隣諸国との協力関係の強化
日本を取り巻く安全保障環境の改善には、
日米同盟の強化に加え、アジア太平洋地域の
パートナーとの協力関係の強化が重要である。
日・ASEAN(東南アジア諸国連合)友好
1
米国が、自国の安全保障政策及び経済政策上の重点をアジア太平洋地域
8
|
|
「法の支配」といった普遍的価値に立脚し、
戦略的な外交を推進してきた。この間、長期
にわたるデフレと景気低迷からの脱却に向け
た経済政策を打ち出し、日本経済は景気回復
の兆しを見せている。このような日本経済の
回復への国際社会の期待感の高まりと相俟っ
て、この1年間で、国際社会の日本への期待、
とりわけ地域や世界の平和と繁栄への貢献に
ついての期待は確実に高まっている。
協力40周年を迎えた2013年、基本的価値と
戦略的利益を共有するASEANとの関係は大
きく進展した。安倍総理大臣はASEAN全加
盟国を訪問し、岸田外務大臣も全ての外相と
二国間会談を行った。12月に東京で行われ
た日・ASEAN特別首脳会議の成果を基礎と
展開
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して、ASEAN各国との協力関係を更に強化
していく。
加えて、インド及びオーストラリアといっ
た普遍的価値と戦略的利益を共有する国々と
も、安全保障、経済など様々な分野で協力を
深化させていく。
ロシアとの間では、2013年4月に、安倍総
理大臣が10年ぶりにロシアを公式訪問し、
以降プーチン大統領との間で半年で4回の首
脳会談を行った。また、11月には史上初と
なる日露外務・防衛閣僚協議(「2+2」)を開
催した。日露関係については、今後とも政治
対話を重ねつつ、日本の国益に資するよう進
めていく。その中で、北方四島の帰属の問題
を解決して平和条約を締結すべく、粘り強く
交渉に取り組んでいく。
日中関係は最も重要な二国間関係の1つで
あり、両国は地域と国際社会の平和と安定の
域にシフトさせる方針。
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ために責任を共有している。日中両国そして
地域の利益のためにも、「戦略的互恵関係」
の原点に立ち戻り、関係改善を図る。一方、
「力」を背景とした一方的な現状変更の試み
については、領土・領海・領空は断固として
守り抜くとの決意の下、冷静かつ毅然として
取り組んでいく。
最も重要な隣国である韓国との関係強化に
ついては、困難な問題も抱えているが、引き
続き様々なレベルで意思疎通を積み重ね、大
局的観点から、未来志向で重層的な協力関係
を構築すべく、粘り強く取り組む。
中国及び韓国の新政権との間では、いまだ
首脳会談は実現していない。しかしながら、
お互いの国ばかりではなく、地域と国際社会
の平和と安定及び繁栄のために、日中韓3か国
の関係を安定させ、発展させていくことが重
要である。日本側の対話のドアは常にオープ
2013
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ンであり、問題があるからこそ、胸襟を開い
て直接対話を行うことを引き続き求めていく。
③日本経済の再生に資する経済外交の強化
政府は、日本経済の再生に資する経済外交
の強化に取り組んでいる。特に、いわゆるア
ベノミクスの第三の矢である成長戦略の実現
に貢献すべく、成長著しい新興国を始めとす
る諸外国の成長を取り込むことが重要であ
る。
まず、日本企業が輸出機会を拡大し、対外
投資をしやすい環境を整備していくため、高
いレベルの経済連携を戦略的に推進していく
ことが不可欠である。2013年は環太平洋パー
トナーシップ(TPP)協定、RCEP(東アジ
ア地域包括的経済連携)、日中韓FTA、日
EU・EPAなど、これまで経験したことのな
い大規模な経済連携協定交渉が開始された年
となった。国益にかなった高いレベルの経済
連携を戦略的かつスピード感を持って推進し
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ていく。特にTPP協定交渉については、引
き続き早期妥結に向けて取り組んでいる。ま
た、日本の経済成長に直接貢献すべく、イン
フラ輸出や日本産品の輸出促進を始めとする
日本企業の海外展開支援を強化している。
2013年12月には、岸田外務大臣を本部長と
して、日本企業支援推進本部を立ち上げ、日
本企業の海外展開支援を一層強力に進めてい
る。同本部の下で、トップセールスによるイ
ンフラシステムの輸出や、ODA(政府開発
援助)の戦略的活用、国外における日本人と
日本企業の安全対策の強化等を戦略的に進め
ていく。
さらに、東日本大震災以降、日本の発電に
おける化石燃料の占める割合が増大する中、
日本経済の存立の基盤として、エネルギーを
含む資源の安定的かつ安価な供給確保に向け
た取組が不可欠であり、「資源外交」を強化
概 観
3年の国際情勢と日本外交の戦略的展開
第
1
章
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している。資源産出国との包括的・互恵的関
係、供給元の多角化、輸送路の安全確保など
を引き続き強化していく。
同時に、G8・G20、APEC(アジア太平洋
経済協力)、WTO(世界貿易機関)、OECD
(経済協力開発機構)などを活用し、経済分
野での国際的ルールの整備と実施に日本とし
て積極的に貢献していく。WTOについては、
2013年12月、ドーハ・ラウンド交渉開始以来
初めて、貿易円滑化・農業・開発の3分野に
おいて「バリ合意」が妥結に至った。今後の
交渉の活性化につながるものと期待される。
OECDについては、2014年の閣僚理事会
議長国として、国際社会共通の諸課題への取
組に貢献していく。
④地球規模の課題への一層の貢献
【女性が輝く社会の実現に向けて】
女性がその能力を最大限発揮する「女性が
輝く社会」の実現は、日本経済の更なる成長
9
外交青書 2014
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にとってのみならず、国際社会に活力をもた
らす上でも重要な課題である。日本はこれま
でも、開発途上国における女性の支援で実績
を重ねてきた。この成果を基礎とし、安倍総
理大臣は、9月の国連総会で、①女性の社会
進出と能力強化、②女性の保健医療分野の取
組強化、③平和と安全保障分野における女性
の参画・保護の3つの柱を立て、今後3年で
30億米ドルを超すODAを実施する考えを示
した。今後も、男女平等と女性のエンパワー
メントのための支援を強化し、また、紛争予
防・平和構築における女性の役割拡大などに
ついて国際社会と協力していく。
【国際平和協力へのより一層の貢献】
日本は、国際平和協力の分野でも取組を進
め、これまで13の国連PKOミッションに延
べ約9,300人の要員を派遣し、その実績は内
第1章
2013年の国際情勢と日本外交の戦略的展
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外から高い評価を得てきた。国連南スーダン
共和国ミッション(UNMISS)に対し、周辺
施設部隊などを派遣し、2013年にはその活
動地域の拡大を決定した。
2013年に直接交渉が約3年ぶりに再開され
た中東和平プロセスにおいても、日本は、米
国を始めとする国際社会と連携しながら、積
極的な役割を果たしている。2月には、アジア
諸国の経済発展の知見・経験を対パレスチナ
支援にいかすための「パレスチナ開発のため
の東アジア協力促進会合(CEAPAD)」の閣
僚会合を東京で開催した。また、7月、岸田
外務大臣がイスラエル・パレスチナを訪問し、
両首脳に和平実現を働きかけるなどの和平外
交を展開した。その際、日本が主導する「平
和と繁栄の回廊」構想の下、約5年ぶりとな
る閣僚級会合を実施するなど、日本の対パレ
スチナ支援は重要な成果を生み出している。
また、日本はシリアの政治プロセスについ
て話し合うための「ジュネーブ2」会議に参
10
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加して、美しいシリアを取り戻すため、積極
的平和主義の下、人道支援と政治対話への貢
献を車の両輪として取り組んでいくと表明し
た。
【核兵器のない世界に向けて】
唯一の戦争被爆国そして国際社会の責任あ
る一員として、日本は、「核兵器のない世界」
の実現に向けて国際社会の取組を主導してき
た。現在の国際的な核軍縮・不拡散体制の基
礎となっている核兵器不拡散条約(NPT)
体制の維持・強化のため、2015年のNPT運
用検討会議を成功させるべく、非核兵器国
12か国から成るグループ「軍縮・不拡散イ
ニシアティブ(NPDI)」の他のメンバーと共
に議論を主導している。また、イランの核問
題の包括的解決に向けた外交努力を継続して
いく。さらに、国際的な原子力安全の強化に
展開
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も引き続き取り組んでいく。
通常兵器についても、2013年4月には、日
本がイニシアティブをとった結果として、通
常兵器の国際貿易を規制する武器貿易条約
(ATT)が国連総会で採択された。同条約に
は、日本も6月に署名した。
【成長するアフリカへの支援】
日本は、冷戦の終結後に国際社会がアフリ
カへの関心を低下させていた90年代前半に、
アフリカ支援のためのTICAD(アフリカ開
発会議)プロセスを立ち上げた。2013年6月
に横浜で開催したTICADⅤでは、39人のア
フリカ国家元首・首脳級を含めた4,500人も
の参加が得られた。安倍総理大臣は、基調演
説において産業人材育成とサヘル地域への開
発・人道支援を含めたアフリカ支援パッケー
ジを打ち出した。安倍総理大臣の2014年1月
のアフリカ訪問も踏まえ、この支援策を今後
着実に実施していく。
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【ODAの戦略的活用】
TICADで培ったアフリカ諸国との連携を
強化するためのみならず、日本を取り巻く情
勢の変化に対応し、「積極的平和主義」を推
進していく上でも、ODAの重要性が更に増
している。自由で豊かで安定した国際社会を
実現していくため、自由、民主主義、基本的
人権の尊重、「法の支配」といった基本的価
値や戦略的利益を共有する国に対し、法制度
整備・民主化支援を行うなど、ODAの戦略
的・効果的な展開を推し進める。
【2015年に向けた取組】
2015年は、地球規模の課題についての大
きな節目の年となる。日本は、開発分野での
2015年までの国際的な目標であるミレニア
ム開発目標(MDGs)の達成に向けて貢献し
てきている。次の目標となるポスト2015年
2013
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開発アジェンダの策定においては、日本がそ
の普及と実践に尽力してきた「人間の安全保
障」を指導理念とした枠組みとすることを目
指しつつ、国際的な議論で主導的な役割を果
(3)パブリック・ディプロマシーの強化
国際社会での日本の存在感を高め、信頼さ
れる日本の姿が理解されるためには、日本の
基本的な立場や考え方について内外に積極的
に発信するとともに、日本の多様な魅力を発
信することにより、日本への関心や親近感を
高め、良好な対日イメージの形成に努めるこ
とが不可欠である。
外務省は、客観的な事実を中心とする関連
情報の正確かつ効果的な発信とともに、戦略
的な発信に努めている。海外メディアが日本
の歴史や領土、外交政策等について、事実誤
認や不正確な認識に基づく報道を行った際に
は、事実に基づき、速やかに反論投稿や申入
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たしている。人間の安全保障に直結した課題
として、特に日本の経験と知見をいかすこと
のできる保健と防災の分野を重視している。
具体的には、2013年5月に国際保健外交戦略
を策定し、ユニバーサル・ヘルス・カバレッ
ジ(UHC)の実現を目指して、ODAなどを
通じた貢献を行うとともに、ポスト2015年
開発アジェンダの議論においてUHCを主導
していく。また、2013年のフィリピン台風
被害に対する支援に象徴される災害救援・防
災分野の国際協力を推進し、2015年3月に仙
台市で開催する第3回国連防災世界会議につ
なげていく。さらに、気候変動に関する
2020年以降の新たな法的枠組みの合意に向
けて、積極的に取り組む。
2015年は、国連創設70周年の年でもある。
国連加盟国最多となる11回目の当選を目指
し、2015年安保理非常任理事国選挙に万全
概 観
3年の国際情勢と日本外交の戦略的展開
第
1
章
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を期すとともに、日本が常任理事国として貢
献するべく、安保理改革の早期実現に向けた
外交努力を行う。
れを行うとともに、日本の立場や考え方を冷
静かつ適切に発信している。特に、領土保全
の分野では、分かりやすく日本の立場や主張
を説明するための各種資料(紙媒体・動画)
を主要11言語で作成し、外務省ホームペー
ジなどで発信している。
また、伝統文化やポップカルチャーを含む
多様な日本文化の紹介や若者を始めとする人
的交流、国際交流基金を通じた海外での日本
語普及などを行っている。その際には、関係
機関との連携を図り、在外公館などを活用
し、積極的に日本の強みをアピールしてい
る。
11
外交青書 2014
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