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年5月、日中韓サミットへの参加のため来日
した温家宝国務院総理は、宮城・福島両県を
慰問したほか、同月には、約100名の観光関
係者ミッションが訪日した。
b. 日本産食品・農水産物に対する輸入規制措
置とその緩和
東京電力福島第一原子力発電所事故の発生
を受け、中国は日本産食品・農水産物に対
中国緊急援助隊への感謝状授与式(9月20日、北京)
第2章
地域別に見た外交
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し、新たに輸入規制措置(輸入禁止地域12
都県、それ以外は①原産地証明書及び②放射
性物質検査証明書の添付要求)を実施した。
これに対し、日本から様々なレベルを通じ
て、科学的根拠に基づいた対応を要請した。
その結果、5月の日中首脳会談において、温
家宝国務院総理から菅総理大臣に対し、輸入
規制措置を一部緩和する旨表明し、6月には、
輸入禁止地域の縮小及び同地域以外の一部の
食品を除き放射性物質検査証明書の添付を不
要とする措置の実施が発表された。その後、
日中間で手続等について協議を続けた結果、
11月、中国による輸入が一部再開された。
c.震災復興に向けた中国における取組
日本政府は、2011年10月から、中国にお
いて「元気な日本」キャンペーンを展開し、
1
航空会社が、各空港の発着枠や路線、便数などを決められること。
48
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中国各地で行われる日本産品の展示会・販売
会において、日本の安全・安心を伝え、元気
な日本をアピールしている。
(エ)互恵的経済関係の強化
日中間の貿易・投資などの経済関係は発展
し続けている。2011年の香港を除く日中貿
易額は、約3,449億米ドルとなり、5年連続
で日米貿易額を上回った。また、中国側統計
によると、2011年の日本からの対中直接投
資は63.5億米ドルとなっているほか、中国に
「元気な日本」ロゴマーク
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進出している企業数は2万2,307社を超えて
いる。
2011年12月の日中首脳会談では、経済に
関する幅広い分野での協力を更に進め、互恵
的経済関係を質的に高めることで一致した。
例えば、拡大する日中経済関係を金融面から
後押しするための、日中両国の金融市場の発
展に向けた相互協力の強化や、省エネ・環境
分野における一層の協力の推進、日中社会保
障協定の早期締結に向けた協議の加速化など
が含まれる日中間のオープンスカイ
1の早期
実現や観光、知的財産の保護などについて
も、協力を推進していくことで一致した。こ
れらに加えて、野田総理大臣から温家宝国務
院総理に対し、レアアースの安定供給、金融
規制緩和等について中国側の協力を要請し
た。
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(オ)両国国民間の相互信頼の増進
a.日中間の人的交流の現状
日本と中国の人的交流は、2011年は延べ
約499万人(訪日者数延べ約133万人、訪中
者数延べ約366万人)で、訪日者は約33万人
減少(前年比)し、訪中者は約7万人減少
(前年比)した。2011年7月には、沖縄を訪
問する中国人観光客に対して、数次査証
2の
発給を開始するとともに、9月からは、個人
観光査証の発給要件を緩和した。
b.日中青少年交流
2007年から実施されている「21世紀東ア
ジア青少年大交流計画」は、2011年度に最
終年度を迎えた。東日本大震災の影響はあっ
たものの、2011年には4,000名を超える日中
青少年の相互訪問を実施した。具体的には、
1,700名規模の日中の高校生の往来を実施し
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た。また、各分野で活躍する日中の青年代表
団の招へい・派遣事業は、各種交流、視察を
通じて、相手国に対する理解を深めるととも
に、今後の日中間の協力などについて議論す
る機会を提供した。
日中両国は、青少年交流の重要性を確認
し、2011年12月、日中青少年交流活動に関
する覚書に署名し、2012年に5,000名規模の
青少年交流を更に促進するべく努力すること
で一致した。交流事業の継続的な実施によ
り、日中の青少年間の相互理解が深まり、安
定した日中関係の土台が更に強化されること
が期待される。
c.各分野における交流
(a)新日中友好21世紀委員会
日中友好21世紀委員会は、21世紀の日中
関係を一層発展させていくため、日中双方の
2
有効期間中、複数回にわたって入国が可能なビザ(査証)。
|
|
有識者が、幅広く議論し、両国政府首脳に提
言・報告を行う委員会であり、1984年以来、
実施されてきている(2003年に「新日中友
好21世紀委員会」に改称)。2011年に委員会
(日本側座長は西室泰三東芝相談役、中国側
座長は唐
とう
家
か
璇
せん
前国務委員)は、中国(北京市
及び湖南省)で第3回会合を開催し、グロー
日中高校生交流の様子。岩手県の高校生が歓迎レセプションで「よさ
こいソーラン」を披露(5月21日、写真提供:日中友好会館)
第1節
アジア・大洋州
第
2
章
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バルな視野を持って、日中国交正常化以来の
40年を回顧するとともに、中長期的な日中
関係について議論を行った。
(b)日中映像交流事業
2010年5月の温家宝国務院総理来日の際の
両国首脳間の合意に基づき、2011年6月には
北京において、麻生太郎総理大臣特使(元総
理大臣)と温家宝国務院総理の出席を得て、
日中映像交流事業である「映画、テレビ週
間」、「アニメ・フェスティバル」の日本側開
日中映像交流事業・中国側開幕式(10月23日、東京)
49
外交青書 2012
|
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幕行事が開催された。10月には東京で中国
側開幕行事が開催され、野田総理大臣を始め
とする政府要人が参加した。また、11月に
は北京と上海で「日本アニメ・フェスティバ
ル」が開催された。
(カ)地域・地球規模の課題に関する対話・協力
日中両国は、世界の主要国として、地域・
「日本アニメ・フェスティバル」開幕式(11月23日、北京)
第2章
地域別に見た外交
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地球規模の課題に関する対話及び協力を強化
することで一致しており、2011年において
も様々な分野での協力を行ってきた。
人権の分野においては、2010年に引き続
き、2011年11月に第7回日中人権対話を東
京で開催した。同対話では、表現の自由、司
法改革や少数民族に関する施策など、両国の
人権分野における政策と実践や、国連におけ
る人権分野での協力につき意見交換を行っ
た。
2011年12月の北朝鮮の金正日国防委員長
の死去に際しては、同月25日及び26日に行
われた日中首脳会談において、朝鮮半島の平
和と安定の確保は日中両国の共通利益である
ことを確認し、日中間で緊密に意思疎通を行
い、冷静かつ適切に対応していくことの重要
3
中国国内で遺棄された旧日本軍の化学兵器の処理問題。1997年に発効
の必要な資金・技術・専門家・施設その他の資源を提供し、中国はこれ
た「中国における日本の遺棄化学兵器の廃棄に関する覚書」を踏まえ、
るとともに、専門的・技術的な諸事項について、両国の政府関係者や専
4
遺棄化学兵器は、北は黒龍江省から南は広東省まで広い範囲で存在が確
れていると推定されている。なお、中国国内の各地でこれまでに約4万
50
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性で一致した。
そのほか、5月の日中韓首脳会議を始めと
する日中韓協力、国際経済・金融情勢への対
応における協力、9月の日中メコン政策対話
や12月の日中韓アフリカ政策協議など、様々
な分野において対話・協力が行われた。
また、上記(ア)~(カ)の六つの協力のほ
かに、遺棄化学兵器問題
3に関し、日本は、
化学兵器禁止条約(CWC)の義務を履行す
るため、日中共同で遺棄化学兵器の廃棄事業
に取り組んでいる。2010年10月、江蘇省南
京市において、移動式処理設備による最初の
廃棄事業が開始され、作業が順調に進展して
いる。吉林省ハルバ嶺地区
4を始めとする中
国各地の遺棄化学兵器についても、早期に廃
棄するため、準備が進められている。
イ 中国情勢
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(ア)経済
2011年の中国の名目GDP額は47兆1,564
億元、実質GDP成長率は前年比9.2%増と
なった(中国国家統計局発表)。2011年後半
から欧州債務危機や米国経済の不振等を受け
て、輸出を中心に伸び幅が減少傾向となり、
中国政府の年間目標(前年比8%)は達成し
たものの、2年ぶりに10%を下回った。輸出
の減速に伴い、貿易黒字は前年比15.3%減の
1,551億米ドルとなったものの、外貨準備は3
兆1,811億米ドルと引き続き過去最高を更新
している。2011年は消費者物価の上昇が顕
著で、通年で前年比5.4%上昇と、中国政府
の年間抑制目標(前年比4%)を大きく上
回った。
した化学兵器禁止条約に基づき、日本は遺棄化学兵器廃棄のために、全て
れに対し適切な協力を行うことになった。日中両国は、1999年に署名され
、同遺棄化学兵器廃棄のため、現地調査や発掘・回収作業を共同で実施す
専門家が協議を重ねてきている。
確認されているが、吉林省敦化市ハルバ嶺地区には30万~40万発が埋めら
万7,000発の遺棄化学兵器が発掘・回収されている。
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国を取り巻く内外情勢が大きく変化している
中で、中国共産党の指導が引き続き重要であ
ると強調しつつ、党と大衆の乖
かい
離を戒め、大
衆工作と汚職腐敗対策及び安定確保の重要性
を指摘した。
また、2011年2月には、胡錦濤中国共産党
総書記が重要講話を行う等、中国当局は年初
から社会管理の強化と刷新に力を入れてい
る。しかし、2月から3月にかけては中東・
北アフリカ情勢に触発された中国全国各地で
の抗議集会の呼びかけ、5月には内モンゴル
自治区での集団抗議活動、6月には広東省で
大規模暴動の発生が伝えられるなど、中国の
社会情勢は必ずしも安定を見せていない。ま
た、7月に発生した高速鉄道事故をめぐって
は、インターネット等において、事故の当事
者に限らず一般市民からも当局への不満や非
難が噴出した。
第2章
地域別に見た外交
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(ウ)外交
中国は、持続的な経済発展を維持し、総合
国力を向上させるためには、平和で安定した
国際環境が必要であるとの基本認識の下、引
き続き全方位外交を展開している。
2011年9月には「中国の平和的発展」と題
する白書が公表された。同白書は、中国の発
展は他国の脅威とはならないとする従来から
の主張を繰り返す一方、「国家主権、国家安
全、領土保全、国家統一、中国憲法に規定さ
れる政治的制度と社会の大局安定、経済社会
の持続可能な発展の基本的保障」を「核心的
(2)台湾
日本と台湾との関係は1972年の日中共同
声明に従い、非政府間の実務関係として維持
されている。日本にとって台湾は緊密な経済
関係を有する重要な地域であり、第4位の貿
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利益」と位置付け断固たる擁護を表明し、各
国への尊重を求めている。
米国との関係では、1月の胡錦濤国家主席
の訪米を契機に、米中両国で相互協力・協調
の重要性が改めて確認・強調された。5月に
開催された第3回米中戦略・経済対話では、
両国の軍当局者も参加する初めての戦略安保
対話が実施され、6月には第1回のアジア太
平洋に関する米中協議が開催された。また8
月にはバイデン米国副大統領が訪中し、2012
年2月には習
しゅう
近
きん
平
ぺい
国家副主席が訪米し、オバ
マ米国大統領を始めとする政府要人と会談し
た。
(エ)軍事・安保
中国は、海空戦力・戦略ミサイルを中心に
軍事力の近代化を進めており、2011年7月に
は、中国国防部は空母を建造中であることを
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公に認め、同年8月以降、試験航行を行って
いることが確認されている。また、2011年
の国防予算は、前年執行額比で12.7%増
(2011年公表値)であり、国防費の伸び率は
再び2桁台となった。その一方で、その細部
の内訳や軍事力の近代化について不透明な部
分があることが指摘されている。2年に1度
の国防白書の発表等は、透明性を確保する上
で一定の評価はできるが、日本を含む地域・
国際社会の懸念を払拭
しょく
するに足るものではな
い。日本はハイレベルの往来及び対話の場を
含む様々な機会を捉え、より一層の透明性向
上を中国に対して求めている。
易相手である。このような状況を踏まえ、9
月には投資の自由化、促進及び保護に関する
民間取決め、11月には日台航空自由化のた
めの民間取決めがそれぞれ署名された。ま
|
|
た、東日本大震災に際しては、台湾から震災
直後に緊急援助隊28名が被災地での捜索活
動を実施したほか、各界から約200億円の義
援金及び救援物資を始めとする破格の支援の
提供があった。
両岸間では、2008年以降頻繁な接触と様々
な合意が行われ、経済分野を中心に結び付き
を深めている。2011年の貿易総額は1,275.7
億米ドルに達し、現在、中国にとり台湾は第
5位、台湾にとり中国は最大の貿易相手であ
る。2010年9月の「両岸経済協力枠組取決め
(ECFA)」の発効を受け、2011年1月には一
部の物品及びサービスの関税が引下げ又は免
除となった。両岸直航便の開設と台湾側の中
国人観光客の受入れ解禁等により、人的往来
も増加の一途をたどっており、2010年以降、
中国から台湾への訪問者数は日本から台湾へ
の訪問者数を抜き最多となっている。
|
|
台湾内部では、2012年1月に総統選挙及び
(3)モンゴル
バトボルド政権は、人民党と民主党の大連
立を維持しつつ、安定的に政権を運営した。
2011年を「労働支援年」とし、雇用創出を
中心とした経済政策に加え、社会福祉の向上
に重点を置いた施策を実施した。また、鉱物
資源分野では、戦略的鉱床の一つであり世界
的な規模の埋蔵量を有するタバン・トルゴイ
炭田の一部鉱区の開発を開始する等、優先度
の高い課題として取り組んできた大規模鉱山
開発において具体的な進展を見た。また、政
策金融機関である開発銀行を設立し、国内産
業振興に向けた基盤を強化した。
世界金融危機の影響によるマイナス成長か
ら順調に回復し、2010年に6.1%の成長を記
録したモンゴル経済は、鉱物資源開発の進展
と鉱物資源の国際相場の回復による内需拡大
|
|
立法委員選挙が実施され、国民党現職の馬
ば
英
えい
九
きゅう
総統が再選を果たし、国民党が単独過半
数を確保した。選挙が円滑に実施されたこと
は、台湾において民主主義が深く根付いてい
ることを示すものである。経済面では、2010
年に10%台の高い成長率を実現したことへ
の反動に加え、欧州経済減速等を背景とした
輸出環境の悪化により、2011年の成長率は
台湾の小学生による寄せ書き(3月15日、写真提供:(財)交流協会)
第1節
アジア・大洋州
第
2
章
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4.04%(速報値)にとどまった。
等により、2011年には17.3%(モンゴル国家
統計委員会速報値)の経済成長を達成した。
内政では、2012年6月の国家大会議(国会)
総選挙に向けて議論が重ねられてきた選挙法
の改正が実現し、比例代表・中選挙区併用制
松本外務大臣(右)とザンダンシャタル・モンゴル外交・貿易相(7月
23日、インドネシア・バリ)
53
外交青書 2012
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の導入が決まった。総選挙を見据えた前哨戦
が展開される等、各政党の活動が活発化し
た。
二国間関係では、新たな共通外交目標であ
る「戦略的パートナーシップ」構築の具体化
に向けて、互恵的・相互補完的な関係の深化
に向けた取組が促進された。1月の玄葉国家
戦略担当大臣のモンゴル訪問、7月のバトトル
ガ道路・運輸・建設・都市計画相の来日、ま
た、同月、バリにおいて松本外務大臣とザン
ダンシャタル外交・貿易相との間で外相会談
を実施する等、前年に引き続き、両国政府間
で頻繁なハイレベル対話の機会が維持された。
また、「戦略的パートナーシップ」の重要
な柱の一つである両国経済関係の一層の強化
を図るべく、日・モンゴルEPA締結に向け
た官民共同研究のプロセスが進展し、3月に
は3回目の会合をウランバートルで開催し、
第2章
地域別に見た外交
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両国首脳に対してEPA交渉の早期開始等を
提言する内容の報告書を取りまとめた。ま
た、12月には東京で貿易・投資及び鉱物資
源開発官民合同協議会が開催され、双方の官
民関係者の参加の下、両国の経済関係の強化
3 東南アジア
(1)カンボジア
内政面では、日本などの支援を受け2007
年に開廷したクメール・ルージュ裁判におい
て、3月に政治犯収容所所長の最高審公判が
実施され、また6月に元国家元首を含む幹部
4名の初級審公判が開始されたことにより、
内外から注目が集まった。
外交面では、2008年のプレアビヒア寺院
の世界遺産登録を契機に再燃したタイとの国
境問題について、2011年2月から4月にかけ、
国境地帯において両国間の断続的な軍事衝突
54
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等について話し合われた。
東日本大震災に際しては、日本は、モンゴ
ル政府から緊急援助隊の派遣、支援物資の送
付、義援金100万米ドルの寄付を受けたほか、
モンゴル国民からも、全国家公務員が給与1
日分を寄附する等、「困ったときの友は真の
友」との諺
ことわざ
のとおり、物心両面にわたる様々
な支援が寄せられた。
東日本大震災の際のモンゴルからの緊急援助隊(3月16日、宮城県)
|
|
また、両国は、2012年の日・モンゴル外
交関係樹立40周年を良好な友好関係、相互
理解を更に発展させる契機とすることで一致
しており、両国の官民が一体となって記念年
を成功に導くべく、緊密に協力していく。
が発生し、双方に死傷者が出るまで発展し
た。これに対し、ASEAN議長国であるイン
ドネシアが仲介を行った。また、カンボジア
が国際司法裁判所に対し、1962年のタイと
カンボジアの国境問題に関する同裁判所の判
決の解釈を要請したことに対し、同裁判所は
7月に暫定的武装地帯からの両国の軍事要員
の撤退や、ASEANが派遣する監視団の受入
れを含む仮保全措置命令を下した。しかし、
8月にタイでインラック政権が成立すると、
|
|
両国関係は急速に改善に向かい、両国は右仮
保全命令の実施に向けた協議を行っている。
日本は、カンボジアの開発努力を積極的に
支援しており、2月に伴野豊外務副大臣がカ
ンボジアを訪問した際の、フン・セン首相ほ
かとの会談や、12月の日・カンボジア外相
電話会談において、経済協力や地域協力など
に関して意見交換を行った。また、伴野外務
副大臣のカンボジア訪問に際しては、日本が
支援している、ASEANの南部経済回廊(第
(2)タイ
内政面では、2010年に流血の事態にまで
発展した、タクシン元首相を支持する勢力と
同元首相の復権に反発するアピシット政権を
含む勢力との対立構造が解消されないまま、
アピシット首相は、2011年5月、下院を解散
|
|
した。7月3日に行われた総選挙の結果、タ
クシン元首相の実妹であるインラック氏を比
例第1位に推したタイ貢献党が、500議席中
265議席を獲得し、アピシット首相率いる民
主党に100議席以上の差をつけて第1党と
なった。その結果、8月10日にインラック氏
を首班とする6党連立政権が発足した。同政
権は、国民和解、国内の格差是正、内需拡大
等を企図した政策を掲げ、政権運営を開始し
ようとしたが、その矢先の7月から、例年を
上回る降雨によりタイ北部及び中央部を中心
に大規模な洪水被害が発生したため、同政権
は、洪水対策に注力することとなった。この
洪水は、タイで約800名の犠牲者を出したほ
か、アユタヤ周辺の工業団地が浸水したこと
により、サプライチェーンが滞り、タイのみ
ならず、日本を含む地域経済全体にも大きな
損害をもたらした。その結果、タイ政府は、
|
|
2章第1節6「地域協力・地域間協力」を参
照)の一部をなすネアックルン橋梁
りょう
建設計
画の起工式が執り行われた。東日本大震災に
際しては、カンボジア王室や同国政府及び国
民から義援金やメッセージなどの支援が寄せ
られた。その一方で、カンボジアの洪水被害
に際し、日本は緊急物資や専門家の派遣等を
実施した。10月、日本は両国間の友好関係
強化のため、俳優の向井理氏に対し、「日
本・カンボジア親善大使」を委嘱した。
2011年の経済予測を当初の3.5~4.0%を1.5%
に下方修正した。
外交面では、インラック政権は、ミャン
マーの国内政治情勢の変化を踏まえ、同国国
内におけるインフラ開発を含め経済面での関
第1節
アジア・大洋州
第
2
章
|
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係強化に関心を高めている(カンボジアとの
間の国境紛争についてはカンボジアの項を参
照)。
日本との関係では、東日本大震災に際し、
タイ王室、政府、国民から物資、義援金、医
師の派遣等多大な支援がなされた。一方、タ
イの大規模洪水被害に対しては、日本政府か
ら、排水ポンプ車チームの派遣、各種専門
家、調査団の派遣、緊急物資、緊急資金協力
等を実施したほか、国民・企業からの寄附、
NGOによる活動など積極的な支援が行われ
た。11月に野田総理大臣及び玄葉外務大臣
が、それぞれインラック首相及びスラポン外
相と会談を行い、また、同年12月に日・タ
イ外相電話会談を実施した際、日本として、
タイの洪水被害からの復旧・復興及び今後の
治水対策を積極的に支援する方針を表明し
た。
55
外交青書 2012
|
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(3)ベトナム
2011年1月、5年ごとに開催される第11回
ベトナム共産党大会が開催され、2020年ま
でに近代工業国家に成長することを目標とす
る「政治報告」、そのための「10か年発展戦
略」などの文書が採択された。共産党の党首
である書記長には、グエン・フー・チョン国
会議長が選任され、同書記長を始めとする党
政治局員14名も確定した。5月に行われた国
会議員選挙の結果を受けて7月から第13期国
会が召集され、グエン・シン・フン国会議
長、チュオン・タン・サン国家主席が選出さ
れた。また、グエン・タン・ズン首相が再選
され、ズン首相が提案した新閣僚人事案が承
認され、一部閣僚が交代した。経済面では、
インフレの抑制を最優先課題とし、マクロ経
済の安定を目標に、ベトナム政府は2011年2
第2章
地域別に見た外交
|
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月から金融引き締め政策を行っている。経済
成長率は、当初目標(7~7.5%)を下方修正
し、2011年の成長率は5.89%となった。
(4)ミャンマー
1988年以降、ミャンマーでは軍政が敷か
れ、国民の政治参加が著しく制限されてい
た。しかし、2010年以降、民主化及び国民
和解に向けた様々な動きが生じている。2010
年11月7日に行われた総選挙は、自宅軟禁措
置を受けていたアウン・サン・スー・チー氏
を含む政治犯に選挙に参加する権利が与えら
れない中で行われたことから、同氏の率いる
国民民主連盟(NLD)は、総選挙に参加せ
ず、テイン・セイン首相が党首を務める連邦
連帯開発党(USDP)が全体で76%の議席を
獲得し圧勝した。その後、11月13日には、
約7年半ぶりにスー・チー氏に対する自宅軟
禁措置が解除され、2011年1月31日には、
56
|
|
外交面では、2011年5月末に中国船による
ベトナムの石油探査船ケーブル切断事件が発
生し、一時越中関係が緊張したが、その後、
10月にチョン書記長が訪中し、両国が海上
問題解決に関する基本原則合意に署名するな
ど、緊張は緩和されている。このケーブル切
断事件を受け、約2か月にわたり、毎週日曜
日にハノイ市内で対中抗議デモが行われた。
日本との関係では、東日本大震災に際して
は、ベトナム政府及び国民から義援金やメッ
セージが寄せられた。6月にサン共産党書記
局常務(現国家主席)が訪日した際には、日
本の要人等と意見交換を行うとともに、被災
地訪問等を行った。また、10月にはズン首
相が訪日し、野田総理大臣との間で経済、経
済協力、文化など幅広い分野で会談を行い、
|
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「戦略的パートナーシップ」の下での取組に
関する日越共同声明に署名した。ズン首相も
訪日中に被災地を訪問した。
23年ぶりに国会が召集されるとともに、同
年3月30日には、テイン・セイン大統領の下
で新政権が発足した。この後、多数の政治犯
アウン・サン・スー・チー氏と会談する玄葉外務大臣(左)(12月26日、
ミャンマー)
|
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の釈放、少数民族武装勢力との停戦、テイ
ン・セイン大統領とアウン・サン・スー・
チー氏との直接対話、「労働団体法」の公布、
「政党登録法改正法」の公布などの措置がと
られ、NLDも政党登録及び2012年4月1日
に予定されている補欠選挙参加を決定するな
ど、民主化・国民和解に向けた前向きな動き
が見られる。
日本は、ミャンマー政府が人道状況の改
善、民主化及び国民和解の更なる進展に向け
て、今後一層前向きな措置をとることを期待
しており、2011年6月の菊田真紀子外務大臣
政務官のミャンマー訪問、11月のASEAN
首脳会議に際しての日・ミャンマー首脳会談
や12月の玄葉外務大臣のミャンマー訪問な
どの機会に、ミャンマー政府首脳に働きかけ
ている。また、ミャンマーの改革努力を支援
|
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(5)ラオス
2011年3月、5年に1度の第9回ラオス人民
革命党大会が行われ、2020年のLDC(後発
開発途上国:Least Developed Country)脱
却への基礎作りを目指す「党大会決議」のほ
か、「政治報告」「改正党規約」等の文書が採
択され、「第7次経済社会開発5か年計画
(2011-2015)」が承認された。これら文書は、
総じて前回の第8回党大会の決議内容を踏襲
し、改革路線の継続を確認しつつ、今後5年
間で年8%以上の経済成長率を達成するため
の四つの「躍進」を打ち出した。今回の党大
会では党創設メンバーが全て引退した一方
で、チュンマリー党書記長が再選された。ま
た4月には、5年に1度の国民議会総選挙が
行われ、6月に新政権が成立し、チュンマ
リー党書記長が国家主席に再選されたほか、
トンシン首相を始め、多くの閣僚が再任され
た。党大会開催後、ベトナムや中国を始めと
|
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する観点から、人的交流、経済協力、経済、
文化交流の4分野で日・ミャンマー関係強化
のための施策を講じてきている。同時に、
2007年に生じた日本人ジャーナリスト死亡
事件に関する真相究明等を引き続き求めてい
る。なお、東日本大震災に際しては、ミャン
マー政府から義援金やお見舞いのメッセージ
が寄せられた。
国際社会では、ASEANが2011年11月、
ミャンマーを2014年のASEAN議長国とす
ることを決定した。欧米諸国は、ミャンマー
における変化は本物と認識し、対話を強化し
ている。また、クリントン米国国務長官、
ヘーグ英国外相、ジュペ・フランス外相な
ど、多くの政府要人がミャンマーを訪問し、
民主化の進展に応じて、制裁を緩和する方針
を表明している。
第1節
アジア・大洋州
第
2
章
|
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して近隣諸国との交流が活発に行われた。
日本との関係では、東日本大震災に際し、
ラオス政府及び国民から義援金やお見舞いの
メッセージが送られ、ラオス国内で慈善活動
が活発に行われた。また、3月の党大会でも、
日本との協力関係は「包括的パートナーシッ
プ」に格上げされたとして高く評価され、ラ
オス新政権成立直後の8月には、トンルン副
首相兼外務大臣が訪日し、東北地方の被災地
を訪問するとともに、日・ラオス外相会談で
は、松本外務大臣との間で、経済協力、貿
易・投資促進、国際場裏における協力関係等
で意見交換を行い、ラオス新政権と引き続き
「包括的パートナーシップ」を強化していく
ことを確認した。これ以外にも1年を通じ、
ラオスから閣僚級の訪日が頻繁に行われ、日
本からも政府のみならず多くの民間友好団体
や企業関係者がラオスを訪問した。
57
外交青書 2012
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(6)インドネシア
ユドヨノ政権は、10月の内閣改造を経て、
引き続き安定的に政権を運営するとともに、堅
実な経済運営により欧州の経済危機の影響を
最小限にとどめ、順調な経済成長を維持した。
外交面では、ASEAN議長国として、関係
国の利害を調整し、ASEAN関連首脳会議を
成功させるなど、国際社会にその存在感を示
した。日本も様々な機会を通じてインドネシ
アに対し、日本の考えを提案するなど会議の
成功に向け積極的に協力した。
日本との関係では、6月に、ユドヨノ大統領
夫妻が訪日し、両国首脳間で防災・災害対応
分野で両国が連携していくことを確認したほ
か、外相間の戦略対話、閣僚級経済協議及び
防衛大臣間協議という三つの閣僚級対話を定
期化することで一致した。また、同大統領夫
第2章
地域別に見た外交
|
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妻は、東日本大震災の被災地である気仙沼市
を訪問し、200万米ドルを寄附するなど被災者
を激励した。10月には玄葉外務大臣がインド
ネシアを訪問し、マルティ外相との間で第3回
戦略対話を行った。2011年はこうしたハイレ
ベル交流を通じ、両国の関係が一層強化され
るとともに、戦略的パートナーとして、地域・
(7)シンガポール
5月の総選挙において、与党の人民行動党
(PAP)は87議席中81議席を獲得して勝利
したものの、得票率は60.14%で過去最低と
なり、外務大臣を含む複数の現職大臣が落選
した。また、8月には1993年以来となる複数
候補による大統領選挙が行われ、PAPが推
すトニー・タン氏が僅差で勝利した。シンガ
ポールの政治体制は引き続き安定している
が、若者を中心とする国民の政治意識の変化
が選挙結果に反映される形となった。
58
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国際社会の課題における協力が深められた。
日本とインドネシアの戦略的パートナー
シップは、具体的な協力としても成果を出し
ており、3月にARF(ASEAN地域フォーラ
ム)災害救援実動演習(DiREx)を両国で共
催したほか、インドネシアの民主化の経験を
エジプトと共有するために、日本の支援によ
りエジプト民主化支援セミナーを10月に開
催した。また、12月には第4回バリ民主主義
フォーラムを開催し、岡田克也元外務大臣が
総理大臣特使として出席した。
経済面でも両国の協力は進展し、5月にイ
ンドネシア政府が策定した国家開発マスター
プランが重点を置いているインフラ整備につ
いては、2010年12月に署名された首都圏投
資促進特別地域(MPA)に基づく両国の取
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組が進展しており、3月及び9月には閣僚級
が出席した運営委員会が開催され、ジャカル
タ都市高速鉄道(MRT)など具体的な案件
の実施に向けて作業が進んでいる。また、日
本の経済界のインドネシアへの関心も高まっ
ており、11月には、日・インドネシア経済合
同フォーラムが開催され、官民対話を行った。
日本との関係では、10月に玄葉外務大臣
がシンガポールを訪問し、シャンムガム外相
ほかと会談した際や、11月のASEAN関連
首脳会議の機会に野田総理大臣がリー・シェ
ンロン首相と首脳会談を行った際に、EAS
での協力や、アジア太平洋地域での経済連携
について、意見交換を行った。4月に第8回
日本・シンガポール・シンポジウムがシンガ
ポールで開催された際は、日本側の団長を伴
野外務副大臣が務め、両国の各界の有識者
|
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が、アジア情勢や地域の経済統合について、
掘り下げた議論を行った。
経済面では、多くの日系企業がアジア地域
経済のハブであるシンガポールを地域経済活
動の拠点として利用しているほか、第三国向
けのインフラビジネスにおける両国企業の連
(8)東ティモール
東ティモールは、2006年以降、国軍兵士
のデモをきっかけに治安が悪化していたが、
国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)
などの支援も受け治安を回復し、現在は紛争
後の復興段階から本格的な経済社会開発段階
へと移行している。3月にはUNMITから国
家警察への権限移譲が全13県で完了し、7月
には2030年までの長期的開発政策の指針で
ある戦略開発計画を策定した。
|
|
日本との関係では、8月の菊田外務大臣政務
官による東ティモール訪問や10月のグテレス副
首相による訪日などを通じ、二国間関係が強化
された。日本は、地域の平和と安定、平和構築
(9)フィリピン
2010年6月に発足したアキノ政権は、約7
割という高い大統領支持率を背景に安定した
政権運営を行った。内政の最大課題とされる
前政権の不正追及に関し、11月、2007年の
選挙妨害容疑でアロヨ前大統領を逮捕・拘留
した。また、前政権追及の過程で大統領と最
高裁判所との対立が顕在化し、12月には、
下院が最高裁長官の弾劾を発議し、2012年1
月に上院において弾劾裁判が開始された。
ミンダナオ和平に関しては、8月にアキノ
大統領とムラド・モロ・イスラム解放戦線
1
2010年6月に閣議決定された新成長戦略において、21の国家戦略プロジ
|
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携の試みも進められている。また、外務省
は、シンガポールをクールジャパンの海外展
開
1における重要拠点の一つと位置付け、9
月に現地関係機関を集めた「クールジャパン
支援現地タスクフォース」を立ち上げた。
NGO団体「バ・フトゥル」が開催する日本語教室を視察する菊田外務
大
政務官(右)(
東
)
第1節
アジア・大洋州
第
2
章
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への貢献という観点から、人材育成・インフラ
整備のほか、自衛官のUNMIT派遣等、人的貢
献を含めた国づくりを一貫して支援している。
(MILF)議長との初めての会談が日本で行わ
れ、その後、8月、11月、12月に予備交渉及
び非公式会合が行われるなど、フィリピン政
府とMILFとの和平交渉進展が期待される。
経済面では、マクロ経済は2008年の世界
経済・金融危機による低迷から回復基調にあ
るといえるが、7.6%の実質GDP成長率を記
録した2010年と比較すると成長は鈍化して
いる。
外交面では、従来、国家安全保障、経済安
全保障及び海外フィリピン人労働者保護を3
ジェクトの一つに位置付けられた。
大臣政務官(右)(8月11日、東ティモール)
59
外交青書 2012
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本柱としているが、2月末のデル・ロサリオ
外相の就任により、対米同盟関係重視の姿勢
を強く打ち出している。
日本・フィリピン関係では、9月にアキノ
大統領が訪日し、野田総理大臣との首脳会談
で、日・フィリピン両国が基本的価値観と戦
略的利益を共有する「戦略的パートナー」で
あることを確認する共同声明を発出した。ま
(10)ブルネイ
ブルネイは、石油・ガスといった豊富な天
然資源に支えられ、引き続き経済成長を続け
た。また、近年は、天然資源への依存脱却の
ために、経済多角化を進めている。
日本との関係では、5月の菊田外務大臣政務
官によるブルネイ訪問や12月のヤスミン・エネ
第2章
地域別に見た外交
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(11)マレーシア
ナジブ政権は、経済面で、2010年に相次
いで発表した「政府変革プログラム」、「新経
済モデル」、「第10次マレーシア計画」及び
「経済変革プログラム」を着実に実施し、「ワ
ンマレーシア(国民第一、即実行)」のス
ローガンの下、国民福祉の充実を図った。
内政面では、7月、NGOグループである
「清廉で公正な選挙のためのグループ(Bersih
2.0)」が野党連合と協働して選挙制度の改革
を訴え、約6,000人が参加する大規模デモを
行ったこともあり、その後、選挙制度や政治
的権利に関する様々な改善策が打ち出され、
8月に選挙改革委員会が設置されたほか、9
月に国内治安法廃止提案、11月に平和的集
会法案の国会上程等が行われた。
また、12月、第5代国王を務めたアブドゥ
2
マハティール首相が、1981年の就任直後に提唱。日本及び韓国に留学生
60
|
|
た、海洋分野での両国の協力を進めるべく、
アキノ大統領訪日に先立ち、9月に第1回日・
フィリピン海洋協議を開催した。
また、12月にミンダナオ島北部を襲った
台風により死者1,200名を超える甚大な被害
が生じたことを受け、日本は、2,500万円相
当の緊急援助物資を供与するとともに、200
万米ドルの緊急無償支援協力を実施した。
ルギー相による訪日などを通じ、二国間関係が
強化された。また、日系企業が参画したメタ
ノール・プラントの操業により、メタノールが
同国における三番目の輸出産品に成長し、ブ
ルネイの経済多角化に貢献するなど、日本とブ
ルネイの経済関係の幅は更に広がりつつある。
|
|
ル・ハリム・ムアザム・シャー・ケダ州スル
タンが2度目となる第14代国王に就任した。
マレーシアは、マラッカ海峡の沿岸国とし
ての地政学的重要性を有し、日本の企業の海
外製造拠点や日本に対する重要な天然資源供
給地となっている。日本との間では、2012
年に30周年を迎える東方政策
2や緊密な投
資・貿易関係に支えられ、良好な関係を発展
させてきた。9月には、マレーシア日本国際
工科院(MJIIT)が開校し、日本人教員らの
協力を得て、日本式工学教育をマレーシアで
行う体制を整備している。また、10月には、
玄葉外務大臣がマレーシアを訪問し、アニ
ファ・アマン外相との間で、二国間関係の更
なる強化に向けて協力していくことを確認し
た。
生を派遣し、両国の技術、労働倫理や経営哲学を学ぶことを目的とする。
|
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4 南アジア
(1)東日本大震災に際しての各国の支援
東日本大震災に際して、各国から支援物資
やお見舞いの言葉が届けられ、また、各国で
被災地に祈りを捧げる集会が開催されるな
ど、日本と南アジアの国々との絆
きずな
の強さが改
めて示された。インド及びスリランカは、そ
れぞれ支援隊を派遣し、宮城県女川町での行
(2)インド
ア インド情勢
コングレス党を中心とした第2次シン政権
は、社会的弱者対策を積極的に進めるととも
に、インフラ整備等を通じた社会経済開発を
推進している。一方で、内政面では、8月に
第2章
地域別に見た外交
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社会活動家が政府に対し、オンブズマン制度
導入などの汚職対策の強化を求め、各地で大
規模な抗議集会が開催されたほか、11月に
マルチブランド小売業への外資規制緩和を認
める閣議決定が野党等の反発により一時棚上
げとなるなど、政権が守勢に立たされる場面
もしばしば見られている。
経済面では、2010年度のGDP成長率は
8.4%であったが、欧州債務危機の影響やイ
ンフレ等により、2011年第2四半期及び第3
四半期の成長率はそれぞれ6.9%及び6.1%と
減速傾向にある。
外交面では、引き続き米国・中国・ロシア
等の主要国や周辺国との関係強化に取り組ん
でいる。パキスタンとの間では、2011年2月
に包括的な対話の再開で一致したことを受
け、幅広い分野で次官級協議が行われている
ほか、7月にデリーで外相会談を、11月には
南アジア地域協力連合(SAARC)首脳会議
の機会に首脳会談を実施した。また、首脳・
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方不明者の捜索や、石巻市での瓦礫
れき
除去等の
活動を行ったほか、インド、パキスタン、ス
リランカ、バングラデシュ、ネパール、ブー
タン及びモルディブから、毛布・食料等の支
援物資や多くの義援金が届けられた。
外相等の要人往来等を通じて、ベトナムや
ミャンマーとの関係強化にも取り組んでい
る。
イ 日・インド関係
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日本とインドは、民主主義などの普遍的価
値や多くの戦略的利益を共有し、経済的な相
互補完性を有するパートナーである。日本に
とってインドは、シーレーン(海上交通路)
上の要衝に位置するという地政学的な重要性
を持ち、また経済面でも、高い成長率を実現
し、中間所得層が年々増加しており、日本企
業にとって投資や市場としての重要性も増し
ている。両国政府は2006年に「戦略的グロー
歓迎式典でシン・インド首相夫婦の出迎えを受ける野田総理大臣夫妻
(左)(12月28日、インド・デリー 写真提供:内閣広報室)
|
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バル・パートナーシップ」を構築し、毎年交
互に首脳及び外相が相手国を訪問し、年次首
脳会談、外相間戦略対話を行っており、政
治、安全保障、経済等の二国間関係から地域
及び地球規模の課題に至るまで幅広い分野で
関係を強化している。安全保障分野では、二
国間海上訓練の実施に合意する等、海賊対策
を含む海上安全保障における協力を強化して
いる。経済面では、8月に包括的経済連携協
(3)パキスタン
2011年は、ザルダリ大統領及びギラーニ
首相にとって、内政・外交・経済の多岐にわ
たり難しい舵
かじ
取りを強いられる1年となった。
内政面では、税制改革や地方制度改革をめぐ
り、連立与党が一時過半数割れに陥るなど、
引き続き困難な政権運営を強いられた。一
|
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方、パキスタン正義党(PTI)が従来の大政
党に不満を持つ若者を中心に支持を集め、新
たな勢力の台頭を印象付けた。
外交面では、パキスタン国内での米軍の作
戦によるウサマ・ビン・ラーディンの死亡、
北大西洋条約機構(NATO)軍によるパキ
スタン軍哨所誤爆事件等により、パキスタン
国内の対米感情が悪化したこともあり、米国
との関係が停滞した。インドとの関係では、
包括的な対話プロセスが再開されたが、アフ
ガニスタンとは、ラバニ元アフガニスタン大
統領の暗殺を契機に関係が停滞した。
経済面では、2010年の大洪水の影響もあ
り、2011年も引き続き経済成長率は鈍化し
た。国際社会からの財政支援や海外送金によ
り、外貨準備高は高水準を維持したが、経済
改革への取組は停滞し、財政赤字の削減、電
力分野の改革、税制改革といった主要課題で
具体的な進展は見られなかった。
2010年に引き続き、2011年も大規模な洪
|
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定(CEPA)が発効したほか、7月には社会
保障協定交渉が開始されるなど、ビジネス環
境整備への取組が進んでいる。また、貨物専
用鉄道建設計画(DFC)等のインフラ整備
協力を強化しており、12月に野田総理大臣
がインドを訪問した際には、デリー・ムンバ
イ間産業大動脈構想(DMIC)の具体化のた
め、日本が今後5年間で45億米ドル規模の資
金面での協力を行うこと等に合意した。
第1節
アジア・大洋州
第
2
章
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水が発生し、南部シンド州のほぼ全域及びバ
ロチスタン州の一部で約544万人が被災し、
家屋や農地等に甚大な被害が発生した。これ
に対し、日本は、国際協力機構(JICA)を
通じた3,500万円相当の緊急援助物資の供与
や、国連機関と協力し1,000万米ドルの緊急
無償資金協力を行った。
治安情勢については、テロ事件数・死亡者
数は僅かながら減少傾向にあるものの、ウサ
マ・ビン・ラーディンの死亡後、各地で報復
と見られるテロが発生したほか、民族コミュ
ニティー間対立や宗派間抗争等に起因するテ
ロ事件が発生するなど、依然として厳しい状
況が続いている。
日本は、パキスタンを国際社会のテロ撲滅
ザルダリ・パキスタン大統領と会談する前原外務大臣(左)(2月22日、
東京)
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外交青書 2012
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のための取組における最重要国の一つと位置
付け、同国のテロ対策や経済改革を支援して
いる。2月には、ザルダリ大統領が訪日し、
菅総理大臣との首脳会談でアフガニスタンを
含む地域の安定化やテロ対策、両国の投資・
(4)スリランカ、バングラデシュ、ネパー
ア スリランカ
スリランカでは、2010年11月に2期目に
入ったラージャパクサ大統領が安定した政権
運営を行っている。3月、7月及び10月に実
施された地方選挙でも、同大統領が率いる統
一人民自由連合が7割以上の地方議会で過半
数を獲得し勝利した。
内戦
1終結後の課題の一つである内戦末期
の人権問題については、潘
パン
基
ギ
文
ムン
国連事務総長
が設置した「専門家パネル」が4月に同事務
第2章
地域別に見た外交
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総長に報告書を提出し、政府軍と反政府武装
組織「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」
双方が人権侵害を行った可能性がある旨を指
摘した。一方で、スリランカ政府が国民和解
を進めるために設置した「過去の教訓・和解
委員会」は、12月に、内戦末期の人権問題
の調査、国民和解の促進、人権状況の改善な
どのための様々な勧告を含む最終報告書を国
会に提出し公表した。また政府は、国内避難
民(IDP)の再定住やLTTE元兵士の社会復
帰などを進めた。
スリランカでは、1月から2月にかけて東
部州を中心に洪水被害が発生し、被災者数は
100万人に上った。日本はテント等の救援援
助物資を供与するとともに、国際機関や
NGOを通じた支援を実施したほか、9月には
道路及び灌
かん
漑
がい
施設の復旧のため70億円の円
1
スリランカでは1983年から25年以上にわたり、スリランカ北部・東部
ラム解放の虎(LTTE)」が、北部・東部の分離独立を目指し、政府側と
政府は戦闘終結を宣言した。
64
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貿易といった経済関係強化などについて意見
交換を行ったほか、9月には玄葉外務大臣が
カル外相と会談を行い、アフガニスタン情
勢、経済関係、軍縮・不拡散等について意見
交換を行った。
ール、ブータン、モルディブ
借款の供与を決定した。5月には菊田外務大
臣政務官がスリランカを訪問し、ラージャパ
クサ大統領やピーリス外相らと会談し、国民
和解等に向けて更なる努力を働きかけ、日本
としてもこの努力を支援することを表明し
た。
イ バングラデシュ
人口約1億5,000万人を抱えるバングラデ
シュは、後発開発途上国ではあるものの、経
|
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済は堅調に成長し、安価で質の高い労働力が
豊富な生産拠点として、また、インフラ整備
などの潜在的な需要が大きい市場として注目
を集めている。2009年に発足したハシナ政
権は、教育・保健の充実、食料供給安定、物
価対策、及びインドを始めとする近隣諸国と
の関係強化などで一定の成果を上げているも
のの、厳しい与野党対立の下で政権を運営し
ている。
経済面では、近年6%以上の経済成長率を
維持し、縫製品を中心とした輸出も好調を維
持しているが、電力・天然ガスの安定した供
給が引き続き課題となっている。また、海外
移住者及び出稼ぎ労働者からの海外送金が増
加しており、名目GDPの1割弱を占めてい
る。
日本との関係では、進出日系企業数が61
部を中心に居住する少数派タミル人の反政府武装勢力である「タミル・イー
の間で内戦状態になった。政府軍はLTTEを徐々に追いつめ、2009年5月、
|
|
社(2005年)から113社(2011年)に急増し
ており、バングラデシュの対日輸出も繊維品
を中心に大幅に増加している。
ウ ネパール
ネパールでは、2006年11月の包括的和平
合意
2を受けて、2008年に制憲議会が選出、
招集され、新憲法の制定及びマオイスト
3兵
の国軍への統合・社会復帰問題を始めとする
民主化・和平プロセスの取組が行われてい
る。しかし、主要政党間の対立が続き、当初
2年間であった制憲議会の任期が2010年5月
以降4回延長され、首相も3回交代するなど、
不安定な内政状況が続いている。2007年1月
から2011年1月まで、国軍とマオイスト兵双
方の武器と兵士を監視すること等を任務とす
る国連ネパール政治ミッション(UNMIN)
が派遣され、日本も軍事監視要員として自衛
|
|
隊員延べ24名を派遣した。現在、2012年5
月の新憲法制定期限に向けて、主要政党間で
マオイスト兵の統合問題を含む和平プロセス
の主要課題に関する協議が進展しており、具
体的な成果につながるか注目されている。
エ ブータン
ブータンでは、2008年に王制から立憲君
主制に平和裏に移行し、ティンレイ政権の下
で民主化定着のための取組が行われている。
政府は、国民総幸福量(GNH)を国家運営
の指針とし、第10次五か年計画の課題であ
る貧困削減、基礎インフラの整備、農業生産
性の向上に取り組んでいる。2011年6月には、
民主化後初の地方選挙が実施された。2011
年は、日・ブータン外交関係樹立25周年に
当たり、5月に菊田外務大臣政務官がブータ
2
ネパールは、1990年の民主化運動を経て、国王親政から立憲君主制に
パールの政党はマオイストと連携し、2006年5月、国王の政治・軍治に
は、約10年に及んだ紛争の終結を含む、包括的な和平合意に署名した。
3
中国の毛沢東思想に影響を受けた者を指す。特にネパールでは、ネパー
|
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ンを訪問し、また9月には、ティンレイ首相
及びペンジョール上院議長一行が訪日した。
11月には、御成婚間もないジグミ・ケサル
国王陛下及びジツェン・ペマ王妃陛下が、東
日本大震災後の初の国賓として訪日し、宮中
行事、国会演説、福島及び京都訪問を通じ、
日本への敬意と親愛の情、これまでの日本の
ブータンの国づくりに対する支援への深い謝
シグミ・ケサル・ブータン王国国王陛下及び同王妃陛下と御会見にな
る皇太子殿下(11月16日、宮殿竹の間 写真提供:宮内庁)
第1節
アジア・大洋州
第
2
章
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意とともに、東日本大震災の被害に対するお
見舞い及び連帯を伝えた。また、この訪日を
きっかけにブータンの様々な話題が国内メ
ディアを通じて広く紹介され、国内での同国
に関する親近感が高まるとともに理解を深め
る契機となり、様々なレベルでの両国関係の
一層の深化を促す機運を高めた。
オ モルディブ
モルディブでは、ナシード大統領の下、財
政状況の改善・安定化を目指し、税制改正な
どの取組を進め、7月には消費税法案や所得
税法などが成立した。しかし、与野党の対立
が続く中、内政が不安定となり、2012年2月、
野党による反政府デモを契機として、ナシー
ド大統領が辞意を表明し、憲法の規定に従
い、ワヒード副大統領が新大統領に就任し
に移行したが、マオイスト(共産党毛沢東派)が武装闘争を開始した。ネ
に関する諸権限の廃止が決まった。同年11月、ネパール政府とマオイスト
。
ール共産党毛沢東主義の通称となっている。
65
外交青書 2012
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た。外交面では、モルディブは南アジア地域
協力連合(SAARC)の枠組みを重視してお
り、2011年にはSAARC議長国を務め、11
月にはSAARC首脳会議を開催するなど、積
極的に活動している。一方、国民の100%が
(5)南アジア地域協力連合(SAARC
4)
日本は2007年からSAARCにオブザーバー
として参加し、民主化・平和構築支援、域内
連携促進支援、人的交流促進支援などを通じ
て南アジアの域内協力を支援し、SAARCと
の関係強化に努めている。日本はこれまで
SAARCへの拠出金を通じて、エネルギー、
防災等の分野での域内協力事業を実施してお
り、また、日・SAARC間の青少年交流の一
環として「21世紀東アジア青少年大交流計
画」に基づき、2011年には、高校生や理工
第2章
地域別に見た外交
|
|
系大学院生、日本語学習者・教師など約190
人の青少年をSAARC各国から招へいした。
11月のSAARC首脳会議には中野譲外務大臣
政務官が出席し、環境・気候変動の分野や
SAARC域内の連結性、人的交流並びに平和
5 大洋州
(1)オーストラリア
日本とオーストラリアは、共に米国の同盟
国であり、基本的価値と戦略的利益を共有す
るアジア太平洋地域における戦略的パート
ナーである。近年、日豪間では貿易・投資関
係のみならず、安全保障協力も急速に進展し
ている。
2011年は、4月のギラード首相の来日や、国
4
南アジア諸国による比較的緩やかな地域協力の枠組み。加盟国は、イン
モルディブ、アフガニスタンの8か国。また、日本、中国、米国、韓
SAARC憲章は、SAARCの目的を、南アジア諸国民の福祉の増進、経済社
66
|
|
イスラム教徒であることから、中東及び東南
アジアのイスラム教国や、近隣の南アジア諸
国との関係も強化している。また、経済社会
開発推進の観点から、日本を始めとする先進
諸国との関係も重視している。
第17回南アジア地域協力連合(SAARC)首脳会議でスピーチを行う中
野外務大臣政務官(中央)(11月10日、モルディブ)
|
|
と安全等の分野での日本の協力についてス
ピーチを行ったほか、参加国の首脳・外相等
と会談を行った。
際会議の機会を捉えたハイレベルでの会談を
通じ、両国の首脳及び閣僚レベルで活発に交
流が行われ、両国の関係が更に強化された。
ア 東日本大震災における支援
東日本大震災においては、オーストラリア
から緊急支援及び資金援助を含む温かい支援
ンド、パキスタン、スリランカ、バングラデシュ、ネパール、ブータン、
韓国、イラン、モーリシャス、EUがオブザーバーとして参加している。
社会開発及び文化面での協力、協調等と規定している。
|
|
が寄せられた。オーストラリアは、緊急捜
索・援助隊72名及び救助犬2匹を3月16日か
ら19日まで宮城県南三陸町に派遣するとと
もに、同国空軍が保有する輸送機C-17全4機
のうち出動可能な3機全てを日本に派遣し、
自衛隊員及び水・食料等物資の輸送支援(41
両の車両、135名の人員を含めて450トン以
上の物資を輸送)や、東京電力福島第一原子
力発電所の原子炉冷却作業を支援するための
特殊ポンプの日本への空輸を行った。また、
オーストラリア政府から日本赤十字を通じて
1,000万豪ドル(約8億円)の義援金が寄附
されたほか、オーストラリアの各州政府から
も多額の義援金が送られた。2011年4月には、
公式実務賓客として来日したギラード首相が
外国首脳として初めて被災地を訪問し、オー
ストラリアの緊急捜索・援助隊が派遣された
南三陸町の避難所で被災者を激励した(詳細
|
|
についてはコラム(29ページ)参照)。
イ 安全保障協力
日本とオーストラリアの間の安全保障協力
は、安全保障協力に関する日豪共同宣言が発
出された2007年から特に急速に発展してき
ている。PKOや国際緊急援助活動における
自衛隊とオーストラリア軍の協力を促進する
日豪物品・役務相互提供協定(ACSA)が
2011年4月に国会で承認されるとともに、日
豪政府間の秘密情報の保護に関する日豪情報
保護協定についての交渉が進展している。さ
らに、自衛隊とオーストラリア軍は、2009
年以来共同訓練(海上3回、空中1回)を実
施するとともに、これまで日米豪及び数多く
の多国間の共同訓練に共に参加している。ま
た、2011年4月の日豪首脳会談で、両国首脳
は、災害救援を含めた安全保障協力を深める
べく、次回の日豪外務・防衛閣僚協議
(「2+2」)で議論させることで一致した。
|
|
ウ 経済関係
日本とオーストラリアの経済関係は、主と
して日本が工業品を輸出し、オーストラリア
から資源や農産物などを輸入するという相互
補完的なものである。ギラード首相来日に際
して発出された首脳共同ステートメント(声
明)においては、オーストラリアから日本へ
のエネルギー・鉱物資源の安定供給の継続が
南三陸町を訪問するギラード・オーストラリア首相(4月23日、宮城県)
第1節
アジア・大洋州
第
2
章
|
|
保証された。また、日本からオーストラリア
への投資も、着実に増加している。こうした
緊密な経済関係を一層強化するために、日本
は2007年からオーストラリアとEPA交渉を
開始した。2011年2月の東京での第12回交
渉会合の後、東日本大震災の影響等でしばら
く会合は開催されなかったが、11月の日豪
首脳会談で会合を年内に行うことで一致し、
12月に第13回交渉会合がオーストラリアに
おいて行われた。また、両国は、世界貿易機
関(WTO)などの多国間の枠組みを通じて
緊密に協力しているほか、環太平洋戦略的経
済連携(TPP)協定交渉についても意見交換
を行っている。
エ 捕鯨関連
捕鯨問題は、良好な二国間関係において、
両国の立場が大きく異なる唯一の問題であ
る。捕鯨問題をめぐっては、2010年5月に
オーストラリア政府が日本を国際司法裁判所
67
外交青書 2012
|
|
(ICJ)に提訴し、ICJにおいて裁判が続いて
いる。
また、日本の調査捕鯨に対するシー・シェ
パードの妨害行為に関し、日本政府は、
(2)ニュージーランド
日本とニュージーランドは、アジア太平洋
地域の先進民主主義国の一員として基本的価
値を共有しており、良好な二国間関係を維持
している。
2011年、閣僚等の相互訪問の機会に、両
国は、二国間関係に加え、気候変動、アフガ
ニスタンや太平洋島嶼国における協力、TPP
協定交渉など多岐にわたる問題について、意
見交換を行った。
ア ニュージーランド南島地震
第2章
地域別に見た外交
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2011年2月、クライストチャーチ市近郊で
発生した地震では、日本人28名を含む185名
が犠牲になった。地震発生後、日本は迅速に
国際緊急援助隊を派遣するとともに、ニュー
ジーランド赤十字社に対して50万NZドル
(約3,000万円)の緊急無償資金協力を行い、
被災者の救助活動やニュージーランドへの協
力を実施した。9月、太平洋諸島フォーラム
(PIF)域外国対話出席のためニュージーラ
ンドを訪問した山口壯外務副大臣は、クライ
ストチャーチ市を訪問し、日本人が犠牲と
なったカンタベリーテレビ(CTV)ビルで
献花を行った。また、マカリー外相との会談
(3)太平洋島嶼国
太平洋島嶼国は、親日的な国が多く、国際
社会での協力や水産資源の供給の面で、日本
にとって重要なパートナーである。2011年
には、2012年5月に開催予定の第6回太平
68
|
|
シー・シェパード船舶の旗国であるオースト
ラリア等関係国に対し再発防止に向け実効的
な措置を講じるよう、日豪外相会談などの機
会に要請している。
カンタベリーテレビビルで捜索活動を行う国際緊急援助隊(ニュージー
ランド・クライスト・チャーチ 写真提供:JICA)
|
|
において、CTVビルの倒壊原因の徹底究明
を求めた。
イ 東日本大震災における支援
東日本大震災においては、ニュージーラン
ドは52名からなる救助隊を宮城県南三陸町
に派遣した。中には、ニュージーランド南島
地震を受けて救助活動を行っていたクライス
トチャーチから直接日本に向かった隊員もい
た。また、ニュージーランド政府からは、日
本赤十字社を通じて100万NZドル(約6,000
万円)の義援金が送られた。
洋・島サミットに向けて準備が進められたほ
か、前年に引き続いての様々な要人往来を通
じ、日本と太平洋島嶼国の関係が一層強化さ
れた。
|
|
ア 第6回太平洋・島サミットに向けた準備
太平洋・島サミットは、日本と太平洋島嶼
国との関係を強化し、同地域の発展に日本が
共に取り組むために、1997年以降3年ごとに
開催され、前回の第5回太平洋・島サミット
は、2009年5月、北海道占
しむかっぷ
冠村トマムにて
開催された。2010年10月には、初めての試
みとして東京で中間閣僚会合を開催し、第5
回太平洋・島サミットの成果の実施状況を確
認するとともに、第6回太平洋・島サミット
に向けた準備プロセスを開始した。
2011年には、5回にわたり有識者会合が開
催され、海洋外交の展開、サミットへの米国
の参加などを盛り込んだ提言報告書が玄葉外
務大臣に提出された。
また、サミットに向けて、開催地である沖
縄県マスコットである「イーサー君」を取り
入れたサミットのロゴを作成するとともに、
|
|
東日本大震災で大きな被害を受けた福島県い
わき市のスパリゾートハワイアンズ・ダンス
チーム「フラガール」を親善大使に任命した。
イ 東日本大震災における支援
東日本大震災に際し、経済規模の大きくな
い太平洋島嶼国からも支援が寄せられた。パ
プアニューギニアから1,000万キナ(約3億
2,000万円)、トンガから20万パアンガ(約
第6回太平洋・島サミットロゴマーク
第6回
玄葉外
|
|
900万円)、サモアから10万米ドル(約800
万円)、ミクロネシア連邦から10万米ドル
(約800万円)、キリバスから5万オーストラ
リア・ドル(約425万円)、そしてツバルか
ら1万8,000オーストラリア・ドル(約150万
円)の義援金が贈られた。
また、フィジーから、フィジー国立大学に
10名、現地高校に10名の被災学生の受入れ
が表明されたほか、14の太平洋島嶼国・地
域全てに加え、地域機関であるPIF事務局か
らお見舞いの書簡が送られた。
ウ 二国間関係
(ア)クック諸島の国家承認
2011年3月25日、日本はクック諸島を193
か国目の国家として承認した。6月には、プ
ナ・クック諸島首相が外務省賓客として来日
し、菅総理大臣と会談を行ったほか、松本外
第1節
アジア・大洋州
第
2
章
|
|
務大臣と書簡を交換し、日・クック外交関係
が開設された。
(イ)要人往来
2月、菊田外務大臣政務官がパプアニュー
ギニア及びソロモン諸島を訪問した。パプア
ニューギニアでは、ポリエ外相及びデュマ石
油エネルギー相と会談し、LNGプロジェク
トなどのエネルギー問題等について意見交換
回太平洋島サミット親善大使「フラガール」へ委嘱状の交付を行う
外務大臣(右から3番目)(10月19日、東京)
69
外交青書 2012
|
|
を行った。その後、ポリエ外相は4月に来日
し、松本外務大臣との外相会談を行い、日・
パプアニューギニア投資協定に署名した。ま
た、ソロモン諸島では、マエランガ副首相及
びシャネル外相との間でニッケル探鉱プロ
ジェクトの実施に向けたソロモン諸島政府の
支援を要請するとともに、ソロモン平和慰霊
公苑
えん
での献花、ガダルカナル・アメリカン・
メモリアルでの記帳を行った。
エ 日・PIF関係
2011年9月、ニュージーランド・オークラ
ンドにおいて、太平洋諸島フォーラム(PIF)
総会の直後に開催された第22回PIF域外国
対話
1には、日本から山口外務副大臣が参加
し、太平洋島嶼国・地域が抱える諸問題につ
いて協議が行われた。山口外務副大臣は、プ
ナ・クック諸島首相、モリ・ミクロネシア大
第2章
地域別に見た外交
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統領及びフィリップ・ソロモン首相といった
6 地域協力・地域間協力
(1)概観
豊かで安定したアジア・大洋州地域の実現
は日本にとって不可欠である。このような考
えの下、日本は、成長の機会を最大化し、リ
スクを最小化するために、日米同盟を基軸と
しながら日・ASEAN、EAS、ASEAN+3
2、
(2)東南アジア諸国連合(ASEAN)情勢全
ASEANは、2008年12月に基本文書であ
るASEAN憲章を発効させるなど、2015年
1
PIF域外国対話:PIFの前身の南太平洋フォーラム(SPF)(2000年10月
を中心とする域外国との間で毎年実施しているものであり、日本は第1
2
ASEANと日本、中国、韓国による地域協力の枠組み。
70
|
|
島嶼国の代表と会談するとともに、域外国対
話に参加したナイズ米国国務副長官、キャン
ベル米国国務次官補、崔
さい
天
てん
凱
がい
中国外交部副部
長などとの間で二国間会談を行い、太平洋島
嶼地域情勢等に関する意見交換を行った。
オ フィジー情勢
日本は、非民主的な政権が続き、PIFや英
連邦から参加資格を停止されているフィジー
と対話を継続し、民主制復帰を促すことを重
視している。2011年にも、来日したナイラ
ティカウ・フィジー大統領を菊田外務大臣政
務官が表敬するなど、粘り強い対話を通じ民
主化復帰を働きかけた。これに対し、フィ
ジー側は、2014年までに総選挙を実施する
と表明した。また、2012年1月、バイニマラ
マ・フィジー首相は、緊急事態令解除を発表
した。日本は、外務報道官談話でこの措置を
|
|
歓迎した。
ASEAN地域フォーラム(ARF)、APEC等
の地域協力の枠組みを活用し、国際法にのっ
とったルールを基盤とする「開放的で多層的
なネットワーク」を、地域の国々と共につく
ることを重視している。
全般
までのASEAN共同体構築を目指して、統合
努力を加速させており、共同体構築の中核的
月から太平洋諸島フォーラム(PIF)に名称を変更)が、1989年以来援助国
回対話から継続してハイレベル代表団を派遣している。
|
|
施策である「連結性」強化
3を具体化させる
ため、ASEAN連結性調整委員会の立ち上げ、
ASEANインフラ基金の設立などの取組を積
極的に進めている。また、ASEANを中心と
して、東アジアの地域協力が進展しており、
EASやASEAN+3、ARFといった地域協力
の枠組みが多層的に進展している。さらに、
2010年1月にASEAN自由貿易圏(AFTA)
が成立したほか、ASEANを中心とした自由
貿易協定(FTA:Free Trade Agreement)
網が形成されている。ASEANは、世界の人
口の約8.6%を占め、GDPは現在では世界全
体の約2.9%
4ではあるものの、過去10年間
に高い経済成長率を示している。今後も中間
層の増加により、購買力の飛躍的向上が見込
まれ、世界の「開かれた成長センター」とな
る潜在力がある。
|
|
3
ASEANでは、ASEAN共同体の構築に向け「連結性」強化が課題となっ
投資、サービスの自由化・円滑化などの「制度的連結性」、そして観光
強化のためのマスタープランが、2010年の第17回ASEAN首脳会議で採
4
出典:World Bank World Development Indicators Database
アジア太平洋における国際的枠組み一覧
ブルネ
インド
マレー
フィリ
シンガ
タイ
ベトナ
カンボジア
ラオス
ミャンマー
インド
バングラデシュ
スリランカ
東ティモール
パキスタン
モンゴル
(注1)2011年からEASに正式参加
(注2)ASEMには、欧州委員会とEU加盟国がそれぞれ参加
EU
(注2)
東南アジア諸国
(ASEAN
ASEAN地域フォーラム
(ARF)
ASEAN拡大外相会議
(ASEAN・PMC)
アジア欧州連合
(ASEM)
|
|
ASEANの政治的・経済的な重要性が高ま
るにつれ、各国は積極的にASEANとの関係
を強化している。2009年の米国、2010年の
カナダ及びトルコの東南アジア友好協力条約
への加入に続き、現在EUの加入手続が進め
られている。日本は、2010年にASEAN事
務局があるジャカルタ(インドネシア)に常
駐する大使を派遣した上で、2011 年に
ASEAN代表部を開設した。中国は、2012年
のASEAN代表部開設及び常駐する大使の派
遣、また中国・ASEAN間の貿易、投資、観
光、教育及び文化の促進を図る中国・
ASEANセンターの設立など、今後の協力強
化の基盤となる施策を推進している。韓国も
同様に、2012年にASEAN代表部の開設・
大使の派遣が行われる予定であり、両国とも
ASEANとの関係強化の施策を進めている。
第1節
アジア・大洋州
第
2
章
|
|
っており、運輸、情報通信、エネルギー網などの「物理的連結性」、貿易、
・教育・文化における「人と人との連結性」の三つの要素から成る連結性
採択された。
ネイ
ドネシア
ーシア
リピン
ガポール
ナム
オーストラリア
ニュージーランド
台湾
香港
パプア
ニューギニア
カナダ
メキシコ
チリ
ペルー
北朝鮮
日本
日本
韓国
中国
米国
(注1)
ロシア
(注1)
国連合
)
ASEAN+3
東アジア首脳会議
(EAS)
アジア太平洋経済協力
(APEC)
日中韓
71
外交青書 2012
|
|
ASEAN各国首脳から歓迎された。さらに、
日本とASEANとの経済面での協力関係を強
化する手段の一つであり、2008年に発効し
た「日・ASEAN包括的経済連携協定」では、
これまでに、6回の合同委員会が開催される
など、協定の円滑な運用が進んでいる。ま
た、2010年にサービス貿易と投資について
の交渉が開始された。これにより、地域の経
済統合の促進が期待される。
ASEANの統合や、ASEAN各国市民同士
及び日本国民との間で相互理解が深まること
が必要であり、日本は「21世紀東アジア青
少年大交流計画」の下、これまでに1万3,000
名ほどの青少年を日本との間で招へい又は派
遣し、交流を強化した。こうした取組に加
え、テロ・感染症・環境など地域及び国際社
会が直面する諸課題への対処についても日本
とASEANの間の協力が深化した。また、日
|
|
本は、ASEANの統合プロセスにおいて、域
日本のASEAN連結性支援
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|
内経済の格差是正が最優先の課題であること
から、相対的に開発の遅れたメコン地域の発
展に協力している。2011年は日本とメコン
地域諸国(カンボジア、タイ、ベトナム、
ミャンマー、ラオス)との間で、日本・メコ
ン地域諸国首脳会議、日・メコン外相会議の
ほか、多くの二国間会談が行われ、協力関係
がますます深まった1年であった。11月に行
われた第3回日本・メコン地域諸国首脳会議
(於:バリ)では、首脳間で、これまで2009
年の第1回日本・メコン諸国首脳会議におい
て採択した「日・メコン行動計画63」に基
づいて日・メコン協力が実質的に進展してい
るとの認識を共有し、日・メコン協力の枠組
みを通じて更に協力を促進していくことを再
確認した。また、2011年は東日本大震災に
際して示されたメコン諸国からの連帯に感謝
を述べるとともに、防災のための協力を強化
第1節
アジア・大洋州
第
2
章
|
|
する重要性を再確認した。また、環境・気候
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<陸の回廊>
南シナ海とインド洋を結ぶ、メコン地域の
ハードインフラ開発
ホーチミン・プノンペン・バンコク・ダウェイを結ぶ「南部
回廊」及びダナンからモーラミャインまで伸びる「東西回廊」
の整備支援。
→両回廊の整備支援により、南シナ海からインド洋まで陸路
通行が可能となり、メコン地域の物流に大きな効果をもた
らす。
【具体的案件例】
1. 両回廊のミッシング・リンクの整備(例:カンボジア・
ネアックルン橋梁、ベトナム・南北高速道路等)
2. 両回廊に沿った港湾の整備(例:ベトナム・カイメップ・
チーバイ国際港、カンボジア・シアヌークビル港多目的
ターミナル等)
<海の回廊>
マレーシア、シンガポール、インドネシア、ブルネイ、フィ
リピンの主な対象都市、港湾整備、港湾周辺産業開発、
エネルギー・ICT等の連結性整備を行う。インドネシア経
済回廊構想も支援。
【具体的案件例】
1. インドネシア-フィリピン間RoRo船(フェリーの一種)
等ネットワーク及び短距離航路の整備促進(フィリピン、
インドネシア等)
2. 船舶航行安全システム運用能力向上(インドネシア等)
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外交青書 2012
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変動や母子保健・感染症、食料安全保障・食
の安全性における支援の重要性を共有した。
さらに、2012年、第4回首脳会議を日本開催
とすること、また、2013年から2015年の次
の3年間を対象とする日・メコン協力の新た
な柱を作ることで一致した。このほか、環
境・気候変動分野において、日本とタイの共
日本の招へいで訪日経験のあるインドネシアの青年たちからの復興を
願うメッセージを受け取る松本外務大臣(右)(4月9日、インドネシ
ア・バリ)
第2章
地域別に見た外交
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(3) 東アジア首脳会議(EAS)
(参加国:東南
中国、韓国、オーストラリア、ニュージ
EASは、地域及び国際社会の重要な問題
について首脳間で率直な対話を行うととも
に、地域共通の課題に対し、首脳主導で具体
的協力を進展させる目的で、2005年12月に
クアラルンプール(マレーシア)で発足し
た。EASには、ASEAN+3(日中韓)に加
え、オーストラリア、ニュージーランド、イ
ンドといった民主主義国が参加しており、域
内における民主主義などの基本的価値の尊重
や、貿易・投資などに関する国際的な規範の
強化に貢献することが期待されている。2011
年には米国、ロシアが新たに正式参加したこ
とを踏まえ、これまでの実務分野の協力に加
え、政治・安全保障分野の協力を強化してい
くことが確認されている。
7月にバリ(インドネシア)で開催された
EAS参加国外相非公式協議では、EASにお
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催で6月にグリーン・メコン・フォーラムが
開催され、第2回日メコン首脳会議時に策定
された「グリーン・メコンに向けた10年イ
ニシアティブに関する行動計画」のフォロー
アップが行われたほか、官民連携を促進する
ため、11月にメコン地域における官民協力・
連携促進フォーラム第2回全体会合(於:東
京)が開催され、日本及びメコン地域諸国か
ら出席した政府代表者及び民間代表者の間
で、メコン地域開発における官民一体となっ
た協力の必要性が議論された。加えて日本
は、ブルネイ(B)、インドネシア(I)、マ
レーシア(M)、フィリピン(P)が、開発
の遅れた島嶼部の発展のために進める「ビン
プ・東ASEAN 成長地域(BIMP-EAGA
(East ASEAN Growth Area))」の取組につ
いても、ASEAN域内の格差是正に資するも
のとして支援を進めている。
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南アジア諸国連合(ASEAN)10か国+日本、
ジーランド、インド、米国、ロシア)
ける協力のレビューと将来の方向性及び北朝
鮮などの地域・国際情勢について議論が行わ
れた。松本外務大臣からは、EASについて、
地域の共通理念やルールを確認・強化し、具
体的な協力につなげていく首脳主導のフォー
ラムとして育て、発展させていくべきことを
主張した上で、海上安全保障、不拡散、民主
的価値の共有、防災、地域経済統合、成長の
質の向上、人的交流の各分野において協力を
強化していくことの重要性を指摘した。
11月に開催された第6回EASでは、野田
総理大臣から、EASをこれまでの実務分野
の協力に加え、政治・安全保障分野の取組の
強化を通じて地域の共通理念や基本的なルー
ルを確認し、具体的協力につなげる首脳主導
のフォーラムとして発展させたいと発言し
た。また、海洋はアジア太平洋地域を連結す
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る公共財であり、紛争の平和的解決、航行の
自由、国連海洋法条約を含む国際法の遵守と
いった海洋に関する基本的なルールの重要性
を指摘した上で、海洋における協力の在り方
について政府関係者と民間有識者が参加して
幅広く自由に意見交換できる場を設けること
が重要であると発言した。このような野田総
理大臣の発言を受けて、会議後に発出された
EAS議長声明では、海洋問題に係る共通の
課題に対処するべく、EAS参加国間の対話
ユドヨノ・インドネシア大統領夫妻主催ガラ・ディナーに出席する野田
総理大臣(前列右から4番目)(11月19日、インドネシア・バリ 写真提
供:内閣広報室)
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を奨励し、広範な東アジア地域の国を含めた
形で海洋に関するフォーラムを開催するとの
提案に前向きに留意する旨が記載された。ま
た、野田総理大臣は「東アジア低炭素成長
パートナーシップ構想」を提唱し、本構想の
下で2012年4月に東京で国際会議を開催した
いので、各国の賛同を得たいと発言した。さ
らに、野田総理大臣は、東日本大震災の経験
と教訓を共有し、より災害に強い地域の構築
に貢献したいと述べた上で、2012年に日本
(4)ASEAN+3(参加国:ASEAN10か国+
ASEAN+3は、アジア通貨危機を直接の契
機として発足し、1997年に第1回首脳会議が
開催されて以来、金融を始め、貿易・投資、
農業、保健、エネルギー、環境、情報通信、
国境を越える犯罪、教育など、幅広い分野で
実務的協力を推進している。現在、協力分野
は24、協議メカニズムは66まで拡大した。
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で大規模自然災害に関する国際会議を開催す
るとの提案に加え、2015年に予定される第3
回国連防災世界会議を日本で開催する意向を
表明した。そのほかにも、軍縮・不拡散、民
主的価値の共有、連結性、経済・貿易、エネ
ルギー、青少年交流、教育、科学技術におけ
る協力の重要性を指摘した。また、地域・国
際情勢については、北朝鮮情勢に関し、北朝
鮮の核・ミサイル開発は現実の脅威であり、
ウラン濃縮活動の即時停止を含め、安保理決
議に規定された核放棄を北朝鮮に強く迫る必
要があること、最近の南北対話・米朝対話を
歓迎するが、非核化等に向けた具体的行動は
見られておらず、引き続き北朝鮮の決断を強
く求めていくことが六者会合による取組が進
展を生むために極めて重要であると発言した
上で、拉致問題の解決に向けた各国の協力を
呼びかけた。首脳会議の成果として「互恵関
第1節
アジア・大洋州
第
2
章
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係に向けた原則に関するEAS首脳宣言」及
び「ASEAN連結性に関するEAS首脳宣言」
が発出され、「互恵関係に向けた原則に関す
るEAS首脳宣言」では、日本の主張も踏ま
え、海洋に関する国際法が、地域の平和と安
定の維持のために必須の規範を含むことを認
識し、EAS参加国が依拠する原則として、
国際法の尊重や紛争の平和的解決などが挙げ
られた。
+日本、中国、韓国)
ASEAN+3協力は、ASEAN共同体の実現に
向けたASEAN統合を支援する枠組みである
とともに、長期目標としての東アジア共同体
の構築に貢献するものと位置付けられてい
る。
2011年7月の第12回ASEAN+3外相会議
(於:バリ(インドネシア))では、各国外相
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外交青書 2012
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Subsets and Splits
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