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「何が?」
「いつもなら、父ちゃんの説教に巻き込まれちゃうじゃないか。今日は家を早く出た。サウルにしては上出来だ」
「あぁ、うん」
 確かに。《《目覚める》》前の僕なら巻き添えを食らってただろうな。ブラス兄にしては的確だ。
「神殿の中ってどうだった?」
「たくさん本があったよ。あと……」
 しばらく色々話しているうちに、両親が出てきて休憩が終わった。
 別に手伝わなくても良さそうだったけど、いつものボロに着替え。しかし、このボロ、微妙に臭い。自分で洗濯しようかな。
 そして、畑仕事も牛の世話も手伝う。まぁ五歳の体じゃ、大したことはできないんだけどね。
 ただ、水を運ぶのは頑張った。桶に水を入れると十数キロ。これを頭に乗せて運ぶんだけど、僕はちょっとずるをした。誰も見てないところで泡倉にこっそり入れて運んだんだ。入り口を足元に作って、桶だけ入れて。大きな樽に登って桶の中身を入れるんだけど、上に登ってから桶を出して傾けるだけですんだ。
 15時頃、エミルとアニタが様子を見に来てくれた。僕が元気そうだと分かると、ニコニコしてくれて、こっちもうれしくなったよ。母が、遊んでおいでと言ってくれたので、お手伝いから離脱。
 エミルは「元気になるおまじない」といって蛇の抜け殻の尻尾をくれた。エミルは村長の孫で男の子。黒髪でしっかりした顔立ち。多分、良い男になると思う。抜け殻のおまじないは、村長が教えたのかも知れないな。蛇は、前世でも死と再生の象徴だったそうだ。抜け殻を残して新しくなる様子が、そう連想させたらしい。
 アニタは、女の子らしく5mmほどの小さな紫の花をたくさん持ってきてくれた。アニタはいっつもニコニコしている。細い金髪でフワフワしていて、気がつくとエミルと一緒にいる。鋳掛のゴンザロさん所の娘。ん? なんだろ。胸が苦しいような。
 花を生ける気の利いた容器なんて無いから、アニタの小さな両手に載せて。一本一本は茎を入れても2~3cm。でもたくさんあるから、アニタの小さな両手からはみ出しそうだ。花瓶なんてうちには無いから、押し花にでもしようか。
 しばらく三人で追いかけっこしたり、土をひっくり返して山を作ったりして遊んでた。ミミズとゴミ虫で冒険者ごっこするとアニタが泣いちゃって、エミルと僕は宥めるのに一生懸命だった。
 夕方になって、解散して夕ご飯のお手伝い。夕ご飯を食べた後は、直ぐ眠った。
 次の日も次の日も、同じように手伝いをしたり、遊んだりしていた。
 でも、だんだん父はイライラして怒鳴りつける事が増えていて。母は何か心配事があるような雰囲気。兄は我関せずで牛の世話。
 父が僕を不機嫌そうに見ることが増えた。
 怒鳴りつけられるけど心当たりが無い。
 僕はいたたまれなくて、泡倉に入り浸るようになった。
 まだ泡倉の管理人には会えてない。一人で行ってるのに。ロジャーおじさんに聞くと、近くに居ないらしい。
 泡倉の広場で空を見上げると心が落ち着いた。
 濃厚なエーテルが良かったのかも知れない。
 村と泡倉の天気は別物で、村が晴れていても泡倉は雨ということもあった。
 鳥や獣の声はしたけど、それを目にすることは無かった。
 名付けの儀から十日。五月の中旬に入った日。お昼の手伝いをしようと家に向かうと、両親が話し合ってるのが聞こえた。
 入り口の扉は閉まっているが、隙間だらけの我が家だ。ちょっと耳を澄ませれば、会話の中身はおおよそ分かる。まぁ最近は、わらと土を混ぜた物を隙間に詰め込んで、ちょっとマシになってるけど。
「俺は、サウルは変わったと思う」
「……はい」
「神官様達は大丈夫と言ったそうだが、なんか変だ」
「ええ、聞き分けが良くなって、お手伝いを進んでやって、いたずらもしなくなって。急にお兄ちゃんになったわね」
「牛の水な、樽一つ運ぶのが早くなった。終わっても疲れてない。あの年の子が出来る事じゃ無い」
「かまどの扱いが上手になって楽になったわ。もうブラスよりよっぽど賢くて」
「だが悪い。俺は、サウルが気持ち悪い」
「……あなた……」
「あれは、いつもニコニコして、頭がついてんだかついてないんだか分からなくて、はなたれだった俺たちのサウルじゃない」
「……あなた……」
 両親は泣いているみたいで。僕は中に入ることができなかった。
 どうすれば良いのか分からずにしばらくじっとしていると、ブラス兄が
「サウル、そんなとこで何やってんだ?」
 と声をかけてきた。
 家の中の気配が変わって、気づかれた事が分かった。
【タイトル】
008 人別帳
【公開状態】
公開済
【作成日時】
2017-06-11 17:42:14(+09:00)
【公開日時】
2017-06-11 17:42:14(+09:00)
【更新日時】
2017-06-11 18:00:26(+09:00)
【文字数】
4,117文字
【本文(165行)】
 雨が降っていた。
 家の中も雨に濡れた土と草の匂いがする。
 コミエ村は割と暖かい場所なのだとロジャーおじさんが言っていた。
 
 暖かく、雨が多い。
 6月に入ればしばらく雨が続く。
 その前触れのようにしとしとと雨が降っていた。
 両親と僕は、あれから一言も話していない。
 父は目も合わせないし、母はこちらを見て悲しそうな顔をするだけ。
 僕も何と言って良いか分からない。
 上手くやっていたつもりだった。
 お利口さんにしていれば大丈夫だと思ってた。
 昼食の場は、真夜中のように静かだった。
 ブラス兄は、場の雰囲気に耐えられず僕に事情を聞こうとするけど、僕から言えるはずが無い。
 雨が降っていれば外に逃げることもできない。ブラス兄も引きつった顔をしていた。
 沈黙が窓を閉めた暗い家の中を支配する。
 母が食器を片付けようと立ち上がったとき、父が沈黙を破った。
「おい、イネス。神殿に行くぞ。準備しろ」
「え? 神殿?」
「二度言わせるな。ブラスも、……サウルもだ」
 滅多に使わない革マントを両親が被り、僕とブラス兄は防水された厚めの布を被る。