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「ここも」
 言われるがまま、ハンナのあごの下を掻いてやる。ハンナは目を細め、にんまりする余り歯も見えた。仕舞いには、何故か右腕が上がっていく。さすがに脇の下はかけないよ、レディ......。
 石舞台に皆寄っていくので、僕とハンナも付いていく。
 周囲の草木が綺麗に刈られているのが分かる。青臭い草の匂い。細木の切り株はまだ樹液が出ていて、切られて時間が経っていないのが分かる。草も木も切り口が普通の鎌や鉈、斧のものではないと直ぐ分かる。
 草刈りの術理具はほとんど音も立てず、淡々と草を刈っている。低木は周囲の枝から刈り、後始末をし易くして切り倒す。ある程度の太さなら斧を使うまでも無い。棒の先には円盤が付いていて回転する。円盤は回転数に伴った切断の場を作り出す。回転数は使い手が流し込むエーテルの量で変わる。材質は明るい色の木。ただの木にしか見えない術理具が草木をなぎ倒す様子に商隊の人達は目を見張っている。
 術理具がユニット式で低価格だと知ったら驚くだろうな。
 ある程度目安が付いたら草かきの術理具で掘り起こし、根を絶つ。整地用の術理具が無いので、今は放置。人力でやるにはちょっと大変なので。近いうちに作る積もり。
 エーテルを使いすぎてバテてしまった人は、お茶を飲み休憩したら、瞑想する。
 周囲に響くのは、草木が倒れる際の些細な音と、村人達の話し声くらいだ。
 石舞台の周辺はすっかり切り開かれていた。
 この辺の広場が今朝からの数時間で出来たと説明された商隊の人達は、ポカーンとしてた。この人数で人力なら数日かかるよね。
 一応、アラン様達からは僕の術理具が今まで無かったものだと聞かされているけど、コウタロウさんの知識には、もっとすごい物も有るんだよね。僕はそれを真似しただけだし、四大術と闘気法の組み合わせについては、きっと誰かやってたと思ってる。
 表沙汰になってないのは何か理由が有るんだろうけど。
 村長さんと商隊の人達、そして神殿勢が村の中に向かう。ほんとなら荷下ろしを先にすべき所なんだけど、人足の人も代表の二人も魅入られたように動いていく。
 途中、青髪の冒険者のお姉さんがこっちを見た。こちらの奥底までのぞき込むような強い圧力の視線。次の瞬間、髪をいじりながらにこりと微笑む。んー、どこかで……。
「あのお姉さん、知り合い?」
 ハンナが聞くけど、知らない人だと思う、と答える。同時にロジャーさんが戻ってきた。
『離れて見る分には、人では無いだろう、としか分かりやせんでした。すんません』
『いや、大丈夫だよ。ありがとうロジャーさん。エルフ、精霊、ハイエルフ、とか?』
『はっきりとは。後で接触を図りやす。ご許可を』
『分かったよ。でも身の安全を最優先にね』
 僕は探索術を使えない。特別な眼力も眼鏡も無い。ロジャーさんが分からないなら手は無いなー。
 材木を建てただけの門から、一行が村に入る。代わり映えしない村の中を見て安心したような様子を見せる商隊の代表二人。
 そこに村の井戸が見えた。水をくみ上げる線の細い女性。水の入った桶は相当に重いんだよね。でも女性は軽々と水をくみ上げて、自分の桶に水を移す。多分、20~30kgは入ると思う桶。女性はひょいと僕たちに挨拶すると、桶を抱え、恥ずかしそうに《《駆け足》》で去って行った。
「ね、シルビオ。この村こんな力持ちいた?」
「お嬢様、私が以前来た時には普通の村でしたが……」
 ロージーさんは驚きっぱなしだ。先ほどまで渋い顔をしていたシルビオさんも、目を見開いている。良い感じだ。
「おや、シルビオさんじゃないかね。ロージーお嬢ちゃんも! 久しぶりだねぇ、長生きするもんだ」
 声をかけて近づいてきたのは、小柄なお婆さん。ただし、その肩には穀物のたっぷり詰まった袋が載ってる。多分、お婆さん自身より大きいと思う。なかなかのインパクトだねー。それを見た二人は大慌て。
「お婆さん、こないだ来た時には腰を痛めて歩けなくなってたじゃないか、そんな重い物持って!」
「なんのこれしき、マリ様のお弟子さんが良いもの作ってくれたからね。腰も痛くないし、スキップだって出来るようになったんだ。めでたいことだよ」
 お婆さんが袋を地面に置いて、体に付けてる物をロージーさんとシルビオさんに見せてくれた。体の要所要所に革と木で出来た輪がはまり、それを革紐が繋いでいる。
「ほれ、この倍力の術理具って奴でな。エーテルがあれば足腰を支えて、暮らしを助けてくれるって術理具さ。力も底上げしてくれる。まぁあたしも薬師の端くれだからね、多少の無理も利くってもんさ」
 お婆さんは、腰を痛めて寝込む前はマリ様と一緒に村を支える薬師だったんだってさ。僕は名付けの儀より前のことは余り思い出せないのだけど、お婆さんが調合する様子をじっと見てたのは覚えている。
 薬師はエーテルを使った錬金薬も使うから、当然エーテルの扱いにも慣れているよね。
「倍力の術理具……? 古代文明の秘宝の中に似た物があると聞いたことがあるけど。それを術理具で再現した、と言う話は王都でも聞いた事は……。でも確かに眼鏡はその術理具が最近作られた術理具だって言ってるし。どうなってるの……? 世に埋もれてた天才が突然世に出てきたの? ここに有るはずが無い品がここにある。まるでオーパーツのような……」
 ロージーさんがちょっと呆然としている。横でベテランのシルビオさんが声をかけているけど、シルビオさんも村の意図を掴みかねているみたい。村長さんとマリ様をしきりに伺っている。
 見ているとロージーさんはまだ10代半ば。術理具に興味津々で商人と言うよりは術者みたいだと思った。一方シルビオさんは40代。落ち着いた様子でロージーさんを諫め、こちらの意図を伺おうとしている。ただの自慢とは考えてないみたい。当たり前か。
 その後、荷下ろしに商隊と村人の多くで取り掛かっていた。買い物をする人も居る。布地や塩、干物。コミエ村では手に入らないものばかり。こちらから提供出来るものは余り無いみたい。動物や魔物の皮、山菜、薬草。手元に残った穀物を差し出す人もいた。
 実家の父が、少量のチーズを出したようだったけど、交渉は失敗だったみたい。売らずに戻ってた。声を荒げる様子に、周りの人はびっくりしてた。
 その様子を見て、僕は商隊を離れ、人が見えなくなると泡倉に移った。ハンナが付いてきてくれた。ちょっと嬉しかった。撫でろって五月蠅かったけど。
【タイトル】
029 村と商人1
【公開状態】
公開済
【作成日時】
2018-01-05 03:55:09(+09:00)
【公開日時】
2018-01-05 03:55:09(+09:00)
【更新日時】
2018-01-05 03:55:09(+09:00)
【文字数】
3,893文字
【本文(117行)】
 泡倉に入った僕は、そのまま魂倉の中に入っていく。セニオさん達にも会いたくなかったから。
 僕の体の中、おへその下に魂倉はある。色は黒く柔らかい。魔物や動物達から回収した魂倉を加工すると、周囲から自然のエーテルを取り込んで人や術理具が使えるエーテルを放出する「エーテル一次バッテリー」になる。
 魂倉を持つ生物は、周囲から生のエーテルを取り込み魂倉で変換して蓄える。そして、術や固有の異能などを使う源泉とする。
 魂倉の状態は、気配などに敏感な人だと何となく雰囲気で分かるとか。
 でも、魂倉にお話の出来る管理人は居ないらしい。それに魂倉の中に入る事も無いらしい。王都の大学の先生であるアラン様が言ってた。多分本当だと思う。
 でも、僕は魂倉の中に入っていく。さっきまでは目を開けて、泡倉の森の中から空を見上げていたはずなのに。今、《《僕の目》》に映るのは暗黒の宇宙だ。大きく口を開けたそれの中に僕は飛び込んで行く。
 中に入ると、大きな部屋に居た。神殿の礼拝堂より大きな部屋。多分、一辺が50m以上。壁と床は綺麗な木目の板。天井は高くて見えない。
 部屋の四分の一を占めるほどの沢山の書棚に、立派な応接セット。それと一辺が1m以上もある大きなディスプレイ。
 別の壁には何か透明なガラスの機材と炉。他にもごちゃごちゃと色んな物がある。
 管理人のロジャーさんは、ここを余り整理していなかったみたいだね。
 そう、ここは魂倉の中。先日コウタロウさんと会った後、ロジャーさんに魂倉の変化について聞いていたんだ。なので驚かないつもりだったんだけど。
「思ったより変わったね」
 広さも、物も。
 とりあえず、書棚とディスプレイを見てみよう。本は貴重なんだ。セリオ様とマリ様併せても200冊も持ってない。
 それがあの一角には、書棚だけでも100はある。書棚は横は1m、縦は2m程。縦横60cmと神殿の聖書程もある大型本もあれば、今の僕の手のひらほどの小さな本も乱雑に突っ込まれている。溢れた本は床に積み重ねられていて、これも整理整頓されてるよう巣は無い。
 知識神の神官であるセリオ様がこの様を見たら怒りの余り叫ぶかも知れないなー。だって、本は凄く高い。セリオ様やマリ様が書いた小さな簡易綴じの薄い本でも高く売れるって仰ってた。それこそ金貨数枚に。