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 色んな人が人酔いしてないか、と心配してくれるけど、僕は全然平気だったんだ。何せコウタロウさんの記憶には、たった一つの広場で、十万を軽く超える人々が本を売り買いする催しが有ったんだよ。たった3日の祝祭に数十万の人が集まる様子は圧巻。まるで畑の砂がうごめくようだった。
 それに比べればアレハンドロ市街の人口は公称五千。この辺りに広がる衛星集落全てを合わせても数万。今ここに見える人は千人を上回らない。
 あれに比べちゃうとね。きっと王都を見ても驚けないと思う。
 建物もほとんど平屋で道は土。道に直接敷物を敷いての露店が多い。店を構えてるのは小数。
 確かに、コミエ村には商店と言えば宿屋兼雑貨屋しかなかったけど。驚きにはならないんだよね……。
 しかし、横に立っているハンナは、何故か大興奮。いや、君、王都から渡ってきたんだし、こんな所沢山見たよね?
 馬車は軽やかに進む。沢山の荷物に人を載せているのに、馬は疲れた様子もない。あ、馬に注目する人が居れば気がつくかも。馬には馬用の倍力の術理具が付いてる。だから何か革紐と輪っかがくっついてる。足元には保護具を付けてるし。
 馬車全てに重量軽減がされてるし、足回りも改造してる。そうそう。途中でブレーキも付けたんだよ。馬丁さんが操作すると、車輪と地面の間の抵抗がぐっと増して速度を落とすという物。ちなみに車輪の抵抗は個別に操作できるから、カーブも楽々。
 馬丁さんが言うには、路面が凍ってる時にちょこっとだけ抵抗を付ければ、滑らずに勧めるんじゃ無いかって言ってた。確かにねー。
 そんなわけで、今日の宿の前に、割と速い速度で数台の馬車がやってきた。ブレーキで馬に負荷も掛けずピタッと止まってみせる。馬車のスピードに事故を予想してた野次馬達が、びっくりする。
 そりゃそうだよね。馬車は、多少のつっかえ棒は有ってもこういうブレーキは無かったんだから、馬が速度を緩めても、こんな急速に停止できないのが常識。
 そこをロージーさんが宣伝を兼ねてやって見せた。注目されるよね。
 宿に馬車を預け、部屋を取る間にもロージーさんとシルビオさんが代わる代わる野次馬に馬車の話をしていた。もちろんロージーさん達の「バスカヴィル商会」の宣伝もばっちり。
 僕? 僕はその間、大人のお話をニコニコと聞いてたよ。
 ん? サボりじゃないよ? 市場調査、うん。いや、ほんとだよ?
 お金の感覚とか、全然分かってなかったし。そりゃそうだよね。僕自分で買い物したことも無いんだもの。以前銀貨5枚で術理具作れるって言ったけど、あれ僕の手間賃とかかなり安く見てたみたい。
 その夜、僕はちょっと窓から外を見てた。同じ部屋にはセリオ様。見上げる星の海に月が綺麗。あの月のどこかに神界への入り口が有るとか、月こそ神界そのものだとかそんな話が有ったっけ。昔は月は緑色だったそう。でも幻魔との戦いの中でいつの間にか、今の黄色になったとか。
 ふと窓の側にフラムさんの気配。でも、本人の姿は見えない。んー? 探索術苦手だから見えないのかな?
『……聞こえるかな?』
 恐る恐る、という感じでフラムさんの声なき声が頭の中に直接聞こえてきた。
【タイトル】
034 月夜の対話
【公開状態】
公開済
【作成日時】
2018-05-05 16:31:10(+09:00)
【公開日時】
2018-05-05 16:31:10(+09:00)
【更新日時】
2018-05-05 16:31:10(+09:00)
【文字数】
3,259文字
【本文(107行)】
 月がまぶしい夜。
 僕にだけ見える時計は21時を回ったところ。泊まっている宿に併設された酒場から、ざわめきが聞こえる。遠く、聞こえる。
『……聞こえるかな?』
 脳裏に響く声。コミエ村からの道行きで聞いた声。そして。あの日、目覚めた日聞こえたのと同じ声。
 でも、明らかに違う声。
 あの時の声は、人ではなかった。心の無い魂の無い、ガラスのように透明な声だった。それが故に繊細な楽器のようにも聞こえたけど、今は何かを悩み、ためらい、恐れる声。
 僕は、自分が緊張するのを感じながら、《《声》》を発する。
『……聞こえます。フラム《《様》》、ですね?』
『そうさ。土地神が一柱、フラム、さ。……ふふ。坊やは緊張しないのかい? あたいは初心な小娘みたいになってるっていうのに』
『とんでもないです。僕もすごく緊張してます。だって、フラム様は本物の神様なんでしょ?』
『馬鹿にされてるわけじゃ無さそうだが、何か拍子抜けだよ。まぁいいさ。確かにあたいは本物さ。驚いたことにね』
『この今の暦。復活歴が始まって425年。全てのヒトが望みながらまだ叶わない望み。神の現身の復活。それがこの僕の目の前に御座す。有り難いことだと思います』
 窓から身を乗り出したままで居た僕の前。宿の庭にフラム《《様》》が現れた。ロジャーさんが僕の中で身構える。
『……。あー、もういい。こういうややこしいやり取りはあたいは苦手だ。腹割って話そうじゃ無いか』
『はい』
 神秘的な雰囲気が崩れると共に、周囲の音がはっきりとしてくる。気の早い虫の声、夜の鳥の声も聞こえはじめた。
『だいたいよ。この道中見ていたが、お前、全然驚かないじゃないか。あの村から一度だって出たこと無いくせに。
 あたいが居るはずの無い神だと分かっても、凪いだ海のように飲み込みやがって。魔導具だって、そうだ。あたいが生きてた時代だって魔導具、いや今は術理具か。あれの開発は数年単位の仕事だった。
 それをまるで最初から知ってるように作りやがって』
『……そんな風に見えました? 僕は僕なりに一杯一杯なんですけど』
『見えん』
 フラム様にきっぱり言われてちょっと凹む。
『……で、どのようなご用件で? 子供は早く寝たいのです』
 フラム様が、じろりと見る。こわい。
『まぁ昼間も話したが、お前、神に成らないか? お前の潜在能力ならあたい以上の神にだってなれる』
『んーー。僕、まだ目覚めてから一月も経ってませんよ? さすがに早すぎるのでは?』
『勿論、今すぐって訳じゃ無いさ。唾付けとくだけの話。お前を神にするにしても、今、あたいは神界と連絡取れないから無理だしな』
 あはは、と、フラム様は無邪気に笑った。照れくさそうに笑う顔を月が照らして、中々綺麗で見とれてしまう。
『え? それ大丈夫なんですか?』
『全然駄目だな! どうも界の構造が変わっちまってるようでよ。半覚醒状態では上手く行ってたはずのやり取りが全然駄目だ。信仰の力を集めて、どこかの神殿の奥に入らないといけないみたいだ』
『神であると名乗るのです?』
『さっさとそうしたいのは山々なんだけどさ。もうちょっと何か力を表せるようにならないと、頭のおかしい奴として処分されちまう。今の時代のことも分からない。地図も変わってるし』
『地図、変わってるのですか?』
『あぁ、おおよそ一緒なんだけどな。都市遺跡の場所が転移でもしたみたいに吹っ飛んでる。鉱山なんかもだ。そうそう、アレハンドの近くの山。あれはずいぶん昔に枯れ果てた筈なんだ。それが復活してるし。大体、あたいが眠っちまった時代、鉱物資源の枯渇で色々厳しかったのに』
『……資源が復活している、と。面白いですね』
『全くだ。ただ、飯がまずくなっちまってる。肉は硬いし、調味料は少ないし、塩も砂糖もべらぼう高いし。まぁハーブが美味くなってるのは助かったけど……』
 今の時代の飯が如何にまずいか、昔の行きつけの居酒屋が如何に美味かったか延々と愚痴を垂れ流すフラム様。多分、僕が大人だったら酒を出してると思う。
 反射的に、コウタロウさんの記憶から幾つか料理を呼び出してみる。コウタロウさんも酒と料理が大好きだったみたいだねー。色々出てくる。焼き鳥? チキン南蛮? 酒盗? レアステーキとわさび? お酒の味も再現されちゃうけど、料理の味は濃すぎるし、お酒は苦かったり変な味。僕はちょっと苦手。