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国語
箱自動車は、沙漠の砂をけって進む。四少年は、瞳をじっと火星人の群に定めて、顔を緊張に硬くしている。  火星人の大群は、手に手に棍棒のようなものを頭上に高くふりあげて、怒濤のようにこっちへ向って押し寄せてくる。  箱自動車は、そのまん中をめがけて矢のように走って行く。 「おい、もっとスピードをゆるめた方がいいよ。でないと、火星人をひき殺してしまうかもしれないからね」  山木が、運転台に注意した。 「だめなんだ、これが一番低いスピードなんだ」 「そんなことはないだろう」 「いや、そうなんだ。火星の上では、重力が地球の場合の約三分の一しかないんだ。だから摩擦も三分の一しかないから、えらくスピードが出てしまうんだ」 「そうかね。そんなことがあるかね」  山木には、ふしぎに思えた。  そのとき河合が、あっと声をあげた。と、自動車は大きくゆれ、かたんとはげしい音をたてて停ってしまった。 「うわッ」  箱自動車の上に乗っていた張とネッドは、いきなり空中へ放り出され、あっと思う間もなくばさりと砂の中へ叩きこまれた。砂だったからよかった。もし岩であったら、頭をめちゃくちゃにくだくところだった。  火星人の群から、きゃんきゃんと、奇妙な笑声がまきおこった。  沙漠に、たくみな落し穴がこしらえてあったのだ。そうとは知らず、河合は箱自動車をすっとばして、穴の中へ落ちこんだのだ。  形勢は急に不利となった。ただ幸いなことに河合も山木も、おでこに瘤をこしらえたぐらいのことで、生命に別条はなく、一方、張もネッドも、すぐ砂の中からはい出した。  だが、皆の顔色はすっかり変っていた。頼みに思う箱自動車が穴ぼこの中に落ちてしまったのでは、これからてくてく歩くしかないのだ。それはずいぶん心細いことであった。 「どうしたらいいだろうか」 「困ったねえ」  と、張とネッドが顔を見合わせて、今にも泣き出しそうだ。 「おい河合、どうしたらいい」  山木に呼ばれた河合は、落とし穴へもぐりこんで車体をしらべていた。 「おーい、皆安心しろ。車は大丈夫だぞ」 「だって河合。車がいくら大丈夫でも、穴ぼこの中にえんこしていたんじゃ仕様がないじゃないか。役に立ちゃしないもの」 「ううん、大丈夫。皆、手を貸せよ。車をこの穴ぼこから上へひっぱりあげればいいんだよ」 「なんだって。穴ぼこから、車をひっぱりあげるって。そんなことが出来るものか。ぼくたちは子供ばかりだし、自動車は重いし、とてもだめだよ」  ネッドがそういって肩をすくめた。 「大丈夫、もちあがるよ。ぐずぐずしていないで、皆穴の中へ下りて来て、手を貸した。さあ早く、早く」  張とネッドと山木は、河合のことばを信じかねたが、しかし河合がしきりに急がせるのでしぶしぶ穴の中へ下りた。 「さあ、こっちから押すんだぞ。一チ、二イ、三ン。そら、よいしょ」 「よいしょ、おやァ……」 「よいしょ、よいしょ」  意外にも、箱自動車は動き出して、穴の斜面をゆらゆらとゆれながら上へ押しあげられて行った。やがて、ちゃんと元の沙漠へ自動車はあがった。 「変だね。この自動車はなんて軽くなったんだろう」 「それはそのわけさ。さっきもいったろう。火星の上では、地球の場合にくらべて重力は約三分の一なんだ。だからなんでも重さが三分の一に感じられるんだよ」 「へえ、そうかね」  あとの三人は目を丸くした。 「まだ信じられないんなら、ためしに大地をけって、ぴょんぴょんととびあがってごらん。びっくりするほど高くとべるから」  河合がそういったので、一番茶目助のネッドが、早速ぴょんととびあがった。  と、あらふしぎ、ネッドのからだはボール紙を空へなげたようにすうっと軽くもちあがり、三人の少年の頭の上よりもはるかに上までとびあがった。 「やあ、あんなに上までとびあがったぞ。まるで天狗みたいだよ」 「やあ、これはおもしろい。もっととんでやれ」  ネッドはいい気になって、ぴょんととび、またぴょん、ふわふわととび、それをくりかえした。そのたびに、お尻につけている太い狸の尻尾が宙にゆれて、じつにおかしかったので、皆は火星人の大群を前にひかえている危険をさえ忘れて、腹をかかえて笑った。ネッドはますますいい気になって、ぴょんととびあがりざま、ふざけた恰好をしてみせるのであった。 「おい、ネッド。もうよせ。そして皆早く自動車に乗れよ」  河合がそういって、運転台の上から叫んだ。それでようやく他の三人も吾にかえって、自動車によじのぼった。  自動車は、再び沙漠の上を走り出した。
火星人の大群は、どのようにこっちへ押し寄せてきましたか。
火星人の大群は、手に手に棍棒のようなものを頭上に高くふりあげて、怒濤のようにこっちへ向って押し寄せてきた。
JCRRAG_010602
国語
箱自動車は、沙漠の砂をけって進む。四少年は、瞳をじっと火星人の群に定めて、顔を緊張に硬くしている。  火星人の大群は、手に手に棍棒のようなものを頭上に高くふりあげて、怒濤のようにこっちへ向って押し寄せてくる。  箱自動車は、そのまん中をめがけて矢のように走って行く。 「おい、もっとスピードをゆるめた方がいいよ。でないと、火星人をひき殺してしまうかもしれないからね」  山木が、運転台に注意した。 「だめなんだ、これが一番低いスピードなんだ」 「そんなことはないだろう」 「いや、そうなんだ。火星の上では、重力が地球の場合の約三分の一しかないんだ。だから摩擦も三分の一しかないから、えらくスピードが出てしまうんだ」 「そうかね。そんなことがあるかね」  山木には、ふしぎに思えた。  そのとき河合が、あっと声をあげた。と、自動車は大きくゆれ、かたんとはげしい音をたてて停ってしまった。 「うわッ」  箱自動車の上に乗っていた張とネッドは、いきなり空中へ放り出され、あっと思う間もなくばさりと砂の中へ叩きこまれた。砂だったからよかった。もし岩であったら、頭をめちゃくちゃにくだくところだった。  火星人の群から、きゃんきゃんと、奇妙な笑声がまきおこった。  沙漠に、たくみな落し穴がこしらえてあったのだ。そうとは知らず、河合は箱自動車をすっとばして、穴の中へ落ちこんだのだ。  形勢は急に不利となった。ただ幸いなことに河合も山木も、おでこに瘤をこしらえたぐらいのことで、生命に別条はなく、一方、張もネッドも、すぐ砂の中からはい出した。  だが、皆の顔色はすっかり変っていた。頼みに思う箱自動車が穴ぼこの中に落ちてしまったのでは、これからてくてく歩くしかないのだ。それはずいぶん心細いことであった。 「どうしたらいいだろうか」 「困ったねえ」  と、張とネッドが顔を見合わせて、今にも泣き出しそうだ。 「おい河合、どうしたらいい」  山木に呼ばれた河合は、落とし穴へもぐりこんで車体をしらべていた。 「おーい、皆安心しろ。車は大丈夫だぞ」 「だって河合。車がいくら大丈夫でも、穴ぼこの中にえんこしていたんじゃ仕様がないじゃないか。役に立ちゃしないもの」 「ううん、大丈夫。皆、手を貸せよ。車をこの穴ぼこから上へひっぱりあげればいいんだよ」 「なんだって。穴ぼこから、車をひっぱりあげるって。そんなことが出来るものか。ぼくたちは子供ばかりだし、自動車は重いし、とてもだめだよ」  ネッドがそういって肩をすくめた。 「大丈夫、もちあがるよ。ぐずぐずしていないで、皆穴の中へ下りて来て、手を貸した。さあ早く、早く」  張とネッドと山木は、河合のことばを信じかねたが、しかし河合がしきりに急がせるのでしぶしぶ穴の中へ下りた。 「さあ、こっちから押すんだぞ。一チ、二イ、三ン。そら、よいしょ」 「よいしょ、おやァ……」 「よいしょ、よいしょ」  意外にも、箱自動車は動き出して、穴の斜面をゆらゆらとゆれながら上へ押しあげられて行った。やがて、ちゃんと元の沙漠へ自動車はあがった。 「変だね。この自動車はなんて軽くなったんだろう」 「それはそのわけさ。さっきもいったろう。火星の上では、地球の場合にくらべて重力は約三分の一なんだ。だからなんでも重さが三分の一に感じられるんだよ」 「へえ、そうかね」  あとの三人は目を丸くした。 「まだ信じられないんなら、ためしに大地をけって、ぴょんぴょんととびあがってごらん。びっくりするほど高くとべるから」  河合がそういったので、一番茶目助のネッドが、早速ぴょんととびあがった。  と、あらふしぎ、ネッドのからだはボール紙を空へなげたようにすうっと軽くもちあがり、三人の少年の頭の上よりもはるかに上までとびあがった。 「やあ、あんなに上までとびあがったぞ。まるで天狗みたいだよ」 「やあ、これはおもしろい。もっととんでやれ」  ネッドはいい気になって、ぴょんととび、またぴょん、ふわふわととび、それをくりかえした。そのたびに、お尻につけている太い狸の尻尾が宙にゆれて、じつにおかしかったので、皆は火星人の大群を前にひかえている危険をさえ忘れて、腹をかかえて笑った。ネッドはますますいい気になって、ぴょんととびあがりざま、ふざけた恰好をしてみせるのであった。 「おい、ネッド。もうよせ。そして皆早く自動車に乗れよ」  河合がそういって、運転台の上から叫んだ。それでようやく他の三人も吾にかえって、自動車によじのぼった。  自動車は、再び沙漠の上を走り出した。
箱自動車の上に乗っていた張とネッドは、空中へ放り出されどうなったか。
箱自動車の上に乗っていた張とネッドは、いきなり空中へ放り出され、あっと思う間もなくばさりと砂の中へ叩きこまれた。
JCRRAG_010603
国語
箱自動車は、沙漠の砂をけって進む。四少年は、瞳をじっと火星人の群に定めて、顔を緊張に硬くしている。  火星人の大群は、手に手に棍棒のようなものを頭上に高くふりあげて、怒濤のようにこっちへ向って押し寄せてくる。  箱自動車は、そのまん中をめがけて矢のように走って行く。 「おい、もっとスピードをゆるめた方がいいよ。でないと、火星人をひき殺してしまうかもしれないからね」  山木が、運転台に注意した。 「だめなんだ、これが一番低いスピードなんだ」 「そんなことはないだろう」 「いや、そうなんだ。火星の上では、重力が地球の場合の約三分の一しかないんだ。だから摩擦も三分の一しかないから、えらくスピードが出てしまうんだ」 「そうかね。そんなことがあるかね」  山木には、ふしぎに思えた。  そのとき河合が、あっと声をあげた。と、自動車は大きくゆれ、かたんとはげしい音をたてて停ってしまった。 「うわッ」  箱自動車の上に乗っていた張とネッドは、いきなり空中へ放り出され、あっと思う間もなくばさりと砂の中へ叩きこまれた。砂だったからよかった。もし岩であったら、頭をめちゃくちゃにくだくところだった。  火星人の群から、きゃんきゃんと、奇妙な笑声がまきおこった。  沙漠に、たくみな落し穴がこしらえてあったのだ。そうとは知らず、河合は箱自動車をすっとばして、穴の中へ落ちこんだのだ。  形勢は急に不利となった。ただ幸いなことに河合も山木も、おでこに瘤をこしらえたぐらいのことで、生命に別条はなく、一方、張もネッドも、すぐ砂の中からはい出した。  だが、皆の顔色はすっかり変っていた。頼みに思う箱自動車が穴ぼこの中に落ちてしまったのでは、これからてくてく歩くしかないのだ。それはずいぶん心細いことであった。 「どうしたらいいだろうか」 「困ったねえ」  と、張とネッドが顔を見合わせて、今にも泣き出しそうだ。 「おい河合、どうしたらいい」  山木に呼ばれた河合は、落とし穴へもぐりこんで車体をしらべていた。 「おーい、皆安心しろ。車は大丈夫だぞ」 「だって河合。車がいくら大丈夫でも、穴ぼこの中にえんこしていたんじゃ仕様がないじゃないか。役に立ちゃしないもの」 「ううん、大丈夫。皆、手を貸せよ。車をこの穴ぼこから上へひっぱりあげればいいんだよ」 「なんだって。穴ぼこから、車をひっぱりあげるって。そんなことが出来るものか。ぼくたちは子供ばかりだし、自動車は重いし、とてもだめだよ」  ネッドがそういって肩をすくめた。 「大丈夫、もちあがるよ。ぐずぐずしていないで、皆穴の中へ下りて来て、手を貸した。さあ早く、早く」  張とネッドと山木は、河合のことばを信じかねたが、しかし河合がしきりに急がせるのでしぶしぶ穴の中へ下りた。 「さあ、こっちから押すんだぞ。一チ、二イ、三ン。そら、よいしょ」 「よいしょ、おやァ……」 「よいしょ、よいしょ」  意外にも、箱自動車は動き出して、穴の斜面をゆらゆらとゆれながら上へ押しあげられて行った。やがて、ちゃんと元の沙漠へ自動車はあがった。 「変だね。この自動車はなんて軽くなったんだろう」 「それはそのわけさ。さっきもいったろう。火星の上では、地球の場合にくらべて重力は約三分の一なんだ。だからなんでも重さが三分の一に感じられるんだよ」 「へえ、そうかね」  あとの三人は目を丸くした。 「まだ信じられないんなら、ためしに大地をけって、ぴょんぴょんととびあがってごらん。びっくりするほど高くとべるから」  河合がそういったので、一番茶目助のネッドが、早速ぴょんととびあがった。  と、あらふしぎ、ネッドのからだはボール紙を空へなげたようにすうっと軽くもちあがり、三人の少年の頭の上よりもはるかに上までとびあがった。 「やあ、あんなに上までとびあがったぞ。まるで天狗みたいだよ」 「やあ、これはおもしろい。もっととんでやれ」  ネッドはいい気になって、ぴょんととび、またぴょん、ふわふわととび、それをくりかえした。そのたびに、お尻につけている太い狸の尻尾が宙にゆれて、じつにおかしかったので、皆は火星人の大群を前にひかえている危険をさえ忘れて、腹をかかえて笑った。ネッドはますますいい気になって、ぴょんととびあがりざま、ふざけた恰好をしてみせるのであった。 「おい、ネッド。もうよせ。そして皆早く自動車に乗れよ」  河合がそういって、運転台の上から叫んだ。それでようやく他の三人も吾にかえって、自動車によじのぼった。  自動車は、再び沙漠の上を走り出した。
山木に呼ばれた時、河合はなにをしらべていたか。
山木に呼ばれた河合は、落とし穴へもぐりこんで車体をしらべていた。
JCRRAG_010604
国語
箱自動車は、沙漠の砂をけって進む。四少年は、瞳をじっと火星人の群に定めて、顔を緊張に硬くしている。  火星人の大群は、手に手に棍棒のようなものを頭上に高くふりあげて、怒濤のようにこっちへ向って押し寄せてくる。  箱自動車は、そのまん中をめがけて矢のように走って行く。 「おい、もっとスピードをゆるめた方がいいよ。でないと、火星人をひき殺してしまうかもしれないからね」  山木が、運転台に注意した。 「だめなんだ、これが一番低いスピードなんだ」 「そんなことはないだろう」 「いや、そうなんだ。火星の上では、重力が地球の場合の約三分の一しかないんだ。だから摩擦も三分の一しかないから、えらくスピードが出てしまうんだ」 「そうかね。そんなことがあるかね」  山木には、ふしぎに思えた。  そのとき河合が、あっと声をあげた。と、自動車は大きくゆれ、かたんとはげしい音をたてて停ってしまった。 「うわッ」  箱自動車の上に乗っていた張とネッドは、いきなり空中へ放り出され、あっと思う間もなくばさりと砂の中へ叩きこまれた。砂だったからよかった。もし岩であったら、頭をめちゃくちゃにくだくところだった。  火星人の群から、きゃんきゃんと、奇妙な笑声がまきおこった。  沙漠に、たくみな落し穴がこしらえてあったのだ。そうとは知らず、河合は箱自動車をすっとばして、穴の中へ落ちこんだのだ。  形勢は急に不利となった。ただ幸いなことに河合も山木も、おでこに瘤をこしらえたぐらいのことで、生命に別条はなく、一方、張もネッドも、すぐ砂の中からはい出した。  だが、皆の顔色はすっかり変っていた。頼みに思う箱自動車が穴ぼこの中に落ちてしまったのでは、これからてくてく歩くしかないのだ。それはずいぶん心細いことであった。 「どうしたらいいだろうか」 「困ったねえ」  と、張とネッドが顔を見合わせて、今にも泣き出しそうだ。 「おい河合、どうしたらいい」  山木に呼ばれた河合は、落とし穴へもぐりこんで車体をしらべていた。 「おーい、皆安心しろ。車は大丈夫だぞ」 「だって河合。車がいくら大丈夫でも、穴ぼこの中にえんこしていたんじゃ仕様がないじゃないか。役に立ちゃしないもの」 「ううん、大丈夫。皆、手を貸せよ。車をこの穴ぼこから上へひっぱりあげればいいんだよ」 「なんだって。穴ぼこから、車をひっぱりあげるって。そんなことが出来るものか。ぼくたちは子供ばかりだし、自動車は重いし、とてもだめだよ」  ネッドがそういって肩をすくめた。 「大丈夫、もちあがるよ。ぐずぐずしていないで、皆穴の中へ下りて来て、手を貸した。さあ早く、早く」  張とネッドと山木は、河合のことばを信じかねたが、しかし河合がしきりに急がせるのでしぶしぶ穴の中へ下りた。 「さあ、こっちから押すんだぞ。一チ、二イ、三ン。そら、よいしょ」 「よいしょ、おやァ……」 「よいしょ、よいしょ」  意外にも、箱自動車は動き出して、穴の斜面をゆらゆらとゆれながら上へ押しあげられて行った。やがて、ちゃんと元の沙漠へ自動車はあがった。 「変だね。この自動車はなんて軽くなったんだろう」 「それはそのわけさ。さっきもいったろう。火星の上では、地球の場合にくらべて重力は約三分の一なんだ。だからなんでも重さが三分の一に感じられるんだよ」 「へえ、そうかね」  あとの三人は目を丸くした。 「まだ信じられないんなら、ためしに大地をけって、ぴょんぴょんととびあがってごらん。びっくりするほど高くとべるから」  河合がそういったので、一番茶目助のネッドが、早速ぴょんととびあがった。  と、あらふしぎ、ネッドのからだはボール紙を空へなげたようにすうっと軽くもちあがり、三人の少年の頭の上よりもはるかに上までとびあがった。 「やあ、あんなに上までとびあがったぞ。まるで天狗みたいだよ」 「やあ、これはおもしろい。もっととんでやれ」  ネッドはいい気になって、ぴょんととび、またぴょん、ふわふわととび、それをくりかえした。そのたびに、お尻につけている太い狸の尻尾が宙にゆれて、じつにおかしかったので、皆は火星人の大群を前にひかえている危険をさえ忘れて、腹をかかえて笑った。ネッドはますますいい気になって、ぴょんととびあがりざま、ふざけた恰好をしてみせるのであった。 「おい、ネッド。もうよせ。そして皆早く自動車に乗れよ」  河合がそういって、運転台の上から叫んだ。それでようやく他の三人も吾にかえって、自動車によじのぼった。  自動車は、再び沙漠の上を走り出した。
ネッドがいい気になって、ぴょんととび、またぴょん、ふわふわととび、それをくりかえした際、皆はどのような反応をしたか。
皆は火星人の大群を前にひかえている危険をさえ忘れて、腹をかかえて笑った。
JCRRAG_010605
国語
少年たちは急に元気になったようである。どうしてそうなったのか、多分今まで一番しょげていたネッドがばかにきげんがよくなってしまったからであろう。彼は跳躍をやって、あまり身軽にとびあがれるのでうれしくなってしまったらしい。ネッドは、この自動車に積んであった電気蓄音器をかけてみようといい出した。河合もそれにさんせいしたが、電蓄がこわれていないかと心配した。ところが、やってみると器械はちゃんと廻り出して、あの愉快な「證城寺の狸ばやし」が高声器から高らかに流れ出した。 「あっ、これはいいや。皆で、自動車の上で狸踊をおどろうや」 「よし、ぼくもやるぞ」  黙りやの張も、ネッドにつられてうかれ出した。それに山木を加えて三人が、箱自動車のうえであの愉快な狸踊をはじめたのだった。そして自動車はずんずん火星人の群に近づいていった。いきり立っていた火星人の群。棒を高くふりあげながら、じわじわとつめよせて来たその大群。――それがこのとき急に足を停めた。それからふりあげられていた棍棒みたいなものが、だんだんとおろされ始めた。  そればかりではない。やがて火星人たちはからだを左右へふりはじめた。 「證城寺の狸ばやし」のリズムに調子をあわせて……。 「しめた、火星人は音楽が分るんだな」  運転台の上の河合は、とびあがりたいほどのうれしさに包まれた。彼は自動車のスピードをできるだけゆるめた。そして電蓄の増幅器のつまみをひねって、音を一段と大きくした。  自動車は遂に火星人の群の中に突入した。奇妙な顔かたちをした気味のわるい火星人たちは、もはやこっちへ襲いかかる気配は示さず、自動車の通り道をあけた。  河合は、そこで思い切って、自動車を彼らのまん中にぴったりと停めた。  火星人たちは自動車のまわりに大きい円陣を作った。彼らはますますからだを大きく左右へふって、リズムを楽しむ風であった。  そのうちに彼らは、大きな頭をふり、蛸のような手をふりかざして踊りだし、はては、くるくるとまわりだした。どうやら箱自動車の上で一所けんめい踊っている三少年の狸踊をまねているものと見える。 「これはいい。音盤を二三枚廻しているうちに、火星人はぼくたちと仲よしになるにちがいない。おーい、皆、せいを出して踊れよ」  河合は下から自動車の屋根へ、そういって声をかけた。が、これはどうも上へ聞えたらしくなかった。でも三少年は夢中で踊っている。踊っていてくれれば結構だと河合は思った。  とつぜんに音盤が停った。河合は、火星人の踊りに見とれて、音盤が終ったのも知らなかったのだ。すると火星人は踊りをぴたりとやめ、またざわざわとざわめき出し、危険なしるしが見えた。 「これはいけない」  河合はあわてて新しい音盤を掛けた。  それはベートーベンの「月光の曲」であった。この静かな曲が響きはじめると、ざわついていた火星人は、ぴたりと鳴りをしずめた。 「ふむ、やっぱり火星人は音楽好きだな」  と、河合は呟いた。  しかし火星人たちはもう踊らなかった。そして石のようにからだを硬くして、大きな目玉をこっちへじっと向け、それから奇妙な声をあげはじめた。それは名曲に魅せられてすすり泣いているように思われた。 「おーい河合。そんな音盤はやめちまえ。ベートーベンじゃ踊りようがないじゃないか」  箱自動車の上から、山木がどなった。 「もっと踊れるにぎやかな曲をやってくれ。あれ見ろ、火星人が吠えているよ。今にこっちへとびかかってくるぜ」  ネッドが下へ抗議の声を送ってきた。 「ああ、そうだったな、君たちは踊っていたんだ。今、曲をかえるよ」  河合は、また、あわてて音盤をかけかえた。手にあたったのが「越後獅子」であった。これならにぎやかなこと、まちがいなしだ。  和洋合奏のにぎやかな曲がはじまった。  すると、そのききめは、すぐ現れた。墓石のように硬くなっていた火星人群は、たちまち陽気に動きだした。手をふり足をあげ、重そうな頭を動かして、釜の中へ蝗を放りこんだように、ものすごく活発な踊りを始めた。 「おーい、その曲はだめだい」  上から山木がどなった。 「だってにぎやかでいいじゃないか」 「いや、だめだい。にぎやかすぎて、踊の方がついて行けないよ。かわいそうに、ネッドなんかまじめに踊っているもんだから、足がふらふらしているよ」 「困ったねえ。『證城寺』をやるか」 「うん、それよりは軽快なワルツでもやるんだね。そして火星人が少しおちついたところを見計って、外交交渉を始めるんだね。もういい頃合だと思うよ」 「なるほど、それでは何がいいかな。そうだ、『ドナウ河の漣』を掛けよう」  高声器から「ドナウ河の漣」の軽快なリズムが響きはじめると、火星人たちは一せいにしずかになった。そして次第にからだを左右にゆすって、波の寄せるような運動をくりかえすのだった。  山木が下りて来た。そのあとから張とネッドが下りて来た。 「じゃあ三人で行ってみるかね。君はここにいて、音楽をつづけてくれたまえ」  山木は河合にそういった。 「大丈夫かい。まだ早いんじゃないか」 「いや、今が頃合いだ」  自信があるらしく山木はそういって、張とネッドをさしまねくと、大胆にも砂の上をぱたぱたと踏んで、火星人の群へ近づいていった。三人とも、例の大きな円い兜をかぶり、空気服のお尻には太い尻尾をぶらさげて……。  さあどうなるであろうか。  果して火星人の群は、山木たちを素直に迎えてくれるであろうか。それとも一撃のもとに、頭を叩き割られてしまうだろうか。河合は音盤の番をしながら、友の後姿と火星人の様子とを見くらべるのに忙しかった。
ネッドが、この自動車に積んであった電気蓄音器をかけてみようといい出した際、河合はどのような反応をしたか。
河合もそれにさんせいしたが、電蓄がこわれていないかと心配した。
JCRRAG_010606
国語
少年たちは急に元気になったようである。どうしてそうなったのか、多分今まで一番しょげていたネッドがばかにきげんがよくなってしまったからであろう。彼は跳躍をやって、あまり身軽にとびあがれるのでうれしくなってしまったらしい。ネッドは、この自動車に積んであった電気蓄音器をかけてみようといい出した。河合もそれにさんせいしたが、電蓄がこわれていないかと心配した。ところが、やってみると器械はちゃんと廻り出して、あの愉快な「證城寺の狸ばやし」が高声器から高らかに流れ出した。 「あっ、これはいいや。皆で、自動車の上で狸踊をおどろうや」 「よし、ぼくもやるぞ」  黙りやの張も、ネッドにつられてうかれ出した。それに山木を加えて三人が、箱自動車のうえであの愉快な狸踊をはじめたのだった。そして自動車はずんずん火星人の群に近づいていった。いきり立っていた火星人の群。棒を高くふりあげながら、じわじわとつめよせて来たその大群。――それがこのとき急に足を停めた。それからふりあげられていた棍棒みたいなものが、だんだんとおろされ始めた。  そればかりではない。やがて火星人たちはからだを左右へふりはじめた。 「證城寺の狸ばやし」のリズムに調子をあわせて……。 「しめた、火星人は音楽が分るんだな」  運転台の上の河合は、とびあがりたいほどのうれしさに包まれた。彼は自動車のスピードをできるだけゆるめた。そして電蓄の増幅器のつまみをひねって、音を一段と大きくした。  自動車は遂に火星人の群の中に突入した。奇妙な顔かたちをした気味のわるい火星人たちは、もはやこっちへ襲いかかる気配は示さず、自動車の通り道をあけた。  河合は、そこで思い切って、自動車を彼らのまん中にぴったりと停めた。  火星人たちは自動車のまわりに大きい円陣を作った。彼らはますますからだを大きく左右へふって、リズムを楽しむ風であった。  そのうちに彼らは、大きな頭をふり、蛸のような手をふりかざして踊りだし、はては、くるくるとまわりだした。どうやら箱自動車の上で一所けんめい踊っている三少年の狸踊をまねているものと見える。 「これはいい。音盤を二三枚廻しているうちに、火星人はぼくたちと仲よしになるにちがいない。おーい、皆、せいを出して踊れよ」  河合は下から自動車の屋根へ、そういって声をかけた。が、これはどうも上へ聞えたらしくなかった。でも三少年は夢中で踊っている。踊っていてくれれば結構だと河合は思った。  とつぜんに音盤が停った。河合は、火星人の踊りに見とれて、音盤が終ったのも知らなかったのだ。すると火星人は踊りをぴたりとやめ、またざわざわとざわめき出し、危険なしるしが見えた。 「これはいけない」  河合はあわてて新しい音盤を掛けた。  それはベートーベンの「月光の曲」であった。この静かな曲が響きはじめると、ざわついていた火星人は、ぴたりと鳴りをしずめた。 「ふむ、やっぱり火星人は音楽好きだな」  と、河合は呟いた。  しかし火星人たちはもう踊らなかった。そして石のようにからだを硬くして、大きな目玉をこっちへじっと向け、それから奇妙な声をあげはじめた。それは名曲に魅せられてすすり泣いているように思われた。 「おーい河合。そんな音盤はやめちまえ。ベートーベンじゃ踊りようがないじゃないか」  箱自動車の上から、山木がどなった。 「もっと踊れるにぎやかな曲をやってくれ。あれ見ろ、火星人が吠えているよ。今にこっちへとびかかってくるぜ」  ネッドが下へ抗議の声を送ってきた。 「ああ、そうだったな、君たちは踊っていたんだ。今、曲をかえるよ」  河合は、また、あわてて音盤をかけかえた。手にあたったのが「越後獅子」であった。これならにぎやかなこと、まちがいなしだ。  和洋合奏のにぎやかな曲がはじまった。  すると、そのききめは、すぐ現れた。墓石のように硬くなっていた火星人群は、たちまち陽気に動きだした。手をふり足をあげ、重そうな頭を動かして、釜の中へ蝗を放りこんだように、ものすごく活発な踊りを始めた。 「おーい、その曲はだめだい」  上から山木がどなった。 「だってにぎやかでいいじゃないか」 「いや、だめだい。にぎやかすぎて、踊の方がついて行けないよ。かわいそうに、ネッドなんかまじめに踊っているもんだから、足がふらふらしているよ」 「困ったねえ。『證城寺』をやるか」 「うん、それよりは軽快なワルツでもやるんだね。そして火星人が少しおちついたところを見計って、外交交渉を始めるんだね。もういい頃合だと思うよ」 「なるほど、それでは何がいいかな。そうだ、『ドナウ河の漣』を掛けよう」  高声器から「ドナウ河の漣」の軽快なリズムが響きはじめると、火星人たちは一せいにしずかになった。そして次第にからだを左右にゆすって、波の寄せるような運動をくりかえすのだった。  山木が下りて来た。そのあとから張とネッドが下りて来た。 「じゃあ三人で行ってみるかね。君はここにいて、音楽をつづけてくれたまえ」  山木は河合にそういった。 「大丈夫かい。まだ早いんじゃないか」 「いや、今が頃合いだ」  自信があるらしく山木はそういって、張とネッドをさしまねくと、大胆にも砂の上をぱたぱたと踏んで、火星人の群へ近づいていった。三人とも、例の大きな円い兜をかぶり、空気服のお尻には太い尻尾をぶらさげて……。  さあどうなるであろうか。  果して火星人の群は、山木たちを素直に迎えてくれるであろうか。それとも一撃のもとに、頭を叩き割られてしまうだろうか。河合は音盤の番をしながら、友の後姿と火星人の様子とを見くらべるのに忙しかった。
自動車はどのように火星人の群に近づいていったか。
自動車はずんずん火星人の群に近づいていった。
JCRRAG_010607
国語
少年たちは急に元気になったようである。どうしてそうなったのか、多分今まで一番しょげていたネッドがばかにきげんがよくなってしまったからであろう。彼は跳躍をやって、あまり身軽にとびあがれるのでうれしくなってしまったらしい。ネッドは、この自動車に積んであった電気蓄音器をかけてみようといい出した。河合もそれにさんせいしたが、電蓄がこわれていないかと心配した。ところが、やってみると器械はちゃんと廻り出して、あの愉快な「證城寺の狸ばやし」が高声器から高らかに流れ出した。 「あっ、これはいいや。皆で、自動車の上で狸踊をおどろうや」 「よし、ぼくもやるぞ」  黙りやの張も、ネッドにつられてうかれ出した。それに山木を加えて三人が、箱自動車のうえであの愉快な狸踊をはじめたのだった。そして自動車はずんずん火星人の群に近づいていった。いきり立っていた火星人の群。棒を高くふりあげながら、じわじわとつめよせて来たその大群。――それがこのとき急に足を停めた。それからふりあげられていた棍棒みたいなものが、だんだんとおろされ始めた。  そればかりではない。やがて火星人たちはからだを左右へふりはじめた。 「證城寺の狸ばやし」のリズムに調子をあわせて……。 「しめた、火星人は音楽が分るんだな」  運転台の上の河合は、とびあがりたいほどのうれしさに包まれた。彼は自動車のスピードをできるだけゆるめた。そして電蓄の増幅器のつまみをひねって、音を一段と大きくした。  自動車は遂に火星人の群の中に突入した。奇妙な顔かたちをした気味のわるい火星人たちは、もはやこっちへ襲いかかる気配は示さず、自動車の通り道をあけた。  河合は、そこで思い切って、自動車を彼らのまん中にぴったりと停めた。  火星人たちは自動車のまわりに大きい円陣を作った。彼らはますますからだを大きく左右へふって、リズムを楽しむ風であった。  そのうちに彼らは、大きな頭をふり、蛸のような手をふりかざして踊りだし、はては、くるくるとまわりだした。どうやら箱自動車の上で一所けんめい踊っている三少年の狸踊をまねているものと見える。 「これはいい。音盤を二三枚廻しているうちに、火星人はぼくたちと仲よしになるにちがいない。おーい、皆、せいを出して踊れよ」  河合は下から自動車の屋根へ、そういって声をかけた。が、これはどうも上へ聞えたらしくなかった。でも三少年は夢中で踊っている。踊っていてくれれば結構だと河合は思った。  とつぜんに音盤が停った。河合は、火星人の踊りに見とれて、音盤が終ったのも知らなかったのだ。すると火星人は踊りをぴたりとやめ、またざわざわとざわめき出し、危険なしるしが見えた。 「これはいけない」  河合はあわてて新しい音盤を掛けた。  それはベートーベンの「月光の曲」であった。この静かな曲が響きはじめると、ざわついていた火星人は、ぴたりと鳴りをしずめた。 「ふむ、やっぱり火星人は音楽好きだな」  と、河合は呟いた。  しかし火星人たちはもう踊らなかった。そして石のようにからだを硬くして、大きな目玉をこっちへじっと向け、それから奇妙な声をあげはじめた。それは名曲に魅せられてすすり泣いているように思われた。 「おーい河合。そんな音盤はやめちまえ。ベートーベンじゃ踊りようがないじゃないか」  箱自動車の上から、山木がどなった。 「もっと踊れるにぎやかな曲をやってくれ。あれ見ろ、火星人が吠えているよ。今にこっちへとびかかってくるぜ」  ネッドが下へ抗議の声を送ってきた。 「ああ、そうだったな、君たちは踊っていたんだ。今、曲をかえるよ」  河合は、また、あわてて音盤をかけかえた。手にあたったのが「越後獅子」であった。これならにぎやかなこと、まちがいなしだ。  和洋合奏のにぎやかな曲がはじまった。  すると、そのききめは、すぐ現れた。墓石のように硬くなっていた火星人群は、たちまち陽気に動きだした。手をふり足をあげ、重そうな頭を動かして、釜の中へ蝗を放りこんだように、ものすごく活発な踊りを始めた。 「おーい、その曲はだめだい」  上から山木がどなった。 「だってにぎやかでいいじゃないか」 「いや、だめだい。にぎやかすぎて、踊の方がついて行けないよ。かわいそうに、ネッドなんかまじめに踊っているもんだから、足がふらふらしているよ」 「困ったねえ。『證城寺』をやるか」 「うん、それよりは軽快なワルツでもやるんだね。そして火星人が少しおちついたところを見計って、外交交渉を始めるんだね。もういい頃合だと思うよ」 「なるほど、それでは何がいいかな。そうだ、『ドナウ河の漣』を掛けよう」  高声器から「ドナウ河の漣」の軽快なリズムが響きはじめると、火星人たちは一せいにしずかになった。そして次第にからだを左右にゆすって、波の寄せるような運動をくりかえすのだった。  山木が下りて来た。そのあとから張とネッドが下りて来た。 「じゃあ三人で行ってみるかね。君はここにいて、音楽をつづけてくれたまえ」  山木は河合にそういった。 「大丈夫かい。まだ早いんじゃないか」 「いや、今が頃合いだ」  自信があるらしく山木はそういって、張とネッドをさしまねくと、大胆にも砂の上をぱたぱたと踏んで、火星人の群へ近づいていった。三人とも、例の大きな円い兜をかぶり、空気服のお尻には太い尻尾をぶらさげて……。  さあどうなるであろうか。  果して火星人の群は、山木たちを素直に迎えてくれるであろうか。それとも一撃のもとに、頭を叩き割られてしまうだろうか。河合は音盤の番をしながら、友の後姿と火星人の様子とを見くらべるのに忙しかった。
高声器から「ドナウ河の漣」の軽快なリズムが響きはじめると、火星人たちはどうなったか。
高声器から「ドナウ河の漣」の軽快なリズムが響きはじめると、火星人たちは一せいにしずかになった。
JCRRAG_010608
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少年たちは急に元気になったようである。どうしてそうなったのか、多分今まで一番しょげていたネッドがばかにきげんがよくなってしまったからであろう。彼は跳躍をやって、あまり身軽にとびあがれるのでうれしくなってしまったらしい。ネッドは、この自動車に積んであった電気蓄音器をかけてみようといい出した。河合もそれにさんせいしたが、電蓄がこわれていないかと心配した。ところが、やってみると器械はちゃんと廻り出して、あの愉快な「證城寺の狸ばやし」が高声器から高らかに流れ出した。 「あっ、これはいいや。皆で、自動車の上で狸踊をおどろうや」 「よし、ぼくもやるぞ」  黙りやの張も、ネッドにつられてうかれ出した。それに山木を加えて三人が、箱自動車のうえであの愉快な狸踊をはじめたのだった。そして自動車はずんずん火星人の群に近づいていった。いきり立っていた火星人の群。棒を高くふりあげながら、じわじわとつめよせて来たその大群。――それがこのとき急に足を停めた。それからふりあげられていた棍棒みたいなものが、だんだんとおろされ始めた。  そればかりではない。やがて火星人たちはからだを左右へふりはじめた。 「證城寺の狸ばやし」のリズムに調子をあわせて……。 「しめた、火星人は音楽が分るんだな」  運転台の上の河合は、とびあがりたいほどのうれしさに包まれた。彼は自動車のスピードをできるだけゆるめた。そして電蓄の増幅器のつまみをひねって、音を一段と大きくした。  自動車は遂に火星人の群の中に突入した。奇妙な顔かたちをした気味のわるい火星人たちは、もはやこっちへ襲いかかる気配は示さず、自動車の通り道をあけた。  河合は、そこで思い切って、自動車を彼らのまん中にぴったりと停めた。  火星人たちは自動車のまわりに大きい円陣を作った。彼らはますますからだを大きく左右へふって、リズムを楽しむ風であった。  そのうちに彼らは、大きな頭をふり、蛸のような手をふりかざして踊りだし、はては、くるくるとまわりだした。どうやら箱自動車の上で一所けんめい踊っている三少年の狸踊をまねているものと見える。 「これはいい。音盤を二三枚廻しているうちに、火星人はぼくたちと仲よしになるにちがいない。おーい、皆、せいを出して踊れよ」  河合は下から自動車の屋根へ、そういって声をかけた。が、これはどうも上へ聞えたらしくなかった。でも三少年は夢中で踊っている。踊っていてくれれば結構だと河合は思った。  とつぜんに音盤が停った。河合は、火星人の踊りに見とれて、音盤が終ったのも知らなかったのだ。すると火星人は踊りをぴたりとやめ、またざわざわとざわめき出し、危険なしるしが見えた。 「これはいけない」  河合はあわてて新しい音盤を掛けた。  それはベートーベンの「月光の曲」であった。この静かな曲が響きはじめると、ざわついていた火星人は、ぴたりと鳴りをしずめた。 「ふむ、やっぱり火星人は音楽好きだな」  と、河合は呟いた。  しかし火星人たちはもう踊らなかった。そして石のようにからだを硬くして、大きな目玉をこっちへじっと向け、それから奇妙な声をあげはじめた。それは名曲に魅せられてすすり泣いているように思われた。 「おーい河合。そんな音盤はやめちまえ。ベートーベンじゃ踊りようがないじゃないか」  箱自動車の上から、山木がどなった。 「もっと踊れるにぎやかな曲をやってくれ。あれ見ろ、火星人が吠えているよ。今にこっちへとびかかってくるぜ」  ネッドが下へ抗議の声を送ってきた。 「ああ、そうだったな、君たちは踊っていたんだ。今、曲をかえるよ」  河合は、また、あわてて音盤をかけかえた。手にあたったのが「越後獅子」であった。これならにぎやかなこと、まちがいなしだ。  和洋合奏のにぎやかな曲がはじまった。  すると、そのききめは、すぐ現れた。墓石のように硬くなっていた火星人群は、たちまち陽気に動きだした。手をふり足をあげ、重そうな頭を動かして、釜の中へ蝗を放りこんだように、ものすごく活発な踊りを始めた。 「おーい、その曲はだめだい」  上から山木がどなった。 「だってにぎやかでいいじゃないか」 「いや、だめだい。にぎやかすぎて、踊の方がついて行けないよ。かわいそうに、ネッドなんかまじめに踊っているもんだから、足がふらふらしているよ」 「困ったねえ。『證城寺』をやるか」 「うん、それよりは軽快なワルツでもやるんだね。そして火星人が少しおちついたところを見計って、外交交渉を始めるんだね。もういい頃合だと思うよ」 「なるほど、それでは何がいいかな。そうだ、『ドナウ河の漣』を掛けよう」  高声器から「ドナウ河の漣」の軽快なリズムが響きはじめると、火星人たちは一せいにしずかになった。そして次第にからだを左右にゆすって、波の寄せるような運動をくりかえすのだった。  山木が下りて来た。そのあとから張とネッドが下りて来た。 「じゃあ三人で行ってみるかね。君はここにいて、音楽をつづけてくれたまえ」  山木は河合にそういった。 「大丈夫かい。まだ早いんじゃないか」 「いや、今が頃合いだ」  自信があるらしく山木はそういって、張とネッドをさしまねくと、大胆にも砂の上をぱたぱたと踏んで、火星人の群へ近づいていった。三人とも、例の大きな円い兜をかぶり、空気服のお尻には太い尻尾をぶらさげて……。  さあどうなるであろうか。  果して火星人の群は、山木たちを素直に迎えてくれるであろうか。それとも一撃のもとに、頭を叩き割られてしまうだろうか。河合は音盤の番をしながら、友の後姿と火星人の様子とを見くらべるのに忙しかった。
ベートーベンの「月光の曲」が響きはじめると、火星人はどうなったか。
ベートーベンの「月光の曲」が響きはじめると、ざわついていた火星人は、ぴたりと鳴りをしずめた。
JCRRAG_010609
国語
少年たちは急に元気になったようである。どうしてそうなったのか、多分今まで一番しょげていたネッドがばかにきげんがよくなってしまったからであろう。彼は跳躍をやって、あまり身軽にとびあがれるのでうれしくなってしまったらしい。ネッドは、この自動車に積んであった電気蓄音器をかけてみようといい出した。河合もそれにさんせいしたが、電蓄がこわれていないかと心配した。ところが、やってみると器械はちゃんと廻り出して、あの愉快な「證城寺の狸ばやし」が高声器から高らかに流れ出した。 「あっ、これはいいや。皆で、自動車の上で狸踊をおどろうや」 「よし、ぼくもやるぞ」  黙りやの張も、ネッドにつられてうかれ出した。それに山木を加えて三人が、箱自動車のうえであの愉快な狸踊をはじめたのだった。そして自動車はずんずん火星人の群に近づいていった。いきり立っていた火星人の群。棒を高くふりあげながら、じわじわとつめよせて来たその大群。――それがこのとき急に足を停めた。それからふりあげられていた棍棒みたいなものが、だんだんとおろされ始めた。  そればかりではない。やがて火星人たちはからだを左右へふりはじめた。 「證城寺の狸ばやし」のリズムに調子をあわせて……。 「しめた、火星人は音楽が分るんだな」  運転台の上の河合は、とびあがりたいほどのうれしさに包まれた。彼は自動車のスピードをできるだけゆるめた。そして電蓄の増幅器のつまみをひねって、音を一段と大きくした。  自動車は遂に火星人の群の中に突入した。奇妙な顔かたちをした気味のわるい火星人たちは、もはやこっちへ襲いかかる気配は示さず、自動車の通り道をあけた。  河合は、そこで思い切って、自動車を彼らのまん中にぴったりと停めた。  火星人たちは自動車のまわりに大きい円陣を作った。彼らはますますからだを大きく左右へふって、リズムを楽しむ風であった。  そのうちに彼らは、大きな頭をふり、蛸のような手をふりかざして踊りだし、はては、くるくるとまわりだした。どうやら箱自動車の上で一所けんめい踊っている三少年の狸踊をまねているものと見える。 「これはいい。音盤を二三枚廻しているうちに、火星人はぼくたちと仲よしになるにちがいない。おーい、皆、せいを出して踊れよ」  河合は下から自動車の屋根へ、そういって声をかけた。が、これはどうも上へ聞えたらしくなかった。でも三少年は夢中で踊っている。踊っていてくれれば結構だと河合は思った。  とつぜんに音盤が停った。河合は、火星人の踊りに見とれて、音盤が終ったのも知らなかったのだ。すると火星人は踊りをぴたりとやめ、またざわざわとざわめき出し、危険なしるしが見えた。 「これはいけない」  河合はあわてて新しい音盤を掛けた。  それはベートーベンの「月光の曲」であった。この静かな曲が響きはじめると、ざわついていた火星人は、ぴたりと鳴りをしずめた。 「ふむ、やっぱり火星人は音楽好きだな」  と、河合は呟いた。  しかし火星人たちはもう踊らなかった。そして石のようにからだを硬くして、大きな目玉をこっちへじっと向け、それから奇妙な声をあげはじめた。それは名曲に魅せられてすすり泣いているように思われた。 「おーい河合。そんな音盤はやめちまえ。ベートーベンじゃ踊りようがないじゃないか」  箱自動車の上から、山木がどなった。 「もっと踊れるにぎやかな曲をやってくれ。あれ見ろ、火星人が吠えているよ。今にこっちへとびかかってくるぜ」  ネッドが下へ抗議の声を送ってきた。 「ああ、そうだったな、君たちは踊っていたんだ。今、曲をかえるよ」  河合は、また、あわてて音盤をかけかえた。手にあたったのが「越後獅子」であった。これならにぎやかなこと、まちがいなしだ。  和洋合奏のにぎやかな曲がはじまった。  すると、そのききめは、すぐ現れた。墓石のように硬くなっていた火星人群は、たちまち陽気に動きだした。手をふり足をあげ、重そうな頭を動かして、釜の中へ蝗を放りこんだように、ものすごく活発な踊りを始めた。 「おーい、その曲はだめだい」  上から山木がどなった。 「だってにぎやかでいいじゃないか」 「いや、だめだい。にぎやかすぎて、踊の方がついて行けないよ。かわいそうに、ネッドなんかまじめに踊っているもんだから、足がふらふらしているよ」 「困ったねえ。『證城寺』をやるか」 「うん、それよりは軽快なワルツでもやるんだね。そして火星人が少しおちついたところを見計って、外交交渉を始めるんだね。もういい頃合だと思うよ」 「なるほど、それでは何がいいかな。そうだ、『ドナウ河の漣』を掛けよう」  高声器から「ドナウ河の漣」の軽快なリズムが響きはじめると、火星人たちは一せいにしずかになった。そして次第にからだを左右にゆすって、波の寄せるような運動をくりかえすのだった。  山木が下りて来た。そのあとから張とネッドが下りて来た。 「じゃあ三人で行ってみるかね。君はここにいて、音楽をつづけてくれたまえ」  山木は河合にそういった。 「大丈夫かい。まだ早いんじゃないか」 「いや、今が頃合いだ」  自信があるらしく山木はそういって、張とネッドをさしまねくと、大胆にも砂の上をぱたぱたと踏んで、火星人の群へ近づいていった。三人とも、例の大きな円い兜をかぶり、空気服のお尻には太い尻尾をぶらさげて……。  さあどうなるであろうか。  果して火星人の群は、山木たちを素直に迎えてくれるであろうか。それとも一撃のもとに、頭を叩き割られてしまうだろうか。河合は音盤の番をしながら、友の後姿と火星人の様子とを見くらべるのに忙しかった。
「越後獅子」というにぎやかな曲がはじまると、火星人はどうなったか。
墓石のように硬くなっていた火星人群は、たちまち陽気に動きだした。
JCRRAG_010610
国語
三人の少年大使は、やがて進めるだけ進んで、火星人の群の前に立ち停まった。  あとで山木の語った感想によると、彼はあまり異様な火星人をたくさん目の前に見たので、頭が変になり、気を失いかけたそうである。  張の感想によると、彼は火星人の身体つきを見て、これはスープで丸煮にして喰べたら、さぞうまいだろうと思ったそうである。  ネッドはどんなことを考えたか。何とかして火星人をひとり土産にして地球へ連れてかえり、見世物にしたら、さぞお金が儲かることだろうと思ったそうだ。  それはさておき、山木はここで火星人に対し一つ敬礼をして親愛の情を示したいものだが、さてどんなかたちをして見せれば、火星人たちはそれを敬礼だと受取ってくれるだろうかと思いなやんだ。  が、いつまでも思いなやんではいられなかった。そこで彼は、思い切って両手を胸の上に組合わせ、上体を前にまげ、そしてアメリカ語でいった。 「火星の諸君、こんにちわ。ごきげん如何ですか。ぼくたちは地球からはるばる来ました」  山木がしゃべっている間、張もネッドも、山木と同じようなかたちをして、あいさつをした。  すると、とつぜん火星人の中から奇妙な声があがった。 「ようこそ来てくれましたね。地球の諸君。お目にかかって、たいへんにうれしいです」  たいへん流暢なアメリカ語であった。 「おお、ありがとう、ありがとう」  山木はびっくりとうれしさとで、両手を前へのばして感謝の意をあらわした。だが半信半疑であった。どうして火星人は地球のことばを知り、そしてそれを話すことができるのであろうかと。  そのとき、火星人の群が、三少年の前で左右に割れた。と、奥からも七人の火星人が、こっちへ進んで来た。見るとその火星人たちは大きな頭の下、つまり首に相当するところに太いマフラーのようなものを巻いていた。一番先頭の者は、白いマフラーを巻き、その他は緑、黄、紫などのものを巻いていた。どうやらこの白いマフラーの火星人が、えらい人物のように見受けられた。 「おもしろい音楽、おもしろい踊り。それをわれわれの目の前で聞かせたり見せたりして下すって、たいへん愉快でした。みんなよろこんでいますよ」  と、白いマフラーの火星人はいいながら、山木たちの前まで来て立ち停り、鞭のような手の一本を前にさしだした。  それは握手をもとめているらしく思われたので山木はちょっと気味がわるかったが、思い切って自分の手をさしのばすと、ぐっと相手の手をつかんでふった。その手ざわりは、かなり冷めたかったが、それでも体温のあることが分った。 「地球のことばを話して下さるので、たいへんよく分ります。そしてうれしいです。ぼくは山木という者です。どうぞよろしく」 「やあ、よくそういって下すって、私もうれしいです。私はギネといって、このミカサ集団の代表者をつとめている者、どうぞよろしく」  白いマフラーを首に巻いた火星人ギネは、そういって、ていねいにあいさつをした。  山木はいよいようれしくなって、張とネッドを紹介すれば、ギネも、そのうしろにひかえた六人の職能代表者を紹介した。  一同の間には、親しい気分が流れた。 「ああ、ギネさんとおっしゃいましたね」  山木が呼んだ。 「はい、私はギネです」  白いマフラーのミカサ代表者はこたえた。 「ええ、その……つまり、さきほどはたいへん失礼しました。気持のわるい瓦斯をふきだして皆さんを苦しめ、ぼくたちも火星へついたばかりであわてていましたし、そこへ見なれない皆さんがたが押しよせてこられたので、これはたいへんだとちょっと誤解したのです」 「いや、あんなことは大したことではありませんよ。こっちも、じつは誤解をしてさわぎだした者があったのです。とにかく、あっちへ来ていただいて、ゆっくりお話をうけたまわりましょう。また、おもしろい音楽などをたくさん聞かせて下さい」 「はいはい、承知しました」 「が、その前にちょっと伺っておきますが、あなたがたは、いったい何の目的で、私どものところへ来られたのですか」  ギネは、とつぜん重大な質問を発した。  山木はぎくんとした。しかしここでうろたえては一大事と、気をしずめて、 「ああ、そのことですか。われわれ地球の者は、じつは何千年も前から、この火星の存在を知っていたのです。しかも火星にはたしかに生物――つまりあなたがたのような方がすんでいるにちがいないと考えまして、早くおちかづきになりたいと思っていたのです。しかし宇宙をとんで来るのはなかなか容易なことではなく、ようやくデニー博士の宇宙艇が完成したので、こんどやって来たようなわけであります」 「ふん。私たちを見たいためだったのですか。それだけですか。外に目的はないのですか」  ギネのことばは、さっきとはすこし変り、なんだか疑いをふくんでいるように思われた。 「くわしいことは、いずれ後からデニー博士がおはなしすると思います。とにかく火星を訪れたという目的は、地球に一番近い火星人と手をとりあい、火星にないものは地球から送り、またお互いに一層幸福になりたいという考えで、われわれはこっちへ来たのです」 「なるほど。共存共栄ですね。それは結構です。われわれは皆、互いに力になり合わなければなりません。――しかし、あなたがたの来られた目的は、たしかにそれだけでしょうかねえ」  ギネは、大きな目をぐるぐるっと動かして、しつこく尋ねた。ギネのうしろにいた他の六名の代表者も、身構えらしい恰好になって、山木が何と答えるかと、注意をするどく集めている様子だ。  山木は、遂にちょっと気をのまれて、すぐには答えられなくなった。 「いや山木さん。じつは私どもは、地球の人たちについて警戒せよとの一つの忠告を受取っているのです。お答えによってはわれわれは重大なる決心をしなければなりません」  そのことばと共に、七人の火星人の代表者は三少年のまわりをぐるっと取巻いた。  はじめの調子の良さにくらべて、途中から険悪さを加えてのこの窮迫である。少年大使の運命はどうなることか。
帳は火星人の身体つきを見てなにを思ったか。
張は火星人の身体つきを見て、これはスープで丸煮にして喰べたら、さぞうまいだろうと思った。
JCRRAG_010611
国語
三人の少年大使は、やがて進めるだけ進んで、火星人の群の前に立ち停まった。  あとで山木の語った感想によると、彼はあまり異様な火星人をたくさん目の前に見たので、頭が変になり、気を失いかけたそうである。  張の感想によると、彼は火星人の身体つきを見て、これはスープで丸煮にして喰べたら、さぞうまいだろうと思ったそうである。  ネッドはどんなことを考えたか。何とかして火星人をひとり土産にして地球へ連れてかえり、見世物にしたら、さぞお金が儲かることだろうと思ったそうだ。  それはさておき、山木はここで火星人に対し一つ敬礼をして親愛の情を示したいものだが、さてどんなかたちをして見せれば、火星人たちはそれを敬礼だと受取ってくれるだろうかと思いなやんだ。  が、いつまでも思いなやんではいられなかった。そこで彼は、思い切って両手を胸の上に組合わせ、上体を前にまげ、そしてアメリカ語でいった。 「火星の諸君、こんにちわ。ごきげん如何ですか。ぼくたちは地球からはるばる来ました」  山木がしゃべっている間、張もネッドも、山木と同じようなかたちをして、あいさつをした。  すると、とつぜん火星人の中から奇妙な声があがった。 「ようこそ来てくれましたね。地球の諸君。お目にかかって、たいへんにうれしいです」  たいへん流暢なアメリカ語であった。 「おお、ありがとう、ありがとう」  山木はびっくりとうれしさとで、両手を前へのばして感謝の意をあらわした。だが半信半疑であった。どうして火星人は地球のことばを知り、そしてそれを話すことができるのであろうかと。  そのとき、火星人の群が、三少年の前で左右に割れた。と、奥からも七人の火星人が、こっちへ進んで来た。見るとその火星人たちは大きな頭の下、つまり首に相当するところに太いマフラーのようなものを巻いていた。一番先頭の者は、白いマフラーを巻き、その他は緑、黄、紫などのものを巻いていた。どうやらこの白いマフラーの火星人が、えらい人物のように見受けられた。 「おもしろい音楽、おもしろい踊り。それをわれわれの目の前で聞かせたり見せたりして下すって、たいへん愉快でした。みんなよろこんでいますよ」  と、白いマフラーの火星人はいいながら、山木たちの前まで来て立ち停り、鞭のような手の一本を前にさしだした。  それは握手をもとめているらしく思われたので山木はちょっと気味がわるかったが、思い切って自分の手をさしのばすと、ぐっと相手の手をつかんでふった。その手ざわりは、かなり冷めたかったが、それでも体温のあることが分った。 「地球のことばを話して下さるので、たいへんよく分ります。そしてうれしいです。ぼくは山木という者です。どうぞよろしく」 「やあ、よくそういって下すって、私もうれしいです。私はギネといって、このミカサ集団の代表者をつとめている者、どうぞよろしく」  白いマフラーを首に巻いた火星人ギネは、そういって、ていねいにあいさつをした。  山木はいよいようれしくなって、張とネッドを紹介すれば、ギネも、そのうしろにひかえた六人の職能代表者を紹介した。  一同の間には、親しい気分が流れた。 「ああ、ギネさんとおっしゃいましたね」  山木が呼んだ。 「はい、私はギネです」  白いマフラーのミカサ代表者はこたえた。 「ええ、その……つまり、さきほどはたいへん失礼しました。気持のわるい瓦斯をふきだして皆さんを苦しめ、ぼくたちも火星へついたばかりであわてていましたし、そこへ見なれない皆さんがたが押しよせてこられたので、これはたいへんだとちょっと誤解したのです」 「いや、あんなことは大したことではありませんよ。こっちも、じつは誤解をしてさわぎだした者があったのです。とにかく、あっちへ来ていただいて、ゆっくりお話をうけたまわりましょう。また、おもしろい音楽などをたくさん聞かせて下さい」 「はいはい、承知しました」 「が、その前にちょっと伺っておきますが、あなたがたは、いったい何の目的で、私どものところへ来られたのですか」  ギネは、とつぜん重大な質問を発した。  山木はぎくんとした。しかしここでうろたえては一大事と、気をしずめて、 「ああ、そのことですか。われわれ地球の者は、じつは何千年も前から、この火星の存在を知っていたのです。しかも火星にはたしかに生物――つまりあなたがたのような方がすんでいるにちがいないと考えまして、早くおちかづきになりたいと思っていたのです。しかし宇宙をとんで来るのはなかなか容易なことではなく、ようやくデニー博士の宇宙艇が完成したので、こんどやって来たようなわけであります」 「ふん。私たちを見たいためだったのですか。それだけですか。外に目的はないのですか」  ギネのことばは、さっきとはすこし変り、なんだか疑いをふくんでいるように思われた。 「くわしいことは、いずれ後からデニー博士がおはなしすると思います。とにかく火星を訪れたという目的は、地球に一番近い火星人と手をとりあい、火星にないものは地球から送り、またお互いに一層幸福になりたいという考えで、われわれはこっちへ来たのです」 「なるほど。共存共栄ですね。それは結構です。われわれは皆、互いに力になり合わなければなりません。――しかし、あなたがたの来られた目的は、たしかにそれだけでしょうかねえ」  ギネは、大きな目をぐるぐるっと動かして、しつこく尋ねた。ギネのうしろにいた他の六名の代表者も、身構えらしい恰好になって、山木が何と答えるかと、注意をするどく集めている様子だ。  山木は、遂にちょっと気をのまれて、すぐには答えられなくなった。 「いや山木さん。じつは私どもは、地球の人たちについて警戒せよとの一つの忠告を受取っているのです。お答えによってはわれわれは重大なる決心をしなければなりません」  そのことばと共に、七人の火星人の代表者は三少年のまわりをぐるっと取巻いた。  はじめの調子の良さにくらべて、途中から険悪さを加えてのこの窮迫である。少年大使の運命はどうなることか。
火星人たちは首に相当するところになにを巻いていたか。
その火星人たちは大きな頭の下、つまり首に相当するところに太いマフラーのようなものを巻いていた。
JCRRAG_010612
国語
三人の少年大使は、やがて進めるだけ進んで、火星人の群の前に立ち停まった。  あとで山木の語った感想によると、彼はあまり異様な火星人をたくさん目の前に見たので、頭が変になり、気を失いかけたそうである。  張の感想によると、彼は火星人の身体つきを見て、これはスープで丸煮にして喰べたら、さぞうまいだろうと思ったそうである。  ネッドはどんなことを考えたか。何とかして火星人をひとり土産にして地球へ連れてかえり、見世物にしたら、さぞお金が儲かることだろうと思ったそうだ。  それはさておき、山木はここで火星人に対し一つ敬礼をして親愛の情を示したいものだが、さてどんなかたちをして見せれば、火星人たちはそれを敬礼だと受取ってくれるだろうかと思いなやんだ。  が、いつまでも思いなやんではいられなかった。そこで彼は、思い切って両手を胸の上に組合わせ、上体を前にまげ、そしてアメリカ語でいった。 「火星の諸君、こんにちわ。ごきげん如何ですか。ぼくたちは地球からはるばる来ました」  山木がしゃべっている間、張もネッドも、山木と同じようなかたちをして、あいさつをした。  すると、とつぜん火星人の中から奇妙な声があがった。 「ようこそ来てくれましたね。地球の諸君。お目にかかって、たいへんにうれしいです」  たいへん流暢なアメリカ語であった。 「おお、ありがとう、ありがとう」  山木はびっくりとうれしさとで、両手を前へのばして感謝の意をあらわした。だが半信半疑であった。どうして火星人は地球のことばを知り、そしてそれを話すことができるのであろうかと。  そのとき、火星人の群が、三少年の前で左右に割れた。と、奥からも七人の火星人が、こっちへ進んで来た。見るとその火星人たちは大きな頭の下、つまり首に相当するところに太いマフラーのようなものを巻いていた。一番先頭の者は、白いマフラーを巻き、その他は緑、黄、紫などのものを巻いていた。どうやらこの白いマフラーの火星人が、えらい人物のように見受けられた。 「おもしろい音楽、おもしろい踊り。それをわれわれの目の前で聞かせたり見せたりして下すって、たいへん愉快でした。みんなよろこんでいますよ」  と、白いマフラーの火星人はいいながら、山木たちの前まで来て立ち停り、鞭のような手の一本を前にさしだした。  それは握手をもとめているらしく思われたので山木はちょっと気味がわるかったが、思い切って自分の手をさしのばすと、ぐっと相手の手をつかんでふった。その手ざわりは、かなり冷めたかったが、それでも体温のあることが分った。 「地球のことばを話して下さるので、たいへんよく分ります。そしてうれしいです。ぼくは山木という者です。どうぞよろしく」 「やあ、よくそういって下すって、私もうれしいです。私はギネといって、このミカサ集団の代表者をつとめている者、どうぞよろしく」  白いマフラーを首に巻いた火星人ギネは、そういって、ていねいにあいさつをした。  山木はいよいようれしくなって、張とネッドを紹介すれば、ギネも、そのうしろにひかえた六人の職能代表者を紹介した。  一同の間には、親しい気分が流れた。 「ああ、ギネさんとおっしゃいましたね」  山木が呼んだ。 「はい、私はギネです」  白いマフラーのミカサ代表者はこたえた。 「ええ、その……つまり、さきほどはたいへん失礼しました。気持のわるい瓦斯をふきだして皆さんを苦しめ、ぼくたちも火星へついたばかりであわてていましたし、そこへ見なれない皆さんがたが押しよせてこられたので、これはたいへんだとちょっと誤解したのです」 「いや、あんなことは大したことではありませんよ。こっちも、じつは誤解をしてさわぎだした者があったのです。とにかく、あっちへ来ていただいて、ゆっくりお話をうけたまわりましょう。また、おもしろい音楽などをたくさん聞かせて下さい」 「はいはい、承知しました」 「が、その前にちょっと伺っておきますが、あなたがたは、いったい何の目的で、私どものところへ来られたのですか」  ギネは、とつぜん重大な質問を発した。  山木はぎくんとした。しかしここでうろたえては一大事と、気をしずめて、 「ああ、そのことですか。われわれ地球の者は、じつは何千年も前から、この火星の存在を知っていたのです。しかも火星にはたしかに生物――つまりあなたがたのような方がすんでいるにちがいないと考えまして、早くおちかづきになりたいと思っていたのです。しかし宇宙をとんで来るのはなかなか容易なことではなく、ようやくデニー博士の宇宙艇が完成したので、こんどやって来たようなわけであります」 「ふん。私たちを見たいためだったのですか。それだけですか。外に目的はないのですか」  ギネのことばは、さっきとはすこし変り、なんだか疑いをふくんでいるように思われた。 「くわしいことは、いずれ後からデニー博士がおはなしすると思います。とにかく火星を訪れたという目的は、地球に一番近い火星人と手をとりあい、火星にないものは地球から送り、またお互いに一層幸福になりたいという考えで、われわれはこっちへ来たのです」 「なるほど。共存共栄ですね。それは結構です。われわれは皆、互いに力になり合わなければなりません。――しかし、あなたがたの来られた目的は、たしかにそれだけでしょうかねえ」  ギネは、大きな目をぐるぐるっと動かして、しつこく尋ねた。ギネのうしろにいた他の六名の代表者も、身構えらしい恰好になって、山木が何と答えるかと、注意をするどく集めている様子だ。  山木は、遂にちょっと気をのまれて、すぐには答えられなくなった。 「いや山木さん。じつは私どもは、地球の人たちについて警戒せよとの一つの忠告を受取っているのです。お答えによってはわれわれは重大なる決心をしなければなりません」  そのことばと共に、七人の火星人の代表者は三少年のまわりをぐるっと取巻いた。  はじめの調子の良さにくらべて、途中から険悪さを加えてのこの窮迫である。少年大使の運命はどうなることか。
山木が、張とネッドを紹介した際ギネはなにをおこなったか。
山木はいよいようれしくなって、張とネッドを紹介すれば、ギネも、そのうしろにひかえた六人の職能代表者を紹介した。
JCRRAG_010613
国語
三人の少年大使は、やがて進めるだけ進んで、火星人の群の前に立ち停まった。  あとで山木の語った感想によると、彼はあまり異様な火星人をたくさん目の前に見たので、頭が変になり、気を失いかけたそうである。  張の感想によると、彼は火星人の身体つきを見て、これはスープで丸煮にして喰べたら、さぞうまいだろうと思ったそうである。  ネッドはどんなことを考えたか。何とかして火星人をひとり土産にして地球へ連れてかえり、見世物にしたら、さぞお金が儲かることだろうと思ったそうだ。  それはさておき、山木はここで火星人に対し一つ敬礼をして親愛の情を示したいものだが、さてどんなかたちをして見せれば、火星人たちはそれを敬礼だと受取ってくれるだろうかと思いなやんだ。  が、いつまでも思いなやんではいられなかった。そこで彼は、思い切って両手を胸の上に組合わせ、上体を前にまげ、そしてアメリカ語でいった。 「火星の諸君、こんにちわ。ごきげん如何ですか。ぼくたちは地球からはるばる来ました」  山木がしゃべっている間、張もネッドも、山木と同じようなかたちをして、あいさつをした。  すると、とつぜん火星人の中から奇妙な声があがった。 「ようこそ来てくれましたね。地球の諸君。お目にかかって、たいへんにうれしいです」  たいへん流暢なアメリカ語であった。 「おお、ありがとう、ありがとう」  山木はびっくりとうれしさとで、両手を前へのばして感謝の意をあらわした。だが半信半疑であった。どうして火星人は地球のことばを知り、そしてそれを話すことができるのであろうかと。  そのとき、火星人の群が、三少年の前で左右に割れた。と、奥からも七人の火星人が、こっちへ進んで来た。見るとその火星人たちは大きな頭の下、つまり首に相当するところに太いマフラーのようなものを巻いていた。一番先頭の者は、白いマフラーを巻き、その他は緑、黄、紫などのものを巻いていた。どうやらこの白いマフラーの火星人が、えらい人物のように見受けられた。 「おもしろい音楽、おもしろい踊り。それをわれわれの目の前で聞かせたり見せたりして下すって、たいへん愉快でした。みんなよろこんでいますよ」  と、白いマフラーの火星人はいいながら、山木たちの前まで来て立ち停り、鞭のような手の一本を前にさしだした。  それは握手をもとめているらしく思われたので山木はちょっと気味がわるかったが、思い切って自分の手をさしのばすと、ぐっと相手の手をつかんでふった。その手ざわりは、かなり冷めたかったが、それでも体温のあることが分った。 「地球のことばを話して下さるので、たいへんよく分ります。そしてうれしいです。ぼくは山木という者です。どうぞよろしく」 「やあ、よくそういって下すって、私もうれしいです。私はギネといって、このミカサ集団の代表者をつとめている者、どうぞよろしく」  白いマフラーを首に巻いた火星人ギネは、そういって、ていねいにあいさつをした。  山木はいよいようれしくなって、張とネッドを紹介すれば、ギネも、そのうしろにひかえた六人の職能代表者を紹介した。  一同の間には、親しい気分が流れた。 「ああ、ギネさんとおっしゃいましたね」  山木が呼んだ。 「はい、私はギネです」  白いマフラーのミカサ代表者はこたえた。 「ええ、その……つまり、さきほどはたいへん失礼しました。気持のわるい瓦斯をふきだして皆さんを苦しめ、ぼくたちも火星へついたばかりであわてていましたし、そこへ見なれない皆さんがたが押しよせてこられたので、これはたいへんだとちょっと誤解したのです」 「いや、あんなことは大したことではありませんよ。こっちも、じつは誤解をしてさわぎだした者があったのです。とにかく、あっちへ来ていただいて、ゆっくりお話をうけたまわりましょう。また、おもしろい音楽などをたくさん聞かせて下さい」 「はいはい、承知しました」 「が、その前にちょっと伺っておきますが、あなたがたは、いったい何の目的で、私どものところへ来られたのですか」  ギネは、とつぜん重大な質問を発した。  山木はぎくんとした。しかしここでうろたえては一大事と、気をしずめて、 「ああ、そのことですか。われわれ地球の者は、じつは何千年も前から、この火星の存在を知っていたのです。しかも火星にはたしかに生物――つまりあなたがたのような方がすんでいるにちがいないと考えまして、早くおちかづきになりたいと思っていたのです。しかし宇宙をとんで来るのはなかなか容易なことではなく、ようやくデニー博士の宇宙艇が完成したので、こんどやって来たようなわけであります」 「ふん。私たちを見たいためだったのですか。それだけですか。外に目的はないのですか」  ギネのことばは、さっきとはすこし変り、なんだか疑いをふくんでいるように思われた。 「くわしいことは、いずれ後からデニー博士がおはなしすると思います。とにかく火星を訪れたという目的は、地球に一番近い火星人と手をとりあい、火星にないものは地球から送り、またお互いに一層幸福になりたいという考えで、われわれはこっちへ来たのです」 「なるほど。共存共栄ですね。それは結構です。われわれは皆、互いに力になり合わなければなりません。――しかし、あなたがたの来られた目的は、たしかにそれだけでしょうかねえ」  ギネは、大きな目をぐるぐるっと動かして、しつこく尋ねた。ギネのうしろにいた他の六名の代表者も、身構えらしい恰好になって、山木が何と答えるかと、注意をするどく集めている様子だ。  山木は、遂にちょっと気をのまれて、すぐには答えられなくなった。 「いや山木さん。じつは私どもは、地球の人たちについて警戒せよとの一つの忠告を受取っているのです。お答えによってはわれわれは重大なる決心をしなければなりません」  そのことばと共に、七人の火星人の代表者は三少年のまわりをぐるっと取巻いた。  はじめの調子の良さにくらべて、途中から険悪さを加えてのこの窮迫である。少年大使の運命はどうなることか。
白いマフラーの火星人の手はどのような手ざわりだったか。
その手ざわりは、かなり冷めたかったが、それでも体温のあることが分った。
JCRRAG_010614
国語
一難去ってまた一難!  せっかく火星人のごきげんを取結んだと思ってほっと一安心したのも束の間、急にはげしい怒りにもえあがった火星人。気味のわるいたくさんの顔が、山木、張、ネッドの三人に迫ってきた。  ネッドは顔を蛙のように青くして、こまかくふるえている。山木は、反対にまっ赤になっている。ただ張ひとりは、至極おちついて空気兜の中から、動じない目をギネの方に向けている。 「誰がそんなことをいったのです」と、山木はいよいよまっ赤になって叫び、自分の空気服を叩いた。 「地球から来る者を警戒しろなんて、誰が密告したのですか。ぼくたちは、ごらんのとおり、何の武器も持っていない。またぼくたちの方から、好んで君たちに反抗したことも一度もない……」 「さっき、われわれに毒瓦斯を放出して、ひどい目にあわせたではないか」と、ギネのとなりにいた代表者の一人が、どなりかえした。これはブブンという火星人で、誰よりも背の高い奴だった。 「あれはちがいますよ。ぼくたちは、たった十数人しかいないのですよ。しかもこわれた宇宙艇の中に生残っているだけのことで、これからどうして生命の安全をはかったらいいのかと、途方にくれていたのです。すると君たちが大挙してやって来ました。あのおびただしい人数、あのはげしい勢い。あれで宇宙艇の中へのりこまれたら、わずかに残っている空気もみんな外へ抜けてしまって、ぼくたちは呼吸ができなくなる。おまけに、大切な器械器具材料などをこわされたら、ぼくたちはあらゆる望みを失うことになるのです。だから瓦斯を使ったのです。あの瓦斯は毒瓦斯というほどのものでなく、宇宙艇を保護するために張った防御用の網みたいなものでした。これでお分りでしょう。ぼくたちは、あなたがたの襲撃からぼくたちの身をまもるために、やむなくあのような手段をとったにすぎないのです。あなたがたを、ぼくたちの方から襲撃したわけじゃありません。よく分って下さい」  山木は、自分の考えをむきだしにぶちまけたのだった。 「いや、どうだかなあ」とブブンはなおも疑いの色をゆるめず「おれたちは、こういうことを聞込んでいる。地球では、人口が殖える一方資源が少くなって、大いに困っている。そのために永年にわたって火星への侵略戦争を用意していたというじゃないか。地球人という奴は全く油断がならないよ」 「そのことも、あなたの誤解です。なるほど地球の人口は多いです。またこれまでに地球上には戦争もたびたびありました。しかし今はもう侵略戦争は根だやしになりました。そのわけは、戦争の惨禍というものが、負けた国の人々にはもちろんのこと、勝った国の人々にもふりかかってくることが分り、戦争は地球上のすべての人々に大きな不幸をもたらすことがよく分ったのです。だからもう戦争には懲りて、どの国でも戦争を起すことはやめたと宣言しているのです。これで地球には万世の太平が来たのです。この万世の太平は、地球の上だけのことでなく、惑星と惑星の間にも約束されねばなりません。いや、宇宙全体の生物たちは、仲よく助けあって、幸福の道に進まねばなりません。お互いに愛し合い、お互いに助け合う気持さえ起れば、戦争などという不幸な手段によらずに、おだやかな話し合いで万事うまく解決すると信ずるのです。人口過剰問題も資源不足問題も、互いに助け合う心さえあれば、必ず解決すべきことです。ぼくはかたくそう信じます」  山木は、いよいよ顔を赤くして、自分の信ずるところを述べたてた。 「じゃあ聞くがね、君たちはなぜこの火星へことわりもなしに侵入したのだ。来るなら来るで、前もってこっちの都合を聞き、よろしいという返事を待った上で来るのがいいじゃないか。それをことわりなしに入って来るなんて、やっぱり君たちは侵入者だとしか思えない」  ブブン代表は、一歩もゆずらない。なるほど、デニー博士の宇宙艇はことわりなしに火星着陸をやったのであるから、そういわれると弁解の道がない。  だが山木は言った。 「それは無理です。なぜといって、ぼくたちには火星人がどんな言葉を使っているか、全然知らなかったのです。それをどうして知るか、その方法はなかったから、いきなり火星へ宇宙艇を乗りつけたのです。第一、ぼくたちには火星にあなたがたのような人々が住んでいるかどうか、それさえ分っていなかったのですからねえ」 「はっはっは」とブブンは反り返って笑った。 「火星人の言葉も研究しないで、いきなり侵入して来るなんて、なんという野蛮なことだろう。おれたちは、ちゃんと地球人の言葉を知っているぞ、だからこうして君たちと話をしているんだ。あっはっはっは。どうだ。分ったかね。地球人はわれら火星人に比べて、ずっと文化程度が低いのだということを……」  そういわれてみると、山木は言いかえすすべを知らなかった。たしかにそうである。地球の者で火星語を知っている者も、それを研究していた者もひとりもないのだ。デニー博士さえ知らない。しかるに火星人はちゃんと地球語をあやつって話している。これによって火星人の方が地球人よりすぐれているのだといわれても、言いかえすことが出来ないのだった。  だが、一体火星人はどうして地球語をおぼえたのであろうか。
急にはげしい怒りにもえあがった火星人を見た際、ネッドはどのような反応だったか。
ネッドは顔を蛙のように青くして、こまかくふるえている。
JCRRAG_010615
国語
一難去ってまた一難!  せっかく火星人のごきげんを取結んだと思ってほっと一安心したのも束の間、急にはげしい怒りにもえあがった火星人。気味のわるいたくさんの顔が、山木、張、ネッドの三人に迫ってきた。  ネッドは顔を蛙のように青くして、こまかくふるえている。山木は、反対にまっ赤になっている。ただ張ひとりは、至極おちついて空気兜の中から、動じない目をギネの方に向けている。 「誰がそんなことをいったのです」と、山木はいよいよまっ赤になって叫び、自分の空気服を叩いた。 「地球から来る者を警戒しろなんて、誰が密告したのですか。ぼくたちは、ごらんのとおり、何の武器も持っていない。またぼくたちの方から、好んで君たちに反抗したことも一度もない……」 「さっき、われわれに毒瓦斯を放出して、ひどい目にあわせたではないか」と、ギネのとなりにいた代表者の一人が、どなりかえした。これはブブンという火星人で、誰よりも背の高い奴だった。 「あれはちがいますよ。ぼくたちは、たった十数人しかいないのですよ。しかもこわれた宇宙艇の中に生残っているだけのことで、これからどうして生命の安全をはかったらいいのかと、途方にくれていたのです。すると君たちが大挙してやって来ました。あのおびただしい人数、あのはげしい勢い。あれで宇宙艇の中へのりこまれたら、わずかに残っている空気もみんな外へ抜けてしまって、ぼくたちは呼吸ができなくなる。おまけに、大切な器械器具材料などをこわされたら、ぼくたちはあらゆる望みを失うことになるのです。だから瓦斯を使ったのです。あの瓦斯は毒瓦斯というほどのものでなく、宇宙艇を保護するために張った防御用の網みたいなものでした。これでお分りでしょう。ぼくたちは、あなたがたの襲撃からぼくたちの身をまもるために、やむなくあのような手段をとったにすぎないのです。あなたがたを、ぼくたちの方から襲撃したわけじゃありません。よく分って下さい」  山木は、自分の考えをむきだしにぶちまけたのだった。 「いや、どうだかなあ」とブブンはなおも疑いの色をゆるめず「おれたちは、こういうことを聞込んでいる。地球では、人口が殖える一方資源が少くなって、大いに困っている。そのために永年にわたって火星への侵略戦争を用意していたというじゃないか。地球人という奴は全く油断がならないよ」 「そのことも、あなたの誤解です。なるほど地球の人口は多いです。またこれまでに地球上には戦争もたびたびありました。しかし今はもう侵略戦争は根だやしになりました。そのわけは、戦争の惨禍というものが、負けた国の人々にはもちろんのこと、勝った国の人々にもふりかかってくることが分り、戦争は地球上のすべての人々に大きな不幸をもたらすことがよく分ったのです。だからもう戦争には懲りて、どの国でも戦争を起すことはやめたと宣言しているのです。これで地球には万世の太平が来たのです。この万世の太平は、地球の上だけのことでなく、惑星と惑星の間にも約束されねばなりません。いや、宇宙全体の生物たちは、仲よく助けあって、幸福の道に進まねばなりません。お互いに愛し合い、お互いに助け合う気持さえ起れば、戦争などという不幸な手段によらずに、おだやかな話し合いで万事うまく解決すると信ずるのです。人口過剰問題も資源不足問題も、互いに助け合う心さえあれば、必ず解決すべきことです。ぼくはかたくそう信じます」  山木は、いよいよ顔を赤くして、自分の信ずるところを述べたてた。 「じゃあ聞くがね、君たちはなぜこの火星へことわりもなしに侵入したのだ。来るなら来るで、前もってこっちの都合を聞き、よろしいという返事を待った上で来るのがいいじゃないか。それをことわりなしに入って来るなんて、やっぱり君たちは侵入者だとしか思えない」  ブブン代表は、一歩もゆずらない。なるほど、デニー博士の宇宙艇はことわりなしに火星着陸をやったのであるから、そういわれると弁解の道がない。  だが山木は言った。 「それは無理です。なぜといって、ぼくたちには火星人がどんな言葉を使っているか、全然知らなかったのです。それをどうして知るか、その方法はなかったから、いきなり火星へ宇宙艇を乗りつけたのです。第一、ぼくたちには火星にあなたがたのような人々が住んでいるかどうか、それさえ分っていなかったのですからねえ」 「はっはっは」とブブンは反り返って笑った。 「火星人の言葉も研究しないで、いきなり侵入して来るなんて、なんという野蛮なことだろう。おれたちは、ちゃんと地球人の言葉を知っているぞ、だからこうして君たちと話をしているんだ。あっはっはっは。どうだ。分ったかね。地球人はわれら火星人に比べて、ずっと文化程度が低いのだということを……」  そういわれてみると、山木は言いかえすすべを知らなかった。たしかにそうである。地球の者で火星語を知っている者も、それを研究していた者もひとりもないのだ。デニー博士さえ知らない。しかるに火星人はちゃんと地球語をあやつって話している。これによって火星人の方が地球人よりすぐれているのだといわれても、言いかえすことが出来ないのだった。  だが、一体火星人はどうして地球語をおぼえたのであろうか。
急にはげしい怒りにもえあがった火星人を見た際、張はどのような反応だったか。
ただ張ひとりは、至極おちついて空気兜の中から、動じない目をギネの方に向けている。
JCRRAG_010616
国語
一難去ってまた一難!  せっかく火星人のごきげんを取結んだと思ってほっと一安心したのも束の間、急にはげしい怒りにもえあがった火星人。気味のわるいたくさんの顔が、山木、張、ネッドの三人に迫ってきた。  ネッドは顔を蛙のように青くして、こまかくふるえている。山木は、反対にまっ赤になっている。ただ張ひとりは、至極おちついて空気兜の中から、動じない目をギネの方に向けている。 「誰がそんなことをいったのです」と、山木はいよいよまっ赤になって叫び、自分の空気服を叩いた。 「地球から来る者を警戒しろなんて、誰が密告したのですか。ぼくたちは、ごらんのとおり、何の武器も持っていない。またぼくたちの方から、好んで君たちに反抗したことも一度もない……」 「さっき、われわれに毒瓦斯を放出して、ひどい目にあわせたではないか」と、ギネのとなりにいた代表者の一人が、どなりかえした。これはブブンという火星人で、誰よりも背の高い奴だった。 「あれはちがいますよ。ぼくたちは、たった十数人しかいないのですよ。しかもこわれた宇宙艇の中に生残っているだけのことで、これからどうして生命の安全をはかったらいいのかと、途方にくれていたのです。すると君たちが大挙してやって来ました。あのおびただしい人数、あのはげしい勢い。あれで宇宙艇の中へのりこまれたら、わずかに残っている空気もみんな外へ抜けてしまって、ぼくたちは呼吸ができなくなる。おまけに、大切な器械器具材料などをこわされたら、ぼくたちはあらゆる望みを失うことになるのです。だから瓦斯を使ったのです。あの瓦斯は毒瓦斯というほどのものでなく、宇宙艇を保護するために張った防御用の網みたいなものでした。これでお分りでしょう。ぼくたちは、あなたがたの襲撃からぼくたちの身をまもるために、やむなくあのような手段をとったにすぎないのです。あなたがたを、ぼくたちの方から襲撃したわけじゃありません。よく分って下さい」  山木は、自分の考えをむきだしにぶちまけたのだった。 「いや、どうだかなあ」とブブンはなおも疑いの色をゆるめず「おれたちは、こういうことを聞込んでいる。地球では、人口が殖える一方資源が少くなって、大いに困っている。そのために永年にわたって火星への侵略戦争を用意していたというじゃないか。地球人という奴は全く油断がならないよ」 「そのことも、あなたの誤解です。なるほど地球の人口は多いです。またこれまでに地球上には戦争もたびたびありました。しかし今はもう侵略戦争は根だやしになりました。そのわけは、戦争の惨禍というものが、負けた国の人々にはもちろんのこと、勝った国の人々にもふりかかってくることが分り、戦争は地球上のすべての人々に大きな不幸をもたらすことがよく分ったのです。だからもう戦争には懲りて、どの国でも戦争を起すことはやめたと宣言しているのです。これで地球には万世の太平が来たのです。この万世の太平は、地球の上だけのことでなく、惑星と惑星の間にも約束されねばなりません。いや、宇宙全体の生物たちは、仲よく助けあって、幸福の道に進まねばなりません。お互いに愛し合い、お互いに助け合う気持さえ起れば、戦争などという不幸な手段によらずに、おだやかな話し合いで万事うまく解決すると信ずるのです。人口過剰問題も資源不足問題も、互いに助け合う心さえあれば、必ず解決すべきことです。ぼくはかたくそう信じます」  山木は、いよいよ顔を赤くして、自分の信ずるところを述べたてた。 「じゃあ聞くがね、君たちはなぜこの火星へことわりもなしに侵入したのだ。来るなら来るで、前もってこっちの都合を聞き、よろしいという返事を待った上で来るのがいいじゃないか。それをことわりなしに入って来るなんて、やっぱり君たちは侵入者だとしか思えない」  ブブン代表は、一歩もゆずらない。なるほど、デニー博士の宇宙艇はことわりなしに火星着陸をやったのであるから、そういわれると弁解の道がない。  だが山木は言った。 「それは無理です。なぜといって、ぼくたちには火星人がどんな言葉を使っているか、全然知らなかったのです。それをどうして知るか、その方法はなかったから、いきなり火星へ宇宙艇を乗りつけたのです。第一、ぼくたちには火星にあなたがたのような人々が住んでいるかどうか、それさえ分っていなかったのですからねえ」 「はっはっは」とブブンは反り返って笑った。 「火星人の言葉も研究しないで、いきなり侵入して来るなんて、なんという野蛮なことだろう。おれたちは、ちゃんと地球人の言葉を知っているぞ、だからこうして君たちと話をしているんだ。あっはっはっは。どうだ。分ったかね。地球人はわれら火星人に比べて、ずっと文化程度が低いのだということを……」  そういわれてみると、山木は言いかえすすべを知らなかった。たしかにそうである。地球の者で火星語を知っている者も、それを研究していた者もひとりもないのだ。デニー博士さえ知らない。しかるに火星人はちゃんと地球語をあやつって話している。これによって火星人の方が地球人よりすぐれているのだといわれても、言いかえすことが出来ないのだった。  だが、一体火星人はどうして地球語をおぼえたのであろうか。
地球の者で火星語を知っている者はいるか。
地球の者で火星語を知っている者も、それを研究していた者もひとりもないのだ。
JCRRAG_010617
国語
少年たちの形勢は悪くなった。  山木は言葉もなく、ブブンに言い負かされた形だ。ブブンの大きな眼玉がぐるぐると動き、彼の頭に生えている触角が蛇のようにくねくねと気味わるくゆらぐ。  ネッドは心配のため、呼吸が停まりそうになって、張にすがりついた。 「おい張、ぼくたちは一体どうなるだろうね」  地蔵さまのように立っていた張は、ネッドの手をやさしくなでてやった。そしていった。 「大丈夫だ。心配するなよ。今にうまく解決する」 「ほんとうかい。でも、相手のけんまくは相当強いぜ。逃げてかえろうか」 「まあ待て、動いてはよくない。ぼくのように落付いているんだ」 「だめだよ。ぼくは落付けやしないよ」 「ネッド」 「なんだ、張」 「お前は忘れたか、牛頭仙人のことを」 「ああ牛頭仙人……それはお前のことだ」 「そうだろう。お前はいつも大仙人のことを信じていた。その大仙人は、さっきからひそかにあの霊現あらたかなる水晶をなでてて、占っていたんだ。ほら、水晶はこのとおりぼくの腰にぶら下っている袋の中にあるんだ。占ってみると、たしかに今の急場は大丈夫しのげるとお告げが出たぞ。安心しろ」 「え、お告げが出たか。そうか。そんなら安心した」  ネッドは急に元気になっていった。 「それにしても、このむずかしい場面が、どうしてうまく解決するのだろうか」  ブブンはなおも声高にどなっていた。そのときとつぜん、音楽が始まった。牛乳配達の自動車の運転台にひとりで待っている河合が、電気蓄音器を鳴らし始めたのだ。その曲はトロイメライ。聞いていると眠くなるような夢の曲がチェロによって奏でられる。ブブンの声がぴったりと停まる。彼の勝ち誇っていきり立った触角がだらりと下がり、そしてやがてそれは曲の旋律にあわせて、すこしずつくねり出した。  ふしぎにも、音楽には弱い火星人だった。  さっきから黙っていた火星人代表のギネがブブンの肩を叩いて何かいった。するとブブンはとびあがった。何かおどろいたらしい。彼は山木たちの方へ出て来て、 「へえっ。君たちは地球人の少年かね。おれは君たちが成人した地球人だと思っていたが……」 「そうです、ぼくたち四人は少年です」 「四人? 三人しか見えないが……」 「もう一人は、あの自動車の中にいます」 「あのうつくしい音を出しているのが、そうか」 「そうです」 「ふうん。これは意外だ。おれは君たちが成人の地球人だとばかり思って話をしていたが、まだ年端もいかない少年だとは思わなかった。少年でもあれくらいの考えを持っているのだから、成人した地球人は相当えらいのだろうね」 「えらいですとも。大人は皆、宇宙艇に残っていますよ。ぜひおだやかに会って下さい」 「よし、そうしよう。ああギネが、君たちが少年であることをもっと早く教えてくれたら、おれはあんなにがみがみいうんじゃなかった。なにしろギネは地球へ行ったことがあるんで、火星人の中では一番ものしりなんだ」 「えっ、ギネさんは地球へ来られたことがあるんですか」 「二三度行ったよ。そうだね、ギネ」 「そうです。三度行きました。そして地球人のことを研究してきました。だが私の行ったことは、地球人は気がつかなかったようです」 「へえっ、それはおどろいた。どうして行ったのですか。何に乗って」 「ははは、それはいいますまい。アメリカ語を話せるようになったのも、私がそれをしらべてきたからです。しかし私の地球研究はまだその途中でした。だから火星の方で地球人を迎える用意もできていなかったのです。それで私がいくらなだめても皆はいうことをきかず、地球人の入っている宇宙艇の方へ押しかけたわけです。私は地球人の長所や文化を皆に知らせた上で、地球と正式に友交関係を結ぶつもりでした。しかし君がたがあまり早く火星へ来てしまったので、私の計画もすっかり手違いになったのです」  ギネは、さすがに物わかりのいいおだやかな火星人で、代表者としてはもって来いの人物だった。山木も張もネッドも、ほっと一息ついた。  トロイメライの音楽が、軽快なワルツにかわった。 「さあ踊ろうや。ぼくたちの仕事だ」  ネッドは張を引張りだして踊りはじめた。すると、さっきからすっかり温和しくなったブブンもそれを真似して踊りだした。そのうしろにいたたくさんの火星人群も、また共にワルツの曲に合わせて舞いはじめた。  河合が、こっちの険悪な場面を心配して、思い切ってまた音楽を始めたことがたいへんよかったのである。  山木とギネの間には、打合わせがどんどん進んで、デニー博士をギネたちがおだやかに訪問してくる申合わせもついた。  音楽にあわせて火星人の舞踊はだんだんにぎやかになって行き、音声を発して踊り回る姿はまことに天真らんまんであった。  四少年と火星人の交歓は、ますますうまく行って、牛乳配達車のまわりには火星人がいっぱい集って来た。そしてその横腹に書かれた牝牛の絵を指して、ものめずらしげに打ち興じるのであった。牛は火星にはすんでいないのだ。いや牛ばかりではない。馬も羊も鹿も見たことがないのだった。  火星での大きな動物といえば、蛙にちょっと似た動物が居るきりだった。もっともその奇獣(?)は猫ほどの大きさがあったが……。  四少年が、火星人をこの牛乳配達車に乗せてやると、火星人たちはますます上機嫌になった。彼等は箱の上に鈴なりになり、奇声をあげてわめきさけび、周囲で見物している彼等の仲間と呼びあって大よろこびだった。その中には、たくさんの火星の子どもが交っていたが、彼等は身体がたいへん小さく、犬の子ぐらいであった。しかし大きな頭に大きな目玉をぐるぐる動かし、短かい触手をふりたてるところは火星人の大人とかわらなかった。かわっているところは、首から下が非常に短くて、ほうずきの化物みたいに見えた。
ネッドは心配した際、だれにすがりついたか。
ネッドは心配のため、呼吸が停まりそうになって、張にすがりついた。
JCRRAG_010618
国語
少年たちの形勢は悪くなった。  山木は言葉もなく、ブブンに言い負かされた形だ。ブブンの大きな眼玉がぐるぐると動き、彼の頭に生えている触角が蛇のようにくねくねと気味わるくゆらぐ。  ネッドは心配のため、呼吸が停まりそうになって、張にすがりついた。 「おい張、ぼくたちは一体どうなるだろうね」  地蔵さまのように立っていた張は、ネッドの手をやさしくなでてやった。そしていった。 「大丈夫だ。心配するなよ。今にうまく解決する」 「ほんとうかい。でも、相手のけんまくは相当強いぜ。逃げてかえろうか」 「まあ待て、動いてはよくない。ぼくのように落付いているんだ」 「だめだよ。ぼくは落付けやしないよ」 「ネッド」 「なんだ、張」 「お前は忘れたか、牛頭仙人のことを」 「ああ牛頭仙人……それはお前のことだ」 「そうだろう。お前はいつも大仙人のことを信じていた。その大仙人は、さっきからひそかにあの霊現あらたかなる水晶をなでてて、占っていたんだ。ほら、水晶はこのとおりぼくの腰にぶら下っている袋の中にあるんだ。占ってみると、たしかに今の急場は大丈夫しのげるとお告げが出たぞ。安心しろ」 「え、お告げが出たか。そうか。そんなら安心した」  ネッドは急に元気になっていった。 「それにしても、このむずかしい場面が、どうしてうまく解決するのだろうか」  ブブンはなおも声高にどなっていた。そのときとつぜん、音楽が始まった。牛乳配達の自動車の運転台にひとりで待っている河合が、電気蓄音器を鳴らし始めたのだ。その曲はトロイメライ。聞いていると眠くなるような夢の曲がチェロによって奏でられる。ブブンの声がぴったりと停まる。彼の勝ち誇っていきり立った触角がだらりと下がり、そしてやがてそれは曲の旋律にあわせて、すこしずつくねり出した。  ふしぎにも、音楽には弱い火星人だった。  さっきから黙っていた火星人代表のギネがブブンの肩を叩いて何かいった。するとブブンはとびあがった。何かおどろいたらしい。彼は山木たちの方へ出て来て、 「へえっ。君たちは地球人の少年かね。おれは君たちが成人した地球人だと思っていたが……」 「そうです、ぼくたち四人は少年です」 「四人? 三人しか見えないが……」 「もう一人は、あの自動車の中にいます」 「あのうつくしい音を出しているのが、そうか」 「そうです」 「ふうん。これは意外だ。おれは君たちが成人の地球人だとばかり思って話をしていたが、まだ年端もいかない少年だとは思わなかった。少年でもあれくらいの考えを持っているのだから、成人した地球人は相当えらいのだろうね」 「えらいですとも。大人は皆、宇宙艇に残っていますよ。ぜひおだやかに会って下さい」 「よし、そうしよう。ああギネが、君たちが少年であることをもっと早く教えてくれたら、おれはあんなにがみがみいうんじゃなかった。なにしろギネは地球へ行ったことがあるんで、火星人の中では一番ものしりなんだ」 「えっ、ギネさんは地球へ来られたことがあるんですか」 「二三度行ったよ。そうだね、ギネ」 「そうです。三度行きました。そして地球人のことを研究してきました。だが私の行ったことは、地球人は気がつかなかったようです」 「へえっ、それはおどろいた。どうして行ったのですか。何に乗って」 「ははは、それはいいますまい。アメリカ語を話せるようになったのも、私がそれをしらべてきたからです。しかし私の地球研究はまだその途中でした。だから火星の方で地球人を迎える用意もできていなかったのです。それで私がいくらなだめても皆はいうことをきかず、地球人の入っている宇宙艇の方へ押しかけたわけです。私は地球人の長所や文化を皆に知らせた上で、地球と正式に友交関係を結ぶつもりでした。しかし君がたがあまり早く火星へ来てしまったので、私の計画もすっかり手違いになったのです」  ギネは、さすがに物わかりのいいおだやかな火星人で、代表者としてはもって来いの人物だった。山木も張もネッドも、ほっと一息ついた。  トロイメライの音楽が、軽快なワルツにかわった。 「さあ踊ろうや。ぼくたちの仕事だ」  ネッドは張を引張りだして踊りはじめた。すると、さっきからすっかり温和しくなったブブンもそれを真似して踊りだした。そのうしろにいたたくさんの火星人群も、また共にワルツの曲に合わせて舞いはじめた。  河合が、こっちの険悪な場面を心配して、思い切ってまた音楽を始めたことがたいへんよかったのである。  山木とギネの間には、打合わせがどんどん進んで、デニー博士をギネたちがおだやかに訪問してくる申合わせもついた。  音楽にあわせて火星人の舞踊はだんだんにぎやかになって行き、音声を発して踊り回る姿はまことに天真らんまんであった。  四少年と火星人の交歓は、ますますうまく行って、牛乳配達車のまわりには火星人がいっぱい集って来た。そしてその横腹に書かれた牝牛の絵を指して、ものめずらしげに打ち興じるのであった。牛は火星にはすんでいないのだ。いや牛ばかりではない。馬も羊も鹿も見たことがないのだった。  火星での大きな動物といえば、蛙にちょっと似た動物が居るきりだった。もっともその奇獣(?)は猫ほどの大きさがあったが……。  四少年が、火星人をこの牛乳配達車に乗せてやると、火星人たちはますます上機嫌になった。彼等は箱の上に鈴なりになり、奇声をあげてわめきさけび、周囲で見物している彼等の仲間と呼びあって大よろこびだった。その中には、たくさんの火星の子どもが交っていたが、彼等は身体がたいへん小さく、犬の子ぐらいであった。しかし大きな頭に大きな目玉をぐるぐる動かし、短かい触手をふりたてるところは火星人の大人とかわらなかった。かわっているところは、首から下が非常に短くて、ほうずきの化物みたいに見えた。
ギネは、どのように代表者としてはもって来いの人物だったか。
ギネは、さすがに物わかりのいいおだやかな火星人で、代表者としてはもって来いの人物だった。
JCRRAG_010619
国語
少年たちの形勢は悪くなった。  山木は言葉もなく、ブブンに言い負かされた形だ。ブブンの大きな眼玉がぐるぐると動き、彼の頭に生えている触角が蛇のようにくねくねと気味わるくゆらぐ。  ネッドは心配のため、呼吸が停まりそうになって、張にすがりついた。 「おい張、ぼくたちは一体どうなるだろうね」  地蔵さまのように立っていた張は、ネッドの手をやさしくなでてやった。そしていった。 「大丈夫だ。心配するなよ。今にうまく解決する」 「ほんとうかい。でも、相手のけんまくは相当強いぜ。逃げてかえろうか」 「まあ待て、動いてはよくない。ぼくのように落付いているんだ」 「だめだよ。ぼくは落付けやしないよ」 「ネッド」 「なんだ、張」 「お前は忘れたか、牛頭仙人のことを」 「ああ牛頭仙人……それはお前のことだ」 「そうだろう。お前はいつも大仙人のことを信じていた。その大仙人は、さっきからひそかにあの霊現あらたかなる水晶をなでてて、占っていたんだ。ほら、水晶はこのとおりぼくの腰にぶら下っている袋の中にあるんだ。占ってみると、たしかに今の急場は大丈夫しのげるとお告げが出たぞ。安心しろ」 「え、お告げが出たか。そうか。そんなら安心した」  ネッドは急に元気になっていった。 「それにしても、このむずかしい場面が、どうしてうまく解決するのだろうか」  ブブンはなおも声高にどなっていた。そのときとつぜん、音楽が始まった。牛乳配達の自動車の運転台にひとりで待っている河合が、電気蓄音器を鳴らし始めたのだ。その曲はトロイメライ。聞いていると眠くなるような夢の曲がチェロによって奏でられる。ブブンの声がぴったりと停まる。彼の勝ち誇っていきり立った触角がだらりと下がり、そしてやがてそれは曲の旋律にあわせて、すこしずつくねり出した。  ふしぎにも、音楽には弱い火星人だった。  さっきから黙っていた火星人代表のギネがブブンの肩を叩いて何かいった。するとブブンはとびあがった。何かおどろいたらしい。彼は山木たちの方へ出て来て、 「へえっ。君たちは地球人の少年かね。おれは君たちが成人した地球人だと思っていたが……」 「そうです、ぼくたち四人は少年です」 「四人? 三人しか見えないが……」 「もう一人は、あの自動車の中にいます」 「あのうつくしい音を出しているのが、そうか」 「そうです」 「ふうん。これは意外だ。おれは君たちが成人の地球人だとばかり思って話をしていたが、まだ年端もいかない少年だとは思わなかった。少年でもあれくらいの考えを持っているのだから、成人した地球人は相当えらいのだろうね」 「えらいですとも。大人は皆、宇宙艇に残っていますよ。ぜひおだやかに会って下さい」 「よし、そうしよう。ああギネが、君たちが少年であることをもっと早く教えてくれたら、おれはあんなにがみがみいうんじゃなかった。なにしろギネは地球へ行ったことがあるんで、火星人の中では一番ものしりなんだ」 「えっ、ギネさんは地球へ来られたことがあるんですか」 「二三度行ったよ。そうだね、ギネ」 「そうです。三度行きました。そして地球人のことを研究してきました。だが私の行ったことは、地球人は気がつかなかったようです」 「へえっ、それはおどろいた。どうして行ったのですか。何に乗って」 「ははは、それはいいますまい。アメリカ語を話せるようになったのも、私がそれをしらべてきたからです。しかし私の地球研究はまだその途中でした。だから火星の方で地球人を迎える用意もできていなかったのです。それで私がいくらなだめても皆はいうことをきかず、地球人の入っている宇宙艇の方へ押しかけたわけです。私は地球人の長所や文化を皆に知らせた上で、地球と正式に友交関係を結ぶつもりでした。しかし君がたがあまり早く火星へ来てしまったので、私の計画もすっかり手違いになったのです」  ギネは、さすがに物わかりのいいおだやかな火星人で、代表者としてはもって来いの人物だった。山木も張もネッドも、ほっと一息ついた。  トロイメライの音楽が、軽快なワルツにかわった。 「さあ踊ろうや。ぼくたちの仕事だ」  ネッドは張を引張りだして踊りはじめた。すると、さっきからすっかり温和しくなったブブンもそれを真似して踊りだした。そのうしろにいたたくさんの火星人群も、また共にワルツの曲に合わせて舞いはじめた。  河合が、こっちの険悪な場面を心配して、思い切ってまた音楽を始めたことがたいへんよかったのである。  山木とギネの間には、打合わせがどんどん進んで、デニー博士をギネたちがおだやかに訪問してくる申合わせもついた。  音楽にあわせて火星人の舞踊はだんだんにぎやかになって行き、音声を発して踊り回る姿はまことに天真らんまんであった。  四少年と火星人の交歓は、ますますうまく行って、牛乳配達車のまわりには火星人がいっぱい集って来た。そしてその横腹に書かれた牝牛の絵を指して、ものめずらしげに打ち興じるのであった。牛は火星にはすんでいないのだ。いや牛ばかりではない。馬も羊も鹿も見たことがないのだった。  火星での大きな動物といえば、蛙にちょっと似た動物が居るきりだった。もっともその奇獣(?)は猫ほどの大きさがあったが……。  四少年が、火星人をこの牛乳配達車に乗せてやると、火星人たちはますます上機嫌になった。彼等は箱の上に鈴なりになり、奇声をあげてわめきさけび、周囲で見物している彼等の仲間と呼びあって大よろこびだった。その中には、たくさんの火星の子どもが交っていたが、彼等は身体がたいへん小さく、犬の子ぐらいであった。しかし大きな頭に大きな目玉をぐるぐる動かし、短かい触手をふりたてるところは火星人の大人とかわらなかった。かわっているところは、首から下が非常に短くて、ほうずきの化物みたいに見えた。
トロイメライの音楽は、どのような曲にかわったか。
トロイメライの音楽が、軽快なワルツにかわった。
JCRRAG_010620
国語
少年たちの形勢は悪くなった。  山木は言葉もなく、ブブンに言い負かされた形だ。ブブンの大きな眼玉がぐるぐると動き、彼の頭に生えている触角が蛇のようにくねくねと気味わるくゆらぐ。  ネッドは心配のため、呼吸が停まりそうになって、張にすがりついた。 「おい張、ぼくたちは一体どうなるだろうね」  地蔵さまのように立っていた張は、ネッドの手をやさしくなでてやった。そしていった。 「大丈夫だ。心配するなよ。今にうまく解決する」 「ほんとうかい。でも、相手のけんまくは相当強いぜ。逃げてかえろうか」 「まあ待て、動いてはよくない。ぼくのように落付いているんだ」 「だめだよ。ぼくは落付けやしないよ」 「ネッド」 「なんだ、張」 「お前は忘れたか、牛頭仙人のことを」 「ああ牛頭仙人……それはお前のことだ」 「そうだろう。お前はいつも大仙人のことを信じていた。その大仙人は、さっきからひそかにあの霊現あらたかなる水晶をなでてて、占っていたんだ。ほら、水晶はこのとおりぼくの腰にぶら下っている袋の中にあるんだ。占ってみると、たしかに今の急場は大丈夫しのげるとお告げが出たぞ。安心しろ」 「え、お告げが出たか。そうか。そんなら安心した」  ネッドは急に元気になっていった。 「それにしても、このむずかしい場面が、どうしてうまく解決するのだろうか」  ブブンはなおも声高にどなっていた。そのときとつぜん、音楽が始まった。牛乳配達の自動車の運転台にひとりで待っている河合が、電気蓄音器を鳴らし始めたのだ。その曲はトロイメライ。聞いていると眠くなるような夢の曲がチェロによって奏でられる。ブブンの声がぴったりと停まる。彼の勝ち誇っていきり立った触角がだらりと下がり、そしてやがてそれは曲の旋律にあわせて、すこしずつくねり出した。  ふしぎにも、音楽には弱い火星人だった。  さっきから黙っていた火星人代表のギネがブブンの肩を叩いて何かいった。するとブブンはとびあがった。何かおどろいたらしい。彼は山木たちの方へ出て来て、 「へえっ。君たちは地球人の少年かね。おれは君たちが成人した地球人だと思っていたが……」 「そうです、ぼくたち四人は少年です」 「四人? 三人しか見えないが……」 「もう一人は、あの自動車の中にいます」 「あのうつくしい音を出しているのが、そうか」 「そうです」 「ふうん。これは意外だ。おれは君たちが成人の地球人だとばかり思って話をしていたが、まだ年端もいかない少年だとは思わなかった。少年でもあれくらいの考えを持っているのだから、成人した地球人は相当えらいのだろうね」 「えらいですとも。大人は皆、宇宙艇に残っていますよ。ぜひおだやかに会って下さい」 「よし、そうしよう。ああギネが、君たちが少年であることをもっと早く教えてくれたら、おれはあんなにがみがみいうんじゃなかった。なにしろギネは地球へ行ったことがあるんで、火星人の中では一番ものしりなんだ」 「えっ、ギネさんは地球へ来られたことがあるんですか」 「二三度行ったよ。そうだね、ギネ」 「そうです。三度行きました。そして地球人のことを研究してきました。だが私の行ったことは、地球人は気がつかなかったようです」 「へえっ、それはおどろいた。どうして行ったのですか。何に乗って」 「ははは、それはいいますまい。アメリカ語を話せるようになったのも、私がそれをしらべてきたからです。しかし私の地球研究はまだその途中でした。だから火星の方で地球人を迎える用意もできていなかったのです。それで私がいくらなだめても皆はいうことをきかず、地球人の入っている宇宙艇の方へ押しかけたわけです。私は地球人の長所や文化を皆に知らせた上で、地球と正式に友交関係を結ぶつもりでした。しかし君がたがあまり早く火星へ来てしまったので、私の計画もすっかり手違いになったのです」  ギネは、さすがに物わかりのいいおだやかな火星人で、代表者としてはもって来いの人物だった。山木も張もネッドも、ほっと一息ついた。  トロイメライの音楽が、軽快なワルツにかわった。 「さあ踊ろうや。ぼくたちの仕事だ」  ネッドは張を引張りだして踊りはじめた。すると、さっきからすっかり温和しくなったブブンもそれを真似して踊りだした。そのうしろにいたたくさんの火星人群も、また共にワルツの曲に合わせて舞いはじめた。  河合が、こっちの険悪な場面を心配して、思い切ってまた音楽を始めたことがたいへんよかったのである。  山木とギネの間には、打合わせがどんどん進んで、デニー博士をギネたちがおだやかに訪問してくる申合わせもついた。  音楽にあわせて火星人の舞踊はだんだんにぎやかになって行き、音声を発して踊り回る姿はまことに天真らんまんであった。  四少年と火星人の交歓は、ますますうまく行って、牛乳配達車のまわりには火星人がいっぱい集って来た。そしてその横腹に書かれた牝牛の絵を指して、ものめずらしげに打ち興じるのであった。牛は火星にはすんでいないのだ。いや牛ばかりではない。馬も羊も鹿も見たことがないのだった。  火星での大きな動物といえば、蛙にちょっと似た動物が居るきりだった。もっともその奇獣(?)は猫ほどの大きさがあったが……。  四少年が、火星人をこの牛乳配達車に乗せてやると、火星人たちはますます上機嫌になった。彼等は箱の上に鈴なりになり、奇声をあげてわめきさけび、周囲で見物している彼等の仲間と呼びあって大よろこびだった。その中には、たくさんの火星の子どもが交っていたが、彼等は身体がたいへん小さく、犬の子ぐらいであった。しかし大きな頭に大きな目玉をぐるぐる動かし、短かい触手をふりたてるところは火星人の大人とかわらなかった。かわっているところは、首から下が非常に短くて、ほうずきの化物みたいに見えた。
軽快なワルツが流れた際、ネッドはなにをおこなったか。
ネッドは張を引張りだして踊りはじめた。
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国語
この物語も、ここらで結末に入らなければならない。  火星探険団長のデニー博士たちと火星人の会見は、四少年の下工作が功を奏してたいへんうまく平和的にいった。そして火星と地球の間にやがて定期航空をひらくことと、火星と地球の間に互いに不足している資源を融通しあうこと、もう一つ両者の間に文化学術の交流を行うことについて一応諒解が成立した。これは博士にとっても意外な大きな収穫だった。博士が火星航空路に成功しただけでもすばらしい収穫であるのに、なおその上にこの功績を加えたのであった。  それから博士は、次の仕事にとりかかった。それは地球へ無電連絡を確立することと、壊れた宇宙艇の修理が出来るかどうかを調べることだった。  地球との通信は、うまく行くようになった。発電機を動かす燃料も、十分にあり、新しい送受信機を組立てる部品を揃えることも出来た。  もう一つの仕事の、壊れた宇宙艇が修理できるかどうかは、一行の運命をきめてしまう重大なことがらだった。この調査には一週間を要した。その結果はとても出来ないことが分った。一行の人々の目の前は、急に暗くなった。第一、機材がどうしても足りないし、工作機械は十分でないし、それに燃料は絶対不足だった。デニー博士は、思い切って宇宙艇を小型のものに設計がえをし、乏しい機械からこれを作ることを考えたが、これにも難関があって成功は望まれそうもなかった。それはエンジンをそのままのせると、艇は重くなりすぎて飛び出せそうもなかったし、それかといってエンジンを小型にすることは、工作上とてもここでは出来ない相談だった。ただエンジンを解体して、従来のものの二分の一または四分の一にすることは出来たが、博士の考えていた小型のものに丁度いいのは、四分の一にしたエンジンを取付けることだった。だからこれはやれそうに見えたが、そこで実際に馬力と速力とを計算しているとエンジンが非常に能率を悪くする関係で、火星を出てから地球に達するまでに五ヶ年もかかることが分り、しかも五ヶ年間エンジンを動かすための燃料といえば莫大なもので、とても用意が出来そうもなかった。こんなわけで、一行は遂に地球に帰還するための乗物を用意することが出来ないことが明らかとなった。一行の失望と落胆は、ここに記すも気の毒なほどだった。 「マートンさん。地球へ救援を求めることは出来ないのですか。つまり、別の宇宙艇をこの火星へよこしてもらうのです」  河合が、マートン技師にいった。 「さあ、不可能だろうね。なにしろ火星まで届くほどの有力なる宇宙艇を作り得る組織を持っている工場は、わがデニー先生の火星探険協会をおいて他にないんだからね」 「宇宙艇というものは、全然他では出来ないのですか」 「今出来ているのは、われわれのものを除くとせいぜい月世界まで届くぐらいのものなんだ。それも一旦月世界まで行っても帰還することはむずかしいからね」 「困ったものですねえ」 「ああ、全く困った」  いつも元気で、最後まで希望を捨てないマートン技師も、今は別人のように悲観の淵に沈んでいる。 「ああそうだ」と河合が叫んだ。 「マートンさん、まだやってみることがあるではありませんか」 「まだやってみることが? それは何……」 「われわれの力だけでは、もうどうにも手の施しようのないことは分りましたが、しかしここは火星国です。火星人の智恵、火星の資源、火星人の労働力――そういうものはうんとあるではありませんか。それにあのギネという火星人は、これまで秘密のうちに、地球まで三回も往復しているんだそうですから、あの火星人に頼めば、われわれの知らない強力なエンジンを貸してくれるかもしれませんよ。そしてたくさんの火星人の労働力を借りるなら、どんな巨大な宇宙艇だって楽に早く建造することが出来るのではないですか」 「おお、それはすばらしいアイデアだ。そうだ、われわれはわれわれの力だけで解決することを考えていたので、宇宙艇の再建造は不可能だと決めてしまわねばならなかったんだ。火星人に協力を求める! なるほど、そうだったね。そういう道があるのだ」  河合少年の思付は、早速マートン技師からデニー博士に伝えられた。博士はそれを聞いて喜んだ。そしてその方向に、問題を解決する道を進むことになった。  それからはとんとん拍子に行った。ギネの好意で、火星政府もエンジンを貸すことを承諾し、火星人の技術団をつけて地球まで行かせることにしてくれた。但しこのエンジンの秘密は当分地球人には公開されないことを一つの条件として……。  それから半年の後、地球人と火星人の合作による新宇宙艇の建造はめでたく完成した。この新艇には“太陽の子”という名前がつけられた。火星も地球も共に太陽の子であるという意味を含めたもので、同じく太陽の子である以上、仲よくしましょうという平和精神が盛られてあるのだった。  試運転も地球人と火星人の協力でうまく行った。そして一ヶ月後に、地球帰還の用意万端は成り、いよいよ“太陽の子”号は、はなばなしく初航空の旅についた。地上からは火星人たちの盛んな見送りがあり、艇からはデニー博士一行と、地球訪問の火星人使節団と技術団とが手を握り、触手を動かして挨拶をかわした。こうしてめでたい地球人と火星人との協力による宇宙旅行が始まったのであった。  デニー博士が調査作製した宇宙航路によって、“太陽の子”号は最も条件のよい航路を選び、地球へ近づいて行った。そしてわずか十五日で、その航路を突破した。“太陽の子”号がニューヨーク郊外の新飛行場“火星”へ無事着陸すると、地球は――いや全世界は歓喜と興奮の渦にまきこまれた。デニー博士以下の乗組員たちは大統領に出迎えられ、光栄ある讃辞を受けた。また火星からの異形の使説団一行は大歓迎をもって迎えられた。  デニー博士は大統領の車に同乗して、はなばなしいニューヨーク入りをした。一行の上に、七色の紙が花のように降り、市民たちは家もすっかり空っぽにして沿道に集り、歓呼をあびせかけた。  山木、河合、張、ネッドの四少年は、例の牛乳配達車に乗って、行進の中に加わった。これがまたたいへんな歓呼で迎えられ、牛乳配達車の上は花束が山のように積まれ、絵の牝牛の首にも美しい赤と青と白とのリボンがつけられた。――張の予言は、たしかに的中したのだった。  それからデニー博士がどんなに盛んな歓迎攻めに会ったか、それは記すまでもないであろう。  しかしデニー博士は重要な仕事を持っていたので、火星使節団とわが世界代表との間に立って連日大奮闘をした。しかしその甲斐あって、双方の間にひろい協力の条約が成立し、地球と火星との定期航空路も共同経営をすることに決まった。そしてなお更に一歩進んでわが太陽系惑星が平和連合星団を建設することに話がまとまった。  デニー博士はやがて、火星に永住することとなった。博士は駐火星地球大使に任ぜられたのである。博士の銅像はニューヨークと、もう一つデニー塔のあったアリゾナの二ヶ所に建てられた。  四少年は、褒美のお金によって、すばらしい自動車と飛行機を買うことが出来、それを乗りまわしている。その自動車と飛行機には例の大きな牝牛が描かれてあるということだ。
火星探険団長のデニー博士たちと火星人の会見はどのようになったか。
火星探険団長のデニー博士たちと火星人の会見は、四少年の下工作が功を奏してたいへんうまく平和的にいった。
JCRRAG_010622
国語
この物語も、ここらで結末に入らなければならない。  火星探険団長のデニー博士たちと火星人の会見は、四少年の下工作が功を奏してたいへんうまく平和的にいった。そして火星と地球の間にやがて定期航空をひらくことと、火星と地球の間に互いに不足している資源を融通しあうこと、もう一つ両者の間に文化学術の交流を行うことについて一応諒解が成立した。これは博士にとっても意外な大きな収穫だった。博士が火星航空路に成功しただけでもすばらしい収穫であるのに、なおその上にこの功績を加えたのであった。  それから博士は、次の仕事にとりかかった。それは地球へ無電連絡を確立することと、壊れた宇宙艇の修理が出来るかどうかを調べることだった。  地球との通信は、うまく行くようになった。発電機を動かす燃料も、十分にあり、新しい送受信機を組立てる部品を揃えることも出来た。  もう一つの仕事の、壊れた宇宙艇が修理できるかどうかは、一行の運命をきめてしまう重大なことがらだった。この調査には一週間を要した。その結果はとても出来ないことが分った。一行の人々の目の前は、急に暗くなった。第一、機材がどうしても足りないし、工作機械は十分でないし、それに燃料は絶対不足だった。デニー博士は、思い切って宇宙艇を小型のものに設計がえをし、乏しい機械からこれを作ることを考えたが、これにも難関があって成功は望まれそうもなかった。それはエンジンをそのままのせると、艇は重くなりすぎて飛び出せそうもなかったし、それかといってエンジンを小型にすることは、工作上とてもここでは出来ない相談だった。ただエンジンを解体して、従来のものの二分の一または四分の一にすることは出来たが、博士の考えていた小型のものに丁度いいのは、四分の一にしたエンジンを取付けることだった。だからこれはやれそうに見えたが、そこで実際に馬力と速力とを計算しているとエンジンが非常に能率を悪くする関係で、火星を出てから地球に達するまでに五ヶ年もかかることが分り、しかも五ヶ年間エンジンを動かすための燃料といえば莫大なもので、とても用意が出来そうもなかった。こんなわけで、一行は遂に地球に帰還するための乗物を用意することが出来ないことが明らかとなった。一行の失望と落胆は、ここに記すも気の毒なほどだった。 「マートンさん。地球へ救援を求めることは出来ないのですか。つまり、別の宇宙艇をこの火星へよこしてもらうのです」  河合が、マートン技師にいった。 「さあ、不可能だろうね。なにしろ火星まで届くほどの有力なる宇宙艇を作り得る組織を持っている工場は、わがデニー先生の火星探険協会をおいて他にないんだからね」 「宇宙艇というものは、全然他では出来ないのですか」 「今出来ているのは、われわれのものを除くとせいぜい月世界まで届くぐらいのものなんだ。それも一旦月世界まで行っても帰還することはむずかしいからね」 「困ったものですねえ」 「ああ、全く困った」  いつも元気で、最後まで希望を捨てないマートン技師も、今は別人のように悲観の淵に沈んでいる。 「ああそうだ」と河合が叫んだ。 「マートンさん、まだやってみることがあるではありませんか」 「まだやってみることが? それは何……」 「われわれの力だけでは、もうどうにも手の施しようのないことは分りましたが、しかしここは火星国です。火星人の智恵、火星の資源、火星人の労働力――そういうものはうんとあるではありませんか。それにあのギネという火星人は、これまで秘密のうちに、地球まで三回も往復しているんだそうですから、あの火星人に頼めば、われわれの知らない強力なエンジンを貸してくれるかもしれませんよ。そしてたくさんの火星人の労働力を借りるなら、どんな巨大な宇宙艇だって楽に早く建造することが出来るのではないですか」 「おお、それはすばらしいアイデアだ。そうだ、われわれはわれわれの力だけで解決することを考えていたので、宇宙艇の再建造は不可能だと決めてしまわねばならなかったんだ。火星人に協力を求める! なるほど、そうだったね。そういう道があるのだ」  河合少年の思付は、早速マートン技師からデニー博士に伝えられた。博士はそれを聞いて喜んだ。そしてその方向に、問題を解決する道を進むことになった。  それからはとんとん拍子に行った。ギネの好意で、火星政府もエンジンを貸すことを承諾し、火星人の技術団をつけて地球まで行かせることにしてくれた。但しこのエンジンの秘密は当分地球人には公開されないことを一つの条件として……。  それから半年の後、地球人と火星人の合作による新宇宙艇の建造はめでたく完成した。この新艇には“太陽の子”という名前がつけられた。火星も地球も共に太陽の子であるという意味を含めたもので、同じく太陽の子である以上、仲よくしましょうという平和精神が盛られてあるのだった。  試運転も地球人と火星人の協力でうまく行った。そして一ヶ月後に、地球帰還の用意万端は成り、いよいよ“太陽の子”号は、はなばなしく初航空の旅についた。地上からは火星人たちの盛んな見送りがあり、艇からはデニー博士一行と、地球訪問の火星人使節団と技術団とが手を握り、触手を動かして挨拶をかわした。こうしてめでたい地球人と火星人との協力による宇宙旅行が始まったのであった。  デニー博士が調査作製した宇宙航路によって、“太陽の子”号は最も条件のよい航路を選び、地球へ近づいて行った。そしてわずか十五日で、その航路を突破した。“太陽の子”号がニューヨーク郊外の新飛行場“火星”へ無事着陸すると、地球は――いや全世界は歓喜と興奮の渦にまきこまれた。デニー博士以下の乗組員たちは大統領に出迎えられ、光栄ある讃辞を受けた。また火星からの異形の使説団一行は大歓迎をもって迎えられた。  デニー博士は大統領の車に同乗して、はなばなしいニューヨーク入りをした。一行の上に、七色の紙が花のように降り、市民たちは家もすっかり空っぽにして沿道に集り、歓呼をあびせかけた。  山木、河合、張、ネッドの四少年は、例の牛乳配達車に乗って、行進の中に加わった。これがまたたいへんな歓呼で迎えられ、牛乳配達車の上は花束が山のように積まれ、絵の牝牛の首にも美しい赤と青と白とのリボンがつけられた。――張の予言は、たしかに的中したのだった。  それからデニー博士がどんなに盛んな歓迎攻めに会ったか、それは記すまでもないであろう。  しかしデニー博士は重要な仕事を持っていたので、火星使節団とわが世界代表との間に立って連日大奮闘をした。しかしその甲斐あって、双方の間にひろい協力の条約が成立し、地球と火星との定期航空路も共同経営をすることに決まった。そしてなお更に一歩進んでわが太陽系惑星が平和連合星団を建設することに話がまとまった。  デニー博士はやがて、火星に永住することとなった。博士は駐火星地球大使に任ぜられたのである。博士の銅像はニューヨークと、もう一つデニー塔のあったアリゾナの二ヶ所に建てられた。  四少年は、褒美のお金によって、すばらしい自動車と飛行機を買うことが出来、それを乗りまわしている。その自動車と飛行機には例の大きな牝牛が描かれてあるということだ。
火星探険団長のデニー博士たちと火星人の会見で諒解が成立した内容は、どのようなものだったか。
火星探険団長のデニー博士たちと火星人の会見で諒解が成立した内容は、火星と地球の間にやがて定期航空をひらくことと、火星と地球の間に互いに不足している資源を融通しあうこと、もう一つ両者の間に文化学術の交流を行うことについて一応諒解が成立した。
JCRRAG_010623
国語
この物語も、ここらで結末に入らなければならない。  火星探険団長のデニー博士たちと火星人の会見は、四少年の下工作が功を奏してたいへんうまく平和的にいった。そして火星と地球の間にやがて定期航空をひらくことと、火星と地球の間に互いに不足している資源を融通しあうこと、もう一つ両者の間に文化学術の交流を行うことについて一応諒解が成立した。これは博士にとっても意外な大きな収穫だった。博士が火星航空路に成功しただけでもすばらしい収穫であるのに、なおその上にこの功績を加えたのであった。  それから博士は、次の仕事にとりかかった。それは地球へ無電連絡を確立することと、壊れた宇宙艇の修理が出来るかどうかを調べることだった。  地球との通信は、うまく行くようになった。発電機を動かす燃料も、十分にあり、新しい送受信機を組立てる部品を揃えることも出来た。  もう一つの仕事の、壊れた宇宙艇が修理できるかどうかは、一行の運命をきめてしまう重大なことがらだった。この調査には一週間を要した。その結果はとても出来ないことが分った。一行の人々の目の前は、急に暗くなった。第一、機材がどうしても足りないし、工作機械は十分でないし、それに燃料は絶対不足だった。デニー博士は、思い切って宇宙艇を小型のものに設計がえをし、乏しい機械からこれを作ることを考えたが、これにも難関があって成功は望まれそうもなかった。それはエンジンをそのままのせると、艇は重くなりすぎて飛び出せそうもなかったし、それかといってエンジンを小型にすることは、工作上とてもここでは出来ない相談だった。ただエンジンを解体して、従来のものの二分の一または四分の一にすることは出来たが、博士の考えていた小型のものに丁度いいのは、四分の一にしたエンジンを取付けることだった。だからこれはやれそうに見えたが、そこで実際に馬力と速力とを計算しているとエンジンが非常に能率を悪くする関係で、火星を出てから地球に達するまでに五ヶ年もかかることが分り、しかも五ヶ年間エンジンを動かすための燃料といえば莫大なもので、とても用意が出来そうもなかった。こんなわけで、一行は遂に地球に帰還するための乗物を用意することが出来ないことが明らかとなった。一行の失望と落胆は、ここに記すも気の毒なほどだった。 「マートンさん。地球へ救援を求めることは出来ないのですか。つまり、別の宇宙艇をこの火星へよこしてもらうのです」  河合が、マートン技師にいった。 「さあ、不可能だろうね。なにしろ火星まで届くほどの有力なる宇宙艇を作り得る組織を持っている工場は、わがデニー先生の火星探険協会をおいて他にないんだからね」 「宇宙艇というものは、全然他では出来ないのですか」 「今出来ているのは、われわれのものを除くとせいぜい月世界まで届くぐらいのものなんだ。それも一旦月世界まで行っても帰還することはむずかしいからね」 「困ったものですねえ」 「ああ、全く困った」  いつも元気で、最後まで希望を捨てないマートン技師も、今は別人のように悲観の淵に沈んでいる。 「ああそうだ」と河合が叫んだ。 「マートンさん、まだやってみることがあるではありませんか」 「まだやってみることが? それは何……」 「われわれの力だけでは、もうどうにも手の施しようのないことは分りましたが、しかしここは火星国です。火星人の智恵、火星の資源、火星人の労働力――そういうものはうんとあるではありませんか。それにあのギネという火星人は、これまで秘密のうちに、地球まで三回も往復しているんだそうですから、あの火星人に頼めば、われわれの知らない強力なエンジンを貸してくれるかもしれませんよ。そしてたくさんの火星人の労働力を借りるなら、どんな巨大な宇宙艇だって楽に早く建造することが出来るのではないですか」 「おお、それはすばらしいアイデアだ。そうだ、われわれはわれわれの力だけで解決することを考えていたので、宇宙艇の再建造は不可能だと決めてしまわねばならなかったんだ。火星人に協力を求める! なるほど、そうだったね。そういう道があるのだ」  河合少年の思付は、早速マートン技師からデニー博士に伝えられた。博士はそれを聞いて喜んだ。そしてその方向に、問題を解決する道を進むことになった。  それからはとんとん拍子に行った。ギネの好意で、火星政府もエンジンを貸すことを承諾し、火星人の技術団をつけて地球まで行かせることにしてくれた。但しこのエンジンの秘密は当分地球人には公開されないことを一つの条件として……。  それから半年の後、地球人と火星人の合作による新宇宙艇の建造はめでたく完成した。この新艇には“太陽の子”という名前がつけられた。火星も地球も共に太陽の子であるという意味を含めたもので、同じく太陽の子である以上、仲よくしましょうという平和精神が盛られてあるのだった。  試運転も地球人と火星人の協力でうまく行った。そして一ヶ月後に、地球帰還の用意万端は成り、いよいよ“太陽の子”号は、はなばなしく初航空の旅についた。地上からは火星人たちの盛んな見送りがあり、艇からはデニー博士一行と、地球訪問の火星人使節団と技術団とが手を握り、触手を動かして挨拶をかわした。こうしてめでたい地球人と火星人との協力による宇宙旅行が始まったのであった。  デニー博士が調査作製した宇宙航路によって、“太陽の子”号は最も条件のよい航路を選び、地球へ近づいて行った。そしてわずか十五日で、その航路を突破した。“太陽の子”号がニューヨーク郊外の新飛行場“火星”へ無事着陸すると、地球は――いや全世界は歓喜と興奮の渦にまきこまれた。デニー博士以下の乗組員たちは大統領に出迎えられ、光栄ある讃辞を受けた。また火星からの異形の使説団一行は大歓迎をもって迎えられた。  デニー博士は大統領の車に同乗して、はなばなしいニューヨーク入りをした。一行の上に、七色の紙が花のように降り、市民たちは家もすっかり空っぽにして沿道に集り、歓呼をあびせかけた。  山木、河合、張、ネッドの四少年は、例の牛乳配達車に乗って、行進の中に加わった。これがまたたいへんな歓呼で迎えられ、牛乳配達車の上は花束が山のように積まれ、絵の牝牛の首にも美しい赤と青と白とのリボンがつけられた。――張の予言は、たしかに的中したのだった。  それからデニー博士がどんなに盛んな歓迎攻めに会ったか、それは記すまでもないであろう。  しかしデニー博士は重要な仕事を持っていたので、火星使節団とわが世界代表との間に立って連日大奮闘をした。しかしその甲斐あって、双方の間にひろい協力の条約が成立し、地球と火星との定期航空路も共同経営をすることに決まった。そしてなお更に一歩進んでわが太陽系惑星が平和連合星団を建設することに話がまとまった。  デニー博士はやがて、火星に永住することとなった。博士は駐火星地球大使に任ぜられたのである。博士の銅像はニューヨークと、もう一つデニー塔のあったアリゾナの二ヶ所に建てられた。  四少年は、褒美のお金によって、すばらしい自動車と飛行機を買うことが出来、それを乗りまわしている。その自動車と飛行機には例の大きな牝牛が描かれてあるということだ。
会見のあと、博士がとりかかった次の仕事はなにか。
博士がとりかかった次の仕事は、地球へ無電連絡を確立することと、壊れた宇宙艇の修理が出来るかどうかを調べることだった。
JCRRAG_010624
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この物語も、ここらで結末に入らなければならない。  火星探険団長のデニー博士たちと火星人の会見は、四少年の下工作が功を奏してたいへんうまく平和的にいった。そして火星と地球の間にやがて定期航空をひらくことと、火星と地球の間に互いに不足している資源を融通しあうこと、もう一つ両者の間に文化学術の交流を行うことについて一応諒解が成立した。これは博士にとっても意外な大きな収穫だった。博士が火星航空路に成功しただけでもすばらしい収穫であるのに、なおその上にこの功績を加えたのであった。  それから博士は、次の仕事にとりかかった。それは地球へ無電連絡を確立することと、壊れた宇宙艇の修理が出来るかどうかを調べることだった。  地球との通信は、うまく行くようになった。発電機を動かす燃料も、十分にあり、新しい送受信機を組立てる部品を揃えることも出来た。  もう一つの仕事の、壊れた宇宙艇が修理できるかどうかは、一行の運命をきめてしまう重大なことがらだった。この調査には一週間を要した。その結果はとても出来ないことが分った。一行の人々の目の前は、急に暗くなった。第一、機材がどうしても足りないし、工作機械は十分でないし、それに燃料は絶対不足だった。デニー博士は、思い切って宇宙艇を小型のものに設計がえをし、乏しい機械からこれを作ることを考えたが、これにも難関があって成功は望まれそうもなかった。それはエンジンをそのままのせると、艇は重くなりすぎて飛び出せそうもなかったし、それかといってエンジンを小型にすることは、工作上とてもここでは出来ない相談だった。ただエンジンを解体して、従来のものの二分の一または四分の一にすることは出来たが、博士の考えていた小型のものに丁度いいのは、四分の一にしたエンジンを取付けることだった。だからこれはやれそうに見えたが、そこで実際に馬力と速力とを計算しているとエンジンが非常に能率を悪くする関係で、火星を出てから地球に達するまでに五ヶ年もかかることが分り、しかも五ヶ年間エンジンを動かすための燃料といえば莫大なもので、とても用意が出来そうもなかった。こんなわけで、一行は遂に地球に帰還するための乗物を用意することが出来ないことが明らかとなった。一行の失望と落胆は、ここに記すも気の毒なほどだった。 「マートンさん。地球へ救援を求めることは出来ないのですか。つまり、別の宇宙艇をこの火星へよこしてもらうのです」  河合が、マートン技師にいった。 「さあ、不可能だろうね。なにしろ火星まで届くほどの有力なる宇宙艇を作り得る組織を持っている工場は、わがデニー先生の火星探険協会をおいて他にないんだからね」 「宇宙艇というものは、全然他では出来ないのですか」 「今出来ているのは、われわれのものを除くとせいぜい月世界まで届くぐらいのものなんだ。それも一旦月世界まで行っても帰還することはむずかしいからね」 「困ったものですねえ」 「ああ、全く困った」  いつも元気で、最後まで希望を捨てないマートン技師も、今は別人のように悲観の淵に沈んでいる。 「ああそうだ」と河合が叫んだ。 「マートンさん、まだやってみることがあるではありませんか」 「まだやってみることが? それは何……」 「われわれの力だけでは、もうどうにも手の施しようのないことは分りましたが、しかしここは火星国です。火星人の智恵、火星の資源、火星人の労働力――そういうものはうんとあるではありませんか。それにあのギネという火星人は、これまで秘密のうちに、地球まで三回も往復しているんだそうですから、あの火星人に頼めば、われわれの知らない強力なエンジンを貸してくれるかもしれませんよ。そしてたくさんの火星人の労働力を借りるなら、どんな巨大な宇宙艇だって楽に早く建造することが出来るのではないですか」 「おお、それはすばらしいアイデアだ。そうだ、われわれはわれわれの力だけで解決することを考えていたので、宇宙艇の再建造は不可能だと決めてしまわねばならなかったんだ。火星人に協力を求める! なるほど、そうだったね。そういう道があるのだ」  河合少年の思付は、早速マートン技師からデニー博士に伝えられた。博士はそれを聞いて喜んだ。そしてその方向に、問題を解決する道を進むことになった。  それからはとんとん拍子に行った。ギネの好意で、火星政府もエンジンを貸すことを承諾し、火星人の技術団をつけて地球まで行かせることにしてくれた。但しこのエンジンの秘密は当分地球人には公開されないことを一つの条件として……。  それから半年の後、地球人と火星人の合作による新宇宙艇の建造はめでたく完成した。この新艇には“太陽の子”という名前がつけられた。火星も地球も共に太陽の子であるという意味を含めたもので、同じく太陽の子である以上、仲よくしましょうという平和精神が盛られてあるのだった。  試運転も地球人と火星人の協力でうまく行った。そして一ヶ月後に、地球帰還の用意万端は成り、いよいよ“太陽の子”号は、はなばなしく初航空の旅についた。地上からは火星人たちの盛んな見送りがあり、艇からはデニー博士一行と、地球訪問の火星人使節団と技術団とが手を握り、触手を動かして挨拶をかわした。こうしてめでたい地球人と火星人との協力による宇宙旅行が始まったのであった。  デニー博士が調査作製した宇宙航路によって、“太陽の子”号は最も条件のよい航路を選び、地球へ近づいて行った。そしてわずか十五日で、その航路を突破した。“太陽の子”号がニューヨーク郊外の新飛行場“火星”へ無事着陸すると、地球は――いや全世界は歓喜と興奮の渦にまきこまれた。デニー博士以下の乗組員たちは大統領に出迎えられ、光栄ある讃辞を受けた。また火星からの異形の使説団一行は大歓迎をもって迎えられた。  デニー博士は大統領の車に同乗して、はなばなしいニューヨーク入りをした。一行の上に、七色の紙が花のように降り、市民たちは家もすっかり空っぽにして沿道に集り、歓呼をあびせかけた。  山木、河合、張、ネッドの四少年は、例の牛乳配達車に乗って、行進の中に加わった。これがまたたいへんな歓呼で迎えられ、牛乳配達車の上は花束が山のように積まれ、絵の牝牛の首にも美しい赤と青と白とのリボンがつけられた。――張の予言は、たしかに的中したのだった。  それからデニー博士がどんなに盛んな歓迎攻めに会ったか、それは記すまでもないであろう。  しかしデニー博士は重要な仕事を持っていたので、火星使節団とわが世界代表との間に立って連日大奮闘をした。しかしその甲斐あって、双方の間にひろい協力の条約が成立し、地球と火星との定期航空路も共同経営をすることに決まった。そしてなお更に一歩進んでわが太陽系惑星が平和連合星団を建設することに話がまとまった。  デニー博士はやがて、火星に永住することとなった。博士は駐火星地球大使に任ぜられたのである。博士の銅像はニューヨークと、もう一つデニー塔のあったアリゾナの二ヶ所に建てられた。  四少年は、褒美のお金によって、すばらしい自動車と飛行機を買うことが出来、それを乗りまわしている。その自動車と飛行機には例の大きな牝牛が描かれてあるということだ。
一行の運命をきめてしまう重大なことがらはなにか。
一行の運命をきめてしまう重大なことがらは、壊れた宇宙艇が修理できるかどうかです。
JCRRAG_010625
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この物語も、ここらで結末に入らなければならない。  火星探険団長のデニー博士たちと火星人の会見は、四少年の下工作が功を奏してたいへんうまく平和的にいった。そして火星と地球の間にやがて定期航空をひらくことと、火星と地球の間に互いに不足している資源を融通しあうこと、もう一つ両者の間に文化学術の交流を行うことについて一応諒解が成立した。これは博士にとっても意外な大きな収穫だった。博士が火星航空路に成功しただけでもすばらしい収穫であるのに、なおその上にこの功績を加えたのであった。  それから博士は、次の仕事にとりかかった。それは地球へ無電連絡を確立することと、壊れた宇宙艇の修理が出来るかどうかを調べることだった。  地球との通信は、うまく行くようになった。発電機を動かす燃料も、十分にあり、新しい送受信機を組立てる部品を揃えることも出来た。  もう一つの仕事の、壊れた宇宙艇が修理できるかどうかは、一行の運命をきめてしまう重大なことがらだった。この調査には一週間を要した。その結果はとても出来ないことが分った。一行の人々の目の前は、急に暗くなった。第一、機材がどうしても足りないし、工作機械は十分でないし、それに燃料は絶対不足だった。デニー博士は、思い切って宇宙艇を小型のものに設計がえをし、乏しい機械からこれを作ることを考えたが、これにも難関があって成功は望まれそうもなかった。それはエンジンをそのままのせると、艇は重くなりすぎて飛び出せそうもなかったし、それかといってエンジンを小型にすることは、工作上とてもここでは出来ない相談だった。ただエンジンを解体して、従来のものの二分の一または四分の一にすることは出来たが、博士の考えていた小型のものに丁度いいのは、四分の一にしたエンジンを取付けることだった。だからこれはやれそうに見えたが、そこで実際に馬力と速力とを計算しているとエンジンが非常に能率を悪くする関係で、火星を出てから地球に達するまでに五ヶ年もかかることが分り、しかも五ヶ年間エンジンを動かすための燃料といえば莫大なもので、とても用意が出来そうもなかった。こんなわけで、一行は遂に地球に帰還するための乗物を用意することが出来ないことが明らかとなった。一行の失望と落胆は、ここに記すも気の毒なほどだった。 「マートンさん。地球へ救援を求めることは出来ないのですか。つまり、別の宇宙艇をこの火星へよこしてもらうのです」  河合が、マートン技師にいった。 「さあ、不可能だろうね。なにしろ火星まで届くほどの有力なる宇宙艇を作り得る組織を持っている工場は、わがデニー先生の火星探険協会をおいて他にないんだからね」 「宇宙艇というものは、全然他では出来ないのですか」 「今出来ているのは、われわれのものを除くとせいぜい月世界まで届くぐらいのものなんだ。それも一旦月世界まで行っても帰還することはむずかしいからね」 「困ったものですねえ」 「ああ、全く困った」  いつも元気で、最後まで希望を捨てないマートン技師も、今は別人のように悲観の淵に沈んでいる。 「ああそうだ」と河合が叫んだ。 「マートンさん、まだやってみることがあるではありませんか」 「まだやってみることが? それは何……」 「われわれの力だけでは、もうどうにも手の施しようのないことは分りましたが、しかしここは火星国です。火星人の智恵、火星の資源、火星人の労働力――そういうものはうんとあるではありませんか。それにあのギネという火星人は、これまで秘密のうちに、地球まで三回も往復しているんだそうですから、あの火星人に頼めば、われわれの知らない強力なエンジンを貸してくれるかもしれませんよ。そしてたくさんの火星人の労働力を借りるなら、どんな巨大な宇宙艇だって楽に早く建造することが出来るのではないですか」 「おお、それはすばらしいアイデアだ。そうだ、われわれはわれわれの力だけで解決することを考えていたので、宇宙艇の再建造は不可能だと決めてしまわねばならなかったんだ。火星人に協力を求める! なるほど、そうだったね。そういう道があるのだ」  河合少年の思付は、早速マートン技師からデニー博士に伝えられた。博士はそれを聞いて喜んだ。そしてその方向に、問題を解決する道を進むことになった。  それからはとんとん拍子に行った。ギネの好意で、火星政府もエンジンを貸すことを承諾し、火星人の技術団をつけて地球まで行かせることにしてくれた。但しこのエンジンの秘密は当分地球人には公開されないことを一つの条件として……。  それから半年の後、地球人と火星人の合作による新宇宙艇の建造はめでたく完成した。この新艇には“太陽の子”という名前がつけられた。火星も地球も共に太陽の子であるという意味を含めたもので、同じく太陽の子である以上、仲よくしましょうという平和精神が盛られてあるのだった。  試運転も地球人と火星人の協力でうまく行った。そして一ヶ月後に、地球帰還の用意万端は成り、いよいよ“太陽の子”号は、はなばなしく初航空の旅についた。地上からは火星人たちの盛んな見送りがあり、艇からはデニー博士一行と、地球訪問の火星人使節団と技術団とが手を握り、触手を動かして挨拶をかわした。こうしてめでたい地球人と火星人との協力による宇宙旅行が始まったのであった。  デニー博士が調査作製した宇宙航路によって、“太陽の子”号は最も条件のよい航路を選び、地球へ近づいて行った。そしてわずか十五日で、その航路を突破した。“太陽の子”号がニューヨーク郊外の新飛行場“火星”へ無事着陸すると、地球は――いや全世界は歓喜と興奮の渦にまきこまれた。デニー博士以下の乗組員たちは大統領に出迎えられ、光栄ある讃辞を受けた。また火星からの異形の使説団一行は大歓迎をもって迎えられた。  デニー博士は大統領の車に同乗して、はなばなしいニューヨーク入りをした。一行の上に、七色の紙が花のように降り、市民たちは家もすっかり空っぽにして沿道に集り、歓呼をあびせかけた。  山木、河合、張、ネッドの四少年は、例の牛乳配達車に乗って、行進の中に加わった。これがまたたいへんな歓呼で迎えられ、牛乳配達車の上は花束が山のように積まれ、絵の牝牛の首にも美しい赤と青と白とのリボンがつけられた。――張の予言は、たしかに的中したのだった。  それからデニー博士がどんなに盛んな歓迎攻めに会ったか、それは記すまでもないであろう。  しかしデニー博士は重要な仕事を持っていたので、火星使節団とわが世界代表との間に立って連日大奮闘をした。しかしその甲斐あって、双方の間にひろい協力の条約が成立し、地球と火星との定期航空路も共同経営をすることに決まった。そしてなお更に一歩進んでわが太陽系惑星が平和連合星団を建設することに話がまとまった。  デニー博士はやがて、火星に永住することとなった。博士は駐火星地球大使に任ぜられたのである。博士の銅像はニューヨークと、もう一つデニー塔のあったアリゾナの二ヶ所に建てられた。  四少年は、褒美のお金によって、すばらしい自動車と飛行機を買うことが出来、それを乗りまわしている。その自動車と飛行機には例の大きな牝牛が描かれてあるということだ。
地球人と火星人の合作による新宇宙艇の建造が完成したのはいつですか。
地球人と火星人の合作による新宇宙艇の建造が完成したのは、それから半年の後です。
JCRRAG_010626
国語
ここに一つの奇妙な死骸が、地底七百メートルの坑道の中で発見された。坑道というのは、鉱石をほりだすため、地の底へむけてほった穴の中のことだ。  その奇妙な死骸は、たしかに金属と思われるもので作られたかたい鎧で、全身を包んでいたのだ。  しかしその姿は、じつにふしぎな、そしてめずらしいものであった。それを見つけた人々は、なんとかしてその死骸の姿に似たようなものを、これまでに見た雑誌の写真や、映画などから思い出そうとしたが、だめであった。まったく今までに、それに似かよったものが見あたらないのだ。  だが、それが一つの死骸であることだけはわかった。首もあるし、胴も手足もあったから……。眼もちゃんと二つあるし、鼻もあった。口もあり、耳もあった。たしかに人間の持っている顔の道具はそろっていた。  こういう風にのべると、あたりまえの人間と、あまりかわらないように聞えるが、さてもっとくわしく全身を見て行くと、これもふしぎ、あれもへんだと、次々に奇妙なことが発見されるのであった。  まずその死骸の色であるが、前にものべたとおり、たしかに金属で作ったと思われるかたい鎧で全身を包んでいたが、その色は、目のさめるような緑色であった。毎年五月になると、木々のこずえには若葉がしげり、それが太陽の光をうけてあざやかな緑色にかがやくが、あの若葉のような緑色であった。  緑色の金属――そんなものは、あまり見かけたことがない。私たちの知っている金属といえば、たいてい銀色に光っているとか、さびて黒くなっているとか、朱色になっているのがふつうであった。この緑色の金属は、いったい何という金属であろうか。  死骸のこの緑色にひきつけられて、じっと見つめていた人々は、やがてなんとなく嘔き気をもよおしてきた。熱帯にすむ青いとかげのことを思い出したからであろう。  しかし何よりも人々にふしぎな思いをいだかせたのは、その死骸の顔であった。顔というよりも、ふしぎな首といった方がよいかもしれない。  三本の角が、頭の上に生えていた。二本なら牛や鬼と同じであるが、それよりももう一本多い。そしてその角は前の方に二本生えていて、もう一本はすこし後にあった。後の角は半分ばかり土の中にめりこんでいた。  その角が、牛の角や鬼の角とはちがい、奇妙な形をしていた。太鼓をうつ撥という棒がある。その撥には、いろいろな種類があるが、棒のさきに丸い玉のついた撥があるのをごぞんじであろう。死骸の角は、じつにその撥のような形をしていて、角の先に丸い玉がついていた。太さは鉛筆をすこし太くしたくらいであった。  その角は、糸をまいたように、横にしわがあった。そこに集っていた一人がおそるおそる、その角をつかんでひっぱってみた。すると、まるで鎖でもひっぱり出すように、角がずるずると長くのびてきて、一メートルほどになったので、その人は、きゃっと悲鳴をあげて手をはなした。  すると毒蛇のようにのびた角は、ゴムがちぢまるように、するするぴちんとちぢんで、もとのように短くなった。  目は、大きな懐中時計くらい大きく、そして厚いレンズをはめこんだように、ぎらぎら光っていた。目は二つあったが、あとになって、目は三つあることがわかった。二つの目は私たちと同じように、ならんで前についていたが、もう一つの目は、頭の後についていたのである。それはあとでこの死骸をひっくりかえしたときにわかったことだ。  耳は大きく、二つあって、その形は、どことなくラッパに似ていた。  鼻はひくくて長かった。  口はたいへん大きく、耳の下までさけているように見え、厚ぼったい唇があった。その唇へ、一人の男が棒をさしこんであけてみたところ、たしかに中には口腔があったが、ふしぎなことに歯が一本もなかった。  まったく、ふしぎな死骸であった。  この死骸の身長は、はかってみると、一メートル八〇あった。ふつうの日本人より、よほど背が高いわけだ。  この死骸のふしぎなことについては、まだまだのべることがあるが、それはだんだん後で書いていくことにするが、以上のべたところだけによっても、この死骸がじつに奇妙なものであることがおわかりになったであろう。  では、この奇妙な死骸が、どうしてこんな地底ふかいところで発見されたか、そのころの話をこれからすこし書かねばならない。
一つの奇妙な死骸は地底どれくらいのところで発見されたか。
一つの奇妙な死骸が、地底七百メートルの坑道の中で発見された。
JCRRAG_010627
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ここに一つの奇妙な死骸が、地底七百メートルの坑道の中で発見された。坑道というのは、鉱石をほりだすため、地の底へむけてほった穴の中のことだ。  その奇妙な死骸は、たしかに金属と思われるもので作られたかたい鎧で、全身を包んでいたのだ。  しかしその姿は、じつにふしぎな、そしてめずらしいものであった。それを見つけた人々は、なんとかしてその死骸の姿に似たようなものを、これまでに見た雑誌の写真や、映画などから思い出そうとしたが、だめであった。まったく今までに、それに似かよったものが見あたらないのだ。  だが、それが一つの死骸であることだけはわかった。首もあるし、胴も手足もあったから……。眼もちゃんと二つあるし、鼻もあった。口もあり、耳もあった。たしかに人間の持っている顔の道具はそろっていた。  こういう風にのべると、あたりまえの人間と、あまりかわらないように聞えるが、さてもっとくわしく全身を見て行くと、これもふしぎ、あれもへんだと、次々に奇妙なことが発見されるのであった。  まずその死骸の色であるが、前にものべたとおり、たしかに金属で作ったと思われるかたい鎧で全身を包んでいたが、その色は、目のさめるような緑色であった。毎年五月になると、木々のこずえには若葉がしげり、それが太陽の光をうけてあざやかな緑色にかがやくが、あの若葉のような緑色であった。  緑色の金属――そんなものは、あまり見かけたことがない。私たちの知っている金属といえば、たいてい銀色に光っているとか、さびて黒くなっているとか、朱色になっているのがふつうであった。この緑色の金属は、いったい何という金属であろうか。  死骸のこの緑色にひきつけられて、じっと見つめていた人々は、やがてなんとなく嘔き気をもよおしてきた。熱帯にすむ青いとかげのことを思い出したからであろう。  しかし何よりも人々にふしぎな思いをいだかせたのは、その死骸の顔であった。顔というよりも、ふしぎな首といった方がよいかもしれない。  三本の角が、頭の上に生えていた。二本なら牛や鬼と同じであるが、それよりももう一本多い。そしてその角は前の方に二本生えていて、もう一本はすこし後にあった。後の角は半分ばかり土の中にめりこんでいた。  その角が、牛の角や鬼の角とはちがい、奇妙な形をしていた。太鼓をうつ撥という棒がある。その撥には、いろいろな種類があるが、棒のさきに丸い玉のついた撥があるのをごぞんじであろう。死骸の角は、じつにその撥のような形をしていて、角の先に丸い玉がついていた。太さは鉛筆をすこし太くしたくらいであった。  その角は、糸をまいたように、横にしわがあった。そこに集っていた一人がおそるおそる、その角をつかんでひっぱってみた。すると、まるで鎖でもひっぱり出すように、角がずるずると長くのびてきて、一メートルほどになったので、その人は、きゃっと悲鳴をあげて手をはなした。  すると毒蛇のようにのびた角は、ゴムがちぢまるように、するするぴちんとちぢんで、もとのように短くなった。  目は、大きな懐中時計くらい大きく、そして厚いレンズをはめこんだように、ぎらぎら光っていた。目は二つあったが、あとになって、目は三つあることがわかった。二つの目は私たちと同じように、ならんで前についていたが、もう一つの目は、頭の後についていたのである。それはあとでこの死骸をひっくりかえしたときにわかったことだ。  耳は大きく、二つあって、その形は、どことなくラッパに似ていた。  鼻はひくくて長かった。  口はたいへん大きく、耳の下までさけているように見え、厚ぼったい唇があった。その唇へ、一人の男が棒をさしこんであけてみたところ、たしかに中には口腔があったが、ふしぎなことに歯が一本もなかった。  まったく、ふしぎな死骸であった。  この死骸の身長は、はかってみると、一メートル八〇あった。ふつうの日本人より、よほど背が高いわけだ。  この死骸のふしぎなことについては、まだまだのべることがあるが、それはだんだん後で書いていくことにするが、以上のべたところだけによっても、この死骸がじつに奇妙なものであることがおわかりになったであろう。  では、この奇妙な死骸が、どうしてこんな地底ふかいところで発見されたか、そのころの話をこれからすこし書かねばならない。
奇妙な死骸は、どのようなものに全身を包まれていたか。
奇妙な死骸は、たしかに金属と思われるもので作られたかたい鎧で、全身を包んでいたのだ。
JCRRAG_010628
国語
ここに一つの奇妙な死骸が、地底七百メートルの坑道の中で発見された。坑道というのは、鉱石をほりだすため、地の底へむけてほった穴の中のことだ。  その奇妙な死骸は、たしかに金属と思われるもので作られたかたい鎧で、全身を包んでいたのだ。  しかしその姿は、じつにふしぎな、そしてめずらしいものであった。それを見つけた人々は、なんとかしてその死骸の姿に似たようなものを、これまでに見た雑誌の写真や、映画などから思い出そうとしたが、だめであった。まったく今までに、それに似かよったものが見あたらないのだ。  だが、それが一つの死骸であることだけはわかった。首もあるし、胴も手足もあったから……。眼もちゃんと二つあるし、鼻もあった。口もあり、耳もあった。たしかに人間の持っている顔の道具はそろっていた。  こういう風にのべると、あたりまえの人間と、あまりかわらないように聞えるが、さてもっとくわしく全身を見て行くと、これもふしぎ、あれもへんだと、次々に奇妙なことが発見されるのであった。  まずその死骸の色であるが、前にものべたとおり、たしかに金属で作ったと思われるかたい鎧で全身を包んでいたが、その色は、目のさめるような緑色であった。毎年五月になると、木々のこずえには若葉がしげり、それが太陽の光をうけてあざやかな緑色にかがやくが、あの若葉のような緑色であった。  緑色の金属――そんなものは、あまり見かけたことがない。私たちの知っている金属といえば、たいてい銀色に光っているとか、さびて黒くなっているとか、朱色になっているのがふつうであった。この緑色の金属は、いったい何という金属であろうか。  死骸のこの緑色にひきつけられて、じっと見つめていた人々は、やがてなんとなく嘔き気をもよおしてきた。熱帯にすむ青いとかげのことを思い出したからであろう。  しかし何よりも人々にふしぎな思いをいだかせたのは、その死骸の顔であった。顔というよりも、ふしぎな首といった方がよいかもしれない。  三本の角が、頭の上に生えていた。二本なら牛や鬼と同じであるが、それよりももう一本多い。そしてその角は前の方に二本生えていて、もう一本はすこし後にあった。後の角は半分ばかり土の中にめりこんでいた。  その角が、牛の角や鬼の角とはちがい、奇妙な形をしていた。太鼓をうつ撥という棒がある。その撥には、いろいろな種類があるが、棒のさきに丸い玉のついた撥があるのをごぞんじであろう。死骸の角は、じつにその撥のような形をしていて、角の先に丸い玉がついていた。太さは鉛筆をすこし太くしたくらいであった。  その角は、糸をまいたように、横にしわがあった。そこに集っていた一人がおそるおそる、その角をつかんでひっぱってみた。すると、まるで鎖でもひっぱり出すように、角がずるずると長くのびてきて、一メートルほどになったので、その人は、きゃっと悲鳴をあげて手をはなした。  すると毒蛇のようにのびた角は、ゴムがちぢまるように、するするぴちんとちぢんで、もとのように短くなった。  目は、大きな懐中時計くらい大きく、そして厚いレンズをはめこんだように、ぎらぎら光っていた。目は二つあったが、あとになって、目は三つあることがわかった。二つの目は私たちと同じように、ならんで前についていたが、もう一つの目は、頭の後についていたのである。それはあとでこの死骸をひっくりかえしたときにわかったことだ。  耳は大きく、二つあって、その形は、どことなくラッパに似ていた。  鼻はひくくて長かった。  口はたいへん大きく、耳の下までさけているように見え、厚ぼったい唇があった。その唇へ、一人の男が棒をさしこんであけてみたところ、たしかに中には口腔があったが、ふしぎなことに歯が一本もなかった。  まったく、ふしぎな死骸であった。  この死骸の身長は、はかってみると、一メートル八〇あった。ふつうの日本人より、よほど背が高いわけだ。  この死骸のふしぎなことについては、まだまだのべることがあるが、それはだんだん後で書いていくことにするが、以上のべたところだけによっても、この死骸がじつに奇妙なものであることがおわかりになったであろう。  では、この奇妙な死骸が、どうしてこんな地底ふかいところで発見されたか、そのころの話をこれからすこし書かねばならない。
奇妙な死骸が包まれていた鎧はどのような色をしていたか。
奇妙な死骸が包まれていた鎧は、目のさめるような緑色であった。
JCRRAG_010629
国語
ここに一つの奇妙な死骸が、地底七百メートルの坑道の中で発見された。坑道というのは、鉱石をほりだすため、地の底へむけてほった穴の中のことだ。  その奇妙な死骸は、たしかに金属と思われるもので作られたかたい鎧で、全身を包んでいたのだ。  しかしその姿は、じつにふしぎな、そしてめずらしいものであった。それを見つけた人々は、なんとかしてその死骸の姿に似たようなものを、これまでに見た雑誌の写真や、映画などから思い出そうとしたが、だめであった。まったく今までに、それに似かよったものが見あたらないのだ。  だが、それが一つの死骸であることだけはわかった。首もあるし、胴も手足もあったから……。眼もちゃんと二つあるし、鼻もあった。口もあり、耳もあった。たしかに人間の持っている顔の道具はそろっていた。  こういう風にのべると、あたりまえの人間と、あまりかわらないように聞えるが、さてもっとくわしく全身を見て行くと、これもふしぎ、あれもへんだと、次々に奇妙なことが発見されるのであった。  まずその死骸の色であるが、前にものべたとおり、たしかに金属で作ったと思われるかたい鎧で全身を包んでいたが、その色は、目のさめるような緑色であった。毎年五月になると、木々のこずえには若葉がしげり、それが太陽の光をうけてあざやかな緑色にかがやくが、あの若葉のような緑色であった。  緑色の金属――そんなものは、あまり見かけたことがない。私たちの知っている金属といえば、たいてい銀色に光っているとか、さびて黒くなっているとか、朱色になっているのがふつうであった。この緑色の金属は、いったい何という金属であろうか。  死骸のこの緑色にひきつけられて、じっと見つめていた人々は、やがてなんとなく嘔き気をもよおしてきた。熱帯にすむ青いとかげのことを思い出したからであろう。  しかし何よりも人々にふしぎな思いをいだかせたのは、その死骸の顔であった。顔というよりも、ふしぎな首といった方がよいかもしれない。  三本の角が、頭の上に生えていた。二本なら牛や鬼と同じであるが、それよりももう一本多い。そしてその角は前の方に二本生えていて、もう一本はすこし後にあった。後の角は半分ばかり土の中にめりこんでいた。  その角が、牛の角や鬼の角とはちがい、奇妙な形をしていた。太鼓をうつ撥という棒がある。その撥には、いろいろな種類があるが、棒のさきに丸い玉のついた撥があるのをごぞんじであろう。死骸の角は、じつにその撥のような形をしていて、角の先に丸い玉がついていた。太さは鉛筆をすこし太くしたくらいであった。  その角は、糸をまいたように、横にしわがあった。そこに集っていた一人がおそるおそる、その角をつかんでひっぱってみた。すると、まるで鎖でもひっぱり出すように、角がずるずると長くのびてきて、一メートルほどになったので、その人は、きゃっと悲鳴をあげて手をはなした。  すると毒蛇のようにのびた角は、ゴムがちぢまるように、するするぴちんとちぢんで、もとのように短くなった。  目は、大きな懐中時計くらい大きく、そして厚いレンズをはめこんだように、ぎらぎら光っていた。目は二つあったが、あとになって、目は三つあることがわかった。二つの目は私たちと同じように、ならんで前についていたが、もう一つの目は、頭の後についていたのである。それはあとでこの死骸をひっくりかえしたときにわかったことだ。  耳は大きく、二つあって、その形は、どことなくラッパに似ていた。  鼻はひくくて長かった。  口はたいへん大きく、耳の下までさけているように見え、厚ぼったい唇があった。その唇へ、一人の男が棒をさしこんであけてみたところ、たしかに中には口腔があったが、ふしぎなことに歯が一本もなかった。  まったく、ふしぎな死骸であった。  この死骸の身長は、はかってみると、一メートル八〇あった。ふつうの日本人より、よほど背が高いわけだ。  この死骸のふしぎなことについては、まだまだのべることがあるが、それはだんだん後で書いていくことにするが、以上のべたところだけによっても、この死骸がじつに奇妙なものであることがおわかりになったであろう。  では、この奇妙な死骸が、どうしてこんな地底ふかいところで発見されたか、そのころの話をこれからすこし書かねばならない。
奇妙な死骸には何本の角が頭の上に生えていたか。
奇妙な死骸の頭の上には三本の角が生えていた。
JCRRAG_010630
国語
ここに一つの奇妙な死骸が、地底七百メートルの坑道の中で発見された。坑道というのは、鉱石をほりだすため、地の底へむけてほった穴の中のことだ。  その奇妙な死骸は、たしかに金属と思われるもので作られたかたい鎧で、全身を包んでいたのだ。  しかしその姿は、じつにふしぎな、そしてめずらしいものであった。それを見つけた人々は、なんとかしてその死骸の姿に似たようなものを、これまでに見た雑誌の写真や、映画などから思い出そうとしたが、だめであった。まったく今までに、それに似かよったものが見あたらないのだ。  だが、それが一つの死骸であることだけはわかった。首もあるし、胴も手足もあったから……。眼もちゃんと二つあるし、鼻もあった。口もあり、耳もあった。たしかに人間の持っている顔の道具はそろっていた。  こういう風にのべると、あたりまえの人間と、あまりかわらないように聞えるが、さてもっとくわしく全身を見て行くと、これもふしぎ、あれもへんだと、次々に奇妙なことが発見されるのであった。  まずその死骸の色であるが、前にものべたとおり、たしかに金属で作ったと思われるかたい鎧で全身を包んでいたが、その色は、目のさめるような緑色であった。毎年五月になると、木々のこずえには若葉がしげり、それが太陽の光をうけてあざやかな緑色にかがやくが、あの若葉のような緑色であった。  緑色の金属――そんなものは、あまり見かけたことがない。私たちの知っている金属といえば、たいてい銀色に光っているとか、さびて黒くなっているとか、朱色になっているのがふつうであった。この緑色の金属は、いったい何という金属であろうか。  死骸のこの緑色にひきつけられて、じっと見つめていた人々は、やがてなんとなく嘔き気をもよおしてきた。熱帯にすむ青いとかげのことを思い出したからであろう。  しかし何よりも人々にふしぎな思いをいだかせたのは、その死骸の顔であった。顔というよりも、ふしぎな首といった方がよいかもしれない。  三本の角が、頭の上に生えていた。二本なら牛や鬼と同じであるが、それよりももう一本多い。そしてその角は前の方に二本生えていて、もう一本はすこし後にあった。後の角は半分ばかり土の中にめりこんでいた。  その角が、牛の角や鬼の角とはちがい、奇妙な形をしていた。太鼓をうつ撥という棒がある。その撥には、いろいろな種類があるが、棒のさきに丸い玉のついた撥があるのをごぞんじであろう。死骸の角は、じつにその撥のような形をしていて、角の先に丸い玉がついていた。太さは鉛筆をすこし太くしたくらいであった。  その角は、糸をまいたように、横にしわがあった。そこに集っていた一人がおそるおそる、その角をつかんでひっぱってみた。すると、まるで鎖でもひっぱり出すように、角がずるずると長くのびてきて、一メートルほどになったので、その人は、きゃっと悲鳴をあげて手をはなした。  すると毒蛇のようにのびた角は、ゴムがちぢまるように、するするぴちんとちぢんで、もとのように短くなった。  目は、大きな懐中時計くらい大きく、そして厚いレンズをはめこんだように、ぎらぎら光っていた。目は二つあったが、あとになって、目は三つあることがわかった。二つの目は私たちと同じように、ならんで前についていたが、もう一つの目は、頭の後についていたのである。それはあとでこの死骸をひっくりかえしたときにわかったことだ。  耳は大きく、二つあって、その形は、どことなくラッパに似ていた。  鼻はひくくて長かった。  口はたいへん大きく、耳の下までさけているように見え、厚ぼったい唇があった。その唇へ、一人の男が棒をさしこんであけてみたところ、たしかに中には口腔があったが、ふしぎなことに歯が一本もなかった。  まったく、ふしぎな死骸であった。  この死骸の身長は、はかってみると、一メートル八〇あった。ふつうの日本人より、よほど背が高いわけだ。  この死骸のふしぎなことについては、まだまだのべることがあるが、それはだんだん後で書いていくことにするが、以上のべたところだけによっても、この死骸がじつに奇妙なものであることがおわかりになったであろう。  では、この奇妙な死骸が、どうしてこんな地底ふかいところで発見されたか、そのころの話をこれからすこし書かねばならない。
奇妙な死骸の耳の特徴はなにか。
奇妙な死骸の耳の特徴は耳は大きく、二つあって、その形は、どことなくラッパに似ていました。
JCRRAG_010631
国語
この奇妙な死骸の発見者は、金田という鉱員と、川上と山岸という二人の少年鉱員であった。  この三人は、梅雨ばれの空をあおぎながら、早朝この山へのぼってきた。  この山は、この間までりっぱな坑道をもった鉱山であったが、とつぜん五百機に近い敵機の大編隊によって集中爆撃をうけ、そのためにこの鉱山はめちゃめちゃになった。  坑道の入口はたたきつぶされ、変電所も動力室も事務所も、あとかたなく粉砕されてしまった。坑道を通って外へ鉱石をはこび出すためのケーブル吊下げ式の運搬器も、その鉄塔も、爆風のため吹きとんでしまい、今は切れ切れになった鋼索が、赤い土のあいだから、枯草のように顔を出しているだけであった。  それよりも、すごい光景は、この鉱山の上に爆弾が集中されたため、山の形がすっかりかわってしまって、地獄谷のようなありさまになっていることだ。その間から、ほりかえされた坑道が、あっちにもこっちにも、ぽかんと口をあけ、あるところは噴火口のように見えていた。  金田と、川上、山岸の三人は、この日このように破壊された坑道のどこからか地中にはいりこみ、この間まで働いていた第八十八鉱区が今どんなになっているか、それをよく見てしらべてくるのが仕事だった。それはかなり危険な仕事であったが、戦争の最中のことで、鉱区はできるだけ早くもとのようになおして、鉱石をほりだすようにしなければならないので、三人はえらばれて、この山へやってきたのである。それは敵機の大爆撃があってから、七日めのことだった。  山へついた三人は、いつもはいりなれた坑道の入口がわからないので、まごついた。やむなくそれから山の頂上へのぼって、上からようすを見ることにしたが、三人は前にのべたように、地嶽谷のようなものすごい破壊の光景にぶつかって、たいへんおどろいた。しばらくはぼんやりとそこにたたずんで、口がきけなかったほどであった。  が、金田はもう老人といわれる年齢になった老鉱員であるが、十四歳の時からずっとこの山で働いていたしっかり者だけに、二人の少年をはげまして、ついに地中へもぐりこんだのである。  頭には、上から落ちてくる岩をふせぐための弾力のある帽子をしっかりかぶり、手にはするどい鉤のついた小さい手斧と、強い燭光の手提灯をもち、腰には長い綱をさげていた。そのほかに、携帯用の強力な穴ほり道具を、三人が分解して肩にかついでいた。  せっかくはいりこんだ坑道が、盲管のように行きどまりになっていたので、三人はいくども、もとへもどらなければならなかった。  でも、そんなことをくりかえしているうちに、ようやくわりあい崩れ落ちているところのすくない坑道にもぐりこむことができて、三人はすこし明かるい心になった。  それでもやっぱり、落磐の個所がつぎつぎに出てきた。三人は、酸水素爆発を応用した穴ほり道具を、なるべく使わないようにしながら進んだ。こうして進むうちにも、不安定な状態にある坑道は、いつ新しい落磐をおこすかもしれないので、そのときは強力な穴掘り道具を使う方針であった。  およそ四時間もかかって、ようよう三人は第八十八鉱区の入口にたどりついた。  たいへんうれしかった。  しかしこれから先が問題である。働きなれたなつかしい鉱区の中は、いったいどんなになっているのであろうか。  三人は、そこで持ってきた握飯をたべ、水筒から水をのんで元気をつけた。  それからいよいよ中へ入っていったのである。  ところが坑内は、意外にもきちんとしていた。もっともここはそうとう深いところでもあるし、地質もしっかりしているので、きちんとしていることがむしろあたりまえだった。だが地上のあのすごい光景にびっくりさせられた三人は、第八十八鉱区のこの無事なありさまが意外に感ぜられた。  が、三人が、この鉱区の中央をつらぬく竪坑のところへ、横合から出たときには、思わずあっとさけんだ。  いつもこの竪坑は暗かった。今は電灯もついておらず、さぞまっくらであろうと思っていたところ、その竪坑へ出ようとするところが、ぼうっと明かるかった。日の光が、どこからかさしこんでいる様子だ。それから三人はいそいで竪坑へ出た。そして上を見たのである。竪坑は明かるかった。上を見ると、盆くらいのひろさの空が見え、そこからつよく日がさしこんでいた。 「これはどういうわけだろう」  と、金田はつぶやいた。 「竪坑はまっくらなはずですね。これは場所がちがうのではないでしょうか」  と、川上少年鉱員がいった。 「いや、うちの竪坑にちがいない」  金田はつよくいった。 「ああ、わかった。竪坑の上から爆弾が落ちて、天井がぬけてしまったんだよ」  と、山岸少年鉱員がさけんだ。 「そうだ。それにちがいない」と、金田がうなずいて、「それにしても、あんなに厚い山がふきとんで、竪坑の天井がなくなるなんて、すごい爆発だなあ」  まったくものすごい爆撃をくらったものである。  それから三人は、竪坑をおりることにした。前にはあった昇降機も見えなければ、それを吊っていた鋼索もないので、三人は持っていた綱をつなぎあわせ、それにすがって下へおりることにした。  竪坑の底まで、そこからなお五十メートルばかりあった。  先へ金田がおり、つづいて川上、山岸の順でおりた。  竪坑の底も、やっぱり明かるかった。しかしそこには上から落ちてきた岩のかけらが、小さい山をなしていた。  この小山は、一方がひっかいたように、岩のかけらがくずれて凹んでいた。  見ると、そこからくずれて、下へ向けてゆるやかな傾斜をもった坑道の中へ流れこんでいた。その下には最近ほりかけた一つの坑道があるのだ。そこは三人が働いていたところなので、どんなふうになっているだろうかと気にかかった。そこで三人はほかのしらべは後まわしにして、ざらざらすべる斜面を下へおりていったのである。  奇妙な例の死骸は、その底において発見されたのである。大の字なりに上をむき、足を入口に近い方にし、頭は奥のほうに半分うずもれていたのである。  三人がどんなにおどろいたかということは、三人とも気がついたときは地上を走っていたことによっても知られる。三人はいつどこをどうして地上にとび出したか、さっぱりおぼえがないといっている。
奇妙な死骸の発見者は、だれか。
この奇妙な死骸の発見者は、金田という鉱員と、川上と山岸という二人の少年鉱員であった。
JCRRAG_010632
国語
この奇妙な死骸の発見者は、金田という鉱員と、川上と山岸という二人の少年鉱員であった。  この三人は、梅雨ばれの空をあおぎながら、早朝この山へのぼってきた。  この山は、この間までりっぱな坑道をもった鉱山であったが、とつぜん五百機に近い敵機の大編隊によって集中爆撃をうけ、そのためにこの鉱山はめちゃめちゃになった。  坑道の入口はたたきつぶされ、変電所も動力室も事務所も、あとかたなく粉砕されてしまった。坑道を通って外へ鉱石をはこび出すためのケーブル吊下げ式の運搬器も、その鉄塔も、爆風のため吹きとんでしまい、今は切れ切れになった鋼索が、赤い土のあいだから、枯草のように顔を出しているだけであった。  それよりも、すごい光景は、この鉱山の上に爆弾が集中されたため、山の形がすっかりかわってしまって、地獄谷のようなありさまになっていることだ。その間から、ほりかえされた坑道が、あっちにもこっちにも、ぽかんと口をあけ、あるところは噴火口のように見えていた。  金田と、川上、山岸の三人は、この日このように破壊された坑道のどこからか地中にはいりこみ、この間まで働いていた第八十八鉱区が今どんなになっているか、それをよく見てしらべてくるのが仕事だった。それはかなり危険な仕事であったが、戦争の最中のことで、鉱区はできるだけ早くもとのようになおして、鉱石をほりだすようにしなければならないので、三人はえらばれて、この山へやってきたのである。それは敵機の大爆撃があってから、七日めのことだった。  山へついた三人は、いつもはいりなれた坑道の入口がわからないので、まごついた。やむなくそれから山の頂上へのぼって、上からようすを見ることにしたが、三人は前にのべたように、地嶽谷のようなものすごい破壊の光景にぶつかって、たいへんおどろいた。しばらくはぼんやりとそこにたたずんで、口がきけなかったほどであった。  が、金田はもう老人といわれる年齢になった老鉱員であるが、十四歳の時からずっとこの山で働いていたしっかり者だけに、二人の少年をはげまして、ついに地中へもぐりこんだのである。  頭には、上から落ちてくる岩をふせぐための弾力のある帽子をしっかりかぶり、手にはするどい鉤のついた小さい手斧と、強い燭光の手提灯をもち、腰には長い綱をさげていた。そのほかに、携帯用の強力な穴ほり道具を、三人が分解して肩にかついでいた。  せっかくはいりこんだ坑道が、盲管のように行きどまりになっていたので、三人はいくども、もとへもどらなければならなかった。  でも、そんなことをくりかえしているうちに、ようやくわりあい崩れ落ちているところのすくない坑道にもぐりこむことができて、三人はすこし明かるい心になった。  それでもやっぱり、落磐の個所がつぎつぎに出てきた。三人は、酸水素爆発を応用した穴ほり道具を、なるべく使わないようにしながら進んだ。こうして進むうちにも、不安定な状態にある坑道は、いつ新しい落磐をおこすかもしれないので、そのときは強力な穴掘り道具を使う方針であった。  およそ四時間もかかって、ようよう三人は第八十八鉱区の入口にたどりついた。  たいへんうれしかった。  しかしこれから先が問題である。働きなれたなつかしい鉱区の中は、いったいどんなになっているのであろうか。  三人は、そこで持ってきた握飯をたべ、水筒から水をのんで元気をつけた。  それからいよいよ中へ入っていったのである。  ところが坑内は、意外にもきちんとしていた。もっともここはそうとう深いところでもあるし、地質もしっかりしているので、きちんとしていることがむしろあたりまえだった。だが地上のあのすごい光景にびっくりさせられた三人は、第八十八鉱区のこの無事なありさまが意外に感ぜられた。  が、三人が、この鉱区の中央をつらぬく竪坑のところへ、横合から出たときには、思わずあっとさけんだ。  いつもこの竪坑は暗かった。今は電灯もついておらず、さぞまっくらであろうと思っていたところ、その竪坑へ出ようとするところが、ぼうっと明かるかった。日の光が、どこからかさしこんでいる様子だ。それから三人はいそいで竪坑へ出た。そして上を見たのである。竪坑は明かるかった。上を見ると、盆くらいのひろさの空が見え、そこからつよく日がさしこんでいた。 「これはどういうわけだろう」  と、金田はつぶやいた。 「竪坑はまっくらなはずですね。これは場所がちがうのではないでしょうか」  と、川上少年鉱員がいった。 「いや、うちの竪坑にちがいない」  金田はつよくいった。 「ああ、わかった。竪坑の上から爆弾が落ちて、天井がぬけてしまったんだよ」  と、山岸少年鉱員がさけんだ。 「そうだ。それにちがいない」と、金田がうなずいて、「それにしても、あんなに厚い山がふきとんで、竪坑の天井がなくなるなんて、すごい爆発だなあ」  まったくものすごい爆撃をくらったものである。  それから三人は、竪坑をおりることにした。前にはあった昇降機も見えなければ、それを吊っていた鋼索もないので、三人は持っていた綱をつなぎあわせ、それにすがって下へおりることにした。  竪坑の底まで、そこからなお五十メートルばかりあった。  先へ金田がおり、つづいて川上、山岸の順でおりた。  竪坑の底も、やっぱり明かるかった。しかしそこには上から落ちてきた岩のかけらが、小さい山をなしていた。  この小山は、一方がひっかいたように、岩のかけらがくずれて凹んでいた。  見ると、そこからくずれて、下へ向けてゆるやかな傾斜をもった坑道の中へ流れこんでいた。その下には最近ほりかけた一つの坑道があるのだ。そこは三人が働いていたところなので、どんなふうになっているだろうかと気にかかった。そこで三人はほかのしらべは後まわしにして、ざらざらすべる斜面を下へおりていったのである。  奇妙な例の死骸は、その底において発見されたのである。大の字なりに上をむき、足を入口に近い方にし、頭は奥のほうに半分うずもれていたのである。  三人がどんなにおどろいたかということは、三人とも気がついたときは地上を走っていたことによっても知られる。三人はいつどこをどうして地上にとび出したか、さっぱりおぼえがないといっている。
この間までりっぱな坑道をもった鉱山はなぜめちゃめちゃになったか。
この山は、この間までりっぱな坑道をもった鉱山であったが、とつぜん五百機に近い敵機の大編隊によって集中爆撃をうけ、そのためにこの鉱山はめちゃめちゃになった。
JCRRAG_010633
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この奇妙な死骸の発見者は、金田という鉱員と、川上と山岸という二人の少年鉱員であった。  この三人は、梅雨ばれの空をあおぎながら、早朝この山へのぼってきた。  この山は、この間までりっぱな坑道をもった鉱山であったが、とつぜん五百機に近い敵機の大編隊によって集中爆撃をうけ、そのためにこの鉱山はめちゃめちゃになった。  坑道の入口はたたきつぶされ、変電所も動力室も事務所も、あとかたなく粉砕されてしまった。坑道を通って外へ鉱石をはこび出すためのケーブル吊下げ式の運搬器も、その鉄塔も、爆風のため吹きとんでしまい、今は切れ切れになった鋼索が、赤い土のあいだから、枯草のように顔を出しているだけであった。  それよりも、すごい光景は、この鉱山の上に爆弾が集中されたため、山の形がすっかりかわってしまって、地獄谷のようなありさまになっていることだ。その間から、ほりかえされた坑道が、あっちにもこっちにも、ぽかんと口をあけ、あるところは噴火口のように見えていた。  金田と、川上、山岸の三人は、この日このように破壊された坑道のどこからか地中にはいりこみ、この間まで働いていた第八十八鉱区が今どんなになっているか、それをよく見てしらべてくるのが仕事だった。それはかなり危険な仕事であったが、戦争の最中のことで、鉱区はできるだけ早くもとのようになおして、鉱石をほりだすようにしなければならないので、三人はえらばれて、この山へやってきたのである。それは敵機の大爆撃があってから、七日めのことだった。  山へついた三人は、いつもはいりなれた坑道の入口がわからないので、まごついた。やむなくそれから山の頂上へのぼって、上からようすを見ることにしたが、三人は前にのべたように、地嶽谷のようなものすごい破壊の光景にぶつかって、たいへんおどろいた。しばらくはぼんやりとそこにたたずんで、口がきけなかったほどであった。  が、金田はもう老人といわれる年齢になった老鉱員であるが、十四歳の時からずっとこの山で働いていたしっかり者だけに、二人の少年をはげまして、ついに地中へもぐりこんだのである。  頭には、上から落ちてくる岩をふせぐための弾力のある帽子をしっかりかぶり、手にはするどい鉤のついた小さい手斧と、強い燭光の手提灯をもち、腰には長い綱をさげていた。そのほかに、携帯用の強力な穴ほり道具を、三人が分解して肩にかついでいた。  せっかくはいりこんだ坑道が、盲管のように行きどまりになっていたので、三人はいくども、もとへもどらなければならなかった。  でも、そんなことをくりかえしているうちに、ようやくわりあい崩れ落ちているところのすくない坑道にもぐりこむことができて、三人はすこし明かるい心になった。  それでもやっぱり、落磐の個所がつぎつぎに出てきた。三人は、酸水素爆発を応用した穴ほり道具を、なるべく使わないようにしながら進んだ。こうして進むうちにも、不安定な状態にある坑道は、いつ新しい落磐をおこすかもしれないので、そのときは強力な穴掘り道具を使う方針であった。  およそ四時間もかかって、ようよう三人は第八十八鉱区の入口にたどりついた。  たいへんうれしかった。  しかしこれから先が問題である。働きなれたなつかしい鉱区の中は、いったいどんなになっているのであろうか。  三人は、そこで持ってきた握飯をたべ、水筒から水をのんで元気をつけた。  それからいよいよ中へ入っていったのである。  ところが坑内は、意外にもきちんとしていた。もっともここはそうとう深いところでもあるし、地質もしっかりしているので、きちんとしていることがむしろあたりまえだった。だが地上のあのすごい光景にびっくりさせられた三人は、第八十八鉱区のこの無事なありさまが意外に感ぜられた。  が、三人が、この鉱区の中央をつらぬく竪坑のところへ、横合から出たときには、思わずあっとさけんだ。  いつもこの竪坑は暗かった。今は電灯もついておらず、さぞまっくらであろうと思っていたところ、その竪坑へ出ようとするところが、ぼうっと明かるかった。日の光が、どこからかさしこんでいる様子だ。それから三人はいそいで竪坑へ出た。そして上を見たのである。竪坑は明かるかった。上を見ると、盆くらいのひろさの空が見え、そこからつよく日がさしこんでいた。 「これはどういうわけだろう」  と、金田はつぶやいた。 「竪坑はまっくらなはずですね。これは場所がちがうのではないでしょうか」  と、川上少年鉱員がいった。 「いや、うちの竪坑にちがいない」  金田はつよくいった。 「ああ、わかった。竪坑の上から爆弾が落ちて、天井がぬけてしまったんだよ」  と、山岸少年鉱員がさけんだ。 「そうだ。それにちがいない」と、金田がうなずいて、「それにしても、あんなに厚い山がふきとんで、竪坑の天井がなくなるなんて、すごい爆発だなあ」  まったくものすごい爆撃をくらったものである。  それから三人は、竪坑をおりることにした。前にはあった昇降機も見えなければ、それを吊っていた鋼索もないので、三人は持っていた綱をつなぎあわせ、それにすがって下へおりることにした。  竪坑の底まで、そこからなお五十メートルばかりあった。  先へ金田がおり、つづいて川上、山岸の順でおりた。  竪坑の底も、やっぱり明かるかった。しかしそこには上から落ちてきた岩のかけらが、小さい山をなしていた。  この小山は、一方がひっかいたように、岩のかけらがくずれて凹んでいた。  見ると、そこからくずれて、下へ向けてゆるやかな傾斜をもった坑道の中へ流れこんでいた。その下には最近ほりかけた一つの坑道があるのだ。そこは三人が働いていたところなので、どんなふうになっているだろうかと気にかかった。そこで三人はほかのしらべは後まわしにして、ざらざらすべる斜面を下へおりていったのである。  奇妙な例の死骸は、その底において発見されたのである。大の字なりに上をむき、足を入口に近い方にし、頭は奥のほうに半分うずもれていたのである。  三人がどんなにおどろいたかということは、三人とも気がついたときは地上を走っていたことによっても知られる。三人はいつどこをどうして地上にとび出したか、さっぱりおぼえがないといっている。
三人は、どのようにして第八十八鉱区の竪坑をおりることに成功したか。
三人は、持っていた綱をつなぎあわせ、それにすがって第八十八鉱区の竪坑を下へおりることにしました。
JCRRAG_010634
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息せききって、三人は本部へかけこんだ。そのとき本部につめあわしていた人々は、三人が気が変になったのではないかと思ったそうだ。  顔色は死人のように青ざめて血の気がなく、両眼はかっとむいたままで、まばたきもしない。そしてしきりに口をぱくぱくするのであるが、さっぱり言葉が出ない。出るのは、動物のなき声に似たかすれた叫びだけであったという。  それでも三人は、水をのませられたり、はげまされたりしてそれからしばらくして、気をとりなおしたのであった。そしてようやく三人が見た「地底の怪物」のことが、本部の人々に通じたのであった。  その物がたりは、こんどは本部の人々の顔をまっ青にかえた。なかには、それはこわいこわいと思うあまり、見ちがえたのであろうという者もあったが、三人がくりかえしのべる話を聞いているうちに、その者もやっぱり顔色をかえる組へはいっていった。  決死視察隊が編成された。  ふだんから強いことをいっている連中が二十名、それに警官が二名くわわり、金田と二少年を案内にさせて、第八十八鉱区の底へおりていったのである。  決死視察隊の一同が、そこで何を見たか、どんなにおどろいたかは、ここにあらためてのべるまでもあるまい。とにかく、その結果「地底の怪物」は「奇妙な緑色の死骸」とよばれ、本部へ報告され、さわぎはだんだんに大きくなっていった。  さらに大勢の社員や、警官などが、第八十八鉱区の中におりていった。  奇妙な死骸のまわりには、勇気のある人たちが、入れかわりたちかわり集ったり、散ったりした。 「何者ですかなあ、これは……」 「何者というよりも、これは人間だろうか」 「さあ、人間にはちがいないと思いますなあ、手足も首も胴もちゃんとそろっているのですからねえ」 「しかし角が生えていますよ。角の生えている人間がすんでいるなんて、私は聞いたことがない」 「そうだ、角が生えている。これは私たちが昔話で聞いた青鬼というものじゃないでしょうか」 「なにをいうんだ、ばかばかしい。今の世の中に青鬼なんかがすんでいるものですか。君は気がどうかしているよ」 「でも、そうとしか考えられないではないですか。それとも君は、なにかしっかりした考えがあるのですか」 「そういわれるとこまるが、とにかく私はね、この人間が着ている鎧をぬいでみれば、早いところその正体がわかると思うんだがね」 「鎧ですって。鎧ですか、これは。しかし、きちんと体にあっていますよ」 「きちんと身体に合っている鎧は、今までにもないことはありませんよ。中世紀のヨーロッパの騎士は、これに似た鎧を着ていましたからねえ」 「中世紀のヨーロッパの騎士の話なんかしても、仕方がありませんよ。ここはアジアの日本なんだからねえ。それに今は中世紀ではありませんよ。それから何百年もたっている皇紀二千六百十年ですからねえ」  集った人々の話は、いつまでたっても尽きなかった。しかしだれひとりとして、この奇妙なる死骸の正体をいいあてた者はなかった。  本部でもこまった。警察のほうでも、同じようにこまった。こまったあげく、ようやくきまったことは、東京へむけてこのことを急報し、だれかえらい学者に来てもらうことと、警視庁の捜査課の腕利きの捜査官にも来てもらうことであった。  さっそくこのことは、電話で東京へ通ぜられた。いきなりこの変な報告をうけた東京がわでは、やっぱり変な人が、電話口に出ていると思ったそうである。くどくどといくども説明をくりかえして、やっとわかってもらうことができた。  とにかくそれぞれのむきへも連絡して、できるだけ早く、東京から調査官をおくるから安心するように。それから奇妙な死骸のある現場はなるべくそのままにして、手をふれないようにせよと、東京がわから注意があった。  このような手配がすんで、鉱山の人々も、土地の警察も、ほっとひと安心した。  そこで人々の気持も、前よりはいくぶんゆっくりして来た。そのとき、ある人がきゅうに大きな声を出したので、まわりにいた人たちは、また何ごとが起ったかとおどろいた。 「そうだ。本社の研究所へ来ている理学士の帆村荘六氏にこれを見せるのがいい。あの人なら僕たちよりずっと物知りだから、きっと、もっとはっきりしたことが、わかるかもしれない」 「ああ、そうか。帆村理学士という名探偵が、うちの会社へ来ていたね。あの人は前に科学探偵をやっていたというから、これはいいかもしれない。もっと早く気がつけば、こんなにあわてるのではなかったのに……」  といっているとき、人々の中へぬっとはいって来た長身の人物があった。眼鏡をかけ、顔色のあさぐろい、そして大きい唇をもった人物であった。 「ああ、みなさん。あの奇妙な死骸が、どうしてこんな深い地底にあるかということが、はっきりわかりましたよ」  彼は太い音楽的な声で、そういった。  あつまっている人々は、声のするほうをふりむいた。 「おお、帆村さんだ。帆村さん、いつのまにここへ来られたのですか」  と、一同はおどろいて、帆村の顔をうちながめた。  さてこの帆村理学士は、奇妙な死骸の謎について、いったいどんな科学的解決をあたえたのであろうか。かれはもういつのまにやら、しらべを始めていたのだ。
本部へかけこんできた三人を人々が気が変になったのかと疑ったのはどのような様子だったからですか。
本部へかけこんできた三人の顔色は死人のように青ざめて血の気がなく、両眼はかっとむいたままで、まばたきもしない。そしてしきりに口をぱくぱくするのであるが、さっぱり言葉が出ない。出るのは、動物のなき声に似たかすれた叫びだけであったからです。
JCRRAG_010635
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息せききって、三人は本部へかけこんだ。そのとき本部につめあわしていた人々は、三人が気が変になったのではないかと思ったそうだ。  顔色は死人のように青ざめて血の気がなく、両眼はかっとむいたままで、まばたきもしない。そしてしきりに口をぱくぱくするのであるが、さっぱり言葉が出ない。出るのは、動物のなき声に似たかすれた叫びだけであったという。  それでも三人は、水をのませられたり、はげまされたりしてそれからしばらくして、気をとりなおしたのであった。そしてようやく三人が見た「地底の怪物」のことが、本部の人々に通じたのであった。  その物がたりは、こんどは本部の人々の顔をまっ青にかえた。なかには、それはこわいこわいと思うあまり、見ちがえたのであろうという者もあったが、三人がくりかえしのべる話を聞いているうちに、その者もやっぱり顔色をかえる組へはいっていった。  決死視察隊が編成された。  ふだんから強いことをいっている連中が二十名、それに警官が二名くわわり、金田と二少年を案内にさせて、第八十八鉱区の底へおりていったのである。  決死視察隊の一同が、そこで何を見たか、どんなにおどろいたかは、ここにあらためてのべるまでもあるまい。とにかく、その結果「地底の怪物」は「奇妙な緑色の死骸」とよばれ、本部へ報告され、さわぎはだんだんに大きくなっていった。  さらに大勢の社員や、警官などが、第八十八鉱区の中におりていった。  奇妙な死骸のまわりには、勇気のある人たちが、入れかわりたちかわり集ったり、散ったりした。 「何者ですかなあ、これは……」 「何者というよりも、これは人間だろうか」 「さあ、人間にはちがいないと思いますなあ、手足も首も胴もちゃんとそろっているのですからねえ」 「しかし角が生えていますよ。角の生えている人間がすんでいるなんて、私は聞いたことがない」 「そうだ、角が生えている。これは私たちが昔話で聞いた青鬼というものじゃないでしょうか」 「なにをいうんだ、ばかばかしい。今の世の中に青鬼なんかがすんでいるものですか。君は気がどうかしているよ」 「でも、そうとしか考えられないではないですか。それとも君は、なにかしっかりした考えがあるのですか」 「そういわれるとこまるが、とにかく私はね、この人間が着ている鎧をぬいでみれば、早いところその正体がわかると思うんだがね」 「鎧ですって。鎧ですか、これは。しかし、きちんと体にあっていますよ」 「きちんと身体に合っている鎧は、今までにもないことはありませんよ。中世紀のヨーロッパの騎士は、これに似た鎧を着ていましたからねえ」 「中世紀のヨーロッパの騎士の話なんかしても、仕方がありませんよ。ここはアジアの日本なんだからねえ。それに今は中世紀ではありませんよ。それから何百年もたっている皇紀二千六百十年ですからねえ」  集った人々の話は、いつまでたっても尽きなかった。しかしだれひとりとして、この奇妙なる死骸の正体をいいあてた者はなかった。  本部でもこまった。警察のほうでも、同じようにこまった。こまったあげく、ようやくきまったことは、東京へむけてこのことを急報し、だれかえらい学者に来てもらうことと、警視庁の捜査課の腕利きの捜査官にも来てもらうことであった。  さっそくこのことは、電話で東京へ通ぜられた。いきなりこの変な報告をうけた東京がわでは、やっぱり変な人が、電話口に出ていると思ったそうである。くどくどといくども説明をくりかえして、やっとわかってもらうことができた。  とにかくそれぞれのむきへも連絡して、できるだけ早く、東京から調査官をおくるから安心するように。それから奇妙な死骸のある現場はなるべくそのままにして、手をふれないようにせよと、東京がわから注意があった。  このような手配がすんで、鉱山の人々も、土地の警察も、ほっとひと安心した。  そこで人々の気持も、前よりはいくぶんゆっくりして来た。そのとき、ある人がきゅうに大きな声を出したので、まわりにいた人たちは、また何ごとが起ったかとおどろいた。 「そうだ。本社の研究所へ来ている理学士の帆村荘六氏にこれを見せるのがいい。あの人なら僕たちよりずっと物知りだから、きっと、もっとはっきりしたことが、わかるかもしれない」 「ああ、そうか。帆村理学士という名探偵が、うちの会社へ来ていたね。あの人は前に科学探偵をやっていたというから、これはいいかもしれない。もっと早く気がつけば、こんなにあわてるのではなかったのに……」  といっているとき、人々の中へぬっとはいって来た長身の人物があった。眼鏡をかけ、顔色のあさぐろい、そして大きい唇をもった人物であった。 「ああ、みなさん。あの奇妙な死骸が、どうしてこんな深い地底にあるかということが、はっきりわかりましたよ」  彼は太い音楽的な声で、そういった。  あつまっている人々は、声のするほうをふりむいた。 「おお、帆村さんだ。帆村さん、いつのまにここへ来られたのですか」  と、一同はおどろいて、帆村の顔をうちながめた。  さてこの帆村理学士は、奇妙な死骸の謎について、いったいどんな科学的解決をあたえたのであろうか。かれはもういつのまにやら、しらべを始めていたのだ。
はじめにだれが第八十八鉱区の底へおりていったか。
ふだんから強いことをいっている連中が二十名、それに警官が二名くわわり、金田と二少年を案内にさせて、第八十八鉱区の底へおりていったのである。
JCRRAG_010636
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息せききって、三人は本部へかけこんだ。そのとき本部につめあわしていた人々は、三人が気が変になったのではないかと思ったそうだ。  顔色は死人のように青ざめて血の気がなく、両眼はかっとむいたままで、まばたきもしない。そしてしきりに口をぱくぱくするのであるが、さっぱり言葉が出ない。出るのは、動物のなき声に似たかすれた叫びだけであったという。  それでも三人は、水をのませられたり、はげまされたりしてそれからしばらくして、気をとりなおしたのであった。そしてようやく三人が見た「地底の怪物」のことが、本部の人々に通じたのであった。  その物がたりは、こんどは本部の人々の顔をまっ青にかえた。なかには、それはこわいこわいと思うあまり、見ちがえたのであろうという者もあったが、三人がくりかえしのべる話を聞いているうちに、その者もやっぱり顔色をかえる組へはいっていった。  決死視察隊が編成された。  ふだんから強いことをいっている連中が二十名、それに警官が二名くわわり、金田と二少年を案内にさせて、第八十八鉱区の底へおりていったのである。  決死視察隊の一同が、そこで何を見たか、どんなにおどろいたかは、ここにあらためてのべるまでもあるまい。とにかく、その結果「地底の怪物」は「奇妙な緑色の死骸」とよばれ、本部へ報告され、さわぎはだんだんに大きくなっていった。  さらに大勢の社員や、警官などが、第八十八鉱区の中におりていった。  奇妙な死骸のまわりには、勇気のある人たちが、入れかわりたちかわり集ったり、散ったりした。 「何者ですかなあ、これは……」 「何者というよりも、これは人間だろうか」 「さあ、人間にはちがいないと思いますなあ、手足も首も胴もちゃんとそろっているのですからねえ」 「しかし角が生えていますよ。角の生えている人間がすんでいるなんて、私は聞いたことがない」 「そうだ、角が生えている。これは私たちが昔話で聞いた青鬼というものじゃないでしょうか」 「なにをいうんだ、ばかばかしい。今の世の中に青鬼なんかがすんでいるものですか。君は気がどうかしているよ」 「でも、そうとしか考えられないではないですか。それとも君は、なにかしっかりした考えがあるのですか」 「そういわれるとこまるが、とにかく私はね、この人間が着ている鎧をぬいでみれば、早いところその正体がわかると思うんだがね」 「鎧ですって。鎧ですか、これは。しかし、きちんと体にあっていますよ」 「きちんと身体に合っている鎧は、今までにもないことはありませんよ。中世紀のヨーロッパの騎士は、これに似た鎧を着ていましたからねえ」 「中世紀のヨーロッパの騎士の話なんかしても、仕方がありませんよ。ここはアジアの日本なんだからねえ。それに今は中世紀ではありませんよ。それから何百年もたっている皇紀二千六百十年ですからねえ」  集った人々の話は、いつまでたっても尽きなかった。しかしだれひとりとして、この奇妙なる死骸の正体をいいあてた者はなかった。  本部でもこまった。警察のほうでも、同じようにこまった。こまったあげく、ようやくきまったことは、東京へむけてこのことを急報し、だれかえらい学者に来てもらうことと、警視庁の捜査課の腕利きの捜査官にも来てもらうことであった。  さっそくこのことは、電話で東京へ通ぜられた。いきなりこの変な報告をうけた東京がわでは、やっぱり変な人が、電話口に出ていると思ったそうである。くどくどといくども説明をくりかえして、やっとわかってもらうことができた。  とにかくそれぞれのむきへも連絡して、できるだけ早く、東京から調査官をおくるから安心するように。それから奇妙な死骸のある現場はなるべくそのままにして、手をふれないようにせよと、東京がわから注意があった。  このような手配がすんで、鉱山の人々も、土地の警察も、ほっとひと安心した。  そこで人々の気持も、前よりはいくぶんゆっくりして来た。そのとき、ある人がきゅうに大きな声を出したので、まわりにいた人たちは、また何ごとが起ったかとおどろいた。 「そうだ。本社の研究所へ来ている理学士の帆村荘六氏にこれを見せるのがいい。あの人なら僕たちよりずっと物知りだから、きっと、もっとはっきりしたことが、わかるかもしれない」 「ああ、そうか。帆村理学士という名探偵が、うちの会社へ来ていたね。あの人は前に科学探偵をやっていたというから、これはいいかもしれない。もっと早く気がつけば、こんなにあわてるのではなかったのに……」  といっているとき、人々の中へぬっとはいって来た長身の人物があった。眼鏡をかけ、顔色のあさぐろい、そして大きい唇をもった人物であった。 「ああ、みなさん。あの奇妙な死骸が、どうしてこんな深い地底にあるかということが、はっきりわかりましたよ」  彼は太い音楽的な声で、そういった。  あつまっている人々は、声のするほうをふりむいた。 「おお、帆村さんだ。帆村さん、いつのまにここへ来られたのですか」  と、一同はおどろいて、帆村の顔をうちながめた。  さてこの帆村理学士は、奇妙な死骸の謎について、いったいどんな科学的解決をあたえたのであろうか。かれはもういつのまにやら、しらべを始めていたのだ。
決死視察隊が第八十八鉱区に入ったあと「地底の怪物」はなんとよばれることになったか。
「地底の怪物」は「奇妙な緑色の死骸」とよばれた。
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息せききって、三人は本部へかけこんだ。そのとき本部につめあわしていた人々は、三人が気が変になったのではないかと思ったそうだ。  顔色は死人のように青ざめて血の気がなく、両眼はかっとむいたままで、まばたきもしない。そしてしきりに口をぱくぱくするのであるが、さっぱり言葉が出ない。出るのは、動物のなき声に似たかすれた叫びだけであったという。  それでも三人は、水をのませられたり、はげまされたりしてそれからしばらくして、気をとりなおしたのであった。そしてようやく三人が見た「地底の怪物」のことが、本部の人々に通じたのであった。  その物がたりは、こんどは本部の人々の顔をまっ青にかえた。なかには、それはこわいこわいと思うあまり、見ちがえたのであろうという者もあったが、三人がくりかえしのべる話を聞いているうちに、その者もやっぱり顔色をかえる組へはいっていった。  決死視察隊が編成された。  ふだんから強いことをいっている連中が二十名、それに警官が二名くわわり、金田と二少年を案内にさせて、第八十八鉱区の底へおりていったのである。  決死視察隊の一同が、そこで何を見たか、どんなにおどろいたかは、ここにあらためてのべるまでもあるまい。とにかく、その結果「地底の怪物」は「奇妙な緑色の死骸」とよばれ、本部へ報告され、さわぎはだんだんに大きくなっていった。  さらに大勢の社員や、警官などが、第八十八鉱区の中におりていった。  奇妙な死骸のまわりには、勇気のある人たちが、入れかわりたちかわり集ったり、散ったりした。 「何者ですかなあ、これは……」 「何者というよりも、これは人間だろうか」 「さあ、人間にはちがいないと思いますなあ、手足も首も胴もちゃんとそろっているのですからねえ」 「しかし角が生えていますよ。角の生えている人間がすんでいるなんて、私は聞いたことがない」 「そうだ、角が生えている。これは私たちが昔話で聞いた青鬼というものじゃないでしょうか」 「なにをいうんだ、ばかばかしい。今の世の中に青鬼なんかがすんでいるものですか。君は気がどうかしているよ」 「でも、そうとしか考えられないではないですか。それとも君は、なにかしっかりした考えがあるのですか」 「そういわれるとこまるが、とにかく私はね、この人間が着ている鎧をぬいでみれば、早いところその正体がわかると思うんだがね」 「鎧ですって。鎧ですか、これは。しかし、きちんと体にあっていますよ」 「きちんと身体に合っている鎧は、今までにもないことはありませんよ。中世紀のヨーロッパの騎士は、これに似た鎧を着ていましたからねえ」 「中世紀のヨーロッパの騎士の話なんかしても、仕方がありませんよ。ここはアジアの日本なんだからねえ。それに今は中世紀ではありませんよ。それから何百年もたっている皇紀二千六百十年ですからねえ」  集った人々の話は、いつまでたっても尽きなかった。しかしだれひとりとして、この奇妙なる死骸の正体をいいあてた者はなかった。  本部でもこまった。警察のほうでも、同じようにこまった。こまったあげく、ようやくきまったことは、東京へむけてこのことを急報し、だれかえらい学者に来てもらうことと、警視庁の捜査課の腕利きの捜査官にも来てもらうことであった。  さっそくこのことは、電話で東京へ通ぜられた。いきなりこの変な報告をうけた東京がわでは、やっぱり変な人が、電話口に出ていると思ったそうである。くどくどといくども説明をくりかえして、やっとわかってもらうことができた。  とにかくそれぞれのむきへも連絡して、できるだけ早く、東京から調査官をおくるから安心するように。それから奇妙な死骸のある現場はなるべくそのままにして、手をふれないようにせよと、東京がわから注意があった。  このような手配がすんで、鉱山の人々も、土地の警察も、ほっとひと安心した。  そこで人々の気持も、前よりはいくぶんゆっくりして来た。そのとき、ある人がきゅうに大きな声を出したので、まわりにいた人たちは、また何ごとが起ったかとおどろいた。 「そうだ。本社の研究所へ来ている理学士の帆村荘六氏にこれを見せるのがいい。あの人なら僕たちよりずっと物知りだから、きっと、もっとはっきりしたことが、わかるかもしれない」 「ああ、そうか。帆村理学士という名探偵が、うちの会社へ来ていたね。あの人は前に科学探偵をやっていたというから、これはいいかもしれない。もっと早く気がつけば、こんなにあわてるのではなかったのに……」  といっているとき、人々の中へぬっとはいって来た長身の人物があった。眼鏡をかけ、顔色のあさぐろい、そして大きい唇をもった人物であった。 「ああ、みなさん。あの奇妙な死骸が、どうしてこんな深い地底にあるかということが、はっきりわかりましたよ」  彼は太い音楽的な声で、そういった。  あつまっている人々は、声のするほうをふりむいた。 「おお、帆村さんだ。帆村さん、いつのまにここへ来られたのですか」  と、一同はおどろいて、帆村の顔をうちながめた。  さてこの帆村理学士は、奇妙な死骸の謎について、いったいどんな科学的解決をあたえたのであろうか。かれはもういつのまにやら、しらべを始めていたのだ。
「奇妙な緑色の死骸」の正体について皆がこまったあげく、なにがきまったか。
「奇妙な緑色の死骸」の正体について、ようやくきまったことは、東京へむけてこのことを急報し、だれかえらい学者に来てもらうことと、警視庁の捜査課の腕利きの捜査官にも来てもらうことであった。
JCRRAG_010638
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息せききって、三人は本部へかけこんだ。そのとき本部につめあわしていた人々は、三人が気が変になったのではないかと思ったそうだ。  顔色は死人のように青ざめて血の気がなく、両眼はかっとむいたままで、まばたきもしない。そしてしきりに口をぱくぱくするのであるが、さっぱり言葉が出ない。出るのは、動物のなき声に似たかすれた叫びだけであったという。  それでも三人は、水をのませられたり、はげまされたりしてそれからしばらくして、気をとりなおしたのであった。そしてようやく三人が見た「地底の怪物」のことが、本部の人々に通じたのであった。  その物がたりは、こんどは本部の人々の顔をまっ青にかえた。なかには、それはこわいこわいと思うあまり、見ちがえたのであろうという者もあったが、三人がくりかえしのべる話を聞いているうちに、その者もやっぱり顔色をかえる組へはいっていった。  決死視察隊が編成された。  ふだんから強いことをいっている連中が二十名、それに警官が二名くわわり、金田と二少年を案内にさせて、第八十八鉱区の底へおりていったのである。  決死視察隊の一同が、そこで何を見たか、どんなにおどろいたかは、ここにあらためてのべるまでもあるまい。とにかく、その結果「地底の怪物」は「奇妙な緑色の死骸」とよばれ、本部へ報告され、さわぎはだんだんに大きくなっていった。  さらに大勢の社員や、警官などが、第八十八鉱区の中におりていった。  奇妙な死骸のまわりには、勇気のある人たちが、入れかわりたちかわり集ったり、散ったりした。 「何者ですかなあ、これは……」 「何者というよりも、これは人間だろうか」 「さあ、人間にはちがいないと思いますなあ、手足も首も胴もちゃんとそろっているのですからねえ」 「しかし角が生えていますよ。角の生えている人間がすんでいるなんて、私は聞いたことがない」 「そうだ、角が生えている。これは私たちが昔話で聞いた青鬼というものじゃないでしょうか」 「なにをいうんだ、ばかばかしい。今の世の中に青鬼なんかがすんでいるものですか。君は気がどうかしているよ」 「でも、そうとしか考えられないではないですか。それとも君は、なにかしっかりした考えがあるのですか」 「そういわれるとこまるが、とにかく私はね、この人間が着ている鎧をぬいでみれば、早いところその正体がわかると思うんだがね」 「鎧ですって。鎧ですか、これは。しかし、きちんと体にあっていますよ」 「きちんと身体に合っている鎧は、今までにもないことはありませんよ。中世紀のヨーロッパの騎士は、これに似た鎧を着ていましたからねえ」 「中世紀のヨーロッパの騎士の話なんかしても、仕方がありませんよ。ここはアジアの日本なんだからねえ。それに今は中世紀ではありませんよ。それから何百年もたっている皇紀二千六百十年ですからねえ」  集った人々の話は、いつまでたっても尽きなかった。しかしだれひとりとして、この奇妙なる死骸の正体をいいあてた者はなかった。  本部でもこまった。警察のほうでも、同じようにこまった。こまったあげく、ようやくきまったことは、東京へむけてこのことを急報し、だれかえらい学者に来てもらうことと、警視庁の捜査課の腕利きの捜査官にも来てもらうことであった。  さっそくこのことは、電話で東京へ通ぜられた。いきなりこの変な報告をうけた東京がわでは、やっぱり変な人が、電話口に出ていると思ったそうである。くどくどといくども説明をくりかえして、やっとわかってもらうことができた。  とにかくそれぞれのむきへも連絡して、できるだけ早く、東京から調査官をおくるから安心するように。それから奇妙な死骸のある現場はなるべくそのままにして、手をふれないようにせよと、東京がわから注意があった。  このような手配がすんで、鉱山の人々も、土地の警察も、ほっとひと安心した。  そこで人々の気持も、前よりはいくぶんゆっくりして来た。そのとき、ある人がきゅうに大きな声を出したので、まわりにいた人たちは、また何ごとが起ったかとおどろいた。 「そうだ。本社の研究所へ来ている理学士の帆村荘六氏にこれを見せるのがいい。あの人なら僕たちよりずっと物知りだから、きっと、もっとはっきりしたことが、わかるかもしれない」 「ああ、そうか。帆村理学士という名探偵が、うちの会社へ来ていたね。あの人は前に科学探偵をやっていたというから、これはいいかもしれない。もっと早く気がつけば、こんなにあわてるのではなかったのに……」  といっているとき、人々の中へぬっとはいって来た長身の人物があった。眼鏡をかけ、顔色のあさぐろい、そして大きい唇をもった人物であった。 「ああ、みなさん。あの奇妙な死骸が、どうしてこんな深い地底にあるかということが、はっきりわかりましたよ」  彼は太い音楽的な声で、そういった。  あつまっている人々は、声のするほうをふりむいた。 「おお、帆村さんだ。帆村さん、いつのまにここへ来られたのですか」  と、一同はおどろいて、帆村の顔をうちながめた。  さてこの帆村理学士は、奇妙な死骸の謎について、いったいどんな科学的解決をあたえたのであろうか。かれはもういつのまにやら、しらべを始めていたのだ。
大勢の社員や、警官などの中にこの奇妙なる死骸の正体をいいあてた者はいたか。
大勢の社員や、警官などの中のだれひとりとして、この奇妙なる死骸の正体をいいあてた者はなかった。
JCRRAG_010639
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「いやあ、どうも少し早すぎましたが、あんまりふしぎな話を聞いたものですからね……」  と理学士帆村荘六は、ちょっときまりが悪いか、あとの言葉を笑いにまぎらせた。 「一向かまいませんよ。誰でもいいから、こんな気味のわるい事件は早く解決してもらいたいと思いますよ。帆村君は、どういう風に考えているのですか」  そういったのは、この鉱山事務所の次長で、若月さんという技師だった。この人は、年齢は若いが、技術にも明かるく、そして、ものわかりもよく、鉱員たちの信望をあつめている人で、この鉱山にはなくてはならない人物だった。 「僕の考えですか……」  帆村と若月次長のまわりに、皆が集ってきた。これからどんな話を二人が始めるのか、それを聞き落すまいというのだった。 「まだたいした発見をしているわけではありませんがね、この怪物がどうしてこんな地底にころがっているかということだけは、わかったように思うのです」  そういって帆村は、次長の顔を見た。 「ほう、それはぜひ聞かせて下さい。私にはまったく見当がつかない」  次長は帆村の返事が待遠しくてたまらないという風に見えた。すると帆村は右手をあげて、頭の上を指さした。 「空から落ちて来たのです」 「えっ、空から……」  まわりに集っていた人々は、すぐには帆村の言葉を信じかねた。七百メートルの地底にころがっている死骸が、空から落ちてきたと考えるのは、あまりに奇抜すぎる。 「そうです。空から落ちてきたのです。さっき見ましたが、竪坑の天井が落ちていますね。この怪物は、竪坑の中をまっさかさまに落ちてきて、まずこの第八十八鉱区の地底にぶつかり、その勢で斜面を滑ってこの掘りかけの坑道の奥にぶつかって、ようやく停ったのです」 「そういうことがあるでしょうか」と、次長はにわかに信じられない顔つきであった。 「では証拠を見てもらいましょう。誰にもよくわかることなんです。ほら、この斜面に幾本も筋がついているでしょう。これは怪物が滑ったときについたものです。この筋を、斜面について下の方へたどって行きましょう」  帆村は、懐中電灯で斜面を照らしながら先へ立った。 「ほら、こういう具合につづいていますよ。そしてここまでつづいて停っている。ここは第八十八鉱区の竪坑の底です。ほらほら、ここに土をけずったようなところがある。初めこの怪物はここへぶつかったのです。それから今たどってきた筋をつけて、あそこへ滑りこんで停ったのです。これなら誰にもよくわかるでしょう」 「なるほどなあ」と、次長も、まわりにいた人も、声を合わせて叫んだのである。たしかに、帆村のいうことに理窟があった。今まで自分たちは幾度となくそれと同じ場所を見ていながら、帆村が探りだした事実には気がつかなかったのである。なんという頭の悪いことだろうかと、顔が赤くなったが、よく考えてみると、それは帆村なればこそ、こうした謎をとく力があるので、誰にでもできることではないのである。 「すると上から落ちてきたことはわかったとして、なぜこんな怪物が落ちてきたのですかね」  次長は、背の高い帆村の顔を下から見上げるようにして聞いた。 「はははは、それがわかれば、このふしぎな事件の謎は立ちどころに解けてしまうのですよ。だが、それを解くことは容易なことではない。もっと深く調べてみなければなりません」  帆村は、むずかしい顔になっていった。 「わかった。この間敵機が五百何機も来て、大爆撃をやりましたね。あのとき竪坑の天井もうちぬかれたのです。あの爆撃のとき、敵機に乗っていた搭乗員が、機上からふり落されて、ここへ落ちこんだのではないでしょうか」  そういったのは少年鉱員の山岸だった。 「それはいい説明だ。帆村君、どうですか」と、次長は山岸に賛成していった。 「ちがいますよ。あの爆撃のあった翌々日に、大雨が降ったでしょう。この怪物が落ちてきたのは、あの大雨のあとのことです」 「それはなぜですか」 「やはり、よくこのあたりの土を見ればわかります。大雨のあと、このあたりに水がたまり、それから後に水は地中へ吸いこまれたのです。そのあとでこの怪物は上から落ちてきたのです。その証拠には、怪物の身体は、雨後の軟い土を上から押しています。よく見てごらんなさい」  帆村のいうとおりだった。皆は今さら帆村の推理の力の鋭いのに驚いて、彼を見直した。帆村は、べつに得意のようではなかった。彼はそこで吐息をつくと、 「とにかくこれは世界始ってこのかた、一番むずかしい事件ですぞ。そして非常に恐しい事件の前触のような気がします。悪くいけば、地球人類の上に、いまだ考えたことのないほどの、禍が落ちてくるかもしれない。皆急いで力を合わせ、一生懸命にやらねば、取返しのつかないことになるように思う。皆さんも重大なる覚悟をしていてくださいよ」  といって、帆村はすたすたそこを立ち去ろうとするのであった。次長が驚いて、帆村をよびとめた。しかし帆村はいった。 「東京からえらい係官がみえて、その怪物を調べるようになったら、私を呼んでください。しかし今いっておきますが、どんなことがあっても、この怪物をここから出してはいけません。地上へ運んではなりませんよ」  謎の言葉を残して、帆村は出ていった。
若月さんという技師はどのような人か。
年齢は若いが、技術にも明かるく、そして、ものわかりもよく、鉱員たちの信望をあつめている人で、この鉱山にはなくてはならない人物だった。
JCRRAG_010640
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「いやあ、どうも少し早すぎましたが、あんまりふしぎな話を聞いたものですからね……」  と理学士帆村荘六は、ちょっときまりが悪いか、あとの言葉を笑いにまぎらせた。 「一向かまいませんよ。誰でもいいから、こんな気味のわるい事件は早く解決してもらいたいと思いますよ。帆村君は、どういう風に考えているのですか」  そういったのは、この鉱山事務所の次長で、若月さんという技師だった。この人は、年齢は若いが、技術にも明かるく、そして、ものわかりもよく、鉱員たちの信望をあつめている人で、この鉱山にはなくてはならない人物だった。 「僕の考えですか……」  帆村と若月次長のまわりに、皆が集ってきた。これからどんな話を二人が始めるのか、それを聞き落すまいというのだった。 「まだたいした発見をしているわけではありませんがね、この怪物がどうしてこんな地底にころがっているかということだけは、わかったように思うのです」  そういって帆村は、次長の顔を見た。 「ほう、それはぜひ聞かせて下さい。私にはまったく見当がつかない」  次長は帆村の返事が待遠しくてたまらないという風に見えた。すると帆村は右手をあげて、頭の上を指さした。 「空から落ちて来たのです」 「えっ、空から……」  まわりに集っていた人々は、すぐには帆村の言葉を信じかねた。七百メートルの地底にころがっている死骸が、空から落ちてきたと考えるのは、あまりに奇抜すぎる。 「そうです。空から落ちてきたのです。さっき見ましたが、竪坑の天井が落ちていますね。この怪物は、竪坑の中をまっさかさまに落ちてきて、まずこの第八十八鉱区の地底にぶつかり、その勢で斜面を滑ってこの掘りかけの坑道の奥にぶつかって、ようやく停ったのです」 「そういうことがあるでしょうか」と、次長はにわかに信じられない顔つきであった。 「では証拠を見てもらいましょう。誰にもよくわかることなんです。ほら、この斜面に幾本も筋がついているでしょう。これは怪物が滑ったときについたものです。この筋を、斜面について下の方へたどって行きましょう」  帆村は、懐中電灯で斜面を照らしながら先へ立った。 「ほら、こういう具合につづいていますよ。そしてここまでつづいて停っている。ここは第八十八鉱区の竪坑の底です。ほらほら、ここに土をけずったようなところがある。初めこの怪物はここへぶつかったのです。それから今たどってきた筋をつけて、あそこへ滑りこんで停ったのです。これなら誰にもよくわかるでしょう」 「なるほどなあ」と、次長も、まわりにいた人も、声を合わせて叫んだのである。たしかに、帆村のいうことに理窟があった。今まで自分たちは幾度となくそれと同じ場所を見ていながら、帆村が探りだした事実には気がつかなかったのである。なんという頭の悪いことだろうかと、顔が赤くなったが、よく考えてみると、それは帆村なればこそ、こうした謎をとく力があるので、誰にでもできることではないのである。 「すると上から落ちてきたことはわかったとして、なぜこんな怪物が落ちてきたのですかね」  次長は、背の高い帆村の顔を下から見上げるようにして聞いた。 「はははは、それがわかれば、このふしぎな事件の謎は立ちどころに解けてしまうのですよ。だが、それを解くことは容易なことではない。もっと深く調べてみなければなりません」  帆村は、むずかしい顔になっていった。 「わかった。この間敵機が五百何機も来て、大爆撃をやりましたね。あのとき竪坑の天井もうちぬかれたのです。あの爆撃のとき、敵機に乗っていた搭乗員が、機上からふり落されて、ここへ落ちこんだのではないでしょうか」  そういったのは少年鉱員の山岸だった。 「それはいい説明だ。帆村君、どうですか」と、次長は山岸に賛成していった。 「ちがいますよ。あの爆撃のあった翌々日に、大雨が降ったでしょう。この怪物が落ちてきたのは、あの大雨のあとのことです」 「それはなぜですか」 「やはり、よくこのあたりの土を見ればわかります。大雨のあと、このあたりに水がたまり、それから後に水は地中へ吸いこまれたのです。そのあとでこの怪物は上から落ちてきたのです。その証拠には、怪物の身体は、雨後の軟い土を上から押しています。よく見てごらんなさい」  帆村のいうとおりだった。皆は今さら帆村の推理の力の鋭いのに驚いて、彼を見直した。帆村は、べつに得意のようではなかった。彼はそこで吐息をつくと、 「とにかくこれは世界始ってこのかた、一番むずかしい事件ですぞ。そして非常に恐しい事件の前触のような気がします。悪くいけば、地球人類の上に、いまだ考えたことのないほどの、禍が落ちてくるかもしれない。皆急いで力を合わせ、一生懸命にやらねば、取返しのつかないことになるように思う。皆さんも重大なる覚悟をしていてくださいよ」  といって、帆村はすたすたそこを立ち去ろうとするのであった。次長が驚いて、帆村をよびとめた。しかし帆村はいった。 「東京からえらい係官がみえて、その怪物を調べるようになったら、私を呼んでください。しかし今いっておきますが、どんなことがあっても、この怪物をここから出してはいけません。地上へ運んではなりませんよ」  謎の言葉を残して、帆村は出ていった。
緑色の怪物が上から落ちてきた話を聞いた後、皆はなぜ帆村を見直したか。
皆は今さら帆村の推理の力の鋭いのに驚いて、彼を見直した。
JCRRAG_010641
国語
「いやあ、どうも少し早すぎましたが、あんまりふしぎな話を聞いたものですからね……」  と理学士帆村荘六は、ちょっときまりが悪いか、あとの言葉を笑いにまぎらせた。 「一向かまいませんよ。誰でもいいから、こんな気味のわるい事件は早く解決してもらいたいと思いますよ。帆村君は、どういう風に考えているのですか」  そういったのは、この鉱山事務所の次長で、若月さんという技師だった。この人は、年齢は若いが、技術にも明かるく、そして、ものわかりもよく、鉱員たちの信望をあつめている人で、この鉱山にはなくてはならない人物だった。 「僕の考えですか……」  帆村と若月次長のまわりに、皆が集ってきた。これからどんな話を二人が始めるのか、それを聞き落すまいというのだった。 「まだたいした発見をしているわけではありませんがね、この怪物がどうしてこんな地底にころがっているかということだけは、わかったように思うのです」  そういって帆村は、次長の顔を見た。 「ほう、それはぜひ聞かせて下さい。私にはまったく見当がつかない」  次長は帆村の返事が待遠しくてたまらないという風に見えた。すると帆村は右手をあげて、頭の上を指さした。 「空から落ちて来たのです」 「えっ、空から……」  まわりに集っていた人々は、すぐには帆村の言葉を信じかねた。七百メートルの地底にころがっている死骸が、空から落ちてきたと考えるのは、あまりに奇抜すぎる。 「そうです。空から落ちてきたのです。さっき見ましたが、竪坑の天井が落ちていますね。この怪物は、竪坑の中をまっさかさまに落ちてきて、まずこの第八十八鉱区の地底にぶつかり、その勢で斜面を滑ってこの掘りかけの坑道の奥にぶつかって、ようやく停ったのです」 「そういうことがあるでしょうか」と、次長はにわかに信じられない顔つきであった。 「では証拠を見てもらいましょう。誰にもよくわかることなんです。ほら、この斜面に幾本も筋がついているでしょう。これは怪物が滑ったときについたものです。この筋を、斜面について下の方へたどって行きましょう」  帆村は、懐中電灯で斜面を照らしながら先へ立った。 「ほら、こういう具合につづいていますよ。そしてここまでつづいて停っている。ここは第八十八鉱区の竪坑の底です。ほらほら、ここに土をけずったようなところがある。初めこの怪物はここへぶつかったのです。それから今たどってきた筋をつけて、あそこへ滑りこんで停ったのです。これなら誰にもよくわかるでしょう」 「なるほどなあ」と、次長も、まわりにいた人も、声を合わせて叫んだのである。たしかに、帆村のいうことに理窟があった。今まで自分たちは幾度となくそれと同じ場所を見ていながら、帆村が探りだした事実には気がつかなかったのである。なんという頭の悪いことだろうかと、顔が赤くなったが、よく考えてみると、それは帆村なればこそ、こうした謎をとく力があるので、誰にでもできることではないのである。 「すると上から落ちてきたことはわかったとして、なぜこんな怪物が落ちてきたのですかね」  次長は、背の高い帆村の顔を下から見上げるようにして聞いた。 「はははは、それがわかれば、このふしぎな事件の謎は立ちどころに解けてしまうのですよ。だが、それを解くことは容易なことではない。もっと深く調べてみなければなりません」  帆村は、むずかしい顔になっていった。 「わかった。この間敵機が五百何機も来て、大爆撃をやりましたね。あのとき竪坑の天井もうちぬかれたのです。あの爆撃のとき、敵機に乗っていた搭乗員が、機上からふり落されて、ここへ落ちこんだのではないでしょうか」  そういったのは少年鉱員の山岸だった。 「それはいい説明だ。帆村君、どうですか」と、次長は山岸に賛成していった。 「ちがいますよ。あの爆撃のあった翌々日に、大雨が降ったでしょう。この怪物が落ちてきたのは、あの大雨のあとのことです」 「それはなぜですか」 「やはり、よくこのあたりの土を見ればわかります。大雨のあと、このあたりに水がたまり、それから後に水は地中へ吸いこまれたのです。そのあとでこの怪物は上から落ちてきたのです。その証拠には、怪物の身体は、雨後の軟い土を上から押しています。よく見てごらんなさい」  帆村のいうとおりだった。皆は今さら帆村の推理の力の鋭いのに驚いて、彼を見直した。帆村は、べつに得意のようではなかった。彼はそこで吐息をつくと、 「とにかくこれは世界始ってこのかた、一番むずかしい事件ですぞ。そして非常に恐しい事件の前触のような気がします。悪くいけば、地球人類の上に、いまだ考えたことのないほどの、禍が落ちてくるかもしれない。皆急いで力を合わせ、一生懸命にやらねば、取返しのつかないことになるように思う。皆さんも重大なる覚悟をしていてくださいよ」  といって、帆村はすたすたそこを立ち去ろうとするのであった。次長が驚いて、帆村をよびとめた。しかし帆村はいった。 「東京からえらい係官がみえて、その怪物を調べるようになったら、私を呼んでください。しかし今いっておきますが、どんなことがあっても、この怪物をここから出してはいけません。地上へ運んではなりませんよ」  謎の言葉を残して、帆村は出ていった。
帆村は、斜面をなにで照らしたか。
帆村は、懐中電灯で斜面を照らしながら先へ立った。
JCRRAG_010642
国語
東京からは係官が来るかわりに有名な特別刑事調査隊の七人組がやってきた。  この七人組は、刑事事件に長い間の経験を持った、老弁護士の集団から選び出された人たちで、当局からも十分信頼されて居り、係官と同じ検察権が特に与えられていた。  この七人組は、「奇妙な死骸」事件の話を聞くと、特に志願して、この事件の解決にあたることになったのである。当局としては、戦時下非常にいそがしい折柄でもあるので、七人組の申し出をたいへん喜び、それに事件をまかせることにしたのである。  この特別刑事調査隊長を室戸博士といい、残りの六人も全部博士であった。殊に甲斐博士という人は、法学博士と医学博士との、二つの肩書を持っている人で、法医学には特にくわしい知識をもち、一行の中で一番年齢が若かった。それでも氏は、五十五歳であった。  このようにすぐれた博士組が、この鉱山へ来てくれたので、事務所はもちろん、東京本社でも大喜びだったし、この怪事件にふるえあがっていた土地の人々も、大安心をしたのであった。  調査隊の取調べが始った。さすがにその道の老練家たちだけあって、やることがきびきびしていた。  坑道のあらゆる底が調べあげられた。そして石膏で模型が作りあげられた。その結果、この怪物は土中から出てきたのではないことがあきらかとなった。  現場の写真が何十枚となくうつされた。竪坑の寸法が測られた。径が六メートルあった。  竪坑のあらゆる壁が調べられた。そして三箇所において、この怪物がぶつかったと思われる痕が発見された。怪物が竪坑を下へと落ちてきたことは、いよいよあきらかとなった。  怪物の死骸は、現場で立体写真におさめられ、実物と寸分ちがわない模型を作りあげる仕事が進められた。それからこの怪物のからだに附着していた土が小さく区分されて、いちいち別の容器におさめられた。  坑道内の土も、全部集められた。  七人の博士について来た助手たちは、ほとんど一睡もとらないで、この仕事を続けた。この怪物の頭部の後に、第三の眼らしきものがついているのが発見されたのも、この時であった。身体の要所要所の寸法も、くわしく測って記録された。  あらゆる記録が、これで揃った。隊長の室戸博士は、この報告を受取って、たいへん満足した。 「それでは、あとを甲斐博士にお願いするかな」  と、隊長は、甲斐博士の方に目くばせをした。 「はい。ようやくお許しが出ましたよ。それでは私が解剖をお引受けいたしましょう」  甲斐博士は、にっこりと笑った。  解剖が最後に残されたのであった。  きれいに水で洗われた怪物の死骸が、白い担架の上から、解剖台の上にのせられた。 「おい。甲斐博士。ここで執刀するのかね」と、隊長が聞いた。 「はい。ここの方がよろしゅうございます。静かでもありますし、このとおり照明も十分できていますから……」と、甲斐博士が答えた。 「地上へ持って行こうじゃないか。解剖している途中で、臭気が発散すると、ここでは困るぞ」 「賛成ですな。くさくて息がつまるかもしれない。すでにこの死骸は十数日たっていますからな」と、隊員の一人がいった。 「では、そうしましょう」  甲斐博士は、すなおに隊長室戸博士の説に従った。怪物の死骸は、地上へ運ばれることとなった。それを聞いていた次長は、はっと顔色を変えた。今日はあいにく帆村荘六がこの席にいないが、彼はこの怪物をここから出すことをかたく戒めて行ったのだ。そこで次長は前へ進み出て、そのことを注意した。  すると室戸博士は首を左右にふった。 「根拠がないね、この死骸を動かしてはいかんというのは……。われわれの診断によると、これはもう死んでいるのだ。心臓の音を顕微音聴診器できいても、全く無音だ。死んでしまっているものを、どこへ持っていこうと心配はないじゃないか」  この七人組の博士たちは、なかなか偉い人たちの集りで、少しも欠点がなかったが、しいて欠点をあげると、少しばかり頑固なところがあった。他人の言うことを、あまり取上げないのであった。それは刑事事件に対する自分たちの永い経験と、強い自信からきているようであった。次長はもう黙っているほかなかった。  怪物の死骸は、滑車にとおした長い綱によって、簡単に地上へ運ばれた。そこにはすでに、解剖に便利なように、天幕が張られてあった。  怪物の死骸は、白い解剖台の上に載せられた。そのころ地底へ持っていってあった甲斐博士の解剖用道具が、つぎつぎに竪坑の下からあがって来た。  甲斐博士はすっかり白装束の支度をしていた。背中には、いつでも役に立つようにと、防毒面がくくりつけてあった。用意はすっかり整ったのだ。  甲斐博士が、電気メスを右手に握って、怪物の死骸に近づいた。その時だった。死骸をおさえつけていた助手の一人が、 「あっ」と叫ぶと、 「先生、この死骸は生きているのじゃないでしょうか。心臓の鼓動らしいものを感じます」と、早口でいった。 「ばかなことをいうな。私は何度も聴診したが、心臓の鼓動なんて一度も聞えなかった。それに、ほら、こんなに冷え切っている……」  と、甲斐博士は、怪物の死骸に手をふれて助手を叱りつけようとしたが、そのとき博士の顔色は、なぜかさっと変って、紙のように白くなった。
東京から係官が来るかわりにだれがやってきたか。
東京からは係官が来るかわりに有名な特別刑事調査隊の七人組がやってきた。
JCRRAG_010643
国語
東京からは係官が来るかわりに有名な特別刑事調査隊の七人組がやってきた。  この七人組は、刑事事件に長い間の経験を持った、老弁護士の集団から選び出された人たちで、当局からも十分信頼されて居り、係官と同じ検察権が特に与えられていた。  この七人組は、「奇妙な死骸」事件の話を聞くと、特に志願して、この事件の解決にあたることになったのである。当局としては、戦時下非常にいそがしい折柄でもあるので、七人組の申し出をたいへん喜び、それに事件をまかせることにしたのである。  この特別刑事調査隊長を室戸博士といい、残りの六人も全部博士であった。殊に甲斐博士という人は、法学博士と医学博士との、二つの肩書を持っている人で、法医学には特にくわしい知識をもち、一行の中で一番年齢が若かった。それでも氏は、五十五歳であった。  このようにすぐれた博士組が、この鉱山へ来てくれたので、事務所はもちろん、東京本社でも大喜びだったし、この怪事件にふるえあがっていた土地の人々も、大安心をしたのであった。  調査隊の取調べが始った。さすがにその道の老練家たちだけあって、やることがきびきびしていた。  坑道のあらゆる底が調べあげられた。そして石膏で模型が作りあげられた。その結果、この怪物は土中から出てきたのではないことがあきらかとなった。  現場の写真が何十枚となくうつされた。竪坑の寸法が測られた。径が六メートルあった。  竪坑のあらゆる壁が調べられた。そして三箇所において、この怪物がぶつかったと思われる痕が発見された。怪物が竪坑を下へと落ちてきたことは、いよいよあきらかとなった。  怪物の死骸は、現場で立体写真におさめられ、実物と寸分ちがわない模型を作りあげる仕事が進められた。それからこの怪物のからだに附着していた土が小さく区分されて、いちいち別の容器におさめられた。  坑道内の土も、全部集められた。  七人の博士について来た助手たちは、ほとんど一睡もとらないで、この仕事を続けた。この怪物の頭部の後に、第三の眼らしきものがついているのが発見されたのも、この時であった。身体の要所要所の寸法も、くわしく測って記録された。  あらゆる記録が、これで揃った。隊長の室戸博士は、この報告を受取って、たいへん満足した。 「それでは、あとを甲斐博士にお願いするかな」  と、隊長は、甲斐博士の方に目くばせをした。 「はい。ようやくお許しが出ましたよ。それでは私が解剖をお引受けいたしましょう」  甲斐博士は、にっこりと笑った。  解剖が最後に残されたのであった。  きれいに水で洗われた怪物の死骸が、白い担架の上から、解剖台の上にのせられた。 「おい。甲斐博士。ここで執刀するのかね」と、隊長が聞いた。 「はい。ここの方がよろしゅうございます。静かでもありますし、このとおり照明も十分できていますから……」と、甲斐博士が答えた。 「地上へ持って行こうじゃないか。解剖している途中で、臭気が発散すると、ここでは困るぞ」 「賛成ですな。くさくて息がつまるかもしれない。すでにこの死骸は十数日たっていますからな」と、隊員の一人がいった。 「では、そうしましょう」  甲斐博士は、すなおに隊長室戸博士の説に従った。怪物の死骸は、地上へ運ばれることとなった。それを聞いていた次長は、はっと顔色を変えた。今日はあいにく帆村荘六がこの席にいないが、彼はこの怪物をここから出すことをかたく戒めて行ったのだ。そこで次長は前へ進み出て、そのことを注意した。  すると室戸博士は首を左右にふった。 「根拠がないね、この死骸を動かしてはいかんというのは……。われわれの診断によると、これはもう死んでいるのだ。心臓の音を顕微音聴診器できいても、全く無音だ。死んでしまっているものを、どこへ持っていこうと心配はないじゃないか」  この七人組の博士たちは、なかなか偉い人たちの集りで、少しも欠点がなかったが、しいて欠点をあげると、少しばかり頑固なところがあった。他人の言うことを、あまり取上げないのであった。それは刑事事件に対する自分たちの永い経験と、強い自信からきているようであった。次長はもう黙っているほかなかった。  怪物の死骸は、滑車にとおした長い綱によって、簡単に地上へ運ばれた。そこにはすでに、解剖に便利なように、天幕が張られてあった。  怪物の死骸は、白い解剖台の上に載せられた。そのころ地底へ持っていってあった甲斐博士の解剖用道具が、つぎつぎに竪坑の下からあがって来た。  甲斐博士はすっかり白装束の支度をしていた。背中には、いつでも役に立つようにと、防毒面がくくりつけてあった。用意はすっかり整ったのだ。  甲斐博士が、電気メスを右手に握って、怪物の死骸に近づいた。その時だった。死骸をおさえつけていた助手の一人が、 「あっ」と叫ぶと、 「先生、この死骸は生きているのじゃないでしょうか。心臓の鼓動らしいものを感じます」と、早口でいった。 「ばかなことをいうな。私は何度も聴診したが、心臓の鼓動なんて一度も聞えなかった。それに、ほら、こんなに冷え切っている……」  と、甲斐博士は、怪物の死骸に手をふれて助手を叱りつけようとしたが、そのとき博士の顔色は、なぜかさっと変って、紙のように白くなった。
特別刑事調査隊の七人組は、どのような権利を与えられていたか。
この七人組は、刑事事件に長い間の経験を持った、老弁護士の集団から選び出された人たちで、当局からも十分信頼されて居り、係官と同じ検察権が特に与えられていた。
JCRRAG_010644
国語
東京からは係官が来るかわりに有名な特別刑事調査隊の七人組がやってきた。  この七人組は、刑事事件に長い間の経験を持った、老弁護士の集団から選び出された人たちで、当局からも十分信頼されて居り、係官と同じ検察権が特に与えられていた。  この七人組は、「奇妙な死骸」事件の話を聞くと、特に志願して、この事件の解決にあたることになったのである。当局としては、戦時下非常にいそがしい折柄でもあるので、七人組の申し出をたいへん喜び、それに事件をまかせることにしたのである。  この特別刑事調査隊長を室戸博士といい、残りの六人も全部博士であった。殊に甲斐博士という人は、法学博士と医学博士との、二つの肩書を持っている人で、法医学には特にくわしい知識をもち、一行の中で一番年齢が若かった。それでも氏は、五十五歳であった。  このようにすぐれた博士組が、この鉱山へ来てくれたので、事務所はもちろん、東京本社でも大喜びだったし、この怪事件にふるえあがっていた土地の人々も、大安心をしたのであった。  調査隊の取調べが始った。さすがにその道の老練家たちだけあって、やることがきびきびしていた。  坑道のあらゆる底が調べあげられた。そして石膏で模型が作りあげられた。その結果、この怪物は土中から出てきたのではないことがあきらかとなった。  現場の写真が何十枚となくうつされた。竪坑の寸法が測られた。径が六メートルあった。  竪坑のあらゆる壁が調べられた。そして三箇所において、この怪物がぶつかったと思われる痕が発見された。怪物が竪坑を下へと落ちてきたことは、いよいよあきらかとなった。  怪物の死骸は、現場で立体写真におさめられ、実物と寸分ちがわない模型を作りあげる仕事が進められた。それからこの怪物のからだに附着していた土が小さく区分されて、いちいち別の容器におさめられた。  坑道内の土も、全部集められた。  七人の博士について来た助手たちは、ほとんど一睡もとらないで、この仕事を続けた。この怪物の頭部の後に、第三の眼らしきものがついているのが発見されたのも、この時であった。身体の要所要所の寸法も、くわしく測って記録された。  あらゆる記録が、これで揃った。隊長の室戸博士は、この報告を受取って、たいへん満足した。 「それでは、あとを甲斐博士にお願いするかな」  と、隊長は、甲斐博士の方に目くばせをした。 「はい。ようやくお許しが出ましたよ。それでは私が解剖をお引受けいたしましょう」  甲斐博士は、にっこりと笑った。  解剖が最後に残されたのであった。  きれいに水で洗われた怪物の死骸が、白い担架の上から、解剖台の上にのせられた。 「おい。甲斐博士。ここで執刀するのかね」と、隊長が聞いた。 「はい。ここの方がよろしゅうございます。静かでもありますし、このとおり照明も十分できていますから……」と、甲斐博士が答えた。 「地上へ持って行こうじゃないか。解剖している途中で、臭気が発散すると、ここでは困るぞ」 「賛成ですな。くさくて息がつまるかもしれない。すでにこの死骸は十数日たっていますからな」と、隊員の一人がいった。 「では、そうしましょう」  甲斐博士は、すなおに隊長室戸博士の説に従った。怪物の死骸は、地上へ運ばれることとなった。それを聞いていた次長は、はっと顔色を変えた。今日はあいにく帆村荘六がこの席にいないが、彼はこの怪物をここから出すことをかたく戒めて行ったのだ。そこで次長は前へ進み出て、そのことを注意した。  すると室戸博士は首を左右にふった。 「根拠がないね、この死骸を動かしてはいかんというのは……。われわれの診断によると、これはもう死んでいるのだ。心臓の音を顕微音聴診器できいても、全く無音だ。死んでしまっているものを、どこへ持っていこうと心配はないじゃないか」  この七人組の博士たちは、なかなか偉い人たちの集りで、少しも欠点がなかったが、しいて欠点をあげると、少しばかり頑固なところがあった。他人の言うことを、あまり取上げないのであった。それは刑事事件に対する自分たちの永い経験と、強い自信からきているようであった。次長はもう黙っているほかなかった。  怪物の死骸は、滑車にとおした長い綱によって、簡単に地上へ運ばれた。そこにはすでに、解剖に便利なように、天幕が張られてあった。  怪物の死骸は、白い解剖台の上に載せられた。そのころ地底へ持っていってあった甲斐博士の解剖用道具が、つぎつぎに竪坑の下からあがって来た。  甲斐博士はすっかり白装束の支度をしていた。背中には、いつでも役に立つようにと、防毒面がくくりつけてあった。用意はすっかり整ったのだ。  甲斐博士が、電気メスを右手に握って、怪物の死骸に近づいた。その時だった。死骸をおさえつけていた助手の一人が、 「あっ」と叫ぶと、 「先生、この死骸は生きているのじゃないでしょうか。心臓の鼓動らしいものを感じます」と、早口でいった。 「ばかなことをいうな。私は何度も聴診したが、心臓の鼓動なんて一度も聞えなかった。それに、ほら、こんなに冷え切っている……」  と、甲斐博士は、怪物の死骸に手をふれて助手を叱りつけようとしたが、そのとき博士の顔色は、なぜかさっと変って、紙のように白くなった。
特別刑事調査隊長はなんという名前か。
この特別刑事調査隊長の名前は室戸博士です。
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東京からは係官が来るかわりに有名な特別刑事調査隊の七人組がやってきた。  この七人組は、刑事事件に長い間の経験を持った、老弁護士の集団から選び出された人たちで、当局からも十分信頼されて居り、係官と同じ検察権が特に与えられていた。  この七人組は、「奇妙な死骸」事件の話を聞くと、特に志願して、この事件の解決にあたることになったのである。当局としては、戦時下非常にいそがしい折柄でもあるので、七人組の申し出をたいへん喜び、それに事件をまかせることにしたのである。  この特別刑事調査隊長を室戸博士といい、残りの六人も全部博士であった。殊に甲斐博士という人は、法学博士と医学博士との、二つの肩書を持っている人で、法医学には特にくわしい知識をもち、一行の中で一番年齢が若かった。それでも氏は、五十五歳であった。  このようにすぐれた博士組が、この鉱山へ来てくれたので、事務所はもちろん、東京本社でも大喜びだったし、この怪事件にふるえあがっていた土地の人々も、大安心をしたのであった。  調査隊の取調べが始った。さすがにその道の老練家たちだけあって、やることがきびきびしていた。  坑道のあらゆる底が調べあげられた。そして石膏で模型が作りあげられた。その結果、この怪物は土中から出てきたのではないことがあきらかとなった。  現場の写真が何十枚となくうつされた。竪坑の寸法が測られた。径が六メートルあった。  竪坑のあらゆる壁が調べられた。そして三箇所において、この怪物がぶつかったと思われる痕が発見された。怪物が竪坑を下へと落ちてきたことは、いよいよあきらかとなった。  怪物の死骸は、現場で立体写真におさめられ、実物と寸分ちがわない模型を作りあげる仕事が進められた。それからこの怪物のからだに附着していた土が小さく区分されて、いちいち別の容器におさめられた。  坑道内の土も、全部集められた。  七人の博士について来た助手たちは、ほとんど一睡もとらないで、この仕事を続けた。この怪物の頭部の後に、第三の眼らしきものがついているのが発見されたのも、この時であった。身体の要所要所の寸法も、くわしく測って記録された。  あらゆる記録が、これで揃った。隊長の室戸博士は、この報告を受取って、たいへん満足した。 「それでは、あとを甲斐博士にお願いするかな」  と、隊長は、甲斐博士の方に目くばせをした。 「はい。ようやくお許しが出ましたよ。それでは私が解剖をお引受けいたしましょう」  甲斐博士は、にっこりと笑った。  解剖が最後に残されたのであった。  きれいに水で洗われた怪物の死骸が、白い担架の上から、解剖台の上にのせられた。 「おい。甲斐博士。ここで執刀するのかね」と、隊長が聞いた。 「はい。ここの方がよろしゅうございます。静かでもありますし、このとおり照明も十分できていますから……」と、甲斐博士が答えた。 「地上へ持って行こうじゃないか。解剖している途中で、臭気が発散すると、ここでは困るぞ」 「賛成ですな。くさくて息がつまるかもしれない。すでにこの死骸は十数日たっていますからな」と、隊員の一人がいった。 「では、そうしましょう」  甲斐博士は、すなおに隊長室戸博士の説に従った。怪物の死骸は、地上へ運ばれることとなった。それを聞いていた次長は、はっと顔色を変えた。今日はあいにく帆村荘六がこの席にいないが、彼はこの怪物をここから出すことをかたく戒めて行ったのだ。そこで次長は前へ進み出て、そのことを注意した。  すると室戸博士は首を左右にふった。 「根拠がないね、この死骸を動かしてはいかんというのは……。われわれの診断によると、これはもう死んでいるのだ。心臓の音を顕微音聴診器できいても、全く無音だ。死んでしまっているものを、どこへ持っていこうと心配はないじゃないか」  この七人組の博士たちは、なかなか偉い人たちの集りで、少しも欠点がなかったが、しいて欠点をあげると、少しばかり頑固なところがあった。他人の言うことを、あまり取上げないのであった。それは刑事事件に対する自分たちの永い経験と、強い自信からきているようであった。次長はもう黙っているほかなかった。  怪物の死骸は、滑車にとおした長い綱によって、簡単に地上へ運ばれた。そこにはすでに、解剖に便利なように、天幕が張られてあった。  怪物の死骸は、白い解剖台の上に載せられた。そのころ地底へ持っていってあった甲斐博士の解剖用道具が、つぎつぎに竪坑の下からあがって来た。  甲斐博士はすっかり白装束の支度をしていた。背中には、いつでも役に立つようにと、防毒面がくくりつけてあった。用意はすっかり整ったのだ。  甲斐博士が、電気メスを右手に握って、怪物の死骸に近づいた。その時だった。死骸をおさえつけていた助手の一人が、 「あっ」と叫ぶと、 「先生、この死骸は生きているのじゃないでしょうか。心臓の鼓動らしいものを感じます」と、早口でいった。 「ばかなことをいうな。私は何度も聴診したが、心臓の鼓動なんて一度も聞えなかった。それに、ほら、こんなに冷え切っている……」  と、甲斐博士は、怪物の死骸に手をふれて助手を叱りつけようとしたが、そのとき博士の顔色は、なぜかさっと変って、紙のように白くなった。
特別刑事調査隊のなかで一番若かったのはだれか。
甲斐博士という人は、法学博士と医学博士との、二つの肩書を持っている人で、法医学には特にくわしい知識をもち、一行の中で一番年齢が若かった。
JCRRAG_010646
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東京からは係官が来るかわりに有名な特別刑事調査隊の七人組がやってきた。  この七人組は、刑事事件に長い間の経験を持った、老弁護士の集団から選び出された人たちで、当局からも十分信頼されて居り、係官と同じ検察権が特に与えられていた。  この七人組は、「奇妙な死骸」事件の話を聞くと、特に志願して、この事件の解決にあたることになったのである。当局としては、戦時下非常にいそがしい折柄でもあるので、七人組の申し出をたいへん喜び、それに事件をまかせることにしたのである。  この特別刑事調査隊長を室戸博士といい、残りの六人も全部博士であった。殊に甲斐博士という人は、法学博士と医学博士との、二つの肩書を持っている人で、法医学には特にくわしい知識をもち、一行の中で一番年齢が若かった。それでも氏は、五十五歳であった。  このようにすぐれた博士組が、この鉱山へ来てくれたので、事務所はもちろん、東京本社でも大喜びだったし、この怪事件にふるえあがっていた土地の人々も、大安心をしたのであった。  調査隊の取調べが始った。さすがにその道の老練家たちだけあって、やることがきびきびしていた。  坑道のあらゆる底が調べあげられた。そして石膏で模型が作りあげられた。その結果、この怪物は土中から出てきたのではないことがあきらかとなった。  現場の写真が何十枚となくうつされた。竪坑の寸法が測られた。径が六メートルあった。  竪坑のあらゆる壁が調べられた。そして三箇所において、この怪物がぶつかったと思われる痕が発見された。怪物が竪坑を下へと落ちてきたことは、いよいよあきらかとなった。  怪物の死骸は、現場で立体写真におさめられ、実物と寸分ちがわない模型を作りあげる仕事が進められた。それからこの怪物のからだに附着していた土が小さく区分されて、いちいち別の容器におさめられた。  坑道内の土も、全部集められた。  七人の博士について来た助手たちは、ほとんど一睡もとらないで、この仕事を続けた。この怪物の頭部の後に、第三の眼らしきものがついているのが発見されたのも、この時であった。身体の要所要所の寸法も、くわしく測って記録された。  あらゆる記録が、これで揃った。隊長の室戸博士は、この報告を受取って、たいへん満足した。 「それでは、あとを甲斐博士にお願いするかな」  と、隊長は、甲斐博士の方に目くばせをした。 「はい。ようやくお許しが出ましたよ。それでは私が解剖をお引受けいたしましょう」  甲斐博士は、にっこりと笑った。  解剖が最後に残されたのであった。  きれいに水で洗われた怪物の死骸が、白い担架の上から、解剖台の上にのせられた。 「おい。甲斐博士。ここで執刀するのかね」と、隊長が聞いた。 「はい。ここの方がよろしゅうございます。静かでもありますし、このとおり照明も十分できていますから……」と、甲斐博士が答えた。 「地上へ持って行こうじゃないか。解剖している途中で、臭気が発散すると、ここでは困るぞ」 「賛成ですな。くさくて息がつまるかもしれない。すでにこの死骸は十数日たっていますからな」と、隊員の一人がいった。 「では、そうしましょう」  甲斐博士は、すなおに隊長室戸博士の説に従った。怪物の死骸は、地上へ運ばれることとなった。それを聞いていた次長は、はっと顔色を変えた。今日はあいにく帆村荘六がこの席にいないが、彼はこの怪物をここから出すことをかたく戒めて行ったのだ。そこで次長は前へ進み出て、そのことを注意した。  すると室戸博士は首を左右にふった。 「根拠がないね、この死骸を動かしてはいかんというのは……。われわれの診断によると、これはもう死んでいるのだ。心臓の音を顕微音聴診器できいても、全く無音だ。死んでしまっているものを、どこへ持っていこうと心配はないじゃないか」  この七人組の博士たちは、なかなか偉い人たちの集りで、少しも欠点がなかったが、しいて欠点をあげると、少しばかり頑固なところがあった。他人の言うことを、あまり取上げないのであった。それは刑事事件に対する自分たちの永い経験と、強い自信からきているようであった。次長はもう黙っているほかなかった。  怪物の死骸は、滑車にとおした長い綱によって、簡単に地上へ運ばれた。そこにはすでに、解剖に便利なように、天幕が張られてあった。  怪物の死骸は、白い解剖台の上に載せられた。そのころ地底へ持っていってあった甲斐博士の解剖用道具が、つぎつぎに竪坑の下からあがって来た。  甲斐博士はすっかり白装束の支度をしていた。背中には、いつでも役に立つようにと、防毒面がくくりつけてあった。用意はすっかり整ったのだ。  甲斐博士が、電気メスを右手に握って、怪物の死骸に近づいた。その時だった。死骸をおさえつけていた助手の一人が、 「あっ」と叫ぶと、 「先生、この死骸は生きているのじゃないでしょうか。心臓の鼓動らしいものを感じます」と、早口でいった。 「ばかなことをいうな。私は何度も聴診したが、心臓の鼓動なんて一度も聞えなかった。それに、ほら、こんなに冷え切っている……」  と、甲斐博士は、怪物の死骸に手をふれて助手を叱りつけようとしたが、そのとき博士の顔色は、なぜかさっと変って、紙のように白くなった。
この七人組の博士たちの欠点はなにか。
この七人組の博士たちは、なかなか偉い人たちの集りで、少しも欠点がなかったが、しいて欠点をあげると、少しばかり頑固なところがあった。他人の言うことを、あまり取上げないのであった。
JCRRAG_010647
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甲斐博士が、恐しそうに身を後に引くのと、怪物の死骸がぴょんと跳ね上がるのとが同時であった。 「あっ」  解剖に立会っていた者で、青くならない者はなかった。  怪物の死骸――いや、死んだものとばかり思っていた、その怪物の身体は、解剖台の上に突立った。あまりのすごさに、人々は思わず下にひれ伏した。  と、怪物の身体は、台の上で独楽のようにきりきりと舞いだした。それが見るまに台から上にとびあがったと思うと、天幕を頭でつきあげた。ばりばりぷつんと、天幕の紐が切れる音が聞えた。すると天幕がばさりと下に崩れ落ち、次にその天幕は地上を滑って走りだした。その後で、解剖台が大きな音をたててひっくりかえったので、人々はびっくりして目をとじた。  やがて人々が目を開いたときには、天幕はもう百メートルも向こうの山腹を走っていくのが見えた。なんといっていいか、その奇怪な光景は、文章にも絵にも書きあらわせない。 「追え。あれを追え」  そう叫んだのは、隊長の室戸博士の声だった。若い助手たちは、隊長の声に、ようやく我にかえった。そして青い顔のままで、逃げて行く天幕のあとを追いかけた。 「追いつけないようだったら、ピストルで撃ってもいいぞ」  隊長室戸博士は、金切声で、助手たちの後から叫んだ。  駆けだす天幕の足は早かった。助手たちは息切れがしてきた。そして天幕との距離はだんだん大きくなっていく。 「撃とう。仕方がない。撃っちまえ」 「よし」  助手は立木に身体をもたせて、逃げる天幕めがけて、どかんどかんとピストルをぶっ放した。銃声はものすごく木霊した。だが天幕は、あいかわらず走りつづけるのであった。 「あれっ、たしかに命中したはずだが……」  天幕はそれでもなお走った。そして山腹の途中の坂を下った。助手はピストルを撃つのをやめて、また追いかけた。  その坂が見下せるところまで、時間でいってわずか五分ばかりのところだった。そこへまっ先にのぼりついたのは、助手の児玉という法学士だった。彼は坂の下に、天幕が立ち停っているのを発見した。それを見たとき、彼の足はすくんで動かなくなった。怪しい天幕が、彼に戦をいどんでいるように見えたからである。  ようやく後から来た助手たちも追いついた。そこで若い連中は勢をもりかえし、 「それ行け。今のうちだ」  と、大勢で突撃して行った。  天幕は、一本の松の木にひっかかり、風に吹かれてゆらゆら動いていた。だが、目ざす緑色の怪物の姿は、どこにもなかった。 「どこへ行った。あの青とかげの化物は……」  皆はそこら中を探しまわった。しかし緑色の怪物は、どこにも見えなかった。 「見えないね。どこへ行ったろう」  ふしぎなことである。たしかに天幕をかぶったままで走って、ここまで来たに違いないのに……。 「あっ、あそこだ。あそこにいる」  児玉法学士が、するどい声で叫んで、右手を前方へのばした。 「えっ、いたか。どこだ」 「あの岩の上だ。あっ、見えなくなった。ふしぎだなあ」 「ええっ、ほんとうか。どこだい」  児玉法学士の指さす方に、たしかに裸岩が一つあった。しかし怪物の姿は見えなかった。後からかけつけた連中は、児玉がほんとうに岩の上に怪物の姿を見たのかどうかを疑って、質問の矢をあびせかけた。  これにたいして児玉は、すこし腹を立てているらしく、頬をふくらませて答えた。 「……怪物めは、あの岩の上に、立ち上ったのだ。さっき解剖台の上で立ち上ったのと同じだ。それから身体を軸としてぐるぐる廻りだした。すると怪物の身体がふわっと宙に浮いて、足が岩の上を放れた。竹蜻蛉のようにね。とたんに怪物の姿は見えなくなったのだ。それで僕のいうことはおしまいだ」 「へえっ、ほんとうなら、ふしぎという外はない」 「君たちは、僕のいうことを信用しないのかね」 「いや、そういうわけじゃないが、とにかく君だけしか見ていないのでね」  緑色の怪物を最後に見た者は、この児玉法学士だけであった。それ以後には、誰も見た者がなかった。そして緑色の怪物にたいする手がかりは、これでまったく終りとなった。  いったいあの怪物はどこへ行ってしまったのであろうか。そして、どうしたのであろうか。  失望したのは特別刑事調査隊の七人組の博士たちや若い助手達だけではなかった。集ってきた鉱山の社員や村の人々も、皆失望してしまった。 「やっぱり帆村荘六が言った注意を守っていた方がよかったね。そうすれば、あの怪物は逃げられなかったんだ」 「たしかに、そうだと思う。惜しいことをしたな。しかしあの怪物は、死んだふりをしていたのだろうか」 「そこがわからないのだ。解剖台の上から飛び出す前には、心臓は動いているような音が聞えたそうだが、怪物の身体は、やはり氷のように冷えていたそうだよ」 「それはへんだねえ。生きかえったものなら、体温が上って温くなるはずだ」 「そこが妖怪変化だ。あとで我々に祟りをしなければいいが」  と、鉱山事務所の人々がかたまって噂をしていると、後から別の声がした。 「いや、あれは妖怪変化の類ではない。たしかに生ある者だ」  この声に、皆はびっくりして、後をふりむいた。するとそこには帆村荘六が立っていた。 「ああ帆村君か。君は今まで何をしていた……。しかし君の注意はあたっていたね」 「そうだ。不幸にして、私の予言はあたった。坑道の底では死んでいた怪物が、地上に出ると生きかえったのだ。あれは宇宙線を食って生きている奴にちがいない」  帆村は謎のような言葉を吐いた。これでみると、帆村だけは、あの怪物の正体について、いくらか心当りがあるらしい。いったいあれは何者だろうか。そして何をしようとしているのだろうか。
甲斐博士が、恐しそうに身を後に引くのと同時になにが起きたか。
甲斐博士が、恐しそうに身を後に引くのと、怪物の死骸がぴょんと跳ね上がるのとが同時であった。
JCRRAG_010648
国語
甲斐博士が、恐しそうに身を後に引くのと、怪物の死骸がぴょんと跳ね上がるのとが同時であった。 「あっ」  解剖に立会っていた者で、青くならない者はなかった。  怪物の死骸――いや、死んだものとばかり思っていた、その怪物の身体は、解剖台の上に突立った。あまりのすごさに、人々は思わず下にひれ伏した。  と、怪物の身体は、台の上で独楽のようにきりきりと舞いだした。それが見るまに台から上にとびあがったと思うと、天幕を頭でつきあげた。ばりばりぷつんと、天幕の紐が切れる音が聞えた。すると天幕がばさりと下に崩れ落ち、次にその天幕は地上を滑って走りだした。その後で、解剖台が大きな音をたててひっくりかえったので、人々はびっくりして目をとじた。  やがて人々が目を開いたときには、天幕はもう百メートルも向こうの山腹を走っていくのが見えた。なんといっていいか、その奇怪な光景は、文章にも絵にも書きあらわせない。 「追え。あれを追え」  そう叫んだのは、隊長の室戸博士の声だった。若い助手たちは、隊長の声に、ようやく我にかえった。そして青い顔のままで、逃げて行く天幕のあとを追いかけた。 「追いつけないようだったら、ピストルで撃ってもいいぞ」  隊長室戸博士は、金切声で、助手たちの後から叫んだ。  駆けだす天幕の足は早かった。助手たちは息切れがしてきた。そして天幕との距離はだんだん大きくなっていく。 「撃とう。仕方がない。撃っちまえ」 「よし」  助手は立木に身体をもたせて、逃げる天幕めがけて、どかんどかんとピストルをぶっ放した。銃声はものすごく木霊した。だが天幕は、あいかわらず走りつづけるのであった。 「あれっ、たしかに命中したはずだが……」  天幕はそれでもなお走った。そして山腹の途中の坂を下った。助手はピストルを撃つのをやめて、また追いかけた。  その坂が見下せるところまで、時間でいってわずか五分ばかりのところだった。そこへまっ先にのぼりついたのは、助手の児玉という法学士だった。彼は坂の下に、天幕が立ち停っているのを発見した。それを見たとき、彼の足はすくんで動かなくなった。怪しい天幕が、彼に戦をいどんでいるように見えたからである。  ようやく後から来た助手たちも追いついた。そこで若い連中は勢をもりかえし、 「それ行け。今のうちだ」  と、大勢で突撃して行った。  天幕は、一本の松の木にひっかかり、風に吹かれてゆらゆら動いていた。だが、目ざす緑色の怪物の姿は、どこにもなかった。 「どこへ行った。あの青とかげの化物は……」  皆はそこら中を探しまわった。しかし緑色の怪物は、どこにも見えなかった。 「見えないね。どこへ行ったろう」  ふしぎなことである。たしかに天幕をかぶったままで走って、ここまで来たに違いないのに……。 「あっ、あそこだ。あそこにいる」  児玉法学士が、するどい声で叫んで、右手を前方へのばした。 「えっ、いたか。どこだ」 「あの岩の上だ。あっ、見えなくなった。ふしぎだなあ」 「ええっ、ほんとうか。どこだい」  児玉法学士の指さす方に、たしかに裸岩が一つあった。しかし怪物の姿は見えなかった。後からかけつけた連中は、児玉がほんとうに岩の上に怪物の姿を見たのかどうかを疑って、質問の矢をあびせかけた。  これにたいして児玉は、すこし腹を立てているらしく、頬をふくらませて答えた。 「……怪物めは、あの岩の上に、立ち上ったのだ。さっき解剖台の上で立ち上ったのと同じだ。それから身体を軸としてぐるぐる廻りだした。すると怪物の身体がふわっと宙に浮いて、足が岩の上を放れた。竹蜻蛉のようにね。とたんに怪物の姿は見えなくなったのだ。それで僕のいうことはおしまいだ」 「へえっ、ほんとうなら、ふしぎという外はない」 「君たちは、僕のいうことを信用しないのかね」 「いや、そういうわけじゃないが、とにかく君だけしか見ていないのでね」  緑色の怪物を最後に見た者は、この児玉法学士だけであった。それ以後には、誰も見た者がなかった。そして緑色の怪物にたいする手がかりは、これでまったく終りとなった。  いったいあの怪物はどこへ行ってしまったのであろうか。そして、どうしたのであろうか。  失望したのは特別刑事調査隊の七人組の博士たちや若い助手達だけではなかった。集ってきた鉱山の社員や村の人々も、皆失望してしまった。 「やっぱり帆村荘六が言った注意を守っていた方がよかったね。そうすれば、あの怪物は逃げられなかったんだ」 「たしかに、そうだと思う。惜しいことをしたな。しかしあの怪物は、死んだふりをしていたのだろうか」 「そこがわからないのだ。解剖台の上から飛び出す前には、心臓は動いているような音が聞えたそうだが、怪物の身体は、やはり氷のように冷えていたそうだよ」 「それはへんだねえ。生きかえったものなら、体温が上って温くなるはずだ」 「そこが妖怪変化だ。あとで我々に祟りをしなければいいが」  と、鉱山事務所の人々がかたまって噂をしていると、後から別の声がした。 「いや、あれは妖怪変化の類ではない。たしかに生ある者だ」  この声に、皆はびっくりして、後をふりむいた。するとそこには帆村荘六が立っていた。 「ああ帆村君か。君は今まで何をしていた……。しかし君の注意はあたっていたね」 「そうだ。不幸にして、私の予言はあたった。坑道の底では死んでいた怪物が、地上に出ると生きかえったのだ。あれは宇宙線を食って生きている奴にちがいない」  帆村は謎のような言葉を吐いた。これでみると、帆村だけは、あの怪物の正体について、いくらか心当りがあるらしい。いったいあれは何者だろうか。そして何をしようとしているのだろうか。
天幕の紐が切れる際、どのような音がしたか。
ばりばりぷつんと、天幕の紐が切れる音が聞えた。
JCRRAG_010649
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甲斐博士が、恐しそうに身を後に引くのと、怪物の死骸がぴょんと跳ね上がるのとが同時であった。 「あっ」  解剖に立会っていた者で、青くならない者はなかった。  怪物の死骸――いや、死んだものとばかり思っていた、その怪物の身体は、解剖台の上に突立った。あまりのすごさに、人々は思わず下にひれ伏した。  と、怪物の身体は、台の上で独楽のようにきりきりと舞いだした。それが見るまに台から上にとびあがったと思うと、天幕を頭でつきあげた。ばりばりぷつんと、天幕の紐が切れる音が聞えた。すると天幕がばさりと下に崩れ落ち、次にその天幕は地上を滑って走りだした。その後で、解剖台が大きな音をたててひっくりかえったので、人々はびっくりして目をとじた。  やがて人々が目を開いたときには、天幕はもう百メートルも向こうの山腹を走っていくのが見えた。なんといっていいか、その奇怪な光景は、文章にも絵にも書きあらわせない。 「追え。あれを追え」  そう叫んだのは、隊長の室戸博士の声だった。若い助手たちは、隊長の声に、ようやく我にかえった。そして青い顔のままで、逃げて行く天幕のあとを追いかけた。 「追いつけないようだったら、ピストルで撃ってもいいぞ」  隊長室戸博士は、金切声で、助手たちの後から叫んだ。  駆けだす天幕の足は早かった。助手たちは息切れがしてきた。そして天幕との距離はだんだん大きくなっていく。 「撃とう。仕方がない。撃っちまえ」 「よし」  助手は立木に身体をもたせて、逃げる天幕めがけて、どかんどかんとピストルをぶっ放した。銃声はものすごく木霊した。だが天幕は、あいかわらず走りつづけるのであった。 「あれっ、たしかに命中したはずだが……」  天幕はそれでもなお走った。そして山腹の途中の坂を下った。助手はピストルを撃つのをやめて、また追いかけた。  その坂が見下せるところまで、時間でいってわずか五分ばかりのところだった。そこへまっ先にのぼりついたのは、助手の児玉という法学士だった。彼は坂の下に、天幕が立ち停っているのを発見した。それを見たとき、彼の足はすくんで動かなくなった。怪しい天幕が、彼に戦をいどんでいるように見えたからである。  ようやく後から来た助手たちも追いついた。そこで若い連中は勢をもりかえし、 「それ行け。今のうちだ」  と、大勢で突撃して行った。  天幕は、一本の松の木にひっかかり、風に吹かれてゆらゆら動いていた。だが、目ざす緑色の怪物の姿は、どこにもなかった。 「どこへ行った。あの青とかげの化物は……」  皆はそこら中を探しまわった。しかし緑色の怪物は、どこにも見えなかった。 「見えないね。どこへ行ったろう」  ふしぎなことである。たしかに天幕をかぶったままで走って、ここまで来たに違いないのに……。 「あっ、あそこだ。あそこにいる」  児玉法学士が、するどい声で叫んで、右手を前方へのばした。 「えっ、いたか。どこだ」 「あの岩の上だ。あっ、見えなくなった。ふしぎだなあ」 「ええっ、ほんとうか。どこだい」  児玉法学士の指さす方に、たしかに裸岩が一つあった。しかし怪物の姿は見えなかった。後からかけつけた連中は、児玉がほんとうに岩の上に怪物の姿を見たのかどうかを疑って、質問の矢をあびせかけた。  これにたいして児玉は、すこし腹を立てているらしく、頬をふくらませて答えた。 「……怪物めは、あの岩の上に、立ち上ったのだ。さっき解剖台の上で立ち上ったのと同じだ。それから身体を軸としてぐるぐる廻りだした。すると怪物の身体がふわっと宙に浮いて、足が岩の上を放れた。竹蜻蛉のようにね。とたんに怪物の姿は見えなくなったのだ。それで僕のいうことはおしまいだ」 「へえっ、ほんとうなら、ふしぎという外はない」 「君たちは、僕のいうことを信用しないのかね」 「いや、そういうわけじゃないが、とにかく君だけしか見ていないのでね」  緑色の怪物を最後に見た者は、この児玉法学士だけであった。それ以後には、誰も見た者がなかった。そして緑色の怪物にたいする手がかりは、これでまったく終りとなった。  いったいあの怪物はどこへ行ってしまったのであろうか。そして、どうしたのであろうか。  失望したのは特別刑事調査隊の七人組の博士たちや若い助手達だけではなかった。集ってきた鉱山の社員や村の人々も、皆失望してしまった。 「やっぱり帆村荘六が言った注意を守っていた方がよかったね。そうすれば、あの怪物は逃げられなかったんだ」 「たしかに、そうだと思う。惜しいことをしたな。しかしあの怪物は、死んだふりをしていたのだろうか」 「そこがわからないのだ。解剖台の上から飛び出す前には、心臓は動いているような音が聞えたそうだが、怪物の身体は、やはり氷のように冷えていたそうだよ」 「それはへんだねえ。生きかえったものなら、体温が上って温くなるはずだ」 「そこが妖怪変化だ。あとで我々に祟りをしなければいいが」  と、鉱山事務所の人々がかたまって噂をしていると、後から別の声がした。 「いや、あれは妖怪変化の類ではない。たしかに生ある者だ」  この声に、皆はびっくりして、後をふりむいた。するとそこには帆村荘六が立っていた。 「ああ帆村君か。君は今まで何をしていた……。しかし君の注意はあたっていたね」 「そうだ。不幸にして、私の予言はあたった。坑道の底では死んでいた怪物が、地上に出ると生きかえったのだ。あれは宇宙線を食って生きている奴にちがいない」  帆村は謎のような言葉を吐いた。これでみると、帆村だけは、あの怪物の正体について、いくらか心当りがあるらしい。いったいあれは何者だろうか。そして何をしようとしているのだろうか。
天幕が、一本の松の木にひっかかった際どのように動いていたか。
天幕は、一本の松の木にひっかかり、風に吹かれてゆらゆら動いていた。
JCRRAG_010650
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甲斐博士が、恐しそうに身を後に引くのと、怪物の死骸がぴょんと跳ね上がるのとが同時であった。 「あっ」  解剖に立会っていた者で、青くならない者はなかった。  怪物の死骸――いや、死んだものとばかり思っていた、その怪物の身体は、解剖台の上に突立った。あまりのすごさに、人々は思わず下にひれ伏した。  と、怪物の身体は、台の上で独楽のようにきりきりと舞いだした。それが見るまに台から上にとびあがったと思うと、天幕を頭でつきあげた。ばりばりぷつんと、天幕の紐が切れる音が聞えた。すると天幕がばさりと下に崩れ落ち、次にその天幕は地上を滑って走りだした。その後で、解剖台が大きな音をたててひっくりかえったので、人々はびっくりして目をとじた。  やがて人々が目を開いたときには、天幕はもう百メートルも向こうの山腹を走っていくのが見えた。なんといっていいか、その奇怪な光景は、文章にも絵にも書きあらわせない。 「追え。あれを追え」  そう叫んだのは、隊長の室戸博士の声だった。若い助手たちは、隊長の声に、ようやく我にかえった。そして青い顔のままで、逃げて行く天幕のあとを追いかけた。 「追いつけないようだったら、ピストルで撃ってもいいぞ」  隊長室戸博士は、金切声で、助手たちの後から叫んだ。  駆けだす天幕の足は早かった。助手たちは息切れがしてきた。そして天幕との距離はだんだん大きくなっていく。 「撃とう。仕方がない。撃っちまえ」 「よし」  助手は立木に身体をもたせて、逃げる天幕めがけて、どかんどかんとピストルをぶっ放した。銃声はものすごく木霊した。だが天幕は、あいかわらず走りつづけるのであった。 「あれっ、たしかに命中したはずだが……」  天幕はそれでもなお走った。そして山腹の途中の坂を下った。助手はピストルを撃つのをやめて、また追いかけた。  その坂が見下せるところまで、時間でいってわずか五分ばかりのところだった。そこへまっ先にのぼりついたのは、助手の児玉という法学士だった。彼は坂の下に、天幕が立ち停っているのを発見した。それを見たとき、彼の足はすくんで動かなくなった。怪しい天幕が、彼に戦をいどんでいるように見えたからである。  ようやく後から来た助手たちも追いついた。そこで若い連中は勢をもりかえし、 「それ行け。今のうちだ」  と、大勢で突撃して行った。  天幕は、一本の松の木にひっかかり、風に吹かれてゆらゆら動いていた。だが、目ざす緑色の怪物の姿は、どこにもなかった。 「どこへ行った。あの青とかげの化物は……」  皆はそこら中を探しまわった。しかし緑色の怪物は、どこにも見えなかった。 「見えないね。どこへ行ったろう」  ふしぎなことである。たしかに天幕をかぶったままで走って、ここまで来たに違いないのに……。 「あっ、あそこだ。あそこにいる」  児玉法学士が、するどい声で叫んで、右手を前方へのばした。 「えっ、いたか。どこだ」 「あの岩の上だ。あっ、見えなくなった。ふしぎだなあ」 「ええっ、ほんとうか。どこだい」  児玉法学士の指さす方に、たしかに裸岩が一つあった。しかし怪物の姿は見えなかった。後からかけつけた連中は、児玉がほんとうに岩の上に怪物の姿を見たのかどうかを疑って、質問の矢をあびせかけた。  これにたいして児玉は、すこし腹を立てているらしく、頬をふくらませて答えた。 「……怪物めは、あの岩の上に、立ち上ったのだ。さっき解剖台の上で立ち上ったのと同じだ。それから身体を軸としてぐるぐる廻りだした。すると怪物の身体がふわっと宙に浮いて、足が岩の上を放れた。竹蜻蛉のようにね。とたんに怪物の姿は見えなくなったのだ。それで僕のいうことはおしまいだ」 「へえっ、ほんとうなら、ふしぎという外はない」 「君たちは、僕のいうことを信用しないのかね」 「いや、そういうわけじゃないが、とにかく君だけしか見ていないのでね」  緑色の怪物を最後に見た者は、この児玉法学士だけであった。それ以後には、誰も見た者がなかった。そして緑色の怪物にたいする手がかりは、これでまったく終りとなった。  いったいあの怪物はどこへ行ってしまったのであろうか。そして、どうしたのであろうか。  失望したのは特別刑事調査隊の七人組の博士たちや若い助手達だけではなかった。集ってきた鉱山の社員や村の人々も、皆失望してしまった。 「やっぱり帆村荘六が言った注意を守っていた方がよかったね。そうすれば、あの怪物は逃げられなかったんだ」 「たしかに、そうだと思う。惜しいことをしたな。しかしあの怪物は、死んだふりをしていたのだろうか」 「そこがわからないのだ。解剖台の上から飛び出す前には、心臓は動いているような音が聞えたそうだが、怪物の身体は、やはり氷のように冷えていたそうだよ」 「それはへんだねえ。生きかえったものなら、体温が上って温くなるはずだ」 「そこが妖怪変化だ。あとで我々に祟りをしなければいいが」  と、鉱山事務所の人々がかたまって噂をしていると、後から別の声がした。 「いや、あれは妖怪変化の類ではない。たしかに生ある者だ」  この声に、皆はびっくりして、後をふりむいた。するとそこには帆村荘六が立っていた。 「ああ帆村君か。君は今まで何をしていた……。しかし君の注意はあたっていたね」 「そうだ。不幸にして、私の予言はあたった。坑道の底では死んでいた怪物が、地上に出ると生きかえったのだ。あれは宇宙線を食って生きている奴にちがいない」  帆村は謎のような言葉を吐いた。これでみると、帆村だけは、あの怪物の正体について、いくらか心当りがあるらしい。いったいあれは何者だろうか。そして何をしようとしているのだろうか。
児玉法学士の指さす方になにがあったか。
児玉法学士の指さす方に、たしかに裸岩が一つあった。
JCRRAG_010651
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甲斐博士が、恐しそうに身を後に引くのと、怪物の死骸がぴょんと跳ね上がるのとが同時であった。 「あっ」  解剖に立会っていた者で、青くならない者はなかった。  怪物の死骸――いや、死んだものとばかり思っていた、その怪物の身体は、解剖台の上に突立った。あまりのすごさに、人々は思わず下にひれ伏した。  と、怪物の身体は、台の上で独楽のようにきりきりと舞いだした。それが見るまに台から上にとびあがったと思うと、天幕を頭でつきあげた。ばりばりぷつんと、天幕の紐が切れる音が聞えた。すると天幕がばさりと下に崩れ落ち、次にその天幕は地上を滑って走りだした。その後で、解剖台が大きな音をたててひっくりかえったので、人々はびっくりして目をとじた。  やがて人々が目を開いたときには、天幕はもう百メートルも向こうの山腹を走っていくのが見えた。なんといっていいか、その奇怪な光景は、文章にも絵にも書きあらわせない。 「追え。あれを追え」  そう叫んだのは、隊長の室戸博士の声だった。若い助手たちは、隊長の声に、ようやく我にかえった。そして青い顔のままで、逃げて行く天幕のあとを追いかけた。 「追いつけないようだったら、ピストルで撃ってもいいぞ」  隊長室戸博士は、金切声で、助手たちの後から叫んだ。  駆けだす天幕の足は早かった。助手たちは息切れがしてきた。そして天幕との距離はだんだん大きくなっていく。 「撃とう。仕方がない。撃っちまえ」 「よし」  助手は立木に身体をもたせて、逃げる天幕めがけて、どかんどかんとピストルをぶっ放した。銃声はものすごく木霊した。だが天幕は、あいかわらず走りつづけるのであった。 「あれっ、たしかに命中したはずだが……」  天幕はそれでもなお走った。そして山腹の途中の坂を下った。助手はピストルを撃つのをやめて、また追いかけた。  その坂が見下せるところまで、時間でいってわずか五分ばかりのところだった。そこへまっ先にのぼりついたのは、助手の児玉という法学士だった。彼は坂の下に、天幕が立ち停っているのを発見した。それを見たとき、彼の足はすくんで動かなくなった。怪しい天幕が、彼に戦をいどんでいるように見えたからである。  ようやく後から来た助手たちも追いついた。そこで若い連中は勢をもりかえし、 「それ行け。今のうちだ」  と、大勢で突撃して行った。  天幕は、一本の松の木にひっかかり、風に吹かれてゆらゆら動いていた。だが、目ざす緑色の怪物の姿は、どこにもなかった。 「どこへ行った。あの青とかげの化物は……」  皆はそこら中を探しまわった。しかし緑色の怪物は、どこにも見えなかった。 「見えないね。どこへ行ったろう」  ふしぎなことである。たしかに天幕をかぶったままで走って、ここまで来たに違いないのに……。 「あっ、あそこだ。あそこにいる」  児玉法学士が、するどい声で叫んで、右手を前方へのばした。 「えっ、いたか。どこだ」 「あの岩の上だ。あっ、見えなくなった。ふしぎだなあ」 「ええっ、ほんとうか。どこだい」  児玉法学士の指さす方に、たしかに裸岩が一つあった。しかし怪物の姿は見えなかった。後からかけつけた連中は、児玉がほんとうに岩の上に怪物の姿を見たのかどうかを疑って、質問の矢をあびせかけた。  これにたいして児玉は、すこし腹を立てているらしく、頬をふくらませて答えた。 「……怪物めは、あの岩の上に、立ち上ったのだ。さっき解剖台の上で立ち上ったのと同じだ。それから身体を軸としてぐるぐる廻りだした。すると怪物の身体がふわっと宙に浮いて、足が岩の上を放れた。竹蜻蛉のようにね。とたんに怪物の姿は見えなくなったのだ。それで僕のいうことはおしまいだ」 「へえっ、ほんとうなら、ふしぎという外はない」 「君たちは、僕のいうことを信用しないのかね」 「いや、そういうわけじゃないが、とにかく君だけしか見ていないのでね」  緑色の怪物を最後に見た者は、この児玉法学士だけであった。それ以後には、誰も見た者がなかった。そして緑色の怪物にたいする手がかりは、これでまったく終りとなった。  いったいあの怪物はどこへ行ってしまったのであろうか。そして、どうしたのであろうか。  失望したのは特別刑事調査隊の七人組の博士たちや若い助手達だけではなかった。集ってきた鉱山の社員や村の人々も、皆失望してしまった。 「やっぱり帆村荘六が言った注意を守っていた方がよかったね。そうすれば、あの怪物は逃げられなかったんだ」 「たしかに、そうだと思う。惜しいことをしたな。しかしあの怪物は、死んだふりをしていたのだろうか」 「そこがわからないのだ。解剖台の上から飛び出す前には、心臓は動いているような音が聞えたそうだが、怪物の身体は、やはり氷のように冷えていたそうだよ」 「それはへんだねえ。生きかえったものなら、体温が上って温くなるはずだ」 「そこが妖怪変化だ。あとで我々に祟りをしなければいいが」  と、鉱山事務所の人々がかたまって噂をしていると、後から別の声がした。 「いや、あれは妖怪変化の類ではない。たしかに生ある者だ」  この声に、皆はびっくりして、後をふりむいた。するとそこには帆村荘六が立っていた。 「ああ帆村君か。君は今まで何をしていた……。しかし君の注意はあたっていたね」 「そうだ。不幸にして、私の予言はあたった。坑道の底では死んでいた怪物が、地上に出ると生きかえったのだ。あれは宇宙線を食って生きている奴にちがいない」  帆村は謎のような言葉を吐いた。これでみると、帆村だけは、あの怪物の正体について、いくらか心当りがあるらしい。いったいあれは何者だろうか。そして何をしようとしているのだろうか。
緑色の怪物を最後に見た者は、だれか。
緑色の怪物を最後に見た者は、この児玉法学士だけであった。
JCRRAG_010652
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青いとかげの化物みたいな怪死骸に逃げられ、皆がっかりだった。はるばる東京からやってきた特別刑事調査隊の七人組も、どうやら面目をつぶしてしまったかたちで、室戸博士以下くやしがること一通りではなかった。  この上、現場にうろうろして、怪物のとび去った空をながめていても仕方がないので、鉱山の若月次長のすすめるままに、一同は鉱山事務所へ行って休息することとなった。  青とかげの怪物がにげてしまったことは、すでに事務所にもひろがっていた。皆おちつきを失って、あっちに一かたまり、こっちに一かたまりとなり、今入ってきた七人組を横目でにらみながら、怪物の噂に花がさいている。 「あの七人組の先生がたも、こんどはすっかり手を焼いたらしいね」 「しかし、折角こっちがつかまえておいたものを、むざむざ逃がすとは、なっていない」 「それよりも、僕はあの怪物がきっとこれから禍をなすと思うね。この鉱山に働いている者は気をつけなければならない」 「あんな七人組なんかよばないで、帆村さんにまかせておけばよかったんだ」 「そうだとも、帆村荘六のいうことの方が、はるかにしっかりしている。彼は『あの怪物は宇宙線を食って生きている奴だ』と、謎のような言葉をはいたが、宇宙線てなんだろうね。食えるものかしらん」  誰もそれについて、はっきり答えられる者がなかった。 「宇宙線というと、光線の一種かね」 「そうじゃないだろう。まさか光線を食う奴はいないだろう」 「それではいよいよわけが分からない」そういっているとき、帆村荘六が、例のとおり青白い顔をして、部屋へはいってきた。彼は皆につかまってしまった。そして宇宙線が食えるかどうかについて、矢のような質問をうけたのであった。 「宇宙線というのは、X線や、ラジウムなどの出す放射線よりも、もっとつよい放射線のことだ」と、帆村は、皆にかこまれて説明を始めた。 「X線が人間の体をつきとおるのは、誰でも知っている。胸部をX線写真にうつして、肺に病気のところがあるかどうかをしらべることはご存じですね。宇宙線はX線よりももっと強い力で通りぬける。X線の約三千倍の力があるのです。X線はクーリッジ管から出るものだが、宇宙線は何から出てくるか。これは今のところ謎のまま残されています。しかし地球以外のはるかの天空からやってくる放射線であることだけは分かっています。だから宇宙線といわれるのです。その宇宙線は、まるで機関銃弾のように、いつもわれわれ人間の体をつきぬけている。しかしわれわれは、宇宙線にさしとおされていることに、気がつかないのです。この宇宙線は、空高くのぼっていくほど数がふえます。それから宇宙線は、更に大きな力を引出す働きをします。火薬を入れた函にマッチで火をつけると大爆発をしますが、宇宙線はこの場合のマッチのような役目をするのです。この働きに、僕たちは注意していなければなりません」  聞いていた皆は、何だか急に寒気がしてきたように感じた。 「ふかい地の底には、宇宙線はとどきません。そこに暮していると、宇宙線につきさされないですみます。そうなると、人間――いや生物はどんな発育をするでしょうか。またそれと反対に、人間が成層圏機や宇宙艇にのり、地球を後にして、天空はるかに飛び上っていくときには、ますます強いたくさんの宇宙線のために体をさしとおされるわけですから、そんなときには体にどんな変化をうけるか、これも興味ある問題ですねえ」 「その問題はどうなるのかね」  と、若月次長がきいた。すると帆村は首を左右にふって、 「まだ分かっていません。今後の研究にまつしかありません」 「宇宙線というやつは、気味のわるいものだな」 「そういろいろと気味のわるいものがふえては困るねえ。あの青いとかげのような怪物といい、宇宙線といい……」 「帆村さん、あの青い怪物と宇宙線との間には、どんな関係があるのですか」  と、また一人がたずねた。 「さあ、そのことですがね。あの怪物は宇宙線を食って生きている奴じゃないかと思うのです。つまり地底七百メートルの坑道の底には、宇宙線がとどかない。そのとき彼奴は死んでいた。それを地上へもってあがると生きかえった。地上には宇宙線がどんどん降っているのです。ちょうど川から岸にはねあがって、死にそうになっていた鯉を、再び川の中に入れてやると、元気になって泳ぎ出すようなものです」 「なるほど、それであの怪物は生きかえったのですか」 「そうだろうと思うのですよ。これは想像です。たしかにそうであるといい切るためには、われわれは、もっとりっぱな証拠を探し出さねばなりません」 「すると、帆村君は、その証拠をまだ探しあてていないのかね」 「そうです。今一生けんめい探しているのです」 「しかし、そんな証拠は、見つからない方がいいね」 「えっ、なぜですか」 「だって、そうじゃないか。その証拠が見つかれば、僕たちは今まで知らなかったそういうものすごい怪物と、おつきあいしなければならなくなる。それは思っただけでも、心臓がどきどきしてくるよ」 「しかし、ねえ次長さん。あの青い怪物とのおつきあいは、あの坑道の底で死骸を発見したときから、もう既に始っているのですよ」 「えっ、おどかさないでくれ」 「おどかすわけではありませんが、あの怪物の方が進んでわれわれ地球人類にたいし、つきあいを求めてきているのですよ」  帆村の言葉に、聞いていた一同は、ぶるぶるとなって、たがいの顔を見合わせた。 「これからあんな怪物とつきあうのはたまらないな。なにしろ相手の方がすぐれているんだからね。うかうかすると、僕たちはいつ殺されてしまうか分からない。帆村君、一体どうすればいいんだ、今後の処置は……」  若月次長は帆村の腕をつかまえゆすぶった。帆村はしばらく黙っていた。そして遂にこういった。 「戦争の準備をすることです。宇宙戦争の準備をね」  聞いている者は、おどろいた。 「えっ、宇宙戦争。そんな夢みたいなことが始るとは思われない」 「その準備は一刻も早く始めるのがいいのです」と、帆村は相手の言葉にかまわず、強くいい切った。 「まあ見ていてごらんなさい。これから先、次から次へと奇妙な出来事が起るですよ。そうなれば、僕の今いったことが、思いあたるでしょう」
青いとかげの化物みたいな怪死骸に逃げられた際、皆どのような反応をしたか。
青いとかげの化物みたいな怪死骸に逃げられ、皆がっかりだった。はるばる東京からやってきた特別刑事調査隊の七人組も、どうやら面目をつぶしてしまったかたちで、室戸博士以下くやしがること一通りではなかった。
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青いとかげの化物みたいな怪死骸に逃げられ、皆がっかりだった。はるばる東京からやってきた特別刑事調査隊の七人組も、どうやら面目をつぶしてしまったかたちで、室戸博士以下くやしがること一通りではなかった。  この上、現場にうろうろして、怪物のとび去った空をながめていても仕方がないので、鉱山の若月次長のすすめるままに、一同は鉱山事務所へ行って休息することとなった。  青とかげの怪物がにげてしまったことは、すでに事務所にもひろがっていた。皆おちつきを失って、あっちに一かたまり、こっちに一かたまりとなり、今入ってきた七人組を横目でにらみながら、怪物の噂に花がさいている。 「あの七人組の先生がたも、こんどはすっかり手を焼いたらしいね」 「しかし、折角こっちがつかまえておいたものを、むざむざ逃がすとは、なっていない」 「それよりも、僕はあの怪物がきっとこれから禍をなすと思うね。この鉱山に働いている者は気をつけなければならない」 「あんな七人組なんかよばないで、帆村さんにまかせておけばよかったんだ」 「そうだとも、帆村荘六のいうことの方が、はるかにしっかりしている。彼は『あの怪物は宇宙線を食って生きている奴だ』と、謎のような言葉をはいたが、宇宙線てなんだろうね。食えるものかしらん」  誰もそれについて、はっきり答えられる者がなかった。 「宇宙線というと、光線の一種かね」 「そうじゃないだろう。まさか光線を食う奴はいないだろう」 「それではいよいよわけが分からない」そういっているとき、帆村荘六が、例のとおり青白い顔をして、部屋へはいってきた。彼は皆につかまってしまった。そして宇宙線が食えるかどうかについて、矢のような質問をうけたのであった。 「宇宙線というのは、X線や、ラジウムなどの出す放射線よりも、もっとつよい放射線のことだ」と、帆村は、皆にかこまれて説明を始めた。 「X線が人間の体をつきとおるのは、誰でも知っている。胸部をX線写真にうつして、肺に病気のところがあるかどうかをしらべることはご存じですね。宇宙線はX線よりももっと強い力で通りぬける。X線の約三千倍の力があるのです。X線はクーリッジ管から出るものだが、宇宙線は何から出てくるか。これは今のところ謎のまま残されています。しかし地球以外のはるかの天空からやってくる放射線であることだけは分かっています。だから宇宙線といわれるのです。その宇宙線は、まるで機関銃弾のように、いつもわれわれ人間の体をつきぬけている。しかしわれわれは、宇宙線にさしとおされていることに、気がつかないのです。この宇宙線は、空高くのぼっていくほど数がふえます。それから宇宙線は、更に大きな力を引出す働きをします。火薬を入れた函にマッチで火をつけると大爆発をしますが、宇宙線はこの場合のマッチのような役目をするのです。この働きに、僕たちは注意していなければなりません」  聞いていた皆は、何だか急に寒気がしてきたように感じた。 「ふかい地の底には、宇宙線はとどきません。そこに暮していると、宇宙線につきさされないですみます。そうなると、人間――いや生物はどんな発育をするでしょうか。またそれと反対に、人間が成層圏機や宇宙艇にのり、地球を後にして、天空はるかに飛び上っていくときには、ますます強いたくさんの宇宙線のために体をさしとおされるわけですから、そんなときには体にどんな変化をうけるか、これも興味ある問題ですねえ」 「その問題はどうなるのかね」  と、若月次長がきいた。すると帆村は首を左右にふって、 「まだ分かっていません。今後の研究にまつしかありません」 「宇宙線というやつは、気味のわるいものだな」 「そういろいろと気味のわるいものがふえては困るねえ。あの青いとかげのような怪物といい、宇宙線といい……」 「帆村さん、あの青い怪物と宇宙線との間には、どんな関係があるのですか」  と、また一人がたずねた。 「さあ、そのことですがね。あの怪物は宇宙線を食って生きている奴じゃないかと思うのです。つまり地底七百メートルの坑道の底には、宇宙線がとどかない。そのとき彼奴は死んでいた。それを地上へもってあがると生きかえった。地上には宇宙線がどんどん降っているのです。ちょうど川から岸にはねあがって、死にそうになっていた鯉を、再び川の中に入れてやると、元気になって泳ぎ出すようなものです」 「なるほど、それであの怪物は生きかえったのですか」 「そうだろうと思うのですよ。これは想像です。たしかにそうであるといい切るためには、われわれは、もっとりっぱな証拠を探し出さねばなりません」 「すると、帆村君は、その証拠をまだ探しあてていないのかね」 「そうです。今一生けんめい探しているのです」 「しかし、そんな証拠は、見つからない方がいいね」 「えっ、なぜですか」 「だって、そうじゃないか。その証拠が見つかれば、僕たちは今まで知らなかったそういうものすごい怪物と、おつきあいしなければならなくなる。それは思っただけでも、心臓がどきどきしてくるよ」 「しかし、ねえ次長さん。あの青い怪物とのおつきあいは、あの坑道の底で死骸を発見したときから、もう既に始っているのですよ」 「えっ、おどかさないでくれ」 「おどかすわけではありませんが、あの怪物の方が進んでわれわれ地球人類にたいし、つきあいを求めてきているのですよ」  帆村の言葉に、聞いていた一同は、ぶるぶるとなって、たがいの顔を見合わせた。 「これからあんな怪物とつきあうのはたまらないな。なにしろ相手の方がすぐれているんだからね。うかうかすると、僕たちはいつ殺されてしまうか分からない。帆村君、一体どうすればいいんだ、今後の処置は……」  若月次長は帆村の腕をつかまえゆすぶった。帆村はしばらく黙っていた。そして遂にこういった。 「戦争の準備をすることです。宇宙戦争の準備をね」  聞いている者は、おどろいた。 「えっ、宇宙戦争。そんな夢みたいなことが始るとは思われない」 「その準備は一刻も早く始めるのがいいのです」と、帆村は相手の言葉にかまわず、強くいい切った。 「まあ見ていてごらんなさい。これから先、次から次へと奇妙な出来事が起るですよ。そうなれば、僕の今いったことが、思いあたるでしょう」
宇宙線を火薬とマッチで例えるとどのような役目か。
火薬を入れた函にマッチで火をつけると大爆発をしますが、宇宙線はこの場合のマッチのような役目をするのです。
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帆村荘六がいったことは、あまりにも突飛すぎるという評判だった。あんなことをいい出したので、それまでこの鉱山でかなり信用されていた彼も、俄かに評判がおちた。しかし、帆村は別にそれを気にする風にも見えず、皆に別れると、ただひとりで、例の坑道の底へはいりこんでしまった。  ところが、帆村の予言したことが、間もなく事実となってあらわれた。これには、鉱山の人々も、びっくりしてしまった。その事実とは、一体何事であったろうか。それは隣村で起ったことであった。  隣村を白根村という。この白根村は、雑穀のできる農村であった。  事件が鉱山事務所に伝わったのは、その夜のことであった。が、その事件が起ったのは、もっと早い時刻だった。正しくいうと、その日の午前十一時ごろのことだった。  白根駅から一本の村道が、山の麓へ向かってのびていた。両側は、ひろびろとした芋畠であった。この村道は畠よりもすこしばかり高くなっていた。  喜作というお百姓さんの一家五人が、そのとき山の麓の方から、この村道を下りてきた。農家の人たちは、いつも午前十一時ごろには、昼飯をたべることになっている。そしてそれは、畠で弁当を開くのが例であった。ところがこの喜作一家は、その日のお昼すぎに、娘の縁談について客が来ることになっていたので、その時刻に畠の用事をすまして、家の方へ戻ってきたのであった。  すると、ちょうど村長さんの畠の井戸があるところまで来たとき、五人の先頭に立って歩いていた喜作が、へんな声を出して、道の上に立ちどまった。 「あれえ、これはどうしたんだろう」  喜作の家内のお浜は、二三歩うしろにいたが、喜作の声におどろいて駆けつけた。喜作は、顔をまっ赤にして、よたよた足踏みをしている。お浜は、喜作が中風になって、これから前にたおれるところだと思った。 「どうしたんだね、お前さん。しっかりおしよ」と、お浜は胸がわくわく、目がくらみそうなのをこらえて、亭主の前にまわった。いや、前にまわろうとしたのだ。 「あ、いたいっ」  お浜は急に体を引いた。誰かに前からつきとばされたように感じたからだ。だが、お浜の前には、誰もいなかった。喜作が自分をつきとばしたのだろうかと思ったが、そうでもないらしい。喜作はあいかわらず、すこし前のめりになって、よたよたと足踏みをつづけている。お浜は狐に化かされたような気がした。そこでお浜は、もう一度喜作の前へまわろうとした。 「あれっ、まただよ」  お浜は、前からつきとばされたように感じた。しかしいくら目をこすってみても、自分をつきとばした者の姿は見えない。お浜は、自分で気が変になったのだと思った。そのうちに、三人の娘が追いついた。お父さんとお母さんは、なにをしているのだろうと、ふしぎに思いながら近づいて行くと、急に足が前に進まなくなった。 「あれえ、どうしたことじゃろ」 「前へ体が進まんがのう」 「わしもそうだよ。狐が化かしとるんじゃろか。早う眉毛につばをつけてみよ」  こんどは三人の娘がさわぎだした。  こうして五人の者は、道の真中に一列に並んだまま、一歩も前へ進まず、うろたえていた。それは奇妙な光景だった。知らない人が見れば、たしかにこの五人の家族は、狐に化かされているとしか見えなかった。しかし狐が化かすなどという、ばかばかしいことがあるものではない。  ちょうどこの時、列車を下りて、駅から出て来た人たちが五六人、喜作の一家とは反対の方向から、なにも知らず、この村道を歩いて行った。  一番前を歩いていた農業会の田中さんという中年の人が、喜作たちのふしぎな挙動に気がついた。一町ほど向こうであるが、道はまっ直であるので、よく見える。 「あれ。喜作どんたちは何をしとるのかい。教練をば、しとるのじゃろか」  一列横隊で五人が足踏みをしている有様は、なるほど教練をしているように見られないこともなかった。  が、その田中さんも、それから十歩と歩かないうちに、喜作たちと同じように、道の真中で足をばたばた始めてしまった。 「ああれ。なんちゅうことじゃ、体が前へ進まんが……」  田中さんはがんばり屋であったから、一生けんめいがんばって前へ進もうと努力した。しかしそれはだめであった。何者ともしれず、前から自分を押しかえしている者があった。もちろんその者の姿は見えない。前へ進もうと力を入れれば入れるほど、強く押しかえされる。顔がおしつぶされて、呼吸をするのが苦しくなるし、胸板が今にも折れそうだ。脚は膝から下がよく動くが、それから上は塀につきあたっているようだ。  この田中さんのあとに続いて来たのは、三人の工業学校の生徒、それからすこしおくれて、海軍の若い士官が一人と、兵曹長が一人。この二人もやがて、目に見えない力のために、前進することができなくなった。この六人も一列横隊でうんうんいっているし、それから半町ほど向こうには喜作の一家五人がこっちを向いてうんうんいっている。まことにふしぎな光景であった。  皆初めはさわぎ、あとは恐怖のために口がきけなくなってしまうのだった。  ただ二人の海軍さんだけは、さすがにしっかりしていて、そうあわてもせず、互の顔を見合わせている。
帆村荘六がいったことは、どのような評判だったか。
帆村荘六がいったことは、あまりにも突飛すぎるという評判だった。
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帆村荘六がいったことは、あまりにも突飛すぎるという評判だった。あんなことをいい出したので、それまでこの鉱山でかなり信用されていた彼も、俄かに評判がおちた。しかし、帆村は別にそれを気にする風にも見えず、皆に別れると、ただひとりで、例の坑道の底へはいりこんでしまった。  ところが、帆村の予言したことが、間もなく事実となってあらわれた。これには、鉱山の人々も、びっくりしてしまった。その事実とは、一体何事であったろうか。それは隣村で起ったことであった。  隣村を白根村という。この白根村は、雑穀のできる農村であった。  事件が鉱山事務所に伝わったのは、その夜のことであった。が、その事件が起ったのは、もっと早い時刻だった。正しくいうと、その日の午前十一時ごろのことだった。  白根駅から一本の村道が、山の麓へ向かってのびていた。両側は、ひろびろとした芋畠であった。この村道は畠よりもすこしばかり高くなっていた。  喜作というお百姓さんの一家五人が、そのとき山の麓の方から、この村道を下りてきた。農家の人たちは、いつも午前十一時ごろには、昼飯をたべることになっている。そしてそれは、畠で弁当を開くのが例であった。ところがこの喜作一家は、その日のお昼すぎに、娘の縁談について客が来ることになっていたので、その時刻に畠の用事をすまして、家の方へ戻ってきたのであった。  すると、ちょうど村長さんの畠の井戸があるところまで来たとき、五人の先頭に立って歩いていた喜作が、へんな声を出して、道の上に立ちどまった。 「あれえ、これはどうしたんだろう」  喜作の家内のお浜は、二三歩うしろにいたが、喜作の声におどろいて駆けつけた。喜作は、顔をまっ赤にして、よたよた足踏みをしている。お浜は、喜作が中風になって、これから前にたおれるところだと思った。 「どうしたんだね、お前さん。しっかりおしよ」と、お浜は胸がわくわく、目がくらみそうなのをこらえて、亭主の前にまわった。いや、前にまわろうとしたのだ。 「あ、いたいっ」  お浜は急に体を引いた。誰かに前からつきとばされたように感じたからだ。だが、お浜の前には、誰もいなかった。喜作が自分をつきとばしたのだろうかと思ったが、そうでもないらしい。喜作はあいかわらず、すこし前のめりになって、よたよたと足踏みをつづけている。お浜は狐に化かされたような気がした。そこでお浜は、もう一度喜作の前へまわろうとした。 「あれっ、まただよ」  お浜は、前からつきとばされたように感じた。しかしいくら目をこすってみても、自分をつきとばした者の姿は見えない。お浜は、自分で気が変になったのだと思った。そのうちに、三人の娘が追いついた。お父さんとお母さんは、なにをしているのだろうと、ふしぎに思いながら近づいて行くと、急に足が前に進まなくなった。 「あれえ、どうしたことじゃろ」 「前へ体が進まんがのう」 「わしもそうだよ。狐が化かしとるんじゃろか。早う眉毛につばをつけてみよ」  こんどは三人の娘がさわぎだした。  こうして五人の者は、道の真中に一列に並んだまま、一歩も前へ進まず、うろたえていた。それは奇妙な光景だった。知らない人が見れば、たしかにこの五人の家族は、狐に化かされているとしか見えなかった。しかし狐が化かすなどという、ばかばかしいことがあるものではない。  ちょうどこの時、列車を下りて、駅から出て来た人たちが五六人、喜作の一家とは反対の方向から、なにも知らず、この村道を歩いて行った。  一番前を歩いていた農業会の田中さんという中年の人が、喜作たちのふしぎな挙動に気がついた。一町ほど向こうであるが、道はまっ直であるので、よく見える。 「あれ。喜作どんたちは何をしとるのかい。教練をば、しとるのじゃろか」  一列横隊で五人が足踏みをしている有様は、なるほど教練をしているように見られないこともなかった。  が、その田中さんも、それから十歩と歩かないうちに、喜作たちと同じように、道の真中で足をばたばた始めてしまった。 「ああれ。なんちゅうことじゃ、体が前へ進まんが……」  田中さんはがんばり屋であったから、一生けんめいがんばって前へ進もうと努力した。しかしそれはだめであった。何者ともしれず、前から自分を押しかえしている者があった。もちろんその者の姿は見えない。前へ進もうと力を入れれば入れるほど、強く押しかえされる。顔がおしつぶされて、呼吸をするのが苦しくなるし、胸板が今にも折れそうだ。脚は膝から下がよく動くが、それから上は塀につきあたっているようだ。  この田中さんのあとに続いて来たのは、三人の工業学校の生徒、それからすこしおくれて、海軍の若い士官が一人と、兵曹長が一人。この二人もやがて、目に見えない力のために、前進することができなくなった。この六人も一列横隊でうんうんいっているし、それから半町ほど向こうには喜作の一家五人がこっちを向いてうんうんいっている。まことにふしぎな光景であった。  皆初めはさわぎ、あとは恐怖のために口がきけなくなってしまうのだった。  ただ二人の海軍さんだけは、さすがにしっかりしていて、そうあわてもせず、互の顔を見合わせている。
白根村は、なにができる農村か。
白根村は、雑穀のできる農村であった。
JCRRAG_010656
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帆村は十時間めに戻ってきた。 「どうした。心配していたぞ」  山岸中尉は喜んで、思わず帆村の手をとった。帆村の手は氷のように冷えきっていた。帆村の顔色は悪く、土色をしていた。そしてぶるぶると悪寒にふるえていた。 「どうした、帆村班員。報告しない前に、なんというざまか」  山岸中尉は、声をはげまして叱りつけた。それは帆村の気を引立たせるためだった。 「はいっ」帆村は大きく身ぶるいして、姿勢を正した。だがつぎの瞬間、崩れるようにへたへたと坐りこんでしまった。 「電信員。艇内から酒のはいった魔法壜をもってこい」 「はい。持ってきます」  山岸少年は大急ぎで艇によじのぼり、兄にいわれたものを探しあてて下りてきた。  一ぱいの香り高い日本酒が、帆村を元気づけた。土のようだった彼の顔色が目の下あたりからぽうっと赤くなりはじめ、彼の目が生々と光ってきた。 「どうした、帆村班員」  三度、山岸中尉は帆村にきいた。 「ああ、機長……」  帆村は山岸中尉の顔を仰ぎ、それから山岸少年の方を見、なおあたりをぐるぐると見廻した上で、ほっと息をついた。 「遅かったね。なにをしていたのか」 「はあ」と、帆村は喉をなでながら、 「できるだけ『魔の空間』を偵察してきました。報告することがたくさんあります。第一に、生きている竜造寺兵曹長の姿も見えました」 「えっ、竜造寺に会ったと……」 「そうです。兵曹長は、狭い透明な箱の中にとじこめられています。胸に重傷しているようです」 「ふうん。助けだせないか」 「いま考え中です。話をしたかったが、監視が厳重で、そばへよれませんでした」 「そうか。ではおれが助けにゆく」 「まあ、お待ちなさい、機長。まだお話があるのです。彗星一号艇の乗組員に会いました」 「えっ、一号艇は無事か」 「艇は無事だそうです。私は児玉法学士に会って、それを聞きました」 「望月大尉は健在か」 「はい、大尉も、電信員の川上少年も、軽傷を負っているだけで、まず大丈夫です。児玉法学士は大元気です。彼は緑鬼どもと強い押問答をやって、待遇改善をはかっています。私は彼とよく打合わせました。われわれは、けっして緑鬼どもに頭を下げないことにしました。そして彼らの弱点をついて、あべこべに彼らをわれらに協力させるのです」 「できるか、そんなことが」 「それについて児玉法学士は、一つの方法を考えていました。彼はきっとうまくやるでしょう」 「どういう方法か」 「要するに彼らを説き伏せ、まっすぐな道を歩かせるのです。しかし、もしもこのことが不成功のあかつきには、われわれは即刻この『魔の空間』から引揚げないと危険なのです」 「それはどういうわけか」 「これは私の調べた結果ですが、ミミ族という生物は、われわれ人間とはぜんぜんちがった先祖から生まれたものです。ですから、性格がすっかりちがっているのです。あのココミミ君は、もっとも人間に近い性質を示していますが、あれは人間学を勉強して、あれほど人間に近い性質を示すようになったのです。しかしミミ族は、生まれつきひじょうに残酷な生物です。人情などというものはなく、まるで鉄のように冷たい生物なのです。そのかわり正直この上なしです。ほしいと思うものにすぐ手を出して取り、強い者には頭を下げ、弱い者はすぐ殺すのです」 「どうして、そんなことがわかったのか」 「私が見てきたのです。山岸中尉、彼ら緑鬼は、動物の一種でもなく、また植物の一種でもないのですぞ」 「なんだって」山岸中尉はおどろきのあまり、思わず大きな声をたてた。 「君は途方もないことをいうね。生物といえば、動物と植物にきまっている。それ以外の生物というのがあるだろうか」  しかし帆村は言った。 「そういう理窟は、地球の上だけにあてはまるのです。他の世界へ行けば、かならずしもあてはまらないのだと思います」 「すると、いったいどういう種類の生物だというのかね、あのミミ族は……」  山岸中尉は、こめかみに指をたてて、むずかしい顔をした。帆村のいうことがわかりかねるのだ。もちろん誰にだってわかるはずはない。 「まだ判定の材料がすっかり集っていないから、しかとはいえませんが、私の考えるところでは、緑鬼ミミ族は、高等金属だと思います」 「なに、高等金属。わははは。君は気がどうかしているよ。わははは」山岸中尉は大声で笑った。帆村は、かくべつ腹をたてた様子もなく、真面目な顔をしていた。そして中尉の笑いのしずまるのを待っていた。 「金属が生きものだ。ふつうならば、そんなことを考えないよ。わははは。帆村君、しっかりしてくれよ」  中尉の笑いはなかなかとまらなかった。そこで帆村は、やむなく口を開いた。 「ちょっと待ってください。地球の上で、金属は生物だなどといっては、たいてい笑われるでしょう。しかし他の世界へ行けば、金属が生きものである場合があるのです」 「ばかばかしいことだ。それは暴論だよ」  そういわれても、帆村はひるまなかった。 「地球上に存在する金属の中にも、ほんの僅かの種類ですが、生物らしき現象を示すものがあるのです。それを言いましょう。ラジウムはアルファ、ベータ、ガンマ線を出して年齢をとり、ラジウム、エマナチオンになり、やがては鉛となります」 「そんなことが生物と言えるだろうか」 「生物に似ているではありませんか。また別のことを取上げましょう。無機物の集合体であるところの電波発振器は、空間へ電波を発射します。これは人体における脳細胞の、活動のときにともなう現象と同じです」 「それはこじつけだ」 「継電器はどうです。僅かの電気的刺戟によっていずれかへ動き出し、あげくの果は、大きなものを動かします。電波操縦もこの類です。人体における神経と、筋肉の関係そっくりではありませんか」  山岸中尉は、帆村が後から後へとならべる例について、心から同感だとはいいたくなかった。しかし聞いているうちに、なんとなく金属も生きているらしい気がしてきた。帆村は一段と声をはげまし、 「地球以外の星には、ラジウムよりも、もっと重い金属があって、おそろしい放射能を持っているものがあるのです。そういう奴は、ラジウムよりもずっと高等な生物ですよ。高等金属といったのは、そういう物質を指すのです」といったが、山岸中尉がまだ知らん顔をしているのを見ると、帆村は別なことをいい出した。 「機長。この『魔の空間』が、この前白根村に墜落したときに、なぜ私たちの目には見えなかったのか、そのわけを考えてごらんになったことがありますか」この質問は、山岸中尉をひじょうにおどろかせた。 「えっ、この前『魔の空間』が白根村に墜落したって。そんなことが、どうして……」
帆村はいつ戻ってきたか。
帆村は十時間めに戻ってきた。
JCRRAG_010657
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帆村は十時間めに戻ってきた。 「どうした。心配していたぞ」  山岸中尉は喜んで、思わず帆村の手をとった。帆村の手は氷のように冷えきっていた。帆村の顔色は悪く、土色をしていた。そしてぶるぶると悪寒にふるえていた。 「どうした、帆村班員。報告しない前に、なんというざまか」  山岸中尉は、声をはげまして叱りつけた。それは帆村の気を引立たせるためだった。 「はいっ」帆村は大きく身ぶるいして、姿勢を正した。だがつぎの瞬間、崩れるようにへたへたと坐りこんでしまった。 「電信員。艇内から酒のはいった魔法壜をもってこい」 「はい。持ってきます」  山岸少年は大急ぎで艇によじのぼり、兄にいわれたものを探しあてて下りてきた。  一ぱいの香り高い日本酒が、帆村を元気づけた。土のようだった彼の顔色が目の下あたりからぽうっと赤くなりはじめ、彼の目が生々と光ってきた。 「どうした、帆村班員」  三度、山岸中尉は帆村にきいた。 「ああ、機長……」  帆村は山岸中尉の顔を仰ぎ、それから山岸少年の方を見、なおあたりをぐるぐると見廻した上で、ほっと息をついた。 「遅かったね。なにをしていたのか」 「はあ」と、帆村は喉をなでながら、 「できるだけ『魔の空間』を偵察してきました。報告することがたくさんあります。第一に、生きている竜造寺兵曹長の姿も見えました」 「えっ、竜造寺に会ったと……」 「そうです。兵曹長は、狭い透明な箱の中にとじこめられています。胸に重傷しているようです」 「ふうん。助けだせないか」 「いま考え中です。話をしたかったが、監視が厳重で、そばへよれませんでした」 「そうか。ではおれが助けにゆく」 「まあ、お待ちなさい、機長。まだお話があるのです。彗星一号艇の乗組員に会いました」 「えっ、一号艇は無事か」 「艇は無事だそうです。私は児玉法学士に会って、それを聞きました」 「望月大尉は健在か」 「はい、大尉も、電信員の川上少年も、軽傷を負っているだけで、まず大丈夫です。児玉法学士は大元気です。彼は緑鬼どもと強い押問答をやって、待遇改善をはかっています。私は彼とよく打合わせました。われわれは、けっして緑鬼どもに頭を下げないことにしました。そして彼らの弱点をついて、あべこべに彼らをわれらに協力させるのです」 「できるか、そんなことが」 「それについて児玉法学士は、一つの方法を考えていました。彼はきっとうまくやるでしょう」 「どういう方法か」 「要するに彼らを説き伏せ、まっすぐな道を歩かせるのです。しかし、もしもこのことが不成功のあかつきには、われわれは即刻この『魔の空間』から引揚げないと危険なのです」 「それはどういうわけか」 「これは私の調べた結果ですが、ミミ族という生物は、われわれ人間とはぜんぜんちがった先祖から生まれたものです。ですから、性格がすっかりちがっているのです。あのココミミ君は、もっとも人間に近い性質を示していますが、あれは人間学を勉強して、あれほど人間に近い性質を示すようになったのです。しかしミミ族は、生まれつきひじょうに残酷な生物です。人情などというものはなく、まるで鉄のように冷たい生物なのです。そのかわり正直この上なしです。ほしいと思うものにすぐ手を出して取り、強い者には頭を下げ、弱い者はすぐ殺すのです」 「どうして、そんなことがわかったのか」 「私が見てきたのです。山岸中尉、彼ら緑鬼は、動物の一種でもなく、また植物の一種でもないのですぞ」 「なんだって」山岸中尉はおどろきのあまり、思わず大きな声をたてた。 「君は途方もないことをいうね。生物といえば、動物と植物にきまっている。それ以外の生物というのがあるだろうか」  しかし帆村は言った。 「そういう理窟は、地球の上だけにあてはまるのです。他の世界へ行けば、かならずしもあてはまらないのだと思います」 「すると、いったいどういう種類の生物だというのかね、あのミミ族は……」  山岸中尉は、こめかみに指をたてて、むずかしい顔をした。帆村のいうことがわかりかねるのだ。もちろん誰にだってわかるはずはない。 「まだ判定の材料がすっかり集っていないから、しかとはいえませんが、私の考えるところでは、緑鬼ミミ族は、高等金属だと思います」 「なに、高等金属。わははは。君は気がどうかしているよ。わははは」山岸中尉は大声で笑った。帆村は、かくべつ腹をたてた様子もなく、真面目な顔をしていた。そして中尉の笑いのしずまるのを待っていた。 「金属が生きものだ。ふつうならば、そんなことを考えないよ。わははは。帆村君、しっかりしてくれよ」  中尉の笑いはなかなかとまらなかった。そこで帆村は、やむなく口を開いた。 「ちょっと待ってください。地球の上で、金属は生物だなどといっては、たいてい笑われるでしょう。しかし他の世界へ行けば、金属が生きものである場合があるのです」 「ばかばかしいことだ。それは暴論だよ」  そういわれても、帆村はひるまなかった。 「地球上に存在する金属の中にも、ほんの僅かの種類ですが、生物らしき現象を示すものがあるのです。それを言いましょう。ラジウムはアルファ、ベータ、ガンマ線を出して年齢をとり、ラジウム、エマナチオンになり、やがては鉛となります」 「そんなことが生物と言えるだろうか」 「生物に似ているではありませんか。また別のことを取上げましょう。無機物の集合体であるところの電波発振器は、空間へ電波を発射します。これは人体における脳細胞の、活動のときにともなう現象と同じです」 「それはこじつけだ」 「継電器はどうです。僅かの電気的刺戟によっていずれかへ動き出し、あげくの果は、大きなものを動かします。電波操縦もこの類です。人体における神経と、筋肉の関係そっくりではありませんか」  山岸中尉は、帆村が後から後へとならべる例について、心から同感だとはいいたくなかった。しかし聞いているうちに、なんとなく金属も生きているらしい気がしてきた。帆村は一段と声をはげまし、 「地球以外の星には、ラジウムよりも、もっと重い金属があって、おそろしい放射能を持っているものがあるのです。そういう奴は、ラジウムよりもずっと高等な生物ですよ。高等金属といったのは、そういう物質を指すのです」といったが、山岸中尉がまだ知らん顔をしているのを見ると、帆村は別なことをいい出した。 「機長。この『魔の空間』が、この前白根村に墜落したときに、なぜ私たちの目には見えなかったのか、そのわけを考えてごらんになったことがありますか」この質問は、山岸中尉をひじょうにおどろかせた。 「えっ、この前『魔の空間』が白根村に墜落したって。そんなことが、どうして……」
帆村の手はどのように冷えきっていたか。
帆村の手は氷のように冷えきっていた。
JCRRAG_010658
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帆村は十時間めに戻ってきた。 「どうした。心配していたぞ」  山岸中尉は喜んで、思わず帆村の手をとった。帆村の手は氷のように冷えきっていた。帆村の顔色は悪く、土色をしていた。そしてぶるぶると悪寒にふるえていた。 「どうした、帆村班員。報告しない前に、なんというざまか」  山岸中尉は、声をはげまして叱りつけた。それは帆村の気を引立たせるためだった。 「はいっ」帆村は大きく身ぶるいして、姿勢を正した。だがつぎの瞬間、崩れるようにへたへたと坐りこんでしまった。 「電信員。艇内から酒のはいった魔法壜をもってこい」 「はい。持ってきます」  山岸少年は大急ぎで艇によじのぼり、兄にいわれたものを探しあてて下りてきた。  一ぱいの香り高い日本酒が、帆村を元気づけた。土のようだった彼の顔色が目の下あたりからぽうっと赤くなりはじめ、彼の目が生々と光ってきた。 「どうした、帆村班員」  三度、山岸中尉は帆村にきいた。 「ああ、機長……」  帆村は山岸中尉の顔を仰ぎ、それから山岸少年の方を見、なおあたりをぐるぐると見廻した上で、ほっと息をついた。 「遅かったね。なにをしていたのか」 「はあ」と、帆村は喉をなでながら、 「できるだけ『魔の空間』を偵察してきました。報告することがたくさんあります。第一に、生きている竜造寺兵曹長の姿も見えました」 「えっ、竜造寺に会ったと……」 「そうです。兵曹長は、狭い透明な箱の中にとじこめられています。胸に重傷しているようです」 「ふうん。助けだせないか」 「いま考え中です。話をしたかったが、監視が厳重で、そばへよれませんでした」 「そうか。ではおれが助けにゆく」 「まあ、お待ちなさい、機長。まだお話があるのです。彗星一号艇の乗組員に会いました」 「えっ、一号艇は無事か」 「艇は無事だそうです。私は児玉法学士に会って、それを聞きました」 「望月大尉は健在か」 「はい、大尉も、電信員の川上少年も、軽傷を負っているだけで、まず大丈夫です。児玉法学士は大元気です。彼は緑鬼どもと強い押問答をやって、待遇改善をはかっています。私は彼とよく打合わせました。われわれは、けっして緑鬼どもに頭を下げないことにしました。そして彼らの弱点をついて、あべこべに彼らをわれらに協力させるのです」 「できるか、そんなことが」 「それについて児玉法学士は、一つの方法を考えていました。彼はきっとうまくやるでしょう」 「どういう方法か」 「要するに彼らを説き伏せ、まっすぐな道を歩かせるのです。しかし、もしもこのことが不成功のあかつきには、われわれは即刻この『魔の空間』から引揚げないと危険なのです」 「それはどういうわけか」 「これは私の調べた結果ですが、ミミ族という生物は、われわれ人間とはぜんぜんちがった先祖から生まれたものです。ですから、性格がすっかりちがっているのです。あのココミミ君は、もっとも人間に近い性質を示していますが、あれは人間学を勉強して、あれほど人間に近い性質を示すようになったのです。しかしミミ族は、生まれつきひじょうに残酷な生物です。人情などというものはなく、まるで鉄のように冷たい生物なのです。そのかわり正直この上なしです。ほしいと思うものにすぐ手を出して取り、強い者には頭を下げ、弱い者はすぐ殺すのです」 「どうして、そんなことがわかったのか」 「私が見てきたのです。山岸中尉、彼ら緑鬼は、動物の一種でもなく、また植物の一種でもないのですぞ」 「なんだって」山岸中尉はおどろきのあまり、思わず大きな声をたてた。 「君は途方もないことをいうね。生物といえば、動物と植物にきまっている。それ以外の生物というのがあるだろうか」  しかし帆村は言った。 「そういう理窟は、地球の上だけにあてはまるのです。他の世界へ行けば、かならずしもあてはまらないのだと思います」 「すると、いったいどういう種類の生物だというのかね、あのミミ族は……」  山岸中尉は、こめかみに指をたてて、むずかしい顔をした。帆村のいうことがわかりかねるのだ。もちろん誰にだってわかるはずはない。 「まだ判定の材料がすっかり集っていないから、しかとはいえませんが、私の考えるところでは、緑鬼ミミ族は、高等金属だと思います」 「なに、高等金属。わははは。君は気がどうかしているよ。わははは」山岸中尉は大声で笑った。帆村は、かくべつ腹をたてた様子もなく、真面目な顔をしていた。そして中尉の笑いのしずまるのを待っていた。 「金属が生きものだ。ふつうならば、そんなことを考えないよ。わははは。帆村君、しっかりしてくれよ」  中尉の笑いはなかなかとまらなかった。そこで帆村は、やむなく口を開いた。 「ちょっと待ってください。地球の上で、金属は生物だなどといっては、たいてい笑われるでしょう。しかし他の世界へ行けば、金属が生きものである場合があるのです」 「ばかばかしいことだ。それは暴論だよ」  そういわれても、帆村はひるまなかった。 「地球上に存在する金属の中にも、ほんの僅かの種類ですが、生物らしき現象を示すものがあるのです。それを言いましょう。ラジウムはアルファ、ベータ、ガンマ線を出して年齢をとり、ラジウム、エマナチオンになり、やがては鉛となります」 「そんなことが生物と言えるだろうか」 「生物に似ているではありませんか。また別のことを取上げましょう。無機物の集合体であるところの電波発振器は、空間へ電波を発射します。これは人体における脳細胞の、活動のときにともなう現象と同じです」 「それはこじつけだ」 「継電器はどうです。僅かの電気的刺戟によっていずれかへ動き出し、あげくの果は、大きなものを動かします。電波操縦もこの類です。人体における神経と、筋肉の関係そっくりではありませんか」  山岸中尉は、帆村が後から後へとならべる例について、心から同感だとはいいたくなかった。しかし聞いているうちに、なんとなく金属も生きているらしい気がしてきた。帆村は一段と声をはげまし、 「地球以外の星には、ラジウムよりも、もっと重い金属があって、おそろしい放射能を持っているものがあるのです。そういう奴は、ラジウムよりもずっと高等な生物ですよ。高等金属といったのは、そういう物質を指すのです」といったが、山岸中尉がまだ知らん顔をしているのを見ると、帆村は別なことをいい出した。 「機長。この『魔の空間』が、この前白根村に墜落したときに、なぜ私たちの目には見えなかったのか、そのわけを考えてごらんになったことがありますか」この質問は、山岸中尉をひじょうにおどろかせた。 「えっ、この前『魔の空間』が白根村に墜落したって。そんなことが、どうして……」
山岸中尉は、どのように帆村を叱りつけたか。
山岸中尉は、声をはげまして叱りつけた。
JCRRAG_010659
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帆村は十時間めに戻ってきた。 「どうした。心配していたぞ」  山岸中尉は喜んで、思わず帆村の手をとった。帆村の手は氷のように冷えきっていた。帆村の顔色は悪く、土色をしていた。そしてぶるぶると悪寒にふるえていた。 「どうした、帆村班員。報告しない前に、なんというざまか」  山岸中尉は、声をはげまして叱りつけた。それは帆村の気を引立たせるためだった。 「はいっ」帆村は大きく身ぶるいして、姿勢を正した。だがつぎの瞬間、崩れるようにへたへたと坐りこんでしまった。 「電信員。艇内から酒のはいった魔法壜をもってこい」 「はい。持ってきます」  山岸少年は大急ぎで艇によじのぼり、兄にいわれたものを探しあてて下りてきた。  一ぱいの香り高い日本酒が、帆村を元気づけた。土のようだった彼の顔色が目の下あたりからぽうっと赤くなりはじめ、彼の目が生々と光ってきた。 「どうした、帆村班員」  三度、山岸中尉は帆村にきいた。 「ああ、機長……」  帆村は山岸中尉の顔を仰ぎ、それから山岸少年の方を見、なおあたりをぐるぐると見廻した上で、ほっと息をついた。 「遅かったね。なにをしていたのか」 「はあ」と、帆村は喉をなでながら、 「できるだけ『魔の空間』を偵察してきました。報告することがたくさんあります。第一に、生きている竜造寺兵曹長の姿も見えました」 「えっ、竜造寺に会ったと……」 「そうです。兵曹長は、狭い透明な箱の中にとじこめられています。胸に重傷しているようです」 「ふうん。助けだせないか」 「いま考え中です。話をしたかったが、監視が厳重で、そばへよれませんでした」 「そうか。ではおれが助けにゆく」 「まあ、お待ちなさい、機長。まだお話があるのです。彗星一号艇の乗組員に会いました」 「えっ、一号艇は無事か」 「艇は無事だそうです。私は児玉法学士に会って、それを聞きました」 「望月大尉は健在か」 「はい、大尉も、電信員の川上少年も、軽傷を負っているだけで、まず大丈夫です。児玉法学士は大元気です。彼は緑鬼どもと強い押問答をやって、待遇改善をはかっています。私は彼とよく打合わせました。われわれは、けっして緑鬼どもに頭を下げないことにしました。そして彼らの弱点をついて、あべこべに彼らをわれらに協力させるのです」 「できるか、そんなことが」 「それについて児玉法学士は、一つの方法を考えていました。彼はきっとうまくやるでしょう」 「どういう方法か」 「要するに彼らを説き伏せ、まっすぐな道を歩かせるのです。しかし、もしもこのことが不成功のあかつきには、われわれは即刻この『魔の空間』から引揚げないと危険なのです」 「それはどういうわけか」 「これは私の調べた結果ですが、ミミ族という生物は、われわれ人間とはぜんぜんちがった先祖から生まれたものです。ですから、性格がすっかりちがっているのです。あのココミミ君は、もっとも人間に近い性質を示していますが、あれは人間学を勉強して、あれほど人間に近い性質を示すようになったのです。しかしミミ族は、生まれつきひじょうに残酷な生物です。人情などというものはなく、まるで鉄のように冷たい生物なのです。そのかわり正直この上なしです。ほしいと思うものにすぐ手を出して取り、強い者には頭を下げ、弱い者はすぐ殺すのです」 「どうして、そんなことがわかったのか」 「私が見てきたのです。山岸中尉、彼ら緑鬼は、動物の一種でもなく、また植物の一種でもないのですぞ」 「なんだって」山岸中尉はおどろきのあまり、思わず大きな声をたてた。 「君は途方もないことをいうね。生物といえば、動物と植物にきまっている。それ以外の生物というのがあるだろうか」  しかし帆村は言った。 「そういう理窟は、地球の上だけにあてはまるのです。他の世界へ行けば、かならずしもあてはまらないのだと思います」 「すると、いったいどういう種類の生物だというのかね、あのミミ族は……」  山岸中尉は、こめかみに指をたてて、むずかしい顔をした。帆村のいうことがわかりかねるのだ。もちろん誰にだってわかるはずはない。 「まだ判定の材料がすっかり集っていないから、しかとはいえませんが、私の考えるところでは、緑鬼ミミ族は、高等金属だと思います」 「なに、高等金属。わははは。君は気がどうかしているよ。わははは」山岸中尉は大声で笑った。帆村は、かくべつ腹をたてた様子もなく、真面目な顔をしていた。そして中尉の笑いのしずまるのを待っていた。 「金属が生きものだ。ふつうならば、そんなことを考えないよ。わははは。帆村君、しっかりしてくれよ」  中尉の笑いはなかなかとまらなかった。そこで帆村は、やむなく口を開いた。 「ちょっと待ってください。地球の上で、金属は生物だなどといっては、たいてい笑われるでしょう。しかし他の世界へ行けば、金属が生きものである場合があるのです」 「ばかばかしいことだ。それは暴論だよ」  そういわれても、帆村はひるまなかった。 「地球上に存在する金属の中にも、ほんの僅かの種類ですが、生物らしき現象を示すものがあるのです。それを言いましょう。ラジウムはアルファ、ベータ、ガンマ線を出して年齢をとり、ラジウム、エマナチオンになり、やがては鉛となります」 「そんなことが生物と言えるだろうか」 「生物に似ているではありませんか。また別のことを取上げましょう。無機物の集合体であるところの電波発振器は、空間へ電波を発射します。これは人体における脳細胞の、活動のときにともなう現象と同じです」 「それはこじつけだ」 「継電器はどうです。僅かの電気的刺戟によっていずれかへ動き出し、あげくの果は、大きなものを動かします。電波操縦もこの類です。人体における神経と、筋肉の関係そっくりではありませんか」  山岸中尉は、帆村が後から後へとならべる例について、心から同感だとはいいたくなかった。しかし聞いているうちに、なんとなく金属も生きているらしい気がしてきた。帆村は一段と声をはげまし、 「地球以外の星には、ラジウムよりも、もっと重い金属があって、おそろしい放射能を持っているものがあるのです。そういう奴は、ラジウムよりもずっと高等な生物ですよ。高等金属といったのは、そういう物質を指すのです」といったが、山岸中尉がまだ知らん顔をしているのを見ると、帆村は別なことをいい出した。 「機長。この『魔の空間』が、この前白根村に墜落したときに、なぜ私たちの目には見えなかったのか、そのわけを考えてごらんになったことがありますか」この質問は、山岸中尉をひじょうにおどろかせた。 「えっ、この前『魔の空間』が白根村に墜落したって。そんなことが、どうして……」
山岸少年は大急ぎで艇によじのぼり、何を探しあてて下りてきたか。
山岸少年は大急ぎで艇によじのぼり、兄にいわれたものを探しあてて下りてきた。
JCRRAG_010660
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帆村は十時間めに戻ってきた。 「どうした。心配していたぞ」  山岸中尉は喜んで、思わず帆村の手をとった。帆村の手は氷のように冷えきっていた。帆村の顔色は悪く、土色をしていた。そしてぶるぶると悪寒にふるえていた。 「どうした、帆村班員。報告しない前に、なんというざまか」  山岸中尉は、声をはげまして叱りつけた。それは帆村の気を引立たせるためだった。 「はいっ」帆村は大きく身ぶるいして、姿勢を正した。だがつぎの瞬間、崩れるようにへたへたと坐りこんでしまった。 「電信員。艇内から酒のはいった魔法壜をもってこい」 「はい。持ってきます」  山岸少年は大急ぎで艇によじのぼり、兄にいわれたものを探しあてて下りてきた。  一ぱいの香り高い日本酒が、帆村を元気づけた。土のようだった彼の顔色が目の下あたりからぽうっと赤くなりはじめ、彼の目が生々と光ってきた。 「どうした、帆村班員」  三度、山岸中尉は帆村にきいた。 「ああ、機長……」  帆村は山岸中尉の顔を仰ぎ、それから山岸少年の方を見、なおあたりをぐるぐると見廻した上で、ほっと息をついた。 「遅かったね。なにをしていたのか」 「はあ」と、帆村は喉をなでながら、 「できるだけ『魔の空間』を偵察してきました。報告することがたくさんあります。第一に、生きている竜造寺兵曹長の姿も見えました」 「えっ、竜造寺に会ったと……」 「そうです。兵曹長は、狭い透明な箱の中にとじこめられています。胸に重傷しているようです」 「ふうん。助けだせないか」 「いま考え中です。話をしたかったが、監視が厳重で、そばへよれませんでした」 「そうか。ではおれが助けにゆく」 「まあ、お待ちなさい、機長。まだお話があるのです。彗星一号艇の乗組員に会いました」 「えっ、一号艇は無事か」 「艇は無事だそうです。私は児玉法学士に会って、それを聞きました」 「望月大尉は健在か」 「はい、大尉も、電信員の川上少年も、軽傷を負っているだけで、まず大丈夫です。児玉法学士は大元気です。彼は緑鬼どもと強い押問答をやって、待遇改善をはかっています。私は彼とよく打合わせました。われわれは、けっして緑鬼どもに頭を下げないことにしました。そして彼らの弱点をついて、あべこべに彼らをわれらに協力させるのです」 「できるか、そんなことが」 「それについて児玉法学士は、一つの方法を考えていました。彼はきっとうまくやるでしょう」 「どういう方法か」 「要するに彼らを説き伏せ、まっすぐな道を歩かせるのです。しかし、もしもこのことが不成功のあかつきには、われわれは即刻この『魔の空間』から引揚げないと危険なのです」 「それはどういうわけか」 「これは私の調べた結果ですが、ミミ族という生物は、われわれ人間とはぜんぜんちがった先祖から生まれたものです。ですから、性格がすっかりちがっているのです。あのココミミ君は、もっとも人間に近い性質を示していますが、あれは人間学を勉強して、あれほど人間に近い性質を示すようになったのです。しかしミミ族は、生まれつきひじょうに残酷な生物です。人情などというものはなく、まるで鉄のように冷たい生物なのです。そのかわり正直この上なしです。ほしいと思うものにすぐ手を出して取り、強い者には頭を下げ、弱い者はすぐ殺すのです」 「どうして、そんなことがわかったのか」 「私が見てきたのです。山岸中尉、彼ら緑鬼は、動物の一種でもなく、また植物の一種でもないのですぞ」 「なんだって」山岸中尉はおどろきのあまり、思わず大きな声をたてた。 「君は途方もないことをいうね。生物といえば、動物と植物にきまっている。それ以外の生物というのがあるだろうか」  しかし帆村は言った。 「そういう理窟は、地球の上だけにあてはまるのです。他の世界へ行けば、かならずしもあてはまらないのだと思います」 「すると、いったいどういう種類の生物だというのかね、あのミミ族は……」  山岸中尉は、こめかみに指をたてて、むずかしい顔をした。帆村のいうことがわかりかねるのだ。もちろん誰にだってわかるはずはない。 「まだ判定の材料がすっかり集っていないから、しかとはいえませんが、私の考えるところでは、緑鬼ミミ族は、高等金属だと思います」 「なに、高等金属。わははは。君は気がどうかしているよ。わははは」山岸中尉は大声で笑った。帆村は、かくべつ腹をたてた様子もなく、真面目な顔をしていた。そして中尉の笑いのしずまるのを待っていた。 「金属が生きものだ。ふつうならば、そんなことを考えないよ。わははは。帆村君、しっかりしてくれよ」  中尉の笑いはなかなかとまらなかった。そこで帆村は、やむなく口を開いた。 「ちょっと待ってください。地球の上で、金属は生物だなどといっては、たいてい笑われるでしょう。しかし他の世界へ行けば、金属が生きものである場合があるのです」 「ばかばかしいことだ。それは暴論だよ」  そういわれても、帆村はひるまなかった。 「地球上に存在する金属の中にも、ほんの僅かの種類ですが、生物らしき現象を示すものがあるのです。それを言いましょう。ラジウムはアルファ、ベータ、ガンマ線を出して年齢をとり、ラジウム、エマナチオンになり、やがては鉛となります」 「そんなことが生物と言えるだろうか」 「生物に似ているではありませんか。また別のことを取上げましょう。無機物の集合体であるところの電波発振器は、空間へ電波を発射します。これは人体における脳細胞の、活動のときにともなう現象と同じです」 「それはこじつけだ」 「継電器はどうです。僅かの電気的刺戟によっていずれかへ動き出し、あげくの果は、大きなものを動かします。電波操縦もこの類です。人体における神経と、筋肉の関係そっくりではありませんか」  山岸中尉は、帆村が後から後へとならべる例について、心から同感だとはいいたくなかった。しかし聞いているうちに、なんとなく金属も生きているらしい気がしてきた。帆村は一段と声をはげまし、 「地球以外の星には、ラジウムよりも、もっと重い金属があって、おそろしい放射能を持っているものがあるのです。そういう奴は、ラジウムよりもずっと高等な生物ですよ。高等金属といったのは、そういう物質を指すのです」といったが、山岸中尉がまだ知らん顔をしているのを見ると、帆村は別なことをいい出した。 「機長。この『魔の空間』が、この前白根村に墜落したときに、なぜ私たちの目には見えなかったのか、そのわけを考えてごらんになったことがありますか」この質問は、山岸中尉をひじょうにおどろかせた。 「えっ、この前『魔の空間』が白根村に墜落したって。そんなことが、どうして……」
山岸中尉は、こめかみに指をたてて、どのような顔をしたか。
山岸中尉は、こめかみに指をたてて、むずかしい顔をした。
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「魔の空間」と、白根村の怪事件とを結びあわせた、帆村荘六の大胆な説は、山岸中尉にとって、すぐには了解できることではなかった。 「まあ、ゆっくりお話しましょう。飛行楔の中で……」  と、帆村は山岸中尉と山岸少年をうながして、飛行機の中にはいった。三人はめいめいの座席をえらんで、そこに腰をおろした。山岸中尉は、魔法壜の口をあけて、残りすくない番茶を、疲れている帆村にあたえた。帆村は感激して、ほんの一口だけうけた。 「そこで白根村の怪事件のことですがね。歩いていた山岸中尉が、急に歩けなくなったというのは、あなたが『魔の空間』の壁にぶっつかったからですよ。あの壁ときたら、軟らかい硝子かゴムみたいに、いくら体をぶっつけても怪我をしないかわりに、どんなことをしても破れるようなことはないのです。そんなに丈夫な壁なのです」  帆村は手まねをまぜて、「魔の空間」のふしぎな性質について説く。 「あれが壁だとするとおかしいぞ。前方がはっきり見えたが、透明な壁だというのか……」  山岸中尉が、熱心に聞きかえす。 「そうです。もちろん透明の壁です。ですから『魔の空間』が前に落ちていても、それが見えなかったのです」 「そうすると、白根村に、『魔の空間』が落ちたとして、その空間の中にはなにもはいっていなかったんだろうか……」 「それはもちろんはいっていました。『魔の空間』を動かす一種のエンジンも備えつけてあるし、またミミ族も何十名か何百名か、その中にいたにちがいありません」 「それはおかしいぞ、帆村班員」  と、山岸中尉は目をかがやかし、 「その空間に、エンジンだの、ミミ族たちがいたのなら、横からすかしてみて、かならず形か影かが見えるはずである。しかし私は、そんなものを見なかった」  山岸中尉のいうことは、もっともに響いた。白根村に落ちた「魔の空間」が、空っぽであれば、透きとおって見えるかもしれないが、その中にエンジンがあり、ミミ族がいたのなら、かならずその形か影が見えるはずだ。これには帆村も答弁することができないだろうと思われた。だが帆村は答えた。 「ところが、実際はエンジンもあり、ミミ族もいたのです。しかしそれがあなたがたの目に見えなかったというのもほんとうのことでしょう。これにはわけがあるのです。むつかしい理窟ですが、ぜひわかっていただかねばなりません」  と、帆村は力をこめていうと、山岸中尉と山岸少年の顔をじっと見つめ、 「そのわけというのは、そのとき、『魔の空間』はひじょうに速い振動をしていたために、人間の目には見えなかったのです。たとえば飛行機のプロペラは、とまっているときはよく見えます。ところがあれが回転をはじめると、私たち人間の目には見えなくなるでしょう。つまり、あまり速く動いているものは、人間の目には見えないのです。『魔の空間』は、プロペラの回転による運動どころか、もっとはげしい速さで動いているのです。一種の震動であります。あまり速く震動しているために見えないのです。『魔の空間』の壁も、エンジンも、ミミ族も、みんなこのとおりのはげしい震動をしているので、あなたがたの目には見えなかったのです。これでわけはおわかりになったでしょう」  帆村荘六は、そういって二人の顔を見た。  目にもとまらぬほど速く動き、あるいは回転し、あるいはまた震動するものが、人間の網膜にうつらないということはほんとうだ。帆村がいうのには、「魔の空間」というものは、おそろしくはげしい震動をしている物体であるから、目には見えず、それで透いて見えるのだというのだ。自分の目の前に自分の指を立ててみる。指はよく見えている。ところがこの指を左右にはげしく動かしてみる。はげしく動かせば動かすほど、指は見えなくなる。そして向こうのものがはっきり見える。その理窟だと、帆村はいうのである。 「ほう、高速運動体だから、人間の目には見えないというのか。なるほど、これは一つの理窟だ。扇風機の羽根も、廻りだすと目に見えなくなるが、あの理窟と同じだという……」  わかったようでもあり、腑におちないようでもある。どこが腑におちないのか。 「で、帆村班員、なぜ、『魔の空間』はそのように高速運動をしているのか」  腑におちないのは、この点だ。山岸中尉はさっそく帆村に質問を発した。  ところが帆村は首を左右に振り、 「それがわかれば、われわれはミミ族の正体をはっきり捕らえることができるのですが、残念ながらそれがわからないのです。しかし、こういうことはいえる。ミミ族はわれわれと同じような人間でもなければ動物でもない。この前、私がいいましたように、ミミ族はどう考えても金属でなければならない。生きている高等金属でなければならぬというのも、じつはこの問題からきているのです。われわれはもっと勉強しなければ、ミミ族の正体を解くことはできないでしょう」  と、帆村は額に手をあてて言った。 「生きている高等金属、金属は死んでいるものだ。金属が生きているとは思えない。帆村班員の説は納得できない」  山岸中尉は、はっきり反対した。これは山岸中尉でなくても、誰もそう思うだろう。  ところが帆村は顔をあげると、首をもう一度、強く左右に振って見せ、 「前にもいいましたが、ラジウムやウラニウムは、放射線をだして生体をかえていく。これも一種の生活がいとなまれているといえないことはないです。わが地球には、ウラニウム以上の重物質はない。しかし他の天体には、これ以上の重物質、生気溌溂というか、ぴんぴん生きている物質があるのではないかと思う。そういう高等金属は、一種の思考力を持つこともできるように思うのです。それはいったいどんな経過を通って、どうして行われるか、そいつは今のところ、われわれ地球の人間にはわかっていない。ただそういうことがありそうだ、と思われるだけである」  帆村の口調は、いつとはなしにきびしいものとなっていた。そして彼の顔つきが、なんとなく人間ばなれがして見えた。  ほんとうであろうか、帆村の推論は……。これをたしかめるには、ミミ族の一人を捕らえて解剖してみるしかない。
帆村荘六の大胆な説は、山岸中尉にとって、了解できることであったか。
帆村荘六の大胆な説は、山岸中尉にとって、すぐには了解できることではなかった。
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「魔の空間」と、白根村の怪事件とを結びあわせた、帆村荘六の大胆な説は、山岸中尉にとって、すぐには了解できることではなかった。 「まあ、ゆっくりお話しましょう。飛行楔の中で……」  と、帆村は山岸中尉と山岸少年をうながして、飛行機の中にはいった。三人はめいめいの座席をえらんで、そこに腰をおろした。山岸中尉は、魔法壜の口をあけて、残りすくない番茶を、疲れている帆村にあたえた。帆村は感激して、ほんの一口だけうけた。 「そこで白根村の怪事件のことですがね。歩いていた山岸中尉が、急に歩けなくなったというのは、あなたが『魔の空間』の壁にぶっつかったからですよ。あの壁ときたら、軟らかい硝子かゴムみたいに、いくら体をぶっつけても怪我をしないかわりに、どんなことをしても破れるようなことはないのです。そんなに丈夫な壁なのです」  帆村は手まねをまぜて、「魔の空間」のふしぎな性質について説く。 「あれが壁だとするとおかしいぞ。前方がはっきり見えたが、透明な壁だというのか……」  山岸中尉が、熱心に聞きかえす。 「そうです。もちろん透明の壁です。ですから『魔の空間』が前に落ちていても、それが見えなかったのです」 「そうすると、白根村に、『魔の空間』が落ちたとして、その空間の中にはなにもはいっていなかったんだろうか……」 「それはもちろんはいっていました。『魔の空間』を動かす一種のエンジンも備えつけてあるし、またミミ族も何十名か何百名か、その中にいたにちがいありません」 「それはおかしいぞ、帆村班員」  と、山岸中尉は目をかがやかし、 「その空間に、エンジンだの、ミミ族たちがいたのなら、横からすかしてみて、かならず形か影かが見えるはずである。しかし私は、そんなものを見なかった」  山岸中尉のいうことは、もっともに響いた。白根村に落ちた「魔の空間」が、空っぽであれば、透きとおって見えるかもしれないが、その中にエンジンがあり、ミミ族がいたのなら、かならずその形か影が見えるはずだ。これには帆村も答弁することができないだろうと思われた。だが帆村は答えた。 「ところが、実際はエンジンもあり、ミミ族もいたのです。しかしそれがあなたがたの目に見えなかったというのもほんとうのことでしょう。これにはわけがあるのです。むつかしい理窟ですが、ぜひわかっていただかねばなりません」  と、帆村は力をこめていうと、山岸中尉と山岸少年の顔をじっと見つめ、 「そのわけというのは、そのとき、『魔の空間』はひじょうに速い振動をしていたために、人間の目には見えなかったのです。たとえば飛行機のプロペラは、とまっているときはよく見えます。ところがあれが回転をはじめると、私たち人間の目には見えなくなるでしょう。つまり、あまり速く動いているものは、人間の目には見えないのです。『魔の空間』は、プロペラの回転による運動どころか、もっとはげしい速さで動いているのです。一種の震動であります。あまり速く震動しているために見えないのです。『魔の空間』の壁も、エンジンも、ミミ族も、みんなこのとおりのはげしい震動をしているので、あなたがたの目には見えなかったのです。これでわけはおわかりになったでしょう」  帆村荘六は、そういって二人の顔を見た。  目にもとまらぬほど速く動き、あるいは回転し、あるいはまた震動するものが、人間の網膜にうつらないということはほんとうだ。帆村がいうのには、「魔の空間」というものは、おそろしくはげしい震動をしている物体であるから、目には見えず、それで透いて見えるのだというのだ。自分の目の前に自分の指を立ててみる。指はよく見えている。ところがこの指を左右にはげしく動かしてみる。はげしく動かせば動かすほど、指は見えなくなる。そして向こうのものがはっきり見える。その理窟だと、帆村はいうのである。 「ほう、高速運動体だから、人間の目には見えないというのか。なるほど、これは一つの理窟だ。扇風機の羽根も、廻りだすと目に見えなくなるが、あの理窟と同じだという……」  わかったようでもあり、腑におちないようでもある。どこが腑におちないのか。 「で、帆村班員、なぜ、『魔の空間』はそのように高速運動をしているのか」  腑におちないのは、この点だ。山岸中尉はさっそく帆村に質問を発した。  ところが帆村は首を左右に振り、 「それがわかれば、われわれはミミ族の正体をはっきり捕らえることができるのですが、残念ながらそれがわからないのです。しかし、こういうことはいえる。ミミ族はわれわれと同じような人間でもなければ動物でもない。この前、私がいいましたように、ミミ族はどう考えても金属でなければならない。生きている高等金属でなければならぬというのも、じつはこの問題からきているのです。われわれはもっと勉強しなければ、ミミ族の正体を解くことはできないでしょう」  と、帆村は額に手をあてて言った。 「生きている高等金属、金属は死んでいるものだ。金属が生きているとは思えない。帆村班員の説は納得できない」  山岸中尉は、はっきり反対した。これは山岸中尉でなくても、誰もそう思うだろう。  ところが帆村は顔をあげると、首をもう一度、強く左右に振って見せ、 「前にもいいましたが、ラジウムやウラニウムは、放射線をだして生体をかえていく。これも一種の生活がいとなまれているといえないことはないです。わが地球には、ウラニウム以上の重物質はない。しかし他の天体には、これ以上の重物質、生気溌溂というか、ぴんぴん生きている物質があるのではないかと思う。そういう高等金属は、一種の思考力を持つこともできるように思うのです。それはいったいどんな経過を通って、どうして行われるか、そいつは今のところ、われわれ地球の人間にはわかっていない。ただそういうことがありそうだ、と思われるだけである」  帆村の口調は、いつとはなしにきびしいものとなっていた。そして彼の顔つきが、なんとなく人間ばなれがして見えた。  ほんとうであろうか、帆村の推論は……。これをたしかめるには、ミミ族の一人を捕らえて解剖してみるしかない。
帆村は手まねをまぜて、なにを説くか。
帆村は手まねをまぜて、「魔の空間」のふしぎな性質について説く。
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国語
山岸中尉は、帆村の説に半信半疑であったが、しかしさしあたり帆村の説をほんとうとして、万事やるよりほかないと思った。つまりこの「魔の空間」についても、またミミ族についても、彼よりも帆村荘六の方がはるかによく観察しているし、考えの深いことも尊敬に値した。 「なんとかして、ここを脱出したい、そして一刻も早く地上の本隊へ報告したい。どうすればここを脱出できるか」  山岸中尉は、帆村の顔を見て、意見をのべるよううながした。 「それはむつかしい問題ですよ」  帆村は正直に言った。はじめ「魔の空間」を征服しようとして突撃したのに、あべこべに「魔の空間」にこっちが征服されてしまったのだ。だからこれを破って、自由になることは、なまやさしいことではない。 「それはわかっている。しかしわれわれは一刻も早く、ここを脱出しなければならぬ」  山岸中尉は、きっぱり言った。軍人という者は、自分にあたえられた任務をやりとげるために、いかなる困難にぶつかろうと、それを突破して進まねばならぬのだ。 「なにぶんにも、『魔の空間』の壁はひじょうに丈夫である上に、よく伸縮しますから、これを切り開くことはなかなかむつかしいと思います。この前は、わが噴射艇彗星号が全速でもって、『魔の空間』の壁にぶつかったが、ぐうっと押しかえされてしまいましたからね」  帆村は、あのときのことを思い出して、脱出のむつかしいことをのべた。 「機関銃で撃ってもだめですか」  さっきから黙って話を聞いていた山岸少年が、口をはさんだ。 「機関銃弾では、おそらくだめだろうね。しかし、君はいいことを言ったよ」  と、帆村は山岸少年の方を見て、にっこりした。少年は目をぱちくり。 「機長、思いきって、こういうことをやってみてはどうですか。そのかわり失敗すれば、私たちは、たちどころに命を捨てなければなりません」  そう言って、帆村が語りだした脱出方法というのは、艇に積んである爆弾を、全部一箇所にまとめ、これを爆発させるのである。するとうまくゆけば、「魔の空間」に穴が明くかもしれない。穴が明くものとして、その穴めがけて、艇は全速力で空間の外へとびだすのである。  もし穴が明かなかったら、そのときは艇は、「魔の空間」のつよい壁に頭をぶっつけ、この前やったように、うしろへ跳ねかえされるだけで、大失敗に終ろう。  また穴が明くとしても、たぶんその穴はすぐふさがれてしまうだろうから、穴からとび出すのは、爆発の起ったすぐあとでないと、うまくいかないであろう。これを決行するとなると、たいへん危険なことであって、もしも爆弾の一部が残っていたとすると、艇が穴のところを通りぬけようとした瞬間、その残りの爆弾の炸裂にあって、艇はこなみじんとなってしまわなければならぬ。  さあ、どうするか……。  山岸中尉は、口をかたく結んで、しばらく考えこんでいたが、やがてきっとなって頭をあげると、 「よし、それを決行するぞ」  と、だんぜん言いきった。  帆村荘六の考えだした方法が、ついに採用されることになったのである。 「だが、その前にしなければならぬことが二つある。一つは望月大尉と連絡して、その許可をうけることだ。もう一つは、いかなる方法を講じても、竜造寺兵曹長を救いだし、彼を連れてかえることだ」  山岸中尉は、どこまでも模範的な士官であった。上官の許可をうけることと、不幸な部下をぜひとも救いだして連れていくこと、この二つをやった上で、今の脱出にとりかかろうというのだった。  帆村は、この二つのことのために、また新しい活動をはじめなければならなかった。  望月大尉と山岸中尉が会うことは、それほどむつかしいことではなかった。ミミ族は、望月大尉以下の地球人間を、完全に「魔の空間」に捕らえていると信じていたので、この空間の中で彼らが会って、なにを語りあおうと、たいしたことはないと考えていた。  山岸中尉は望月大尉に会うと、脱出計画のことを報告して許可をもとめた。大尉はもちろんそれを許して、 「まあ、よく注意をしてやってくれ」  と言った。 「隊長はどうせられますか」  と、山岸中尉がきくと、大尉は、 「おれたちは、しばらくここに残る。いささか考えるところがあるからな」 「はあ、なぜですか」 「皆ここを抜けでていってしまうと、せっかくミミ族とつきあいの道ができたのに、ぷっつり切れてしまうからなあ」 「でも、危険ですぞ、あとに残っておられると……」 「まあいい。おれにも考えがある。それに児玉班員は、なかなか外交交渉が上手だから、おめおめミミ族にひねり殺されるようなことにはならんだろう」 「では、われわれも一応ミミ族の同意をえたうえで、ここを脱出しましょうか」 「いや、それはいかん。それを知ったら、ミミ族はどんな手段をとっても、君たちをここからださないよ。無断でいくのがよろしい」  さすがに望月大尉であった。ちゃんとなにもかも見とおしていた。
山岸中尉は、帆村の顔を見て、なにをうながしたか。
山岸中尉は、帆村の顔を見て、意見をのべるよううながした。
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山岸中尉は、帆村の説に半信半疑であったが、しかしさしあたり帆村の説をほんとうとして、万事やるよりほかないと思った。つまりこの「魔の空間」についても、またミミ族についても、彼よりも帆村荘六の方がはるかによく観察しているし、考えの深いことも尊敬に値した。 「なんとかして、ここを脱出したい、そして一刻も早く地上の本隊へ報告したい。どうすればここを脱出できるか」  山岸中尉は、帆村の顔を見て、意見をのべるよううながした。 「それはむつかしい問題ですよ」  帆村は正直に言った。はじめ「魔の空間」を征服しようとして突撃したのに、あべこべに「魔の空間」にこっちが征服されてしまったのだ。だからこれを破って、自由になることは、なまやさしいことではない。 「それはわかっている。しかしわれわれは一刻も早く、ここを脱出しなければならぬ」  山岸中尉は、きっぱり言った。軍人という者は、自分にあたえられた任務をやりとげるために、いかなる困難にぶつかろうと、それを突破して進まねばならぬのだ。 「なにぶんにも、『魔の空間』の壁はひじょうに丈夫である上に、よく伸縮しますから、これを切り開くことはなかなかむつかしいと思います。この前は、わが噴射艇彗星号が全速でもって、『魔の空間』の壁にぶつかったが、ぐうっと押しかえされてしまいましたからね」  帆村は、あのときのことを思い出して、脱出のむつかしいことをのべた。 「機関銃で撃ってもだめですか」  さっきから黙って話を聞いていた山岸少年が、口をはさんだ。 「機関銃弾では、おそらくだめだろうね。しかし、君はいいことを言ったよ」  と、帆村は山岸少年の方を見て、にっこりした。少年は目をぱちくり。 「機長、思いきって、こういうことをやってみてはどうですか。そのかわり失敗すれば、私たちは、たちどころに命を捨てなければなりません」  そう言って、帆村が語りだした脱出方法というのは、艇に積んである爆弾を、全部一箇所にまとめ、これを爆発させるのである。するとうまくゆけば、「魔の空間」に穴が明くかもしれない。穴が明くものとして、その穴めがけて、艇は全速力で空間の外へとびだすのである。  もし穴が明かなかったら、そのときは艇は、「魔の空間」のつよい壁に頭をぶっつけ、この前やったように、うしろへ跳ねかえされるだけで、大失敗に終ろう。  また穴が明くとしても、たぶんその穴はすぐふさがれてしまうだろうから、穴からとび出すのは、爆発の起ったすぐあとでないと、うまくいかないであろう。これを決行するとなると、たいへん危険なことであって、もしも爆弾の一部が残っていたとすると、艇が穴のところを通りぬけようとした瞬間、その残りの爆弾の炸裂にあって、艇はこなみじんとなってしまわなければならぬ。  さあ、どうするか……。  山岸中尉は、口をかたく結んで、しばらく考えこんでいたが、やがてきっとなって頭をあげると、 「よし、それを決行するぞ」  と、だんぜん言いきった。  帆村荘六の考えだした方法が、ついに採用されることになったのである。 「だが、その前にしなければならぬことが二つある。一つは望月大尉と連絡して、その許可をうけることだ。もう一つは、いかなる方法を講じても、竜造寺兵曹長を救いだし、彼を連れてかえることだ」  山岸中尉は、どこまでも模範的な士官であった。上官の許可をうけることと、不幸な部下をぜひとも救いだして連れていくこと、この二つをやった上で、今の脱出にとりかかろうというのだった。  帆村は、この二つのことのために、また新しい活動をはじめなければならなかった。  望月大尉と山岸中尉が会うことは、それほどむつかしいことではなかった。ミミ族は、望月大尉以下の地球人間を、完全に「魔の空間」に捕らえていると信じていたので、この空間の中で彼らが会って、なにを語りあおうと、たいしたことはないと考えていた。  山岸中尉は望月大尉に会うと、脱出計画のことを報告して許可をもとめた。大尉はもちろんそれを許して、 「まあ、よく注意をしてやってくれ」  と言った。 「隊長はどうせられますか」  と、山岸中尉がきくと、大尉は、 「おれたちは、しばらくここに残る。いささか考えるところがあるからな」 「はあ、なぜですか」 「皆ここを抜けでていってしまうと、せっかくミミ族とつきあいの道ができたのに、ぷっつり切れてしまうからなあ」 「でも、危険ですぞ、あとに残っておられると……」 「まあいい。おれにも考えがある。それに児玉班員は、なかなか外交交渉が上手だから、おめおめミミ族にひねり殺されるようなことにはならんだろう」 「では、われわれも一応ミミ族の同意をえたうえで、ここを脱出しましょうか」 「いや、それはいかん。それを知ったら、ミミ族はどんな手段をとっても、君たちをここからださないよ。無断でいくのがよろしい」  さすがに望月大尉であった。ちゃんとなにもかも見とおしていた。
軍人という者は、自分にあたえられた任務をやりとげるために、何をしなければならないか。
軍人という者は、自分にあたえられた任務をやりとげるために、いかなる困難にぶつかろうと、それを突破して進まねばならぬのだ。
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山岸中尉は、帆村の説に半信半疑であったが、しかしさしあたり帆村の説をほんとうとして、万事やるよりほかないと思った。つまりこの「魔の空間」についても、またミミ族についても、彼よりも帆村荘六の方がはるかによく観察しているし、考えの深いことも尊敬に値した。 「なんとかして、ここを脱出したい、そして一刻も早く地上の本隊へ報告したい。どうすればここを脱出できるか」  山岸中尉は、帆村の顔を見て、意見をのべるよううながした。 「それはむつかしい問題ですよ」  帆村は正直に言った。はじめ「魔の空間」を征服しようとして突撃したのに、あべこべに「魔の空間」にこっちが征服されてしまったのだ。だからこれを破って、自由になることは、なまやさしいことではない。 「それはわかっている。しかしわれわれは一刻も早く、ここを脱出しなければならぬ」  山岸中尉は、きっぱり言った。軍人という者は、自分にあたえられた任務をやりとげるために、いかなる困難にぶつかろうと、それを突破して進まねばならぬのだ。 「なにぶんにも、『魔の空間』の壁はひじょうに丈夫である上に、よく伸縮しますから、これを切り開くことはなかなかむつかしいと思います。この前は、わが噴射艇彗星号が全速でもって、『魔の空間』の壁にぶつかったが、ぐうっと押しかえされてしまいましたからね」  帆村は、あのときのことを思い出して、脱出のむつかしいことをのべた。 「機関銃で撃ってもだめですか」  さっきから黙って話を聞いていた山岸少年が、口をはさんだ。 「機関銃弾では、おそらくだめだろうね。しかし、君はいいことを言ったよ」  と、帆村は山岸少年の方を見て、にっこりした。少年は目をぱちくり。 「機長、思いきって、こういうことをやってみてはどうですか。そのかわり失敗すれば、私たちは、たちどころに命を捨てなければなりません」  そう言って、帆村が語りだした脱出方法というのは、艇に積んである爆弾を、全部一箇所にまとめ、これを爆発させるのである。するとうまくゆけば、「魔の空間」に穴が明くかもしれない。穴が明くものとして、その穴めがけて、艇は全速力で空間の外へとびだすのである。  もし穴が明かなかったら、そのときは艇は、「魔の空間」のつよい壁に頭をぶっつけ、この前やったように、うしろへ跳ねかえされるだけで、大失敗に終ろう。  また穴が明くとしても、たぶんその穴はすぐふさがれてしまうだろうから、穴からとび出すのは、爆発の起ったすぐあとでないと、うまくいかないであろう。これを決行するとなると、たいへん危険なことであって、もしも爆弾の一部が残っていたとすると、艇が穴のところを通りぬけようとした瞬間、その残りの爆弾の炸裂にあって、艇はこなみじんとなってしまわなければならぬ。  さあ、どうするか……。  山岸中尉は、口をかたく結んで、しばらく考えこんでいたが、やがてきっとなって頭をあげると、 「よし、それを決行するぞ」  と、だんぜん言いきった。  帆村荘六の考えだした方法が、ついに採用されることになったのである。 「だが、その前にしなければならぬことが二つある。一つは望月大尉と連絡して、その許可をうけることだ。もう一つは、いかなる方法を講じても、竜造寺兵曹長を救いだし、彼を連れてかえることだ」  山岸中尉は、どこまでも模範的な士官であった。上官の許可をうけることと、不幸な部下をぜひとも救いだして連れていくこと、この二つをやった上で、今の脱出にとりかかろうというのだった。  帆村は、この二つのことのために、また新しい活動をはじめなければならなかった。  望月大尉と山岸中尉が会うことは、それほどむつかしいことではなかった。ミミ族は、望月大尉以下の地球人間を、完全に「魔の空間」に捕らえていると信じていたので、この空間の中で彼らが会って、なにを語りあおうと、たいしたことはないと考えていた。  山岸中尉は望月大尉に会うと、脱出計画のことを報告して許可をもとめた。大尉はもちろんそれを許して、 「まあ、よく注意をしてやってくれ」  と言った。 「隊長はどうせられますか」  と、山岸中尉がきくと、大尉は、 「おれたちは、しばらくここに残る。いささか考えるところがあるからな」 「はあ、なぜですか」 「皆ここを抜けでていってしまうと、せっかくミミ族とつきあいの道ができたのに、ぷっつり切れてしまうからなあ」 「でも、危険ですぞ、あとに残っておられると……」 「まあいい。おれにも考えがある。それに児玉班員は、なかなか外交交渉が上手だから、おめおめミミ族にひねり殺されるようなことにはならんだろう」 「では、われわれも一応ミミ族の同意をえたうえで、ここを脱出しましょうか」 「いや、それはいかん。それを知ったら、ミミ族はどんな手段をとっても、君たちをここからださないよ。無断でいくのがよろしい」  さすがに望月大尉であった。ちゃんとなにもかも見とおしていた。
山岸中尉は、どのような士官であったか。
山岸中尉は、どこまでも模範的な士官であった。
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山岸中尉は、帆村の説に半信半疑であったが、しかしさしあたり帆村の説をほんとうとして、万事やるよりほかないと思った。つまりこの「魔の空間」についても、またミミ族についても、彼よりも帆村荘六の方がはるかによく観察しているし、考えの深いことも尊敬に値した。 「なんとかして、ここを脱出したい、そして一刻も早く地上の本隊へ報告したい。どうすればここを脱出できるか」  山岸中尉は、帆村の顔を見て、意見をのべるよううながした。 「それはむつかしい問題ですよ」  帆村は正直に言った。はじめ「魔の空間」を征服しようとして突撃したのに、あべこべに「魔の空間」にこっちが征服されてしまったのだ。だからこれを破って、自由になることは、なまやさしいことではない。 「それはわかっている。しかしわれわれは一刻も早く、ここを脱出しなければならぬ」  山岸中尉は、きっぱり言った。軍人という者は、自分にあたえられた任務をやりとげるために、いかなる困難にぶつかろうと、それを突破して進まねばならぬのだ。 「なにぶんにも、『魔の空間』の壁はひじょうに丈夫である上に、よく伸縮しますから、これを切り開くことはなかなかむつかしいと思います。この前は、わが噴射艇彗星号が全速でもって、『魔の空間』の壁にぶつかったが、ぐうっと押しかえされてしまいましたからね」  帆村は、あのときのことを思い出して、脱出のむつかしいことをのべた。 「機関銃で撃ってもだめですか」  さっきから黙って話を聞いていた山岸少年が、口をはさんだ。 「機関銃弾では、おそらくだめだろうね。しかし、君はいいことを言ったよ」  と、帆村は山岸少年の方を見て、にっこりした。少年は目をぱちくり。 「機長、思いきって、こういうことをやってみてはどうですか。そのかわり失敗すれば、私たちは、たちどころに命を捨てなければなりません」  そう言って、帆村が語りだした脱出方法というのは、艇に積んである爆弾を、全部一箇所にまとめ、これを爆発させるのである。するとうまくゆけば、「魔の空間」に穴が明くかもしれない。穴が明くものとして、その穴めがけて、艇は全速力で空間の外へとびだすのである。  もし穴が明かなかったら、そのときは艇は、「魔の空間」のつよい壁に頭をぶっつけ、この前やったように、うしろへ跳ねかえされるだけで、大失敗に終ろう。  また穴が明くとしても、たぶんその穴はすぐふさがれてしまうだろうから、穴からとび出すのは、爆発の起ったすぐあとでないと、うまくいかないであろう。これを決行するとなると、たいへん危険なことであって、もしも爆弾の一部が残っていたとすると、艇が穴のところを通りぬけようとした瞬間、その残りの爆弾の炸裂にあって、艇はこなみじんとなってしまわなければならぬ。  さあ、どうするか……。  山岸中尉は、口をかたく結んで、しばらく考えこんでいたが、やがてきっとなって頭をあげると、 「よし、それを決行するぞ」  と、だんぜん言いきった。  帆村荘六の考えだした方法が、ついに採用されることになったのである。 「だが、その前にしなければならぬことが二つある。一つは望月大尉と連絡して、その許可をうけることだ。もう一つは、いかなる方法を講じても、竜造寺兵曹長を救いだし、彼を連れてかえることだ」  山岸中尉は、どこまでも模範的な士官であった。上官の許可をうけることと、不幸な部下をぜひとも救いだして連れていくこと、この二つをやった上で、今の脱出にとりかかろうというのだった。  帆村は、この二つのことのために、また新しい活動をはじめなければならなかった。  望月大尉と山岸中尉が会うことは、それほどむつかしいことではなかった。ミミ族は、望月大尉以下の地球人間を、完全に「魔の空間」に捕らえていると信じていたので、この空間の中で彼らが会って、なにを語りあおうと、たいしたことはないと考えていた。  山岸中尉は望月大尉に会うと、脱出計画のことを報告して許可をもとめた。大尉はもちろんそれを許して、 「まあ、よく注意をしてやってくれ」  と言った。 「隊長はどうせられますか」  と、山岸中尉がきくと、大尉は、 「おれたちは、しばらくここに残る。いささか考えるところがあるからな」 「はあ、なぜですか」 「皆ここを抜けでていってしまうと、せっかくミミ族とつきあいの道ができたのに、ぷっつり切れてしまうからなあ」 「でも、危険ですぞ、あとに残っておられると……」 「まあいい。おれにも考えがある。それに児玉班員は、なかなか外交交渉が上手だから、おめおめミミ族にひねり殺されるようなことにはならんだろう」 「では、われわれも一応ミミ族の同意をえたうえで、ここを脱出しましょうか」 「いや、それはいかん。それを知ったら、ミミ族はどんな手段をとっても、君たちをここからださないよ。無断でいくのがよろしい」  さすがに望月大尉であった。ちゃんとなにもかも見とおしていた。
ミミ族は、望月大尉以下の地球人間を、完全に「魔の空間」に捕らえていると信じていたので、この空間の中で彼らが語りあうことを、どう考えていたか。
ミミ族は、望月大尉以下の地球人間を、完全に「魔の空間」に捕らえていると信じていたので、この空間の中で彼らが会って、なにを語りあおうと、たいしたことはないと考えていた。
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山岸中尉は、帆村の説に半信半疑であったが、しかしさしあたり帆村の説をほんとうとして、万事やるよりほかないと思った。つまりこの「魔の空間」についても、またミミ族についても、彼よりも帆村荘六の方がはるかによく観察しているし、考えの深いことも尊敬に値した。 「なんとかして、ここを脱出したい、そして一刻も早く地上の本隊へ報告したい。どうすればここを脱出できるか」  山岸中尉は、帆村の顔を見て、意見をのべるよううながした。 「それはむつかしい問題ですよ」  帆村は正直に言った。はじめ「魔の空間」を征服しようとして突撃したのに、あべこべに「魔の空間」にこっちが征服されてしまったのだ。だからこれを破って、自由になることは、なまやさしいことではない。 「それはわかっている。しかしわれわれは一刻も早く、ここを脱出しなければならぬ」  山岸中尉は、きっぱり言った。軍人という者は、自分にあたえられた任務をやりとげるために、いかなる困難にぶつかろうと、それを突破して進まねばならぬのだ。 「なにぶんにも、『魔の空間』の壁はひじょうに丈夫である上に、よく伸縮しますから、これを切り開くことはなかなかむつかしいと思います。この前は、わが噴射艇彗星号が全速でもって、『魔の空間』の壁にぶつかったが、ぐうっと押しかえされてしまいましたからね」  帆村は、あのときのことを思い出して、脱出のむつかしいことをのべた。 「機関銃で撃ってもだめですか」  さっきから黙って話を聞いていた山岸少年が、口をはさんだ。 「機関銃弾では、おそらくだめだろうね。しかし、君はいいことを言ったよ」  と、帆村は山岸少年の方を見て、にっこりした。少年は目をぱちくり。 「機長、思いきって、こういうことをやってみてはどうですか。そのかわり失敗すれば、私たちは、たちどころに命を捨てなければなりません」  そう言って、帆村が語りだした脱出方法というのは、艇に積んである爆弾を、全部一箇所にまとめ、これを爆発させるのである。するとうまくゆけば、「魔の空間」に穴が明くかもしれない。穴が明くものとして、その穴めがけて、艇は全速力で空間の外へとびだすのである。  もし穴が明かなかったら、そのときは艇は、「魔の空間」のつよい壁に頭をぶっつけ、この前やったように、うしろへ跳ねかえされるだけで、大失敗に終ろう。  また穴が明くとしても、たぶんその穴はすぐふさがれてしまうだろうから、穴からとび出すのは、爆発の起ったすぐあとでないと、うまくいかないであろう。これを決行するとなると、たいへん危険なことであって、もしも爆弾の一部が残っていたとすると、艇が穴のところを通りぬけようとした瞬間、その残りの爆弾の炸裂にあって、艇はこなみじんとなってしまわなければならぬ。  さあ、どうするか……。  山岸中尉は、口をかたく結んで、しばらく考えこんでいたが、やがてきっとなって頭をあげると、 「よし、それを決行するぞ」  と、だんぜん言いきった。  帆村荘六の考えだした方法が、ついに採用されることになったのである。 「だが、その前にしなければならぬことが二つある。一つは望月大尉と連絡して、その許可をうけることだ。もう一つは、いかなる方法を講じても、竜造寺兵曹長を救いだし、彼を連れてかえることだ」  山岸中尉は、どこまでも模範的な士官であった。上官の許可をうけることと、不幸な部下をぜひとも救いだして連れていくこと、この二つをやった上で、今の脱出にとりかかろうというのだった。  帆村は、この二つのことのために、また新しい活動をはじめなければならなかった。  望月大尉と山岸中尉が会うことは、それほどむつかしいことではなかった。ミミ族は、望月大尉以下の地球人間を、完全に「魔の空間」に捕らえていると信じていたので、この空間の中で彼らが会って、なにを語りあおうと、たいしたことはないと考えていた。  山岸中尉は望月大尉に会うと、脱出計画のことを報告して許可をもとめた。大尉はもちろんそれを許して、 「まあ、よく注意をしてやってくれ」  と言った。 「隊長はどうせられますか」  と、山岸中尉がきくと、大尉は、 「おれたちは、しばらくここに残る。いささか考えるところがあるからな」 「はあ、なぜですか」 「皆ここを抜けでていってしまうと、せっかくミミ族とつきあいの道ができたのに、ぷっつり切れてしまうからなあ」 「でも、危険ですぞ、あとに残っておられると……」 「まあいい。おれにも考えがある。それに児玉班員は、なかなか外交交渉が上手だから、おめおめミミ族にひねり殺されるようなことにはならんだろう」 「では、われわれも一応ミミ族の同意をえたうえで、ここを脱出しましょうか」 「いや、それはいかん。それを知ったら、ミミ族はどんな手段をとっても、君たちをここからださないよ。無断でいくのがよろしい」  さすがに望月大尉であった。ちゃんとなにもかも見とおしていた。
望月大尉と山岸中尉が会うことは、むつかしいことであったか。
望月大尉と山岸中尉が会うことは、それほどむつかしいことではなかった。
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国語
一方、竜造寺兵曹長を救いだすことであったが、これは帆村と山岸少年の二人が力をあわせて決行した。  竜造寺兵曹長は、一人牢の中にいれられていた。そのわけは、兵曹長はここへとびこむと、たいへん怒って、ミミ族を相手にさんざんあばれたのだ。それがために兵曹長は、重傷を足に負い、出血多量で人事不省になってしまった。そこでミミ族は、ようやく兵曹長をかついで、一人牢の中へ移すことができた。  帆村は、竜造寺兵曹長の一人牢のあるところを知っていたので、そこへ山岸少年をつれていった。  兵曹長は、いきなり日本人の顔が二つ現れたのでおどろいた。しかもよく見ると、その一人は帆村であったし、もう一人は自分の上官の愛弟であったから、夢かとばかりよろこんだ。  だが双方は、手を握りあうわけにいかなかった。その間には透明な壁があって近づくことができなかったのである。しかも一方から声をかけても、相手にとどかなかった。密閉した壁が、それをさまたげているのだ。  帆村は、かねてそれに気がついていたので、山岸少年をつれてきたのだった。少年は、帆村のいうことを、手旗信号でもって兵曹長に通じた。もちろん旗は持っていないから、手先を動かして信号したのである。  兵曹長の目はかがやいた。兵曹長はさかんにうなずきながら、やはり手を動かして、返事を信号にしてよこした。  こうして双方の連絡はついた。  兵曹長は、この牢の外側に、錠がおりているらしいと言った。もちろんそれは透明だから見えなかった。しかし兵曹長がその位置を教えたので、帆村は手さぐりで、そのありかを探しあてた。幸いにも、それは外側からつっかい棒のようなものをしてあるだけのことであったから、帆村はすぐはずすことができた。大成功である。神の御加護にちがいない。  が、兵曹長を今ここからだすことは、ミミ族に見つかって、脱出のさまたげになるから、もうしばらく中にいてもらうことにした。そして帆村は、脱出の用意ができたら、かならず迎えにくるからと、兵曹長に言って、山岸少年とともにそこを離れた。  機のところへもどってくると、山岸中尉は待ちかねていた。兵曹長を救うことはわけなしだと聞いて、中尉のよろこびは大きかった。  そこでいよいよ脱出準備にかかることとなったが、ミミ族がここへ食事をはこんでくるのが十三時だから、そのすぐ後で、爆弾を正面の壁のところへはこぶこととした。  あとはなにを何時何分にすると、くわしい時刻表をこしらえて、三人は手わけしてそれを持った。  ミミ族はいつもの三人づれで、十三時にちゃんと食事を持ってきて、すぐ帰ってしまった。なにも知らないらしい。  いよいよ決行だ。  うまく脱出に成功するか、それとも押しもどされるか、こなみじんになるか。  今となっては一ばん気になることは、噴射艇のエンジンをかけて、燃料をたきはじめてから、全速力で出発するまでの時間のことだ。これはどんなに手際よくやっても三十秒はかかるのである。この三十秒のうちに、ミミ族に発見され、そして出発をさまたげるような手段をとられたら、せっかくの計画もだめである。  が、そんなことを、いまさら心配していてもしようがない。こうなったら、腹をきめて、さらりとやってのけるのがいいのだ。  帆村は山岸中尉とともに力をあわせて、爆弾を壁のところへはこんだ。爆風が艇の方へこないように、不要の機械を置いて防いだ。  山岸少年は、ひとりで竜造寺兵曹長を救いだしにいった。それが帰ってくるころには、爆弾は全部はこびおわるはずであった。  誰が時間をまちがっても、この脱出計画はうまくいかなくなるのだ。  だが幸いにも、万事すらすらといった。  山岸中尉と帆村が、最後の爆弾をかついで艇を出発するとき、少年は竜造寺兵曹長をつれてもどってきた。 「あ、山岸中尉……」  竜造寺兵曹長は、山岸中尉の姿を見ると、感きわまって、足をひきずりながら駆けよろうとする。それを中尉は、叱るようにして押しとどめ、帆村をうながして爆弾をかついで走りだした。  爆裂の時限をちゃんとあわせた。あと一分五十秒で爆裂するのだ。  一分二十秒で駆けもどって機内にはいり、十秒で扉をとじ、エンジンの燃料に点火する。あと二十秒でエンジンは全速力を出してもいいようになる。と、爆裂が起る。すぐ出発だ。穴の中をくぐりぬけるまでに、時間は二秒とかからないであろう。これが計画だった。 「それ、急げ」  山岸中尉は、帆村の腕をひっぱるようにして、艇の方へ駆けだした。  艇の入口には、山岸少年の心配そうな顔がのぞいていた。帆村を先へはいらせて、最後に中尉が梯子をのぼる。梯子はぽんと外へ蹴とばし、扉をぴたりと閉める。気密扉だから、全部を閉めるまでに十秒かかるのだ。 「そら、燃料点火だ」  帆村は、時計を見ていて、一秒ちがわず点火する。エンジンは働きだした。  艇ははげしく震動し、尾部からは濛気が吹きだす。この三十秒が、命の瀬戸際だ。どうぞミミ族よ、気がつかないように……。  だが、それは無理だった。このような爆音、このような震動、そして濛気だ。どうしてミミ族に知られないでいるだろうか。  早くも十秒後には、こっちへ駆けてくる緑鬼ミミ族の姿が見られた。 「ちえっ、見つかったか。どうします、機長」  帆村はピストルを握って、山岸中尉の方へ向いた。操縦席の中尉は泰然自若として、 「かまわん。ほっておけ」  これがほっておけるだろうか。帆村は気が気でない。二十秒たった。あと十秒だ。  ミミ族は、扉をあけようと、艇を外からがんがんたたいている。翼の上にはいあがった者もいる。艇にぶらさがっている者もある。  しかし山岸中尉は平気な顔で、計器盤にはめこんである、時計の秒針の動きを見つめている。  そのときだった。前方に一大閃光が起った。と、その爆風で、艇はうしろへ押しもどされた。 「出発――」  たたきつけるような山岸中尉の声。がくんとハンドルは引かれ、スロット(飛行機の両翼にある墜落をふせぐ仕掛)は変えられた。気をうしなうほどのはげしい衝動。艇は矢のように飛びだした。一大閃光の中心部へ向かって……。
竜造寺兵曹長は、どこのなかにいれられていたか。
竜造寺兵曹長は、一人牢の中にいれられていた。
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一方、竜造寺兵曹長を救いだすことであったが、これは帆村と山岸少年の二人が力をあわせて決行した。  竜造寺兵曹長は、一人牢の中にいれられていた。そのわけは、兵曹長はここへとびこむと、たいへん怒って、ミミ族を相手にさんざんあばれたのだ。それがために兵曹長は、重傷を足に負い、出血多量で人事不省になってしまった。そこでミミ族は、ようやく兵曹長をかついで、一人牢の中へ移すことができた。  帆村は、竜造寺兵曹長の一人牢のあるところを知っていたので、そこへ山岸少年をつれていった。  兵曹長は、いきなり日本人の顔が二つ現れたのでおどろいた。しかもよく見ると、その一人は帆村であったし、もう一人は自分の上官の愛弟であったから、夢かとばかりよろこんだ。  だが双方は、手を握りあうわけにいかなかった。その間には透明な壁があって近づくことができなかったのである。しかも一方から声をかけても、相手にとどかなかった。密閉した壁が、それをさまたげているのだ。  帆村は、かねてそれに気がついていたので、山岸少年をつれてきたのだった。少年は、帆村のいうことを、手旗信号でもって兵曹長に通じた。もちろん旗は持っていないから、手先を動かして信号したのである。  兵曹長の目はかがやいた。兵曹長はさかんにうなずきながら、やはり手を動かして、返事を信号にしてよこした。  こうして双方の連絡はついた。  兵曹長は、この牢の外側に、錠がおりているらしいと言った。もちろんそれは透明だから見えなかった。しかし兵曹長がその位置を教えたので、帆村は手さぐりで、そのありかを探しあてた。幸いにも、それは外側からつっかい棒のようなものをしてあるだけのことであったから、帆村はすぐはずすことができた。大成功である。神の御加護にちがいない。  が、兵曹長を今ここからだすことは、ミミ族に見つかって、脱出のさまたげになるから、もうしばらく中にいてもらうことにした。そして帆村は、脱出の用意ができたら、かならず迎えにくるからと、兵曹長に言って、山岸少年とともにそこを離れた。  機のところへもどってくると、山岸中尉は待ちかねていた。兵曹長を救うことはわけなしだと聞いて、中尉のよろこびは大きかった。  そこでいよいよ脱出準備にかかることとなったが、ミミ族がここへ食事をはこんでくるのが十三時だから、そのすぐ後で、爆弾を正面の壁のところへはこぶこととした。  あとはなにを何時何分にすると、くわしい時刻表をこしらえて、三人は手わけしてそれを持った。  ミミ族はいつもの三人づれで、十三時にちゃんと食事を持ってきて、すぐ帰ってしまった。なにも知らないらしい。  いよいよ決行だ。  うまく脱出に成功するか、それとも押しもどされるか、こなみじんになるか。  今となっては一ばん気になることは、噴射艇のエンジンをかけて、燃料をたきはじめてから、全速力で出発するまでの時間のことだ。これはどんなに手際よくやっても三十秒はかかるのである。この三十秒のうちに、ミミ族に発見され、そして出発をさまたげるような手段をとられたら、せっかくの計画もだめである。  が、そんなことを、いまさら心配していてもしようがない。こうなったら、腹をきめて、さらりとやってのけるのがいいのだ。  帆村は山岸中尉とともに力をあわせて、爆弾を壁のところへはこんだ。爆風が艇の方へこないように、不要の機械を置いて防いだ。  山岸少年は、ひとりで竜造寺兵曹長を救いだしにいった。それが帰ってくるころには、爆弾は全部はこびおわるはずであった。  誰が時間をまちがっても、この脱出計画はうまくいかなくなるのだ。  だが幸いにも、万事すらすらといった。  山岸中尉と帆村が、最後の爆弾をかついで艇を出発するとき、少年は竜造寺兵曹長をつれてもどってきた。 「あ、山岸中尉……」  竜造寺兵曹長は、山岸中尉の姿を見ると、感きわまって、足をひきずりながら駆けよろうとする。それを中尉は、叱るようにして押しとどめ、帆村をうながして爆弾をかついで走りだした。  爆裂の時限をちゃんとあわせた。あと一分五十秒で爆裂するのだ。  一分二十秒で駆けもどって機内にはいり、十秒で扉をとじ、エンジンの燃料に点火する。あと二十秒でエンジンは全速力を出してもいいようになる。と、爆裂が起る。すぐ出発だ。穴の中をくぐりぬけるまでに、時間は二秒とかからないであろう。これが計画だった。 「それ、急げ」  山岸中尉は、帆村の腕をひっぱるようにして、艇の方へ駆けだした。  艇の入口には、山岸少年の心配そうな顔がのぞいていた。帆村を先へはいらせて、最後に中尉が梯子をのぼる。梯子はぽんと外へ蹴とばし、扉をぴたりと閉める。気密扉だから、全部を閉めるまでに十秒かかるのだ。 「そら、燃料点火だ」  帆村は、時計を見ていて、一秒ちがわず点火する。エンジンは働きだした。  艇ははげしく震動し、尾部からは濛気が吹きだす。この三十秒が、命の瀬戸際だ。どうぞミミ族よ、気がつかないように……。  だが、それは無理だった。このような爆音、このような震動、そして濛気だ。どうしてミミ族に知られないでいるだろうか。  早くも十秒後には、こっちへ駆けてくる緑鬼ミミ族の姿が見られた。 「ちえっ、見つかったか。どうします、機長」  帆村はピストルを握って、山岸中尉の方へ向いた。操縦席の中尉は泰然自若として、 「かまわん。ほっておけ」  これがほっておけるだろうか。帆村は気が気でない。二十秒たった。あと十秒だ。  ミミ族は、扉をあけようと、艇を外からがんがんたたいている。翼の上にはいあがった者もいる。艇にぶらさがっている者もある。  しかし山岸中尉は平気な顔で、計器盤にはめこんである、時計の秒針の動きを見つめている。  そのときだった。前方に一大閃光が起った。と、その爆風で、艇はうしろへ押しもどされた。 「出発――」  たたきつけるような山岸中尉の声。がくんとハンドルは引かれ、スロット(飛行機の両翼にある墜落をふせぐ仕掛)は変えられた。気をうしなうほどのはげしい衝動。艇は矢のように飛びだした。一大閃光の中心部へ向かって……。
兵曹長は、いきなり日本人の顔が二つ現れてどのような反応をしたか。
兵曹長は、いきなり日本人の顔が二つ現れたのでおどろいた。
JCRRAG_010670
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一方、竜造寺兵曹長を救いだすことであったが、これは帆村と山岸少年の二人が力をあわせて決行した。  竜造寺兵曹長は、一人牢の中にいれられていた。そのわけは、兵曹長はここへとびこむと、たいへん怒って、ミミ族を相手にさんざんあばれたのだ。それがために兵曹長は、重傷を足に負い、出血多量で人事不省になってしまった。そこでミミ族は、ようやく兵曹長をかついで、一人牢の中へ移すことができた。  帆村は、竜造寺兵曹長の一人牢のあるところを知っていたので、そこへ山岸少年をつれていった。  兵曹長は、いきなり日本人の顔が二つ現れたのでおどろいた。しかもよく見ると、その一人は帆村であったし、もう一人は自分の上官の愛弟であったから、夢かとばかりよろこんだ。  だが双方は、手を握りあうわけにいかなかった。その間には透明な壁があって近づくことができなかったのである。しかも一方から声をかけても、相手にとどかなかった。密閉した壁が、それをさまたげているのだ。  帆村は、かねてそれに気がついていたので、山岸少年をつれてきたのだった。少年は、帆村のいうことを、手旗信号でもって兵曹長に通じた。もちろん旗は持っていないから、手先を動かして信号したのである。  兵曹長の目はかがやいた。兵曹長はさかんにうなずきながら、やはり手を動かして、返事を信号にしてよこした。  こうして双方の連絡はついた。  兵曹長は、この牢の外側に、錠がおりているらしいと言った。もちろんそれは透明だから見えなかった。しかし兵曹長がその位置を教えたので、帆村は手さぐりで、そのありかを探しあてた。幸いにも、それは外側からつっかい棒のようなものをしてあるだけのことであったから、帆村はすぐはずすことができた。大成功である。神の御加護にちがいない。  が、兵曹長を今ここからだすことは、ミミ族に見つかって、脱出のさまたげになるから、もうしばらく中にいてもらうことにした。そして帆村は、脱出の用意ができたら、かならず迎えにくるからと、兵曹長に言って、山岸少年とともにそこを離れた。  機のところへもどってくると、山岸中尉は待ちかねていた。兵曹長を救うことはわけなしだと聞いて、中尉のよろこびは大きかった。  そこでいよいよ脱出準備にかかることとなったが、ミミ族がここへ食事をはこんでくるのが十三時だから、そのすぐ後で、爆弾を正面の壁のところへはこぶこととした。  あとはなにを何時何分にすると、くわしい時刻表をこしらえて、三人は手わけしてそれを持った。  ミミ族はいつもの三人づれで、十三時にちゃんと食事を持ってきて、すぐ帰ってしまった。なにも知らないらしい。  いよいよ決行だ。  うまく脱出に成功するか、それとも押しもどされるか、こなみじんになるか。  今となっては一ばん気になることは、噴射艇のエンジンをかけて、燃料をたきはじめてから、全速力で出発するまでの時間のことだ。これはどんなに手際よくやっても三十秒はかかるのである。この三十秒のうちに、ミミ族に発見され、そして出発をさまたげるような手段をとられたら、せっかくの計画もだめである。  が、そんなことを、いまさら心配していてもしようがない。こうなったら、腹をきめて、さらりとやってのけるのがいいのだ。  帆村は山岸中尉とともに力をあわせて、爆弾を壁のところへはこんだ。爆風が艇の方へこないように、不要の機械を置いて防いだ。  山岸少年は、ひとりで竜造寺兵曹長を救いだしにいった。それが帰ってくるころには、爆弾は全部はこびおわるはずであった。  誰が時間をまちがっても、この脱出計画はうまくいかなくなるのだ。  だが幸いにも、万事すらすらといった。  山岸中尉と帆村が、最後の爆弾をかついで艇を出発するとき、少年は竜造寺兵曹長をつれてもどってきた。 「あ、山岸中尉……」  竜造寺兵曹長は、山岸中尉の姿を見ると、感きわまって、足をひきずりながら駆けよろうとする。それを中尉は、叱るようにして押しとどめ、帆村をうながして爆弾をかついで走りだした。  爆裂の時限をちゃんとあわせた。あと一分五十秒で爆裂するのだ。  一分二十秒で駆けもどって機内にはいり、十秒で扉をとじ、エンジンの燃料に点火する。あと二十秒でエンジンは全速力を出してもいいようになる。と、爆裂が起る。すぐ出発だ。穴の中をくぐりぬけるまでに、時間は二秒とかからないであろう。これが計画だった。 「それ、急げ」  山岸中尉は、帆村の腕をひっぱるようにして、艇の方へ駆けだした。  艇の入口には、山岸少年の心配そうな顔がのぞいていた。帆村を先へはいらせて、最後に中尉が梯子をのぼる。梯子はぽんと外へ蹴とばし、扉をぴたりと閉める。気密扉だから、全部を閉めるまでに十秒かかるのだ。 「そら、燃料点火だ」  帆村は、時計を見ていて、一秒ちがわず点火する。エンジンは働きだした。  艇ははげしく震動し、尾部からは濛気が吹きだす。この三十秒が、命の瀬戸際だ。どうぞミミ族よ、気がつかないように……。  だが、それは無理だった。このような爆音、このような震動、そして濛気だ。どうしてミミ族に知られないでいるだろうか。  早くも十秒後には、こっちへ駆けてくる緑鬼ミミ族の姿が見られた。 「ちえっ、見つかったか。どうします、機長」  帆村はピストルを握って、山岸中尉の方へ向いた。操縦席の中尉は泰然自若として、 「かまわん。ほっておけ」  これがほっておけるだろうか。帆村は気が気でない。二十秒たった。あと十秒だ。  ミミ族は、扉をあけようと、艇を外からがんがんたたいている。翼の上にはいあがった者もいる。艇にぶらさがっている者もある。  しかし山岸中尉は平気な顔で、計器盤にはめこんである、時計の秒針の動きを見つめている。  そのときだった。前方に一大閃光が起った。と、その爆風で、艇はうしろへ押しもどされた。 「出発――」  たたきつけるような山岸中尉の声。がくんとハンドルは引かれ、スロット(飛行機の両翼にある墜落をふせぐ仕掛)は変えられた。気をうしなうほどのはげしい衝動。艇は矢のように飛びだした。一大閃光の中心部へ向かって……。
兵曹長は、この牢の外側になにがおりているらしいと言ったか。
兵曹長は、この牢の外側に、錠がおりているらしいと言った。
JCRRAG_010671
国語
一方、竜造寺兵曹長を救いだすことであったが、これは帆村と山岸少年の二人が力をあわせて決行した。  竜造寺兵曹長は、一人牢の中にいれられていた。そのわけは、兵曹長はここへとびこむと、たいへん怒って、ミミ族を相手にさんざんあばれたのだ。それがために兵曹長は、重傷を足に負い、出血多量で人事不省になってしまった。そこでミミ族は、ようやく兵曹長をかついで、一人牢の中へ移すことができた。  帆村は、竜造寺兵曹長の一人牢のあるところを知っていたので、そこへ山岸少年をつれていった。  兵曹長は、いきなり日本人の顔が二つ現れたのでおどろいた。しかもよく見ると、その一人は帆村であったし、もう一人は自分の上官の愛弟であったから、夢かとばかりよろこんだ。  だが双方は、手を握りあうわけにいかなかった。その間には透明な壁があって近づくことができなかったのである。しかも一方から声をかけても、相手にとどかなかった。密閉した壁が、それをさまたげているのだ。  帆村は、かねてそれに気がついていたので、山岸少年をつれてきたのだった。少年は、帆村のいうことを、手旗信号でもって兵曹長に通じた。もちろん旗は持っていないから、手先を動かして信号したのである。  兵曹長の目はかがやいた。兵曹長はさかんにうなずきながら、やはり手を動かして、返事を信号にしてよこした。  こうして双方の連絡はついた。  兵曹長は、この牢の外側に、錠がおりているらしいと言った。もちろんそれは透明だから見えなかった。しかし兵曹長がその位置を教えたので、帆村は手さぐりで、そのありかを探しあてた。幸いにも、それは外側からつっかい棒のようなものをしてあるだけのことであったから、帆村はすぐはずすことができた。大成功である。神の御加護にちがいない。  が、兵曹長を今ここからだすことは、ミミ族に見つかって、脱出のさまたげになるから、もうしばらく中にいてもらうことにした。そして帆村は、脱出の用意ができたら、かならず迎えにくるからと、兵曹長に言って、山岸少年とともにそこを離れた。  機のところへもどってくると、山岸中尉は待ちかねていた。兵曹長を救うことはわけなしだと聞いて、中尉のよろこびは大きかった。  そこでいよいよ脱出準備にかかることとなったが、ミミ族がここへ食事をはこんでくるのが十三時だから、そのすぐ後で、爆弾を正面の壁のところへはこぶこととした。  あとはなにを何時何分にすると、くわしい時刻表をこしらえて、三人は手わけしてそれを持った。  ミミ族はいつもの三人づれで、十三時にちゃんと食事を持ってきて、すぐ帰ってしまった。なにも知らないらしい。  いよいよ決行だ。  うまく脱出に成功するか、それとも押しもどされるか、こなみじんになるか。  今となっては一ばん気になることは、噴射艇のエンジンをかけて、燃料をたきはじめてから、全速力で出発するまでの時間のことだ。これはどんなに手際よくやっても三十秒はかかるのである。この三十秒のうちに、ミミ族に発見され、そして出発をさまたげるような手段をとられたら、せっかくの計画もだめである。  が、そんなことを、いまさら心配していてもしようがない。こうなったら、腹をきめて、さらりとやってのけるのがいいのだ。  帆村は山岸中尉とともに力をあわせて、爆弾を壁のところへはこんだ。爆風が艇の方へこないように、不要の機械を置いて防いだ。  山岸少年は、ひとりで竜造寺兵曹長を救いだしにいった。それが帰ってくるころには、爆弾は全部はこびおわるはずであった。  誰が時間をまちがっても、この脱出計画はうまくいかなくなるのだ。  だが幸いにも、万事すらすらといった。  山岸中尉と帆村が、最後の爆弾をかついで艇を出発するとき、少年は竜造寺兵曹長をつれてもどってきた。 「あ、山岸中尉……」  竜造寺兵曹長は、山岸中尉の姿を見ると、感きわまって、足をひきずりながら駆けよろうとする。それを中尉は、叱るようにして押しとどめ、帆村をうながして爆弾をかついで走りだした。  爆裂の時限をちゃんとあわせた。あと一分五十秒で爆裂するのだ。  一分二十秒で駆けもどって機内にはいり、十秒で扉をとじ、エンジンの燃料に点火する。あと二十秒でエンジンは全速力を出してもいいようになる。と、爆裂が起る。すぐ出発だ。穴の中をくぐりぬけるまでに、時間は二秒とかからないであろう。これが計画だった。 「それ、急げ」  山岸中尉は、帆村の腕をひっぱるようにして、艇の方へ駆けだした。  艇の入口には、山岸少年の心配そうな顔がのぞいていた。帆村を先へはいらせて、最後に中尉が梯子をのぼる。梯子はぽんと外へ蹴とばし、扉をぴたりと閉める。気密扉だから、全部を閉めるまでに十秒かかるのだ。 「そら、燃料点火だ」  帆村は、時計を見ていて、一秒ちがわず点火する。エンジンは働きだした。  艇ははげしく震動し、尾部からは濛気が吹きだす。この三十秒が、命の瀬戸際だ。どうぞミミ族よ、気がつかないように……。  だが、それは無理だった。このような爆音、このような震動、そして濛気だ。どうしてミミ族に知られないでいるだろうか。  早くも十秒後には、こっちへ駆けてくる緑鬼ミミ族の姿が見られた。 「ちえっ、見つかったか。どうします、機長」  帆村はピストルを握って、山岸中尉の方へ向いた。操縦席の中尉は泰然自若として、 「かまわん。ほっておけ」  これがほっておけるだろうか。帆村は気が気でない。二十秒たった。あと十秒だ。  ミミ族は、扉をあけようと、艇を外からがんがんたたいている。翼の上にはいあがった者もいる。艇にぶらさがっている者もある。  しかし山岸中尉は平気な顔で、計器盤にはめこんである、時計の秒針の動きを見つめている。  そのときだった。前方に一大閃光が起った。と、その爆風で、艇はうしろへ押しもどされた。 「出発――」  たたきつけるような山岸中尉の声。がくんとハンドルは引かれ、スロット(飛行機の両翼にある墜落をふせぐ仕掛)は変えられた。気をうしなうほどのはげしい衝動。艇は矢のように飛びだした。一大閃光の中心部へ向かって……。
帆村は山岸中尉とともに力をあわせて、なにを壁のところへはこんだか。
帆村は山岸中尉とともに力をあわせて、爆弾を壁のところへはこんだ。
JCRRAG_010672
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一方、竜造寺兵曹長を救いだすことであったが、これは帆村と山岸少年の二人が力をあわせて決行した。  竜造寺兵曹長は、一人牢の中にいれられていた。そのわけは、兵曹長はここへとびこむと、たいへん怒って、ミミ族を相手にさんざんあばれたのだ。それがために兵曹長は、重傷を足に負い、出血多量で人事不省になってしまった。そこでミミ族は、ようやく兵曹長をかついで、一人牢の中へ移すことができた。  帆村は、竜造寺兵曹長の一人牢のあるところを知っていたので、そこへ山岸少年をつれていった。  兵曹長は、いきなり日本人の顔が二つ現れたのでおどろいた。しかもよく見ると、その一人は帆村であったし、もう一人は自分の上官の愛弟であったから、夢かとばかりよろこんだ。  だが双方は、手を握りあうわけにいかなかった。その間には透明な壁があって近づくことができなかったのである。しかも一方から声をかけても、相手にとどかなかった。密閉した壁が、それをさまたげているのだ。  帆村は、かねてそれに気がついていたので、山岸少年をつれてきたのだった。少年は、帆村のいうことを、手旗信号でもって兵曹長に通じた。もちろん旗は持っていないから、手先を動かして信号したのである。  兵曹長の目はかがやいた。兵曹長はさかんにうなずきながら、やはり手を動かして、返事を信号にしてよこした。  こうして双方の連絡はついた。  兵曹長は、この牢の外側に、錠がおりているらしいと言った。もちろんそれは透明だから見えなかった。しかし兵曹長がその位置を教えたので、帆村は手さぐりで、そのありかを探しあてた。幸いにも、それは外側からつっかい棒のようなものをしてあるだけのことであったから、帆村はすぐはずすことができた。大成功である。神の御加護にちがいない。  が、兵曹長を今ここからだすことは、ミミ族に見つかって、脱出のさまたげになるから、もうしばらく中にいてもらうことにした。そして帆村は、脱出の用意ができたら、かならず迎えにくるからと、兵曹長に言って、山岸少年とともにそこを離れた。  機のところへもどってくると、山岸中尉は待ちかねていた。兵曹長を救うことはわけなしだと聞いて、中尉のよろこびは大きかった。  そこでいよいよ脱出準備にかかることとなったが、ミミ族がここへ食事をはこんでくるのが十三時だから、そのすぐ後で、爆弾を正面の壁のところへはこぶこととした。  あとはなにを何時何分にすると、くわしい時刻表をこしらえて、三人は手わけしてそれを持った。  ミミ族はいつもの三人づれで、十三時にちゃんと食事を持ってきて、すぐ帰ってしまった。なにも知らないらしい。  いよいよ決行だ。  うまく脱出に成功するか、それとも押しもどされるか、こなみじんになるか。  今となっては一ばん気になることは、噴射艇のエンジンをかけて、燃料をたきはじめてから、全速力で出発するまでの時間のことだ。これはどんなに手際よくやっても三十秒はかかるのである。この三十秒のうちに、ミミ族に発見され、そして出発をさまたげるような手段をとられたら、せっかくの計画もだめである。  が、そんなことを、いまさら心配していてもしようがない。こうなったら、腹をきめて、さらりとやってのけるのがいいのだ。  帆村は山岸中尉とともに力をあわせて、爆弾を壁のところへはこんだ。爆風が艇の方へこないように、不要の機械を置いて防いだ。  山岸少年は、ひとりで竜造寺兵曹長を救いだしにいった。それが帰ってくるころには、爆弾は全部はこびおわるはずであった。  誰が時間をまちがっても、この脱出計画はうまくいかなくなるのだ。  だが幸いにも、万事すらすらといった。  山岸中尉と帆村が、最後の爆弾をかついで艇を出発するとき、少年は竜造寺兵曹長をつれてもどってきた。 「あ、山岸中尉……」  竜造寺兵曹長は、山岸中尉の姿を見ると、感きわまって、足をひきずりながら駆けよろうとする。それを中尉は、叱るようにして押しとどめ、帆村をうながして爆弾をかついで走りだした。  爆裂の時限をちゃんとあわせた。あと一分五十秒で爆裂するのだ。  一分二十秒で駆けもどって機内にはいり、十秒で扉をとじ、エンジンの燃料に点火する。あと二十秒でエンジンは全速力を出してもいいようになる。と、爆裂が起る。すぐ出発だ。穴の中をくぐりぬけるまでに、時間は二秒とかからないであろう。これが計画だった。 「それ、急げ」  山岸中尉は、帆村の腕をひっぱるようにして、艇の方へ駆けだした。  艇の入口には、山岸少年の心配そうな顔がのぞいていた。帆村を先へはいらせて、最後に中尉が梯子をのぼる。梯子はぽんと外へ蹴とばし、扉をぴたりと閉める。気密扉だから、全部を閉めるまでに十秒かかるのだ。 「そら、燃料点火だ」  帆村は、時計を見ていて、一秒ちがわず点火する。エンジンは働きだした。  艇ははげしく震動し、尾部からは濛気が吹きだす。この三十秒が、命の瀬戸際だ。どうぞミミ族よ、気がつかないように……。  だが、それは無理だった。このような爆音、このような震動、そして濛気だ。どうしてミミ族に知られないでいるだろうか。  早くも十秒後には、こっちへ駆けてくる緑鬼ミミ族の姿が見られた。 「ちえっ、見つかったか。どうします、機長」  帆村はピストルを握って、山岸中尉の方へ向いた。操縦席の中尉は泰然自若として、 「かまわん。ほっておけ」  これがほっておけるだろうか。帆村は気が気でない。二十秒たった。あと十秒だ。  ミミ族は、扉をあけようと、艇を外からがんがんたたいている。翼の上にはいあがった者もいる。艇にぶらさがっている者もある。  しかし山岸中尉は平気な顔で、計器盤にはめこんである、時計の秒針の動きを見つめている。  そのときだった。前方に一大閃光が起った。と、その爆風で、艇はうしろへ押しもどされた。 「出発――」  たたきつけるような山岸中尉の声。がくんとハンドルは引かれ、スロット(飛行機の両翼にある墜落をふせぐ仕掛)は変えられた。気をうしなうほどのはげしい衝動。艇は矢のように飛びだした。一大閃光の中心部へ向かって……。
ミミ族は、扉をあけようと何をしているか。
ミミ族は、扉をあけようと、艇を外からがんがんたたいている。
JCRRAG_010673
国語
自爆か、「魔の空間」から離脱か。  不幸と幸運とが、紙一枚の差で背中あわせになっているのだ。  彗星二号艇にのっている四人の勇士たちは、艇が全速力で一大閃光の中にとびこんだまではおぼえているが、それにつづいて起ったことを知っている者はひとりもなかった。  それでいて、山岸中尉は、ちゃんと操縦桿を握りしめていた。帆村荘六は、気密室から空気が外へもれだしはしまいかと、計器をにらみつけていた。  山岸少年は、いつでも命令一下、地上の本隊へ無電連絡ができるようにと、左手で無電装置の目盛板を、本隊の波長のところへぴったり固定し、右手の指で電鍵を軽くおさえていた。  重傷の竜造寺兵曹長は、むりに起きあがって、窓外の光景へ見張の目を光らせていた。  だが、この四人が四人とも、この姿勢のままで人事不省におちいっていたのだ。  そのことは四人のうちの誰もが知らなかった。そして艇は人事不省の四人の体をのせたまま、闇黒の成層圏を流星のように光の尾をひき、大地にむかって隕石のような速さで落ちていくのであった。「魔の空間」を出発するときの初速があまり大きかったので、四人とも脳をおされて、気がとおくなってしまったのである。  艇は重力のために、おそろしく落下の加速度を加えつつ、身ぶるいするほど速く落ちていく。空気の摩擦がはげしくなって、艇の外側はだんだん熱をおびてきた。このいきおいで落下がつづけば艇はぱっと燃えだし、燐寸箱に火がついたように、一団の火の塊となるであろう。  だが、まだ四人とも、誰もそれに気がつかない。  艇の危険は、刻々にましていった。  どこからともなく、しゅうしゅうという音が聞えはじめた。それは気密室から艇外にもれはじめた空気が、艇の外廓の、破れ穴を通るときに発する音だった。  室内の気圧はだんだん下っていき、がっくりとたれた帆村の頭の前で、気圧計の針はぐるぐると廻っていった。ああ、この有様がつづけば、四人とも呼吸困難になって、死んでしまわなければならない。 「魔の空間」から、幸いにものがれることができたが、このままでは、彗星二号艇は、刻々と最後に近づくばかりであった。  こういう戦慄すべき状態が、あと十五分間もつづいたら、もうとり返しのつかない破局にまでたどりついたであろう。  だが、そうなる少し前に、――くわしくいえば十三分たった後のこと、この艇内において、一人だけがわれにかえったのである。 「うむ、酸素だ。酸素マスクはどこか……」  うなるようにいったのは、重傷の竜造寺兵曹長であった。さすがは海軍軍人として、ながい間鍛えてきただけのことはあって、誰よりも早くわれにかえったのである。 「あっ、これはいかん。おう、たいへんだ」  兵曹長は、艇が危険の中にあることに気がついた。起上ろうとしたが、体に力がはいらなかった。 「おい、起きろ、起きろ。たいへんだぞ」  兵曹長は手をのばして、手のとどくところにいた山岸少年をゆり起した。 「ああっ……」  少年は、うっすりと目を開いた。 「おいっ、おれの体を起してくれ。操縦席へいくんだ。早くいって、処置をやらにゃ、本艇は空中分解するぞ」 「ええっ、それは……」  山岸少年は、若いだけに身も軽く、また悲観することも知らず、兵曹長にいわれたとおり彼を助け起した。  二人は、もつれながら操縦席へいった。兵曹長は片手をのばして操縦桿をつかんだ。それから力をこめて、ぐっ、ぐぐっと桿を手前へひっぱった。  艇は妙なうなりをあげはじめた。すると速力計の針は逆に廻りだした。速力がだんだん落ちてきたのである。それとともに、竜造寺兵曹長も、山岸少年も気持がよくなった。艇は水平にもどったのである。 「しっかり、しっかり。気をしっかり……」  兵曹長は、山岸中尉と帆村とを起した。二人とも、ようやくわれにかえった。 「機長。いま、水平に起しました。それまでは艇は急落下しておりました」 「ああ……」 「どこかに穴があいているようです。室内の気圧がどんどん下っていきます」 「ああ、そうか。これはすまん」  帆村が横合から声をだした。彼は計器のスイッチをぱちぱちと切りかえて、指針の動きに気をつけた。その結果、空気のもれているのは、尾部に近い左下の部分だとわかった。 「機長。空気の漏洩箇所は尾部左下です。いま調べてなおします」 「よし、了解。おちついて頼むぞ」 「大丈夫です。さっきはちょっと失敗しました。でも、ちゃんと『魔の空間』から離脱できたじゃないですか。われわれは大冒険に成功したわけですよ」  尾部の方へはいっていきながら、帆村は元気な声で言った。 「竜造寺兵曹長。見張につけ。敵の追跡に注意して……」  そうだ。ミミ族はどうしたろう。ゆだんはならない。 「はい」  兵曹長は、山岸少年に助けられながら、のぞき窓の前の席についた。 「兵曹長。苦しいですか」  と、少年は聞いた。 「いや、体が思うように動かぬだけだ。目はよく見える。心配はいらん」  だが兵曹長は、よほど苦しいらしく、歯をくいしばって、額を窓におしあてた。
彗星二号艇にのっている四人の勇士たちは、艇が全速力で一大閃光の中にとびこんだまではおぼえているが、それにつづいて起ったことを知っている者はいたか。
彗星二号艇にのっている四人の勇士たちは、艇が全速力で一大閃光の中にとびこんだまではおぼえているが、それにつづいて起ったことを知っている者はひとりもなかった。
JCRRAG_010674
国語
自爆か、「魔の空間」から離脱か。  不幸と幸運とが、紙一枚の差で背中あわせになっているのだ。  彗星二号艇にのっている四人の勇士たちは、艇が全速力で一大閃光の中にとびこんだまではおぼえているが、それにつづいて起ったことを知っている者はひとりもなかった。  それでいて、山岸中尉は、ちゃんと操縦桿を握りしめていた。帆村荘六は、気密室から空気が外へもれだしはしまいかと、計器をにらみつけていた。  山岸少年は、いつでも命令一下、地上の本隊へ無電連絡ができるようにと、左手で無電装置の目盛板を、本隊の波長のところへぴったり固定し、右手の指で電鍵を軽くおさえていた。  重傷の竜造寺兵曹長は、むりに起きあがって、窓外の光景へ見張の目を光らせていた。  だが、この四人が四人とも、この姿勢のままで人事不省におちいっていたのだ。  そのことは四人のうちの誰もが知らなかった。そして艇は人事不省の四人の体をのせたまま、闇黒の成層圏を流星のように光の尾をひき、大地にむかって隕石のような速さで落ちていくのであった。「魔の空間」を出発するときの初速があまり大きかったので、四人とも脳をおされて、気がとおくなってしまったのである。  艇は重力のために、おそろしく落下の加速度を加えつつ、身ぶるいするほど速く落ちていく。空気の摩擦がはげしくなって、艇の外側はだんだん熱をおびてきた。このいきおいで落下がつづけば艇はぱっと燃えだし、燐寸箱に火がついたように、一団の火の塊となるであろう。  だが、まだ四人とも、誰もそれに気がつかない。  艇の危険は、刻々にましていった。  どこからともなく、しゅうしゅうという音が聞えはじめた。それは気密室から艇外にもれはじめた空気が、艇の外廓の、破れ穴を通るときに発する音だった。  室内の気圧はだんだん下っていき、がっくりとたれた帆村の頭の前で、気圧計の針はぐるぐると廻っていった。ああ、この有様がつづけば、四人とも呼吸困難になって、死んでしまわなければならない。 「魔の空間」から、幸いにものがれることができたが、このままでは、彗星二号艇は、刻々と最後に近づくばかりであった。  こういう戦慄すべき状態が、あと十五分間もつづいたら、もうとり返しのつかない破局にまでたどりついたであろう。  だが、そうなる少し前に、――くわしくいえば十三分たった後のこと、この艇内において、一人だけがわれにかえったのである。 「うむ、酸素だ。酸素マスクはどこか……」  うなるようにいったのは、重傷の竜造寺兵曹長であった。さすがは海軍軍人として、ながい間鍛えてきただけのことはあって、誰よりも早くわれにかえったのである。 「あっ、これはいかん。おう、たいへんだ」  兵曹長は、艇が危険の中にあることに気がついた。起上ろうとしたが、体に力がはいらなかった。 「おい、起きろ、起きろ。たいへんだぞ」  兵曹長は手をのばして、手のとどくところにいた山岸少年をゆり起した。 「ああっ……」  少年は、うっすりと目を開いた。 「おいっ、おれの体を起してくれ。操縦席へいくんだ。早くいって、処置をやらにゃ、本艇は空中分解するぞ」 「ええっ、それは……」  山岸少年は、若いだけに身も軽く、また悲観することも知らず、兵曹長にいわれたとおり彼を助け起した。  二人は、もつれながら操縦席へいった。兵曹長は片手をのばして操縦桿をつかんだ。それから力をこめて、ぐっ、ぐぐっと桿を手前へひっぱった。  艇は妙なうなりをあげはじめた。すると速力計の針は逆に廻りだした。速力がだんだん落ちてきたのである。それとともに、竜造寺兵曹長も、山岸少年も気持がよくなった。艇は水平にもどったのである。 「しっかり、しっかり。気をしっかり……」  兵曹長は、山岸中尉と帆村とを起した。二人とも、ようやくわれにかえった。 「機長。いま、水平に起しました。それまでは艇は急落下しておりました」 「ああ……」 「どこかに穴があいているようです。室内の気圧がどんどん下っていきます」 「ああ、そうか。これはすまん」  帆村が横合から声をだした。彼は計器のスイッチをぱちぱちと切りかえて、指針の動きに気をつけた。その結果、空気のもれているのは、尾部に近い左下の部分だとわかった。 「機長。空気の漏洩箇所は尾部左下です。いま調べてなおします」 「よし、了解。おちついて頼むぞ」 「大丈夫です。さっきはちょっと失敗しました。でも、ちゃんと『魔の空間』から離脱できたじゃないですか。われわれは大冒険に成功したわけですよ」  尾部の方へはいっていきながら、帆村は元気な声で言った。 「竜造寺兵曹長。見張につけ。敵の追跡に注意して……」  そうだ。ミミ族はどうしたろう。ゆだんはならない。 「はい」  兵曹長は、山岸少年に助けられながら、のぞき窓の前の席についた。 「兵曹長。苦しいですか」  と、少年は聞いた。 「いや、体が思うように動かぬだけだ。目はよく見える。心配はいらん」  だが兵曹長は、よほど苦しいらしく、歯をくいしばって、額を窓におしあてた。
帆村荘六は、気密室から空気が外へもれだしはしまいかと、なにをにらみつけていたか。
帆村荘六は、気密室から空気が外へもれだしはしまいかと、計器をにらみつけていた。
JCRRAG_010675
国語
自爆か、「魔の空間」から離脱か。  不幸と幸運とが、紙一枚の差で背中あわせになっているのだ。  彗星二号艇にのっている四人の勇士たちは、艇が全速力で一大閃光の中にとびこんだまではおぼえているが、それにつづいて起ったことを知っている者はひとりもなかった。  それでいて、山岸中尉は、ちゃんと操縦桿を握りしめていた。帆村荘六は、気密室から空気が外へもれだしはしまいかと、計器をにらみつけていた。  山岸少年は、いつでも命令一下、地上の本隊へ無電連絡ができるようにと、左手で無電装置の目盛板を、本隊の波長のところへぴったり固定し、右手の指で電鍵を軽くおさえていた。  重傷の竜造寺兵曹長は、むりに起きあがって、窓外の光景へ見張の目を光らせていた。  だが、この四人が四人とも、この姿勢のままで人事不省におちいっていたのだ。  そのことは四人のうちの誰もが知らなかった。そして艇は人事不省の四人の体をのせたまま、闇黒の成層圏を流星のように光の尾をひき、大地にむかって隕石のような速さで落ちていくのであった。「魔の空間」を出発するときの初速があまり大きかったので、四人とも脳をおされて、気がとおくなってしまったのである。  艇は重力のために、おそろしく落下の加速度を加えつつ、身ぶるいするほど速く落ちていく。空気の摩擦がはげしくなって、艇の外側はだんだん熱をおびてきた。このいきおいで落下がつづけば艇はぱっと燃えだし、燐寸箱に火がついたように、一団の火の塊となるであろう。  だが、まだ四人とも、誰もそれに気がつかない。  艇の危険は、刻々にましていった。  どこからともなく、しゅうしゅうという音が聞えはじめた。それは気密室から艇外にもれはじめた空気が、艇の外廓の、破れ穴を通るときに発する音だった。  室内の気圧はだんだん下っていき、がっくりとたれた帆村の頭の前で、気圧計の針はぐるぐると廻っていった。ああ、この有様がつづけば、四人とも呼吸困難になって、死んでしまわなければならない。 「魔の空間」から、幸いにものがれることができたが、このままでは、彗星二号艇は、刻々と最後に近づくばかりであった。  こういう戦慄すべき状態が、あと十五分間もつづいたら、もうとり返しのつかない破局にまでたどりついたであろう。  だが、そうなる少し前に、――くわしくいえば十三分たった後のこと、この艇内において、一人だけがわれにかえったのである。 「うむ、酸素だ。酸素マスクはどこか……」  うなるようにいったのは、重傷の竜造寺兵曹長であった。さすがは海軍軍人として、ながい間鍛えてきただけのことはあって、誰よりも早くわれにかえったのである。 「あっ、これはいかん。おう、たいへんだ」  兵曹長は、艇が危険の中にあることに気がついた。起上ろうとしたが、体に力がはいらなかった。 「おい、起きろ、起きろ。たいへんだぞ」  兵曹長は手をのばして、手のとどくところにいた山岸少年をゆり起した。 「ああっ……」  少年は、うっすりと目を開いた。 「おいっ、おれの体を起してくれ。操縦席へいくんだ。早くいって、処置をやらにゃ、本艇は空中分解するぞ」 「ええっ、それは……」  山岸少年は、若いだけに身も軽く、また悲観することも知らず、兵曹長にいわれたとおり彼を助け起した。  二人は、もつれながら操縦席へいった。兵曹長は片手をのばして操縦桿をつかんだ。それから力をこめて、ぐっ、ぐぐっと桿を手前へひっぱった。  艇は妙なうなりをあげはじめた。すると速力計の針は逆に廻りだした。速力がだんだん落ちてきたのである。それとともに、竜造寺兵曹長も、山岸少年も気持がよくなった。艇は水平にもどったのである。 「しっかり、しっかり。気をしっかり……」  兵曹長は、山岸中尉と帆村とを起した。二人とも、ようやくわれにかえった。 「機長。いま、水平に起しました。それまでは艇は急落下しておりました」 「ああ……」 「どこかに穴があいているようです。室内の気圧がどんどん下っていきます」 「ああ、そうか。これはすまん」  帆村が横合から声をだした。彼は計器のスイッチをぱちぱちと切りかえて、指針の動きに気をつけた。その結果、空気のもれているのは、尾部に近い左下の部分だとわかった。 「機長。空気の漏洩箇所は尾部左下です。いま調べてなおします」 「よし、了解。おちついて頼むぞ」 「大丈夫です。さっきはちょっと失敗しました。でも、ちゃんと『魔の空間』から離脱できたじゃないですか。われわれは大冒険に成功したわけですよ」  尾部の方へはいっていきながら、帆村は元気な声で言った。 「竜造寺兵曹長。見張につけ。敵の追跡に注意して……」  そうだ。ミミ族はどうしたろう。ゆだんはならない。 「はい」  兵曹長は、山岸少年に助けられながら、のぞき窓の前の席についた。 「兵曹長。苦しいですか」  と、少年は聞いた。 「いや、体が思うように動かぬだけだ。目はよく見える。心配はいらん」  だが兵曹長は、よほど苦しいらしく、歯をくいしばって、額を窓におしあてた。
艇は重力のために、おそろしく落下の加速度を加えつつ、どのように落ちていったか。
艇は重力のために、おそろしく落下の加速度を加えつつ、身ぶるいするほど速く落ちていく。
JCRRAG_010676
国語
自爆か、「魔の空間」から離脱か。  不幸と幸運とが、紙一枚の差で背中あわせになっているのだ。  彗星二号艇にのっている四人の勇士たちは、艇が全速力で一大閃光の中にとびこんだまではおぼえているが、それにつづいて起ったことを知っている者はひとりもなかった。  それでいて、山岸中尉は、ちゃんと操縦桿を握りしめていた。帆村荘六は、気密室から空気が外へもれだしはしまいかと、計器をにらみつけていた。  山岸少年は、いつでも命令一下、地上の本隊へ無電連絡ができるようにと、左手で無電装置の目盛板を、本隊の波長のところへぴったり固定し、右手の指で電鍵を軽くおさえていた。  重傷の竜造寺兵曹長は、むりに起きあがって、窓外の光景へ見張の目を光らせていた。  だが、この四人が四人とも、この姿勢のままで人事不省におちいっていたのだ。  そのことは四人のうちの誰もが知らなかった。そして艇は人事不省の四人の体をのせたまま、闇黒の成層圏を流星のように光の尾をひき、大地にむかって隕石のような速さで落ちていくのであった。「魔の空間」を出発するときの初速があまり大きかったので、四人とも脳をおされて、気がとおくなってしまったのである。  艇は重力のために、おそろしく落下の加速度を加えつつ、身ぶるいするほど速く落ちていく。空気の摩擦がはげしくなって、艇の外側はだんだん熱をおびてきた。このいきおいで落下がつづけば艇はぱっと燃えだし、燐寸箱に火がついたように、一団の火の塊となるであろう。  だが、まだ四人とも、誰もそれに気がつかない。  艇の危険は、刻々にましていった。  どこからともなく、しゅうしゅうという音が聞えはじめた。それは気密室から艇外にもれはじめた空気が、艇の外廓の、破れ穴を通るときに発する音だった。  室内の気圧はだんだん下っていき、がっくりとたれた帆村の頭の前で、気圧計の針はぐるぐると廻っていった。ああ、この有様がつづけば、四人とも呼吸困難になって、死んでしまわなければならない。 「魔の空間」から、幸いにものがれることができたが、このままでは、彗星二号艇は、刻々と最後に近づくばかりであった。  こういう戦慄すべき状態が、あと十五分間もつづいたら、もうとり返しのつかない破局にまでたどりついたであろう。  だが、そうなる少し前に、――くわしくいえば十三分たった後のこと、この艇内において、一人だけがわれにかえったのである。 「うむ、酸素だ。酸素マスクはどこか……」  うなるようにいったのは、重傷の竜造寺兵曹長であった。さすがは海軍軍人として、ながい間鍛えてきただけのことはあって、誰よりも早くわれにかえったのである。 「あっ、これはいかん。おう、たいへんだ」  兵曹長は、艇が危険の中にあることに気がついた。起上ろうとしたが、体に力がはいらなかった。 「おい、起きろ、起きろ。たいへんだぞ」  兵曹長は手をのばして、手のとどくところにいた山岸少年をゆり起した。 「ああっ……」  少年は、うっすりと目を開いた。 「おいっ、おれの体を起してくれ。操縦席へいくんだ。早くいって、処置をやらにゃ、本艇は空中分解するぞ」 「ええっ、それは……」  山岸少年は、若いだけに身も軽く、また悲観することも知らず、兵曹長にいわれたとおり彼を助け起した。  二人は、もつれながら操縦席へいった。兵曹長は片手をのばして操縦桿をつかんだ。それから力をこめて、ぐっ、ぐぐっと桿を手前へひっぱった。  艇は妙なうなりをあげはじめた。すると速力計の針は逆に廻りだした。速力がだんだん落ちてきたのである。それとともに、竜造寺兵曹長も、山岸少年も気持がよくなった。艇は水平にもどったのである。 「しっかり、しっかり。気をしっかり……」  兵曹長は、山岸中尉と帆村とを起した。二人とも、ようやくわれにかえった。 「機長。いま、水平に起しました。それまでは艇は急落下しておりました」 「ああ……」 「どこかに穴があいているようです。室内の気圧がどんどん下っていきます」 「ああ、そうか。これはすまん」  帆村が横合から声をだした。彼は計器のスイッチをぱちぱちと切りかえて、指針の動きに気をつけた。その結果、空気のもれているのは、尾部に近い左下の部分だとわかった。 「機長。空気の漏洩箇所は尾部左下です。いま調べてなおします」 「よし、了解。おちついて頼むぞ」 「大丈夫です。さっきはちょっと失敗しました。でも、ちゃんと『魔の空間』から離脱できたじゃないですか。われわれは大冒険に成功したわけですよ」  尾部の方へはいっていきながら、帆村は元気な声で言った。 「竜造寺兵曹長。見張につけ。敵の追跡に注意して……」  そうだ。ミミ族はどうしたろう。ゆだんはならない。 「はい」  兵曹長は、山岸少年に助けられながら、のぞき窓の前の席についた。 「兵曹長。苦しいですか」  と、少年は聞いた。 「いや、体が思うように動かぬだけだ。目はよく見える。心配はいらん」  だが兵曹長は、よほど苦しいらしく、歯をくいしばって、額を窓におしあてた。
兵曹長は手をのばして、だれをゆり起こしたか。
兵曹長は手をのばして、手のとどくところにいた山岸少年をゆり起した。
JCRRAG_010677
国語
自爆か、「魔の空間」から離脱か。  不幸と幸運とが、紙一枚の差で背中あわせになっているのだ。  彗星二号艇にのっている四人の勇士たちは、艇が全速力で一大閃光の中にとびこんだまではおぼえているが、それにつづいて起ったことを知っている者はひとりもなかった。  それでいて、山岸中尉は、ちゃんと操縦桿を握りしめていた。帆村荘六は、気密室から空気が外へもれだしはしまいかと、計器をにらみつけていた。  山岸少年は、いつでも命令一下、地上の本隊へ無電連絡ができるようにと、左手で無電装置の目盛板を、本隊の波長のところへぴったり固定し、右手の指で電鍵を軽くおさえていた。  重傷の竜造寺兵曹長は、むりに起きあがって、窓外の光景へ見張の目を光らせていた。  だが、この四人が四人とも、この姿勢のままで人事不省におちいっていたのだ。  そのことは四人のうちの誰もが知らなかった。そして艇は人事不省の四人の体をのせたまま、闇黒の成層圏を流星のように光の尾をひき、大地にむかって隕石のような速さで落ちていくのであった。「魔の空間」を出発するときの初速があまり大きかったので、四人とも脳をおされて、気がとおくなってしまったのである。  艇は重力のために、おそろしく落下の加速度を加えつつ、身ぶるいするほど速く落ちていく。空気の摩擦がはげしくなって、艇の外側はだんだん熱をおびてきた。このいきおいで落下がつづけば艇はぱっと燃えだし、燐寸箱に火がついたように、一団の火の塊となるであろう。  だが、まだ四人とも、誰もそれに気がつかない。  艇の危険は、刻々にましていった。  どこからともなく、しゅうしゅうという音が聞えはじめた。それは気密室から艇外にもれはじめた空気が、艇の外廓の、破れ穴を通るときに発する音だった。  室内の気圧はだんだん下っていき、がっくりとたれた帆村の頭の前で、気圧計の針はぐるぐると廻っていった。ああ、この有様がつづけば、四人とも呼吸困難になって、死んでしまわなければならない。 「魔の空間」から、幸いにものがれることができたが、このままでは、彗星二号艇は、刻々と最後に近づくばかりであった。  こういう戦慄すべき状態が、あと十五分間もつづいたら、もうとり返しのつかない破局にまでたどりついたであろう。  だが、そうなる少し前に、――くわしくいえば十三分たった後のこと、この艇内において、一人だけがわれにかえったのである。 「うむ、酸素だ。酸素マスクはどこか……」  うなるようにいったのは、重傷の竜造寺兵曹長であった。さすがは海軍軍人として、ながい間鍛えてきただけのことはあって、誰よりも早くわれにかえったのである。 「あっ、これはいかん。おう、たいへんだ」  兵曹長は、艇が危険の中にあることに気がついた。起上ろうとしたが、体に力がはいらなかった。 「おい、起きろ、起きろ。たいへんだぞ」  兵曹長は手をのばして、手のとどくところにいた山岸少年をゆり起した。 「ああっ……」  少年は、うっすりと目を開いた。 「おいっ、おれの体を起してくれ。操縦席へいくんだ。早くいって、処置をやらにゃ、本艇は空中分解するぞ」 「ええっ、それは……」  山岸少年は、若いだけに身も軽く、また悲観することも知らず、兵曹長にいわれたとおり彼を助け起した。  二人は、もつれながら操縦席へいった。兵曹長は片手をのばして操縦桿をつかんだ。それから力をこめて、ぐっ、ぐぐっと桿を手前へひっぱった。  艇は妙なうなりをあげはじめた。すると速力計の針は逆に廻りだした。速力がだんだん落ちてきたのである。それとともに、竜造寺兵曹長も、山岸少年も気持がよくなった。艇は水平にもどったのである。 「しっかり、しっかり。気をしっかり……」  兵曹長は、山岸中尉と帆村とを起した。二人とも、ようやくわれにかえった。 「機長。いま、水平に起しました。それまでは艇は急落下しておりました」 「ああ……」 「どこかに穴があいているようです。室内の気圧がどんどん下っていきます」 「ああ、そうか。これはすまん」  帆村が横合から声をだした。彼は計器のスイッチをぱちぱちと切りかえて、指針の動きに気をつけた。その結果、空気のもれているのは、尾部に近い左下の部分だとわかった。 「機長。空気の漏洩箇所は尾部左下です。いま調べてなおします」 「よし、了解。おちついて頼むぞ」 「大丈夫です。さっきはちょっと失敗しました。でも、ちゃんと『魔の空間』から離脱できたじゃないですか。われわれは大冒険に成功したわけですよ」  尾部の方へはいっていきながら、帆村は元気な声で言った。 「竜造寺兵曹長。見張につけ。敵の追跡に注意して……」  そうだ。ミミ族はどうしたろう。ゆだんはならない。 「はい」  兵曹長は、山岸少年に助けられながら、のぞき窓の前の席についた。 「兵曹長。苦しいですか」  と、少年は聞いた。 「いや、体が思うように動かぬだけだ。目はよく見える。心配はいらん」  だが兵曹長は、よほど苦しいらしく、歯をくいしばって、額を窓におしあてた。
兵曹長は片手をのばしてなにをつかんだか。
兵曹長は片手をのばして操縦桿をつかんだ。
JCRRAG_010678
国語
艇の尾部へもぐりこんで、空気のもれるところをさがしにいった帆村は、なかなかもどってこなかったし、報告もしてこなかった。  艇を操縦している山岸中尉は、弟に命じて連絡にやらせた。 「機長」  兵曹長が叫んだ。 「おい」 「見張報告。右舷上下水平、異状なし。左舷上に小さな火光あり。追跡隊かとも思う。そのほか異状なし」 「了解。その小さい火光に警戒をつづけよ」 「はい」  山岸中尉は、暗視器をその方へむけて、倍率を大きくしてみた。まだはっきりと形は見えなかった。が、とにかく星の光ではなく、別の光源であった。あのあたりが、さっき脱出した「魔の空間」のある場所かもしれない。方位角と仰角とではかってみると、だいたいその見当である。  山岸少年が、報告にもどってきた。 「機長。尾部の漏洩箇所は、大小六箇であります。大きいのは、径五十ミリ、小さいのは十三ミリ。帆村班員は、瓦斯溶接で穴をうめております。もうすぐ完成します」 「うむ」  この方は、うまくいきそうである。山岸中尉は、ほっと一息ついた。  しばらくすると、帆村がもどってきた。 「機長、もどりました」 「おう、ご苦労。どうした」 「見つけた穴は、ぜんぶ溶接でふさぎました。しかし、思うほど効果がありません」 「なに、思うほど効果がない……」  中尉は室内気圧計へ目をやった。なるほど、穴はぜんぶふさいだのにもかかわらず、まだすこしずつ気圧が下がっていく。目につかない穴がどこかに残っているのだろう。 「どうしたのか」  中尉は、たずねた。 「はい」  と、帆村は言いにくそうにしていたが、やがて言った。 「艇の外廓に、ひびがはいっているように思うのです」 「外廓にひびが……」  中尉はおどろいた。もしそうだとすると、修繕の方法がないのだ。どうして外廓にひびがはいったのだろうか。やはり、あのときにちがいない。  艇が「魔の空間」を爆破して、その爆破孔をとおりぬけるとき、やっぱり自分の仕掛けた爆発物のため、外廓にひびをはいらせたのにちがいない。 「もちろん、それはいまのところ、わずかな隙間を作っているだけですが、注意していますと、ひびはだんだん長く伸びていくようです。ですから、着陸までに本艇が無事にいるかどうかわかりません」  帆村の心配しているのは、この点であった。この調子でいけば、ひびがだんだん大きくなっていくだろう。噴射をつづけているかぎり、その震動が伝わって、ひびはだんだんひろがっていく理窟である。といって、噴射をやめると墜落のほかない。  しかもこの調子では、まだそうとうの高度のときに、艇内の空気はうすくなって、呼吸困難、または窒息のおそれがある。  思わざる危難がふりかかった。しかもその危険は刻々に大きくなろうとしているのだ。  なんという気持のわるいことだろうか。 「よし、わかった。あとはおれにまかしてもらおう」  と、山岸中尉は、歯切れのいいことばで言った。それにつづいて、中尉は胸の中で叫んだ。 (空中勤務に、予期しない困難が、あとからあとへと起るのは、有りがちのことだ。これくらいのことに、腰をぬかしてたまるか。危険よ、困難よ、不幸よ、さあくるならいくらでもこいだ。われら大和民族は、きさまたちにとっては少々手ごわいぞ)  空中勤務者は、あくまで冷静沈着でなければならない。空中で、これを失えば、自分で死神を招くようなものだ。  その場合の死神は、ルーズベルトのおやじみたいなもので、こっちが死ねば、その死神といっしょに、ルーズベルトまでがよろこぶのだ。そんな死神を招いてたまるものか。冷静と沈着とを失ってならないわけは、ここにある。  それから機長山岸中尉の、あざやかな指揮がはじまった。  山岸少年に命じて、地上の本隊との間に無電連絡をとらせた。そして帆村に命じて、「魔の空間」へ突入してから後のことを、こまごまと地上へ報告させた。  これは万一、この艇が空中分解をするとも、わが偵察隊の調べてきたところは本隊へ通じ、これから後の参考資料となるにちがいないからだった。  竜造寺兵曹長には、見張をつづけさせた。兵曹長の目と判断は、百練をへたものであるから、ぜったいに信用がおけるのだった。  そうしておいて、山岸中尉自身は、操縦桿をすこし前へ押しやって、艇を緩降下の状態においた。  両翼は、浮力をつけるために、せい一ぱいひろげた。そして噴射の速度をできるだけおそくして、その震動を小さくし、ひびが大きくなっていくのをできるだけふせぐことにした。  また容器に残っている酸素の量をくわしく調べ、もっとも倹約して、生きていられるだけの酸素をすって、何時間呼吸をつづけられるかを計算した。その結果は、安心できる程度ではなかった。最悪のときは、三十分間にわたって、酸素なしで半気圧の空間を下りなければならないのだ。しかしほかに処置とてなかった。あとは運命である。「人事をつくして天命をまつ」のほかないのであった。  中尉の頭脳の中は、きちんと整頓せられていた。これから先、どんなことが起っても、そのときはこうするという処置が考えられてあった。ただし処置なき出来事が起った場合は、運命にまかせることとしてあった。  山岸中尉の処置よろしかったために、彗星二号艇の乗組員は、さしもの難関を突破して、ふしぎに白昼の地上に着いた。しかし艇は着陸にあたって大破炎上した。  山岸電信員が、あらかじめ連絡をしてあったために、彗星二号艇の不時着の場所には、すぐさま本隊員がかけつけて火災を消し、艇の破れ目から四名の勇士を救いだした。  それから四名は、本隊に帰還した。  班長左倉少佐は、ただちに山岸中尉からはじまって、順々に隊員の報告を受けた。すべて愕くことばかりだった。中でも帆村荘六の怪鬼ミミ族についての報告は、班長をたいへんびっくりさせた。 「うむ、そうか。ミミ族の地球攻撃が、そこまで進んでいるとは知らなかった。この上は一日もむだにできない。ただちにミミ族をわが上空から追い払わねばならぬ」  そう言って、班長左倉少佐は、山岸中尉と帆村とを連れ、あわただしく隊の飛行機にのって、いずれかへ出かけた。
山岸中尉は、暗視器をその方へむけて、なにを大きくしたか。
山岸中尉は、暗視器をその方へむけて、倍率を大きくしてみた。
JCRRAG_010679
国語
艇の尾部へもぐりこんで、空気のもれるところをさがしにいった帆村は、なかなかもどってこなかったし、報告もしてこなかった。  艇を操縦している山岸中尉は、弟に命じて連絡にやらせた。 「機長」  兵曹長が叫んだ。 「おい」 「見張報告。右舷上下水平、異状なし。左舷上に小さな火光あり。追跡隊かとも思う。そのほか異状なし」 「了解。その小さい火光に警戒をつづけよ」 「はい」  山岸中尉は、暗視器をその方へむけて、倍率を大きくしてみた。まだはっきりと形は見えなかった。が、とにかく星の光ではなく、別の光源であった。あのあたりが、さっき脱出した「魔の空間」のある場所かもしれない。方位角と仰角とではかってみると、だいたいその見当である。  山岸少年が、報告にもどってきた。 「機長。尾部の漏洩箇所は、大小六箇であります。大きいのは、径五十ミリ、小さいのは十三ミリ。帆村班員は、瓦斯溶接で穴をうめております。もうすぐ完成します」 「うむ」  この方は、うまくいきそうである。山岸中尉は、ほっと一息ついた。  しばらくすると、帆村がもどってきた。 「機長、もどりました」 「おう、ご苦労。どうした」 「見つけた穴は、ぜんぶ溶接でふさぎました。しかし、思うほど効果がありません」 「なに、思うほど効果がない……」  中尉は室内気圧計へ目をやった。なるほど、穴はぜんぶふさいだのにもかかわらず、まだすこしずつ気圧が下がっていく。目につかない穴がどこかに残っているのだろう。 「どうしたのか」  中尉は、たずねた。 「はい」  と、帆村は言いにくそうにしていたが、やがて言った。 「艇の外廓に、ひびがはいっているように思うのです」 「外廓にひびが……」  中尉はおどろいた。もしそうだとすると、修繕の方法がないのだ。どうして外廓にひびがはいったのだろうか。やはり、あのときにちがいない。  艇が「魔の空間」を爆破して、その爆破孔をとおりぬけるとき、やっぱり自分の仕掛けた爆発物のため、外廓にひびをはいらせたのにちがいない。 「もちろん、それはいまのところ、わずかな隙間を作っているだけですが、注意していますと、ひびはだんだん長く伸びていくようです。ですから、着陸までに本艇が無事にいるかどうかわかりません」  帆村の心配しているのは、この点であった。この調子でいけば、ひびがだんだん大きくなっていくだろう。噴射をつづけているかぎり、その震動が伝わって、ひびはだんだんひろがっていく理窟である。といって、噴射をやめると墜落のほかない。  しかもこの調子では、まだそうとうの高度のときに、艇内の空気はうすくなって、呼吸困難、または窒息のおそれがある。  思わざる危難がふりかかった。しかもその危険は刻々に大きくなろうとしているのだ。  なんという気持のわるいことだろうか。 「よし、わかった。あとはおれにまかしてもらおう」  と、山岸中尉は、歯切れのいいことばで言った。それにつづいて、中尉は胸の中で叫んだ。 (空中勤務に、予期しない困難が、あとからあとへと起るのは、有りがちのことだ。これくらいのことに、腰をぬかしてたまるか。危険よ、困難よ、不幸よ、さあくるならいくらでもこいだ。われら大和民族は、きさまたちにとっては少々手ごわいぞ)  空中勤務者は、あくまで冷静沈着でなければならない。空中で、これを失えば、自分で死神を招くようなものだ。  その場合の死神は、ルーズベルトのおやじみたいなもので、こっちが死ねば、その死神といっしょに、ルーズベルトまでがよろこぶのだ。そんな死神を招いてたまるものか。冷静と沈着とを失ってならないわけは、ここにある。  それから機長山岸中尉の、あざやかな指揮がはじまった。  山岸少年に命じて、地上の本隊との間に無電連絡をとらせた。そして帆村に命じて、「魔の空間」へ突入してから後のことを、こまごまと地上へ報告させた。  これは万一、この艇が空中分解をするとも、わが偵察隊の調べてきたところは本隊へ通じ、これから後の参考資料となるにちがいないからだった。  竜造寺兵曹長には、見張をつづけさせた。兵曹長の目と判断は、百練をへたものであるから、ぜったいに信用がおけるのだった。  そうしておいて、山岸中尉自身は、操縦桿をすこし前へ押しやって、艇を緩降下の状態においた。  両翼は、浮力をつけるために、せい一ぱいひろげた。そして噴射の速度をできるだけおそくして、その震動を小さくし、ひびが大きくなっていくのをできるだけふせぐことにした。  また容器に残っている酸素の量をくわしく調べ、もっとも倹約して、生きていられるだけの酸素をすって、何時間呼吸をつづけられるかを計算した。その結果は、安心できる程度ではなかった。最悪のときは、三十分間にわたって、酸素なしで半気圧の空間を下りなければならないのだ。しかしほかに処置とてなかった。あとは運命である。「人事をつくして天命をまつ」のほかないのであった。  中尉の頭脳の中は、きちんと整頓せられていた。これから先、どんなことが起っても、そのときはこうするという処置が考えられてあった。ただし処置なき出来事が起った場合は、運命にまかせることとしてあった。  山岸中尉の処置よろしかったために、彗星二号艇の乗組員は、さしもの難関を突破して、ふしぎに白昼の地上に着いた。しかし艇は着陸にあたって大破炎上した。  山岸電信員が、あらかじめ連絡をしてあったために、彗星二号艇の不時着の場所には、すぐさま本隊員がかけつけて火災を消し、艇の破れ目から四名の勇士を救いだした。  それから四名は、本隊に帰還した。  班長左倉少佐は、ただちに山岸中尉からはじまって、順々に隊員の報告を受けた。すべて愕くことばかりだった。中でも帆村荘六の怪鬼ミミ族についての報告は、班長をたいへんびっくりさせた。 「うむ、そうか。ミミ族の地球攻撃が、そこまで進んでいるとは知らなかった。この上は一日もむだにできない。ただちにミミ族をわが上空から追い払わねばならぬ」  そう言って、班長左倉少佐は、山岸中尉と帆村とを連れ、あわただしく隊の飛行機にのって、いずれかへ出かけた。
艇を操縦している山岸中尉は、だれに命じて連絡をやらせたか。
艇を操縦している山岸中尉は、弟に命じて連絡にやらせた。
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艇の尾部へもぐりこんで、空気のもれるところをさがしにいった帆村は、なかなかもどってこなかったし、報告もしてこなかった。  艇を操縦している山岸中尉は、弟に命じて連絡にやらせた。 「機長」  兵曹長が叫んだ。 「おい」 「見張報告。右舷上下水平、異状なし。左舷上に小さな火光あり。追跡隊かとも思う。そのほか異状なし」 「了解。その小さい火光に警戒をつづけよ」 「はい」  山岸中尉は、暗視器をその方へむけて、倍率を大きくしてみた。まだはっきりと形は見えなかった。が、とにかく星の光ではなく、別の光源であった。あのあたりが、さっき脱出した「魔の空間」のある場所かもしれない。方位角と仰角とではかってみると、だいたいその見当である。  山岸少年が、報告にもどってきた。 「機長。尾部の漏洩箇所は、大小六箇であります。大きいのは、径五十ミリ、小さいのは十三ミリ。帆村班員は、瓦斯溶接で穴をうめております。もうすぐ完成します」 「うむ」  この方は、うまくいきそうである。山岸中尉は、ほっと一息ついた。  しばらくすると、帆村がもどってきた。 「機長、もどりました」 「おう、ご苦労。どうした」 「見つけた穴は、ぜんぶ溶接でふさぎました。しかし、思うほど効果がありません」 「なに、思うほど効果がない……」  中尉は室内気圧計へ目をやった。なるほど、穴はぜんぶふさいだのにもかかわらず、まだすこしずつ気圧が下がっていく。目につかない穴がどこかに残っているのだろう。 「どうしたのか」  中尉は、たずねた。 「はい」  と、帆村は言いにくそうにしていたが、やがて言った。 「艇の外廓に、ひびがはいっているように思うのです」 「外廓にひびが……」  中尉はおどろいた。もしそうだとすると、修繕の方法がないのだ。どうして外廓にひびがはいったのだろうか。やはり、あのときにちがいない。  艇が「魔の空間」を爆破して、その爆破孔をとおりぬけるとき、やっぱり自分の仕掛けた爆発物のため、外廓にひびをはいらせたのにちがいない。 「もちろん、それはいまのところ、わずかな隙間を作っているだけですが、注意していますと、ひびはだんだん長く伸びていくようです。ですから、着陸までに本艇が無事にいるかどうかわかりません」  帆村の心配しているのは、この点であった。この調子でいけば、ひびがだんだん大きくなっていくだろう。噴射をつづけているかぎり、その震動が伝わって、ひびはだんだんひろがっていく理窟である。といって、噴射をやめると墜落のほかない。  しかもこの調子では、まだそうとうの高度のときに、艇内の空気はうすくなって、呼吸困難、または窒息のおそれがある。  思わざる危難がふりかかった。しかもその危険は刻々に大きくなろうとしているのだ。  なんという気持のわるいことだろうか。 「よし、わかった。あとはおれにまかしてもらおう」  と、山岸中尉は、歯切れのいいことばで言った。それにつづいて、中尉は胸の中で叫んだ。 (空中勤務に、予期しない困難が、あとからあとへと起るのは、有りがちのことだ。これくらいのことに、腰をぬかしてたまるか。危険よ、困難よ、不幸よ、さあくるならいくらでもこいだ。われら大和民族は、きさまたちにとっては少々手ごわいぞ)  空中勤務者は、あくまで冷静沈着でなければならない。空中で、これを失えば、自分で死神を招くようなものだ。  その場合の死神は、ルーズベルトのおやじみたいなもので、こっちが死ねば、その死神といっしょに、ルーズベルトまでがよろこぶのだ。そんな死神を招いてたまるものか。冷静と沈着とを失ってならないわけは、ここにある。  それから機長山岸中尉の、あざやかな指揮がはじまった。  山岸少年に命じて、地上の本隊との間に無電連絡をとらせた。そして帆村に命じて、「魔の空間」へ突入してから後のことを、こまごまと地上へ報告させた。  これは万一、この艇が空中分解をするとも、わが偵察隊の調べてきたところは本隊へ通じ、これから後の参考資料となるにちがいないからだった。  竜造寺兵曹長には、見張をつづけさせた。兵曹長の目と判断は、百練をへたものであるから、ぜったいに信用がおけるのだった。  そうしておいて、山岸中尉自身は、操縦桿をすこし前へ押しやって、艇を緩降下の状態においた。  両翼は、浮力をつけるために、せい一ぱいひろげた。そして噴射の速度をできるだけおそくして、その震動を小さくし、ひびが大きくなっていくのをできるだけふせぐことにした。  また容器に残っている酸素の量をくわしく調べ、もっとも倹約して、生きていられるだけの酸素をすって、何時間呼吸をつづけられるかを計算した。その結果は、安心できる程度ではなかった。最悪のときは、三十分間にわたって、酸素なしで半気圧の空間を下りなければならないのだ。しかしほかに処置とてなかった。あとは運命である。「人事をつくして天命をまつ」のほかないのであった。  中尉の頭脳の中は、きちんと整頓せられていた。これから先、どんなことが起っても、そのときはこうするという処置が考えられてあった。ただし処置なき出来事が起った場合は、運命にまかせることとしてあった。  山岸中尉の処置よろしかったために、彗星二号艇の乗組員は、さしもの難関を突破して、ふしぎに白昼の地上に着いた。しかし艇は着陸にあたって大破炎上した。  山岸電信員が、あらかじめ連絡をしてあったために、彗星二号艇の不時着の場所には、すぐさま本隊員がかけつけて火災を消し、艇の破れ目から四名の勇士を救いだした。  それから四名は、本隊に帰還した。  班長左倉少佐は、ただちに山岸中尉からはじまって、順々に隊員の報告を受けた。すべて愕くことばかりだった。中でも帆村荘六の怪鬼ミミ族についての報告は、班長をたいへんびっくりさせた。 「うむ、そうか。ミミ族の地球攻撃が、そこまで進んでいるとは知らなかった。この上は一日もむだにできない。ただちにミミ族をわが上空から追い払わねばならぬ」  そう言って、班長左倉少佐は、山岸中尉と帆村とを連れ、あわただしく隊の飛行機にのって、いずれかへ出かけた。
山岸中尉自身は、どのように艇を緩降下の状態においたか。
山岸中尉自身は、操縦桿をすこし前へ押しやって、艇を緩降下の状態においた。
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艇の尾部へもぐりこんで、空気のもれるところをさがしにいった帆村は、なかなかもどってこなかったし、報告もしてこなかった。  艇を操縦している山岸中尉は、弟に命じて連絡にやらせた。 「機長」  兵曹長が叫んだ。 「おい」 「見張報告。右舷上下水平、異状なし。左舷上に小さな火光あり。追跡隊かとも思う。そのほか異状なし」 「了解。その小さい火光に警戒をつづけよ」 「はい」  山岸中尉は、暗視器をその方へむけて、倍率を大きくしてみた。まだはっきりと形は見えなかった。が、とにかく星の光ではなく、別の光源であった。あのあたりが、さっき脱出した「魔の空間」のある場所かもしれない。方位角と仰角とではかってみると、だいたいその見当である。  山岸少年が、報告にもどってきた。 「機長。尾部の漏洩箇所は、大小六箇であります。大きいのは、径五十ミリ、小さいのは十三ミリ。帆村班員は、瓦斯溶接で穴をうめております。もうすぐ完成します」 「うむ」  この方は、うまくいきそうである。山岸中尉は、ほっと一息ついた。  しばらくすると、帆村がもどってきた。 「機長、もどりました」 「おう、ご苦労。どうした」 「見つけた穴は、ぜんぶ溶接でふさぎました。しかし、思うほど効果がありません」 「なに、思うほど効果がない……」  中尉は室内気圧計へ目をやった。なるほど、穴はぜんぶふさいだのにもかかわらず、まだすこしずつ気圧が下がっていく。目につかない穴がどこかに残っているのだろう。 「どうしたのか」  中尉は、たずねた。 「はい」  と、帆村は言いにくそうにしていたが、やがて言った。 「艇の外廓に、ひびがはいっているように思うのです」 「外廓にひびが……」  中尉はおどろいた。もしそうだとすると、修繕の方法がないのだ。どうして外廓にひびがはいったのだろうか。やはり、あのときにちがいない。  艇が「魔の空間」を爆破して、その爆破孔をとおりぬけるとき、やっぱり自分の仕掛けた爆発物のため、外廓にひびをはいらせたのにちがいない。 「もちろん、それはいまのところ、わずかな隙間を作っているだけですが、注意していますと、ひびはだんだん長く伸びていくようです。ですから、着陸までに本艇が無事にいるかどうかわかりません」  帆村の心配しているのは、この点であった。この調子でいけば、ひびがだんだん大きくなっていくだろう。噴射をつづけているかぎり、その震動が伝わって、ひびはだんだんひろがっていく理窟である。といって、噴射をやめると墜落のほかない。  しかもこの調子では、まだそうとうの高度のときに、艇内の空気はうすくなって、呼吸困難、または窒息のおそれがある。  思わざる危難がふりかかった。しかもその危険は刻々に大きくなろうとしているのだ。  なんという気持のわるいことだろうか。 「よし、わかった。あとはおれにまかしてもらおう」  と、山岸中尉は、歯切れのいいことばで言った。それにつづいて、中尉は胸の中で叫んだ。 (空中勤務に、予期しない困難が、あとからあとへと起るのは、有りがちのことだ。これくらいのことに、腰をぬかしてたまるか。危険よ、困難よ、不幸よ、さあくるならいくらでもこいだ。われら大和民族は、きさまたちにとっては少々手ごわいぞ)  空中勤務者は、あくまで冷静沈着でなければならない。空中で、これを失えば、自分で死神を招くようなものだ。  その場合の死神は、ルーズベルトのおやじみたいなもので、こっちが死ねば、その死神といっしょに、ルーズベルトまでがよろこぶのだ。そんな死神を招いてたまるものか。冷静と沈着とを失ってならないわけは、ここにある。  それから機長山岸中尉の、あざやかな指揮がはじまった。  山岸少年に命じて、地上の本隊との間に無電連絡をとらせた。そして帆村に命じて、「魔の空間」へ突入してから後のことを、こまごまと地上へ報告させた。  これは万一、この艇が空中分解をするとも、わが偵察隊の調べてきたところは本隊へ通じ、これから後の参考資料となるにちがいないからだった。  竜造寺兵曹長には、見張をつづけさせた。兵曹長の目と判断は、百練をへたものであるから、ぜったいに信用がおけるのだった。  そうしておいて、山岸中尉自身は、操縦桿をすこし前へ押しやって、艇を緩降下の状態においた。  両翼は、浮力をつけるために、せい一ぱいひろげた。そして噴射の速度をできるだけおそくして、その震動を小さくし、ひびが大きくなっていくのをできるだけふせぐことにした。  また容器に残っている酸素の量をくわしく調べ、もっとも倹約して、生きていられるだけの酸素をすって、何時間呼吸をつづけられるかを計算した。その結果は、安心できる程度ではなかった。最悪のときは、三十分間にわたって、酸素なしで半気圧の空間を下りなければならないのだ。しかしほかに処置とてなかった。あとは運命である。「人事をつくして天命をまつ」のほかないのであった。  中尉の頭脳の中は、きちんと整頓せられていた。これから先、どんなことが起っても、そのときはこうするという処置が考えられてあった。ただし処置なき出来事が起った場合は、運命にまかせることとしてあった。  山岸中尉の処置よろしかったために、彗星二号艇の乗組員は、さしもの難関を突破して、ふしぎに白昼の地上に着いた。しかし艇は着陸にあたって大破炎上した。  山岸電信員が、あらかじめ連絡をしてあったために、彗星二号艇の不時着の場所には、すぐさま本隊員がかけつけて火災を消し、艇の破れ目から四名の勇士を救いだした。  それから四名は、本隊に帰還した。  班長左倉少佐は、ただちに山岸中尉からはじまって、順々に隊員の報告を受けた。すべて愕くことばかりだった。中でも帆村荘六の怪鬼ミミ族についての報告は、班長をたいへんびっくりさせた。 「うむ、そうか。ミミ族の地球攻撃が、そこまで進んでいるとは知らなかった。この上は一日もむだにできない。ただちにミミ族をわが上空から追い払わねばならぬ」  そう言って、班長左倉少佐は、山岸中尉と帆村とを連れ、あわただしく隊の飛行機にのって、いずれかへ出かけた。
なぜ彗星二号艇の乗組員は、白昼の地上に着けたか。
山岸中尉の処置よろしかったために、彗星二号艇の乗組員は、さしもの難関を突破して、ふしぎに白昼の地上に着いた。
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いつの間にか、地球をうかがっていた、不逞の宇宙魔ミミ族のことは、放送電波にのって全世界へひびきわたった。そして世界中の人間は、はじめて耳にする怪魔ミミ族の来襲に色を失う者が多かった。 「もうだめだ。ミミ族というやつは、地球人類より何級も高等な生物なんだから、戦えばわれら人類が負けるにきまっているよ。こうとしったら、穴倉でもこしらえて、食料品をうんとたくわえておくんだった」 「どこか逃げだすところはないかなあ、噴射艇にのって、ミミ族のおいかけてこない星へ移住する手はないだろうか」  などと、あいかわらず弱音をはく人間が、いわゆる文化国民の間に少くなかった。  そうかと思うと、てんでミミ族を甘く見ているのんきな連中もいた。 「ミミ族だって、地球人類をすぐ殺すつもりでやってきたわけじゃあるまい。なにか物資をとりかえっこしたいというんだろう。そんならこっちもミミ族のほしい物をだしてやって、交易をやったらいいじゃないか。喧嘩腰はよして、まずミミ族の招待会を開いて、酒でものませてやったらどうだ」 「そうだ、そうだ。ミミ族だって、地球人類だって同じ生物だ。話せばわかるにちがいない。ひとつ訪問団をこしらえて、ミミ族の代表者を迎えにいってはどうか」 「それがいいなあ。とりあえず僕は、ミミ族におくる土産物を用意するよ」  こんな連中も、多くではないが、のさばりでた。だが、こののんきな連中は、まもなく大きな失望に見舞われた。  それはミミ族の一隊が突然カナダのある町にあらわれて、その町を、住民ごとすっかり天空へさらっていってしまったという、驚くべき事件が起ったからであった。  もちろん警察飛行隊はすぐ出動して、嵐にまう紙屑のように、天空に吸いあげられていく町の人々や、木や、家や、牛や、馬や、犬などのあとをおいかけた。しかし一時間ばかりすると、どの飛行機ももどってきた。  彼らの報告は、きまって同じだった。あの奇妙な竜巻をおいかけていったが、そのうちどこへ消えたか、彼らの姿が全然見えなくなったそうである。そして晴れわたった青い空に、太陽だけがかがやいていたという。  こんな騒動が、世界のあちらこちらで起り、それはあとからあとへ世界中へ放送され、人々の恐怖は日とともにつのっていった。  ふしぎなことに、そういう事件が相ついで起っても、ミミ族は一ども姿を見せなかった。ミミ族の方では、よほど注意して、人類の目にふれることをさけたのである。  しかし、そうとは知らない騒動の町の学者たちは、帆村の報告した「ミミ族会見記」をうたがいだし、相ついで起る騒動も、じつは天災であって、ミミ族などという、宇宙生物のせいではないと力説する者さえでてくるしまつだった。  これに対して帆村荘六は、すぐには弁明しなかった。それというのが、彼はわが地球人類の目をくらますミミ族の裏をかいて、ミミ族の行動がはっきり見える器械――それを帆村は「電子ストロボ鏡」と名づけたが、その器械を設計し、その試作をいくつかやっては、新しく改良を加えていたから、たいへん忙しかったのだった。  この電子ストロボ鏡は、帆村の手によって、ついに完成させられた。そしてそれは大量生産にうつり、やがて各隊へくばられた。  この電子ストロボ鏡には、大小いろいろとあって、大きいのは天文台の望遠鏡くらいもあったし、一番小さいものは、手のひらに握ってしまえるほどであった。しかしその能力にはかわりはなく、肉眼ではとても見えないものが、はっきり見えた。  このストロボ鏡の一番大きいものは、左倉少佐のところにあった。  それを参観にきたあるえらい軍人は、ストロボ鏡を通して、天空をのぞいてみてびっくりした。それもそのはずであった。一片の雲もなき晴れた大空に、楕円形の風船みたいなものが浮かんでおり、そしてよく見ると、その風船みたいなものの中に、蟻くらいの大きさの生物が、さかんに走りまわっているのが見えた。 「見えましたか。その楕円形のものが、帆村荘六の名づけた『魔の空間』です。それから中にうごめいているのは、ミミ族であります」 「ほんとうに本物が見えているのかね。この望遠鏡みたいなものの中に、なにか仕掛があって、絵でも書いてあるのではないか」  と、そのえらい軍人は、半分はじょうだんにまぎらわして、不審な顔をした。 「いや、絵がはりつけてあるわけではありません。絵でないしょうこには、ミミ族はしきりに活動しておりましょう」 「ふむ、なるほど、これは絵ではない。ふしぎだなあ。普通の望遠鏡では見えないものが、これで見るとちゃんと見えるのはどういうわけか」 「はあ。それはミミ族や楕円体は、たいへんはげしい震動をしているので、肉眼では見えません。しかしこの電子ストロボ鏡では、相手の震動がとまるところばかりを続けて見る仕掛になっているから、ちゃんと見えるのです。その原理は、ちょうどフイルム式の映画を映写幕にうつすときと似ています。いずれあとから、発明者の帆村荘六がくわしく御説明するでしょう」  帆村荘六の発明した、この電子ストロボ鏡は、ミミ族にとっておそるべき器械だった。  もはやミミ族は、この器械の前には姿をかくすことができなくなったのである。  こうしてミミ族は、帆村の発明のために、急に形勢不利となった。
世界中の人間は、なにの来襲に色を失う者が多かったか。
世界中の人間は、はじめて耳にする怪魔ミミ族の来襲に色を失う者が多かった。
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国語
いつの間にか、地球をうかがっていた、不逞の宇宙魔ミミ族のことは、放送電波にのって全世界へひびきわたった。そして世界中の人間は、はじめて耳にする怪魔ミミ族の来襲に色を失う者が多かった。 「もうだめだ。ミミ族というやつは、地球人類より何級も高等な生物なんだから、戦えばわれら人類が負けるにきまっているよ。こうとしったら、穴倉でもこしらえて、食料品をうんとたくわえておくんだった」 「どこか逃げだすところはないかなあ、噴射艇にのって、ミミ族のおいかけてこない星へ移住する手はないだろうか」  などと、あいかわらず弱音をはく人間が、いわゆる文化国民の間に少くなかった。  そうかと思うと、てんでミミ族を甘く見ているのんきな連中もいた。 「ミミ族だって、地球人類をすぐ殺すつもりでやってきたわけじゃあるまい。なにか物資をとりかえっこしたいというんだろう。そんならこっちもミミ族のほしい物をだしてやって、交易をやったらいいじゃないか。喧嘩腰はよして、まずミミ族の招待会を開いて、酒でものませてやったらどうだ」 「そうだ、そうだ。ミミ族だって、地球人類だって同じ生物だ。話せばわかるにちがいない。ひとつ訪問団をこしらえて、ミミ族の代表者を迎えにいってはどうか」 「それがいいなあ。とりあえず僕は、ミミ族におくる土産物を用意するよ」  こんな連中も、多くではないが、のさばりでた。だが、こののんきな連中は、まもなく大きな失望に見舞われた。  それはミミ族の一隊が突然カナダのある町にあらわれて、その町を、住民ごとすっかり天空へさらっていってしまったという、驚くべき事件が起ったからであった。  もちろん警察飛行隊はすぐ出動して、嵐にまう紙屑のように、天空に吸いあげられていく町の人々や、木や、家や、牛や、馬や、犬などのあとをおいかけた。しかし一時間ばかりすると、どの飛行機ももどってきた。  彼らの報告は、きまって同じだった。あの奇妙な竜巻をおいかけていったが、そのうちどこへ消えたか、彼らの姿が全然見えなくなったそうである。そして晴れわたった青い空に、太陽だけがかがやいていたという。  こんな騒動が、世界のあちらこちらで起り、それはあとからあとへ世界中へ放送され、人々の恐怖は日とともにつのっていった。  ふしぎなことに、そういう事件が相ついで起っても、ミミ族は一ども姿を見せなかった。ミミ族の方では、よほど注意して、人類の目にふれることをさけたのである。  しかし、そうとは知らない騒動の町の学者たちは、帆村の報告した「ミミ族会見記」をうたがいだし、相ついで起る騒動も、じつは天災であって、ミミ族などという、宇宙生物のせいではないと力説する者さえでてくるしまつだった。  これに対して帆村荘六は、すぐには弁明しなかった。それというのが、彼はわが地球人類の目をくらますミミ族の裏をかいて、ミミ族の行動がはっきり見える器械――それを帆村は「電子ストロボ鏡」と名づけたが、その器械を設計し、その試作をいくつかやっては、新しく改良を加えていたから、たいへん忙しかったのだった。  この電子ストロボ鏡は、帆村の手によって、ついに完成させられた。そしてそれは大量生産にうつり、やがて各隊へくばられた。  この電子ストロボ鏡には、大小いろいろとあって、大きいのは天文台の望遠鏡くらいもあったし、一番小さいものは、手のひらに握ってしまえるほどであった。しかしその能力にはかわりはなく、肉眼ではとても見えないものが、はっきり見えた。  このストロボ鏡の一番大きいものは、左倉少佐のところにあった。  それを参観にきたあるえらい軍人は、ストロボ鏡を通して、天空をのぞいてみてびっくりした。それもそのはずであった。一片の雲もなき晴れた大空に、楕円形の風船みたいなものが浮かんでおり、そしてよく見ると、その風船みたいなものの中に、蟻くらいの大きさの生物が、さかんに走りまわっているのが見えた。 「見えましたか。その楕円形のものが、帆村荘六の名づけた『魔の空間』です。それから中にうごめいているのは、ミミ族であります」 「ほんとうに本物が見えているのかね。この望遠鏡みたいなものの中に、なにか仕掛があって、絵でも書いてあるのではないか」  と、そのえらい軍人は、半分はじょうだんにまぎらわして、不審な顔をした。 「いや、絵がはりつけてあるわけではありません。絵でないしょうこには、ミミ族はしきりに活動しておりましょう」 「ふむ、なるほど、これは絵ではない。ふしぎだなあ。普通の望遠鏡では見えないものが、これで見るとちゃんと見えるのはどういうわけか」 「はあ。それはミミ族や楕円体は、たいへんはげしい震動をしているので、肉眼では見えません。しかしこの電子ストロボ鏡では、相手の震動がとまるところばかりを続けて見る仕掛になっているから、ちゃんと見えるのです。その原理は、ちょうどフイルム式の映画を映写幕にうつすときと似ています。いずれあとから、発明者の帆村荘六がくわしく御説明するでしょう」  帆村荘六の発明した、この電子ストロボ鏡は、ミミ族にとっておそるべき器械だった。  もはやミミ族は、この器械の前には姿をかくすことができなくなったのである。  こうしてミミ族は、帆村の発明のために、急に形勢不利となった。
帆村の手によって、なにが完成させられたか。
電子ストロボ鏡は、帆村の手によって、ついに完成させられた。
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いつの間にか、地球をうかがっていた、不逞の宇宙魔ミミ族のことは、放送電波にのって全世界へひびきわたった。そして世界中の人間は、はじめて耳にする怪魔ミミ族の来襲に色を失う者が多かった。 「もうだめだ。ミミ族というやつは、地球人類より何級も高等な生物なんだから、戦えばわれら人類が負けるにきまっているよ。こうとしったら、穴倉でもこしらえて、食料品をうんとたくわえておくんだった」 「どこか逃げだすところはないかなあ、噴射艇にのって、ミミ族のおいかけてこない星へ移住する手はないだろうか」  などと、あいかわらず弱音をはく人間が、いわゆる文化国民の間に少くなかった。  そうかと思うと、てんでミミ族を甘く見ているのんきな連中もいた。 「ミミ族だって、地球人類をすぐ殺すつもりでやってきたわけじゃあるまい。なにか物資をとりかえっこしたいというんだろう。そんならこっちもミミ族のほしい物をだしてやって、交易をやったらいいじゃないか。喧嘩腰はよして、まずミミ族の招待会を開いて、酒でものませてやったらどうだ」 「そうだ、そうだ。ミミ族だって、地球人類だって同じ生物だ。話せばわかるにちがいない。ひとつ訪問団をこしらえて、ミミ族の代表者を迎えにいってはどうか」 「それがいいなあ。とりあえず僕は、ミミ族におくる土産物を用意するよ」  こんな連中も、多くではないが、のさばりでた。だが、こののんきな連中は、まもなく大きな失望に見舞われた。  それはミミ族の一隊が突然カナダのある町にあらわれて、その町を、住民ごとすっかり天空へさらっていってしまったという、驚くべき事件が起ったからであった。  もちろん警察飛行隊はすぐ出動して、嵐にまう紙屑のように、天空に吸いあげられていく町の人々や、木や、家や、牛や、馬や、犬などのあとをおいかけた。しかし一時間ばかりすると、どの飛行機ももどってきた。  彼らの報告は、きまって同じだった。あの奇妙な竜巻をおいかけていったが、そのうちどこへ消えたか、彼らの姿が全然見えなくなったそうである。そして晴れわたった青い空に、太陽だけがかがやいていたという。  こんな騒動が、世界のあちらこちらで起り、それはあとからあとへ世界中へ放送され、人々の恐怖は日とともにつのっていった。  ふしぎなことに、そういう事件が相ついで起っても、ミミ族は一ども姿を見せなかった。ミミ族の方では、よほど注意して、人類の目にふれることをさけたのである。  しかし、そうとは知らない騒動の町の学者たちは、帆村の報告した「ミミ族会見記」をうたがいだし、相ついで起る騒動も、じつは天災であって、ミミ族などという、宇宙生物のせいではないと力説する者さえでてくるしまつだった。  これに対して帆村荘六は、すぐには弁明しなかった。それというのが、彼はわが地球人類の目をくらますミミ族の裏をかいて、ミミ族の行動がはっきり見える器械――それを帆村は「電子ストロボ鏡」と名づけたが、その器械を設計し、その試作をいくつかやっては、新しく改良を加えていたから、たいへん忙しかったのだった。  この電子ストロボ鏡は、帆村の手によって、ついに完成させられた。そしてそれは大量生産にうつり、やがて各隊へくばられた。  この電子ストロボ鏡には、大小いろいろとあって、大きいのは天文台の望遠鏡くらいもあったし、一番小さいものは、手のひらに握ってしまえるほどであった。しかしその能力にはかわりはなく、肉眼ではとても見えないものが、はっきり見えた。  このストロボ鏡の一番大きいものは、左倉少佐のところにあった。  それを参観にきたあるえらい軍人は、ストロボ鏡を通して、天空をのぞいてみてびっくりした。それもそのはずであった。一片の雲もなき晴れた大空に、楕円形の風船みたいなものが浮かんでおり、そしてよく見ると、その風船みたいなものの中に、蟻くらいの大きさの生物が、さかんに走りまわっているのが見えた。 「見えましたか。その楕円形のものが、帆村荘六の名づけた『魔の空間』です。それから中にうごめいているのは、ミミ族であります」 「ほんとうに本物が見えているのかね。この望遠鏡みたいなものの中に、なにか仕掛があって、絵でも書いてあるのではないか」  と、そのえらい軍人は、半分はじょうだんにまぎらわして、不審な顔をした。 「いや、絵がはりつけてあるわけではありません。絵でないしょうこには、ミミ族はしきりに活動しておりましょう」 「ふむ、なるほど、これは絵ではない。ふしぎだなあ。普通の望遠鏡では見えないものが、これで見るとちゃんと見えるのはどういうわけか」 「はあ。それはミミ族や楕円体は、たいへんはげしい震動をしているので、肉眼では見えません。しかしこの電子ストロボ鏡では、相手の震動がとまるところばかりを続けて見る仕掛になっているから、ちゃんと見えるのです。その原理は、ちょうどフイルム式の映画を映写幕にうつすときと似ています。いずれあとから、発明者の帆村荘六がくわしく御説明するでしょう」  帆村荘六の発明した、この電子ストロボ鏡は、ミミ族にとっておそるべき器械だった。  もはやミミ族は、この器械の前には姿をかくすことができなくなったのである。  こうしてミミ族は、帆村の発明のために、急に形勢不利となった。
のんきな連中は、なぜ大きな失望に見舞われたか。
ミミ族の一隊が突然カナダのある町にあらわれて、その町を、住民ごとすっかり天空へさらっていってしまったという、驚くべき事件が起ったからであった。
JCRRAG_010685
国語
いつの間にか、地球をうかがっていた、不逞の宇宙魔ミミ族のことは、放送電波にのって全世界へひびきわたった。そして世界中の人間は、はじめて耳にする怪魔ミミ族の来襲に色を失う者が多かった。 「もうだめだ。ミミ族というやつは、地球人類より何級も高等な生物なんだから、戦えばわれら人類が負けるにきまっているよ。こうとしったら、穴倉でもこしらえて、食料品をうんとたくわえておくんだった」 「どこか逃げだすところはないかなあ、噴射艇にのって、ミミ族のおいかけてこない星へ移住する手はないだろうか」  などと、あいかわらず弱音をはく人間が、いわゆる文化国民の間に少くなかった。  そうかと思うと、てんでミミ族を甘く見ているのんきな連中もいた。 「ミミ族だって、地球人類をすぐ殺すつもりでやってきたわけじゃあるまい。なにか物資をとりかえっこしたいというんだろう。そんならこっちもミミ族のほしい物をだしてやって、交易をやったらいいじゃないか。喧嘩腰はよして、まずミミ族の招待会を開いて、酒でものませてやったらどうだ」 「そうだ、そうだ。ミミ族だって、地球人類だって同じ生物だ。話せばわかるにちがいない。ひとつ訪問団をこしらえて、ミミ族の代表者を迎えにいってはどうか」 「それがいいなあ。とりあえず僕は、ミミ族におくる土産物を用意するよ」  こんな連中も、多くではないが、のさばりでた。だが、こののんきな連中は、まもなく大きな失望に見舞われた。  それはミミ族の一隊が突然カナダのある町にあらわれて、その町を、住民ごとすっかり天空へさらっていってしまったという、驚くべき事件が起ったからであった。  もちろん警察飛行隊はすぐ出動して、嵐にまう紙屑のように、天空に吸いあげられていく町の人々や、木や、家や、牛や、馬や、犬などのあとをおいかけた。しかし一時間ばかりすると、どの飛行機ももどってきた。  彼らの報告は、きまって同じだった。あの奇妙な竜巻をおいかけていったが、そのうちどこへ消えたか、彼らの姿が全然見えなくなったそうである。そして晴れわたった青い空に、太陽だけがかがやいていたという。  こんな騒動が、世界のあちらこちらで起り、それはあとからあとへ世界中へ放送され、人々の恐怖は日とともにつのっていった。  ふしぎなことに、そういう事件が相ついで起っても、ミミ族は一ども姿を見せなかった。ミミ族の方では、よほど注意して、人類の目にふれることをさけたのである。  しかし、そうとは知らない騒動の町の学者たちは、帆村の報告した「ミミ族会見記」をうたがいだし、相ついで起る騒動も、じつは天災であって、ミミ族などという、宇宙生物のせいではないと力説する者さえでてくるしまつだった。  これに対して帆村荘六は、すぐには弁明しなかった。それというのが、彼はわが地球人類の目をくらますミミ族の裏をかいて、ミミ族の行動がはっきり見える器械――それを帆村は「電子ストロボ鏡」と名づけたが、その器械を設計し、その試作をいくつかやっては、新しく改良を加えていたから、たいへん忙しかったのだった。  この電子ストロボ鏡は、帆村の手によって、ついに完成させられた。そしてそれは大量生産にうつり、やがて各隊へくばられた。  この電子ストロボ鏡には、大小いろいろとあって、大きいのは天文台の望遠鏡くらいもあったし、一番小さいものは、手のひらに握ってしまえるほどであった。しかしその能力にはかわりはなく、肉眼ではとても見えないものが、はっきり見えた。  このストロボ鏡の一番大きいものは、左倉少佐のところにあった。  それを参観にきたあるえらい軍人は、ストロボ鏡を通して、天空をのぞいてみてびっくりした。それもそのはずであった。一片の雲もなき晴れた大空に、楕円形の風船みたいなものが浮かんでおり、そしてよく見ると、その風船みたいなものの中に、蟻くらいの大きさの生物が、さかんに走りまわっているのが見えた。 「見えましたか。その楕円形のものが、帆村荘六の名づけた『魔の空間』です。それから中にうごめいているのは、ミミ族であります」 「ほんとうに本物が見えているのかね。この望遠鏡みたいなものの中に、なにか仕掛があって、絵でも書いてあるのではないか」  と、そのえらい軍人は、半分はじょうだんにまぎらわして、不審な顔をした。 「いや、絵がはりつけてあるわけではありません。絵でないしょうこには、ミミ族はしきりに活動しておりましょう」 「ふむ、なるほど、これは絵ではない。ふしぎだなあ。普通の望遠鏡では見えないものが、これで見るとちゃんと見えるのはどういうわけか」 「はあ。それはミミ族や楕円体は、たいへんはげしい震動をしているので、肉眼では見えません。しかしこの電子ストロボ鏡では、相手の震動がとまるところばかりを続けて見る仕掛になっているから、ちゃんと見えるのです。その原理は、ちょうどフイルム式の映画を映写幕にうつすときと似ています。いずれあとから、発明者の帆村荘六がくわしく御説明するでしょう」  帆村荘六の発明した、この電子ストロボ鏡は、ミミ族にとっておそるべき器械だった。  もはやミミ族は、この器械の前には姿をかくすことができなくなったのである。  こうしてミミ族は、帆村の発明のために、急に形勢不利となった。
ストロボ鏡の一番大きいものは、だれのところにあったか。
ストロボ鏡の一番大きいものは、左倉少佐のところにあった。
JCRRAG_010686
国語
いつの間にか、地球をうかがっていた、不逞の宇宙魔ミミ族のことは、放送電波にのって全世界へひびきわたった。そして世界中の人間は、はじめて耳にする怪魔ミミ族の来襲に色を失う者が多かった。 「もうだめだ。ミミ族というやつは、地球人類より何級も高等な生物なんだから、戦えばわれら人類が負けるにきまっているよ。こうとしったら、穴倉でもこしらえて、食料品をうんとたくわえておくんだった」 「どこか逃げだすところはないかなあ、噴射艇にのって、ミミ族のおいかけてこない星へ移住する手はないだろうか」  などと、あいかわらず弱音をはく人間が、いわゆる文化国民の間に少くなかった。  そうかと思うと、てんでミミ族を甘く見ているのんきな連中もいた。 「ミミ族だって、地球人類をすぐ殺すつもりでやってきたわけじゃあるまい。なにか物資をとりかえっこしたいというんだろう。そんならこっちもミミ族のほしい物をだしてやって、交易をやったらいいじゃないか。喧嘩腰はよして、まずミミ族の招待会を開いて、酒でものませてやったらどうだ」 「そうだ、そうだ。ミミ族だって、地球人類だって同じ生物だ。話せばわかるにちがいない。ひとつ訪問団をこしらえて、ミミ族の代表者を迎えにいってはどうか」 「それがいいなあ。とりあえず僕は、ミミ族におくる土産物を用意するよ」  こんな連中も、多くではないが、のさばりでた。だが、こののんきな連中は、まもなく大きな失望に見舞われた。  それはミミ族の一隊が突然カナダのある町にあらわれて、その町を、住民ごとすっかり天空へさらっていってしまったという、驚くべき事件が起ったからであった。  もちろん警察飛行隊はすぐ出動して、嵐にまう紙屑のように、天空に吸いあげられていく町の人々や、木や、家や、牛や、馬や、犬などのあとをおいかけた。しかし一時間ばかりすると、どの飛行機ももどってきた。  彼らの報告は、きまって同じだった。あの奇妙な竜巻をおいかけていったが、そのうちどこへ消えたか、彼らの姿が全然見えなくなったそうである。そして晴れわたった青い空に、太陽だけがかがやいていたという。  こんな騒動が、世界のあちらこちらで起り、それはあとからあとへ世界中へ放送され、人々の恐怖は日とともにつのっていった。  ふしぎなことに、そういう事件が相ついで起っても、ミミ族は一ども姿を見せなかった。ミミ族の方では、よほど注意して、人類の目にふれることをさけたのである。  しかし、そうとは知らない騒動の町の学者たちは、帆村の報告した「ミミ族会見記」をうたがいだし、相ついで起る騒動も、じつは天災であって、ミミ族などという、宇宙生物のせいではないと力説する者さえでてくるしまつだった。  これに対して帆村荘六は、すぐには弁明しなかった。それというのが、彼はわが地球人類の目をくらますミミ族の裏をかいて、ミミ族の行動がはっきり見える器械――それを帆村は「電子ストロボ鏡」と名づけたが、その器械を設計し、その試作をいくつかやっては、新しく改良を加えていたから、たいへん忙しかったのだった。  この電子ストロボ鏡は、帆村の手によって、ついに完成させられた。そしてそれは大量生産にうつり、やがて各隊へくばられた。  この電子ストロボ鏡には、大小いろいろとあって、大きいのは天文台の望遠鏡くらいもあったし、一番小さいものは、手のひらに握ってしまえるほどであった。しかしその能力にはかわりはなく、肉眼ではとても見えないものが、はっきり見えた。  このストロボ鏡の一番大きいものは、左倉少佐のところにあった。  それを参観にきたあるえらい軍人は、ストロボ鏡を通して、天空をのぞいてみてびっくりした。それもそのはずであった。一片の雲もなき晴れた大空に、楕円形の風船みたいなものが浮かんでおり、そしてよく見ると、その風船みたいなものの中に、蟻くらいの大きさの生物が、さかんに走りまわっているのが見えた。 「見えましたか。その楕円形のものが、帆村荘六の名づけた『魔の空間』です。それから中にうごめいているのは、ミミ族であります」 「ほんとうに本物が見えているのかね。この望遠鏡みたいなものの中に、なにか仕掛があって、絵でも書いてあるのではないか」  と、そのえらい軍人は、半分はじょうだんにまぎらわして、不審な顔をした。 「いや、絵がはりつけてあるわけではありません。絵でないしょうこには、ミミ族はしきりに活動しておりましょう」 「ふむ、なるほど、これは絵ではない。ふしぎだなあ。普通の望遠鏡では見えないものが、これで見るとちゃんと見えるのはどういうわけか」 「はあ。それはミミ族や楕円体は、たいへんはげしい震動をしているので、肉眼では見えません。しかしこの電子ストロボ鏡では、相手の震動がとまるところばかりを続けて見る仕掛になっているから、ちゃんと見えるのです。その原理は、ちょうどフイルム式の映画を映写幕にうつすときと似ています。いずれあとから、発明者の帆村荘六がくわしく御説明するでしょう」  帆村荘六の発明した、この電子ストロボ鏡は、ミミ族にとっておそるべき器械だった。  もはやミミ族は、この器械の前には姿をかくすことができなくなったのである。  こうしてミミ族は、帆村の発明のために、急に形勢不利となった。
帆村荘六の発明した、この電子ストロボ鏡は、ミミ族にとってどのような器械だったか。
帆村荘六の発明した、この電子ストロボ鏡は、ミミ族にとっておそるべき器械だった。
JCRRAG_010687
国語
帆村荘六の発明した電子ストロボ鏡によって、今まで地球人類の目には見えなかったミミ族や、「魔の空間」がよく見えるようになって、人類はたいへん力を加えた。  だが、この電子ストロボ鏡の発明だけで、人類はミミ族を征服できるわけではなかった。帆村の発明は、敵の姿が見えるようになったというだけのことにすぎない。ミミ族を攻撃するには、もっとミミ族という怪生物を調べ、そしてミミ族が、どんな力に弱いかを知らなければならない。  帆村荘六が、山岸中尉の隊からはなれ、新しく作られたミミ族研究所長に就任したのは、この際まことに結構なことであった。  帆村は、山岸少年を連れていった。そのほかに、頭脳明晰な科学者を十数名集めて、このミミ族研究所は、いそがしく発足したのであった。  班長左倉少佐は、帆村にぜひ一日も早く、ミミ族の正体と弱点とを探しだしてくれるようにと頼んだ。左倉少佐は、山岸中尉から「魔の空間」脱出当時のすべての話を聞いて、今は帆村をぜったい信用しているのだった。そして帆村の研究のため、あらゆる便宜をはかる決心だった。  帆村は事実たいへん便宜をえた。海軍航空隊を出動させることなんか、全くすぐやってくれるし、宇宙線を通さない丈夫な箱――それはミミ族の檻に使うつもりだった――を作るのに、なかなか手まどると聞けば、隊の資材や労力を貸してくれるという風で、帆村のやりたいことや、欲しいものは、思いどおりにかなった。  そのために、帆村はいよいよミミ族と正面からぶつかる用意を、わずかあれから三箇月後に完了したのだった。帆村はそのことを報告するために、一日左倉少佐を訪ねたのであった。左倉少佐はたいへん喜んで、すぐ別室から山岸中尉を呼びよせ、二人で帆村の報告を聞くことにした。 「おかげさまで用意はととのいましたから、いよいよ明日から、ミミ族狩りをはじめます。また御支援を願わねばなりません」  帆村はミミ族狩りの決行を報告した。 「そうか。いよいよやるか。しかし相手は、人間ばなれのした恐しい奴だから、じゅうぶん気をつけるように……」  班長は注意を与えた。 「はい。じゅうぶん注意します」 「で、どういう風に、ミミ族狩りをするのか」 「は。ミミ族は、こちらに電子ストロボ鏡のあることを知らないらしく、好きなときに、空から地上へ「魔の空間」を近づけてきます。私はそのうちに、どこか内地の手ごろなところへ下りてくるやつを、攻撃してみるつもりです」 「そうか。で、攻撃兵器は……」 「いま、二種だけ用意してあります。一つは怪力線砲です。これはごぞんじのとおり、短い電磁波を使ったもの。もう一つは音響砲です」 「音響砲、それは初耳だなあ」  左倉少佐は、山岸中尉と顔を見あわせる。 「班長、その音響砲は、帆村君の最近の発明兵器です。なかなか有効です」  山岸中尉がにこにこして言った。 「私の発明したものには違いありませんが、大したものではありません。要するに特別の音響が、ホースから水がとびだすように、一本になって相手にかかるのです。この音響は、多くは人類の耳には聞えない超音波です。これを『魔の空間』にあびせると、『魔の空間』を震動させている機関に異状がおこり、そして『魔の空間』は墜落するのではないかと思うのです」 「なるほど、それは面白い考えだ」 「とにかく私の、いま持っている狙いは、『魔の空間』を撃墜するためには、『魔の空間』の原動力になっている、強くて周波数の高い震動を、なんとかして邪魔して停止させることと、もう一つは、ミミ族の生活力は宇宙線であるから、ミミ族を捕らえて、宇宙線の供給をだんだん少くしてゆくと、ミミ族はおとなしくなるだろうということと、この二つです。いかがですか」  帆村は、二人の顔を見くらべる。 「ミミ族のことは君にまかせるよ。われわれは戦闘を引き受ける。なあ、帆村君」  少佐はそういって微笑した。 「班長の信頼は大きい。帆村君、しっかり頼むよ」 「山岸中尉。少しは私の考えを批評してください」 「われわれには、よくわからないのだ。正直に言えばね。が、とにかく面白い狙いだと思う。それでやり抜くことにしたがいいなあ」 「そういってくだされば、大いにはげみがつきます」  帆村は、はじめて笑顔になった。  話はそれからいろいろとのびていったが、左倉少佐からも、帆村へ報告すべきことがあった。それは、いまも「魔の空間」にとどまっていると思われる、彗星一号艇の望月大尉たちにたいして、地上から、連日しきりに連絡をとっているが、まだ一度も連絡に成功しないこと、しかしミミ族は、こっちからの無電を聞いているらしく、時々奇妙な音響を聞かせること、それからもう一つの報告は、近くこの臨時研究班は解散し、それにかわって第一宇宙戦隊が編成せられ、左倉少佐が、その司令に就任することが内定しているというのであった。 「ほう、第一宇宙戦隊。いよいよ宇宙戦隊が誕生するのですね。それは結構なことだ。もちろんこれはミミ族と闘うためでしょうね」 「相手はミミ族だけではない。どんな相手であろうと、わが宇宙にけしからん野望をとげようとする者あらば、わが第一宇宙戦隊は容赦しないのだ」  左倉少佐は決然と言いはなった。
帆村荘六の発明した電子ストロボ鏡によって、人類がたいへん力を加えたのはなぜか。
帆村荘六の発明した電子ストロボ鏡によって、今まで地球人類の目には見えなかったミミ族や、「魔の空間」がよく見えるようになって、人類はたいへん力を加えた。
JCRRAG_010688
国語
帆村荘六の発明した電子ストロボ鏡によって、今まで地球人類の目には見えなかったミミ族や、「魔の空間」がよく見えるようになって、人類はたいへん力を加えた。  だが、この電子ストロボ鏡の発明だけで、人類はミミ族を征服できるわけではなかった。帆村の発明は、敵の姿が見えるようになったというだけのことにすぎない。ミミ族を攻撃するには、もっとミミ族という怪生物を調べ、そしてミミ族が、どんな力に弱いかを知らなければならない。  帆村荘六が、山岸中尉の隊からはなれ、新しく作られたミミ族研究所長に就任したのは、この際まことに結構なことであった。  帆村は、山岸少年を連れていった。そのほかに、頭脳明晰な科学者を十数名集めて、このミミ族研究所は、いそがしく発足したのであった。  班長左倉少佐は、帆村にぜひ一日も早く、ミミ族の正体と弱点とを探しだしてくれるようにと頼んだ。左倉少佐は、山岸中尉から「魔の空間」脱出当時のすべての話を聞いて、今は帆村をぜったい信用しているのだった。そして帆村の研究のため、あらゆる便宜をはかる決心だった。  帆村は事実たいへん便宜をえた。海軍航空隊を出動させることなんか、全くすぐやってくれるし、宇宙線を通さない丈夫な箱――それはミミ族の檻に使うつもりだった――を作るのに、なかなか手まどると聞けば、隊の資材や労力を貸してくれるという風で、帆村のやりたいことや、欲しいものは、思いどおりにかなった。  そのために、帆村はいよいよミミ族と正面からぶつかる用意を、わずかあれから三箇月後に完了したのだった。帆村はそのことを報告するために、一日左倉少佐を訪ねたのであった。左倉少佐はたいへん喜んで、すぐ別室から山岸中尉を呼びよせ、二人で帆村の報告を聞くことにした。 「おかげさまで用意はととのいましたから、いよいよ明日から、ミミ族狩りをはじめます。また御支援を願わねばなりません」  帆村はミミ族狩りの決行を報告した。 「そうか。いよいよやるか。しかし相手は、人間ばなれのした恐しい奴だから、じゅうぶん気をつけるように……」  班長は注意を与えた。 「はい。じゅうぶん注意します」 「で、どういう風に、ミミ族狩りをするのか」 「は。ミミ族は、こちらに電子ストロボ鏡のあることを知らないらしく、好きなときに、空から地上へ「魔の空間」を近づけてきます。私はそのうちに、どこか内地の手ごろなところへ下りてくるやつを、攻撃してみるつもりです」 「そうか。で、攻撃兵器は……」 「いま、二種だけ用意してあります。一つは怪力線砲です。これはごぞんじのとおり、短い電磁波を使ったもの。もう一つは音響砲です」 「音響砲、それは初耳だなあ」  左倉少佐は、山岸中尉と顔を見あわせる。 「班長、その音響砲は、帆村君の最近の発明兵器です。なかなか有効です」  山岸中尉がにこにこして言った。 「私の発明したものには違いありませんが、大したものではありません。要するに特別の音響が、ホースから水がとびだすように、一本になって相手にかかるのです。この音響は、多くは人類の耳には聞えない超音波です。これを『魔の空間』にあびせると、『魔の空間』を震動させている機関に異状がおこり、そして『魔の空間』は墜落するのではないかと思うのです」 「なるほど、それは面白い考えだ」 「とにかく私の、いま持っている狙いは、『魔の空間』を撃墜するためには、『魔の空間』の原動力になっている、強くて周波数の高い震動を、なんとかして邪魔して停止させることと、もう一つは、ミミ族の生活力は宇宙線であるから、ミミ族を捕らえて、宇宙線の供給をだんだん少くしてゆくと、ミミ族はおとなしくなるだろうということと、この二つです。いかがですか」  帆村は、二人の顔を見くらべる。 「ミミ族のことは君にまかせるよ。われわれは戦闘を引き受ける。なあ、帆村君」  少佐はそういって微笑した。 「班長の信頼は大きい。帆村君、しっかり頼むよ」 「山岸中尉。少しは私の考えを批評してください」 「われわれには、よくわからないのだ。正直に言えばね。が、とにかく面白い狙いだと思う。それでやり抜くことにしたがいいなあ」 「そういってくだされば、大いにはげみがつきます」  帆村は、はじめて笑顔になった。  話はそれからいろいろとのびていったが、左倉少佐からも、帆村へ報告すべきことがあった。それは、いまも「魔の空間」にとどまっていると思われる、彗星一号艇の望月大尉たちにたいして、地上から、連日しきりに連絡をとっているが、まだ一度も連絡に成功しないこと、しかしミミ族は、こっちからの無電を聞いているらしく、時々奇妙な音響を聞かせること、それからもう一つの報告は、近くこの臨時研究班は解散し、それにかわって第一宇宙戦隊が編成せられ、左倉少佐が、その司令に就任することが内定しているというのであった。 「ほう、第一宇宙戦隊。いよいよ宇宙戦隊が誕生するのですね。それは結構なことだ。もちろんこれはミミ族と闘うためでしょうね」 「相手はミミ族だけではない。どんな相手であろうと、わが宇宙にけしからん野望をとげようとする者あらば、わが第一宇宙戦隊は容赦しないのだ」  左倉少佐は決然と言いはなった。
ミミ族を攻撃するには、なにを知らなければならないか。
ミミ族を攻撃するには、もっとミミ族という怪生物を調べ、そしてミミ族が、どんな力に弱いかを知らなければならない。
JCRRAG_010689
国語
帆村荘六の発明した電子ストロボ鏡によって、今まで地球人類の目には見えなかったミミ族や、「魔の空間」がよく見えるようになって、人類はたいへん力を加えた。  だが、この電子ストロボ鏡の発明だけで、人類はミミ族を征服できるわけではなかった。帆村の発明は、敵の姿が見えるようになったというだけのことにすぎない。ミミ族を攻撃するには、もっとミミ族という怪生物を調べ、そしてミミ族が、どんな力に弱いかを知らなければならない。  帆村荘六が、山岸中尉の隊からはなれ、新しく作られたミミ族研究所長に就任したのは、この際まことに結構なことであった。  帆村は、山岸少年を連れていった。そのほかに、頭脳明晰な科学者を十数名集めて、このミミ族研究所は、いそがしく発足したのであった。  班長左倉少佐は、帆村にぜひ一日も早く、ミミ族の正体と弱点とを探しだしてくれるようにと頼んだ。左倉少佐は、山岸中尉から「魔の空間」脱出当時のすべての話を聞いて、今は帆村をぜったい信用しているのだった。そして帆村の研究のため、あらゆる便宜をはかる決心だった。  帆村は事実たいへん便宜をえた。海軍航空隊を出動させることなんか、全くすぐやってくれるし、宇宙線を通さない丈夫な箱――それはミミ族の檻に使うつもりだった――を作るのに、なかなか手まどると聞けば、隊の資材や労力を貸してくれるという風で、帆村のやりたいことや、欲しいものは、思いどおりにかなった。  そのために、帆村はいよいよミミ族と正面からぶつかる用意を、わずかあれから三箇月後に完了したのだった。帆村はそのことを報告するために、一日左倉少佐を訪ねたのであった。左倉少佐はたいへん喜んで、すぐ別室から山岸中尉を呼びよせ、二人で帆村の報告を聞くことにした。 「おかげさまで用意はととのいましたから、いよいよ明日から、ミミ族狩りをはじめます。また御支援を願わねばなりません」  帆村はミミ族狩りの決行を報告した。 「そうか。いよいよやるか。しかし相手は、人間ばなれのした恐しい奴だから、じゅうぶん気をつけるように……」  班長は注意を与えた。 「はい。じゅうぶん注意します」 「で、どういう風に、ミミ族狩りをするのか」 「は。ミミ族は、こちらに電子ストロボ鏡のあることを知らないらしく、好きなときに、空から地上へ「魔の空間」を近づけてきます。私はそのうちに、どこか内地の手ごろなところへ下りてくるやつを、攻撃してみるつもりです」 「そうか。で、攻撃兵器は……」 「いま、二種だけ用意してあります。一つは怪力線砲です。これはごぞんじのとおり、短い電磁波を使ったもの。もう一つは音響砲です」 「音響砲、それは初耳だなあ」  左倉少佐は、山岸中尉と顔を見あわせる。 「班長、その音響砲は、帆村君の最近の発明兵器です。なかなか有効です」  山岸中尉がにこにこして言った。 「私の発明したものには違いありませんが、大したものではありません。要するに特別の音響が、ホースから水がとびだすように、一本になって相手にかかるのです。この音響は、多くは人類の耳には聞えない超音波です。これを『魔の空間』にあびせると、『魔の空間』を震動させている機関に異状がおこり、そして『魔の空間』は墜落するのではないかと思うのです」 「なるほど、それは面白い考えだ」 「とにかく私の、いま持っている狙いは、『魔の空間』を撃墜するためには、『魔の空間』の原動力になっている、強くて周波数の高い震動を、なんとかして邪魔して停止させることと、もう一つは、ミミ族の生活力は宇宙線であるから、ミミ族を捕らえて、宇宙線の供給をだんだん少くしてゆくと、ミミ族はおとなしくなるだろうということと、この二つです。いかがですか」  帆村は、二人の顔を見くらべる。 「ミミ族のことは君にまかせるよ。われわれは戦闘を引き受ける。なあ、帆村君」  少佐はそういって微笑した。 「班長の信頼は大きい。帆村君、しっかり頼むよ」 「山岸中尉。少しは私の考えを批評してください」 「われわれには、よくわからないのだ。正直に言えばね。が、とにかく面白い狙いだと思う。それでやり抜くことにしたがいいなあ」 「そういってくだされば、大いにはげみがつきます」  帆村は、はじめて笑顔になった。  話はそれからいろいろとのびていったが、左倉少佐からも、帆村へ報告すべきことがあった。それは、いまも「魔の空間」にとどまっていると思われる、彗星一号艇の望月大尉たちにたいして、地上から、連日しきりに連絡をとっているが、まだ一度も連絡に成功しないこと、しかしミミ族は、こっちからの無電を聞いているらしく、時々奇妙な音響を聞かせること、それからもう一つの報告は、近くこの臨時研究班は解散し、それにかわって第一宇宙戦隊が編成せられ、左倉少佐が、その司令に就任することが内定しているというのであった。 「ほう、第一宇宙戦隊。いよいよ宇宙戦隊が誕生するのですね。それは結構なことだ。もちろんこれはミミ族と闘うためでしょうね」 「相手はミミ族だけではない。どんな相手であろうと、わが宇宙にけしからん野望をとげようとする者あらば、わが第一宇宙戦隊は容赦しないのだ」  左倉少佐は決然と言いはなった。
班長左倉少佐は、帆村になにを頼んだか。
班長左倉少佐は、帆村にぜひ一日も早く、ミミ族の正体と弱点とを探しだしてくれるようにと頼んだ。
JCRRAG_010690
国語
帆村荘六の発明した電子ストロボ鏡によって、今まで地球人類の目には見えなかったミミ族や、「魔の空間」がよく見えるようになって、人類はたいへん力を加えた。  だが、この電子ストロボ鏡の発明だけで、人類はミミ族を征服できるわけではなかった。帆村の発明は、敵の姿が見えるようになったというだけのことにすぎない。ミミ族を攻撃するには、もっとミミ族という怪生物を調べ、そしてミミ族が、どんな力に弱いかを知らなければならない。  帆村荘六が、山岸中尉の隊からはなれ、新しく作られたミミ族研究所長に就任したのは、この際まことに結構なことであった。  帆村は、山岸少年を連れていった。そのほかに、頭脳明晰な科学者を十数名集めて、このミミ族研究所は、いそがしく発足したのであった。  班長左倉少佐は、帆村にぜひ一日も早く、ミミ族の正体と弱点とを探しだしてくれるようにと頼んだ。左倉少佐は、山岸中尉から「魔の空間」脱出当時のすべての話を聞いて、今は帆村をぜったい信用しているのだった。そして帆村の研究のため、あらゆる便宜をはかる決心だった。  帆村は事実たいへん便宜をえた。海軍航空隊を出動させることなんか、全くすぐやってくれるし、宇宙線を通さない丈夫な箱――それはミミ族の檻に使うつもりだった――を作るのに、なかなか手まどると聞けば、隊の資材や労力を貸してくれるという風で、帆村のやりたいことや、欲しいものは、思いどおりにかなった。  そのために、帆村はいよいよミミ族と正面からぶつかる用意を、わずかあれから三箇月後に完了したのだった。帆村はそのことを報告するために、一日左倉少佐を訪ねたのであった。左倉少佐はたいへん喜んで、すぐ別室から山岸中尉を呼びよせ、二人で帆村の報告を聞くことにした。 「おかげさまで用意はととのいましたから、いよいよ明日から、ミミ族狩りをはじめます。また御支援を願わねばなりません」  帆村はミミ族狩りの決行を報告した。 「そうか。いよいよやるか。しかし相手は、人間ばなれのした恐しい奴だから、じゅうぶん気をつけるように……」  班長は注意を与えた。 「はい。じゅうぶん注意します」 「で、どういう風に、ミミ族狩りをするのか」 「は。ミミ族は、こちらに電子ストロボ鏡のあることを知らないらしく、好きなときに、空から地上へ「魔の空間」を近づけてきます。私はそのうちに、どこか内地の手ごろなところへ下りてくるやつを、攻撃してみるつもりです」 「そうか。で、攻撃兵器は……」 「いま、二種だけ用意してあります。一つは怪力線砲です。これはごぞんじのとおり、短い電磁波を使ったもの。もう一つは音響砲です」 「音響砲、それは初耳だなあ」  左倉少佐は、山岸中尉と顔を見あわせる。 「班長、その音響砲は、帆村君の最近の発明兵器です。なかなか有効です」  山岸中尉がにこにこして言った。 「私の発明したものには違いありませんが、大したものではありません。要するに特別の音響が、ホースから水がとびだすように、一本になって相手にかかるのです。この音響は、多くは人類の耳には聞えない超音波です。これを『魔の空間』にあびせると、『魔の空間』を震動させている機関に異状がおこり、そして『魔の空間』は墜落するのではないかと思うのです」 「なるほど、それは面白い考えだ」 「とにかく私の、いま持っている狙いは、『魔の空間』を撃墜するためには、『魔の空間』の原動力になっている、強くて周波数の高い震動を、なんとかして邪魔して停止させることと、もう一つは、ミミ族の生活力は宇宙線であるから、ミミ族を捕らえて、宇宙線の供給をだんだん少くしてゆくと、ミミ族はおとなしくなるだろうということと、この二つです。いかがですか」  帆村は、二人の顔を見くらべる。 「ミミ族のことは君にまかせるよ。われわれは戦闘を引き受ける。なあ、帆村君」  少佐はそういって微笑した。 「班長の信頼は大きい。帆村君、しっかり頼むよ」 「山岸中尉。少しは私の考えを批評してください」 「われわれには、よくわからないのだ。正直に言えばね。が、とにかく面白い狙いだと思う。それでやり抜くことにしたがいいなあ」 「そういってくだされば、大いにはげみがつきます」  帆村は、はじめて笑顔になった。  話はそれからいろいろとのびていったが、左倉少佐からも、帆村へ報告すべきことがあった。それは、いまも「魔の空間」にとどまっていると思われる、彗星一号艇の望月大尉たちにたいして、地上から、連日しきりに連絡をとっているが、まだ一度も連絡に成功しないこと、しかしミミ族は、こっちからの無電を聞いているらしく、時々奇妙な音響を聞かせること、それからもう一つの報告は、近くこの臨時研究班は解散し、それにかわって第一宇宙戦隊が編成せられ、左倉少佐が、その司令に就任することが内定しているというのであった。 「ほう、第一宇宙戦隊。いよいよ宇宙戦隊が誕生するのですね。それは結構なことだ。もちろんこれはミミ族と闘うためでしょうね」 「相手はミミ族だけではない。どんな相手であろうと、わが宇宙にけしからん野望をとげようとする者あらば、わが第一宇宙戦隊は容赦しないのだ」  左倉少佐は決然と言いはなった。
帆村はなにの決行を報告したか。
帆村はミミ族狩りの決行を報告した。
JCRRAG_010691
国語
力強い第一宇宙戦隊の産声に、感激を新たにして、帆村荘六は、左倉少佐と山岸中尉の許を辞してもどった。こうなれば、帆村の任務もますます重大である。ぜひとも成功して、ミミ族の正体をつきとめねばならない。  その翌日から、いよいよ帆村所長の指揮で、ミミ族狩りがはじまった。  電子ストロボ鏡で、天空をのぞいていると、ちょうど天空から、そろそろと降下してくる回転楕円体の「魔の空間」を発見した。それは約十粁ばかり東へいった、山麓附近を目がけて下りてくるようだ。 「出動――」  帆村は号令をかけた。所員と警備隊員とは、軍用自動車にとび乗って、街道を全速力で東へ走らせた。  あと一粁ばかりのところで、車はとめられた。そして陣地がつくられ、車の上へ積んできた怪力線砲と、音響砲は下され、対空戦闘の用意はととのえられた。 「戦闘開始」  と、帆村は警備隊長の竜造寺兵曹長へ命令を発した。竜造寺兵曹長は、こん度は特に志願して帆村の下につき、警備隊を指揮することとなったのだ。「魔の空間」から救いだされて以来、兵曹長は深く感激し、帆村に恩をかえしたいと思いつづけていたのだ。 「怪力線砲、撃ち方はじめ」  兵曹長は、はじめ打ちあわせた順序により、まず怪力線砲から射撃をはじめた。目に見えないが、強い電磁波は、一直線にのびていって、天空をわが物顔に下りてくる「魔の空間」を突きさした。 「所長。怪力線は『魔の空間』に命中」  と、兵曹長は叫ぶ。  帆村はもちろん、電子ストロボ鏡でそれを見まもっていた。 「怪力線、射撃をつづけよ」  と、帆村は命令して、「魔の空間」にどんな変化がおこるかと、目を皿のようにして見つめていた。が、三十秒、一分、一分三十秒とたっても、「魔の空間」は、なんの変化も示さず、あいかわらずゆっくりと下降をつづけているではないか。 (だめだ。怪力線砲は効果なしだ)  帆村はそう思った。 「隊長、音響砲で砲撃を……」  そういって、帆村は竜造寺兵曹長に命令した。 「音響砲、撃ち方はじめ」  砲撃はすぐはじまったが、光も見えなければ、音もしない。音響はだすが、超音波のことだから、人間の耳には音と感じないのだ。だが、音響砲は頼もしくも、手ごたえがあった。 「あっ、『魔の空間』が落下の速度を早めたぞ。機関が故障になったのだ。ああ、墜ちる墜ちる。あそこへ急げ」  帆村は、狙った「魔の空間」が、音響砲の砲撃のため、故障になって墜落するのを見定めると、全員を急がせて、その落下の場所へ移動を命じた。あと僅か一粁ばかりの距離であった。  竜造寺隊長の指揮もあざやかに、全員は現場に車を乗り入れると、まだ地上まで墜ちきらない「魔の空間」を中心に、まわりをぐるっと取りまいて、陣地をつくった。  附近の村の人々は、大さわぎをしている。 「なんだね、あれは……。でっけえ風船みたいじゃが、あんなでけえやつは見たことがねえだ」 「いやな色しとるな。殿様蛙の背中みたいじゃ。やれまあ、気持のわるい」 「これこれ、早く待避せんかちゅうのに。あれが地面にあたって大爆発すると、村の家が皆ふっ飛んでしまうちゅうぞや」 「えっ、それはたいへんじゃ……」  村人たちは、こわさはこわし、気になるので見てはいたしで、待避壕をはいったりでたりの、混雑をくりかえしている。  目に見える「魔の空間」だ。それははじめてのことだった。濃緑色と暗褐色のだんだらに塗られた、西瓜のお化けのような「魔の空間」だった。 「帆村所長。あの『魔の空間』は、なぜよく見えるのですか」  と、山岸少年が帆村の腕をひっぱった。 「ああ、そのことか。そのわけは、『魔の空間』の機関が、音響砲にやっつけられて、故障になったのだ。そうなると、『魔の空間』のはげしい震動がぴたりととまってしまったんだ。震動がとまれば、当然われわれ人類の目に見えるわけだ。『魔の空間』にしろ、ミミ族にしろ、震動していればこそ、われわれの目に見えないのだ。だから理窟はわかるだろう」  帆村は説明してやった。 「すると、この前鉱山で解剖されかけた、ミミ族が、急に空中へとびあがり、姿が見えなくなったのは、そのときやっぱり震動を起したからですか」 「そうだ。解剖の前までは、あの緑鬼は仮死状態になっていたのさ。そのうちに、地上を飛んでいる宇宙線を吸って体力を回復し、空中へとび上ったのだ、そして身体の震動が一定のはげしい震動数に達したとき、われわれの目にはもう見えなくなったのだ」 「ふしぎな生物ですね、ミミ族は……」 「いや、今わかっているのは、彼らのほんの一部がわかっているだけにすぎない。ほんとうの正体は、これから探しあてるのだ。……ほら、いよいよ『魔の空間』が地面に激突するぞ」  ものすごい光景が、起るだろうと予想していた者は、あてがはずれた。「魔の空間」は、すこしばかり土煙をあげ、二三度弾んだだけで、あとは丸パンを置いたように、ふくらんだ上部はそのままにして、地上へべったりと腰を下した。その大きさは、二階建の国民学校一棟が楽にはいるほどであった。だから、なかなか大きいものだった。 「隊長、攻撃だ。音響砲で攻めてみてください」  帆村が竜造寺隊長に言った。  警備隊員は、長い双眼鏡に引金をつけたような、奇妙な形の音響砲を手にとって、墜落した「魔の空間」に近づいていった。 「困ったなあ、中が見えない。帆村所長、なんとか処置がないですか」  竜造寺隊長が困った顔でふりかえる。 「うまくゆくかどうかわからないが、サイクロ銃で切ってみよう」  帆村は所員に持たせてあった、サイクロ銃をとりあげ、台尻を肩におしあてた。これは中性子を利用したすごい透過力のある銃である。あまり遠くまではきかないが、二百米以内なら、岩でも鋼板でもすぱりと切ってしまう力がある。そして近ければ近いほど、その透過力は一点に集中できる便宜があった。  帆村は大胆にも、そのサイクロ銃をいつでも発射できるように身構えて、ずんずん「魔の空間」に近づいた。 「所長、あぶない。一人では危険だ」  と、隊長が注意して、隊員とともに、すぐ後から追いかけた。と、帆村はどうしたわけか、五十米手前で、銃を持ったまま、ばったり倒れてしまった。
帆村は戦闘開始の命令をだれに発したか。
帆村は警備隊長の竜造寺兵曹長へ命令を発した。
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力強い第一宇宙戦隊の産声に、感激を新たにして、帆村荘六は、左倉少佐と山岸中尉の許を辞してもどった。こうなれば、帆村の任務もますます重大である。ぜひとも成功して、ミミ族の正体をつきとめねばならない。  その翌日から、いよいよ帆村所長の指揮で、ミミ族狩りがはじまった。  電子ストロボ鏡で、天空をのぞいていると、ちょうど天空から、そろそろと降下してくる回転楕円体の「魔の空間」を発見した。それは約十粁ばかり東へいった、山麓附近を目がけて下りてくるようだ。 「出動――」  帆村は号令をかけた。所員と警備隊員とは、軍用自動車にとび乗って、街道を全速力で東へ走らせた。  あと一粁ばかりのところで、車はとめられた。そして陣地がつくられ、車の上へ積んできた怪力線砲と、音響砲は下され、対空戦闘の用意はととのえられた。 「戦闘開始」  と、帆村は警備隊長の竜造寺兵曹長へ命令を発した。竜造寺兵曹長は、こん度は特に志願して帆村の下につき、警備隊を指揮することとなったのだ。「魔の空間」から救いだされて以来、兵曹長は深く感激し、帆村に恩をかえしたいと思いつづけていたのだ。 「怪力線砲、撃ち方はじめ」  兵曹長は、はじめ打ちあわせた順序により、まず怪力線砲から射撃をはじめた。目に見えないが、強い電磁波は、一直線にのびていって、天空をわが物顔に下りてくる「魔の空間」を突きさした。 「所長。怪力線は『魔の空間』に命中」  と、兵曹長は叫ぶ。  帆村はもちろん、電子ストロボ鏡でそれを見まもっていた。 「怪力線、射撃をつづけよ」  と、帆村は命令して、「魔の空間」にどんな変化がおこるかと、目を皿のようにして見つめていた。が、三十秒、一分、一分三十秒とたっても、「魔の空間」は、なんの変化も示さず、あいかわらずゆっくりと下降をつづけているではないか。 (だめだ。怪力線砲は効果なしだ)  帆村はそう思った。 「隊長、音響砲で砲撃を……」  そういって、帆村は竜造寺兵曹長に命令した。 「音響砲、撃ち方はじめ」  砲撃はすぐはじまったが、光も見えなければ、音もしない。音響はだすが、超音波のことだから、人間の耳には音と感じないのだ。だが、音響砲は頼もしくも、手ごたえがあった。 「あっ、『魔の空間』が落下の速度を早めたぞ。機関が故障になったのだ。ああ、墜ちる墜ちる。あそこへ急げ」  帆村は、狙った「魔の空間」が、音響砲の砲撃のため、故障になって墜落するのを見定めると、全員を急がせて、その落下の場所へ移動を命じた。あと僅か一粁ばかりの距離であった。  竜造寺隊長の指揮もあざやかに、全員は現場に車を乗り入れると、まだ地上まで墜ちきらない「魔の空間」を中心に、まわりをぐるっと取りまいて、陣地をつくった。  附近の村の人々は、大さわぎをしている。 「なんだね、あれは……。でっけえ風船みたいじゃが、あんなでけえやつは見たことがねえだ」 「いやな色しとるな。殿様蛙の背中みたいじゃ。やれまあ、気持のわるい」 「これこれ、早く待避せんかちゅうのに。あれが地面にあたって大爆発すると、村の家が皆ふっ飛んでしまうちゅうぞや」 「えっ、それはたいへんじゃ……」  村人たちは、こわさはこわし、気になるので見てはいたしで、待避壕をはいったりでたりの、混雑をくりかえしている。  目に見える「魔の空間」だ。それははじめてのことだった。濃緑色と暗褐色のだんだらに塗られた、西瓜のお化けのような「魔の空間」だった。 「帆村所長。あの『魔の空間』は、なぜよく見えるのですか」  と、山岸少年が帆村の腕をひっぱった。 「ああ、そのことか。そのわけは、『魔の空間』の機関が、音響砲にやっつけられて、故障になったのだ。そうなると、『魔の空間』のはげしい震動がぴたりととまってしまったんだ。震動がとまれば、当然われわれ人類の目に見えるわけだ。『魔の空間』にしろ、ミミ族にしろ、震動していればこそ、われわれの目に見えないのだ。だから理窟はわかるだろう」  帆村は説明してやった。 「すると、この前鉱山で解剖されかけた、ミミ族が、急に空中へとびあがり、姿が見えなくなったのは、そのときやっぱり震動を起したからですか」 「そうだ。解剖の前までは、あの緑鬼は仮死状態になっていたのさ。そのうちに、地上を飛んでいる宇宙線を吸って体力を回復し、空中へとび上ったのだ、そして身体の震動が一定のはげしい震動数に達したとき、われわれの目にはもう見えなくなったのだ」 「ふしぎな生物ですね、ミミ族は……」 「いや、今わかっているのは、彼らのほんの一部がわかっているだけにすぎない。ほんとうの正体は、これから探しあてるのだ。……ほら、いよいよ『魔の空間』が地面に激突するぞ」  ものすごい光景が、起るだろうと予想していた者は、あてがはずれた。「魔の空間」は、すこしばかり土煙をあげ、二三度弾んだだけで、あとは丸パンを置いたように、ふくらんだ上部はそのままにして、地上へべったりと腰を下した。その大きさは、二階建の国民学校一棟が楽にはいるほどであった。だから、なかなか大きいものだった。 「隊長、攻撃だ。音響砲で攻めてみてください」  帆村が竜造寺隊長に言った。  警備隊員は、長い双眼鏡に引金をつけたような、奇妙な形の音響砲を手にとって、墜落した「魔の空間」に近づいていった。 「困ったなあ、中が見えない。帆村所長、なんとか処置がないですか」  竜造寺隊長が困った顔でふりかえる。 「うまくゆくかどうかわからないが、サイクロ銃で切ってみよう」  帆村は所員に持たせてあった、サイクロ銃をとりあげ、台尻を肩におしあてた。これは中性子を利用したすごい透過力のある銃である。あまり遠くまではきかないが、二百米以内なら、岩でも鋼板でもすぱりと切ってしまう力がある。そして近ければ近いほど、その透過力は一点に集中できる便宜があった。  帆村は大胆にも、そのサイクロ銃をいつでも発射できるように身構えて、ずんずん「魔の空間」に近づいた。 「所長、あぶない。一人では危険だ」  と、隊長が注意して、隊員とともに、すぐ後から追いかけた。と、帆村はどうしたわけか、五十米手前で、銃を持ったまま、ばったり倒れてしまった。
兵曹長は、まずなにから射撃をはじめたか。
兵曹長は、はじめ打ちあわせた順序により、まず怪力線砲から射撃をはじめた。
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力強い第一宇宙戦隊の産声に、感激を新たにして、帆村荘六は、左倉少佐と山岸中尉の許を辞してもどった。こうなれば、帆村の任務もますます重大である。ぜひとも成功して、ミミ族の正体をつきとめねばならない。  その翌日から、いよいよ帆村所長の指揮で、ミミ族狩りがはじまった。  電子ストロボ鏡で、天空をのぞいていると、ちょうど天空から、そろそろと降下してくる回転楕円体の「魔の空間」を発見した。それは約十粁ばかり東へいった、山麓附近を目がけて下りてくるようだ。 「出動――」  帆村は号令をかけた。所員と警備隊員とは、軍用自動車にとび乗って、街道を全速力で東へ走らせた。  あと一粁ばかりのところで、車はとめられた。そして陣地がつくられ、車の上へ積んできた怪力線砲と、音響砲は下され、対空戦闘の用意はととのえられた。 「戦闘開始」  と、帆村は警備隊長の竜造寺兵曹長へ命令を発した。竜造寺兵曹長は、こん度は特に志願して帆村の下につき、警備隊を指揮することとなったのだ。「魔の空間」から救いだされて以来、兵曹長は深く感激し、帆村に恩をかえしたいと思いつづけていたのだ。 「怪力線砲、撃ち方はじめ」  兵曹長は、はじめ打ちあわせた順序により、まず怪力線砲から射撃をはじめた。目に見えないが、強い電磁波は、一直線にのびていって、天空をわが物顔に下りてくる「魔の空間」を突きさした。 「所長。怪力線は『魔の空間』に命中」  と、兵曹長は叫ぶ。  帆村はもちろん、電子ストロボ鏡でそれを見まもっていた。 「怪力線、射撃をつづけよ」  と、帆村は命令して、「魔の空間」にどんな変化がおこるかと、目を皿のようにして見つめていた。が、三十秒、一分、一分三十秒とたっても、「魔の空間」は、なんの変化も示さず、あいかわらずゆっくりと下降をつづけているではないか。 (だめだ。怪力線砲は効果なしだ)  帆村はそう思った。 「隊長、音響砲で砲撃を……」  そういって、帆村は竜造寺兵曹長に命令した。 「音響砲、撃ち方はじめ」  砲撃はすぐはじまったが、光も見えなければ、音もしない。音響はだすが、超音波のことだから、人間の耳には音と感じないのだ。だが、音響砲は頼もしくも、手ごたえがあった。 「あっ、『魔の空間』が落下の速度を早めたぞ。機関が故障になったのだ。ああ、墜ちる墜ちる。あそこへ急げ」  帆村は、狙った「魔の空間」が、音響砲の砲撃のため、故障になって墜落するのを見定めると、全員を急がせて、その落下の場所へ移動を命じた。あと僅か一粁ばかりの距離であった。  竜造寺隊長の指揮もあざやかに、全員は現場に車を乗り入れると、まだ地上まで墜ちきらない「魔の空間」を中心に、まわりをぐるっと取りまいて、陣地をつくった。  附近の村の人々は、大さわぎをしている。 「なんだね、あれは……。でっけえ風船みたいじゃが、あんなでけえやつは見たことがねえだ」 「いやな色しとるな。殿様蛙の背中みたいじゃ。やれまあ、気持のわるい」 「これこれ、早く待避せんかちゅうのに。あれが地面にあたって大爆発すると、村の家が皆ふっ飛んでしまうちゅうぞや」 「えっ、それはたいへんじゃ……」  村人たちは、こわさはこわし、気になるので見てはいたしで、待避壕をはいったりでたりの、混雑をくりかえしている。  目に見える「魔の空間」だ。それははじめてのことだった。濃緑色と暗褐色のだんだらに塗られた、西瓜のお化けのような「魔の空間」だった。 「帆村所長。あの『魔の空間』は、なぜよく見えるのですか」  と、山岸少年が帆村の腕をひっぱった。 「ああ、そのことか。そのわけは、『魔の空間』の機関が、音響砲にやっつけられて、故障になったのだ。そうなると、『魔の空間』のはげしい震動がぴたりととまってしまったんだ。震動がとまれば、当然われわれ人類の目に見えるわけだ。『魔の空間』にしろ、ミミ族にしろ、震動していればこそ、われわれの目に見えないのだ。だから理窟はわかるだろう」  帆村は説明してやった。 「すると、この前鉱山で解剖されかけた、ミミ族が、急に空中へとびあがり、姿が見えなくなったのは、そのときやっぱり震動を起したからですか」 「そうだ。解剖の前までは、あの緑鬼は仮死状態になっていたのさ。そのうちに、地上を飛んでいる宇宙線を吸って体力を回復し、空中へとび上ったのだ、そして身体の震動が一定のはげしい震動数に達したとき、われわれの目にはもう見えなくなったのだ」 「ふしぎな生物ですね、ミミ族は……」 「いや、今わかっているのは、彼らのほんの一部がわかっているだけにすぎない。ほんとうの正体は、これから探しあてるのだ。……ほら、いよいよ『魔の空間』が地面に激突するぞ」  ものすごい光景が、起るだろうと予想していた者は、あてがはずれた。「魔の空間」は、すこしばかり土煙をあげ、二三度弾んだだけで、あとは丸パンを置いたように、ふくらんだ上部はそのままにして、地上へべったりと腰を下した。その大きさは、二階建の国民学校一棟が楽にはいるほどであった。だから、なかなか大きいものだった。 「隊長、攻撃だ。音響砲で攻めてみてください」  帆村が竜造寺隊長に言った。  警備隊員は、長い双眼鏡に引金をつけたような、奇妙な形の音響砲を手にとって、墜落した「魔の空間」に近づいていった。 「困ったなあ、中が見えない。帆村所長、なんとか処置がないですか」  竜造寺隊長が困った顔でふりかえる。 「うまくゆくかどうかわからないが、サイクロ銃で切ってみよう」  帆村は所員に持たせてあった、サイクロ銃をとりあげ、台尻を肩におしあてた。これは中性子を利用したすごい透過力のある銃である。あまり遠くまではきかないが、二百米以内なら、岩でも鋼板でもすぱりと切ってしまう力がある。そして近ければ近いほど、その透過力は一点に集中できる便宜があった。  帆村は大胆にも、そのサイクロ銃をいつでも発射できるように身構えて、ずんずん「魔の空間」に近づいた。 「所長、あぶない。一人では危険だ」  と、隊長が注意して、隊員とともに、すぐ後から追いかけた。と、帆村はどうしたわけか、五十米手前で、銃を持ったまま、ばったり倒れてしまった。
警備隊員は、なにを手にとって墜落した「魔の空間」に近づいていったか。
警備隊員は、長い双眼鏡に引金をつけたような、奇妙な形の音響砲を手にとって、墜落した「魔の空間」に近づいていった。
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力強い第一宇宙戦隊の産声に、感激を新たにして、帆村荘六は、左倉少佐と山岸中尉の許を辞してもどった。こうなれば、帆村の任務もますます重大である。ぜひとも成功して、ミミ族の正体をつきとめねばならない。  その翌日から、いよいよ帆村所長の指揮で、ミミ族狩りがはじまった。  電子ストロボ鏡で、天空をのぞいていると、ちょうど天空から、そろそろと降下してくる回転楕円体の「魔の空間」を発見した。それは約十粁ばかり東へいった、山麓附近を目がけて下りてくるようだ。 「出動――」  帆村は号令をかけた。所員と警備隊員とは、軍用自動車にとび乗って、街道を全速力で東へ走らせた。  あと一粁ばかりのところで、車はとめられた。そして陣地がつくられ、車の上へ積んできた怪力線砲と、音響砲は下され、対空戦闘の用意はととのえられた。 「戦闘開始」  と、帆村は警備隊長の竜造寺兵曹長へ命令を発した。竜造寺兵曹長は、こん度は特に志願して帆村の下につき、警備隊を指揮することとなったのだ。「魔の空間」から救いだされて以来、兵曹長は深く感激し、帆村に恩をかえしたいと思いつづけていたのだ。 「怪力線砲、撃ち方はじめ」  兵曹長は、はじめ打ちあわせた順序により、まず怪力線砲から射撃をはじめた。目に見えないが、強い電磁波は、一直線にのびていって、天空をわが物顔に下りてくる「魔の空間」を突きさした。 「所長。怪力線は『魔の空間』に命中」  と、兵曹長は叫ぶ。  帆村はもちろん、電子ストロボ鏡でそれを見まもっていた。 「怪力線、射撃をつづけよ」  と、帆村は命令して、「魔の空間」にどんな変化がおこるかと、目を皿のようにして見つめていた。が、三十秒、一分、一分三十秒とたっても、「魔の空間」は、なんの変化も示さず、あいかわらずゆっくりと下降をつづけているではないか。 (だめだ。怪力線砲は効果なしだ)  帆村はそう思った。 「隊長、音響砲で砲撃を……」  そういって、帆村は竜造寺兵曹長に命令した。 「音響砲、撃ち方はじめ」  砲撃はすぐはじまったが、光も見えなければ、音もしない。音響はだすが、超音波のことだから、人間の耳には音と感じないのだ。だが、音響砲は頼もしくも、手ごたえがあった。 「あっ、『魔の空間』が落下の速度を早めたぞ。機関が故障になったのだ。ああ、墜ちる墜ちる。あそこへ急げ」  帆村は、狙った「魔の空間」が、音響砲の砲撃のため、故障になって墜落するのを見定めると、全員を急がせて、その落下の場所へ移動を命じた。あと僅か一粁ばかりの距離であった。  竜造寺隊長の指揮もあざやかに、全員は現場に車を乗り入れると、まだ地上まで墜ちきらない「魔の空間」を中心に、まわりをぐるっと取りまいて、陣地をつくった。  附近の村の人々は、大さわぎをしている。 「なんだね、あれは……。でっけえ風船みたいじゃが、あんなでけえやつは見たことがねえだ」 「いやな色しとるな。殿様蛙の背中みたいじゃ。やれまあ、気持のわるい」 「これこれ、早く待避せんかちゅうのに。あれが地面にあたって大爆発すると、村の家が皆ふっ飛んでしまうちゅうぞや」 「えっ、それはたいへんじゃ……」  村人たちは、こわさはこわし、気になるので見てはいたしで、待避壕をはいったりでたりの、混雑をくりかえしている。  目に見える「魔の空間」だ。それははじめてのことだった。濃緑色と暗褐色のだんだらに塗られた、西瓜のお化けのような「魔の空間」だった。 「帆村所長。あの『魔の空間』は、なぜよく見えるのですか」  と、山岸少年が帆村の腕をひっぱった。 「ああ、そのことか。そのわけは、『魔の空間』の機関が、音響砲にやっつけられて、故障になったのだ。そうなると、『魔の空間』のはげしい震動がぴたりととまってしまったんだ。震動がとまれば、当然われわれ人類の目に見えるわけだ。『魔の空間』にしろ、ミミ族にしろ、震動していればこそ、われわれの目に見えないのだ。だから理窟はわかるだろう」  帆村は説明してやった。 「すると、この前鉱山で解剖されかけた、ミミ族が、急に空中へとびあがり、姿が見えなくなったのは、そのときやっぱり震動を起したからですか」 「そうだ。解剖の前までは、あの緑鬼は仮死状態になっていたのさ。そのうちに、地上を飛んでいる宇宙線を吸って体力を回復し、空中へとび上ったのだ、そして身体の震動が一定のはげしい震動数に達したとき、われわれの目にはもう見えなくなったのだ」 「ふしぎな生物ですね、ミミ族は……」 「いや、今わかっているのは、彼らのほんの一部がわかっているだけにすぎない。ほんとうの正体は、これから探しあてるのだ。……ほら、いよいよ『魔の空間』が地面に激突するぞ」  ものすごい光景が、起るだろうと予想していた者は、あてがはずれた。「魔の空間」は、すこしばかり土煙をあげ、二三度弾んだだけで、あとは丸パンを置いたように、ふくらんだ上部はそのままにして、地上へべったりと腰を下した。その大きさは、二階建の国民学校一棟が楽にはいるほどであった。だから、なかなか大きいものだった。 「隊長、攻撃だ。音響砲で攻めてみてください」  帆村が竜造寺隊長に言った。  警備隊員は、長い双眼鏡に引金をつけたような、奇妙な形の音響砲を手にとって、墜落した「魔の空間」に近づいていった。 「困ったなあ、中が見えない。帆村所長、なんとか処置がないですか」  竜造寺隊長が困った顔でふりかえる。 「うまくゆくかどうかわからないが、サイクロ銃で切ってみよう」  帆村は所員に持たせてあった、サイクロ銃をとりあげ、台尻を肩におしあてた。これは中性子を利用したすごい透過力のある銃である。あまり遠くまではきかないが、二百米以内なら、岩でも鋼板でもすぱりと切ってしまう力がある。そして近ければ近いほど、その透過力は一点に集中できる便宜があった。  帆村は大胆にも、そのサイクロ銃をいつでも発射できるように身構えて、ずんずん「魔の空間」に近づいた。 「所長、あぶない。一人では危険だ」  と、隊長が注意して、隊員とともに、すぐ後から追いかけた。と、帆村はどうしたわけか、五十米手前で、銃を持ったまま、ばったり倒れてしまった。
帆村は所員に持たせてあった、サイクロ銃をとりあげてどうしたか。
帆村は所員に持たせてあった、サイクロ銃をとりあげ、台尻を肩におしあてた。
JCRRAG_010695
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力強い第一宇宙戦隊の産声に、感激を新たにして、帆村荘六は、左倉少佐と山岸中尉の許を辞してもどった。こうなれば、帆村の任務もますます重大である。ぜひとも成功して、ミミ族の正体をつきとめねばならない。  その翌日から、いよいよ帆村所長の指揮で、ミミ族狩りがはじまった。  電子ストロボ鏡で、天空をのぞいていると、ちょうど天空から、そろそろと降下してくる回転楕円体の「魔の空間」を発見した。それは約十粁ばかり東へいった、山麓附近を目がけて下りてくるようだ。 「出動――」  帆村は号令をかけた。所員と警備隊員とは、軍用自動車にとび乗って、街道を全速力で東へ走らせた。  あと一粁ばかりのところで、車はとめられた。そして陣地がつくられ、車の上へ積んできた怪力線砲と、音響砲は下され、対空戦闘の用意はととのえられた。 「戦闘開始」  と、帆村は警備隊長の竜造寺兵曹長へ命令を発した。竜造寺兵曹長は、こん度は特に志願して帆村の下につき、警備隊を指揮することとなったのだ。「魔の空間」から救いだされて以来、兵曹長は深く感激し、帆村に恩をかえしたいと思いつづけていたのだ。 「怪力線砲、撃ち方はじめ」  兵曹長は、はじめ打ちあわせた順序により、まず怪力線砲から射撃をはじめた。目に見えないが、強い電磁波は、一直線にのびていって、天空をわが物顔に下りてくる「魔の空間」を突きさした。 「所長。怪力線は『魔の空間』に命中」  と、兵曹長は叫ぶ。  帆村はもちろん、電子ストロボ鏡でそれを見まもっていた。 「怪力線、射撃をつづけよ」  と、帆村は命令して、「魔の空間」にどんな変化がおこるかと、目を皿のようにして見つめていた。が、三十秒、一分、一分三十秒とたっても、「魔の空間」は、なんの変化も示さず、あいかわらずゆっくりと下降をつづけているではないか。 (だめだ。怪力線砲は効果なしだ)  帆村はそう思った。 「隊長、音響砲で砲撃を……」  そういって、帆村は竜造寺兵曹長に命令した。 「音響砲、撃ち方はじめ」  砲撃はすぐはじまったが、光も見えなければ、音もしない。音響はだすが、超音波のことだから、人間の耳には音と感じないのだ。だが、音響砲は頼もしくも、手ごたえがあった。 「あっ、『魔の空間』が落下の速度を早めたぞ。機関が故障になったのだ。ああ、墜ちる墜ちる。あそこへ急げ」  帆村は、狙った「魔の空間」が、音響砲の砲撃のため、故障になって墜落するのを見定めると、全員を急がせて、その落下の場所へ移動を命じた。あと僅か一粁ばかりの距離であった。  竜造寺隊長の指揮もあざやかに、全員は現場に車を乗り入れると、まだ地上まで墜ちきらない「魔の空間」を中心に、まわりをぐるっと取りまいて、陣地をつくった。  附近の村の人々は、大さわぎをしている。 「なんだね、あれは……。でっけえ風船みたいじゃが、あんなでけえやつは見たことがねえだ」 「いやな色しとるな。殿様蛙の背中みたいじゃ。やれまあ、気持のわるい」 「これこれ、早く待避せんかちゅうのに。あれが地面にあたって大爆発すると、村の家が皆ふっ飛んでしまうちゅうぞや」 「えっ、それはたいへんじゃ……」  村人たちは、こわさはこわし、気になるので見てはいたしで、待避壕をはいったりでたりの、混雑をくりかえしている。  目に見える「魔の空間」だ。それははじめてのことだった。濃緑色と暗褐色のだんだらに塗られた、西瓜のお化けのような「魔の空間」だった。 「帆村所長。あの『魔の空間』は、なぜよく見えるのですか」  と、山岸少年が帆村の腕をひっぱった。 「ああ、そのことか。そのわけは、『魔の空間』の機関が、音響砲にやっつけられて、故障になったのだ。そうなると、『魔の空間』のはげしい震動がぴたりととまってしまったんだ。震動がとまれば、当然われわれ人類の目に見えるわけだ。『魔の空間』にしろ、ミミ族にしろ、震動していればこそ、われわれの目に見えないのだ。だから理窟はわかるだろう」  帆村は説明してやった。 「すると、この前鉱山で解剖されかけた、ミミ族が、急に空中へとびあがり、姿が見えなくなったのは、そのときやっぱり震動を起したからですか」 「そうだ。解剖の前までは、あの緑鬼は仮死状態になっていたのさ。そのうちに、地上を飛んでいる宇宙線を吸って体力を回復し、空中へとび上ったのだ、そして身体の震動が一定のはげしい震動数に達したとき、われわれの目にはもう見えなくなったのだ」 「ふしぎな生物ですね、ミミ族は……」 「いや、今わかっているのは、彼らのほんの一部がわかっているだけにすぎない。ほんとうの正体は、これから探しあてるのだ。……ほら、いよいよ『魔の空間』が地面に激突するぞ」  ものすごい光景が、起るだろうと予想していた者は、あてがはずれた。「魔の空間」は、すこしばかり土煙をあげ、二三度弾んだだけで、あとは丸パンを置いたように、ふくらんだ上部はそのままにして、地上へべったりと腰を下した。その大きさは、二階建の国民学校一棟が楽にはいるほどであった。だから、なかなか大きいものだった。 「隊長、攻撃だ。音響砲で攻めてみてください」  帆村が竜造寺隊長に言った。  警備隊員は、長い双眼鏡に引金をつけたような、奇妙な形の音響砲を手にとって、墜落した「魔の空間」に近づいていった。 「困ったなあ、中が見えない。帆村所長、なんとか処置がないですか」  竜造寺隊長が困った顔でふりかえる。 「うまくゆくかどうかわからないが、サイクロ銃で切ってみよう」  帆村は所員に持たせてあった、サイクロ銃をとりあげ、台尻を肩におしあてた。これは中性子を利用したすごい透過力のある銃である。あまり遠くまではきかないが、二百米以内なら、岩でも鋼板でもすぱりと切ってしまう力がある。そして近ければ近いほど、その透過力は一点に集中できる便宜があった。  帆村は大胆にも、そのサイクロ銃をいつでも発射できるように身構えて、ずんずん「魔の空間」に近づいた。 「所長、あぶない。一人では危険だ」  と、隊長が注意して、隊員とともに、すぐ後から追いかけた。と、帆村はどうしたわけか、五十米手前で、銃を持ったまま、ばったり倒れてしまった。
竜造寺兵曹長は、どの隊を指揮することになったか。
竜造寺兵曹長は、こん度は特に志願して帆村の下につき、警備隊を指揮することとなったのだ。
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「所長。どうした」  と、竜造寺兵曹長は、倒れている帆村のそばへかけよって、後からだき起そうとした。 「た、大したことはない。ミミ族は、墜落した『魔の空間』の内部から、神経破壊線を射かけてくるぞ。頭がくらくらとしたら、なにも考えてはいけない。考えると、脳神経が焼き切れるのだ。ぼんやりしていれば、間もなくなおる」 「ふうん。神経破壊線といえば、この前、私が『魔の空間』で射かけられて、半病人となったあれだな」 「そうだ。しかしまだ恐るべきほどの力は持っていないから、大したことはない。さあ、この間にサイクロ銃で、『魔の空間』の壁を焼き切るのだ。兵曹長、見ていなさい、サイクロ銃のすごい透過力を……」  こう言った帆村は、銃を肩につけ、引金をひいた。しゅうんというかすかな音が聞えはじめたと思うと、目の前に小山のように横たわっていた「魔の空間」の一点から、煙のようなものが濛々とあがりだした。 「見ているか、兵曹長。『魔の空間』の壁がさけてゆく……」  なるほど、そのとおりだ。鯨の腹に、磨きすました刀をさしこんで引きまわすように、濃緑褐色の「魔の空間」の壁が、煙のあがっているところで、すうすう引きさかれ、そして引きさかれたあとの黒い条は、ずんずんのびてゆくのであった。 「ああ、見える。すごい斬味だ、サイクロ銃は……」  兵曹長が感激して言った。と、帆村の射撃はますます威力を発揮し、やがて「魔の空間」の側面の壁は、大きく丸く切りとられ、切りとられた部分だけが、土煙をあげて前に倒れた。そして大穴があいてしまった。 「あっ、中が見える。中にうごめいているのは、ありゃ緑鬼どもだな」 「そうだ。ミミ族だ。さっきから音響砲の砲撃をくらって、かなり弱っている。さあ、そこをつけこんで、あ奴らを、みな生擒にしてもらおう」 「はい、了解。……全員、突撃に……」  兵曹長は、自らも音響砲をとりなおすと隊員をひきい、まっ先に立って、「魔の空間」の破れ穴めがけて突入した。  それから「魔の空間」の中で、戦闘がはじまった。しかし帆村の言ったように、ミミ族の緑鬼どもは元気がなく、すこぶる簡単に、竜造寺隊のために片づけられてしまった。緑鬼たちは、いつもと違い、自分たちの姿や、「魔の空間」が人間の目によく見えるので、戦うにはたいへん不利だった。  帆村は、かねて用意したとおり、この緑鬼どもを、宇宙線遮蔽をしてある檻の中にぶちこんだ。宇宙線遮蔽がしてないと、彼らは宇宙線からエネルギーをとって、おいおい元気を取りもどすから、宇宙線は、彼らがかろうじて生きていられる程度の、少量に下げておく必要があった。 「よし、これでいい。これだけ緑鬼どもが手にはいれば、こん度こそ、すっかり緑鬼の正体をあばいてみせるぞ」  帆村は、大きな獲物のはいった檻を前にして、はじめて会心の笑みをもらしたのであった。  それから帆村の研究所は忙しくなった。活発な研究がはじまったのである。 「魔の空間」の材料に関する試験と、研究が進められた。またミミ族の一人一人を解剖して、その正体をさぐった。この前は、解剖の寸前に逃げられてしまったが、こん度は宇宙線を遮蔽した、特別の構造を持った解剖室で行ったので、逃げられる心配はなかった。  この解剖は、人体の解剖とちがい、メスのかわりに、ドリル(孔をあける機械)や酸水素高温焔器や、火花焼切器などの工作機械が使われ、解剖台の上に、赤い血液が流れるかわりに、ミミ族の体から精巧な金属製の部品が取りはずされてならべられた。だから、すこしも血なまぐさい感じがしなかった。 「じつに巧妙にできた機械人体だ」  と、帆村は所員の顔を見まわして言った。 「しかしミミ族は、単なる機械人体ではない。この機械人体を動かしているものこそ、ミミ族の正体だ。つまりミミ族の正体は、もっとこの内部にあるのだ。さあ、さらに解剖をつづけよう」  所員は、ドリルを取り上げ、酸水素高温焔器の焔を針のように細くし、さらにミミ族の解剖を奥へ進めた。  やがて愕くべきことがわかった。 「ほら、体の中は、がらん洞ですぞ」 「がらん洞。やっぱりそうか」 「がらん洞ですが、細い電線みたいなものが、網の目のように縦横に走っています」  帆村は、この発見にもとづき、別のミミ族を引きだして、これを高速鋼の回転鋸にかけて、唐竹割に頭から下まで、縦に二つに割ってみた。二分された緑鬼の体は、二隻の舟のように見えた。なるほど内部はがらん洞であった。そのがらん洞の中に、細い電線のようなものが、網の目のように入りみだれて走っているが、その中心に、真赤なぺらぺらした硬い藻のようなものがあった。それを切り取ると、両手ですくいあげられるほどの僅かな分量のものでしかなかった。  だがこのとき、思いがけないことが起った。それは、その真赤な硬い藻を両手ですくいあげたその所員は、急に両手をふるわせ、悶絶してしまった。  そこで研究はそっちのけで、この所員にたいし、応急手当が加えられた。幸いに彼は間もなく息をふきかえしたが、その語るところによると、両手がち切れそうな苦痛を感じたという。彼には見せなかったが、繃帯で包まれた彼の両手は、大火傷をしたようにはれあがり、骨はぐにゃぐにゃになっていた。真赤な硬い藻が、おそるべき力をひめていることが、こうして発見されたのである。 「そうか。やっとわかった。この赤色藻こそ、ミミ族の正体だ」帆村はそう言って、解剖台から二三歩後へ下った。 「えっ、これがミミ族の正体だというと、どういうわけですか」 「つまり、ミミ族はやっぱり金属生物なんだよ。この赤い藻のように見えるのがそれだ。だがわれわれは、この珍しい金属については、はじめてお目にかかったわけで、これがなんという金属で、どんな性質を持ったものか、すこしも知らない。とにかくこんな金属は、今まで地球上になかったことはたしかだ。しかし少くとも、地球上で一番重いウランよりも、もっともっと重い元素でできていることはわかる。いま、滝田君が火傷したのも、この元素の持っている、恐るべき放射能によるものと思われる」  帆村はそう言って、ほっと一息ついた。 「すると、さっき所長が、機械人体と名をおつけになったこれは、ミミ族の体の一部分なんですか、それとも別物なんですか」 「それはミミ族――すなわち赤色金属藻の着ている外套みたいなものさ。言いかえると、それは機関車みたいなもので、それを動かしているのが、この赤色金属藻のミミ族さ。とにかく彼らは、地球へ遠征するのだから、地球人類と会見するときもあろうと予期し、そのとき地球人類と同じような形をしていた方が都合がよいと考え、そのような外套を着こんでやってきたのだ」  帆村は明快に怪鬼の正体をといた。  網の目のように、体内をはいまわっていた細い電線のようなものは、赤色金属藻から、緑鬼の手、足、目、耳、口などへ号令をつたえ、それを動かすための神経線であることも明らかになった。観察すればするほど、恐るべきミミ族の正体であった。所員一同は、つぎつぎに発見されるミミ族の驚異に、ひじょうな疲労をおぼえた。
竜造寺兵曹長は、だれを後からだき起そうとしたか。
竜造寺兵曹長は、倒れている帆村のそばへかけよって、後からだき起そうとした。
JCRRAG_010697
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「所長。どうした」  と、竜造寺兵曹長は、倒れている帆村のそばへかけよって、後からだき起そうとした。 「た、大したことはない。ミミ族は、墜落した『魔の空間』の内部から、神経破壊線を射かけてくるぞ。頭がくらくらとしたら、なにも考えてはいけない。考えると、脳神経が焼き切れるのだ。ぼんやりしていれば、間もなくなおる」 「ふうん。神経破壊線といえば、この前、私が『魔の空間』で射かけられて、半病人となったあれだな」 「そうだ。しかしまだ恐るべきほどの力は持っていないから、大したことはない。さあ、この間にサイクロ銃で、『魔の空間』の壁を焼き切るのだ。兵曹長、見ていなさい、サイクロ銃のすごい透過力を……」  こう言った帆村は、銃を肩につけ、引金をひいた。しゅうんというかすかな音が聞えはじめたと思うと、目の前に小山のように横たわっていた「魔の空間」の一点から、煙のようなものが濛々とあがりだした。 「見ているか、兵曹長。『魔の空間』の壁がさけてゆく……」  なるほど、そのとおりだ。鯨の腹に、磨きすました刀をさしこんで引きまわすように、濃緑褐色の「魔の空間」の壁が、煙のあがっているところで、すうすう引きさかれ、そして引きさかれたあとの黒い条は、ずんずんのびてゆくのであった。 「ああ、見える。すごい斬味だ、サイクロ銃は……」  兵曹長が感激して言った。と、帆村の射撃はますます威力を発揮し、やがて「魔の空間」の側面の壁は、大きく丸く切りとられ、切りとられた部分だけが、土煙をあげて前に倒れた。そして大穴があいてしまった。 「あっ、中が見える。中にうごめいているのは、ありゃ緑鬼どもだな」 「そうだ。ミミ族だ。さっきから音響砲の砲撃をくらって、かなり弱っている。さあ、そこをつけこんで、あ奴らを、みな生擒にしてもらおう」 「はい、了解。……全員、突撃に……」  兵曹長は、自らも音響砲をとりなおすと隊員をひきい、まっ先に立って、「魔の空間」の破れ穴めがけて突入した。  それから「魔の空間」の中で、戦闘がはじまった。しかし帆村の言ったように、ミミ族の緑鬼どもは元気がなく、すこぶる簡単に、竜造寺隊のために片づけられてしまった。緑鬼たちは、いつもと違い、自分たちの姿や、「魔の空間」が人間の目によく見えるので、戦うにはたいへん不利だった。  帆村は、かねて用意したとおり、この緑鬼どもを、宇宙線遮蔽をしてある檻の中にぶちこんだ。宇宙線遮蔽がしてないと、彼らは宇宙線からエネルギーをとって、おいおい元気を取りもどすから、宇宙線は、彼らがかろうじて生きていられる程度の、少量に下げておく必要があった。 「よし、これでいい。これだけ緑鬼どもが手にはいれば、こん度こそ、すっかり緑鬼の正体をあばいてみせるぞ」  帆村は、大きな獲物のはいった檻を前にして、はじめて会心の笑みをもらしたのであった。  それから帆村の研究所は忙しくなった。活発な研究がはじまったのである。 「魔の空間」の材料に関する試験と、研究が進められた。またミミ族の一人一人を解剖して、その正体をさぐった。この前は、解剖の寸前に逃げられてしまったが、こん度は宇宙線を遮蔽した、特別の構造を持った解剖室で行ったので、逃げられる心配はなかった。  この解剖は、人体の解剖とちがい、メスのかわりに、ドリル(孔をあける機械)や酸水素高温焔器や、火花焼切器などの工作機械が使われ、解剖台の上に、赤い血液が流れるかわりに、ミミ族の体から精巧な金属製の部品が取りはずされてならべられた。だから、すこしも血なまぐさい感じがしなかった。 「じつに巧妙にできた機械人体だ」  と、帆村は所員の顔を見まわして言った。 「しかしミミ族は、単なる機械人体ではない。この機械人体を動かしているものこそ、ミミ族の正体だ。つまりミミ族の正体は、もっとこの内部にあるのだ。さあ、さらに解剖をつづけよう」  所員は、ドリルを取り上げ、酸水素高温焔器の焔を針のように細くし、さらにミミ族の解剖を奥へ進めた。  やがて愕くべきことがわかった。 「ほら、体の中は、がらん洞ですぞ」 「がらん洞。やっぱりそうか」 「がらん洞ですが、細い電線みたいなものが、網の目のように縦横に走っています」  帆村は、この発見にもとづき、別のミミ族を引きだして、これを高速鋼の回転鋸にかけて、唐竹割に頭から下まで、縦に二つに割ってみた。二分された緑鬼の体は、二隻の舟のように見えた。なるほど内部はがらん洞であった。そのがらん洞の中に、細い電線のようなものが、網の目のように入りみだれて走っているが、その中心に、真赤なぺらぺらした硬い藻のようなものがあった。それを切り取ると、両手ですくいあげられるほどの僅かな分量のものでしかなかった。  だがこのとき、思いがけないことが起った。それは、その真赤な硬い藻を両手ですくいあげたその所員は、急に両手をふるわせ、悶絶してしまった。  そこで研究はそっちのけで、この所員にたいし、応急手当が加えられた。幸いに彼は間もなく息をふきかえしたが、その語るところによると、両手がち切れそうな苦痛を感じたという。彼には見せなかったが、繃帯で包まれた彼の両手は、大火傷をしたようにはれあがり、骨はぐにゃぐにゃになっていた。真赤な硬い藻が、おそるべき力をひめていることが、こうして発見されたのである。 「そうか。やっとわかった。この赤色藻こそ、ミミ族の正体だ」帆村はそう言って、解剖台から二三歩後へ下った。 「えっ、これがミミ族の正体だというと、どういうわけですか」 「つまり、ミミ族はやっぱり金属生物なんだよ。この赤い藻のように見えるのがそれだ。だがわれわれは、この珍しい金属については、はじめてお目にかかったわけで、これがなんという金属で、どんな性質を持ったものか、すこしも知らない。とにかくこんな金属は、今まで地球上になかったことはたしかだ。しかし少くとも、地球上で一番重いウランよりも、もっともっと重い元素でできていることはわかる。いま、滝田君が火傷したのも、この元素の持っている、恐るべき放射能によるものと思われる」  帆村はそう言って、ほっと一息ついた。 「すると、さっき所長が、機械人体と名をおつけになったこれは、ミミ族の体の一部分なんですか、それとも別物なんですか」 「それはミミ族――すなわち赤色金属藻の着ている外套みたいなものさ。言いかえると、それは機関車みたいなもので、それを動かしているのが、この赤色金属藻のミミ族さ。とにかく彼らは、地球へ遠征するのだから、地球人類と会見するときもあろうと予期し、そのとき地球人類と同じような形をしていた方が都合がよいと考え、そのような外套を着こんでやってきたのだ」  帆村は明快に怪鬼の正体をといた。  網の目のように、体内をはいまわっていた細い電線のようなものは、赤色金属藻から、緑鬼の手、足、目、耳、口などへ号令をつたえ、それを動かすための神経線であることも明らかになった。観察すればするほど、恐るべきミミ族の正体であった。所員一同は、つぎつぎに発見されるミミ族の驚異に、ひじょうな疲労をおぼえた。
帆村は、体のどこに銃をつけ引金をひいたか。
帆村は、銃を肩につけ、引金をひいた。
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「所長。どうした」  と、竜造寺兵曹長は、倒れている帆村のそばへかけよって、後からだき起そうとした。 「た、大したことはない。ミミ族は、墜落した『魔の空間』の内部から、神経破壊線を射かけてくるぞ。頭がくらくらとしたら、なにも考えてはいけない。考えると、脳神経が焼き切れるのだ。ぼんやりしていれば、間もなくなおる」 「ふうん。神経破壊線といえば、この前、私が『魔の空間』で射かけられて、半病人となったあれだな」 「そうだ。しかしまだ恐るべきほどの力は持っていないから、大したことはない。さあ、この間にサイクロ銃で、『魔の空間』の壁を焼き切るのだ。兵曹長、見ていなさい、サイクロ銃のすごい透過力を……」  こう言った帆村は、銃を肩につけ、引金をひいた。しゅうんというかすかな音が聞えはじめたと思うと、目の前に小山のように横たわっていた「魔の空間」の一点から、煙のようなものが濛々とあがりだした。 「見ているか、兵曹長。『魔の空間』の壁がさけてゆく……」  なるほど、そのとおりだ。鯨の腹に、磨きすました刀をさしこんで引きまわすように、濃緑褐色の「魔の空間」の壁が、煙のあがっているところで、すうすう引きさかれ、そして引きさかれたあとの黒い条は、ずんずんのびてゆくのであった。 「ああ、見える。すごい斬味だ、サイクロ銃は……」  兵曹長が感激して言った。と、帆村の射撃はますます威力を発揮し、やがて「魔の空間」の側面の壁は、大きく丸く切りとられ、切りとられた部分だけが、土煙をあげて前に倒れた。そして大穴があいてしまった。 「あっ、中が見える。中にうごめいているのは、ありゃ緑鬼どもだな」 「そうだ。ミミ族だ。さっきから音響砲の砲撃をくらって、かなり弱っている。さあ、そこをつけこんで、あ奴らを、みな生擒にしてもらおう」 「はい、了解。……全員、突撃に……」  兵曹長は、自らも音響砲をとりなおすと隊員をひきい、まっ先に立って、「魔の空間」の破れ穴めがけて突入した。  それから「魔の空間」の中で、戦闘がはじまった。しかし帆村の言ったように、ミミ族の緑鬼どもは元気がなく、すこぶる簡単に、竜造寺隊のために片づけられてしまった。緑鬼たちは、いつもと違い、自分たちの姿や、「魔の空間」が人間の目によく見えるので、戦うにはたいへん不利だった。  帆村は、かねて用意したとおり、この緑鬼どもを、宇宙線遮蔽をしてある檻の中にぶちこんだ。宇宙線遮蔽がしてないと、彼らは宇宙線からエネルギーをとって、おいおい元気を取りもどすから、宇宙線は、彼らがかろうじて生きていられる程度の、少量に下げておく必要があった。 「よし、これでいい。これだけ緑鬼どもが手にはいれば、こん度こそ、すっかり緑鬼の正体をあばいてみせるぞ」  帆村は、大きな獲物のはいった檻を前にして、はじめて会心の笑みをもらしたのであった。  それから帆村の研究所は忙しくなった。活発な研究がはじまったのである。 「魔の空間」の材料に関する試験と、研究が進められた。またミミ族の一人一人を解剖して、その正体をさぐった。この前は、解剖の寸前に逃げられてしまったが、こん度は宇宙線を遮蔽した、特別の構造を持った解剖室で行ったので、逃げられる心配はなかった。  この解剖は、人体の解剖とちがい、メスのかわりに、ドリル(孔をあける機械)や酸水素高温焔器や、火花焼切器などの工作機械が使われ、解剖台の上に、赤い血液が流れるかわりに、ミミ族の体から精巧な金属製の部品が取りはずされてならべられた。だから、すこしも血なまぐさい感じがしなかった。 「じつに巧妙にできた機械人体だ」  と、帆村は所員の顔を見まわして言った。 「しかしミミ族は、単なる機械人体ではない。この機械人体を動かしているものこそ、ミミ族の正体だ。つまりミミ族の正体は、もっとこの内部にあるのだ。さあ、さらに解剖をつづけよう」  所員は、ドリルを取り上げ、酸水素高温焔器の焔を針のように細くし、さらにミミ族の解剖を奥へ進めた。  やがて愕くべきことがわかった。 「ほら、体の中は、がらん洞ですぞ」 「がらん洞。やっぱりそうか」 「がらん洞ですが、細い電線みたいなものが、網の目のように縦横に走っています」  帆村は、この発見にもとづき、別のミミ族を引きだして、これを高速鋼の回転鋸にかけて、唐竹割に頭から下まで、縦に二つに割ってみた。二分された緑鬼の体は、二隻の舟のように見えた。なるほど内部はがらん洞であった。そのがらん洞の中に、細い電線のようなものが、網の目のように入りみだれて走っているが、その中心に、真赤なぺらぺらした硬い藻のようなものがあった。それを切り取ると、両手ですくいあげられるほどの僅かな分量のものでしかなかった。  だがこのとき、思いがけないことが起った。それは、その真赤な硬い藻を両手ですくいあげたその所員は、急に両手をふるわせ、悶絶してしまった。  そこで研究はそっちのけで、この所員にたいし、応急手当が加えられた。幸いに彼は間もなく息をふきかえしたが、その語るところによると、両手がち切れそうな苦痛を感じたという。彼には見せなかったが、繃帯で包まれた彼の両手は、大火傷をしたようにはれあがり、骨はぐにゃぐにゃになっていた。真赤な硬い藻が、おそるべき力をひめていることが、こうして発見されたのである。 「そうか。やっとわかった。この赤色藻こそ、ミミ族の正体だ」帆村はそう言って、解剖台から二三歩後へ下った。 「えっ、これがミミ族の正体だというと、どういうわけですか」 「つまり、ミミ族はやっぱり金属生物なんだよ。この赤い藻のように見えるのがそれだ。だがわれわれは、この珍しい金属については、はじめてお目にかかったわけで、これがなんという金属で、どんな性質を持ったものか、すこしも知らない。とにかくこんな金属は、今まで地球上になかったことはたしかだ。しかし少くとも、地球上で一番重いウランよりも、もっともっと重い元素でできていることはわかる。いま、滝田君が火傷したのも、この元素の持っている、恐るべき放射能によるものと思われる」  帆村はそう言って、ほっと一息ついた。 「すると、さっき所長が、機械人体と名をおつけになったこれは、ミミ族の体の一部分なんですか、それとも別物なんですか」 「それはミミ族――すなわち赤色金属藻の着ている外套みたいなものさ。言いかえると、それは機関車みたいなもので、それを動かしているのが、この赤色金属藻のミミ族さ。とにかく彼らは、地球へ遠征するのだから、地球人類と会見するときもあろうと予期し、そのとき地球人類と同じような形をしていた方が都合がよいと考え、そのような外套を着こんでやってきたのだ」  帆村は明快に怪鬼の正体をといた。  網の目のように、体内をはいまわっていた細い電線のようなものは、赤色金属藻から、緑鬼の手、足、目、耳、口などへ号令をつたえ、それを動かすための神経線であることも明らかになった。観察すればするほど、恐るべきミミ族の正体であった。所員一同は、つぎつぎに発見されるミミ族の驚異に、ひじょうな疲労をおぼえた。
帆村はなにがはいった檻を前にして、会心の笑みをもらしたか。
帆村は、大きな獲物のはいった檻を前にして、はじめて会心の笑みをもらしたのであった。
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「所長。どうした」  と、竜造寺兵曹長は、倒れている帆村のそばへかけよって、後からだき起そうとした。 「た、大したことはない。ミミ族は、墜落した『魔の空間』の内部から、神経破壊線を射かけてくるぞ。頭がくらくらとしたら、なにも考えてはいけない。考えると、脳神経が焼き切れるのだ。ぼんやりしていれば、間もなくなおる」 「ふうん。神経破壊線といえば、この前、私が『魔の空間』で射かけられて、半病人となったあれだな」 「そうだ。しかしまだ恐るべきほどの力は持っていないから、大したことはない。さあ、この間にサイクロ銃で、『魔の空間』の壁を焼き切るのだ。兵曹長、見ていなさい、サイクロ銃のすごい透過力を……」  こう言った帆村は、銃を肩につけ、引金をひいた。しゅうんというかすかな音が聞えはじめたと思うと、目の前に小山のように横たわっていた「魔の空間」の一点から、煙のようなものが濛々とあがりだした。 「見ているか、兵曹長。『魔の空間』の壁がさけてゆく……」  なるほど、そのとおりだ。鯨の腹に、磨きすました刀をさしこんで引きまわすように、濃緑褐色の「魔の空間」の壁が、煙のあがっているところで、すうすう引きさかれ、そして引きさかれたあとの黒い条は、ずんずんのびてゆくのであった。 「ああ、見える。すごい斬味だ、サイクロ銃は……」  兵曹長が感激して言った。と、帆村の射撃はますます威力を発揮し、やがて「魔の空間」の側面の壁は、大きく丸く切りとられ、切りとられた部分だけが、土煙をあげて前に倒れた。そして大穴があいてしまった。 「あっ、中が見える。中にうごめいているのは、ありゃ緑鬼どもだな」 「そうだ。ミミ族だ。さっきから音響砲の砲撃をくらって、かなり弱っている。さあ、そこをつけこんで、あ奴らを、みな生擒にしてもらおう」 「はい、了解。……全員、突撃に……」  兵曹長は、自らも音響砲をとりなおすと隊員をひきい、まっ先に立って、「魔の空間」の破れ穴めがけて突入した。  それから「魔の空間」の中で、戦闘がはじまった。しかし帆村の言ったように、ミミ族の緑鬼どもは元気がなく、すこぶる簡単に、竜造寺隊のために片づけられてしまった。緑鬼たちは、いつもと違い、自分たちの姿や、「魔の空間」が人間の目によく見えるので、戦うにはたいへん不利だった。  帆村は、かねて用意したとおり、この緑鬼どもを、宇宙線遮蔽をしてある檻の中にぶちこんだ。宇宙線遮蔽がしてないと、彼らは宇宙線からエネルギーをとって、おいおい元気を取りもどすから、宇宙線は、彼らがかろうじて生きていられる程度の、少量に下げておく必要があった。 「よし、これでいい。これだけ緑鬼どもが手にはいれば、こん度こそ、すっかり緑鬼の正体をあばいてみせるぞ」  帆村は、大きな獲物のはいった檻を前にして、はじめて会心の笑みをもらしたのであった。  それから帆村の研究所は忙しくなった。活発な研究がはじまったのである。 「魔の空間」の材料に関する試験と、研究が進められた。またミミ族の一人一人を解剖して、その正体をさぐった。この前は、解剖の寸前に逃げられてしまったが、こん度は宇宙線を遮蔽した、特別の構造を持った解剖室で行ったので、逃げられる心配はなかった。  この解剖は、人体の解剖とちがい、メスのかわりに、ドリル(孔をあける機械)や酸水素高温焔器や、火花焼切器などの工作機械が使われ、解剖台の上に、赤い血液が流れるかわりに、ミミ族の体から精巧な金属製の部品が取りはずされてならべられた。だから、すこしも血なまぐさい感じがしなかった。 「じつに巧妙にできた機械人体だ」  と、帆村は所員の顔を見まわして言った。 「しかしミミ族は、単なる機械人体ではない。この機械人体を動かしているものこそ、ミミ族の正体だ。つまりミミ族の正体は、もっとこの内部にあるのだ。さあ、さらに解剖をつづけよう」  所員は、ドリルを取り上げ、酸水素高温焔器の焔を針のように細くし、さらにミミ族の解剖を奥へ進めた。  やがて愕くべきことがわかった。 「ほら、体の中は、がらん洞ですぞ」 「がらん洞。やっぱりそうか」 「がらん洞ですが、細い電線みたいなものが、網の目のように縦横に走っています」  帆村は、この発見にもとづき、別のミミ族を引きだして、これを高速鋼の回転鋸にかけて、唐竹割に頭から下まで、縦に二つに割ってみた。二分された緑鬼の体は、二隻の舟のように見えた。なるほど内部はがらん洞であった。そのがらん洞の中に、細い電線のようなものが、網の目のように入りみだれて走っているが、その中心に、真赤なぺらぺらした硬い藻のようなものがあった。それを切り取ると、両手ですくいあげられるほどの僅かな分量のものでしかなかった。  だがこのとき、思いがけないことが起った。それは、その真赤な硬い藻を両手ですくいあげたその所員は、急に両手をふるわせ、悶絶してしまった。  そこで研究はそっちのけで、この所員にたいし、応急手当が加えられた。幸いに彼は間もなく息をふきかえしたが、その語るところによると、両手がち切れそうな苦痛を感じたという。彼には見せなかったが、繃帯で包まれた彼の両手は、大火傷をしたようにはれあがり、骨はぐにゃぐにゃになっていた。真赤な硬い藻が、おそるべき力をひめていることが、こうして発見されたのである。 「そうか。やっとわかった。この赤色藻こそ、ミミ族の正体だ」帆村はそう言って、解剖台から二三歩後へ下った。 「えっ、これがミミ族の正体だというと、どういうわけですか」 「つまり、ミミ族はやっぱり金属生物なんだよ。この赤い藻のように見えるのがそれだ。だがわれわれは、この珍しい金属については、はじめてお目にかかったわけで、これがなんという金属で、どんな性質を持ったものか、すこしも知らない。とにかくこんな金属は、今まで地球上になかったことはたしかだ。しかし少くとも、地球上で一番重いウランよりも、もっともっと重い元素でできていることはわかる。いま、滝田君が火傷したのも、この元素の持っている、恐るべき放射能によるものと思われる」  帆村はそう言って、ほっと一息ついた。 「すると、さっき所長が、機械人体と名をおつけになったこれは、ミミ族の体の一部分なんですか、それとも別物なんですか」 「それはミミ族――すなわち赤色金属藻の着ている外套みたいなものさ。言いかえると、それは機関車みたいなもので、それを動かしているのが、この赤色金属藻のミミ族さ。とにかく彼らは、地球へ遠征するのだから、地球人類と会見するときもあろうと予期し、そのとき地球人類と同じような形をしていた方が都合がよいと考え、そのような外套を着こんでやってきたのだ」  帆村は明快に怪鬼の正体をといた。  網の目のように、体内をはいまわっていた細い電線のようなものは、赤色金属藻から、緑鬼の手、足、目、耳、口などへ号令をつたえ、それを動かすための神経線であることも明らかになった。観察すればするほど、恐るべきミミ族の正体であった。所員一同は、つぎつぎに発見されるミミ族の驚異に、ひじょうな疲労をおぼえた。
帆村の射撃がますます威力を発揮し、「魔の空間」の側面の壁は、どうなったか。
帆村の射撃はますます威力を発揮し、やがて「魔の空間」の側面の壁は、大きく丸く切りとられ、切りとられた部分だけが、土煙をあげて前に倒れた。
JCRRAG_010700
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「所長。どうした」  と、竜造寺兵曹長は、倒れている帆村のそばへかけよって、後からだき起そうとした。 「た、大したことはない。ミミ族は、墜落した『魔の空間』の内部から、神経破壊線を射かけてくるぞ。頭がくらくらとしたら、なにも考えてはいけない。考えると、脳神経が焼き切れるのだ。ぼんやりしていれば、間もなくなおる」 「ふうん。神経破壊線といえば、この前、私が『魔の空間』で射かけられて、半病人となったあれだな」 「そうだ。しかしまだ恐るべきほどの力は持っていないから、大したことはない。さあ、この間にサイクロ銃で、『魔の空間』の壁を焼き切るのだ。兵曹長、見ていなさい、サイクロ銃のすごい透過力を……」  こう言った帆村は、銃を肩につけ、引金をひいた。しゅうんというかすかな音が聞えはじめたと思うと、目の前に小山のように横たわっていた「魔の空間」の一点から、煙のようなものが濛々とあがりだした。 「見ているか、兵曹長。『魔の空間』の壁がさけてゆく……」  なるほど、そのとおりだ。鯨の腹に、磨きすました刀をさしこんで引きまわすように、濃緑褐色の「魔の空間」の壁が、煙のあがっているところで、すうすう引きさかれ、そして引きさかれたあとの黒い条は、ずんずんのびてゆくのであった。 「ああ、見える。すごい斬味だ、サイクロ銃は……」  兵曹長が感激して言った。と、帆村の射撃はますます威力を発揮し、やがて「魔の空間」の側面の壁は、大きく丸く切りとられ、切りとられた部分だけが、土煙をあげて前に倒れた。そして大穴があいてしまった。 「あっ、中が見える。中にうごめいているのは、ありゃ緑鬼どもだな」 「そうだ。ミミ族だ。さっきから音響砲の砲撃をくらって、かなり弱っている。さあ、そこをつけこんで、あ奴らを、みな生擒にしてもらおう」 「はい、了解。……全員、突撃に……」  兵曹長は、自らも音響砲をとりなおすと隊員をひきい、まっ先に立って、「魔の空間」の破れ穴めがけて突入した。  それから「魔の空間」の中で、戦闘がはじまった。しかし帆村の言ったように、ミミ族の緑鬼どもは元気がなく、すこぶる簡単に、竜造寺隊のために片づけられてしまった。緑鬼たちは、いつもと違い、自分たちの姿や、「魔の空間」が人間の目によく見えるので、戦うにはたいへん不利だった。  帆村は、かねて用意したとおり、この緑鬼どもを、宇宙線遮蔽をしてある檻の中にぶちこんだ。宇宙線遮蔽がしてないと、彼らは宇宙線からエネルギーをとって、おいおい元気を取りもどすから、宇宙線は、彼らがかろうじて生きていられる程度の、少量に下げておく必要があった。 「よし、これでいい。これだけ緑鬼どもが手にはいれば、こん度こそ、すっかり緑鬼の正体をあばいてみせるぞ」  帆村は、大きな獲物のはいった檻を前にして、はじめて会心の笑みをもらしたのであった。  それから帆村の研究所は忙しくなった。活発な研究がはじまったのである。 「魔の空間」の材料に関する試験と、研究が進められた。またミミ族の一人一人を解剖して、その正体をさぐった。この前は、解剖の寸前に逃げられてしまったが、こん度は宇宙線を遮蔽した、特別の構造を持った解剖室で行ったので、逃げられる心配はなかった。  この解剖は、人体の解剖とちがい、メスのかわりに、ドリル(孔をあける機械)や酸水素高温焔器や、火花焼切器などの工作機械が使われ、解剖台の上に、赤い血液が流れるかわりに、ミミ族の体から精巧な金属製の部品が取りはずされてならべられた。だから、すこしも血なまぐさい感じがしなかった。 「じつに巧妙にできた機械人体だ」  と、帆村は所員の顔を見まわして言った。 「しかしミミ族は、単なる機械人体ではない。この機械人体を動かしているものこそ、ミミ族の正体だ。つまりミミ族の正体は、もっとこの内部にあるのだ。さあ、さらに解剖をつづけよう」  所員は、ドリルを取り上げ、酸水素高温焔器の焔を針のように細くし、さらにミミ族の解剖を奥へ進めた。  やがて愕くべきことがわかった。 「ほら、体の中は、がらん洞ですぞ」 「がらん洞。やっぱりそうか」 「がらん洞ですが、細い電線みたいなものが、網の目のように縦横に走っています」  帆村は、この発見にもとづき、別のミミ族を引きだして、これを高速鋼の回転鋸にかけて、唐竹割に頭から下まで、縦に二つに割ってみた。二分された緑鬼の体は、二隻の舟のように見えた。なるほど内部はがらん洞であった。そのがらん洞の中に、細い電線のようなものが、網の目のように入りみだれて走っているが、その中心に、真赤なぺらぺらした硬い藻のようなものがあった。それを切り取ると、両手ですくいあげられるほどの僅かな分量のものでしかなかった。  だがこのとき、思いがけないことが起った。それは、その真赤な硬い藻を両手ですくいあげたその所員は、急に両手をふるわせ、悶絶してしまった。  そこで研究はそっちのけで、この所員にたいし、応急手当が加えられた。幸いに彼は間もなく息をふきかえしたが、その語るところによると、両手がち切れそうな苦痛を感じたという。彼には見せなかったが、繃帯で包まれた彼の両手は、大火傷をしたようにはれあがり、骨はぐにゃぐにゃになっていた。真赤な硬い藻が、おそるべき力をひめていることが、こうして発見されたのである。 「そうか。やっとわかった。この赤色藻こそ、ミミ族の正体だ」帆村はそう言って、解剖台から二三歩後へ下った。 「えっ、これがミミ族の正体だというと、どういうわけですか」 「つまり、ミミ族はやっぱり金属生物なんだよ。この赤い藻のように見えるのがそれだ。だがわれわれは、この珍しい金属については、はじめてお目にかかったわけで、これがなんという金属で、どんな性質を持ったものか、すこしも知らない。とにかくこんな金属は、今まで地球上になかったことはたしかだ。しかし少くとも、地球上で一番重いウランよりも、もっともっと重い元素でできていることはわかる。いま、滝田君が火傷したのも、この元素の持っている、恐るべき放射能によるものと思われる」  帆村はそう言って、ほっと一息ついた。 「すると、さっき所長が、機械人体と名をおつけになったこれは、ミミ族の体の一部分なんですか、それとも別物なんですか」 「それはミミ族――すなわち赤色金属藻の着ている外套みたいなものさ。言いかえると、それは機関車みたいなもので、それを動かしているのが、この赤色金属藻のミミ族さ。とにかく彼らは、地球へ遠征するのだから、地球人類と会見するときもあろうと予期し、そのとき地球人類と同じような形をしていた方が都合がよいと考え、そのような外套を着こんでやってきたのだ」  帆村は明快に怪鬼の正体をといた。  網の目のように、体内をはいまわっていた細い電線のようなものは、赤色金属藻から、緑鬼の手、足、目、耳、口などへ号令をつたえ、それを動かすための神経線であることも明らかになった。観察すればするほど、恐るべきミミ族の正体であった。所員一同は、つぎつぎに発見されるミミ族の驚異に、ひじょうな疲労をおぼえた。
兵曹長は、自らも音響砲をとりなおすと隊員をひきい、どこに突入したか。
兵曹長は、自らも音響砲をとりなおすと隊員をひきい、まっ先に立って、「魔の空間」の破れ穴めがけて突入した。