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JCRRAG_014701
国語
空には雲一つなく、太陽がギラギラ照りつけるので、まぶしくて顔をそむけていました。 空には鳥が三羽、鷲が二羽飛び回って争っていました。 そのときでした。突然、あたりが暗くなったのです。しかも、これは太陽が雲にさえぎられたときの暗さとは違っていました。振り返って見ると、これはまたどうしたことでしょう。今、私と太陽との間に、何か途方もなく大きなものが、ずんずん島の方へ向かって進んで来るのです。高さは二マイルばかりありそうでした。そして、六、七分間というものは、すっかり、太陽を隠してしまいました。 やがて、その物は私の真上に来ましたが、見ると、どうもそれは固い塊のようで、底の方が平たくなっているのです。ちょうどそのとき、私は二十ヤード位の高さだった岩から渡り歩いて二百ヤードばかりの高い丘の上に立っていたのですが、やがて、その大きな物は三百ヤード位の高さからずんずん下にさがって一ヤードの高さまで下がってきました。そして、私から一マイルとは離れていない眼の前に見えて来たのです。私はさっそく、望遠鏡を取り出して眺めました。その空飛ぶ物体の斜面には、たくさんの人間が上下に動きまわっているのです。その姿がはっきりと見えるのです。 ぱっと見で大人が十五人、子供が八人は見えました。
私が望遠鏡で空飛ぶ物体を見たときにいた大人と子供のうち、数が少ないほうを教えてください。
私が望遠鏡で空飛ぶ物体を見たときにいた大人と子供のうち、数が少ないほうは子供で八人です。
JCRRAG_014702
国語
ところが、この内乱というのは、いつでもブレフスキュ島の皇帝が、おだててやらせたのです。だから内乱が鎮まると、いつも謀反人はブレフスキュに逃げて行きました。捕まったのは二万人ですが、とにかく、卵の小さい端を割るぐらいなら、死んだ方がましだといって、死刑にされたものが一万一千人います。この卵の争いについては、三百冊も書物が出ていますが、大きい端の方がいいと書いた本はその内百冊ほどあって、国民に読むことを禁止されています。 小さい端の方がいいと書いた本は二百冊あります。 また、大きい端の方がいいと考える人は、官職につくこともできません。 ところで、ブレフスキュ島の皇帝は、こちらから逃げて行った謀反人たちを非常に大切にして、よく待遇するし、おまけに、こちらの反対派も、こっそりこれを応援するので、二大国の間に三十六ヵ月にわたる戦争がはじまったのです。その間にわが国は、四十隻の大船と二百の小舟と、それから、二万人の海兵と一万人の陸兵を失いました。が、敵の損害は、それ以上だろうといわれています。 しかし、今また敵は新しく、大艦隊をととのえ、こちらに向って攻め入ろうとしています。それで、皇帝陛下は、あなたの勇気と力を非常に信頼されているので、このことを、あなたと相談してみてくれ、と言われ、私を差し向けられたのです。」 宮内大臣の話が終わると、私は彼にこう言いました。 「どうか陛下にそう伝えてください。私はどんな骨折りでもいといません。しかし、私は外国人ですから、政党の争いのことには立ち入りたくありません。が、外敵に対してなら、陛下とこの国を守るために、命がけで戦いましょう。」
卵の争いについて書かれた書物の中で支持されている方の数を教えてください。
卵の争いについて書かれた書物の中で支持されている方の数は小さい端の方がいいと書いた本で二百冊です。
JCRRAG_014703
国語
私は、今、空に浮かんでいるその島が、どちら側へ動きだすかと、じっと眺めていました。 微調整なのか右に十ヤード、左に十五ヤード動いていました。 そして、間もなく、島はこちらの方へ近づいて来たのです。見ると、その側面には、通路が何段にも分かれていて、ところどころに階段があって、のぼりおりできるようになっています。一番下の通路では、五人の男と二人の女が長い釣竿で魚釣りをしているし、それをそばから眺めている男もいます。 私はその島に向かって、帽子とハンカチを振りましたが、いよいよ近づいて来たので、声をかぎりに叫んでみました。そのうちに、向こうでは、私の一番よく見える側へ、人々がぞろぞろ集まって来ました。そして、彼らは今しきりに私の方を指さしながら、互いに顔を見合わせているのです。と、四、五人の男が階段を駈け上って行ったかと思うと、そのまま見えなくなりました。これはきっと誰か偉い人のところへ私のことを告げに行ったのだろう、と私は考えました。そして、それはそのとおりでした。 人の数が次第にふえてきました。それから半時間ほどすると、島は上の方へのぼって行き、一番下の道路が、私の立っている丘から、百ヤードぐらいのところに、真正面に見えてきました。私は一生懸命、救いを求めるように話しかけてみましたが、何も答えてくれません。私のすぐ前に立っている人々は、その身なりで、偉い方のように思われました。私の方を見ては、何かしきりに相談しているようでしたが、ついに、その一人が、上品な言葉で、何か呼びかけました。私もさっそく、返事しました。が、どちらも、言葉はまるで通じません。ただ、私がひどく困っていることだけは、身振りで、わかってくれました。 相手は私に、岩からおりて海岸の方へ行け、と合図しました。で、私はそのとおりにしました。すると、その飛ぶ島は、ちょうど、私の頭の上に、その縁が近づいて、一番下の通路から、一本の鎖がするするとおりてきました。鎖の先には、腰掛が一つついています。私がそれに乗ると、鎖はそのまま巻き上げられてゆきました。 私がその島へおりると、すぐ大勢の人々が私を取り囲みました。見ると、一番前に立っているのが、どうも上流の人々のようでした。彼らは私を眺めて、ひどく驚いている様子でしたが、私の方も、すっかり驚いてしまったのです。なにしろ、その恰好も、服装も、容貌も、こんな奇妙な人間を私はまだ見たことがなかったからです。
空に浮かんでいる島が微調整で動いた距離のうち、より多く動いた距離を教えてください。
空に浮かんでいる島が微調整で動いた距離のうち、より多く動いた距離は左に十五ヤードです。
JCRRAG_014704
国語
ところが、この内乱というのは、いつでもブレフスキュ島の皇帝が、おだててやらせたのです。だから内乱が鎮まると、いつも謀反人はブレフスキュに逃げて行きました。捕まったのは二万人ですが、とにかく、卵の小さい端を割るぐらいなら、死んだ方がましだといって、死刑にされたものが一万一千人います。この卵の争いについては、三百冊も書物が出ていますが、大きい端の方がいいと書いた本はその内百冊ほどあって、国民に読むことを禁止されています。 小さい端の方がいいと書いた本は二百冊あります。 また、大きい端の方がいいと考える人は、官職につくこともできません。 ところで、ブレフスキュ島の皇帝は、こちらから逃げて行った謀反人たちを非常に大切にして、よく待遇するし、おまけに、こちらの反対派も、こっそりこれを応援するので、二大国の間に三十六ヵ月にわたる戦争がはじまったのです。その間にわが国は、四十隻の大船と二百の小舟と、それから、二万人の海兵と一万人の陸兵を失いました。が、敵の損害は、それ以上だろうといわれています。 しかし、今また敵は新しく、大艦隊をととのえ、こちらに向って攻め入ろうとしています。それで、皇帝陛下は、あなたの勇気と力を非常に信頼されているので、このことを、あなたと相談してみてくれ、と言われ、私を差し向けられたのです。」 宮内大臣の話が終わると、私は彼にこう言いました。 「どうか陛下にそう伝えてください。私はどんな骨折りでもいといません。しかし、私は外国人ですから、政党の争いのことには立ち入りたくありません。が、外敵に対してなら、陛下とこの国を守るために、命がけで戦いましょう。」
卵の争いについて書かれた書物の中で支持されていない方の数を教えてください。
卵の争いについて書かれた書物の中で支持されていない方の数は、大きい端の方がいいと書いた本で百冊です。
JCRRAG_014705
国語
私は、今、空に浮かんでいるその島が、どちら側へ動きだすかと、じっと眺めていました。 微調整なのか右に十ヤード、左に十五ヤード動いていました。 そして、間もなく、島はこちらの方へ近づいて来たのです。見ると、その側面には、通路が何段にも分かれていて、ところどころに階段があって、のぼりおりできるようになっています。一番下の通路では、五人の男と二人の女が長い釣竿で魚釣りをしているし、それをそばから眺めている男もいます。 私はその島に向かって、帽子とハンカチを振りましたが、いよいよ近づいて来たので、声をかぎりに叫んでみました。そのうちに、向こうでは、私の一番よく見える側へ、人々がぞろぞろ集まって来ました。そして、彼らは今しきりに私の方を指さしながら、互いに顔を見合わせているのです。と、四、五人の男が階段を駈け上って行ったかと思うと、そのまま見えなくなりました。これはきっと誰か偉い人のところへ私のことを告げに行ったのだろう、と私は考えました。そして、それはそのとおりでした。 人の数が次第にふえてきました。それから半時間ほどすると、島は上の方へのぼって行き、一番下の道路が、私の立っている丘から、百ヤードぐらいのところに、真正面に見えてきました。私は一生懸命、救いを求めるように話しかけてみましたが、何も答えてくれません。私のすぐ前に立っている人々は、その身なりで、偉い方のように思われました。私の方を見ては、何かしきりに相談しているようでしたが、ついに、その一人が、上品な言葉で、何か呼びかけました。私もさっそく、返事しました。が、どちらも、言葉はまるで通じません。ただ、私がひどく困っていることだけは、身振りで、わかってくれました。 相手は私に、岩からおりて海岸の方へ行け、と合図しました。で、私はそのとおりにしました。すると、その飛ぶ島は、ちょうど、私の頭の上に、その縁が近づいて、一番下の通路から、一本の鎖がするするとおりてきました。鎖の先には、腰掛が一つついています。私がそれに乗ると、鎖はそのまま巻き上げられてゆきました。 私がその島へおりると、すぐ大勢の人々が私を取り囲みました。見ると、一番前に立っているのが、どうも上流の人々のようでした。彼らは私を眺めて、ひどく驚いている様子でしたが、私の方も、すっかり驚いてしまったのです。なにしろ、その恰好も、服装も、容貌も、こんな奇妙な人間を私はまだ見たことがなかったからです。
空に浮かんでいる島が微調整で動いた距離のうち、より少なく動いた距離を教えてください。
空に浮かんでいる島が微調整で動いた距離のうち、より少なく動いた距離は右に十ヤードです。
JCRRAG_014706
国語
ところが、この内乱というのは、いつでもブレフスキュ島の皇帝が、おだててやらせたのです。だから内乱が鎮まると、いつも謀反人はブレフスキュに逃げて行きました。捕まったのは二万人ですが、とにかく、卵の小さい端を割るぐらいなら、死んだ方がましだといって、死刑にされたものが一万一千人います。この卵の争いについては、三百冊も書物が出ていますが、大きい端の方がいいと書いた本はその内百冊ほどあって、国民に読むことを禁止されています。 小さい端の方がいいと書いた本は二百冊あります。 また、大きい端の方がいいと考える人は、官職につくこともできません。 ところで、ブレフスキュ島の皇帝は、こちらから逃げて行った謀反人たちを非常に大切にして、よく待遇するし、おまけに、こちらの反対派も、こっそりこれを応援するので、二大国の間に三十六ヵ月にわたる戦争がはじまったのです。その間にわが国は、四十隻の大船と二百の小舟と、それから、二万人の海兵と一万人の陸兵を失いました。が、敵の損害は、それ以上だろうといわれています。 しかし、今また敵は新しく、大艦隊をととのえ、こちらに向って攻め入ろうとしています。それで、皇帝陛下は、あなたの勇気と力を非常に信頼されているので、このことを、あなたと相談してみてくれ、と言われ、私を差し向けられたのです。」 宮内大臣の話が終わると、私は彼にこう言いました。 「どうか陛下にそう伝えてください。私はどんな骨折りでもいといません。しかし、私は外国人ですから、政党の争いのことには立ち入りたくありません。が、外敵に対してなら、陛下とこの国を守るために、命がけで戦いましょう。」
三十六ヵ月にわたる戦争がはじまった結果、失った数がより多い兵を教えてください。
三十六ヵ月にわたる戦争がはじまった結果、失った数がより多い兵は海兵で二万人です。
JCRRAG_014707
国語
私は、今、空に浮かんでいるその島が、どちら側へ動きだすかと、じっと眺めていました。 微調整なのか右に十ヤード、左に十五ヤード動いていました。 そして、間もなく、島はこちらの方へ近づいて来たのです。見ると、その側面には、通路が何段にも分かれていて、ところどころに階段があって、のぼりおりできるようになっています。一番下の通路では、五人の男と二人の女が長い釣竿で魚釣りをしているし、それをそばから眺めている男もいます。 私はその島に向かって、帽子とハンカチを振りましたが、いよいよ近づいて来たので、声をかぎりに叫んでみました。そのうちに、向こうでは、私の一番よく見える側へ、人々がぞろぞろ集まって来ました。そして、彼らは今しきりに私の方を指さしながら、互いに顔を見合わせているのです。と、四、五人の男が階段を駈け上って行ったかと思うと、そのまま見えなくなりました。これはきっと誰か偉い人のところへ私のことを告げに行ったのだろう、と私は考えました。そして、それはそのとおりでした。 人の数が次第にふえてきました。それから半時間ほどすると、島は上の方へのぼって行き、一番下の道路が、私の立っている丘から、百ヤードぐらいのところに、真正面に見えてきました。私は一生懸命、救いを求めるように話しかけてみましたが、何も答えてくれません。私のすぐ前に立っている人々は、その身なりで、偉い方のように思われました。私の方を見ては、何かしきりに相談しているようでしたが、ついに、その一人が、上品な言葉で、何か呼びかけました。私もさっそく、返事しました。が、どちらも、言葉はまるで通じません。ただ、私がひどく困っていることだけは、身振りで、わかってくれました。 相手は私に、岩からおりて海岸の方へ行け、と合図しました。で、私はそのとおりにしました。すると、その飛ぶ島は、ちょうど、私の頭の上に、その縁が近づいて、一番下の通路から、一本の鎖がするするとおりてきました。鎖の先には、腰掛が一つついています。私がそれに乗ると、鎖はそのまま巻き上げられてゆきました。 私がその島へおりると、すぐ大勢の人々が私を取り囲みました。見ると、一番前に立っているのが、どうも上流の人々のようでした。彼らは私を眺めて、ひどく驚いている様子でしたが、私の方も、すっかり驚いてしまったのです。なにしろ、その恰好も、服装も、容貌も、こんな奇妙な人間を私はまだ見たことがなかったからです。
浮かんでいる島の一番下の通路で魚釣りをしている人間のうち、人数が多いほうの性別を教えてください。
浮かんでいる島の一番下の通路で魚釣りをしている人間のうち、人数が多いほうの性別は男で五人です。
JCRRAG_014708
国語
ところが、この内乱というのは、いつでもブレフスキュ島の皇帝が、おだててやらせたのです。だから内乱が鎮まると、いつも謀反人はブレフスキュに逃げて行きました。捕まったのは二万人ですが、とにかく、卵の小さい端を割るぐらいなら、死んだ方がましだといって、死刑にされたものが一万一千人います。この卵の争いについては、三百冊も書物が出ていますが、大きい端の方がいいと書いた本はその内百冊ほどあって、国民に読むことを禁止されています。 小さい端の方がいいと書いた本は二百冊あります。 また、大きい端の方がいいと考える人は、官職につくこともできません。 ところで、ブレフスキュ島の皇帝は、こちらから逃げて行った謀反人たちを非常に大切にして、よく待遇するし、おまけに、こちらの反対派も、こっそりこれを応援するので、二大国の間に三十六ヵ月にわたる戦争がはじまったのです。その間にわが国は、四十隻の大船と二百の小舟と、それから、二万人の海兵と一万人の陸兵を失いました。が、敵の損害は、それ以上だろうといわれています。 しかし、今また敵は新しく、大艦隊をととのえ、こちらに向って攻め入ろうとしています。それで、皇帝陛下は、あなたの勇気と力を非常に信頼されているので、このことを、あなたと相談してみてくれ、と言われ、私を差し向けられたのです。」 宮内大臣の話が終わると、私は彼にこう言いました。 「どうか陛下にそう伝えてください。私はどんな骨折りでもいといません。しかし、私は外国人ですから、政党の争いのことには立ち入りたくありません。が、外敵に対してなら、陛下とこの国を守るために、命がけで戦いましょう。」
三十六ヵ月にわたる戦争がはじまった結果、失った数がより少ない兵を教えてください。
三十六ヵ月にわたる戦争がはじまった結果、失った数がより少ない兵は陸兵で一万人です。
JCRRAG_014709
国語
私は、今、空に浮かんでいるその島が、どちら側へ動きだすかと、じっと眺めていました。 微調整なのか右に十ヤード、左に十五ヤード動いていました。 そして、間もなく、島はこちらの方へ近づいて来たのです。見ると、その側面には、通路が何段にも分かれていて、ところどころに階段があって、のぼりおりできるようになっています。一番下の通路では、五人の男と二人の女が長い釣竿で魚釣りをしているし、それをそばから眺めている男もいます。 私はその島に向かって、帽子とハンカチを振りましたが、いよいよ近づいて来たので、声をかぎりに叫んでみました。そのうちに、向こうでは、私の一番よく見える側へ、人々がぞろぞろ集まって来ました。そして、彼らは今しきりに私の方を指さしながら、互いに顔を見合わせているのです。と、四、五人の男が階段を駈け上って行ったかと思うと、そのまま見えなくなりました。これはきっと誰か偉い人のところへ私のことを告げに行ったのだろう、と私は考えました。そして、それはそのとおりでした。 人の数が次第にふえてきました。それから半時間ほどすると、島は上の方へのぼって行き、一番下の道路が、私の立っている丘から、百ヤードぐらいのところに、真正面に見えてきました。私は一生懸命、救いを求めるように話しかけてみましたが、何も答えてくれません。私のすぐ前に立っている人々は、その身なりで、偉い方のように思われました。私の方を見ては、何かしきりに相談しているようでしたが、ついに、その一人が、上品な言葉で、何か呼びかけました。私もさっそく、返事しました。が、どちらも、言葉はまるで通じません。ただ、私がひどく困っていることだけは、身振りで、わかってくれました。 相手は私に、岩からおりて海岸の方へ行け、と合図しました。で、私はそのとおりにしました。すると、その飛ぶ島は、ちょうど、私の頭の上に、その縁が近づいて、一番下の通路から、一本の鎖がするするとおりてきました。鎖の先には、腰掛が一つついています。私がそれに乗ると、鎖はそのまま巻き上げられてゆきました。 私がその島へおりると、すぐ大勢の人々が私を取り囲みました。見ると、一番前に立っているのが、どうも上流の人々のようでした。彼らは私を眺めて、ひどく驚いている様子でしたが、私の方も、すっかり驚いてしまったのです。なにしろ、その恰好も、服装も、容貌も、こんな奇妙な人間を私はまだ見たことがなかったからです。
浮かんでいる島の一番下の通路で魚釣りをしている人間のうち、人数が少ないほうの性別を教えてください。
浮かんでいる島の一番下の通路で魚釣りをしている人間のうち、人数が少ないほうの性別は女で二人です。
JCRRAG_014710
国語
ブレフスキュ帝国というのは、リリパットの北東にあたる島で、この国とはわずか八百ヤードの海峡で隔っています。私はまだ一度もその島を見たことはなかったのですが、こんどの話を聞いてからは、敵の船に見つけられるといけないので、そちら側の海岸へは、出て行かないように努めました。戦争になって以来、両国の人々は行き来してはいけないことになっており、船が港に出入りすることも皇帝の命令でとめられていたので、私のことは、敵側にはまだ知られていないはずです。 私は一つの計略を皇帝に申し上げました。 「なんでも斥候の報告では、敵の全艦隊は、順風を待って出動しようとして、今、港に錨をおろしているそうですから、これを全部とっつかまえて御覧にいれましょう。」 そこで、私は水夫たちに、海峡の深さを聞いてみました。彼等は何度もはかってみたことがあるので、よく知っていましたが、それによると、満潮のときが真中の深さが六フィート、そのほかの場所なら、まず四フィートだということです。 私はちょうど正面にブレフスキュ島が見える北東海岸に行きました。小山の陰に腹這いになりながら、望遠鏡を取り出して見ると、敵の艦隊は五十隻の軍艦と、八十の運送船が碇泊しているのです。
ブレフスキュ帝国との間の海峡の深さで、より深いところの深さを教えてください。
ブレフスキュ帝国との間の海峡の深さで、より深いところの深さは六フィートです。
JCRRAG_014711
国語
空を飛ぶ島に住んでいる彼らの頭はみんな、左か、右か、どちらかへ傾いています。 五人で集まって立っている集団のうち、三人は左、二人は右に頭が傾いていました。 目は、片方は内側へ向け、もう一方は真上を向いているのです。上衣は、太陽、月、星などの模様に、フィドル、フルート、ハープ、トランペット、ギター、そのほか、いろんな珍しい楽器の模様を交ぜています。 それから、召使の服装をした男たちは、短い棒の先に、膀胱をふくらませたものをつけて持ち歩いています。そんな男たちも、だいぶいました。これはあとで知ったのですが、この膀胱の中には、乾いた豆が二十粒と小石が五個入っています。 ところで、彼らは、この膀胱で、傍に立っている男の口や耳を叩きます。これは、この国の人間は、いつも何か深い考えごとに熱中しているので、何か外からつついてやらねば、ものも言えないし、他人の話を聞くこともできないからです。そこで、お金持ちは、叩き役を一人、召使としてやとっておき、外へ出るときには、必ずついて行きます。召使の仕事というのは、この膀胱で、主人やお客の耳や口を、静かにかわるがわる、叩くことなのです。また、この叩き役は主人に寄り添って歩き、ときどき、その目を軽く叩いてやります。というのは、主人は考えごとに夢中になっていますから、うっかりして、崖から落っこちたり、溝にはまりこんだりすることがあるかもしれないからです。
空を飛ぶ島に住んでいる五人のうち、人数が多いほうの頭を傾けている方向を教えてください。
空を飛ぶ島に住んでいる五人のうち、人数が多いほうの頭を傾けている方向は左で三人です。
JCRRAG_014712
国語
ブレフスキュ帝国というのは、リリパットの北東にあたる島で、この国とはわずか八百ヤードの海峡で隔っています。私はまだ一度もその島を見たことはなかったのですが、こんどの話を聞いてからは、敵の船に見つけられるといけないので、そちら側の海岸へは、出て行かないように努めました。戦争になって以来、両国の人々は行き来してはいけないことになっており、船が港に出入りすることも皇帝の命令でとめられていたので、私のことは、敵側にはまだ知られていないはずです。 私は一つの計略を皇帝に申し上げました。 「なんでも斥候の報告では、敵の全艦隊は、順風を待って出動しようとして、今、港に錨をおろしているそうですから、これを全部とっつかまえて御覧にいれましょう。」 そこで、私は水夫たちに、海峡の深さを聞いてみました。彼等は何度もはかってみたことがあるので、よく知っていましたが、それによると、満潮のときが真中の深さが六フィート、そのほかの場所なら、まず四フィートだということです。 私はちょうど正面にブレフスキュ島が見える北東海岸に行きました。小山の陰に腹這いになりながら、望遠鏡を取り出して見ると、敵の艦隊は五十隻の軍艦と、八十の運送船が碇泊しているのです。
ブレフスキュ帝国との間の海峡の深さで、より浅いところの深さを教えてください。
ブレフスキュ帝国との間の海峡の深さで、より浅いところの深さは四フィートです。
JCRRAG_014713
国語
空を飛ぶ島に住んでいる彼らの頭はみんな、左か、右か、どちらかへ傾いています。 五人で集まって立っている集団のうち、三人は左、二人は右に頭が傾いていました。 目は、片方は内側へ向け、もう一方は真上を向いているのです。上衣は、太陽、月、星などの模様に、フィドル、フルート、ハープ、トランペット、ギター、そのほか、いろんな珍しい楽器の模様を交ぜています。 それから、召使の服装をした男たちは、短い棒の先に、膀胱をふくらませたものをつけて持ち歩いています。そんな男たちも、だいぶいました。これはあとで知ったのですが、この膀胱の中には、乾いた豆が二十粒と小石が五個入っています。 ところで、彼らは、この膀胱で、傍に立っている男の口や耳を叩きます。これは、この国の人間は、いつも何か深い考えごとに熱中しているので、何か外からつついてやらねば、ものも言えないし、他人の話を聞くこともできないからです。そこで、お金持ちは、叩き役を一人、召使としてやとっておき、外へ出るときには、必ずついて行きます。召使の仕事というのは、この膀胱で、主人やお客の耳や口を、静かにかわるがわる、叩くことなのです。また、この叩き役は主人に寄り添って歩き、ときどき、その目を軽く叩いてやります。というのは、主人は考えごとに夢中になっていますから、うっかりして、崖から落っこちたり、溝にはまりこんだりすることがあるかもしれないからです。
空を飛ぶ島に住んでいる五人のうち、人数が少ないほうの頭を傾けている方向を教えてください。
空を飛ぶ島に住んでいる五人のうち、人数が少ないほうの頭を傾けている方向は右で二人です。
JCRRAG_014714
国語
ブレフスキュ帝国というのは、リリパットの北東にあたる島で、この国とはわずか八百ヤードの海峡で隔っています。私はまだ一度もその島を見たことはなかったのですが、こんどの話を聞いてからは、敵の船に見つけられるといけないので、そちら側の海岸へは、出て行かないように努めました。戦争になって以来、両国の人々は行き来してはいけないことになっており、船が港に出入りすることも皇帝の命令でとめられていたので、私のことは、敵側にはまだ知られていないはずです。 私は一つの計略を皇帝に申し上げました。 「なんでも斥候の報告では、敵の全艦隊は、順風を待って出動しようとして、今、港に錨をおろしているそうですから、これを全部とっつかまえて御覧にいれましょう。」 そこで、私は水夫たちに、海峡の深さを聞いてみました。彼等は何度もはかってみたことがあるので、よく知っていましたが、それによると、満潮のときが真中の深さが六フィート、そのほかの場所なら、まず四フィートだということです。 私はちょうど正面にブレフスキュ島が見える北東海岸に行きました。小山の陰に腹這いになりながら、望遠鏡を取り出して見ると、敵の艦隊は五十隻の軍艦と、八十の運送船が碇泊しているのです。
私が望遠鏡で見た敵の艦隊でより多かった船の種類を教えてください。
私が望遠鏡で見た敵の艦隊でより多かった船の種類は運送戦で八十です。
JCRRAG_014715
国語
空を飛ぶ島に住んでいる彼らの頭はみんな、左か、右か、どちらかへ傾いています。 五人で集まって立っている集団のうち、三人は左、二人は右に頭が傾いていました。 目は、片方は内側へ向け、もう一方は真上を向いているのです。上衣は、太陽、月、星などの模様に、フィドル、フルート、ハープ、トランペット、ギター、そのほか、いろんな珍しい楽器の模様を交ぜています。 それから、召使の服装をした男たちは、短い棒の先に、膀胱をふくらませたものをつけて持ち歩いています。そんな男たちも、だいぶいました。これはあとで知ったのですが、この膀胱の中には、乾いた豆が二十粒と小石が五個入っています。 ところで、彼らは、この膀胱で、傍に立っている男の口や耳を叩きます。これは、この国の人間は、いつも何か深い考えごとに熱中しているので、何か外からつついてやらねば、ものも言えないし、他人の話を聞くこともできないからです。そこで、お金持ちは、叩き役を一人、召使としてやとっておき、外へ出るときには、必ずついて行きます。召使の仕事というのは、この膀胱で、主人やお客の耳や口を、静かにかわるがわる、叩くことなのです。また、この叩き役は主人に寄り添って歩き、ときどき、その目を軽く叩いてやります。というのは、主人は考えごとに夢中になっていますから、うっかりして、崖から落っこちたり、溝にはまりこんだりすることがあるかもしれないからです。
膀胱の中に入っている乾いた豆と小石のうち、数が多いほうを教えてください。
膀胱の中に入っている乾いた豆と小石のうち、数が多いほうは乾いた豆で二十粒です。
JCRRAG_014716
国語
ブレフスキュ帝国というのは、リリパットの北東にあたる島で、この国とはわずか八百ヤードの海峡で隔っています。私はまだ一度もその島を見たことはなかったのですが、こんどの話を聞いてからは、敵の船に見つけられるといけないので、そちら側の海岸へは、出て行かないように努めました。戦争になって以来、両国の人々は行き来してはいけないことになっており、船が港に出入りすることも皇帝の命令でとめられていたので、私のことは、敵側にはまだ知られていないはずです。 私は一つの計略を皇帝に申し上げました。 「なんでも斥候の報告では、敵の全艦隊は、順風を待って出動しようとして、今、港に錨をおろしているそうですから、これを全部とっつかまえて御覧にいれましょう。」 そこで、私は水夫たちに、海峡の深さを聞いてみました。彼等は何度もはかってみたことがあるので、よく知っていましたが、それによると、満潮のときが真中の深さが六フィート、そのほかの場所なら、まず四フィートだということです。 私はちょうど正面にブレフスキュ島が見える北東海岸に行きました。小山の陰に腹這いになりながら、望遠鏡を取り出して見ると、敵の艦隊は五十隻の軍艦と、八十の運送船が碇泊しているのです。
私が望遠鏡で見た敵の艦隊でより少なかった船の種類を教えてください。
私が望遠鏡で見た敵の艦隊でより少なかった船の種類は軍艦で五十隻です。
JCRRAG_014717
国語
空を飛ぶ島に住んでいる彼らの頭はみんな、左か、右か、どちらかへ傾いています。 五人で集まって立っている集団のうち、三人は左、二人は右に頭が傾いていました。 目は、片方は内側へ向け、もう一方は真上を向いているのです。上衣は、太陽、月、星などの模様に、フィドル、フルート、ハープ、トランペット、ギター、そのほか、いろんな珍しい楽器の模様を交ぜています。 それから、召使の服装をした男たちは、短い棒の先に、膀胱をふくらませたものをつけて持ち歩いています。そんな男たちも、だいぶいました。これはあとで知ったのですが、この膀胱の中には、乾いた豆が二十粒と小石が五個入っています。 ところで、彼らは、この膀胱で、傍に立っている男の口や耳を叩きます。これは、この国の人間は、いつも何か深い考えごとに熱中しているので、何か外からつついてやらねば、ものも言えないし、他人の話を聞くこともできないからです。そこで、お金持ちは、叩き役を一人、召使としてやとっておき、外へ出るときには、必ずついて行きます。召使の仕事というのは、この膀胱で、主人やお客の耳や口を、静かにかわるがわる、叩くことなのです。また、この叩き役は主人に寄り添って歩き、ときどき、その目を軽く叩いてやります。というのは、主人は考えごとに夢中になっていますから、うっかりして、崖から落っこちたり、溝にはまりこんだりすることがあるかもしれないからです。
膀胱の中に入っている乾いた豆と小石のうち、数が少ないほうを教えてください。
膀胱の中に入っている乾いた豆と小石のうち、数が少ないほうは小石で五個です。
JCRRAG_014718
国語
私の姿にびっくりした敵は、すっかりあわてて、われ先に海に飛び込んでは、岸の方へ泳いで行きます。その人数は、全体の四万人のうち三万人はくだらなかったでしょう。そこで、私は綱を取り出すと、軍艦の舳へさきの穴に、一つ一つ鈎を引っかけ、全部の綱の端を一つに結び合わせました。こうしているうちにも、敵は、数千本という矢を、一せいに射かけてきます。 矢は、私の両手に五百本や顔に七百本は降りそそぎ、痛いのも痛いのですが、これでは全く、仕事のじゃまになって仕方がありません。一番、心配したのは目をやられることです。今につぶされやしないかと、いらいらしました。ところが、ふと、私はいいことを思いついたので、やっと助かりました。私には、あの身体検査のとき見せないで、そっとポケットに隠しておいた、眼鏡があります。その眼鏡を取り出すと、しっかり鼻にかけました。これさえあれば、もう大丈夫、私は敵の矢など気にかけず、平気で仕事をつづけました。眼鏡のガラスにあたる矢もだいぶありますが、これは、眼鏡をちょっとグラつかせるだけで、大したことはありません。 どの船にもみんな鈎をかけてしまうと、私は綱の結び目をつかんで、ぐいと引っ張りました。ところが、どうしたことか、船は一隻も動きません。見ると、船はみんな錨で、しっかりとめてあるのです。そこで、また、やっかいな、骨の折れる仕事がはじまりました。鈎のかかったままの綱を、一旦手から放し、それから、小刀を取り出して、錨の綱をズンズン切ってゆきました。このときも、手に百本、顔に二百本の矢が飛んで来ました。さて、私は鈎をかけた綱を手に取ると、今度はすぐ簡単に動き出しました。こうして、私は敵の軍艦五十隻、ついでに運送船を二十隻ほどを引っ張って帰りました。 ブレフスキュの人たちは、私が何をしようとしているのか、見当がつかなかったので、はじめのうちは、ただ呆れているようでした。私が錨の綱を切るのを見て、船を流してしまうのか、それとも、お互いに衝突させるのかしら、と思っていましたが、いよいよ全艦隊が私の綱に引っ張られて、うまく動きだしたのに気づくと、にわかに泣き叫びだしました。彼らの嘆き悲しむ有様といったら、まあ、なんといっていいのかわからないほどでした。 さて、私は一休みするために、立ち止まって、手や顔に一ぱい刺さっている矢を引き抜きました。前に小人からつけてもらった、矢の妙薬を、そのきずあとに塗り込みました。それから、眼鏡をはずして、潮が退くのをしばらく待ち、やがて荷物を引きながら、海峡の真中を渡り、無事に、リリパットの港へ帰り着いたのです。
敵が私に向かって射かけた矢がより多く当たった体の場所を教えてください。
敵が私に向かって射かけた矢がより多く当たった体の場所は顔で七百本です。
JCRRAG_014719
国語
ところで、私はこの国の人々に案内されて、三つの上り階段を上り、二つの下り階段を下り、島の上にある宮殿へつれて行かれたのですが、そのとき、私は、みんなが何をしているのか、さっぱり、わかりませんでした。階段を上って行く途中でも下って行く途中でも、彼らは考えごとに熱中し、ぼんやりしてしまうのです。そのたびに、叩き役が、彼らをつついて、気をつけてやりました。 私たちは宮殿に入って、国王の間に通されました。見ると、国王陛下の左右には、高位の人たちが、ずらりと並んでいます。王の前にはテーブルが一つあって、その上には、地球儀や、そのほか、種々さまざまな数学の器械がいっぱい並べてあります。なにしろ今、大勢の人がどかどかと入ったので、騒がしかったはずですが、陛下は一向に私たちが来たことに気がつかれません。陛下は今、ある問題を一心に考えておられる最中なのです。私たちは、陛下がその問題をお解きになるまで、一時間ぐらい待っていました。 陛下の両側には、叩き棒を待った侍童が、一人ずつついています。陛下の考えごとが終わると、一人は口許を、一人は右の耳を、それぞれ軽く叩きました。 口許は三回、右の耳を二回叩いていました。
私が宮殿まで連れていかれた間の上り階段と下り階段を比較して、数が多かったほうを教えてください。
私が宮殿まで連れていかれた間の上り階段と下り階段を比較して、数が多かったほうは上り階段で三つです。
JCRRAG_014720
国語
私の姿にびっくりした敵は、すっかりあわてて、われ先に海に飛び込んでは、岸の方へ泳いで行きます。その人数は、全体の四万人のうち三万人はくだらなかったでしょう。そこで、私は綱を取り出すと、軍艦の舳へさきの穴に、一つ一つ鈎を引っかけ、全部の綱の端を一つに結び合わせました。こうしているうちにも、敵は、数千本という矢を、一せいに射かけてきます。 矢は、私の両手に五百本や顔に七百本は降りそそぎ、痛いのも痛いのですが、これでは全く、仕事のじゃまになって仕方がありません。一番、心配したのは目をやられることです。今につぶされやしないかと、いらいらしました。ところが、ふと、私はいいことを思いついたので、やっと助かりました。私には、あの身体検査のとき見せないで、そっとポケットに隠しておいた、眼鏡があります。その眼鏡を取り出すと、しっかり鼻にかけました。これさえあれば、もう大丈夫、私は敵の矢など気にかけず、平気で仕事をつづけました。眼鏡のガラスにあたる矢もだいぶありますが、これは、眼鏡をちょっとグラつかせるだけで、大したことはありません。 どの船にもみんな鈎をかけてしまうと、私は綱の結び目をつかんで、ぐいと引っ張りました。ところが、どうしたことか、船は一隻も動きません。見ると、船はみんな錨で、しっかりとめてあるのです。そこで、また、やっかいな、骨の折れる仕事がはじまりました。鈎のかかったままの綱を、一旦手から放し、それから、小刀を取り出して、錨の綱をズンズン切ってゆきました。このときも、手に百本、顔に二百本の矢が飛んで来ました。さて、私は鈎をかけた綱を手に取ると、今度はすぐ簡単に動き出しました。こうして、私は敵の軍艦五十隻、ついでに運送船を二十隻ほどを引っ張って帰りました。 ブレフスキュの人たちは、私が何をしようとしているのか、見当がつかなかったので、はじめのうちは、ただ呆れているようでした。私が錨の綱を切るのを見て、船を流してしまうのか、それとも、お互いに衝突させるのかしら、と思っていましたが、いよいよ全艦隊が私の綱に引っ張られて、うまく動きだしたのに気づくと、にわかに泣き叫びだしました。彼らの嘆き悲しむ有様といったら、まあ、なんといっていいのかわからないほどでした。 さて、私は一休みするために、立ち止まって、手や顔に一ぱい刺さっている矢を引き抜きました。前に小人からつけてもらった、矢の妙薬を、そのきずあとに塗り込みました。それから、眼鏡をはずして、潮が退くのをしばらく待ち、やがて荷物を引きながら、海峡の真中を渡り、無事に、リリパットの港へ帰り着いたのです。
敵が私に向かって射かけた矢がより少なく当たった体の場所を教えてください。
敵が私に向かって射かけた矢がより少なく当たった体の場所は両手で五百本です。
JCRRAG_014721
国語
ところで、私はこの国の人々に案内されて、三つの上り階段を上り、二つの下り階段を下り、島の上にある宮殿へつれて行かれたのですが、そのとき、私は、みんなが何をしているのか、さっぱり、わかりませんでした。階段を上って行く途中でも下って行く途中でも、彼らは考えごとに熱中し、ぼんやりしてしまうのです。そのたびに、叩き役が、彼らをつついて、気をつけてやりました。 私たちは宮殿に入って、国王の間に通されました。見ると、国王陛下の左右には、高位の人たちが、ずらりと並んでいます。王の前にはテーブルが一つあって、その上には、地球儀や、そのほか、種々さまざまな数学の器械がいっぱい並べてあります。なにしろ今、大勢の人がどかどかと入ったので、騒がしかったはずですが、陛下は一向に私たちが来たことに気がつかれません。陛下は今、ある問題を一心に考えておられる最中なのです。私たちは、陛下がその問題をお解きになるまで、一時間ぐらい待っていました。 陛下の両側には、叩き棒を待った侍童が、一人ずつついています。陛下の考えごとが終わると、一人は口許を、一人は右の耳を、それぞれ軽く叩きました。 口許は三回、右の耳を二回叩いていました。
私が宮殿まで連れていかれた間の上り階段と下り階段を比較して、数が少なかったほうを教えてください。
私が宮殿まで連れていかれた間の上り階段と下り階段を比較して、数が少なかったほうは下り階段で二つです。
JCRRAG_014722
国語
私の姿にびっくりした敵は、すっかりあわてて、われ先に海に飛び込んでは、岸の方へ泳いで行きます。その人数は、全体の四万人のうち三万人はくだらなかったでしょう。そこで、私は綱を取り出すと、軍艦の舳へさきの穴に、一つ一つ鈎を引っかけ、全部の綱の端を一つに結び合わせました。こうしているうちにも、敵は、数千本という矢を、一せいに射かけてきます。 矢は、私の両手に五百本や顔に七百本は降りそそぎ、痛いのも痛いのですが、これでは全く、仕事のじゃまになって仕方がありません。一番、心配したのは目をやられることです。今につぶされやしないかと、いらいらしました。ところが、ふと、私はいいことを思いついたので、やっと助かりました。私には、あの身体検査のとき見せないで、そっとポケットに隠しておいた、眼鏡があります。その眼鏡を取り出すと、しっかり鼻にかけました。これさえあれば、もう大丈夫、私は敵の矢など気にかけず、平気で仕事をつづけました。眼鏡のガラスにあたる矢もだいぶありますが、これは、眼鏡をちょっとグラつかせるだけで、大したことはありません。 どの船にもみんな鈎をかけてしまうと、私は綱の結び目をつかんで、ぐいと引っ張りました。ところが、どうしたことか、船は一隻も動きません。見ると、船はみんな錨で、しっかりとめてあるのです。そこで、また、やっかいな、骨の折れる仕事がはじまりました。鈎のかかったままの綱を、一旦手から放し、それから、小刀を取り出して、錨の綱をズンズン切ってゆきました。このときも、手に百本、顔に二百本の矢が飛んで来ました。さて、私は鈎をかけた綱を手に取ると、今度はすぐ簡単に動き出しました。こうして、私は敵の軍艦五十隻、ついでに運送船を二十隻ほどを引っ張って帰りました。 ブレフスキュの人たちは、私が何をしようとしているのか、見当がつかなかったので、はじめのうちは、ただ呆れているようでした。私が錨の綱を切るのを見て、船を流してしまうのか、それとも、お互いに衝突させるのかしら、と思っていましたが、いよいよ全艦隊が私の綱に引っ張られて、うまく動きだしたのに気づくと、にわかに泣き叫びだしました。彼らの嘆き悲しむ有様といったら、まあ、なんといっていいのかわからないほどでした。 さて、私は一休みするために、立ち止まって、手や顔に一ぱい刺さっている矢を引き抜きました。前に小人からつけてもらった、矢の妙薬を、そのきずあとに塗り込みました。それから、眼鏡をはずして、潮が退くのをしばらく待ち、やがて荷物を引きながら、海峡の真中を渡り、無事に、リリパットの港へ帰り着いたのです。
私が鈎をかけた綱を手に取って、引っ張って帰った敵の船のうち、より多かった物を教えてください。
私が鈎をかけた綱を手に取って、引っ張って帰った敵の船のうち、より多かった物は敵の軍艦で五十隻です。
JCRRAG_014723
国語
ところで、私はこの国の人々に案内されて、三つの上り階段を上り、二つの下り階段を下り、島の上にある宮殿へつれて行かれたのですが、そのとき、私は、みんなが何をしているのか、さっぱり、わかりませんでした。階段を上って行く途中でも下って行く途中でも、彼らは考えごとに熱中し、ぼんやりしてしまうのです。そのたびに、叩き役が、彼らをつついて、気をつけてやりました。 私たちは宮殿に入って、国王の間に通されました。見ると、国王陛下の左右には、高位の人たちが、ずらりと並んでいます。王の前にはテーブルが一つあって、その上には、地球儀や、そのほか、種々さまざまな数学の器械がいっぱい並べてあります。なにしろ今、大勢の人がどかどかと入ったので、騒がしかったはずですが、陛下は一向に私たちが来たことに気がつかれません。陛下は今、ある問題を一心に考えておられる最中なのです。私たちは、陛下がその問題をお解きになるまで、一時間ぐらい待っていました。 陛下の両側には、叩き棒を待った侍童が、一人ずつついています。陛下の考えごとが終わると、一人は口許を、一人は右の耳を、それぞれ軽く叩きました。 口許は三回、右の耳を二回叩いていました。
陛下の両側にいた叩き棒を待った侍童が陛下を叩いた数のうち、回数が多かったほうを教えてください。
陛下の両側にいた叩き棒を待った侍童が陛下を叩いた数のうち、回数が多かったほうは口許で三回です。
JCRRAG_014724
国語
私の姿にびっくりした敵は、すっかりあわてて、われ先に海に飛び込んでは、岸の方へ泳いで行きます。その人数は、全体の四万人のうち三万人はくだらなかったでしょう。そこで、私は綱を取り出すと、軍艦の舳へさきの穴に、一つ一つ鈎を引っかけ、全部の綱の端を一つに結び合わせました。こうしているうちにも、敵は、数千本という矢を、一せいに射かけてきます。 矢は、私の両手に五百本や顔に七百本は降りそそぎ、痛いのも痛いのですが、これでは全く、仕事のじゃまになって仕方がありません。一番、心配したのは目をやられることです。今につぶされやしないかと、いらいらしました。ところが、ふと、私はいいことを思いついたので、やっと助かりました。私には、あの身体検査のとき見せないで、そっとポケットに隠しておいた、眼鏡があります。その眼鏡を取り出すと、しっかり鼻にかけました。これさえあれば、もう大丈夫、私は敵の矢など気にかけず、平気で仕事をつづけました。眼鏡のガラスにあたる矢もだいぶありますが、これは、眼鏡をちょっとグラつかせるだけで、大したことはありません。 どの船にもみんな鈎をかけてしまうと、私は綱の結び目をつかんで、ぐいと引っ張りました。ところが、どうしたことか、船は一隻も動きません。見ると、船はみんな錨で、しっかりとめてあるのです。そこで、また、やっかいな、骨の折れる仕事がはじまりました。鈎のかかったままの綱を、一旦手から放し、それから、小刀を取り出して、錨の綱をズンズン切ってゆきました。このときも、手に百本、顔に二百本の矢が飛んで来ました。さて、私は鈎をかけた綱を手に取ると、今度はすぐ簡単に動き出しました。こうして、私は敵の軍艦五十隻、ついでに運送船を二十隻ほどを引っ張って帰りました。 ブレフスキュの人たちは、私が何をしようとしているのか、見当がつかなかったので、はじめのうちは、ただ呆れているようでした。私が錨の綱を切るのを見て、船を流してしまうのか、それとも、お互いに衝突させるのかしら、と思っていましたが、いよいよ全艦隊が私の綱に引っ張られて、うまく動きだしたのに気づくと、にわかに泣き叫びだしました。彼らの嘆き悲しむ有様といったら、まあ、なんといっていいのかわからないほどでした。 さて、私は一休みするために、立ち止まって、手や顔に一ぱい刺さっている矢を引き抜きました。前に小人からつけてもらった、矢の妙薬を、そのきずあとに塗り込みました。それから、眼鏡をはずして、潮が退くのをしばらく待ち、やがて荷物を引きながら、海峡の真中を渡り、無事に、リリパットの港へ帰り着いたのです。
私が鈎をかけた綱を手に取って、引っ張って帰った敵の船のうち、より少なかった物を教えてください。
私が鈎をかけた綱を手に取って、引っ張って帰った敵の船のうち、より少なかった物は運送船で二十隻です。
JCRRAG_014725
国語
ところで、私はこの国の人々に案内されて、三つの上り階段を上り、二つの下り階段を下り、島の上にある宮殿へつれて行かれたのですが、そのとき、私は、みんなが何をしているのか、さっぱり、わかりませんでした。階段を上って行く途中でも下って行く途中でも、彼らは考えごとに熱中し、ぼんやりしてしまうのです。そのたびに、叩き役が、彼らをつついて、気をつけてやりました。 私たちは宮殿に入って、国王の間に通されました。見ると、国王陛下の左右には、高位の人たちが、ずらりと並んでいます。王の前にはテーブルが一つあって、その上には、地球儀や、そのほか、種々さまざまな数学の器械がいっぱい並べてあります。なにしろ今、大勢の人がどかどかと入ったので、騒がしかったはずですが、陛下は一向に私たちが来たことに気がつかれません。陛下は今、ある問題を一心に考えておられる最中なのです。私たちは、陛下がその問題をお解きになるまで、一時間ぐらい待っていました。 陛下の両側には、叩き棒を待った侍童が、一人ずつついています。陛下の考えごとが終わると、一人は口許を、一人は右の耳を、それぞれ軽く叩きました。 口許は三回、右の耳を二回叩いていました。
陛下の両側にいた叩き棒を待った侍童が陛下を叩いた数のうち、回数が少なかったほうを教えてください。
陛下の両側にいた叩き棒を待った侍童が陛下を叩いた数のうち、回数が少なかったほうは右の耳で二回です。
JCRRAG_014726
国語
そして、この問題が議会に出されたときも、政府の中で最も賢い人たちは、私と同じ考えでした。ところが、私があまりあけすけに、陛下に申し上げたので、それが、皇帝のお気にさわったらしいのです。陛下は議会で、私の考えを、それとなく非難されました。賢い人たちは、ただ黙っていました。けれども、ひそかに私をねたんでいる人たちは、このときから、私にケチをつけだしました。そして、私を快く思っていない連中が、何かたくらみをはじめたようです。そのため、二ヵ月とたたないうちに、私はもう少しで殺されるところでした。 さて、私が敵の艦隊を引っ張って戻ってから、二週間ばかりすると、ブレフスキュ国から、和睦を求めて、使節がやって来ました。この講和は、わが皇帝側に非常に都合のよい条約で、結ばれました。使節は六人で、それに、五百人の従者がしたがいっていました。彼等が都に入って来るときの有様は、いかにも、君主の大切なお使いらしく、実に壮観でした。 私も彼等使節のためには、何かと宮中で面倒をみてやりました。条約の調印が終わると、彼らは私のところへも訪ねて来ました。私が彼らに好意を持っていたことは、それとなく彼らも聞いてわかったのでしょう。彼等はまず、私の勇気とやさしさをほめ、それから、 「われわれの皇帝も、かねてから噂であなたのことを聞いています。あなたの力業を、ひとつ実地に見せてもらいたいと言っています。どうかぜひ一度お出かけください。」 と言うのでした。
ブレフスキュ国から、和睦を求めてやってきた使節団の中で、より多い人数だったものを教えてください。
ブレフスキュ国から、和睦を求めてやってきた使節団の中でより、多い人数だったのは従者で五百人です。
JCRRAG_014727
国語
すると陛下は、まるで急に目がさめた人のように、ハッとなって、私たちの方を振り向かれました。それでやっと、私たちの来たことに気づいたようです。陛下が、ある若者に何か一言、言った後、別の若者に二言言われたかとおもうと、叩き棒を持った若者が、私の傍へやって来て、静かに私の耳を叩きはじめました。 左の耳を三回、右の耳を二回叩きました。 私は手まねで、そんなものは要らないということを伝えてやりました。若者は叩くのをやめてくれました。 陛下はしきりに何か私に質問されているようでした。で、私の方もいろんな国の言葉で答えてみました。けれども、向こうの言うこともわからなければ、こちらの言うこともまるで通じません。 それから、私は陛下の命令で宮殿の一室に案内され、召使が二人、私に付き添いました。やがて、食事が運ばれてきました。そして、四人の貴族たちが、私と一緒にテーブルに着きました。食事中、私はいろんな品物を指さして、何という名前なのか、聞いてみました。すると、貴族たちは、叩き役の助けをかりて、喜んで答えてくれました。私は間もなく、三個のパンでも、一本の飲物でも、欲しいものは何でも言えるようになりました。
叩き棒を持った若者が私の体を叩いた数のうち、多かった場所を教えてください。
叩き棒を持った若者が私の体を叩いた数のうち、多かった場所は左の耳で三回です。
JCRRAG_014728
国語
そして、この問題が議会に出されたときも、政府の中で最も賢い人たちは、私と同じ考えでした。ところが、私があまりあけすけに、陛下に申し上げたので、それが、皇帝のお気にさわったらしいのです。陛下は議会で、私の考えを、それとなく非難されました。賢い人たちは、ただ黙っていました。けれども、ひそかに私をねたんでいる人たちは、このときから、私にケチをつけだしました。そして、私を快く思っていない連中が、何かたくらみをはじめたようです。そのため、二ヵ月とたたないうちに、私はもう少しで殺されるところでした。 さて、私が敵の艦隊を引っ張って戻ってから、二週間ばかりすると、ブレフスキュ国から、和睦を求めて、使節がやって来ました。この講和は、わが皇帝側に非常に都合のよい条約で、結ばれました。使節は六人で、それに、五百人の従者がしたがいっていました。彼等が都に入って来るときの有様は、いかにも、君主の大切なお使いらしく、実に壮観でした。 私も彼等使節のためには、何かと宮中で面倒をみてやりました。条約の調印が終わると、彼らは私のところへも訪ねて来ました。私が彼らに好意を持っていたことは、それとなく彼らも聞いてわかったのでしょう。彼等はまず、私の勇気とやさしさをほめ、それから、 「われわれの皇帝も、かねてから噂であなたのことを聞いています。あなたの力業を、ひとつ実地に見せてもらいたいと言っています。どうかぜひ一度お出かけください。」 と言うのでした。
ブレフスキュ国から和睦を求めてやってきた人達で、より少ない人数で構成されていたグループの属性を教えてください。
ブレフスキュ国から和睦を求めてやってきた人達で、より少ない人数で構成されていたグループの属性は、使節で六人です。
JCRRAG_014729
国語
すると陛下は、まるで急に目がさめた人のように、ハッとなって、私たちの方を振り向かれました。それでやっと、私たちの来たことに気づいたようです。陛下が、ある若者に何か一言、言った後、別の若者に二言言われたかとおもうと、叩き棒を持った若者が、私の傍へやって来て、静かに私の耳を叩きはじめました。 左の耳を三回、右の耳を二回叩きました。 私は手まねで、そんなものは要らないということを伝えてやりました。若者は叩くのをやめてくれました。 陛下はしきりに何か私に質問されているようでした。で、私の方もいろんな国の言葉で答えてみました。けれども、向こうの言うこともわからなければ、こちらの言うこともまるで通じません。 それから、私は陛下の命令で宮殿の一室に案内され、召使が二人、私に付き添いました。やがて、食事が運ばれてきました。そして、四人の貴族たちが、私と一緒にテーブルに着きました。食事中、私はいろんな品物を指さして、何という名前なのか、聞いてみました。すると、貴族たちは、叩き役の助けをかりて、喜んで答えてくれました。私は間もなく、三個のパンでも、一本の飲物でも、欲しいものは何でも言えるようになりました。
叩き棒を持った若者が私の体を叩いた数のうち、少なかった場所を教えてください。
叩き棒を持った若者が私の体を叩いた数のうち、少なかった場所は右の耳で二回です。
JCRRAG_014730
国語
さて、私はここで、リリパット国の風俗を少し説明しておきたいと思います。 この国の住民の身長は、平均して、まず六インチ以下ですが、低い人は四インチ、高い人は七インチはいたりします。 また、その他の動物の大きさも、これと、正比例して出来ています。 まず大きい牛でも四インチか五インチくらい、大きくて六インチ、小さい牛なら三インチになるでしょうか。 馬も、牛のようにせいぜい四インチか五インチぐらい、小さい馬なら二インチとかでしょうか。 羊なら一インチ半ぐらい、鵞鳥なんか、ほとんど雀ぐらいの大きさです。だんだんこんなふうに小さくなってゆきますが、一番小さな動物など、私の眼では、ほとんど見えません。 ところが、リリパット人の眼には、非常に小さなものでも、ちゃんと見えるのです。彼らの眼は、こまかいものなら、よく見えますが、あまり遠いところは見えません。 雲雀は普通の蠅ほどもない大きさですが、リリパットの料理人は、ちゃんと、その毛をむしることができます。それから私が感心したのは、若い娘が、見えない針に、見えない糸を通しているのです。この国で一番高い木は七フィートぐらい、一番低くて三フィートくらいです。 その木は国立公園の中にありますが、私が握りこぶしを固めても、すぐ、てっぺんにとどきます。 ところで、この国では、学問も古くから非常に発達していますが、ただ、文字の書き方が、実に風変わりなのです。ヨーロッパ人のように、左から右へ書くのでもなく、アラビア人のように、右から左へ書くのでもなく、中国人のように、上から下へ書くのでもなく、かといって、下から上へ書くのでもありません。リリパット人は、紙の隅から隅へ、斜めに字を書いてゆくのです。 リリパットでは、人が死ぬと、頭の方を下にして、逆さまに土に埋めます。死人は、一万一千月たつと生き返る、そのとき、世界はひっくりかえっているから、逆さまにしておけば、ちゃんと立てる、と彼らは考えているのです。もっとも、そんな馬鹿なことはないと、学者たちは笑っています。
リリパット国で最も身長が高い人の長さを教えてください。
リリパット国で最も身長が高い人の長さは七インチです。
JCRRAG_014731
国語
すると陛下は、まるで急に目がさめた人のように、ハッとなって、私たちの方を振り向かれました。それでやっと、私たちの来たことに気づいたようです。陛下が、ある若者に何か一言、言った後、別の若者に二言言われたかとおもうと、叩き棒を持った若者が、私の傍へやって来て、静かに私の耳を叩きはじめました。 左の耳を三回、右の耳を二回叩きました。 私は手まねで、そんなものは要らないということを伝えてやりました。若者は叩くのをやめてくれました。 陛下はしきりに何か私に質問されているようでした。で、私の方もいろんな国の言葉で答えてみました。けれども、向こうの言うこともわからなければ、こちらの言うこともまるで通じません。 それから、私は陛下の命令で宮殿の一室に案内され、召使が二人、私に付き添いました。やがて、食事が運ばれてきました。そして、四人の貴族たちが、私と一緒にテーブルに着きました。食事中、私はいろんな品物を指さして、何という名前なのか、聞いてみました。すると、貴族たちは、叩き役の助けをかりて、喜んで答えてくれました。私は間もなく、三個のパンでも、一本の飲物でも、欲しいものは何でも言えるようになりました。
私は欲しいものは何でも言えるようになり、早速貰った食べ物のうち、数が多いほうを教えてください。
私は欲しいものは何でも言えるようになり、早速貰った食べ物のうち、数が多いのは卵で三つです。
JCRRAG_014732
国語
さて、私はここで、リリパット国の風俗を少し説明しておきたいと思います。 この国の住民の身長は、平均して、まず六インチ以下ですが、低い人は四インチ、高い人は七インチはいたりします。 また、その他の動物の大きさも、これと、正比例して出来ています。 まず大きい牛でも四インチか五インチくらい、大きくて六インチ、小さい牛なら三インチになるでしょうか。 馬も、牛のようにせいぜい四インチか五インチぐらい、小さい馬なら二インチとかでしょうか。 羊なら一インチ半ぐらい、鵞鳥なんか、ほとんど雀ぐらいの大きさです。だんだんこんなふうに小さくなってゆきますが、一番小さな動物など、私の眼では、ほとんど見えません。 ところが、リリパット人の眼には、非常に小さなものでも、ちゃんと見えるのです。彼らの眼は、こまかいものなら、よく見えますが、あまり遠いところは見えません。 雲雀は普通の蠅ほどもない大きさですが、リリパットの料理人は、ちゃんと、その毛をむしることができます。それから私が感心したのは、若い娘が、見えない針に、見えない糸を通しているのです。この国で一番高い木は七フィートぐらい、一番低くて三フィートくらいです。 その木は国立公園の中にありますが、私が握りこぶしを固めても、すぐ、てっぺんにとどきます。 ところで、この国では、学問も古くから非常に発達していますが、ただ、文字の書き方が、実に風変わりなのです。ヨーロッパ人のように、左から右へ書くのでもなく、アラビア人のように、右から左へ書くのでもなく、中国人のように、上から下へ書くのでもなく、かといって、下から上へ書くのでもありません。リリパット人は、紙の隅から隅へ、斜めに字を書いてゆくのです。 リリパットでは、人が死ぬと、頭の方を下にして、逆さまに土に埋めます。死人は、一万一千月たつと生き返る、そのとき、世界はひっくりかえっているから、逆さまにしておけば、ちゃんと立てる、と彼らは考えているのです。もっとも、そんな馬鹿なことはないと、学者たちは笑っています。
リリパット国で最も身長が低い人の長さを教えてください。
リリパット国で最も身長が低い人の長さは四インチです。
JCRRAG_014733
国語
すると陛下は、まるで急に目がさめた人のように、ハッとなって、私たちの方を振り向かれました。それでやっと、私たちの来たことに気づいたようです。陛下が、ある若者に何か一言、言った後、別の若者に二言言われたかとおもうと、叩き棒を持った若者が、私の傍へやって来て、静かに私の耳を叩きはじめました。 左の耳を三回、右の耳を二回叩きました。 私は手まねで、そんなものは要らないということを伝えてやりました。若者は叩くのをやめてくれました。 陛下はしきりに何か私に質問されているようでした。で、私の方もいろんな国の言葉で答えてみました。けれども、向こうの言うこともわからなければ、こちらの言うこともまるで通じません。 それから、私は陛下の命令で宮殿の一室に案内され、召使が二人、私に付き添いました。やがて、食事が運ばれてきました。そして、四人の貴族たちが、私と一緒にテーブルに着きました。食事中、私はいろんな品物を指さして、何という名前なのか、聞いてみました。すると、貴族たちは、叩き役の助けをかりて、喜んで答えてくれました。私は間もなく、三個のパンでも、一本の飲物でも、欲しいものは何でも言えるようになりました。
私は欲しいものは何でも言えるようになり、早速貰った食べ物のうち、数が少ないほうを教えてください。
私は欲しいものは何でも言えるようになり、早速貰った食べ物のうち、数が少ないほうはパンで二個です。
JCRRAG_014734
国語
さて、私はここで、リリパット国の風俗を少し説明しておきたいと思います。 この国の住民の身長は、平均して、まず六インチ以下ですが、低い人は四インチ、高い人は七インチはいたりします。 また、その他の動物の大きさも、これと、正比例して出来ています。 まず大きい牛でも四インチか五インチくらい、大きくて六インチ、小さい牛なら三インチになるでしょうか。 馬も、牛のようにせいぜい四インチか五インチぐらい、小さい馬なら二インチとかでしょうか。 羊なら一インチ半ぐらい、鵞鳥なんか、ほとんど雀ぐらいの大きさです。だんだんこんなふうに小さくなってゆきますが、一番小さな動物など、私の眼では、ほとんど見えません。 ところが、リリパット人の眼には、非常に小さなものでも、ちゃんと見えるのです。彼らの眼は、こまかいものなら、よく見えますが、あまり遠いところは見えません。 雲雀は普通の蠅ほどもない大きさですが、リリパットの料理人は、ちゃんと、その毛をむしることができます。それから私が感心したのは、若い娘が、見えない針に、見えない糸を通しているのです。この国で一番高い木は七フィートぐらい、一番低くて三フィートくらいです。 その木は国立公園の中にありますが、私が握りこぶしを固めても、すぐ、てっぺんにとどきます。 ところで、この国では、学問も古くから非常に発達していますが、ただ、文字の書き方が、実に風変わりなのです。ヨーロッパ人のように、左から右へ書くのでもなく、アラビア人のように、右から左へ書くのでもなく、中国人のように、上から下へ書くのでもなく、かといって、下から上へ書くのでもありません。リリパット人は、紙の隅から隅へ、斜めに字を書いてゆくのです。 リリパットでは、人が死ぬと、頭の方を下にして、逆さまに土に埋めます。死人は、一万一千月たつと生き返る、そのとき、世界はひっくりかえっているから、逆さまにしておけば、ちゃんと立てる、と彼らは考えているのです。もっとも、そんな馬鹿なことはないと、学者たちは笑っています。
リリパット国で最も大きい牛の大きさを教えてください。
リリパット国で最も大きい牛の大きさは六インチです。
JCRRAG_014735
国語
食事がすむと、貴族たちは帰りました。 そして今度は、陛下の命令で来たという男が、叩き役をつれて、入って来ました。彼は一本のペン、二個のインキ、五枚の紙、それに、四冊の書物を持って来て、言葉を教えに来たのだと手まねで言います。私たちは、四時間一しょに勉強しました。私はたくさんの言葉を縦に書き、それに訳を書いてゆきました。短い文章も少しおぼえました。 それにはまず先生が、召使の一人に、「何々を持って来い。」「あっちを向け。」「おじぎ。」「坐れ。」「立て。」というふうに命令をします。そして私は、その文章を書くのでした。それから今度は本を開いて、日や月や星や、そのほか、いろんな平面図、立体図の名を教えてくれました。先生は、また、楽器の名前と音楽の言葉を、いろいろ教えてくれました。こんなふうにして、二、三日すると、私は大たい彼等の言葉がどんなものであるか、わかってきたのです。この島は『ラピュタ』といいます。私はそれを『飛島』『浮島』などと訳しておきました。 私の服がみすぼらしいというので、私の世話人が、翌朝、二人の女性の一人の男性、合計三人の洋服屋を呼んで来ました。ところが、その洋服屋のやり方が、ヨーロッパの寸法の取り方とは、まるで違うのでした。
陛下の命令で来たという男が持ってきたものの中で、もっとも数が多いものを教えてください。
陛下の命令で来たという男が持ってきたものの中で、もっとも数が多いものは紙で五枚です。
JCRRAG_014736
国語
さて、私はここで、リリパット国の風俗を少し説明しておきたいと思います。 この国の住民の身長は、平均して、まず六インチ以下ですが、低い人は四インチ、高い人は七インチはいたりします。 また、その他の動物の大きさも、これと、正比例して出来ています。 まず大きい牛でも四インチか五インチくらい、大きくて六インチ、小さい牛なら三インチになるでしょうか。 馬も、牛のようにせいぜい四インチか五インチぐらい、小さい馬なら二インチとかでしょうか。 羊なら一インチ半ぐらい、鵞鳥なんか、ほとんど雀ぐらいの大きさです。だんだんこんなふうに小さくなってゆきますが、一番小さな動物など、私の眼では、ほとんど見えません。 ところが、リリパット人の眼には、非常に小さなものでも、ちゃんと見えるのです。彼らの眼は、こまかいものなら、よく見えますが、あまり遠いところは見えません。 雲雀は普通の蠅ほどもない大きさですが、リリパットの料理人は、ちゃんと、その毛をむしることができます。それから私が感心したのは、若い娘が、見えない針に、見えない糸を通しているのです。この国で一番高い木は七フィートぐらい、一番低くて三フィートくらいです。 その木は国立公園の中にありますが、私が握りこぶしを固めても、すぐ、てっぺんにとどきます。 ところで、この国では、学問も古くから非常に発達していますが、ただ、文字の書き方が、実に風変わりなのです。ヨーロッパ人のように、左から右へ書くのでもなく、アラビア人のように、右から左へ書くのでもなく、中国人のように、上から下へ書くのでもなく、かといって、下から上へ書くのでもありません。リリパット人は、紙の隅から隅へ、斜めに字を書いてゆくのです。 リリパットでは、人が死ぬと、頭の方を下にして、逆さまに土に埋めます。死人は、一万一千月たつと生き返る、そのとき、世界はひっくりかえっているから、逆さまにしておけば、ちゃんと立てる、と彼らは考えているのです。もっとも、そんな馬鹿なことはないと、学者たちは笑っています。
リリパット国で最も小さい馬のサイズを教えてください。
リリパット国で最も小さい馬のサイズは二インチです。
JCRRAG_014737
国語
食事がすむと、貴族たちは帰りました。 そして今度は、陛下の命令で来たという男が、叩き役をつれて、入って来ました。彼は一本のペン、二個のインキ、五枚の紙、それに、四冊の書物を持って来て、言葉を教えに来たのだと手まねで言います。私たちは、四時間一しょに勉強しました。私はたくさんの言葉を縦に書き、それに訳を書いてゆきました。短い文章も少しおぼえました。 それにはまず先生が、召使の一人に、「何々を持って来い。」「あっちを向け。」「おじぎ。」「坐れ。」「立て。」というふうに命令をします。そして私は、その文章を書くのでした。それから今度は本を開いて、日や月や星や、そのほか、いろんな平面図、立体図の名を教えてくれました。先生は、また、楽器の名前と音楽の言葉を、いろいろ教えてくれました。こんなふうにして、二、三日すると、私は大たい彼等の言葉がどんなものであるか、わかってきたのです。この島は『ラピュタ』といいます。私はそれを『飛島』『浮島』などと訳しておきました。 私の服がみすぼらしいというので、私の世話人が、翌朝、二人の女性の一人の男性、合計三人の洋服屋を呼んで来ました。ところが、その洋服屋のやり方が、ヨーロッパの寸法の取り方とは、まるで違うのでした。
陛下の命令で来たという男が持ってきたものの中で、もっとも数が少ないものを教えてください。
陛下の命令で来たという男が持ってきたものの中で、もっとも数が少ないものはペンで一本です。
JCRRAG_014738
国語
さて、私はここで、リリパット国の風俗を少し説明しておきたいと思います。 この国の住民の身長は、平均して、まず六インチ以下ですが、低い人は四インチ、高い人は七インチはいたりします。 また、その他の動物の大きさも、これと、正比例して出来ています。 まず大きい牛でも四インチか五インチくらい、大きくて六インチ、小さい牛なら三インチになるでしょうか。 馬も、牛のようにせいぜい四インチか五インチぐらい、小さい馬なら二インチとかでしょうか。 羊なら一インチ半ぐらい、鵞鳥なんか、ほとんど雀ぐらいの大きさです。だんだんこんなふうに小さくなってゆきますが、一番小さな動物など、私の眼では、ほとんど見えません。 ところが、リリパット人の眼には、非常に小さなものでも、ちゃんと見えるのです。彼らの眼は、こまかいものなら、よく見えますが、あまり遠いところは見えません。 雲雀は普通の蠅ほどもない大きさですが、リリパットの料理人は、ちゃんと、その毛をむしることができます。それから私が感心したのは、若い娘が、見えない針に、見えない糸を通しているのです。この国で一番高い木は七フィートぐらい、一番低くて三フィートくらいです。 その木は国立公園の中にありますが、私が握りこぶしを固めても、すぐ、てっぺんにとどきます。 ところで、この国では、学問も古くから非常に発達していますが、ただ、文字の書き方が、実に風変わりなのです。ヨーロッパ人のように、左から右へ書くのでもなく、アラビア人のように、右から左へ書くのでもなく、中国人のように、上から下へ書くのでもなく、かといって、下から上へ書くのでもありません。リリパット人は、紙の隅から隅へ、斜めに字を書いてゆくのです。 リリパットでは、人が死ぬと、頭の方を下にして、逆さまに土に埋めます。死人は、一万一千月たつと生き返る、そのとき、世界はひっくりかえっているから、逆さまにしておけば、ちゃんと立てる、と彼らは考えているのです。もっとも、そんな馬鹿なことはないと、学者たちは笑っています。
リリパット国における木のうち、より高いサイズを教えてください。
リリパット国における木のうち、より高いサイズは七フィートです。
JCRRAG_014739
国語
食事がすむと、貴族たちは帰りました。 そして今度は、陛下の命令で来たという男が、叩き役をつれて、入って来ました。彼は一本のペン、二個のインキ、五枚の紙、それに、四冊の書物を持って来て、言葉を教えに来たのだと手まねで言います。私たちは、四時間一しょに勉強しました。私はたくさんの言葉を縦に書き、それに訳を書いてゆきました。短い文章も少しおぼえました。 それにはまず先生が、召使の一人に、「何々を持って来い。」「あっちを向け。」「おじぎ。」「坐れ。」「立て。」というふうに命令をします。そして私は、その文章を書くのでした。それから今度は本を開いて、日や月や星や、そのほか、いろんな平面図、立体図の名を教えてくれました。先生は、また、楽器の名前と音楽の言葉を、いろいろ教えてくれました。こんなふうにして、二、三日すると、私は大たい彼等の言葉がどんなものであるか、わかってきたのです。この島は『ラピュタ』といいます。私はそれを『飛島』『浮島』などと訳しておきました。 私の服がみすぼらしいというので、私の世話人が、翌朝、二人の女性の一人の男性、合計三人の洋服屋を呼んで来ました。ところが、その洋服屋のやり方が、ヨーロッパの寸法の取り方とは、まるで違うのでした。
私の世話人が呼んできた洋服屋のうち、人数が多いほうの性別を教えてください。
私の世話人が呼んできた洋服屋のうち、人数が多いほうの性別は女性で二人です。
JCRRAG_014740
国語
私はこのリリパット国に九ヵ月と十三日間滞在していたのですが、ここで、ひとつ私がその間どんなふうにして暮らしたか、それをお話ししてみましょう。 私は生まれつき、手先は器用でしたが、どうしてもテーブルが一つ欲しかったので、帝室庭園の一番大きな木を何本か切って、手頃なテーブルと椅子をこしらえました。 それから、百八十人の女裁縫師と二十人の男裁縫師が、私のために、シャツを三枚とシーツ一枚とテーブル掛け一枚を作ってくれました。それにはできるだけ丈夫な布を使ってくれたのですが、それでも、一番厚いのが紗よりまだ薄いのです。だから、何枚も重ねて縫い合わさねばなりませんでした。 裁縫師たちは、私を寝ころばしておいて、寸法をはかりました。一人が私の首のところに立ち、もう一人は、私の足のところに立ち、そして丈夫な綱を両方から、二人が持ってピンと張ります。すると、さらにもう一人の裁縫師が、一インチざしの物さしで、この綱の長さをはかってゆくのです。私は自分の古シャツを地面にひろげて見せてやったので、シャツはピッタリ私の身体に合うものが出来上がりました。 私の服をこしらえるのに、また二百人の女洋服屋と百人の男の洋服屋が、つききりでやってくれました。今度もその寸法の取り方を、また振っていました。私がひざまずいていると、地面から首のところへ梯子をかけ、一人がこの梯子にのぼって、私の襟首から地面まで、錘のついた綱をおろす、それがちょうど、上衣の丈になるのでした。腕と腰の寸法は、私が自分ではかりました。いよいよ、出来上がってみると、それは、寄切細工のように妙な服でした。
私のためにシャツなどを作ってくれた裁縫師のうち、数が多い性別を教えてください。
私のためにシャツなどを作ってくれた裁縫師のうち、数が多い性別は女で百八十人です。
JCRRAG_014741
国語
食事がすむと、貴族たちは帰りました。 そして今度は、陛下の命令で来たという男が、叩き役をつれて、入って来ました。彼は一本のペン、二個のインキ、五枚の紙、それに、四冊の書物を持って来て、言葉を教えに来たのだと手まねで言います。私たちは、四時間一しょに勉強しました。私はたくさんの言葉を縦に書き、それに訳を書いてゆきました。短い文章も少しおぼえました。 それにはまず先生が、召使の一人に、「何々を持って来い。」「あっちを向け。」「おじぎ。」「坐れ。」「立て。」というふうに命令をします。そして私は、その文章を書くのでした。それから今度は本を開いて、日や月や星や、そのほか、いろんな平面図、立体図の名を教えてくれました。先生は、また、楽器の名前と音楽の言葉を、いろいろ教えてくれました。こんなふうにして、二、三日すると、私は大たい彼等の言葉がどんなものであるか、わかってきたのです。この島は『ラピュタ』といいます。私はそれを『飛島』『浮島』などと訳しておきました。 私の服がみすぼらしいというので、私の世話人が、翌朝、二人の女性の一人の男性、合計三人の洋服屋を呼んで来ました。ところが、その洋服屋のやり方が、ヨーロッパの寸法の取り方とは、まるで違うのでした。
私の世話人が呼んできた洋服屋のうち、人数が少ないほうの性別を教えてください。
私の世話人が呼んできた洋服屋のうち、人数が少ないほうの性別は男性で一人です。
JCRRAG_014742
国語
私はこのリリパット国に九ヵ月と十三日間滞在していたのですが、ここで、ひとつ私がその間どんなふうにして暮らしたか、それをお話ししてみましょう。 私は生まれつき、手先は器用でしたが、どうしてもテーブルが一つ欲しかったので、帝室庭園の一番大きな木を何本か切って、手頃なテーブルと椅子をこしらえました。 それから、百八十人の女裁縫師と二十人の男裁縫師が、私のために、シャツを三枚とシーツ一枚とテーブル掛け一枚を作ってくれました。それにはできるだけ丈夫な布を使ってくれたのですが、それでも、一番厚いのが紗よりまだ薄いのです。だから、何枚も重ねて縫い合わさねばなりませんでした。 裁縫師たちは、私を寝ころばしておいて、寸法をはかりました。一人が私の首のところに立ち、もう一人は、私の足のところに立ち、そして丈夫な綱を両方から、二人が持ってピンと張ります。すると、さらにもう一人の裁縫師が、一インチざしの物さしで、この綱の長さをはかってゆくのです。私は自分の古シャツを地面にひろげて見せてやったので、シャツはピッタリ私の身体に合うものが出来上がりました。 私の服をこしらえるのに、また二百人の女洋服屋と百人の男の洋服屋が、つききりでやってくれました。今度もその寸法の取り方を、また振っていました。私がひざまずいていると、地面から首のところへ梯子をかけ、一人がこの梯子にのぼって、私の襟首から地面まで、錘のついた綱をおろす、それがちょうど、上衣の丈になるのでした。腕と腰の寸法は、私が自分ではかりました。いよいよ、出来上がってみると、それは、寄切細工のように妙な服でした。
私のためにシャツなどを作ってくれた裁縫師のうち、数が少ない性別を教えてください。
私のためにシャツなどを作ってくれた裁縫師のうち、数が少ない性別は男で二十人です。
JCRRAG_014743
国語
洋服屋は私の洋服を作るために、二本の色の異なるペンと、三本の定規とか四個の変わったコンパスなどの道具で、私の身体をはかり、いろんな数学上の計算を紙の上に書きとめました。そして、服は六日目に出来上がりましたが、その恰好はてんでなっていないのでした。なんでも、計算の数字を間違えたのだそうです。しかし、そんな間違いはいつもあることで、誰も気にするものはないというので、私も少し安心しました。 私は病気で五、六日引きこもっていましたが、その間に、だいぶこの国の言葉を勉強しました。それで、その次に宮廷へ行ったときには、国王の言うこともわかれば、いくらか返事をすることもできました。 陛下は、この島を、北東に進ませて、ラガード(下の大地にある、この国の首都)の上に持ってゆくよう、命じられました。ラガードは約九二百七十マイルほど離れていたので、この旅行には四日半かかりました。旅行中、この島が空中を進行しているような気配はちょっとも感じられませんでした。三日目の朝、十一時頃、国王は自ら貴族、廷臣、役人どもを従えられ、それぞれ楽器の調子をととのえると、それから三時間、休みなしに演奏されました。騒々しくて、私はもう耳がおかしくなりそうでした。 首都ラガードへ行く途中、陛下は、ところどころの町や村の上に、この島をとめるよう、命じられました。これは、それぞれ、人民の訴えごとを、お聞きになるためでした。小さい錘のついた紐が、この島からおろされると、下にいる人民は、それに手紙をくくりつけます。そして、紐はすぐまたつり上げられます。ちょうど、子供が凧の糸の端に、紙片を結びつけるようなものです。ときには、下から持って来た酒や食料が、滑車でこの島へ引き上げられることもあります。 首都ラガードへ行く途中に二十か所の町と、十か所の村に陛下は空を飛ぶ島を停めました。
洋服屋が私の服を作るために使った道具のうち、より数が多いものを教えてください。
洋服屋が私の服を作るために使った道具のうち、より数が多いものは変わったコンパスで四個です。
JCRRAG_014744
国語
私はこのリリパット国に九ヵ月と十三日間滞在していたのですが、ここで、ひとつ私がその間どんなふうにして暮らしたか、それをお話ししてみましょう。 私は生まれつき、手先は器用でしたが、どうしてもテーブルが一つ欲しかったので、帝室庭園の一番大きな木を何本か切って、手頃なテーブルと椅子をこしらえました。 それから、百八十人の女裁縫師と二十人の男裁縫師が、私のために、シャツを三枚とシーツ一枚とテーブル掛け一枚を作ってくれました。それにはできるだけ丈夫な布を使ってくれたのですが、それでも、一番厚いのが紗よりまだ薄いのです。だから、何枚も重ねて縫い合わさねばなりませんでした。 裁縫師たちは、私を寝ころばしておいて、寸法をはかりました。一人が私の首のところに立ち、もう一人は、私の足のところに立ち、そして丈夫な綱を両方から、二人が持ってピンと張ります。すると、さらにもう一人の裁縫師が、一インチざしの物さしで、この綱の長さをはかってゆくのです。私は自分の古シャツを地面にひろげて見せてやったので、シャツはピッタリ私の身体に合うものが出来上がりました。 私の服をこしらえるのに、また二百人の女洋服屋と百人の男の洋服屋が、つききりでやってくれました。今度もその寸法の取り方を、また振っていました。私がひざまずいていると、地面から首のところへ梯子をかけ、一人がこの梯子にのぼって、私の襟首から地面まで、錘のついた綱をおろす、それがちょうど、上衣の丈になるのでした。腕と腰の寸法は、私が自分ではかりました。いよいよ、出来上がってみると、それは、寄切細工のように妙な服でした。
私のために裁縫師が作ってくれたもので数が最も多いものを教えてください。
私のために裁縫師が作ってくれたもので数が最も多いものはシャツで三枚です。
JCRRAG_014745
国語
洋服屋は私の洋服を作るために、二本の色の異なるペンと、三本の定規とか四個の変わったコンパスなどの道具で、私の身体をはかり、いろんな数学上の計算を紙の上に書きとめました。そして、服は六日目に出来上がりましたが、その恰好はてんでなっていないのでした。なんでも、計算の数字を間違えたのだそうです。しかし、そんな間違いはいつもあることで、誰も気にするものはないというので、私も少し安心しました。 私は病気で五、六日引きこもっていましたが、その間に、だいぶこの国の言葉を勉強しました。それで、その次に宮廷へ行ったときには、国王の言うこともわかれば、いくらか返事をすることもできました。 陛下は、この島を、北東に進ませて、ラガード(下の大地にある、この国の首都)の上に持ってゆくよう、命じられました。ラガードは約九二百七十マイルほど離れていたので、この旅行には四日半かかりました。旅行中、この島が空中を進行しているような気配はちょっとも感じられませんでした。三日目の朝、十一時頃、国王は自ら貴族、廷臣、役人どもを従えられ、それぞれ楽器の調子をととのえると、それから三時間、休みなしに演奏されました。騒々しくて、私はもう耳がおかしくなりそうでした。 首都ラガードへ行く途中、陛下は、ところどころの町や村の上に、この島をとめるよう、命じられました。これは、それぞれ、人民の訴えごとを、お聞きになるためでした。小さい錘のついた紐が、この島からおろされると、下にいる人民は、それに手紙をくくりつけます。そして、紐はすぐまたつり上げられます。ちょうど、子供が凧の糸の端に、紙片を結びつけるようなものです。ときには、下から持って来た酒や食料が、滑車でこの島へ引き上げられることもあります。 首都ラガードへ行く途中に二十か所の町と、十か所の村に陛下は空を飛ぶ島を停めました。
洋服屋が私の服を作るために使った道具のうち、より数が少ないものを教えてください。
洋服屋が私の服を作るために使った道具のうち、より数が少ないのは二本のペンです。
JCRRAG_014746
国語
私はこのリリパット国に九ヵ月と十三日間滞在していたのですが、ここで、ひとつ私がその間どんなふうにして暮らしたか、それをお話ししてみましょう。 私は生まれつき、手先は器用でしたが、どうしてもテーブルが一つ欲しかったので、帝室庭園の一番大きな木を何本か切って、手頃なテーブルと椅子をこしらえました。 それから、百八十人の女裁縫師と二十人の男裁縫師が、私のために、シャツを三枚とシーツ一枚とテーブル掛け一枚を作ってくれました。それにはできるだけ丈夫な布を使ってくれたのですが、それでも、一番厚いのが紗よりまだ薄いのです。だから、何枚も重ねて縫い合わさねばなりませんでした。 裁縫師たちは、私を寝ころばしておいて、寸法をはかりました。一人が私の首のところに立ち、もう一人は、私の足のところに立ち、そして丈夫な綱を両方から、二人が持ってピンと張ります。すると、さらにもう一人の裁縫師が、一インチざしの物さしで、この綱の長さをはかってゆくのです。私は自分の古シャツを地面にひろげて見せてやったので、シャツはピッタリ私の身体に合うものが出来上がりました。 私の服をこしらえるのに、また二百人の女洋服屋と百人の男の洋服屋が、つききりでやってくれました。今度もその寸法の取り方を、また振っていました。私がひざまずいていると、地面から首のところへ梯子をかけ、一人がこの梯子にのぼって、私の襟首から地面まで、錘のついた綱をおろす、それがちょうど、上衣の丈になるのでした。腕と腰の寸法は、私が自分ではかりました。いよいよ、出来上がってみると、それは、寄切細工のように妙な服でした。
私の服をこしらえるのにつききりでやってくれた洋服屋のうち、数が多い方の性別を教えてください。
私の服をこしらえるのにつききりでやってくれた洋服屋のうち、数が多い方の性別は女で二百人です。
JCRRAG_014747
国語
洋服屋は私の洋服を作るために、二本の色の異なるペンと、三本の定規とか四個の変わったコンパスなどの道具で、私の身体をはかり、いろんな数学上の計算を紙の上に書きとめました。そして、服は六日目に出来上がりましたが、その恰好はてんでなっていないのでした。なんでも、計算の数字を間違えたのだそうです。しかし、そんな間違いはいつもあることで、誰も気にするものはないというので、私も少し安心しました。 私は病気で五、六日引きこもっていましたが、その間に、だいぶこの国の言葉を勉強しました。それで、その次に宮廷へ行ったときには、国王の言うこともわかれば、いくらか返事をすることもできました。 陛下は、この島を、北東に進ませて、ラガード(下の大地にある、この国の首都)の上に持ってゆくよう、命じられました。ラガードは約九二百七十マイルほど離れていたので、この旅行には四日半かかりました。旅行中、この島が空中を進行しているような気配はちょっとも感じられませんでした。三日目の朝、十一時頃、国王は自ら貴族、廷臣、役人どもを従えられ、それぞれ楽器の調子をととのえると、それから三時間、休みなしに演奏されました。騒々しくて、私はもう耳がおかしくなりそうでした。 首都ラガードへ行く途中、陛下は、ところどころの町や村の上に、この島をとめるよう、命じられました。これは、それぞれ、人民の訴えごとを、お聞きになるためでした。小さい錘のついた紐が、この島からおろされると、下にいる人民は、それに手紙をくくりつけます。そして、紐はすぐまたつり上げられます。ちょうど、子供が凧の糸の端に、紙片を結びつけるようなものです。ときには、下から持って来た酒や食料が、滑車でこの島へ引き上げられることもあります。 首都ラガードへ行く途中に二十か所の町と、十か所の村に陛下は空を飛ぶ島を停めました。
首都ラガードへ行く途中で町と村のうち、陛下が空を飛ぶ島を停めた数が多いほうを教えてください。
首都ラガードへ行く途中で町と村のうち、陛下が空を飛ぶ島を停めた数が多いのは町で二十か所です。
JCRRAG_014748
国語
私はこのリリパット国に九ヵ月と十三日間滞在していたのですが、ここで、ひとつ私がその間どんなふうにして暮らしたか、それをお話ししてみましょう。 私は生まれつき、手先は器用でしたが、どうしてもテーブルが一つ欲しかったので、帝室庭園の一番大きな木を何本か切って、手頃なテーブルと椅子をこしらえました。 それから、百八十人の女裁縫師と二十人の男裁縫師が、私のために、シャツを三枚とシーツ一枚とテーブル掛け一枚を作ってくれました。それにはできるだけ丈夫な布を使ってくれたのですが、それでも、一番厚いのが紗よりまだ薄いのです。だから、何枚も重ねて縫い合わさねばなりませんでした。 裁縫師たちは、私を寝ころばしておいて、寸法をはかりました。一人が私の首のところに立ち、もう一人は、私の足のところに立ち、そして丈夫な綱を両方から、二人が持ってピンと張ります。すると、さらにもう一人の裁縫師が、一インチざしの物さしで、この綱の長さをはかってゆくのです。私は自分の古シャツを地面にひろげて見せてやったので、シャツはピッタリ私の身体に合うものが出来上がりました。 私の服をこしらえるのに、また二百人の女洋服屋と百人の男の洋服屋が、つききりでやってくれました。今度もその寸法の取り方を、また振っていました。私がひざまずいていると、地面から首のところへ梯子をかけ、一人がこの梯子にのぼって、私の襟首から地面まで、錘のついた綱をおろす、それがちょうど、上衣の丈になるのでした。腕と腰の寸法は、私が自分ではかりました。いよいよ、出来上がってみると、それは、寄切細工のように妙な服でした。
私の服をこしらえるのにつききりでやってくれた洋服屋のうち、数が少ない方の性別を教えてください。
私の服をこしらえるのにつききりでやってくれた洋服屋のうち、数が少ない方の性別は男で百人です。
JCRRAG_014749
国語
洋服屋は私の洋服を作るために、二本の色の異なるペンと、三本の定規とか四個の変わったコンパスなどの道具で、私の身体をはかり、いろんな数学上の計算を紙の上に書きとめました。そして、服は六日目に出来上がりましたが、その恰好はてんでなっていないのでした。なんでも、計算の数字を間違えたのだそうです。しかし、そんな間違いはいつもあることで、誰も気にするものはないというので、私も少し安心しました。 私は病気で五、六日引きこもっていましたが、その間に、だいぶこの国の言葉を勉強しました。それで、その次に宮廷へ行ったときには、国王の言うこともわかれば、いくらか返事をすることもできました。 陛下は、この島を、北東に進ませて、ラガード(下の大地にある、この国の首都)の上に持ってゆくよう、命じられました。ラガードは約九二百七十マイルほど離れていたので、この旅行には四日半かかりました。旅行中、この島が空中を進行しているような気配はちょっとも感じられませんでした。三日目の朝、十一時頃、国王は自ら貴族、廷臣、役人どもを従えられ、それぞれ楽器の調子をととのえると、それから三時間、休みなしに演奏されました。騒々しくて、私はもう耳がおかしくなりそうでした。 首都ラガードへ行く途中、陛下は、ところどころの町や村の上に、この島をとめるよう、命じられました。これは、それぞれ、人民の訴えごとを、お聞きになるためでした。小さい錘のついた紐が、この島からおろされると、下にいる人民は、それに手紙をくくりつけます。そして、紐はすぐまたつり上げられます。ちょうど、子供が凧の糸の端に、紙片を結びつけるようなものです。ときには、下から持って来た酒や食料が、滑車でこの島へ引き上げられることもあります。 首都ラガードへ行く途中に二十か所の町と、十か所の村に陛下は空を飛ぶ島を停めました。
首都ラガードへ行く途中で町と村のうち、陛下が空を飛ぶ島を停めた数が少ないほうを教えてください。
首都ラガードへ行く途中で町と村のうち、陛下が空を飛ぶ島を停めた数が少ないほうは村で十か所です。
JCRRAG_014750
国語
食事は、私のために、百人の女料理人と二百人の男料理人がついていました。彼らはそれそれ、私の近所に小さな家を建ててもらって、家族もろとも、そこで暮らしていました。そして、一人が二皿ずつ、こしらえてくれることになっていました。 私はまず、十三人の男の給仕と七人の女の給仕をつまみ上げて、テーブルの上に乗せてやります。すると、下には百人の給仕が控えていて、肉の皿や葡萄酒や樽詰などを、それそれ肩にかついで待っています。私が欲しいという品を、上にいる給仕人がテーブルから綱をおろして、うまく引き上げてくれるのです。肉の皿は一皿が一口になり、酒一樽が私にはまず一息に飲めます。ここの羊の肉はあまり上等でないが、牛肉はなかなかおいしかったです。三口ぐらいの大きさの肉はたまにあるのがうれしいです。 召使たちは、私が骨もろともポリポリ食べてしまうのを見て、ひどく驚いていました。それから、鵞鳥や七面鳥も、大概一口で食べられますが、これはイギリスのよりずっといい味です。小鳥なんかは、一度に二十羽、多いときは三十羽は、ナイフの先ですくいあげて食べるのでした。 ある日、皇帝は私の食事ぶりを聞かれて、では自分も皇后、皇子、皇女たちと一緒に、私と会食がしてみたいと望まれました。そこで彼らが来ると、私はみんなをテーブルの上の椅子に乗せて、ちょうど私と向き合うように座らせました。そのまわりには、見張りの兵もついていました。 大蔵大臣のフリムナップもこの席に一しょに来ていましたが、どういうものか、彼はときどき、私の方を見ては、苦い顔をします。しかし私は、そんなことは気にしないで、ひとつみんなを驚かしてやれと思って、思いっきりたくさん食べてやりました。これはあとで気づいたのですが、大蔵大臣は、かねてから私に反感を持っていたので、この会食のあとで陛下に言ったらしいのです。 「あんなものを陛下が養っておられては、お金がかかって大へんです。できるだけ早く、いい折を見て、追放なさった方が、国家の利益でございましょう。」 と、こんなことを言ったものとみえます。
私のためについた料理人の内、数が多いほうの性別を教えてください。
私のためについた料理人の内、数が多いほうの性別は男で二百人です。
JCRRAG_014751
国語
ラピュタの人たちは、家の作り方が非常に下手です。壁はゆがみ、どの部屋も直角になっていないのです。 四方の壁の内、三か所は外側に、一か所は内側に曲がっている、となっているのです。 彼らの作るレンガは十個のレンガがあれば、四個は欠けているレンガ、そして六個はヒビが入っているレンガなのです。 彼らは、定規や鉛筆でする紙の上の仕事は大へんもっともらしいのですが、実際にやらしてみると、この国の人間ぐらい、下手で不器用な人間はいません。彼らは数学と音楽には非常に熱心ですが、そのほかの問題になると、これくらい、ものわかりの悪い、でたらめな人間はいません。理窟を言わせれば、さっぱり筋が通らないし、むやみに反対ばかりします。彼らは頭も心も、数学と音楽しかわからないのです。 それに、この国の人たちは、いつも何か心配していて、そのために一分間も心は安らかでないのですが、他の人間から見たら、それは何でもないことを心配しているのでした。 その心配の種というのは、天に何か変わったことが起きはすまいか、ということです。たとえば、地球は絶えず太陽に向かって近づいているのだから、今に吸い込まれるか、飲み込まれてしまうだろう、とか、あるいは、太陽の表面にはガスがだんだん固まってきて、今に日が射さなくなるときが来るだろう、とか、この前の彗星のときは、地球は星の尻尾になでられないで助かったが、今度、三十一年後に彗星が現れる、いや二十九年後に現れる、どちらにしろたぶん、われわれはいよいよ滅ぼされるだろう、というのです。そうかとおもえば、太陽は毎日光線を出しているので、やがては、蝋燭のように溶けてなくなるだろう、そうすると、地球も月も、みんななくなってしまうだろう、などという心配でした。
ラピュタの人たちが作る家は四方の壁がゆがんでいるが、内側と外側のうち、多く曲がっているほうを教えてください。
ラピュタの人たちが作る家は四方の壁がゆがんでいるが、内側と外側のうち、多く曲がっているほう外側で三か所です。
JCRRAG_014752
国語
食事は、私のために、百人の女料理人と二百人の男料理人がついていました。彼らはそれそれ、私の近所に小さな家を建ててもらって、家族もろとも、そこで暮らしていました。そして、一人が二皿ずつ、こしらえてくれることになっていました。 私はまず、十三人の男の給仕と七人の女の給仕をつまみ上げて、テーブルの上に乗せてやります。すると、下には百人の給仕が控えていて、肉の皿や葡萄酒や樽詰などを、それそれ肩にかついで待っています。私が欲しいという品を、上にいる給仕人がテーブルから綱をおろして、うまく引き上げてくれるのです。肉の皿は一皿が一口になり、酒一樽が私にはまず一息に飲めます。ここの羊の肉はあまり上等でないが、牛肉はなかなかおいしかったです。三口ぐらいの大きさの肉はたまにあるのがうれしいです。 召使たちは、私が骨もろともポリポリ食べてしまうのを見て、ひどく驚いていました。それから、鵞鳥や七面鳥も、大概一口で食べられますが、これはイギリスのよりずっといい味です。小鳥なんかは、一度に二十羽、多いときは三十羽は、ナイフの先ですくいあげて食べるのでした。 ある日、皇帝は私の食事ぶりを聞かれて、では自分も皇后、皇子、皇女たちと一緒に、私と会食がしてみたいと望まれました。そこで彼らが来ると、私はみんなをテーブルの上の椅子に乗せて、ちょうど私と向き合うように座らせました。そのまわりには、見張りの兵もついていました。 大蔵大臣のフリムナップもこの席に一しょに来ていましたが、どういうものか、彼はときどき、私の方を見ては、苦い顔をします。しかし私は、そんなことは気にしないで、ひとつみんなを驚かしてやれと思って、思いっきりたくさん食べてやりました。これはあとで気づいたのですが、大蔵大臣は、かねてから私に反感を持っていたので、この会食のあとで陛下に言ったらしいのです。 「あんなものを陛下が養っておられては、お金がかかって大へんです。できるだけ早く、いい折を見て、追放なさった方が、国家の利益でございましょう。」 と、こんなことを言ったものとみえます。
私のためについた料理人の内、数が少ないほうの性別を教えてください。
私のためについた料理人の内、数が少ないほうの性別は女で百人です。
JCRRAG_014753
国語
ラピュタの人たちは、家の作り方が非常に下手です。壁はゆがみ、どの部屋も直角になっていないのです。 四方の壁の内、三か所は外側に、一か所は内側に曲がっている、となっているのです。 彼らの作るレンガは十個のレンガがあれば、四個は欠けているレンガ、そして六個はヒビが入っているレンガなのです。 彼らは、定規や鉛筆でする紙の上の仕事は大へんもっともらしいのですが、実際にやらしてみると、この国の人間ぐらい、下手で不器用な人間はいません。彼らは数学と音楽には非常に熱心ですが、そのほかの問題になると、これくらい、ものわかりの悪い、でたらめな人間はいません。理窟を言わせれば、さっぱり筋が通らないし、むやみに反対ばかりします。彼らは頭も心も、数学と音楽しかわからないのです。 それに、この国の人たちは、いつも何か心配していて、そのために一分間も心は安らかでないのですが、他の人間から見たら、それは何でもないことを心配しているのでした。 その心配の種というのは、天に何か変わったことが起きはすまいか、ということです。たとえば、地球は絶えず太陽に向かって近づいているのだから、今に吸い込まれるか、飲み込まれてしまうだろう、とか、あるいは、太陽の表面にはガスがだんだん固まってきて、今に日が射さなくなるときが来るだろう、とか、この前の彗星のときは、地球は星の尻尾になでられないで助かったが、今度、三十一年後に彗星が現れる、いや二十九年後に現れる、どちらにしろたぶん、われわれはいよいよ滅ぼされるだろう、というのです。そうかとおもえば、太陽は毎日光線を出しているので、やがては、蝋燭のように溶けてなくなるだろう、そうすると、地球も月も、みんななくなってしまうだろう、などという心配でした。
ラピュタの人たちが作る家は四方の壁がゆがんでいるが、内側と外側のうち、少なく曲がっているほうを教えてください。
ラピュタの人たちが作る家は四方の壁がゆがんでいるが、内側と外側のうち、少なく曲がっていのは内側で一か所です。
JCRRAG_014754
国語
食事は、私のために、百人の女料理人と二百人の男料理人がついていました。彼らはそれそれ、私の近所に小さな家を建ててもらって、家族もろとも、そこで暮らしていました。そして、一人が二皿ずつ、こしらえてくれることになっていました。 私はまず、十三人の男の給仕と七人の女の給仕をつまみ上げて、テーブルの上に乗せてやります。すると、下には百人の給仕が控えていて、肉の皿や葡萄酒や樽詰などを、それそれ肩にかついで待っています。私が欲しいという品を、上にいる給仕人がテーブルから綱をおろして、うまく引き上げてくれるのです。肉の皿は一皿が一口になり、酒一樽が私にはまず一息に飲めます。ここの羊の肉はあまり上等でないが、牛肉はなかなかおいしかったです。三口ぐらいの大きさの肉はたまにあるのがうれしいです。 召使たちは、私が骨もろともポリポリ食べてしまうのを見て、ひどく驚いていました。それから、鵞鳥や七面鳥も、大概一口で食べられますが、これはイギリスのよりずっといい味です。小鳥なんかは、一度に二十羽、多いときは三十羽は、ナイフの先ですくいあげて食べるのでした。 ある日、皇帝は私の食事ぶりを聞かれて、では自分も皇后、皇子、皇女たちと一緒に、私と会食がしてみたいと望まれました。そこで彼らが来ると、私はみんなをテーブルの上の椅子に乗せて、ちょうど私と向き合うように座らせました。そのまわりには、見張りの兵もついていました。 大蔵大臣のフリムナップもこの席に一しょに来ていましたが、どういうものか、彼はときどき、私の方を見ては、苦い顔をします。しかし私は、そんなことは気にしないで、ひとつみんなを驚かしてやれと思って、思いっきりたくさん食べてやりました。これはあとで気づいたのですが、大蔵大臣は、かねてから私に反感を持っていたので、この会食のあとで陛下に言ったらしいのです。 「あんなものを陛下が養っておられては、お金がかかって大へんです。できるだけ早く、いい折を見て、追放なさった方が、国家の利益でございましょう。」 と、こんなことを言ったものとみえます。
私がつまみ上げてテーブルの上にのせた給仕のうち、数が多いほうの性別を教えてください。
私がつまみ上げてテーブルの上にのせた給仕のうち、数が多いほうの性別は男で十三人です。
JCRRAG_014755
国語
ラピュタの人たちは、家の作り方が非常に下手です。壁はゆがみ、どの部屋も直角になっていないのです。 四方の壁の内、三か所は外側に、一か所は内側に曲がっている、となっているのです。 彼らの作るレンガは十個のレンガがあれば、四個は欠けているレンガ、そして六個はヒビが入っているレンガなのです。 彼らは、定規や鉛筆でする紙の上の仕事は大へんもっともらしいのですが、実際にやらしてみると、この国の人間ぐらい、下手で不器用な人間はいません。彼らは数学と音楽には非常に熱心ですが、そのほかの問題になると、これくらい、ものわかりの悪い、でたらめな人間はいません。理窟を言わせれば、さっぱり筋が通らないし、むやみに反対ばかりします。彼らは頭も心も、数学と音楽しかわからないのです。 それに、この国の人たちは、いつも何か心配していて、そのために一分間も心は安らかでないのですが、他の人間から見たら、それは何でもないことを心配しているのでした。 その心配の種というのは、天に何か変わったことが起きはすまいか、ということです。たとえば、地球は絶えず太陽に向かって近づいているのだから、今に吸い込まれるか、飲み込まれてしまうだろう、とか、あるいは、太陽の表面にはガスがだんだん固まってきて、今に日が射さなくなるときが来るだろう、とか、この前の彗星のときは、地球は星の尻尾になでられないで助かったが、今度、三十一年後に彗星が現れる、いや二十九年後に現れる、どちらにしろたぶん、われわれはいよいよ滅ぼされるだろう、というのです。そうかとおもえば、太陽は毎日光線を出しているので、やがては、蝋燭のように溶けてなくなるだろう、そうすると、地球も月も、みんななくなってしまうだろう、などという心配でした。
ラピュタの人たちが作るレンガが十個あるうち、欠けているレンガ、ヒビが入っているレンガを比較して、数が多いほうを教えてください。
ラピュタの人たちが作るレンガが十個あるうち、欠けているレンガ、ヒビが入っているレンガを比較して、数が多いのはヒビが入っているレンガで六個です。
JCRRAG_014756
国語
食事は、私のために、百人の女料理人と二百人の男料理人がついていました。彼らはそれそれ、私の近所に小さな家を建ててもらって、家族もろとも、そこで暮らしていました。そして、一人が二皿ずつ、こしらえてくれることになっていました。 私はまず、十三人の男の給仕と七人の女の給仕をつまみ上げて、テーブルの上に乗せてやります。すると、下には百人の給仕が控えていて、肉の皿や葡萄酒や樽詰などを、それそれ肩にかついで待っています。私が欲しいという品を、上にいる給仕人がテーブルから綱をおろして、うまく引き上げてくれるのです。肉の皿は一皿が一口になり、酒一樽が私にはまず一息に飲めます。ここの羊の肉はあまり上等でないが、牛肉はなかなかおいしかったです。三口ぐらいの大きさの肉はたまにあるのがうれしいです。 召使たちは、私が骨もろともポリポリ食べてしまうのを見て、ひどく驚いていました。それから、鵞鳥や七面鳥も、大概一口で食べられますが、これはイギリスのよりずっといい味です。小鳥なんかは、一度に二十羽、多いときは三十羽は、ナイフの先ですくいあげて食べるのでした。 ある日、皇帝は私の食事ぶりを聞かれて、では自分も皇后、皇子、皇女たちと一緒に、私と会食がしてみたいと望まれました。そこで彼らが来ると、私はみんなをテーブルの上の椅子に乗せて、ちょうど私と向き合うように座らせました。そのまわりには、見張りの兵もついていました。 大蔵大臣のフリムナップもこの席に一しょに来ていましたが、どういうものか、彼はときどき、私の方を見ては、苦い顔をします。しかし私は、そんなことは気にしないで、ひとつみんなを驚かしてやれと思って、思いっきりたくさん食べてやりました。これはあとで気づいたのですが、大蔵大臣は、かねてから私に反感を持っていたので、この会食のあとで陛下に言ったらしいのです。 「あんなものを陛下が養っておられては、お金がかかって大へんです。できるだけ早く、いい折を見て、追放なさった方が、国家の利益でございましょう。」 と、こんなことを言ったものとみえます。
私がつまみ上げてテーブルの上にのせた給仕のうち、数が少ないほうの性別を教えてください。
私がつまみ上げてテーブルの上にのせた給仕のうち、数が少ないほうの性別は女で七人です。
JCRRAG_014757
国語
ラピュタの人たちは、家の作り方が非常に下手です。壁はゆがみ、どの部屋も直角になっていないのです。 四方の壁の内、三か所は外側に、一か所は内側に曲がっている、となっているのです。 彼らの作るレンガは十個のレンガがあれば、四個は欠けているレンガ、そして六個はヒビが入っているレンガなのです。 彼らは、定規や鉛筆でする紙の上の仕事は大へんもっともらしいのですが、実際にやらしてみると、この国の人間ぐらい、下手で不器用な人間はいません。彼らは数学と音楽には非常に熱心ですが、そのほかの問題になると、これくらい、ものわかりの悪い、でたらめな人間はいません。理窟を言わせれば、さっぱり筋が通らないし、むやみに反対ばかりします。彼らは頭も心も、数学と音楽しかわからないのです。 それに、この国の人たちは、いつも何か心配していて、そのために一分間も心は安らかでないのですが、他の人間から見たら、それは何でもないことを心配しているのでした。 その心配の種というのは、天に何か変わったことが起きはすまいか、ということです。たとえば、地球は絶えず太陽に向かって近づいているのだから、今に吸い込まれるか、飲み込まれてしまうだろう、とか、あるいは、太陽の表面にはガスがだんだん固まってきて、今に日が射さなくなるときが来るだろう、とか、この前の彗星のときは、地球は星の尻尾になでられないで助かったが、今度、三十一年後に彗星が現れる、いや二十九年後に現れる、どちらにしろたぶん、われわれはいよいよ滅ぼされるだろう、というのです。そうかとおもえば、太陽は毎日光線を出しているので、やがては、蝋燭のように溶けてなくなるだろう、そうすると、地球も月も、みんななくなってしまうだろう、などという心配でした。
ラピュタの人たちが作るレンガが十個あるうち、欠けているレンガ、ヒビが入っているレンガを比較して、数が少ないほうを教えてください。
ラピュタの人たちが作るレンガが十個あるうち、欠けているレンガ、ヒビが入っているレンガを比較して、数が少ないのは欠けているレンガで四個です。
JCRRAG_014758
国語
食事は、私のために、百人の女料理人と二百人の男料理人がついていました。彼らはそれそれ、私の近所に小さな家を建ててもらって、家族もろとも、そこで暮らしていました。そして、一人が二皿ずつ、こしらえてくれることになっていました。 私はまず、十三人の男の給仕と七人の女の給仕をつまみ上げて、テーブルの上に乗せてやります。すると、下には百人の給仕が控えていて、肉の皿や葡萄酒や樽詰などを、それそれ肩にかついで待っています。私が欲しいという品を、上にいる給仕人がテーブルから綱をおろして、うまく引き上げてくれるのです。肉の皿は一皿が一口になり、酒一樽が私にはまず一息に飲めます。ここの羊の肉はあまり上等でないが、牛肉はなかなかおいしかったです。三口ぐらいの大きさの肉はたまにあるのがうれしいです。 召使たちは、私が骨もろともポリポリ食べてしまうのを見て、ひどく驚いていました。それから、鵞鳥や七面鳥も、大概一口で食べられますが、これはイギリスのよりずっといい味です。小鳥なんかは、一度に二十羽、多いときは三十羽は、ナイフの先ですくいあげて食べるのでした。 ある日、皇帝は私の食事ぶりを聞かれて、では自分も皇后、皇子、皇女たちと一緒に、私と会食がしてみたいと望まれました。そこで彼らが来ると、私はみんなをテーブルの上の椅子に乗せて、ちょうど私と向き合うように座らせました。そのまわりには、見張りの兵もついていました。 大蔵大臣のフリムナップもこの席に一しょに来ていましたが、どういうものか、彼はときどき、私の方を見ては、苦い顔をします。しかし私は、そんなことは気にしないで、ひとつみんなを驚かしてやれと思って、思いっきりたくさん食べてやりました。これはあとで気づいたのですが、大蔵大臣は、かねてから私に反感を持っていたので、この会食のあとで陛下に言ったらしいのです。 「あんなものを陛下が養っておられては、お金がかかって大へんです。できるだけ早く、いい折を見て、追放なさった方が、国家の利益でございましょう。」 と、こんなことを言ったものとみえます。
私が小鳥を一口で食べる時に、より多い数を教えてください。
私が小鳥を一口で食べる時に、より多い数は三十羽です。
JCRRAG_014759
国語
彼らは朝から晩まで、こんなふうなことを考えて、ビクビクしています。夜も、よく眠れないし、この世の楽しみを味おうともしないのです。朝、人に会って、第一にする挨拶は、 「太陽の具合はどうでしょう。日の入り、日の出に、変わりはございませんか。」 「今度、彗星がやって来たら、どうしたものでしょうか。なんとかして助かりたいものですなあ。」 と、こんなことを言い合うのです。それはちょうど、子供が幽霊やお化けの話が怖くて眠れないくせに聞きたがるような気持でした。 私は一月もたつと、この国の言葉がかなりうまくなりました。国王の前に出ても、質問は大概答えることができました。陛下は、私の見た国々の法律、政治、風俗などのことは、少しも聞きたがりません。その質問といえば、数学のことばかりでした。私が申し上げる説明を、ときどき、叩き役の助けをかりて聞かれながら、いかにも、つまんなそうな顔つきでいられます。 私は、この島のいろいろ珍しいものを見せてもらいたいと、陛下にお願いしました。さっそく、お許しが出て、私の先生がいっしょに行ってくれることになりました。私はこの島のさまざまな運動が何の原因によるものなのか、それが知りたかったのです。 この飛島は、直径約四マイル半の真円い島です。面積は、一万エーカー、島の厚さは、三百ヤードあります。島の一番底は、滑らかな石の板になっていて、その上に、鉱物の層があり、そのまた上に、土がかぶさっています。 島の中心には、直径五十ヤードほどの裂け目が一つあります。そこから、天文学者たちが、洞穴へおりて行きます。 その洞穴の中には、二十個のランプが、いつもともっています。 ここでも歪んでいるのか、右側に十三個、左側に七個のランプが置かれていました。 そこには、二十個の望遠鏡や、二個の天体観測器や、そのほか、天文学の器械が備えてあります。
洞穴の中のランプにおいて、右側と左側に置かれている数を比較して、数が多いほうを教えてください。
洞穴の中のランプにおいて、右側と左側に置かれている数を比較して、数が多いほうは右側で十三個です。
JCRRAG_014760
国語
ところで、私の罪状について、この弾劾文をめぐって、何度も議論が行われたようです、陛下一人が、私がこれまで立派な手柄をたてていられるので、まあ、大目にみて罪は軽くしてやれ、と言われていたそうです。しかし、大蔵大臣と提督の二人は、罪を軽くすることに反対で、夜中に私の家に火をつけて、焼き殺してしまった方がいい、と、ひどいことを言うのです。それから、陸軍大将は、そのときには毒矢を持った一万五千の兵と毒を塗った剣を持った歩兵五千をひきいて、私の手や顔を攻撃する、と、こんなことを言うのです。 使いは尚も続けました。 それからまた、あなたの味方の宮内大臣レルドレザルは、こんなことを言います。殺すのは、どうもひどすぎるから、ただ、あなたの両方の眼をつぶすことにしたらどうでしょうか、と、こんなことを陛下に申し上げたのです。すると、これには議員たちがみな反対しました。 君は叛逆者の生命を助けようとするのか、と、ボルゴラムはどなりだしました。皇后の御座所の火事を立小便で消すことのできるような男なら、いつ大水を起して宮城を水浸しにしてしまうかもわからない、それに、敵艦隊を引っ張って来たあの力では、一たん何か腹を立てて暴れだしたら大へんなことになる、と、ボルゴラムは死刑を説くのです。 大蔵大臣も、あんな男を養っていては、間もなく国が貧乏になってしまうと言って、死刑を主張しました。しかし、陛下はどこまでも、あなたを死刑にはしたくないとお考えでした。 両方の眼をつぶしただけでは、刑が軽すぎるというのなら、食物を減らして、だんだんやせ衰えさせるといいでしょう、身体が半分以上も小さくなって死ねば、死骸から出る臭いだって、そう恐ろしくはないし、骸骨だけは記念物として残しておけます、と、宮内大臣は言いました。
私の罪状について行われた議論で支持の数が少なかった意見は何ですか。
私の罪状について行われた議論で支持の数が少なかったのは陛下一人の意見で、「大目にみて罪は軽くしてやれ」というものでした。
JCRRAG_014761
国語
彼らは朝から晩まで、こんなふうなことを考えて、ビクビクしています。夜も、よく眠れないし、この世の楽しみを味おうともしないのです。朝、人に会って、第一にする挨拶は、 「太陽の具合はどうでしょう。日の入り、日の出に、変わりはございませんか。」 「今度、彗星がやって来たら、どうしたものでしょうか。なんとかして助かりたいものですなあ。」 と、こんなことを言い合うのです。それはちょうど、子供が幽霊やお化けの話が怖くて眠れないくせに聞きたがるような気持でした。 私は一月もたつと、この国の言葉がかなりうまくなりました。国王の前に出ても、質問は大概答えることができました。陛下は、私の見た国々の法律、政治、風俗などのことは、少しも聞きたがりません。その質問といえば、数学のことばかりでした。私が申し上げる説明を、ときどき、叩き役の助けをかりて聞かれながら、いかにも、つまんなそうな顔つきでいられます。 私は、この島のいろいろ珍しいものを見せてもらいたいと、陛下にお願いしました。さっそく、お許しが出て、私の先生がいっしょに行ってくれることになりました。私はこの島のさまざまな運動が何の原因によるものなのか、それが知りたかったのです。 この飛島は、直径約四マイル半の真円い島です。面積は、一万エーカー、島の厚さは、三百ヤードあります。島の一番底は、滑らかな石の板になっていて、その上に、鉱物の層があり、そのまた上に、土がかぶさっています。 島の中心には、直径五十ヤードほどの裂け目が一つあります。そこから、天文学者たちが、洞穴へおりて行きます。 その洞穴の中には、二十個のランプが、いつもともっています。 ここでも歪んでいるのか、右側に十三個、左側に七個のランプが置かれていました。 そこには、二十個の望遠鏡や、二個の天体観測器や、そのほか、天文学の器械が備えてあります。
洞穴の中のランプにおいて、右側と左側に置かれている数を比較して、数が少ないほうを教えてください。
洞穴の中のランプにおいて、右側と左側に置かれている数を比較して、数が少ないほうは左側で七個です。
JCRRAG_014762
国語
ところで、私の罪状について、この弾劾文をめぐって、何度も議論が行われたようです、陛下一人が、私がこれまで立派な手柄をたてていられるので、まあ、大目にみて罪は軽くしてやれ、と言われていたそうです。しかし、大蔵大臣と提督の二人は、罪を軽くすることに反対で、夜中に私の家に火をつけて、焼き殺してしまった方がいい、と、ひどいことを言うのです。それから、陸軍大将は、そのときには毒矢を持った一万五千の兵と毒を塗った剣を持った歩兵五千をひきいて、私の手や顔を攻撃する、と、こんなことを言うのです。 使いは尚も続けました。 それからまた、あなたの味方の宮内大臣レルドレザルは、こんなことを言います。殺すのは、どうもひどすぎるから、ただ、あなたの両方の眼をつぶすことにしたらどうでしょうか、と、こんなことを陛下に申し上げたのです。すると、これには議員たちがみな反対しました。 君は叛逆者の生命を助けようとするのか、と、ボルゴラムはどなりだしました。皇后の御座所の火事を立小便で消すことのできるような男なら、いつ大水を起して宮城を水浸しにしてしまうかもわからない、それに、敵艦隊を引っ張って来たあの力では、一たん何か腹を立てて暴れだしたら大へんなことになる、と、ボルゴラムは死刑を説くのです。 大蔵大臣も、あんな男を養っていては、間もなく国が貧乏になってしまうと言って、死刑を主張しました。しかし、陛下はどこまでも、あなたを死刑にはしたくないとお考えでした。 両方の眼をつぶしただけでは、刑が軽すぎるというのなら、食物を減らして、だんだんやせ衰えさせるといいでしょう、身体が半分以上も小さくなって死ねば、死骸から出る臭いだって、そう恐ろしくはないし、骸骨だけは記念物として残しておけます、と、宮内大臣は言いました。
私の罪状について行われた議論で支持の数が多かった意見は何ですか。
私の罪状について行われた議論で支持の数が多かったのは大蔵大臣と提督の二人の意見で、「罪を軽くすることに反対で、夜中に私の家に火をつけて、焼き殺してしまった方がいい」というものでした。
JCRRAG_014763
国語
ところで、私の罪状について、この弾劾文をめぐって、何度も議論が行われたようです、陛下一人が、私がこれまで立派な手柄をたてていられるので、まあ、大目にみて罪は軽くしてやれ、と言われていたそうです。しかし、大蔵大臣と提督の二人は、罪を軽くすることに反対で、夜中に私の家に火をつけて、焼き殺してしまった方がいい、と、ひどいことを言うのです。それから、陸軍大将は、そのときには毒矢を持った一万五千の兵と毒を塗った剣を持った歩兵五千をひきいて、私の手や顔を攻撃する、と、こんなことを言うのです。 使いは尚も続けました。 それからまた、あなたの味方の宮内大臣レルドレザルは、こんなことを言います。殺すのは、どうもひどすぎるから、ただ、あなたの両方の眼をつぶすことにしたらどうでしょうか、と、こんなことを陛下に申し上げたのです。すると、これには議員たちがみな反対しました。 君は叛逆者の生命を助けようとするのか、と、ボルゴラムはどなりだしました。皇后の御座所の火事を立小便で消すことのできるような男なら、いつ大水を起して宮城を水浸しにしてしまうかもわからない、それに、敵艦隊を引っ張って来たあの力では、一たん何か腹を立てて暴れだしたら大へんなことになる、と、ボルゴラムは死刑を説くのです。 大蔵大臣も、あんな男を養っていては、間もなく国が貧乏になってしまうと言って、死刑を主張しました。しかし、陛下はどこまでも、あなたを死刑にはしたくないとお考えでした。 両方の眼をつぶしただけでは、刑が軽すぎるというのなら、食物を減らして、だんだんやせ衰えさせるといいでしょう、身体が半分以上も小さくなって死ねば、死骸から出る臭いだって、そう恐ろしくはないし、骸骨だけは記念物として残しておけます、と、宮内大臣は言いました。
陸軍大将は私の手や顔を攻撃するときの兵の数でより少ない兵を教えてください。
陸軍大将は私の手や顔を攻撃するときの兵の数でより少ない兵は毒を塗った剣を持った歩兵五千です。
JCRRAG_014764
国語
ところで、私の罪状について、この弾劾文をめぐって、何度も議論が行われたようです、陛下一人が、私がこれまで立派な手柄をたてていられるので、まあ、大目にみて罪は軽くしてやれ、と言われていたそうです。しかし、大蔵大臣と提督の二人は、罪を軽くすることに反対で、夜中に私の家に火をつけて、焼き殺してしまった方がいい、と、ひどいことを言うのです。それから、陸軍大将は、そのときには毒矢を持った一万五千の兵と毒を塗った剣を持った歩兵五千をひきいて、私の手や顔を攻撃する、と、こんなことを言うのです。 使いは尚も続けました。 それからまた、あなたの味方の宮内大臣レルドレザルは、こんなことを言います。殺すのは、どうもひどすぎるから、ただ、あなたの両方の眼をつぶすことにしたらどうでしょうか、と、こんなことを陛下に申し上げたのです。すると、これには議員たちがみな反対しました。 君は叛逆者の生命を助けようとするのか、と、ボルゴラムはどなりだしました。皇后の御座所の火事を立小便で消すことのできるような男なら、いつ大水を起して宮城を水浸しにしてしまうかもわからない、それに、敵艦隊を引っ張って来たあの力では、一たん何か腹を立てて暴れだしたら大へんなことになる、と、ボルゴラムは死刑を説くのです。 大蔵大臣も、あんな男を養っていては、間もなく国が貧乏になってしまうと言って、死刑を主張しました。しかし、陛下はどこまでも、あなたを死刑にはしたくないとお考えでした。 両方の眼をつぶしただけでは、刑が軽すぎるというのなら、食物を減らして、だんだんやせ衰えさせるといいでしょう、身体が半分以上も小さくなって死ねば、死骸から出る臭いだって、そう恐ろしくはないし、骸骨だけは記念物として残しておけます、と、宮内大臣は言いました。
陸軍大将は私の手や顔を攻撃するときの兵の数でより多い兵を教えてください。
陸軍大将は私の手や顔を攻撃するときの兵の数でより多い兵は毒矢を持った一万五千の兵です。
JCRRAG_014765
国語
そんなわけで、とにかく、みんなの意見はまとまりましたが、この、私を餓死させる計画は、ごくごく秘密にされていたようです。 あと三日すると、私の味方の大臣がこちらへ訪ねて来るとのことでした。そして、弾劾文を読んで聞かせ、それから、陛下のおかげで、私の罪は両眼を失くしただけですむことになった、と告げることになっています。陛下は、私がよろこんで、この刑に服すだろうと思っておられます。そこで外科医二十名とその他の医師十名が立会いのうえで、私を地面に寝かせ、私の右の眼球に、鋭く尖った矢を二十本、左の眼球に三十本も射込む手筈になっているようです。 「私はただ、ありのままを、あなたにお知らせしたのですが、どうか、そのつもりでいてください。あまり長居をしていると、人から疑われますから、これで失礼いたします。」 そう言って、大官は帰ってゆきました。あとに残された私は、どうしたらいいのかしらと、いろいろ悩みました。 とうとう私は逃げ出すことに決心しました。三日が来ないうちに、私は宮内大臣に手紙を送り、明日の朝ブレフスキュ島へ出発するつもりだ、と言ってやりました。もう返事など待ってはいられません。そのまま海岸の方へ歩いて行きました。 そこで大きな軍艦を一隻つかまえ、綱を結びつけ、錨を上げると、裸になって、着物は軍艦に積み込みました。それから、その船を引っ張って、歩いたり泳いだりしながら、ブレフスキュの港に着きました。 向こうでは私の来るのを待ちかねていたところです。三人の案内者と一人のお付きをつけて、首都まで案内してくれました。私は一人を左手に、三人を右手に乗せて、城の近くまで行きましたが、ここで、誰か大臣に知らせてきてくれ、と頼みました。
私の刑を執行する際に立ち会う医師のうち、数が多い医者の種類を教えてください。
私の刑を執行する際に立ち会う医師のうち、数が多い医者の種類は外科医で二十名です。
JCRRAG_014766
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そんなわけで、とにかく、みんなの意見はまとまりましたが、この、私を餓死させる計画は、ごくごく秘密にされていたようです。 あと三日すると、私の味方の大臣がこちらへ訪ねて来るとのことでした。そして、弾劾文を読んで聞かせ、それから、陛下のおかげで、私の罪は両眼を失くしただけですむことになった、と告げることになっています。陛下は、私がよろこんで、この刑に服すだろうと思っておられます。そこで外科医二十名とその他の医師十名が立会いのうえで、私を地面に寝かせ、私の右の眼球に、鋭く尖った矢を二十本、左の眼球に三十本も射込む手筈になっているようです。 「私はただ、ありのままを、あなたにお知らせしたのですが、どうか、そのつもりでいてください。あまり長居をしていると、人から疑われますから、これで失礼いたします。」 そう言って、大官は帰ってゆきました。あとに残された私は、どうしたらいいのかしらと、いろいろ悩みました。 とうとう私は逃げ出すことに決心しました。三日が来ないうちに、私は宮内大臣に手紙を送り、明日の朝ブレフスキュ島へ出発するつもりだ、と言ってやりました。もう返事など待ってはいられません。そのまま海岸の方へ歩いて行きました。 そこで大きな軍艦を一隻つかまえ、綱を結びつけ、錨を上げると、裸になって、着物は軍艦に積み込みました。それから、その船を引っ張って、歩いたり泳いだりしながら、ブレフスキュの港に着きました。 向こうでは私の来るのを待ちかねていたところです。三人の案内者と一人のお付きをつけて、首都まで案内してくれました。私は一人を左手に、三人を右手に乗せて、城の近くまで行きましたが、ここで、誰か大臣に知らせてきてくれ、と頼みました。
私の刑を執行する際に立ち会う医師のうち、数が少ない医者の種類を教えてください。
私の刑を執行する際に立ち会う医師のうち、数が少ない医者の種類はその他の医師で十名です。
JCRRAG_014767
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そんなわけで、とにかく、みんなの意見はまとまりましたが、この、私を餓死させる計画は、ごくごく秘密にされていたようです。 あと三日すると、私の味方の大臣がこちらへ訪ねて来るとのことでした。そして、弾劾文を読んで聞かせ、それから、陛下のおかげで、私の罪は両眼を失くしただけですむことになった、と告げることになっています。陛下は、私がよろこんで、この刑に服すだろうと思っておられます。そこで外科医二十名とその他の医師十名が立会いのうえで、私を地面に寝かせ、私の右の眼球に、鋭く尖った矢を二十本、左の眼球に三十本も射込む手筈になっているようです。 「私はただ、ありのままを、あなたにお知らせしたのですが、どうか、そのつもりでいてください。あまり長居をしていると、人から疑われますから、これで失礼いたします。」 そう言って、大官は帰ってゆきました。あとに残された私は、どうしたらいいのかしらと、いろいろ悩みました。 とうとう私は逃げ出すことに決心しました。三日が来ないうちに、私は宮内大臣に手紙を送り、明日の朝ブレフスキュ島へ出発するつもりだ、と言ってやりました。もう返事など待ってはいられません。そのまま海岸の方へ歩いて行きました。 そこで大きな軍艦を一隻つかまえ、綱を結びつけ、錨を上げると、裸になって、着物は軍艦に積み込みました。それから、その船を引っ張って、歩いたり泳いだりしながら、ブレフスキュの港に着きました。 向こうでは私の来るのを待ちかねていたところです。三人の案内者と一人のお付きをつけて、首都まで案内してくれました。私は一人を左手に、三人を右手に乗せて、城の近くまで行きましたが、ここで、誰か大臣に知らせてきてくれ、と頼みました。
私の眼球に射込む鋭く尖った矢の数が、多いほうの眼を教えてください。
私の眼球に射込む鋭く尖った矢の数が、多いほうの眼は左の眼球で、三十本となっています。
JCRRAG_014768
国語
そんなわけで、とにかく、みんなの意見はまとまりましたが、この、私を餓死させる計画は、ごくごく秘密にされていたようです。 あと三日すると、私の味方の大臣がこちらへ訪ねて来るとのことでした。そして、弾劾文を読んで聞かせ、それから、陛下のおかげで、私の罪は両眼を失くしただけですむことになった、と告げることになっています。陛下は、私がよろこんで、この刑に服すだろうと思っておられます。そこで外科医二十名とその他の医師十名が立会いのうえで、私を地面に寝かせ、私の右の眼球に、鋭く尖った矢を二十本、左の眼球に三十本も射込む手筈になっているようです。 「私はただ、ありのままを、あなたにお知らせしたのですが、どうか、そのつもりでいてください。あまり長居をしていると、人から疑われますから、これで失礼いたします。」 そう言って、大官は帰ってゆきました。あとに残された私は、どうしたらいいのかしらと、いろいろ悩みました。 とうとう私は逃げ出すことに決心しました。三日が来ないうちに、私は宮内大臣に手紙を送り、明日の朝ブレフスキュ島へ出発するつもりだ、と言ってやりました。もう返事など待ってはいられません。そのまま海岸の方へ歩いて行きました。 そこで大きな軍艦を一隻つかまえ、綱を結びつけ、錨を上げると、裸になって、着物は軍艦に積み込みました。それから、その船を引っ張って、歩いたり泳いだりしながら、ブレフスキュの港に着きました。 向こうでは私の来るのを待ちかねていたところです。三人の案内者と一人のお付きをつけて、首都まで案内してくれました。私は一人を左手に、三人を右手に乗せて、城の近くまで行きましたが、ここで、誰か大臣に知らせてきてくれ、と頼みました。
私の眼球に射込む鋭く尖った矢の数が、少ないほうの眼を教えてください。
私の眼球に射込む鋭く尖った矢の数が、少ないほうの眼は右の眼球で、二十本です
JCRRAG_014769
国語
そんなわけで、とにかく、みんなの意見はまとまりましたが、この、私を餓死させる計画は、ごくごく秘密にされていたようです。 あと三日すると、私の味方の大臣がこちらへ訪ねて来るとのことでした。そして、弾劾文を読んで聞かせ、それから、陛下のおかげで、私の罪は両眼を失くしただけですむことになった、と告げることになっています。陛下は、私がよろこんで、この刑に服すだろうと思っておられます。そこで外科医二十名とその他の医師十名が立会いのうえで、私を地面に寝かせ、私の右の眼球に、鋭く尖った矢を二十本、左の眼球に三十本も射込む手筈になっているようです。 「私はただ、ありのままを、あなたにお知らせしたのですが、どうか、そのつもりでいてください。あまり長居をしていると、人から疑われますから、これで失礼いたします。」 そう言って、大官は帰ってゆきました。あとに残された私は、どうしたらいいのかしらと、いろいろ悩みました。 とうとう私は逃げ出すことに決心しました。三日が来ないうちに、私は宮内大臣に手紙を送り、明日の朝ブレフスキュ島へ出発するつもりだ、と言ってやりました。もう返事など待ってはいられません。そのまま海岸の方へ歩いて行きました。 そこで大きな軍艦を一隻つかまえ、綱を結びつけ、錨を上げると、裸になって、着物は軍艦に積み込みました。それから、その船を引っ張って、歩いたり泳いだりしながら、ブレフスキュの港に着きました。 向こうでは私の来るのを待ちかねていたところです。三人の案内者と一人のお付きをつけて、首都まで案内してくれました。私は一人を左手に、三人を右手に乗せて、城の近くまで行きましたが、ここで、誰か大臣に知らせてきてくれ、と頼みました。
ブレフスキュの港に着いた私が手に乗せた四人の案内者とお付きのうち、人数が多いほうの手を教えてください。
ブレフスキュの港に着いた私が手に乗せた四人の案内者とお付きのうち、人数が多いほうの手は右手で三人です。
JCRRAG_014770
国語
とにかく、私はなるべく早く出発しようと思いました。宮廷の方でも一日も早く行ってもらいたいのでいろいろ手助けをしてくれます。三百人の職人と二百人の大工がかかって、ボートにつける二枚の帆をこしらえました。私の指図にしたがい、一番丈夫な布を、十三枚重ねたものと十五枚重ねた物とそれぞれ縫い合わせて作りました。私は一番丈夫な太い綱を、十本、二十本、三十本と、一生懸命に、ない合わせました。それから海岸を探しまわって、錨の代りになりそうな、大きな石を見つけました。ボートに塗ったり、そのほかいろんなことに使うため、三百頭の牛の脂をもらいました。何より骨の折れたのは、オールとマストにするため、大きな木を三本、さらに大きな木を二本伐り倒すことでした。しかし、これは陛下の船大工が手伝ってくれて、私がただ粗けずりすれば、あとは大工が綺麗に仕上げてくれました。 一月もすると、準備はすっかり出来上がりました。私はいよいよ出発の許可の御命令がいただきたい、と陛下に願いました。陛下は皇族たちと一緒に宮殿から、わざわざ出て来られました。私は皇帝の手にキスしようとして、うつ伏せに寝ました。 陛下は快く手を貸してくださいます。皇后も、皇子たちも、みな手にキスを許してくださいました。それから、皇帝は二百枚の金貨が入った袋を五十個と、二百枚の銀貨の入った袋を八十個、さらに陛下の肖像画を私にくださいました。肖像画の方は、いたまないように、すぐ片方の手袋の中にしまっておきました。
ボートにつける二枚の帆をこしらえるためにかかった人数のうち、多いほうの職種を教えてください。
ボートにつける二枚の帆をこしらえるためにかかった人数のうち、多いほうの職種は職人で三百人です。
JCRRAG_014771
国語
とにかく、私はなるべく早く出発しようと思いました。宮廷の方でも一日も早く行ってもらいたいのでいろいろ手助けをしてくれます。三百人の職人と二百人の大工がかかって、ボートにつける二枚の帆をこしらえました。私の指図にしたがい、一番丈夫な布を、十三枚重ねたものと十五枚重ねた物とそれぞれ縫い合わせて作りました。私は一番丈夫な太い綱を、十本、二十本、三十本と、一生懸命に、ない合わせました。それから海岸を探しまわって、錨の代りになりそうな、大きな石を見つけました。ボートに塗ったり、そのほかいろんなことに使うため、三百頭の牛の脂をもらいました。何より骨の折れたのは、オールとマストにするため、大きな木を三本、さらに大きな木を二本伐り倒すことでした。しかし、これは陛下の船大工が手伝ってくれて、私がただ粗けずりすれば、あとは大工が綺麗に仕上げてくれました。 一月もすると、準備はすっかり出来上がりました。私はいよいよ出発の許可の御命令がいただきたい、と陛下に願いました。陛下は皇族たちと一緒に宮殿から、わざわざ出て来られました。私は皇帝の手にキスしようとして、うつ伏せに寝ました。 陛下は快く手を貸してくださいます。皇后も、皇子たちも、みな手にキスを許してくださいました。それから、皇帝は二百枚の金貨が入った袋を五十個と、二百枚の銀貨の入った袋を八十個、さらに陛下の肖像画を私にくださいました。肖像画の方は、いたまないように、すぐ片方の手袋の中にしまっておきました。
ボートにつける二枚の帆をこしらえるためにかかった人数のうち、少ないほうの職種を教えてください。
ボートにつける二枚の帆をこしらえるためにかかった人数のうち、少ないほうの職種は大工で二百人です。
JCRRAG_014772
国語
私はなるべく早く出発しようと思いました。宮廷の方でも一日も早く行ってもらいたいのでいろいろ手助けをしてくれます。三百人の職人と二百人の大工がかかって、ボートにつける二枚の帆をこしらえました。私の指図にしたがい、一番丈夫な布を、十三枚重ねたものと十五枚重ねた物とそれぞれ縫い合わせて作りました。私は一番丈夫な太い綱を、十本、二十本、三十本と、一生懸命に、ない合わせました。それから海岸を探しまわって、錨の代りになりそうな、大きな石を見つけました。ボートに塗ったり、そのほかいろんなことに使うため、三百頭の牛の脂、五十匹の豚の脂、十羽の鳥の脂をもらいました。何より骨の折れたのは、オールとマストにするため、大きな木を三本、さらに大きな木を二本伐り倒すことでした。しかし、これは陛下の船大工が手伝ってくれて、私がただ粗けずりすれば、あとは大工が綺麗に仕上げてくれました。 一月もすると、準備はすっかり出来上がりました。私はいよいよ出発の許可の御命令がいただきたい、と陛下に願いました。陛下は皇族たちと一緒に宮殿から、わざわざ出て来られました。私は皇帝の手にキスしようとして、うつ伏せに寝ました。 陛下は快く手を貸してくださいます。皇后も、皇子たちも、みな手にキスを許してくださいました。それから、皇帝は二百枚の金貨が入った袋を五十個と、二百枚の銀貨の入った袋を八十個、さらに陛下の肖像画を私にくださいました。肖像画の方は、いたまないように、すぐ片方の手袋の中にしまっておきました。
いろんなことに使うためもらった動物の脂のうち、一番頭数が多かった動物の種類を教えてください。
いろんなことに使うためもらった動物の脂のうち、一番頭数が多かった動物の種類は牛の脂で三百頭です。
JCRRAG_014773
国語
とにかく、私はなるべく早く出発しようと思いました。宮廷の方でも一日も早く行ってもらいたいのでいろいろ手助けをしてくれます。三百人の職人と二百人の大工がかかって、ボートにつける二枚の帆をこしらえました。私の指図にしたがい、一番丈夫な布を、十三枚重ねたものと十五枚重ねた物とそれぞれ縫い合わせて作りました。私は一番丈夫な太い綱を、十本、二十本、三十本と、一生懸命に、ない合わせました。それから海岸を探しまわって、錨の代りになりそうな、大きな石を見つけました。ボートに塗ったり、そのほかいろんなことに使うため、三百頭の牛の脂をもらいました。何より骨の折れたのは、オールとマストにするため、大きな木を三本、さらに大きな木を二本伐り倒すことでした。しかし、これは陛下の船大工が手伝ってくれて、私がただ粗けずりすれば、あとは大工が綺麗に仕上げてくれました。 一月もすると、準備はすっかり出来上がりました。私はいよいよ出発の許可の御命令がいただきたい、と陛下に願いました。陛下は皇族たちと一緒に宮殿から、わざわざ出て来られました。私は皇帝の手にキスしようとして、うつ伏せに寝ました。 陛下は快く手を貸してくださいます。皇后も、皇子たちも、みな手にキスを許してくださいました。それから、皇帝は二百枚の金貨が入った袋を五十個と、二百枚の銀貨の入った袋を八十個、さらに陛下の肖像画を私にくださいました。肖像画の方は、いたまないように、すぐ片方の手袋の中にしまっておきました。
皇帝が私にくださったもので、数が多いほうを教えてください。
皇帝が私にくださったもので、数が多いほうは二百枚の銀貨が入った袋で八十個です。
JCRRAG_014774
国語
とにかく、私はなるべく早く出発しようと思いました。宮廷の方でも一日も早く行ってもらいたいのでいろいろ手助けをしてくれます。三百人の職人と二百人の大工がかかって、ボートにつける二枚の帆をこしらえました。私の指図にしたがい、一番丈夫な布を、十三枚重ねたものと十五枚重ねた物とそれぞれ縫い合わせて作りました。私は一番丈夫な太い綱を、十本、二十本、三十本と、一生懸命に、ない合わせました。それから海岸を探しまわって、錨の代りになりそうな、大きな石を見つけました。ボートに塗ったり、そのほかいろんなことに使うため、三百頭の牛の脂をもらいました。何より骨の折れたのは、オールとマストにするため、大きな木を三本、さらに大きな木を二本伐り倒すことでした。しかし、これは陛下の船大工が手伝ってくれて、私がただ粗けずりすれば、あとは大工が綺麗に仕上げてくれました。 一月もすると、準備はすっかり出来上がりました。私はいよいよ出発の許可の御命令がいただきたい、と陛下に願いました。陛下は皇族たちと一緒に宮殿から、わざわざ出て来られました。私は皇帝の手にキスしようとして、うつ伏せに寝ました。 陛下は快く手を貸してくださいます。皇后も、皇子たちも、みな手にキスを許してくださいました。それから、皇帝は二百枚の金貨が入った袋を五十個と、二百枚の銀貨の入った袋を八十個、さらに陛下の肖像画を私にくださいました。肖像画の方は、いたまないように、すぐ片方の手袋の中にしまっておきました。
皇帝が私にくださったもので、数が少ないほうを教えてください。
皇帝が私にくださったもので、数が少ないほうは二百枚の金貨が入った袋で五十個です。
JCRRAG_014775
国語
私はボートの中に、牛百頭、羊三百頭の肉と、それにパン八十個と飲物九十本を積み込みました。それから三百人の男のコック、百人の女のコックの手でととのえてくれた肉なども積み込みました。それから、生きた牝牛六頭と牡牛を二頭持っていくことにしました。 それから牝羊六頭と牡羊二頭を持って帰ることにしました。 これらは国へ持って帰って、飼ってみようと思いました。船の中で食べさせるために、乾草を一袋と麦を三袋、用意しました。 私はこの国の人間も、十人ばかり、つれて行きたかったのですが、これはどうしても、陛下がお許しになりません。それどころか、私のポケットをすっかり調べられ、たとえ志願する者があっても、人民は決してつれて行かないと誓わされました。 そんなふうに、できるかぎりの準備をととのえ、いよいよ、一七○一年九月二十日の朝六時、私は出帆しました。風は南東だったので、北へ向かって四リーグばかり行くと、ちょうど午後六時頃、小さな島の影が見えてきました。ぐんぐん進んで行って、その島のそばで、ボートの錨をおろしました。そこは誰も住んでいない無人島らしいのです。私は軽い食事をすませ、ぐっすり眠りました。六時間も眠った頃、目がさめ、それから二時間ばかりすると、夜が明けました。日の出前に朝飯をすまし、錨を上げて、風向もよかったので、羅針盤をたよりに、昨日と同じ進路をつづけて行きました。私の考えでは、ヴァン・ディーメンズ・ランドの北東にある群島の、どれか一つに、たどりつこうと思っていたのです。だが、その日はついに何も見えませんでした。
私がボートの中に積み込んだ飲食物のうち、もっとも数が多いものを教えてください。
私がボートの中に積み込んだ飲食物のうち、もっとも数が多いものは羊で三百頭です。
JCRRAG_014776
国語
私はボートの中に、牛百頭、羊三百頭の肉と、それにパン八十個と飲物九十本を積み込みました。それから三百人の男のコック、百人の女のコックの手でととのえてくれた肉なども積み込みました。それから、生きた牝牛六頭と牡牛を二頭持っていくことにしました。 それから牝羊六頭と牡羊二頭を持って帰ることにしました。 これらは国へ持って帰って、飼ってみようと思いました。船の中で食べさせるために、乾草を一袋と麦を三袋、用意しました。 私はこの国の人間も、十人ばかり、つれて行きたかったのですが、これはどうしても、陛下がお許しになりません。それどころか、私のポケットをすっかり調べられ、たとえ志願する者があっても、人民は決してつれて行かないと誓わされました。 そんなふうに、できるかぎりの準備をととのえ、いよいよ、一七○一年九月二十日の朝六時、私は出帆しました。風は南東だったので、北へ向かって四リーグばかり行くと、ちょうど午後六時頃、小さな島の影が見えてきました。ぐんぐん進んで行って、その島のそばで、ボートの錨をおろしました。そこは誰も住んでいない無人島らしいのです。私は軽い食事をすませ、ぐっすり眠りました。六時間も眠った頃、目がさめ、それから二時間ばかりすると、夜が明けました。日の出前に朝飯をすまし、錨を上げて、風向もよかったので、羅針盤をたよりに、昨日と同じ進路をつづけて行きました。私の考えでは、ヴァン・ディーメンズ・ランドの北東にある群島の、どれか一つに、たどりつこうと思っていたのです。だが、その日はついに何も見えませんでした。
私がボートの中に積み込んだ飲食物のうち、もっとも数が少ないものを教えてください。
私がボートの中に積み込んだ飲食物のうち、もっとも数が少ないものはパンで八十個です。
JCRRAG_014777
国語
私はボートの中に、牛百頭、羊三百頭の肉と、それにパン八十個と飲物九十本を積み込みました。それから三百人の男のコック、百人の女のコックの手でととのえてくれた肉なども積み込みました。それから、生きた牝牛六頭と牡牛を二頭持っていくことにしました。 それから牝羊六頭と牡羊二頭を持って帰ることにしました。 これらは国へ持って帰って、飼ってみようと思いました。船の中で食べさせるために、乾草を一袋と麦を三袋、用意しました。 私はこの国の人間も、十人ばかり、つれて行きたかったのですが、これはどうしても、陛下がお許しになりません。それどころか、私のポケットをすっかり調べられ、たとえ志願する者があっても、人民は決してつれて行かないと誓わされました。 そんなふうに、できるかぎりの準備をととのえ、いよいよ、一七○一年九月二十日の朝六時、私は出帆しました。風は南東だったので、北へ向かって四リーグばかり行くと、ちょうど午後六時頃、小さな島の影が見えてきました。ぐんぐん進んで行って、その島のそばで、ボートの錨をおろしました。そこは誰も住んでいない無人島らしいのです。私は軽い食事をすませ、ぐっすり眠りました。六時間も眠った頃、目がさめ、それから二時間ばかりすると、夜が明けました。日の出前に朝飯をすまし、錨を上げて、風向もよかったので、羅針盤をたよりに、昨日と同じ進路をつづけて行きました。私の考えでは、ヴァン・ディーメンズ・ランドの北東にある群島の、どれか一つに、たどりつこうと思っていたのです。だが、その日はついに何も見えませんでした。
私が生きた牛を持っていくことにしたが、そのうち数が多いほうの性別を教えてください。
私が生きた牛を持っていくことにしたが、そのうち数が多いほうの性別は牝牛で六頭です。
JCRRAG_014778
国語
私はボートの中に、牛百頭、羊三百頭の肉と、それにパン八十個と飲物九十本を積み込みました。それから三百人の男のコック、百人の女のコックの手でととのえてくれた肉なども積み込みました。それから、生きた牝牛六頭と牡牛を二頭持っていくことにしました。 それから牝羊六頭と牡羊二頭を持って帰ることにしました。 これらは国へ持って帰って、飼ってみようと思いました。船の中で食べさせるために、乾草を一袋と麦を三袋、用意しました。 私はこの国の人間も、十人ばかり、つれて行きたかったのですが、これはどうしても、陛下がお許しになりません。それどころか、私のポケットをすっかり調べられ、たとえ志願する者があっても、人民は決してつれて行かないと誓わされました。 そんなふうに、できるかぎりの準備をととのえ、いよいよ、一七○一年九月二十日の朝六時、私は出帆しました。風は南東だったので、北へ向かって四リーグばかり行くと、ちょうど午後六時頃、小さな島の影が見えてきました。ぐんぐん進んで行って、その島のそばで、ボートの錨をおろしました。そこは誰も住んでいない無人島らしいのです。私は軽い食事をすませ、ぐっすり眠りました。六時間も眠った頃、目がさめ、それから二時間ばかりすると、夜が明けました。日の出前に朝飯をすまし、錨を上げて、風向もよかったので、羅針盤をたよりに、昨日と同じ進路をつづけて行きました。私の考えでは、ヴァン・ディーメンズ・ランドの北東にある群島の、どれか一つに、たどりつこうと思っていたのです。だが、その日はついに何も見えませんでした。
私が生きた牛を持っていくことにした時、そのうち数が少なかったほうの性別を教えてください。
私が生きた牛を持っていくことにした時、そのうち数が少なかったほうの性別は牡牛で二頭です。
JCRRAG_014779
国語
私はボートの中に、牛百頭、羊三百頭の肉と、それにパン八十個と飲物九十本を積み込みました。それから三百人の男のコック、百人の女のコックの手でととのえてくれた肉なども積み込みました。それから、生きた牝牛六頭と牡牛を二頭持っていくことにしました。 それから牝羊六頭と牡羊二頭を持って帰ることにしました。 これらは国へ持って帰って、飼ってみようと思いました。船の中で食べさせるために、乾草を一袋と麦を三袋、用意しました。 私はこの国の人間も、十人ばかり、つれて行きたかったのですが、これはどうしても、陛下がお許しになりません。それどころか、私のポケットをすっかり調べられ、たとえ志願する者があっても、人民は決してつれて行かないと誓わされました。 そんなふうに、できるかぎりの準備をととのえ、いよいよ、一七○一年九月二十日の朝六時、私は出帆しました。風は南東だったので、北へ向かって四リーグばかり行くと、ちょうど午後六時頃、小さな島の影が見えてきました。ぐんぐん進んで行って、その島のそばで、ボートの錨をおろしました。そこは誰も住んでいない無人島らしいのです。私は軽い食事をすませ、ぐっすり眠りました。六時間も眠った頃、目がさめ、それから二時間ばかりすると、夜が明けました。日の出前に朝飯をすまし、錨を上げて、風向もよかったので、羅針盤をたよりに、昨日と同じ進路をつづけて行きました。私の考えでは、ヴァン・ディーメンズ・ランドの北東にある群島の、どれか一つに、たどりつこうと思っていたのです。だが、その日はついに何も見えませんでした。
私が生きた羊を持っていくことにしたが、そのうち数が少ないほうの性別を教えてください。
私が生きた羊を持っていくことにしたが、そのうち数が少ないほうの性別は牡羊で二頭です。
JCRRAG_014780
国語
もっとも、これはあとから聞いた話なのです。そのときの私は、そんなものを見ているどころではありません。もと来た道を夢中で駈けだし、それから私は、とにかく、けわしい山の中をよじのぼりました。山の上にのぼってみると、あたりの様子が、いくらかわかりました。土地は見事に耕されていますが、何より私を驚かしたのは、草の大きさです。そこらに生えている草の高さが、低くても十フィート、高くても二十フィートはありました。 やがて、私は国道へ出ました。国道といっても、実は、麦畑の中の小路なのですが、私には、まるで国道のように思えたのです。しばらく、この道を歩いてみましたが、両側とも、ほとんど何も見えませんでした。とりいれも近づいた麦が、四十フィート、高くて五十フィートの高さに、伸びています。一時間ばかりもかかって、この畑の端へ出てみると、高さ百二十フィートもある垣で、この畑が囲まれているのがわかりました。塔の高さは百五十フィートもありました。 だが、樹木などは、あんまり高いので、私には見当がつきませんでした。 この畑から隣りの畑へ通じる段々があり、それが四段になっていて、一番上の段まで行くと、一つの石をまたぐようになっていました。一段の高さが六フィートもあって、上の石は二十フィート以上もあるので、とても私には、そこは通れませんでした。 どこか垣に破れ目でもないかしら、と探していると、隣りの畑から、二人の人間がこちらの段々の方へやって来ました。人間といっても、これは、さっきボートを追っかけていたのと同じくらいの大きな怪物です。背の高さは、塔の高さくらいはあり、一歩あるく幅が、十ヤードからありそうです。もう一人は十二ヤードもありそうでした。 私は胆をつぶし、麦畑の中に逃げ込んで、身を隠しました。
私は草の大きさに驚きましたが、そこらに生えている草のうち、高いほうの草の高さを教えてください。
私は草の大きさに驚きましたが、そこらに生えている草のうち、高いほうの草の高さは二十フィートです。
JCRRAG_014781
国語
もっとも、これはあとから聞いた話なのです。そのときの私は、そんなものを見ているどころではありません。もと来た道を夢中で駈けだし、それから私は、とにかく、けわしい山の中をよじのぼりました。山の上にのぼってみると、あたりの様子が、いくらかわかりました。土地は見事に耕されていますが、何より私を驚かしたのは、草の大きさです。そこらに生えている草の高さが、低くても十フィート、高くても二十フィートはありました。 やがて、私は国道へ出ました。国道といっても、実は、麦畑の中の小路なのですが、私には、まるで国道のように思えたのです。しばらく、この道を歩いてみましたが、両側とも、ほとんど何も見えませんでした。とりいれも近づいた麦が、四十フィート、高くて五十フィートの高さに、伸びています。一時間ばかりもかかって、この畑の端へ出てみると、高さ百二十フィートもある垣で、この畑が囲まれているのがわかりました。塔の高さは百五十フィートもありました。 だが、樹木などは、あんまり高いので、私には見当がつきませんでした。 この畑から隣りの畑へ通じる段々があり、それが四段になっていて、一番上の段まで行くと、一つの石をまたぐようになっていました。一段の高さが六フィートもあって、上の石は二十フィート以上もあるので、とても私には、そこは通れませんでした。 どこか垣に破れ目でもないかしら、と探していると、隣りの畑から、二人の人間がこちらの段々の方へやって来ました。人間といっても、これは、さっきボートを追っかけていたのと同じくらいの大きな怪物です。背の高さは、塔の高さくらいはあり、一歩あるく幅が、十ヤードからありそうです。もう一人は十二ヤードもありそうでした。 私は胆をつぶし、麦畑の中に逃げ込んで、身を隠しました。
私は草の大きさに驚きましたが、そこらに生えている草のうち、低いほうの草の高さを教えてください。
私は草の大きさに驚きましたが、そこらに生えている草のうち、低いほうの草の高さは十フィートです。
JCRRAG_014782
国語
もっとも、これはあとから聞いた話なのです。そのときの私は、そんなものを見ているどころではありません。もと来た道を夢中で駈けだし、それから私は、とにかく、けわしい山の中をよじのぼりました。山の上にのぼってみると、あたりの様子が、いくらかわかりました。土地は見事に耕されていますが、何より私を驚かしたのは、草の大きさです。そこらに生えている草の高さが、低くても十フィート、高くても二十フィートはありました。 やがて、私は国道へ出ました。国道といっても、実は、麦畑の中の小路なのですが、私には、まるで国道のように思えたのです。しばらく、この道を歩いてみましたが、両側とも、ほとんど何も見えませんでした。とりいれも近づいた麦が、四十フィート、高くて五十フィートの高さに、伸びています。一時間ばかりもかかって、この畑の端へ出てみると、高さ百二十フィートもある垣で、この畑が囲まれているのがわかりました。塔の高さは百五十フィートもありました。 だが、樹木などは、あんまり高いので、私には見当がつきませんでした。 この畑から隣りの畑へ通じる段々があり、それが四段になっていて、一番上の段まで行くと、一つの石をまたぐようになっていました。一段の高さが六フィートもあって、上の石は二十フィート以上もあるので、とても私には、そこは通れませんでした。 どこか垣に破れ目でもないかしら、と探していると、隣りの畑から、二人の人間がこちらの段々の方へやって来ました。人間といっても、これは、さっきボートを追っかけていたのと同じくらいの大きな怪物です。背の高さは、塔の高さくらいはあり、一歩あるく幅が、十ヤードからありそうです。もう一人は十二ヤードもありそうでした。 私は胆をつぶし、麦畑の中に逃げ込んで、身を隠しました。
とりいれも近づいた麦のうち、より高い麦の高さを教えてください。
とりいれも近づいた麦のうち、より高い麦の高さをは五十フィートです。
JCRRAG_014783
国語
もっとも、これはあとから聞いた話なのです。そのときの私は、そんなものを見ているどころではありません。もと来た道を夢中で駈けだし、それから私は、とにかく、けわしい山の中をよじのぼりました。山の上にのぼってみると、あたりの様子が、いくらかわかりました。土地は見事に耕されていますが、何より私を驚かしたのは、草の大きさです。そこらに生えている草の高さが、低くても十フィート、高くても二十フィートはありました。 やがて、私は国道へ出ました。国道といっても、実は、麦畑の中の小路なのですが、私には、まるで国道のように思えたのです。しばらく、この道を歩いてみましたが、両側とも、ほとんど何も見えませんでした。とりいれも近づいた麦が、四十フィート、高くて五十フィートの高さに、伸びています。一時間ばかりもかかって、この畑の端へ出てみると、高さ百二十フィートもある垣で、この畑が囲まれているのがわかりました。塔の高さは百五十フィートもありました。 だが、樹木などは、あんまり高いので、私には見当がつきませんでした。 この畑から隣りの畑へ通じる段々があり、それが四段になっていて、一番上の段まで行くと、一つの石をまたぐようになっていました。一段の高さが六フィートもあって、上の石は二十フィート以上もあるので、とても私には、そこは通れませんでした。 どこか垣に破れ目でもないかしら、と探していると、隣りの畑から、二人の人間がこちらの段々の方へやって来ました。人間といっても、これは、さっきボートを追っかけていたのと同じくらいの大きな怪物です。背の高さは、塔の高さくらいはあり、一歩あるく幅が、十ヤードからありそうです。もう一人は十二ヤードもありそうでした。 私は胆をつぶし、麦畑の中に逃げ込んで、身を隠しました。
とりいれも近づいた麦のうち、より低い麦の高さを教えてください。
とりいれも近づいた麦のうち、より低い麦の高さは四十フィートです。
JCRRAG_014784
国語
もっとも、これはあとから聞いた話なのです。そのときの私は、そんなものを見ているどころではありません。もと来た道を夢中で駈けだし、それから私は、とにかく、けわしい山の中をよじのぼりました。山の上にのぼってみると、あたりの様子が、いくらかわかりました。土地は見事に耕されていますが、何より私を驚かしたのは、草の大きさです。そこらに生えている草の高さが、低くても十フィート、高くても二十フィートはありました。 やがて、私は国道へ出ました。国道といっても、実は、麦畑の中の小路なのですが、私には、まるで国道のように思えたのです。しばらく、この道を歩いてみましたが、両側とも、ほとんど何も見えませんでした。とりいれも近づいた麦が、四十フィート、高くて五十フィートの高さに、伸びています。一時間ばかりもかかって、この畑の端へ出てみると、高さ百二十フィートもある垣で、この畑が囲まれているのがわかりました。塔の高さは百五十フィートもありました。 だが、樹木などは、あんまり高いので、私には見当がつきませんでした。 この畑から隣りの畑へ通じる段々があり、それが四段になっていて、一番上の段まで行くと、一つの石をまたぐようになっていました。一段の高さが六フィートもあって、上の石は二十フィート以上もあるので、とても私には、そこは通れませんでした。 どこか垣に破れ目でもないかしら、と探していると、隣りの畑から、二人の人間がこちらの段々の方へやって来ました。人間といっても、これは、さっきボートを追っかけていたのと同じくらいの大きな怪物です。背の高さは、塔の高さくらいはあり、一歩あるく幅が、十ヤードからありそうです。もう一人は十二ヤードもありそうでした。 私は胆をつぶし、麦畑の中に逃げ込んで、身を隠しました。
大きな怪物くらい大きな二人の人間のうち、一歩あるく幅が大きいほうの数を教えてください。
大きな怪物くらい大きな二人の人間のうち、一歩あるく幅が大きいほうの数は十二ヤードです。
JCRRAG_014785
国語
翌日、午前中にブレフスキュから十六リーグほど進み、午後三時頃にはさらに八リーグばかりも来たかと思える海上で、一隻の帆船を見つけました。船は南西に向かって進んでいます。私は大声で呼んでみましたが、返事してくれません。しかしちょうど、風が凪いだので、私の船はだんだん向こうへ近づいて行くのでした。私はありったけの帆を張りました。半時間もすると、向こうの船でも気がついて、合図に旗を出し鉄砲を一発打ちました。私は合図に二発鉄砲を打ちました。 私はもう一度、故国が見られ、あの懐かしい人たちとも会えるのかと思うと、うれしさがこみあげてきました。船は帆をゆるめました。それで私はその船に追いつきました。その時刻は九月二十六日の夕方の五時か六時頃でした。私はイギリスの国旗を見ただけで、胸がワクワクしました。牛一頭を上衣の左ポケット、羊二頭を右ポケットに入れると、私は肉を二十個とパンを十個入れた食料と小さな荷物を抱えて、向こうの船に乗り移りました。 この船はイギリスの商船で、北海、南海を通って、日本から帰る途中でした。船長のジョン・ビデルはデットフォッド生まれで、大へん親切な男でした。乗組員は五十人で操舵士が一人に通訳が二人、いましたが、そのなかに私の以前の仲間のウィリアムがいたのです。このウィリアムが私のことを船長に大へんよく言ってくれました。
私と向こうの船で合図として鉄砲を打ったうち、多く打ったほうを教えてください。
私と向こうの船で合図として鉄砲を打ったうち、多く打ったほうは私で二発です。
JCRRAG_014786
国語
翌日、午前中にブレフスキュから十六リーグほど進み、午後三時頃にはさらに八リーグばかりも来たかと思える海上で、一隻の帆船を見つけました。船は南西に向かって進んでいます。私は大声で呼んでみましたが、返事してくれません。しかしちょうど、風が凪いだので、私の船はだんだん向こうへ近づいて行くのでした。私はありったけの帆を張りました。半時間もすると、向こうの船でも気がついて、合図に旗を出し鉄砲を一発打ちました。私は合図に二発鉄砲を打ちました。 私はもう一度、故国が見られ、あの懐かしい人たちとも会えるのかと思うと、うれしさがこみあげてきました。船は帆をゆるめました。それで私はその船に追いつきました。その時刻は九月二十六日の夕方の五時か六時頃でした。私はイギリスの国旗を見ただけで、胸がワクワクしました。牛一頭を上衣の左ポケット、羊二頭を右ポケットに入れると、私は肉を二十個とパンを十個入れた食料と小さな荷物を抱えて、向こうの船に乗り移りました。 この船はイギリスの商船で、北海、南海を通って、日本から帰る途中でした。船長のジョン・ビデルはデットフォッド生まれで、大へん親切な男でした。乗組員は五十人で操舵士が一人に通訳が二人、いましたが、そのなかに私の以前の仲間のウィリアムがいたのです。このウィリアムが私のことを船長に大へんよく言ってくれました。
私と向こうの船で合図として鉄砲を打ったうち、少なく打ったほうを教えてください。
私と向こうの船で合図として鉄砲を打ったうち、少なく打ったほうは向こうの船で一発です。
JCRRAG_014787
国語
翌日、午前中にブレフスキュから十六リーグほど進み、午後三時頃にはさらに八リーグばかりも来たかと思える海上で、一隻の帆船を見つけました。船は南西に向かって進んでいます。私は大声で呼んでみましたが、返事してくれません。しかしちょうど、風が凪いだので、私の船はだんだん向こうへ近づいて行くのでした。私はありったけの帆を張りました。半時間もすると、向こうの船でも気がついて、合図に旗を出し鉄砲を一発打ちました。私は合図に二発鉄砲を打ちました。 私はもう一度、故国が見られ、あの懐かしい人たちとも会えるのかと思うと、うれしさがこみあげてきました。船は帆をゆるめました。それで私はその船に追いつきました。その時刻は九月二十六日の夕方の五時か六時頃でした。私はイギリスの国旗を見ただけで、胸がワクワクしました。牛一頭を上衣の左ポケット、羊二頭を右ポケットに入れると、私は肉を二十個とパンを十個入れた食料と小さな荷物を抱えて、向こうの船に乗り移りました。 この船はイギリスの商船で、北海、南海を通って、日本から帰る途中でした。船長のジョン・ビデルはデットフォッド生まれで、大へん親切な男でした。乗組員は五十人で操舵士が一人に通訳が二人、いましたが、そのなかに私の以前の仲間のウィリアムがいたのです。このウィリアムが私のことを船長に大へんよく言ってくれました。
私が向こうの船に乗り移る時にポケットに入れた動物のうち、数の多いほうを教えてください。
私が向こうの船に乗り移る時にポケットに入れた動物のうち、数の多いほうは羊二頭です。
JCRRAG_014788
国語
翌日、午前中にブレフスキュから十六リーグほど進み、午後三時頃にはさらに八リーグばかりも来たかと思える海上で、一隻の帆船を見つけました。船は南西に向かって進んでいます。私は大声で呼んでみましたが、返事してくれません。しかしちょうど、風が凪いだので、私の船はだんだん向こうへ近づいて行くのでした。私はありったけの帆を張りました。半時間もすると、向こうの船でも気がついて、合図に旗を出し鉄砲を一発打ちました。私は合図に二発鉄砲を打ちました。 私はもう一度、故国が見られ、あの懐かしい人たちとも会えるのかと思うと、うれしさがこみあげてきました。船は帆をゆるめました。それで私はその船に追いつきました。その時刻は九月二十六日の夕方の五時か六時頃でした。私はイギリスの国旗を見ただけで、胸がワクワクしました。牛一頭を上衣の左ポケット、羊二頭を右ポケットに入れると、私は肉を二十個とパンを十個入れた食料と小さな荷物を抱えて、向こうの船に乗り移りました。 この船はイギリスの商船で、北海、南海を通って、日本から帰る途中でした。船長のジョン・ビデルはデットフォッド生まれで、大へん親切な男でした。乗組員は五十人で操舵士が一人に通訳が二人、いましたが、そのなかに私の以前の仲間のウィリアムがいたのです。このウィリアムが私のことを船長に大へんよく言ってくれました。
私が向こうの船に乗り移る時にポケットに入れた動物のうち、数の少ないほうを教えてください。
私が向こうの船に乗り移る時にポケットに入れた動物のうち、数の少ないほうは牛で一頭です。
JCRRAG_014789
国語
翌日、午前中にブレフスキュから十六リーグほど進み、午後三時頃にはさらに八リーグばかりも来たかと思える海上で、一隻の帆船を見つけました。船は南西に向かって進んでいます。私は大声で呼んでみましたが、返事してくれません。しかしちょうど、風が凪いだので、私の船はだんだん向こうへ近づいて行くのでした。私はありったけの帆を張りました。半時間もすると、向こうの船でも気がついて、合図に旗を出し鉄砲を一発打ちました。私は合図に二発鉄砲を打ちました。 私はもう一度、故国が見られ、あの懐かしい人たちとも会えるのかと思うと、うれしさがこみあげてきました。船は帆をゆるめました。それで私はその船に追いつきました。その時刻は九月二十六日の夕方の五時か六時頃でした。私はイギリスの国旗を見ただけで、胸がワクワクしました。牛一頭を上衣の左ポケット、羊二頭を右ポケットに入れると、私は肉を二十個とパンを十個入れた食料と小さな荷物を抱えて、向こうの船に乗り移りました。 この船はイギリスの商船で、北海、南海を通って、日本から帰る途中でした。船長のジョン・ビデルはデットフォッド生まれで、大へん親切な男でした。乗組員は五十人で操舵士が一人に通訳が二人、いましたが、そのなかに私の以前の仲間のウィリアムがいたのです。このウィリアムが私のことを船長に大へんよく言ってくれました。
私が向こうの船に乗り移る時に持って行った食べ物のうち、数の多いほうを教えてください。
私が向こうの船に乗り移る時に持って行った食べ物のうち、数の多いほうは肉で二十個です。
JCRRAG_014790
国語
船長は私をよくもてなしてくれました。一たい、どこから来て、どこへ行くつもりだったか、話してくれと言うので、私は今までのことをごく簡単に話しました。だが、船長は、私の頭がどうかしている、と思ったようです。いろんな危険に遭遇したので、気が変になったと思って、ほんとにしてくれません。そこで私はポケットから黒い牛を一頭、羊を二頭出して見せてやりました。これには船長も非常に驚いて、私の言うことが嘘でないと納得したようです。それから私は、ブレフスキュ皇帝からもらった金貨十枚や銀貨二十枚、肖像画や、その他いろいろ珍しい品を取り出して見せました。私は金袋を一袋、銀の入った袋三袋を船長にやりました。 船は無事におだやかに進み、一七〇二年四月十日、私たちはダウンスに着きました。ただ、途中でちょっと不幸な事件が起きました。それは船にいる鼠どもが、私の羊を二頭、牛を一頭引いて行ってしまったことです。きれいに肉をむしりとられた羊や牛の骨は、穴の中で見つかりました。 残りの家畜はみんな無事にイギリスへ持って帰りました。私は羊を二頭と牛を三頭、グリニッジの球場の芝生に放してやりました。ここの草でも食べるかしら、と心配でしたが、放してみると、家畜たちは、ここの草が綺麗なので、喜んで食べるのでした。 私が長い航海の間、この家畜を無事に飼えたのは、船長のおかげでした。私は船長から特別製のビスケットを分けてもらい、それを粉にして水でこねて、家畜に食べさせていたのです。イギリスにしばらく滞在している間に、私はこの家畜を見世物にして、かなりお金をもうけました。しかし、私は航海に出ることになって、牛を六百ポンド、羊を二百ポンドで売り払いました。 私が妻子と一緒に暮らしたのは、たった二ヵ月でした。もっと外国を見たいという気持がうずうずして、どうしても、私は家でじっとしていられなくなりました。そこで、私は商船『アドベンチュア号』乗組員になりました。この航海の話は、次の『大人国』を読んでください。
私が船長に取り出して見せた、ブレフスキュ皇帝からもらった金貨や銀貨のうち、数が多いほうを教えてください。
私が船長に取り出して見せた、私がブレフスキュ皇帝からもらった金貨や銀貨のうち、数が多いほうは銀貨で二十枚です。
JCRRAG_014791
国語
船長は私をよくもてなしてくれました。一たい、どこから来て、どこへ行くつもりだったか、話してくれと言うので、私は今までのことをごく簡単に話しました。だが、船長は、私の頭がどうかしている、と思ったようです。いろんな危険に遭遇したので、気が変になったと思って、ほんとにしてくれません。そこで私はポケットから黒い牛を一頭、羊を二頭出して見せてやりました。これには船長も非常に驚いて、私の言うことが嘘でないと納得したようです。それから私は、ブレフスキュ皇帝からもらった金貨十枚や銀貨二十枚、肖像画や、その他いろいろ珍しい品を取り出して見せました。私は金袋を一袋、銀の入った袋三袋を船長にやりました。 船は無事におだやかに進み、一七〇二年四月十日、私たちはダウンスに着きました。ただ、途中でちょっと不幸な事件が起きました。それは船にいる鼠どもが、私の羊を二頭、牛を一頭引いて行ってしまったことです。きれいに肉をむしりとられた羊や牛の骨は、穴の中で見つかりました。 残りの家畜はみんな無事にイギリスへ持って帰りました。私は羊を二頭と牛を三頭、グリニッジの球場の芝生に放してやりました。ここの草でも食べるかしら、と心配でしたが、放してみると、家畜たちは、ここの草が綺麗なので、喜んで食べるのでした。 私が長い航海の間、この家畜を無事に飼えたのは、船長のおかげでした。私は船長から特別製のビスケットを分けてもらい、それを粉にして水でこねて、家畜に食べさせていたのです。イギリスにしばらく滞在している間に、私はこの家畜を見世物にして、かなりお金をもうけました。しかし、私は航海に出ることになって、牛を六百ポンド、羊を二百ポンドで売り払いました。 私が妻子と一緒に暮らしたのは、たった二ヵ月でした。もっと外国を見たいという気持がうずうずして、どうしても、私は家でじっとしていられなくなりました。そこで、私は商船『アドベンチュア号』乗組員になりました。この航海の話は、次の『大人国』を読んでください。
私が船長にやった物のうち、数が多いほうを教えてください。
私が船長にやった物のうち、数が多いほうをは銀の入った袋で三袋です。
JCRRAG_014792
国語
船長は私をよくもてなしてくれました。一たい、どこから来て、どこへ行くつもりだったか、話してくれと言うので、私は今までのことをごく簡単に話しました。だが、船長は、私の頭がどうかしている、と思ったようです。いろんな危険に遭遇したので、気が変になったと思って、ほんとにしてくれません。そこで私はポケットから黒い牛を一頭、羊を二頭出して見せてやりました。これには船長も非常に驚いて、私の言うことが嘘でないと納得したようです。それから私は、ブレフスキュ皇帝からもらった金貨十枚や銀貨二十枚、肖像画や、その他いろいろ珍しい品を取り出して見せました。私は金袋を一袋、銀の入った袋三袋を船長にやりました。 船は無事におだやかに進み、一七〇二年四月十日、私たちはダウンスに着きました。ただ、途中でちょっと不幸な事件が起きました。それは船にいる鼠どもが、私の羊を二頭、牛を一頭引いて行ってしまったことです。きれいに肉をむしりとられた羊や牛の骨は、穴の中で見つかりました。 残りの家畜はみんな無事にイギリスへ持って帰りました。私は羊を二頭と牛を三頭、グリニッジの球場の芝生に放してやりました。ここの草でも食べるかしら、と心配でしたが、放してみると、家畜たちは、ここの草が綺麗なので、喜んで食べるのでした。 私が長い航海の間、この家畜を無事に飼えたのは、船長のおかげでした。私は船長から特別製のビスケットを分けてもらい、それを粉にして水でこねて、家畜に食べさせていたのです。イギリスにしばらく滞在している間に、私はこの家畜を見世物にして、かなりお金をもうけました。しかし、私は航海に出ることになって、牛を六百ポンド、羊を二百ポンドで売り払いました。 私が妻子と一緒に暮らしたのは、たった二ヵ月でした。もっと外国を見たいという気持がうずうずして、どうしても、私は家でじっとしていられなくなりました。そこで、私は商船『アドベンチュア号』乗組員になりました。この航海の話は、次の『大人国』を読んでください。
船にいる鼠どもが私の動物を引いてしまいましたが、より多く引いたほうを教えてください。
船にいる鼠どもが私の動物を引いてしまいましたが、より多く引いたのは羊で二頭です。
JCRRAG_014793
国語
船長は私をよくもてなしてくれました。一たい、どこから来て、どこへ行くつもりだったか、話してくれと言うので、私は今までのことをごく簡単に話しました。だが、船長は、私の頭がどうかしている、と思ったようです。いろんな危険に遭遇したので、気が変になったと思って、ほんとにしてくれません。そこで私はポケットから黒い牛を一頭、羊を二頭出して見せてやりました。これには船長も非常に驚いて、私の言うことが嘘でないと納得したようです。それから私は、ブレフスキュ皇帝からもらった金貨十枚や銀貨二十枚、肖像画や、その他いろいろ珍しい品を取り出して見せました。私は金袋を一袋、銀の入った袋三袋を船長にやりました。 船は無事におだやかに進み、一七〇二年四月十日、私たちはダウンスに着きました。ただ、途中でちょっと不幸な事件が起きました。それは船にいる鼠どもが、私の羊を二頭、牛を一頭引いて行ってしまったことです。きれいに肉をむしりとられた羊や牛の骨は、穴の中で見つかりました。 残りの家畜はみんな無事にイギリスへ持って帰りました。私は羊を二頭と牛を三頭、グリニッジの球場の芝生に放してやりました。ここの草でも食べるかしら、と心配でしたが、放してみると、家畜たちは、ここの草が綺麗なので、喜んで食べるのでした。 私が長い航海の間、この家畜を無事に飼えたのは、船長のおかげでした。私は船長から特別製のビスケットを分けてもらい、それを粉にして水でこねて、家畜に食べさせていたのです。イギリスにしばらく滞在している間に、私はこの家畜を見世物にして、かなりお金をもうけました。しかし、私は航海に出ることになって、牛を六百ポンド、羊を二百ポンドで売り払いました。 私が妻子と一緒に暮らしたのは、たった二ヵ月でした。もっと外国を見たいという気持がうずうずして、どうしても、私は家でじっとしていられなくなりました。そこで、私は商船『アドベンチュア号』乗組員になりました。この航海の話は、次の『大人国』を読んでください。
私がグリニッジの球場の芝生に放してやった動物のうち、数が多いほうを教えてください。
私がグリニッジの球場の芝生に放してやった動物のうち、数が多いほうは牛で三頭です。
JCRRAG_014794
国語
船長は私をよくもてなしてくれました。一たい、どこから来て、どこへ行くつもりだったか、話してくれと言うので、私は今までのことをごく簡単に話しました。だが、船長は、私の頭がどうかしている、と思ったようです。いろんな危険に遭遇したので、気が変になったと思って、ほんとにしてくれません。そこで私はポケットから黒い牛を一頭、羊を二頭出して見せてやりました。これには船長も非常に驚いて、私の言うことが嘘でないと納得したようです。それから私は、ブレフスキュ皇帝からもらった金貨十枚や銀貨二十枚、肖像画や、その他いろいろ珍しい品を取り出して見せました。私は金袋を一袋、銀の入った袋三袋を船長にやりました。 船は無事におだやかに進み、一七〇二年四月十日、私たちはダウンスに着きました。ただ、途中でちょっと不幸な事件が起きました。それは船にいる鼠どもが、私の羊を二頭、牛を一頭引いて行ってしまったことです。きれいに肉をむしりとられた羊や牛の骨は、穴の中で見つかりました。 残りの家畜はみんな無事にイギリスへ持って帰りました。私は羊を二頭と牛を三頭、グリニッジの球場の芝生に放してやりました。ここの草でも食べるかしら、と心配でしたが、放してみると、家畜たちは、ここの草が綺麗なので、喜んで食べるのでした。 私が長い航海の間、この家畜を無事に飼えたのは、船長のおかげでした。私は船長から特別製のビスケットを分けてもらい、それを粉にして水でこねて、家畜に食べさせていたのです。イギリスにしばらく滞在している間に、私はこの家畜を見世物にして、かなりお金をもうけました。しかし、私は航海に出ることになって、牛を六百ポンド、羊を二百ポンドで売り払いました。 私が妻子と一緒に暮らしたのは、たった二ヵ月でした。もっと外国を見たいという気持がうずうずして、どうしても、私は家でじっとしていられなくなりました。そこで、私は商船『アドベンチュア号』乗組員になりました。この航海の話は、次の『大人国』を読んでください。
私は航海に出ることになって家畜を売りましたが、高く売れたほうを教えてください。
私は航海に出ることになって家畜を売りましたが、高く売れたほうは牛で六百ポンドです。
JCRRAG_014795
国語
そこから見ていると、その男は段々の上に立ち上って、右隣りの畑の方を振り向いて、何か大声で叫びました。その声のもの凄いこと、私ははじめ雷かと思ったくらいでした。 すると、手に鎌を持った、同じような、五人の男の怪物、二人の女の怪物が、ぞろぞろと集まってくるではありませんか。鎌といっても、普通の大鎌の六倍はあるようなのを持っているのです。人によっては普通の大鎌の八倍もあるようなものを持っていました。 だが、この七人は、あまり身なりもよくないので、召使いらしく思えました。はじめの男が何か言いつけると、彼らは私の隠れている畑を刈りだしました。 私は、できるだけ遠くへ逃げようとしましたが、この逃げ道が、なかなか難儀でした。なにしろ、株と株との間が一フィートしかないところもあります。これでは、私の身体でも、なかなか通りにくいのでした。どうにかこうにか進んでいるうちに、麦が風雨で倒れてしまっているところへ出ました。もう、私は一歩も前進できません。茎がいくつも絡み合っていて、潜り抜けることもできないし、倒れた麦の穂先は、ナイフのように尖っていて、それが、洋服ごしに、私の身体を突き刺しそうなのです。 そうこうしているうちに、鎌の音は、百ヤードとない後から、近づいて来ます。私はすっかり、へたばって、もう立っている力もなくなりました。畝と畝との間に横になると、いっそ、このまま死んでしまいたい、と思いました。私は、残してきた妻や子供たちのことが、眼に浮んできました。みんながとめるのもきかないで、航海に出たのが、今になって無念でした。ふと、私はリリパットのことも思い出しました。あの国の住民たちは、この私を、驚くべき怪物として、尊敬してくれたし、あの国でなら、一艦隊をそっくり引きずって帰ることだってできたのです。 だが、ここでは、こんな、とてつもない、大きな連中に会っては、この私はまるで芥子粒みたいなものです。今この大きな怪物の一人につかまったら、私は一口でパクリと食われてしまうでしょう。しかし、この世界の果てには、リリパットより、もっと小さな人間だっているかもしれないし、その世界の果てには、今ここにいる大きな人間より、もっと大きな人間だっているかもしれないと、私は恐怖で気が遠くなっていながら、こんなことを思いつづけていました。 そのうちに、刈手の一人が、私の寝ている畝から、十ヤードのところまで、近づいて来ました。反対側からは七ヤードのところまで近づいています。もう、この次には、足で踏みつぶされるか、鎌で真っ二つに切られるかもわかりません。その男が動きかけると、私は大声でわめきちらし、助けを求めました。
ぞろぞろ集まってくる七人の怪物のうち、より数の多い性別を教えてください。
ぞろぞろ集まってくる七人の怪物のうち、より数の多い性別は男で五人です。
JCRRAG_014796
国語
そこから見ていると、その男は段々の上に立ち上って、右隣りの畑の方を振り向いて、何か大声で叫びました。その声のもの凄いこと、私ははじめ雷かと思ったくらいでした。 すると、手に鎌を持った、同じような、五人の男の怪物、二人の女の怪物が、ぞろぞろと集まってくるではありませんか。鎌といっても、普通の大鎌の六倍はあるようなのを持っているのです。人によっては普通の大鎌の八倍もあるようなものを持っていました。 だが、この七人は、あまり身なりもよくないので、召使いらしく思えました。はじめの男が何か言いつけると、彼らは私の隠れている畑を刈りだしました。 私は、できるだけ遠くへ逃げようとしましたが、この逃げ道が、なかなか難儀でした。なにしろ、株と株との間が一フィートしかないところもあります。これでは、私の身体でも、なかなか通りにくいのでした。どうにかこうにか進んでいるうちに、麦が風雨で倒れてしまっているところへ出ました。もう、私は一歩も前進できません。茎がいくつも絡み合っていて、潜り抜けることもできないし、倒れた麦の穂先は、ナイフのように尖っていて、それが、洋服ごしに、私の身体を突き刺しそうなのです。 そうこうしているうちに、鎌の音は、百ヤードとない後から、近づいて来ます。私はすっかり、へたばって、もう立っている力もなくなりました。畝と畝との間に横になると、いっそ、このまま死んでしまいたい、と思いました。私は、残してきた妻や子供たちのことが、眼に浮んできました。みんながとめるのもきかないで、航海に出たのが、今になって無念でした。ふと、私はリリパットのことも思い出しました。あの国の住民たちは、この私を、驚くべき怪物として、尊敬してくれたし、あの国でなら、一艦隊をそっくり引きずって帰ることだってできたのです。 だが、ここでは、こんな、とてつもない、大きな連中に会っては、この私はまるで芥子粒みたいなものです。今この大きな怪物の一人につかまったら、私は一口でパクリと食われてしまうでしょう。しかし、この世界の果てには、リリパットより、もっと小さな人間だっているかもしれないし、その世界の果てには、今ここにいる大きな人間より、もっと大きな人間だっているかもしれないと、私は恐怖で気が遠くなっていながら、こんなことを思いつづけていました。 そのうちに、刈手の一人が、私の寝ている畝から、十ヤードのところまで、近づいて来ました。反対側からは七ヤードのところまで近づいています。もう、この次には、足で踏みつぶされるか、鎌で真っ二つに切られるかもわかりません。その男が動きかけると、私は大声でわめきちらし、助けを求めました。
ぞろぞろ集まってくる七人の怪物のうち、より数の少ない性別を教えてください。
ぞろぞろ集まってくる七人の怪物のうち、より数の少ない性別は女で二人です。
JCRRAG_014797
国語
そこから見ていると、その男は段々の上に立ち上って、右隣りの畑の方を振り向いて、何か大声で叫びました。その声のもの凄いこと、私ははじめ雷かと思ったくらいでした。 すると、手に鎌を持った、同じような、五人の男の怪物、二人の女の怪物が、ぞろぞろと集まってくるではありませんか。鎌といっても、普通の大鎌の六倍はあるようなのを持っているのです。人によっては普通の大鎌の八倍もあるようなものを持っていました。 だが、この七人は、あまり身なりもよくないので、召使いらしく思えました。はじめの男が何か言いつけると、彼らは私の隠れている畑を刈りだしました。 私は、できるだけ遠くへ逃げようとしましたが、この逃げ道が、なかなか難儀でした。なにしろ、株と株との間が一フィートしかないところもあります。これでは、私の身体でも、なかなか通りにくいのでした。どうにかこうにか進んでいるうちに、麦が風雨で倒れてしまっているところへ出ました。もう、私は一歩も前進できません。茎がいくつも絡み合っていて、潜り抜けることもできないし、倒れた麦の穂先は、ナイフのように尖っていて、それが、洋服ごしに、私の身体を突き刺しそうなのです。 そうこうしているうちに、鎌の音は、百ヤードとない後から、近づいて来ます。私はすっかり、へたばって、もう立っている力もなくなりました。畝と畝との間に横になると、いっそ、このまま死んでしまいたい、と思いました。私は、残してきた妻や子供たちのことが、眼に浮んできました。みんながとめるのもきかないで、航海に出たのが、今になって無念でした。ふと、私はリリパットのことも思い出しました。あの国の住民たちは、この私を、驚くべき怪物として、尊敬してくれたし、あの国でなら、一艦隊をそっくり引きずって帰ることだってできたのです。 だが、ここでは、こんな、とてつもない、大きな連中に会っては、この私はまるで芥子粒みたいなものです。今この大きな怪物の一人につかまったら、私は一口でパクリと食われてしまうでしょう。しかし、この世界の果てには、リリパットより、もっと小さな人間だっているかもしれないし、その世界の果てには、今ここにいる大きな人間より、もっと大きな人間だっているかもしれないと、私は恐怖で気が遠くなっていながら、こんなことを思いつづけていました。 そのうちに、刈手の一人が、私の寝ている畝から、十ヤードのところまで、近づいて来ました。反対側からは七ヤードのところまで近づいています。もう、この次には、足で踏みつぶされるか、鎌で真っ二つに切られるかもわかりません。その男が動きかけると、私は大声でわめきちらし、助けを求めました。
七人の怪物たちが持っていた鎌のうち、より大きい鎌のサイズを教えてください。
七人の怪物たちが持っていた鎌のうち、より大きい鎌のサイズは普通の大鎌の八倍です。
JCRRAG_014798
国語
そこから見ていると、その男は段々の上に立ち上って、右隣りの畑の方を振り向いて、何か大声で叫びました。その声のもの凄いこと、私ははじめ雷かと思ったくらいでした。 すると、手に鎌を持った、同じような、五人の男の怪物、二人の女の怪物が、ぞろぞろと集まってくるではありませんか。鎌といっても、普通の大鎌の六倍はあるようなのを持っているのです。人によっては普通の大鎌の八倍もあるようなものを持っていました。 だが、この七人は、あまり身なりもよくないので、召使いらしく思えました。はじめの男が何か言いつけると、彼らは私の隠れている畑を刈りだしました。 私は、できるだけ遠くへ逃げようとしましたが、この逃げ道が、なかなか難儀でした。なにしろ、株と株との間が一フィートしかないところもあります。これでは、私の身体でも、なかなか通りにくいのでした。どうにかこうにか進んでいるうちに、麦が風雨で倒れてしまっているところへ出ました。もう、私は一歩も前進できません。茎がいくつも絡み合っていて、潜り抜けることもできないし、倒れた麦の穂先は、ナイフのように尖っていて、それが、洋服ごしに、私の身体を突き刺しそうなのです。 そうこうしているうちに、鎌の音は、百ヤードとない後から、近づいて来ます。私はすっかり、へたばって、もう立っている力もなくなりました。畝と畝との間に横になると、いっそ、このまま死んでしまいたい、と思いました。私は、残してきた妻や子供たちのことが、眼に浮んできました。みんながとめるのもきかないで、航海に出たのが、今になって無念でした。ふと、私はリリパットのことも思い出しました。あの国の住民たちは、この私を、驚くべき怪物として、尊敬してくれたし、あの国でなら、一艦隊をそっくり引きずって帰ることだってできたのです。 だが、ここでは、こんな、とてつもない、大きな連中に会っては、この私はまるで芥子粒みたいなものです。今この大きな怪物の一人につかまったら、私は一口でパクリと食われてしまうでしょう。しかし、この世界の果てには、リリパットより、もっと小さな人間だっているかもしれないし、その世界の果てには、今ここにいる大きな人間より、もっと大きな人間だっているかもしれないと、私は恐怖で気が遠くなっていながら、こんなことを思いつづけていました。 そのうちに、刈手の一人が、私の寝ている畝から、十ヤードのところまで、近づいて来ました。反対側からは七ヤードのところまで近づいています。もう、この次には、足で踏みつぶされるか、鎌で真っ二つに切られるかもわかりません。その男が動きかけると、私は大声でわめきちらし、助けを求めました。
私の寝ている畝に近づいている刈手のうち、より私に近い距離を教えてください。
私の寝ている畝に近づいている刈手のうち、より私に近い距離は七ヤードです。
JCRRAG_014799
国語
私はすぐに立ち上がって、逃げ出すつもりのないことを見せるために、ゆるゆるとあたりを歩きまわりました。すると、みんなは、私の動きぶりをよく見ようとして、私を囲んで、坐り込んでしまいました。私は帽子を取って、百姓にていねいに、おじぎをしました。それから、ひざまずいて、両手を高く差し上げ、天を仰いで大声で、二言、三言話しかけました。そして、ポケットから、金貨の入った財布を取り出して、うやうやしく彼のところへ持って行きました。 彼はそれを掌で受け取ってくれましたが、目のそばへ持って行って、何だろうかと、眺めていました。袖口からピンを一本抜き取って、その先で何度も、掌の上の財布をひっくりかえしていましたが、やはり、何だかわからないようでした。 そこで、私は手まねで、その掌の財布を下に置いてくれ、と言いました。財布が下に置かれると私はそれを手に取って、中を開いて、金貨をみんな彼の掌の上にばらまきました。四ピストルのスペイン金貨が六枚と、ほかに銀貨が十枚ありました。見ると彼は小指の先を舌で濡らしては、大きい方の金貨を一枚一枚つまみ上げていましたが、やはり、それが何だか、さっぱりわからないらしいのです。 彼は手まねで私に、もう一度これを財布におさめて、ポケットに入れておけ、と言うのでした。私は何度も、そのお金を彼に差し出してみましたが、やはり、彼の言うとおりに、おさめておきました。
私がばらまいた財布の中身のうち、数が多いほうを教えてください。
私がばらまいた財布の中身のうち、数が多いほうは銀貨で十枚です。
JCRRAG_014800
国語
私はすぐに立ち上がって、逃げ出すつもりのないことを見せるために、ゆるゆるとあたりを歩きまわりました。すると、みんなは、私の動きぶりをよく見ようとして、私を囲んで、坐り込んでしまいました。私は帽子を取って、百姓にていねいに、おじぎをしました。それから、ひざまずいて、両手を高く差し上げ、天を仰いで大声で、二言、三言話しかけました。そして、ポケットから、金貨の入った財布を取り出して、うやうやしく彼のところへ持って行きました。 彼はそれを掌で受け取ってくれましたが、目のそばへ持って行って、何だろうかと、眺めていました。袖口からピンを一本抜き取って、その先で何度も、掌の上の財布をひっくりかえしていましたが、やはり、何だかわからないようでした。 そこで、私は手まねで、その掌の財布を下に置いてくれ、と言いました。財布が下に置かれると私はそれを手に取って、中を開いて、金貨をみんな彼の掌の上にばらまきました。四ピストルのスペイン金貨が六枚と、ほかに銀貨が十枚ありました。見ると彼は小指の先を舌で濡らしては、大きい方の金貨を一枚一枚つまみ上げていましたが、やはり、それが何だか、さっぱりわからないらしいのです。 彼は手まねで私に、もう一度これを財布におさめて、ポケットに入れておけ、と言うのでした。私は何度も、そのお金を彼に差し出してみましたが、やはり、彼の言うとおりに、おさめておきました。
私がばらまいた財布の中身のうち、数が少ないほうを教えてください。
私がばらまいた財布の中身のうち、数が少ないほうは四ピストルのスペイン金貨で六枚です。