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JCRRAG_014301
国語
その後の白はどうなったか?それは一々話さずとも、いろいろな新聞に伝えられています。おおかたどなたも御存じでしょう。度々危うい人命を救った、勇ましい一匹の黒犬のあるのを。また一時『義犬』という活動写真が流行したことを。あの黒犬こそ白だったのです。しかしまだ不幸にも御存じのない方がいれば、どうか下に引用した新聞の記事を読んで下さい。 東京日日新聞。昨十八日(五月)午前八時四十分、奥羽線上り急行列車が田端駅付近の踏切を通過する際、踏切番人の過失により、田端一二三会社員柴山鉄太郎の長男実彦(四歳)が列車の通る線路内に立ち入り、危く轢死を遂げようとした。その時、たくましい黒犬が一匹、稲妻のように踏切へ飛びこみ、目前に迫った列車の車輪から、見事に実彦を救い出した。この勇敢なる黒犬は人々がさわいでいる間にどこかへ姿を隠したため、表彰したくてもすることが出来ず、当局は大いに困っている。 東京朝日新聞。軽井沢で避暑中のアメリカ富豪エドワード・バークレエ氏の夫人はペルシア産の猫を寵愛している。すると最近同氏の別荘へ七尺余りの大蛇が現れ、ベランダにいる猫を呑もうとした。そこへ見知らぬ黒犬が一匹、突然猫を救いに駈けつけ、二十分に渡り奮闘した後、とうとうその大蛇を噛み殺した。しかしこのけなげな犬はどこかへ姿を隠したため、夫人は五千ドルの賞金を懸け、犬の行方を求めている。 国民新聞。日本アルプス横断中、一時行方不明になった第一高等学校の生徒三名は七日(八月)上高地の温泉へ到着した。一行は穂高山と槍ヶ岳との間にみちを失い、かつ過日の暴風雨にテントや糧食等を奪われたため、ほとんど死を覚悟していた。しかるにどこからか黒犬が一匹、一行のさまよっていた渓谷に現れ、あたかも案内をするように、先へ立って歩き出した。一行はこの犬の後に従い、一日余り歩いた後、やっと上高地へ着くことが出来た。しかし犬は目の下に温泉宿の屋根が見えると、ひとこと嬉しそうに吠えたきり、もう一度もと来た熊笹の中へ姿を隠してしまったという。一行は皆この犬が来たのは神明の加護だと信じている。 時事新報。十三日(九月)名古屋市の大火は焼死者十余名に及んだが、横関名古屋市長なども愛児を失おうとした一人である。令息武矩(三歳)はいかなる家族の手落ちからか、猛火の中の二階に残され、すでに灰燼となろうとしたところを、一匹の黒犬のためにくわえ出された。市長は今後名古屋市に限り、野犬撲殺を禁ずるといっている。 読売新聞。小田原町城内公園に連日の人気を集めていた宮城巡回動物園のシベリヤ産大狼は二十五日(十月)午後二時ごろ、突然巌乗な檻を破り、木戸番二名を負傷させたのち、箱根方面へ逸走した。小田原署はそのために非常動員を行い、全町にわたって警戒線を張った。すると午後四時半ごろ狼が十字町に現れ、一匹の黒犬と噛み合い始めた。黒犬は悪戦すこぶる努め、ついに敵を噛み伏せるに至った。そこへ警戒中の巡査もかけつけ、直ちに狼を銃殺した。この狼はルプス・ジガンティクスと称し、最も兇猛な種属であるという。なお宮城動物園主は狼の銃殺を不当とし、小田原署長を相手どった告訴を起こすといきまいている。等、等、等。
新聞に載った、白が助けた人数を教えてください。
白が助けた人数は、 「柴山鉄太郎の長男実彦」 「エドワード・バークレエ氏」 「第一高等学校の生徒三名」 「名古屋市長の令息の武矩」 の6人です。
JCRRAG_014302
国語
「伊作の足は、なんて早いんだ」 と多助は太郎右衛門に言いました。 「ああいう男は、坂の下で一服やってる頃だろうな。」 と太郎右衛門は笑いながら答えました。 多助と太郎右衛門が、峠を越して平原の見えるところまで来た時、坂の下の方で伊作が一生懸命に二人の方を見て、手を振っているのが、見えました。 「どうしたんだ? 伊作が、俺を呼んでるな。」 と多助が言いました。太郎右衛門も顔をしかめて坂の下を見下しました。 「早く来い、早く来い……面白いものが落っこちてるぞ!」 という伊作の声が聞こえて来ました。 「面白いものが落っこってるよ。」 と多助は、笑いながら言うと、太郎右衛門も大きな口を開けて笑いました。 「伊作の拾うものなんて、ろくなものじゃないだろうな!」 と太郎右衛門はつけ足して、多助と一緒に少し急いで坂を下りて行きました。 坂の下の方では、伊作はなんとももどかしそうに、二人の下りて来るのを待っていました。 「だまされたと思って、急いでくれよ!」 と多助は、炭俵をがさがさ騒がせて、走って行きました。 太郎右衛門は、もともと速く走れない男でしたから、多助に遅れて、一人で坂を下りて行きました。 太郎右衛門が伊作のいたところへ着いた時には、伊作と多助は大事そうにして、何か持ち上げて見たり触って見たりしていました。 「何が落ちてるんだって?」 太郎右衛門はまぬけな顔をして、二人の立っている間へ顔をつっこんでやりました。 「見ろ、こんなのが落ちてるんだって」 と伊作は少し身体をよけて、太郎右衛門にも見せました。 「おお! これは、奇妙な話じゃないか!」 と太郎右衛門は叫びました。 今三人の前に生後三か月ほどの一人の赤ちゃんが、美しい布きれに包まれて捨てられているのでした。 伊作の話では、伊作が最初に見つけた時は赤ちゃんはよく眠っていたということでした。 「一体何処どこの子供だろうな? いい顔つきしてるな」 多助は赤児の顔を見て、 「それだよ。いい着物を着てるしいいところの子供だろうよ。 だから、うっかり触らないほうがいいぞ。関わり合いになって牢屋にでも、ぶち込まれたら大変だ。触らぬ神に祟りなしって言うしよ」 と、つけたして言いました。 「そうだけどさ、不憫じゃないか?獣にでも見つかったら食われてしまうじゃないか?」 と、気の弱い太郎右衛門は言いました。 「子供も不憫には不憫だけどさ、子供にはもったいないような着物を着てるじゃないか?」 とふだんから少し欲の深い伊作は、赤ちゃんを包んでいる美しい布きれをほどいて見ました。 すると、赤ちゃんの腹のところに、三角に括り付けた胴巻が巻きつけてありました。 伊作は赤ちゃんが泣くのも耳に入らないと言うように、その財布を取り上げて、片方の端を持って振り回して見るとその中から小判が三十枚出て来ました。それを見て、多助も太郎右衛門もびっくりしてしまいました。 「なんてたまげた話しだ!」と多助は青い顔をして太郎右衛門を見ると、太郎右衛門は今までこんな大金を見たことがないので、がたがたふるえていました。 伊作の提案でとにかく三人はその赤ちゃんを拾うことにきめました。 「この金は、とにかくおれが預かることにするわ。」 と伊作は赤児を無視して小判をさっさと自分の腹へ巻きつけようとしたので、それを見た多助は大変に怒って、伊作とけんかを始めました。 そこで伊作は仕方がないので、小判を十枚だけ多助に渡しました。そして太郎右衛門には五枚だけ渡して、 「お前に子供がいなんだから、この赤児を育てたらいいんじゃないか。」 と言いました。 太郎右衛門は、その時伊作に向かって、 「おれは赤ちゃんが不憫だからつれて行くが、金が欲しくて子供をつれて行くわけじゃない」 と言ってどうしても金を受け取りませんでした。 多助は、もし太郎右衛門が受け取らなければその五枚の小判も伊作に取られてしまうのを知っているので、是非受け取るようにすすめたけれども受け取りませんでした。 伊作は太郎右衛門がどうしても小判を受け取れないので、その内の二枚を多助に渡し、残りの三枚を元の胴巻へ入れて、腰に巻きつけてしまいました。 多助も二枚余計にもらったので、まんざら悪い気持もしませんでした。 結局三十枚の小判は伊作が十八枚、多助が十二枚、太郎右衛門は一枚ももらいませんでした。 三人は城下へ行くのをやめて、その日は自分の村へ帰ってしまいました。
伊作と太郎右衛門の、赤ちゃんの扱いの違いを教えてください。
伊作は赤ちゃんが泣くのも耳に入らないと言うように、その財布を取り上げるとその中から小判が三十枚出て来ました。 「この金は、おれが預かることにするわ。」と伊作は赤ちゃんを無視して小判をさっさと自分の腹へ巻きつけようとしたので、それを見た多助は大変に怒って、伊作とけんかを始めました。伊作は仕方がないので、小判を十枚多助に渡しました。そして太郎右衛門には五枚だけ渡して、「お前に子供がいなんだから、この赤ちゃんを育てたらいいんじゃないか。」と言いました。 一方、太郎右衛門は伊作に向かって、「おれは赤ちゃんが不憫だからつれて行くが、金が欲しくて赤ちゃんをつれて行くわけじゃない」と言ってどうしても金を受け取りませんでした。
JCRRAG_014303
国語
「そんなわけにも行くまいぜ。困ったな、どこか栗の木の下に撒こう。あ、うまい、こいつはうまい。栗の木だ。こいつから落ちたということにすりゃいいな。ああ助かった。おい、ここへ沢山まいておこう。」 「もちろんだよ。」 それからパラッパラッと栗の実が栗の木の幹にぶつかったりはね落ちたりする音がしばらくしました。私どもは思わず顔を見合わせました。もう大丈夫、役人どもは私たちを殺しに来たのでもなく、私どものいることさえも知らないことがわかったのです。まるで世界が明るくなったように思いました。 にげるならいまのうちだと私たちは二人一緒に思ったのです。その証拠に私たちはちょっと眼を見合わせたらもう立ちあがっていました。それからそおっと萱をわけて林のうしろの方へ出ようとしました。すると早くも役人の一人が叫んだのです。 「誰かいるぞ。入るなっていったのに。」 「誰だ。」もう一人が叫びました。私たちはしくじってしまったのです。ほんとにばかなことをしたと私たちは思いました。 役人はもうがさがさとむこうの萱の中から出て来ました。そのとき林の中は黄金の日光で点々になっていました。 「おい、誰だ、お前たちはどこから入って来た。」紺服の方の人が私たちにいいました。 私たちは最初はまるで死んだようになっていましたが、だんだん近くなって見ますとその役人の顔はまっ赤かでまるで湯気が出るみたいになっておりさらに鼻からはぷつぷつ油汗が出ていましたので何だか急にこわくなくなりました。 「あっちからです。」私は路の方を指さしました。するとその役人はまじめな風でいいました。 「ああ、あっちにもみちがあるのか。そっちへも制札をしておかなかったのは失敗だった。ねえ、君。」といいながらあとからしなびたメリケン粉の袋をかついで来た黒服にいいました。 「うん、やっぱり子供らは入ってるねえ、しかしかまわんさ。この林からさえ追い出しとけばいいんだ。おい。お前たち、今日はここへとてもえらいお方がいらっしゃるんだからここにいてはいけないよ。野原にいたかったらいてもいいからずうっと向こうの方へ行ってしまってここから見えないようにするんだぞ。声をたててもいけないぞ。」 私たちは顔を見合わせました。そしてだまって籠を提げて向こうへ行こうとしました。 慶次郎がぽいっとおじぎをしたから私もしました。紺服の役人はメリケン粉の空袋を手に団子のようにまきつけていましたが少しかがむようにしました。 私たちは行こうとしました。すると黒服の役人がうしろからいきなりいいました。 「おいおい。おまえたちはここでそのきのこをとったのか。」 またかと私はぎくっとしました。けれどもこの時もどうしても「いいえ。」といえませんでした。慶次郎がかすれたような声で「はぁ。」と答えたのです。すると役人は二人とも近くへ来て籠の中をのぞきました。 「まだあるだろうな。どこかここらで、きのこがたくさんある所をさがしてくれないか。ごほうびをあげるから。」 私たちはすっかり面白くなりました。 「まだたくさんありますよ。さがしてあげましょう。」私がいいましたら紺服の役人があわてて手をふって叫びました。 「いやいや、とってはいけない、ただある場所をさがして教えてさえくれればいいんだ。さがしてごらん。」 私と慶次郎とはまるで電気にかかったようにかやをわけてあるきました。そして私はすぐ初蕈の三つならんでるところをみつけました。 「ありました。」叫んだのです。 「そうか。」役人たちは来てのぞきました。 「何だ、たった三つじゃないか。長官は六人もご家族をつれていらっしゃるんだ。三つじゃしかたない、お一人十ずつとしても六十なくちゃだめだ。」 「六十ぐらい大丈夫、あります。」慶次郎がむこうで袖で汗を拭きながらいいました。 「いや、あちこちちらばったんじゃさがし出せない。二か所ぐらいに集まってなくちゃ。」 「初蕈はそんなに集まってないんです。」私も勢いがついて言いました。 「ふうん。そんならかまわないからおまえたちのとった蕈をそこらへ立てておこうかな。」 「それでいいさ。」黒服の方がうすいひげをひねりながら答えました。 「おい、お前たちのかごのきのこをみんなよこせ。あとでごほうびはやるからな。」紺服は笑っていいました。私たちはだまって籠を出したのです。二人はしゃがんで籠を逆さにして数を数えてから小さいのはみんなまた籠に戻しました。 「ちょうどいいよ、七十ある。こいつをここらへ立ててこう。」 紺服の人はきのこを草の間に立てようとしましたがすぐかたむいてしまいました。 「ああ、萱で串にしておけばいいよ。そら、こんなぐあいに。」黒服はいいながら萱の穂を一寸ほどにちぎって地面に刺してその上にきのこの脚をまっすぐに刺して立てました。 「うまい、うまい、ちょうどいい、おい、おまえたち、萱の穂をこれぐらいの長さにちぎってくれ。」 私たちはとうとう笑いました。役人も笑っていました。間もなく役人たちは私たちのやった萱の穂をすっかりその辺に植えて、その上にみんなきのこを刺しました。実に見事にはなりましたがまたおかしかったのです。第一萱が倒れていましたし、きのこのちぎれた脚も見えていました。私どもが笑って見ていると黒服の役人がむずかしい顔をしていいました。 「さあ、お前たちもう行ってくれ、この袋はやるよ。」 「うん、そうだ、そら、ごほうびだよ。」二人はメリケン粉の袋を私たちに投げました。 そんなものいらないと私たちは思いましたが役人がまたまじめになって恐くなりましたからだまって受け取りました。そして林を出ました。林を出るときちょっとふりかえって見ましたら二人がまっすぐに立ってしきりにそのこしらえた蕈の公園をながめているようでしたが間もなく、 「だめだよ、きのこのほうはやっぱりだめだ。もし知られたら大変だだ。」 「うん、どうもあぶないと僕も思った。こっちはやめよう。とってしまおう。その辺へ隠しておいてあとで我々がとったということにしてお嬢さんにでも上げればいいじゃないか。そのほうが安全だよ。」というのがはっきり聞こえました。私たちはまた顔を見合わせました。 そして思わずふき出してしまいました。 それから一目散に逃げました。 けれどももう役人は追って来ませんでした。その日の晩方おそく私たちはひどくまわりみちをしてうちへ帰りましたが東北長官はひるころ野原へ着いて夕方まで家族と一緒にとても面白く遊んで帰ったということを聞きました。 その次の年、私たちは町の中学校に入りましたが、あの二人の役人にも時々会いました。二人はステッキを振ったり包みをかかえたりまた競馬などで酔って顔を赤くして叫んだりしていました。私たちはちゃんとおぼえていたのです。けれどもあの二人の役人はいつも、どうも見たことのある子供だが思い出せないというような顔をするのでした。
役人が立ち去ろうとした私と慶次郎を呼び止めたのはなぜですか。
きのこがただある場所を教えて欲しかったからです。
JCRRAG_014304
国語
むかし、花のき村に、五人組の盗人がやって来ました。 それは、若竹が、あちこちの空に、かぼそく、ういういしい緑色の芽をのばしている初夏のひるで、松林では松蝉が、ジイジイジイイと鳴いていました。 盗人たちは、北から川に沿ってやって来ました。花のき村の入り口のあたりは、すかんぽやうまごやしの生えた緑の野原で、子供や牛が遊んでおりました。これだけを見ても、この村が平和な村であることが、盗人たちにはわかりました。そして、こんな村には、お金やいい着物を持った家があるに違いないと、もう喜んだのでありました。 川は藪の下を流れ、そこにかかっている一つの水車をゴトンゴトンとまわして、村の奥深くはいっていきました。 藪のところまで来ると、盗人のうちのかしらが、いいました。 「それでは、わしはこの藪のかげで待っているから、おまえらは、村のなかへはいっていって様子を見て来い。なにぶん、おまえらは盗人になったばかりだから、へまをしないように気をつけるんだぞ。金のありそうな家を見たら、そこの家のどの窓がやぶれそうか、そこの家に犬がいるかどうか、よっくしらべるのだぞ。いいか釜右衛門。」 「へえ。」 と釜右衛門が答えました。これは昨日まで旅あるきの釜師で、釜や茶釜をつくっていたのでありました。 「いいか、海老之丞。」 「へえ。」 と海老之丞が答えました。これは昨日まで錠前屋で、家々の倉や長持などの錠をつくっていたのでありました。 「いいか角兵衛。」 「へえ。」 とまだ少年の角兵衛が答えました。これは越後から来た角兵衛獅子で、昨日までは、家々の閾の外で、逆立ちしたり、とんぼがえりをうったりして、一文二文の銭を貰っていたのでありました。 「いいか鉋太郎。」 「へえ。」 と鉋太郎が答えました。これは、江戸から来た大工の息子で、昨日までは諸国のお寺や神社の門などのつくりを見て廻り、大工の修業していたのでありました。 「さあ、みんな、いけ。わしは親方だから、ここで一服すいながらまっている。」 そこで盗人の弟子たちが、釜右衛門は釜師のふりをし、海老之丞は錠前屋のふりをし、角兵衛は獅子まいのように笛をヒャラヒャラ鳴らし、鉋太郎は大工のふりをして、花のき村にはいりこんでいきました。 かしらは弟子どもがいってしまうと、どっかと川ばたの草の上に腰をおろし、弟子どもに話したとおり、たばこをスッパ、スッパとすいながら、盗人のような顔つきをしていました。これは、ずっとまえから火つけや盗人をして来たほんとうの盗人でありました。 「わしも昨日までは、ひとりぼっちの盗人であったが、今日は、はじめて盗人の親方というものになってしまった。だが、親方になって見ると、これはなかなかいいもんだわい。仕事は弟子どもがして来てくれるから、こうして寝ころんで待っておればいいわけである。」 とかしらは、することがないので、そんなつまらないひとりごとをいってみたりしていました。 やがて弟子の釜右衛門が戻って来ました。 「おかしら、おかしら。」 かしらは、ぴょこんとあざみの花のそばから体を起こしました。 「えいくそッ、びっくりした。おかしらなどと呼ぶんじゃねえ、魚の頭のように聞こえるじゃねえか。ただかしらといえ。」 盗人になりたての弟子は、 「まことに相すみません。」 とあやまりました。
かしらはなぜ弟子たちを村の偵察に送り出したのか。
かしらは弟子たちを使って、盗みの準備をするため。
JCRRAG_014305
国語
その大陸は、飛島の国王に属していて、バルニバービといわれています。首府はラガードと呼ばれています。 私は地上におろされて、とにかく満足でした。服装は飛島のと同じだし、彼等の言葉も、私はよくわかっていたので、何の気がかりもなく、町の方へ歩いて行きました。私は飛島の人から紹介状をもらっていましたので、それを持って、ある偉い貴族の家を訪ねて行きました。すると、その貴族は、彼のやしきの一室を、私に貸してくれて、非常に厚くもてなしてくれました。 翌朝、彼は、私を馬車に乗せて、市内見物につれて行ってくれました。街はロンドンの半分くらいですが、家の建て方が、ひどく奇妙で、そして、ほとんど荒れ放題になっているのです。街を通る人は、みな急ぎ足で、妙にもの凄い顔つきで、大概ボロボロの服を着ています。 男が四人、女が二人の六人の集団が道をふさぐように横一列で歩いている時は驚きました。 それから私たちは、城門を出て、三マイルばかり郊外を歩いてみました。そこでは、たくさんの農夫が、いろいろの道具で地面を掘り返していましたが、どうも、何をしているのやら、さっぱり、わからないのです。 三人の農夫が三本の鍬を持って土を起こしたり、少し離れた所では四人の農夫が四本の鎌をもって草を切ったりしています。 見る限り土はよく肥えているのに、穀物など一向に生えそうな様子はありません。
横一列で歩いている六人の集団のうち、数が多いほうの性別を教えてください。
横一列で歩いている六人の集団のうち、数が多いほうの性別は男で四人です。
JCRRAG_014306
国語
その後の白はどうなったか?それは一々話さずとも、いろいろな新聞に伝えられています。おおかたどなたも御存じでしょう。度々危うい人命を救った、勇ましい一匹の黒犬のあるのを。また一時『義犬』という活動写真が流行したことを。あの黒犬こそ白だったのです。しかしまだ不幸にも御存じのない方がいれば、どうか下に引用した新聞の記事を読んで下さい。 東京日日新聞。昨十八日(五月)午前八時四十分、奥羽線上り急行列車が田端駅付近の踏切を通過する際、踏切番人の過失により、田端一二三会社員柴山鉄太郎の長男実彦(四歳)が列車の通る線路内に立ち入り、危く轢死を遂げようとした。その時、たくましい黒犬が一匹、稲妻のように踏切へ飛びこみ、目前に迫った列車の車輪から、見事に実彦を救い出した。この勇敢なる黒犬は人々がさわいでいる間にどこかへ姿を隠したため、表彰したくてもすることが出来ず、当局は大いに困っている。 東京朝日新聞。軽井沢で避暑中のアメリカ富豪エドワード・バークレエ氏の夫人はペルシア産の猫を寵愛している。すると最近同氏の別荘へ七尺余りの大蛇が現れ、ベランダにいる猫を呑もうとした。そこへ見知らぬ黒犬が一匹、突然猫を救いに駈けつけ、二十分に渡り奮闘した後、とうとうその大蛇を噛み殺した。しかしこのけなげな犬はどこかへ姿を隠したため、夫人は五千ドルの賞金を懸け、犬の行方を求めている。 国民新聞。日本アルプス横断中、一時行方不明になった第一高等学校の生徒三名は七日(八月)上高地の温泉へ到着した。一行は穂高山と槍ヶ岳との間にみちを失い、かつ過日の暴風雨にテントや糧食等を奪われたため、ほとんど死を覚悟していた。しかるにどこからか黒犬が一匹、一行のさまよっていた渓谷に現れ、あたかも案内をするように、先へ立って歩き出した。一行はこの犬の後に従い、一日余り歩いた後、やっと上高地へ着くことが出来た。しかし犬は目の下に温泉宿の屋根が見えると、ひとこと嬉しそうに吠えたきり、もう一度もと来た熊笹の中へ姿を隠してしまったという。一行は皆この犬が来たのは神明の加護だと信じている。 時事新報。十三日(九月)名古屋市の大火は焼死者十余名に及んだが、横関名古屋市長なども愛児を失おうとした一人である。令息武矩(三歳)はいかなる家族の手落ちからか、猛火の中の二階に残され、すでに灰燼となろうとしたところを、一匹の黒犬のためにくわえ出された。市長は今後名古屋市に限り、野犬撲殺を禁ずるといっている。 読売新聞。小田原町城内公園に連日の人気を集めていた宮城巡回動物園のシベリヤ産大狼は二十五日(十月)午後二時ごろ、突然巌乗な檻を破り、木戸番二名を負傷させたのち、箱根方面へ逸走した。小田原署はそのために非常動員を行い、全町にわたって警戒線を張った。すると午後四時半ごろ狼が十字町に現れ、一匹の黒犬と噛み合い始めた。黒犬は悪戦すこぶる努め、ついに敵を噛み伏せるに至った。そこへ警戒中の巡査もかけつけ、直ちに狼を銃殺した。この狼はルプス・ジガンティクスと称し、最も兇猛な種属であるという。なお宮城動物園主は狼の銃殺を不当とし、小田原署長を相手どった告訴を起こすといきまいている。等、等、等。
第一高等学校の生徒三名が暴風雨によって奪われた品物の種類の数を教えてください。
第一高等学校の生徒三名が暴風雨によって奪われた品物の種類の数は2で、 「テント」、「糧食」です。
JCRRAG_014307
国語
むかし、むかし、丹後の国水の江の浦に、浦島太郎というりょうしがいました。 浦島太郎は、毎日つりざおをかついでは海へ出かけて、たいや、かつおなどのおさかなをつって、おとうさんおかあさんをやしなっていました。 ある日、浦島はいつものとおり海へ出て、一日おさかなをつって、帰ってきました。途中、六人の子どもが往来にあつまって、がやがやいっていました。何かとおもって浦島がのぞいてみると、小さいかめの子を一ぴきつかまえて、棒でつついたり、石でたたいたりして、さんざんにいじめているのです。 浦島は見かねて、 「まあ、そんなかわいそうなことをするものではない。いい子だから」 と、とめました。 突然年上の男に注意されたので、やめようとしたおとなしめな子供もいました。 ですが子供たちの中でもけんかっ早そうな子達は、 「なんだい。なんだい、かまうもんかい」 といいながら、またかめの子を、あおむけにひっくりかえして、足でけったり、砂のなかにうずめたりしました。浦島はますますかわいそうにおもって、 「じゃあ、おじさんがおあしをあげるから、そのかめの子を売っておくれ」 といいますと、こどもたちは、 「うんうん、おあしをくれるならやってもいい」 といって、手を出しました。そこで浦島はおあしをやってかめの子をもらいうけました。 子どもたちは、 「おじさん、ありがとう。また買っておくれよ」 と、わいわいいいながら、行ってしまいました。 そのあとで浦島は、こうらからそっと出したかめの首をやさしくなでてやって、 「やれやれ、あぶないところだった。さあもうお帰りお帰り」 といって、わざわざ、かめを海ばたまで持って行ってはなしてやりました。かめはさもうれしそうに、首や手足をうごかして、やがて、ぶくぶくあわをたてながら、水のなかにふかくしずんで行ってしまいました。 それから二、三日たって、浦島はまた舟にのって海へつりに出かけました。遠い沖のほうまでもこぎ出して、一生けんめいおさかなをつっていますと、ふとうしろのほうで 「浦島さん、浦島さん」 とよぶ声がしました。おやと思って振り返ってみますと、だれも人のかげは見えません。その代かわり、いつのまにか、一ぴきのかめが、舟のそばにきていました。
浦島が子供たちにかめをいじめるのをやめろと言った時の、子供たちの反応の違いを教えてください。
浦島は海へ出て、おさかなをつって、帰ってくる途中に、六人の子どもが往来にいました。何かとおもって浦島がのぞいてみると、小さいかめの子をいじめているのです。浦島は見かねて、いじめるのをとめました。突然年上の男に注意されたので、やめようとしたおとなしめな子供もいました。 一方、子供たちの中でもけんかっ早そうな子達は、「なんだい。なんだい、かまうもんかい」といいながら、またかめの子を、あおむけにひっくりかえして、足でけったり、砂のなかにうずめたりしました。
JCRRAG_014308
国語
むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんがいつも畑に出て働いていますと、裏の山から一匹の古だぬきが出てきて、おじいさんがせっかく丹精をしてこしらえた畑のものを荒らした上に、どんどん石ころや土くれをおじいさんのうしろから投げつけました。おじいさんがおこって追っかけてくると、すばやく逃げて行ってしまいます。しばらくするとまたやって来て、あいかわらずいたずらをしました。おじいさんも困りきって、わなをかけておきますと、ある日、たぬきはとうとうそのわなにかかりました。 おじいさんはおどり上がってよろこびました。 「ああいい気分だ。とうとうつかまえてやった。」 こう言って、たぬきの四つあしをしばって、うちへかついで帰りました。そして天井のはりにぶら下げて、おばあさんに、 「にがさないように番をして、晩にわたしが帰るまでにたぬき汁をこしらえておいておくれ。」 と言いのこして、また畑へ出ていきました。 たぬきがしばられてぶら下げられている下で、おばあさんはうすを出して、とんとん麦をついていました。そのうち、 「ああくたびれた。」 とおばあさんは言って、汗をふきました。するとそのときまで、おとなしくぶら下がっていたたぬきが、上から声をかけました。 「もしもし、おばあさん、くたびれたら少しお手伝いをいたしましょう。その代わりこの縄をといて下さい。」 「どうしてどうして、お前なんかに手伝ってもらえるものか。縄をといてやったら、手伝うどころか、すぐ逃げて行ってしまうだろう。」 「いいえ、もうこうしてつかまったのですもの、今さら逃げるものですか。まあ、ためしに下ろしてごらんなさい。」 あんまりしつこく、殊勝らしくたのむものですから、おばあさんもうかうか、たぬきの言うことをほんとうにして、縄をといておろしてやりました。するとたぬきは、 「やれやれ。」 としばられた手足てあしをさすりました。そして、 「どれ、わたしがついてあげましょう。」 と言いながら、おばあさんのきねを取り上げて、麦をつくふりをして、いきなりおばあさんの脳天からきねを打ち下おろしますと、「きゃっ。」という間もなく、おばあさんは目をまわして、倒れて死んでしまいました。 たぬきはさっそくおばあさんを料理して、たぬき汁の代わりにばばあ汁をこしらえて、自分はおばあさんに化けて、すました顔をして炉の前に座って、おじいさんの帰りを待ちうけていました。 夕方になって、なんにも知らないおじいさんは、 「晩はたぬき汁が食べられるな。」 と思って、ひとりにこにこしながら、急いでうちへ帰って来きました。するとたぬきのおばあさんはさも待ちかねたというように、 「おや、おじいさん、おかえりなさい。さっきからたぬき汁をこしらえて待っていましたよ。」 と言いました。 「おやおや、そうか。それはありがたいな。」 と言いながら、すぐにお膳の前に座りました。そして、たぬきのおばあさんのお給仕で、 「これはおいしい、おいしい。」 と言って、舌つづみをうって、ばばあ汁のおかわりをして、夢中になって食べていました。それを見てたぬきのおばあさんは、思わず、「ふふん。」と笑うひょうしにたぬきの正体を現わしました。 「ばばあくったじじい、流しの下の骨を見ろ。」 とたぬきは言いながら、大きなしっぽを出して、裏口からついて逃げていきました。 おじいさんはびっくりして、がっかり腰をぬかしてしまいました。そして流しの下のおばあさんの骨をかかえて、おいおい泣いていました。 すると、 「おじいさん、おじいさん、どうしたのです。」 と言って、これも裏の山にいる白うさぎが入って来ました。 「ああ、うさぎさんか。よく来てくれた。まあ聞いておくれ。ひどい目にあったよ。」 とおじいさんは言って、これこれこういうわけだとすっかり話をしました。うさぎはたいそう気の毒がって、 「まあ、それはとんだことでしたね。けれどかたきはわたしがきっととってあげますから、安心していらっしゃい。」 とたのもしそうに言いました。おじいさんはうれし涙をこぼしながら、 「ああ、どうか頼みますよ。ほんとうにわたしはくやしくってたまらない。」 と言いました。 「大丈夫。あしたはさっそくたぬきを誘い出して、ひどい目に合わせてやります。しばらく待っていらっしゃい。」 とうさぎは言って、帰っていきました。
おばあさんがたぬきの縄を解いたのはなぜか。
たぬきがあんまりしつこく、殊勝らしくたのむからです。
JCRRAG_014309
国語
「どうだ、村の中の様子は。」 とかしらがききました。 「へえ、すばらしいですよ、かしら。ありました、ありました。」 「何が。」 「大きい家がありましてね、そこの飯炊き釜は、まず三斗ぐらいは炊ける大釜でした。あれはえらい銭になります。それから、お寺に吊ってあった鐘も、なかなか大きなもので、あれをつぶせば、まず茶釜が五十はできます。なあに、あっしの眼に狂いはありません。嘘だと思うなら、あっしが造って見せましょう。」 「馬鹿馬鹿しいことに威張るのはやめろ。」 とかしらは弟子を叱りつけました。 「きさまは、まだ釜師根性がぬけんからだめだ。そんな飯炊き釜や吊り鐘などばかり見てくるやつがあるか。それに何だ、その手に持っている、穴のあいた鍋は。」 「へえ、これは、その、或る家の前を通りますと、槙の木の生け垣にこれがかけて干してありました。見るとこの、尻に穴があいていたのです。それを見たら、じぶんが盗人であることをつい忘れてしまって、この鍋、二十文でなおしましょう、とそこのおかみさんにいってしまったのです。」 「何というまぬけだ。じぶんのしょうばいは盗人だということをしっかり肚にいれておらんから、そんなことだ。」 と、かしらはかしららしく、弟子に教えました。そして、 「もういっぺん、村にもぐりこんで、しっかり見なおして来い。」 と命じました。釜右衛門は、穴のあいた鍋をぶらんぶらんとふりながら、また村にはいっていきました。 こんどは海老之丞がもどって来ました。 「かしら、ここの村はこりゃだめですね。」 と海老之丞は力なくいいました。 「どうして。」 「どの倉にも、錠らしい錠は、ついておりません。子供でもねじきれそうな錠が、ついておるだけです。あれじゃ、こっちのしょうばいにゃなりません。」 「こっちのしょうばいというのは何だ。」 「へえ、……錠前……屋。」 「きさまもまだ根性がかわっておらんッ。」 とかしらはどなりつけました。 「へえ、相すみません。」 「そういう村こそ、こっちのしょうばいになるじゃないかッ。倉があって、子供でもねじきれそうな錠しかついておらんというほど、こっちのしょうばいに都合のよいことがあるか。まぬけめが。もういっぺん、見なおして来い。」 「なるほどね。こういう村こそしょうばいになるのですね。」 と海老之丞は、感心しながら、また村にはいっていきました。 次にかえって来たのは、少年の角兵衛でありました。角兵衛は、笛を吹きながら来たので、まだ藪の向こうで姿の見えないうちから、わかりました。 「いつまで、ヒャラヒャラと鳴らしておるのか。盗人はなるべく音をたてぬようにしておるものだ。」 とかしらは叱りました。角兵衛は吹くのをやめました。
かしらはどのような基準で村の価値を判断しているか。
かしらは村の財産の有無や防犯の甘さを基準に、盗みに適した場所かどうかを判断している。
JCRRAG_014310
国語
ちょうど、車が停まったところに、この国で一番大きい神社がありました。ここは前に、何か不吉なことがあったので、今では祭壇も取り除かれて、中はすっかり空っぽになっていました。この建物の中に、この私を入れることになったのです。北に向いた門の高さが四フィート、幅は二フィート、ここから、私は入り込むことができます。私の左足は、錠前でとめられ、左側の窓のところに、鎖でつながれました。 この神社の向側に見える塔の上から、皇帝は臣下と一緒に、この私を御見物になりました。なんでも、その日、私を見物するために、十万人以上の人出があったということです。それに、番人がいても、梯子をつたって、この私の身体にのぼった連中が、男は六千人、女は四千人ぐらいはいました。が、これは間もなく禁止され、犯したものは死刑にされることになりました。 もう私が逃げ出せないことがわかったので、職人たちは、私の身体にまきついている紐を切ってくれました。それで、はじめて私は立ち上がってみたのですが、いや、なんともいえないいやな気持ちでした。 ところで、私が立ち上がって歩きだしたのを、はじめて見た人々の驚きといったら、これまた、大変なものでした。足をつないでいる鎖は、約二ヤードしかなかったので、半円を描いて往復することができました。 立ち上がって、私はあたりを見まわしましたが、実に面白い景色でした。付近の土地は庭園がつづいているようで、垣をめぐらした畑は花壇を並べたようです。その畑のところどころに、森がまざっていますが、低い木で一フィート、一番高い木でまず七フィートぐらいです。街は左手に見えていましたが、それはちょうど、芝居の町そっくりでした。
梯子をつたって、この私の身体にのぼった人たちの中で数が多い性別を教えてください。
梯子をつたって、この私の身体にのぼった人たちの中で数が多い性別は男で六千人です。
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ある秋の真夜中です。体も心も疲れ切った白は主人の家へ帰って来ました。もちろんお嬢さんや坊ちゃんはとっくに寝床へはいっています。いや、今は誰一人起きているものもありません。ひっそりした裏庭の芝生の上にも、ただ高い棕櫚の木の梢に白い月が一輪浮んでいるだけです。白は昔の犬小屋の前で、露に濡れた体を休めました。それから寂しい月を相手に、こういうひとりごとを始めました。 「お月様! お月様! わたしは黒君を見殺しにしました。わたしの体がまっ黒になったのも、そのせいかと思っています。しかしわたしはお嬢さんや坊ちゃんにお別れ申してから、あらゆる危険と戦って来ました。それは一つには何かの拍子に煤よりも黒い体を見ると、臆病を恥じる気が起こったからです。けれどもしまいには黒いのがいやになり、この黒いわたしを殺すために、あるいは火の中へ飛びこんだり、あるいはまた狼と戦ったりしました。が、不思議にもわたしの命はどんな強敵にも奪われません。死もわたしの顔を見ると、どこかへ逃げ去ってしまうのです。わたしはとうとう苦しさの余り、自殺しようと決心しました。ただ自殺をするにしても、ただ一目会いたいのは可愛がって下さった御主人です。勿論お嬢さんや坊ちゃんはあしたもわたしの姿を見ると、きっとまた野良犬だと思うでしょう。ことによれば坊ちゃんのバットに打ち殺されてしまうかも知れません。しかしそれでも本望です。お月様! お月様! わたしは御主人の顔を見るほかに、何も願うことはありません。そのため今夜ははるばるともう一度ここへ帰って来ました。どうか夜の明け次第、お嬢さんや坊ちゃんに会わして下さい。」 白はひとりごとをいい終わると、芝生にあごをさしのべたなり、いつかぐっすり寝入ってしまいました。 「驚いたわねえ、春夫さん。」 「どうしたんだろう? 姉さん。」 白は小さい主人の声に、はっきりと目をひらきました。見ればお嬢さんや坊ちゃんは犬小屋の前にたたずんだまま、不思議そうに顔を見合わせています。白は一度挙げた目をまた芝生の上へ伏せてしまいました。お嬢さんや坊ちゃんは白がまっ黒に変わった時にも、やはり今のように驚いたものです。あの時の悲しさを考えると、白は今では帰って来たことを後悔こうかいする気さえしました。するとその途端です。坊ちゃんは突然飛び上ると、大声でこう叫びました。 「お父さん! お母さん! 白がまた帰って来ましたよ!」 白が! 白は思わず飛び起きました。すると逃げるとでも思ったのでしょう。お嬢さんは両手を伸ばしながら、しっかり白のくびを押しました。同時に白はお嬢さんの目へ、じっと彼の目を移しました。お嬢さんの目には黒い瞳にありありと犬小屋がうつっています。高い棕櫚の木のかげになったクリーム色の犬小屋が、そんなことは当然に違いありません。しかしその犬小屋の前には米粒ほどの小ささに、白い犬が一匹坐っているのです。清らかに、ほっそりと。白はただ恍惚とこの犬の姿に見入りました。 「あら、白は泣いているわよ。」 お嬢さんは白を抱きしめたまま、坊ちゃんの顔を見上げました。坊ちゃんは御覧なさい、坊ちゃんの威張っているのを! 「へっ、姉さんだって泣いている癖に!」
白が、黒いわたしを殺すためにやった行為の数を教えてください。
白が、黒いわたしを殺すためにやった行為の数は2で、 「火の中へ飛びこんだ」 「狼と戦ったりした」 です。
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国語
まもなく、かめはまた出てきて、 「さあ、こちらへ」 と、浦島を御殿のなかへ案内しました。たいや、ひらめやかれいや、おさかなが、ものめずらしそうな目で見ているなかをとおって、はいって行きますと、乙姫さまがおおぜいの腰元をつれて、お迎えに出てきました。やがて乙姫さまについて、浦島はずんずん奥へとおって行きました。めのうの天井にさんごの柱、廊下にはるりがしきつめてありました。こわごわその上をあるいて行きますと、どこからともなくいいにおいがして、たのしい楽の音がきこえてきました。 やがて、水晶の壁に、いろいろの宝石をちりばめた大広間にとおりますと、 「浦島さん、ようこそおいでくださいました。先日はかめのいのちをお助けくださいまして、まことにありがとうございます。なんにもおもてなしはございませんが、どうぞゆっくりおあそびくださいまし」 と、乙姫さまはいって、ていねいにおじぎしました。やがて、たいをかしらに、かつおだの、ふぐだの、えびだの、たこだの、大小いろいろのおさかなが、めずらしいごちそうを山とはこんできて、にぎやかなお酒盛りがはじまりました。きれいな腰元たちは、歌をうたったり踊りをおどったりしました。浦島はただもう夢のなかで夢を見ているようでした。 ごちそうがすむと、浦島はまた乙姫さまの案内で、御殿のなかをのこらず見せてもらいました。どのおへやも、どのおへやも、めずらしい宝石でかざり立ててありますからそのうつくしさは、とても口やことばではいえないくらいでした。ひととおり見てしまうと、乙姫さまは、 「こんどは四季のけしきをお目にかけましょう」 といって、まず、東の戸をおあけになりました。そこは春のけしきで、いちめん、ぼうっとかすんだなかに、さくらの花が、うつくしい絵のように咲き乱れていました。あおあおとしたやなぎの枝が風になびいて、そのなかで小鳥が鳴いたり、ちょうちょうが舞ったりしていました。 次に、南の戸をおあけになりました。そこは夏のけしきで、垣根には白いうの花が咲いて、お庭の木の青葉のなかでは、せみやひぐらしがないていました。お池には赤と白のはすの花が咲いて、その葉の上には、水晶の珠のように露がたまっていました。お池のふちには、きれいなさざ波が立って、おしどりや鴨がうかんでいました。 次に西の戸をおあけになりました。そこは秋のけしきで花壇のなかには、黄ぎく、白ぎくが咲き乱れて、ぷんといいかおりを立てていました。むこうを見ると、かっともえ立つようなもみじの林の奥に、白い霧がたちこめていて、しかのなく声がかなしくきこえました。 いちばんおしまいに、北の戸をおあけになりました。そこは冬のけしきで、野には散りのこった枯葉の上に、霜がきらきら光っていました。山から谷にかけて、雪がまっ白に降り積もったなかから、柴をたくけむりがほそぼそとあがっていました。 浦島は何を見ても、おどろきあきれて、目ばかり見はっていました。そのうちだんだんぼうっとしてきて、お酒に酔った人のようになって、何もかもわすれてしまいました。
竜宮にある東の戸と西の戸を開けた先の、景色の違いを教えてください。
乙姫さまは、まず東の戸をあけました。そこには春のけしきが、いちめん、ぼうっとかすんだなかに、さくらの花が、うつくしい絵のように咲き乱れていました。あおあおとしたやなぎの枝が風になびいて、そのなかで小鳥が鳴いたり、ちょうちょうが舞ったりしていました。 そして西の戸をおあけになりました。そこは秋のけしきで花壇のなかには、黄ぎく、白ぎくが咲き乱れて、ぷんといいかおりを立てていました。むこうを見ると、かっともえ立つようなもみじの林の奥に、白い霧がたちこめていて、しかのなく声がかなしくきこえていました。
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国語
それからまもなく、またくらしがこまって、どうにもならなくなりました。子どもたちは、ある晩、おかあさんが寝床のなかでおとうさんにむかって、こういっているのをききました。 「また、なにもかも食べつくしちまって、あとはパンが半切れ残ってるだけだよ。それを食べちまえば、もうおしまいさ。どうしたって、子どもたちを追っぱらうよりほかないよ。こんどは、どうしてもかえり道がわからないように、もっと森のおくまでつれていこうよ。そうでもしなくっちゃ、わたしたちはたすかりようがないもの。」 おとうさんのほうはひどく心配して、 (それなら、おれのさいごのぶんは、子どもたちとわけて食べるほうがましだ。) と、思いました。 ところが、おかあさんは木こりのいうことなどは、まるで耳にもいれません。ただ、がみがみどなったり、ののしったりするばかりでした。いったんやりだしたことは、どうしてもあとをつづけなければならないものです。この木こりも、さいしょにおかあさんのいうことをきいてしまったものですから、こんども、おかあさんのいうなりにしなければならなくなりました。 ところで、子どもたちはまだ目がさめていて、この話をぜんぶきいていました。おとうさんとおかあさんがねてしまうと、ヘンゼルはそっとおきあがりました。また、このまえのときのように、おもてへいって、小石を拾おうと思ったのです。ところが、こんどは、おかあさんが戸にかぎをかけてしまったものですから、ヘンゼルはおもてへでることができませんでした。それでも、ヘンゼルは小さい妹をなぐさめて、いいました。 「泣くんじゃないよ、グレーテル。いいから、ぐっすりおやすみ。神さまは、きっとぼくたちをたすけてくださるよ。」 あくる朝はやく、おかあさんがやってきて、子どもたちを寝床からつれだしました。ふたりはパンをひときれずつもらいましたが、それはこのまえのときのよりももっと小さいものでした。ヘンゼルは、森へいく道、それをポケットの中で小さくちぎりました。そして、ときどき立ちどまっては、パンくずを地べたにおとしていきました。 「ヘンゼル、おまえは、なんだってそう立ちどまっちゃ、うしろをふりむいてばかりいるんだ。」 と、おとうさんがいいました。 「さっさと歩きな。」 「ぼくのハトを見ているんですよ。ほら、あいつ、屋根の上にとまって、ぼくにさよならっていおうとしているんですもの。」 と、ヘンゼルはこたえました。 「ばかだね。」 と、おかあさんがいいました。 「あれはハトなんかじゃないよ。朝日がえんとつにあたって、ひかってるんじゃないか。」 それでも、ヘンゼルは、すこしずつパンくずをおとしていって、とうとうすっかりおとしきってしまいました。 おかあさんは子どもたちを、もっともっと森のおくへ、生まれてからまだきたこともないほど森のおくまで、つれていきました。そこで、こんども、どんどん火をおこしました。そして、おかあさんは、 「おまえたちはここにおいで。くたびれたら、すこしねてもいいよ。わたしたちはおくへいって、木を切ってるからね。夕がた、しごとがおわったら、ここへもどってきて、いっしょにつれてかえってやるよ。」 と、いいました。 お昼になると、グレーテルはじぶんのパンをヘンゼルにもわけてやって、ふたりで食べました。だって、ヘンゼルはじぶんのパンを道にまいてきてしまいましたからね。食べおわると、ふたりはねむりました。 やがて、晩になりましたが、このかわいそうな子供たちのところへは、だれもきませんでした。ふたりは、まっくらな夜になってから、やっと目がさめました。ヘンゼルは小さい妹をなぐさめて、 「グレーテル、お月さまがでるまで待っておいで。お月さまがでりゃ、ぼくがおとしておいたパンくずが見えるからね。それについていけば、だいじょうぶ、うちにかえれるさ。」 と、いいました。 お月さまがのぼると、ふたりはでかけました。けれど、いくらさがしても、パンくずはどこにも見あたりません。それもそのはずです。森や野原をとびまわっている、何千ともしれない鳥たちが、きれいにひろってしまったんですから。ヘンゼルはグレーテルに、 「道はきっと見つかるよ。」 と、いいましたが、どうしても見つかりませんでした。
なぜヘンゼルがおとしておいたパンくずはどこにも見あたりませんでしたか。
森や野原をとびまわっている、何千ともしれない鳥たちが、きれいにひろってしまったからです。
JCRRAG_014314
国語
次にかえって来たのは、少年の角兵衛でありました。角兵衛は、笛を吹きながら来たので、まだ藪の向こうで姿の見えないうちから、わかりました。 「いつまで、ヒャラヒャラと鳴らしておるのか。盗人はなるべく音をたてぬようにしておるものだ。」 とかしらは叱りました。角兵衛は吹くのをやめました。 「それで、きさまは何を見て来たのか。」 「川についてどんどん行きましたら、花菖蒲を庭いちめんに咲かせた小さい家がありました。」 「うん、それから?」 「その家の軒下に、頭の毛も眉毛もあごひげもまっしろな爺さんがいました。」 「うん、その爺さんが、小判のはいった壺でも縁の下に隠していそうな様子だったか。」 「そのお爺さんが竹笛を吹いておりました。ちょっとした、つまらない竹笛だが、とてもええ音がしておりました。あんな、不思議に美しい音ははじめてききました。おれがききとれていたら、爺さんはにこにこしながら、三つ長い曲をきかしてくれました。おれは、お礼に、とんぼがえりを七へん、つづけざまにやって見せました。」 「やれやれだ。それから?」 「おれが、その笛はいい笛だといったら、笛竹の生えている竹藪を教えてくれました。そこの竹で作った笛だそうです。それで、お爺さんの教えてくれた竹藪へいって見ました。ほんとうにええ笛竹が、何百すじも、すいすいと生えておりました。」 「昔、竹の中から、金の光がさしたという話があるが、どうだ、小判でも落ちていたか。」 「それから、また川をどんどんくだっていくと小さい尼寺がありました。そこで花の撓がありました。お庭にいっぱい人がいて、おれの笛くらいの大きさのお釈迦さまに、あま茶の湯をかけておりました。おれもいっぱいかけて、それからいっぱい飲ましてもらって来ました。茶わんがあるならかしらにも持って来てあげましたのに。」 「やれやれ、何という罪のねえ盗人だ。そういう人ごみの中では、人のふところや袂に気をつけるものだ。とんまめが、もういっぺんきさまもやりなおして来い。その笛はここへ置いていけ。」 角兵衛は叱られて、笛を草の中へおき、また村にはいっていきました。 おしまいに帰って来たのは鉋太郎でした。 「きさまも、ろくなものは見て来なかったろう。」 と、きかないさきから、かしらがいいました。 「いや、金持ちがありました、金持ちが。」 と鉋太郎は声をはずませていいました。金持ちときいて、かしらはにこにことしました。 「おお、金持ちか。」 「金持ちです、金持ちです。すばらしいりっぱな家でした。」 「うむ。」 「その座敷の天井と来たら、さつま杉の一枚板なんで、こんなのを見たら、うちの親父はどんなに喜ぶかも知れない、と思って、あっしは見とれていました。」 「へっ、面白くもねえ。それで、その天井をはずしてでも来る気かい。」 鉋太郎は、じぶんが盗人の弟子であったことを思い出しました。盗人の弟子としては、あまり気が利かなかったことがわかり、鉋太郎はバツのわるい顔をしてうつむいてしまいました。 そこで鉋太郎も、もういちどやりなおしに村にはいっていきました。 「やれやれだ。」 と、ひとりになったかしらは、草の中へ仰向けにひっくりかえっていいました。 「盗人のかしらというのもあんがい楽なしょうばいではないて。」
角兵衛はなぜ盗人としての役割を果たせなかったのか。
角兵衛は笛の音などに気を取られ、盗人としての行動をまったくとらなかったから。
JCRRAG_014315
国語
グラムダルクリッチと私には馬車が許されたので、これに乗って、市内見物に出たり、店屋に行ったものです。私はいつも箱のままつれて行かれるのですが、街の家々や人々がよく見えるように、彼女はたびたび、私を取り出して手の上に乗せてくれました。ある日、たまたび馬車をある店先に停めると、それを見て乞食の群が、一せいに馬車の両側に集って来ました。これは実にものすごい光景でした。男は十人、女は十二人はいました。だが何よりたまらなかったのは、彼らの着物を這いまわっている虱でした。それがちょうど、あのヨーロッパの虱を顕微鏡で見るときよりも、もっとはっきり肉眼で見えます。そして、あの豚のように嗅ぎまわっている鼻など、こんなものを見るのは、はじめてでした。 いつも私を入れて歩いていた箱のほかに、王妃は、旅行用として、小さい箱を一つ作らせてくれました。今までのは、グラムダルクリッチの膝には少し大き過ぎたし、馬車で持ち運ぶにも少しかさばり過ぎたからです。この旅行用の箱は、正方形で、三方の壁に一つずつ窓があり、どの窓にも外側から鉄の針金の格子がはめてあります。一方の壁には窓がなくて、二本の丈夫な留め金がついています。私が馬車で行くときには、乗手がこれに革帯を通して、しっかり腰に結びつけるのです。 こんなふうにして、私は国王の行列に加わったり、宮廷の貴婦人や大臣を訪問したりしました。というのも、両陛下のおかげで、私は急に大官たちの間で有名になってきたからです。旅行中もし馬車にあきると、召使が彼の前の蒲団の上に箱を置いてくれます。そこで、私は三つの窓から外の景色を眺めるのでした。この箱には、椅子が二つ、テーブルが一つ、コップが三つありました。 私は長い間、航海に馴れていたので、馬車が揺れるのも、わりに平気でした。
乞食の群の中で、人数が多いほうの性別を教えてください。
乞食の群の中で、人数が多いほうの性別は女で十二人です。
JCRRAG_014316
国語
むかし、摂津国の難波という所に、夫婦の者が住んでおりました。子供が一人も無いものですから、住吉の明神さまに、お参りをしては、 「どうぞ子供を一人おさずけ下さい。それは指ほどの小さな子でもよろしゅうございますから。」 と一生懸命にお願い申し上げました。 すると間もなく、おかみさんは身持ちになりました。 「わたしどものお願いがかなったのだ。」 と夫婦はよろこんで、子供の生まれる日を、今日か明日かと待ちかまえていました。 やがておかみさんは小さな男の赤ちゃんを生みました。ところがそれがまた小さいといって、ほんとうに指ほどの大きさしかありませんでした。 「指ほどの大きさの子供でも、と申し上げたら、ほんとうに指だけの子供を明神さまがくださった。」 と夫婦は笑いながら、この子供をだいじにして育てました。ところがこの子は、いつまでたってもやはり指だけより大きくはなりませんでした。夫婦もあきらめて、その子に一寸法師と名前をつけました。一寸法師は五つになっても、やはり背がのびません。七つになっても、おなじことでした。十をこしても、やはり一寸法師でした。一寸法師が往来を歩あるいていると、近所の子供たちがあつまってきて、 「やあ、ちびが歩いている。」 「ふみ殺されるなよ。」 「つまんでかみつぶしてやろうか。」 「ちびやい。ちびやい。」 と口々にいって、からかいました。一寸法師はだまって、にこにこしていました。
一寸法師が生まれて家族は何人になりましたか。
一寸法師が生まれて家族は3人になりました。
JCRRAG_014317
国語
むかし、スイスの国に、ひとりの年をとった伯爵が住んでおりました。伯爵にはむすこがひとりしかいませんでしたが、そのむすこはばかで、なにひとつおぼえることができないありさまでした。 そこで、あるとき、おとうさんがいいました。 「これ、せがれ、わしはおまえの頭になにひとついれてやることができん。そこで、こんどはひとつ、わしの思っていることをやってみたい。おまえはこの土地をはなれなければいかん。つまり、わしはおまえを、ある名高い先生にあずけようと思うのだ。その先生が、おまえをなんとかしてくださるだろう。」 こうして、若者は知らない町にやられて、その先生のところにまる一年おりました。一年たって、むすこはかえってきました。そこで、おとうさんはたずねました。 「どうだ、せがれ、なにをおぼえてきた。」 「おとうさん、ぼくは犬のことばをおぼえてきました。」 と、むすこはこたえました。 「ああ、なんということだ。」 と、おとうさんは思わず大きな声でいいました。 「おまえのおぼえてきたのは、それだけなのか。では、おまえをほかの町へやって、べつの先生にあずけるとしよう。」 こうして、若者はまたつれていかれました。そして、この先生のところにも、やっぱり一年いました。むすこがかえってくると、おとうさんがまたたずねました。 「せがれ、なにをおぼえてきた。」 すると、むすこはこたえました。 「おとうさん、ぼくは鳥のことばをおぼえてきました。」 それをきいて、おとうさんはかんかんにおこって、いいました。 「このろくでなしめ、だいじな時間をつぶして、なにひとつおぼえてきもしない。よくそれで、はずかしくもなく、わしのまえへこられたものだ。わしはおまえをつぎの先生のところへやる。だがこんどもなにひとつおぼえてこないようだったら、わしはもうおまえの親ではないぞ。」 むすこはつぎの先生のところにも、まる一年おりました。かえってくると、おとうさんがたずねました。 「せがれ、なにをおぼえてきた。」 すると、むすこがこたえていいました。 「おとうさん、ことしはカエルのことばをおぼえてきましたよ。」 これをきいたとたん、おとうさんはかんかんに腹をたてて、いすからとびあがり、家来たちをよんで、いいました。 「この男は、もうわしのむすこではない。わしはこいつを追いだしてやる。おまえたちはこいつを森へつれだして、殺してしまえ。いいか、しかともうしつけたぞ。」
ばかむすこが、名高い先生と、べつの先生でおしえてもらったことばの違いを教えてください。
伯爵にはむすこがひとりしかいませんでしたが、そのむすこはばかで、なにひとつおぼえることができないありさまでした。伯爵は名高い先生のところへむすこをまる一年やりました。一年たって、むすこはかえってきました。そこで、むすこは犬のことばをおぼえてかえってきました。 また、伯爵はべつの先生にむすこをやっぱり一年やりました。むすこは鳥のことばをおぼえてかえってきました。
JCRRAG_014318
国語
むかし、あるところに、夫婦が住んでおりました。ふたりは、長い年月のあいだ、子どもをひとりほしいと思っていましたが、どうしてもさずかりませんでした。けれども、ようやく神さまがその願いをかなえてくださりそうなようすが、おかみさんにみえてきました。 この夫婦のうちのうしろがわには、小さな窓がありました。その窓からは、世にも美しい花や野菜がいっぱい植えられている、きれいな庭が見えました。けれども、その庭は高いへいにとりかこまれていました。しかも、その庭は、たいへんな勢力をもっていて、世間の人たちからおそれられている、ある魔法使いのばあさんのものでしたから、だれひとりそのなかへ入っていこうとするものはありませんでした。 ある日のこと、おかみさんがこの窓ぎわに立って、庭を見おろしていますと、それはそれはきれいなラプンツェル(チシャ)の植えてある野菜畑が目につきました。みるからに、みずみずしく、青々としたラプンツェルです。おかみさんはそれがほしくてたまらなくなって、なんとかして食べたいものだと思いました。 しかもその思いは、日ましにはげしくなるばかりでした。けれども、それがとても手にいれられないことはわかりきっていましたので、おかみさんはすっかりやせほそって、顔色もあおざめ、見るかげもないようになってきました。 これを見て、亭主はびっくりして、たずねました。 「おまえ、どうしたんだい。」 「ああ、ああ、うちの裏の庭のラプンツェルが食べられなかったら、あたしゃ死んでしまうよ。」 と、おかみさんはこたえました。 亭主は、おかみさんがかわいくてなりませんので、 「女房を死なせるくらいなら、あのラプンツェルをとってきてやれ。どうなったって、かまうものか。」 と、思いました。 そこで亭主は、夕やみにまぎれて、へいをのりこえました。魔法使いの庭にはいるがはやいか、大急ぎでラプンツェルをひとつかみとって、おかみさんのところへもってきてやりました。 おかみさんは、それでさっそくサラダをこしらえて、がつがつ食べました。ところが、そのおいしいことといったら、これ以上のものはなかった。そのためおかみさんは、そのつぎの日になると、こんどは、まえの日の三倍もそれがほしくてたまらなくなってしまいました。 おかみさんをおちつかせるためには、亭主はもういっぺんとなりの庭におりていかなければなりませんでした。そこで、またもや夕やみをねらってでかけていきました。ところが、へいをのりこえたとたん、亭主はびっくりぎょうてんしてしまいました。むりもありません。すぐ目のまえに、魔法使いのおばあさんが立っていたのですから。 「おまえはなんてずうずうしい男なんだい。」 と、魔法使いは亭主をぐいとにらみつけて、いいました。 「わしの庭へはいりこんで、どろぼうみたいに、わしのラプンツェルをぬすんでいくとは。さあ、ひどいめにあわせてくれるぞ。」 「ああ、どうかおゆるしくださいまし。」 と、亭主はこたえていいました。 「どうにもいたしかたなく、こんなことをしでかしたんでございます。じつは、女房が、窓からこちらさまのラプンツェルを見ました。すると、どうしてもこれがほしくなって、ひと口でも食べないことには、死んじまうなどともうすものでございますから。」 これをきくと、魔法使いはいかりをやわらげて、亭主にいいました。 「ほんとうにおまえのいう通りなら、ほしいだけラプンツェルをとらせてやろう。そのかわり、ひとつだけ条件がある。おかみさんが子どもを生んだら、その子をわしにくれなければいけない。その子をしあわせにしてやろう。わしが母親のようにめんどうをみてやるよ。」 亭主はこわくてたまらないものですから、なにもかも承知してしまいました。 やがて、おかみさんが子どもを生んだら、魔法使いのおばあさんはさっそくやってきて、その子にラプンツェルという名まえをつけて、いっしょにつれていってしまいました。
おかみさんはうちの裏の庭のラプンツェルを食べたらどうなりましたか。
つぎの日になると、おかみさんはこんどは、まえの日の三倍もそれがほしくてたまらなくなってしまいました。
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国語
とつぜん、 「ぬすとだッ。」 「ぬすとだッ。」 「そら、やっちまえッ。」 という、おおぜいの子供の声がしました。子供の声でも、こういうことを聞いては、盗人としてびっくりしないわけにはいかないので、かしらはひょこんと跳びあがりました。そして、川にとびこんで向こう岸へ逃げようか、藪の中にもぐりこんで、姿をくらまそうか、と、とっさのあいだに考えたのであります。 しかし子供達は、縄切れや、おもちゃの十手をふりまわしながら、あちらへ走っていきました。子供達は盗人ごっこをしていたのでした。 「なんだ、子供達の遊びごとか。」 とかしらは張り合いがぬけていいました。 「遊びごとにしても、盗人ごっことはよくない遊びだ。いまどきの子供はろくなことをしなくなった。あれじゃ、さきが思いやられる。」 じぶんが盗人のくせに、かしらはそんなひとりごとをいいながら、また草の中にねころがろうとしたのでありました。そのときうしろから、 「おじさん。」 と声をかけられました。ふりかえって見ると、七歳くらいの、かわいらしい男の子が牛の仔をつれて立っていました。顔だちの品のいいところや、手足の白いところを見ると、百姓の子供とは思われません。旦那衆の坊っちゃんが、下男について野あそびに来て、下男にせがんで仔牛を持たせてもらったのかも知れません。だがおかしいのは、遠くへでもいく人のように、白い小さい足に、小さい草鞋をはいていることでした。 「この牛、持っていてね。」 かしらが何もいわないさきに、子供はそういって、ついとそばに来て、赤い手綱をかしらの手にあずけました。 かしらはそこで、何かいおうとして口をもぐもぐやりましたが、まだいい出さないうちに子供は、あちらの子供たちのあとを追って走っていってしまいました。あの子供たちの仲間になるために、この草鞋をはいた子供はあとをも見ずにいってしまいました。 ぼけんとしているあいだに牛の仔を持たされてしまったかしらは、くッくッと笑いながら牛の仔を見ました。 たいてい牛の仔というものは、そこらをぴょんぴょんはねまわって、持っているのがやっかいなものですが、この牛の仔はまたたいそうおとなしく、ぬれたうるんだ大きな眼をしばたたきながら、かしらのそばに無心に立っているのでした。 「くッくッくッ。」 とかしらは、笑いが腹の中からこみあげてくるのが、とまりませんでした。
かしらがぼけんとしているあいだに持たされてしまった動物は、どんな様子でしたか。
かしらがぼけんとしているあいだに持たされてしまった動物は、たいそうおとなしく、ぬれたうるんだ大きな眼をしばたたきながら、かしらのそばに無心に立っていました。
JCRRAG_014320
国語
グラムダルクリッチと私には馬車が許されたので、これに乗って、市内見物に出たり、店屋に行ったものです。私はいつも箱のままつれて行かれるのですが、街の家々や人々がよく見えるように、彼女はたびたび、私を取り出して手の上に乗せてくれました。ある日、たまたび馬車をある店先に停めると、それを見て乞食の群が、一せいに馬車の両側に集って来ました。これは実にものすごい光景でした。男は十人、女は十二人はいました。だが何よりたまらなかったのは、彼らの着物を這いまわっている虱でした。それがちょうど、あのヨーロッパの虱を顕微鏡で見るときよりも、もっとはっきり肉眼で見えます。そして、あの豚のように嗅ぎまわっている鼻など、こんなものを見るのは、はじめてでした。 いつも私を入れて歩いていた箱のほかに、王妃は、旅行用として、小さい箱を一つ作らせてくれました。今までのは、グラムダルクリッチの膝には少し大き過ぎたし、馬車で持ち運ぶにも少しかさばり過ぎたからです。この旅行用の箱は、正方形で、三方の壁に一つずつ窓があり、どの窓にも外側から鉄の針金の格子がはめてあります。一方の壁には窓がなくて、二本の丈夫な留め金がついています。私が馬車で行くときには、乗手がこれに革帯を通して、しっかり腰に結びつけるのです。 こんなふうにして、私は国王の行列に加わったり、宮廷の貴婦人や大臣を訪問したりしました。というのも、両陛下のおかげで、私は急に大官たちの間で有名になってきたからです。旅行中もし馬車にあきると、召使が彼の前の蒲団の上に箱を置いてくれます。そこで、私は三つの窓から外の景色を眺めるのでした。この箱には、椅子が二つ、テーブルが一つ、コップが三つありました。 私は長い間、航海に馴れていたので、馬車が揺れるのも、わりに平気でした。
乞食の群の中で、人数が多いほうの性別を教えてください。
乞食の群の中で、人数が多いほうの性別は女で十二人です。
JCRRAG_014321
国語
一寸法師は十六才になりました。ある日一寸法師は、おとうさんとおかあさんの前へ出て、 「どうかわたくしにお暇をください。」 といいました。おとうさんはびっくりして、 「なぜそんなことをいうのだ。」 と聞きました。一寸法師はとくいらしい顔をして、 「これから京都へ上ろうと思います。」 といいました。 「京都へ上ってどうするつもりだ。」 「京都は天子さまのいらっしゃる日本一の都ですし、おもしろいしごとがたくさんあります。わたくしはそこへ行って、運だめしをしてみようと思います。」 そう聞くとおとうさんはうなずいて、 「よしよし、それなら行っておいで。」 と許してくださいました。 一寸法師は大へんよろこんで、さっそく旅の支度にかかりました。まずおかあさんにぬい針を一本頂いて、麦わらで柄とさやをこしらえて、刀にして腰にさしました。それから新しいおわんのお舟に、新しいおはしのかいを添えて、住吉の浜から舟出をしました。おとうさんとおかあさんは浜べまで見送りに立って下さいました。 「おとうさん、おかあさん、では行ってまいります。」 と一寸法師がいって、舟をこぎ出しますと、おとうさんとおかあさんは、 「どうか達者で、出世をしておくれ。」 といいました。 「ええ、きっと出世をいたします。」 と、一寸法師はこたえました。 おわんの舟は毎日少しずつ淀川を上って行きました。しかし舟が小さいので、少し風が強く吹いたり、雨が降って水かさが増したりすると、舟はたびたびひっくり返りそうになりました。そういうときには、しかたがないので、石垣の間や、橋ぐいの陰に舟を止めて休みました。 こんな風にして、一月もかかって、やっとのことで、京都に近い鳥羽というところに着きました。鳥羽で舟から岸に上がると、もうすぐそこは京都の町でした。五条、四条、三条と、にぎやかな町がつづいて、ひっきりなしに馬や車が通って、おびただしい人が出ていました。 「なるほど京都は日本一の都だけあって、にぎやかなものだなあ。」 と、一寸法師は往来の人の下駄の歯をよけて歩きながら、しきりに感心していました。 三条まで来ると、たくさんりっぱなお屋敷が立ち並んだ中に、いちばん目にたってりっぱな門構えのお屋敷がありました。一寸法師は、 「なんでも出世をするには、まずだれかえらい人の家来になって、それからだんだんにし上げなければならない。これこそいちばんえらい人のお屋敷にちがいない。」 と思って、のこのこ門の中に入っていきました。広い砂利道をさんざん歩いて、大きな玄関の前に立ちました。なるほどここは三条の宰相殿といって、羽ぶりのいい大臣のお屋敷でした。 そのとき一寸法師は、ありったけの大きな声こえで、 「ごめん下さい。」 とどなりました。でも聞こえないとみえて、だれも出てくるものがないので、こんどはいっそう大きな声を出して、 「ごめん下さい。」 とどなりました。 さらに一寸法師が、 「ごめん下さい。」 とどなった時、ちょうどどこかへおでましになるつもりで、玄関までおいでになった宰相殿が、その声を聞きつけて、出てごらんになりました。しかしだれも玄関にはいませんでした。ふしぎに思ってそこらを見回してみると、靴ぬぎにそろえてある足駄の陰に、豆粒のような男が一人、反り身になってつっ立っていました。宰相殿はびっくりして、 「お前か、今呼んだのは。」 「はい、わたくしでございます。」 「お前は何者だ。」 「難波からまいりました一寸法師でございます。」 「なるほど一寸法師にちがいない。それでわたしの屋敷に来たのは何の用だ。」 「わたくしは出世がしたいと思って、京都へわざわざ上ってまいりました。どうぞ一生懸命働きますから、お屋敷でお使いなさって下さいまし。」 一寸法師はこういって、ぴょこんとおじぎをしました。宰相殿は笑いながら、 「おもしろい小僧だ。よしよし使ってやろう。」 とおっしゃって、そのままお屋敷に置いておやりになりました。
一寸法師が旅の支度で用意した物の数を教えてください。
一寸法師が旅の支度で用意した物の数は4で、 「ぬい針」 「麦わらでこしらえた柄とさや」 「新しいおわんのお舟」 「新しいおはしのかい」 です。
JCRRAG_014322
国語
家来たちは、若者をつれだしはしましたが、いざ殺すとなると、かわいそうで、とてもそんなことはできません。で、そのまま、若者をにがしてやりました。そのかわり、家来たちは子ジカの舌、子ジカの目を切りとって、それをむすこを殺した証拠の品として、伯爵のところへもってかえりました。 そこで、若者は旅にでかけました。しばらくして、とあるお城のまえにきましたので、ひと晩の宿をたのみました。 「よろしい。」 と、そのお城の城主がいいました。 「あの下の古い塔のなかで、夜をあかすつもりがあるなら、あそこへいきなさい。だが、そのまえに注意しておくが、命はないものと思いなさい。というのは、あの塔のなかには、山犬がいっぱいいて、ひっきりなしにほえたり、うなったりしているのだ。しかも、きまった時間ごとに、人間をひとりずつあのなかにいれてやらねばならんのだが、それをあの犬どもはたちまちくいつくしてしまうのだ。」 じつは、そのためにこの国がこまりきって、かなしみにしずんでいたのですが、だれにもどうすることもできなかったのです。ところが、若者はすこしもおそれるようすもなく、こういいました。 「まあ、わたしをそのほえくるっている犬のところへやってください。それから、なにか犬にやるものをください。だいじょうぶ、わたしに害をくわえるようなことはさせません。」 若者がどうしてもじぶんでいくといいはりますので、お城の人たちは山犬にやる食べものをいくらかわたして、それから若者を下の塔へつれていきました。 若者がなかへはいっていくと、犬どもはほえつくどころか、いかにもうれしそうにしっぽをふりながら、まわりによってきて、若者のなげてやるものを食べました。こうして、若者にはなんの害もくわえませんでした。 あくる朝、若者がかすり傷ひとつうけずに、元気なすがたをあらわしたときには、だれもかれもびっくりしました。若者は城主にむかっていいました。 「あの犬どもは、どうしてここに巣くって、この国に害をなしているのか、犬のことばでわたくしに話してくれました。じつは、あの犬どもは魔法をかけられておりまして、あの塔のなかにあるたくさんの宝ものの番をしていなければならないのです。そして、その宝ものがとりだされるまでは、いっときもやすむことができないのです。なお、どうしたら、その宝ものがとりだせるかということも、犬どもの話からききとってまいりました。」 これをきいた人たちは、みんな大いによろこびました。城主は、若者がこのことをうまくやりとげたら、じぶんのむすこにしようといいました。 若者はもういちど塔におりていきました。そして、どうしたらいいかちゃんとこころえていましたので、そのとおりにやって、黄金のいっぱいつまっている長持ちをはこびだしました。 それからというもの、犬のほえ声はまるできこえなくなりました。それどころか、犬はみんなどこかへいってしまって、こうしてこの国の難儀がすくわれたのです。 それからしばらくたったとき、若者は、ふと、ローマへいってみたくなりました。そのとちゅう、とある沼のほとりをとおりかかりますと、沼のなかでたくさんのカエルがガアガアないていました。若者は耳をすまして、カエルたちのしゃべっていることをきいているうちに、すっかりゆううつになって、かなしくなってきました。 ようやく若者はローマにつきましたが、ちょうどそのときは、法王がなくなって、法王の相談役の人たちは、だれをその後継のあとつぎにしたらよいか、たいへんまよっているところでした。みんなはいろいろまよったすえ、けっきょく、神さまの奇跡のあらわれた人を法王にえらぼうということに、意見がまとまりました。 ところが、ちょうどそういうことにきまったとき、伯爵のむすこが教会にはいってきたのです。と、とつぜん、どこからともなく、雪のように白いハトがとんできて若者の両方の肩にとまりました。坊さんたちはこれを見て、これこそ神さまのおつげだと思いましたので、すぐその場で若者にむかって、法王になってくれる気はないか、と、たずねました。 若者は、そんなりっぱな位につく値うちがじぶんにあるかどうかわかりませんので、しばらくためらってしまいましたが、ハトがしきりにすすめてくれるものですから、とうとう、 「承知しました。」 と、もうしました。 そこで、若者は聖油をぬってきよめられ、坊さんになる式をうけました。ここへくるとちゅう、カエルたちが、この人はやがて法王になるといっているのをきいたとき、若者はびっくりしましたが、こうしてとうとう、それがほんとうになってしまったのです。 若者は、ミサをおこなわなければなりませんでしたが、もちろん、そのやりかたはなんにも知りません。けれども、ハトがいつも両肩の上にとまっていて、なにからなにまで若者の耳にささやいてくれました。
山犬の群れに人間が行ったときと、若者が行った時の違いを教えてください。
若者は旅にでかけた先で、とあるお城のまえにきましたので、ひと晩の宿をたのみました。 城主は塔の中に入れと言いましたが、塔には山犬がいっぱいいて、きまった時間ごとに人間をひとりずつ塔にいれていて、たちまち山犬どもは人間をくいつくしてしまい、そのためにこの国はこまりきっていました。 若者はすこしもおそれるようすもなく、犬にやるものをくれとだけ言いました。そして若者が食べ物をもって塔のなかへはいっていくと、犬どもはほえつくどころか、いかにもうれしそうにしっぽをふりながら、まわりによってきて、若者のなげてやるものを食べました。こうして、若者にはなんの害もくわえませんでした。
JCRRAG_014323
国語
十日ほどたって、ごんが、弥助というお百姓の家の裏を通りかかりますと、 そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内が、おはぐろをつけていました。 鍛冶屋の新兵衛の家のうらを通ると、新兵衛の家内が髪をすいていました。 ごんは、 「ふふん、村に何かあるんだな」と、思いました。 「何なんだろう、秋祭かな。祭なら、太鼓や笛の音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりが立つはずだが」 こんなことを考えながらやって来ると、いつの間にか、表に赤い井戸のある、兵十の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、大勢の人があつまっていました。よそいきの着物を着て、腰に手拭いをさげたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きな鍋の中では、何かぐずぐず煮えていました。 「ああ、葬式だ」と、ごんは思いました。 「兵十の家のだれが死んだんだろう」 おひるがすぎると、ごんは、村の墓地へ行って、六地蔵さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根瓦が光っています。墓地には、ひがん花が、赤い布きれのようにさきつづけていました。と、村の方から、カーン、カーン、と、鐘が鳴って来ました。葬式の出る合図です。 やがて、白い着物を着た葬列のものたちがやって来るのがちらちら見えはじめました。声も近くなりました。葬列は墓地へはいって来ました。人々が通ったあとには、ひがん花が、ふみおられていました。 ごんはのびあがって見ました。兵十が、白いかみしもをつけて、位牌をささげています。いつもは、赤いさつま芋みたいな元気のいい顔が、きょうは何だかしおれていました。 「ははん、死んだのは兵十のおっ母だ」 ごんはそう思いながら、頭をひっこめました。 その晩、ごんは、穴の中で考えました。 「兵十のおっ母は、床についていて、うなぎが食べたいと言ったにちがいない。それで兵十がはりきり網をもち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、うなぎをとって来てしまった。だから兵十は、おっ母にうなぎを食べさせることができなかった。そのままおっ母は、死んじゃったにちがいない。ああ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいとおもいながら、死んだんだろう。ちょッ、あんないたずらをしなけりゃよかった。」
ごんが兵十の家で葬式が始まると思ったのはなぜですか。
兵十が白いかみしもをつけて位牌をささげてるから。
JCRRAG_014324
国語
「これで弟子たちに自慢ができるて。きさまたちが馬鹿づらさげて、村の中をあるいているあいだに、わしはもう牛の仔をいっぴき盗んだ、といって。」 そしてまた、くッくッくッと笑いました。あんまり笑ったので、こんどは涙が出て来ました。 「ああ、おかしい。あんまり笑ったんで涙が出て来やがった。」 ところが、その涙が、流れて流れてとまらないのでありました。 「いや、はや、これはどうしたことだい、わしが涙を流すなんて、これじゃ、まるで泣いてるのと同じじゃないか。」 そうです。ほんとうに、盗人のかしらは泣いていたのであります。――かしらは嬉しかったのです。じぶんは今まで、人から冷たい眼でばかり見られて来ました。じぶんが通ると、人々はそら変なやつが来たといわんばかりに、窓をしめたり、すだれをおろしたりしました。じぶんが声をかけると、笑いながら話しあっていた人たちも、きゅうに仕事のことを思い出したように向こうをむいてしまうのでありました。池の面にうかんでいる鯉でさえも、じぶんが岸に立つと、がばッと体をひるがえしてしずんでいくのでありました。あるとき猿廻しの背中に負われている猿に、柿の実をくれてやったら、一口もたべずに地べたにすててしまいました。みんながじぶんを嫌っていたのです。みんながじぶんを信用してはくれなかったのです。ところが、この草鞋をはいた子供は、盗人であるじぶんに牛の仔をあずけてくれました。じぶんをいい人間であると思ってくれたのでした。またこの仔牛も、じぶんをちっともいやがらず、おとなしくしております。じぶんが母牛ででもあるかのように、そばにすりよっています。子供も仔牛も、じぶんを信用しているのです。こんなことは、盗人のじぶんには、はじめてのことであります。人に信用されるというのは、何といううれしいことでありましょう。…… そこで、かしらはいま、美しい心になっているのでありました。子供のころにはそういう心になったことがありましたが、あれから長い間、わるい汚い心でずっといたのです。久しぶりでかしらは美しい心になりました。これはちょうど、垢まみれの汚い着物を、きゅうに晴れ着にきせかえられたように、奇妙なぐあいでありました。 ――かしらの眼から涙が流れてとまらないのはそういうわけなのでした。 やがて夕方になりました。松蝉は鳴きやみました。村からは白い夕もやがひっそりと流れだして、野の上にひろがっていきました。子供たちは遠くへいき、「もういいかい。」「まあだだよ。」という声が、ほかのもの音とまじりあって、ききわけにくくなりました。 かしらは、もうあの子供が帰って来るじぶんだと思って待っていました。あの子供が来たら、「おいしょ。」と、盗人と思われぬよう、こころよく仔牛をかえしてやろう、と考えていました。 だが、子供たちの声は、村の中へ消えていってしまいました。草鞋の子供は帰って来ませんでした。村の上にかかっていた月が、かがみ職人の磨いたばかりの鏡のように、ひかりはじめました。あちらの森でふくろうが、二声ずつくぎって鳴きはじめました。 仔牛はお腹がすいて来たのか、からだをかしらにすりよせました。 「だって、しようがねえよ。わしからは乳は出ねえよ。」 そういってかしらは、仔牛のぶちの背中をなでていました。まだ眼から涙が出ていました。 そこへ四人の弟子がいっしょに帰って来ました。
なぜかしらは、美しい心になっていると感じたのか。
長い間悪い心で生きてきたが、人に信頼されたことで久しぶりに善意を感じたから。
JCRRAG_014325
国語
その大陸は、飛島の国王に属していて、バルニバービといわれています。首府はラガードと呼ばれています。 私は地上におろされて、とにかく満足でした。服装は飛島のと同じだし、彼等の言葉も、私はよくわかっていたので、何の気がかりもなく、町の方へ歩いて行きました。私は飛島の人から紹介状をもらっていましたので、それを持って、ある偉い貴族の家を訪ねて行きました。すると、その貴族は、彼のやしきの一室を、私に貸してくれて、非常に厚くもてなしてくれました。 翌朝、彼は、私を馬車に乗せて、市内見物につれて行ってくれました。街はロンドンの半分くらいですが、家の建て方が、ひどく奇妙で、そして、ほとんど荒れ放題になっているのです。街を通る人は、みな急ぎ足で、妙にもの凄い顔つきで、大概ボロボロの服を着ています。 男が四人、女が二人の六人の集団が道をふさぐように横一列で歩いている時は驚きました。 それから私たちは、城門を出て、三マイルばかり郊外を歩いてみました。そこでは、たくさんの農夫が、いろいろの道具で地面を掘り返していましたが、どうも、何をしているのやら、さっぱり、わからないのです。 三人の農夫が三本の鍬を持って土を起こしたり、少し離れた所では四人の農夫が四本の鎌をもって草を切ったりしています。 見る限り土はよく肥えているのに、穀物など一向に生えそうな様子はありません。
横一列で歩いている六人の集団のうち、数が少ないほうの性別を教えてください。
横一列で歩いている六人の集団のうち、数が少ないほうの性別は女で二人です。
JCRRAG_014326
国語
一寸法師は十六才になりました。ある日一寸法師は、おとうさんとおかあさんの前へ出て、 「どうかわたくしにお暇をください。」 といいました。おとうさんはびっくりして、 「なぜそんなことをいうのだ。」 と聞きました。一寸法師はとくいらしい顔をして、 「これから京都へ上ろうと思います。」 といいました。 「京都へ上ってどうするつもりだ。」 「京都は天子さまのいらっしゃる日本一の都ですし、おもしろいしごとがたくさんあります。わたくしはそこへ行って、運だめしをしてみようと思います。」 そう聞くとおとうさんはうなずいて、 「よしよし、それなら行っておいで。」 と許してくださいました。 一寸法師は大へんよろこんで、さっそく旅の支度にかかりました。まずおかあさんにぬい針を一本頂いて、麦わらで柄とさやをこしらえて、刀にして腰にさしました。それから新しいおわんのお舟に、新しいおはしのかいを添えて、住吉の浜から舟出をしました。おとうさんとおかあさんは浜べまで見送りに立って下さいました。 「おとうさん、おかあさん、では行ってまいります。」 と一寸法師がいって、舟をこぎ出しますと、おとうさんとおかあさんは、 「どうか達者で、出世をしておくれ。」 といいました。 「ええ、きっと出世をいたします。」 と、一寸法師はこたえました。 おわんの舟は毎日少しずつ淀川を上って行きました。しかし舟が小さいので、少し風が強く吹いたり、雨が降って水かさが増したりすると、舟はたびたびひっくり返りそうになりました。そういうときには、しかたがないので、石垣の間や、橋ぐいの陰に舟を止めて休みました。 こんな風にして、一月もかかって、やっとのことで、京都に近い鳥羽というところに着きました。鳥羽で舟から岸に上がると、もうすぐそこは京都の町でした。五条、四条、三条と、にぎやかな町がつづいて、ひっきりなしに馬や車が通って、おびただしい人が出ていました。 「なるほど京都は日本一の都だけあって、にぎやかなものだなあ。」 と、一寸法師は往来の人の下駄の歯をよけて歩きながら、しきりに感心していました。 三条まで来ると、たくさんりっぱなお屋敷が立ち並んだ中に、いちばん目にたってりっぱな門構えのお屋敷がありました。一寸法師は、 「なんでも出世をするには、まずだれかえらい人の家来になって、それからだんだんにし上げなければならない。これこそいちばんえらい人のお屋敷にちがいない。」 と思って、のこのこ門の中に入っていきました。広い砂利道をさんざん歩いて、大きな玄関の前に立ちました。なるほどここは三条の宰相殿といって、羽ぶりのいい大臣のお屋敷でした。 そのとき一寸法師は、ありったけの大きな声こえで、 「ごめん下さい。」 とどなりました。でも聞こえないとみえて、だれも出てくるものがないので、こんどはいっそう大きな声を出して、 「ごめん下さい。」 とどなりました。 さらに一寸法師が、 「ごめん下さい。」 とどなった時、ちょうどどこかへおでましになるつもりで、玄関までおいでになった宰相殿が、その声を聞きつけて、出てごらんになりました。しかしだれも玄関にはいませんでした。ふしぎに思ってそこらを見回してみると、靴ぬぎにそろえてある足駄の陰に、豆粒のような男が一人、反り身になってつっ立っていました。宰相殿はびっくりして、 「お前か、今呼んだのは。」 「はい、わたくしでございます。」 「お前は何者だ。」 「難波からまいりました一寸法師でございます。」 「なるほど一寸法師にちがいない。それでわたしの屋敷に来たのは何の用だ。」 「わたくしは出世がしたいと思って、京都へわざわざ上ってまいりました。どうぞ一生懸命働きますから、お屋敷でお使いなさって下さいまし。」 一寸法師はこういって、ぴょこんとおじぎをしました。宰相殿は笑いながら、 「おもしろい小僧だ。よしよし使ってやろう。」 とおっしゃって、そのままお屋敷に置いておやりになりました。
強風や雨による水かさ増量の際、おわんの舟がたびたびひっくり返りそうになりましたが、どのような類の場所に舟を止めて休んだか、挙げられている例の数を教えてください。
おわんの舟がたびたびひっくり返りそうになった際、休んだ場所として挙げられている例の数は2で、「石垣の間」、「橋ぐいの陰」です。
JCRRAG_014327
国語
けれども、女の子は、まい日まい日、そのことばかり気にして、なんとかしてにいさんたちをたすけだして、もういちど、もとのようなすがたにしてあげなければならない、と思っていました。 女の子は、もうじっとしていられなくなりました。だれにも気づかれないように、こっそりと家をぬけだして、ひろい世のなかへでていきました。にいさんたちを見つけだして、たとえどんなことをしてでも、自由にしてあげようというつもりなのです。 女の子は、ほんのわずかのものしかもっていきませんでした。おとうさんとおかあさんの思い出に小さな指輪をひとつ、それから、おなかがへったときのためにパンをひとかたまり、のどがかわいたときのために小さいつぼに水を一ぱい、それに、くたびれたときの用意にかわいい椅子をひとつ、と、これだけしかもっていかなかったのです。 さて、女の子は、どこまでもどこまでも、歩いていきました。とうとう、世界のはてまできてしまいました。 そこで、お日さまのところへいきましたが、お日さまはとってもあついし、それに、こわくてたまりません。だって、小さな子どもを、がつがつ食べてしまうんですもの。 女の子は、あわててそこをにげだして、お月さまのところへかけていきました。ところが、お月さまはつめたすぎて、ざんこくで、おまけに、いじわるでした。 お月さまはこの子に気がつきますと、 「人間の肉くさいぞ、人間の肉くさいぞ。」 と、いいました。 それで、女の子はここをもいそいでにげだして、お星さまたちのところへいきました。お星さまたちは、しんせつで、やさしくしてくれました。そして、めいめいがとくべつのいすにこしかけていました。明けの明星が立ちあがって、女の子にひよこの足を一本くれました。そして、こういいました。 「この足をもっていないと、ガラス山の門をあけることができないよ。きみのにいさんたちは、そのガラス山にいるんだよ。」 女の子はその足をもらって、だいじに布につつみました。それから、また長いこと歩いていきました。 やがて、ガラス山につきました。門にはかぎがかかっていました。そこで、女の子は足をとりだそうと思って、布をあけてみました。ところが、なかはからっぽです。女の子は、しんせつなお星さまたちからもらったものをなくしてしまったのです。さあ、どうしたらいいでしょう。にいさんたちをたすけてあげたいのですが、ガラス山の門をあけるかぎがありません。 心のやさしい妹は、小刀こがたなをとりだして、じぶんのかわいい指を切りおとしました。そして、それを門のなかにさしこんで、うまくあけました。門のなかにはいりますと、ひとりの小人がでてきて、いいました。
女の子の前に現れた、お日様とお月様の違いを教えてください。
女の子は、どこまでもどこまでも、歩いていきました。とうとう、世界のはてまできてしまいました。そこで、お日さまのところへいきましたが、お日さまはとってもあついし、それに、こわくてたまりません。だって、小さな子どもを、がつがつ食べてしまうんですもの。 そして女の子は、あわててそこをにげだして、お月さまのところへかけていきました。ところが、お月さまはつめたすぎて、ざんこくで、おまけに、いじわるでした。お月さまは女の子に気がつきますと、「人間の肉くさいぞ、人間の肉くさいぞ。」と、いうほどでした。
JCRRAG_014328
国語
「かしら、ただいま戻りました。おや、この仔牛はどうしたのですか。ははア、やっぱりかしらはただの盗人じゃない。おれたちが村を探りにいっていたあいだに、もうひと仕事しちゃったのだね。」 釜右衛門が仔牛を見ていいました。かしらは涙にぬれた顔を見られまいとして横をむいたまま、 「うむ、そういってきさまたちに自慢しようと思っていたんだが、じつはそうじゃねえのだ。これにはわけがあるのだ。」 といいました。 「おや、かしら、涙……じゃございませんか。」 と海老之丞が声を落としてききました。 「この、涙てものは、出はじめると出るもんだな。」 といって、かしらは袖で眼をこすりました。 「かしら、喜んで下せえ、こんどこそは、おれたち四人、しっかり盗人根性になって探って参りました。釜右衛門は金の茶釜のある家を五軒見とどけますし、海老之丞は、五つの土蔵の錠をよくしらべて、曲がった釘一本であけられることをたしかめますし、大工のあッしは、この鋸で難なく切れる家尻を五つ見て来ましたし、角兵衛は角兵衛でまた、足駄ばきで跳び越えられる塀を五つ見て来ました。かしら、おれたちはほめて頂きとうございます。」 と鉋太郎が意気ごんでいいました。しかしかしらは、それに答えないで、 「わしはこの仔牛をあずけられたのだ。ところが、いまだに、取りに来ないので弱っているところだ。すまねえが、おまえら、手わけして、預けていった子供を探してくれねえか。」 「かしら、あずかった仔牛をかえすのですか。」 と釜右衛門が、のみこめないような顔でいいました。 「そうだ。」 「盗人でもそんなことをするのでごぜえますか。」 「それにはわけがあるのだ。これだけはかえすのだ。」 「かしら、もっとしっかり盗人根性になって下せえよ。」 と鉋太郎がいいました。 かしらは苦笑いしながら、弟子たちにわけをこまかく話してきかせました。わけをきいて見れば、みんなにはかしらの心持ちがよくわかりました。 そこで弟子たちは、こんどは子供をさがしにいくことになりました。 「草鞋をはいた、かわいらしい、七つぐれえの男坊主なんですね。」 とねんをおして、四人の弟子は散っていきました。かしらも、もうじっとしておれなくて、仔牛をひきながら、さがしにいきました。 月のあかりに、野茨とうつぎの白い花がほのかに見えている村の夜を、五人の大人の盗人が、一匹の仔牛をひきながら、子供をさがして歩いていくのでありました。 かくれんぼのつづきで、まだあの子供がどこかにかくれているかも知れないというので、盗人たちは、みみずの鳴いている辻堂の縁の下や柿の木の上や、物置の中や、いい匂いのする蜜柑の木のかげを探してみたのでした。人にきいてもみたのでした。 しかし、ついにあの子供は見あたりませんでした。百姓達は提燈に火を入れて来て、仔牛をてらして見たのですが、こんな仔牛はこの辺りでは見たことがないというのでした。 「かしら、こりゃ夜っぴて探してもむだらしい、もう止しましょう。」 と海老之丞がくたびれたように、道ばたの石に腰をおろしていいました。 「いや、どうしても探し出して、あの子供にかえしたいのだ。」 とかしらはききませんでした。 「もう、てだてがありませんよ。ただひとつ残っているてだては、村役人のところへ訴えることだが、かしらもまさかあそこへは行きたくないでしょう。」 と釜右衛門がいいました。村役人というのは、いまでいえば駐在巡査のようなものであります。 「うむ、そうか。」 とかしらは考えこみました。そしてしばらく仔牛の頭をなでていましたが、やがて、 「じゃ、そこへ行こう。」 といいました。そしてもう歩きだしました。弟子たちはびっくりしましたが、ついていくよりしかたがありませんでした。
「おや、かしら、涙……じゃございませんか。」と声を落としてきいた人物は、どこの錠をよくしらべましたか。
「おや、かしら、涙……じゃございませんか。」と声を落としてきいた人物は、五つの土蔵の錠をよくしらべました。
JCRRAG_014329
国語
ちょうど、車が停まったところに、この国で一番大きい神社がありました。ここは前に、何か不吉なことがあったので、今では祭壇も取り除かれて、中はすっかり空っぽになっていました。この建物の中に、この私を入れることになったのです。北に向いた門の高さが四フィート、幅は二フィート、ここから、私は入り込むことができます。私の左足は、錠前でとめられ、左側の窓のところに、鎖でつながれました。 この神社の向側に見える塔の上から、皇帝は臣下と一緒に、この私を御見物になりました。なんでも、その日、私を見物するために、十万人以上の人出があったということです。それに、番人がいても、梯子をつたって、この私の身体にのぼった連中が、男は六千人、女は四千人ぐらいはいました。が、これは間もなく禁止され、犯したものは死刑にされることになりました。 もう私が逃げ出せないことがわかったので、職人たちは、私の身体にまきついている紐を切ってくれました。それで、はじめて私は立ち上がってみたのですが、いや、なんともいえないいやな気持ちでした。 ところで、私が立ち上がって歩きだしたのを、はじめて見た人々の驚きといったら、これまた、大変なものでした。足をつないでいる鎖は、約二ヤードしかなかったので、半円を描いて往復することができました。 立ち上がって、私はあたりを見まわしましたが、実に面白い景色でした。付近の土地は庭園がつづいているようで、垣をめぐらした畑は花壇を並べたようです。その畑のところどころに、森がまざっていますが、低い木で一フィート、一番高い木でまず七フィートぐらいです。街は左手に見えていましたが、それはちょうど、芝居の町そっくりでした。
梯子をつたって、この私の身体にのぼった人たちの中で数が少ない方の性別を教えてください。
梯子をつたって、この私の身体にのぼった人たちの中で数が少ない方の性別は女で四千人です。
JCRRAG_014330
国語
一寸法師は十六才になりました。ある日一寸法師は、おとうさんとおかあさんの前へ出て、 「どうかわたくしにお暇をください。」 といいました。おとうさんはびっくりして、 「なぜそんなことをいうのだ。」 と聞きました。一寸法師はとくいらしい顔をして、 「これから京都へ上ろうと思います。」 といいました。 「京都へ上ってどうするつもりだ。」 「京都は天子さまのいらっしゃる日本一の都ですし、おもしろいしごとがたくさんあります。わたくしはそこへ行って、運だめしをしてみようと思います。」 そう聞くとおとうさんはうなずいて、 「よしよし、それなら行っておいで。」 と許してくださいました。 一寸法師は大へんよろこんで、さっそく旅の支度にかかりました。まずおかあさんにぬい針を一本頂いて、麦わらで柄とさやをこしらえて、刀にして腰にさしました。それから新しいおわんのお舟に、新しいおはしのかいを添えて、住吉の浜から舟出をしました。おとうさんとおかあさんは浜べまで見送りに立って下さいました。 「おとうさん、おかあさん、では行ってまいります。」 と一寸法師がいって、舟をこぎ出しますと、おとうさんとおかあさんは、 「どうか達者で、出世をしておくれ。」 といいました。 「ええ、きっと出世をいたします。」 と、一寸法師はこたえました。 おわんの舟は毎日少しずつ淀川を上って行きました。しかし舟が小さいので、少し風が強く吹いたり、雨が降って水かさが増したりすると、舟はたびたびひっくり返りそうになりました。そういうときには、しかたがないので、石垣の間や、橋ぐいの陰に舟を止めて休みました。 こんな風にして、一月もかかって、やっとのことで、京都に近い鳥羽というところに着きました。鳥羽で舟から岸に上がると、もうすぐそこは京都の町でした。五条、四条、三条と、にぎやかな町がつづいて、ひっきりなしに馬や車が通って、おびただしい人が出ていました。 「なるほど京都は日本一の都だけあって、にぎやかなものだなあ。」 と、一寸法師は往来の人の下駄の歯をよけて歩きながら、しきりに感心していました。 三条まで来ると、たくさんりっぱなお屋敷が立ち並んだ中に、いちばん目にたってりっぱな門構えのお屋敷がありました。一寸法師は、 「なんでも出世をするには、まずだれかえらい人の家来になって、それからだんだんにし上げなければならない。これこそいちばんえらい人のお屋敷にちがいない。」 と思って、のこのこ門の中に入っていきました。広い砂利道をさんざん歩いて、大きな玄関の前に立ちました。なるほどここは三条の宰相殿といって、羽ぶりのいい大臣のお屋敷でした。 そのとき一寸法師は、ありったけの大きな声こえで、 「ごめん下さい。」 とどなりました。でも聞こえないとみえて、だれも出てくるものがないので、こんどはいっそう大きな声を出して、 「ごめん下さい。」 とどなりました。 さらに一寸法師が、 「ごめん下さい。」 とどなった時、ちょうどどこかへおでましになるつもりで、玄関までおいでになった宰相殿が、その声を聞きつけて、出てごらんになりました。しかしだれも玄関にはいませんでした。ふしぎに思ってそこらを見回してみると、靴ぬぎにそろえてある足駄の陰に、豆粒のような男が一人、反り身になってつっ立っていました。宰相殿はびっくりして、 「お前か、今呼んだのは。」 「はい、わたくしでございます。」 「お前は何者だ。」 「難波からまいりました一寸法師でございます。」 「なるほど一寸法師にちがいない。それでわたしの屋敷に来たのは何の用だ。」 「わたくしは出世がしたいと思って、京都へわざわざ上ってまいりました。どうぞ一生懸命働きますから、お屋敷でお使いなさって下さいまし。」 一寸法師はこういって、ぴょこんとおじぎをしました。宰相殿は笑いながら、 「おもしろい小僧だ。よしよし使ってやろう。」 とおっしゃって、そのままお屋敷に置いておやりになりました。
京都の町でひっきりなしに通っている物の数を教えてください。
京都の町でひっきりなしに通っている物の数は2で、 「馬」 「車」 です。
JCRRAG_014331
国語
むかしむかし、あるところに、王さまとお妃さまがおりました。ふたりはたいそうなかよくくらしていました。十二人のお子さんがいましたが、みんなそろいもそろって男の子ばかりでした。 さて、あるとき、王さまとお妃さまに天からのお告げが来ました。 「こんど生まれる子どもが、もし女の子だったら、十二人の男の子はみんな殺してしまえ。そして、その女の子の財産がたくさんになって、この国がその子だけのものになるようにしてやるがよい。」 王さまは、そのお告げを聞いて、ほんとうに、十二のお棺までもこしらえさせました。そのなかには、すでにかんなくずもつめてあって、ひとつひとつに、死人のための小さなまくらまでもいれてありました。王さまはこれをひとつのへやにはこびこませて、かぎをかけました。そして、そのかぎをお妃さまにわたして、このことはだれにもいってはならぬ、といいわたしました。 お妃さまは、そのお告げを聞いてからというものは、一日じゅうすわったきりで、かなしみにしずんでおりました。ですから、いつもお妃さまのそばにばかりくっついているすえっ子の、ベンジャミンという子が、お妃さまにむかってたずねました。この子は、聖書から名をとってベンジャミンとよばれていたのです。 「おかあさま、どうしてそんなにかなしんでいらっしゃるの。」 「ぼうや、ぼうやにはそのわけを話してあげることができないのよ。」 と、お妃さまはいいました。 けれども、ベンジャミンはいつまでもうるさくせがみます。それで、とうとう、お妃さまは立っていってそのへやをあけ、もうかんなくずまでつまっている十二のお棺を見せてやりました。 「かわいいベンジャミン、このお棺はね、おまえのおとうさまが、おまえと十一人のおにいさまたちのためにこしらえさせたものなのよ。というのは、もしこんど、女の子が生まれれば、おまえたちはみんな殺されて、このなかにいれられて、ほうむられてしまうことになっているのよ。」 こう話しながら、お妃さまはさめざめと泣きました。すると、男の子はおかあさまをなぐさめて、いいました。 「泣かないでよ、おかあさま。ぼくたち、みんなでたすけあって、にげてしまうから。」 すると、お妃さまはいいました。 「十一人のおにいさまたちといっしょに、森へにげなさい。そして、森のなかでいちばん高い木を見つけて、だれかひとりがかならずそこにのぼって、見はりをしているようになさい。そうして、このお城の塔のほうをよく見ているんですよ。もしも男の子が生まれれば、白い旗をかかげますからね。そうしたら、みんなでかえっていらっしゃい。でも、もし女の子が生まれたら、赤い旗をかかげますよ。そしたら、できるだけはやくおにげなさい。ああ、どうか神さまがおまえたちをおまもりくださいますように。あたしはまい晩おきていて、おまえたちのためにおいのりをしていますよ。冬は、みんなが火にあたれるように、夏は、暑さにくるしまないようにね。」 こうして、お妃さまが子どもたちのためにおいのりをすませますと、みんなは森へでかけていきました。みんなはかわるがわる見はりにたち、いちばん高い木の上にすわって、塔のほうをながめていました。
天からのお告げを聞いた王さまとお妃さまの違いを教えてください。
あるとき、十二人のおとこの子がいる王さまとお妃さまに天からのお告げが来ました。「こんど生まれる子どもが、もし女の子だったら、十二人の男の子はみんな殺してしまえ。そして、その女の子の財産がたくさんになって、この国がその子だけのものになるようにしてやるがよい。」王さまは、そのお告げを聞いて、ほんとうに、十二のお棺までもこしらえさせました。 一方、お妃さまは、そのお告げを聞いてからというものは、一日じゅうすわったきりで、かなしみにしずんでおりました。
JCRRAG_014332
国語
たずねて村役人の家へいくと、あらわれたのは、鼻の先に落ちかかるように眼鏡をかけた老人でしたので、盗人たちはまず安心しました。これなら、いざというときに、つきとばして逃げてしまえばいいと思ったからであります。 かしらが、子供のことを話して、 「わしら、その子供を見失って困っております。」 といいました。 老人は五人の顔を見まわして、 「いっこう、このあたりで見受けぬ人ばかりだが、どちらから参った。」 とききました。 「わしら、江戸から西の方へいくものです。」 「まさか盗人ではあるまいの。」 「いや、とんでもない。わしらはみな旅の職人です。釜師や大工や錠前屋などです。」 とかしらはあわてていいました。 「うむ、いや、変なことをいってすまなかった。お前達は盗人ではない。盗人が物をかえすわけがないでの。盗人なら、物をあずかれば、これさいわいとくすねていってしまうはずだ。いや、せっかくよい心で、そうして届けに来たのを、変なことを申してすまなかった。いや、わしは役目がら、人を疑うくせになっているのじゃ。人を見さえすれば、こいつ、かたりじゃないか、すりじゃないかと思うようなわけさ。ま、わるく思わないでくれ。」 と老人はいいわけをしてあやまりました。そして、仔牛はあずかっておくことにして、下男に物置の方へつれていかせました。 「旅で、みなさんお疲れじゃろ、わしはいまいい酒をひとびん西の館の太郎どんからもらったので、月を見ながら縁側でやろうとしていたのじゃ。いいとこへみなさんこられた。ひとつつきあいなされ。」 ひとの善い老人はそういって、五人の盗人を縁側につれていきました。 そこで酒をのみはじめましたが、五人の盗人と一人の村役人はすっかり、くつろいで、十年もまえからの知り合いのように、ゆかいに笑ったり話したりしたのでありました。 するとまた、盗人のかしらはじぶんの眼が涙をこぼしていることに気がつきました。それを見た老人の役人は、 「おまえさんは泣き上戸と見える。わしは笑い上戸で、泣いている人を見るとよけい笑えて来る。どうか悪く思わんでくだされや、笑うから。」 といって、口をあけて笑うのでした。 「いや、この、涙というやつは、まことにとめどなく出るものだね。」 とかしらは、眼をしばたきながらいいました。 それから五人の盗人は、お礼をいって村役人の家を出ました。 門を出て、柿の木のそばまで来ると、何か思い出したように、かしらが立ちどまりました。 「かしら、何か忘れものでもしましたか。」 と鉋太郎がききました。 「うむ、忘れもんがある。おまえらも、いっしょにもういっぺん来い。」 といって、かしらは弟子をつれて、また役人の家にはいっていきました。 「御老人。」 とかしらは縁側に手をついていいました。 「何だね、しんみりと。泣き上戸のおくの手が出るかな。ははは。」 と老人は笑いました。 「わしらはじつは盗人です。わしがかしらでこれらは弟子です。」 それをきくと老人は眼をまるくしました。 「いや、びっくりなさるのはごもっともです。わしはこんなことを白状するつもりじゃありませんでした。しかし御老人が心のよいお方で、わしらをまっとうな人間のように信じていて下さるのを見ては、わしはもう御老人をあざむいていることができなくなりました。」 そういって盗人のかしらは今までして来たわるいことをみな白状してしまいました。そしておしまいに、 「だが、これらは、昨日わしの弟子になったばかりで、まだ何も悪いことはしておりません。お慈悲で、どうぞ、これらだけは許してやって下さい。」 といいました。 次の朝、花のき村から、釜師と錠前屋と大工と角兵衛獅子とが、それぞれべつの方へ出ていきました。四人はうつむきがちに、歩いていきました。かれらはかしらのことを考えていました。よいかしらであったと思っておりました。よいかしらだから、最後にかしらが「盗人にはもうけっしてなるな。」といったことばを、守らなければならないと思っておりました。 角兵衛は川のふちの草の中から笛を拾ってヒャラヒャラと鳴らしていきました。
かしらが弟子たちの罪を免除しようとしたのはなぜか。
弟子たちはまだ盗みを働いておらず、新しい道を歩ませたかったから。
JCRRAG_014333
国語
グラムダルクリッチと私には馬車が許されたので、これに乗って、市内見物に出たり、店屋に行ったものです。私はいつも箱のままつれて行かれるのですが、街の家々や人々がよく見えるように、彼女はたびたび、私を取り出して手の上に乗せてくれました。ある日、たまたび馬車をある店先に停めると、それを見て乞食の群が、一せいに馬車の両側に集って来ました。これは実にものすごい光景でした。男は十人、女は十二人はいました。だが何よりたまらなかったのは、彼らの着物を這いまわっている虱でした。それがちょうど、あのヨーロッパの虱を顕微鏡で見るときよりも、もっとはっきり肉眼で見えます。そして、あの豚のように嗅ぎまわっている鼻など、こんなものを見るのは、はじめてでした。 いつも私を入れて歩いていた箱のほかに、王妃は、旅行用として、小さい箱を一つ作らせてくれました。今までのは、グラムダルクリッチの膝には少し大き過ぎたし、馬車で持ち運ぶにも少しかさばり過ぎたからです。この旅行用の箱は、正方形で、三方の壁に一つずつ窓があり、どの窓にも外側から鉄の針金の格子がはめてあります。一方の壁には窓がなくて、二本の丈夫な留め金がついています。私が馬車で行くときには、乗手がこれに革帯を通して、しっかり腰に結びつけるのです。 こんなふうにして、私は国王の行列に加わったり、宮廷の貴婦人や大臣を訪問したりしました。というのも、両陛下のおかげで、私は急に大官たちの間で有名になってきたからです。旅行中もし馬車にあきると、召使が彼の前の蒲団の上に箱を置いてくれます。そこで、私は三つの窓から外の景色を眺めるのでした。この箱には、椅子が二つ、テーブルが一つ、コップが三つありました。 私は長い間、航海に馴れていたので、馬車が揺れるのも、わりに平気でした。
乞食の群の中で、人数が少ないほうの性別を教えてください。
乞食の群の中で、人数が少ないほうの性別は男で十人です。
JCRRAG_014334
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一寸法師は十六才になりました。ある日一寸法師は、おとうさんとおかあさんの前へ出て、 「どうかわたくしにお暇をください。」 といいました。おとうさんはびっくりして、 「なぜそんなことをいうのだ。」 と聞きました。一寸法師はとくいらしい顔をして、 「これから京都へ上ろうと思います。」 といいました。 「京都へ上ってどうするつもりだ。」 「京都は天子さまのいらっしゃる日本一の都ですし、おもしろいしごとがたくさんあります。わたくしはそこへ行って、運だめしをしてみようと思います。」 そう聞くとおとうさんはうなずいて、 「よしよし、それなら行っておいで。」 と許してくださいました。 一寸法師は大へんよろこんで、さっそく旅の支度にかかりました。まずおかあさんにぬい針を一本頂いて、麦わらで柄とさやをこしらえて、刀にして腰にさしました。それから新しいおわんのお舟に、新しいおはしのかいを添えて、住吉の浜から舟出をしました。おとうさんとおかあさんは浜べまで見送りに立って下さいました。 「おとうさん、おかあさん、では行ってまいります。」 と一寸法師がいって、舟をこぎ出しますと、おとうさんとおかあさんは、 「どうか達者で、出世をしておくれ。」 といいました。 「ええ、きっと出世をいたします。」 と、一寸法師はこたえました。 おわんの舟は毎日少しずつ淀川を上って行きました。しかし舟が小さいので、少し風が強く吹いたり、雨が降って水かさが増したりすると、舟はたびたびひっくり返りそうになりました。そういうときには、しかたがないので、石垣の間や、橋ぐいの陰に舟を止めて休みました。 こんな風にして、一月もかかって、やっとのことで、京都に近い鳥羽というところに着きました。鳥羽で舟から岸に上がると、もうすぐそこは京都の町でした。五条、四条、三条と、にぎやかな町がつづいて、ひっきりなしに馬や車が通って、おびただしい人が出ていました。 「なるほど京都は日本一の都だけあって、にぎやかなものだなあ。」 と、一寸法師は往来の人の下駄の歯をよけて歩きながら、しきりに感心していました。 三条まで来ると、たくさんりっぱなお屋敷が立ち並んだ中に、いちばん目にたってりっぱな門構えのお屋敷がありました。一寸法師は、 「なんでも出世をするには、まずだれかえらい人の家来になって、それからだんだんにし上げなければならない。これこそいちばんえらい人のお屋敷にちがいない。」 と思って、のこのこ門の中に入っていきました。広い砂利道をさんざん歩いて、大きな玄関の前に立ちました。なるほどここは三条の宰相殿といって、羽ぶりのいい大臣のお屋敷でした。 そのとき一寸法師は、ありったけの大きな声こえで、 「ごめん下さい。」 とどなりました。でも聞こえないとみえて、だれも出てくるものがないので、こんどはいっそう大きな声を出して、 「ごめん下さい。」 とどなりました。 さらに一寸法師が、 「ごめん下さい。」 とどなった時、ちょうどどこかへおでましになるつもりで、玄関までおいでになった宰相殿が、その声を聞きつけて、出てごらんになりました。しかしだれも玄関にはいませんでした。ふしぎに思ってそこらを見回してみると、靴ぬぎにそろえてある足駄の陰に、豆粒のような男が一人、反り身になってつっ立っていました。宰相殿はびっくりして、 「お前か、今呼んだのは。」 「はい、わたくしでございます。」 「お前は何者だ。」 「難波からまいりました一寸法師でございます。」 「なるほど一寸法師にちがいない。それでわたしの屋敷に来たのは何の用だ。」 「わたくしは出世がしたいと思って、京都へわざわざ上ってまいりました。どうぞ一生懸命働きますから、お屋敷でお使いなさって下さいまし。」 一寸法師はこういって、ぴょこんとおじぎをしました。宰相殿は笑いながら、 「おもしろい小僧だ。よしよし使ってやろう。」 とおっしゃって、そのままお屋敷に置いておやりになりました。
鳥羽で舟から岸に上がるとすぐにある、にぎやかな京都の町として挙げられている数を教えてください。
鳥羽で舟から岸に上がるとすぐにある、にぎやかな京都の町として挙げられている数は3で、 「五条」、「四条」、「三条」 です。
JCRRAG_014335
国語
こうして、お妃さまが子どもたちのためにおいのりをすませますと、みんなは森へでかけていきました。みんなはかわるがわる見はりにたち、いちばん高い木の上にすわって、塔のほうをながめていました。 十一日たって、ベンジャミンの番になりました。見ると旗があがりました。しかし、それは白い旗ではなくて、赤い血の旗です。みんなが殺されることにきまったというあいずです。にいさんたちはこのことをきくと、かんかんにおこって、いいました。 「ぼくたちは、女の子ひとりのために、死ななければならないっていうのか。ようし、かならずこの復讐はしてやるぞ。女の子は見つけしだい、かたっぱしから赤い血をながさせてやる。」 赤い血の旗を見ても一人冷静だったベンジャミンは十一人の兄たちを説得させようとしましたが、聞いてはくれませんでした。 それから、十二人の兄弟たちは、森のおくへおくへとはいっていきました。いつのまにか、森のまんなかのいちばんくらいところまできました。すると、そこに魔法をかけられた小さな小屋がたっていました。家のなかには、だれもいませんでした。そこで、みんなはいいました。 「ぼくたちはここに住むことにしよう。それから、おい、ベンジャミン、おまえはいちばん小さいし、それに力もいちばんよわい。おまえはうちにのこって、うちのなかのしごとをやっていておくれ。ぼくたちほかのものは、みんなそとへいって食べものをとってくるから。」 こうして、にいさんたちは森のなかへはいって、ウサギだの、野ジカだの、小鳥だの、かわいいおすのハトだの、食べられるものはなんでもうって、それをベンジャミンのところにもってきました。ベンジャミンの仕事は、それを料理して、おにいさんたちのぺこぺこのおなかをいっぱいにしてあげることでした。 それから十年というあいだ、兄弟たちはこの小屋でいっしょにくらしましたが、みんなはそれほど長いとも思いませんでした。 さて、兄弟たちのおかあさまになる、お妃さまの生んだ女の子は、いまではすっかり大きくなりました。気だてのやさしい、美しいお姫さまでした。ひたいの上には、金の星がひとつ、つけていました。 ある日のこと、せんたくものがたくさんありましたが、お姫さまがふと見ると、そのなかに男もののシャツが十二枚もありました。それで、ふしぎに思って、お妃さまにたずねてみました。 「この十二枚のシャツはだれのもの。おとうさまのにしては小さすぎますもの。」 すると、お妃さまは心もおもく、こうこたえました。 「姫や、これはねえ、おまえの十二人のおにいさまたちのですよ。」 「その十二人のおにいさまって、どこにいらっしゃるの。あたし、おにいさまのことなんて、まだいちどもきいたことないわ。」 と、お姫さまはいいました。 すると、お妃さまはこたえました。 「どこにいるかご存知なのは、神さまばかりよ。きっと、ひろい世のなかを、あっちこっちとまよい歩いているでしょう。」 それから、お妃さまはあのへやにむすめをつれていって、扉をあけて、かんなくずと、死人のためのまくらまでもはいっている十二のお棺を見せました。 「このお棺はね、おまえのおにいさまたちのものにきまっていたのよ。でも、おまえの生まれるまえに、みんなこっそりにげていってしまったの。」 と、お妃さまがいいました。 こういって、お妃さまは、あのときのことをのこらず話してきかせました。 それをきいて、お姫さまはいいました。 「おかあさま、泣かないで。あたしがいって、おにいさまたちをさがしてきますから。」 そこで、お姫さまはその十二枚まいのシャツをもって、お城をでますと、まっすぐ大きな森のなかへはいっていきました。お姫さまは、その日一日じゅう歩きつづけて、日のくれるころ、魔法のかけられているあの小屋こやのまえにきました。お姫さまが小屋のなかにはいっていきますと、ひとりの男の子がいて、 「きみは、どこからきたの。そして、どこへいくの。」 と、たずねました。
十一人の兄さんたちとベンジャミンの仕事の違いを教えてください。
十二人の兄弟たちは、森のおくへおくへとはいっていきました。そこに魔法をかけられた小さな小屋がたっていました。家のなかには、だれもいませんでした。そこで、みんなはここに住むことにしました。にいさんたちは森のなかへはいって、ウサギだの、野ジカだの、小鳥だの、おすのハトだの、食べられるものはなんでもうって、それをベンジャミンのところにもってきました。 一方、ベンジャミンの仕事は、にいさんがとってきたものを料理して、おにいさんたちのおなかをいっぱいにしてあげることでした。
JCRRAG_014336
国語
闇の夜に、鳴かぬ烏の声聞けば、生れぬ先の父ぞ恋しきということがある。われらがもし史前時代の歴史を研究したいなどとでも言おうものなら、それはあたかも生れぬ前の父を恋しがってみたり、真暗闇の夜に鳴きもせぬ烏の声を尋ねんとするようなもので、歴史家の仕事というよりも、むしろ禅学者の公案にでもした方がよいだろうと言われるかも知れぬ。少くも日本においては、近いころまでいわゆる史前時代の研究は、主として国学者や神道家の仕事として、いわゆる歴史家はあまり構わないものであった。たまに歴史家が下手にそれに手を染めるようなことでもあれば、たちまち飛んでもないお叱りを蒙るというような場合もないではなかった。それもそのはずで、歴史は人間社会の文化の変遷を尋ぬるものであり、日本の史前時代は神の時代であるからである。あるいは神と人間との中間時代であるからである。 そこで問題はまずもって史前時代の歴史というものが、果してあり得るか否かということから始まらねばならぬ。人間の親が人間であり、その親がまた人間である以上、われらの語り伝えた古伝説において、よしやその遠い遠い大昔の親が神であると語られているとしても、われわれはさらにその神に関するお話の中から人間味のある方面を探し出して、人間としてのいわゆる史前時代の事蹟を考えてみたいという知識欲の要求に責められているのである。しかもそれにはまずもって、そこに果して歴史ともいうべきものがあり得るか否かという問題から解決してかからねばならぬ。 厳密に文字通りにこれを解決すれば、いわゆる史前時代とはすなわち有史以前の時代である。換言すれば歴史のない時代である。歴史のない時代の歴史はすなわち生れぬ先の父である。それを尋ねるのは闇の夜に烏を探り、その鳴かぬ声を聞かんとするものであると言われてもいちおうは仕方がなかろう。しかしながら、文明の科学はよく箱の中のものをも映し出し、百里の外に談話を交えることも出来るようになっている。その学界進歩の今日において、われわれがこの史前時代の闇の中にもその歴史を尋ねて、これが真相を探らんとすることも必ずしも空想とは言われまい。 今日の史学の進歩は「歴史」ということの意味を変えて来た。古人の用いた文字の用例から言えば、「史」はすなわち「誌」なりで、その本来の意味は文字をもって書きあらわしたもの、すなわち記録の義であった。したがって記録ある時代のみがすなわち有史時代であり、その以前はすなわち史前時代として、いわゆる歴史家の取り扱うべき範囲以外に置かれたものであった。歴史家のいわゆる史料として取り扱うものは主として文書記録であり、文字を有せざる民族はたといその文化がどうあろうとも、それは歴史を有せざるものとして顧みられなかったものであった。しかしながら、文字が人間社会の文化のすべてでない以上、文字なき社会にもある種の文化は発達し得る。したがってそこに尋ぬべき歴史が存在し得る道理である。ただ従来の歴史家は主として文献的史料に依頼していたがために、文献なき時代に遡ってこれを尋ぬるの方便を有せず、またその必然の結果として、いつ、どこに、誰がというように、年代と地名と人名とを明かにし得るものでなければ歴史ではないというようにまで、自然世人をして誤想せしむるに至ったのであった。たといその年代や地名については幾分の曖昧を許すとしても、歴史にはまずもって人名が必要とせられていたのであった。したがって土蜘蛛という伝統的民族のことに関しても、蜘蛛は足が長いという聯想から、長髄彦とか、八掬脛やつかはぎというような人名らしきものを作ったり、あるいはその住所として伝えられた土地の名によって、兄磯城えしき、弟磯城おとしき、菟狭津彦うさつひこ、八女津媛やめつひめなどと、その地の酋長を呼称したりして、ここに始めて歴史として感を起さしめ得るのであった。 しかしながら、人間社会の動きは、単に個人の力にのみよるものではない。よしや各個人としての経歴は不明であっても、これらの個人の集合からなれる社会そのものの文化は立派に存在し得るのであって、そこに尋ぬべき歴史がなければならぬはずである。これは単に遠い古代のことのみではない。われらかつて文部省にあって第一期の国定教科書を執筆したさいに、「陸軍大将乃木希典旅順の要塞を包囲して」という風に最初の原稿に書いておいたところが、乃木大将その原稿を一閲せられて、「これはいけない、旅順を包囲したのは乃木ではない、第三軍である。これはぜひ改めるように」との注意を賜わった。そこでさらに「乃木希典第三軍を率いて」と書き改めたところが、「それでもいけない、旅順を包囲したのは乃木ではなくて第三軍である。もしぜひ乃木の名が必要であるとならば、『乃木希典の率いる第三軍は』というように改めたい」と、重ねて懇切な注意を賜わったことであった。さすがに乃木大将はお目が高かった。歴史の研究はこうでなければならぬ。かりにその主動者の個人の名が不明な場合にも、全体としての動きは常に行われていたはずである。記録がなくしてその絶対年代を知るを得ざるような時代にも、その当時の文化は存在していたはずである。しかしてその蹟は遺物・遺蹟として後世に遺されている場合が少からぬのである。ことに記録・文書には時として虚偽もあれば誤謬もあるが、幸いに後世の偽作物に欺かれない以上、遺物・遺蹟には絶対にその虞れがない。もしもその研究が正しきを得たならば、史料としてもこれほど確かなものはないのである。
すなわち有史以前の時代であるといわれる時代は日本では何の時代ですか。
すなわち有史以前の時代であるといわれる時代は日本では神の時代です。
JCRRAG_014337
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グラムダルクリッチと私には馬車が許されたので、これに乗って、市内見物に出たり、店屋に行ったものです。私はいつも箱のままつれて行かれるのですが、街の家々や人々がよく見えるように、彼女はたびたび、私を取り出して手の上に乗せてくれました。ある日、たまたび馬車をある店先に停めると、それを見て乞食の群が、一せいに馬車の両側に集って来ました。これは実にものすごい光景でした。男は十人、女は十二人はいました。だが何よりたまらなかったのは、彼らの着物を這いまわっている虱でした。それがちょうど、あのヨーロッパの虱を顕微鏡で見るときよりも、もっとはっきり肉眼で見えます。そして、あの豚のように嗅ぎまわっている鼻など、こんなものを見るのは、はじめてでした。 いつも私を入れて歩いていた箱のほかに、王妃は、旅行用として、小さい箱を一つ作らせてくれました。今までのは、グラムダルクリッチの膝には少し大き過ぎたし、馬車で持ち運ぶにも少しかさばり過ぎたからです。この旅行用の箱は、正方形で、三方の壁に一つずつ窓があり、どの窓にも外側から鉄の針金の格子がはめてあります。一方の壁には窓がなくて、二本の丈夫な留め金がついています。私が馬車で行くときには、乗手がこれに革帯を通して、しっかり腰に結びつけるのです。 こんなふうにして、私は国王の行列に加わったり、宮廷の貴婦人や大臣を訪問したりしました。というのも、両陛下のおかげで、私は急に大官たちの間で有名になってきたからです。旅行中もし馬車にあきると、召使が彼の前の蒲団の上に箱を置いてくれます。そこで、私は三つの窓から外の景色を眺めるのでした。この箱には、椅子が二つ、テーブルが一つ、コップが三つありました。 私は長い間、航海に馴れていたので、馬車が揺れるのも、わりに平気でした。
乞食の群の中で、人数が少ないほうの性別を教えてください。
乞食の群の中で、人数が少ないほうの性別は男で十人です。
JCRRAG_014338
国語
一寸法師は十六才になりました。ある日一寸法師は、おとうさんとおかあさんの前へ出て、 「どうかわたくしにお暇をください。」 といいました。おとうさんはびっくりして、 「なぜそんなことをいうのだ。」 と聞きました。一寸法師はとくいらしい顔をして、 「これから京都へ上ろうと思います。」 といいました。 「京都へ上ってどうするつもりだ。」 「京都は天子さまのいらっしゃる日本一の都ですし、おもしろいしごとがたくさんあります。わたくしはそこへ行って、運だめしをしてみようと思います。」 そう聞くとおとうさんはうなずいて、 「よしよし、それなら行っておいで。」 と許してくださいました。 一寸法師は大へんよろこんで、さっそく旅の支度にかかりました。まずおかあさんにぬい針を一本頂いて、麦わらで柄とさやをこしらえて、刀にして腰にさしました。それから新しいおわんのお舟に、新しいおはしのかいを添えて、住吉の浜から舟出をしました。おとうさんとおかあさんは浜べまで見送りに立って下さいました。 「おとうさん、おかあさん、では行ってまいります。」 と一寸法師がいって、舟をこぎ出しますと、おとうさんとおかあさんは、 「どうか達者で、出世をしておくれ。」 といいました。 「ええ、きっと出世をいたします。」 と、一寸法師はこたえました。 おわんの舟は毎日少しずつ淀川を上って行きました。しかし舟が小さいので、少し風が強く吹いたり、雨が降って水かさが増したりすると、舟はたびたびひっくり返りそうになりました。そういうときには、しかたがないので、石垣の間や、橋ぐいの陰に舟を止めて休みました。 こんな風にして、一月もかかって、やっとのことで、京都に近い鳥羽というところに着きました。鳥羽で舟から岸に上がると、もうすぐそこは京都の町でした。五条、四条、三条と、にぎやかな町がつづいて、ひっきりなしに馬や車が通って、おびただしい人が出ていました。 「なるほど京都は日本一の都だけあって、にぎやかなものだなあ。」 と、一寸法師は往来の人の下駄の歯をよけて歩きながら、しきりに感心していました。 三条まで来ると、たくさんりっぱなお屋敷が立ち並んだ中に、いちばん目にたってりっぱな門構えのお屋敷がありました。一寸法師は、 「なんでも出世をするには、まずだれかえらい人の家来になって、それからだんだんにし上げなければならない。これこそいちばんえらい人のお屋敷にちがいない。」 と思って、のこのこ門の中に入っていきました。広い砂利道をさんざん歩いて、大きな玄関の前に立ちました。なるほどここは三条の宰相殿といって、羽ぶりのいい大臣のお屋敷でした。 そのとき一寸法師は、ありったけの大きな声こえで、 「ごめん下さい。」 とどなりました。でも聞こえないとみえて、だれも出てくるものがないので、こんどはいっそう大きな声を出して、 「ごめん下さい。」 とどなりました。 さらに一寸法師が、 「ごめん下さい。」 とどなった時、ちょうどどこかへおでましになるつもりで、玄関までおいでになった宰相殿が、その声を聞きつけて、出てごらんになりました。しかしだれも玄関にはいませんでした。ふしぎに思ってそこらを見回してみると、靴ぬぎにそろえてある足駄の陰に、豆粒のような男が一人、反り身になってつっ立っていました。宰相殿はびっくりして、 「お前か、今呼んだのは。」 「はい、わたくしでございます。」 「お前は何者だ。」 「難波からまいりました一寸法師でございます。」 「なるほど一寸法師にちがいない。それでわたしの屋敷に来たのは何の用だ。」 「わたくしは出世がしたいと思って、京都へわざわざ上ってまいりました。どうぞ一生懸命働きますから、お屋敷でお使いなさって下さいまし。」 一寸法師はこういって、ぴょこんとおじぎをしました。宰相殿は笑いながら、 「おもしろい小僧だ。よしよし使ってやろう。」 とおっしゃって、そのままお屋敷に置いておやりになりました。
一寸法師が大臣のお屋敷の前でどなった回数を教えてください。
一寸法師が大臣のお屋敷の前でどなった回数は3です。
JCRRAG_014339
国語
それからは、お姫さまはベンジャミンといっしょにうちにいて、ベンジャミンのしごとの手つだいをしました。十一人のにいさんたちは森にはいって、けものや、シカや、鳥や、小バトなどをつかまえてきました。これがみんなの食べものになりました。それをいろいろ料理するのが、ベンジャミンの仕事なのです。 妹は煮たきをするたきぎや、野菜がわりにつかう草葉をさがしてきたり、おなべを火にかけたりする仕事をしました。そうして、十一人のにいさんたちがかえってくるころには、いつでも食事ができるようにしておきました。そればかりか、妹はうちのなかをきれいにかたづけたり、寝床に白いきれいな敷布をきちんとかけたりしました。ですから、にいさんたちはいつも満足しきって、妹といっしょになかよくくらしていました。 あるときのことです。ふたりはうちにおいしいごちそうをこしらえておきました。みんながあつまると、それぞれ席について、食べたりのんだりしました。みんなは大よろこびでした。 ところで、この魔法をかけられている小屋には小さな庭があって、そのなかにユリのような花が十二本さいていました。この花は、またの名をシュトデンテンともいいます。妹は、この十二の花をおりとって、食事のあとでにいさんのひとりひとりにこの花をひとつずつあげようと思いました。こうして、にいさんたちによろこんでもらおうと思ったのです。ところが、どうしたというのでしょう、妹が花をおりとったとたん、十二人のにいさんたちのすがたは十二羽のカラスにかわってしまって、みんなは森のはるかかなたへととびさってしまったではありませんか。しかもそれといっしょに、うちも庭も、あとかたもなくきえうせてしまったのです。 かわいそうに、女の子はおそろしい森のなかでひとりぼっちになってしまいました。あたりを見回すと、そばにひとりのおばあさんが立っていました。おばあさんは、 「これ、これ、おまえはいったいなにをしたのだね。どうして、十二の白い花をそっとしておかなかったのだい。あれは、おまえのにいさんたちだったのさ。にいさんたちは、いまじゃカラスになっちまって、もう永久にかわることはないよ。」 と、いいました。 女の子はなくなくいいました。 「ほんとうに、にいさんたちをたすける方法はないんでしょうか。」 「だめだねえ。」 と、おばあさんはいいました。 「その方法は、たったひとつあるにはあるけど、むずかしすぎるから、とてもそれでにいさんたちをすくうことはできなかろうよ。なにしろ、七年というあいだ、おまえはひと言もしゃべらずにとおさなければならないんだからね。口をきいてもいけないし、わらってもいけない。もしもおまえが、たったひとことでも口をきこうものなら、そうしてまた、七年にほんの一時間だけたりなくっても、なにもかもがむだになってしまうのさ。しかも、そのたったひとことのために、おまえのにいさんたちは殺されてしまうんだよ。」
ベンジャミンと妹の仕事の違いを教えてください。
十一人のにいさんたちは森にはいって、けものや、シカや、鳥や、小バトなどをつかまえてきました。それをいろいろ料理するのが、ベンジャミンの仕事なのです。 一方、妹は煮たきをするたきぎや、野菜がわりにつかう草葉をさがしてきたり、おなべを火にかけたりする仕事をしています。
JCRRAG_014340
国語
学界の進歩は確かに「史」という語の意義をかえている。もとは記録そのものがすなわち史であったが、それが記録によって知ることを得る人間社会の沿革・変遷がすなわち史と呼ばれることとなり、やがては記録以外のものがまた史料として採用せられるようになって、記録のない、いわゆる有史以前の時代の歴史までが研究せられるようになったのである。いわゆる史前時代の研究である。これはシナの「史」という文字の意義の転化ばかりでなく、西洋のヒストリーという語についても同様である。これをわが古代の用例について見るに、わが国において古く史部ふひとべと呼ばれたものは文人部ふみひとべであって、文字ある人々の部族ということであった。なんらいわゆる歴史には関係はない。令制にいわゆる太政官の史官も記録係なるにほかならぬ。有史以後とか史前時代とかいう場合の「史」は畢竟この意味における「史」の有無というにほかならぬのであった。ここにおいてか近時の学界の進歩は、当然史前時代にも歴史の存在を認めしめるようになった。必ずしも生れぬ先の父ではない。これを探るのは決して闇の夜に鳴かぬ烏の声を聞かんとするものではないのである。 ここにおいてさらに考うべきは、いわゆる史前時代なるものの包括する範囲である。わが国において普通に史前時代といえば、近ごろはただちにいわゆる石器時代を意味するかのごとく考えられているようである。誰が言い出したことかは知らぬが、いわゆる古墳時代が原史時代で、その前につづく石器時代がすなわち史前時代だというのである。これはまことに簡明で、素人にも早わかりがしそうではあるが、実際はそう都合よくは行かぬ場合がないでもない。いうまでもなく原史時代とは、夜明け方の薄明りというようなもので、史前時代と有史時代とが上からと下からと薄ぼかしにぼかされ合って、相重複している時代である。しかるにいわゆる古墳なるものは、確かに有史時代までも立派に築造せられているもので、かの横口式石室を有する普通の円墳のごときは、大化のころには盛んに行われていたと考えられるものである。しかもなお、それにもかかわらず、何人かこのころまでも、いわゆる史前時代の薄ぼかしが継続していると考え得るものがあるであろう。しかしてそれと同じように、一方で石器がなお実用に供せられているような時代にも、いわゆる有史時代の曙光がすでに認められ得る場合がなかったと何人が断言し得るであろう。 大体から言えばわが国のいわゆる史前時代には、いまだ金属の利器が実用に供せられるほどには至らず、普通は石器をもって用を便じていたというに異議はなかろう。しかしながらわが国の文化の進歩は、独自的の文化進歩の階梯を踏んで、なお暗夜の東空にわずかばかりの曙光を認めて、それから漸次夜が明けて来たという順序のものではなく、例えば闇の夜中に外部から松明を持ち込んで、一部分の階級のものや限られたる地域のものを照らしてくれたようなもので、部分的、地方的に明るいところが出来ていても、その光はまだそう遠方を照らすには至らず、またたとい近い所であっても、たまたまなんらかの物の陰になっているような場合には、その光が届かないで相変らず暗黒世界であったというような時代が、相当長く継続したはずである。かくて一方には立派に有史時代が出現して、はでやかな文化の花が咲き盛っているような同じ年代に、一方にはまだ原史時代どころか、石器時代の遺物・遺蹟を後に止めたという以外、何物をもわれらに遺しておらぬ多数の民衆が、はなはだ多く存在していたのであった。応神天皇、吉野宮に幸し給うや、国栖人始めて来朝した〔(「応神記」十九年条)〕とある。彼らは天皇歴代のお膝元たる大和平野に近く住んでいても、峯嶮しく谷深くして、道路狭くさがしく、ゆえに都に遠からずといえども、本より朝来すること稀なりとある。大和平野にはすでにあれだけの大陵墓を築造し、あれだけの副葬品を埋蔵し、史部なる記録係の官吏もあり、使者をシナ南朝に遣わして技師を招聘したという応神天皇の御代においても、山一つ南にはいまだなんら平地の文化に触れることなく、太古のままの山人生活をなしていた人達が住んでいたのであった。いわんや中央から遠く離れた僻陬の地が、久しく史前時代の状況に取り遺されておろうことは、何人も容易にうなずかれるところであろう。
史前時代と有史時代の境界は明確に区別できるのか。
史前時代と有史時代の境界は曖昧であり、時代が重なり合う部分もあるため明確に区別できない。
JCRRAG_014341
国語
その大陸は、飛島の国王に属していて、バルニバービといわれています。首府はラガードと呼ばれています。 私は地上におろされて、とにかく満足でした。服装は飛島のと同じだし、彼等の言葉も、私はよくわかっていたので、何の気がかりもなく、町の方へ歩いて行きました。私は飛島の人から紹介状をもらっていましたので、それを持って、ある偉い貴族の家を訪ねて行きました。すると、その貴族は、彼のやしきの一室を、私に貸してくれて、非常に厚くもてなしてくれました。 翌朝、彼は、私を馬車に乗せて、市内見物につれて行ってくれました。街はロンドンの半分くらいですが、家の建て方が、ひどく奇妙で、そして、ほとんど荒れ放題になっているのです。街を通る人は、みな急ぎ足で、妙にもの凄い顔つきで、大概ボロボロの服を着ています。 男が四人、女が二人の六人の集団が道をふさぐように横一列で歩いている時は驚きました。 それから私たちは、城門を出て、三マイルばかり郊外を歩いてみました。そこでは、たくさんの農夫が、いろいろの道具で地面を掘り返していましたが、どうも、何をしているのやら、さっぱり、わからないのです。 三人の農夫が三本の鍬を持って土を起こしたり、少し離れた所では四人の農夫が四本の鎌をもって草を切ったりしています。 見る限り土はよく肥えているのに、穀物など一向に生えそうな様子はありません。
たくさんの農夫が、いろいろの道具で地面を掘り返していましたが、より多く使われている農具を教えてください。
たくさんの農夫が、いろいろの道具で地面を掘り返していましたが、より多く使われている農具は鎌で四本です。
JCRRAG_014342
国語
宰相殿はより一層怒って、一寸法師にいいつけて、お姫さまをお屋敷から追い出して、どこかとおい所へ捨てさせました。 一寸法師はとんだことをいい出して、お姫さまが追い出されるようになったので、すっかり気の毒になってしまいました。そこでどこまでもお姫さまのお供をして行くつもりで、まず難波のおとうさんのうちへお連れしようと思って、鳥羽から舟に乗りました。すると間もなく、ひどいしけになって、舟はずんずん川を下って海の方へ流されました。それから風のまにまに吹き流されて、とうとう三日三晩波の上で暮らして、四日に一つの島に着きました。 その島には今まで話に聞いたこともないようなふしぎな花や木がたくさんあって、いったい人が住んでいるのかいないのか、いっこうに人らしいものの姿は見えませんでした。 一寸法師はお姫さまを連れて島に上がって、きょろきょろしながら歩いて行きますと、いつどこから出てきたともなく、二匹の鬼がそこへひょっこり飛び出してきました。そしていきなりお姫さまにとびかかって、ただ一口で食べようとしました。お姫さまはびっくりして、気が遠くなってしまいました。それを見ると、一寸法師は、例のぬい針の刀をきらりと引き抜いて、ぴょこんと鬼の前へ飛んで出ました。そしてありったけの大きな声を振り立てて、 「これこれ、このお方をだれだと思う。三条の宰相殿の姫君だぞ。うっかり失礼なまねをすると、この一寸法師が承知しないぞ。」 とどなりました。二匹の鬼はこの声におどろいて、よく見るとあしもとに豆っ粒のような小男が、いばり返って、つっ立っていました。鬼はからからと笑いました。 「何だ。こんな豆っ粒か。めんどうくさい、のんでしまえ。」 というが早いか、一匹の鬼は、一寸法師をつまみ上げて、ぱっくり一口にのんでしまいました。一寸法師は刀を持ったまま、するすると鬼のおなかの中へすべり込んでいきました。入るとおなかの中をやたらにかけずり回りながら、ちくりちくりと刀でついて回りました。鬼は苦しがって、 「あッ、いたい。あッ、いたい。こりゃたまらん。」 と地べたをころげ回りました。そして苦しまぎれにかっと息をするはずみに、一寸法師はまたぴょこりと口から外へ飛び出しました。そして刀を振り上げて、また鬼に切ってかかりました。するともう一匹の鬼が、 「生意気なちびだ。」 といって、また一寸法師をつかまえて、あんぐりのんでしまいました。のまれながら一寸法師は、こんどはすばやくおどり上あがって、のどの穴から鼻の穴へ抜けて、それから眼のうしろへはい上がって、さんざん鬼の目玉をつッつきました。すると鬼は思わず、 「いたい。」 とさけんで、飛び上がったはずみに、一寸法師は、目の中からひょいと地面に飛びおりました。鬼は目玉が抜け出だしたかと思って、びっくりして、 「たいへん、たいへん。」 と、後をも見ずに逃げ出しました。するともう一匹の鬼も、 「こりゃかなわん。逃げろ、逃げろ。」 と後を追って行きました。 「はッは、弱虫め。」 と、一寸法師は、逃げて行く鬼のうしろ姿を気味よさそうにながめて、 「やれやれ、とんだことでした。」 といいながら、そこに倒れているお姫さまを抱き起こして、しんせつに介抱しました。お姫さまがすっかり正気がついて、立ち上あがろうとしますと、すそからころころと小さな槌がころげ落ちました。 「おや、ここにこんなものが。」 と、お姫さまがそれを拾ってお見せになりました。 一寸法師はその槌を手に持って、 「これは鬼の忘れて行った打出の小槌です。これを振れば、何でもほしいと思うものが出てきます。ごらんなさい、今ここでわたしの背を打ち出だしてお目にかけますから。」 こういって、一寸法師は、打出の小槌を振り上げて、 「一寸法師よ、大きくなれ。あたり前の背になれ。」 といいながら、一度振りますと背が一尺のび、二度振りますと三尺のび、三度めには六尺に近いりっぱな大男になりました。 お姫さまはそのたんびに目をまるくして、 「まあ、まあ。」 といっておいでになりました。 一寸法師は大きくなったので、もううれしくってうれしくって、立ったりしゃがんだり、うしろを振り向いたり、前を見たり、自分で自分の体をめずらしそうにながめていましたが、一通りながめてしまうと、急に三日三晩なんにも食べないで、おなかのへっていることを思い出しました。そこでさっそく打出の小槌を振って、そこへ食べきれないほどのごちそうを振り出して、お姫さまと二人で仲よく食べました。 ごちそうを食べてしまうと、こんどは金銀、さんご、るり、めのうと、宝を打ち出しました。そしていちばんおしまいに、大きな舟を打ち出して、宝物を残らずそれに積み込んで、お姫さまと一寸法師、また舟に乗って、間もなく日本の国へ帰って来ました。 一寸法師が宰相殿のお姫さまを連れて、鬼が島から宝物を取って、めでたく帰って来たといううわさが、すぐと世間にひろまって、やがて天子さまのお耳にまで入りました。 そこで天子さまは、あるとき、一寸法師をお召しになってごらんになりますと、なるほど気高い様子をしたりっぱな若者でしたから、これはただ者ではあるまいと、よくよく先祖をお調べになりました。それで一寸法師のおじいさんが、堀河の中納言というえらい人で、むじつの罪で田舎に追われて出来た子が、一寸法師のおとうさんで、それからおかあさんという人も、やはりもとは伏見の少将といった、これもえらい人の種だということが分かりました。 天子さまはさっそく、一寸法師に位をおさずけになって、堀河の少将とお呼びになりました。堀河の少将は、あらためて三条宰相殿のお許しをうけて、お姫さまをお嫁さんにもらいました。そして摂津国の難波から、おとうさんやおかあさんを呼び寄せて、うち中がみんな集まって、楽しく世の中を送りました。
打出の小槌で出した物の数を教えてください。
打出の小槌で出した物の数は6で、 「食べきれないほどのごちそう」 「金銀」 「さんご」 「るり」 「めのう」 「大きな舟」 です。
JCRRAG_014343
国語
(あたし、きっと、にいさんたちをたすけてみせるわ。) それから、女の子は歩いていきました。一本の高い木を見つけると、その上にすわって、糸をつむぎはじめました。でも、もちろん、口もきかなければ、わらいもしませんでした。 さて、あるときのこと、ひとりの王様がこの森で狩りをしました。王さまは一ぴきの猟犬をつれていましたが、その犬が女の子ののぼっている木のところへ走ってきて、そのまわりをとびはねては、しきりに木の上にむかってほえたてました。 そこで、王さまが近よってみますと、おどろいたことに、ひたいに金の星をつけた美しいお姫さまが、木の上にすわっているではありませんか。お姫さまのあまりの美しさに、王さまはうっとりとして、じぶんの妃になる気はないかとよびかけました。お姫さまはなんともへんじをしませんでしたが、ほんのちょっとうなずいてみせました。 それを見た王さまは、じぶんでその木にのぼって、お姫さまを木からおろしました。それから、じぶんの馬にのせて、いっしょにお城へつれかえりました。 やがて、ご婚礼の式が、めでたく、りっぱにとりおこなわれました。けれども、花よめはひとことも口をききませんし、わらいもしませんでした。 ふたりは何年かのあいだたのしいくらしをつづけました。ところが、王さまのおかあさまは、もともとたちのよくないひとでしたので、ぼつぼつわかいお妃さまのわる口をいいはじめました。そして、王さまにこうつげ口をしました。 「おまえがつれてきたのは、いやしい身分のむすめですよ。かげでは、こっそりどんなわるいことをしているか、わかったものではありません。口がきけないにしても、いちどぐらいはわらいそうなものです。とにかく、わらわない人は、心のよくない人ですよ。」 王さまは、さいしょのうちは、そんなことを信じようとはしませんでした。けれども、年よりがいつまでもそのことをいいはりますし、それに、いろいろとわるいことをお妃さまのせいにしますので、とうとう、王さまもいいまかされてしまって、お妃さまに死刑をいいわたしました。 こうして、お城の庭で大がかりな火がたかれました。この火のなかで、お妃さまが焼き殺されることになったのです。王さまはいまでもなお、お妃さまがかわいくてならなかったのですものから、王さまは二階の窓ぎわに立って、涙ながらにこのありさまをながめていました。 王さまのおかあさまはやっかいものを始末できるチャンスに、笑顔をかくしながらお妃さまがかわいそうなふりをしていました。 いよいよ、お妃さまが柱にしばりつけられました。火がはやくも赤い舌をチョロチョロさせて、お妃さまの着物をなめはじめました。 ちょうどそのとき、七年という年月のさいごの瞬間がすぎさったのです。と、空にバタバタという羽の音がして、十二羽のカラスがとんできて、地面にまいおりました。そして、その足が地面にふれたかと思うと、たちまち、十二人のにいさんたちのすがたになりました。みんなは、妹のおかげですくわれたのです。にいさんたちはすぐさま火をかきちらし、ほのおをもみけして、かわいい妹をたすけだして、キッスをしたり、だきしめたりしました。 さて、いまこそ、お妃さまは口をひらいて、話すことができるのです。そこで、どうしていままでひとことも口をきかず、またいちどもわらわなかったか、そのわけを王さまに話しました。王さまは、お妃さまになんの罪もないことをきいて、それはそれはよろこびました。そして、この人たちは、死ぬまで、みんないっしょになかよくくらしました。 心のよくないまま母のほうは、裁判にかけられて、煮えくりかえった油と、毒ヘビのいっぱいはいっているたるにいれられて、むざんな死にかたをしました。
お妃さまの死刑を前にしての王さまと、王さまのおかあさまの反応の違いを教えてください。
お城の庭で大がかりな火がたかれました。お妃さまが焼き殺されることになったのです。王さまはいまでもなお、お妃さまがかわいくてならなかったのですものから、王さまは二階の窓ぎわに立って、涙をながしながらにこのありさまをながめていました。 一方、王さまのおかあさまはやっかいものを始末できるチャンスに、笑顔をかくしながらもお妃さまのことがかわいそうなふりをしていました。
JCRRAG_014344
国語
学界の進歩は確かに「史」という語の意義をかえている。もとは記録そのものがすなわち史であったが、それが記録によって知ることを得る人間社会の沿革・変遷がすなわち史と呼ばれることとなり、やがては記録以外のものがまた史料として採用せられるようになって、記録のない、いわゆる有史以前の時代の歴史までが研究せられるようになったのである。いわゆる史前時代の研究である。これはシナの「史」という文字の意義の転化ばかりでなく、西洋のヒストリーという語についても同様である。これをわが古代の用例について見るに、わが国において古く史部ふひとべと呼ばれたものは文人部ふみひとべであって、文字ある人々の部族ということであった。なんらいわゆる歴史には関係はない。令制にいわゆる太政官の史官も記録係なるにほかならぬ。有史以後とか史前時代とかいう場合の「史」は畢竟この意味における「史」の有無というにほかならぬのであった。ここにおいてか近時の学界の進歩は、当然史前時代にも歴史の存在を認めしめるようになった。必ずしも生れぬ先の父ではない。これを探るのは決して闇の夜に鳴かぬ烏の声を聞かんとするものではないのである。 ここにおいてさらに考うべきは、いわゆる史前時代なるものの包括する範囲である。わが国において普通に史前時代といえば、近ごろはただちにいわゆる石器時代を意味するかのごとく考えられているようである。誰が言い出したことかは知らぬが、いわゆる古墳時代が原史時代で、その前につづく石器時代がすなわち史前時代だというのである。これはまことに簡明で、素人にも早わかりがしそうではあるが、実際はそう都合よくは行かぬ場合がないでもない。いうまでもなく原史時代とは、夜明け方の薄明りというようなもので、史前時代と有史時代とが上からと下からと薄ぼかしにぼかされ合って、相重複している時代である。しかるにいわゆる古墳なるものは、確かに有史時代までも立派に築造せられているもので、かの横口式石室を有する普通の円墳のごときは、大化のころには盛んに行われていたと考えられるものである。しかもなお、それにもかかわらず、何人かこのころまでも、いわゆる史前時代の薄ぼかしが継続していると考え得るものがあるであろう。しかしてそれと同じように、一方で石器がなお実用に供せられているような時代にも、いわゆる有史時代の曙光がすでに認められ得る場合がなかったと何人が断言し得るであろう。 大体から言えばわが国のいわゆる史前時代には、いまだ金属の利器が実用に供せられるほどには至らず、普通は石器をもって用を便じていたというに異議はなかろう。しかしながらわが国の文化の進歩は、独自的の文化進歩の階梯を踏んで、なお暗夜の東空にわずかばかりの曙光を認めて、それから漸次夜が明けて来たという順序のものではなく、例えば闇の夜中に外部から松明を持ち込んで、一部分の階級のものや限られたる地域のものを照らしてくれたようなもので、部分的、地方的に明るいところが出来ていても、その光はまだそう遠方を照らすには至らず、またたとい近い所であっても、たまたまなんらかの物の陰になっているような場合には、その光が届かないで相変らず暗黒世界であったというような時代が、相当長く継続したはずである。かくて一方には立派に有史時代が出現して、はでやかな文化の花が咲き盛っているような同じ年代に、一方にはまだ原史時代どころか、石器時代の遺物・遺蹟を後に止めたという以外、何物をもわれらに遺しておらぬ多数の民衆が、はなはだ多く存在していたのであった。応神天皇、吉野宮に幸し給うや、国栖人始めて来朝した〔(「応神記」十九年条)〕とある。彼らは天皇歴代のお膝元たる大和平野に近く住んでいても、峯嶮しく谷深くして、道路狭くさがしく、ゆえに都に遠からずといえども、本より朝来すること稀なりとある。大和平野にはすでにあれだけの大陵墓を築造し、あれだけの副葬品を埋蔵し、史部なる記録係の官吏もあり、使者をシナ南朝に遣わして技師を招聘したという応神天皇の御代においても、山一つ南にはいまだなんら平地の文化に触れることなく、太古のままの山人生活をなしていた人達が住んでいたのであった。いわんや中央から遠く離れた僻陬の地が、久しく史前時代の状況に取り遺されておろうことは、何人も容易にうなずかれるところであろう。
なぜ史前時代の研究は、現代においてより重要になっているのか。
史前時代の研究が、現代においてより重要になっている理由は、記録のない社会にも歴史があると認識されるようになったから。
JCRRAG_014345
国語
ちょうど、車が停まったところに、この国で一番大きい神社がありました。ここは前に、何か不吉なことがあったので、今では祭壇も取り除かれて、中はすっかり空っぽになっていました。この建物の中に、この私を入れることになったのです。北に向いた門の高さが四フィート、幅は二フィート、ここから、私は入り込むことができます。私の左足は、錠前でとめられ、左側の窓のところに、鎖でつながれました。 この神社の向側に見える塔の上から、皇帝は臣下と一緒に、この私を御見物になりました。なんでも、その日、私を見物するために、十万人以上の人出があったということです。それに、番人がいても、梯子をつたって、この私の身体にのぼった連中が、男は六千人、女は四千人ぐらいはいました。が、これは間もなく禁止され、犯したものは死刑にされることになりました。 もう私が逃げ出せないことがわかったので、職人たちは、私の身体にまきついている紐を切ってくれました。それで、はじめて私は立ち上がってみたのですが、いや、なんともいえないいやな気持ちでした。 ところで、私が立ち上がって歩きだしたのを、はじめて見た人々の驚きといったら、これまた、大変なものでした。足をつないでいる鎖は、約二ヤードしかなかったので、半円を描いて往復することができました。 立ち上がって、私はあたりを見まわしましたが、実に面白い景色でした。付近の土地は庭園がつづいているようで、垣をめぐらした畑は花壇を並べたようです。その畑のところどころに、森がまざっていますが、低い木で一フィート、一番高い木でまず七フィートぐらいです。街は左手に見えていましたが、それはちょうど、芝居の町そっくりでした。
この国で一番大きい神社の、北に向いた門でよりフィートが長いものを教えてください。
この国で一番大きい神社の、北に向いた門でよりフィートが長いものは高さで四フィートです。
JCRRAG_014346
国語
宰相殿はより一層怒って、一寸法師にいいつけて、お姫さまをお屋敷から追い出して、どこかとおい所へ捨てさせました。 一寸法師はとんだことをいい出して、お姫さまが追い出されるようになったので、すっかり気の毒になってしまいました。そこでどこまでもお姫さまのお供をして行くつもりで、まず難波のおとうさんのうちへお連れしようと思って、鳥羽から舟に乗りました。すると間もなく、ひどいしけになって、舟はずんずん川を下って海の方へ流されました。それから風のまにまに吹き流されて、とうとう三日三晩波の上で暮らして、四日に一つの島に着きました。 その島には今まで話に聞いたこともないようなふしぎな花や木がたくさんあって、いったい人が住んでいるのかいないのか、いっこうに人らしいものの姿は見えませんでした。 一寸法師はお姫さまを連れて島に上がって、きょろきょろしながら歩いて行きますと、いつどこから出てきたともなく、二匹の鬼がそこへひょっこり飛び出してきました。そしていきなりお姫さまにとびかかって、ただ一口で食べようとしました。お姫さまはびっくりして、気が遠くなってしまいました。それを見ると、一寸法師は、例のぬい針の刀をきらりと引き抜いて、ぴょこんと鬼の前へ飛んで出ました。そしてありったけの大きな声を振り立てて、 「これこれ、このお方をだれだと思う。三条の宰相殿の姫君だぞ。うっかり失礼なまねをすると、この一寸法師が承知しないぞ。」 とどなりました。二匹の鬼はこの声におどろいて、よく見るとあしもとに豆っ粒のような小男が、いばり返って、つっ立っていました。鬼はからからと笑いました。 「何だ。こんな豆っ粒か。めんどうくさい、のんでしまえ。」 というが早いか、一匹の鬼は、一寸法師をつまみ上げて、ぱっくり一口にのんでしまいました。一寸法師は刀を持ったまま、するすると鬼のおなかの中へすべり込んでいきました。入るとおなかの中をやたらにかけずり回りながら、ちくりちくりと刀でついて回りました。鬼は苦しがって、 「あッ、いたい。あッ、いたい。こりゃたまらん。」 と地べたをころげ回りました。そして苦しまぎれにかっと息をするはずみに、一寸法師はまたぴょこりと口から外へ飛び出しました。そして刀を振り上げて、また鬼に切ってかかりました。するともう一匹の鬼が、 「生意気なちびだ。」 といって、また一寸法師をつかまえて、あんぐりのんでしまいました。のまれながら一寸法師は、こんどはすばやくおどり上あがって、のどの穴から鼻の穴へ抜けて、それから眼のうしろへはい上がって、さんざん鬼の目玉をつッつきました。すると鬼は思わず、 「いたい。」 とさけんで、飛び上がったはずみに、一寸法師は、目の中からひょいと地面に飛びおりました。鬼は目玉が抜け出だしたかと思って、びっくりして、 「たいへん、たいへん。」 と、後をも見ずに逃げ出しました。するともう一匹の鬼も、 「こりゃかなわん。逃げろ、逃げろ。」 と後を追って行きました。 「はッは、弱虫め。」 と、一寸法師は、逃げて行く鬼のうしろ姿を気味よさそうにながめて、 「やれやれ、とんだことでした。」 といいながら、そこに倒れているお姫さまを抱き起こして、しんせつに介抱しました。お姫さまがすっかり正気がついて、立ち上あがろうとしますと、すそからころころと小さな槌がころげ落ちました。 「おや、ここにこんなものが。」 と、お姫さまがそれを拾ってお見せになりました。 一寸法師はその槌を手に持って、 「これは鬼の忘れて行った打出の小槌です。これを振れば、何でもほしいと思うものが出てきます。ごらんなさい、今ここでわたしの背を打ち出だしてお目にかけますから。」 こういって、一寸法師は、打出の小槌を振り上げて、 「一寸法師よ、大きくなれ。あたり前の背になれ。」 といいながら、一度振りますと背が一尺のび、二度振りますと三尺のび、三度めには六尺に近いりっぱな大男になりました。 お姫さまはそのたんびに目をまるくして、 「まあ、まあ。」 といっておいでになりました。 一寸法師は大きくなったので、もううれしくってうれしくって、立ったりしゃがんだり、うしろを振り向いたり、前を見たり、自分で自分の体をめずらしそうにながめていましたが、一通りながめてしまうと、急に三日三晩なんにも食べないで、おなかのへっていることを思い出しました。そこでさっそく打出の小槌を振って、そこへ食べきれないほどのごちそうを振り出して、お姫さまと二人で仲よく食べました。 ごちそうを食べてしまうと、こんどは金銀、さんご、るり、めのうと、宝を打ち出しました。そしていちばんおしまいに、大きな舟を打ち出して、宝物を残らずそれに積み込んで、お姫さまと一寸法師、また舟に乗って、間もなく日本の国へ帰って来ました。 一寸法師が宰相殿のお姫さまを連れて、鬼が島から宝物を取って、めでたく帰って来たといううわさが、すぐと世間にひろまって、やがて天子さまのお耳にまで入りました。 そこで天子さまは、あるとき、一寸法師をお召しになってごらんになりますと、なるほど気高い様子をしたりっぱな若者でしたから、これはただ者ではあるまいと、よくよく先祖をお調べになりました。それで一寸法師のおじいさんが、堀河の中納言というえらい人で、むじつの罪で田舎に追われて出来た子が、一寸法師のおとうさんで、それからおかあさんという人も、やはりもとは伏見の少将といった、これもえらい人の種だということが分かりました。 天子さまはさっそく、一寸法師に位をおさずけになって、堀河の少将とお呼びになりました。堀河の少将は、あらためて三条宰相殿のお許しをうけて、お姫さまをお嫁さんにもらいました。そして摂津国の難波から、おとうさんやおかあさんを呼び寄せて、うち中がみんな集まって、楽しく世の中を送りました。
一寸法師は鬼に何回のまれましたか。
一寸法師は鬼に2回のまれました。
JCRRAG_014347
国語
白はやっと喘ぎ喘ぎ、主人の家へ帰って来ました。黒塀の下の犬くぐりを抜け、物置小屋を回りさえすれば、犬小屋のある裏庭です。白はほとんど風のように、裏庭の芝生へ駈けこみました。もうここまで逃げて来れば、罠にかかる心配はありません。おまけに青あおした芝生には、幸いお嬢さんや坊ちゃんもボール投げをして遊んでいます。それを見た白の嬉しさは何と言えばいいのでしょう? 白は尻尾を振りながら、一足飛びにそこへ飛んで行きました。 「お嬢さん! 坊ちゃん! 今日は犬殺しにあいましたよ。」 白は二人を見上げると、息もつかずにこういいました。(もっともお嬢さんや坊ちゃんには犬の言葉はわかりませんから、わんわんと聞えるだけなのです。)しかし今日はどうしたのか、お嬢さんも坊ちゃんもただ呆気にとられたように、頭さえ撫でてはくれません。白は不思議に思いながら、もう一度二人に話しかけました。 「お嬢さん! あなたは犬殺しを御存じですか? それは恐ろしいやつですよ。坊ちゃん! わたしは助かりましたが、お隣の黒君はつかまりましたぜ。」 それでもお嬢さんや坊ちゃんは顔を見合わせているばかりです。おまけに二人はしばらくすると、こんな妙なことさえいい出すのです。 「どこの犬でしょう? 春夫さん。」 「どこの犬だろう? 姉さん。」 どこの犬? 今度は白の方が呆気にとられました。 「どこの犬とはどうしたのです? わたしですよ! 白ですよ!」 けれどもお嬢さんはあいかわらず気味悪そうに白を眺めています。 「お隣の黒の兄弟かしら?」 「黒の兄弟かも知れないね。」坊ちゃんもバットをおもちゃにしながら、考え深そうに答えました。 「こいつも体中まっ黒だから。」 白は急に背中の毛が逆立つように感じました。まっ黒! そんなはずはありません。白はまだ子犬の時から、牛乳のように白かったのですから。しかし今前足を見ると、いや、前足ばかりではありません。胸も、腹も、後足も、すらりと上品にのびた尻尾も、みんな鍋底のようにまっ黒なのです。まっ黒! まっ黒! 白は気でも違ったように、飛び上ったり、はね廻ったりしながら、一生懸命に吠え立てました。 「あら、どうしましょう? 春夫さん。この犬はきっと狂犬だわよ。」 お嬢さんはそこに立ちすくんだなり、今にも泣きそうな声を出しました。しかし坊ちゃんは勇敢です。白はたちまち左の肩をぽかりとバットに打たれました。と思うと二度目のバットも頭の上へ飛んで来ます。白はその下をくぐるが早いか、元来た方へ逃げ出しました。けれども今度はさっきのように、一町も二町も逃げ出しはしません。芝生のはずれには棕櫚の木のかげに、クリーム色に塗った犬小屋があります。白は犬小屋の前へ来ると、小さい主人たちを振り返りました。 「お嬢さん! 坊ちゃん! わたしはあの白なのですよ。いくらまっ黒になっていても、やっぱりあの白なのですよ。」
白がやっと家に帰ってきたときの、お嬢さんと坊ちゃんの反応の違いを教えてください。
白はやっと喘ぎ喘ぎ、主人の家へ帰って来ました。それでもお嬢さんや坊ちゃんは顔を見合わせているばかりです。おまけに二人はしばらくすると、この黒い犬はどこの犬なんだろうと言い合いました。白はおどろいて飛び上ったり、はね廻ったりしながら、一生懸命に吠え立てました。お嬢さんはそこに立ちすくんだなり、今にも泣きそうな声を出しました。 一方坊ちゃんは勇敢です。白はたちまち左の肩をぽかりと坊ちゃんの振り下ろしたバットに打たれました。
JCRRAG_014348
国語
幸か不幸かわが国には人類の来り住んだことが遅かったらしい。したがって、もちろんそこに原人などと言われるものの蹟を尋ねてみる面倒もなさそうだ。石器時代遺物・遺蹟の最も古いと思われるものでも、当時の人々は相当他において工芸的進歩をなした後に渡来したものであったことを示している。そこへさらに他の文化を有する人々が渡来して互いに相接触した。さらに海外から新しい文化が輸入された。だんだん松明の光が強くなり、その数も多くなった。百燭光の電燈までが光り出した。しかしまだ容易に隅々にまでは明りが徹底せぬ。物の陰になった所などには久しく闇黒世界が遺されていた。石器を使用している民衆の中へ少数の金属利器が輸入せられても、それは容易に一般の供給を充すに足らず、相変らず石器は製作使用せられている。すなわち有史時代と同時に一方には史前時代が並存していたのである。一方には立派に記録が当時を語っているような時代にも、一方にはまだ遺物・遺蹟以外、なんらの口碑・伝説をも遺さずに消え行ったものが多かったのである。 しからばこの史前時代なるものが、果していつのころまでわが国土の僻隅に存在していたであろうか。もちろんその絶対年代を確かめることは容易でないが、もし厳格に「史」なる意義を解釈したならば、今の北海道のアイヌ族のごときは明治に至るまでもまだ史前時代にいたと言ってしかるべき場合もある。しかしてそれと同一系統に属する民族が、同じアイヌの名をもって、百二十年ばかり前までもまだ本州の北端津軽半島の一角に取り遺されていたのであった。彼らはもちろんもはや石器時代の状態にはいない。しかしながら彼ら自身としては、ほとんどなんらの記録をも遺さず、ただ不完全なる口碑によって、きわめて貧弱なる過去の事蹟を語っているに過ぎなかった。それを史前時代というのが適当でないとしても、少くも彼らの間には史前時代の薄ぼかしが継続して、いわゆる原史時代の状態を脱却し得ないのであった。しかしてさらに時代を遡るに従って、この状態は次第にそれよりも南方の地方に認められたのであった。なお、さらに厳重にこれを言わば、今もって老人達の間に目暗暦めくらごよみなるものが実用に供せられている南部の地方においては、近いころまでもその民衆限りの間では、少くも原史時代の状態が継続しておったと言われても、強き文句の言えないものであったと言ってもよかろう。 しかしながら一方にかく史前時代の状態が、少くともその薄ぼかしの状態が、久しく継続していたような地方にも一方には同時に立派に中央文化の風が吹き通っておった。したがってその側の人々によって遺された文献その他の史料によって、多少なりともその状態を窺知することが出来ないでもない。しかしてかくのごときの状態は、さらに時代を遡るに従って、中央に近い地方にも認められ、さらに遠く遡っては、この島国と大陸との間にも、同様の関係が幾分認め得られないでもない。トロヤの遺蹟の発掘によって、その伝統的事蹟の存在が証明し得られたような都合のよいものには容易に出くわし難いとしても、神話・伝説に言うところが、しばしば遺物・遺蹟の調査から出発して裏書きせられ得る場合がないでもない。北見国からおそらく奈良朝時代のものと思われる蕨手刀が出た。しかしてそこには一方で土製の刀剣が模造されておった。日高国から室町時代のものと思われる腰刀が出た。しかしてそこにはなお石銛・石鏃などが作られていた。陸中国からは先秦の刀貨が出たと言われ、羽後からは漢代の半両銭・五銖銭が続々発掘されている。近くは陸奥国是川村〔(八戸市)〕なる石器時代の遺蹟から、種々の漆器や木製品が出土して学界の大問題を引き起している。かくのごとく一方には史前時代と、他方には有史時代とが、かすかながらに、ある縁えにしの糸で結び付けられているような現象も少くはないのである。 もちろん史前時代の研究としては、遺物・遺蹟がほとんど唯一の対象であると言ってよい。しかしてその研究はもちろん考古学者に御依頼せねばならぬ。しかしながらわれら歴史家として立つものは、その研究範囲をいわゆる有史時代にのみ局限することに満足が出来ないで、さらにいわゆる史前時代に遡って、その歴史の淵源を明かにすることに努力せねばならぬ。今日の歴史家はむろん史料を文献のみに仰ぐような狭い研究法を採っていない。傍ら遺物・遺蹟・地名・土俗・言語・口碑等やその他多くの補助史料の援助を仰いでいるのである。ただその史料とするところが、勢いその研究対象とする時代によって違って来る。近い時代のことには文献的史料が主なるものであり、時代が上るに従って遺物・遺蹟が主なるものとなる。かくてついには全く文献なき時代に到達して、ほとんどすべての史料を遺物・遺蹟に仰がなければならなくなるのである。しかも研究者にとって都合のよいことには、その時代はいわゆる石器時代に属する場合が多く、幸いにして不朽性の石器や、ことに破損しやすいがゆえに特にその破片の遺棄せられたるもの多かるべき当時の土製品が、はなはだ多数に各地の遺蹟に埋蔵保存せられて、各時代の特徴をよくその製作文様の上にあらわし、もって考古学者の努力を待っているのである。しかしてわれら歴史家の輩は、なお古文書学者から史料としてその整理研究に係る古文書の供給を受くると同様に、考古学者からこれら遺物・遺蹟の調査の結果を頂戴して、もっていわゆる史前時代の歴史を研究せんと希望しているのである。 今度大山〔(柏 )〕公爵の史前学会において、従来に発行せられたる諸報告および幾多のパンフレットのほかに、さらに新たに雑誌〔(『史前学雑誌』)〕を発行せられてその研究調査の結果を発表せられることとなった。われらが希望する史前時代の史料がかくのごとくにして続々供給せらるべきである。これまことに学界の慶事として、われらの欣喜に堪えざるところである。すなわちいささか所見を開陳して、その前途に栄えあらんことを祝福するとしかいう。
有史時代と同時に一方には並存していた時代の研究としては、何がほとんど唯一の対象であると言ってよいですか。
有史時代と同時に一方には並存していた時代の研究としては、遺物・遺蹟がほとんど唯一の対象であると言ってよいです。
JCRRAG_014349
国語
グラムダルクリッチと私には馬車が許されたので、これに乗って、市内見物に出たり、店屋に行ったものです。私はいつも箱のままつれて行かれるのですが、街の家々や人々がよく見えるように、彼女はたびたび、私を取り出して手の上に乗せてくれました。ある日、たまたび馬車をある店先に停めると、それを見て乞食の群が、一せいに馬車の両側に集って来ました。これは実にものすごい光景でした。男は十人、女は十二人はいました。だが何よりたまらなかったのは、彼らの着物を這いまわっている虱でした。それがちょうど、あのヨーロッパの虱を顕微鏡で見るときよりも、もっとはっきり肉眼で見えます。そして、あの豚のように嗅ぎまわっている鼻など、こんなものを見るのは、はじめてでした。 いつも私を入れて歩いていた箱のほかに、王妃は、旅行用として、小さい箱を一つ作らせてくれました。今までのは、グラムダルクリッチの膝には少し大き過ぎたし、馬車で持ち運ぶにも少しかさばり過ぎたからです。この旅行用の箱は、正方形で、三方の壁に一つずつ窓があり、どの窓にも外側から鉄の針金の格子がはめてあります。一方の壁には窓がなくて、二本の丈夫な留め金がついています。私が馬車で行くときには、乗手がこれに革帯を通して、しっかり腰に結びつけるのです。 こんなふうにして、私は国王の行列に加わったり、宮廷の貴婦人や大臣を訪問したりしました。というのも、両陛下のおかげで、私は急に大官たちの間で有名になってきたからです。旅行中もし馬車にあきると、召使が彼の前の蒲団の上に箱を置いてくれます。そこで、私は三つの窓から外の景色を眺めるのでした。この箱には、椅子が二つ、テーブルが一つ、コップが三つありました。 私は長い間、航海に馴れていたので、馬車が揺れるのも、わりに平気でした。
旅行用としての小さい箱の中にある家具のうち、一番数が多いものを教えてください。
旅行用としての小さい箱の中にある家具のうち、一番数が多いものはコップで三つです。
JCRRAG_014350
国語
宰相殿はより一層怒って、一寸法師にいいつけて、お姫さまをお屋敷から追い出して、どこかとおい所へ捨てさせました。 一寸法師はとんだことをいい出して、お姫さまが追い出されるようになったので、すっかり気の毒になってしまいました。そこでどこまでもお姫さまのお供をして行くつもりで、まず難波のおとうさんのうちへお連れしようと思って、鳥羽から舟に乗りました。すると間もなく、ひどいしけになって、舟はずんずん川を下って海の方へ流されました。それから風のまにまに吹き流されて、とうとう三日三晩波の上で暮らして、四日に一つの島に着きました。 その島には今まで話に聞いたこともないようなふしぎな花や木がたくさんあって、いったい人が住んでいるのかいないのか、いっこうに人らしいものの姿は見えませんでした。 一寸法師はお姫さまを連れて島に上がって、きょろきょろしながら歩いて行きますと、いつどこから出てきたともなく、二匹の鬼がそこへひょっこり飛び出してきました。そしていきなりお姫さまにとびかかって、ただ一口で食べようとしました。お姫さまはびっくりして、気が遠くなってしまいました。それを見ると、一寸法師は、例のぬい針の刀をきらりと引き抜いて、ぴょこんと鬼の前へ飛んで出ました。そしてありったけの大きな声を振り立てて、 「これこれ、このお方をだれだと思う。三条の宰相殿の姫君だぞ。うっかり失礼なまねをすると、この一寸法師が承知しないぞ。」 とどなりました。二匹の鬼はこの声におどろいて、よく見るとあしもとに豆っ粒のような小男が、いばり返って、つっ立っていました。鬼はからからと笑いました。 「何だ。こんな豆っ粒か。めんどうくさい、のんでしまえ。」 というが早いか、一匹の鬼は、一寸法師をつまみ上げて、ぱっくり一口にのんでしまいました。一寸法師は刀を持ったまま、するすると鬼のおなかの中へすべり込んでいきました。入るとおなかの中をやたらにかけずり回りながら、ちくりちくりと刀でついて回りました。鬼は苦しがって、 「あッ、いたい。あッ、いたい。こりゃたまらん。」 と地べたをころげ回りました。そして苦しまぎれにかっと息をするはずみに、一寸法師はまたぴょこりと口から外へ飛び出しました。そして刀を振り上げて、また鬼に切ってかかりました。するともう一匹の鬼が、 「生意気なちびだ。」 といって、また一寸法師をつかまえて、あんぐりのんでしまいました。のまれながら一寸法師は、こんどはすばやくおどり上あがって、のどの穴から鼻の穴へ抜けて、それから眼のうしろへはい上がって、さんざん鬼の目玉をつッつきました。すると鬼は思わず、 「いたい。」 とさけんで、飛び上がったはずみに、一寸法師は、目の中からひょいと地面に飛びおりました。鬼は目玉が抜け出だしたかと思って、びっくりして、 「たいへん、たいへん。」 と、後をも見ずに逃げ出しました。するともう一匹の鬼も、 「こりゃかなわん。逃げろ、逃げろ。」 と後を追って行きました。 「はッは、弱虫め。」 と、一寸法師は、逃げて行く鬼のうしろ姿を気味よさそうにながめて、 「やれやれ、とんだことでした。」 といいながら、そこに倒れているお姫さまを抱き起こして、しんせつに介抱しました。お姫さまがすっかり正気がついて、立ち上あがろうとしますと、すそからころころと小さな槌がころげ落ちました。 「おや、ここにこんなものが。」 と、お姫さまがそれを拾ってお見せになりました。 一寸法師はその槌を手に持って、 「これは鬼の忘れて行った打出の小槌です。これを振れば、何でもほしいと思うものが出てきます。ごらんなさい、今ここでわたしの背を打ち出だしてお目にかけますから。」 こういって、一寸法師は、打出の小槌を振り上げて、 「一寸法師よ、大きくなれ。あたり前の背になれ。」 といいながら、一度振りますと背が一尺のび、二度振りますと三尺のび、三度めには六尺に近いりっぱな大男になりました。 お姫さまはそのたんびに目をまるくして、 「まあ、まあ。」 といっておいでになりました。 一寸法師は大きくなったので、もううれしくってうれしくって、立ったりしゃがんだり、うしろを振り向いたり、前を見たり、自分で自分の体をめずらしそうにながめていましたが、一通りながめてしまうと、急に三日三晩なんにも食べないで、おなかのへっていることを思い出しました。そこでさっそく打出の小槌を振って、そこへ食べきれないほどのごちそうを振り出して、お姫さまと二人で仲よく食べました。 ごちそうを食べてしまうと、こんどは金銀、さんご、るり、めのうと、宝を打ち出しました。そしていちばんおしまいに、大きな舟を打ち出して、宝物を残らずそれに積み込んで、お姫さまと一寸法師、また舟に乗って、間もなく日本の国へ帰って来ました。 一寸法師が宰相殿のお姫さまを連れて、鬼が島から宝物を取って、めでたく帰って来たといううわさが、すぐと世間にひろまって、やがて天子さまのお耳にまで入りました。 そこで天子さまは、あるとき、一寸法師をお召しになってごらんになりますと、なるほど気高い様子をしたりっぱな若者でしたから、これはただ者ではあるまいと、よくよく先祖をお調べになりました。それで一寸法師のおじいさんが、堀河の中納言というえらい人で、むじつの罪で田舎に追われて出来た子が、一寸法師のおとうさんで、それからおかあさんという人も、やはりもとは伏見の少将といった、これもえらい人の種だということが分かりました。 天子さまはさっそく、一寸法師に位をおさずけになって、堀河の少将とお呼びになりました。堀河の少将は、あらためて三条宰相殿のお許しをうけて、お姫さまをお嫁さんにもらいました。そして摂津国の難波から、おとうさんやおかあさんを呼び寄せて、うち中がみんな集まって、楽しく世の中を送りました。
一寸法師につつかれて、逃げ出した鬼は何匹でしたか。
一寸法師につつかれて、逃げ出した鬼は2匹です。
JCRRAG_014351
国語
お嬢さんや坊ちゃんに追い出された白は東京中をうろうろ歩きました。しかしどうしても、忘れることのできないのはまっ黒になった姿のことです。白は客の顔を映している理髪店の鏡を恐れました。雨上がりの空を映している往来の水たまりを恐れました。往来の若葉を映している飾窓の硝子ガラスを恐れました。いや、カフェのテーブルに黒ビールをたたえているコップさえ、けれどもそれが何になるでしょう? あの自動車を御覧なさい。ええ、あの公園の外にとまった、大きな黒塗りの自動車です。漆を光らせた自動車の車体は今こちらへ歩いて来る白の姿を映していました。はっきりと、鏡のように。白の姿を映すものはあの客待の自動車のように、到るところにあるわけなのです。もしあれを見たとすれば、どんなに白は恐れるでしょう。それ、白の顔を御覧なさい。白は苦しそうにうなったと思うと、たちまち公園の中へかけこみました。 公園の中の鈴懸の若葉にかすかな風が吹いています。白は頭を垂れたなり、木々の間を歩いて行きました。ここには幸い池のほかには、姿を映すものも見当たりません。物音はただ白薔薇に群がる蜂の声が聞こえるばかりです。白は平和な公園の空気に、しばらくはみにくい黒犬になった日ごろの悲しさも忘れていました。 しかしそういう幸福さえ五分と続いたかどうかわかりません。白はただ夢のように、ベンチに並んでいるみちばたへ出ました。するとその路の曲がり角の向こうにけたたましい犬の声が起ったのです。 「きゃん。きゃん。助けてくれえ! きゃあん。きゃあん。助けてくれえ!」 白は思わず身震いをしました。この声は白の心の中へ、あの恐ろしい黒の最後をもう一度はっきり浮かばせたのです。白は目をつぶったまま、元来た方へ逃げ出そうとしました。けれどもそれは言葉通り、ほんの一瞬の間のことです。白は凄すさまじい唸り声をもらすと、きりりとまた振り返りました。 「きゃあん。きゃあん。助けてくれえ! きゃあん。きゃあん。助けてくれえ!」 この声はまた白の耳にはこういう言葉にも聞こえるのです。 「きゃあん。きゃあん。臆病ものになるな! きゃあん。臆病ものになるな!」 白は頭を低くするが早いか、声のする方へ駈け出しました。 けれどもそこへ来て見ると、白の目の前へ現れたのは犬殺しなどではありません。ただ学校の帰りらしく、洋服を着た子供が二、三人、頸のまわりへ縄をつけた茶色の子犬を引きずりながら、何かわいわい騒いでいるのです。子犬は一生懸命に引きずられまいともがきもがき、「助けてくれえ。」と繰り返していました。しかし子供たちはそんな声に耳を貸すけしきもありません。ただ笑ったり、怒鳴ったり、あるいはまた子犬の腹を靴で蹴ったりするばかりです。 白は少しもためらわずに、子供たちを目がけて吠えかかりました。不意を打たれた子供たちは驚いたの驚かないのではありません。また実際白のようすは火のように燃えた眼の色といい、刃物のようにむき出した牙の列といい、今にも噛みつくかと思うくらい、恐ろしいけんまくを見せているのです。子供たちは四方へ逃げ散りました。木に登って逃げようとする子供もいました。 驚きすぎて、みちばたの花壇へ飛びこんだ子供もいました。 白は二・三間追いかけた後、くるりと子犬を振り返ると、しかるようにこう声をかけました。 「さあ、おれといっしょに来い。お前の家まで送ってやるから。」 白は元来た木々の間へ、まっしぐらにまた駈けこみました。茶色の子犬も嬉しそうに、ベンチをくぐり、薔薇を蹴散らしちらし、白に負けまいと走って来ます。まだ頸にぶら下がった、長い縄をひきずりながら。
白が子供たちを目がけて吠えかかった時の、子供たちの反応の違いを教えてください。
白は子供たち目がけて吠えかかり、おどろいて木に登って逃げようとする子供もいました。 もう一方では驚きすぎて、みちばたの花壇へ飛びこんだ子供もいました。
JCRRAG_014352
国語
三人はトロッコを押しながら緩い傾斜を登って行った。良平は車に手をかけていても、心は外の事を考えていた。 その坂を向うへ下り切ると、又同じような茶店があった。土工たちがその中へはいった後、良平はトロッコに腰をかけながら、帰る事ばかり気にしていた。茶店の前には花のさいた梅に、西日の光が消えかかっている。「もう日が暮れる」彼はそう考えると、ぼんやり腰かけてもいられなかった。トロッコの車輪を蹴って見たり、一人では動かないのを承知しながらうんうんそれを押して見たり、そんな事に気もちを紛らせていた。 ところが土工たちは出て来ると、車の上の枕木に手をかけながら、無造作に彼にこう云った。 「われはもう帰んな。おれたちは今日は向う泊りだから」 「あんまり帰りが遅くなるとわれの家でも心配するずら」 良平は一瞬間呆気にとられた。もうかれこれ暗くなる事、去年の暮母と岩村まで来たが、今日の途はその三四倍ある事、それを今からたった一人、歩いて帰らなければならない事、そう云う事が一時にわかったのである。良平は殆ど泣きそうになった。が、泣いても仕方がないと思った。泣いている場合ではないとも思った。彼は若い二人の土工に、取って附けたような御時宜をすると、どんどん線路伝いに走り出した。 良平は少時無我夢中に線路の側を走り続けた。その内に懐の菓子包みが、邪魔になる事に気がついたから、それを路側へ抛り出す次手に、板草履も其処へ脱ぎ捨ててしまった。すると薄い足袋の裏へじかに小石が食いこんだが、足だけは遙かに軽くなった。彼は左に海を感じながら、急な坂路を駈け登った。時時涙がこみ上げて来ると、自然に顔が歪んで来る。それは無理に我慢しても、鼻だけは絶えずくうくう鳴った。 竹藪の側を駈け抜けると、夕焼けのした日金山の空も、もう火照りが消えかかっていた。良平は、愈気が気でなかった。往きと返りと変るせいか、景色の違うのも不安だった。すると今度は着物までも、汗の濡れ通ったのが気になったから、やはり必死に駈け続けたなり、羽織を路側へ脱いで捨てた。 蜜柑畑へ来る頃には、あたりは暗くなる一方だった。「命さえ助かれば」良平はそう思いながら、すべってもつまずいても走って行った。 やっと遠い夕闇の中に、村外れの工事場が見えた時、良平は一思いに泣きたくなった。しかしその時もべそはかいたが、とうとう泣かずに駈け続けた。 彼の村へはいって見ると、もう両側の家家には、電燈の光がさし合っていた。良平はその電燈の光に、頭から汗の湯気の立つのが、彼自身にもはっきりわかった。井戸端に水を汲んでいる女衆や、畑から帰って来る男衆は、良平が喘ぎ喘ぎ走るのを見ては、「おいどうしたね?」などと声をかけた。が、彼は無言のまま、雑貨屋だの床屋だの、明るい家の前を走り過ぎた。 彼の家の門口へ駈けこんだ時、良平はとうとう大声に、わっと泣き出さずにはいられなかった。その泣き声は彼の周囲へ、一時に父や母を集まらせた。殊に母は何とか云いながら、良平の体を抱えるようにした。が、良平は手足をもがきながら、啜り上げ啜り上げ泣き続けた。その声が余り激しかったせいか、近所の女衆も三四人、薄暗い門口へ集って来た。父母は勿論その人たちは、口口に彼の泣く訣を尋ねた。しかし彼は何と云われても泣き立てるより外に仕方がなかった。あの遠い路を駈け通して来た、今までの心細さをふり返ると、いくら大声に泣き続けても、足りない気もちに迫られながら、 良平は二十六の年、妻子と一しょに東京へ出て来た。今では或雑誌社の二階に、校正の朱筆を握っている。が、彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼を思い出す事がある。全然何の理由もないのに?塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。
良平が泣きそうになったのはなぜか。
日が暮れる中、一人で長い道を帰らなければならないことに不安を感じたから。
JCRRAG_014353
国語
グラムダルクリッチと私には馬車が許されたので、これに乗って、市内見物に出たり、店屋に行ったものです。私はいつも箱のままつれて行かれるのですが、街の家々や人々がよく見えるように、彼女はたびたび、私を取り出して手の上に乗せてくれました。ある日、たまたび馬車をある店先に停めると、それを見て乞食の群が、一せいに馬車の両側に集って来ました。これは実にものすごい光景でした。男は十人、女は十二人はいました。だが何よりたまらなかったのは、彼らの着物を這いまわっている虱でした。それがちょうど、あのヨーロッパの虱を顕微鏡で見るときよりも、もっとはっきり肉眼で見えます。そして、あの豚のように嗅ぎまわっている鼻など、こんなものを見るのは、はじめてでした。 いつも私を入れて歩いていた箱のほかに、王妃は、旅行用として、小さい箱を一つ作らせてくれました。今までのは、グラムダルクリッチの膝には少し大き過ぎたし、馬車で持ち運ぶにも少しかさばり過ぎたからです。この旅行用の箱は、正方形で、三方の壁に一つずつ窓があり、どの窓にも外側から鉄の針金の格子がはめてあります。一方の壁には窓がなくて、二本の丈夫な留め金がついています。私が馬車で行くときには、乗手がこれに革帯を通して、しっかり腰に結びつけるのです。 こんなふうにして、私は国王の行列に加わったり、宮廷の貴婦人や大臣を訪問したりしました。というのも、両陛下のおかげで、私は急に大官たちの間で有名になってきたからです。旅行中もし馬車にあきると、召使が彼の前の蒲団の上に箱を置いてくれます。そこで、私は三つの窓から外の景色を眺めるのでした。この箱には、椅子が二つ、テーブルが一つ、コップが三つありました。 私は長い間、航海に馴れていたので、馬車が揺れるのも、わりに平気でした。
旅行用としての小さい箱の中にある家具のうち、一番数が多いものを教えてください。
旅行用としての小さい箱の中にある家具のうち、一番数が多いものはコップで三つです。
JCRRAG_014354
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宰相殿はより一層怒って、一寸法師にいいつけて、お姫さまをお屋敷から追い出して、どこかとおい所へ捨てさせました。 一寸法師はとんだことをいい出して、お姫さまが追い出されるようになったので、すっかり気の毒になってしまいました。そこでどこまでもお姫さまのお供をして行くつもりで、まず難波のおとうさんのうちへお連れしようと思って、鳥羽から舟に乗りました。すると間もなく、ひどいしけになって、舟はずんずん川を下って海の方へ流されました。それから風のまにまに吹き流されて、とうとう三日三晩波の上で暮らして、四日に一つの島に着きました。 その島には今まで話に聞いたこともないようなふしぎな花や木がたくさんあって、いったい人が住んでいるのかいないのか、いっこうに人らしいものの姿は見えませんでした。 一寸法師はお姫さまを連れて島に上がって、きょろきょろしながら歩いて行きますと、いつどこから出てきたともなく、二匹の鬼がそこへひょっこり飛び出してきました。そしていきなりお姫さまにとびかかって、ただ一口で食べようとしました。お姫さまはびっくりして、気が遠くなってしまいました。それを見ると、一寸法師は、例のぬい針の刀をきらりと引き抜いて、ぴょこんと鬼の前へ飛んで出ました。そしてありったけの大きな声を振り立てて、 「これこれ、このお方をだれだと思う。三条の宰相殿の姫君だぞ。うっかり失礼なまねをすると、この一寸法師が承知しないぞ。」 とどなりました。二匹の鬼はこの声におどろいて、よく見るとあしもとに豆っ粒のような小男が、いばり返って、つっ立っていました。鬼はからからと笑いました。 「何だ。こんな豆っ粒か。めんどうくさい、のんでしまえ。」 というが早いか、一匹の鬼は、一寸法師をつまみ上げて、ぱっくり一口にのんでしまいました。一寸法師は刀を持ったまま、するすると鬼のおなかの中へすべり込んでいきました。入るとおなかの中をやたらにかけずり回りながら、ちくりちくりと刀でついて回りました。鬼は苦しがって、 「あッ、いたい。あッ、いたい。こりゃたまらん。」 と地べたをころげ回りました。そして苦しまぎれにかっと息をするはずみに、一寸法師はまたぴょこりと口から外へ飛び出しました。そして刀を振り上げて、また鬼に切ってかかりました。するともう一匹の鬼が、 「生意気なちびだ。」 といって、また一寸法師をつかまえて、あんぐりのんでしまいました。のまれながら一寸法師は、こんどはすばやくおどり上あがって、のどの穴から鼻の穴へ抜けて、それから眼のうしろへはい上がって、さんざん鬼の目玉をつッつきました。すると鬼は思わず、 「いたい。」 とさけんで、飛び上がったはずみに、一寸法師は、目の中からひょいと地面に飛びおりました。鬼は目玉が抜け出だしたかと思って、びっくりして、 「たいへん、たいへん。」 と、後をも見ずに逃げ出しました。するともう一匹の鬼も、 「こりゃかなわん。逃げろ、逃げろ。」 と後を追って行きました。 「はッは、弱虫め。」 と、一寸法師は、逃げて行く鬼のうしろ姿を気味よさそうにながめて、 「やれやれ、とんだことでした。」 といいながら、そこに倒れているお姫さまを抱き起こして、しんせつに介抱しました。お姫さまがすっかり正気がついて、立ち上あがろうとしますと、すそからころころと小さな槌がころげ落ちました。 「おや、ここにこんなものが。」 と、お姫さまがそれを拾ってお見せになりました。 一寸法師はその槌を手に持って、 「これは鬼の忘れて行った打出の小槌です。これを振れば、何でもほしいと思うものが出てきます。ごらんなさい、今ここでわたしの背を打ち出だしてお目にかけますから。」 こういって、一寸法師は、打出の小槌を振り上げて、 「一寸法師よ、大きくなれ。あたり前の背になれ。」 といいながら、一度振りますと背が一尺のび、二度振りますと三尺のび、三度めには六尺に近いりっぱな大男になりました。 お姫さまはそのたんびに目をまるくして、 「まあ、まあ。」 といっておいでになりました。 一寸法師は大きくなったので、もううれしくってうれしくって、立ったりしゃがんだり、うしろを振り向いたり、前を見たり、自分で自分の体をめずらしそうにながめていましたが、一通りながめてしまうと、急に三日三晩なんにも食べないで、おなかのへっていることを思い出しました。そこでさっそく打出の小槌を振って、そこへ食べきれないほどのごちそうを振り出して、お姫さまと二人で仲よく食べました。 ごちそうを食べてしまうと、こんどは金銀、さんご、るり、めのうと、宝を打ち出しました。そしていちばんおしまいに、大きな舟を打ち出して、宝物を残らずそれに積み込んで、お姫さまと一寸法師、また舟に乗って、間もなく日本の国へ帰って来ました。 一寸法師が宰相殿のお姫さまを連れて、鬼が島から宝物を取って、めでたく帰って来たといううわさが、すぐと世間にひろまって、やがて天子さまのお耳にまで入りました。 そこで天子さまは、あるとき、一寸法師をお召しになってごらんになりますと、なるほど気高い様子をしたりっぱな若者でしたから、これはただ者ではあるまいと、よくよく先祖をお調べになりました。それで一寸法師のおじいさんが、堀河の中納言というえらい人で、むじつの罪で田舎に追われて出来た子が、一寸法師のおとうさんで、それからおかあさんという人も、やはりもとは伏見の少将といった、これもえらい人の種だということが分かりました。 天子さまはさっそく、一寸法師に位をおさずけになって、堀河の少将とお呼びになりました。堀河の少将は、あらためて三条宰相殿のお許しをうけて、お姫さまをお嫁さんにもらいました。そして摂津国の難波から、おとうさんやおかあさんを呼び寄せて、うち中がみんな集まって、楽しく世の中を送りました。
舟に乗って日本の国に帰ったのは何人ですか。
舟に乗って日本の国に帰ったのは2人で、 「お姫さま」 「一寸法師」 です。
JCRRAG_014355
国語
その後の白はどうなったか?それは一々話さずとも、いろいろな新聞に伝えられています。おおかたどなたも御存じでしょう。度々危うい人命を救った、勇ましい一匹の黒犬のあるのを。また一時『義犬』という活動写真が流行したことを。あの黒犬こそ白だったのです。しかしまだ不幸にも御存じのない方がいれば、どうか下に引用した新聞の記事を読んで下さい。 東京日日新聞。昨十八日(五月)午前八時四十分、奥羽線上り急行列車が田端駅付近の踏切を通過する際、踏切番人の過失により、田端一二三会社員柴山鉄太郎の長男実彦(四歳)が列車の通る線路内に立ち入り、危く轢死を遂げようとした。その時、たくましい黒犬が一匹、稲妻のように踏切へ飛びこみ、目前に迫った列車の車輪から、見事に実彦を救い出した。この勇敢なる黒犬は人々がさわいでいる間にどこかへ姿を隠したため、表彰したくてもすることが出来ず、当局は大いに困っている。 東京朝日新聞。軽井沢で避暑中のアメリカ富豪エドワード・バークレエ氏の夫人はペルシア産の猫を寵愛している。すると最近同氏の別荘へ七尺余りの大蛇が現れ、ベランダにいる猫を呑もうとした。そこへ見知らぬ黒犬が一匹、突然猫を救いに駈けつけ、二十分に渡り奮闘した後、とうとうその大蛇を噛み殺した。しかしこのけなげな犬はどこかへ姿を隠したため、夫人は五千ドルの賞金を懸け、犬の行方を求めている。 国民新聞。日本アルプス横断中、一時行方不明になった第一高等学校の生徒三名は七日(八月)上高地の温泉へ到着した。一行は穂高山と槍ヶ岳との間にみちを失い、かつ過日の暴風雨にテントや糧食等を奪われたため、ほとんど死を覚悟していた。しかるにどこからか黒犬が一匹、一行のさまよっていた渓谷に現れ、あたかも案内をするように、先へ立って歩き出した。一行はこの犬の後に従い、一日余り歩いた後、やっと上高地へ着くことが出来た。しかし犬は目の下に温泉宿の屋根が見えると、ひとこと嬉しそうに吠えたきり、もう一度もと来た熊笹の中へ姿を隠してしまったという。一行は皆この犬が来たのは神明の加護だと信じている。 時事新報。十三日(九月)名古屋市の大火は焼死者十余名に及んだが、横関名古屋市長なども愛児を失おうとした一人である。令息武矩(三歳)はいかなる家族の手落ちからか、猛火の中の二階に残され、すでに灰燼となろうとしたところを、一匹の黒犬のためにくわえ出された。市長は今後名古屋市に限り、野犬撲殺を禁ずるといっている。 読売新聞。小田原町城内公園に連日の人気を集めていた宮城巡回動物園のシベリヤ産大狼は二十五日(十月)午後二時ごろ、突然巌乗な檻を破り、木戸番二名を負傷させたのち、箱根方面へ逸走した。小田原署はそのために非常動員を行い、全町にわたって警戒線を張った。すると午後四時半ごろ狼が十字町に現れ、一匹の黒犬と噛み合い始めた。黒犬は悪戦すこぶる努め、ついに敵を噛み伏せるに至った。そこへ警戒中の巡査もかけつけ、直ちに狼を銃殺した。この狼はルプス・ジガンティクスと称し、最も兇猛な種属であるという。なお宮城動物園主は狼の銃殺を不当とし、小田原署長を相手どった告訴を起こすといきまいている。等、等、等。
東京朝日新聞と国民新聞に載っていた黒犬の活躍の違いを教えてください。
東京朝日新聞では軽井沢にてアメリカ富豪エドワード・バークレエ氏の夫人の飼っているペルシア産の猫が七尺余りの大蛇が襲ったところを黒犬に助けられた事が載っていました。 また国民新聞では、日本アルプス横断中の第一高等学校の生徒三名が遭難していたところ、黒犬の案内で三名が無事に上高地の温泉へ到着したことが載っています。
JCRRAG_014356
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三人はトロッコを押しながら緩い傾斜を登って行った。良平は車に手をかけていても、心は外の事を考えていた。 その坂を向うへ下り切ると、又同じような茶店があった。土工たちがその中へはいった後、良平はトロッコに腰をかけながら、帰る事ばかり気にしていた。茶店の前には花のさいた梅に、西日の光が消えかかっている。「もう日が暮れる」彼はそう考えると、ぼんやり腰かけてもいられなかった。トロッコの車輪を蹴って見たり、一人では動かないのを承知しながらうんうんそれを押して見たり、そんな事に気もちを紛らせていた。 ところが土工たちは出て来ると、車の上の枕木に手をかけながら、無造作に彼にこう云った。 「われはもう帰んな。おれたちは今日は向う泊りだから」 「あんまり帰りが遅くなるとわれの家でも心配するずら」 良平は一瞬間呆気にとられた。もうかれこれ暗くなる事、去年の暮母と岩村まで来たが、今日の途はその三四倍ある事、それを今からたった一人、歩いて帰らなければならない事、そう云う事が一時にわかったのである。良平は殆ど泣きそうになった。が、泣いても仕方がないと思った。泣いている場合ではないとも思った。彼は若い二人の土工に、取って附けたような御時宜をすると、どんどん線路伝いに走り出した。 良平は少時無我夢中に線路の側を走り続けた。その内に懐の菓子包みが、邪魔になる事に気がついたから、それを路側へ抛り出す次手に、板草履も其処へ脱ぎ捨ててしまった。すると薄い足袋の裏へじかに小石が食いこんだが、足だけは遙かに軽くなった。彼は左に海を感じながら、急な坂路を駈け登った。時時涙がこみ上げて来ると、自然に顔が歪んで来る。それは無理に我慢しても、鼻だけは絶えずくうくう鳴った。 竹藪の側を駈け抜けると、夕焼けのした日金山の空も、もう火照りが消えかかっていた。良平は、愈気が気でなかった。往きと返りと変るせいか、景色の違うのも不安だった。すると今度は着物までも、汗の濡れ通ったのが気になったから、やはり必死に駈け続けたなり、羽織を路側へ脱いで捨てた。 蜜柑畑へ来る頃には、あたりは暗くなる一方だった。「命さえ助かれば」良平はそう思いながら、すべってもつまずいても走って行った。 やっと遠い夕闇の中に、村外れの工事場が見えた時、良平は一思いに泣きたくなった。しかしその時もべそはかいたが、とうとう泣かずに駈け続けた。 彼の村へはいって見ると、もう両側の家家には、電燈の光がさし合っていた。良平はその電燈の光に、頭から汗の湯気の立つのが、彼自身にもはっきりわかった。井戸端に水を汲んでいる女衆や、畑から帰って来る男衆は、良平が喘ぎ喘ぎ走るのを見ては、「おいどうしたね?」などと声をかけた。が、彼は無言のまま、雑貨屋だの床屋だの、明るい家の前を走り過ぎた。 彼の家の門口へ駈けこんだ時、良平はとうとう大声に、わっと泣き出さずにはいられなかった。その泣き声は彼の周囲へ、一時に父や母を集まらせた。殊に母は何とか云いながら、良平の体を抱えるようにした。が、良平は手足をもがきながら、啜り上げ啜り上げ泣き続けた。その声が余り激しかったせいか、近所の女衆も三四人、薄暗い門口へ集って来た。父母は勿論その人たちは、口口に彼の泣く訣を尋ねた。しかし彼は何と云われても泣き立てるより外に仕方がなかった。あの遠い路を駈け通して来た、今までの心細さをふり返ると、いくら大声に泣き続けても、足りない気もちに迫られながら、 良平は二十六の年、妻子と一しょに東京へ出て来た。今では或雑誌社の二階に、校正の朱筆を握っている。が、彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼を思い出す事がある。全然何の理由もないのに?塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。
良平が村に着いたとき、どのような状態だったか。
汗だくで息を切らしながら走り続け、一思いに泣きたくなったが、泣かずに無言のまま駆け続けた。
JCRRAG_014357
国語
その大陸は、飛島の国王に属していて、バルニバービといわれています。首府はラガードと呼ばれています。 私は地上におろされて、とにかく満足でした。服装は飛島のと同じだし、彼等の言葉も、私はよくわかっていたので、何の気がかりもなく、町の方へ歩いて行きました。私は飛島の人から紹介状をもらっていましたので、それを持って、ある偉い貴族の家を訪ねて行きました。すると、その貴族は、彼のやしきの一室を、私に貸してくれて、非常に厚くもてなしてくれました。 翌朝、彼は、私を馬車に乗せて、市内見物につれて行ってくれました。街はロンドンの半分くらいですが、家の建て方が、ひどく奇妙で、そして、ほとんど荒れ放題になっているのです。街を通る人は、みな急ぎ足で、妙にもの凄い顔つきで、大概ボロボロの服を着ています。 男が四人、女が二人の六人の集団が道をふさぐように横一列で歩いている時は驚きました。 それから私たちは、城門を出て、三マイルばかり郊外を歩いてみました。そこでは、たくさんの農夫が、いろいろの道具で地面を掘り返していましたが、どうも、何をしているのやら、さっぱり、わからないのです。 三人の農夫が三本の鍬を持って土を起こしたり、少し離れた所では四人の農夫が四本の鎌をもって草を切ったりしています。 見る限り土はよく肥えているのに、穀物など一向に生えそうな様子はありません。
たくさんの農夫が、いろいろの道具で地面を掘り返していましたが、より少なく使われている農具を教えてください。
たくさんの農夫が、いろいろの道具で地面を掘り返していましたが、より少なく使われている農具は鍬で三本です。
JCRRAG_014358
国語
宰相殿はより一層怒って、一寸法師にいいつけて、お姫さまをお屋敷から追い出して、どこかとおい所へ捨てさせました。 一寸法師はとんだことをいい出して、お姫さまが追い出されるようになったので、すっかり気の毒になってしまいました。そこでどこまでもお姫さまのお供をして行くつもりで、まず難波のおとうさんのうちへお連れしようと思って、鳥羽から舟に乗りました。すると間もなく、ひどいしけになって、舟はずんずん川を下って海の方へ流されました。それから風のまにまに吹き流されて、とうとう三日三晩波の上で暮らして、四日に一つの島に着きました。 その島には今まで話に聞いたこともないようなふしぎな花や木がたくさんあって、いったい人が住んでいるのかいないのか、いっこうに人らしいものの姿は見えませんでした。 一寸法師はお姫さまを連れて島に上がって、きょろきょろしながら歩いて行きますと、いつどこから出てきたともなく、二匹の鬼がそこへひょっこり飛び出してきました。そしていきなりお姫さまにとびかかって、ただ一口で食べようとしました。お姫さまはびっくりして、気が遠くなってしまいました。それを見ると、一寸法師は、例のぬい針の刀をきらりと引き抜いて、ぴょこんと鬼の前へ飛んで出ました。そしてありったけの大きな声を振り立てて、 「これこれ、このお方をだれだと思う。三条の宰相殿の姫君だぞ。うっかり失礼なまねをすると、この一寸法師が承知しないぞ。」 とどなりました。二匹の鬼はこの声におどろいて、よく見るとあしもとに豆っ粒のような小男が、いばり返って、つっ立っていました。鬼はからからと笑いました。 「何だ。こんな豆っ粒か。めんどうくさい、のんでしまえ。」 というが早いか、一匹の鬼は、一寸法師をつまみ上げて、ぱっくり一口にのんでしまいました。一寸法師は刀を持ったまま、するすると鬼のおなかの中へすべり込んでいきました。入るとおなかの中をやたらにかけずり回りながら、ちくりちくりと刀でついて回りました。鬼は苦しがって、 「あッ、いたい。あッ、いたい。こりゃたまらん。」 と地べたをころげ回りました。そして苦しまぎれにかっと息をするはずみに、一寸法師はまたぴょこりと口から外へ飛び出しました。そして刀を振り上げて、また鬼に切ってかかりました。するともう一匹の鬼が、 「生意気なちびだ。」 といって、また一寸法師をつかまえて、あんぐりのんでしまいました。のまれながら一寸法師は、こんどはすばやくおどり上あがって、のどの穴から鼻の穴へ抜けて、それから眼のうしろへはい上がって、さんざん鬼の目玉をつッつきました。すると鬼は思わず、 「いたい。」 とさけんで、飛び上がったはずみに、一寸法師は、目の中からひょいと地面に飛びおりました。鬼は目玉が抜け出だしたかと思って、びっくりして、 「たいへん、たいへん。」 と、後をも見ずに逃げ出しました。するともう一匹の鬼も、 「こりゃかなわん。逃げろ、逃げろ。」 と後を追って行きました。 「はッは、弱虫め。」 と、一寸法師は、逃げて行く鬼のうしろ姿を気味よさそうにながめて、 「やれやれ、とんだことでした。」 といいながら、そこに倒れているお姫さまを抱き起こして、しんせつに介抱しました。お姫さまがすっかり正気がついて、立ち上あがろうとしますと、すそからころころと小さな槌がころげ落ちました。 「おや、ここにこんなものが。」 と、お姫さまがそれを拾ってお見せになりました。 一寸法師はその槌を手に持って、 「これは鬼の忘れて行った打出の小槌です。これを振れば、何でもほしいと思うものが出てきます。ごらんなさい、今ここでわたしの背を打ち出だしてお目にかけますから。」 こういって、一寸法師は、打出の小槌を振り上げて、 「一寸法師よ、大きくなれ。あたり前の背になれ。」 といいながら、一度振りますと背が一尺のび、二度振りますと三尺のび、三度めには六尺に近いりっぱな大男になりました。 お姫さまはそのたんびに目をまるくして、 「まあ、まあ。」 といっておいでになりました。 一寸法師は大きくなったので、もううれしくってうれしくって、立ったりしゃがんだり、うしろを振り向いたり、前を見たり、自分で自分の体をめずらしそうにながめていましたが、一通りながめてしまうと、急に三日三晩なんにも食べないで、おなかのへっていることを思い出しました。そこでさっそく打出の小槌を振って、そこへ食べきれないほどのごちそうを振り出して、お姫さまと二人で仲よく食べました。 ごちそうを食べてしまうと、こんどは金銀、さんご、るり、めのうと、宝を打ち出しました。そしていちばんおしまいに、大きな舟を打ち出して、宝物を残らずそれに積み込んで、お姫さまと一寸法師、また舟に乗って、間もなく日本の国へ帰って来ました。 一寸法師が宰相殿のお姫さまを連れて、鬼が島から宝物を取って、めでたく帰って来たといううわさが、すぐと世間にひろまって、やがて天子さまのお耳にまで入りました。 そこで天子さまは、あるとき、一寸法師をお召しになってごらんになりますと、なるほど気高い様子をしたりっぱな若者でしたから、これはただ者ではあるまいと、よくよく先祖をお調べになりました。それで一寸法師のおじいさんが、堀河の中納言というえらい人で、むじつの罪で田舎に追われて出来た子が、一寸法師のおとうさんで、それからおかあさんという人も、やはりもとは伏見の少将といった、これもえらい人の種だということが分かりました。 天子さまはさっそく、一寸法師に位をおさずけになって、堀河の少将とお呼びになりました。堀河の少将は、あらためて三条宰相殿のお許しをうけて、お姫さまをお嫁さんにもらいました。そして摂津国の難波から、おとうさんやおかあさんを呼び寄せて、うち中がみんな集まって、楽しく世の中を送りました。
摂津国の難波から呼び寄せたのは何人ですか。
摂津国の難波から呼び寄せたのは2人で、 「おとうさん」 「おかあさん」 です。
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その後の白はどうなったか?それは一々話さずとも、いろいろな新聞に伝えられています。おおかたどなたも御存じでしょう。度々危うい人命を救った、勇ましい一匹の黒犬のあるのを。また一時『義犬』という活動写真が流行したことを。あの黒犬こそ白だったのです。しかしまだ不幸にも御存じのない方がいれば、どうか下に引用した新聞の記事を読んで下さい。 東京日日新聞。昨十八日(五月)午前八時四十分、奥羽線上り急行列車が田端駅付近の踏切を通過する際、踏切番人の過失により、田端一二三会社員柴山鉄太郎の長男実彦(四歳)が列車の通る線路内に立ち入り、危く轢死を遂げようとした。その時、たくましい黒犬が一匹、稲妻のように踏切へ飛びこみ、目前に迫った列車の車輪から、見事に実彦を救い出した。この勇敢なる黒犬は人々がさわいでいる間にどこかへ姿を隠したため、表彰したくてもすることが出来ず、当局は大いに困っている。 東京朝日新聞。軽井沢で避暑中のアメリカ富豪エドワード・バークレエ氏の夫人はペルシア産の猫を寵愛している。すると最近同氏の別荘へ七尺余りの大蛇が現れ、ベランダにいる猫を呑もうとした。そこへ見知らぬ黒犬が一匹、突然猫を救いに駈けつけ、二十分に渡り奮闘した後、とうとうその大蛇を噛み殺した。しかしこのけなげな犬はどこかへ姿を隠したため、夫人は五千ドルの賞金を懸け、犬の行方を求めている。 国民新聞。日本アルプス横断中、一時行方不明になった第一高等学校の生徒三名は七日(八月)上高地の温泉へ到着した。一行は穂高山と槍ヶ岳との間にみちを失い、かつ過日の暴風雨にテントや糧食等を奪われたため、ほとんど死を覚悟していた。しかるにどこからか黒犬が一匹、一行のさまよっていた渓谷に現れ、あたかも案内をするように、先へ立って歩き出した。一行はこの犬の後に従い、一日余り歩いた後、やっと上高地へ着くことが出来た。しかし犬は目の下に温泉宿の屋根が見えると、ひとこと嬉しそうに吠えたきり、もう一度もと来た熊笹の中へ姿を隠してしまったという。一行は皆この犬が来たのは神明の加護だと信じている。 時事新報。十三日(九月)名古屋市の大火は焼死者十余名に及んだが、横関名古屋市長なども愛児を失おうとした一人である。令息武矩(三歳)はいかなる家族の手落ちからか、猛火の中の二階に残され、すでに灰燼となろうとしたところを、一匹の黒犬のためにくわえ出された。市長は今後名古屋市に限り、野犬撲殺を禁ずるといっている。 読売新聞。小田原町城内公園に連日の人気を集めていた宮城巡回動物園のシベリヤ産大狼は二十五日(十月)午後二時ごろ、突然巌乗な檻を破り、木戸番二名を負傷させたのち、箱根方面へ逸走した。小田原署はそのために非常動員を行い、全町にわたって警戒線を張った。すると午後四時半ごろ狼が十字町に現れ、一匹の黒犬と噛み合い始めた。黒犬は悪戦すこぶる努め、ついに敵を噛み伏せるに至った。そこへ警戒中の巡査もかけつけ、直ちに狼を銃殺した。この狼はルプス・ジガンティクスと称し、最も兇猛な種属であるという。なお宮城動物園主は狼の銃殺を不当とし、小田原署長を相手どった告訴を起こすといきまいている。等、等、等。
時事新報と読売新聞に載っていた白の活躍の違いを教えてください。
時事新報にて、名古屋市の大火は焼死者十余名に及んだが、横関名古屋市長なども愛児を失おうとした一人である。令息武矩(三歳)はいかなる家族の手落ちからか、猛火の中の二階に残され、灰になろうとしたところを、一匹の黒犬にくわえ出された。という記事が載っています。 一方、読売新聞では小田原町城内公園に連日の人気を集めていた宮城巡回動物園のシベリヤ産大狼が檻を破り、木戸番二名を負傷させたのち、箱根方面へ逸走した。小田原署はそのために非常動員を行い、全町にわたって警戒線を張った。すると午後四時半ごろ狼が十字町に現れ、黒犬と噛み合い始めた。黒犬は狼を噛み伏せた。という記事が載っています。
JCRRAG_014360
国語
「さあ、もう一度押すじゃあ」 良平は年下の二人と一しょに、又トロッコを押し上げにかかった。が、まだ車輪も動かない内に、突然彼等の後には、誰かの足音が聞え出した。のみならずそれは聞え出したと思うと、急にこう云う怒鳴り声に変った。 「この野郎! 誰に断ってトロに触った?」 其処には古い印袢天に、季節外れの麦藁帽をかぶった、背の高い土工が佇んでいる。そう云う姿が目にはいった時、良平は年下の二人と一しょに、もう五六間逃げ出していた。それぎり良平は使の帰りに、人気のない工事場のトロッコを見ても、二度と乗って見ようと思った事はない。唯その時の土工の姿は、今でも良平の頭の何処かに、はっきりした記憶を残している。薄明りの中に仄めいた、小さい黄色の麦藁帽、しかしその記憶さえも、年毎に色彩は薄れるらしい。 その後十日余りたってから、良平は又たった一人、午過ぎの工事場に佇みながら、トロッコの来るのを眺めていた。すると土を積んだトロッコの外に、枕木を積んだトロッコが一輛、これは本線になる筈の、太い線路を登って来た。このトロッコを押しているのは、二人とも若い男だった。良平は彼等を見た時から、何だか親しみ易いような気がした。「この人たちならば叱られない」彼はそう思いながら、トロッコの側へ駈けて行った。 「おじさん。押してやろうか?」 その中の一人、縞のシャツを着ている男は、俯向きにトロッコを押したまま、思った通り快い返事をした。 「おお、押してくよう」 良平は二人の間にはいると、力一杯押し始めた。 「われは中中力があるな」 他の一人、耳に巻煙草を挟んだ男も、こう良平を褒めてくれた。 その内に線路の勾配は、だんだん楽になり始めた。「もう押さなくとも好い」良平は今にも云われるかと内心気がかりでならなかった。が、若い二人の土工は、前よりも腰を起したぎり、黙黙と車を押し続けていた。良平はとうとうこらえ切れずに、怯ず怯ずこんな事を尋ねて見た。 「何時までも押していて好い?」 「好いとも」 二人は同時に返事をした。良平は「優しい人たちだ」と思った。 五六町余り押し続けたら、線路はもう一度急勾配になった。其処には両側の蜜柑畑に、黄色い実がいくつも日を受けている。 「登り路の方が好い、何時までも押させてくれるから」良平はそんな事を考えながら、全身でトロッコを押すようにした。 蜜柑畑の間を登りつめると、急に線路は下りになった。縞のシャツを着ている男は、良平に「やい、乗れ」と云った。良平は直に飛び乗った。トロッコは三人が乗り移ると同時に、蜜柑畑のにおいを煽りながら、ひたすべりに線路を走り出した。「押すよりも乗る方がずっと好い」良平は羽織に風を孕ませながら、当り前の事を考えた。「行きに押す所が多ければ、帰りに又乗る所が多い」そうもまた考えたりした。 竹藪のある所へ来ると、トロッコは静かに走るのを止めた。三人は又前のように、重いトロッコを押し始めた。竹藪は何時か雑木林になった。爪先上りの所所には、赤錆の線路も見えない程、落葉のたまっている場所もあった。その路をやっと登り切ったら、今度は高い崖の向うに、広広と薄ら寒い海が開けた。と同時に良平の頭には、余り遠く来過ぎた事が、急にはっきりと感じられた。 三人は又トロッコへ乗った。車は海を右にしながら、雑木の枝の下を走って行った。しかし良平はさっきのように、面白い気もちにはなれなかった。「もう帰ってくれれば好い」彼はそうも念じて見た。が、行く所まで行きつかなければ、トロッコも彼等も帰れない事は、勿論彼にもわかり切っていた。 その次に車の止まったのは、切崩した山を背負っている、藁屋根の茶店の前だった。二人の土工はその店へはいると、乳呑児をおぶった上さんを相手に、悠悠と茶などを飲み始めた。良平は独りいらいらしながら、トロッコのまわりをまわって見た。トロッコには頑丈な車台の板に、跳ねかえった泥が乾いていた。 少時の後茶店を出て来しなに、巻煙草を耳に挟んだ男は、(その時はもう挟んでいなかったが)トロッコの側にいる良平に新聞紙に包んだ駄菓子をくれた。良平は冷淡に「難有う」と云った。が、直に冷淡にしては、相手にすまないと思い直した。彼はその冷淡さを取り繕うように、包み菓子の一つを口へ入れた。菓子には新聞紙にあったらしい、石油のにおいがしみついていた。
なぜ良平は若い土工たちには親しみを感じたのか。
彼らは怒鳴ることなく、優しく接してくれたから。
JCRRAG_014361
国語
ちょうど、車が停まったところに、この国で一番大きい神社がありました。ここは前に、何か不吉なことがあったので、今では祭壇も取り除かれて、中はすっかり空っぽになっていました。この建物の中に、この私を入れることになったのです。北に向いた門の高さが四フィート、幅は二フィート、ここから、私は入り込むことができます。私の左足は、錠前でとめられ、左側の窓のところに、鎖でつながれました。 この神社の向側に見える塔の上から、皇帝は臣下と一緒に、この私を御見物になりました。なんでも、その日、私を見物するために、十万人以上の人出があったということです。それに、番人がいても、梯子をつたって、この私の身体にのぼった連中が、男は六千人、女は四千人ぐらいはいました。が、これは間もなく禁止され、犯したものは死刑にされることになりました。 もう私が逃げ出せないことがわかったので、職人たちは、私の身体にまきついている紐を切ってくれました。それで、はじめて私は立ち上がってみたのですが、いや、なんともいえないいやな気持ちでした。 ところで、私が立ち上がって歩きだしたのを、はじめて見た人々の驚きといったら、これまた、大変なものでした。足をつないでいる鎖は、約二ヤードしかなかったので、半円を描いて往復することができました。 立ち上がって、私はあたりを見まわしましたが、実に面白い景色でした。付近の土地は庭園がつづいているようで、垣をめぐらした畑は花壇を並べたようです。その畑のところどころに、森がまざっていますが、低い木で一フィート、一番高い木でまず七フィートぐらいです。街は左手に見えていましたが、それはちょうど、芝居の町そっくりでした。
畑のところどころに森がまざっていますが、より高い木の高さを教えてください。
畑のところどころに森がまざっていますが、より高い木の高さは七フィートです。
JCRRAG_014362
国語
ある春の日暮です。 唐の都、洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がいました。 若者は名を杜子春といって、元は金持ちの息子でしたが、今は財産をつかい尽して、その日の暮らしにも困る位、あわれな身分になっているのです。 何しろその頃の洛陽といえば、天下に並ぶもののない、繁昌を極めた都ですから、往来にはまだひっきりなしに、人や車が通っていました。門一ぱいに当たっている、油のような夕日の光の中に、老人のかぶった紗の帽子や、トルコの女の金の耳環や、白馬に飾った色糸の手綱が、絶えず流れて行くようすは、まるで画のような美しさです。 しかし杜子春は相変わらず、門の壁に身をもたれて、ぼんやり空ばかり眺めていました。空には、もう細い月が、うらうらとなびいた霞の中に、まるで爪の痕あとかと思う程、かすかに白く浮かんでいるのです。 「日は暮れるし、腹は減るし、その上もうどこへ行っても、泊めてくれる所はなさそうだし、こんな思いをして生きている位なら、いっそ川へでも身を投げて、死んでしまった方がましかも知れない」 杜子春はひとりさっきから、こんな取りとめもないことを思いめぐらしていたのです。 するとどこからやって来たのか、突然彼の前へ足を止めた、片目眇の老人がいました。それが夕日の光を浴びて、大きな影を門へ落すと、じっと杜子春の顔を見ながら、 「お前は何を考えているのだ」と、横柄に声をかけました。 「私ですか。私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです」 老人の尋ね方が急でしたから、杜子春はさすがに眼を伏せて、思わず正直な答えをしました。 「そうか。それは可哀そうだな」 老人はしばらく何事か考えているようでしたが、やがて、往来にさしている夕日の光を指さしながら、 「ではおれがいいことを一つ教えてやろう。今この夕日の中に立って、お前の影が地に映ったら、その頭に当たる所を夜中に掘って見るがいい。きっと車に一ぱいの黄金が埋まっているはずだ」 「ほんとうですか」 杜子春は驚いて、伏せていた眼をあげました。ところが更に不思議なことには、あの老人はどこへ行ったか、もうあたりにはそれらしい、影も形も見当りません。その代り空の月の色は前よりもなお一層白くなって、休みない往来の人通りの上には、もう気の早い蝙蝠が二、三匹ひらひら舞っていました。
油のような夕日の光の中に絶えず流れて行く物の数を教えてください。
油のような夕日の光の中に絶えず流れて行く物の数は3で、 「老人のかぶった紗の帽子」 「トルコの女の金の耳環」 「白馬に飾った色糸の手綱」 です。
JCRRAG_014363
国語
杜子春は一日の内に、洛陽の都でもただ一人という大金持ちになりました。あの老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、その頭に当たる所を、夜中にそっと掘って見たら、大きな車にも余る位、黄金が一山出て来たのです。 大金持になった杜子春は、すぐに立派な家を買って、玄宗皇帝にも負けない位、贅沢な暮らしをし始めました。蘭陵の酒を買わせるやら、桂州の竜眼肉をとりよせるやら、日に四度色の変わる牡丹を庭に植えさせるやら、白孔雀を何羽も放し飼いにするやら、その贅沢を一々書いていては、いつになってもこの話がおしまいにならない位です。 するとこういううわさを聞いて、今まではみちで行き合っても、挨拶さえしなかった友だちなどが、朝夕遊びにやって来ました。それも一日毎に数が増して、半年ばかり経つ内には、洛陽の都に名を知られた才子や美人が多い中で、杜子春の家へ来ないものは、一人もない位になってしまったのです。杜子春はこの御客たちを相手に、毎日酒盛りを開きました。その酒盛りの又盛んなことは、なかなか口では言い表せません。 かの玄宗皇帝が酒盛りをする際には、愛する妻が好きそうな高い果物をいくら金を積んででも無理やりに持ってこさせて山のように積んだり、国中の珍しい食べ物や酒、美女を持ってこさせては食べ散らかし遊び散らかすという有様だったとのことです。 杜子春もこれに比べてひけを取らないような贅沢をしています、杜子春が金の杯に西洋から来た葡萄酒を汲んで、天竺生まれの魔法使いが刀を呑んで見せる芸に見とれている。そのまわりには二十人の女たちが、十人は翡翠の蓮の花を、十人は瑪瑙の牡丹の花を、いずれも髪に飾りながら、笛や琴を節を面白く奏していたというのです。 しかしいくら大金持ちでも、お金には際限がありますから、さすがに贅沢家の杜子春も、一年二年と経つ内には、だんだん貧乏になり出しました。そうすると人間は薄情なもので、昨日までは毎日来た友だちも、今日は門の前を通ってさえ、挨拶一つして行きません。ましてとうとう三年目の春、又杜子春が以前の通り、一文無しになって見ると、広い洛陽の都の中にも、彼に宿を貸そうという家は、一軒もなくなってしまいました。いや、宿を貸すどころか、今では椀に一杯の水も、恵んでくれるものはないのです。 そこで彼はある日の夕方、もう一度あの洛陽の西の門の下へ行って、ぼんやり空を眺めながら、途方に暮れて立っていました。するとやはり昔のように、片目眇の老人が、どこからか姿を現して、 「お前は何を考えているのだ」と、声をかけるではありませんか。 杜子春は老人の顔を見ると、恥ずかしそうに下を向いたまま、しばらくは返事もしませんでした。が、老人はその日も親切そうに、同じ言葉を繰り返しますから、こちらも前と同じように、 「私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです」と、恐る恐る返事をしました。 「そうか。それは可哀そうだな。ではおれがいいことを一つ教えてやろう。今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その胸に当たる所を、夜中に掘って見るがいい。きっと車に一ぱいの黄金が埋まっている筈だから」 老人はこう言ったと思うと、今度もまた人ごみの中へ、かき消すように隠れてしまいました。 杜子春はその翌日から、たちまち天下第一の大金持ちに返りました。と同時に相変わらず、贅沢放題をし始めました。国中から玉を集めるやら、錦を縫わせるやら、香木の車を造らせるやら、象牙の椅子をあつらえるやら、酒を浴びるやら、数え上げたらきりがありません。 ですから車に一ぱいにあった、あのおびただしい黄金も、又三年ばかり経つ内には、すっかりなくなってしまいました。
杜子春が一回目に大金持ちになった時の贅沢と、再び大金持ちになった時の贅沢の違いを教えてください。
大金持になった杜子春は、すぐに立派な家を買って、玄宗皇帝にも負けない位、贅沢な暮らしをし始めました。蘭陵の酒を買わせるやら、桂州の竜眼肉をとりよせるやら、日に四度色の変わる牡丹を庭に植えさせるやら、白孔雀を何羽も放し飼いにするやら、杜子春の家へ来ないものは、一人もない位毎日酒盛りをしました。 結果また貧乏になりましたが、仙人のおかげで、たちまち天下第一の大金持ちに返りました。と同時に相変わらず、贅沢放題をし始めました。 今度は国中から玉を集めるやら、錦を縫わせるやら、香木の車を造らせるやら、象牙の椅子をあつらえるやら、酒を浴びるやら、数え上げたらきりがありません。
JCRRAG_014364
国語
これは、私が小さいときに、村の茂平というおじいさんからきいたお話です。 むかしは、私たちの村のちかくの、中山というところに小さなお城があって、中山さまというおとのさまが、おられたそうです。 その中山から、少しはなれた山の中に、「ごん狐」という狐がいました。ごんは、一人ぼっちの小狐で、しだの一ぱいしげった森の中に穴をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出てきて、いたずらばかりしました。はたけへ入って芋をほりちらしたり、菜種がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家の裏手につるしてあるとんがらしをむしりとって、いったり、いろんなことをしました。 或秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたその間、ごんは、外へも出られなくて穴の中にしゃがんでいました。 雨があがると、ごんは、ほっとして穴からはい出ました。空はからっと晴れていて、百舌鳥の声がきんきん、ひびいていました。 ごんは、村の小川の堤まで出て来ました。あたりの、すすきの穂には、まだ雨のしずくが光っていました。川は、いつもは水が少いのですが、三日もの雨で、水が、どっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきや、萩の株が、黄いろくにごった水に横だおしになって、もまれています。ごんは川下の方へと、ぬかるみみちを歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。ごんは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「兵十だな」と、ごんは思いました。兵十はぼろぼろの黒いきものをまくし上げて、腰のところまで水にひたりながら、魚をとる、はりきりという、網をゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるい萩の葉が一まい、大きな黒子みたいにへばりついていました。 しばらくすると、兵十は、はりきり網の一ばんうしろの、袋のようになったところを、水の中からもちあげました。その中には、芝の根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃはいっていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふというなぎの腹や、大きなきすの腹でした。兵十は、びくの中へ、そのうなぎやきすを、ごみと一しょにぶちこみました。そして、また、袋の口をしばって、水の中へ入れました。 兵十はそれから、びくをもって川から上りびくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 兵十がいなくなると、ごんは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。ごんはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきり網のかかっているところより下手の川の中を目がけて、ぽんぽんなげこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 一ばんしまいに、太いうなぎをつかみにかかりましたが、何しろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。ごんはじれったくなって、頭をびくの中につッこんで、うなぎの頭を口にくわえました。うなぎは、キュッと言ってごんの首へまきつきました。そのとたんに兵十が、向うから、 「うわアぬすと狐め」と、どなりたてました。ごんは、びっくりしてとびあがりました。うなぎをふりすててにげようとしましたが、うなぎは、ごんの首にまきついたままはなれません。ごんはそのまま横っとびにとび出して一しょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえって見ましたが、兵十は追っかけては来ませんでした。 ごんは、ほっとして、うなぎの頭をかみくだき、やっとはずして穴のそとの、草の葉の上にのせておきました。
ごんはなぜいたずらをしたのか。
ごんは元々いたずら好きで、思いつきで行動する性格だったから。
JCRRAG_014365
国語
グラムダルクリッチと私には馬車が許されたので、これに乗って、市内見物に出たり、店屋に行ったものです。私はいつも箱のままつれて行かれるのですが、街の家々や人々がよく見えるように、彼女はたびたび、私を取り出して手の上に乗せてくれました。ある日、たまたび馬車をある店先に停めると、それを見て乞食の群が、一せいに馬車の両側に集って来ました。これは実にものすごい光景でした。男は十人、女は十二人はいました。だが何よりたまらなかったのは、彼らの着物を這いまわっている虱でした。それがちょうど、あのヨーロッパの虱を顕微鏡で見るときよりも、もっとはっきり肉眼で見えます。そして、あの豚のように嗅ぎまわっている鼻など、こんなものを見るのは、はじめてでした。 いつも私を入れて歩いていた箱のほかに、王妃は、旅行用として、小さい箱を一つ作らせてくれました。今までのは、グラムダルクリッチの膝には少し大き過ぎたし、馬車で持ち運ぶにも少しかさばり過ぎたからです。この旅行用の箱は、正方形で、三方の壁に一つずつ窓があり、どの窓にも外側から鉄の針金の格子がはめてあります。一方の壁には窓がなくて、二本の丈夫な留め金がついています。私が馬車で行くときには、乗手がこれに革帯を通して、しっかり腰に結びつけるのです。 こんなふうにして、私は国王の行列に加わったり、宮廷の貴婦人や大臣を訪問したりしました。というのも、両陛下のおかげで、私は急に大官たちの間で有名になってきたからです。旅行中もし馬車にあきると、召使が彼の前の蒲団の上に箱を置いてくれます。そこで、私は三つの窓から外の景色を眺めるのでした。この箱には、椅子が二つ、テーブルが一つ、コップが三つありました。 私は長い間、航海に馴れていたので、馬車が揺れるのも、わりに平気でした。
旅行用としての小さい箱の中にある家具のうち、一番数が少ないものを教えてください。
旅行用としての小さい箱の中にある家具のうち、一番数が少ないものはテーブルで一つです。
JCRRAG_014366
国語
ある春の日暮です。 唐の都、洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がいました。 若者は名を杜子春といって、元は金持ちの息子でしたが、今は財産をつかい尽して、その日の暮らしにも困る位、あわれな身分になっているのです。 何しろその頃の洛陽といえば、天下に並ぶもののない、繁昌を極めた都ですから、往来にはまだひっきりなしに、人や車が通っていました。門一ぱいに当たっている、油のような夕日の光の中に、老人のかぶった紗の帽子や、トルコの女の金の耳環や、白馬に飾った色糸の手綱が、絶えず流れて行くようすは、まるで画のような美しさです。 しかし杜子春は相変わらず、門の壁に身をもたれて、ぼんやり空ばかり眺めていました。空には、もう細い月が、うらうらとなびいた霞の中に、まるで爪の痕あとかと思う程、かすかに白く浮かんでいるのです。 「日は暮れるし、腹は減るし、その上もうどこへ行っても、泊めてくれる所はなさそうだし、こんな思いをして生きている位なら、いっそ川へでも身を投げて、死んでしまった方がましかも知れない」 杜子春はひとりさっきから、こんな取りとめもないことを思いめぐらしていたのです。 するとどこからやって来たのか、突然彼の前へ足を止めた、片目眇の老人がいました。それが夕日の光を浴びて、大きな影を門へ落すと、じっと杜子春の顔を見ながら、 「お前は何を考えているのだ」と、横柄に声をかけました。 「私ですか。私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです」 老人の尋ね方が急でしたから、杜子春はさすがに眼を伏せて、思わず正直な答えをしました。 「そうか。それは可哀そうだな」 老人はしばらく何事か考えているようでしたが、やがて、往来にさしている夕日の光を指さしながら、 「ではおれがいいことを一つ教えてやろう。今この夕日の中に立って、お前の影が地に映ったら、その頭に当たる所を夜中に掘って見るがいい。きっと車に一ぱいの黄金が埋まっているはずだ」 「ほんとうですか」 杜子春は驚いて、伏せていた眼をあげました。ところが更に不思議なことには、あの老人はどこへ行ったか、もうあたりにはそれらしい、影も形も見当りません。その代り空の月の色は前よりもなお一層白くなって、休みない往来の人通りの上には、もう気の早い蝙蝠が二、三匹ひらひら舞っていました。
杜子春が取りとめもないことを思いめぐらしていたと書かれていますが、この時、どのような考えをめぐらしていたのか、その数を教えてください。
杜子春が取りとめもないことを思いめぐらしていた時に、どのような考えをしていたかの数は4で、 「日は暮れるし」、「腹は減るし」 「その上もうどこへ行っても、泊めてくれる所はなさそうだし」 「いっそ川へでも身を投げて、死んでしまった方がましかも知れない」 です。
JCRRAG_014367
国語
杜子春は一日の内に、洛陽の都でもただ一人という大金持ちになりました。あの老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、その頭に当たる所を、夜中にそっと掘って見たら、大きな車にも余る位、黄金が一山出て来たのです。 大金持になった杜子春は、すぐに立派な家を買って、玄宗皇帝にも負けない位、贅沢な暮らしをし始めました。蘭陵の酒を買わせるやら、桂州の竜眼肉をとりよせるやら、日に四度色の変わる牡丹を庭に植えさせるやら、白孔雀を何羽も放し飼いにするやら、その贅沢を一々書いていては、いつになってもこの話がおしまいにならない位です。 するとこういううわさを聞いて、今まではみちで行き合っても、挨拶さえしなかった友だちなどが、朝夕遊びにやって来ました。それも一日毎に数が増して、半年ばかり経つ内には、洛陽の都に名を知られた才子や美人が多い中で、杜子春の家へ来ないものは、一人もない位になってしまったのです。杜子春はこの御客たちを相手に、毎日酒盛りを開きました。その酒盛りの又盛んなことは、なかなか口では言い表せません。 かの玄宗皇帝が酒盛りをする際には、愛する妻が好きそうな高い果物をいくら金を積んででも無理やりに持ってこさせて山のように積んだり、国中の珍しい食べ物や酒、美女を持ってこさせては食べ散らかし遊び散らかすという有様だったとのことです。 杜子春もこれに比べてひけを取らないような贅沢をしています、杜子春が金の杯に西洋から来た葡萄酒を汲んで、天竺生まれの魔法使いが刀を呑んで見せる芸に見とれている。そのまわりには二十人の女たちが、十人は翡翠の蓮の花を、十人は瑪瑙の牡丹の花を、いずれも髪に飾りながら、笛や琴を節を面白く奏していたというのです。 しかしいくら大金持ちでも、お金には際限がありますから、さすがに贅沢家の杜子春も、一年二年と経つ内には、だんだん貧乏になり出しました。そうすると人間は薄情なもので、昨日までは毎日来た友だちも、今日は門の前を通ってさえ、挨拶一つして行きません。ましてとうとう三年目の春、又杜子春が以前の通り、一文無しになって見ると、広い洛陽の都の中にも、彼に宿を貸そうという家は、一軒もなくなってしまいました。いや、宿を貸すどころか、今では椀に一杯の水も、恵んでくれるものはないのです。 そこで彼はある日の夕方、もう一度あの洛陽の西の門の下へ行って、ぼんやり空を眺めながら、途方に暮れて立っていました。するとやはり昔のように、片目眇の老人が、どこからか姿を現して、 「お前は何を考えているのだ」と、声をかけるではありませんか。 杜子春は老人の顔を見ると、恥ずかしそうに下を向いたまま、しばらくは返事もしませんでした。が、老人はその日も親切そうに、同じ言葉を繰り返しますから、こちらも前と同じように、 「私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです」と、恐る恐る返事をしました。 「そうか。それは可哀そうだな。ではおれがいいことを一つ教えてやろう。今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その胸に当たる所を、夜中に掘って見るがいい。きっと車に一ぱいの黄金が埋まっている筈だから」 老人はこう言ったと思うと、今度もまた人ごみの中へ、かき消すように隠れてしまいました。 杜子春はその翌日から、たちまち天下第一の大金持ちに返りました。と同時に相変わらず、贅沢放題をし始めました。国中から玉を集めるやら、錦を縫わせるやら、香木の車を造らせるやら、象牙の椅子をあつらえるやら、酒を浴びるやら、数え上げたらきりがありません。 ですから車に一ぱいにあった、あのおびただしい黄金も、又三年ばかり経つ内には、すっかりなくなってしまいました。
玄宗皇帝と杜子春がやった酒盛りの違いを教えてください。
玄宗皇帝が酒盛りをする際には、愛する妻が好きそうな高い果物をいくら金を積んででも無理やりに持ってこさせて山のように積んだり、国中の珍しい食べ物や酒、美女を持ってこさせては食べ散らかし遊び散らかすという有様だったとのことです。 一方、杜子春もこれに比べてひけを取らないような贅沢をしています、杜子春が金の杯に西洋から来た葡萄酒を汲んで、天竺生まれの魔法使いが刀を呑んで見せる芸に見とれている。そのまわりには二十人の女たちが、十人は翡翠の蓮の花を、十人は瑪瑙の牡丹の花を、いずれも髪に飾りながら、笛や琴を節を面白く奏しているという景色を繰り広げていました。
JCRRAG_014368
国語
これは、私が小さいときに、村の茂平というおじいさんからきいたお話です。 むかしは、私たちの村のちかくの、中山というところに小さなお城があって、中山さまというおとのさまが、おられたそうです。 その中山から、少しはなれた山の中に、「ごん狐」という狐がいました。ごんは、一人ぼっちの小狐で、しだの一ぱいしげった森の中に穴をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出てきて、いたずらばかりしました。はたけへ入って芋をほりちらしたり、菜種がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家の裏手につるしてあるとんがらしをむしりとって、いったり、いろんなことをしました。 或秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたその間、ごんは、外へも出られなくて穴の中にしゃがんでいました。 雨があがると、ごんは、ほっとして穴からはい出ました。空はからっと晴れていて、百舌鳥の声がきんきん、ひびいていました。 ごんは、村の小川の堤まで出て来ました。あたりの、すすきの穂には、まだ雨のしずくが光っていました。川は、いつもは水が少いのですが、三日もの雨で、水が、どっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきや、萩の株が、黄いろくにごった水に横だおしになって、もまれています。ごんは川下の方へと、ぬかるみみちを歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。ごんは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。 「兵十だな」と、ごんは思いました。兵十はぼろぼろの黒いきものをまくし上げて、腰のところまで水にひたりながら、魚をとる、はりきりという、網をゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるい萩の葉が一まい、大きな黒子みたいにへばりついていました。 しばらくすると、兵十は、はりきり網の一ばんうしろの、袋のようになったところを、水の中からもちあげました。その中には、芝の根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃはいっていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふというなぎの腹や、大きなきすの腹でした。兵十は、びくの中へ、そのうなぎやきすを、ごみと一しょにぶちこみました。そして、また、袋の口をしばって、水の中へ入れました。 兵十はそれから、びくをもって川から上りびくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 兵十がいなくなると、ごんは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。ごんはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきり網のかかっているところより下手の川の中を目がけて、ぽんぽんなげこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。 一ばんしまいに、太いうなぎをつかみにかかりましたが、何しろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。ごんはじれったくなって、頭をびくの中につッこんで、うなぎの頭を口にくわえました。うなぎは、キュッと言ってごんの首へまきつきました。そのとたんに兵十が、向うから、 「うわアぬすと狐め」と、どなりたてました。ごんは、びっくりしてとびあがりました。うなぎをふりすててにげようとしましたが、うなぎは、ごんの首にまきついたままはなれません。ごんはそのまま横っとびにとび出して一しょうけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえって見ましたが、兵十は追っかけては来ませんでした。 ごんは、ほっとして、うなぎの頭をかみくだき、やっとはずして穴のそとの、草の葉の上にのせておきました。
ごんはなぜほら穴の近くで振り返ったのか。
ごんは逃げたあと、兵十が追いかけてこないか確認するために振り返った。
JCRRAG_014369
国語
グラムダルクリッチと私には馬車が許されたので、これに乗って、市内見物に出たり、店屋に行ったものです。私はいつも箱のままつれて行かれるのですが、街の家々や人々がよく見えるように、彼女はたびたび、私を取り出して手の上に乗せてくれました。ある日、たまたび馬車をある店先に停めると、それを見て乞食の群が、一せいに馬車の両側に集って来ました。これは実にものすごい光景でした。男は十人、女は十二人はいました。だが何よりたまらなかったのは、彼らの着物を這いまわっている虱でした。それがちょうど、あのヨーロッパの虱を顕微鏡で見るときよりも、もっとはっきり肉眼で見えます。そして、あの豚のように嗅ぎまわっている鼻など、こんなものを見るのは、はじめてでした。 いつも私を入れて歩いていた箱のほかに、王妃は、旅行用として、小さい箱を一つ作らせてくれました。今までのは、グラムダルクリッチの膝には少し大き過ぎたし、馬車で持ち運ぶにも少しかさばり過ぎたからです。この旅行用の箱は、正方形で、三方の壁に一つずつ窓があり、どの窓にも外側から鉄の針金の格子がはめてあります。一方の壁には窓がなくて、二本の丈夫な留め金がついています。私が馬車で行くときには、乗手がこれに革帯を通して、しっかり腰に結びつけるのです。 こんなふうにして、私は国王の行列に加わったり、宮廷の貴婦人や大臣を訪問したりしました。というのも、両陛下のおかげで、私は急に大官たちの間で有名になってきたからです。旅行中もし馬車にあきると、召使が彼の前の蒲団の上に箱を置いてくれます。そこで、私は三つの窓から外の景色を眺めるのでした。この箱には、椅子が二つ、テーブルが一つ、コップが三つありました。 私は長い間、航海に馴れていたので、馬車が揺れるのも、わりに平気でした。
旅行用としての小さい箱の中にある家具のうち、一番数が少ないものを教えてください。
旅行用としての小さい箱の中にある家具のうち、一番数が少ないものはテーブルで一つです。
JCRRAG_014370
国語
杜子春は一日の内に、洛陽の都でもただ一人という大金持ちになりました。あの老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、その頭に当たる所を、夜中にそっと掘って見たら、大きな車にも余る位、黄金が一山出て来たのです。 大金持になった杜子春は、すぐに立派な家を買って、玄宗皇帝にも負けない位、贅沢な暮らしをし始めました。蘭陵の酒を買わせるやら、桂州の竜眼肉をとりよせるやら、日に四度色の変わる牡丹を庭に植えさせるやら、白孔雀を何羽も放し飼いにするやら、玉を集めるやら、錦を縫わせるやら、香木の車を造らせるやら、象牙の椅子をあつらえるやら、その贅沢を一々書いていては、いつになってもこの話がおしまいにならない位です。 するとこういううわさを聞いて、今まではみちで行き合っても、挨拶さえしなかった友だちなどが、朝夕遊びにやって来ました。それも一日毎に数が増して、半年ばかり経つ内には、洛陽の都に名を知られた才子や美人が多い中で、杜子春の家へ来ないものは、一人もない位になってしまったのです。杜子春はこの御客たちを相手に、毎日酒盛りを開きました。その酒盛りの又盛んなことは、なかなか口では言い表せません。ごくかいつまんだだけをお話しても、杜子春が金の杯に西洋から来た葡萄酒を汲んで、天竺生まれの魔法使いが刀を呑んで見せる芸に見とれていると、そのまわりには二十人の女たちが、十人は翡翠の蓮の花を、十人は瑪瑙の牡丹の花を、いずれも髪に飾りながら、笛や琴を節を面白く奏しているという景色なのです。 しかしいくら大金持ちでも、お金には際限がありますから、さすがに贅沢家の杜子春も、一年二年と経つ内には、だんだん貧乏になり出しました。そうすると人間は薄情なもので、昨日までは毎日来た友だちも、今日は門の前を通ってさえ、挨拶一つして行きません。ましてとうとう三年目の春、又杜子春が以前の通り、一文無しになって見ると、広い洛陽の都の中にも、彼に宿を貸そうという家は、一軒もなくなってしまいました。いや、宿を貸すどころか、今では椀に一杯の水も、恵んでくれるものはないのです。 そこで彼はある日の夕方、もう一度あの洛陽の西の門の下へ行って、ぼんやり空を眺めながら、途方に暮れて立っていました。するとやはり昔のように、片目眇の老人が、どこからか姿を現して、 「お前は何を考えているのだ」と、声をかけるではありませんか。 杜子春は老人の顔を見ると、恥ずかしそうに下を向いたまま、しばらくは返事もしませんでした。が、老人はその日も親切そうに、同じ言葉を繰り返しますから、こちらも前と同じように、 「私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです」と、恐る恐る返事をしました。 「そうか。それは可哀そうだな。ではおれがいいことを一つ教えてやろう。今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その胸に当たる所を、夜中に掘って見るがいい。きっと車に一ぱいの黄金が埋まっている筈だから」 老人はこう言ったと思うと、今度もまた人ごみの中へ、かき消すように隠れてしまいました。 杜子春はその翌日から、たちまち天下第一の大金持ちに返りました。と同時に相変わらず、贅沢放題をし始めました。庭に咲いている牡丹の花、その中に眠っている白孔雀、それから刀を呑んで見せる、天竺から来た魔法使い、すべてが昔の通りなのです。 ですから車に一ぱいにあった、あのおびただしい黄金も、又三年ばかり経つ内には、すっかりなくなってしまいました。
杜子春が金持ちになって贅沢な暮らしとしてやった事の数を教えてください。
杜子春が金持ちになって贅沢な暮らしとしてやった事の数は、 「蘭陵の酒を買わせる」 「桂州の竜眼肉をとりよせる」 「日に四度色の変わる牡丹を庭に植えさせる」 「白孔雀を何羽も放し飼いにする」 「玉を集める」 「錦を縫わせる」 「香木の車を造らせる」 「象牙の椅子をあつらえる」 8つとなっています。
JCRRAG_014371
国語
二人を乗せた青竹は、間もなく峨眉山へ舞いおりました。 そこは深い谷に臨んだ、幅の広い一枚岩の上でしたが、よくよく高い所だと見えて、中空に垂れた北斗の星が、茶碗程の大きさに光っていました。元より人跡の絶えた山ですから、あたりはしんと静まり返って、やっと耳にはいるものは、うしろの絶壁にはえている、曲がりくねった一株の松が、こうこうと夜風に鳴る音だけです。 二人がこの岩の上に来ると、鉄冠子は杜子春を絶壁の下に坐らせて、 「おれはこれから天上へ行って、西王母に御眼にかかって来るから、お前はその間ここに坐って、おれの帰るのを待っているがいい。多分おれがいなくなると、いろいろな魔性が現れて、お前をたぶらかそうとするだろうが、たとえどんなことが起ころうとも、決して声を出すのではないぞ。もし一言でも口を利きいたら、お前は到底仙人にはなれないものだと覚悟をしろ。いいか。天地が裂けても、黙っているのだぞ」と言いました。 「大丈夫です。決して声なぞは出しません。命がなくなっても、黙っています」 「そうか。それを聞いて、おれも安心した。ではおれは行って来るから」 老人は杜子春に別れを告げると、又あの竹杖に跨って、夜目にも削ったような山々の空へ、一文字に消えてしまいました。 杜子春はたった一人、岩の上に坐ったまま、しずかに星を眺めていました。するとかれこれ半時ばかり経って、深山の夜気が肌寒く薄い着物に透り出した頃、突然空中に声があって、 「そこにいるのは何者だ」と、叱りつけるではありませんか。 しかし杜子春は仙人の教え通り、何も返事をしませんでした。 ところが又暫くすると、やはり同じ声が響いて、 「返事をしないと立ちどころに、命はないものと覚悟しろ」と、いかめしくおどしつけるのです。 杜子春は勿論黙っていました。 と、どこから登って来たか、爛々と眼を光らせた虎が一匹、忽然と岩の上に躍り上って、杜子春の姿を睨みながら、一声高くたけりました。のみならずそれと同時に、頭の上の松の枝が、はげしくざわざわ揺れたと思うと、うしろの絶壁の頂からは、四斗樽程の白蛇が一匹、炎のような舌を吐いて、見る見る近くへ下りて来るのです。 杜子春は平然と、眉毛も動かさずに坐っていました。 虎と蛇とは、一つ餌食を狙って、互いに隙でも窺うのか、暫くは睨み合いの体勢でしたが、やがてどちらが先ともなく、一時に杜子春に飛びかかりました。が虎の牙に噛まれるか、蛇の舌に呑まれるか、杜子春の命は瞬く内に、なくなってしまうと思った時、虎と蛇とは霧の如く、夜風と共に消え失せて、後には唯、絶壁の松が、さっきの通りこうこうと枝を鳴らしているばかりなのです。杜子春はほっと一息しながら、今度はどんなことが起こるかと、心待ちにしていました。 すると一陣の風が吹き起こって、墨のような黒雲が一面にあたりをとざすや否や、うす紫の稲妻がやにわに闇を二つに裂いて、すさまじく雷が鳴り出しました。いや、雷ばかりではありません。それと一しょにたきのような雨も、いきなりどうどうと降り出したのです。杜子春はこの天変の中に、恐れ気もなく座っていました。風の音、雨のしぶき、それから絶え間ない稲妻の光、暫くはさすがの峨眉山も、覆えるかと思う位でしたが、その内に耳をもつんざく程、大きな雷鳴が轟いたと思うと、空に渦巻いた黒雲の中から、まっ赤な一本の火柱が、杜子春の頭へ落ちかかりました。 杜子春は思わず耳を抑えて、一枚岩の上へひれ伏しました。が、すぐに眼を開いて見ると、空は以前の通り晴れ渡って、向こうにそびえた山々の上にも、茶碗ほどの北斗の星が、やはりきらきら輝いています。して見れば今の大あらしも、あの虎や白蛇と同じように、鉄冠子の留守をつけこんだ、魔性のいたずらに違いありません。杜子春はようやく安心して、額の冷汗を拭いながら、又岩の上に坐り直しました。 が、そのため息がまだ消えない内に、今度は彼の坐っている前へ、金の鎧を着下した、身の丈三丈もあろうという、おごそかな神将が現れました。神将は手に三叉の戟を持っていましたが、いきなりその戟の切先を杜子春の胸へ向けながら、眼をいからせて叱りつけるのを聞けば、 「こら、その方は一体何物だ。この峨眉山という山は、天地開闢の昔から、おれが住居をしている所だぞ。それもはばからずたった一人、ここへ足を踏み入れるとは、よもや唯の人間ではあるまい。さあ命が惜しかったら、一刻も早く返答しろ」と言うのです。 しかし杜子春は老人の言葉通り、黙然と口をつぐんでいました。 「返事をしないか。しないな。好し。しなければ、しないで勝手にしろ。その代わりおれの眷属たちが、その方をずたずたに斬ってしまうぞ」 神将は戟を高く挙げて、向こうの山の空を招きました。その途端に闇がさっと裂けると、驚いたことには無数の神兵が、雲の如く空にみちみちて、それが皆槍や刀をきらめかせながら、今にもここへ一なだれに攻め寄せようとしているのです。 この景色を見た杜子春は、思わずあっと叫びそうにしましたが、すぐに又鉄冠子の言葉を思い出して、一生懸命に黙っていました。神将は彼が恐れないのを見ると、怒ったの怒らないのではなかった。 「この剛情者め。どうしても返事をしなければ、約束通り命はとってやるぞ」 神将はこう喚くが早いか、三叉の戟を閃かせて、一突きに杜子春を突き殺しました。そうして峨眉山もどよむ程、からからと高く笑いながら、どこともなく消えてしまいました。勿論この時はもう無数の神兵も、吹き渡る夜風の音と一緒に、夢のように消え失せた後だったのです。 北斗の星はまた寒そうに、一枚岩の上を照らし始めました。絶壁の松も前に変わらず、こうこうと枝を鳴らしています。が、杜子春はとうに息が絶えて、仰向けにそこへ倒れていました。
杜子春に対して、魔性が行った虎と蛇のいたずらと、雷のいたずらの違いを教えてください。
杜子春は黙って岩に坐っていました。と、どこからか眼を光らせた虎が一匹、そして大きな白蛇が一匹、現れました。虎と蛇は、杜子春を狙って飛びかかりました。ところが虎と蛇とは霧の如く、夜風と共に消え失せました。 一方、一陣の風が吹き起こって、すさまじく雷が鳴り出しました。たきのような雨も、いきなりどうどうと降り出したのです。その内に耳をつんざく程、大きな雷鳴が轟いたと思うと、空に渦巻いた黒雲の中から、まっ赤な一本の火柱が、杜子春の頭へ落ちました。杜子春は思わず耳を抑えて、一枚岩の上へひれ伏しました。が、すぐに眼を開いて見ると何も起きていませんでした。
JCRRAG_014372
国語
十日ほどたって、ごんが、弥助というお百姓の家の裏を通りかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内が、おはぐろをつけていました。鍛冶屋の新兵衛の家のうらを通ると、新兵衛の家内が髪をすいていました。ごんは、 「ふふん、村に何かあるんだな」と、思いました。 「何だろう、秋祭かな。祭なら、太鼓や笛の音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりが立つはずだが」 こんなことを考えながらやって来ますと、いつの間にか、表に赤い井戸のある、兵十の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、大勢の人があつまっていました。よそいきの着物を着て、腰に手拭をさげたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きな鍋の中では、何かぐずぐず煮えていました。 「ああ、葬式だ」と、ごんは思いました。 「兵十の家のだれが死んだんだろう」 お午がすぎると、ごんは、村の墓地へ行って、六地蔵さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向うには、お城の屋根瓦が光っています。墓地には、ひがん花が、赤い布のようにさきつづいていました。と、村の方から、カーン、カーン、と、鐘が鳴って来ました。葬式の出る合図です。 やがて、白い着物を着た葬列のものたちがやって来るのがちらちら見えはじめました。話声も近くなりました。葬列は墓地へはいって来ました。人々が通ったあとには、ひがん花が、ふみおられていました。 ごんはのびあがって見ました。兵十が、白いかみしもをつけて、位牌をささげています。いつもは、赤いさつま芋みたいな元気のいい顔が、きょうは何だかしおれていました。 「ははん、死んだのは兵十のおっ母だ」 ごんはそう思いながら、頭をひっこめました。 その晩、ごんは、穴の中で考えました。 「兵十のおっ母は、床についていて、うなぎが食べたいと言ったにちがいない。それで兵十がはりきり網をもち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、うなぎをとって来てしまった。だから兵十は、おっ母にうなぎを食べさせることができなかった。そのままおっ母は、死んじゃったにちがいない。ああ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいとおもいながら、死んだんだろう。ちょッ、あんないたずらをしなけりゃよかった。」
ごんは村で何かがあることをどうして知ったのか。
村の女性たちが身だしなみを整えている様子を見たから。
JCRRAG_014373
国語
こんなふうに、田舎も街も、どうも実に奇妙なので、私は驚いてしまいました。 「これは一たいどうしたわけなのでしょう。町にも畑にも、あんなにたくさんの人々が、とても忙しそうに動きまわっているのに、ちょっとも、よくないようですね。私はまだ、こんなでたらめに耕された畑や、こんなむちゃくちゃに荒れ放題の家や、みじめな人間の姿を見たことがないのです。」 と私は案内役の貴族に尋ねてみました。 すると彼は次のような話をしてくれました。 今からおよそ四十年前に、五人の男と三人の女、八人の人間がラピュタへ上がって行ったのです。彼等は五ヵ月ほどして帰って来ましたが、飛島でおぼえていたのは、数学のはしくれでした。しかし、彼らは、あの空の国のやり方に、とてもひどく、かぶれてしまったのです。帰ると、さっそく、この地上のやり方をいやがりはじめ、芸術も学問も機械も、何もかも、みんな、新しくやりなおそうということにしました。 それで、彼等は国王に願って、このラガードに学士院を作りました。ところが、これがついに全国の流行となって、今では、どこの町に行っても学士院があるのです。 百の町があれば百以上の学士院があり、一つの町に二つの学士院がある町の、隣の町では三つの学士院があったりするのです。 この学士院では、先生たちが、農業や建築の新しいやり方とか、商工業に使う新式の道具を、考え出そうとしています。先生たちはよくこう言います。
四十年前にラピュタへ上がっていった八人のうち、人数が多いほうの性別を教えてください。
四十年前にラピュタへ上がっていった八人のうち、人数が多いほうの性別は男で五人です。
JCRRAG_014374
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杜子春は一日の内に、洛陽の都でもただ一人という大金持ちになりました。あの老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、その頭に当たる所を、夜中にそっと掘って見たら、大きな車にも余る位、黄金が一山出て来たのです。 大金持になった杜子春は、すぐに立派な家を買って、玄宗皇帝にも負けない位、贅沢な暮らしをし始めました。蘭陵の酒を買わせるやら、桂州の竜眼肉をとりよせるやら、日に四度色の変わる牡丹を庭に植えさせるやら、白孔雀を何羽も放し飼いにするやら、玉を集めるやら、錦を縫わせるやら、香木の車を造らせるやら、象牙の椅子をあつらえるやら、その贅沢を一々書いていては、いつになってもこの話がおしまいにならない位です。 するとこういううわさを聞いて、今まではみちで行き合っても、挨拶さえしなかった友だちなどが、朝夕遊びにやって来ました。それも一日毎に数が増して、半年ばかり経つ内には、洛陽の都に名を知られた才子や美人が多い中で、杜子春の家へ来ないものは、一人もない位になってしまったのです。杜子春はこの御客たちを相手に、毎日酒盛りを開きました。その酒盛りの又盛んなことは、なかなか口では言い表せません。ごくかいつまんだだけをお話しても、杜子春が金の杯に西洋から来た葡萄酒を汲んで、天竺生まれの魔法使いが刀を呑んで見せる芸に見とれていると、そのまわりには二十人の女たちが、十人は翡翠の蓮の花を、十人は瑪瑙の牡丹の花を、いずれも髪に飾りながら、笛や琴を節を面白く奏しているという景色なのです。 しかしいくら大金持ちでも、お金には際限がありますから、さすがに贅沢家の杜子春も、一年二年と経つ内には、だんだん貧乏になり出しました。そうすると人間は薄情なもので、昨日までは毎日来た友だちも、今日は門の前を通ってさえ、挨拶一つして行きません。ましてとうとう三年目の春、又杜子春が以前の通り、一文無しになって見ると、広い洛陽の都の中にも、彼に宿を貸そうという家は、一軒もなくなってしまいました。いや、宿を貸すどころか、今では椀に一杯の水も、恵んでくれるものはないのです。 そこで彼はある日の夕方、もう一度あの洛陽の西の門の下へ行って、ぼんやり空を眺めながら、途方に暮れて立っていました。するとやはり昔のように、片目眇の老人が、どこからか姿を現して、 「お前は何を考えているのだ」と、声をかけるではありませんか。 杜子春は老人の顔を見ると、恥ずかしそうに下を向いたまま、しばらくは返事もしませんでした。が、老人はその日も親切そうに、同じ言葉を繰り返しますから、こちらも前と同じように、 「私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです」と、恐る恐る返事をしました。 「そうか。それは可哀そうだな。ではおれがいいことを一つ教えてやろう。今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その胸に当たる所を、夜中に掘って見るがいい。きっと車に一ぱいの黄金が埋まっている筈だから」 老人はこう言ったと思うと、今度もまた人ごみの中へ、かき消すように隠れてしまいました。 杜子春はその翌日から、たちまち天下第一の大金持ちに返りました。と同時に相変わらず、贅沢放題をし始めました。庭に咲いている牡丹の花、その中に眠っている白孔雀、それから刀を呑んで見せる、天竺から来た魔法使い、すべてが昔の通りなのです。 ですから車に一ぱいにあった、あのおびただしい黄金も、又三年ばかり経つ内には、すっかりなくなってしまいました。
杜子春が貧乏になったら洛陽の都の中で、杜子春に対してしてくれなくなった事の数を教えてください。
杜子春が貧乏になったら洛陽の都の中で、杜子春に対してしてくれなくなった事の数は2で、 「彼に宿を貸そうという家は、一軒もなくなってしまいました」 「椀に一杯の水も、恵んでくれるものはない」 です。
JCRRAG_014375
国語
杜子春の体は岩の上へ、仰向けに倒れていましたが、杜子春の魂は、静かに体から抜け出して、地獄の底へ下りて行きました。 この世と地獄との間には、闇穴道という道があって、そこは年中暗い空に、氷のような冷たい風がぴゅうぴゅう吹き荒んでいるのです。杜子春はその風に吹かれながら、暫くは唯木の葉のように、空を漂って行きましたが、やがて森羅殿という額の懸かった立派な御殿の前へ出ました。 御殿の前にいた大勢の鬼は、杜子春の姿を見るや否や、すぐにそのまわりを取りまいて、階の前へ引き据えました。階の上には一人の王様が、まっ黒なきものに金の冠をかぶって、いかめしくあたりを睨んでいます。これは兼ねて噂に聞いた、閻魔大王に違いありません。杜子春はどうなることかと思いながら、恐る恐るそこへひざまずいていました。 「こら、その方は何の為に、峨眉山の上へ坐っていた?」 閻魔大王の声は雷のように、階の上から響きました。杜子春は早速その問に答えようとしましたが、ふと又思い出したのは、「決して口をきくな」という鉄冠子のいましめの言葉です。そこで唯頭を垂れたまま、唖のように黙っていました。すると閻魔大王は、持っていた鉄の笏を挙げて、顔中の鬚を逆立てながら、 「その方はここをどこだと思う? 速やかに返答をすれば好し、さもなければ時を移さず、地獄の呵責にあわせてくれるぞ」と、威丈高に罵りました。 が、杜子春は相変わらず唇を動かしません。それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、荒々しく何か言いつけると、鬼どもは一気にかしこまって、たちまち杜子春を引き立てながら、森羅殿の空へ舞い上がりました。 地獄には誰でも知っている通り、剣の山や血の池の外にも、焦熱地獄という焔の谷では常に極熱の火であぶられ続け、身を焼かれて焦がされる苦しみがずっと続き、さらに地獄の鬼たちに叩かれ続けるのです。 そして極寒地獄という氷の海ではあまりの寒さに悲鳴もあげられず、全身の皮膚にあかぎれが生じ、そして全身が凍傷になって裂け、蓮の花のようになるといわれています。 このような地獄が、真暗な空の下に並んでいます。鬼どもはそういう地獄の中へ、代わる代わる杜子春をほうりこみました。ですから杜子春は無残にも、剣に胸を貫かれるやら、焔に顔を焼かれるやら、舌を抜かれるやら、皮を剥がれるやら、鉄の杵につかれるやら、油の鍋に煮られるやら、毒蛇に脳味噌を吸われるやら、熊鷹に眼を食われるやら、その苦しみを数え立てていては、到底際限がない位、あらゆる責苦にあわされたのです。それでも杜子春は我慢強く、じっと歯を食いしばったまま、一言も口を利きませんでした。 これにはさすがの鬼どもも、あきれ返ってしまったのでしょう。もう一度夜のような空を飛んで、森羅殿の前へ帰って来ると、さっきの通り杜子春を階の下に引き据えながら、御殿の上の閻魔大王に、 「この罪人はどうしても、ものを言う気色がございません」と、口をそろえて言上しました。 閻魔大王は眉をひそめて、暫く思案に暮れていましたが、やがて何か思いついたと見えて、 「この男の父母は、畜生道に落ちている筈だから、早速ここへ引き立てて来い」と、一匹の鬼に言いつけました。 鬼は忽ち風に乗って、地獄の空へ舞い上がりました。と思うと、又星が流れるように、獣を駆り立てながら、さっと森羅殿の前へ下りて来ました。その獣を見た杜子春は、驚いたの驚かないのではありません。なぜかといえばそれは、形は見すぼらしい痩せた馬でしたが、顔は夢にも忘れない、死んだ父母の通りでしたから。 「こら、その方は何のために、峨眉山の上に坐っていたか、まっすぐに白状しなければ、今度はその方の父母に痛い思いをさせてやるぞ」 杜子春はこうおどされても、やはり返答をせずにいました。 「この不孝者めが。その方は父母が苦しんでも、その方さえ都合がよければ、いいと思っているのだな」 閻魔大王は森羅殿も崩れる程、すさまじい声でわめきました。 「打て。鬼ども。その畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ」 鬼どもは一斉に「はっ」と答えながら、鉄の鞭をとって立ち上がると、四方八方から父母の馬を、未練もなく打ちのめしました。鞭はりゅうりゅうと風を切って、所かまわず雨のように、馬の皮肉を打ち破るのです。馬は、畜生になった父母は、苦しそうに身をもだえて、眼には血の涙を浮かべたまま、見てもいられない程いななきました。 「どうだ。まだその方は白状しないか」 閻魔大王は鬼どもに、暫く鞭の手を止めさせて、もう一度杜子春の答えを促しました。もうその時には二匹の馬も、肉は裂け骨は砕けて、息も絶え絶えに階の前へ、倒れ伏していたのです。 杜子春は必死になって、鉄冠子の言葉を思い出しながら、かたく眼をつぶっていました。するとその時彼の耳には、ほとんど声とはいえない位、かすかな声が伝わって来ました。 「心配するでない。私たちがどうなっても、お前さえ幸せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何とおっしゃっても、言いたくないことは黙っておいで」 それは確かに懐かしい、母親の声に違いありません。杜子春は思わず、眼を開きました。そうして馬の一匹が、力なく地上に倒れたまま、悲しそうに彼の顔へ、じっと眼をやっているのを見ました。母親はこんな苦しみの中にも、息子の心を思いやって、鬼どもの鞭に打たれたことを、うらむ気色さえも見せないのです。大金持ちになれば御世辞を言い、貧乏人になれば口も利かない世間の人たちに比べると、何という有難い志、何という健気な決心だろうか。杜子春は老人の戒めも忘れて、転ぶようにその側へ走りよると、両手に半死の馬のくびを抱いて、はらはらと涙を落しながら、「おっかさん」と一声を叫びました。"
杜子春の母親と世間の人の心の違いを教えてください。
杜子春は必死になって、痛めつけられている母親から目を背け、かたく眼をつぶっていました。するとその時彼の耳には、ほとんど声とはいえない位、かすかな声が伝わって来ました。それは確かに懐かしい、母親の声でした。杜子春は思わず、眼を開きました。母親はこんな苦しみの中にも、息子を思いやって、鬼どもの鞭に打たれたことを、うらむ気色さえも見せない心を持っていたのです。 一方、世間の人たちはというと、杜子春が大金持ちになれば御世辞を言い、杜子春が何もない貧乏人になれば口も利かないような心を持っていたのです。それに比べたら母の何という有難い志、何という健気な決心だろうか。
JCRRAG_014376
国語
兵十が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。 兵十は今まで、おっ母と二人きりで、貧しいくらしをしていたもので、おっ母が死んでしまっては、もう一人ぼっちでした。 「おれと同じ一人ぼっちの兵十か」 こちらの物置の後から見ていたごんは、そう思いました。 ごんは物置のそばをはなれて、向うへいきかけますと、どこかで、いわしを売る声がします。 「いわしのやすうりだアい。いきのいいいわしだアい」 ごんは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんが、裏戸口から、 「いわしをおくれ。」と言いました。いわし売は、いわしのかごをつんだ車を、道ばたにおいて、ぴかぴか光るいわしを両手でつかんで、弥助の家の中へもってはいりました。ごんはそのすきまに、かごの中から、五、六ぴきのいわしをつかみ出して、もと来た方へかけだしました。そして、兵十の家の裏口から、家の中へいわしを投げこんで、穴へ向ってかけもどりました。途中の坂の上でふりかえって見ますと、兵十がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 ごんは、うなぎのつぐないに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 つぎの日には、ごんは山で栗をどっさりひろって、それをかかえて、兵十の家へいきました。裏口からのぞいて見ますと、兵十は、午飯をたべかけて、茶椀をもったまま、ぼんやりと考えこんでいました。へんなことには兵十の頬ぺたに、かすり傷がついています。どうしたんだろうと、ごんが思っていますと、兵十がひとりごとをいいました。 「一たいだれが、いわしなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、盗人と思われて、いわし屋のやつに、ひどい目にあわされた」と、ぶつぶつ言っています。 ごんは、これはしまったと思いました。かわいそうに兵十は、いわし屋にぶんなぐられて、あんな傷までつけられたのか。 ごんはこうおもいながら、そっと物置の方へまわってその入口に、栗をおいてかえりました。 つぎの日も、そのつぎの日もごんは、栗をひろっては、兵十の家へもって来てやりました。そのつぎの日には、栗ばかりでなく、まつたけも二、三ぼんもっていきました。
ごんはいわしを盗んだのはなぜか。
いわし屋の売る声を聞き、いわしをあげることで兵十にうなぎのつぐないをしようと思ったから。
JCRRAG_014377
国語
ちょうど、車が停まったところに、この国で一番大きい神社がありました。ここは前に、何か不吉なことがあったので、今では祭壇も取り除かれて、中はすっかり空っぽになっていました。この建物の中に、この私を入れることになったのです。北に向いた門の高さが四フィート、幅は二フィート、ここから、私は入り込むことができます。私の左足は、錠前でとめられ、左側の窓のところに、鎖でつながれました。 この神社の向側に見える塔の上から、皇帝は臣下と一緒に、この私を御見物になりました。なんでも、その日、私を見物するために、十万人以上の人出があったということです。それに、番人がいても、梯子をつたって、この私の身体にのぼった連中が、男は六千人、女は四千人ぐらいはいました。が、これは間もなく禁止され、犯したものは死刑にされることになりました。 もう私が逃げ出せないことがわかったので、職人たちは、私の身体にまきついている紐を切ってくれました。それで、はじめて私は立ち上がってみたのですが、いや、なんともいえないいやな気持ちでした。 ところで、私が立ち上がって歩きだしたのを、はじめて見た人々の驚きといったら、これまた、大変なものでした。足をつないでいる鎖は、約二ヤードしかなかったので、半円を描いて往復することができました。 立ち上がって、私はあたりを見まわしましたが、実に面白い景色でした。付近の土地は庭園がつづいているようで、垣をめぐらした畑は花壇を並べたようです。その畑のところどころに、森がまざっていますが、低い木で一フィート、一番高い木でまず七フィートぐらいです。街は左手に見えていましたが、それはちょうど、芝居の町そっくりでした。
畑のところどころに森がまざっていますが、より低い木の高さを教えてください。
畑のところどころに森がまざっていますが、より低い木の高さは一フィートです。
JCRRAG_014378
国語
杜子春は一日の内に、洛陽の都でもただ一人という大金持ちになりました。あの老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、その頭に当たる所を、夜中にそっと掘って見たら、大きな車にも余る位、黄金が一山出て来たのです。 大金持になった杜子春は、すぐに立派な家を買って、玄宗皇帝にも負けない位、贅沢な暮らしをし始めました。蘭陵の酒を買わせるやら、桂州の竜眼肉をとりよせるやら、日に四度色の変わる牡丹を庭に植えさせるやら、白孔雀を何羽も放し飼いにするやら、玉を集めるやら、錦を縫わせるやら、香木の車を造らせるやら、象牙の椅子をあつらえるやら、その贅沢を一々書いていては、いつになってもこの話がおしまいにならない位です。 するとこういううわさを聞いて、今まではみちで行き合っても、挨拶さえしなかった友だちなどが、朝夕遊びにやって来ました。それも一日毎に数が増して、半年ばかり経つ内には、洛陽の都に名を知られた才子や美人が多い中で、杜子春の家へ来ないものは、一人もない位になってしまったのです。杜子春はこの御客たちを相手に、毎日酒盛りを開きました。その酒盛りの又盛んなことは、なかなか口では言い表せません。ごくかいつまんだだけをお話しても、杜子春が金の杯に西洋から来た葡萄酒を汲んで、天竺生まれの魔法使いが刀を呑んで見せる芸に見とれていると、そのまわりには二十人の女たちが、十人は翡翠の蓮の花を、十人は瑪瑙の牡丹の花を、いずれも髪に飾りながら、笛や琴を節を面白く奏しているという景色なのです。 しかしいくら大金持ちでも、お金には際限がありますから、さすがに贅沢家の杜子春も、一年二年と経つ内には、だんだん貧乏になり出しました。そうすると人間は薄情なもので、昨日までは毎日来た友だちも、今日は門の前を通ってさえ、挨拶一つして行きません。ましてとうとう三年目の春、又杜子春が以前の通り、一文無しになって見ると、広い洛陽の都の中にも、彼に宿を貸そうという家は、一軒もなくなってしまいました。いや、宿を貸すどころか、今では椀に一杯の水も、恵んでくれるものはないのです。 そこで彼はある日の夕方、もう一度あの洛陽の西の門の下へ行って、ぼんやり空を眺めながら、途方に暮れて立っていました。するとやはり昔のように、片目眇の老人が、どこからか姿を現して、 「お前は何を考えているのだ」と、声をかけるではありませんか。 杜子春は老人の顔を見ると、恥ずかしそうに下を向いたまま、しばらくは返事もしませんでした。が、老人はその日も親切そうに、同じ言葉を繰り返しますから、こちらも前と同じように、 「私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです」と、恐る恐る返事をしました。 「そうか。それは可哀そうだな。ではおれがいいことを一つ教えてやろう。今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その胸に当たる所を、夜中に掘って見るがいい。きっと車に一ぱいの黄金が埋まっている筈だから」 老人はこう言ったと思うと、今度もまた人ごみの中へ、かき消すように隠れてしまいました。 杜子春はその翌日から、たちまち天下第一の大金持ちに返りました。と同時に相変わらず、贅沢放題をし始めました。庭に咲いている牡丹の花、その中に眠っている白孔雀、それから刀を呑んで見せる、天竺から来た魔法使い、すべてが昔の通りなのです。 ですから車に一ぱいにあった、あのおびただしい黄金も、又三年ばかり経つ内には、すっかりなくなってしまいました。
杜子春が老人の言うとおりにし、天下第一の大金持に返り咲いた後、以前と変わらない贅沢放題を再開した時、その贅沢の仕方として具体的に挙げられているものの数を教えてください。
杜子春が老人の言うとおりにし、天下第一の大金持に返り咲いた後、以前と変わらない贅沢放題を再開した時、その贅沢の仕方として具体的に挙げられているものの数は、「庭に咲いている牡丹の花」、「その中に眠っている白孔雀」、「刀を呑んで見せ」」「「天竺から来た魔法使い」と4つです。
JCRRAG_014379
国語
杜子春の体は岩の上へ、仰向けに倒れていましたが、杜子春の魂は、静かに体から抜け出して、地獄の底へ下りて行きました。 この世と地獄との間には、闇穴道という道があって、そこは年中暗い空に、氷のような冷たい風がぴゅうぴゅう吹き荒んでいるのです。杜子春はその風に吹かれながら、暫くは唯木の葉のように、空を漂って行きましたが、やがて森羅殿という額の懸かった立派な御殿の前へ出ました。 御殿の前にいた大勢の鬼は、杜子春の姿を見るや否や、すぐにそのまわりを取りまいて、階の前へ引き据えました。階の上には一人の王様が、まっ黒なきものに金の冠をかぶって、いかめしくあたりを睨んでいます。これは兼ねて噂に聞いた、閻魔大王に違いありません。杜子春はどうなることかと思いながら、恐る恐るそこへひざまずいていました。 「こら、その方は何の為に、峨眉山の上へ坐っていた?」 閻魔大王の声は雷のように、階の上から響きました。杜子春は早速その問に答えようとしましたが、ふと又思い出したのは、「決して口をきくな」という鉄冠子のいましめの言葉です。そこで唯頭を垂れたまま、唖のように黙っていました。すると閻魔大王は、持っていた鉄の笏を挙げて、顔中の鬚を逆立てながら、 「その方はここをどこだと思う? 速やかに返答をすれば好し、さもなければ時を移さず、地獄の呵責にあわせてくれるぞ」と、威丈高に罵りました。 が、杜子春は相変わらず唇を動かしません。それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、荒々しく何か言いつけると、鬼どもは一気にかしこまって、たちまち杜子春を引き立てながら、森羅殿の空へ舞い上がりました。 地獄には誰でも知っている通り、剣の山や血の池の外にも、焦熱地獄という焔の谷では常に極熱の火であぶられ続け、身を焼かれて焦がされる苦しみがずっと続き、さらに地獄の鬼たちに叩かれ続けるのです。 そして極寒地獄という氷の海ではあまりの寒さに悲鳴もあげられず、全身の皮膚にあかぎれが生じ、そして全身が凍傷になって裂け、蓮の花のようになるといわれています。 このような地獄が、真暗な空の下に並んでいます。鬼どもはそういう地獄の中へ、代わる代わる杜子春をほうりこみました。ですから杜子春は無残にも、剣に胸を貫かれるやら、焔に顔を焼かれるやら、舌を抜かれるやら、皮を剥がれるやら、鉄の杵につかれるやら、油の鍋に煮られるやら、毒蛇に脳味噌を吸われるやら、熊鷹に眼を食われるやら、その苦しみを数え立てていては、到底際限がない位、あらゆる責苦にあわされたのです。それでも杜子春は我慢強く、じっと歯を食いしばったまま、一言も口を利きませんでした。 これにはさすがの鬼どもも、あきれ返ってしまったのでしょう。もう一度夜のような空を飛んで、森羅殿の前へ帰って来ると、さっきの通り杜子春を階の下に引き据えながら、御殿の上の閻魔大王に、 「この罪人はどうしても、ものを言う気色がございません」と、口をそろえて言上しました。 閻魔大王は眉をひそめて、暫く思案に暮れていましたが、やがて何か思いついたと見えて、 「この男の父母は、畜生道に落ちている筈だから、早速ここへ引き立てて来い」と、一匹の鬼に言いつけました。 鬼は忽ち風に乗って、地獄の空へ舞い上がりました。と思うと、又星が流れるように、獣を駆り立てながら、さっと森羅殿の前へ下りて来ました。その獣を見た杜子春は、驚いたの驚かないのではありません。なぜかといえばそれは、形は見すぼらしい痩せた馬でしたが、顔は夢にも忘れない、死んだ父母の通りでしたから。 「こら、その方は何のために、峨眉山の上に坐っていたか、まっすぐに白状しなければ、今度はその方の父母に痛い思いをさせてやるぞ」 杜子春はこうおどされても、やはり返答をせずにいました。 「この不孝者めが。その方は父母が苦しんでも、その方さえ都合がよければ、いいと思っているのだな」 閻魔大王は森羅殿も崩れる程、すさまじい声でわめきました。 「打て。鬼ども。その畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ」 鬼どもは一斉に「はっ」と答えながら、鉄の鞭をとって立ち上がると、四方八方から父母の馬を、未練もなく打ちのめしました。鞭はりゅうりゅうと風を切って、所かまわず雨のように、馬の皮肉を打ち破るのです。馬は、畜生になった父母は、苦しそうに身をもだえて、眼には血の涙を浮かべたまま、見てもいられない程いななきました。 「どうだ。まだその方は白状しないか」 閻魔大王は鬼どもに、暫く鞭の手を止めさせて、もう一度杜子春の答えを促しました。もうその時には二匹の馬も、肉は裂け骨は砕けて、息も絶え絶えに階の前へ、倒れ伏していたのです。 杜子春は必死になって、鉄冠子の言葉を思い出しながら、かたく眼をつぶっていました。するとその時彼の耳には、ほとんど声とはいえない位、かすかな声が伝わって来ました。 「心配するでない。私たちがどうなっても、お前さえ幸せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何とおっしゃっても、言いたくないことは黙っておいで」 それは確かに懐かしい、母親の声に違いありません。杜子春は思わず、眼を開きました。そうして馬の一匹が、力なく地上に倒れたまま、悲しそうに彼の顔へ、じっと眼をやっているのを見ました。母親はこんな苦しみの中にも、息子の心を思いやって、鬼どもの鞭に打たれたことを、うらむ気色さえも見せないのです。大金持ちになれば御世辞を言い、貧乏人になれば口も利かない世間の人たちに比べると、何という有難い志、何という健気な決心だろうか。杜子春は老人の戒めも忘れて、転ぶようにその側へ走りよると、両手に半死の馬のくびを抱いて、はらはらと涙を落しながら、「おっかさん」と一声を叫びました。"
焦熱地獄と極寒地獄の違いを教えてください。
焦熱地獄という焔の谷では常に極熱の火であぶられ続け、身を焼かれて焦がされる苦しみがずっと続き、さらに地獄の鬼たちに叩かれ続ける地獄です。 一方、極寒地獄という氷の海ではあまりの寒さに悲鳴もあげられず、全身の皮膚にあかぎれが生じ、そして全身が凍傷になって裂け、蓮の花のようになるといわれるほどおそろしい地獄です。
JCRRAG_014380
国語
兵十が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。 兵十は今まで、おっ母と二人きりで、貧しいくらしをしていたもので、おっ母が死んでしまっては、もう一人ぼっちでした。 「おれと同じ一人ぼっちの兵十か」 こちらの物置の後から見ていたごんは、そう思いました。 ごんは物置のそばをはなれて、向うへいきかけますと、どこかで、いわしを売る声がします。 「いわしのやすうりだアい。いきのいいいわしだアい」 ごんは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんが、裏戸口から、 「いわしをおくれ。」と言いました。いわし売は、いわしのかごをつんだ車を、道ばたにおいて、ぴかぴか光るいわしを両手でつかんで、弥助の家の中へもってはいりました。ごんはそのすきまに、かごの中から、五、六ぴきのいわしをつかみ出して、もと来た方へかけだしました。そして、兵十の家の裏口から、家の中へいわしを投げこんで、穴へ向ってかけもどりました。途中の坂の上でふりかえって見ますと、兵十がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。 ごんは、うなぎのつぐないに、まず一つ、いいことをしたと思いました。 つぎの日には、ごんは山で栗をどっさりひろって、それをかかえて、兵十の家へいきました。裏口からのぞいて見ますと、兵十は、午飯をたべかけて、茶椀をもったまま、ぼんやりと考えこんでいました。へんなことには兵十の頬ぺたに、かすり傷がついています。どうしたんだろうと、ごんが思っていますと、兵十がひとりごとをいいました。 「一たいだれが、いわしなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、盗人と思われて、いわし屋のやつに、ひどい目にあわされた」と、ぶつぶつ言っています。 ごんは、これはしまったと思いました。かわいそうに兵十は、いわし屋にぶんなぐられて、あんな傷までつけられたのか。 ごんはこうおもいながら、そっと物置の方へまわってその入口に、栗をおいてかえりました。 つぎの日も、そのつぎの日もごんは、栗をひろっては、兵十の家へもって来てやりました。そのつぎの日には、栗ばかりでなく、まつたけも二、三ぼんもっていきました。
ごんはなぜ兵十に栗を届けるようになったのか。
うなぎの件で兵十に申し訳ない気持ちがあり、何か良いことをしたいと思ったから。
JCRRAG_014381
国語
私は身体が小さいので、ときどき、滑稽な出来事に出会いました。 グラムダルクリッチは、よく私を箱に入れて、庭につれ出し、そしてときには、箱から出して手の上に乗せてみたり、地面を歩かせてみたりしていました。あるとき、それはまだあのこびとが宮廷にいた頃のことですが、彼が庭までついてやって来たのです。ちょうど、彼と私のすぐ傍に、盆栽の林檎の木がありました。この盆栽とこびとを見くらべていると、なんだかおかしくなったので、私はちょっと、彼を冷やかしてやりました。すると、このいたずら小僧は、私が林檎の木蔭を歩いている隙をねらって、頭の上の木を揺さぶりだしました。たちまち、十の赤い林檎、二個の青い林檎が私の頭の上に落ちかかりましたが、これがまた酒樽ほどもある大きさなのです。かがもうとするところへ、その一つが背中にあたり、二つが足に当たりました。私は前へのめってしまいました。一日大事を取って休むことにしました。 ある日、グラムダルクリッチは、私を芝生の上におろして、ひとり遊ばせておき、自分は家庭教師と一緒に、少し離れたところを歩いていました。すると、にわかに猛烈な霰が降ってきて、私はたちまち地面にたたきつけられました。霰はまるでテニスの球でも投げつけるように、全身に打ち込んでくるのです。 霰が私の体に打ち付けられたうち、上半身に五十個、下半身には四十個は当たったでしょうか。 しかしやっと四つ這いになって、レモンの木蔭に這い込み、私は顔を伏せていました。だが、頭のてっぺんから、足の先まで、傷だらけになって、十日ばかりは外出もできなかったのです。 しかし、これは少しも驚くことではないのです。この国では、何もかも同じ割合に大きいのですから、霰粒一つでもヨーロッパの霰の千八百倍はあります。これは、私がわざわざ秤にかけて計ってみたのですから、たしかです。 ヨーロッパの霰が1グラムなら1.8キロはあるのです。 しかし、もっと危険な事が、この庭園で起こったことがあります。私は一人で考えごとをしたいので、ときどき、一人にしてくれと頼むのですが、乳母さんは私を安全な所へ置いたつもりで、ほかの人たちと一しょに、庭園のどこか別のところへ行っていました。ちょうど、その留守中のことでした。園丁が飼っているスパニエル犬が、どうしたはずみか、庭園に入り込んで来て、私の寝ている方へやって来たのです。私の匂いを嗅ぎつけると、たちまち飛んで来て、私をくわえると、尻尾を振りながら、ドンドン、主人のところへ駈けつけて行って、そっと、私を地面に置きました。運よく、その犬は、よく仕込まれていたので、歯の間にくわえられながらも、私は怪我一つせず、着物も破れなかったのです。
私の頭の上に落ちかかった林檎のうち、数が多いほうを教えてください。
私の頭の上に落ちかかった林檎のうち、数が多いほうは赤い林檎で十個です。
JCRRAG_014382
国語
二人を乗せた青竹は、間もなく峨眉山へ舞いおりました。 そこは深い谷に臨んだ、幅の広い一枚岩の上でしたが、よくよく高い所だと見えて、中空に垂れた北斗の星が、茶碗程の大きさに光っていました。元より人跡の絶えた山ですから、あたりはしんと静まり返って、やっと耳にはいるものは、うしろの絶壁にはえている、曲がりくねった一株の松が、こうこうと夜風に鳴る音だけです。 二人がこの岩の上に来ると、鉄冠子は杜子春を絶壁の下に坐らせて、 「おれはこれから天上へ行って、西王母に御眼にかかって来るから、お前はその間ここに坐って、おれの帰るのを待っているがいい。多分おれがいなくなると、いろいろな魔性が現れて、お前をたぶらかそうとするだろうが、たとえどんなことが起ころうとも、決して声を出すのではないぞ。もし一言でも口を利きいたら、お前は到底仙人にはなれないものだと覚悟をしろ。いいか。天地が裂けても、黙っているのだぞ」と言いました。 「大丈夫です。決して声なぞは出しません。命がなくなっても、黙っています」 「そうか。それを聞いて、おれも安心した。ではおれは行って来るから」 老人は杜子春に別れを告げると、又あの竹杖に跨って、夜目にも削ったような山々の空へ、一文字に消えてしまいました。 杜子春はたった一人、岩の上に坐ったまま、しずかに星を眺めていました。するとかれこれ半時ばかり経って、深山の夜気が肌寒く薄い着物に透り出した頃、突然空中に声があって、 「そこにいるのは何者だ」と、叱りつけるではありませんか。 しかし杜子春は仙人の教え通り、何も返事をしませんでした。 ところが又暫くすると、やはり同じ声が響いて、 「返事をしないと立ちどころに、命はないものと覚悟しろ」と、いかめしくおどしつけるのです。 杜子春は勿論黙っていました。 と、どこから登って来たか、爛々と眼を光らせた虎が一匹、忽然と岩の上に躍り上って、杜子春の姿を睨みながら、一声高くたけりました。のみならずそれと同時に、頭の上の松の枝が、はげしくざわざわ揺れたと思うと、うしろの絶壁の頂からは、四斗樽程の白蛇が一匹、炎のような舌を吐いて、見る見る近くへ下りて来るのです。 杜子春は平然と、眉毛も動かさずに坐っていました。 虎と蛇とは、一つ餌食を狙って、互いに隙でも窺うのか、暫くは睨み合いの体勢でしたが、やがてどちらが先ともなく、一時に杜子春に飛びかかりました。が虎の牙に噛まれるか、蛇の舌に呑まれるか、杜子春の命は瞬く内に、なくなってしまうと思った時、虎と蛇とは霧の如く、夜風と共に消え失せて、後には唯、絶壁の松が、さっきの通りこうこうと枝を鳴らしているばかりなのです。杜子春はほっと一息しながら、今度はどんなことが起こるかと、心待ちにしていました。 すると一陣の風が吹き起こって、墨のような黒雲が一面にあたりをとざすや否や、うす紫の稲妻がやにわに闇を二つに裂いて、すさまじく雷が鳴り出しました。いや、雷ばかりではありません。それと一しょにたきのような雨も、いきなりどうどうと降り出したのです。杜子春はこの天変の中に、恐れ気もなく座っていました。風の音、雨のしぶき、それから絶え間ない稲妻の光、暫くはさすがの峨眉山も、覆えるかと思う位でしたが、その内に耳をもつんざく程、大きな雷鳴が轟いたと思うと、空に渦巻いた黒雲の中から、まっ赤な一本の火柱が、杜子春の頭へ落ちかかりました。 杜子春は思わず耳を抑えて、一枚岩の上へひれ伏しました。が、すぐに眼を開いて見ると、空は以前の通り晴れ渡って、向こうにそびえた山々の上にも、茶碗ほどの北斗の星が、やはりきらきら輝いています。して見れば今の大あらしも、あの虎や白蛇と同じように、鉄冠子の留守をつけこんだ、魔性のいたずらに違いありません。杜子春はようやく安心して、額の冷汗を拭いながら、又岩の上に坐り直しました。 が、そのため息がまだ消えない内に、今度は彼の坐っている前へ、金の鎧を着下した、身の丈三丈もあろうという、おごそかな神将が現れました。神将は手に三叉の戟を持っていましたが、いきなりその戟の切先を杜子春の胸へ向けながら、眼をいからせて叱りつけるのを聞けば、 「こら、その方は一体何物だ。この峨眉山という山は、天地開闢の昔から、おれが住居をしている所だぞ。それもはばからずたった一人、ここへ足を踏み入れるとは、よもや唯の人間ではあるまい。さあ命が惜しかったら、一刻も早く返答しろ」と言うのです。 しかし杜子春は老人の言葉通り、黙然と口をつぐんでいました。 「返事をしないか。しないな。好し。しなければ、しないで勝手にしろ。その代わりおれの眷属たちが、その方をずたずたに斬ってしまうぞ」 神将は戟を高く挙げて、向こうの山の空を招きました。その途端に闇がさっと裂けると、驚いたことには無数の神兵が、雲の如く空にみちみちて、それが皆槍や刀をきらめかせながら、今にもここへ一なだれに攻め寄せようとしているのです。 この景色を見た杜子春は、思わずあっと叫びそうにしましたが、すぐに又鉄冠子の言葉を思い出して、一生懸命に黙っていました。神将は彼が恐れないのを見ると、怒ったの怒らないのではなかった。 「この剛情者め。どうしても返事をしなければ、約束通り命はとってやるぞ」 神将はこう喚くが早いか、三叉の戟を閃かせて、一突きに杜子春を突き殺しました。そうして峨眉山もどよむ程、からからと高く笑いながら、どこともなく消えてしまいました。勿論この時はもう無数の神兵も、吹き渡る夜風の音と一緒に、夢のように消え失せた後だったのです。 北斗の星はまた寒そうに、一枚岩の上を照らし始めました。絶壁の松も前に変わらず、こうこうと枝を鳴らしています。が、杜子春はとうに息が絶えて、仰向けにそこへ倒れていました。
杜子春におそいかかった魔性のいたずらの数を教えてください。
杜子春におそいかかった魔性のいたずらの数は4です。
JCRRAG_014383
国語
昔、大和の国葛城山の麓に、髪長彦という若いきこりが住んでいました。これは顔が女のようにやさしくて、その上髪までも女のように長かったものですから、こういう名前をつけられていたのです。 髪長彦は、大そう笛が上手でしたから、山へ木を伐りに行く時でも、仕事の合間には、腰にさしている笛を出して、独りでその音を楽しんでいました。するとまた不思議なことには、どんな鳥獣や草木でも、笛の面白さはわかるのです。髪長彦がそれを吹き出すと、草はなびき、木はそよぎ、鳥や獣はまわりへ来て、じっとしまいまで聞いていました。 ところがある日のこと、髪長彦はいつもの通り、とある大木の根がたに腰を卸しながら、余念もなく笛を吹いていますと、たちまち自分の目の前へ、青い勾玉を沢山ぶらさげた、足の一本しかない大男が現れて、 「お前は中々笛がうまいな。おれはずっと昔から山奥の洞穴で、神代の夢ばかり見ていたが、お前が木を伐りに来始めてからは、その笛の音に誘われて、毎日面白い思いをしていた。そこで今日はそのお礼に、ここまでわざわざ来たのだから、何でも好きなものを望むがいい。」と言いました。 そこできこりは、しばらく考えていましたが、 「私は犬が好きですから、どうか犬を一匹下さい。」と答えました。 すると、大男は笑いながら、 「たかが犬を一匹くれなどとは、お前もよほど欲のない男だ。しかしその欲のないのも感心だから、ほかにはまたとないような不思議な犬をくれてやろう。こう言うおれは、葛城山の足一つの神だ。」と言って、一声高く口笛を鳴らしますと、森の奥から一匹の白犬が、落葉を蹴立てて駈けて来ました。 足一つの神はその犬を指して、 「これは名を嗅げと言って、どんな遠い所の事でも嗅ぎ出して来る利口な犬だ。では、一生おれの代わりに、大事に飼ってやってくれ。」と言うかと思うと、その姿は霧のように消えて、見えなくなってしまいました。 髪長彦は大喜びで、この白犬と一しょに里へ帰って来ましたが、あくる日また、山へ行って、何気なく笛を鳴らしていると、今度は黒い勾玉を首へかけた、手の一本しかない大男が、どこからか形を現して、 「きのうおれの兄きの足一つの神が、お前に犬をやったそうだな。己もお前の笛によってずいぶんと面白い思いをさせてもらった。今日は礼をしようと思ってやって来たのだ。何か欲しいものがあるのなら、遠慮なく言うがいい。己は葛城山の手一つの神だ。」と言いました。 そうして髪長彦が、また「嗅げにも負けないような犬が欲しい。」と答えますと、大男はすぐに口笛を吹いて、一匹の黒犬を呼び出しながら、 「この犬の名は飛べと言って、誰でも背中へ乗ってさえすれば百里でも千里でも、空を飛んで行くことが出来る。明日はまたおれの弟が、何かお前に礼をするだろう。」と言って、前のようにどこかへ消え失せてしまいました。 するとあくる日は、まだ、笛を吹くか吹かないのに、赤い勾玉を飾りにした、目の一つしかない大男が、風のように空から舞い下って、 「おれは葛城山の目一の神だ、兄きたちがお前に礼をしたそうだから、己も嗅げや飛べに劣らないような、立派な犬をくれてやろう。」と言ったと思うと、もう口笛の声が森中にひびき渡って、一匹の斑犬が牙をむき出しながら、駈けて来ました。 「これは噛めという犬だ。この犬を相手にしたが最後、どんな恐い鬼神でも、きっと一噛みに噛み殺されてしまう。ただ、おれたちのやった犬は、どんな遠いところにいても、お前が笛を吹きさえすれば、きっとそこへ帰って来るが、笛がなければ来ないから、それを忘れずにいるがいい。」 そう言いながら目一つの神は、また森の木の葉をふるわせて、風のように舞い上ってしまいました。
髪長彦が葛城山の足一つの神からもらった犬と、葛城山の手一つの神からもらった犬の違いを教えてください。
葛城山の足一つの神からもらった犬の名は嗅げと言って、どんな遠い所の事でも嗅ぎ出して来る利口な犬です。 一方、葛城山の手一つの神からもらった犬の名は飛べと言って、誰でも背中へ乗ってさえすれば百里でも千里でも、空を飛んで行くことが出来る犬です。
JCRRAG_014384
国語
月のいい晩でした。ごんは、ぶらぶらあそびに出かけました。中山さまのお城の下を通ってすこしいくと、細い道の向うから、だれか来るようです。話声が聞えます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。 ごんは、道の片がわにかくれて、じっとしていました。話声はだんだん近くなりました。それは、兵十と加助というお百姓でした。 「そうそう、なあ加助」と、兵十がいいました。 「ああん?」 「おれあ、このごろ、とてもふしぎなことがあるんだ」 「何が?」 「おっ母が死んでからは、だれだか知らんが、おれに栗やまつたけなんかを、まいにちまいにちくれるんだよ」 「ふうん、だれが?」 「それがわからんのだよ。おれの知らんうちに、おいていくんだ」 ごんは、ふたりのあとをつけていきました。 「ほんとかい?」 「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。その栗を見せてやるよ」 「へえ、へんなこともあるもんだなア」 それなり、二人はだまって歩いていきました。 加助がひょいと、後を見ました。ごんはびくっとして、小さくなってたちどまりました。加助は、ごんには気がつかないで、そのままさっさとあるきました。吉兵衛というお百姓の家まで来ると、二人はそこへはいっていきました。ポンポンポンポンと木魚の音がしています。窓の障子にあかりがさしていて、大きな坊主頭がうつって動いていました。ごんは、 「おねんぶつがあるんだな」と思いながら井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人がつれだって吉兵衛の家へはいっていきました。お経を読む声がきこえて来ました。
兵十は加助にどのような話をしたのか。
母の死後、誰かが毎日栗やまつたけを届けてくれるが、誰が置いているのかわからないという話。
JCRRAG_014385
国語
私は身体が小さいので、ときどき、滑稽な出来事に出会いました。 グラムダルクリッチは、よく私を箱に入れて、庭につれ出し、そしてときには、箱から出して手の上に乗せてみたり、地面を歩かせてみたりしていました。あるとき、それはまだあのこびとが宮廷にいた頃のことですが、彼が庭までついてやって来たのです。ちょうど、彼と私のすぐ傍に、盆栽の林檎の木がありました。この盆栽とこびとを見くらべていると、なんだかおかしくなったので、私はちょっと、彼を冷やかしてやりました。すると、このいたずら小僧は、私が林檎の木蔭を歩いている隙をねらって、頭の上の木を揺さぶりだしました。たちまち、十の赤い林檎、二個の青い林檎が私の頭の上に落ちかかりましたが、これがまた酒樽ほどもある大きさなのです。かがもうとするところへ、その一つが背中にあたり、二つが足に当たりました。私は前へのめってしまいました。一日大事を取って休むことにしました。 ある日、グラムダルクリッチは、私を芝生の上におろして、ひとり遊ばせておき、自分は家庭教師と一緒に、少し離れたところを歩いていました。すると、にわかに猛烈な霰が降ってきて、私はたちまち地面にたたきつけられました。霰はまるでテニスの球でも投げつけるように、全身に打ち込んでくるのです。 霰が私の体に打ち付けられたうち、上半身に五十個、下半身には四十個は当たったでしょうか。 しかしやっと四つ這いになって、レモンの木蔭に這い込み、私は顔を伏せていました。だが、頭のてっぺんから、足の先まで、傷だらけになって、十日ばかりは外出もできなかったのです。 しかし、これは少しも驚くことではないのです。この国では、何もかも同じ割合に大きいのですから、霰粒一つでもヨーロッパの霰の千八百倍はあります。これは、私がわざわざ秤にかけて計ってみたのですから、たしかです。 ヨーロッパの霰が1グラムなら1.8キロはあるのです。 しかし、もっと危険な事が、この庭園で起こったことがあります。私は一人で考えごとをしたいので、ときどき、一人にしてくれと頼むのですが、乳母さんは私を安全な所へ置いたつもりで、ほかの人たちと一しょに、庭園のどこか別のところへ行っていました。ちょうど、その留守中のことでした。園丁が飼っているスパニエル犬が、どうしたはずみか、庭園に入り込んで来て、私の寝ている方へやって来たのです。私の匂いを嗅ぎつけると、たちまち飛んで来て、私をくわえると、尻尾を振りながら、ドンドン、主人のところへ駈けつけて行って、そっと、私を地面に置きました。運よく、その犬は、よく仕込まれていたので、歯の間にくわえられながらも、私は怪我一つせず、着物も破れなかったのです。
私の頭の上に落ちかかった林檎のうち、数が多いほうを教えてください。
私の頭の上に落ちかかった林檎のうち、数が多いほうは赤い林檎で十個です。
JCRRAG_014386
国語
二人を乗せた青竹は、間もなく峨眉山へ舞いおりました。 そこは深い谷に臨んだ、幅の広い一枚岩の上でしたが、よくよく高い所だと見えて、中空に垂れた北斗の星が、茶碗程の大きさに光っていました。元より人跡の絶えた山ですから、あたりはしんと静まり返って、やっと耳にはいるものは、うしろの絶壁にはえている、曲がりくねった一株の松が、こうこうと夜風に鳴る音だけです。 二人がこの岩の上に来ると、鉄冠子は杜子春を絶壁の下に坐らせて、 「おれはこれから天上へ行って、西王母に御眼にかかって来るから、お前はその間ここに坐って、おれの帰るのを待っているがいい。多分おれがいなくなると、いろいろな魔性が現れて、お前をたぶらかそうとするだろうが、たとえどんなことが起ころうとも、決して声を出すのではないぞ。もし一言でも口を利きいたら、お前は到底仙人にはなれないものだと覚悟をしろ。いいか。天地が裂けても、黙っているのだぞ」と言いました。 「大丈夫です。決して声なぞは出しません。命がなくなっても、黙っています」 「そうか。それを聞いて、おれも安心した。ではおれは行って来るから」 老人は杜子春に別れを告げると、又あの竹杖に跨って、夜目にも削ったような山々の空へ、一文字に消えてしまいました。 杜子春はたった一人、岩の上に坐ったまま、しずかに星を眺めていました。するとかれこれ半時ばかり経って、深山の夜気が肌寒く薄い着物に透り出した頃、突然空中に声があって、 「そこにいるのは何者だ」と、叱りつけるではありませんか。 しかし杜子春は仙人の教え通り、何も返事をしませんでした。 ところが又暫くすると、やはり同じ声が響いて、 「返事をしないと立ちどころに、命はないものと覚悟しろ」と、いかめしくおどしつけるのです。 杜子春は勿論黙っていました。 と、どこから登って来たか、爛々と眼を光らせた虎が一匹、忽然と岩の上に躍り上って、杜子春の姿を睨みながら、一声高くたけりました。のみならずそれと同時に、頭の上の松の枝が、はげしくざわざわ揺れたと思うと、うしろの絶壁の頂からは、四斗樽程の白蛇が一匹、炎のような舌を吐いて、見る見る近くへ下りて来るのです。 杜子春は平然と、眉毛も動かさずに坐っていました。 虎と蛇とは、一つ餌食を狙って、互いに隙でも窺うのか、暫くは睨み合いの体勢でしたが、やがてどちらが先ともなく、一時に杜子春に飛びかかりました。が虎の牙に噛まれるか、蛇の舌に呑まれるか、杜子春の命は瞬く内に、なくなってしまうと思った時、虎と蛇とは霧の如く、夜風と共に消え失せて、後には唯、絶壁の松が、さっきの通りこうこうと枝を鳴らしているばかりなのです。杜子春はほっと一息しながら、今度はどんなことが起こるかと、心待ちにしていました。 すると一陣の風が吹き起こって、墨のような黒雲が一面にあたりをとざすや否や、うす紫の稲妻がやにわに闇を二つに裂いて、すさまじく雷が鳴り出しました。いや、雷ばかりではありません。それと一しょにたきのような雨も、いきなりどうどうと降り出したのです。杜子春はこの天変の中に、恐れ気もなく座っていました。風の音、雨のしぶき、それから絶え間ない稲妻の光、暫くはさすがの峨眉山も、覆えるかと思う位でしたが、その内に耳をもつんざく程、大きな雷鳴が轟いたと思うと、空に渦巻いた黒雲の中から、まっ赤な一本の火柱が、杜子春の頭へ落ちかかりました。 杜子春は思わず耳を抑えて、一枚岩の上へひれ伏しました。が、すぐに眼を開いて見ると、空は以前の通り晴れ渡って、向こうにそびえた山々の上にも、茶碗ほどの北斗の星が、やはりきらきら輝いています。して見れば今の大あらしも、あの虎や白蛇と同じように、鉄冠子の留守をつけこんだ、魔性のいたずらに違いありません。杜子春はようやく安心して、額の冷汗を拭いながら、又岩の上に坐り直しました。 が、そのため息がまだ消えない内に、今度は彼の坐っている前へ、金の鎧を着下した、身の丈三丈もあろうという、おごそかな神将が現れました。神将は手に三叉の戟を持っていましたが、いきなりその戟の切先を杜子春の胸へ向けながら、眼をいからせて叱りつけるのを聞けば、 「こら、その方は一体何物だ。この峨眉山という山は、天地開闢の昔から、おれが住居をしている所だぞ。それもはばからずたった一人、ここへ足を踏み入れるとは、よもや唯の人間ではあるまい。さあ命が惜しかったら、一刻も早く返答しろ」と言うのです。 しかし杜子春は老人の言葉通り、黙然と口をつぐんでいました。 「返事をしないか。しないな。好し。しなければ、しないで勝手にしろ。その代わりおれの眷属たちが、その方をずたずたに斬ってしまうぞ」 神将は戟を高く挙げて、向こうの山の空を招きました。その途端に闇がさっと裂けると、驚いたことには無数の神兵が、雲の如く空にみちみちて、それが皆槍や刀をきらめかせながら、今にもここへ一なだれに攻め寄せようとしているのです。 この景色を見た杜子春は、思わずあっと叫びそうにしましたが、すぐに又鉄冠子の言葉を思い出して、一生懸命に黙っていました。神将は彼が恐れないのを見ると、怒ったの怒らないのではなかった。 「この剛情者め。どうしても返事をしなければ、約束通り命はとってやるぞ」 神将はこう喚くが早いか、三叉の戟を閃かせて、一突きに杜子春を突き殺しました。そうして峨眉山もどよむ程、からからと高く笑いながら、どこともなく消えてしまいました。勿論この時はもう無数の神兵も、吹き渡る夜風の音と一緒に、夢のように消え失せた後だったのです。 北斗の星はまた寒そうに、一枚岩の上を照らし始めました。絶壁の松も前に変わらず、こうこうと枝を鳴らしています。が、杜子春はとうに息が絶えて、仰向けにそこへ倒れていました。
杜子春を狙って飛びかかった動物の数を教えてください。
杜子春を狙って飛びかかった動物の数は2で、 「虎」 「白蛇」 です。
JCRRAG_014387
国語
昔、大和の国葛城山の麓に、髪長彦という若いきこりが住んでいました。これは顔が女のようにやさしくて、その上髪までも女のように長かったものですから、こういう名前をつけられていたのです。 髪長彦は、大そう笛が上手でしたから、山へ木を伐りに行く時でも、仕事の合間には、腰にさしている笛を出して、独りでその音を楽しんでいました。するとまた不思議なことには、どんな鳥獣や草木でも、笛の面白さはわかるのです。髪長彦がそれを吹き出すと、草はなびき、木はそよぎ、鳥や獣はまわりへ来て、じっとしまいまで聞いていました。 ところがある日のこと、髪長彦はいつもの通り、とある大木の根がたに腰を卸しながら、余念もなく笛を吹いていますと、たちまち自分の目の前へ、青い勾玉を沢山ぶらさげた、足の一本しかない大男が現れて、 「お前は中々笛がうまいな。おれはずっと昔から山奥の洞穴で、神代の夢ばかり見ていたが、お前が木を伐りに来始めてからは、その笛の音に誘われて、毎日面白い思いをしていた。そこで今日はそのお礼に、ここまでわざわざ来たのだから、何でも好きなものを望むがいい。」と言いました。 そこできこりは、しばらく考えていましたが、 「私は犬が好きですから、どうか犬を一匹下さい。」と答えました。 すると、大男は笑いながら、 「たかが犬を一匹くれなどとは、お前もよほど欲のない男だ。しかしその欲のないのも感心だから、ほかにはまたとないような不思議な犬をくれてやろう。こう言うおれは、葛城山の足一つの神だ。」と言って、一声高く口笛を鳴らしますと、森の奥から一匹の白犬が、落葉を蹴立てて駈けて来ました。 足一つの神はその犬を指して、 「これは名を嗅げと言って、どんな遠い所の事でも嗅ぎ出して来る利口な犬だ。では、一生おれの代わりに、大事に飼ってやってくれ。」と言うかと思うと、その姿は霧のように消えて、見えなくなってしまいました。 髪長彦は大喜びで、この白犬と一しょに里へ帰って来ましたが、あくる日また、山へ行って、何気なく笛を鳴らしていると、今度は黒い勾玉を首へかけた、手の一本しかない大男が、どこからか形を現して、 「きのうおれの兄きの足一つの神が、お前に犬をやったそうだな。己もお前の笛によってずいぶんと面白い思いをさせてもらった。今日は礼をしようと思ってやって来たのだ。何か欲しいものがあるのなら、遠慮なく言うがいい。己は葛城山の手一つの神だ。」と言いました。 そうして髪長彦が、また「嗅げにも負けないような犬が欲しい。」と答えますと、大男はすぐに口笛を吹いて、一匹の黒犬を呼び出しながら、 「この犬の名は飛べと言って、誰でも背中へ乗ってさえすれば百里でも千里でも、空を飛んで行くことが出来る。明日はまたおれの弟が、何かお前に礼をするだろう。」と言って、前のようにどこかへ消え失せてしまいました。 するとあくる日は、まだ、笛を吹くか吹かないのに、赤い勾玉を飾りにした、目の一つしかない大男が、風のように空から舞い下って、 「おれは葛城山の目一の神だ、兄きたちがお前に礼をしたそうだから、己も嗅げや飛べに劣らないような、立派な犬をくれてやろう。」と言ったと思うと、もう口笛の声が森中にひびき渡って、一匹の斑犬が牙をむき出しながら、駈けて来ました。 「これは噛めという犬だ。この犬を相手にしたが最後、どんな恐い鬼神でも、きっと一噛みに噛み殺されてしまう。ただ、おれたちのやった犬は、どんな遠いところにいても、お前が笛を吹きさえすれば、きっとそこへ帰って来るが、笛がなければ来ないから、それを忘れずにいるがいい。」 そう言いながら目一つの神は、また森の木の葉をふるわせて、風のように舞い上ってしまいました。
葛城山の目一の神と、葛城山の手一つの神の勾玉の違いを教えてください。
葛城山の目一の神は赤い勾玉を飾りにした、目の一つしかない大男です。 一方、葛城山の手一つの神は黒い勾玉を首へかけた、手の一本しかない大男です。
JCRRAG_014388
国語
ごんは、おねんぶつがすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。兵十と加助は、また一しょにかえっていきます。ごんは、二人の話をきこうと思って、ついていきました。兵十の影法師をふみふみいきました。 お城の前まで来たとき、加助が言い出しました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ」 「えっ?」と、兵十はびっくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんで下さるんだよ」 「そうかなあ」 「そうだとも。だから、まいにち神さまにお礼を言うがいいよ」 「うん」 ごんは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、栗や松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼をいわないで、神さまにお礼をいうんじゃア、おれは、引き合わないなあ。 そのあくる日もごんは、栗をもって、兵十の家へ出かけました。兵十は物置で縄をなっていました。それでごんは家の裏口から、こっそり中へはいりました。 そのとき兵十は、ふと顔をあげました。と狐が家の中へはいったではありませんか。こないだうなぎをぬすみやがったあのごん狐めが、またいたずらをしに来たな。 「ようし。」 兵十は立ちあがって、納屋にかけてある火縄銃をとって、火薬をつめました。 そして足音をしのばせてちかよって、今戸口を出ようとするごんを、ドンと、うちました。ごんは、ばたりとたおれました。兵十はかけよって来ました。家の中を見ると、土間に栗が、かためておいてあるのが目につきました。 「おや」と兵十は、びっくりしてごんに目を落しました。 「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」 ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。 兵十は火縄銃をばたりと、とり落しました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました。
兵十はなぜごんを撃ったのか。
ごんが家の中に入るのを見て、またいたずらをしに来たと思ったから。
JCRRAG_014389
国語
こんなふうに、田舎も街も、どうも実に奇妙なので、私は驚いてしまいました。 「これは一たいどうしたわけなのでしょう。町にも畑にも、あんなにたくさんの人々が、とても忙しそうに動きまわっているのに、ちょっとも、よくないようですね。私はまだ、こんなでたらめに耕された畑や、こんなむちゃくちゃに荒れ放題の家や、みじめな人間の姿を見たことがないのです。」 と私は案内役の貴族に尋ねてみました。 すると彼は次のような話をしてくれました。 今からおよそ四十年前に、五人の男と三人の女、八人の人間がラピュタへ上がって行ったのです。彼等は五ヵ月ほどして帰って来ましたが、飛島でおぼえていたのは、数学のはしくれでした。しかし、彼らは、あの空の国のやり方に、とてもひどく、かぶれてしまったのです。帰ると、さっそく、この地上のやり方をいやがりはじめ、芸術も学問も機械も、何もかも、みんな、新しくやりなおそうということにしました。 それで、彼等は国王に願って、このラガードに学士院を作りました。ところが、これがついに全国の流行となって、今では、どこの町に行っても学士院があるのです。 百の町があれば百以上の学士院があり、一つの町に二つの学士院がある町の、隣の町では三つの学士院があったりするのです。 この学士院では、先生たちが、農業や建築の新しいやり方とか、商工業に使う新式の道具を、考え出そうとしています。先生たちはよくこう言います。
四十年前にラピュタへ上がっていった八人のうち、人数が少ないほうの性別を教えてください。
四十年前にラピュタへ上がっていった八人のうち、人数が少ないほうの性別は女で三人です。
JCRRAG_014390
国語
杜子春の体は岩の上へ、仰向けに倒れていましたが、杜子春の魂は、静かに体から抜け出して、地獄の底へ下りて行きました。 この世と地獄との間には、闇穴道という道があって、そこは年中暗い空に、氷のような冷たい風がぴゅうぴゅう吹き荒んでいるのです。杜子春はその風に吹かれながら、暫くは唯木の葉のように、空を漂って行きましたが、やがて森羅殿という額の懸かった立派な御殿の前へ出ました。 御殿の前にいた大勢の鬼は、杜子春の姿を見るや否や、すぐにそのまわりを取りまいて、階の前へ引き据えました。階の上には一人の王様が、まっ黒なきものに金の冠をかぶって、いかめしくあたりを睨んでいます。これは兼ねて噂に聞いた、閻魔大王に違いありません。杜子春はどうなることかと思いながら、恐る恐るそこへひざまずいていました。 「こら、その方は何の為に、峨眉山の上へ坐っていた?」 閻魔大王の声は雷のように、階の上から響きました。杜子春は早速その問に答えようとしましたが、ふと又思い出したのは、「決して口をきくな」という鉄冠子のいましめの言葉です。そこで唯頭を垂れたまま、唖のように黙っていました。すると閻魔大王は、持っていた鉄の笏を挙げて、顔中の鬚を逆立てながら、 「その方はここをどこだと思う? 速やかに返答をすれば好し、さもなければ時を移さず、地獄の呵責にあわせてくれるぞ」と、威丈高に罵りました。 が、杜子春は相変わらず唇を動かしません。それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、荒々しく何か言いつけると、鬼どもは一気にかしこまって、たちまち杜子春を引き立てながら、森羅殿の空へ舞い上がりました。 地獄には誰でも知っている通り、剣の山や血の池の外にも、焦熱地獄という焔の谷や極寒地獄という氷の海が、真暗な空の下に並んでいます。鬼どもはそういう地獄の中へ、代わる代わる杜子春をほうりこみました。ですから杜子春は無残にも、剣に胸を貫かれるやら、焔に顔を焼かれるやら、舌を抜かれるやら、皮を剥がれるやら、鉄の杵につかれるやら、油の鍋に煮られるやら、毒蛇に脳味噌を吸われるやら、熊鷹に眼を食われるやら、その苦しみを数え立てていては、到底際限がない位、あらゆる責苦にあわされたのです。それでも杜子春は我慢強く、じっと歯を食いしばったまま、一言も口を利きませんでした。 これにはさすがの鬼どもも、あきれ返ってしまったのでしょう。もう一度夜のような空を飛んで、森羅殿の前へ帰って来ると、さっきの通り杜子春を階の下に引き据えながら、御殿の上の閻魔大王に、 「この罪人はどうしても、ものを言う気色がございません」と、口をそろえて言上しました。 閻魔大王は眉をひそめて、暫く思案に暮れていましたが、やがて何か思いついたと見えて、 「この男の父母は、畜生道に落ちている筈だから、早速ここへ引き立てて来い」と、一匹の鬼に言いつけました。 鬼は忽ち風に乗って、地獄の空へ舞い上がりました。と思うと、又星が流れるように、獣を駆り立てながら、さっと森羅殿の前へ下りて来ました。その獣を見た杜子春は、驚いたの驚かないのではありません。なぜかといえばそれは、形は見すぼらしい痩せた馬でしたが、顔は夢にも忘れない、死んだ父母の通りでしたから。 「こら、その方は何のために、峨眉山の上に坐っていたか、まっすぐに白状しなければ、今度はその方の父母に痛い思いをさせてやるぞ」 杜子春はこうおどされても、やはり返答をせずにいました。 「この不孝者めが。その方は父母が苦しんでも、その方さえ都合がよければ、いいと思っているのだな」 閻魔大王は森羅殿も崩れる程、すさまじい声でわめきました。 「打て。鬼ども。その畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ」 鬼どもは一斉に「はっ」と答えながら、鉄の鞭をとって立ち上がると、四方八方から父母の馬を、未練もなく打ちのめしました。鞭はりゅうりゅうと風を切って、所かまわず雨のように、馬の皮肉を打ち破るのです。馬は、畜生になった父母は、苦しそうに身をもだえて、眼には血の涙を浮かべたまま、見てもいられない程いななきました。 「どうだ。まだその方は白状しないか」 閻魔大王は鬼どもに、暫く鞭の手を止めさせて、もう一度杜子春の答えを促しました。もうその時には二匹の馬も、肉は裂け骨は砕けて、息も絶え絶えに階の前へ、倒れ伏していたのです。 杜子春は必死になって、鉄冠子の言葉を思い出しながら、かたく眼をつぶっていました。するとその時彼の耳には、ほとんど声とはいえない位、かすかな声が伝わって来ました。 「心配するでない。私たちがどうなっても、お前さえ幸せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何とおっしゃっても、言いたくないことは黙っておいで」 それは確かに懐かしい、母親の声に違いありません。杜子春は思わず、眼を開きました。そうして馬の一匹が、力なく地上に倒れたまま、悲しそうに彼の顔へ、じっと眼をやっているのを見ました。母親はこんな苦しみの中にも、息子の心を思いやって、鬼どもの鞭に打たれたことを、うらむ気色けしきさえも見せないのです。大金持ちになれば御世辞を言い、貧乏人になれば口も利かない世間の人たちに比べると、何という有難い志でしょう。何という健気な決心でしょう。杜子春は老人の戒めも忘れて、転ぶようにその側へ走りよると、両手に半死の馬のくびを抱いて、はらはらと涙を落しながら、「おっかさん」と一声を叫びました。
地獄の種類の数を教えてください。
地獄の種類の数は4で、 「剣の山」、「血の池」、「焦熱地獄という焔の谷」、「極寒地獄という氷の海」です。
JCRRAG_014391
国語
さて笠置山へ着きますと、ここにいる土蜘蛛はいたって悪知恵のあるやつでしたから、髪長彦の姿を見るが早いか、わざとにこにこ笑いながら、洞穴の前まで迎えに出て、 「これは、これは、髪長彦さん。遠方御苦労でございました。まあ、こっちへおはいりなさい。ろくなものはありませんが、ついさっき殺したばかりの若い鹿の生胆を御馳走しようと思いますがいかがでしょう、非常においしいですよ。 お気に召さないようなら熊の胎児はいかがでしょう。大きくなると中々食べづらい熊ですがまだ柔らかくておいしいですよ」といいました。 御姉様の御姫様はそれを聞いて血の気を引いた顔をして顔を背けました。 髪長彦はその様子をみて、土蜘蛛に対して呆れたような、静かに怒ったような顔をして首を振りました。 「いや、おれはお前がさらって来た御姫様をとり返しにやって来たのだ。早く御姫様を返せばよし、さもなければあの食蜃人同様、殺してしまうからそう思え。」と、恐ろしい勢いで叱りつけました。 すると土蜘蛛は、一ちぢみにちぢみ上って、 「ああ、お返ししますとも、何であなたのおっしゃる事に、いやだなどと申しましょう。御姫様はこの奥にちゃんと、独りでいらっしゃいます。どうか御遠慮なく中へはいって、おつれになって下さいまし。」と、声をふるわせながらいいました。 そこで髪長彦は、御姉様の御姫様と三匹の犬とをつれて、洞穴の中へはいりますと、成程ここにも銀の櫛をさした、可愛らしい御姫様が、悲しそうにしくしく泣いています。 それが人の来たようすに驚いて、急いでこちらを御覧になりましたが、御姉様の御顔を一目見たと思うと、 「御姉様。」 「妹。」と、二人の御姫様は一度に両方から駈けよって、暫くは互いに抱き合ったまま、うれし涙にくれていらっしゃいました。髪長彦もこの気色を見て、貰い泣きをしていましたが、急に三匹の犬が背中の毛を逆立てて、 「わん。わん。土蜘蛛の畜生め。」 「憎いやつだ。わん。わん。」 「わん。わん。わん。覚えていろ。わん。わん。わん。」と、気の違ったように吠え出しましたから、ふと気がついてふり返えると、あの狡猾な土蜘蛛は、いつどうしたのか、大きな岩で、一分の隙もないように、外から洞穴の入口をぴったりふさいでしまいました。おまけにその岩の向こうでは、 「ざまを見ろ、髪長彦め。こうして置けば、貴様たちは、一月とたたないうちに、ひぼしになって死んでしまうぞ。何とおれさまの計略は、恐れ入ったものだろう。」と、手をたたいて土蜘蛛の笑う声がしています。 これにはさすがの髪長彦も、さては一ぱい食わされたかと、一時は口惜しがりましたが、幸い思い出したのは、腰にさしていた笛の事です。この笛を吹きさえすれば、鳥獣はいうまでもなく、草木もうっとり聞き惚れるのですから、あの狡猾な土蜘蛛も、心を動かさないとは限りません。そこで髪長彦は勇気をとり直して、吠えたける犬をなだめながら、一心不乱に笛を吹き出しました。 するとその音色の面白さには、悪者の土蜘蛛も、おいおい我を忘れたのでしょう。始めは洞穴の入口に耳をつけて、じっと聞き澄ましていましたが、とうとうしまいには夢中になって、一寸二寸と大岩を、少しずつわきへ開きはじめました。 それが人一人通れるくらい、大きな口をあけた時です。髪長彦は急に笛をやめて、 「噛め。噛め。洞穴の入口に立っている土蜘蛛を噛み殺せ。」と、斑犬の背中をたたいて、いいつけました。 この声に胆をつぶして、一目散に土蜘蛛は、逃げ出そうとしましたが、もうその時は間に合いません。「噛め」はまるで電のように、洞穴の外へ飛び出して、何の苦もなく土蜘蛛を噛み殺してしまいました。 所がまた不思議な事には、それと同時に谷底から、一陣の風が吹き起って、 「髪長彦さん。ありがとう。この御恩は忘れません。私は土蜘蛛にいじめられていた、笠置山の笠姫です。」とやさしい声が聞こえました。
土蜘蛛が御馳走しようとした話を聞いた御姉様の御姫様と髪長彦の反応の違いを教えてください。
髪長彦の姿をみた土蜘蛛は若い鹿の生胆や熊の胎児を御馳走しようとしてきました。 御姉様の御姫様はそれを聞いて血の気を引いた顔をして顔を背けました。 一方で髪長彦はその様子をみて、土蜘蛛に対して呆れたような、静かに怒ったような顔をして首を振り、早く御姫様を返さないと殺してしまうぞ、と恐ろしい勢いで叱りつけました。
JCRRAG_014392
国語
村にはみるものがいくらでもあった。鍛冶屋、仕立屋、水車小屋、せんべや、樽屋。それから自転車屋など。それらはなんというすばらしい見物だったことだろう。それらの一つ一つが、半日立ちつくして見物していても、けっしてあかせないだけの魅力を持っていたのである。そしてまたなんどみてもそこで行なわれている細かい仕事はじゅうぶんわれわれを楽しませてくれたのである。 でだれでも子どもならば、鍛冶屋がどうして火をおこし、どうして鍬をうつか、仕立屋がどんなふうにミシンをまわし、どんな工合にエプロンのポケットをぬいつけるか、またせんべやのじいさんが、せんべをさしはさんだ、うちわようのものをどんな順序で火の上でひっくりかえすか細かいところまでよく知っていた。おそらくそれらの職人たち以上に。もし職人のかわりにその仕事をさせてもらえるなら、どんなに子どもたちは手ぎわよく、一つとしてまちがいを起こさないで仕事をやってのけたことだろう。 だがおとなたちはちっともそれを信じてくれない。子どもをまるではえかなんぞのように思っている。なかなか手つだわしてさえくれないのである。遊んでいる金槌をこっそりにぎったりすると、鍛冶屋のおやじは油汗で黒く光っている額にけわしいしわをつくっていうのだった。 「あぶねえ。子どもはあっちいいって遊ぶんだ!」 ときにはどうした風のふきまわしでか職人が手つだわせてくれることがある。たとえばふいごをおさせたり、つながったせんべを細かくくだかせたり。そんなときの喜びはまたかくべつである。何しろおとなの仕事にたずさわっていることになるのだから。しかしこの喜びも、ちょっとしたおとなの気持ちの変化でたちまちおじゃんになってしまう。おとなはちっとも子どもの気持ちを理解してくれないのである。
子どもたちは職人の仕事を細かい部分まで理解していたのはなぜか。
子どもたちが職人の仕事を熱心に観察し、細かい工程まで把握していたから。
JCRRAG_014393
国語
さきほどまで、塔の上から私を見物していた皇帝が、今、塔をおりて、こちらに馬を進めて来られました。が、これはもう少しで大ごとになるところでした。というのは、この馬はよく馴れた馬でしたが、私を見て山が動きだしたように、びっくりしたものですから、たちまち後足で立ち上がったのです。しかし、皇帝は馬の達人だったので、鞍の上にぐっと落ち着いていられる、そこへ、家来が駈けつけて、手綱を押える、これでまず、無事におりることができました。 皇帝は、私を眺めまわし、しきりに感心しています。が、私の鎖のとどくところへは近寄りません。それから、料理人たちに、食物を運べと言いつけられます。すると、みんなが、御馳走を盛った、車のようないれものを押して来ては、私のそばにおいてくれます。 いれものごと手でつかんで、私はペロリと平らげてしまいます。肉が二十人前、パンが十五人前、飲物が十人前、どれもこれも平げてしまいました。 皇后と若い皇子皇女たちは、たくさんの女官に付き添われて、少し離れた椅子のところにいましたが、皇帝のさきほどの馬の騒ぎのとき、みんな席を立って、皇帝のところに集って来ました。ここで、皇帝の様子を、ちょっと述べてみましょう。 皇帝の身長は、宮廷の誰よりも、高かったのです。ちょうど、私の爪の幅ほど高かったようです。が、これだけでも、なかなか立派に見えます。男らしい顔つきで、きりっとした口元、弓なりの鼻、頬はオリーブ色、動作はもの静かで、態度に威厳があります。年は二十八年と九ヶ月ということです。
私がペロリと平らげたものでもっとも食べた物を教えてください。
私がペロリと平らげたものでもっとも食べたのは肉で二十人前です。
JCRRAG_014394
国語
杜子春の体は岩の上へ、仰向けに倒れていましたが、杜子春の魂は、静かに体から抜け出して、地獄の底へ下りて行きました。 この世と地獄との間には、闇穴道という道があって、そこは年中暗い空に、氷のような冷たい風がぴゅうぴゅう吹き荒んでいるのです。杜子春はその風に吹かれながら、暫くは唯木の葉のように、空を漂って行きましたが、やがて森羅殿という額の懸かった立派な御殿の前へ出ました。 御殿の前にいた大勢の鬼は、杜子春の姿を見るや否や、すぐにそのまわりを取りまいて、階の前へ引き据えました。階の上には一人の王様が、まっ黒なきものに金の冠をかぶって、いかめしくあたりを睨んでいます。これは兼ねて噂に聞いた、閻魔大王に違いありません。杜子春はどうなることかと思いながら、恐る恐るそこへひざまずいていました。 「こら、その方は何の為に、峨眉山の上へ坐っていた?」 閻魔大王の声は雷のように、階の上から響きました。杜子春は早速その問に答えようとしましたが、ふと又思い出したのは、「決して口をきくな」という鉄冠子のいましめの言葉です。そこで唯頭を垂れたまま、唖のように黙っていました。すると閻魔大王は、持っていた鉄の笏を挙げて、顔中の鬚を逆立てながら、 「その方はここをどこだと思う? 速やかに返答をすれば好し、さもなければ時を移さず、地獄の呵責にあわせてくれるぞ」と、威丈高に罵りました。 が、杜子春は相変わらず唇を動かしません。それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、荒々しく何か言いつけると、鬼どもは一気にかしこまって、たちまち杜子春を引き立てながら、森羅殿の空へ舞い上がりました。 地獄には誰でも知っている通り、剣の山や血の池の外にも、焦熱地獄という焔の谷や極寒地獄という氷の海が、真暗な空の下に並んでいます。鬼どもはそういう地獄の中へ、代わる代わる杜子春をほうりこみました。ですから杜子春は無残にも、剣に胸を貫かれるやら、焔に顔を焼かれるやら、舌を抜かれるやら、皮を剥がれるやら、鉄の杵につかれるやら、油の鍋に煮られるやら、毒蛇に脳味噌を吸われるやら、熊鷹に眼を食われるやら、その苦しみを数え立てていては、到底際限がない位、あらゆる責苦にあわされたのです。それでも杜子春は我慢強く、じっと歯を食いしばったまま、一言も口を利きませんでした。 これにはさすがの鬼どもも、あきれ返ってしまったのでしょう。もう一度夜のような空を飛んで、森羅殿の前へ帰って来ると、さっきの通り杜子春を階の下に引き据えながら、御殿の上の閻魔大王に、 「この罪人はどうしても、ものを言う気色がございません」と、口をそろえて言上しました。 閻魔大王は眉をひそめて、暫く思案に暮れていましたが、やがて何か思いついたと見えて、 「この男の父母は、畜生道に落ちている筈だから、早速ここへ引き立てて来い」と、一匹の鬼に言いつけました。 鬼は忽ち風に乗って、地獄の空へ舞い上がりました。と思うと、又星が流れるように、獣を駆り立てながら、さっと森羅殿の前へ下りて来ました。その獣を見た杜子春は、驚いたの驚かないのではありません。なぜかといえばそれは、形は見すぼらしい痩せた馬でしたが、顔は夢にも忘れない、死んだ父母の通りでしたから。 「こら、その方は何のために、峨眉山の上に坐っていたか、まっすぐに白状しなければ、今度はその方の父母に痛い思いをさせてやるぞ」 杜子春はこうおどされても、やはり返答をせずにいました。 「この不孝者めが。その方は父母が苦しんでも、その方さえ都合がよければ、いいと思っているのだな」 閻魔大王は森羅殿も崩れる程、すさまじい声でわめきました。 「打て。鬼ども。その畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ」 鬼どもは一斉に「はっ」と答えながら、鉄の鞭をとって立ち上がると、四方八方から父母の馬を、未練もなく打ちのめしました。鞭はりゅうりゅうと風を切って、所かまわず雨のように、馬の皮肉を打ち破るのです。馬は、畜生になった父母は、苦しそうに身をもだえて、眼には血の涙を浮かべたまま、見てもいられない程いななきました。 「どうだ。まだその方は白状しないか」 閻魔大王は鬼どもに、暫く鞭の手を止めさせて、もう一度杜子春の答えを促しました。もうその時には二匹の馬も、肉は裂け骨は砕けて、息も絶え絶えに階の前へ、倒れ伏していたのです。 杜子春は必死になって、鉄冠子の言葉を思い出しながら、かたく眼をつぶっていました。するとその時彼の耳には、ほとんど声とはいえない位、かすかな声が伝わって来ました。 「心配するでない。私たちがどうなっても、お前さえ幸せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何とおっしゃっても、言いたくないことは黙っておいで」 それは確かに懐かしい、母親の声に違いありません。杜子春は思わず、眼を開きました。そうして馬の一匹が、力なく地上に倒れたまま、悲しそうに彼の顔へ、じっと眼をやっているのを見ました。母親はこんな苦しみの中にも、息子の心を思いやって、鬼どもの鞭に打たれたことを、うらむ気色けしきさえも見せないのです。大金持ちになれば御世辞を言い、貧乏人になれば口も利かない世間の人たちに比べると、何という有難い志でしょう。何という健気な決心でしょう。杜子春は老人の戒めも忘れて、転ぶようにその側へ走りよると、両手に半死の馬のくびを抱いて、はらはらと涙を落しながら、「おっかさん」と一声を叫びました。
杜子春が受けた責苦の数を教えてください。
杜子春が受けた責苦の数は8で、 「剣に胸を貫かれる」、 「焔に顔を焼かれる」、 「舌を抜かれる」、 「皮を剥がれる」、 「鉄の杵につかれる」、 「油の鍋に煮られる」、 「毒蛇に脳味噌を吸われる」、 「熊鷹に眼を食われる」 です。
JCRRAG_014395
国語
それから髪長彦は、二人の御姫様と三匹の犬とをひきつれて、黒犬の背に跨がりながら、笠置山の頂から、飛鳥の大臣様の御出になる都の方へまっすぐに、空を飛んでまいりました。その途中で二人の御姫様は、髪長彦のことをどうお思いになったのか、姉姫様はご自分の懐から大事にしていた金の櫛を取り出しました。妹姫様はご自分の髪にささっていた美しい銀の櫛をぬきとりました。そしてそれぞれを髪長彦の長い髪へそっとさしました。が、こっちは元からそんな事には、気がつく筈がありません。ただ、一生懸命に黒犬を急がせながら、美しい大和の国原を足の下に見下して、ずんずん空を飛んで行きました。 その中に髪長彦は、あの始めに通りかかった、三つ叉の路の空まで、犬を進めて来ましたが、見るとそこにはさっきの二人の侍が、どこからかの帰りと見えて、また馬を並べながら、都の方へ急いでいます。これを見ると、髪長彦は、ふと自分の大手柄を、この二人の侍たちにも聞かせたいという心もちが起こって来たものですから、 「下りろ。下りろ。あの三つ叉になっている路の上へ下りて行け。」と、こう黒犬にいいつけました。 こっちは二人の侍です。折角方々探しまわったのに、御姫様たちの御行方がどうしても知れないので、しおしお馬を進めていると、いきなりその御姫様たちが、女のようなきこりと一しょに、たくましい黒犬に跨って、空から舞い下って来たのですから、その驚きといったらありません。 髪長彦は犬の背中を下りると、丁寧にまたおじぎをして、 「殿様、わたくしはあなた方に御別れ申してから、すぐに生駒山と笠置山とへ飛んで行って、この通り御二方の御姫様を御助け申してまいりました。」といいました。 しかし二人の侍は、こんな卑しいきこりなどに、まんまと鼻をあかされたのですから、うらやましいのと、ねたましいのとで、腹が立って仕方がありません。そこで上辺はさも嬉しそうに、いろいろ髪長彦の手柄を褒め立てながら、とうとう三匹の犬の由来や、腰にさした笛の不思議などをすっかり聞き出してしまいました。そうして髪長彦の油断をしている中に、まず大事な笛をそっと腰からぬいてしまうと、二人はいきなり黒犬の背中へとび乗って、二人の御姫様と二匹の犬とを、しっかりと両脇に抱えながら、 「飛べ。飛べ。飛鳥の大臣様のいらっしゃる、都の方へ飛んで行け。」と、声を揃えて叫びました。 髪長彦は驚いて、すぐに二人へとびかかりましたが、もうその時には大風が吹き起こって、侍たちを乗せた黒犬は、きりりと尾をまいたまま、遥な青空の上の方へ舞い上って行ってしまいました。 あとにはただ、侍たちの乗った二匹の馬が残っているばかりですから、髪長彦は三つ叉になった往来のまん中につっぷして、しばらくはただ悲しそうにおいおい泣いておりました。 すると生駒山の峰の方から、さっと風が吹いて来たと思いますと、その風の中に声がして、 「髪長彦さん。髪長彦さん。私は生駒山の駒姫です。」と、やさしいささやきが聞こえました。 それと同時にまた笠置山の方からも、さっと風が渡るや否や、やはりその風の中にも声があって、 「髪長彦さん。髪長彦さん。私は笠置山の笠姫です。」と、これもやさしく囁きました。 そうしてその声が一つになって、 「これからすぐに私たちは、あの侍たちの後を追って、笛をとり返して上げますから、少しも御心配なさいますな。」というかいわないうちに、風はびゅうびゅう唸りながら、さっき黒犬の飛んで行った方へ、狂って行ってしまいました。 が、少したつとその風は、またこの三つ叉になった路の上へ、前のようにやさしく囁きながら、高い空から下おろして来ました。 「あの二人の侍たちは、もう御二方の御姫様と一緒に、飛鳥の大臣様の前へ出て、いろいろ御褒美を頂いています。さあ、さあ、早くこの笛を吹いて、三匹の犬をここへ呼びなさい。その間に私たちは、あなたが御出世の旅立を、恥ずかしくないようにして上げましょう。」 こういう声がしたかと思うと、あの大事な笛を始め、金の鎧だの、銀の兜だの、孔雀の羽の矢だの、香木の弓だの、立派な大将の装いが、まるで雨か霰のように、眩しく日に輝きながら、ばらばら眼の前へ降って来ました。
都の方へ空を飛んでる途中に、二人の御姫様が髪長彦にやった事の違いを教えてください。
髪長彦は、二人の御姫様と三匹の犬とをひきつれて、黒犬の背に跨がりながら、笠置山の頂から、飛鳥の大臣様の御出になる都の方へまっすぐに、空を飛んでまいりました。その途中で二人の御姫様は、髪長彦のことをどうお思いになったのか、姉姫様はご自分の懐から大事にしていた金の櫛を取り出しました。妹姫様はご自分の髪にささっていた美しい銀の櫛をぬきとりました。そしてそれぞれを髪長彦の長い髪へそっとさしました。
JCRRAG_014396
国語
正九郎はつくづく思うのだった。――自転車のパンクなおしをはじめからしまいまでやってみたいなあと。自転車屋の戸口にしゃがんで、自転車のパンクしたところがつくろわれている工作をみていると、正九郎ののどはこくりと鳴るのだった。まるでうまいものを山ほどみせつけられたように。しかしそこの主人がどんなに気むずかしいおじさんであるか、正九郎はよく知っていた。彼は頭がはげていた。首が太くて、あまった肉が大きいしわをつくっていた。眉毛が針金のようにあらくて、いつもおこったような顔をしていた。そしてあまり口をきかなかったが、たまに口を開くと、かみつくように短いことばをうちつける。村の人たちは、あれで金さんはいい人だといっていた。が正九郎は獣のようにおそれていた。一度戸口のしきいの溝にはまった小さい微塵玉をほじっていて、頭上から彼にどなられたとき、眼の前に雷が落ちてきたように正九郎はおじけてしまったのである。こんなおじさんだからどんなにのぞんでいても、パンクなおしを手つだわしてくれとはいえないのだった。 だがものごとは万事うまくゆく。ある日ついに正九郎の宿願は達せられることになった。 正九郎はその日学校から帰ってくるとあらいたての白ズボンにとりかえさせられた。ごわごわして、あらいたての布だけが持っている快いにおいがぷーんとする。そればかりか、戸外に出ると六月のつよい陽光にまばゆいほど光るのである。近所の板塀やいけ垣には、麦わらが立てかけてほしてある。めんどりが鶏小舎でひくく鳴いている。村ははしからはしまで静かだ。そこで正九郎は何もすることがない。でもこんなとき、何かがきっとやってくるものだ。正九郎はちゃんと知っている。 まったくである。それはこんなふうに正九郎の耳にささやきながらやってきた。 「おい正九ン、ええことがあるぞ。」 正九郎は加平の顔をしげしげとみてききかえした。 「なんだい。」 加平のいうところによると、自転車屋の金さんとおばさんは、今日、金光教の何かで朝からよそにいき、小僧のやあ公がひとりでるすばんをしているということだった。こいつはすばらしい! 正九郎と加平はふたりの泥棒のようにひそひそと話した。すべての計画がさっさと運んでいった。まるでとんとんびょうしであった。なあに、やあ公をさそい出すくらいわけのないことはない。やあ公はくいしんぼうだ。そこで、いっぱいみのったびわの木が、加平ン家の畑のくろでやあ公を待っているといえばとんでいかぬわけがない。あいつほんとにくいしんぼうだから。だがあの金色によくみのったびわを腹いっぱいたべられると思うと正九郎はやあ公をちっとばかりうらやまずにはいられなかった。 ふたりはもう自転車屋に達しない前に、計画は実現されてしまったように感じていた。つまりふたりはもう、自転車のパンクをなおすやり方ばかりを考えていた。しかし戸口まできてみると、なかなか、これからがたいへんだということを感じさせられた。正九郎はなんだかいつものそこと様子がちがうような気がした。ふたりは戸口に面してたったとき、道のまん中でしばらく躊躇した。 加平の方がすこしばかり勇敢だった。うさぎなんか平気でしめころすお父つあんの子だから、そう思いながら、正九郎は加平がどんどん店の中へはいっていくのをみおくっていた。何かたいへんなことがはじまったような気がした。正九郎はもうあらゆる欲望をすてて、このまま帰ってもいいと思った。 だが按じたほどのことはなかった。はいっていった加平は、そこにねそべって忍術本を読んでいたやあ公と話し出したのである。みればやあ公はいつもの、あの心安いやあ公である。うたがいも何もいだいていない友だちのやあ公である。正九郎も安神してはいっていった。 やあ公は二つ返事で店をふたりにあずけた。何しろやあ公ときたらくいしんぼうなんだから。 「そいじゃたのむぜ。お客さんがあったらすぐよびにきてなあ。」 正九郎はうんとうなずいただけだが加平はこんなふうにつけくわえた。「火の見の横んとこで帽子をふるから、それみたらこいよ。」
正九郎は自転車屋の金さんをなぜ恐れていたのか。
金さんが無口で、怒ったような顔をしており、厳しく叱ることがあったから。
JCRRAG_014397
国語
私は身体が小さいので、ときどき、滑稽な出来事に出会いました。 グラムダルクリッチは、よく私を箱に入れて、庭につれ出し、そしてときには、箱から出して手の上に乗せてみたり、地面を歩かせてみたりしていました。あるとき、それはまだあのこびとが宮廷にいた頃のことですが、彼が庭までついてやって来たのです。ちょうど、彼と私のすぐ傍に、盆栽の林檎の木がありました。この盆栽とこびとを見くらべていると、なんだかおかしくなったので、私はちょっと、彼を冷やかしてやりました。すると、このいたずら小僧は、私が林檎の木蔭を歩いている隙をねらって、頭の上の木を揺さぶりだしました。たちまち、十の赤い林檎、二個の青い林檎が私の頭の上に落ちかかりましたが、これがまた酒樽ほどもある大きさなのです。かがもうとするところへ、その一つが背中にあたり、二つが足に当たりました。私は前へのめってしまいました。一日大事を取って休むことにしました。 ある日、グラムダルクリッチは、私を芝生の上におろして、ひとり遊ばせておき、自分は家庭教師と一緒に、少し離れたところを歩いていました。すると、にわかに猛烈な霰が降ってきて、私はたちまち地面にたたきつけられました。霰はまるでテニスの球でも投げつけるように、全身に打ち込んでくるのです。 霰が私の体に打ち付けられたうち、上半身に五十個、下半身には四十個は当たったでしょうか。 しかしやっと四つ這いになって、レモンの木蔭に這い込み、私は顔を伏せていました。だが、頭のてっぺんから、足の先まで、傷だらけになって、十日ばかりは外出もできなかったのです。 しかし、これは少しも驚くことではないのです。この国では、何もかも同じ割合に大きいのですから、霰粒一つでもヨーロッパの霰の千八百倍はあります。これは、私がわざわざ秤にかけて計ってみたのですから、たしかです。 ヨーロッパの霰が1グラムなら1.8キロはあるのです。 しかし、もっと危険な事が、この庭園で起こったことがあります。私は一人で考えごとをしたいので、ときどき、一人にしてくれと頼むのですが、乳母さんは私を安全な所へ置いたつもりで、ほかの人たちと一しょに、庭園のどこか別のところへ行っていました。ちょうど、その留守中のことでした。園丁が飼っているスパニエル犬が、どうしたはずみか、庭園に入り込んで来て、私の寝ている方へやって来たのです。私の匂いを嗅ぎつけると、たちまち飛んで来て、私をくわえると、尻尾を振りながら、ドンドン、主人のところへ駈けつけて行って、そっと、私を地面に置きました。運よく、その犬は、よく仕込まれていたので、歯の間にくわえられながらも、私は怪我一つせず、着物も破れなかったのです。
私の頭の上に落ちかかった林檎のうち、数が少ないほうを教えてください。
私の頭の上に落ちかかった林檎のうち、数が少ないほうは青い林檎で二個です。
JCRRAG_014398
国語
杜子春の体は岩の上へ、仰向けに倒れていましたが、杜子春の魂は、静かに体から抜け出して、地獄の底へ下りて行きました。 この世と地獄との間には、闇穴道という道があって、そこは年中暗い空に、氷のような冷たい風がぴゅうぴゅう吹き荒んでいるのです。杜子春はその風に吹かれながら、暫くは唯木の葉のように、空を漂って行きましたが、やがて森羅殿という額の懸かった立派な御殿の前へ出ました。 御殿の前にいた大勢の鬼は、杜子春の姿を見るや否や、すぐにそのまわりを取りまいて、階の前へ引き据えました。階の上には一人の王様が、まっ黒なきものに金の冠をかぶって、いかめしくあたりを睨んでいます。これは兼ねて噂に聞いた、閻魔大王に違いありません。杜子春はどうなることかと思いながら、恐る恐るそこへひざまずいていました。 「こら、その方は何の為に、峨眉山の上へ坐っていた?」 閻魔大王の声は雷のように、階の上から響きました。杜子春は早速その問に答えようとしましたが、ふと又思い出したのは、「決して口をきくな」という鉄冠子のいましめの言葉です。そこで唯頭を垂れたまま、唖のように黙っていました。すると閻魔大王は、持っていた鉄の笏を挙げて、顔中の鬚を逆立てながら、 「その方はここをどこだと思う? 速やかに返答をすれば好し、さもなければ時を移さず、地獄の呵責にあわせてくれるぞ」と、威丈高に罵りました。 が、杜子春は相変わらず唇を動かしません。それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、荒々しく何か言いつけると、鬼どもは一気にかしこまって、たちまち杜子春を引き立てながら、森羅殿の空へ舞い上がりました。 地獄には誰でも知っている通り、剣の山や血の池の外にも、焦熱地獄という焔の谷や極寒地獄という氷の海が、真暗な空の下に並んでいます。鬼どもはそういう地獄の中へ、代わる代わる杜子春をほうりこみました。ですから杜子春は無残にも、剣に胸を貫かれるやら、焔に顔を焼かれるやら、舌を抜かれるやら、皮を剥がれるやら、鉄の杵につかれるやら、油の鍋に煮られるやら、毒蛇に脳味噌を吸われるやら、熊鷹に眼を食われるやら、その苦しみを数え立てていては、到底際限がない位、あらゆる責苦にあわされたのです。それでも杜子春は我慢強く、じっと歯を食いしばったまま、一言も口を利きませんでした。 これにはさすがの鬼どもも、あきれ返ってしまったのでしょう。もう一度夜のような空を飛んで、森羅殿の前へ帰って来ると、さっきの通り杜子春を階の下に引き据えながら、御殿の上の閻魔大王に、 「この罪人はどうしても、ものを言う気色がございません」と、口をそろえて言上しました。 閻魔大王は眉をひそめて、暫く思案に暮れていましたが、やがて何か思いついたと見えて、 「この男の父母は、畜生道に落ちている筈だから、早速ここへ引き立てて来い」と、一匹の鬼に言いつけました。 鬼は忽ち風に乗って、地獄の空へ舞い上がりました。と思うと、又星が流れるように、獣を駆り立てながら、さっと森羅殿の前へ下りて来ました。その獣を見た杜子春は、驚いたの驚かないのではありません。なぜかといえばそれは、形は見すぼらしい痩せた馬でしたが、顔は夢にも忘れない、死んだ父母の通りでしたから。 「こら、その方は何のために、峨眉山の上に坐っていたか、まっすぐに白状しなければ、今度はその方の父母に痛い思いをさせてやるぞ」 杜子春はこうおどされても、やはり返答をせずにいました。 「この不孝者めが。その方は父母が苦しんでも、その方さえ都合がよければ、いいと思っているのだな」 閻魔大王は森羅殿も崩れる程、すさまじい声でわめきました。 「打て。鬼ども。その畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ」 鬼どもは一斉に「はっ」と答えながら、鉄の鞭をとって立ち上がると、四方八方から父母の馬を、未練もなく打ちのめしました。鞭はりゅうりゅうと風を切って、所かまわず雨のように、馬の皮肉を打ち破るのです。馬は、畜生になった父母は、苦しそうに身をもだえて、眼には血の涙を浮かべたまま、見てもいられない程いななきました。 「どうだ。まだその方は白状しないか」 閻魔大王は鬼どもに、暫く鞭の手を止めさせて、もう一度杜子春の答えを促しました。もうその時には二匹の馬も、肉は裂け骨は砕けて、息も絶え絶えに階の前へ、倒れ伏していたのです。 杜子春は必死になって、鉄冠子の言葉を思い出しながら、かたく眼をつぶっていました。するとその時彼の耳には、ほとんど声とはいえない位、かすかな声が伝わって来ました。 「心配するでない。私たちがどうなっても、お前さえ幸せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何とおっしゃっても、言いたくないことは黙っておいで」 それは確かに懐かしい、母親の声に違いありません。杜子春は思わず、眼を開きました。そうして馬の一匹が、力なく地上に倒れたまま、悲しそうに彼の顔へ、じっと眼をやっているのを見ました。母親はこんな苦しみの中にも、息子の心を思いやって、鬼どもの鞭に打たれたことを、うらむ気色けしきさえも見せないのです。大金持ちになれば御世辞を言い、貧乏人になれば口も利かない世間の人たちに比べると、何という有難い志でしょう。何という健気な決心でしょう。杜子春は老人の戒めも忘れて、転ぶようにその側へ走りよると、両手に半死の馬のくびを抱いて、はらはらと涙を落しながら、「おっかさん」と一声を叫びました。
閻魔大王に命じられて、一匹の鬼がつれてきた見すぼらしい痩せた馬の数を教えてください。
閻魔大王に命じられて、一匹の鬼がつれてきた見すぼらしい痩せた馬の数は2です。
JCRRAG_014399
国語
むかし、金太郎という強い子供がいました。相模国足柄山の山奥に生まれて、おかあさんの山うばといっしょにくらしていました。 金太郎は生まれた時からそれはそれは力が強くって、もう七つや八つのころには、石臼やもみぬかの俵ぐらい、へいきで持ちあげました。大抵の大人を相手にすもうを取っても負けませんでした。近所にもう相手がなくなると、つまらなくなって金太郎は、一日森の中をかけまわりました。そしておかあさんにもらった大きなまさかりをかついで歩いて、やたらに大きな杉の木や松の木をきり倒しては、きこりのまねをしておもしろがっていました。 ある日森の奥のずっと奥に入って、いつものように大きな木を切っていますと、のっそり大きな熊が出て来ました。熊は目を光らせながら、 「だれだ、おれの森をあらすのは。」 と言って、とびかかって来ました。すると金太郎は、 「なんだ、熊のくせに。金太郎を知らないか。」 と言いながら、まさかりをほうり出して、いきなり熊に組みつきました。そして足をかけて、どしんと地べたに投げつけました。熊はへいこうして、両手をついてあやまって、金太郎の家来になりました。森の中で大将ぶんの熊がへいこうして金太郎の家来になったのを見て、そのあとからうさぎだの、猿だの、鹿だのがぞろぞろついて来て、 「金太郎さん、どうぞわたくしも御家来にして下ください。」 と言いました。金太郎は、「よし、よし。」とうなずいて、みんな家来にしてやりました。 それからは金太郎は、毎朝おかあさんにたくさんおむすびをこしらえていただいて、森の中へ出でかけて行きました。金太郎が口笛を吹いて、 「さあ、みんな来い。みんな来い。」 と呼びかけると、熊を頭に、鹿や猿やうさぎがのそのそと出て来ました。金太郎はこの家来たちをお供に連れて、一日山の中を歩きまわりました。ある日方々歩いて、やがてやわらかな草の生えている所へ来ると、みんなは足を出してそこへごろごろ寝ころびました。太陽が気持ちよさそうに当たっていました。金太郎が、 「さあ、みんな相撲を取れ。ごほうびにはこのおむすびをやるぞ。」 と言うと、熊がむくむくした手で地面を掘って、土俵をこしらえました。 はじめに猿とうさぎが取り組んで、鹿が行司になりました。うさぎが猿のしっぽをつかまえて、土俵の外へ持ち出そうとしますと、猿がくやしがって、むちゃくちゃにうさぎの長い耳をつかんでひっぱりましたから、うさぎはいたがって手をはなしました。それで勝負がつかなくなって、どちらもごほうびがもらえませんでした。 こんどはうさぎが行司になって、鹿と熊が取り組みましたが、鹿はすぐ角ごと熊にひっくり返されてしまいました。金太郎は、 「おもしろい、おもしろい。」 と言って手をたたきました。とうとういちばんおしまいに金太郎が土俵のまん中につっ立たって、 「さあ、みんなかかって来い。」 と言いながら、大手をひろげました。そこでうさぎと、猿と、鹿と、いちばんおしまいに熊がかかっていきましたが、片っぱしからころころ、ころがされてしまいました。 「なんだ。弱虫だなあ。みんないっぺんにかかって来こい。」 と金太郎が言いいますと、くやしがってうさぎが足を持つやら猿が首に手をかけるやら、大さわぎになりました。そして鹿が腰を押して熊が胸に組みついて、みんな総がかりでうんうんいって、金太郎を倒そうとしましたが、どうしても倒すことができませんでした。金太郎はおしまいにじれったくなって、からだを一振うんと振りますと、うさぎも猿も鹿も熊もみんないっぺんにごろごろ、ごろごろ土俵の外にころげ出してしまいました。 「ああ、いたい。ああ、いたい。」 とみんな口々に言って、腰をさすったり、肩をもんだりしていました。金太郎は、 「さあ、おれにまけてかわいそうだから、みんなに分けてやろう。」 と言って、うさぎと猿と鹿と熊をまわりにぐるりと並ばせて、自分がまん中に座って、おむすびをわけてみんなで食べました。しばらくすると金太郎は、 「ああ、うまかった。さあ、もう帰ろう。」 と言って、またみんなを連れて帰っていきました。
猿とうさぎの相撲と、鹿と熊の相撲の取り組みの違いを教えてください。
金太郎がみんなですもうを取ろうと言うと、熊が手で地面を掘って、土俵をこしらえました。 猿とうさぎが相撲を取り組んで、鹿が行司になりました。うさぎが猿のしっぽをつかまえて、土俵の外へ持ち出そうとしますと、猿がくやしがって、むちゃくちゃにうさぎの長い耳をつかんでひっぱりましたから、うさぎはいたがって手をはなしました。それで勝負がつかなくなって、どちらもごほうびがもらえませんでした。 一方、次はうさぎが行司になって、鹿と熊が相撲を取り組みましたが、鹿はすぐ角ごと熊にひっくり返されてしまいました。
JCRRAG_014400
国語
さて子どもがふたりで自転車屋をあずかるというのはうれしいような、だが変てこなものだ。いったい何をしていたらいいのだろう。ふたりはだまって店にならんだものをみまわしてみる。ピカピカ光る新しい自転車。天井につるしてある古自転車の車体や車輪。棚にならんだ、美しい自転車油とゴムのりのかん。柱につるされたチェーンのたば。油と鉄さびでよごれた修繕台、道具箱等々。こんなものをみんなふたりがあずかったのだと思うと、胸がわくわくするのである。 ふたりはひっそりしていた。子どもを失った二羽のはとのように。こんなこと、はじめなければよかった。でもいまさらやめてしまうわけにもいかない。なあに、パンクくらいなおせるのだ。 それからどれだけ時間がすぎたろう。ふたりはとうとう退屈になってしまった。パンクってこんなに少ないものかしらとふたりは思った。パンクどころか、ただの自転車さえ通らないのである。そこでふたりは道具箱から、日ごろ顔なじみの、だが手をにぎったのはこれが最初の、道具をつかみ出してはいじくった。加平は道に出ていって、南をみたり北をみたりして「パンクのくる」のを待つのだった。 と、とうとう目的物はやってきた。それは洋服を着て皮のかばんを持ったどこかのおじさんであった。彼はパンクした自転車を日おおいの下に立てておいて、汗をふきながら店にはいってきた。 「おい、坊! 家のもんいないか。」 おじさんは、ふたりを自転車屋の子とまちがえたのである。こいつはふたりにとって好都合である。 「ンにゃ。ンでもおれたちだってなおせる。」と加平がいった。 なお都合のよいことに、おじさんはくたびれていたとみえ、ふたりに自転車をまかせたきり、上がりがまちにあおむけにねころんで眼をとじてしまったのである。だれにもみていられない方が仕事はしいいしまたそれだけたのしめる。ひとりでたべる方がご馳走がうまいのと同じことである。 ふたりはわくわくして修繕にとりかかった。まったく夢のような気持ちだ。自転車をなおしたことのない人にはとてもわかるまい。タイヤを脱して、チューブに空気を入れて、赤ん坊の腕のように柔らかくふくれたチューブを水にくぐらせて穴の場所をさがす。ぷくぷくぷくと小さい泡の出るところがみつかる。これだ! よく切れる長いはさみで、つぎにあてるゴムをじょきじょきと切る。はじめはカードのように四角にきって、つぎに角をまるくする。それから人さし指をゴムのりのかんの中につっこんで、どろりとしたよいにおいのするやつをつぎのゴムとチューブの穴のある個所にぬらぬらとぬる。ああ、こんな快いことがまたとあるものではない!
なぜふたりは時間が経つと退屈を感じるようになったのか。
パンク修理の客がなかなか来ず、やることがなくなったため。